流刑貴族の追放記-極獄と呼ばれた果ての地にて- 作:Anacletus
―――北部沿岸国家ゾアク。
北部の海辺には獣型ではない珍しい魚系の種族が住んでいる。
ヴァフクと呼ばれる半魚人達はエラを首筋に持ち、背びれこそないが、両手両足に鰭や水掻きらしきものを持っている希少な水生系亞人だ。
彼らの特徴は女性の謳が呪紋として行使されてしまう事。
女性が極めて美しい事。
女性にエラは無いが、女性の下半身が魚のような形である事。
と、女性の能力に全てが集約される。
半魚人達の男性は魚頭と鱗が特徴であり、人間らしい頭部を持つ男はナヨナヨした女っぽい奴としてイビられる以外は大体普通の亞人達と変わりが無い。
彼らの潜水時間は極めて長いがそれでも5時間が限度。
それも泳ぎ次第では1時間を切る程度の能力だ。
体が特別ゴツイわけでもないし、鱗が強固な肉体にしてくれる事も無い。
だが、最も重要なのは彼らが海の覇者であり、彼ら自身の数は少ないが、海に逃げられたら、水に入れない亞人の殆どはお手上げであり、生存性が極めて高い事にあると言える。
結果として彼らは北部において生存を脅かされた事が殆ど無く。
同時に北部の黄金時代と呼ばれるような時代の古の遺跡。
それも海底遺跡からの発掘品をあちこちの亞人達に売って物々交換や外貨を稼いでそれなりに裕福な暮らしをしている。
「安いよ安いよ~~古の時代の甕だよ~~ちょっとやそっとじゃ壊れない!!」
「古の武器如何ですか~~今なら家畜一頭でどれでも交換だよ~~」
「鮮魚の焼き物は如何~お昼時はこれよ~~干物をお土産にどうかしら~」
故にゾアクという邦は栄えている。
地表に上がっても普通に暮らせる彼らは水陸両用な肉体を用いて上手く生活しており、朝から昼に掛けては近海に出掛けて遺跡発掘をして、夕方には戻って品物を磨いたりして過ごしたり、漁に出た者は取って来た魚を商品として加工したりと食い扶持を稼ぐには困らない。
これで殆ど税金らしいものも取らず。
関税だけ高いという事を除けば、北部の中央部で起こっている怖ろしき現実とは無縁の楽園であった。
今も種族連合とは御付き合いがあり、各地の邦に軍用の遺跡からの出土品が飛ぶように売れており、その武器の輸出で今や国家財政は潤沢。
しかし、その集まって来る資金や物品の多くは適正に運用されており、国力は今や種族連合の中堅国家を超えそうな程に高まっていた。
ゾアクのここ数年で急速に発展した沿岸部は今やあちこちの国々から集まる産品を海運で運ぶ商船が行き交い。
種族連合への支援物資やらを無料で運搬する船が次々に別の関係ない沿岸各国の港に向かう場所として要所の一つに数えられている。
「………」
少年はチラリと古の骨董品。
という名の過去の遺物を売っている市場で美人な半魚人の女性達が水路をピチピチ泳いで街中で売り子をしている様子や男の半魚人達が商売繁盛とばかりに自慢の品や海産物の加工品を売り出している様子を眺めた。
平和な場所も探せばあるらしいと魚の串焼きを齧りつつ、本日の仕事内容を脳裏で再確認する。
ゾアクの外務を担当するのは邦一番の商会。
そこに契約書の写しがあるらしいのだが、それ自体少年は必要とあれば、すぐにでも燃やす事は可能であった。
場所が分かっている以上、適当に人死にが出ないようにひっそり金庫の中身を燃やす程度は可能であり、不可糸を使えば、大抵の場所には侵入可能であり、その不可糸を通して確認した物品を呪紋で破壊するなんてのは造作もない話。
しかし、それ自体は少年の目的には入っていない。
存在を知ってからとにかく少年が欲しいと思っていたものが此処にはあるかもしれないと彼はやって来たのであり、それを確認する為にイソイソと船着き場の方へと向かっていた。
角と鱗は適当に不可糸と色を変える呪紋を併用して変装すれば、何て事の無いアルマーニアに偽装が可能。
種族連合にはアルマーニアも多数参加している為、まったく街に溶け込んだ少年を見咎める者は無い。
「……アレ?」
少年が港の先を見やると鋼の船らしきものが浮かんでいた。
ゾアクには北部近海の島嶼部も含まれており、外海と近海の中間辺りには王族が住まう島があるとされ、そこに目的の商会の本拠地もあるという話であった。
だが、それを泳いでいくのは通常のヴァフクだけだ。
