流刑貴族の追放記-極獄と呼ばれた果ての地にて-   作:Anacletus

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第68話「モナスの万障Ⅴ」

 

 人豚。

 

 アーブの種族。

 

 彼らに付いて端的に表す事は簡単と他の亞人達は思っている。

 

『あ~~ん♪』

 

 道端で朝から盛っている人豚達は基本的に多い。

 

 北部で野犬を見掛けるくらいの比率で外で思いっ切り彼らは“奴隷達と”子作りに勤しんでいる。

 

 女系社会として知られる人豚達には二つの呪いがある。

 

 一つは彼らの種族の子供が非常に産まれ難い事。

 

 これは旧い時代の種族に掛けられた神話の呪いであるとされており、種族繁栄を阻む最大のものとして誰もが100回に1回程度の受胎率とされていて、それすらも大抵は殆ど妊娠初期に流れてしまう。

 

『いいぃいぃ~~~♪』

 

 人豚同士は男女ともにとても子供が出来難い。

 

 しかし、同時に彼らの呪いには抜け穴があり、出来難いのは同族とのみであり、人豚は他の亞人との間には子供が出来難くはあるものの一族間より産まれ易い。

 

 二つ目の呪いは彼らが非常に賢い事だろう。

 

 人豚の多くが他の亞人の国家では知識がいる職業に付いている程度には賢い。

 

 何故、それなのに呪いなのかと言われれば、彼らは賢さ故に立ち回りが消極的であり、あらゆる人生における障害を回避しようと動く事により、より子供を造り難くする効果があった。

 

『はーい。皆さん。避妊の授業を始めますよぉ~~』

 

『はーい(生徒一同)』

 

『とりあえず、月齢やら男女の体の仕組みは内蔵関連全てやりますから、しっかりと学ぶように!!』

 

『はーい(生徒一同)』

 

 大昔から人豚の亞人達はこの二つの事実によって、極めて希少なと言われる程度の少数民族として北部で扱われており、それを解消し、何とか国家を持つに至ったのは北部で最初に奴隷が産まれた頃の話とされる。

 

 故に彼らと奴隷の関係は切っても切れない。

 

 理由は純粋であり、奴隷達と子供を為して血族に取り込んだからだ。

 

 だからなのか。

 

 彼ら人豚の多くが旧き人々がいた時代は醜い顔が普通だったとされるが、今や美人の多い種族としても有名になっている。

 

 嘗ては特徴的だった豚鼻や肉付きの良い体形はこの数十年に至っては生まれる率にしても1%を切る程に種族単位での特徴が消え失せつつあり、その違いを他の亜人と見分ける時は頭部にある垂れ耳の形くらいしかない。

 

『あら奥さん!! 美人さんな子ねぇ』

 

『はい。可愛くて可愛くて……』

 

『奴隷上がりなんだから、体には気を付けなさい。前の扱いで体の何処かを悪くしていたら、すぐにお医者に掛かるのよ?』

 

『っ、は、はぃ……ありがとうございます。う、ぅぅ』

 

『まぁまぁ、お母さんが泣いていたら赤ちゃんまで泣いちゃうわよ? さ、体を冷やさないよう家に……』

 

 他の亞人との混血児はどちらが母親で父親でも人豚の垂れ耳と緩くカールした尻尾を持って、他の種族の血が殆ど薄れる事から、亞人殺しと呼ばれるくらいに他種族から危険視されてもいる。

 

 要は他の種族にとってみれば、混血が進むとあっと言う間に自分達の種族が消えてしまう。

 

 故に多くの種族は国内では人豚の婚約婚姻を禁止した。

 

 同時に人豚の奴隷も禁止し、もしも戦場で敗れれば殺されるのが定めでもある。

 

 しかし、それが同時にアーブが奴隷達を受け入れる土壌となったともされる。

 

 彼らは賢さ故に一族を維持していく為に奴隷を欲し、賢さ故に奴隷を差別せず。

 

 賢さ故にどんな奴隷にも優しく接して労り、老後の面倒まで見る。

 

 正しく奴隷の楽園を国家とした。

 

 嘗て、奴隷だった者達はアーブにおいては貴重な子供を産んでくれる。

 

 もしくは産ませてくれる“人材”であり、一族の維持には必須の存在。

 

 殆どの場合は家族だったのである。

 

 結果として人豚の邦は奴隷の墓場となった。

 

 要らなくなった奴隷や帰る場所が無い奴隷達が最終的に流れ着く場所。

 

 そこは同時に奴隷達が唯一心穏やかに暮らせる場所でもある。

 

 此処に流れ着いた奴隷達にまず子作りで必ず2人以上を孕ませるか産む事が求められるが、出来なくても普通の労働者になれるし、老齢ならば、乳母や家の奉公人となる。

 

