流刑貴族の追放記-極獄と呼ばれた果ての地にて-   作:Anacletus

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第69話「モナスの万障Ⅵ」

 

―――?????????????????日前。

 

 少年が自らの限界を悟ったのは凡そ始りから千年は越した頃。

 

(技能に付いて行く肉体を常識的な速度で練ずるのに3ヵ月は全ての時間を使っても……)

 

 少年は初日の魚を釣り終えた頃。

 

 そう目を細めて空を見上げる。

 

 数え切れない夜を過ごした少年はずっと技能を、叡智を修め続けた。

 

 しかし、常識的な練習や肉体の強化には限りがある。

 

 それを伸ばす薬が手に入るまでを寝ずに最速で到達しても、伸びしろはあっても伸ばす時間はあまりにも短かった。

 

 だから、彼は限られた世界の只中で何度も何度も確認し続けた。

 

 何を得るのが最も効果が高いか。

 

 どうすれば、最も始りに最高の初動となるか。

 

『釣れていますか?』

 

『おや、お姫様かい』

 

 何もかもが流れていく世界の早さに唇を噛み締めるよりも、その方策を考え、最も始りにおいて必要な行動を最短で行う。

 

 休息を入れれば、肉体や精神の摩耗から考えても万全で戦う為にはどう頑張っても限られた日数で全てが決まる。

 

 彼の力が1下がれば、それは現実で10秒のロスに外ならず。

 

 だからこそ、最も必要なのは最高の効率と力を手に入れる方法論を確立する事であった。

 

 そして、それはつまるところ正道ではない。

 

 だが、外道を用いて尚、それを最適化して尚、確率の壁は決して容易には開かない。

 

(ステータス不足。更新する情報の不足……必要な可能性が出て来ない。このニアステラとフェクラールから出ない限り、次の選択肢が無い)

 

 あらゆるものが不足していた。

 

 何処まで行っても有限から無限は得られない。

 

 だから、有限の可能性と確率を突き詰めて情報から道筋を最適化しても何処かで道が途切れてしまう。

 

 無駄な時間を一切使わないとしても、同時に必要な野営地の協力や結束が得られなければ、全ては崩壊していく。

 

(最優先は野営地の団結。次点でエルガムの決心とウリヤノフの鍛冶場での活躍……オーダムによる野営地の護衛、マルカスによる海賊達の教化)

 

 全てを両立する為に必要なのは野営地の現状をどうにかしながら、自らも強くなるルート。

 

 しかし、その限界は常に時間制限の中で多くがアルマーニアとの戦争で潰れる。

 

 時間経過後に終わりを示す破局は人智を超えて、超常の域すらも超える。

 

(物資の充足。危険の排除……王達の早期討伐。そして、ウルガンダへの勝利。アルマーニアとの関係構築……北部への進出ルートの確保)

 

 何もかもが足りない。

 

 最初から全てを上手く行かせる為には最初の時点でステータスが足りない。

 

 だから、必要なのは最初期に力を得る事。

 

 何をしても、どれだけ死んでも、どんな状況で死に征こうとも絶対に必要なのだ。

 

 最初の力が……最初に彼が必要とする力が……それが無ければ、どれだけ無謀な賭けに勝ってもその掛け金は微々たるものに過ぎない。

 

 だから、最初から大博打をし続けて負けても負けても戦い続けるしかない。

 

 確率と。

 

 可能性と。

 

 新たな大地へ向かうルートが手に入るなら、魂が磨滅したとて構わない。

 

 全てを捧げて、全てを投げ捨てて、博打に賭け続けて、始りの掛け金を大きくするしかない。

 

(………来た。すぐに死んだ4乂3211回前、あの時の宝石……アレがこの時点で恐らく一番最初に得られる掛け金として最も大きい……)

 

 少年は飛び込む。

 

 海に飛び込む。

 

 そして……今回も当てが外れた巨大な魚を下げて、自らの練度を上げるべく。

 

 自らが持ち越せる技量と知識を得るべく。

 

 翌日から素材集めを始めた。

 

 例え、勝てなくとも、次は勝つ為に、次が勝てなくても次の次に勝つ為。

 

 それが例え、次が永遠に繰り返すとしても……。

 

「?」

 

 自分に笑顔を向け、首を傾げている本当は余裕など無い彼女が本当に笑っていられるように。

 

