流刑貴族の追放記-極獄と呼ばれた果ての地にて-   作:Anacletus

78 / 135
第73話「モナスの万障Ⅹ」

 

―――鬼難島西海域。

 

 洋々とした海の最中。

 

 陸地が移動していた。

 

 無数の木造船は荒波を前にしてゆったりとしたもので進み続けている。

 

 そろそろ夏という頃合い。

 

 変わり易い海洋が雨後猛暑だったり、嵐だったりという最中。

 

 全ての100m級の木造船の最先端。

 

 幾多の王家が出資した数ある船の中でも唯一先端を任された白い船が白波を切り続けている。

 

 無数の船は大量の綱で繋がれており、船団を形成しているが、外洋でこんな事をするのは自殺行為と普通の海の男ならば、乗るのを拒否するだろう。

 

 しかし、それを可能とするのは先端の白亜の船であった。

 

 まるで剣の如く。

 

 まるで槍の如く。

 

 戦船にしては優雅過ぎる船体の造形はシンプルだが、船に必要な錨を降ろす場所も無ければ、甲板らしいものすらも無い。

 

 あるのは滑らかな人が出ていく場所があるとは思えない手すり無しの無機質な白い鋼材。

 

 ついでに今時の船ならば付いているはずの帆も無いし、船尾の舵も無い。

 

 最新鋭の軍艦ならば、帝国製の砲弾を飛ばす火砲だって乗っているかもしれないものだが、それすら無いのだから遊覧船どころか浮かぶ白い塔とすら思われてよいだろう。

 

「………御父様。フィーゼ……どうか無事で……」

 

 船首から見える遥か遠方の黒い何かを確認しながら、彼らは遂に教会よりも早く。

 

 そう、教会本隊よりも先に島を発見する事となっていた。

 

『島が見えたぞぉおおおおおお!!! 信号弾上げろぉ!!』

 

 白い船の上。

 

 フラットな白い装甲の奥。

 

 次々に海の男というよりは海軍と言うべきだろう青い制服姿の水兵達が次々に奥に続く階段から出て来て、船首にいた物好きな女に最敬礼しながら魔力を帯びた手で船の端に手を付いた。

 

 途端、ゴボゴボと船尾から猛烈な白い泡が吹き出し、船団が加速し始める。

 

「此処に来ていたのか。リセ」

 

「ぁ、陛下……」

 

 白いワンピースの豪奢さも無いドレス姿の20代の女。

 

 長い金髪を三つ編みにした彼女が背後からやって来た臙脂色の外套に軽装の鎧を身に着けた青年に頭を下げる。

 

「心配かい?」

 

「……はぃ」

 

「まぁ、そうだろうな。この遠征は他国に帝国が先んじる為のものであると同時に君の我儘をついでにやってしまおうという試みだ」

 

「本当に何と感謝して良いのか……」

 

 済まなそうに儚げにも見える女が頭を下げる。

 

 それに優男というにはどうにも線が太い二枚目の長身男。

 

 キザなのか、単純に色男なのか。

 

 笑み一つがどうにも凄みに塗れた男は肩を竦めて、ポンポンと伴侶の頭に触れる。

 

「良いのだ。大抵のものはついででいい。本来、帝国はこの遠征に乗り気では無かったというだけで派遣調査隊は送るつもりだったのだし」

 

「そうなのですか?」

 

「ああ、島の住人達の一部と交易があるんだよ。帝国が海洋に持つ島々の一部を譲渡する契約もしてある。故に代表者として私が此処に来る必要もあった」

 

「自ら、この危ない海域に、ですか?」

 

「相手は国家の元首だ。世界の命運を掛けているのに世界最大の国が来ないというのも締まらない話だからな」

 

「……陛下は退屈が敵だと常々仰っていましたね」

 

「ははは、そうなんだ。君相手じゃバレても仕方ないな。何を隠そう。あまりにも退屈過ぎて帝国が腐り落ちる前に刺激を求めて止まない私の体が勝手に!! というわけだ」

 

 おちゃらけて、手が一人で動きますと片手でそれを止めて笑う青年は快活というよりは豪放磊落と言うべきだろう。

 

「ありがとう、ございます」

 

 涙を堪えるようにして俯く彼女の肩に手が置かれる。

 

「いいんだ。君相手に正体を明かしたのも数か月前なんだ。君の願い一つ叶えてやれないなら、私は国家国民の願いなんて叶えられないさ」

 