 それすら出来ずとも最低限の医療も受けられれば、衣食住と墓も作られる。

 

 彼ら老齢の奴隷には嘗ての記憶や個人の情報を綿密に収集する事によって、他の亞人達の社会や常識、情報を得る事に繋がっていた。

 

 一種の諜報活動が行われているのだ。

 

『昔はなぁ。アルマーニアには双子の緋霊持ちが産まれた事があってなぁ』

 

『まぁ、お爺ちゃん。その話は332回目よ?』

 

『そうだったかのぉ?』

 

 このような奴隷に優しい社会であるアーブは同時に女性社会である。

 

 故に奴隷女には開放するよりも先に定住を勧めるのが普通だ。

 

 地位的にアーブとほぼ同じ存在として夫を持つ事が奨励されるし、その為の機関が存在し、女性達との将来の夫となる相手とのお見合いまでする。

 

 この関係でアーブは重婚社会であり、同時に子供は社会的にみんなで育てる協調主義的な育成方法が確立された。

 

 子育ての大変さを減らすには奴隷達の協力が不可欠であり、子供を産めない、孕ませられない奴隷でも子育ての為の仕事があるのだ。

 

 こうして全ての奴隷の子供はアーブとして育てられる。

 

 結果として、子供が産めなくなる。

 

 もしくは子供を産ませられなくなった奴隷達はアーブ社会においては働き手、家の労働力として生活を支える。

 

 本来の奴隷的な立ち位置ながらも、外部とは隔絶した“普通の生活”が営めるのである。

 

 これらは真面目に子作りしないとあっと言う間に絶滅してしまうアーブにとって必須の存在となり、同時にアーブ達も奴隷達をこれからも確保する為に奴隷達の生活を日々改善する事となった。

 

『まったく、豚共は本当に子作りにしか興味ねぇ連中だな』

 

『根っから卑しいんだろうさ』

 

『おっと、聞かれる前に通り過ぎるぞ。ここらは人も多いからな』

 

『だな。はははは』

 

 彼らの外部からの大まかな評価はこうだ。

 

 とても狡賢くて子作り奴隷を大量に輸入している強姦魔なヤバイ種族。

 

 事実、彼らの邦の道端はアーブ達にとってはいつでも子作り出来る現場である。

 

 何で家の中にいないのかと言えば、アーブの精力はかなり強く。

 

 住処で子作りしたら、掃除が大変だからだ。

 

『(*´Д`)はぁはぁ。いいわよ!!』

 

『く、いいんだな!?』

 

『ええ!! いいわよ!!』

 

『よし!! いくぞぉおおおおおお!!!』

 

『『ふぉおおおおおおおおお!!!!』』

 

 まぁ、やたら激しいのである。

 

 結果として外は奴隷とアーブ達の子作りパラダイスと化した。

 

 彼らがそれを休むのは外が寒くなる冬のみだ。

 

 種族の存亡を賭けた行為な上に精力旺盛な彼らは軍や野外労働で体力を発散する機会でも無ければ、奴隷達とイチャイチャしているのが一般的日常なのである。

 

 奴隷達と共に働き、同時に子作り最強種族と名高い彼らは外の誤解を利用して、関わりたくない種族の称号も手に入れた。

 

『豚の慰み者にされる連中も哀れだぜ』

 

『おぇ~~せめて、物陰でやれよぉ……』

 

『さっさと抜けちまおう』

 

『だな……』

 

 こうして彼らは現代でも種族連合とヴァルハイルの戦争なんて余所に普通の日常を謳歌していた。

 

 結果として彼らの邦は健全なお子様には見せられないモザイクだらけの邦となったが、自前の賢さのせいで制度や社会の仕組みは十全。

 

 仕事もきっちりする彼らは民が飢えたりする事も無く。

 

 1日の5分の1は子作りに勤しんでも問題無い状況であった。

 

「………(´・ω・`)」

 

 そんな国に少年がやってくるよりも前に入り込んでしまったのはとある呪紋で欲望を開放された蜘蛛の一匹であった。

 

【ミートスの知借】

 

 その呪紋を受けた彼は先日の神殺しの切っ掛けとなった。

 

 一匹のブラブラ旅路の蜘蛛である。

 

 変わった国もあるんだなーという感想を抱きつつ、情報収集していた彼はイソイソと人型形態で生命付与で誤魔化している糸製の馬を使い、カポカポ邦の内部への道へ入り込む。

 

 その様子は普通のアルマーニアの旅人だろう。

 

 それ自体が今は珍しいのだが、子作りに夢中な道端のアーブ達は別に気にした様子も無い。

 

「(・ω・)?」

 

