流刑貴族の追放記-極獄と呼ばれた果ての地にて-   作:Anacletus

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第67話「モナスの万障Ⅳ」

 

 スピィリアが最大勢力となった蜘蛛の氏族と呼ばれ始めた彼らウルガンダの子供達。

 

 その多くは基本的には他種族連合に近い。

 

 確かに多くが物理攻撃が殆ど利かない半霊のスピィリア達で占められているが、少数民族的に強力な個体や個性豊かな蜘蛛達が実は有名人となっている。

 

 要は同じ系統の別種族的な感じなのだ。

 

 界・門・綱・目・科・属・種のような分類で同じ種類の別生物という事になる。

 

 獣人と称される者達にもアルマーニアや他の種族がいるのと同じような感じと考えればいいだろう。

 

「(TωT)」

 

「(≧▽≦)/」

 

「(。-`ω-)」

 

「( ̄д ̄)」

 

 彼らを動かす近頃四体に増えた天上人ならぬ天上蜘蛛と蜘蛛達から呼ばれる者達は更に通常の蜘蛛達とは少し違って目の単位から別の存在に近しく。

 

 実際には蜘蛛型のまったく別の生物。

 

 鳥と魚の形が流体を泳ぐ上で似ているというような収斂進化的な類似形質を得ているというのが最も近しい表現だろう。

 

 フレイ、ルーエル、ゴライアス、オネイロス。

 

 彼らは基本的に彼らが父と崇める少年の指示で動いている為に多くの蜘蛛達にとっては直接にして最大の上司という事になる。

 

 少年はスピィリア達を増やしてからは高都で事に当たっている為、新しい蜘蛛の一族は今まで増えていなかったが、またスピィリア達に次ぐ数のアドミサリアが産まれた事で更に蜘蛛達は多種類のお仕事事情に精通出来る下地を得た。

 

 これはもはや人並の社会を彼らで得られるという事に外ならない。

 

 最初期に人から生まれたペカトゥミア達の多くは現在では大半が文官職に就いており、あちこちで中間管理職的な仕事をしている事が多い。

 

「(´Д`)~~♪(この決済終わったら元教会騎士なお父さんと今日の昼食。肉にしようという顔)」

 

 空を飛ぶ操獣が元になったヒルドニア達は形が近頃は人型を取れるようになったが、その大半がニアステラとフェクラールの上空を常時警戒する哨戒網を形成して、あちこちで姿の見えざるままに飛び続けているし、その速度はもはや音速どころか秒速2000mを超える一種の都市伝説だ。

 

 幻の種族的な感じであり、あまりスピィリア中心の黒蜘蛛の巣にはやって来ない為、スピィリア達からの扱いはまるで流れ星のようなものに違いない。

 

「(/・ω・)/(空を見上げていると断熱圧縮で煌めくものが見えて『あ、流れ星』とお願いする顔)」

「(=ω=)……(哨戒引継ぎ終わったら、そろそろ帰らなきゃという顔)」

 

 貝が蜘蛛となったアルメハニア達は最も少年の力の影響を受けて一番変化した種族であるが、同時にその巨体の為に海を悠々と泳ぐ魔物染みた進化した存在であり、現在は海での遺跡発掘の為に多くが北部の海辺へと出張中。

 

「( 一一)(船の保管庫何処かな? 早く掘り切らなきゃという顔)」

 

 ニアステラでは体が大きくなり始めた頃から、殆ど海で暮らしており、糸蜘蛛を使って地表に色々と海の情報を齎していた為、見る事が多くないが、海の怪異としてフェクラールの沿岸部ではやはり半ば都市伝説になっていた。

 

「(・ω・)(・ω・)(妹様達は元気だなと上に乗られてお馬さんごっこしながら、お馬さん系蜘蛛がそう言えば来るから馬役をやってくれるか聞いてみようという顔)」

 

 たった二匹の冥領の神樹の兵隊だった鎧を着込んだ蟲から変化したミリシェナは現在、一番数が少ない種族であるが、ニアステラで少年の客人の護衛を務めており、その極めて限定的な使われ方から、強いに違いないとか言われている。

 

「(◎_◎)/\(>_<)(今日も一日、トンネル掘り頑張ろうとハイタッチする顔)」

 

 冥領の亡者達を蜘蛛化したディミドィアの多くは地下暮らしだが、地上で穴掘り蜘蛛として知られている。

 

 彼らは根本的に何でもやる蜘蛛達であり、肉体の精密制御による工具化で機械工作や工事のような事が得意であり、スピィリアを除けば、あちこちで土建系蜘蛛に混じって見掛ける者達の筆頭でもあった。

 

「(´艸`)……(今日は何か戦線静かだなという顔)」

 

 そして、冥領にいた巨人達が変異したアルヴィア達に至っては現在、北部勢力の戦線などにいて、色々と裏工作していると囁かれていたが、その実力を知るモノは殆どなく。

 

 しかし、戦線で重大な作戦に送り込まれたという話はあって、フェクラールの北部最大勢力であるアルマーニアには普通の巨人族達と同じく。

 

 きっと、スゴイ奴らなんだろうとされていた。

 

「(T_T)/(ノルマの軍事訓練をしつつ、アルマーニアも教導するの大変だなぁという顔)」

 

 竜骨から変異したドラコ―ニア達は現在、大量のニアステラやフェクラールの防衛部隊を仕切る指揮官や商隊の隊長として大活躍しており、軍の中間管理職みたいな状況で毎日毎日治安維持や軍事訓練の指導をしている有能連中と評判だ。

 

 だが、彼らの多く。

 

 殆どの蜘蛛達すらも知らない蜘蛛の種族がいる。

 

 それはひっそりと生きているせいであるが、半ば誰からも忘れ去られているからでもある。

 

 それでも彼らひっそりした蜘蛛達は存在しているし、何なら主たる少年すらも知らない内に成長だってしていた。

 

「(-o-)……」

 

 彼らは土を食む。

 

 パクパクと。

 

 そして、パクパクと土を食んで、岩に当たり、岩もパクパクと食む。

 

 岩の先に塩があり、銅があり、鉄があり、硫黄があり、黄金があり、銀があり、水晶があり、リンがあり、蛍石があり、白霊石があり、錫があり、未知の鉱石があり、遺跡があり、巨大な眠りに付く旧き者達の生み出した何かがあり―――。

 

 パクパクと彼らは山脈を刳り貫いて島の全土へと広がっていく。

 

 彼らは何一つとして主たる少年の命令が無い限りは単なる無害な蜘蛛である。

 

 あまりにも小さ過ぎて。

 

 あまりにも知られなさ過ぎて。

 

 主の影響を受けながらも、只管に土を縫うようにして食み、それ以外も食む。

 

 彼らは確かに増え続けていた。

 

 それが彼らの本当の特殊性である故に。

 

 パクパクしている彼らは時折、様々な事故によって断裂し、その度に再生し、増えていく事を主すらも知らない。

 

「(|o|)……」

 

 近頃はあまりにも異変が多い為、その度に彼らの生活環境は激変し、その度に傷付いた彼らは環境に適応、増えて今や島で最大の数を誇る蜘蛛となっていた。

 

 彼らが日の目を見るのはそれからどれだけ先の事か。

 

 誰も知らない。

 

 彼らの任務は監視、であるが故に。

 

「(=o=)……(ご主人様の命令はまだかなぁという顔)」

 

 一つ言えるのは彼らが日の光を目で見る事は永遠に無いという事だけであった。

 

 *

 

―――人豚の邦【オーデルブルグ】大答議場。

 

 人豚の種族アーブ。

 

 人と豚の亞人。

 

 彼らは旧き者達の子孫として非常に奇妙な呪いを抱えた一族でもある。

 

 それを彼らは家畜病と呼ぶが、現在その対処療法が破綻し掛けていた。

 

「以上の報告から、最後の奴隷達に関しましては人馬の邦に送り返すのが良いかと存じます」

 

 巨大な円形の地下議場。

 

 その中央祭壇に座る女が彼らの間諜が齎した情報に目を閉じていた。

 