エライ人は船に乗る。
ついでに乗る船は旧き時代の人々が使っていた鋼ですら無い不思議な船。
そう調べて出て来たので少年は興味を持ったのである。
ニアステラから仲間達を退避させる為の方法を少年は幾つも手に入れる為に奔走して来たが、島を出るというのは極めて合理的な判断だ。
そして、それが可能な船をヴァフクは持っている。
どう見ても欲しい代物であり、少年の本当の来訪目的はそちらと言って良かった。
呪霊機による船は空こそ飛んでくれるが、呪霊の能力を出力する値に大きく飛行速度や飛行時間が左右され、ずっと飛んでいられるわけではない。
小型の箱を延々と飛ばす事は出来るが、余程に強い呪霊を中核としない限りは長距離の物資移動用の船体は浮かばせられない。
そもそもの話として呪霊機が種族連合で鹵獲品以外に使われていないのも技術を再現する力が無いというよりはソレに使う呪霊が確保出来ない事が大きい。
呪霊の多くは亡霊や幽霊の類とは厳密に違う存在であり、魂の強度や諸々の霊力的な面で見ても普通の生物よりも霊力の恵まれている存在である。
それを大量運用可能なヴァルハイルが異常なのであって、普通はそこまで出来ないのが常識なのだ。
数が用意出来なければ、運用するに値しない。
軍の戦略に組み込むには数が足りないから使われていないわけである。
「……これなら」
少年の視線の先。
鋼というよりは硬質な結晶を寄り集めた劔のような鋭さを持った船は悠々と白波すら立てずに寄港してくる。
その白い剣に似た船の横腹の壁が横にスライドすると木製の階段が魔力式の移動で即座に横付けされ、内部からは島嶼部のエライ人らしい半魚人の男達が次々に降りて来ていた。
(まだ、眠ってるものがあれば、持っていく)
少年の本日の目的は単純だ。
ヴァフクが使っている良さそうな船を発掘して持っていく。
ニアステラ用の脱出船の確保であった。
『これはこれは……サンザ商会の頭取様。準備は出来ております』
商会のエライ人が複数の護衛達に囲まれて陸地に歩いて行くのを確認後。
少年はヴァルハイルの外交部から渡されて暗記した資料を元に街の外れへと踵を返した。
そして、現地協力者を用意したとの話を聞いていた通り、路地裏の薄暗い場所へと入り込んでいく。
ゾアク民が如何に裕福になっていこうとも取り残される者達はいる。
所謂スラム街が山側の方には広がっていた。
中心街と比べれば極めて粗末な小屋が並ぶ一角。
元々数の少ないヴァフクはスラムもスカスカだ。
衛生環境が人口で悪化している様子は無いが、非常に錆びれた掘立小屋が通りに十数件並ぶ場所でウロツクのは見るからに半魚人ではなく。
半魚人と別種族のハーフのような様々な血が入ったらしいエラ持ちの亞人達であった。
アルマーニアっぽいのもいれば、山羊人っぽいのもいる。
無論、蜥蜴っぽい竜頭の姿もあった。
だが、活力に溢れていた地域とは違って老人や子供が多く。
その殆どの目に光が無い。
路地裏の指定された場所はどうやら酒場らしく。
内部に入ると呑んだくれた半魚人にはやはり見えない者達が眠るやら酒を呷ってぐったりしているやらと酷い臭いに支配されている。
ゲロや掃除されて切っていない埃塗れな床。
その一番奥の部屋に続く通路に入ると暗闇から人がノッソリと動き出し、手を来い来いと手ぶりで示して、一番奥の部屋へと入っていく。
少年がその部屋へと入ると。
瞬時に三人。
少年の首筋に刃物が突き付けられた。
「合言葉は?」
「竜に扉は開かない」
「……どうやらホンモノみてぇだな」
刃がすぐに退かれる。
そして、木戸が開かれ、陽射しが入り込み。
埃っぽい部屋の内部が明るく照らし出された。
半魚人が三人。
いや、アルマーニアの半魚人とヴァルハイルの半魚人と目が顔の中央に一つしかない半魚人という明らかに異質な化け物呼ばわりされそうな者達が中央のテーブルに腰を下ろした。
「協力者?」
「そうだ。オレ達が現地協力者だ。名前は訊くな。お前らやお前みたいな言葉で呼んでくれ」
「了解した」
「さっそく仕事の話に移ろう」
「その前に幾つか聞きたい」
アルマーニアの半魚人が少年の言葉に瞳を細める。
「そちらがこちらを利用する理由は?」
「……上の連中から聞いてないのか?」
「下請けはどっちも同じ」