―――現在。

 

「ッ」

 

「もし!! もし!! 我が契約者」

 

 ドッと少年が崩れ落ちるようにして脂汗の浮いた額を拭いもせず。

 

 静かに一呼吸で息を調える。

 

「問題無い」

 

 立ち上がった少年がすぐに自分の上で不安そうに見ている妖精型の呪霊機を見やった。

 

 そのフェイス部分が外れ、内部に顔が覗く。

 

「……今のは深く潜り過ぎです。【妖精瞳】は無限の情報から僅かを覗き見る。しかし、同時に覗き見る範囲を限定しなければ、情報過多で貴方は即死します」

 

「あ」

 

「?」

 

 フェムが首を傾げる。

 

「今、呪紋が……」

 

 少年の脳裏にはシャニドの印によって新たな呪紋が創生されていた。

 

「呪紋?」

 

 少年が片手を見やる。

 

 シャニドの印に小さな刻印が追加されていた。

 

「どのようなものですか?」

 

「これは……妖精呪紋みたい」

 

「という事は瞳を試した結果得られたのですか?」

 

「フェムの言葉で閃いた」

 

「よく分かりませんが、今契約者の抱える呪紋の殆どよりは有用そうですね。あるいは害悪の類か」

 

 精神属性妖精呪紋【妖精瞳】。

 

 それは過去と未来を見る瞳の呪紋。

 

 第三神眼を開いた場合のみ発動出来る。

 

 少年の額の瞳が縦にゆっくりと閉じられた。

 

「これは使えそう。特に対神格戦とかで」

 

「そうですか。それでアーブの方にはいつ?」

 

「アーブの時間が少なくとも此処から先はまだ経過してない状況なら急ぐ必要が無い。問題はあっち」

 

 少年が自分の通う学び舎の空中庭園の長椅子で指差したのは王城方面であった。

 

 次々に押し寄せて来る敵を今頃は次々に守備隊が退けている事だろう。

 

 数日前から同じ事態が繰り返されている為、今や高都の王群の襲撃という特大の非常事態は日常化していた。

 

「3日前に襲われたままの状況ですが、どう動かしますか?」

 

「聖域の王の群れが動き出した。同時に教会に強力な戦力が先行して合流したのも確認済み。今までほったらかしにしてたあっちに取り掛かる」

 

「つまり、バラジモールとグリモッドの攻略ですか?」

 

「恐らくいるだろうグリモッドの緋王レイフェット。教会先遣隊の隊長大司教サヴァン。後は教会の切り札の一つを出来れば、奪取したい」

 

「ふむ……可能性は?」

 

「ある」

 

「ならば、何処から手を付けても良いかと思いますが……」

 

「バラジモールの情報は今のところ北部の知識以外は殆ど無い。でも、強行偵察で手の内は晒したくない。糸蜘蛛による偵察で今は各地の情報を集約してる」

 

 少年の脳裏には数百数千の糸蜘蛛の視界から得られた情報が次々に蓄積され、圧縮されて整理整頓されていた。

 

 それは嘗て随分と前に集め切ったニアステラとフェクラールで培われた情報の優先度の付け方や植生、地形情報の濃密な研究によって得られた知見から来る情報の高速解析技能。

 

 バラジモールの端まで先行させていた彼が特別編成したスピィリア達が今は各地で糸蜘蛛を限界まで長距離展開し、緋色の白霊石をザラザラ呑みながら少年の視覚と繋がっていた。

 

「つまり、隠密作戦、ですか?」

 

「今のところ教会の手札の内容は全部分かってる。問題は相手の陣容を完全に把握しないと失敗する可能性が高い事」

 

「そこまでそのサヴァンというのは強いのですか?」

 

「剣技だけなら黒征卿の方が強い。でも、アレは強かさだけなら、今まで出会って来たどんな相手よりも手強い。恐らく器廃卿よりも……」

 

「したたかさ……まだ、今の契約者にも届かない相手はいると」

 

「今のこちらの手札と強さなら倒す事に難は無い。問題は神聖騎士の性質と殺せない部分にある」

 

「殺せない?」

 

「神聖騎士は基本的に死なない。辛うじて可能性があるのは【黒霊菌】だけで、恐らく通用はしても滅ぼせない」

 

「どういう事でしょうか? 今は不死者狩りの呪紋も幾らか持っていたような?」

 

