流刑貴族の追放記-極獄と呼ばれた果ての地にて-   作:Anacletus

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第十三章【ニアステラの災厄】編
第74話「ニアステラの災厄Ⅰ」


 

 少年が昏睡して2日。

 

 ニアステラでは遠方に見える大船団が大問題になっていた。

 

 ついでに言えば、やたらと面倒事が押し寄せていた。

 

「はーい。元奴隷の方はこっちでお薬飲んで下さいねぇ~~」

 

「こっちだよ~~年齢別や体形別で変わるから、問診受けてねぇ~~」

 

「はーい。こっちですよ~~亜人が大嫌いでも並んで下さいね~~」

 

 ヒオネ、エネミネ、クーラルの三名が声を枯らす勢いで大量の人々の間を看板を持ってウロウロして列に並ばせていた。

 

 彼女達の前にいるのは全て元奴隷の人々だ。

 

 彼らは最初にやって来た者達であった。

 

 2日前、大量の粗末な船がノクロシアの外延部に衝突するようにしてやって来た後。、必死な顔で奴隷達がその外延部の細い縁の部分に張り付き、何とか内部もしくはニアステラまで向かおうとしたのだ。

 

 思わず下策とか言い出しそうな顔になったウリヤノフが沖合で船団に細工しているらしい蜘蛛達に助けてやれと言ったのが運の尽き。

 

 彼らは不可糸でグルグル巻きにされて大量の蜘蛛達によってノクロシアの見えない壁の上を運ばれ、3万人近くが流入。

 

 ついでにエルガムの病院から出動した大量の医療系蜘蛛人材。

 

 白衣を着込んだ蜘蛛形態なスピィリア達によって隅から隅まで調べられた。

 

 要は検疫である。

 

 大量の奴隷達は頸部に呪紋が刻印されているわ。

 

 大量の麻薬を摂取させられて、トランス状態だわ。

 

 肉体のあちこちに大量の爆発する呪紋を仕込まれているわ。

 

 まったく、生きる人間爆弾扱いであった。

 

 大慌てで蜘蛛達がリケイと一緒に奴隷達が爆発しない内に呪紋の解除や毒薬を抜く為に大量の中和用薬剤を投与している合間にもノクロシア方面から船が巨大埠頭の大量の桟橋に無数の船が接岸。

 

 見えないようにノクロシアの戦艦が消されてはいたが、それにしても何かあるのは見破られて、桟橋から雪崩れ込んだ王家連合と呼ばれるらしい大陸の組織の先兵が流入。

 

 勿論、桟橋で次から次へと不可糸で入れ食いの魚みたいに蜘蛛達に『フィィィィィィィィィィィィィッシュッッ(*´ω`)/| ̄ ̄ ̄}』された。

 

―――何かが足にぃぃぃぃぃぃぃぃ!!?

 

―――くそぉぉぉぉおおぉぉぉぉ!!?

 

―――見えない何かを切るなぁ!?

 

―――落ちたら死ぬぞぉおおおおおおお!!?

 

 桟橋付近も黒蜘蛛の巣が迫り出した場所なので遠方から数千匹はいるだろう蜘蛛達が狙いを付けた兵士や傭兵を釣った魚よろしく軒先にぶら下げた。

 

 ぶっちゃけ、普通の兵士は地表へと100m以上落下したら死ぬのだ(蜘蛛達は死なない)。

 

 頭に血が上り過ぎてダウンしたらハンモックのように糸を編んで繭内部に押し込むという手法で彼らにはどうしようもない高所で待機させた。

 

 不可糸で肉体内部の神経を乗っ取る事も可能な為、事実上は様々な代謝を制御出来てしまうので尿意も便意も無く。

 

 延々と高所で眠らされるという罰ゲームを受けた彼らはもはや敵戦力扱いされなかった。

 

 勿論、彼らの船は頂かれたわけだが、あまりにも多過ぎてボロいのは漁礁にして沈める有様である。

 

 こうして蜘蛛達がてんてこまいで攻め寄せて来た部隊を一時撃退すると後続の船はスゴスゴと戻っていったわけだが、奴隷達の開放やら兵士達の幼女化やらまた一気に増えた捕虜をリケイは延々と処理し続けられる事を強いられ、げっそりした顔になったし、蜘蛛に囚われた者達は起きたら自分が幼女にされた衝撃でコレは悪い夢とばかりに廃人同然にブツブツ俯いて喋るダウナー系幼女と化した。

 

―――お、お前バッカースか!?

 

―――な、ベンデか!?

 

―――お前毛むくじゃらの大男だっただろ!?