 しかし、何か違和感があるなーという顔であちこちを物珍しそうに見物していた彼は街道沿いの大きな街でようやく理由に気付いた。

 

 北部ではありふれた家畜の類がいないのだ。

 

 どうしてなのかは分からないが、家畜小屋や馬糞の臭いが微塵も無い街道や糞尿が垂れ流された形跡も無い軒先というのは常識的に在り得ない。

 

 大国の首都ならまだしもアーブは小さい国家だ。

 

 ついでに言えば、労働力を全て家畜無しに行う事は不可能。

 

 だが、人口と国土は反比例して人豚達の人口は多いともされる。

 

「……|ω・)」

 

 これは何かありそうという顔になった蜘蛛は馬を適当に放し飼いにしたように見せ掛けつつ、街道沿いの街のあちこちの壁から何か家畜の痕跡は無いかと「じ~~~」と観察し始めた。

 

 これぞ「怪奇!! 家畜の邦に家畜がいない!?」である。

 

 豚は北部では食用の家畜であり、冬場の食糧なのでアーブの邦の別名は家畜の邦である。

 

 それは奴隷差別の意識がある者達によって奴隷を受け入れている事への侮蔑も込められているが、今となっては種族連合としては奴隷を廃止した後の人材を取り戻せる可能性として目を付けられていたりする。

 

「………(´・ω・`)」

 

 一体何処に秘密が隠されているのだろう、と。

 

 彼はイソイソとあちこちを半透明の霊体蜘蛛として歩き回り、建造物の上や周辺地域の森などにも脚を向けたが二時間程の調査では家畜と他の労働力らしいものは見当たらなかった。

 

 ただ、一つ不可解なのは労働している者達はいるのだが、重労働となる畑の耕作や荷下ろし荷揚げのような事が昼間に行われてなさそうという事だろう。

 

 馬すらいないのだ。

 

 奴隷商達が立ち寄る場所はちゃんとあったのだが、近頃の戦乱のせいで奴隷が消えて錆びれつつあり、馬が一頭も見当たらないし、馬車用の馬すら無い。

 

 だが、街の生活は豊かで物流が滞っている様子も無い。

 

 モノの移動が活発なはずであろうくらいには街が明るく豊かなのは一目瞭然なのに物流用の労働力が確認出来ないという事は既に何かしらの隠蔽が行われている証左である。

 

「( 一一)」

 

 これは何処かに物流拠点があるなと考える彼は街の下水道に目を付ける。

 

 上下水道があるのだ。

 

 石造の旧いもののようだったが、よく手入れされており、上水道に関してはアーチ状の橋と街から離れた山間から引いている水道橋が見える。

 

 山奥には堤。

 

 つまりはダムも置かれているようであり、たった一つの街が抱えるには巨大なインフラであった。

 

 こうして彼は予測を立てつつ、穴掘り蜘蛛の友人に連絡し、ちょっと穴掘りのコツを聞きつつ、森の方へと向かうと山林の傍でやおら脚を呪紋で灰色に変色させ、ガリガリと地面を掘り始めた。

 

 ちょっとした井戸くらいの深さまで掘り固めた彼が固めた穴に手を当てて振動を感知し始めると明らかに普通の地上からの振動とは違うものが大きく検知出来た。

 

「(=_=)(これはやってますねという顔)」

 

 イソイソと30分程掛けて音の発信源へと高速で穴を掘り続けた彼が最終的にブチ当たったのは大きな一枚岩の横壁だった。

 

「( ̄ー ̄)(ビンゴという顔)」

 

 彼がゴソゴソと懐から白霊石の粉の入った袋を取り出し。緋色の粉末をザラザラ口に入れる。

 

 粉末に封入された霊力が呪紋で魔力に転化。

 

 回復したら、新しい呪紋を石壁に掘った彼が土壁の先に現象の出力を設定し、壁の外に極小の糸蜘蛛を出現させる。

 

 壁を糸一本で貫通させ、呪紋の効果で長距離まで偵察出来るように強化した米粒程の糸蜘蛛は彼の分身となって目と耳を持つ偵察役だ。

 

 小蜘蛛がキョロキョロすると薄暗い周囲はどうやら配管らしく丸い管の中らしい。

 

 明かりが漏れている出口方向へと向かい。

 

 出口に到達した糸蜘蛛が見たのは巨大な地下都市であった。

 

 そう、それは穴掘り蜘蛛の前身であるヴァルハイル軍が発掘していた都市と同じ形式。

 

 しかし、規模だけはやたら数倍はありそうな領域であった。

 

 もしかしたら、アーブの小邦の数倍にも届くかもしれない程に広く。

 

 地平がある領域は正しく冥領にも似ていた。

 