「この島で完全に滅ぼせる神聖騎士はいない。だから、蜘蛛にするしかない。取り敢えず、後4人……北部の出入り口を固めてる神聖騎士達を狙う事から始める」

 

「何か策でも?」

 

「四卿を使う」

 

「そう言えば、そろそろ夕暮れ時ですが……」

 

「問題無い。昨日全て超えた」

 

「まぁ!? それはおめでとうございます。我が契約者」

 

 フェムがパチパチと拍手する。

 

「今日からは仕掛けで黒征卿を蒸発させる。必要な資材と罠は全部オネイロスに頼んでアルヴィア達にやって貰った」

 

「では?」

 

「明日までに神聖騎士を1人……これを落として、バラジモールに向かう」

 

「そうですか。解りました。事前の準備などは?」

 

「オネイロスは高都から動かせない。他も同じ。今回は呪霊と連携して相手に何も分からないまま蜘蛛になって貰う」

 

「では、こちらからの支援は?」

 

「お願いする」

 

「解りました。この子達もその方が良いでしょう。次に帰ったら、あの使徒モドキの子に名前を付けて貰いましょうか」

 

『『『『(-ω-)/』』』』

 

 妖精型の呪霊機。

 

 その翅が僅かにブレると生々しくも毒々しい甲殻の翅のように変化して、その翅の一部が分割され、ニュイッと四つの脚となってよろしくと上げられた。

 

「では、行きましょうか」

 

「その前に1人連れて行く相手がいる」

 

「?」

 

 少年が指を弾くと同時にアーカ家の玄関先に転移して、もう仮面を被ったフェムも消えた状態で内部に入る。

 

 すると、消えている竜蜘蛛達が今日もお手伝いの妖精さん染みて家内部の家事を取り仕切っており、次々に少年に片手を上げて屋敷の管理へと歩き去っていく。

 

 自分の侍従さんは何をしているのだろうかとリビングを覗いた少年が見たのはブスッとした表情で女性型の水着を付けた呪霊機にお茶を出して貰いつつ、新聞を読む少女であった。

 

 横にはハサミが置かれており、切り抜きらしい情報がスクラップブックらしきものに張り付けられていて、読んだ要らない紙面が周囲には散乱。

 

 後ろから覗き込むと少年が関わっている事件や関わっていそうな事件がピックアップされていた。

 

「何してる?」

 

「ッ―――お、おお、驚くじゃない!? 何よ!? 帰ったなら帰ったって言いなさいよ!?」

 

「これから教会勢力を潰しに行く。同行よろしく」

 

「は、はぁ!?」

 

「はい。これ」

 

 少年が巨大な灰色の荷運び用のリュックサックをアミアルに渡す。

 

 旅人用の皮製な背負い鞄である。

 

「ちょ!?」

 

「行く」

 

「え、あ、ま、待ち、待ちなさ―――」

 

 少年が指を弾くとその場から少年少女と呪霊機が消え失せた。

 

 そうして、その様子を朝の食事をしながら見ていたエルが苦笑しつつ、呪霊機達に掃除だけしておくように言い渡して、持って来られたスクラップ・ブックを見やる。

 

「少しでも主の事を知りたい、か。健気じゃないか。良い侍従を持ったね。我が愛しき息子殿は……さて、僕もそろそろ本気を出すかぁ」

 

 伸びをした男は今日も何処かへと向かった仮初の息子達を送り出した後。

 

 イソイソと地下へと向かう。

 

「お? そう言えば、君達も助手が手馴れて来たな。案外、僕の研究とか分かったりするのかい?」

 

「( ̄ー ̄)/」

 

 勿論です。

 

 賢いと評判の蜘蛛ですから。

 

 そんな風に胸を張った不可視化している竜蜘蛛達が姿を露わにする。

 

 そして、イソイソと白衣を男に着込ませ。

 

 自分もまた同じモノを羽織り、地下の研究施設へと向かう。

 

「ま、君達にならいいか。どの道、老い先長いか不明だしね」

 

 エル・アーカ。

 

 メガネを掛けた男が指を弾くと暗かった地下研究設備の通路が通電し、次々に内部のものを露わにし始める。

 

 通路の左右には大量のガラクタらしいものがディスプレイされていた。

 

 恐らくは呪霊機の雛形らしきモノがゆっくりと洗練されていく様子が年代別に分かるように置かれていたのだ。

 