 周囲には各氏族の長達がおり、報告者の話を前にして騒めいている。

 

 誰も彼もが簡素な白布を巻いて銀の装飾を付けた姿だが、他の国々の者達と違って、その瞳には全て呪紋の刻印が施されており、速やかに情報が伝達された事でこの緊急事態を前にして一致した感想を持っている。

 

「……そうですね。それが良いでしょう」

 

 中央祭壇の白い華が植えられた花壇を周囲に持つ玉座。

 

 周囲は魔力を転化した明かりが天井から降り注ぎ。

 

 燦燦と明るさを議場に降り注がせているが、その中央にいる女。

 

 彼女は僅か伏せた瞳で頷くに留める。

 

 仕立ての良さそうなヴァルハイル式のワンピースドレスを纏う彼女は華やかだ。

 

 飾られた花輪を王冠代わりに頂く人豚の邦の女王はもう八十代であり、そろそろ寿命とも噂されているが、それでも色褪せない威厳と年輪に刻まれた王たる資質は隠しようもなく高貴であった。

 

 その老豚は周囲の娘息子達を見やりながら、一族の子孫繁栄もそろそろ潮時である事を理解しつつ、この邦の行き先が芳しくない事を所作一つ。

 

 片手で頬杖を突いた溜息で表現してみせる。

 

「女王よ。奴隷達の処遇は如何致しましょうか?」

 

「余計な事はせずとも迎えが来るでしょう。我らは呪われた豚に過ぎない。嵐が過ぎ去るのを子羊の如く静かに見守るのです」

 

「ですが、奴隷がこの邦から消え失せれば、我らは滅びましょう」

 

「我が邦は変わらず奴隷の墓場として彼らに頼るばかりだった。此処に定住したいと思う者以外は開放なさい。その際には子供を外に連れて行く事は為らないという約束さえ守って頂けるならば、後はあちらに今までの働きに見合うだけの対価を払うように」

 

 女王の矍鑠とした言葉に周囲の40代から60代の者達がまた騒めく。

 

「女王よ。それが最善だとお考えですか?」

 

「2日前、大陸に向かわせている間諜から教会の大船団の最後尾が出航したと報告がありました。それと同時に大陸の各国家王家由来の海洋船団……“王家連合”なる一団が教会を追い越す勢いでこちらにやって来ているとか。例の島へ潜り込んでいる者が手引きしているのかもしれません」

 

 騒めく周囲を前にして老女王が片手を上げて制止する。

 

「恐らく、教会よりも先に目的のものを奪取するのが望みなのでしょう。教会は基本的に世俗に呪紋関連のモノは供与しません。彼らよりも早く重要な目標を見付ければ、後はすぐにでも消え失せる。もしくは……」

 

「もしくは北部を植民地に、ですかな?」

 

「そうですね。外界の大陸が騒がしいというのが我らの観測結果でもある。あるいはもうエル大陸には何かしらの予兆が到来しているのかもしれません」

 

 女王の背後に続く通路の先から老爺が1人やって来る。

 

「……なるほど。我らの動きは見透かされていたのですね。ヒトの……いえ、その魔力や技からして、貴方が潜入者ですか? 魔なる技を持ちし人よ」

 

 女王が初めて立ち上がり、玉座の背後へと回った。

 

 周囲は衛兵が1人もやって来ない事に騒めきながらも次々に剣を持った長達が女王の下に参集。

 

 壁となろうとしたが、女王自身がそれを制止した。

 

「お初に御目に掛かります。我が名はリケイ。大陸にて、呪紋の伝道者をしておる者です」

 

「……その神の気配。イエアド神の手のモノですか」

 

「左様」

 

 老爺が鷹揚に頷く。

 

「まさか、“人の使徒だったモノ”がこの島の“聖域”に入れるとは……ヴァルハイルの連中が諦めた様子なのを見て、安泰かと思っていたのですがね」

 

「ははは、イエアド神は教え導く神。聖域への入り方自体は最初から知っておりましたよ。まぁ、探索は出来ぬ故、繋がった場所を行き来するだけですがな。此処を見付けたのは偶然ですじゃ」

 

「偶然?」

 

「隣国はこちらの手勢で固めていたのですよ。オクロシアの手札の一つとしてね」

 

「―――ヘクトラス。あの坊や……北部を売ったの?」

 

 女王がそう言えば、隣国にはよくヴァロリアの連中が入り浸っていたなと思い出す。

 

「いえいえ、人に亞人を売るなど。そのような事を彼はしていない。これは生き残り策の一つなのでしょうな」

 

「手札の一枚に過ぎないと?」

 

「でしょう。我ら呪紋に関わるモノは教会の神勅の発動に合せて、この機を待っていた。そして、あのヘクトラス殿は聖域の一部機能を使える貴方達意外では唯一外界を観測し、謀略を練る事が出来る立場だ」

 

 六眼王を正しく評価していた女王が謀略好きの王の顔を思い浮かべて内心溜息を吐くしかなかった。

 

「ヴァルハイルの戦争がどう転ぼうとも生き延びると同時に島を放棄する計画を立てていた、というのは如何にもありそうな事では?」

 

「つまり……北部勢力の舵取り役に収まる切り札がそちらとの契約であると?」

 

「おお、さすがに聡明ですな。彼が唯一認める邦の女王なだけはある」

 

「おべっかは結構。それで今日の来訪の目的をお尋ねしても?」

 

「新たな亞神が産まれた。そして、彼は我らの思惑を超えて、今やこの北部。否、この島そのものすらも手中に納める力を手に入れつつある」

 

「彼……まさか、噂のニアステラの?」

 

「ええ、今は彼の御意見番のような事をしていまして」

 

「手の内、ですか」

 

「いえいえ、優秀過ぎて我が手にはもはや余る。今は色々と互いの利益の為に協力している次第です。そして、遂に彼は神々すらも打倒する力を得ようとしている」

 

「―――ニアステラの英雄は神殺しなのですか?」

 

「今、二柱の神を屠った彼の御仁は最も新しき神に近い。同時に嵐の前に準備を終えれば、何処の勢力とも殴り合えるでしょうな」

 

 女王が目を細める。

 

「勧誘、でしょうか?」

 

「ええ、北部を固め切る事が出来れば、各勢力との戦いは有利に運べる。その為にはこの人豚の邦の聖域から、モナスまでの道のりを確保しておきたい」

 

「六眼王から?」

 

「いいえ、独自に前々から調べてはいたのですよ。北部のあちこちを……我らは無策でこの地を踏む程、愚かではない。そして、聖域の本質は知らずとも聖域そのものに大きな力が眠っている事は分かっていた」

 

「人も教会以外だからと侮れはしないという事ね。大陸はもう呪紋の痕跡が殆ど残っていないという報告を受けていたけれど、教会以外にもまだ貴方のような輩もいると」

 

 老爺の笑みが深くなる。

 

「主にヴァルハイルの攻略が頓挫した時、聖域の周囲に群がるという諸王を打倒する事が敵わなかった時の為に此処を使わせて頂きたい……聖域を彼の英雄が踏破した時、新たな時代が到来すると確信する故。予備の可能性の一つとして」

 

「……それに我らが協力する見返りは?」

 

「先日、この島で御仁は妖精剣を手に入れましてな」

 

「―――まさか、まだ生き残りがいたの!?」

 

 女王の顔が引き攣る。

 

「余程に妖精は怨みを買っていたと見える」

 

「当たり前でしょう。妖精を滅ぼした事は我ら北部の総意。ヴァルハイルとて、そこまでは言われないでしょうが、妖精は別です」

 

「……心底恨まれていますな。まぁ、とにかく妖精剣を手に入れた御仁がヴァルハイルの呪われた氏族の子を見付けて来て、今養っているのですが……神の呪いとやらを持っていたその子を救う為、呪いを妖精剣で斬ったとか」

 

「そ、それは……まさか【七鱗(センブス・ロア)】の末裔である紅の―――」

 