 

―――お前こそワキガの冴えないおっさんだったはず。

 

―――もしかして?

 

 

―――オレ達?

 

―――『幼女になってるぅうううううう!!?』

 

 こうして蜘蛛達に護って貰っている野営地の北部勢力の亜人達は人間の軍隊が攻め寄せて来た事よりも先に蜘蛛達にとって今更、外の世界の“軍隊程度”は何の威力も持たない幼女の群れにしか過ぎないという事実を理解した。

 

 その事実に則り、本気でちょっとだけ祖国を裏切って野営地の勢力に付こうか考えたりもした。

 

 実際、北部勢力だろうが、亜人勢力だろうが、今の蜘蛛達の勢力を止められるものではなく。

 

 ついでに言えば、敵が味方の蜘蛛や幼女にされて人口が爆増し、同時に人材も爆増し、野営地を嘗てない程に繁栄させている!! 

 

 と、彼らには思えたのだ。

 

「ウリヤノフ。笑えばいいのか泣けばいいのか分からんな」

 

「ウート村長。こういう時は仕事をして下さい」

 

 そんな様子を見れば、野営地の村長や副官だってドン引きである。

 

「……食料と衣服の在庫は?」

 

「食料在庫は第一野営地の備蓄分で7日分は余裕があります」

 

「つまり、衣服は足りないわけだな?」

 

「蜘蛛達に今、“自分で釣った分”は衣服の代わりを造らせています」

 

「食料生産基盤は黒蜘蛛の巣の限界まで拡張済みだったな?」

 

「はい。半数は他の黒蜘蛛の巣に回しましょう。残りは近場の田畑の拡張で何とか」

 

 ウリヤノフが現在の在庫状況を板の上にある蜘蛛糸で編んだ紙で確認する。

 

「人間や亜人が更に増えるのか……」

 

「何もかもリケイ殿と蜘蛛脚が悪いですね。ええ」

 

「そう言えば、今回来ていた蜘蛛達は?」

 

「左程多くありません。数百程度で」

 

「毒されてないか? 数百、“程度”ではないぞ?」

 

「そう……ですね。確かにここ最近は毒されていたかもしれません」

 

 2人の間では既に限界を超えて野営地が肥大化している事は確認するまでもない事実だ。

 

「エルガム病院は常に満床だな。というか、住居は足りるのか? 一応、延々と黒蜘蛛の巣の下に二階建てで建て増していたとはいえ」

 

「今現在拡張中の地下居住区も使います。もしもの時の為に竜骨の増殖で堅牢な地下設備にしていますから、もしもの時も安心です。それでも足りなければ、エルシエラゴの方面にしましょう。あそこは蜘蛛達以外も大勢を受け入れられるよう準備が進んでいます」

 

「そう言えば、それもアルティエの発案だったな」

 

「ええ……避難先や新たな住人が激増する可能性があるとエルシエラゴのみならず。ニアステラとフェクラールの地下開発もです」

 

「最初から見えていたのかもしれん」

 

 ニアステラの英雄と呼ばれた少年は今もヴァルハイルへの極秘遠征中。

 

 だが、その先見の明だけは明らかに人智を超えた力よりも更に超越しているとしか彼らには思えなかった。

 

「本来は教会の本隊を見据えたものだったのでしょうが、食糧と資材備蓄はどれだけ増えてもいいというのが彼の言ですから」

 

「文官が足りんな。北部の人馬の国の件も含めて。まったく、指導層が足りん」

 

「現在、ペカトゥミア達以外の文官適正のある蜘蛛や幼女達を選抜訓練していますが、やはり服従呪文の効果適応時間が長い教会騎士派閥やヴァルハイル派閥の層を訓練するのが一番手っ取り早いかと」

 

 その二人の前では新たな幼女人材を獲得するべく。

 

 2人がバチバチと火花を散らしながら、何やら喧しく。

 

 否、姦しく仲間達と共に道の先へと消えていく。

 

「……そうしよう。彼ら二人には噴飯ものだろうがな」

 

「ちなみにですが、現在一番足りない物資は紙資源です」

 

「もういっそ、蜘蛛達の不可糸で何度でも使えるような紙の類でも量産するか? 色を変化させられるのならば、出来るのでは?」

 

「それはもうやっています。というか、尻を清める紙すら実際大半が蜘蛛達に頼んでいます」

 

「そうだったのか。やたら拭き心地が良いと思っていたが……それで尚足りないのか……はぁぁ……管理業務だけで一日が終わるな」

 

 今回やって来た奴隷と兵士合わせて数万人。

 

 奴隷達は解放された後、エルガムの元で研鑽を積んで各地に散って病院を建設していた医療人材系蜘蛛達の診療所へと振り分けられ、しばらく療養しつつ、身の振り方を考えるようにと言われた。

 

 そして、新しい捕虜達は悲鳴を上げながらも呪紋の効果で悪い事が考えられない、オカシの事が頭を離れない、“普通の幼女”として症状が進行するように単純労働を課された。

 

―――きさまらぁ、たいちょーどのにけいれいせんかー!!

