流刑貴族の追放記-極獄と呼ばれた果ての地にて- 作:Anacletus
少年は我が道を進んでいた。
「水分補給開始。快適性2%上昇(再上昇3度400mlまで)」
島の東部に出て1時間。
途中、ボロ屋や人間ではなさそうな敵を倒して、武器を手にしたりはしたが、周囲の平原は広く。
森のような場所の周囲には木製の柵や家の跡、廃墟が広がるばかりでロクに何かがあるという事の方が少なかった。
しかし、平原にも道らしきものが存在しているのは見て取れた為、その道の成れの果てに沿って早歩きしていると今度は遠目にはまだ見えなかったものが見えるようになっていた。
山岳から離れた平原の南。
霧が掛かっている。
恐らく海が近いはずなのだが、それが見えないというのは歩いた時間や感覚から言って在り得ない話。
最初から少年には周辺が普通の地形ではない事が理解出来ていた。
つまり、山岳から見えた平原の他に海が見えないのならば、それには何かしらのカラクリというものがると踏んだのである。
「森林内部に集落を発見」
イソイソと少年が村の正面ではなく脇から内部を覗き込む。
すると、そこには2mはありそうな焚火の上に死体らしきものが入った鉄製の巨大な籠が巨大な木製の支柱で吊り下げられていた。
籠の内部からは樹木を擦り合わせたような音が響き。
黒く燻された死体の内部からムカデやネズミのような斑模様の肌を持つ小動物達がウゾウゾと這い出していた。
「住人を確認」
死体の入った籠の周囲には大陸でも標準的な農民が着るような襤褸を纏った男女が集まっており、死人のようなカサ付いた黒く変色した肌で煌々と燃える焚火を見やっている。
その瞳には精気が無く。
しかし、青白い輝きが零れている。
少年が身を屈めてコソコソと20人近くいる住人達の建物の角から見やりながら、何かないかと探索を開始する。
周囲の建造物は多くが外から板によって窓や戸口を打ち付けられており、その表面には鋲が撃ち込まれて補強されていた。
しかし、それでも外側からの攻撃を受けたような刃物や大型獣の爪で傷付けられたような場所が多数在り、内部からしか建物は開けられないだろう。
幾つかのあばら家と襤褸屋が内部を晒していたが、あるのは空の酒瓶らしき陶器製の食器や朽ちた木製の家具ばかり。
(………このルートがもしも更に可能性と確率を広げるなら……)
内部を覗きながら、裏をグルリと回っていた少年はようやくまだ空いているドアを見付けて、そっと内部を覗いた。
天蓋の窓が開いているらしく。
1階から2階の吹き抜けの先から明かりが射し込んでいる。
その最中に入り込むと竈で鍋が煮込まれていた。
内部を覗けばまだ煮え立つ前の頭蓋が瞳も無く虚ろに覗く者を覗き返している。
ゆっくりと足音を立てないようにして動くとネズミが一匹。
少年の足元を通り抜けて外に出ていく。
そこでようやく少年はふと奥の机の上にモノらしいモノを見付けた。
置かれているのはふっくらとした銀色のプヨプヨした蝶のような何か。
蝶のように翅があるのにまるで水でも含んだかのように全身が銀色で玩具のようにも見えるが、僅かに生暖かい。
ソレを手に取って少年が目を細める。
「鑑定。知能型ステータス不足。保存」
袋の中にソレを入れて、明らかに人間には優しくなさそうな人間型の何か達の住居を後にしようとした時だった。
外から異音がして騒がしくなる。
こっそりと建物の外に出て影から覗く。
すると、鉄の籠に載せられていた死体が次々に起き上がると内部からボチャボチャと明らかに在り得ない程の青白い液体を零して内部で水死体のようにパンパンに膨れ上がっていった。
その汁が焚火を消火して煙が上がる。
悲鳴のようなものを上げながら、人型達が恐れ戦くが、すぐに籠の外に溢れ出したものが形を取って、彼らを取り込み始めた。
出て来たのは長く長く長い腕だ。
20m以上ありそうな長い腕が無数に焚火を中心にして煙の中から溢れ出し、人々を捉えては煙の最中へ引き込んで肉を磨り潰すような音を響かせる。
やがて、逃げ果せる事も出来ず。
全ての住民が腕に捕まって内部へと引き込まれ、煙が晴れた。
青白い眼光が無数にソレからは溢れ出している。
肉体はブヨブヨとした青白いモチのようなスライムのようなふくよかさ。
その表面には捕らえられた人型達が叫ぶ口もなく。
瞳だけを露出させ、ギョロギョロとさせていた。
その瞳と瞳の間から溢れ出している腕は長く。
人間の腕と目玉だけをこねくり回したような怪物であった。
―――!!!