「ふぅむ。我が代で家が終わりそうとはいえ、僕のいた時代に置くのは何がいいんだろうか」

 

 そう呟きながら、男が歩く廊下の左右。

 

 終盤になると人型のモルドとドラクの模型が鎮座しており、それらが次々に生々しい質感を帯び始める。

 

 ついでとばかりに培養槽らしきものが列を為し始めた。

 

 その内部には大量の赤子や女性の死体らしきものが入り始めたが、どれもこれもホンモノにしか見えないというのが蜘蛛達にも実際のところだろう。

 

「君達くらいにしか教える者もいないし、色々と気分転換に話でもしようか」

 

「(・ω・)?」

 

「ああ、孤独に研究するのは構わないんだが、精神の安定性にはやっぱり他人との会話は必須なのさ。半ば、職場は精神安定の為に行ってるようなもんだしね」

 

 蜘蛛達は研究者も苦労してんんだなぁとポンポンと男の肩を叩いた。

 

「はは、心配してくれるのかい? いやぁ、僕もね。昔はもう少し感情豊かだったんだけど、自分で実験してる内に人格も摩耗して来てねぇ。呪霊を使い潰せる技術が出来た頃からはそっちを使えるようになったから左程気になる事でも無いし、近頃は彼からの霊薬で霊体も回復したから、かなり体調はいいんだが……」

 

 彼が通路を抜けて研究施設の一角に到達する。

 

 そこにも竜蜘蛛達が詰めており、様々な器具やマニュアルや機材を弄って確認していたが、男は何も言わず。

 

「ちょっとごめんよ」

 

 そう言って、研究室の壁に置かれていたダイヤルのような部品を何度か回す。

 

 すると、その部位からガコンと外れるような音と共に壁が開いた。

 

 男が躊躇なく歩いて行く後ろに蜘蛛達が付き従う。

 

 そして、彼が通路の先に出ると広大な地下空間がお目見えした。

 

 そこには一機のドラクらしき人型と思われる竜骨製の骨格が置かれており、周囲にはドラクの部品を鍛造する為らしき巨大な機械式のハンマーやらローラーやら猛烈な火力が出せそうなオーブン染みた巨大な火葬場っぽい施設まで置かれており、付属するガラス張りの部屋の奥には大量の臓器が浮かぶ液体の入ったカプセルがビッシリと詰められている。

 

 一つ一つには名前と同時に様々な情報が書きこまれており、ソレがホンモノの誰かの臓器である事を教えてくれる。

 

「さて、今日も神を超える研究を始めよう。ちなみにそうだな。君達に進捗率を分かり易く伝えると」

 

 男の手て親指と人差し指で輪を繋げるようなジェスチャーを取った。

 

「もうちょっと、というところか。僕の考える最強のドラクやモルド、呪霊機というものは全て同じだが、ある意味では神とは真逆の摂理かもしれんな」

 

「(・ω・)?」

 

 よく分からんという顔になる蜘蛛達が一斉に首を同じ確度で傾げる。

 

「ふふ、究極は常にどんな技術でも到達点は一緒なのさ。同時に完全ではないからこそ、多種類の要素がいる。金属だけじゃダメだ。生身だけでもダメだ。あらゆる技術を複合する事が求められるわけだ」

 

「(-ω-)?」

 

 そうなん?という顔になる蜘蛛達が持ち場に付き始める。

 

「だから、僕が考える神を超える存在は向上し続ける事が必須だ」

 

 蜘蛛達がドラクらしくない竜骨製の骨格を見やる。

 

 少年が無限に再生する竜骨を手渡してから造られたソレは今やしっかりと巨大な人骨に見える。

 

「生憎と僕の理想に一番近いのが君達の父親と言われている息子殿なわけだ。分かるだろう? 彼の危うさと同時に得ている力の大きさは……」

 

 蜘蛛達が「まぁ、それは(・ω・)」という顔になる。

 

「取り敢えず、存在の構成素材は緋霊体を入れ込んだ白霊石。無限に再生する竜骨。ドラクに使われる器廃卿が生み出した鋼材。亞神の血肉。爆華の濃縮液。彼が持ち込んだ霊薬と秘薬。最後に思紋演算器」

 

 男が小さな鋼の円筒形の物体をポケットから取り出す。

 