 

―――ヒトの子らよ……おじぎをするのだぁ!!

 

―――我らヴぁるはいるのへんきょーはくにけいれーい!!

 

―――な、なんなんだこいつらわー!!?

 

―――おれらよーじょのしたにつかされるの?!!

 

 配達業務は活況であり、今やトップに立つたいちょーとへんきょーはくは入って来た元同類の戦闘系幼女人材を自分達の下に組み入れて、バチバチと火花を散らしている。

 

 いや、片方は幼女を卒業したので、へんきょーはくが『わ、我がヤツに身長で負けるにゃんてぇええええ!!?』と驚愕しつつガクリと敗北に項垂れたりもした。

 

 そんなゴタゴタする野営地では砂浜が使えなくなった遠征隊のメンバーが組織の割り振りやら何やらを詰めており、第一部隊副隊長であるガシンを中心としたいつもの面々があれやこれやと回って来る書類の整理に疲れ切った顔をしている。

 

 いつものアマンザの家の二階の一室が近頃は溜まり場として開放されていた。

 

「姫さん。やたら早いな……」

 

 ガシンの横では物凄い速度で緻密に文字を連ねたフィーゼが書類仕事を滅茶苦茶な速度で終わらせ、天井まで在りそうな書類の山が一時間程で半分にまで減っているのはどう見ても普通ではない。

 

「これでも貴族令嬢ですから」

 

「いーなー。ボクも文字は読めるけど、書類のお仕事は苦手~」

 

「まぁ、これも上に立つ者の務めなのじゃ」

 

 レザリアが愚痴る横ではリテリウムが懸命に書類を書いており、文字も綺麗な上に丁寧でフィーゼ程ではないにしても、確実に書類を減らしていた。

 

「それにしても王家連合だっけ?」

 

 そう切り出したのはレザリアだ。

 

「今は殆どペカトゥミア達の仲間になったみたいなんだけど、まだ残ってるんだって」

 

 蜂のような尻尾がフリフリと揺れる。

 

「ええ、どうやら残った王が彼らを送って来てるらしいですが、蜘蛛達によるとまったく号令の取れていない有象無象なようで命令もまったく別々のものが言い渡されていたとか」

 

「混乱してるんだろ。そりゃ、自分達の上が丸ごとごっそり蜘蛛になって消えたんじゃな」

 

「そうなのかな? 蜘蛛達は四つの船だけには絶対手を出さないようにって言ってたけど」

 

「どうやら、大陸から危ないものを持ち込んだらしいとの話です。御伽噺の五大災厄を持ってきたとか。嘘か誠か分かりませんけど、精霊達が騒いでるのは事実ですし、ヒオネさんやガシンさんもそれはたぶん事実だろうって言ってましたよね?」

 

「まぁな。他にもヘール連中も同じように怯えてたから間違いないねぇだろ。つーか、気配だけで今までの蟲の王連中よりマズイのは確かだな」

 

「ボク達、書類のお仕事してていいのかなぁ?」

 

「相手が相手だ。どの道、今ここで手の内晒すのもアレだろ」

 

 レザリアにガシンが肩を竦める。

 

「それでお前の方はどうなんだ? あの神聖騎士の新しい世代とか言う奴らの名前とか付けたか?」

 

「あ、うん。それはね【ノーヴス】になったよ」

 

「で、連中何が出来るんだ? やたら数はいたけども」

 

「えっと、能力的にゴライアスの半分くらいだけど、物凄く硬いみたい。それとフレイ以外で初めてイゼクス神の気配がある子達なんだ。技能と呪紋は全部肉体に吸収されちゃったみたいだけど、兵隊としては再生力がドラコ―ニア達より劣るだけで他は上かな。剣術が使えるんだって」

 

「は? 最初から技能持ちなのか?」

 

「うん。何か、今までとは違って蜘蛛形態だと防御力全振りな性能してて、人間形態だと剣術とか盾とか人間の装備を使うのが凄く上手い様子だったよ」

 

「ドラコ―ニア連中の優秀な部下ってところか。使うとしたら……」

 

「うん。それがいいと思う。各地に分散配置するようにして、蜘蛛達の部隊の底上げにって感じになるかも」

 