「陛下……」

 

 リセと呼ばれた彼女はそっと男に身を預けてさめざめと泣き始める。

 

「その続きは全てが終わった後にしよう。どうなるにしても、何が待っていても、全部知ってからだよ。リセ……我が妻よ」

 

「……っ、はい」

 

 そんな年若い夫婦の様子をまじまじと見る水兵は一人もいない。

 

 何せ、そんな事をして不興を買いたい者は誰もいないのだから。

 

「まぁ、気楽にとは行かないかもしれないが、新婚旅行に来たとでも思って、その時までは普段通りの君を心掛けるといい。落ち込み過ぎても君の体には良くない。特にお腹の子にもね」

 

「っ……」

 

 コクリと彼女が頷いて、周囲の水兵は新婚旅行どころか。

 

 正しく新居でイチャイチャする夫婦にしか見えない男女がどうか良い結末を迎えられますようにと内心で祈った。

 

「さて、帝国に付いた小国家44に対して反帝国閥232……彼らは例のものを持ち出したと言うが、この魔窟に対して安易に使うのかどうか……いやぁ、我ながら非力なものだ。そう思わないか?」

 

『――――――』

 

 彼は自分達の船の上の虚空にある椅子の上に話し掛ける。

 

「だんまりか。君も元は人間だったという話だし、気軽に話して欲しいな。ゼーダス」

 

 青年が肩を竦めて、船の内部に続く階段へと新妻を連れて帰っていく。

 

 そして、その階段がフッと消失し、水兵達が魔力を流した船体が進む最中。

 

 船の上の椅子に座る骸骨が肩肘を付いて顎を乗せたまま。

 

『他人の不幸は蜜の味。自分の不幸は砒素の味というのを知らぬと見える。若き皇帝は……』

 

 そう呟いた骸骨は小さな欠伸を?み殺すようにしてカチャカチャと骨を鳴らして、遠方に見える巨大な気配達の様子に目を細めた。

 

『……イエアド、イゼクス、ウェラクリア、ミートス、ハウエス、カルトレルム、ティタルニイア、ハシマス……正しく、あの頃の連中がズラリ並ぶとは、面白い」

 

 骸骨はカタカタと顎の骨をカタ付かせる。

 

『だが、あの撥ねっ返り共を前にして、余裕の表情が出来るものか。此処にヴェラがいないのが心底残念だ……』

 

 そう呟いた骨が再び沈黙し、ボウッと白い船体が光ったかと思うとカタカタとカチカチと音をさせながら、ユックリと船底から平たく平たく海を覆うように、船団を浮かべるように、大海の果てまでも陸地にも見える白い床が、見えない場所まで広がっていく。

 

『ノクロシアが浮上しているという事は封印が解かれたという事。さて、ゼートの窯の底には何が残っているやら……』

 

 そうして、白い大地は黒鉄のノクロシアと接し、鬼難島の西部海域は一人の王の領土として広大な領域を制圧されたのだった。

 

 *

 

―――鬼難島南方海域。

 

「ハハハハハッ!!! ようやくだ!! ようやくだぞ!!」

 

「遂に来ましたな!!」

 

「我らの新たな領土が見えてきましたぞ!!」

 

「おお、アレが不老不死の妙薬眠る島!!」

 

「鬼難島!! 教会より早く付いた以上!! 我らに所有権が有りますな♪」

 

「あれが先遣隊が見たという神代の都ノクロシア!!」

 

「南部上陸も明日には可能だとか!!」

 

「流刑者は殺せぇ♪ 我らの道に下賤の者を入れるでないぞぉ!!」

 

「ははははは、これで世界は真に我らのものとなるのだぁ!!」

 

「教会なんぞに全てを渡しはせんぞぉ!!」

 

「この料理を作ったヤツを海に捨てて来い!! 魚なんぞ出しおって!! 肉だ!! 肉!!」

 

 南方海域。

 

 嘗て、少年達を連れて来たオーダムの船が通った場所に今、巨大船団が近付きつつあった。

 

 その船団の中央には恐ろしく大きな客船が存在し、猛烈な高さと横幅を以て、600mにもなる船体は動く都市の如く。

 

 金細工の船首像……何処かの女神が置かれていた。

 

 船上の甲板中央部では晩餐会が開かれており、数百名にも及ぶ者達が長いテーブルの上に豪勢な食事の時間と洒落込んでいる。

 