「はは、何処も同じかよ。まぁ、いい。オレ達の姿はこんなんだ。それが邦に背く理由で十分だろう?」
「……混血が嫌われる?」
「差別という程の差別じゃない。落ちこぼれになり易い。この横の一つ目もそうだ。奇眼……ヴァロリアは嫌われる。そういう事だ」
「それだけ?」
「……オレ達の素性という意味でなら、この邦でオレ達のような連中の地位を向上させる為に邦のオレ達の立場を悪くするお偉いさんを抹殺したり、追い落としたりする組織の者と思ってくれ」
「ふむふむ」
「解ってくれたなら、仕事の話に入ろうか。今回のアンタらの目標になるものはサンザ商会っつーウチの邦で一番儲けてる商会の大金庫にある」
「何か今日入港してた船からお偉いさんが来てたの見た」
「ああ、そりゃ頭取だな。連中の幹部さ」
地図がテーブルの上に取り出された。
「オレ達の見立てでは大金庫の場所は島嶼部の王族が住まう島にある本部の地下だが、此処から船で2日掛かる」
「そんなに?」
「ああ、そんなに、だ。複雑な航路を行かなきゃならないからな」
「空を飛べば?」
「そりゃ1日で着くが、夜間飛行だけでは厳しいだろうよ。呪霊機の輸送船まで持って来れるわけじゃねぇはずだが……」
「空を飛ぶ当てがある」
「……ほう?」
「それと欲しい情報がある」
「何だ?」
「今日入港してた船と同じような船が沈んでる海域の詳細な情報が欲しい」
「―――何に使う? 今回の件に関係無いだろ」
「ヴァルハイルが敗北する前に外海に脱出する計画がある」
もちろん嘘であるが、ニアステラには必要だ。
「!?」
「信じるか信じないかはそっちに任せる。ヴァルハイルの技術力があれば、ああいう船を完全に解明して量産も可能かもしれない。少なくとも呪霊機を組み込んでもいい」
「水空兼用の船? 船体をどうやって運ぶ?」
「一番近い領土のある海岸線沿いから内陸の領土まで呪霊機で運んでもいい」
2人の今まで黙っていた仲間達がアルマーニアの半魚人をチラリと見やる。
「少し待て。こちらで調整する」
「構わない」
そう言った少年を横に男達が部屋の外に出て、すぐに何やらヒソヒソとやり始め、数分後に戻って来た。
「それはオレ達に新しい仕事を依頼するって事でいいか?」
「勿論、報酬も払う」
「どんなものを払うかによる。お前らの通貨なんぞを貰っても困るのは分かると思うがな」
少年が家主なエルに作って貰った機械式の手に握るスイッチをカチリと親指で押して、警戒する三人の周囲に次々に影が現れた。
思わず立ち上がろうとする彼らの前、少年の左右にもズラリとソレが姿を露わにしていく。
「こ、こいつは……」
「呪霊機」
そこにいるのは人型の呪霊機が7体。
狭い部屋の壁際に浮かんでいた。
そのどれもが戦闘用。
竜頭と尻尾と角を備えていたが、腰には剣と弩。
更には手甲や脚甲も攻撃用と分かる程度には鋭く。
格闘戦も出来るのが解っただろう。
その鎧われた全身モルドにも見えるソレが浮かんでいるのを見て、男達がこれがヴァルハイルかと息を呑む。
「完全武装の全身モルドのヴァルハイル兵100人分に匹敵する戦力。呪紋を詠唱し、空を飛び、破損したら再生し、必要なのは眠る場所と時間、魔力だけ」
「―――呪紋、再生? ど、どんな呪霊機だ!? 嘘じゃねぇだろうな!?」
さすがに思わず目を向いたアルマーニアの半魚人が冷や汗を流して言葉を荒くしたが、少年が一体に近付いて黒い短剣で瞬時に斬り割いた。
すると、装甲の一部が罅割れる。
だが、同時に罅割れた装甲が僅かに歪んで溶けたかのように歪むと再形成された鎧が殆ど装甲に目立つ亀裂も無く。
罅割れすらも無く。
ただ、僅かに色が違う装甲の部位があるというだけで治っていた。
「ッ、ほ、本当に治ってやがる」
「呪紋で明かりを灯せ」
少年の言葉に反応して、呪霊機達が掌を前に差し出して、その上に光を出現させ、維持したまま静止する。
「炎、氷、雷、風の属性順で呪紋詠唱開始」
少年の言葉と同時に掌の上の光が言われた順番で事象を変化させていく。
「「「―――!!?」」」
もう男達には言葉すら無かった。
「これを7機。それが報酬……ただし、船体の確保が終了するまでは2機だけ前払い。何に使おうと自由。仕事に影響が出ない限りは……」
度肝を抜かれた男達が互いに顔を身わせるが、すぐに交渉は纏まり。