 そんな事を言っていると彼らの背後に気配が現れる。

 

 マーカラの現在の統率者である彼女。

 

 アルシエス・メンロー。

 

 少年に助けてと言う事の出来た彼女は現在、野営地の内部で内部調査やら裏方の暗部として情報収集に追われる位置にいた。

 

「あ、アルシエスさん。どうかなされたのですか?」

 

 フィーゼにアルシエスが頷く。

 

「はい。蜘蛛達の情報と内部の情報を傭兵や正規兵達から収集した結果をご報告します」

 

「すいません。本来は私達の仕事なのに……」

 

「いえ、野営地を護るよう主からのご命令ですので。現在、王家連合を名乗る者達の乗った客船に残る有力な王は一人だけと分かりました。他は殆ど無能か。もしくは覇気の無い小物だとの話で……恐らくは現在の客船を仕切っているのはその者かと思われます」

 

「お名前は?」

 

「ザール王。ザールラントの王です」

 

 その言葉に思わずフィーゼが細い筆を落とした。

 

 妖精達の光がそれを虚空で静止させて、コトリと机の上に置く。

 

「……【悪徳のザール】が出て来た? それって……」

 

 他の遠征隊の面々が良く分からない様子で大丈夫かとフィーゼの顔を見やる。

 

「あ、いえ、大丈夫です。実は家とザールラントの王家は因縁がありまして」

 

「そうなのか?」

 

「ボク、東部出だから分かんない……」

 

 ガシンとレザリアが世間知らずな自分達の知識にちょっと済まなそうな顔になる。

 

「ふむ? そんなに危ない王なのかや?」

 

 リリムの声にフィーゼが少し溜息を吐いた。

 

「昔、一度だけ拝謁した事があります。その時は宴席でした。とても穏やかな気配の笑顔の優しい王様なんですけど、何と言うか……」

 

「あん? そんな言い難いような奴なのか?」

 

「実は昔から霊とか精霊の気配は分かってたんですけど、彼の周囲はあまりにも気持ち悪くなるようなものが多くて。思わず戻しちゃったんです」

 

「えぇ……フィーゼがって事は物凄い幽霊に恨まれてたとか?」

 

「いえ、それもなんですが、複数の大きな気配に取り憑かれてるんですよ」

 

「どういう事じゃ? 大きな気配?」

 

 リリムにフィーゼが頷く。

 

「……その王は大陸の五大災厄を打倒した教会に徴用された事もある人だとか言われてました。そして、教会とは少なからず関係があるとか。元々傭兵で私達が来た帝国の一部領土を昔に奪って建国したスゴイ人でもあって……」

 

 フィーゼの言葉にガシンもさすがに驚いた顔になった。

 

「帝国の領土を簒奪? それで良くまだ滅んでねぇな」

 

「ああ、いえ、教会からすらも恐れられたお人で……そんな帝国とザールラントは現在停戦協定と不可侵条約、更に教会からの出兵要請は断れないとか。そういう制約の代わりに認められていて……実際、全てザール王の成果と言われています」

 

「つまり、滅茶苦茶優秀なのか?」

 

 ガシンに頷きが返る。

 

「ええ、御伽噺の類ですが、お父様が言うには当時を知る王達にしてみれば、暗君や暴君も裸足で逃げ出すような力を持った方らしいです」

 

「それほどの傑物とは何故蜘蛛達は蜘蛛にしなかったんじゃ?」

 

 リリムがそう訊ねる。

 

「恐らく、出来なかったのだと思います。蜘蛛達の強さからしたら、恐らく勝てないでしょうから」

 

「え? そ、そんなに強いの?」

 

 思わずレザリアが筆を止めた。

 

「私が帝国を去る前には病床に臥せっているとの話でしたが、それでも彼の周囲の気配の事を考えると……ゴライアスとかフレイとか。そのくらいの力が無いと実際に戦う事は無理かもしれません」

 

 フィーゼの言葉に周囲がざわめく。

 

「そこまでか……」

 

「お父様が戦う姿を一度だけ見た事があるそうですが、神聖騎士を殺した不死殺しであり、同時に当時の領土の奪取が行われた時の戦争では単独個人で3軍を相手にして部下達には領土を護らせたとか」

 

「単独個人で3軍て何だよ……」

 

 思わずガシンが突っ込んだ。

 

「謀略に長けた方らしく。帝国で内紛を起こした隙の建国だったそうです。従軍中の御父様はその時、死に掛けたとか。様々な罠や足止め策、更には大量の呪紋や自然を用いた防衛策によって軍の身動きを封じられ、次々に侯爵級の首を暗殺された挙句に軍がいると思っていたら、ザール王一人で足止めしていたのが後々発覚したとか……」

