流刑貴族の追放記-極獄と呼ばれた果ての地にて-   作:Anacletus

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第7話「流刑者達の上陸Ⅶ」

 

 元蟻塚のキノコ養殖場が発見されて数日。

 

 大量の空洞があちこちに通じており、換気口のようになっていた為、大量の炎が上がった洞窟内は再び人が立ち入れる状態に戻っていた。

 

 結局、蟻達は何らかの要因で死んでキノコになったという話が通説であり、内部が熱かったことから、間欠泉のような熱源のせいで死んだのだろうと結論付けられた。

 

 内部では酸素が薄かったものの。

 

 キノコの育成現場としては有用。

 

 通路を通るにしても長く留まらなければ、左程に問題はないだろうとエルガムが太鼓判をした。

 

 問題は西部の海岸洞窟を通るルートが開通し、島の西部まで進出出来るようになった事に加えて、彼らが見ていた火は山のずっと奥の高い山脈の内部にある事が明らかになった事だろう。

 

 島が大き過ぎて小高い数百mの山は単なる前座。

 

 それですら崖がきつく。

 

 昇れないという事が解り、元蟻塚から伸びたルートを現在は調査中であった。

 

『こっちの通路の行き止まりはどうだぁ!!』

 

『ダメだぁ!! ビクともしねぇ!! 繋がってるのは西と北みたいだな!!』

 

『よし、空気が悪くなる前に帰るぞぉ!!』

 

『うへぇ……あの蟻の墓場をもう一回かぁ。ぞっとしねぇなぁ』

 

『死んで美味しいキノコに生まれ変われてあいつらも幸せだろうさ』

 

『がははは!! ちげぇねぇちげぇねぇ♪』

 

 数名の者達が蟻塚付近の開けた中腹に第二野営地を立てて、蟻の体液で育ったキノコを食べられるかどうか。

 

 火を通して確認する事となり、大丈夫そうならば、浜辺の野営地にも2週間後にはキノコが輸送される事になっていた。

 

 きつい坂道が続く山際の道を第二野営地の人間と共に在る程度舗装して維持する事が決まった為、エルガムの指導の下。

 

 大型昆虫を用いてガスが出ているかを確認する手法が考案されて採掘が開始。

 

 白リンは持ち運び可能な可燃物として利用され、周囲の草原や道になる場所を焼き払う事となった。

 

 地面に埋め込んだリンを燃やして道を創った後。

 

 簡単な木製の柵と緊急時に使うリンを使った松明を貯蔵する倉庫があちこちに儲けられる事が決まった。

 

『こんな道が必要なのかねぇ』

 

『仕方ねぇだろぉ。あんな馬鹿デカイ蟻がいたんだ。他にどんな魔獣がいやがるか分かったもんじゃねぇ』

 

『夜に出くわして暗くて逃げられませんでした。腹の中です!! なんて御免だぜ? オレはな』

 

『仕方ねぇ。やるかぁ……』

 

 これで夜にも緊急時には迅速に移動する事が出来る。

 

 馬はいないが、生木でも車輪自体は創れた為、浜辺から少し奥にある野営地では集会所に続いて公共で使う病床のある診療所と高床式の食糧倉庫が設営中だった。

 

 誰かしらが水夫でも大工の息子という者もいた為、最終的にはしばらくすれば、煙臭い寝床が出来るだろうと野営地の誰もが安堵している。

 

「なぁなぁ、どんな冒険だったんだ?」

 

「教えてよー。アルティエ」

 

「暗くてガサガサして逃げてた」

 

「蟻の化け物からよく逃げられたよなー」

 

「本当にさ。運が良いよ。アルティエは」

 

「そう?」

 

「おねーちゃんが神様に感謝してたもん。戻って来た夜に」

 

「そうそう。良かったって泣いてたんだぜ?」

 

『聞こえてるよぉ!! レーズ!! ナーズ!!』

 

「「げ!?」」

 

『あんだってー!!?』

 

「「な、何でもありませーん(棒)」」

 

 天幕でレーズ、ナーズの兄弟から話をせがまれつつも、少年は順調に回復した体力を確認して、2日ぶりに外へ出る事にしていた。

 

 回復するまでは大人しくしている事と約束していた為、回復したので約束は守ったという事で解釈される。

 

 だが、そうは問屋が卸さない。

 

「?」

 