その日の内に少年は男達が集めて来た伝承や様々な情報から自分の必要とするモノが存在する海域へと船で到達する事になるのだった。
それは奇しくも彼が本来の仕事をするはずの島に程近い無人島。
小さな入り江付きの場所であった。
*
―――北部中央主戦線。
地獄というものがあれば、生憎ともう島の北部では出現していた。
仲間が文字通りの“泥”になってぬかるむ最前線はもはや知的生命の正気を削る為の世界と化して長くなった。
仲間の糞尿と“そのもの”で出来た泥の塹壕。
爆裂する呪紋の雨と巨大な機械への肉薄強襲で火点を潰す無謀な突撃。
だが、そうしなければ、その後方の何十倍何百倍が死に至るという事実。
これを以て、敵ドラクへの肉薄強襲部隊は常に欠員を出しながら、充足を保つという名の生贄を焼べ続けている。
推したり引いたり、取って取られてを繰り返す長大な戦線で仲間の血肉と装備で固まった地面を行軍するというのが本気で何度も起こるのだ。
これには最前線の将兵もゲッソリであるが、死者よりも後送される重軽傷者の数の方がそれより遥かに多い。
だからこそ、その殆どが今や半死人すらも甦って戦線に戻って来るというのは悪夢というよりは自分達の都合の良い夢だと思う者達しかいない。
もしかしたら、この戦場で今死に掛けている自分が見ている戦友達との酒の席という夢の中にいるのではないか。
そう考えてしまう程にロマンチストな兵士は多かった。
「総員、突撃準備」
だからこそなのか。
今や戦線での士気は高い。
例え死に征くとしても仲間達がいる。
後方から戻って来る。
彼らがいてくれる。
だからこそ、征けるという者が大勢。
だが、その数百度以上に及ぶ決死行を……無事に最後まで乗り切れる兵員などいない。
そう誰もが知っていた。
故に最前線のドラクが籠り、爆撃系の呪紋を発射する塹壕に取り付いて、破壊するという任務を前に死兵は一騎当千の覚悟で任務を遂行する。
「(>_<)/」
『あ、この間も会った人達だ。遅かったね。此処は殲滅しといたよ!!』という声が聞こえて来そうな機械の蜘蛛が陽気そうに前脚をブンブン振って彼らに挨拶する時点で……彼らの決意とかいうものは近頃吹き飛び気味だ。
「………感謝する(;´Д`)」
もう何というか何もかもが馬鹿らしくなるような気持ちであった。
「ウル……そう呼ばれてるらしいな。あいつらは……」
気の抜けた男達が潰された塹壕の一部。
次の部隊がローテーションでやってくる前に胸部だけを正確に貫き潰された隊長クラスのドラクを呪紋で塹壕という名の巨大な地面の割れ目から引きずり出し、部隊総出で後方の自軍制圧圏内へと引き摺って行く。
勿論、爆華を固めた爆薬で塹壕そのものを崩してしまうのも忘れない。
機械の蜘蛛は彼らに挨拶した後。すぐにカサカサと塹壕の奥へと消えていった。
が、彼らにとって周囲に散らばる引きずっているヤツの部下らしい四機のドラクを一機で倒すウルの能力はもう何か神でも降臨したのかというレベルで呆れるに値するものだった。
ニアステラの特殊部隊。
遠征隊と呼ばれる組織が扱うソレは狂気に近かった。
「縄で引けぇ!! 輸送開始ぃ!! 隊長級は少ないんだ!! 早くせんと呪紋が落ちて来るぞぉ!!」
隊長が叫んでいる最中にも呪紋で形成した半透明の車輪の着いた荷車に載せられた巨大なドラクが後方へと向けて男達の背中に付けられた縄で引き摺られていく。
「まさかな。我らが荷運び部隊と呼ばれる日が来ようとは……」
「仕方ありやせんぜ。隊長殿」
「ええ、ウルガンダの氏族。今やそう呼ばれてる新しい種族ですし」
ドラクを後方へと引っ張る部隊を統率していた山羊人ラクズの隊長は部下達の言葉に目を細めた。
「ウルガンダを下したニアステラの英雄。そして、従属した魔蟲の氏族、か」
「何でも魔蟲の肉体を使った剣で斬った相手を蜘蛛にして取り込むとか。御伽噺の話まんまな能力の剣をあっちは使うらしいですよ」
「いやぁ、ドラクを改造して自分達用に作り替えちまう呪紋の方がやべぇって」
「人間……南部に流れ着いた連中は今までの奴らよりよっぽどに強かったって事だわな。何でも教会すら凌ぐ呪紋の使い手がいたとか」
「今やあのウルにおんぶに抱っこですからね。ウチの戦線……」
その言葉に男達の多くが内心で溜息を吐いた。