 

「御伽噺か?」

 

「ええ、だから、帝国と周辺国の吟遊詩人の十八番は謀略王、悪徳王、ザール王の簒奪劇、そういうものだったりします」

 

 そこまで聞いた遠征隊の誰もがヤバいのがまだ海の方にいるのかという顔になった。

 

「取り合えず、ザール王が相手で混乱している兵が送られてくるというのは考え難いです。もしかしたら、全て謀略の一環。要は油断させたり、あるいは侵略する事が目的ではないのかもしれません」

 

「だとしら、何だってんだ?」

 

「王家連合の上が丸々消えても軍は殆ど消えていない。でも、上がいるという嘘を蜘蛛達は客船で演じているわけですが、それが通用していない。となれば、自分の配下として使えない兵を我々に処分させているのかも……」

 

「処分、ねぇ……」

 

 ガシンが脳裏で海洋の先にいる巨大な気配達の方を探る。

 

 そこには確かに猛烈に嫌な気配が四つも船に揺られていた。

 

「で、やたら危ない気配のする船が複数。あんなのどうするんじゃ? 今はゴライアスやフレイ、ルーエルも分散しておる。ニアステラの総攻撃なら恐らく互角以上に戦えるじゃろうが……」

 

 リリムが自分達を探る相手側の気配を感じながらそうフィーゼを見やる。

 

「後手になるのはマズイですが、準備をしないのはもっとマズイので……とにかく準備を終えましょう。それから減った備蓄の回復。後は重要人物をニアステラ北部かフェクラールの方に移動させる事も視野に入れるべきかもしれません。お父様に後で相談してみます」

 

「左様か。こんな状態では遺跡にもノクロシアにも潜れんしなぁ」

 

【伝令】

 

 その時、ゴライアスによる糸による通信が周辺を震わせる。

 

【フェクラール海岸線沿いに未知の能力による干渉を確認。それ自体が隠蔽能力を持つ白い大地が海を覆い尽くしているのを視認。船団らしきものを中心として広がっている事から王家連合の一部。もしくは同類の可能性在り】

 

 その声は蜘蛛達と不可糸を日常的に使う遠征隊だけに聞こえる代物だ。

 

【また、船団の先端の船に南部にいる四つの気配と同等のものを確認。推定で五大災厄と考える。沿岸部の黒蜘蛛の巣を全て警戒態勢へ移行。見えざる塔は全塔の立ち入りを禁止。アルマーニア側に伝達】

 

 ゴライアスが次々に状況を進めていく。

 

【フレイ、ルーエル両名を招集し、ニアステラとフェクラール全域を遊撃態勢へ。ヴァルハイルのオネイロスは現状維持。また、最新の報として主による神聖騎士二名の撃滅を報告。エルタ・オル、紅のサヴァンを我らの同胞とした事を確認。尚、主は新たな能力によって待機状態に陥っており、現行覚醒の兆し無し】

 

「え?」

 

【妖精フェムによってヴァルハイルの拠点に退避中。シーシャとリーシャの兄妹は直ちに帰参し、看病に当たるよう進言。更に遠征隊【蟲盾のレザリア】の招集も進言。以上】

 

「え? え? もしかして、アルティエ寝込んじゃってる?」

 

「あ、これはマズイですね。もしもアルティエがいない間に襲われたら、かなりの被害が……レザリア」

 

「うん。ガシン。ちょっと行ってくるね」

 

「おう。新しいオネイロスだっけ? そいつ以外は戻って来るみたいだし、こっちは任せとけ。あいつの事頼むぜ」

 

「うん!!」

 

 レザリアがすぐに部屋の横に置いていた鞄と外套を身に着けていると扉がバンッと開いた。

 

「「レザリアさん」」

 

 慌てた様子でやって来たのはレザリアと同じく外套と鞄を背負った兄妹だった。

 

 その外套の下にはヴァルハイルのメイド服が着込まれている。

 

「行くよ。二人とも!!」

 

 大きく頷いた二人を連れてレザリアが祠へと向かった。

 

 既にヴァルハイル内部への転移用の場所は確保されている。

 

「お願いします。レザリア」

 

「任せといて!!」

 

「わ、われも……と言いたいところじゃが、我が騎士様と約束したからな。任せておくのじゃ!! 此処は我らが護って見せる」

 

 そう胸を張ったリリムが頷いた。

 

 こうして三人が足早に部屋を去って行った後。

 

 すぐに入れ替わるようにしてエルミがやってくる。

 

「あ、エルミさん」

 

