流刑貴族の追放記-極獄と呼ばれた果ての地にて-   作:Anacletus

77 / 135
第72話「モナスの万障Ⅸ」

 

 少年は転移によってグリモッド方面へとやって来ていた。

 

 反歌の砦付近の南部ではなく。

 

 バラジモール近辺まで続く沼地地帯から少し離れた石造の廃墟らしい場所にだ。

 

 少年がルーエルの前の人格である叶えのルクサエルを目撃した付近。

 

 自分の脚で歩いて確認した最終地点であったが、周辺にはその後も何度か脚を運んでおり、明らかに何か居そうな霧が濃く出ている沼地中央からは離れている。

 

 上空からバラジモールへと向かうのは悪手。

 

 教会の先行部隊が到達しているのは確認し、その切り札までもちゃんと位置を把握していた少年は賢く立ち回る為に冥領エルシエラゴの蜘蛛達に地下の開拓を任せるついでに造らせていた秘密の地下道を使う事にした。

 

(此処から各地に地表の目標地点直下まで向かう。大深度500以下の層からなら、すぐ見つかる事も無い。問題は……)

 

 少年が赴いた廃墟は通路に入れる地点の一つであり、地面にそれと分からないように刻んだ霊廟の印を使った少年は地下内部の同じ刻印のある大空洞へと転移で入り、蜘蛛達が完成した後は誰も入らずに封鎖した内部構造へと到達。

 

 大河と呼ぶべきだろうか。

 

 沿岸部が少なからず100m以上離れた黒い粘液の只中。

 

 流れる大量のヘドロのような黒い河に着地すると同時にソレそのものに呑まれ、押し流されつつ移動が始まる。

 

(現在の真菌量推定91億2000万t……島の全土を覆うにはまだ足りない……)

 

 凡そ時速40km程度の速度。

 

 空を征くよりは遅いが、それでも激流に流されるような状況だ。

 

 黒いソレが少年が地下で増殖させた“いつもの”である事は少年以外知る事もないだろう。

 

 元々はグリモッドとバラジモールを掌握する為、黒蜘蛛の巣を造る下準備。

 

 雨水などを地下水脈を通して汲み上げ、地下の一定温度の環境を用いて共にグリモッドの生物資源を用いて培養した代物だ。

 

 菌の苗床として最初期に大量の少年の血肉を与えたソレらは今や水脈を半ば侵食する程までに膨れ上がって、地下の地熱で育つ怪物とも言えるだろう。

 

(地下の温度は400度からは一定……予想はしてた……この島はやっぱり……)

 

 一部は海辺まで侵食域を広げており、海底で他の生物資源、つまり海藻類や海の生物を一部捕食し、それと同時に捕食した生物が住み易い環境を得られるように地熱を海中に浸透させて様々な生物が育成出来るようにし、栄養素までも放出している環境改変型の切り札と言えるだろうか。

 

 様々な生物が住み易く増え易いようにプランクトンや藻などを養殖しているが、それを知るのは少年ばかりである。

 

 周囲で増殖したソレらを主食にして自身を維持し始めた事で東部の海岸線沿いの一部は黒い海域と化しており、知られる事なく支配域を拡大し続けている。

 

 蜘蛛達が作った通路は封鎖された内部で真菌の水脈のようなものを形成しており、ソレそのものが蠢くニアステラの沼を増殖させたような少年の真菌補給源でもあるのは遠征隊すらも知らない話だろう。

 

 特にエルコードになってからも肉体に大量の真菌を取り込んでいる為、血液という血液は半ば共生関係にある真菌に置き換わっている。

 

 これそのものが特定の適応者以外には恐ろしい病原菌に近しく。

 

 内部に入られても大抵の生物は食い尽される為、防衛上も問題無い補給地点だ。

 

(使えるのがたった一人なら相手に利用される可能性も低くなる)

 

 少年が発光する真菌の一部による星空にも見える大河の巨大な天井を見上げながら流される事で楽々と教会の防衛圏内へと移動し、魔力を使わずに真菌の力で目的地の天井を掘削し、身を屈めながら大地を侵食する暗黒の大河が伸ばした巨大な塔の如きドリルの先端に囲い込まれて上昇していく。

 

 凡そ数分で少年が魔力も使わずに地表近くに到達し、真菌を先だって地表に僅か湧き出させ、周囲を探索させた。

 

(此処が前回まで見る事も出来なかった東部の……)

 

 真菌の管を使って光を屈折させ、瞳に見えるように届かせるというだけの小技であちこちに視界を造るのだ。

 

 原理的には潜望鏡に近いだろう。

 

 深夜という事もあり、少年の出る事になっている場所には誰もいなかった。

 

 しかし、数百m先には幕屋が次々と突貫工事で立てられているらしく。

 

 呪紋を用いて精霊やゴーレム、操獣が大量に土建業に勤しんでいた。

 

 彼らの頭上の空は歪んでおり、何か巨大なものが身を屈めて透明化しているのが分かる。

 

 超巨大な山の如き何かが彼らの野営地を蹲って庇うような形になっていた。

 

 1mmにも満たない真菌層を地表の僅か数cm下に侵食させながら伸ばし、野営地まで届かせた少年はその層を野営地全土に広げて感圧式のセンサーの如く圧力を観測、足音までも地表から収集し、野営地の全体像を脳裏で暴いていく。

 

(………野営地の全体像は堀よりも簡易の壁を主軸にして、教会騎士の巡回で補う形。石材が無いから、木材で家屋を造営。可燃性の材木を呪紋で不燃性にして使ってる……足音は殆ど牧師やシスターで残りは通常の教会騎士……上位者が見えない? 野営地の敷地内を出歩いてないという事は空を飛んでいるか。もしくは屋内の床の上にいる事になる)

 

 少年が真菌層による感知で魔力を使わずに野営地の情報を収集しているのには訳がある。

 

 そして、その原因そのものがその瞬間―――。

 

『誰だ?』

 

 少年は数km先の海辺から聞こえた声に真菌層を瞬時に撤収させて、一欠けらも残さずに地表付近から退避させた。

 

 そうして、しばらくは外堀を埋めようと少し離れた場所に再度地下へと下りてから移動する。

 

(紅の大司教サヴァン……指揮者にして統治者にして剣聖……必ず此処で落とさないとならない……必ず……)

 

 イソイソと少年は新たな敵の手強さに目を細めるのだった。

 

 *

 

「どうかなされましたか?」

 

「見られていたもので。どこからとは断言出来ないが……」

 

「ふむ。此処にも北部の者達の手が?」

 

「そう考えるのが妥当。少なからず手練れだ」

 

 サヴァンが座るソファーの対面。

 

 座っているのは彼を救った男だった。

 

 丸めた頭に呪紋を彫り込んだ黒い肌の男は50代程だろう。

 

 筋骨隆々ながらも柔和な笑みを浮かべる白い髭面で長く胸元まである顎鬚の先には七芒星の聖印がぶら下げられている。

 

 僧侶らしい服装ではあるが、男の肩幅には窮屈そうにも見える部位毎鎧う肩部の鎧の丸みを帯びた関節部の鈍色なパーツには旧き者達の時代に使われていた文字で“AXT”と刻まれている。

 

 鎧自体が古びれているが、その造形は今の鎧にしては成型技術が追い付いていないだろうというくらいには先進的だった。

 

「まぁ、今は構うものでもないでしょう。“昨日”の凶報に比べれば」

 

「………惜しい男を失くした。額面戦力では言い表せない程度の損失だ」

 

「まさか、あの神聖騎士で一番硬い後衛の方が亡くなるとは」

 

「我らは死なない。文字通り、死ねない。それを殺す方法は幾通りかあるが、それを知っている敵に出会う事自体が大陸では殆ど無かった。そして、出会った全てをほぼ討ち果たしている以上、残された可能性は……」

 

「魔の布教者リケイ老。もしくはこの島由来の技術や能力、ですか?」

 