ひっそりと戦線においてヴァルハイルの被害が増加傾向にあるのは単純にウルが神出鬼没に相手の呪紋による通信を妨害した地域で次々に敵の厄介な要所にいる部隊や塹壕戦で一斉攻撃して来そうな部隊をざっくり間引いているからだ。
戦線では次々にウルによる襲撃で部隊が壊滅。
長大な塹壕の最前線が切り取られ、押し込まれ、磨り潰され続けている。
その影響で戦線全体の部隊の厚みが均一に減っている事が確認され、種族連合の部隊は近頃最前線への攻撃を控え、戦力の温存と同時に新しい作戦の為に実は部隊を移動させて、再編までしているわけであるが、それがヴァルハイル側に気付かれている様子は無く。
それもまたウル達が様々な呪紋で相手の観測者達を狩り続けたり、必要な隠蔽を毎日毎日してくれているから、というのは種族連合の上級士官しか知らない話であったが、兵士達は薄々気付いていた。
密かに戦力が減ったと見せ掛けて後方に待避させた部隊が再配置、再編成されて用意されており、各地に回されている竜骨製の武装が備蓄され続ける状況。
やがて、それを全て解き放つ一大攻勢が発動する。
その事実を誰もが言わずとも胸に秘めて待っているのだ。
「いつになるものかな……」
「そもそも、このドラクも後方からオクロシアに流されてるらしいですし」
「これをウルにして戦力を増強してるって話は良く聞きますよね」
「オクロシアの六眼王はヤバイ奴って話ですが、四卿が外れた大穴に未だ逆侵攻してないのは機を待っているからだって」
「ええ、兵隊連中の間じゃ専らの噂ですしね」
「四卿は今はどうやら教会の連中と激戦を繰り広げているとか。お得意のグラングラの大槍を使った広域殲滅が事実上不可能になったのも痛いでしょう」
「まだ、衛星都市や高都にはあるって話は聞きますが、持って来ないって事は……持って来ても使う前に鹵獲、もしくはソレそのもので吹き飛ばされる可能性があるからなんでしょうね」
男達の言葉は一々事実だった。
それこそヴァルハイルは最前線を睨んで配置していた戦略兵器の大半を鹵獲されて今や戦々恐々状態。
何処かにグラングラの大槍が運び込まれれば、その時点で瞬時に同じ兵器が飛んでくるとなれば、戦線における敗北は必死。
故に無用に戦線で種族連合に対して通常の攻撃以外は行われていない。
「高魔力反応!! ドラクによる遠距離呪紋!! 来るぞぉぉ!! 防御用意!!」
周囲に緊張が奔り、すぐに部隊が呪紋を用いて運搬中のドラクを屋根にして呪紋による防御用の結界を張った。
魔力を用いた半透明のソレは良く使われる防御方法だ。
大量の爆撃系呪紋が一斉に降り注ぎ。
ドラクを相手に渡さぬようにと破壊していくが、その下の呪紋による防御までは貫く事が出来ず。
その爆撃の精度と密度はさすがに男達の顔を引き攣らせた。
半透明の結界の外はもはや爆発で見えず。
炎と衝撃が内部の彼らにも幾分か防ぎ切れずに降り掛かる。
「ぐあ!?」
「大丈夫か!!?」
「は、破片が掠っただけですぜ。へ、へへ……」
爆撃が終了すると同時に男達が冷や汗を拭って遠方を見やる。
呪紋が空から落ちて来た方角では次々に呪紋と呪紋の打ち合いによる激しい色合いの点滅が空に向かって繰り返されており、現地の部隊がドラクと交戦中である事が容易に想像出来た。
「状況確認!! 脱落者は!!」
「脱落者有りません!! 軽傷3名!! 火傷と裂傷ですが、酷くありません!! 応急処置すれば、後方の陣地までは問題ありません」
「ドラクはどうだぁ!!」
「隊長ぉ~~こりゃあダメですぜ!!? 装甲から中身から全部破壊されちまってる!! これじゃあ、持ってく最中にバラバラになっちまいます!!」
「解った!! このドラクは放棄!! 直ちに帰還するぞ!!」
こうして、多くの戦線で死を覚悟した決死隊の多くが生き残り、彼らは最前線で出会う人懐っこい様子の狂気の塊の話を後方支援部隊相手に流すのだ。
曰く、蜘蛛に逆らうなかれ、と。
呪紋を用いて、戦線の全体像を隠蔽するウル達は少年の言い付け通り、戦力をヴァルハイルから削り取り、転用し、情報を収集しつつ、各地で被害を最小限化する事に注力して実戦訓練を積んでいた。