 歌って音色を紡ぐ楽団と踊り子達が舞う舞台を背景にやんややんやと酒杯が掲げられ幾度と無く乾杯の音頭が取られ、新たな時代の道行に大陸の王家の多くが参列する。

 

 王のみならず、王妃や王族もこの新たな祝いの日に晴れやかな衣装を纏い。

 

 優雅とは程遠い煌びやかさは宝石の輝きにて飾られる。

 

 降り注ぐ陽光に酒は飛ぶように運ばれ。

 

 海風に笑顔で船の端から黒鉄の都を見やる女子供も大勢。

 

 正しく、動く王宮のような豪奢な甲板は赤い絨毯の上にあり、無数の給仕達が己の王に食事を運んでは相手をしていた。

 

「お母様ぁ!! あの黒い大地が新しい植民地となるのですか?」

 

「ええ、そうよ。もう取り分は御父様達が各王家で調整しているのよ」

 

「へぇ~~もし御父様が領地経営に飽きたら僕にやらせて下さい」

 

「あら? いいわね。亜人共を全滅させてからになるから、少し時間が掛かるかもしれないけれど、お父様にお願いしてみましょうね?」

 

「やったぁ♪」

 

 捕らぬ狸の皮算用という言葉は多くの者達の頭には無い。

 

「それにしても帝国も落ちぶれたものですなぁ。この船に乗らず。小国を引き攣れていくというのだから、まったく酔狂が過ぎる!!」

 

「今の帝国の皇帝は若輩ですからな。不老不死の妙薬の話が一気に広がった後もこの船の建造に投資はせぬと言って、例の外界からの使者との接触後は小さな白い船を造ったとか!?」

 

「帝国の未来が心配ですなぁ。是非とも愚鈍な皇帝のままでいて欲しいものだ」

 

「正しく!! この船こそ世界の未来!! 呪紋を独占し、技術までも管理しようとする教会を我らが廃し、やがては全てを手に入れる。これはその始まりに過ぎぬのです!!」

 

「然り!! 然り!! その為に御伽噺の破滅とやらをわざわざ発掘させてきたのです。アレらを幾らか投入すれば、全て滅ぼしてくれましょう。ちゃんと、首輪代わりも連れて来ましたしな」

 

「くくくく、ああ、まったく!! あの老王も嘗ての面影は無い程に衰えて、あれでよくまだ災厄の担い手等と父王らに持ち上げられているものだ」

 

「病床に伏せ、最後の希望とばかりに色々と教えてくれましたしな。災厄とやらを使い終えたら、一緒に何処かに消えてくれれば……それで世界は変わる!!」

 

「ええ、何れは帝国も我ら【王家連合】に下る日が来ましょう」

 

 全てをもう手に入れた気になって喋る王族達を後目に彼らの家臣や部下達は周囲の船団において最後の上陸作戦前の準備に奔走していた。

 

「揚陸師団の準備はぁ!!」

 

「終わりました!! 例の化け物共の準備と操獣もです!!」

 

「揚陸後、速やかに物資の搬入を行わねばならない!! 後続の船団に割り込ませるなよぉ!!」

 

「で、ですが、幾つかの王家が一番に上陸したいと後続船団に混ざると言って聞かないとあちら側から!?」

 

「クソが!? 王族連中め!! 自分達の事しか頭にないのか!?」

 

「だ、ダメですよぉ!? 声を低く!? 何処で連中のおべっか使いが聞いてるか分かったもんじゃないんですから!!」

 

「チッ、まぁいい。とにかく、化け物共を先だ!! その後を操獣で追わせて、終わったら首輪を使うという事で各王家の師団には話が通ってる!! 先遣部隊になる奴隷共を先に出せ!! 例の呪紋でもう来週には朽ちる運命だ!! 化け物共への生贄の意味もある!! 揚陸挺を―――」

 

 ガヤガヤとやかましい船団の前方では次々に大きな襤褸船にすし詰めにされた奴隷達が甲板にすら溢れる様子でノクロシアの先にある揚陸地点に向けて出発させられていた。

 

 船を曳くのは操獣だ。

 

 巨大な8mはあるだろうアザラシのような体躯の怪物。

 

 蒼白い斑模様の肌に黒い髪の毛染みたものがワカメのように頭部を覆うソレが内部から瞳の赤光を零して次々に20隻近い襤褸船を曳いてニアステラの海岸線へと向かっていった。