「どうやらまた寝込んだらしいわね。ウチの騎士様は……でも、あの気配……呪霊を用いる相手ならば、こちらの力も必要でしょう。アルティエからはもしもの時は操獣も呪霊も使っていいと呪紋を預けられているから、安心して頂戴な」

 

 そのエルミがいつもの弓を片手にニヤリとする様子にガシンはこれならばしばらくは持つだろうかと少年不在でやって来た特大の厄介事へ気を引き締める。

 

 だが、言ってる傍から蜘蛛達の伝令が一匹やって来て、今日の分の兵隊のおかわりがやって来たと知らせ、遠征隊の面々は配置に付く為に桟橋方面へと向かう事にするのだった。

 

 *

 

―――?????????????????日前。

 

 その日、起こった事は単純だった。

 

 敗北した少年の前で少女達は慰み者にされた上で殺された。

 

 消えていく意識の中で動かした最後の指が触れたのは砕かれた剣だった。

 

 少年は悪夢を傍らに進む。

 

 その記憶の海の中を進む。

 

 幾多、殺された野営地の仲間達。

 

 幾ら守ろうと死んでいく少女達。

 

 幾多共に戦場を駆け抜けても自分を護り朽ちる友人。

 

 自分を救ってくれた異邦人の少女は大軍を前にして血反吐を吐いて焼き殺され。

 

 自分を護ってくれた女性は自ら進んで慰みものになって時間すら稼いでくれた。

 

 逃げた分だけ世界は終わる。

 

 立ち向かった分だけ敗北は積もる。

 

 だから、少年は強さを求めた。

 

 何もかもを超えていける強さが必要だった。

 

 強さは渇望されていない。

 

 必要なものが無いから、少年はそれを得ようとした。

 

 強ければ良いわけでも無かったのだ。

 

 過剰な強さに仲間達から裏切られた事もあった。

 

 敵への容赦のない行為に怯えられた。

 

 世界は儘ならない。

 

 だから、一つずつ一つずつ。

 

 積み上げる。

 

 まるで積み木のように一つずつ。

 

 剣で勝てないなら、呪紋を求めよう。

 

 呪紋で勝てないなら、陰謀を学ぼう。

 

 陰謀で勝てないなら、鬼道を巡らそう。

 

 それでもダメなら嘘だって付こう。

 

 何かになろう。

 

 何かをやろう。

 

 ああ、それでもやはり終わりはやってくる。

 

 三か月目の終わり。

 

 世界は滅びている。

 

「………」

 

 戦い続けた亜人の軍団。

 

 その背後から迫る機械の竜達。

 

 無数の動く巨大な山のような何かが押し寄せ。

 

 幾ら究めようしても足りない時間で到達出来る力は特別に成り得ない。

 

 剣の腕があろうと少年では倒し切れないものばかり。

 

 呪紋の知識があっても、資質と準備で何かが足りた事は一度も無い。

 

 ああ、無力だと嘆いても始まらないから、どんな酷い事も、悲しい事も、神様は救ってくれないから、出来る事を積み上げるしかないのならば……ないのなら……その極限を少年は目指した。

 

 剣だけを極めて死んだ事幾多。

 

 呪紋だけ極めて死んだ事幾多。

 

 薬剤だけ極めて死んだ事幾多。

 

 3か月の時間で究められた剣も呪紋も薬も結局は限定的なものに過ぎない。

 

 どれだけの話術を敵から奪い取り、どれだけの知識で敵を翻弄しただろう。

 

 だが、何もかも嘘で塗り固めても、力ですらない単なる『次元が違う』という言葉で何もかもが破綻する。

 

 終わりにやってくる巨大な何か。

 

 島を覆い尽くす世界の終わり。

 

 それに挑み続けて、挑む度に誰かを失い続けて、仲間、友達、家族、そう言えるだけの人々を幾多死なせた先。

 

 ……幾度と無く幾度と無く死を圧し潰すように戦い続けた。

 

 人に会っては人を切り、騎士に会っては騎士を切り、己の資質の無さが、究められても限界の先へ行けぬ苦しみの中で己の極限を求め続けた先。

 

 だからこそ、少年はよくよく最初で死ぬようになった。

 

 始まりの頃に死ぬようになった。

 

 幾度と無く最高の始まりを得る為に己の喉を割き、海に没し、幾多の情報を収集し尽くした。

 

 最初の一線を己の命という代価で繰り返し、良いと思える始まりになるまでお祈りのようにして要素を集め続けた。

 

 幾千、幾万、幾億、幾京……何も忘れぬよう己の底に記憶を沈めながら。

 

【――――――!!】

 

 でも、聞こえる。

 