 僅かに内部から文字列が半透明にも見える暗い鋼の奥底で流れていた。

 

「この最後の素材は呪紋の譜律を空間内で大量に圧縮固定した実態の無い代物なんだ。それを魔力で維持しているだけでね。これを鋼材に刻めば、鋼材そのものがソレになるし、竜骨に刻んでもソレになる。素材に付加する魔力製の譜律の塊と言うべきかな」

 

 蜘蛛達が各自の持ち場へと付いた。

 

「僕の今やってる研究はこの思紋演算器を全ての状態の存在に安定して定着させる事。ヴェルゴルドゥナ卿は安定性の高い自前の鋼材に刻んで自分の思考を強化していたけれど、本来は万物に刻むものであり、それを液体や気体、他様々な状態の物質に刻み込む事でソレ自体を自己組織化する譜律の塊……つまり、万物を呪具化する事が僕の現在の展望になる」

 

 彼が言っている間から巨大な竜骨の人型に周囲から大量の素材が巨大な機械式の工具や複数本のアームの付いた台車に載せられてやって来る。

 

 専用の注射器や鈍い鋼色のパーツのみならず。

 

 先程言っていた各材料で大量の形成された素材はまるでプラモを組み上げる前の机の上のように整然と輸送車両型の台座型呪霊機によって並べられていた。

 

「まず、竜骨製の骨格と亞神の血肉、爆華の濃縮液を共に三位一体とするところから始めよう。ドラクとは違って生身のモルドの培養技術や組み上げ技術を用いて全身の各関節部と血管を構築し、骨を更に鋼材で補強しつつ、内側の筋肉を形成。いやぁ、生身のモルドの情報もこういうとこだと役立つんだよなぁ」

 

 彼はまるでタクトを振るうように魔力で指揮棒のようなものを振るう。

 

 すると、それに反応して台座が次々に駆動し、蜘蛛達がそれを補正するように糸で支えながら、超重量のパーツやら、パーツの接着やら精密に組み上げを手伝っていく。

 

 室内の環境管理に温度や湿度を変化させるツマミを弄る蜘蛛も居れば、周辺の電力が供給されている機関の様子を見て制御が大丈夫かと確認する蜘蛛もいる。

 

 ここ最近、エルに触発されて技術者志望になった蜘蛛達は自分達が興味のある分野の書物を読み漁り、機械の扱い方を学び、今や立派な技術者崩れになっていた。

 

「さぁ、諸君。これから何回今日があるか分からないが、毎日失敗を克服しようじゃないか!! そうすれば、やがては辿り着く。失敗作が毎日消えて資材が元に戻るのも良さげだしね。ささ、やるぞー」

 

『(・ω・)/(おーという顔)』

 

 こうして蜘蛛達は狂気なマッド・サイエンティスト系ヴァルハイルたるエルの元でイソイソと神すら超える何かを作り始めたのだった。

 

 *

 

 呪紋【妖精瞳】は有限にして無限の過去と無限にして限界のある未来を見る唯一無二の妖精の基本能力だ。

 

 呪紋という形を取っているが、本来は妖精達に備わっている能力であり、これを呪紋で持っている者はその力が他の者よりも格段に高かったという経緯がある。

 

 そんな少年は極めて知覚能力が高くなった半面。

 

 莫大な情報の本流を捌き。

 

 大量の必要な情報の仕分けに追われる頭の疲れる仕事が近頃は増えていた。

 

 なので、夜はちゃんと寝るし、朝には起きるし、しっかり御昼寝も欠かさない一般人的な毎日の規則正しい自己制御を行っている。

 

 亞神になったとはいえ、万能無限ではない性か。

 

 見え過ぎて困る事もあると学んだ少年である。

 

 何なら、アーブの情報を集めたら、大量のアーブと奴隷達のこれ見よがしな子作り現場の情報を事細かに収集してしまい。

 

 今やそういう手順やら作法やらにやたら詳しくなってしまった、とか。

 

 とても、野営地で訓練している遠征隊の女性陣に言えたものではない。

 

「何よ……」

 

「明日には南東部地域に入る。良く寝るように」

 

「ああ、そう。フンだ……勝手過ぎでしょ。というか、アンタの新しい侍従は何処に消えたわけ? 他にもあの呪霊機の片割れとか」

 

「実家に帰ってる」

 