 女王の顔色が変わり、言葉が途中で途切れた。

 

 ヴァルハイルの始祖竜。

 

 その力は正しく神と同等と言われるほどのものだった。

 

 そして、その力が失われつつあるからこそ、ヴァルハイルは技術と叡智を発達させ、北部最大の国力を手に入れなければならなかったのだ。

 

「まぁ、些細な話です。ちょっと体調の悪い可哀そうな孤児を保護してみただけの話ですじゃ。同じような神の呪いをアーブは一族単位で受けているとか?」

 

「ッ」

 

 そもそもヴァルハイルは竜の力が衰えなければ、異様な程に技術を発展させる事は無かったと言われているのだ。

 

 それ程に竜の衰退と神の呪いの類は重いものであり、アーブもまた同じような現状で何とか滅びぬようにと策を弄して現代に至っている。

 

 だが、国力が最大規模にまで膨れ上がったヴァルハイルですら、その始祖竜の一族は対応策を使って尚途絶える寸前、もしくは途絶えた血筋が殆どだ。

 

 彼らがいつそう呼ばれる事になるのかと戦々恐々としているのは間違いない。

 

「オクロシア。ヘクトラス様の書簡をお持ちしました」

 

 リケイが畳まれた封蝋をされた手紙を差し出し、女王が受け取ってすぐに手で破いて中身を確認し始める。

 

「………返答期限は?」

 

「御仁がこの邦に来た時に彼に答えを伝えて頂ければ、としておきましょうか。どうやら人馬の邦で此処の奴隷達を救って来て欲しいと頼まれたらしく」

 

「あの邦の騒乱の裏で糸を引いていたのは種族連合ではなく……」

 

 老爺が穏やかに笑う。

 

 勿論、彼らの預かり知らぬところで何故かいきなり神殺しと邦盗って来ました宣言する少年に呆れた視線を向けた老爺とヘクトラスである。

 

 何一つ事前の話を聞いていなかった。

 

 が、そんなのは誰に分かろうはずもなく。

 

「人馬の邦は今事実上ニアステラに占領されており、奴隷達を悪辣に扱った者達は我らの要するウルガンダの力によって、万単位で蜘蛛化して自らの業に終止符を打ったばかり。奴隷達も仲間や家族の帰還を待ち詫びているとか」

 

「つまり、我らは対価として手紙の内容を要求すればいいのね?」

 

「左様。これならば、手堅い取引となりましょう。まぁ、ヘクトラス殿は人馬の邦がニアステラに組み込まれて、関係各所へ根回しするのに右往左往しておりますがな」

 

「よろしい。この手紙は確かに受け取りました。ですが、この聖域は我らアーブのモノ。交渉すらしていない状態で人様の家に首を突っ込まないで頂けるかしら?」

 

「それは失礼を……では、この辺で切り上げましょう。ああ、そうそう最後に一つ」

 

 老爺がゴソゴソと懐を漁る。

 

「人馬の神に異変が起こった為か。新たな火種が出来たかもしれないと報告がありましてな。外界から何か来るかもしれないとか」

 

 老爺が女王に小さな鋲を手渡す。

 

「これは……あの女の……」

 

 女王の顔色が僅かに悪くなる。

 

「いや、実は御仁の為に色々と調べていたのですが、どうやらこの邦にもあの家の当主は色々とちょっかいを掛けていたとか?」

 

「………」

 

 人豚の女王が目を細めて沈黙する。

 

「人豚は確か……旧き者達の中でもノクロシアで家畜の研究をしていた一族でしたな。ならば、知っておいでのはずだ」

 

「人が我らの始祖の事を知っているとは……対外的には一切公開していないはずなのですが……」

 

「ふふ。それは教え導く神の力あればこそ、とだけ申しておきましょう。取り敢えず、貴方達も気を付けられよ。外界からの使者が如何なるモノであるのか知る限り、そうしない理由もありますまい?」

 

「そちらも“エル”の秘密を知っていると? 確かに教神の使徒ならば、さもありなんというところですか……」

 

「まぁ、我らには直接は関わりなき事。大陸の問題は大陸のモノ。此処は揺り籠なのでしょう? ならば、此処では此処の流儀が優先されるのは聊かもおかしな事ではない」

 

「大陸はもう教会以外、全てを忘れ去っているかと思っていましたが……貴方のような方もいるのですね。人の使徒よ」

 

「元です。もう往年の力も無い単なるジジイですので。こういう事が分かる者達は教会に滅ぼされなければ、もう少し大勢いたはずなのですがね。大陸という“檻”を管理していた者達の末裔ならば、立ち回りは慎重に考えても良いでしょう」

 

「……嵐が来るのですね」

 

「左様。勢力図が更に混沌として来るのは間違いない。この島を制した者が次代の歴史を築く事となりましょう。共に如何です?」

 

「白々しい……人が我ら亞人を許さぬ存在である以上、同じ神を頂いてすら、我ら亞人と人は解り合えぬ定めでしょう」

 

「さて、それはどうかと。時代は進んでいる。ニアステラにはそんな常識も柵もありはしません。そもそも亞人は人を超えた存在ではあっても、人より優れた存在ではない。旧き時代の話など今を生きる者にはどうでもよい事かもしれませぬぞ?」

 

「何も知らぬだけでは?」

 

「……それでもこの老骨は期待せずに居られない。新たなる可能性が旧き次代の嵐すらも、神話も伝説も全て吹き飛ばしてくれるのではないかと」

 

 女王が老爺の心底にニヤリとした笑みに渋い顔になる。

 

「誰に付くのかだけは決めて置いて欲しいですな。独立勢力、なんて言うのはもはや通用しない。そんな世の中となるのは確定的ですので。では、これで」

 

 リケイが通路の着た道を戻っていく。

 

 それを見送って、ようやく議場の空気が僅かに弛緩する。

 

「警備の者達が死んでいなければ良いが……」

 

 女王の側近が呟く。

 

「此処に話に来た以上は気絶程度でしょう。とにかく、来訪者を出迎える準備を……また、奴隷達の開放と同時に各地に混乱が出ぬように各氏族より軍の派遣を」

 

「了解致しました。女王」

 

「家畜と蔑まれる我ら人豚が北部の誰よりも賢い。家畜を管理する保護者役だった、などと……今では誰も信じぬでしょうね。嫌な話……本当にただ食べて寝ているだけの家畜だったならば、これほど苦労しなかったでしょうに……」

 

 女王の呟きは騒めきに紛れ。

 

「地下の者達に準備をさせましょうか。軍備の再点検と本格的な訓練の開始を言い渡します。軍は直ちに遺産を万全に動かせるよう」

 

「了解致しました。」

 

「市街戦の準備もしておいて下さい。もしもの時の為に……」

 

 次々に軍を動かす用意の為、すぐに外の衛兵達を呼んだ議場の者達は行動を開始したのだった。

 

 *

 

【マーカラ】

 

 嘗て、【廃竜機人】スクラプと呼ばれた死者の肉体をモルドにした怪物は少年によって魂ある新たな種族として転生した。

 

 半分機械に等しい彼らは全身生身のモルドみたいなものだ。

 

 

 最も近い存在はヴァルハイルの老将であった“へんきょーはく”だろう

 

 機械的な無機物部分と生体部分が融合した肉体と容姿はもはや通常の生物とは言い難いが、それはある種ヴァルハイルの幼女達に近しい状態。

 

 だが、それ故に彼らは通常の生物とはかけ離れた蜘蛛達の中でも比較的馴染んでいる存在と言えるだろう。

 

「お疲れ様です。皆様」

 

『\(・ω・`)』

 

『今日のお帰りはいつ頃になるでしょうか?』

 

『(=_=)……』

 

『はい。畏まりました。では、その頃には……』

 

「な、なぁ……あの新しい種族の長にはあの蜘蛛達の言葉が分かるのか?」

 

「わかるんじゃないか? たぶん」

 

『お前らぁ~訓練中だぞぉ!! 幾ら体が良いっつっても、サボんなよぉ~』

 