「左様。【聖櫃】との繋がりを断たれたか。もしくは神々の力を破壊されたか」

 

「または……魂そのものの消滅ですか?」

 

「いや、表向きはそれで通っているが、神の力はそんなに甘いものではない」

 

「と言うと? 我ら枢機卿配下にも知らない事実があると?」

 

「神聖騎士達のみが知っていれば良い事もある」

 

「旧い者達だけの秘密とは教会らしいと言うべきか」

 

「……我らは事実上、魂魄が消滅しても我らが父の力によって“聖櫃”によって存在を復元される。まぁ、その場合は聖櫃から出現する為、本拠地である大聖地【オーエル】で目覚める事になるが……」

 

「サヴァン司教」

 

 スキンヘッドの男が目の前の男に視線を送る。

 

「猊下からはサヴァンが心折れているようなら後方に下がる事を許可すると伝え聞いております」

 

「ほう? 喧嘩を売られたわけか……」

 

「心からの気配りと言って欲しいと言っていましたが……」

 

 男が肩を竦めてサヴァンを見やる。

 

 此処で激怒されるかと思っていた彼は目の前の神聖騎士が溜息を吐くのを見て、少しだけ安堵した自分を感じていた。

 

「この数百年、仲間達は次々に討たれた。今や残っている神聖騎士の多くは最初期組を除けば、100人にも満たない」

 

「………何を仰りたいので?」

 

「つまりだ。我らは消耗品に過ぎぬという事だ。アクスト隊長殿」

 

 隊長と呼ばれたスキンヘッドの彼が頭を掻く。

 

「自嘲気味ですな」

 

「仕方あるまい。枢機卿配下とはいえ、貴殿の兵隊は大陸の最新の戦力だ。どの点においても教会の実験体の上でふんぞり返っている連中の玩具としては上等。それに比べれば我らは詰まるところ役目を終えた殺し屋や老兵に過ぎない」

 

「御謙遜を……」

 

「相性の問題だ。第三世代目以降の神聖騎士が高水準の量産型だとすれば、我らは単騎特化型。数で押し潰される程度であれば、幾ら蘇ろうと使い減りしない兵隊以上では無いだろう」

 

「老兵はただ消え去るのみとは行かなそうなお顔ですが」

 

「教会の遺物となりつつある我らは戦狂いの戦士と揶揄される程度には歴史に爪痕を残したが、それだけだ。大陸にもう必要とはされていないのは随分前から自覚していた」

 

「では、身を引かれると?」

 

「生憎と死は怖ろしく魅力的だが、死にたいと思った事は無い。しかし、同時に戦を止めたいと願った事も無い。我らは亞人を討ち果たし、邪悪なる神を滅し、平和に憎まれ、戦時に引っ張り出される亡霊として戦う。それだけでいいし、その為に死んだのならば、個人の私情はともかく本望の死だ」

 

「……貴方に滅ぼされた民族と国々は片手の数では足りないのですが、彼らが憤死しそうな言いぶりで」

 

「それこそが我らの青春。否、今もまだ人生なのだろう。故に引く理由は無い。旧き戦友が悪漢によって打ち倒され、奇跡を追い剥ぐ魔の技に磨り潰されても、戦場が大陸から移り変わったのならば、此処が我らの墓場だ」

 

「お気持ちは解りました。では、残るお二人には帰還命令を出さない、と?」

 

「無論、後詰が来たならば、こちらも北部へ打って出よう」

 

 サヴァンが立ち上がる。

 

「……枢機卿の一部から要請がありました」

 

「また実験の素体を確保して来いとでも言われたか?」

 

「いえ、機関から【叶えのルクサエル】の量産化に成功したとの事です。最初期よりも良いのを300人程追加で送ると」

 

 その言葉に瞳を細めたサヴァンが俯く。

 

「……ああ、そうか。なら、呪紋で奴らに言っておけ。『貴様らの人形は役立たずだったが、立派に戦い神聖騎士として敵に不死殺しがいると教えてくれた。彼女よりも上等なのが造れるとほざくならば、口だけではなく実績込みで寄越してみせろ』とな」

 

 サヴァンが背を向けて執務室の扉から出ていく。

 

「最新の鎧を装備室に置いてあります。持って行って下さい」

 

 背後で片手が上げられた。

 

 傾いた船の内部に急造された部屋の外は斜めった通路で男は一足で通路の先へと消えていく。

 

「………アレは相当キテますね」

 

 スキンヘッドの男。

 

 アクスト隊長と呼ばれた彼は溜息を吐く。

 

『隊長。よろしかったのですか? 猊下からはサヴァンだけは生きて連れて来いと言われていたのでは? というか、聞いていたのとは随分違う印象ですね』

 

「ここ“最近”の話ですよ。彼の御仁の人物評なんてものは……あの姿こそ彼本来の性格です」

 

 彼の背後で消えていた護衛の隊員。

 

 緋王の配下を追い詰めた神聖騎士達が数名。

 

 後ろに浮かび上がる。

 

 隊員からの言葉に男は肩を竦めた。

 

「あの頭に血が上った旧き神聖騎士に正論をぶつけて不興を買うのは御免被りますね。生憎とまだ平穏無事に大陸へ帰りたいと願う程度には此処に着て日が浅い我らだ。出来る事なんて高が知れている」

 

『そんなものでしょうか?』

 

「思い上がった言葉は逆効果ですよ」

 

『思い上がる? 逆効果?』

 

「知る限り、サヴァン大司教があのような行動に走るのは随分と久方ぶりだ。昼行燈を決め込んでいた時代は生臭司教で通っていた。その当時の彼を遠目に見た事があれば、今の彼が如何に昔の姿へ戻ったかが知れるというものでしょう」

 

『昔の……』

 

「紅の大司教。旧き言い伝えでは仲間や神聖騎士の死に必ず応えて神敵を撃滅したとある。復讐の神聖騎士……」

 

『復讐の?』

 

「紅というのは本来自分の血ではなく。正確には復讐相手の血で濡れた姿を戦場で畏怖した兵達が付けた名なのです」

 

『―――』

 

「軍事、政治における指導のような仕事のみならず。何よりも現場であらゆる手練手管を使って敵を滅した彼は単純な戦馬鹿が極まった神聖騎士とは幾分か異なる戦績を有する」

 

『円卓の席をお持ちでは無いのですよね?』

 

「固辞したからです。猊下が渋い顔で好きにさせたと前の枢機卿の一部が言っていました。指揮官としては神聖騎士の古参に名を連ねるような根っからの“老人”……我らの言葉など赤子の話す言葉と大差ないでしょう」

 

『さすがにその物言いは……』

 

「彼の魂に火が付いた以上、敵が殺されるか。彼が死ぬかの二択しかない。我らは黙って見届けましょう。いや、往年の口調が戻った彼の事をどう聖歌にしたものか。讃美歌にしては血生臭く。軍歌にしては勇猛でもないというのも困った」

 

『そう言えば、隊長の元々の原隊は聖歌隊所属でしたか?』

 

「もう数十年も前。彼に一度出会った頃の話ですよ。口調を真似るようになった憧れの人物とこうして会ってみると……何とも人間臭く。悲哀も分かる」

 

『隊長……』

 

「どうやら“お気に入り”や“問題児”をそれなりに買ってもいたようだ。旧い馴染みを殺され続けてキレた様子は如何にも旧い戦者らしい」

 

『ですか。では、猊下には?』

 

「どう死ぬにしても、どう相手を殺すにしても呆気なくとは行かないならば、いっそ喜劇のように親しまれる物語になって欲しいものだ。猊下にはこちらから言っておきます」

 

 男が上司の上司の上司の上司くらいの立場である教皇から貰った小さな輪を取り出す。

 

『それは?』

 

「……嘗て、この鬼難島……いえ、ゼート大陸にあった不老不死の家畜に付けられた代物……今後の事を考えて猊下が手ずから造ったのだとか」

 

『げ、猊下が!? な、何とも畏れ多い……どのような力があるのですか?』

 