ソレの瞳の一つが少年を見付けた途端。
腕が伸びる。
咄嗟に建物から離れると狙いを逸れた濁流のような腕の河が建物に押し寄せ、最初こそ砕けて支流の如く流れを割ったものの、それすら最後には更なる腕の河の濁流によって押し流され、砕けて呑み込まれていく。
その合間にも距離を取った少年がダガーで近付いて来る腕を切り払いながら闘争を選択する。
「ウィシダの炎瓶」
使った途端、その炎に巻かれながら悲鳴を上げようも無い腕がのたうちながらも濁流と化して少年を追う。
確実にダメージは入っているが、逃げながら炎を撒いている少年はすぐに建物が無くなる事を察して、巨大な腕の奔流が周囲に炎と共に突撃してくるのを横目に次々と跳びながら回避と同時に腕を黒い菌糸の斬撃で汚染していく。
だが、内部から吐き出される腕は無限染みてまったく途絶えず。
押し流された腕は一定距離になると次々に萎れて炎に巻かれて灰となるという使い捨ての代物としてまったく敵本隊に攻撃は届いていなかった。
浸食も炎もダメとなれば、逃げるのも良いかと思う少年であったが、すぐに化け物の中央部分がブブブブッと震えているのを確認した。
それが体内で何かを振動させていると考えた少年が背後の剣を握った途端。
―――シィィュゥゥゥゥゥゥッッッ!!!
まるで人の声を限界まで笛にしたような高周波染みた高温と共にウェルキドの大剣内部からグジャァッとあの蛭のような化け物に似た質感の触手が伸びて、その先にある刃……乱杭歯が次々に30mは間がある相手に向けて高速で襲い掛かった。
その速さは目で追うのもやっとであり、次々に突き刺さった目の部分へ潜り込むようにして相手を解体していく。
乱杭歯の隙間から人間の絶叫にも似た節の付いた音楽のようなものが流れ出す。
それが体内に無数に発生していた口と喉によるものであるというのは刃が抉り出した相手の本体の一部がボトリと周囲に落ちれば解るだろう。
青白い血液が本体から吹き上がると同時に次々と少年を追っていた腕の量が減っていく。
それが呪紋による産物であった事は間違いなかった。
口から喉までが大量に抉り出された本体は正しくスカスカの状態であり、腕が萎んで灰になっていく。
炎に巻かれた家々は既に内部から青白い瞳の人型によるタップダンス状態で焼け落ちながら筋肉の収縮で踊るパーティー会場と化した。
相手の攻め手が落ち着いたと同時に詠唱先が無くなった刃が戻って来る。
それとは逆に前に出た少年がようやく乱杭歯が元に戻った大剣を振りかぶり、跳躍して体を捩じるようにして横に振りかぶり化け物の頂点から振り下ろす。
体を横にして回転した少年の斬撃は狙い違わず。
相手を真っ二つにして、スカスカとなった体の内部までも完全に両断した。
大量の青白い血飛沫が少年を染め上げ、周囲に飛び散って血煙のように飛散する。
すると、まるで炎が血煙を避けるかのように鎮火していった。
少年が顔を拭う。
「ウルクトルの呪血(付着)。呪霊属性の呪紋魔力効率7.8%上昇(再上昇不可)。呪霊召喚【燻り贄のウルクトル】を獲得。呪霊属性攻撃に対し、防御力3.3%低下(再下降可)。呪霊との遭遇確率283%上昇(再取得可)。呪紋【呪霊との交信】を獲得。常時意思疎通可能化。第三神眼に霊視属性を追加。常時全呪霊可視化状態(状態解除不可)」
少年が血潮を外套から振るい落として数秒後。
少年の瞳には廃墟と化した村の内部から解放されたらしい霊魂が次々に上空へと消えるようにして飛翔していくのが見えた。
それを見やると。
更に南にある山岳。
存在しないはずの山岳部の頂点に集ってから更に空の上に柱のように昇っていく様子が見て取れた。
「……残存体力64%。帰還行動を開始」
いつの間にか昼は過ぎていた。
ゆっくりと暮れ始める空を見上て、少年は元来た道を戻り、夜までに浜辺の洞窟から野営地に帰る事としたのだった。
*
『あ、いますね』
『でしょう?』