 よく見たら、少年をフィーゼが野営地のど真ん中で人の相談と指示出しをしながらジト目で見ていたからだ。

 

 内陸に向かえば、止められるのはまったくあり得る話。

 

 で、あるならば、目標は海になるのが自然である。

 

 回復中も薬屋さんごっこをしていた少年は今日も再び失敗作の薬を袋で持って行って、海辺で釣りをする事にしていた。

 

 秘密の穴場にはちゃんと傍に木材を置いておく為の場所が完備されているので薪を調達してくる必要もない。

 

 浜辺から数百m離れた地続きの岸壁。

 

 だが、先日の蟻塚戦において秘密の通路に落ちてしまった少年にしてみれば、今は違うものが見えていた。

 

 誰もいない場所で少年の第三の瞳が額に開眼する。

 

 すると、呆れる程簡単に反響音が違う岸壁の一部が存在し、少年がその壁をカツカツといつものダガーで叩くついでに侵食すると。

 

 ビキビキと音を立てて岸壁の一部が崩落する。

 

 内部を覗くと蟻の顔がヌッと現れ。

 

 それがツルーンと滑って海にボチャンと落ちて、魚達が群がり始めた。

 

 どうやら掘り切ったところで死亡していたらしい。

 

 蟻塚内部から伸びたのだろう穴は傾斜こそがあるが、恐らくは蟻塚の一部に一直線に通じているはずで、少年はイソイソと周囲を確認してから、内部へと入っていくのだった。

 

―――30分後。

 

 蟻塚の通路は基本的に一定の湿度に一定の温度だ。

 

 地面は蟻酸で未だ滑っているが、地面に脚を付けねばいいだけである。

 

 少年は蟻酸が掛かっていない壁に張り付くようにして早足で壁走りしていた。

 

 簡単な理屈である。

 

 少年の体表に共生している真菌の粘度を上げて、足の裏から木製の靴に浸透させ、そのまま接着しているのだ。

 

 早足で抜けた通路の先には幾つかの分かれ道もあったが、方向から察して、未知の道へと向かう事にした少年である。

 

 その脚で更に1時間。東に抜ける道を歩くと。

 

 夜目でも解る程度に通路先が明るかった。

 

 その内部に飛び出した少年がダガーを構えつつ周囲を確認する。

 

 しかし、人気は無く。

 

 その代りにそこは壁に埋め込まれた教会のような廃墟だった。

 

 壁際の蟻の穴は丁度祭壇横に繋がっていたらしい。

 

 出ていくと崩落した石製の屋根の上から陽射しが降り注ぎ。

 

 苔生した教会内部を照らし出している。

 

「――――――まさか、これ……」

 

 しばらく、少年は黙って、その光景を見つめていた。

 

 どれ程経ったか。

 

 ハッとした様子で被りを振った少年は僅かに片手で目元を拭ってから再びいつもの無感動そうな顔に戻って周囲の探索を始める。

 

 キョロキョロと周囲を見回せば、教会跡という事で祭壇の後ろには何やら神の像らしき手に本を持った部分だけ残っている破壊された石像がある。

 

 その本と手の間にキラリと光るものを見付けて、少年が手に取った。

 

「鑑定不能。知能系ステータス不足……」

 

 いつものように呟きつつ、ソレを太陽に空かした少年は指輪の類だが、石製である事に気付く。

 

 何故に輝いているのか。

 

 それは石製の指輪に嵌っているもののせいだ。

 

 小さな虹色に輝く甲虫の甲殻であった。

 

 だが、その甲殻そのものが蠢き光を受けると震えている。

 

 生きているわけではないらしく。

 

 精気のようなものは精霊も見えるようになった視界には捕らえられない。

 

 光を浴びると震える甲虫の指輪は女性の手にも生えそうな程に細い。

 

 だが、石製と見えるのに強度はまったく違いそうだと掴んだ瞬間には理解していた少年は一応戦利品である為、そっと懐から取り出した薬草などを束ねる為の紐に通して、首に掛けておく。

 

 今まで散々服をダメにして来た為、服に入れて無くすのを防ぐ為だ。

 

「………」

 

 更に詳しく見て回った少年はそれ以上のものは何も無い事を確認し、教会を後にしたが、外に向かう出入り口の先で驚く。

 

 すぐ傍が崖だったからだ。

 

 そして、振り返れば、そこには岸壁がある。

 