「先行部隊最大の戦力を強化する為に使えとの事で同じモノを3つ渡されていて、一つはもう使い終わりました。本物よりも効能が強いとか」

 

 男が窓の先を見上げる。

 

 半透明な何かが今も覆う野営地の空。

 

 その半透明の何かは僅かに揺らいで月明かりの最中にも空にいつもよりも余計に歪んでいた。

 

「3日後、北部方面に向かう彼にこちらから援護を行いましょう。護りを固めて亀のように閉じ籠る我らからの詫びとして。北部の亞人共の邦の位置は大体割れている。まずは難敵とされるヴァルハイル辺りから」

 

 男が立ち上がり、窓を開いた。

 

「人造神【レギオ・ループス】……約143年ぶりに投入される我らの切り札の一つ。大陸では大国が12程地図の上から消えましたが、此処では幾つの国が消えるものか」

 

 彼らは天にメキメキという音を聞く。

 

 それは何処からともなく響いて、多くの野営地の者達の安眠を妨害し始めたのだった。

 

 *

 

 巨大な野営地を覆う半透明の人型を遠方から覗く影があった。

 

「|ω・)……(デカ過ぎじゃね、という顔)」

 

 チラリと樹木の影から覗くのは分散してあちこちに散らばりつつ情報を今も糸蜘蛛を用いて集めているスピィリアの部隊の1人であった。

 

 少年が一度近付いた教会の野営地付近から10km以上離れているが、遠近感の狂う半透明の何かは今は四つん這いになって、彼らの視界にある。

 

 それがいつ立ち上がって歩き出すか。

 

 そういうものに見えるのだから、幾ら強くなっても教会が侮れない存在である事はそれを確認した蜘蛛達の共通認識であった。

 

 ついでに言えば、人型なのは解ったが、それだけで他の能力の殆どが不明だ。

 

 観測しようにも相手が巨大過ぎて普通の観測手段以外で確認しようとしたら、遠方だろうと容赦なく消し飛ばされる可能性が無きにしも非ずなのだ。

 

 蜘蛛達はそういうわけでこっそりひっそり視認したり、相手から発散される魔力や熱などを受け身で観測するのみであった。

 

「……(´・ω・`)」

 

 命掛けのかくれんぼである。

 

 だが、隠れているだけでは締まらないのでひっそりと“通常の教会騎士”と呼べるだろう者達の傍に糸蜘蛛を伸ばして声を聞き取って情報も集めたりしていた。

 

 どうやら先日襲われたらしく。

 

 強そうな後続の騎士達とは違って普通の範疇である者達は仲間達を大量に失った事で意気消沈しつつ、特殊な治療を受けているらしく。

 

 野営地から少し言った場所の各地に点在する詰め所。

 

 今はグリモッド方面にある場所で療養し、周辺警戒を続けている。

 

『……これで我ら教会騎士の最初期到達組も残すところ二十数名、か』

 

『後続から来た連中。アレ、何処の部隊なんです?』

 

『枢機卿の神聖騎士部隊だ』

 

『え? 神聖騎士、なんですか? 彼ら?』

 

『第三世代。聞いた事くらいはあるだろう』

 

『ええと、神聖騎士の方々の能力を規格化して騎士の上位勢に与える、でしたか?』

 

『ああ、そうだ。【叶えのルクサエル】殿は枢密院から派遣されていたが、どうやらその初期組らしい。特殊な呪紋の非検体だったらしくて、そのせいでああいう性格だったのではないかとか』

 

『つまり、神聖騎士程の能力がある人員で構成された部隊って事なんですか?』

 

『額面戦力は立派だろう。事実、オレ達が気絶していた間に戦った連中はあの紅の女槍使いを数名で防戦一方に追い込んだらしい』

 

『サヴァン様が敵わなかった相手にですか?!』

 

『ああ、力は折り紙付きだ。元々は猊下の近衛だったが、先行部隊の更に先兵として最低限の装備で来たらしい』

 

『……つまり?』

 

『オレらはお役御免て事だろうな。探索は少なからずこちらでやるだろうが、戦闘の矢面に立つ主戦力はあちらになった。恐らくは今後ずっと野営地の伝令役だなオレ達は……』

 

『此処まで頑張って来ましたが、仲間を失って一矢報いる事も出来ない、か……』

 

『命があるだけいいさ。島から大陸に帰れたら、奴らの墓を立てて、家族に手紙も書かなきゃならん』

 

『はは……力不足かぁ……世知辛い』

 

『今は任務に集中しろ。』

 

『はい……』

 

 教会騎士達のメンタルはズタボロ。

 

 これで基本的に野営地を襲いに来る事は無いだろう。

 

 後続からやって来た連中はどうやら神聖騎士並に強いという良い事を聞いた蜘蛛の1人はイソイソと呪紋で少年に連絡を入れた。

 

『何?』

 

「(・ω・)(これこれこういう事がありまして、という録音した音声を呪紋で流す顔)」

 

『第三世代……アレは使えそう。前も物凄く苦労した。例の蜘蛛脚のレプリカと操獣を届ける。その300近い近衛とやらを先に取り込む。今、サヴァンを捕捉した。こっちはいいから複数体で300名の蜘蛛化を一緒にお願い』

 

「(・ω・)/(喜んでという顔)」

 

『サヴァンの取り込みにはしばらく掛かる。朝までに襲って足止めしつつ、全員取り込めなかったら撤退。隠蔽方法は例のを試していい』

 

 少年の言葉が途切れるとバラジモール周囲に散らばって情報を集めていた蜘蛛達が次々に命令を受けて動き出した。

 

 目的はバラジモールに追加でやって来た部隊。

 

 第三世代神聖騎士とやらを取り込む事。

 

 その為に貸し与えられた力が彼らの前に1人ずつ顕現していく。

 

 それは首の無い黒鎧。

 

 【黒征卿】の首の無い死体であった。

 

 だが、その全身モルドの肉体の神経中枢には今別のモノが巣食っており、ユラリと黒いデュラハン達は魔力の気配も殆どさせず。

 

 蜘蛛達の口から出た糸を首筋に侵入させられると命令を受け付けて、すぐに走り出した。

 

 その数、40と少し。

 

 300名の神聖騎士には到底及ばないだろう数。

 

 だが、蜘蛛達は気楽なものだ。

 

 口から食み出した不可糸をユラユラさせながら、黒征卿の肉体のあちこちにある光学観測用のサブカメラを露出させて、視界も良好。

 

 不可糸で繋げた肉体をリモート操作しながら、本来のコレの持ち主……操獣が動き出したのを通信で確認して、野営地の内部へと突入させていくのだった。

 

 まだ夜半という頃合い。

 

 数百名の神聖騎士達は鎧を着込んだままに衛兵として野営地内部とすぐ外を巡回していた。

 

 彼らは一言も発しないが、確かに意思疎通はされており、僅かに頭を下げたりする動作や片手を上げたりする動作からして完全にずっと連携して通信などをしている様子ではなかった。

 

 月明かりが出ている最中。

 

 明るい野営地の周囲は呪紋でしっかりと照らされている為、潜入するのは極めて難しいだろう。

 

 だが、だからこそ、堂々野営地を囲むようにして現れた首無しの黒騎士立を見て、即座に臨戦態勢を取った彼らはシスター達やらの避難を開始させる鐘楼を鳴らしながら、即座に全周に散らばって防衛体制を構築した。

 

 その速度は迅速の一言であり、すぐに野営地全体をカバー出来る防御陣形が組まれ、持ち出された盾や後方の断崖の先にある船にも複数名が戻っていく。

 

『隊長殿。例の報告が有った北部の黒鎧です』

 

「そうですか。サヴァン司教に連絡は?」

 

 すぐに装備を置いていた部屋で着替え、兜だけを小脇に抱えたAXTの隊長が部下の報告にしっかりと兜を被り、装着する。

 

 装着すると同時に稼働部位の周囲から黒いゴム状の部分が伸びて兜の内部と接続されるように窄まって肉体の形に添うように密閉する。

 