「へ、へーい!! オーダムの旦那ぁ!!」

 

『早くしねぇと新入り連中に体以外も全部抜かれんぞぉ!!』

 

 殆どの大人達は戦闘要員として第一野営地の守備隊に入って訓練しており、その後は裏方の諜報員としてウートやリケイの下で働く事になっていた。

 

 子供達は教会騎士とヴァルハイルの下、兵隊たる“たいちょー”や“へんきょーはく”と一緒になって色々養育されている。

 

「まるくす!! こどもたちにちゃんとすうがくをおしえるしせい!! かんどーしたぞ!! だが、なぜ!? われわれもなのだぁ!? われわれはおとななのにぃ!?」

 

「その幼稚な頭から色々と知識がすっぽ抜けているからだろう」

 

「く、へんきょーはく!? おまえにはきいてないぞ!? きょうのぶんのはいたつはおわったのか?!」

 

「お前が割り算に唸っている間にな」

 

「くぅぅうぅぅ?! なまいきだぞぉ!? じんがいめぇ!? きょうかいきしをあなどるなよぉ!! こんなじょさんじょうざんのもんだいくらいぃ!!?」

 

「あはは、隊長、辺境伯、他の子供達もいるから、大人組みも静かにね?」

 

「む、そうだな。マルクス。おとなたるわれわれがきりつをしめさねば」

 

「ふぅ。解った。今日はこれくらいにしておこう。マルクス殿」

 

 そして、そんな子供達と近頃親しく付き合っているのが若年層の少年少女達だ。

 

 第三神眼。

 

 そう呼ばれる三つ目の瞳を額に持つ子供達はヴァルハイルのドラグレのような外見であり、瞳が特別な以外はまるで幼児のように言葉も拙い。

 

【ヘール】

 

 自分達と同じような立ち位置にいるらしいと聞いた相手に物凄くシンパシーを感じたマーカラの子供達は構い倒しており、お兄さんお姉さん風を吹かせつつ、二大幼女と共に毎日を過ごしていた。

 

「あーは~?」

 

「あーいないー」

 

「ごーらよー」

 

「ああ、アルティエは今お仕事で野営地にはいないんだ。君達を連れて来てからも色々と頑張っているからね」

 

「まーやさー」

 

「マルクス。マルクスだよ。あーはアルティエ。ごーは……ご主人様かな?」

 

「う~~♪」

 

 第一野営地は喧しいくらいに今日も喧騒に溢れており、それを『(・ω・)ノ(元気でよろしい)』という顔で家事手伝い大好きな養育系蜘蛛達は見守っている。

 

 一気に増えた住人達は今や大所帯で寄り合い所帯である。

 

「(=_=)」

 

「|ω・)」

 

「(>_|」

 

 あちこち建物の角からで子供達を見守る蜘蛛達は日々進歩する野営地の状況に今日も平和な理由たる最前線で働く同胞達の視界を時折確認しながら仕事に勤しむ。

 

 そんな野営地の昼間、透明な巣の下。

 

 遊ぶやら学ぶやらしている子供達にとって、毎日訓練している遠征隊は正しく英雄のように見られていた。

 

「レザリア!! そっちに行きました!!」

 

「ちょ、小さい敵苦手なんだってぇ~~」

 

「お前ら本当に対照的だよな……フィーゼは細かい敵への対応力はいいが、大型相手だと近接じゃあんまりだし、レザリアは細かい戦術の組み立て苦手で大雑把な敵程に戦い上手いし」

 

「そんな事言ってないで支援してよぉ。ガシン~~」

 

「あ、第一部隊は何か苦戦してるね」

 

「そうですね。でも、こっちはこっちで苦戦してる最中なんですけど」

 

「あのさぁ……ドラクを普通の人型の大きさまで縮小した超強い兵隊を想定してますとか。普通に負けそうなんだけど」

 

「言ってる傍から音速以上で切り付けたのを吹き飛ばしてません?」

 

「クーラせんせーは呪紋も使わずに魔力転化の衝撃波だけでバラバラにしてるじゃん」

 

「近頃、何か魔力とか活力とか有り余ってるんですよね。薬のせいなんでしょうけど」

 

「あ~あの薬もスゴイというかヤバイというか……」

 

「ふははは~~どんなに硬くて速くて素早くても我の呪紋の前には無駄なのだぁあああ!!」

 

「―――ゲホゲホ!? け、煙が、こ、こらぁ!? リリムさん!? 魔力無駄遣いしちゃダメですよぉ!!」

 

「へあ!? む、無駄にしておらんぞ!? ちゃんと、この間から研鑽積んだから、我の呪紋の威力は30割増しになっただけじゃ!! 今のはこの間使った魔力と同じくらいじゃぞ!?」

 

「「……(=_=)」」

 

思わず第二部隊の二人が沈黙した。

 

「30割増しって何なんでしょうね」

 

「こっちに聴かないでよ。せんせーでしょ。はぁ~~早くメル戻って来ないかなぁ……」

 

「おーい。訓練はそこまでだぞ~~旦那様ぁ!! 休憩だぁ~」

 

「皆さ~ん。アルマーニア特製の果実の調味酒を冷やしました。酒精を抜いてあるので是非どうぞ~~」

 

「姫様。あっちでリリムさんの妹様達が泣いてます。どうやら姉の呪紋にびっくりしたようで」

 

「え、あ、はい。すぐに~」

 

 危ないからと遠目に見ている子供達だが、その姿を呪紋で壁に映して見る上映会は娯楽の一つとして第一野営地以外でも行われている。

 

 蜘蛛達や他の黒蜘蛛の巣の北部の者達にも人気な“演目”だ。

 

 事実上、遠征隊の強さがニアステラの強さであると知ればこそ、それを見るのは子供のみならず。

 

 多くの北部の者達も見やる。

 

 自分達の戦士や戦う術を持つ者達がどれほどに相手と差があるのか。

 

 それを彼らはちゃんと見ていた。

 

 見ていた上で……圧倒的に過ぎる違いの前に努力や資質のみでは超えられないものを感じていた。

 

 基本的に自分達がどんな者達に庇護されているのかを見ていれば、彼らも納得し、安堵するしかないというのが本音だろう。

 

 何せ、彼ら遠征隊が相手をしているのは大半がドラクや使徒クラスのようにも思える速さや装甲、魔力を纏った蜘蛛達が作り出した仮想敵デミ・ドラクなのだ。

 

 弱そうな相手では無い上に数も大量でドラクの先の敵をも見通したかのように訓練しており、ソレが蜘蛛達の訓練相手でもあるのだから、大概自分達が真っ二つになる未来しか見えない半端な戦働きが得意な男達は兵士としての専業者すらも顔が引き攣った。

 

『(あんなのどうやっても勝てんだろうに……遠征隊、良くやる……使徒様達すらも手こずるだろう相手を小隊単位で駆逐するとすれば、その戦力はもはや……)』

 

 ついでに海上での訓練すらされており、海の上をアメンボのように無詠唱の呪紋で渡りながら、蜘蛛達は艦隊と一緒に合同で海上防衛の訓練までしているのだ。

 

 正しくソレは質的にはヴァルハイルにも追い付いており、訓練する蜘蛛達の異様な程の強さも相まって多くの北部勢力の亞人達は盟主たるニアステラの怖ろしさと心強さを目に焼き付けている。

 

「あ、また岩人形だ」

 

 だからこそ、現在のニアステラの防備は盤石を厚塗りしている最中だ。

 

 基本的に黒蜘蛛の巣は防衛施設であり、蜘蛛達がいる部屋一つ一つが固定砲台染みた呪紋が使える蜘蛛達の詰め所に近い。

 

 号令があれば、あらゆる外的に一斉攻撃。

 

 侵入する小型の獣すらいない為、基本的に二アステラの平和は外敵と呼べるような知性ある何か。

 

 もしくは外海からやってくる敵以外に在り得ない。

 

「今日も出てるみたいだね」

 

「ありゃ、確か遺跡から出てるんだよな?」

 

「そう言われてるが、実際はどうなんだろうな」

 