 岸壁の教会。

 

 それが蟻塚が続いていた場所であった。

 

「……地表への経路を確認。行動開始」

 

 細いながらも未だに苔生した道は罅割れて剥がれた石畳が点々と続き。

 

 地表に降りる経路を示してくれている。

 

 そのまま下っていく事はまったく問題にならなそうであった。

 

 *

 

「メンヴィの苔(生食)。骨芽細胞増加率21%向上(再上昇不可)。新神経作用機序により、精神錯乱回避。体内から汗腺で薬効排出まで32分。12日以上の進行度を20分で……此処が東部……」

 

 道の途中に生えていた苔をモシャりながら、少年が岸壁を降りていた。

 

 それから想起されるのは東部と中央部を隔てている山岳の絶壁だ。

 

 未だ通るルートは確認されておらず。

 

 岸壁の鋭さは劔のようであり、水夫達は昇るのは無理だと諦めており、西部のなだらかな道を行く事は騎士達の助言もあって納得されていた。

 

 岸壁を降りる道の先。

 

 開けた東部は平原が果てまで続いている。

 

 恐らくかなり巨大な島である為、海辺が数百m程度の上空からでは見えないのだ。

 

 こうして先の先まで見ても草原ばかりであり、樹木が生えている地域もあるが、基本的には起伏の無い土地。

 

 その平原に向けて早足に辿り着いたままの速度で向かう少年は次々に周辺に生えている単なる雑草に見える薬草を取り、あちこちにまた謎のジグザグ走行をしながら目についたものを片っ端から止まらずに毟り取っていく。

 

「ゼゼネブの薄荷(生食)。神経細胞増殖率2.3%上昇(再上昇不可)。亢進開ッ―――?!! 共生、真菌により、感覚常、時鈍……化。神経節圧迫。痛覚抑圧開始……はぁ……」

 

 激烈に背筋を伸ばした後、何とか脱力した少年が立ち止まる事なく両手を何度か水気を切るように振って握って開いてを繰り返して息を吐く。

 

 その合間にも足を延ばした先には樹木で出来た家らしきものが見えて来ていた。

 

 かなりボロく。

 

 だが、その小屋の前では薄っすらと湯気を上げる鍋。

 

 そして、火を起こした当人と思われる人物が一人。

 

 赤黒い鎧に覆われた何者かは顎が出る仮面を付けており、その隙間に覗く人間とは思えない程に乱杭歯が飛び出していた。

 

「―――」

 

 ダラダラと涎と共に戦慄く口内。

 

 その大穴には小さな牙の群れを覗かせていて、更にはビッシリと口内の至るところに生え揃う歯が喉の奥までも続いている様子が伺える。

 

 その相手がキロリと少年を見た途端。

 

 横の地面に降ろしていた旗にも見えてしまう長い長い柄と長方形の形をしたノコギリのような刃を引き抜く。

 

 その刃は鈍い錆び色の全身鎧と同化したような光沢があり、刃の部分は仮面から覗く口内の乱杭歯と同じ形のものがビッシリと付けられていた。

 

 その人間には見えない何かが仮面の下から怪しく赤光を放つ。

 

 同時にブンッと振られた刃を握る腕が伸びた。

 

 まるでゴムのように伸縮し、鎧の間から覗く地肌が猛烈な腐臭を放ちながら、蛭染みた滑りのある斑色を見せる。

 

(動きは予測から外れない)

 

 それを咄嗟に前に出て回避しながら、切り払ったねじれた黒い刃が相手の伸び切った腕を中程から切り裂き。

 

 同時に侵食された部位から黒い血管が動体に向けて伸びていく。

 

 だが、相手は慌てた様子もなく。

 

 腰に刺していた普通の錆びたダガーらしきものを取り出して、肩程までをバッサリと自分で寸断。

 

 自分に向かって来ている少年を見据えて口から液体を吐き出した。

 

 前面に噴射する噴霧攻撃は蟻で見たものだ。

 

 その空間に突入する寸前。

 

 少年が身を屈めて高く跳んだ。

 

 相手を飛び越える程に高い跳躍で体を捩じりながら、ダガーが振られる。

 

「―――黒跳斬」

 

 刃の先から漆黒に流動する刃の軌道を擦った真菌の群れが液体のように相手の頭部と首の合間の隙間に到達し、スルンッと相手の内部に浸透。

 