戦線の遠方に呪紋が落ちた事を確認したウル達は上空を透明化しながら飛び回る観測者達から不可糸と色を変える呪紋を用いて移動を隠し、地域の地表観測情報を欺瞞し、闇夜に乗じて戦線を縦横無尽に渡り、自分達の力量や全体像、能力を悉く衆目に晒さず、次々に塹壕戦で敵を駆逐し、撤退に追い込んでいく。
それはまるで蜘蛛の巣に獲物が掛かるのをジッと注意深く見守っている主のように不気味で……その情報を注視するヴァルハイルの軍上層部には表向きの戦略兵器の脅威よりも尚怖ろしいものに映っていたのだった。
何せ、塹壕地帯全ての地表を覆い尽す騙し絵……不可糸に色を付けた布地が彼らの見る地図の端から端まで全てを隠匿していたのだから。
*
呪霊と幽霊、亡霊と呼ばれるような存在の違いは霊力の質や量の差だけではない。
その意志においても多くの場合はかなりの違いを有する。
特に意志ある呪霊が産まれ難いのは霊力の質と量を併せ持つ上で死者としても呪いに囚われない強い意志。
自制心や徳と呼ばれるような精神性を有しているかどうか。
何よりも生への執着によって他者を害すよりも言葉で利益を引き出そうとするかどうかというところに全てがある。
と、されている。
簡単に言えば、死んでも生きていたいと願い、人の心と呼べるだけの良心や自制心を持ち、同時に死んでも他者と言葉を交わそうという意志と資質ある者だけが選ばれたかのように呪霊の中でも喋れる呪霊になれる。
故に多くの呪霊達は知っている。
その喋れる呪霊というものがどれだけ希少でどれだけ怖ろしく。
どれだけの奇跡の上に為されるものなのか。
そして……ソレが再び受肉し、生まれ変わる事は……グリモッドの秘儀でも無ければ不可能なのだと多くの島の呪霊は本能で知っている。
特に緋霊と呼ばれる者が、大陸ですら殆ど産まれた事の無い存在が、1世紀に1人から2人以上生まれる異常な場所ともなれば、彼らは本能的に強い呪霊に惹かれて集まって来る。
殆どの呪霊は知能はあるが知性が無い。
つまり、知的な能力はあっても喋れないような呪霊達ばかりだ。
だが、本能はソレを求めて彷徨うというのが島の呪霊達の特徴であった。
「……はぁ、何かわたくし限りなく崇められてません?」
今やニアステラをうろつくスピィリア達はある意味では呪霊としての領分を食み出た半呪霊、半生命のような存在であるが、彼らとも違った霊力の塊達……グリモッドの輪廻に還らぬモノ、“まつろわぬ呪霊”達が集まって来ていた。
「何か、近頃多いよね?」
夜の砂浜。
グリモッドの吸引力とでも言うべき輪廻への道にも入れない呪霊達の中でも特に我が強い者達が1人の少女に傅いている。
「わたくし、別に幽霊の王になる気は無いのですけれど。というか、もう現世的な方でよろしくしたい感じなのよ? いや、本当に……」
砂浜にいるのは生まれ変わって暇を出されたエルミであった。
何か、近頃“見える人達”が言うには滅茶苦茶何か来てるとの話。
それでエルミのいる少年の寝床というか。
少年の家の傍に諸々が集まっているものだから、ソレらの多くは亞人の姿で百鬼夜行でもしていそうなくらいに彷徨っている。
仕方なくエルミが外に出ていくと。
喋れないものの頭を下げる者が多数。
「おーい。終わったぞー」
そして、彼女の体と魂を狙う呪霊は夜にガシンがお掃除という名の大虐殺で大量に吸収していた。
本能だけでやってきて、他の呪霊を喰い合う為、ニアステラの第一野営地は正しく蟲毒の壺状態なのだが、その壺の一番下にいるのはエルミではなく。
霊体特攻な遠征隊の切り込み隊長であるガシンであった。
蜘蛛達に当たらないように片手で野営地そのものを覆う程の霊力の腕が横薙ぎにされて、集まって来ていた大量の呪霊達は彼の一部として溶かし込まれ、エルミを崇めるようにして傅いている者達以外は誰一人として砂浜には到着していない。
「でも、どうしましょうか? この子達?」
亞人の呪霊達の中でもやたら個性的で強そうというか。
人の形を保ちつつ知性に近いものを宿した彼らは少なくともガシンも手こずるような能力を持つ者達だ。
化け物というだけ化け物染みた容姿の者はおらず。
どちらかえと言えば、妖艶な美女やら騎士鎧の男達やら中にはグリモッドの反歌の砦で見たような鎧の者達、他にも数名だが戦場に有りそうな強者特有の気配を有した男女が集っている。
殆どの者達の瞳には何かを訴えるような光が宿っていた。
「リケイ老。この子達、どうして畏まってるのかしら?」