 その声が聞こえる限り、少年は決して立ち止まる事は無い。

 

 助けてと言われた時、助けられなかった事を今も覚えている。

 

 だから、力がいるのだ。

 

 苦しいと言われた時、苦しみを和らげる事が出来なかった事を覚えている。

 

 だから、薬の知識が必要なのだ。

 

 逃げてと、生きてと、死に際の誰かの言葉が少年の中に今も在る。

 

 それに耳を塞いで死んでいられたならば、少年は最初からこんな事をしていない。

 

 逃げられないのではない。

 

 逃げたくないのだ。

 

 いつだって、死は逃げ場所でしかないと知るからこそ、その度に思えるのだ。

 

 次こそは、何が変わらずとも自分が変えられる事を変えようと。

 

 例え、無限回繰り返しても変わらぬ終わりは来る。

 

 だが、それは誰にでも起こり得る事だ。

 

 人生も同じ。

 

 死に怯えて足を竦ませた分だけ未来は来ない。

 

 欲しい未来の為に幾多祈っても変わらぬ結果を得て、戦い続ける。

 

 最初から死ぬと分かっていても、進まねばならない。

 

 三か月を生きる事は少年にとってもはや人生そのものだ。

 

 自分の事は思い出せないのに、過去にどんな風に話していたかすら思い出せないのに誰かの事は覚えている。

 

 案外、人間は自分なんかよりも余程に他人の方が気になる生き物なのかもしれず。

 

【―――アンタなんか、嫌いなんだから……】

 

 見知らぬ声。

 

 まだ記憶に降り積もらない声がそう少年の記憶に一欠けら溶けていく。

 

【何よ。敵って。何よ。仇って……馬鹿じゃないの。最初から騙されて……祖国滅亡の片棒を担いでましたとか……どうしろってのよ……】

 

 意識も覚醒しない少年の中に積もる言葉は愚痴ばかりだ。

 

【どうしてあの時、助けたのよ!!? 同情? 偶然? なのに……どうして、こんなモルドなんて着せるのよ。死んだっていいんじゃない? アンタ敵に武器を渡すって何考えてるのよ……】

 

 いつも世界は儘ならない。

 

 自分の全てを何もかも使い潰せる少年は自分すらも儘ならない。

 

 だから、力がある事がどれだけ幸せなのかを知っている。

 

 何も出来ないと絶望しながら戦い続け、今もまだ足りないと理解出来るからこそ、分かる。

 

 少女もまた同じ。

 

 自分に出来ない事に苛立ち、苦しみ、悩んでいた。

 

 ずっとずっと昔……少年がまだ普通の人間らしかった頃のように……。

 

【優しくない癖に……何で……助けたのよ……敵の娘なら放っておけば良かったじゃない】

 

 その言葉は正しく少年の本質かもしれない。

 

 無数に繰り返してきた世界。

 

 その最中、敵と和解する事もあった。

 

 教会に最初の時点で拾われた事すらもあった。

 

 敵だったアルマーニア、味方だった教会、全てが滅びる最中に情報の為、その最中で多くの事を学んだ。

 

 その代償に少年の大切なものを護れなかった。

 

 いや、護る側にすらいなかった事は……忘れられない記憶だ。

 

 でも、自分が倒そうとする者達を知る事は決して無駄ではなかった。

 

 その情報が無ければ、理解出来ない事は幾多有ったのだから。

 

 その度に今まで仲間だと言われていた殺すべき相手から仲間を庇い死んだ事も多い。

 

 結局、この世に敵も味方もありはしない。

 

 正義も悪も各々の事でしかない。

 

 そして、己が許せぬものを許さないというだけの事がどれほどに難しいのかすら少年は知った。

 

【………っ】

 

 少年が意識を浮上させれば、そこには刃を持った少女が一人。

 

 真上からナイフを突き立てようとして……クシャクシャな顔で……項垂れて手を降ろす。

 

「この世界に敵も味方も無い。ただ、許せない事があって、助けたい人がいて、幸せになって欲しい誰かがいる。それは誰も変わらない」

 

「―――」

 

 ゆっくりと起き上がった少年はそこがアーカ邸の自分の私室だと知る。

 

「求めているのは聖王と竜神の命。それ以外のヴァルハイルは余程に強く無ければ、別に攻撃対象でも無いし、倒すべき敵でもない」

 

「―――」

 

 夕暮れ時に差し込む光は薄ぼんやりと室内に金色の埃を煌めかせる。

 

「これを」

 

 少年が全身に薄いスーツ状の着るモルドを装着した少女に呪具を渡す。

 

 小さな棒状のものだ。

 