「遺跡を閉じるわけにゃいかないのか?」

 

「遺跡そのものを現在、調査して、危険が無さそうなのは全部色々掘り出してるそうだからなぁ」

 

 しかし、近頃はそうでもないというのが事実であり、ニアステラで蜘蛛達が発掘した小規模な墳墓や遺跡群。

 

 そのあちこちから生物ではないが、明らかに敵と思えるようなモノがニアステラの各地に侵入し、防衛部隊や商隊と戦いを繰り広げていた。

 

「みんな~また岩人形が守備隊の人達に倒されてるよぉ~~」

 

「見る見る~!!」

 

「あ、早く行かないと終わっちゃう!!」

 

 霊体もしくは小型の呪具として外で実態を得て活動し始めるソレの多くは嘗てフェクラールでウルガンダに操られ、少年が倒した岩で出来た巨人とほぼ同じモノであった。

 

「すげー……蜘蛛何かより滅茶苦茶大きい相手なのに倒してるぜ」

 

「ホント、こいつらって強いよなー。ウルガンダって蜘蛛の氏族だってかーちゃん言ってた」

 

「御伽噺だろぉ? こいつらって元々は別の生き物でニアステラの変異呪紋で変化したって聞いたぜ? なら、氏族って言うよりはニアステラの英雄とか言うヤツの奴隷なんじゃね?」

 

「(・ω・)……(奴隷というより子供だけど、それはそれとしてこいつら呼ばわりしたクソガキの敷き布団に今夜おねしょ工作しようという顔)」

 

 岩人形。

 

 そう俗称されるゴーレム達が少年と戦った頃と違うのはその能力が極めて高い事。

 

 大半の事象をぶつける呪紋の多くが効かず。

 

 近接戦闘を余儀なくされる。

 

 だが、今のニアステラの守備隊は鋼鉄と竜骨製の装備に呪紋を用いている為、対応は可能であった。

 

 自己強化、装備の強化を行いながら連携しつつ、攻防を行う極めて練度の高い蜘蛛達が主力だ。

 

 呪紋で倒すのが効率的ではないだけで呪紋でも倒せる相手を近接格闘系の攻撃で倒すというのが実際のところである。

 

 彼らが蜘蛛形態ならば、変異させた腕で超振動拳的な脚を叩き込んで粉砕し、蜘蛛糸で自在に空中を飛び回って華麗な着地を決めて見せるわけだ。

 

 そういうのは北部でもニアステラでも子供達には近頃ならば見慣れた光景だ。

 

 人形態ならば、剣と盾と糸を用いて全身フルプレートの小型ドラク染みた装甲を用いて敵を圧倒する様子は正しく蜘蛛騎士と呼ぶに相応しい。

 

 元々スピィリア達からして人形態が若年層に見える為、親近感も沸いて、子供達の多くは蜘蛛達を手放しで賞賛し、一部の面白くない顔になる子供達は身近な英雄は自分じゃないと嫌だとばかりに膨れっ面で酷評するやら蜘蛛なんか大した事ないという層もいたりする。

 

「(・ω・)ノ|(・ω・)」

 

 敵を倒して勝ったと勝利の決めポーズを観測している蜘蛛に見せる守備隊の蜘蛛達は今や戦隊ヒーローもの染みて子供には人気だ。

 

 ついでにそれを横に見ていた守備隊の人間勢はもうオレら要らないんじゃねぇかなと思いつつも、力を急速に付けていく蜘蛛達の能力を頼もしく思っていた。

 

 今日はそろそろ昼時。

 

 蜘蛛達が呪紋で流してくれる戦闘映像が終わると子供達は何処の戦力が一番強いか談義をし始める。

 

 勿論、その後ろでは「われわれこそがいちばんつよいにきまっているだろー!!」と胸を張る“たいちょー”がいて、それを横に“へんきょーはく”が呆れた視線で見ていた。

 

 そんな折、彼らの中に混ざっていた幾人か。

 

 まだ言葉足らずなヘール達が僅かに顔を上げて、虚空を見やる。

 

「くーる」

 

「「?」」

 

 その言葉に2人の二大幼女が首を傾げた時だった。

 

 ニアステラの200m程上空。

 

 全ての黒蜘蛛の巣の傍で僅かな燐光が煌めいたかと思うと猛烈な勢いで液体が瞬時に雨のように降り注ぎ始めた。

 

 途端、黒蜘蛛の巣が今までの透明な様子が嘘のように黒く変色し、同時に周囲へ紅い発光で明滅し始め、蜘蛛達が驚いた様子で慌てて周囲の北部の種族達や一部の人間達を屋内へと避難させ始めた。

 

「ひなんはじんそくにだぞー!! あわてずさわがずじんそくにー」

 

「女子供を優先せよ!! 敵が何であれ女子供が生きていれば、芽はあるのだからな」

 

「退避ぃー!! 蜘蛛達に任せてオレらは退避だぁー!!」

 

 対処が早かったのが幸いしたか。

 

 その雨が異常事態を引き起こし始めた時、黒蜘蛛の巣の下、外にいる者達の殆どは屋内退避を完了していたが、屋外にいた蜘蛛達は雨を凌ぐ為に不可糸を傘状にしたのも束の間。

 

 地表と糸が猛烈な白煙を上げて溶け焦げていく様子に自分達も屋内へと退避。

 

 数百匹程の蜘蛛達がちょっと表皮が溶けて思わず「痛過ぎぃ(>_<)」と水属性の呪紋で肉体を洗い清めて回復系の呪紋を使い始めた。

 

 その明らかに危ない大量の雨によって黒蜘蛛の巣が解かされて白煙を上げる最中。

 

 虚空の濁ったドブ色の雨を降らせるゲート、燐光を纏う黒い空間を通ってズルリと何かが這い出し、猛烈な雄叫びを上げた。

 

「何だ!? 蛭? 竜? いや、アレは一体―――」

 

 各地に現れたソレは転移用のゲートから頭と首のみをその内部から引き出されたかのような状態。

 

 黒く流動する何か硬質な滑らかな肉体をグリュンと動かして、頭に二つあるらしい瞳らしき白い輝きを向けて、何やら確認した後。

 

 黒蜘蛛の巣の中心部に向けて猛烈な勢いで肉体を伸ばして、中核となっている封印された神殿の竜骨を破壊するべく動き出した。

 

 だが。

 

『―――!!!?』

 

 その肉体が瞬時に根本から両断されるとゲート内に爆華を用いた竜骨弩による爆撃矢が撃ち込まれ始めた。

 

 根本を断ったのは蜘蛛の糸だ。

 

 何本も束ねられた鋼の如き不可糸の出所は第一野営地の黒蜘蛛の巣の奥にいるゴライアスであった。

 

 彼の口に接続されている複数本の蜘蛛の糸はもしもとなれば、フェクラールとニアステラにある全ての黒蜘蛛の巣を操る事が出来る。

 

 蜘蛛達が近頃は呪紋の魔力を節約する為に糸電話で連絡し合うのが通例になっているが、ゴライアス程にもなると糸一本でも出来る幅は大きく違う。

 

「(。-`ω-)(まさか、こうも早く転移を用いた敵が来るとは……蛭? 例の大眷属の類か……ならば、コイツの王は恐らく聖域の周辺にいるとされる王群か。それに近しい……)」

 

 予め、自分の糸を黒蜘蛛の巣に張り巡らせていた彼が糸を操作して、ゲートから出ていた実態を切断したのだ。

 

『“各自に通達。ソレに最も近いのは蛭の化け物だ。攻撃用の呪紋詠唱は禁止とする。接近戦用意。竜骨鎧【スピラス】を装着、竜骨再生用の薬剤を充填、溶解液の固まり内部にいる本体を叩け”“ウルは必要な場合にのみ投入する”(。-`ω-)』

 

 斬った時の感触で大体の相手の正体を看破した彼の言葉が発されると同時に黒蜘蛛の巣内部に常駐していた蜘蛛達が一斉に兵器倉庫内に走り出し、とある一室に飛び込んでいく。

 