 

 しかし、彼らは知らない。

 

 少年は常に油断しない。

 

 いや、出来ないというのが事実だろう。

 

『……(T_T)(仲間に出来そうなお客様が来たという顔)』

 

 今、ニアステラの海域には仲間達が北部に行ってしまって暇な蜘蛛達が周辺に糸を張り巡らせ、ノクロシアの警護と海側からの脅威に備え、静かに獲物もしくは客人を招く為に防備を固めていた。

 

 無論、海の上にも漂う白波に紛れた糸の蜘蛛達……否、海では魚にされているソレらが海面から船団の情報を収集していた。

 

『……(T_T)(要らぬお客様は沈めて、大丈夫そうなお客だけ受け入れなきゃという顔)』

 

 少年の基本的な判断基準を用いる蜘蛛達の中でも最初期に海戦技能を手に入れた元々は貝であった彼らアルメハニア。

 

 今や島の如き図体で海底と同化している巨大貝蜘蛛達はイソイソと海中から糸蜘蛛で集めた情報を元にして、沈めても良い人間とダメな人間を次々に脳裏で仕分けしながら、精神的な改善が見込めそうな者も含めて甘い裁定にしつつ、ダメそうな7割の大人達を切り捨てる事を決めた。

 

 ただ、一つ問題なのは彼らに倒せ無さそうな戦力らしき気配が幾つかの船に載せられているという事実であり、少年が寝込んでいると仲間に死人が出そうという事を鑑みて、船を沈める前に色々と小細工する事を糸電話で蜘蛛達の会議に掛けた。

 

「……(´Д`)(少年が即断で切り捨てそうな層を取り合えず排除しておこうという顔)」

 

「……(^^)/(ま、いいんじゃねという顔)」

 

「……( 一一)(亜人と怪物に優しくないだけの“全うな強硬派”は残しておくべきという顔)」

 

「……(/・ω・)/(じゃあ、矯正可能そうな子供と大人はこっちで確保準備しとくねという顔)」

 

「……(*´ω`*)(リケイのおじーちゃんの仕事が増えるけど、まぁいいかという顔)」

 

「……(・`д・)(分かり合え無さそうなのは一律仲間にしとくかという顔)」

 

 糸でギィギィと通話する彼らは多くの蜘蛛達の意見を集約し、可哀そう系な奴隷達がノクロシアに上陸しようとする辺りで、周辺地域の海水の表面を微振動する糸による工作で温度を上げて、霧を形成していく。

 

「……( *´艸`)(こいつらが“連れてるもの”はともかく。他の連中は殆ど能力雑魚じゃねという顔)」

 

「……(+o+)(これなら水夫のあんちゃん達とどっこいどっこいという顔)」

 

「……(/・Д・)/(確保したら、いつもの蜘蛛脚レプリカで王族さんは蜘蛛の中身になりましょうねぇ~と海中で女子供も関係なく蜘蛛脚で突く係の顔)」

 

 スポーンという表現が適当だろう。

 

 海から湧き出した見えない不可糸が王侯貴族とその周辺人物を大量に上空に巻き上げて、瞬時に海中へと水属性加護呪紋で無音入水させ、少年が使う蜘蛛脚のレプリカを地表の蜘蛛達が操って蜘蛛化していく。

 

「な、何だ!? 王は何処!? いず―――」

 

「父王はど―――」

 

「こ、こうげ―――」

 

「王等を護―――」

 

 それは正しく容易く行われるえげつない所業であった。

 

 何せ濃霧で周囲が1m先ですら見えないのだ。

 

 まぁ、気付いた時には蜘蛛になっているので彼らは痛みもなく消えたという事だけが事実であり、ある意味人道的かもしれない。

 

 こうして猛烈な濃霧から始まる行方不明事件が船団で起るが、それに殆どの者は気付く事も無かった。

 

 この事実が船団全体で完全露呈するのはまだ少し先の話。

 

 何故なら、蜘蛛達は賢いのだ。

 

 王族達や護衛を順調に海水に引き込んで蜘蛛化しつつ、彼らを装うかのように濃霧による視界0の状況を利用して、糸で海中に引き込んだ際に呪紋で写し取った王族達の形を象って色付けして、いつも砂浜で敵を作っている要領で偽物を用意し、次々に一人一匹態勢で成り済ましを決行。