 ただし、その繁栄というにも広大な領域に灯る明かりの多さは正しく大国の首都の祭りかという風情であり、その夜景にしばらく糸蜘蛛は主の意志を反映して見つめていたのだった。

 

 *

 

『もしも誰かの醜さが世界を変えてしまうなら、人の美しさが世界を滅ぼしてしまうかもしれない。そうは思わないか? 大司教殿』

 

 ふと男は誰かの声に目を覚ます。

 

 明け方の頃。

 

 いや、不死者たる神聖騎士は眠らない。

 

 だとすれば、それは束の間の白昼夢なのか。

 

 男は倒れ込んでいた。

 

 俯せに。

 

 だが、本来の能力からすれば、それはあり得ない事だ。

 

 消滅する程に攻撃を受けたならば、形も残っていないはずなのだ。

 

 だが、そうではない。

 

 人のように疲弊し、人のように気を失っていたとすれば、それは正しく奇跡か。

 

「ッ―――」

 

 満身の力を込めても動かない肉体を彼は意志力のみで駆動する。

 

 魂が肉体に優越した存在であるからこそ、肉体の一辺までも力に変えて動かす事が彼ら神聖騎士には出来る。

 

 赤い月が出ていた。

 

 いや、赤いではなく緋いと言うべきか。

 

 神々しくすらある月の下。

 

 周囲に倒れ伏す大量の教会騎士達は息絶えている者もいれば、辛うじて生きている者もある。

 

 しかし、彼の目に映るのは数名の見知らぬ鎧を身に付けた教会騎士。

 

 そう、まるでヴァルハイル軍が使う大人形のような機械的な装甲を付けた者達。

 

「……枢機卿配下の第三世代か。【AXT(アクスト)】の部隊はまだ猊下の近衛だけかと思っていたが」

 

「神聖騎士サヴァン。いえ、元大司教と呼びましょうか」

 

 背後からの声に男が振り返りもせずに唇を噛んだ。

 

「何人残った」

 

「お手勢は39名を保護しましたが、教会騎士の死亡者の多くが彼女の手勢に連れ去られました」

 

 サヴァン。

 

 男が前を向いて霞む瞳で緋色の月の下。

 

 常の温和な口調も忘れた様子で鋭く遠方を睨む。

 

 神聖騎士達と互角に渡り合いながら後退していく敵の女は彼を下した強者であったが、強者である以上は同じ強者が複数人掛かれば倒せる敵でもあった。

 

 だが、槍一本。

 

 槍一本で彼と全ての守備隊は全滅させられたのだ。

 

 それは明らかに尋常ならざる神聖騎士を超える怪物という事に外ならない。

 

「不覚というには性能差が在り過ぎる。能力の根本的な不足か……緋隷王配下と名乗っていた。初見殺しは相性が悪いな。やはり……」

 

「ほほう? つまり、当時の死んだ神聖騎士達が何とか封印したというアレの配下ですか」

 

「……そちらの戦力は?」

 

「振り返ればよろしいかと」

 

 その声にようやく男は感覚が戻って来た体で背後を振り向く。

 

「―――猊下の本隊はまだ到着が先のはずだ」

 

 そこには300名近い完全武装の神聖騎士……否、画一化された高水準の武装と練度を誇る部隊がいた。

 

 しかし、その殆どがサヴァンや他の神聖騎士とは違って個性のようなものが見受けられない。

 

 辛うじて分かるのは体格や背丈や性別が違う者がちらほら混ざっている事くらいだろう。

 

「ははは、教皇様に感謝なさると良い。昔のよしみだと仰られていましたよ」

 

「……はぁ、よしみ、か」

 

 サヴァンが昔馴染みの顔を思い浮かべて溜息を吐く。

 

「ええ、押し付けられた者の責務だとか」

 

「それで?」

 

「貴方達が苦戦しているのではないかと占って後、素早く動ける3割を自らの警護から外され、先行させました。おかげで機材、人員、諸々の装備を置いて来たのですよ?」

 

「……三割というには少な過ぎるな。それと後方の戦えぬ者達は?」

 

「全員無事です。先行部隊から更に素早く動けるものだけ選抜しましたので」

 

「そうか。後方の者達が無事ならば、死んだ者達も報われる……」

 

「まぁ、如何な神聖騎士も面目躍如というには聊か傷付き過ぎたご様子。後方で魂魄の回復を行うのが良いかと」

 

「久しぶりに此処まで追い込まれた。教会本部の武装さえあれば、もう少し粘れただろうが、我らは今のままでは所詮型落ちというところか……」

 

「相性が悪い。魂魄への直接干渉による攻撃。更にその干渉能力そのものでの能力差は仕方ありません」

 

「ならば、教会本部の装備が来るまでは単なる使い減りしない雑兵か……」

 