 プシュリと音がすると同時に内部の空気を全て輩出した鎧が一段引き締まり、ギチリと音を立てて、兜の顔面部分が両側から迫り出した仮面によって閉じられ、完全に外部と内部が遮断される。

 

『それが通信の呪紋が妨害されている様子です』

 

『妨害? 教会の通信は兵站と同じく重要なのですが……敵はどうやら高度な分断工作技術を保有しているようで。昔ながらの狼煙はこの世闇では見えないでしょうし、発光弾は?』

 

『撃ち上げましたが、こちらに戻って来る気配がありません』

 

『……交戦中なのか。もしくはあちら側から見えないように隠蔽されているか』

 

『黒鎧ですが、我らの装備と比べても遜色がないどころか。かなり洗練されており、通常の急所である頭部及び首部が無い時点で多少不利かもしれません』

 

『数は?』

 

『今のところ46体を確認していますが、それ以外には確認出来ず。また、魔力を殆ど感じない事から内部で魔力を用いているか。もしくは実力を隠蔽しているかと』

 

『……解りました。出し惜しみしている場合ではないようだ。【レギオ・ループス】に命令を。質量の0.0001%までを用いて個体群を形成。敵主力を背後から強襲させましょう』

 

『了解しました。すぐに』

 

 部下が走っていくのに歩いて外に出た彼は断崖傍の家屋から顔を出して、数百m先に見える敵の姿を捉えた。

 

『首無しの騎士鎧。ヴァルハイルのモノか。あるいは他の勢力か。まずは一当てしてみましょうか』

 

 男が言っている合間にも上空に呪紋によって野営地の上に屈み込むソレに鉄の棒らしきものが撃ち込まれる。

 

 屋根の上の部下が命令を打ち込んでいるのだ。

 

 敵が呪紋による通信を妨害してなければ、接触方式で命令を書き込むしかない為、緊急時の方法ではあったが、これで敵の力量を図る事が出来ると彼が総員に構成指示を飛ばそうとし―――。

 

 *

 

『?』

 

 少年は周囲を見渡しながら、時間が止まったかのように風に舞う木の葉すらも虚空で制止する世界に神経を張り巡らせ観測を開始する。

 

 もう少しでサヴァンと会敵するという一歩手前の状況。

 

 走り出す前。

 

 彼の頭上に世界を侵食するように薄緑掛かった黄色い月が浮かび上がる。

 

「これは……時間の停止じゃない。物質の制止……不確定性原理の凍結……物質制御?」

 

 黄色い月の下。

 

 彼が妖精剣を引き抜いて剣身を消した。

 

 糸状に展開して鞭のように周囲へ展開し編んで虚空にまで漂う糸の結界を編んだのだ。

 

 その剣の一部が僅かに震える。

 

 制止された世界。

 

 物質に働くあらゆる力が、核力が、重力が、慣性が、あるいはこの島の中だけだとしても神の如き何かが留めた島そのものが……全て皆不気味ながらも美しいのはある種……神そのものを体現しているかのようでもあった。

 

「誰?」

 

 糸の触れる先。

 

 少年を前に白い肌に黒い化粧のような文様を付けた濃い新緑の碧さを湛えたフードの付いた外套を着込んだ青年が佇んでいた。

 

 年の頃は二十代前半。

 

 長身痩躯だが、何処か穏やかな顔をしている。

 

 その金色の瞳はソレが神格である事を少年に教えていた。

 

 少年の第三神眼たる妖精瞳が開く。

 

「……神格。いや、分体?」

 

 二十m程離れた少年の言葉に軽く拍手が送られる。

 

「御名答。初めましてになるかな。上り詰めたるエルコード。君は実に聡明だな。攻撃しない事を選んだのが良かったとは思って貰えるようにしたい」

 

 軽妙に語り出した男が裸足で少年の傍までやってくる。

 

 だが、その足は地面に付いていながら汚れてはいない。

 

 彼が歩いているのは別の世界だからだと理解出来れば、攻撃する意味がない事は誰にでも分かるだろうが、それにしても無防備に近付いて来る相手に敵意は無かった。

 

 悪意が無いとも限らないが、それはそれで情報であり、少年には有難い指標だ。

 

 近くに寄って来てみれば、緩くフワ付いた髪の毛を伸ばした男は優男ではあったが、文学を嗜んでいそうな青年にも見える。

 

「ウェラクリアのヤツが君に干渉した結果。神格からの君への接触が解禁されたのさ」

 

「何処のどちら様か聞いても?」

 

「君は一応、僕の印を刻んでいるんだけどな」

 

「ッ―――教神イエアド」

 

「初めまして。旧き友よ」

 

「矛盾の塊みたいな挨拶にしか聞こえない」

 

「僕ら神格の一部は君をずっと見ていた。だから、ある意味では君の犠牲者であり、同時に君のファン……おっと、そうだな。君を少し応援したくなる存在でもあるのさ」

 

 青年が袖の長いコートから蟲の鉤爪のような腕で顎をなぞる。

 

 その猛烈に造り込まれた造形美。

 

 蟲のソレは何処か翡翠のような質感だった。

 

「今まで見て来た……それは全て?」

 

「ああ、全部見てるのは僕くらいなものだろうね。この顔も君に会う為に一番出会って来た者の中で温和だった信者のモノを借りている」

 

「……今更、何をしに?」

 

 少年が目を細める。

 

「ふふ、そう言うと思ったよ。だろうな。君は神頼みくらいしたものな。最初の一兆回くらいか?」

 

「……覚えてない」

 

「嫌われたものだ。だが、神というのは頼まれて動くようなものではない事を君はそれで学んだはずだ。それは正しい」

 

 青年は虚空に腰掛ける。

 

「僕は君がアルマーニアの連中を何兆回滅ぼしたいかも知ってるし、教会騎士に何百万回負けたかも知ってる。仲間達と共に戦って護れもせずに殺された事も、あのアルマーニアの姫と仲良くなった途端に暴漢に襲われる彼女を護れなかった事も君の2人の愛する少女達が男達にズタボロに犯されて殺された回数も知っている」

 

 少年の剣が神の分体。

 

 本体から分けられただろう一個体の瞳に突き刺さる寸前で待機する。

 

 しかし、避けもしない青年イエアドは肩を竦めた。

 

「これは君の物語だろう。僕はあくまで傍観者だったんだ」

 

「今は違うと?」

 

「僕は君がアルマーニアを心底に許していないのを知っているし、君が教会騎士にも良いヤツがいると知っていて必ず殺す決意をしているなんてまったく理解の範疇だし、初めて東部と北部に進出し、一晩中泣きたい気持ちになった事を仲間にお喋りしたりもしない」

 

 少年が剣を下げ、首筋に突き刺さる位置に切っ先を置く。

 

「それで?」

 

「今回は、今回こそは、と。例え君が幸せな人生を死ぬまで送ってから“再び始まるかもしれない”としても、同じだけ繰り返すだろう事も知ってる。だから、こうして君へ会いに来た」

 

「何を教えに?」

 

「そういう事さ。僕が現れるという事は君に教える為なんだ。今回、君のおかげで無限に繰り返させて来た【神刻呪紋(しんこくじゅもん)】の階梯が上がった」

 

「シンコク、呪紋? 階梯……」

 

「君を此処まで繰り返させた大本となる呪紋の事だ。神々が大勢参加して作り上げた精霊属性のものだよ」

 

 少年が僅かに沈黙する。

 

「……その呪紋とやらの階梯が上がると何か問題でもある?」

 

「大有だ。呪紋の対象者の行いによって、この呪紋は変化するのだが、今までこの呪紋は一度失敗してる。でも、君は成功した……」

 

「失敗、前任者、それは―――」

 

「ああ、君の御想像通りだ。そして、君は今正に誰もが、神すら見通せない未来へと到達し、この現在の先へと向かう。だから、イゼクスのヤツが来る前に君へ贈り物をしに来た」

 