「何処よソレ?」

 

「秘密」

 

「あーはいはい。秘密ね!! 秘密!! あーそう!!」

 

 膨れた少女は野営用のテントから顔を出していたが、すぐ近くの小さな焚火の対面にいる少年に膨れた後、すぐにテントの入り口を布で縛って、内部にあるフワフワな毛布のような生地で造られたサラサラしている寝袋内部に引っ込んだ。

 

 呪具である為、ミノムシのようにテントの上部に吊り下げるようにして縄が勝手に退かれて、ハンモックのようにして眠れる代物である。

 

「………」

 

 パチンと少年が指を弾くとスヤァとすぐにテント内で寝息が立てられ始めた。

 

「さっそく行くのですか?」

 

「しばらく待ってていい。後はお願い」

 

「こちらを連れて行けば、もっと楽に済むでしょうに……我が契約者の過保護も此処まで来れば、立派な技能かもしれません」

 

「自分で何事もしないと身に付かない。特に神聖騎士が夜戦で手強ければ、何日も掛かる可能性もある。フェムだから任せられる……」

 

「もぅ……行ってらっしゃいませ。我が契約者」

 

「行って来る」

 

 少しだけ膨れつつも何処か困ったように笑って、一礼した妖精を背後に少年は大剣を二振り持って駆け出した。

 

 片方は黒い二代目大剣。

 

 片方は二代目蜘蛛脚。

 

 どちらも最初の剣では無かったが、しっかりと初代と同程度には使える代物だ。

 

 武器は消耗品とはいえ。

 

 少年の全力を使える武器は今のところ妖精剣一本である為、容易に相手へ対策させない為にも念には念を入れて武器の選出は行っており、現在の妖精剣は少年の腰に佩かれていた。

 

 夜の北部は蒸し暑い。

 

 特にそろそろ夏本番へと片脚を突っ込んだ時節。

 

 毎日を繰り返しているとはいえ、それでも神々の采配で如何様にも時間を弄られる可能性がある以上は安心など出来るはずもなく。

 

 少年は音速近い速度で脚力のみで地表を風の如く奔る。

 

 音速の二倍以上の速度は蜘蛛脚の能力で出せるのだが、それは同時に相手へ自分の居場所を教える事にもなる。

 

 その為、敵がいると思われる付近までの移動にも気を付けるという事であった。

 

 北部の植生はあちこちに広がった蜘蛛達のネットワークを介して確認していたが、基本的には温暖な気候と亜寒帯気候が入り混じる。

 

 密林もあれば、荒野もある。

 

 冬場には猛烈な吹雪と聖域から吹き降ろす巨大な風で凍り付く都市も多い。

 

 故に冬は北部でも鬼門とされており、夏場が戦場も最大の山場であるとされる。

 

 植生は東部が密林が多い地域であり、山々は鬱蒼として緑に覆われているが、禿山や岩山も多く。

 

 西部は平野部に広葉樹が広がり、他にも盆地が幾つかあって、あちこちで水が豊富だとか。

 

(速度を歩きに変更)

 

 延々と草生した草原を向かっていた少年が減速して、残り4里というところで目標地点前で速度を落として歩き出す。

 

 少し早歩きであるが、周囲には街も無ければ、人影も無い。

 

 ただ、薄い街道らしき石畳の破片が散らばる周囲は轍によって蹂躙されており、先日の全軍後退時の跡が生々しく付いていた。

 

 遠方を見やれば、今は誰もいない塹壕戦地帯が無尽のままに放っておかれており、周辺にあるという村や街の多くは放棄されていて、今や人っ子一人いないというのが種族連合側からの情報だ。

 

 しかし、少年はそんな南部に向かう山岳部の岩壁が遠方に向かう道すがら、樹木の少ない岩山の岩肌の奥に僅かな灯りを見やる。

 

「………」

 

 勘に従って少年がいつものジグザグ走りをしながら、周囲の希少そうな草を毟って口に入れつつ、現場へと向かった。

 

「……アレクサルの聖草(寄食)。細胞膜強度1.2%上昇(再上昇不可)。ハルマルトの花粉(生食)。認知阻害機能性蛋白分解率32%上昇(再上昇可)。フラックレルの茎(寄食)。蛋白分解抗体機能0.332%上昇(再上昇不可)―――」

 