少年が夕暮れ時に帰って来るとジト目の少女が天幕を張った一帯で食事を作りながら、牧師と共に戻って来た水夫達に手渡していた。
焼き魚は飽きたという事で蒸し魚にされた魚料理であったが、どっちにしても塩が無いので困りものという話が水夫達の間では囁かれている。
塩の出る山を探すか。
もしくは海辺で塩田でも作ろうかという話をする医者のエルガムと騎士ウリヤノフの周囲にはそれなら自分がという塩田で働いていた事のある男が手を上げていた。
「ほう? 昨日の今日でまたお強く為られましたな。魔の技にも色々ありますが、まさか呪霊を従えるとは……それは召喚というのですじゃ」
リケイがいつの間にか蒸し魚を包んだ樹木の葉を抱えて少年の横にやってくる。
「呪紋が増えた」
少年がリケイに印を刻まれた片手を見せる。
すると、印の端に米粒程の小さな一文字が二つ刻まれていた。
「ほほう? これは東の霊媒の技の一つ。交信ですな」
「話せる?」
「左様。本来、話せぬ異界の者と話せるのです。死人から情報が得られるなら、さぞかし有用でしょうとも。死んだ人間から犯人を聞き出せもすれば、死んだ者の怨嗟に毎夜毎夜魘される事もあるという具合ですじゃ」
「………」
「おぉ、済みませんな。案外、多いですかな?」
「多い……」
少年がジト目になる程には老人の背後には恨み辛みを吐く騎士風の亡霊のような者達が連なって行列になっていた。
その大半は全身鎧を身に纏い。
亡者らしい枯れた体と腕で擦り切れた布地と砕けて煤けた鎧姿ではあったが、それでも元々は大国の者だったのだろうと分かるくらいには立派な装いだった。
「嘗て西の大国の砦を落した事があるのですじゃ。無論、一人ではなく。仲間達と共にでしたが、その騎士達でしょう。戦いは熾烈を極めており、生き残りは無し。仲間を大勢失った。恨まれても仕方ありませんな。ははは」
老人はケロリとして肩を竦める。
霊というのは案外身近にいるらしく。
水夫達の後ろにも恨めしそうな者もいれば、見守っているような者もいて、亡者達の誰もが人を恨んでいるわけでもないらしい。
だが、一番目に付くのは少女の背後に立ち。
今も微笑んでいる女性だ。
美しく。
同時に少女と似ている。
(この霊……初めて見る……いつも何処かのタイミングで消えてる?)
相手が少年に気付き。
少しだけ頭を下げると虚空に融けて消える。
その優しい眼差しは正しく言わずとも誰かは解った。
「では、これで。亡者達との付き合いは程々にしておかれるといい。あまり深入りするとあちらに引き込もうとする者もあるでしょうからな。呪紋の構成、
リケイが忠告してから僅かに指を弾く。
そして、少年の腕が僅かに光った後、水夫達に呼ばれて、踊りを披露しに行った。
近頃は何とか食べられている為、芸が出来るリケイは食事時には何処にでも引っ張りだこで人気が出ていた。
踊りもすれば、話も上手い。
語る物語もまた千差万別で芸妓の師という肩書に偽りは無かった。
「何してんだい!! 飯だよ。さ、アンタも食べな。って、また服がボロボロじゃないかい? 今度は何処で何して来たんだい? あーあー、煤けちゃって」
ミランザが食事を少年に持って来て、少年の炎で煤けた衣服を見てジト目になる。
「さっき、焚火にちょっと当たり過ぎた」
「どんだけ近くにいたのよ?! というか、海に落ちたの?」
「………」
少年が視線を逸らしてだんまりを決め込む。
「はぁ、また落ちたのね。ナーズ、レーズ。後で脱がせたのを持って来て」
「「はーい」」
兄弟達に左右を取られ、逃げられなくなった少年は大人しく夕食を取って天幕で全裸にされた後、衣服はアマンザへと持って行かれる事になったのだった。
明るい焚火の傍で少年の服はチクチクと縫われ、外套の背中に大剣の乱杭歯による細かい傷が付いていたり、焦げた部分があったりと繕いは結局二時間程掛る事になったのである。
―――翌日早朝。
「今日くらい手伝……いない。ホント、朝早過ぎじゃないかい? ウチのアルティエは……」