「死なずとも限界超過した場合、活動停止の可能性は高かった。古強者がどれだけ強くとも上には上がいるし、進歩した力を前にしては敗北も在り得るでしょう。そこまで卑下なさらずとも……」

 

「………」

 

 サヴァンがもう見えなくなった敵の女と追撃部隊が向かった方面の上空が紅く染まるのを見やる。

 

「あのリケイ老に2人も不死殺しされたとか?」

 

「ああ……」

 

「まぁ、現世最古の元使徒だけはあると」

 

「そろそろ決着か」

 

 緋色の髪の女。

 

 高速機動による連続波状攻撃を前にして槍一本の相手はサヴァンと戦っていた時とは違って、一撃も貰うわけには行かないという顔で忌々しそうに逃げて行ったのだから、増援が相当な装備と練度であるのは間違いない。

 

「猊下から言伝は?」

 

「『馬鹿正直のサヴァンが生きていれば、適当に保護してやれ。それとまだ死んでいないのならば、新しい装備でもくれてやれ。こっちは主神の降臨祭で忙しい』と言っておられました」

 

 サヴァンが長い溜息を吐く。

 

「左様か。他の騎士達は北部に橋頭保を築いている。敵の戦略兵器で崩壊する前に戦力を送り込むならば、今しかない」

 

「と、言われましても、我らは精々40分の1。駆け付けてくる3割の残りは1週間後です。彼らが来るまでは物資0。押し潰しには足りませんな。恐らく」

 

「では、緋隷王とやらの討伐ならば?」

 

「相手が緋霊の階梯程度であるならば、問題無いでしょうが、受肉神がいた場合、こちらが殲滅されかねない。此処は護りの一手。しばらくは北部とやらに続く道を我らの手で作っては如何でしょう」

 

「消極策だと? どういう風の吹き回しだ? AXTが攻めもしないと?」

 

「現在、大陸規模で王家国家の首班達が教会の独断と横暴に断固反対すると言って、我らの船団にも匹敵する規模での上陸作戦を敢行中です。何割残るのは知りませんが、要は分け前を寄越せという話らしいですよ?」

 

「互いに漁夫の利狙いか。取り分が欲しい相手に敵も残しておくと?」

 

「此処に取り分とやらがあるかは知りませんが、あちらは教会の機密を多少盗み見て本気になったらしく。封印した五大災厄を持ち出したようです。おかげで封印廟が幾つか破壊されました」

 

「何という……愚かしい事だ」

 

 男が溜息を吐く。

 

 幾つかのものは男も封印に直接携わっていた。

 

「北部は魔窟。アレらを使ってようやく五分くらいの話でしょう。ある種、我らの助攻になれば良しと教皇様は不埒な方々を見守るご方針です」

 

「大陸から余計なものを持ち出して此処に封じる計か。如何にもあの方が考えそうな事だ。それも資金は各国持ちで懐も痛まないと……大陸の子羊もその内大分減りそうな話だ」

 

「その時こそ、我ら教会が民衆を導けば良いのですよ」

 

 その時、喋る男達の背後。

 

 月明かりが隠された。

 

「ッ―――持って来ていたのか!?」

 

 サヴァンがソレを見上げる。

 

 今まで完全に透明になっていた何かが彼らの頭上の緋色の月を覆い隠していた。

 

「ええ、対呪肉神用の兵器ですから。まぁ、戦略兵器程度ならば、撃たれたところで傷付きもしないでしょう。枢密院のお墨付きです。我ら教会の切り札の一つとしては下の下ですが、正真正銘の神殺し用ですよ」

 

 ソレは緋色の月を覆い隠すように唸り声を上げる。

 

 だが、あまりにも巨大な唸りに周辺の者達が耳を思わず抑えた。

 

「そこらの山よりはデカそうだ」

 

「ええ、受肉神を狩り尽くした我々だから作り込めるものですし、50年ものの樽くらいの価値は保障します」

 

 声の主は苦笑気味であった。

 

 風ではなく大気が唸る音が轟々と彼らの頭上で周囲に響く。

 

「各地の受肉神の霊廟は空になっていそうだな」

 

「再増殖まで300年は必要かもしれないとか言われましたね。これ以外は何も積めなかったのだとご理解を……」

 

「船に覆い被さって来たのか? 馬鹿馬鹿しい方法だ」

 

「ははは、呪紋が無ければ、海を渡るなんてとてもとても……いや、浅ければ、海底を歩かせても良かったのですが、この周辺海域はかなり深い。嵌ると抜け出せない巨大な海溝が幾つも有りまして」

 

 彼らを怖ろしい程に大きな何かが四本の脚で跨ぐようにして通り抜けていく。

 

 恐らくは2km近い体躯。

 