 

 甲板の彼ら基準で消えて良い王族が消えた後、残された者達が発狂しないように具合が悪いとか、濃霧のせいで食事もままならんとか。

 

 適当な事を糸で造った声帯で発音させ、次々に護衛込みで確認済みの部屋へと引っ込ませていく。

 

 声の変化でバレそうなものだが、それもちゃんと考えられていた。

 

―――(……(/・ω・)/医務室へゴーゴーという顔)

 

 濃霧による混乱で王達が退席した甲板は霧が晴れた頃にはほぼ女子供と数名の何処か覇気の無い王族が合わせて数十名しか席に残っておらず。

 

 彼らも何処かの護衛が濃霧での混乱を正す声が聞こえれば、安堵した様子で食事を終えて帰っていく。

 

 しかし、伴侶や息子や父のような親族に出会えば、一発でバレるだろう。

 

 あくまで彼らは他の残した王族達が面倒な敵を暴発させないようにとの役者であり、護衛も含めて殆どの者達が途中、船医のいる区画へと向かい。

 

 濃霧で喉がやられたと嘘の報告をして、船医達の一部に風邪薬を出させ、脈を計らせ、喉を見せて部屋へと引き籠る事になる。

 

―――これは風邪ですかなぁ?

 

―――いやいや、声が出ないとなると呪紋?

 

―――ですが、構造に悪そうなところは……。

 

―――そもそもお声が出ないという事は声帯が……。

 

―――原因究明にしばらくお時間を……。

 

 生憎とエルガムの元で人体構造に滅茶苦茶詳しくなった医療系蜘蛛達が監修した不可糸による人間擬態は極めて精度が高く。

 

 魔力によって体温、重量すらも再現する為、見破れる医者は乗船していなかった。

 

 瀉血でもしますかと言われた者達の大半がこれを拒否。

 

 こうして原因不明の喉の病のせいで発音出来ないという呪染みた状況に疑問を持つ者は無く。

 

 声が失われる可能性があると筆記で面会謝絶にされた王と護衛達は次々に船内の部屋で糸の塊へと戻り。

 

 殆どの者達に怪しまれる事なく成り済ましは完了したのだった。

 

『なぁ、あっちのエルキアの王族連中。どうやら風邪みたいだぜ?』

 

『あっちこっちの王族がそうらしいな。声が出ないとか』

 

『やっぱり、甲板で食事はダメだっただろ……あの濃霧で一瞬、戦闘態勢になった連中もいたしよぉ』

 

『自業自得だろ……何度も諌めた忠臣は海の中だ』

 

『オイ。あんま余計な事言うなよ。何処に連中の耳がいるか』

 

『ま、金払いは良いが、絶対関わりたくない連中なのは変わらんしなぁ』

 

『つーか、王族の護衛の大半も同じらしい。これじゃ、上陸時には面倒になるぞ』

 

『いっそ、上陸が中止になってくれれば楽なんだがな』

 

 巨大客船の王族達だけが呪紋の護りも警護も意味無く。

 

 静かに海の中で蜘蛛にされた事だけが確かだった。

 

 しかし、彼らが全員ペカトゥミアだった事を思えば、本当に特別な血筋で能力の王の類は中には入っておらず、船にいる極僅かだった事は間違いない。

 

 残されたのは赤子と子供と良心的そうな王族層や護衛達のみであった事を殆どの船団の者達は知らず。

 

 少年から海の価値ありそうなものは収集しておくようにと言われていた彼らアルメハニアの砂浜コレクションにはエル大陸の8割近い王家の宝飾品が入る事となるのだった。

 

「「「「「「「「「「「「「「(・ω・)/~~」」」」」」」」」」」」」」

 

 こうして真っ新で真っ黒なペカトゥミア達は奴隷達の揚陸時には海から一緒に不可糸で周辺背景に紛れて上陸。

 

 自分達の船にヒラヒラとハンカチを片手に別れを告げた。

 

 その大きな客船ではたった一人の王を除いて状況を正確に把握する者は無かった。

 

「……面白い生き物だ。何とまぁ……」

 

 そう病床でクツクツと笑う年老いた70代の老王が一人。

 

 連れて来た彼を監視する配下と全ての子孫が消えた船の最中。

 