「おねーちゃん。いつからアルティエがウチのになったの?」
「そーだそーだ。ウチにはオレ達がいるだろ?」
「はは、海から拾われるくらいだ。あたし達より嫌な過去が多いはずさ。どうせ、いつ死ぬか分からないんだ。ちょっとは構ってやりたくなる。アンタらがあんな風に一人になって海から拾われてたりしたら、アタシは……」
「おねーちゃん」
「ま、まぁ、悪いヤツじゃないけどさ」
「仲良くしてやんな。でも、準備は無駄にならなかったね」
「準備って?」
「昨日の残りの魚。葉包みが無い。あいつの朝飯はアレだね」
「ボク達はちゃんと朝蒸した魚食べよーっと」
「腐ってなきゃいいんじゃね?」
「さ、姫様がまたアルティエは何処だーって騒ぐ前に教えておかなきゃねぇ。出来えば、お土産も期待したいところだ」
こうして今日も少年は冒険に出て心配されるのだった。
*
「フィーゼ」
「はい。此処におります。父上」
「食事は済ませたか?」
「先程、頂きました」
「そうか。では、集まって来たら話そうか」
「誰かお呼びしたのですか?」
「ああ、来たな」
「主よ。今日もご壮健で何よりです」
「世辞は良い」
作り掛けの煙臭い丸太で建てられた診療所内。
未だ屋根を張る作業が残る一室。
ウート・アルフリーデ・ルクセル。
現在のルクセル家の当主を筆頭とした三人が集まっていた。
簡易の枯れ草を敷いた寝台の上に革を敷いた寝台の上で今日はお世話の修道女も遠ざけた彼は娘と騎士を前にして背筋を聊か伸ばしていた。
「ウリヤノフ。西部岸壁の先はどうだ?」
「はい。西部はどうやら人がいた気配があり、島の中心部奥に見える巨大な山岳こそがあの船から見えた灯りの正体であるかと」
「具体的には?」
「人のいた痕跡。家屋の跡や崩れた石製の廃墟がありました。まだ未探索の地域が多いのですが、早朝に向かって夕方に戻るとなると中々に進まず」
「……第二野営地を造ったならば、西部に第三野営地を広げてはどうだ?」
「まだ、時期尚早かと。何より魔獣の気配があります」
「ッ、魔獣の?」
思わずフィーゼが呟く。
「はい。蟲のようなものか。獣のようなものかは分かりませんが、気配はするのです。問題は相手が見付からない事……私の目を以てしても見つからず。水夫達の多くは不安を抱えており、あまり奥まで行かせられません」
「先日、蟻に3人食われたのが痛いな」
ウートの言葉に頷きが返される。
「あれで水夫達の多くが探索に及び腰になっています。何とか集落まで立てれば、後は逃げ出す為の船を造れさえすれば、それでいいと」
「だが、生憎と船大工は居らん」
「はい。ですので、精々が小舟。後は難破船でも待つしかありません」
「フィーゼ」
「何でしょうか? 父上」
「お前はどうしたい?」
「え?」
「我が身が朽ちるのは早晩避けられん。エルガム医師からも薬の量の限界が近いと言われている。薬効のある草などは見付かっているが、足りないそうだ」
「ッ―――そんな、父上はまだ」
「今はいい。今はだ。だが、次のこの流刑者達を纏めるのはお前の世代だ。水夫は何とかなる。荒くれはウリヤノフがどうにかするだろう。だが、子供達や若い女達もいる」
「……はい」
「エルガム医師とお前に流刑者達を次なる長として取りまとめて貰いたいのだ。今は位としてお飾りに取りまとめ役に名を貸しているに過ぎんが、その後はお前次第という事になる」
「だから、どうしたいか。なのですか?」
「探索には死人が出る。避けられん障害だろう。だが、連中が今従っているのは衣食住を何とか確保しているからに過ぎん」
「此処で探索を止めろと?」
「そういう道もあるという事だ。今、食料の備蓄も勧めさせている。素焼きの壺や竈で硝子や鉄が精錬出来るのも数か月もすれば冬前に可能だろう」
「冬越えをお考えなのですか? 父上は」
「ああ、故に現状を維持する以上の探索はせずともいいのではないかと思っている。幸いにして冬の暖を取れるだけの薪は豊富にある。リンは畑にも使える」