「教会の神?」

 

「僕らは双子の神だった。嘗て、イゼクスは武勇を誇る神であり、イエアドは文芸を愛でる神として双神にて祀られていたのさ」

 

「……教会への牽制にこっちを使うと?」

 

「巻き込んだのは僕じゃない。君だ……これは兄弟喧嘩していた双子を前にして強制的に鉢合わせる回避出来ない因果というヤツだ。今時ならば運命と言うべきか?」

 

 青年が片手を差し出す。

 

 僅かに青年を見ていた少年が手を受け取るように出した時。

 

 パキンッと今まで少年が使っていたシャニドの印が砕け散り、同時に砕けた刻印が寄り集まるようにして再編された後、深淵の如き蒼と明るい翡翠色と暗くも力強い紅蓮が互いに食み合うように混じり合う刻印へと変貌する。

 

「【三神の印】だ」

 

「サンシン……三つの神……他のは?」

 

「教神イエアド、太極神ハウエス、英雄神イゼクス」

 

「紅蓮がイゼクス、翡翠がハウエス、蒼がイエアドで合ってる?」

 

 パチパチと拍手が返される。

 

「僕らが昔まだ仲が良かった頃に造ったものだ。今は古びれた盟約を顕す単なる紋章に過ぎないが、君にはその印こそが相応しい」

 

「どうして?」

 

 ふわりと青年が中に浮かび上がる。

 

「君は幾多の絶望も希望も全てを塗り潰す死すらも厭わなかった。無限に蹂躙される愛すべき者達も、無限に殺さねばならない善良な教会騎士も、無限に戦い続けた神聖騎士も、永劫許さざるアルマーニアの軍隊も……終わりにやってくる救世神と亜人の軍団も……何もかも……何もかも君は超えて来た」

 

「………」

 

「それを何度戦い屈服させても、何度悲劇を繰り返そうと……諦めようとはしなかった」

 

「………」

 

「それはね? 神ですらも出来ぬ事なのだよ」

 

「神が万能ではないから?」

 

「いいや、違う。我らエル大陸に集う神は外の大神共とは違って人に近い人格を持つからだ」

 

 少年が新たな力を紋章から感じ取りながら相手を見据える。

 

「理不尽。この世の間違い。人の業。あるいは神すら到達せぬ高みを目指した君に細やかなる贈り物を……今こそ君が受け取って来た呪紋が開放されるだろう」

 

 少年が片手を見やる。

 

 その混じり合う三つの力に分類された印が整理されながら外周へと浮かび上がり、既に得ていた呪紋が一文字の刻印となって三つ浮かび上がっていく。

 

「神樹、四卿、人馬……」

 

「三つの呪紋。それは神が無し得なかった事を為した者達が世界から与えられていた特権。シャニドの印は呪紋創生によって、我が権能を具現化する力。だが、君は世界の一部とはいえ、自らの内に島の情報を集め切った」

 

「だから?」

 

「権能は権能に過ぎない。誰かに与えられた力でしかない。しかし、君は世界を己の内に写し取る程の大業を為した。それはある意味で神の権能を超える域にある行いだ。それはあの救世神すらも届かないものだ」

 

「………超高密度情報塊」

 

「そうだ。現実そのものを君は己の中に写し取った。己の糧とした。それは繰り返す中で蓄積され、因果そのものを写し取ったに等しい」

 

 青年は微笑む。

 

 その妖しくも奈落へと落ちていくような瞳、ソレは愉悦、喜悦すら含んで。

 

 唇を歪めた神名乗る者は周囲に真なる姿を顕現させていく。

 

 大きい。

 

 もしかしたら、島と同じくらいの大きさはあるかもしれない。

 

 そんな何かが半透明な教会の持つ兵器すらも超えて全てを包み込む。

 

 少なからず、全貌は見えずとも巨大な甲殻と無数の脚が遥か天に続いている事を彼は知覚する。

 

「『冥府の神樹は存在を正しく殺し、正しく死なせ、正しき輪廻に送る為の力だった』」

 

 少年の印。

 

 ハウエスの灯りに印が浮かぶ。

 

「『叡智を極めんとする踏破者は人の業と欲を体現し、未来を切り開こうと抗う力そのものだった』」

 

 イゼクスの輝きが内部に印を生じさせる。

 

「『人馬の神は人と神を分かち、共にある事を示し、新たなる時代へと歩み出す為の力だった』」

 

 イエアドの光りが印を形作っていく。

 

「『少年よ。君は到達し、踏破し、その向かう先に何を望む?』」

 

 そのもしかしたら、この星すらも滅ぼしてしまうのかもしれない蟲の神は問う。

 

「『もう君はこの世の全てが単なる茶番に過ぎないと知っている。失われるものはいつか失われ、滅びるものはいつか滅びる。全ては均衡する世界の中で起こる単なる循環でしかないと悟っている』」

 

「………」

 

「『人類すらも単なる星の上に時折現れる程度の生命体の一つだと理解するならば、此処で君が魂を摩滅させて尚存在しようと足掻き、世界の理に反旗を翻す意味なんてあるわけもない』」

 

「………」

 

「『旅人よ。愛も恋も感情も何もかもを失って、それでも君は自分であろうとするのは何故だ? こんな救う価値の無い人々と世界を前にして、絶望と諦観を押し付けて来る運命を前にして、君は……:』」

 

 それに少年は瞳を真っすぐに向ける。

 

「此処に全てある」

 

「『―――』」

 

 神と名乗る者は知っている。

 

 無限に与えられ、失い続ける時、そのあらゆる存在への価値は暴落する。

 

 何度でも繰り返すのならば、何度でも繰り返せるならば、彼の護りたかったモノに価値などない。

 

 そう、少年はそれを身に染みて理解しているはずだった。

 

 魂そのものを塗り潰される程に理解しているはずだった。

 

「救世神が何を救おうとも、此処に救われない人達がいる。此処には救いなんて求めていない誰かがいる。今日も何処かで悲劇は起こっていて、死も生もありふれているのかもしれない」

 

 そう言いながらも少年の瞳は澄んでいた。

 

「でも、目の前にいる。此処には誰かがいる。誰かを切り捨てて、誰かを救う。その傲慢さをまだ人間らしさだと思うから……せめて、傍にいて欲しい誰かには笑っていて欲しい」

 

「『何ともつまらない答えだ。陳腐とすら言っていい。だが、その卑近で矮小なる人らしい答えにこそ、僕ら神は敵わないのだろう。ウェラクリアのヤツが拘るのも分かる……』」

 

 そう言って、半透明の巨大な何かは星の上で空を仰ぎ見る。

 

「『ならば、征け。到達者エルコード……この世界の真実を前にしても折れぬ志と砕けぬ信念で陳腐に愛を囁く為に……答えの果てに到達してみせろ……』」

 

 音楽が世界に満ちる。

 

 それは無数の脚が管弦楽の如く震わせる恩寵か。

 

 何処か物悲しく。

 

 空の果ての虚しさに胸を締め付けられるような音色。

 

 しかし、進み続ける者を祝福するかのような優しい音色。

 

「『……そして、出来得るならば、あの愚かしくも優しい神を救ってやってくれ……』」

 

 ふと少年が気が付けば、世界はただ世界であった。

 

 青年も神の如き何かも音色も存在しない。

 

 ただ、夜半の風に紛れるようにして敵が来る。

 

「紅の大司教サヴァン」

 

 その少年の声に数mまで近付いた男が目を見張る。

 

 彼には見る目があった。

 

 そして、その目は言っている。

 

 己の運命の果てが唐突にやってきたと。

 

 断崖の先に道は続いていないと。

 

 だから、声に出来たのは愚痴だけだった。

 

「……此処に来て、受肉神よりも厄介なものが狙ってくるだと? せめて、猊下がい―――」

 

【エヘルダインの契体】

 

 魔力の全てを肉体強度にのみ還元する呪紋によって少年はただ肉体能力のみを強化し、ただ一刀の下に何一つさせず。

 