流木に座って今日も焚火を囲んでいる老爺が砂浜の者達を見やる。
しかし、老爺はエルミに少し待てとジェスチャーしてフィーゼに向き合う。
「ふむ……フィーゼ嬢」
「あ、はい。何でしょうか? リケイ殿」
焚火を囲んで焼き魚の串を虚空で精霊に回させていたフィーゼが振り返る。
「近頃、精霊達の制御が重くありませんかな?」
「え? あ、そう言えば……そうですね。あんまり今まで気にしてなかったんですけど、近頃毎日夕方に頼んでたらちょっと制御が鈍くなったような?」
「ああ、やはりですか」
「やはり?」
サクッと話が逸らされたエルミがリケイをジト目で見やるが、リケイが遠巻きにして物事を語る事が多いと知ってる面々は大人しく訊く事にする。
「そろそろ属性持ちの精霊達も自我が芽生えそうですな。精霊から妖精化する前兆と言えばいいでしょうか」
「妖精化? え、でも、前に精霊が妖精になるのはスゴイ時間が掛かるとか言ってませんでしたか?」
「ええ、なのですが、どうやらフィーゼ殿の瞳が強化されたせいで精霊の高度な自立化も進んだ様子。このままでは属性毎の妖精となって、フィーゼ殿の制御を離れてしまうでしょう。妖精の使役は精霊の比ではなく。根本的に一体が限界というのが通説ですじゃ」
「それって妖精になると何か困る事が?」
「生まれたての妖精は危ないですからな。自我が芽生えたてで神に準じるような力がある。丁度良いので纏めてしまいましょう」
「纏める?」
「ええ、近頃は呪紋を単独で使えるようになったガシン殿を始めとして皆、自分の思考で詠唱するようになりましたので。もう精霊による詠唱代替は必要無いでしょう。全ての属性精霊を纏めて一体にして妖精になっても制御出来るようにした方が何かと問題が産まれずに良いかと」
「そうなんですか? 一体にしたら力が強くなるんじゃ?」
「ええ、ですが、2人よりも1人の方が制御は容易なのですじゃ。精霊ではなく。妖精は生命となりますので服従の呪紋も用いる事が出来る」
「ふむふむ」
「それと生まれたてで問題が起きないようにするなら、最初から人格を与えるのが良いでしょうな」
「人格、ですか?」
「精霊は魔力の塊ですが、霊力が産まれるのは妖精化してからのはず。先に霊力の核を置いておけば、呪霊を使役するのと同じように召喚して使えるようにもなるかもしれません」
「それって……」
フィーゼがエルミに傅く呪霊達を見やる。
「つまり、この子達を?」
「ええ、呪霊の多くは人格よりも先に願いの形を優先する存在。彼らを幾らか見ましたが、主に5つの願いで構成されているようだ」
「五つ?」
フィーゼが首を傾げる。
「もう一度、愛しい人を見守りたい。今一度、護れなかった民を護りたい。もう争いに朽ちたくない」
「「………」」
エルミとフィーゼが呪霊達を見やる。
「また戦場で戦いたい。また……この世界に生きたい」
リケイが呪霊達を見やる。
「彼らの願いは純粋だ。そして、エルミ殿の傍に侍っているのは新たな命に引かれたからなのですじゃ」
「新たな命……わたくしの命に?」
エルミがリケイの言葉に呪霊達の瞳を見やる。
「ええ、呪霊から受肉して転生するというのは偉業。それそのものとなった資質はそれだけで多くの霊魂を引き付ける。それに肉体からしても単なるグリモッドの蘇りとも違うでしょうな」
リケイがエルミを見やる。
「蘇った時、呪紋を得たのでは? エルミ殿」
「え? あ、う~ん。えっと、確か……ああ、そうそう。系神属性加護呪紋【ハシマスの天理】だったかしら? ええと、確か効果が呪霊を―――」
リケイが思わず溜息を吐いた。
「え、何?」
「……ハシマスで合っていますな?」
リケイにエルミが頷く。
「ああ、そうか……エルミ殿はもはや、使徒にも等しいわけですか」
「使徒?」
「力の強くなった者達が呪紋を得る時、その呪紋に神の名が付いた場合、そういう神に見初められているという事なのですじゃ」
「ああ、分かります。それってレザリアみたいな感じですよね? フレイさんとか」
「ええ、神の気配を感じられるのは同じ神の使徒もしくは神の力を知覚出来る者に限られます」
「ハシマスというのは神様なんですか?」
「はい。大陸外の神、外界の神ハシマス……古代神の一柱で主に“幽世の神”と呼ばれる存在ですじゃ」