 そこには大量の自分達を模した銅像でも作るのかというような形をした下半身がスッポリ入る穴……いや、型が床に多数存在していた。

 

 赤い明かりの灯る室内で蜘蛛達が一糸乱れぬ統率でその内部に入り込む。

 

 定員が飛び込んだ途端。

 

 ガギョンッと扉の前にいた蜘蛛が壁に置かれていたレバーを下げると天井が瞬時に振って来た。

 

 室内が天井に押し潰される。

 

 あわや大惨事か?と思われたが、再びレバーが上げられると室内では鎧を装着した鈍色の機械製にも見える蜘蛛達が次々に固まった下半身部分の周囲が罅割れて、余った鉄の細い端材が脱落したのを確認し、プルプルと振るい落とす仕草をする。

 

「(´・ω・`)(準備は出来たな?という顔)」

 

「(>_<)/(おーという顔)」

 

 型から出た彼らはすぐ横の壁や中央の床からせり上がって来た棚内部に入れ込まれていた大量の試験管らしきものを次々に取る。

 

 それは大量の霊薬や秘薬が混合された代物であった。

 

 それを自分達の腰にある挿入口らしき場所にセットした途端。

 

 全身を覆う金属鎧らしきモノの内部の細い彫り込まれた幾何学模様の筋に薬液が流れ込み薄い魔力の線が奔り始める。

 

「(>_<)./././」

 

 ライン内部から全身に巡る管の行き着く先は竜骨の種が入れ込まれた部位だ。

 

 鈍色の鋼の下が蜘蛛達の肉体を覆うよう白い骨状の物体で覆われ、太るかのように大きくなっていく。

 

 竜骨の再生によって内部の装甲及び稼働部位の構造が出来上がっていく。

 

 ミチミチと音をさせながら歩き出した者達は先程の1.3倍程まで膨れていた。

 

 蜘蛛達に上下でガッチャンコとくっ付けられた鎧は彼らの外装だが、その内部のスカスカの部分を埋める素材は竜骨製のインナーだったのである。

 

 ニアステラで竜骨の再生と形成、掘削などを行って来た成型のプロである鍛冶場の力作は装甲は物理的な威力で圧着。

 

 内部は更に再生する竜骨で攻撃を徹底的に受け切るという代物であった。

 

 スピィリア達を高速で装備済みにする為の仕掛けは元々が蜘蛛形態で鎧を着込むのにスピィリア達を筆頭に多くの蜘蛛達が時間が掛かり過ぎると訴えた事に開発の端を発する。

 

 一体成型タイプの装着兼圧着と竜骨再生による部品製造を行う部屋単位の巨大な製造機器はもしもの時に素早く蜘蛛達を武装させる為に造られた。

 

「(*´▽`*)(やったね。滅茶苦茶、装備の装着時間が短縮されたよ!! という顔)」

 

 関節と内部は竜骨で埋めつつ、微細な機動力を悪くする代わりに防御力を上げる装甲は正しく全面戦争への備えだ。

 

 特にスピィリア達は魔力だの霊力だのが使われていないものは素通り出来る為、装着も瞬時に行えるし、圧着の衝撃で怪我もしないという寸法である。

 

 傷を受けて再生させる時は外装が破壊されているはずなので霊薬を流し込めばいいし、姿形を変質させられるスピィリア達は着脱もいざとなれば瞬時だ。

 

 彼らが入った型は蜘蛛達の標準体型を図り、上下で別れている。

 

 理由は正しく人形焼き染みた上下の鎧を着込ませるからだ。

 

 その下部分は僅かに粘土で浮かせられて、継ぎ目の折り曲げられた部位には鋲が最初から半分撃ち込まれている。

 

 これを圧着時に上からの圧力で鎧が下がった瞬間に折れ曲がった鋲の着いた継ぎ目が上から被さった装甲に横からはハンマーの如く鋲を打ち込んで留め接合する。

 

 という仕様なのだ。

 

「(´・ω・`)~~~♪」

 

 何でこんなシステムになったのかと言えば、数十万体分の大量の装備を造ると鍛冶場の能力がパンクしてしまうからである。

 

 とにかく彼らの武装化を迅速に進めねば、ヴァルハイルに襲われてしまう。

 

 という危機感から、ウリヤノフは鋳造時点で鎧を上下に分けて型の状態で生産していたのだ。

 

 その此処のパーツは幾つもまるでプラモのように細いランナー状の部位で繋がれていて、呪紋を用いる事で部品単位で鋳造時に脚回りの関節部は一度鉄を流し込めば、全てのパーツが不可糸の層で覆うという方法で稼働部位を残しながら作る事が出来る。

 

 これらが巨大な部屋程もある板に嵌め込まれた代物の正体だ。

 

 このようなものを作る為の炉と設備は現在、第一野営地の地下で運用されており、鍛冶場は呪紋と技術の検証研究現場として立派に役割を果たしていた。

 

 今後、他の蜘蛛達や北部勢力も参入し始めた各地の鍛冶場は同じものを備える事になるだろうが、現在は第一野営地で造られたものが各地の設備に充填されている。

 

「(´▽`)ノ」

 

 毎日毎日、呪紋で設備の温度管理やら地下の空調やらを調整している従業員系蜘蛛達は鍛冶場に無くてはならない人材だ。

 

 そんな彼らがいるからこそ、鎧を自由落下する巨大なプレス機のような部屋を用いた圧力で圧着するという滅茶苦茶雑に量産性を上げる方法が確立されたのである。

 

 あちこちの試運転され始めた鍛冶場では砂の型と鋳鉄設備と大量の鉄鉱石と竜骨を用いた文字通りの量産系装備が蜘蛛達の力を借りて建設されつつあった。

 

 近頃は石炭の出る坑道も開発されて、黒い石が大量に各地に運び込まれている為、昼夜問わず火事場の炉は燃え続けている。

 

 このあまりにも原始的な量産方法の良いところはヴァルハイルのような高度な技術が無くても砂型と鋳鉄技術と大量の鉄鉱石のような資材があれば、職人の手を煩わせる事無く大量生産可能な事。

 

 通常の何十倍もの速度で大量に鎧を造れるというところにある。

 

 部屋単位のパーツは呪紋で冷まして型から抜かれたら、コロコロと回るレールの上のコンベアー的なものに載せられる。

 

 それの行き先は部屋と同じ大きさもあるだろう竜骨の種が入ったヒサゴのような先端が窄まった機材が大量にあるライン。

 

 此処で竜骨の種を挿入し、巨大な多重層の箱に入れて搬送。

 

 現地で最終的な組み立てを行うのである。

 

「(。-∀-)(脱ぐ時はスピィリアだから、簡単だよねという得意げな顔)」

 

 下半身の関節部には竜骨の種が細かく用意されていて、部品として形成される際の最適な薬剤の配合によって必要以上に大きくなる事は無い。

 

 このような薬剤関連の研究はエルガムに丸投げされていたりする。

 

 内部の蜘蛛達を圧迫し過ぎないように竜骨再生用の爆華の濃縮液と霊薬の混合薬の比率調整は芸術的であり、魔力が同時に流れる溝の幅や溜まり場が微細に作られていたりとウリヤノフの造った機材も芸が細かい。

 

 全ては今後を見越しての事。

 

 多くの実物を身に付けたスピィリア達はしっくりくる鎧が出来たら、今後はそれを倉庫内に置いておき、瞬時に着込んで戦場に向かう事になるだろう。

 

「( ^)o(^ )(´・ω・`)(≧▽≦)(*´▽`*)」

 

 ゾロゾロと彼らが部屋から多少鈍重になって外にカシャカシャ足音をさせて消えていく。

 

 その合間にも兵器倉庫の準備室に詰める蜘蛛達が部屋の横壁をカパッと開けて、鎧の残った端材と外枠に当たるフレームを横の部屋に部屋そのものを傾ける仕掛けを起動させてザラザラと地下横のダストシュートに廃棄。

 