 少年が道端の草を片っ端から危なそうなのも雑草にしか見えないのも口にしていく様子は正しく野営地の少女達が見たら「ぺーしなさい!?」と言い始めるものだろう。

 

 何でも拾い食い出来る体であるが、近頃は高都で快適生活+まともな食事ばかりしていた少年は舌が痺れ破壊されていく劇物群の効能をゆっくりと摂る。

 

 ビシウスの能力によるあらゆる毒を破壊して摂取可能な彼は同時に破壊して弱めた効能を取り込んで薬のように使う事が可能だ。

 

 つまり、劇物を適正量摂る事で適正なだけ生きたままに能力を上昇させられた。

 

 本来ならば、毒と薬は紙一重であるが、毒を破壊し、薬として効能を体内で得るまでになった少年の肉体内部の免疫系機能は殆ど非常識な機能を有している。

 

 特に仲間達に言う必要もなく。

 

 細々とした機能の多くはエルコードに生まれ変わってからというもの、肉体を更に力強く高めてくれている。

 

(食べられるものが劇的に増えたおかげで能力値も固定で現在値でエルコードに成り立ての18倍弱まで来てる……恐らく、ヴェルゴルドゥナ討伐なら単独撃破まで後2ヵ月あれば届く階梯。後は……)

 

 毎日のように人体には劇毒だろうヴァルハイルの技術の精粋。

 

 つまり、ヴァルハイル軍のドラクやモルドの原料を少しずつ摂取したりしていた地道な少年は拳を握って、北部で自らの肉体を強化するのに必要な資材を数百種類以上脳裏に思い浮かべた。

 

 それは正しく普通ならば即死するだろう人体にとっては毒性のある代物ばかり。

 

 だが、今のエルコードとなった少年の肉体にはあらゆる物質が害を為さない。

 

 有用な元素として取り込む事が出来る。

 

 味に関しては極めて遺憾な事にまったく少年の趣味ではないが、それはつまるところ少年にしか分からない“万物の味”というものに違いなく。

 

 人の身には過ぎる味は彼以外が食えば、死と苦痛で人生を彩るだろう。

 

 それこそ、野営地で遠征隊の面々が摂っている激マズな秘薬なんて目じゃない激マズ食材を毎日摂っていたのであるからして、それに見合った効能……恩恵は常に誰よりも受けていた。

 

(後少しで神格位に届くだけの肉体が得られる。そこから先も恐らく……系神呪紋の創始が続けば……)

 

 こうして道端にある希少そうな鉱石の石の破片までも丈夫過ぎる歯と顎の力でガリガリ削って口に入れ始めた少年の悪食さはもはや並ぶ者無し状態。

 

 見る者がいれば、あまりの悍ましさに卒倒するに違いない。

 

 蟲、草、岩、それどころか。

 

 岩山周囲に漂う硫化硫黄の混ざる超危険な毒ガスまでもが今の少年にとっては毒ではなく薬の類に違いなかった。

 

(……毒瓦斯の大半もこれで殆ど取り込めたと信じたいところ)

 

 あらゆる極限環境において生存可能な能力。

 

 それをあらゆる苦痛を知る事を厭わずに使うならば、少年以上に世の食材、毒に詳しい者もいないだろう。

 

 その知見はやがてエルガムが病院において秘薬へと転用し、更に遠征隊の肉体の資質を上げる事に利用されるのだ。

 

 致死量など知らぬと言いたげに道を歩く度に僅かずつ強くなっていく少年の歩みは高都で安穏と裏仕事をしているように見えて、まったく止まってはいなかったのである。

 

「……これは?」

 

 そうして歩く事数十分。

 

 明かりの見えた岩肌の付近が小さな窪地の山肌にある奥まった入り口。

 

 どうやら墓所の類だと理解した。

 

 外にある僅かに発光しているのは草だ。

 

 生物発光は柔らかな青。

 

 死ぬ生物は青く光るというが、その普通の草原に生えていそうな草は夜にも関わらず自ら輝いていた。

 

「……クロクトの幻草(実食)。これ……実態が霊体?」

 

 少年が今までの繰り返しの中でも初めて食べるものに目を見開く。

 

「霊力回復率2.89%上昇(再上昇不可)。現界キャップ開放……これもしかして、あっち側とこっち側を行き来出来る?」

 

 少年が地下墓の扉の先を呪紋で捜索するが、そこには壁しかない。

 

 しかし、ゆっくりと岩山の壁しかない場所の扉に力を入れて“内側へと開いた”。

 

 内部は青白い壁で覆われた道が広がっている。

 

「次元境界を踏破―――呪霊属性加護呪紋【ハシマスの霊導】を獲得」

 

 少年のシャニドの印に新たな呪紋が増える。

 

(これがあれば、“幽世”の方面に行ける?)