「カクリヨって何ですの?」
エルミが首を傾げる。
「呪霊達が顕現していない際には現実を隔てた薄い壁の先にいるような感覚があるはず。その場所が現実と重なる幽世です。そこから呪霊を引き出して顕現させる呪霊召喚は現実から現実へと召喚する操獣召喚よりも古い時代から使われていた代物でしてな。幽世を統括する神の一柱が生み出したものと言われておるのです……それが【幽郷神ハシマス】ですじゃ」
「ほうほう? わたくしはつまり彼の神の目に留まっているんですの?」
「左様でしょうな。レザリア殿が大地母神ウェラクリアに選ばれたようにエルミ殿はハシマスに選ばれたのでしょう」
「へぇ~~、わたくしスゴイんですのね。さすがわたくし!!」
今まで話しを聞いていたガシンがコイツは何も変わらなそうだなとエルミをジト目で見やる。
「我が神イエアドに我が身が選ばれた如く。此処には多くの教会に虐げられた神々の名がある」
「ハシマスも教会に追放されたのですか?」
エルミの言葉にリケイが頷く。
「はい。紋章も無く呪紋を覚える。しかも、神の名を冠するとなれば、それは間違いなく神の思し召し。そして、ハシマスは受肉神ではありませんが、呪霊召喚を用いた術者の始祖に呪霊を扱う呪紋を初めて授けた者でもある」
「その神様には教会も良い顔しなさそうですね」
フィーゼがそう感想を告げる。
「左様。大陸で呪霊召喚を筆頭に多くの呪霊を使う呪紋が途絶えたのは教会が呪霊を危険視したからとされています。呪霊は大陸でも左程発生する存在ではなく。殆どは人に害を為すモノであった為、討伐対象として呪霊を産むモノや呪霊に関連するモノは収集された後に滅ぼされたのですじゃ」
「ちなみに呪紋の効果は……わたくしにはよく分からないのですわ。効果の内容は分かるのだけれど……“呪霊を現世に定着させる”とか何とか?」
「定着……定着ッ!?」
思わずリケイが顔を引き攣らせる。
「え? 何かマズイんですの?」
「ああ、いえ、最後まで呪紋の効果をお教え頂ければ」
「ええと、わたくしが存在している限り、許可だけで呪霊は好きな時に幽世から出て来られるそうですわ。出て来れば、普通の人にも見えるとか」
リケイが僅かに顔を俯けて僅かに汗を流す。
「ちなみにそれは霊力や魔力を使ってでしょうか?」
「いえ、必要なく。あくまで許可した時にだけだそうですけど。ああ、それと呪霊を定着させると命になるとか?」
「………定着させられる。命になる? まさか、はは……それは神の呪紋と呼ばれても仕方ない力ですな」
「へ?」
「それに何かしらの限界や不利益はあるのですかな?」
「ええと、ええと……あ、わたくしが居る限り、呪紋が及ぶ領域はわたくしが行った事のある場所から毎日広がるみたいですわね。許可した領域外に出ると元の呪霊に戻るようですけれど。個別や場所指定も出来るようですわ。それと……あ、何か最後に神格も定着させられるとか。こっちは魔力が必要なようですけれど」
「………これはこれは」
リケイがダラダラ汗を垂らす。
「あの、リケイ殿?」
フィーゼが心配そうな顔になって覗き込む。
「いえ、とにかく、許可はアルティエ殿が出した時にだけ出して下され。それと先程の話ですが、属性精霊を束ねる時に此処にいる呪霊達も束ねて一つにすれば、問題無いでしょう。専用の呪紋は組めますじゃ」
「解りました。じゃあ、みんな呼びますね」
そう言って、フィーゼが片手を上げて魔力を周囲に拡散させる。
すると、数体の属性を司る精霊達が人型を取った光の姿で顕現して集まって来る。
「では、エルミ殿。そこの呪霊達に新たな命として生まれ変わりたいかどうか。同意を取って下され」
「え? 解りましたわ。皆さ~ん。良くて~」
砂浜の呪霊達が立ち上がってから何やら互いに顔を見合わせた後。
ペコリと全員が頭を下げた。
「良いみたいですわね」
「では、さっそく精霊を呪霊による核を用いて妖精化の儀式を……しばらく砂浜を借りますじゃ。一刻程の猶予を……」
こうしてニアステラが何やら動き出した夜。
毎日使われる砂浜では光の柱が立ち昇り……世界は一時の昼を経て、新たな時代へと突入していく事になる。
そこに島の最後の妖精がいなかったのは良かったのか悪かったのか。
まだ、新たな妖精が産まれた意味をリケイ以外には誰も知らないのだった。