 相手を真正面から反応不能の速度で唐竹割りに削り尽くした。

 

『―――』

 

 先日の人馬の神を切り伏せた時の攻撃にも似ている。

 

 だが、そうではない。

 

 あの時は武器に人体で出せない威力を出させて、呪紋で肉体能力を上げて耐えただけであった。

 

 しかし、今回の一撃は技だ。

 

 その神に使われた単純な“斬撃”ではなく。

 

 人体では出せない速度で精密に剣術を繰り出して見せた。

 

 それはつまるところ。

 

 指先一つ動かすだけで大気が爆ぜて周辺を爆風で鏖殺出来る状態の肉体を自らの意志で反射でしっかりと動かしたという事に外ならない。

 

 まるで時間が止まったかの如き秒速10kmの肉体の加速と加速に耐え切る精神、脳髄の処理速度が繰り出す技は神を斬り殺した時よりは遅いかもしれないが、人理の内側にある剣術であった。

 

 その威力はどんな剣を使おうとも、その肉体が生み出す威力によって有機細胞や無機物程度の単純な集合体ではどうにもならない。

 

 受けられない威力。

 

 人体というあまりにも脆い存在を……例え超越者として肉体を変質させ続けていたとしても、常時発動型で防御そのものが相手に対する攻撃に対して攻撃を相殺もしくは減衰する方式のもの以外はどうにもならない。

 

「【夜隼】……」

 

 振り下ろしによる一撃で目的とする相手の部位を精密に狙って切り分ける黒征卿の技が当事者の攻撃速度の数倍近い加速で放たれた。

 

 脳髄が発生したプラズマと高温と衝撃波によって散逸させられ、白く染め上がる世界に消え去る。

 

 蜘蛛脚が流し込まれた衝撃に飛散し、彼の動いた地点を中心に120m圏内が猛烈な加速度によって生み出された運動エネルギーの余波で吹き飛んで、プラズマとして何もかも抉るように世界へと還る。

 

 頭部狙いは魂の崩壊を意図してのもの。

 

 しかし、蜘蛛脚の効果は果たされ。

 

 血煙どころか完全に蒸発したソレらが炎の最中、紅に染まりながら形を取り戻していく。

 

 そう、蜘蛛の形に……。

 

『―――』

 

 炎から紅の蜘蛛が産まれていく光景の横。

 

 持って来ていた鎧も無く。

 

 全裸で立ち尽くす少年がプラズマが冷えて尚、数千℃近い周囲の白い炎の中で立ち尽くす。

 

 それはサヴァンだったものが残した魔力の残滓が燃焼しているのだ。

 

「後2人……」

 

 まるで小規模な灼撃矢が起爆したかのような惨状の最中。

 

 必要な剣以外はまともに装備も持って来ていなかった少年はすぐに歩き出し、一足で爆心地から離れて着地すると呪紋を解き。

 

「来い」

 

 後方のフェムのいる地点に送っていた譜律でマーキング済みの装備を転移で身に纏いながら、煙を上げる自身の体をそのまま北部へと向かわせる。

 

 僅かに肉体強化の呪紋を解いた事で回復し始める魔力は次の戦いの為に貯め込む必要があり、気力を注いだ一撃の後という事もあって、転移は使わず徒歩での移動。

 

 蜘蛛達の情報を共有しながら、歩みを進めるのだった。

 

「(/・ω・)/(待ってご主人様~という顔)」

 

 彼の背後、紅の朧な肉体の蜘蛛は歩き出す少年を見て……トテトテとその後を追い始めた。

 

 *

 

「……ッ、サヴァンが、あの紅の大司教が、やられた?」

 

 青年が目を見開いて1人天を仰いでいた。

 

「その情報は本当か?」

 

「先生の気配が消えた。この世界の何処にいても分かるはずの気配が……」

 

「この短時間で我らは攻められているのか? まさか、暗殺を此処まで簡単に……」

 

「不死殺しッ!! あのクソジジイが!? オレ達を嵌めたのか!? 分断されるのを待ってやがったのか!? クソクソクソッッ!!」

 

「落ち着け……不死殺しが来たという事は逆にお前の力次第で戦況はともかく現状の被害の阻止は可能なはずだ。聖槍を開放しろ……」

 

「ッ―――この島を吹き飛ばす、か」

 

「今更、任務も何もあるまい。我ら神聖騎士は教会騎士とは違う。あの制度は元々、“あいつ”を上に押した時に我らの“代り”を造る為、世代の先に役目の代替を企図したものだ」

 

「……フン。此処まで来て教会から裏切り者扱いか……」

 

「アレが来ていれば、被害は最小限のはずだ」

 

「解った。待ってやる。2日で出来る限り、南部の方面へ逃げろ。此処でやる」

 

「解った。よもや、若造より遅く逝く事になるとはな……」

 

 ウラスが溜息を吐く。

 

 その瞳は目の前の老人のような若者を何処か羨むような苦々しく思うような複雑な色を帯びていたが、すぐに光は消え失せる。

 

「先生……アンタ、良い時に逝きやがったな。“震える聖槍”を見なくて済むなんざ。神聖騎士の終わり方でも上々の方じゃねぇか」

 

「ふ……確かに……あの男がまさか弟子の死に目を見れぬとは……世の中、何が幸いか分からぬ話だ……今更別れの言葉を紡ぐ程に情があるわけでもあるまい。もう行かせて貰う」

 

「精々、暗殺者様に殺されぬよう祈れ。公爵殿」

 

「かかか。貴様に言われるとはな……死に様、期待しているぞ」

 

 初めて鉄公爵ウラス……そう呼ばれる男の唇の端が曲がる。

 

 そして、そのまま男は隠形を用いて、気配を消しながら呪紋で姿を透明化させて、夜の闇へと掻き消えていく。

 

 それを振り返りもせず。

 

 残された男が戦場の何も無いど真ん中。

 

 その丘の上で自らの得物を見やる。

 

「ルラン、ルクサエル、エルタ、サヴァン……こんなに短期間でご同輩が死ぬなんざ最初期の受肉神狩りの時以来か……亞人共を殺し回って領域の守護をしてた頃が懐かしくなるとはな」

 

 青年が苦笑して、槍を見やる。

 

「神聖騎士四人の葬儀が何も無いんじゃ締まらねぇ……精々、墓標はデカくしねぇとなぁ」

 

 濡れたような赤光が青年の瞳から零される。

 

 それと同時に彼の目には遠方からやって来る気配が見えた。

 

【四卿】

 

 いや、今はまだ三卿と信じて疑わない蜥蜴の使徒モドキ。

 

「気配が一つ離脱してオレを狩りに来たか。極めて迅速!! 結構な事だ。狩れる時に狩る。当たり前だよなぁ!!」

 

 男が唇が割けたような笑みで喜悦に瞳を細める。

 

「悪りぃな。八つ当たりなんだ。だから、何もお前らは悪く無い。生死は当の昔にどうでもよくなった若造の単なる捨て台詞だと思って付き合えよ。だって、お前ら以外に今、此処に標的はいないんだ。標的はな……」

 

 槍が地面に突き刺さるようにして大地を穿ち、埋め込まれた。

 

 その時、300m程先から放たれた猛烈な呪紋の熱線が男の頭部を蒸発させた。

 

「      」

 

 無論、そんな事で男が死なない事を理解していた“卿”達が音速を超える速度で一秒も掛からずに男の真横に付ける。

 

 幾ら再生が可能だとしても、超至近距離で猛烈な攻撃で細胞一つすら残さず蒸発させられてはさすがに復元されるとしても時間は掛かる。

 

 その合間に相手を無力化する方法は既に彼ら2人の手中にあった。

 

 ソレは嘗てヴァルハイルが受肉神を破壊する為に使った代物だ。

 

 小さな円筒形型の杭のようにも見える。

 

 だが、その中身は極めて冒涜的と言えるだろう。

 

 内部に入っているのは培養された竜の脳髄と大量の魔力と呪紋だ。

 