 再び部屋の床を水平に戻すと巨大な一体形成の上下半々のパーツを天井と床にローラーで横の部屋から移動させて、糸を用いてテコの原理で引いて入れ込み。

 

「(-_-)/」

 

 準備オーケーと合図が出るとまたスピィリア達がぞろぞろ100人近く内部に入り込んで再び部屋の外のレバーが下げられる。

 

 ガチャンと部屋の内部で一斉に蜘蛛達が装甲を装着。

 

 そのまま彼らはすぐにぞろぞろ部屋を退出していく。

 

「(-_-)……(前は訓練で装備するのに滅茶苦茶時間掛かってたっけなぁという顔)」

 

 退出後の蜘蛛達が通る通路には大量の鋼鉄と白霊石を用いて造られた彼らの得物がある。

 

 蜘蛛の使う武器という事で糸が最初に上げられるのは真っ当だが、ソレは呪紋で使える為、彼らが使うのは基本的に近接仕様の身に付けるタイプの刃だ。

 

 先程の部屋のような蜘蛛脚を入れる穴が無数に開いた体育館のような部屋に飛び込んだ彼らは次々に近場のそこにジャンプし、不可糸によって自分の肉体の軸線を穴の中央の胴体部着地部位に固定化して急速に巻き取り。

 

 火花を散らせながら脚を突っ込んで鎧の継ぎ目にガチンッと嵌る凶悪な見た目のギザギザした脚甲を接続。

 

 先程の装甲と同じように上からの圧力で折れ曲がった鋲の着いた接続部が重さで沈み込み、装甲に打ち付けて鋲が嵌る。

 

「(≧▽≦)」

 

 最後に彼らに向けて天井にぶら下がっていた同僚の蜘蛛達が温度を調節したウィシダの炎瓶による炎を真下に噴射。

 

「(>_<)(この熱さ効くぅう~~~という顔)」

 

 その熱量で継ぎ目と鋲の境目に塗られた薬剤が変質、瞬間的に超高温化して鋲と装甲が一体になった後、溶接が完了する。

 

 彼らの嵌った床が再び部屋の管理者の蜘蛛達の手で縦に数分割されると、彼らはそのまま落下し、数m下の脚を冷却する水場に落着。

 

 湯気を上げながら光が見える方角へと猛烈な勢いで飛び出していく。

 

 今やカラクリ屋敷染みた黒蜘蛛の巣の機能は歯車やら回転させる滑車やらが大量に使われており、その動力の殆どは魔力を消費しない蜘蛛達が運動したり、ぶら下がったり糸で動力部を動かす仕様。

 

 例え、人型の者達が占領しても、容易には動かす事も敵わない複雑で奇妙なものになっていた。

 

「(=_=)(糸でぶら下がると動くこの部屋の機構って自分達以外使えなさそうだよなぁ……という顔)」

 

 蜘蛛達が飛び出した其処は川から引いた水を各地に分配する用水路。

 

 直結された用水路そのものが彼らが進軍する際の塹壕であり、同時に彼らを護る壁として機能するのである。

 

 他の水辺が近辺に無いところでも穴掘り蜘蛛達の登場以後は地下水脈を掘り当てて、井戸から組み上げた水で掘りなどを満たしている関係上、問題無く同じ施設は運用されていた。

 

 次々に彼らは持ち場へ向かって駆け出していく。

 

 そうして運よく。

 

 もしくは運悪く。

 

 40mはあるだろう巨大な大蛇のような何かが蠢きながら起き上がり、黒蜘蛛の巣に向かう場面に出くわせば、戦闘行動へと移っていく。

 

「(・ω・)ギィ」

 

 誰が隊長かは分からなくても、彼らは基本的に指揮統制もへったくれもなく。

 

 普通に蜘蛛的狩人であり、同時に頭の良い賢い系なので全体指揮に忙しい上位からの直接命令が届かない限りは基本戦術で相手をする。

 

 相手が最初から溶解液の固まりだと理解していれば、対処は容易い。

 

 つまり、相手の溶解液を変質させればいいのだ。

 

「(・ω・)……(こういう輩の対処法最初に教えて貰ったなぁという顔)」

 

 彼らの脳裏は基本的には繋がっていないが、ちゃんと繋げようとすれば、情報は得られる。

 

 少年の呪紋から始まって、大量の戦闘時の記憶も見れてしまう彼らは性質に関わらず知識の面では大抵が平等に超高密度な情報に接する事が可能な環境にいた。

 

 特に延々と戦いを繰り返す主の経験値は記憶として見れば、大抵の相手への対処法が分かる優れものであり、未だにその経験を全て見られた者はいない程に膨大だ。

 

 故にどうすればいいのかもまったく分かってしまう。

 

「(|_|)……? (まずこういう攻撃手段の手合いには炎だっけ?という顔)」

 

 相手が如何に溶解液の化け物だろうと水分を蒸発させられては困った事に動きが鈍くなるのは確定的であり、中の存在の耐えられる限界温度によっては死ぬ。

 

 無論、呪紋を使うとあっちがヤバそうと上司から忠告を受けたので彼らは真っ当な方法で相手を焼く事にした。

 

 近場の酒場にいた蜘蛛達が次々に持って来たのは爆華の無発酵の樽に浸した大量の不可糸で編んだ布地であった。

 

―――!!!

 

 のたうつ巨体が次々に集まって来る蜘蛛達を薙ぎ払おうと肉体を横薙ぎにしたりデタラメに動かしてウナギの如く暴れる。

 

 次々に周囲へと溶解液を飛ばしながら蜘蛛達を倒そうとする巨大な蚯蚓っぽい何かの周囲は白煙を上げて溶けてしまう地面や建造物が同時に破片として大量にショットガンよりは酷そうな散弾にして周囲を破壊した。

 

「|ω・)(あっぶねという顔)」

 

 しかし、敏捷性が下がったとはいえ。

 

 それでも蜘蛛には変わりない彼らはその暴威をまだ破壊されていない無人の建造物を盾にしてやり過ごし、肉体に覚えがある者達はヒョイヒョイと散弾の広がる範囲を予測して避けていた。

 

 その合間に現在再生中の黒蜘蛛の巣の上まで昇った者達が大ジャンプしつつ、大量の布地を被せていく。

 

 それを振り払うよりも先に上空から一緒に落されたのは脚先をガンガンカチ合わせて起こした火花で発火させたトウモロコシの髭だった。

 

 丁度、アルマ―ニアから貰っていた幾つかの作物は現在、色々と改良されて各地で栽培されており、その残渣ならば幾らでもある。

 

 髭は火を焚く時に重宝されていて、料理人系な蜘蛛達が持って来ていたのだ。

 

 べっちょり濡れた布地の上に墜ちた火種が発火する。

 

 ズドンッ。

 

 一瞬で40メートル弱の敵が布地から放たれる爆薬の衝撃波で巣を揺らした。

 

 周囲に飛び散らなかった溶解液が大量に溢れ出し、一瞬で不可糸が燃え落ちて最中からは衝撃に拉げながらも起き上がった百数十名の何か。

 

『―――!!?』

 

 先程の布地に染みた爆薬の量では足りなかったか。

 

 まだふら付いているが、敵の肉体は正しく蛭の如く滑っており、衝撃を殺したのが見て取れる。

 

 致命傷に程遠いのは蜘蛛達にも分かった。

 

「( `ー´)ノ(突撃ーという顔)」

 

 敵は何やら前に少年が持っていたのと同じ抗魔特剣を持っている。

 

 そう……グリモッドで初めて少年が倒した相手。

 

 蛭の人型の亞人。

 

 そいつから手に入れた蜘蛛脚となる前の元々の剣が大量だったのである。

 

『!!!』

 

 それが王の眷属だと気付いた蜘蛛達は多く。

 

 同時に呪紋を詠唱していたならば、強敵だったんだろうなという顔にもなった。

 

 敵対的な相手が一斉に散らばって黒蜘蛛の巣へ突入しようとするより先に彼らの上空から跳躍して回転する電動ノコか電動ドリルかという類の体当たりが無数に襲い掛かる。

 

『?!!』

 

 猛烈な火花がその人型の蛭の周囲で無数に散った。

 

 辛うじて剣で捌いた者達は僥倖である。

 

 それが出来なかった犠牲者。

 

 もしくは流れ弾ならぬ流れ蜘蛛に当たった者は未だ溶解液に濡れる体を切断もしくは貫通され、大量の脚甲を溶かしながらも生命活動を停止した。

 

―――ギゥオオオオオオオオオオオ!!?