 空の月明かりが時折、透過する部分が彼らに陰影を差し掛ける。

 

 それが吠えた時、遠く遠く。

 

 島の中央域。

 

 モナスの聖域周囲が一瞬だけ騒めいた。

 

 その端の岸壁からその巨大な半透明な何かを見やる者達の目が集まり始め、遂に教会の本格侵攻が開始された事が王達に知れ渡る。

 

 その夜こそが、新たな戦端の幕開けであった。

 

 *

 

 教会の先遣隊が入り込んだ島内が騒がしくなり始めた頃。

 

 また、ヴァルハイルでも異変が起こり始めていた。

 

「ヴェルギート!! 一体、何が起こっている!?」

 

 王城内部。

 

 聖姫と呼ばれる彼女はそう王城内から見える映像情報の一つが浮かぶウィンドウを虚空に広げながら、対策関連の者達を次々に呼び出しつつ訊ねる。

 

『……どうやら王達の列する襲撃のようです。嘗て、聖王閣下の成した偉大なる四大業……その一つは聖域を守護せし王群……王の排撃。しかし、生憎と我らに今嘗ての備えと人員は無い……知られているのかもしれません』

 

【正当なるヴェルギート】

 

 蒼き全身モルドの鎧男は王城配下400名の騎士隊と共に後方から向かってくる巨大な数百m級の空飛ぶドラク。

 

 未だ身を起こしていないソレを背に駆け付けて来た高都の防衛戦力の陣頭指揮に当たっていた。

 

 彼らの見る最中にも山が蠢いていた。

 

 そうだ。

 

 王城の背後の山岳が禍々しくも赤い赤熱と黒いヘドロのようなものに覆われながら溢れ始めていた……いきなりの事が起こったのは15分前の事。

 

 逸早く気付いた城の者達がすぐに体勢を整え。

 

 聖姫脱出用の退路と同時に防波堤となるべく。

 

 全ての王城付きの戦力を展開させ、呪霊機の乗物で大量に守備隊や警邏が動員され、王城付近から避難勧告が発令された。

 

『こちら観測室!! 広域観測呪紋による観測結果をお伝えします!! 王城後方4里内の山岳部に大量の人の倍はあるだろう黒く高熱の罅割れを持つ複数種類の甲虫を確認!! 続けて、川縁よりドラク程に巨大な蛾らしき薄ら蒼い鱗粉を撒く巨蟲が300体以上!! 更に後方の聖域方面より黒い雲霞の如く無数の飛蝗が来襲中!! また聖域方面に昨日まで無かった塔を40本から確認しており、これは―――恐らくですが、人程もある蛆のようなものの集合体だと思われます!!』

 

 全ての映像が彼女のデスクの上に届いていた。

 

「ヴェルギート!! 空にいる兄に不用意の攻撃は仕掛けるなと念押し―――」

 

『どうやら遅かったようです。アレを』

 

 通信の先。

 

 後方からやってきた巨大なドラクの寝そべったままの肩部から迫出した橋のように巨大な何かが山岳部に向けられる。

 

「な―――」

 

 そして、撃たれた。

 

 その橋のような砲口の先から光が溢れ、猛烈な速度で山岳部の奥まった地点に直撃し、猛烈な熱波がギリギリ王城に届かない程度の威力で周囲を光の最中に呑み込む。

 

『な、何だぁ!?』

 

『まさか!? 撃ったのか!? 大槍を!!? 此処は高都なんだぞ!? 王城は無事かぁ!!?』

 

『耐熱防護ぉお!! 生身の連中はドラクの後ろに下がれぇええ!!』

 

 猛烈な爆風が直撃地点から吹き上がり、巨大なキノコ雲を形成する。

 

 だが、同時に王城近辺にいた部隊は次々に爆風の余波と余熱と言える数百度の直火焼き染みた熱量を前にして呪紋を用いながら呪霊機やドラクの背後に回った。

 

 そんな戦場に外部音声が鳴り響く。

 

『はっはぁあ!!! これがヴァルハイル!! これが高都だ!! 高が蟲風情が我らに敵うと思うな!! 先手必勝!! 各部隊!! この機に乗じて後方と分断された前衛に火力を投射し、完全に殲滅せよ!!』

 

 巨大な船か筏かという空に浮かぶソレはそう王城付近に命を下す。

 

『守備隊は防御陣地の形成を急げ!! ドラクは全火力を前衛部隊に放った後!! 即座に補給して、再び火力を投射せよ!! 敵前衛を此処で叩かねば、浸透されるぞ!! 工作部隊!! 後方より設営準備を急げ!! 敵軍の殲滅された場所に広域展開するぞ!!』

 