 

 少年が思っていた以上の成果を確認し、ちょっと寄り道していこうと青白い半透明の道の中を進む。

 

 透明な道の先は広大な海のように見えるが、同時に遠方を見ても何も形のある者は見えない。

 

 まるで空の満点の星の如く。

 

 煌めく輝きがキラキラと鏤められたような場所を下り始めた少年はすぐに大きな空洞に出た。

 

 呪霊達が本来いる世界。

 

 幽世は現実の場所に重なって存在している。

 

 しかし、一部の特殊な呪霊などは幽世側に人間を引き込んで殺そうとしたりもする為、永い戦いの中でそう言った敵とも戦っていた少年は初めて自分の意志で、その内部に入り込むという快挙を達成し、同時にそこに干渉する術を得た事になる。

 

「此処は……」

 

 霊墓。

 

 広大な地下は苔生した青白い壁に囲まれた霊園であった。

 

 大量の墓石と思われるものが縦に長い自然石で造られており、周囲は大量の人の手が入っていると分かる石製の壁によって囲まれている。

 

 その中央には東屋らしきものがあり、四隅に青白い炎が灯る蝋燭が置かれていた。

 

 霊墓に脚を踏み入れた少年は周囲で形の崩れた霊体が数体立ち上がるのを見たが、襲ってくる様子もなく頭を下げて道を造るに至り、何かに自分は呼ばれてもいたのだろうかと中央へと歩く。

 

 そうして辿り着いた場所には女神像らしきものが置かれていた。

 

 豊満な乳房を片腕で隠し、嫋やかに一枚布を纏って微笑む女神の像は……少なからず怖ろしいものだろう。

 

 何故ならば、石製の台座には無数の蟲が彫り込まれていた。

 

「ウェラクリア?」

 

『―――』

 

 ヌッと石像の片腕から黄金の霊体らしきものが僅かに抜け出して、少年を前にして片手を差し出す。

 

 そこには小さな黒い宝石が柄に鏤められた鍵があった。

 

 少年がソレを摘まんで受け取ると腕は再び石像に戻り、もううんともすんとも言わない。

 

 どころか。

 

 ハッと少年が気付いた時には墓の岩壁の入り口に戻されていた。

 

「鑑定……【ハウエスの墓剣】……剣? 所有時、抗神抗体化率302%上昇(再上昇不可)。この項目……神に対抗する為の値……具体的な効果がまだこの能力値でも見えない。神と戦う準備をさせてる?)

 

 その時だった。

 

 少年のポーチが僅かに震える。

 

(【ヴァルハイルの竜眼】が震えて……)

 

 少年がポーチからソレを取り出して鍵に近付けるとソレが砕けた。

 

 と、同時に鍵の宝石へと粒子と化したソレが吸い込まれて、鍵が僅かに太くなる。

 

「……攻撃力補正やその他の能力がそのまま受け継がれてる。エンデの指輪の道具版?」

 

 鍵を繁々と見やった少年が今のままでは少なからず使い物になる剣としては無しだろうと結論を下す。

 

(取り敢えず、後で反応するモノを吸収させてみてから考える)

 

 少年が目を細めて、手にしている鍵を見つめる。

 

 しかし、疑問は尽きずとも時間は過ぎる。

 

(……それにしても神の名前みたいな呪紋と蟲の女神像がある幽世の墓……どうして聖域の方に無い? 今までの状況からすれば、此処に元々ウェラクリアを祭る者達がいた事になる。でも、この北部でウェラクリアは一切祭られてないし、聖域に王達がいる以外の情報も出て来てない……後で更に調べないとならない事が増えた……)

 

 少年は指を弾いて鍵を今もスヤスヤ眠るアミアルのミノムシ的なハンモック内に転移させて、そのまま戦いへと赴く事とした。

 

 少なからず前よりは勝てるビジョンが見える女神の腕は少年にとって今は届く範囲の相手となった事だけが事実だった。

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