 

 そんな悲鳴が連鎖する。

 

 しかし、蜘蛛達に容赦は無い。

 

 巨大な蛭の如き口が自分達を溶かすより先に蜘蛛達の回転ドリル蹴りで消し飛び、バラバラになった先から更に細かくなるくらいに大量の蜘蛛脚の餌食となる。

 

「≦≦≦((>ω<))ゞ……(てやーと空中回転ドリルキックを放つ決め顔)」

 

 呪紋や再生能力などがあっても使う暇も与えないのは常套手段。

 

 対応より先に磨り潰されたのだ。

 

 辛うじて剣で弾いた者達もまた蜘蛛達の四方八方からの高速突撃。

 

 体当たり攻撃で腕を削り落とされ、脚を消し飛ばされ、肉体を解体されていく。

 

 溶解液に近しい毒の体液すらも備えた彼ら“敵”は数十匹の蜘蛛達による基本戦術“みんなで攻撃”の前に沈んだ。

 

「(*・ω・)(*-ω-)(*・ω・)(*-ω-)(これぞ蜘蛛的連携総攻撃と満足な訓練の成果に頷く顔)」

 

 要は簡単な話だ。

 

 囲んで棒で叩く。

 

 相手が近接戦闘で敵を溶かし喰らう悪魔の生物ならば、こちらは溶かされる前に相手を完全に容赦なく瞬時に砕き抉り叩き潰す天使のように優しき蜘蛛達である。

 

「♪~(´ε` )」

 

 突撃した蜘蛛達を覆う鎧の大半がジュウジュウシュウシュウ音を立てて白煙を上げつつ溶け落ちていたが、そんなのは後で洗えばいいだけの事であり、30秒弱で全ての敵を片付けた彼らの内部の竜骨装甲は溶かし切られていない。

 

 溶解液を変質させて無力化させる為に次々に炎を呪紋で吐くやら届いた中和用の薬剤の粉を撒いている彼らの動きは迅速で、ちょっと生身に溶解液を浴びた者達も半分霊体なので左程被害を受ける事もなく。

 

 当て所が悪く。

 

 脚を何本か溶かし切られた蜘蛛すら余裕そうに関節から自切して、他の蜘蛛達に背負われながら悠々自適だと言わんばかりに口笛を吹く者まで現れる始末だった。

 

「(=゜ω゜)……(こいつらの落とした剣、使えそうだなという鍛冶場仕事で毎日色々作っていたりする顔)」

 

 次々にニアステラでは討伐された相手の情報が共有され、最適で最速で相手を倒す方法論が確立されていく。

 

 敵の肝となる戦術は溶解液を無力化する為には大量の炎が必要であるという点だ。

 

 そこを呪紋でどうにかしようとすれば、呪紋に反応した大量の攻撃が相手に致命傷を負わせるべく発動していた。

 

 しかし、これを理解した蜘蛛達は少年の知識やら毎日鍛冶場や薬の製造過程で得た知識を共有しながら対処し、殆ど装備以外は数人が下半身をちょっと溶かされたくらいの被害で大量の蛭の亞人……眷属を討伐していった。

 

「( 一一)(あ、そーれ!! という顔)」

 

 そうして、未だに開いている上空の転移ゲートに向けて、近接しなかった黒蜘蛛の巣の中心塔の設備である設置型の竜骨弩から、緊急搬入された矢が放たれる。

 

 灼撃矢の液化爆薬を薄めて詰めた弾体を用いた代物だ。

 

 先程までの手榴弾程度の威力しかないものとは違う。

 

 完全に相手を吹き飛ばす巨大な爆弾に等しいモノが数十個単位で飛び込んだゲートの先が光で溢れた時、ゲートそのものが突如として消え去り、彼らは次々にその破壊方法で各地の上空の転移を固定化していた“何処か”を消し去っていった。

 

「( ´ー`)……(フゥ……やったぜという顔)」

 

 こうして、ニアステラが全ての大蛇を退けた時、午後のオヤツ時になった黒蜘蛛の巣では先日に続き、本日も宴会が催される事が決定。

 

 喜び合う蜘蛛達が躍る横で祝勝会というヤツは開始される運びとなった。

 

 多くのアルマーニアや北部勢力の者達は戦闘を覗き見た途端に自分達が何の巣にいるのかというのをヒシヒシと感じ取り、蜘蛛達が如何にコミカルな様子でフレンドリーな蜘蛛でもヤバイ連中なのだと思い出した。

 

 そう……王の眷属。

 

 人型亞人を持つ蟲の王達の配下。

 

 それは正しく一騎当千のツワモノであり、彼らにとっては生涯見る事は無いだろう古びれた伝説。

 

 そんなモノがダースどころか部隊単位の大儀式術たる呪紋を用いてさえ、ほぼ一瞬と言ってよいだろう時間で敗れたのだ。

 

 蜘蛛達の中で実際に戦闘をしたのは数百匹程度であり、更に呪紋すら殆ど行使していない。

 

 つまるところ。

 

 もはや蜘蛛達はヴァルハイルのような巨大な敵相手にも戦う術を身に付けた伝説を下す怪物として成長していたのである。

 

『……こいつらにどうやって勝ったんだ? ニアステラの英雄とやらは……』

 

 ポツリ呟いた亞人達はその理不尽さを身に染みて理解しつつ、自分達の生存を確保する為、今日の仕事へと戻っていく。

 

 そうして、各地で後片付けが始まって一段落した頃。

 

 戦時糧食として焼かれた小麦菓子が振舞われ。

 

 蜘蛛達は「(≧▽≦)やったー」と大喜び。

 

 各地の北部勢力の子供達なんかと共に一緒にオヤツ時を楽しんだのだった。

 

 もはや子供達の目は爛々としている。

 

『お前らすげーんだな!!? かっけぇー!!』

 

『( ^o^ )(いや、そんなんじゃないですと得意げな顔)』

 

 そんな区画の横では破損した鎧や兵器は回収され、鍛冶場へと送られていく。

 

 消耗した竜骨弩の弾体もすぐに生産が開始され、被害を受けた区画の修復も明日以降急速に始まったら、すぐに終わる事だろう。

 

 一つ確かなのはモナスの聖域に程近い山岳部付近で大規模な発光現象が発生し、ヴァルハイルがそれを確認したという事。

 

 このようにニアステラへの襲撃は呆気なく幕を閉じたのである。

 

「まだまだ改良の余地があるな……」

 

 呟くウリヤノフは襲撃してきた敵の躯を確認しながら、ヴァルハイルとの決戦に備えて、新たな兵器を作らねばならないと決心する。

 

 現在の竜骨弩は精霊を用いる蜘蛛達が一部存在している事から、フィーゼ程ではなくても、長距離、超射程を実現するヤバイ兵器へと変貌していた。

 

(だが、この威力でもまだ足りないとあいつは言っていた。神すら殺すあいつが……ならば、神以上の何かすら殺すモノが必要だと想定すべきだ)

 

 遠征隊のみならず蜘蛛達にも新しい武器は絶対に必要なのは間違いない。

 

 その先に何が待っているのか。

 

 誰にも分からなくても、彼らの道行きには絶対的に力が必要なのだ。

 

「神の遺骸……リケイ殿と蜘蛛達の手があれば、我らが英雄に新たな力を与えられるかもしれん」

 

 遥か遠くを歩く孤独な背中を護れるくらいに大きな力……それを男は望んだ。

 

 そう新たなる手段を模索して、黒蜘蛛の巣から見える増え続ける艦隊の船を見やるのだった。

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