 勝手にヴェルギートを差し置いて現場を仕切り始めた男の声に守備隊が本隊の方面を見やる。

 

 すると、すぐに全隊に呪紋による通信が流れた。

 

『こちらヴェルギート。皇太子殿下の命に従い。直ちに浮足立った敵前衛を叩く。守備隊は3隊に分け、城の護り、工作部隊の護衛、前衛の排除に当たる。後方二隊は呪紋投射のみで良い。皇太子殿下におかれましては次の大槍の発射まで後方で安全に武装の冷却と補給を行って頂きたいと―――』

 

 呪紋による通信が終わらぬ内に鼻が鳴らされた。

 

『いいだろう。やってみせよ。ヴェルギート。妹殿のいる城を断じてあの蟲共に攻めさせるな!! これより我がドラクの補給に入る!!』

 

 巨大な未だ身を起こしていないドラクが後方へと下がっていく。

 

『敵は王群である!! 古参謀を招集し、情報の解析に当たらせろ!! また、当時の戦線を戦った老兵達に情報と戦術を求めよ。聖域付近に存在する全ての王達は嘗てヴァルハイルを滅ぼし掛けた強者である!! 心して掛かれ!!』

 

 皇太子が下がった事でようやくまともに指揮が出来るようになったヴェルギートが自らのドラクに跳び上がって搭乗すると同時に部隊を率いて未だ業火に燃え上がる後方からやって来ている蟲の大群に向けて呪紋の合同掃射を開始した。

 

『―――姫殿下』

 

『ヴェルギート!! せ、戦況はどうなっておる!?』

 

『今のところ、皇太子殿下の案でよろしいかと。ただし、観測用のドラクを出しましたが、聖域方面はどうやらまだまだ敵軍が詰めている様子です。敵前衛を排除したとしても、防戦となれば、戦力が厳しい事に変わりはありません。肉薄しての突撃は控え。陣地を築いての防衛戦とします』

 

『わ、分かった!! 大槍を他から輸送させるか?』

 

『いえ、今のところは皇太子殿下のものだけで良いかと。しかし、相手が対策をしてきた時の事を考えると……夜間の浸透襲撃が確実にあります。戒厳令と夜間外出禁止令を即時発令して下さい。軍参謀本部に高都の非常呼集用の予備役の即時警邏への補填を』

 

『分かった!! 他は?!』

 

『高都から都民を脱出させて下さい。特に次世代の若年層及び技術者と研究者を中心に遷都すべきです。いきなりの事でしたが、恐らく何かしらの理由があるはず。聖域の活性化が確認されていた以上、いつ王達が次々に襲来するかも分かりません』

 

『そう、か……種族連合との戦いも潮時か』

 

『講和の打診を。この際、賠償、金銭や物資の事は全て呑んでも構いません。まずは戦線を減らすようお考えを』

 

『分かった。何か必要なものはあるか?』

 

『シシロウ卿。角の騎士。それと今は学校に詰めているあの方を招集して下さい。四卿。いえ、六卿としてすぐ軍の再編成を。種族連合と停戦した戦域から引き上げた戦力を用いて行うのが恐らく妥当な対策でしょう』

 

『分かった。苦労を掛ける。事前に用意していたとはいえ、まさか民が高都を離れる事になるとは……不甲斐ない』

 

 唇を噛む聖姫にヴェルギートが虚空の映像越しに首を横に振った。

 

『いえ、此処に残る者達も少なからずいるでしょう。彼らをまとめ上げるのは聖姫殿下以外におりません。此処は最前線となります。都市外縁に本陣を敷いて、歓楽街などから物資を得るのが良作かと。あそこには色々と揃っています。そちらに軍の本部機能も移転を……今は民の避難と軍と守備隊の立て直しが第一。地下の皇太子殿下にも地表での防衛線の為に戻って頂くようにと出来れば』

 

『了解した。すぐに戻って来る。しばらく、此処を頼んだ』

 

『我が一命を賭して』

 

 彼ら城の周囲に展開した守備隊はその夜、緋色の月明かりの下。

 

 次々に焼け焦げた蟲達と接敵し、次々に呪紋で焼き払いながら敵の個体数を減らしながら進軍。

 

 城の後方でドラクを殆ど損耗せずに何とか陣地の構築へと入った。

 

『これより呪紋斉射と共に肉薄する!! 呪紋の効きが薄い個体を肉弾戦で排除せよ!! 我が方は数も魔力も多くない!! 敵増援が来るまでに陣地を何としても設営するぞ!!』

 

―――おぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!