「それは……数日前から行わせている? 野営地の周囲の?」
「馬がいない以上は人力だ。だが、幸いにして木材で道具は作れる。畑に植える作物としてはまだ挽いていない麦もある」
「それを植えると?」
「この島は温暖だ。一応、来る前に出来るだけ情報を集めさせたが常世の春であるとされていて、実際に帰って来た流刑船の船員が冬に人間を降ろしたにも関わらず、この島だけは春のようだったという記述もある。それも数回以上数百年間同じことが確認されていた」
「もしかして、父上は最初からこの場所に……」
「そういう事だ。必要な資材は最低限持ち出せた。だが、半数は沈んで厳しいのは変わらん。だが、幸いにして食料も在る程度存在したし、今のところは破綻しないと見ていい。水も最低限はある。水路を引ければ、暮らしも楽になるはずだ」
父の深謀遠慮を見ても尚、少女は、フィーゼは苦悩を孕みながらも告げる。
「探索は……続けるべきだと思います」
「理由は? 我が身の薬をという以外でだ」
「もしも、魔獣がいるならば、最低限の備えが必要です。それにウリヤノフもいつまでも生きているわけではない。本当に此処へ長く住まうのならば、避けられない敵を今の内に倒してしまわなければ、安心して暮らせはしません」
「一理ある。だが、戦力は無いぞ?」
「……あります。リケイ様に力を強めて頂きました」
「あの旅の芸妓の者か。魔の技に通じる者であったとはな。それで? お前が精霊を操って何が出来ると? 敵も倒せんぞ?」
「いえ、敵を知る事は出来ます。どういうものかを遠い場所でも離れて精霊の視界から見て聞く事が出来るようになりました」
「何と!?」
ウリヤノフが驚く。
それは正しく彼が今一番欲しい能力に違いなかった。
「精霊を使った遠見か。アレも出来たな。そう言えば……」
ウートが優し気に目を細める。
「よく観察し、弱点を探り、準備を行えば、どのような怪物だろうと倒せない事は無いでしょう。どうしても手に負えないような相手ならば、道を封鎖するなり、堀や壁を作るなりすればいい」
「それ程の人出があればな」
「……精霊でモノを動かせると言ってもですか?」
「―――そうか。お前の母はそこまで出来なんだが、お前は出来るのか。さすが我が子だ……ならば、まずは身近なところでソレを使うべきだな?」
「はい。今日はそれを進言しようと思っておりました」
「良い。許す。お前の力は母の力。そして、お前を生かす為のものだ。好きに使え。だが、死ぬ事だけは許さん。良いな?」
「ッ、はい!!」
ウートがウリヤノフを見やる。
「済まないが、この子が大人になるまではお前が後見となって欲しい」
「心得てございます。我が主」
騎士が片膝を追って畏まる。
「女子供の中にも魔の技が出来る者が無いか確認せねばな」
「ああ、その……」
「?」
言い淀みながらも少女が父の耳元にヒソヒソと囁く。
「……あの子か。船長が拾った。魔の技を開眼する事で冒険に出ていると」
「は、はい。恐らくですが……」
「では、今日帰って来たら、ウリヤノフ。お前がその子を見て、良いと思えば、連れて行け。それと鍛えられるもの、教えられる事、出来る限りを叩き込め」
「は、了解しました」
「お前の後釜に据えられる程であればいいが」
「ち、父上!? あの子は騎士ではありませんよ!?」
「はは、そう慌てるな。国の騎士のように辛い幼少期を過ごさせて何になる。此処は帝都ではないのだ。生きる為、共に戦え……お前もまたその強さを持つ事が必要だ……」
「良いのですな?」
ウリヤノフの言葉にウートが頷く。
「アレに誓ったのだ。お前を必ず生きていけるようにすると。この島は苦難の塊だろうが、アレが死んだ日より辛い事など無いと信じさせてくれ。フィーゼ」
「―――父上。畏まり、ました」
潤んだ瞳で少女は頷く。
そうして少年の知らない内に探索隊の一員として組み込まれる事が勝手に決められるのだった。