 設えられたシルクの寝台の上から萎びれた体でのっそり起き上がり、寝台横のドレッサーの上で無造作に置かれていた木製の冠を頭に嵌めて、全裸ではマズイだろうと従者も無く肌着と正装を身に着け、重い外套を羽織ると揺ら揺らと揺れる船内をユラユラと歩き出し始めた。

 

 白い髪の王。

 

 落ち窪んだ瞳と枯れ枝の肉体を押して歩く男は時折、咳をしながら、区画内にいる見知らぬ蜘蛛のような生物達が操る糸溜まりの端を歩き甲板へと向かっていく。

 

 そして、そんな彼の背後には幽鬼のような亡霊達が付き従い。

 

 呪霊とも言えぬ朧げな肉体で縦列し、付き従っていく。

 

 その音は正しく不気味で恐ろしいものではあったが、見る者の無い出陣であった。

 

 彼らは正しく甲冑の騎士だったのだから。

 

「お前達、ご婦人方と子供達を見て差し上げなさい。糸には触れぬようにな」

 

 そう背後に言い置いて、男が甲板に上がると正しくゴミ溜めのように零された料理やらグチャグチャになった衣服やら死体やら死に掛けている奴隷やらが大量に甲板には残されていた。

 

「………」

 

 男はその内の1人の死に掛けた奴隷。

 

 王達の前で拳闘をして負けた敗者の胸に手を当てる。

 

 掌に一瞬力が籠められると男が吐血して、バネ仕掛けの人形の如く起き上がり、すぐに全身の痛みに悶え苦しみながら蹲る。

 

「ぉ……ぉれ、は……」

 

「死の淵から戻ったな。これを食べなさい」

 

 老王が掌に握っていた散らかった肉の欠片を相手に差し出す。

 

 ソレはキラキラと不自然な程に輝いていた。

 

「あ、なた、さま、は?」

 

 男は老王の光を映さない乾いた瞳に飲まれ、思わず肉を受け取って口にしていた。

 

「この船の管理人に今からなった男だ。もう此処にはお前を虐げる者は無い。今から指示する者達を目の前まで持ってきてくれないか?」

 

「タスケテ、くださった、のですか?」

 

「生憎と船員が足らん。最低限、今生きている者で王家筋を纏めねばならない。後数分で息絶える者が殆どだ。お願い出来るか?」

 

「は、はい!!」

 

 男がふと気づく。

 

 肉を口にしただけだが、肉体から痛みは引き始めていた。

 

 奴隷拳闘の男は浅黒い肌に蒼白い髪の毛をザンバラにした優男。

 

 だが、今は膨れ上がった顔や切り傷だらけの体に腰布一つという状態であった。

 

「よろしい」

 

 男が周囲の床に落ちている料理の残飯を片手にしてはその王族からすれば生ゴミと呼ばれるだろうものを煌めかせて横に積んでいく。

 

「ふぅ……さすがにこの歳ではキツイか。精々40名が限界か? いや、もう少しいけるかもしれんな。ただ、この船の今の状況ならば、十分だろう」

 

 呟きながら、髭に塗れた顔を撫でた男が散らかっていたテーブルナイフを拾い上げて、ジョリジョリと毛を剃って横に捨て始める。

 

 その合間にも奴隷拳闘の男が、顔も戻っている様子で30代と分かるくらいにまで腫れを引かせ、慰み者にされた少女だの少年だの半殺しにされた料理人だの片腕を落とされた船員だのを集めて来た。

 

 それを寝かせた先から積んでいた煌めく残飯を口に突っ込んでいく王は正確に死に掛けた者から処置し、最終的には62人程が死ぬ前に助かった。

 

 血を吐いた者達が次々に蘇生するのを目の当たりにして奴隷拳闘の男が驚きに放心している合間にも助かった者達が王の前で何事か会話するとすぐに言い渡された仕事をする為に現場から捌けていく。

 

「……あ、あの……」

 

「ああ、仕事は終わりだ。大陸に戻れるものではないだろうが、これからは君達がこの船の主……しばらくは飯を食って英気を養うといい」

 

「………」

 

「どうかしたかね?」

 

「何か、お仕事はありますか?」

 

「そうか。なら、転がっている死体を絨毯を剥ぎ取って一体ずつ包んだら海に還してやってくれ。疫病で君達も死にたくはないだろう?」

 

「わ、分かりました……」

 

「それから、甲板にある食料だのテーブルだの椅子だのは生き返った者が使える分以外は全て捨てていい。この船にもう王らしい王は残っておらんからな」

 