 数秒もせず。

 

 鎧内部の肉体が当たった部位から刃に切り裂かれたかのようにドパッと血肉を弾けさせながら黒い一線によって分かたれた。

 

 しかし、上半身を首から斜めに切断された相手の口元が開き伸びる。

 

 それは正しく蛭のように伸びて少年の着地する背後を狙う。

 

 しかし、もう片方の何も持っていない手は後ろに向けられており。

 

「ウィシダの炎瓶」

 

 正しく魔力で出来た硝子のようにも見える半透明の瓶が相手を真正面から捕らえ、炎の中に喰らい尽して口元どころか。

 

 その全身を包み込んで焼き尽くした。

 

 すると、鎧内部の肉体がドロリと溶けてブスブスと炎の中で蠢きながら最後には消し炭となって動きを止める。

 

 少年がソレが死んだのを確認してから、完全に黒く侵食された伸びる腕の先。

 

 握られていた武器を掴んで確認した。

 

 その合間にも黒い血管はスルンと刃へと戻っていく。

 

「鑑定完了。【ウェルキドの大剣】。抗魔特剣の一つ。呪紋を詠唱された際に刃の部分が伸びて、自動で詠唱者を襲う。刃には装備者の魔力を用いて、詠唱者を麻痺させる神経毒が刃そのものから生成される」

 

 装備者と腕を切り離した為、呪紋を使っても襲われなかった。

 

 逆を言えば、装備者であっても呪紋を使えば、襲われる。

 

 そういう事である。

 

「………」

 

 鍋の中身を覗いた少年がそこに人の脚らしきものを見付ける。

 

 そこで興味を失くして伸びをした。

 

 あの鎧の化け物の乱杭歯が根本から蛭のような触手で伸びるのを想像しつつ、何処か安全な場所に置いておく事を決めて、背中に背負い。

 

 再び早歩きで東の大地の奥へと向かう事にしたのだった。

 

 それは少年が初めて得る新たな力に違いなかった。

 

 *

 

「あれ? またいない!! もう!!」

 

 膨れていた彼女は溜息一つ。

 

 ジッとしていられない男の子という生き物の罪深さを思って不覚憂慮した。

 

「はは、男の子は冒険心が強いくらいで丁度いいんですよ」

 

「マルカス様?!」

 

「そう怒らないで。彼は希少な薬効のある花なども見付けて来てくれますし、きっと好奇心が強いのでしょう」

 

「そういうものでしょうか?」

 

「ええ、年頃の男の子というのはそういうものです。それこそ……後、気になるのはカワイイ女の子との接し方くらいですよ」

 

「まぁ?!」

 

「はは、これでも昔はやんちゃ坊主と言われていました。すぐ信仰の道に入ったので、そういうのとはそれ以来お別れしましたが、誰もがそうなわけでもない」

 

 マルカスと共に水夫達の衣服を洗濯していた彼女達は木製の板一枚を股間にぶら下げた男達が早くしてくれと言わんばかりに自分達を見ているのでイソイソと洗った洗濯物を焚火の傍にある樹木の間のロープに掛け始めた。

 

「まずは待ってみようじゃありませんか。どうせ、帰って来るのは此処しかないのです。帰って来られる場所があるというのは生死はともかく嬉しいものですよ」

 

「男の方は……そういう言い方をするのですね」

 

 ちょっと視線を俯けてフィーゼが何処か耐えるように呟く。

 

「我々は流刑者です。それでも生きている。死んでいない。それ以外を気に掛けていられる程にまだ余裕がある。それは現実はともかくとして幸せな事なのですよ」

 

「言いたい事は解りますけど……」

 

「信頼と信用は違います。彼を貴女は信頼はしているようですが、まだ信用は出来ていない。現実がどうあろうと。後悔だけは無いように生きるのが神の御心に叶うものなのだと私は思いますよ。フィーゼ様」

 

「まるで、牧師様みたいですね。マルカス様……」

 

「ええ、物言いが即物的だとか。物言いが俗物的だとか。そう言われ続けて、教会から此処までやって来た男からの説教ですので」

 

「……信用。少し考えてみます」

 

「そうするといい。我々に時間が残ってるのかどうか。それは正しく神のみぞ知る事なのですから……」

 

 そう言って、荒くれ共の下履きを洗う彼はにこやかに微笑むのだった。

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