 

 彼ら高都の守備隊が敵と戦って分かった事は二つ。

 

 甲殻を持つ蟲達は極めて硬い上に呪紋への抵抗力が高く。

 

 また巨大な蛾が空から落とす鱗粉は怖ろしく生物に有毒であった。

 

 一部、生身の者達が僅かにやられてはいたが、それでも即座にヴェルギートの判断で鱗粉を焼き、甲殻の蟲達が打撃武器で打ち砕かれた事で何とか最初期の対処は完了していた。

 

 そう何とかなりはしていたが、明らかに彼らの数は攻め寄せて来る敵に対して圧倒的に足りてはいなかった。

 

『(新型が最低限度の能力で組み上げられたとしても後10日以上掛る。あの機関の試作品を依頼していたエル卿の話ではアレの開発も少なからず1月から2月……例え、明日停戦したとしても戦線からの引き上げた部隊を再編するのに最低8日。移動完了までに掛かる日数は少なからず20日以上……持久戦、か。消耗戦に陥れば、我らは―――)』

 

 ヴェルギートが次々に迫って来る巨大な甲殻蟲達の関節部を剣で突き刺し、斬り裂き、他のドラクが持ち出したハンマーの類も使わずに単独で相手の群れを突破していく。

 

 その後ろから続く部隊は盾を構えながら道をこじ開けて敵軍の前衛の背後までも突き抜ける槍と化して、後方から包囲へと向かう。

 

『敵は早いぞ!! 対処される前に回り込んで包囲殲滅せよ!! 群れる前に小規模に分断し、確実に仕留めてゆけ!!』

 

 ドラク達が次々に雪崩れ込む敵前衛の大穴。

 

 そして、彼らを見送る前衛の者達は大量の蟲を推し留める為、次々に呪紋による地形の変貌で相手を孤立分断させていく。

 

『攻囲呪紋準備よろし!!』

 

『地属性攻囲呪紋【竜の巣】!!! くたばれ化け物共がぁあああああああああ!!!』

 

 残されたドラク達が次々に地面へと得物を突き刺していく。

 

 その瞬間、彼らの得物から前方の地面が猛烈に盛り上がって隆起しながら、1機30m近い刺々しい岩石の巣にも見えるような円陣の如き巨石群を爆発的に発生させる。

 

 その巣に串刺しにされた蟲達が不快極まりない高周波を悪戯に乱高下させたような叫びを上げながら岩石の槍衾によって解体され。

 

 同時に蟲達は猛烈な勢いで雪崩れてくる岩石の崩落に巻き込まれて押し潰されていった。

 

『敵前衛が崩れた!! 跳躍後、次の段列を分断するぞ!! 浸透用意!! 全機魔力供給急げ!!』

 

 現地は正しく地獄であった。

 

 巨大な巣の崩落からも逃げ延びた蟲達は次々に彼らに肉薄して、数任せに押し掛かり、敵を行動不能にしながら、潰して関節を破壊しようと群がって来る。

 

 幾ら剣で槌で押し潰そうともその数は決して尽きる事が無いように見えた。

 

 一匹一匹はドラクには敵わない。

 

 だが、10匹集まれば破壊可能。

 

 ソレらが次々に焼け焦げた肉体で突撃してくる。

 

 もしも、それが十全、万全の状態での敵軍の突撃であったならば、明らかに彼らは劣勢では済まない敗北を喫していただろう。

 

『怯むなぁあああああああ!!!』

 

『此処は高都の城なるぞ!!』

 

『我らが後ろには民がいる!! 死んでも通すなぁあああああああああ!!!』

 

『行けぇええええええええ!! ヴェルギート様に続くのだぁあああああああ!!!』

 

 城の周囲が騒がしくなった夜。

 

 彼らは夜通し、蟲の残党達と戦う事になる。

 

 その被害はドラク損耗1、大破2、中破10、小破全機というものとなったが、それも全ては彼らを率いる者が迅速に敵を包囲からの殲滅で一匹残らず倒したからに他ならなかった。

 

 音速を超える機動で獅子奮迅の活躍となったヴェルギートの機影が敵の甲殻とすれ違う事で出来た傷だらけの全身を朝日に晒す頃、分けていた部隊が次々に参集し、陣地を工兵と共に構築し始め、昼過ぎには山岳部は薄く広く小規模な陣地と塹壕を多数持つ戦場となるのだった。

 

『これは勝利ではない!! 次波が来るぞ!! 全隊!! 中破以上大破以下の者以外は部品交換後速やかに戦線へ加われ!! 次の大槍の斉射まで持ち応えてみせろ!! ヴァルハイルの勇姿達よ!!!』

 

―――ォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!

 

 蒼き機体の剣に集う者達が焼け焦げ、蒸発した山岳部を走破してやってくる敵軍を前にして呪紋の斉射用意に入る。

 

 そして、朝一番の号砲によって敵軍の次波前衛は壊滅的な被害を受けるに至ったのだった。

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