 一つで凡そグラングラの大槍一発分近い魔力を消費する特殊兵器。

 

 それが二つ。

 

 四卿。

 

【白鱗卿】ラグス・バルタザル。

 

【鏡仙卿】ガーハイル・アルワーゼ。

 

 片や白鱗の男。

 

 片や浮かぶ大剣。

 

 その2人の手。

 

 いや、虚空に魔力で保持して同時に浮かべたソレが相手の肉体へと突き刺さる。

 

『下がれ!!』

 

 大剣に姿の映ったナイスミドル。

 

 ガーハイルの声で即座にラグスが数百m後退する。

 

 同時に彼らが見たのは肉体が次々に竜化しながら膨れ上がってボチャボチャと血肉の袋のように変質して崩壊していく青年の姿だった。

 

 心臓と脊椎。

 

 表と裏から撃ち込まれた杭が猛烈な勢いで相手を変質させているのだ。

 

『ガーハイル。何を理解した?』

 

『アレは……古い時代の文献にあった。無防備だったのではない。アレは攻撃形態に移行する予備動作だ』

 

 大剣に移った男が渋い顔になる。

 

『攻撃形態?』

 

『お喋りの時間は左程無い。周辺戦域から全軍を引き上げるぞ。これは……神聖騎士の“成り上がり”だ。並の受肉神より性質が悪い。周辺から避難させねば……それと種族連合にもとにかく此処を中心に逃げ―――』

 

 ズドンッと大剣に映る男の剣身の磨き上げられた鏡面に罅が入っていた。

 

 槍だ。

 

 槍が一本、剣の腹を穿っていた。

 

『!!?』

 

『捌くな!! 避けろ!! こちらは問題無い!!』

 

 しかし、瞬時に槍が熱で溶けて地表に墜ち、穿たれた剣が元通りに復元していく。

 

 その合間にも次々に槍が、神聖騎士の持っていた槍が無数に彼らに向けて放たれ続けていた。

 

『アレは―――神の気配だと!?』

 

 ラグスが驚く合間にも猛烈な勢いで血肉の泥濘と化した青年のいた地点に突き刺さった槍を中心にして沼地から大量の槍が血肉から現れ、禍々しく変貌しながら斑模様の昆虫の甲殻のような質感となって捩れ、捻じれ、柱染みて伸びて屹立していった。

 

『使徒の小神化だ!! 神の眷属が神になる!! だが、あの形状―――避けろ!!?』

 

 ガーハイルの声で更に2人が距離を取る。

 

 無数の槍が地面から大量に溢れ噴き出すように上空へと伸びて大樹の樹林の如く世界に溢れ出し始めた。

 

『槍。槍か? 教会の―――ならば、“震える聖槍”で確定。 あの小僧ッ、槍使いにしては雑だと思っていたが、神の一部を用いた【神象兵装(エルロード)】使いか!?』

 

『まさか、神の一部顕現なのか!? ご自慢の抗魔特剣で使えるのは手元にあるか!! ガーハイル!!』

 

『抗し切れそうなのは高都で建造中だ!! 他の手持ちは話にならん!! この階梯を滅ぼすものは限られる!!』

 

 だろうな、とラグスの顔が渋くなる。

 

『そもそも中枢の一本を破壊するのは事実上不可能だ!! イゼクスのどの部位だとしても世界最大の主神の一部だぞ?! この体積を削り切れるのは大槍の乱打以外ではヴァルハイルには……それも本格的な戦闘となれば、この島の北部そのものが消滅する危険性がある!!』

 

『敵はそれ程の切り札を……』

 

『東部でも巨大な気配が動いている。何故だ!! どうして、この状況で!! 一体、誰が糸を引いているというのだ!!』

 

 叫びながら彼ら2人が後方の部隊に即時撤退命令を迅速に出したと同時に自分達を追撃する槍を次々に回避して遠ざかっていく。

 

『例の計画を前倒しする!! 後退を確認後、速やかに発動させて高都まで引くぞ!!』

 

 ガーハイルが瞬時に決断を下し、2人が同時に相手に正面を向けながら超高速で引き上げていくが、それを追撃する虚空の槍は猛烈な数と威力で男達に迫り。

 

『『!!!』』

 

 幾度と無く掠り傷を追わせられながらも彼らは卿の格を見せるかのように回避に専念しながら、その甲殻の槍を次々に引き離し、呪紋で撃墜し、速度を落とす事なく撤退していった。

 

 時に残像を残して消えるラグスと人体には不可能な動きで相方の撤退を支援するように陽動しながらギリギリで敵の攻撃を紙一重で回避するガーハイル。

 

 どちらも四卿を名乗る彼らの動きは音速を超えていた。

 

『部隊の後退開始を確認した!!』

 

『ならば、これで!!』

 

 ガーハイルの映る剣身の内部。

 

 パチンと彼が指を弾く。

 

 途端、彼らに迫っていた無数の槍が地表30kmに渡り、巨大な紅蓮の壁。

 

 いや、壁というよりは下から吹き上がって来る溶岩の噴流で巻き上げられ、粘性のある超高温の液体に絡め取られて勢いを殺されていく。

 

 実に高さ150m厚さ300mの溶岩壁が弧を描くようにして元々神聖騎士達がいた陣地を覆うようにそそり立って行く。

 

 溢れる溶岩に呑まれた巨大な一帯を覆う壁を前にして次々に槍が運動エネルギーを使い果たした様子で呑み込まれて消えていく。

 

『どうにか拡大を阻止したか……』

 

 ラグスが横のガーハイルと共に後方へと下がりながら目を細める。

 

『元々はグラングラの大槍を一発だけでも当てて誘爆させて防ぐ代物だ。あの壁の内部は常に常人には耐えらない高温と火山地帯の瓦斯で覆われる。例え、超越者の如き連中が押し寄せて来ても、教会の殆どの人員は通常戦力……常時呪紋無しには耐えられない環境だ』

 

『……これで戦力を制限する方策だったが、アレはどうにかなるのか?』

 

 ラグスの言葉は最もであった。

 

 北部の何処からでも見えそうな巨大な大樹が数km近い蟲脚の槍の樹林を率いて天に生えるように伸びていく。

 

 だが、その途中、蟲の大樹のあちこちからハラワタを食い破るように大量の竜頭らしきものが外に飛び出して冷え固まる実の如く大樹を地表へと圧し折るように頭を垂れさせて―――。

 

『ヤツがようやく実用化し、遺した対受肉神用変異呪紋を封じた呪具【竜貶《りゅうえ》の蝕】……例え、相手が大陸の主神の血肉だろうと効くとも……在庫は後三つ……製造は年単位必要だ。我らが立て直す時間があればいいが』

 

『アルマーニアの捕虜の一部で実験していたアレの成果か。だが、あの大樹……』

 

 ラグスが目を細める。

 

 次々に竜頭に食い破られている大樹はまるで山の如くなだらかな丘陵の如く枝葉を地面に降ろしたが、それでも未だに蠢きながら嘶いていた。

 

『ダメだな。効いているが、それだけだ。殲滅もしくは封印の方策が別途必要だ』

 

 2人の卿が後方へと背中を向けて消えていく。

 

 しかし、同時に後退し、塹壕内部にいた種族連合はそうもゆかなかった。

 

「え、遠方に巨大な大樹? いえ、丘、と、とにかく馬鹿デカイ何かが―――」

 

 彼らの内、奇眼を持つヴァロリアが名状し難き大樹と無限にも思えて周囲を囲い尽した巨大な高温の壁を見つめながら、上層部に報告する合間にも山と表現するしかない蟲脚の丘から飛び出した槍が次々に音速を超えて弓なりに飛来していた。

 

「こ、攻げ―――」

 

 第一波が到達した時、最前線に詰めていた部隊の半数近くが被弾し、1割が即死。

 

 残る者の4割が重症、3割が軽傷、2割が鎧の性能と被弾位置に救われた。

 