「そ、それは一体どういう?」

 

「自分から危険に向かった愚者が死者の列に並んだ。それだけの事……さぁ、それが終わったら残っている生きた兵士が集まってくる。そうしたら、もう一度話そう」

 

 老王がそう言って椅子に座って瞳を閉じる。

 

 それが眠る為なのだとすぐに気付いた男だったが、どうしても聞いておきたい事があり、正しく死を覚悟して尋ねる。

 

「もし、良ければ……お名前を伺ってもよろしいですか。王よ」

 

「……ザールだ」

 

「ザール王。すぐに始めさせて頂きます」

 

 奴隷拳闘の男はそうして頭を下げ。

 

「我が名はカルジュ。この御恩、必ずやお返し致します」

 

 巨大な客船の最中。

 

 死者が次々に赤い絨毯に包まれて一人ずつ海に沈められていく。

 

 その音を聞きながら老王は船の四方に配置された特別製の牢獄。

 

 いや、牢獄とすら言えない粗末な鉄の塊に過ぎないだろう船の内部にいるモノの活発化を感じ取り、溜息を吐いた。

 

「そう慌てるな。貴様らの為に死んだ幾百万の者達の手前、少しは躊躇するフリくらいは必要だろう。大人しく休んでいるならば、そう遠くない内に開放してやる……どの道、貴様らを抑えておこう等と思わんさ」

 

 呟いた老王の背後。

 

 クスクスと何処からか笑い声が響く。

 

 鳥のような影が男の背後でヌッと湧き出して目を細め。

 

 獣臭い息遣いが男の横で僅かに臭う。

 

「……いるのか? レドイエ」

 

【じーじきらーい】

 

「実の子孫によくよく嫌われたものだ。連中と遊びたいと言ったから、お前を墓から掘り起こしてきたというのに……で、仲良く出来そうか?」

 

【う~とんね~~鳥さんはお空を壊すからめーでしょー? おねーさんは子供嫌いなんだってー。獣さんは臭いからいやー】

 

 今まで老王に纏わりついていた気配達が【また面倒くさいのが来たよ】と言わんばかりに王の周囲から消えていく。

 

【あ、でもでも~~東の方にいるおねーさんは子供好き~って言ってたよ?】

 

 王の苦笑が零れる。

 

「貴様を王家に殺させたのが彼女なのだがな」

 

【へ~~でも、死んでるから悪さしないなら此処では好きにしていーよって言ってた~♪】

 

「まったく、手懐けるのが上手い。神聖騎士もその調子でやっているかもしれぬな」

 

 王が目を開けると全ては幻。

 

 生きた数十名の兵士達が何とも言えない表情で男の前に参列していた。

 

「ザール王、でいいのか?」

 

 男達の中で一番指揮系統的に高い位の騎士。

 

 30代前半の猿顔の男が沈んだ様子で彼の前に立つ。

 

「ああ、君達の世代では知らぬ者が多いだろうがな」

 

「歴史の教科書を見る傭兵はいないだろう」

 

「だろうな」

 

「……はぁ、最後に残った王が御伽噺とはな。10名は他のとこのだが、残りは全部オレのとこの兵なんでな。代表として聞くぜ? もうダメそうか?」

 

「ダメだな。王家連合が壊滅した。残ったのは女子供。それと力無い者と悪辣とは程遠い良心を持つ者ばかり。今は我が兵で押さえている」

 

「歴史が喋る様子なんぞ見たい方じゃなかったんだが、まんまだな。貴方が本当にザール王ならば、死んでいて欲しいというのが本音ではある。が、あの“棺桶共”をどうにか出来るのも貴方だけ……ならば、従うのも致し方なしか」

 

「ほう? 知っているとは酔狂な勉強家だ」

 

「貴方の事を爺さんはこう書き残してる。六番目の災厄だってな」

 

「ふ……違いない。魑魅魍魎に昔から好かれる性質だ。ちなみに事態は理解しているな?」

 

「成り代わられた、でいいか?」

 

「まぁ、あちらはとても優し気だ。奴らも誰かと一緒にという柄ではない。10日毎に一つずつ小舟に載せて呪紋で島の海流に載せ、何処かに漂着させよう」

 

「それでいいと?」

 

「生憎と単なる常人や善人しか残っていない大陸を死んだ者の戦いには巻き込めんよ」

 