 次々に絶叫が上がる塹壕内部で男達がまだ助かる者達を抱き起して後方へと引き摺って下がろうとした時、彼らが見たのは地面に突き刺さり、種族連合の兵の血を啜った槍が蠢きながら何か別の生き物へと変貌する瞬間だった。

 

 この時、何もせずにいた者は即死。

 

 瞬時に逃げて後方へと走り出した者達は8割が助かった。

 

 残って迎撃しようとした者達は自分達の竜骨製の鎧を破壊した人型の蟲。

 

 そう、人型の蟲としか言えない両の二の腕に鎌を携えた蟷螂のような顔をしたソレの斬撃で何処かしらを真っ二つにされた。

 

『ぎ―――』

 

 叫び声が今度は左程に上がらない。

 

 殆ど襲われた者が死んだからだ。

 

 次々に人型へと変貌するソレは悍ましい血肉の流動する名状し難き肉と甲殻がすり合わせられて蠢く音だけで聞く者の神経を擦り減らす。

 

 しかし、そこから先は対応が迅速に行われた。

 

 次々に飛来する槍を残像を残して回避しながら10m級の機械蜘蛛。

 

 ウル達が最前線へと跳び込んだからだ。

 

 彼らは人型の敵へとアメンボの如く長く伸ばした脚先で相手を貫通しながら肉体と甲殻を念入りに動ける部位が無くなるまで高速で連続突きの餌食にしながら、反撃で削られる足先を液体金属状にして回収しつつ、ズダダダダッと1匹辺り10秒で処理して次々に獲物を染みにしていく。

 

 だが、逆に言えば、1匹処理するのに10秒掛かる為、群がられると途端に処理速度が落ちて、あちこちで鎌の刃で斬り裂かれた機体が出始めた。

 

 大きさ以外。

 

 つまり、強度と武器の威力だけ明らかに同格以上で更に威力の応酬がリーチ分長有利という事でしかなく。

 

 数で押されていたのである。

 

 しかし、そんなウル達の後方からは次々に小型のウルのような機械装甲を身に付ける蜘蛛達がワラワラとやってくる。

 

 彼らは大体が2mから3m。

 

 ウルを生み出す際に使われたドラクが完全な形で残っておらず。

 

 取り敢えず大型に出来ない装甲を纏った蜘蛛達であった。

 

 彼らはウルが図体のせいで攻撃を受けている隙に敵へと肉薄し、相手の背中の翅や脚を重点的に攻撃して、機動力を削ぎながら、相手の鎌を回避しつつ、敵を解体していく。

 

 敵の数は相手が2000近いが、塹壕付近の蜘蛛達は総勢でもウルを含めて300。

 

 単純に数倍の戦力差であったが、斑模様の甲殻を持つ蟷螂の人型が群体のように攻め寄せる戦術無き蟲的な突撃であるのに対して、蜘蛛達の攻撃は完全に役割分担と現場の状況で相互補完しながら自在に役割を変える分担戦術。

 

 ウル程の攻撃力は無くても糸で相手の動きを拘束。

 

 呪紋の炎で再生し始めていたグチャグチャの敵を焼却。

 

 相手の攻撃力と機動力を奪って行動を遅延。

 

 と、ウルと数匹の蜘蛛達が組む事によって迅速に相手の処理が可能であった。

 

『(>_<)/(あっちあっちーという顔)』

 

『(/ロ゜)/(後ろ後ろぉーという顔)』

 

『|ω/)(顔をかなり割られちゃったなーという顔)』

 

 無論、無傷とは行かないが、互いが互いに連携しての防御と攻撃を両立する彼らは脚一本、胴体を半ばから、頭部を半分までも切り裂かれて尚、動き続けた。

 

 それは彼らが化け物だからではない。

 

 スピィリア達の超高速での形態変化によって斬り割かれた装甲内部の中身を変形させて、傷をほぼ負っていない状態だからだ。

 

 装甲は相手の攻撃を遅延させる為の代物であり、元々は霊力による掌握で煌めく金属流体が元となっている。

 

 装甲の傷の表面はどうやら治らないようだったが、その治らない部分の表面を投棄して、流体金属に再度戻して装甲化させれば、殆どの部位は体積は減っても元通りであった。

 

『(≧▽≦)(元に戻ったーという顔)』

 

『( ̄ー ̄)(これぞ、蜘蛛的回避技という顔)』

 

 内部のスピィリア達もまた肉体を元の形に戻せば、まったく傷付く事なく敵を駆逐する事が出来た。

 

 無論、半霊体の一部を斬り割かれた者もいたが、その場合には治らない傷に対して後方に下がってその部位を切除し、霊薬の注入が開始され、同時に高速での戦闘機動に使われた魔力や霊力の補給は紅に輝く円筒形のペレットの注入で行われた。

 

 歩兵用装備であるスピラスで竜骨を育てる霊薬を入れる筒に似ていたが、ガシンが元々は白霊石を緋色にして霊力のストックを作り運用する際の装備が大本になっている。

 

 白霊石の筒を装甲内部に突き刺して、霊力と魔力を同時に補給する事で治す事が出来たのである。

 

 その作業が物凄く痛かったと後で泣き言を言う蜘蛛達はいただろうが、今は殆どの人型の蟲の化け物に対して彼らは対処可能となっていた。

 

 次々に後方から数千単位で地面に突き刺さって変形し、突撃してくる化け物達の群れは途切れる事を知らない。

 

 だが、同時に陣地後方から猛烈な灼撃矢に近しい遠距離用の弩での爆撃が相手を面制圧して、吹き飛ばし、数を漸減させていく。

 

『(>_<)!?』

 

「蜘蛛達だけに戦わせるなぁ!!」

 

「竜骨弩部隊!! 敵正面テェエエエエエエ!!!」

 

『(≧▽≦)/(ゆくぞーという顔)』

 

 次々に遠距離から突撃してくる蟲の人型の群れに対して放たれる既存呪紋と竜骨弩の爆撃が相手を撃ち減らし、蜘蛛達もまた戦い抜けとばかりに号令を掛けて後方に抜かれぬよう敵を食い止める。

 

 後方からの呪紋と射爆による援護によって攻め寄せて来る敵を逆撃し、中央から分断して、側面を食い破って逆包囲するという曲芸的な戦力機動。

 

 ウルのみならず。

 

 蜘蛛達の不可糸の張り巡らされた塹壕内での遅延も相まって巨大な塹壕という巣に掛かった蟷螂達は待ち構える巣の主達の猛攻に数を減らし、次々に討ち取られていった。

 

―――ギジュアアアアアアアアアアア!!!?

 

 時に地面に張られた不可糸に粘着され、時に引っ張られた糸で地面や壁に貼り付けられ、鎌でソレを剥ぎ取ろうとする合間に攻撃が浴びせられては如何に攻撃力のある群体だろうとも空に退避した個体以外は殆ど地獄を見ただろう。

 

 だが、空に逃げたからと言って、蟷螂達が優位に立ったわけでもない。

 

 射爆が蜘蛛達に届かないように攻撃されないとしても、地面から放たれる不可糸はネットワーク化されており、蜘蛛達の総体の魔力に等しい力が奔っているのだ。

 

一本でも糸が絡み付いた個体は引き寄せられ、地面に引き摺り落とされる。

 

『( ̄д ̄)(落ちて来た蟷螂さんは大人しくバラバラになりましょうねーという顔)』

 

 その後、その位置が糸電話よろしく瞬時に周囲の蜘蛛達に知れ渡り、相手を倒す戦力が派遣されてくるのだ。

 

 その迅速な位置情報の取得で戦力を分散させて尚、局所的に戦力集中を可能とした蜘蛛達は塹壕内に侵入した獲物達を的確な戦力配分で損耗せずに狩れた。

 

 こうして、一夜にして島の北部に出来た南東部との周辺は新たな危険地帯と化し、大規模に種族連合の軍は後退を余儀なくされる事になるが、それでも被害は最小限である事は誰の目にも明らかであった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。