「はは……大陸を滅ぼせる小舟を三つ。いや、四つか」

 

「我が孫を入れれば、四つでいい。さぁ、悪いが働いて貰うぞ。まずは女子供、残りの奴隷と船団の兵士共を南部に送り出す仕事だ」

 

「戦争になっても?」

 

「生憎ともう終わっている。それに他の船の連中にも生き残る機会を与えねば不平等だろう。適当に部隊へ個別に違った命令で死者を出さぬ形の目標を言い渡せ。王の命令だと伝令するのでもいいし、適当に合図を送るのでもいい。船団を空にするところから始めようか」

 

「敵は?」

 

「賢く人を殺せる蟲が数十万規模。それから棺桶共に劣らなそうな気配のが幾らか。先程からこちらを見ている連中の様子から言って、まぁ……四肢の一本や二本くらいで済む」

 

 肩を竦めた老王の言葉に男が頭を掻い面倒くせぇと言いたげな表情で頬を掻く。

 

「いやはや、こんな辺境くんだりまで来て、負け戦ならぬ演劇やらされるとはな」

 

「好きだろう? 傭兵というのは案外そういう芝居に使われるからな」

 

「生憎と貴方がヤンチャしてた頃とは違うんだ。今時、大陸に陰謀くせぇグダグダな戦争なんぞ無いってーの……」

 

「名前を聞こう。猿顔君」

 

「心底殺せねぇのが残念な爺だ……はぁぁ、マールマト・イーオ」

 

「では、イーオ隊長。貴殿の奮闘に期待する。ああ、それとお嬢さん達を食べないように。君の祖父はそういう意味だと死んで良かった連中の上位に来る」

 

 その言葉で更に猿顔……イーオが溜息を吐いた。

 

「爺さんの知り合いかよ。さすが伝説……」

 

「昔の話だ。今は単なる病に侵された死に掛けのジジイだとも」

 

 こうしてイーオは敬礼するとイソイソと仕事に取り掛かり始めた。

 

「隊長? あの爺さん。そんなにヤバい王なんですか?」

 

 通路を歩いて甲板から去っていく集団。

 

 残された兵士達は何やら王に言われて、項垂れるやら泣き叫ぶやらしている。

 

 そんなのを背後にして部下の声にイーオが鼻を鳴らした。

 

「教会の御伽噺にあるだろ。神聖騎士を切り殺した王の話」

 

「え? あ、ああ、えっと、確か【悪王】の話ですか?」

 

「【悪徳のザール】……元傭兵の大先輩様だ。一代で王にまで上り詰めた伝説の傭兵。ほんの40年前に帝国の一部領土を切り取ったマジモンだ」

 

「え? それって……傭兵王? アレって酒場の吟遊詩人共の十八番の作り話だと思ってたんすけど、違うんですか?」

 

「生憎と神聖騎士を殺した不死殺しで今も教会のリストに載ってる。ついでに言えば、ここ最近で唯一五大災厄と戦った民間人だ」

 

「民間人?」

 

「神聖騎士以外で教会に国を護る為に参戦を強制されたって話だ。10年くらい前に南部の国が一部消えただろ?」

 

「あ~~駆け出しの頃に周辺で仕事してましたから知ってますけど、小国ですよ? 消えたのって」

 

「その国に置かれてたのは五大災厄の一角だったって話だ。それが封印が解けただか、破壊されただかで再封印したんだと。その時にもジジイだったあの王が教会に駆り出された。自分の王家滅ぼされたくなかったらやれってこったな」

 

「そんなに強いんすか? 御伽噺みてぇに陰謀で全部片付けましたみたいなのじゃなくて?」

 

「さてな。知らない方が良い事はこの世に五万とあるんだぜ?」

 

「へ?」

 

 そう首を傾げた男の体がボッと燃え上がり、凡そ3秒で灰になって朽ちた。

 

「な?!!」

 

「ひ―――!?」

 

「ど、どうなってやがんだ!?!」

 

「お前ら、これ以上は喋るな。どうやら逆鱗には触れるらしい。あのクソジジイの事をあんま貶すと今みたいな事になるぞ。死に掛けてようが、王は王なのさ」

 

【♪】

 

 僅かに気配を感じた男がさっさと仕事しようと黙って通路の奥に消えていく。

 

 こうして、王家連合との戦争という程の事も起こらない戦いは始まるのだった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。