「まだ生きてる。兄と父は探しておいた。今はニアステラで捕虜生活中」

 

「………ッ」

 

 少女は力なく落としたナイフをもう一度構えようとして、結局部屋の隅に思い切り八つ当たり気味に投げて呪具を手から奪い取る。

 

「現在は呪紋で無力化した姿になってる。映像だけ持ってきた。家族の事を聞いた内容。これで本人なのが分かる」

 

「借りだとでも言えばいいの!? この裏切者!?」

 

 少女が吠えた。

 

「裏切る以前に此処の亜人じゃない」

 

「ッ」

 

「必要な事はヴァルハイルを滅ぼす事でもなければ、駆逐する事でもない。必要な情報を持ってる聖王を確保して、竜神を滅ぼせば、この戦争も本当の意味で終わる。それだけ」

 

「……何よソレ。その過程で結局……」

 

「人はどちらにしても死ぬ。元々、ヴァルハイルが始めた戦争でしかない。他の種族連合はこんな事が無ければ、しばらくの間は平和な時代が続くはずだった」

 

「―――ッ」

 

「勿論、抗う事を否定したりもしない。したいならそうすればいい。でも、四卿は既に二人倒れた。戦略兵器の奪取でどちらも互いに打てない。戦線の状況は押し戻され、軍の敗北まで秒読みの段階。その上、聖域の王群によって、この都市は最前線となってる」

 

「ッ………」

 

「もうヴァルハイルはどんな兵器を持ってこようが勝てない。詰んでる」

 

「まだ、やってみなきゃ分からないじゃない!?」

 

「オネイロス」

 

 少年の言葉に窓の外、大きな複眼がギョロリと内部を覗いた。

 

『(´◎ω◎`)』

 

 今日は眠そうではない大蜘蛛がその呪紋の譜律が溶け込んだ肉体を僅かに鳴らして少年の言葉を聞く姿勢になった。

 

「準備は?」

 

 コクリと頷きが返された。

 

「この都市の掌握は終わった。後は四卿だろうと亜神だろうとどんなドラグが相手になっても戦争で負ける要素は無い」

 

「勝てるって言うの!? ヴァルハイルの全てを敵に回して!?」

 

「勝敗はもう決した。後は軍上層部の無力化、王族の降伏、四卿との決着、王と神の撃滅で全て終わる。その為の戦力も十分に蓄えた」

 

 少年が窓を開いて、少女の手を曳いて外に出る。

 

 見えない道に驚いた彼女が館の屋根の上に昇るとそこには数名の黒い騎士。

 

 否、首無しのモルド達が佇んでいる。

 

「【器廃卿】が作り出した最高傑作の一つ。モルドとして、これ以上に今完成されたものはない。【黒征卿】のドラクも含めて数十体以上揃えた」

 

 少女は思わず言葉を失っていた。

 

 数mはあるだろう鋼色の蜘蛛が声を上げる。

 

 すると、その振動が伝わったのか。

 

 都市全域が震え始めた。

 

「な、何?」

 

「オネイロスは器廃卿を変質させた大蜘蛛。その能力は器廃卿をもう超えてる」

 

「!!?」

 

「(◎_◎)………」

 

「教会が動き出した。本隊の到着まで時間が無い。神聖騎士を落とし切れなかったとしても、このまま計画は進める」

 

 少年が目を細める。

 

「オネイロス。重要人物と全てのリストアップした人員の捕捉と除外を開始。教会のアレを奪取出来なかった以上、もう時間が無い。恐らく進んだまま固定されてる。なら、即時計画を実行」

 

「な、何をする気よ!?」

 

「この都市があるから、ヴァルハイルはまだ戦えてる。でも、この都市が無くなれば、ヴァルハイルは戦えない。そして、何よりもヴァルハイルは万能でも無ければ、無謀でもない。勝てないと知れば、降伏するしかなくなる」

 

「こ、この都市を破壊するって言うの!?」

 

「そんな事すらする必要が無い。此処が無くなれば、前線は崩壊する」

 

「破壊せずにどうやって此処を消すって言うのよ!?」

 

「こうすればいい」

 

 少年が天に腕を掲げる。

 

 その手には小さな符札が握られていた。

 

「座標確定。構築開始。全魔力充填。霊殿への跳躍実行フェイズに移行。第三神眼開放【妖精瞳】開眼。妖精呪紋【ティタルニィアの祝福】」

 

 少年の第三の瞳が額に開かれた時、その中心が赤光を帯びて、複数の多重展開された譜律が螺旋状に折り重なって七望星の方陣を形成し、上空へと魔力を放った。

 

 その輝きは正しく都市の何もない天頂部を貫いて空の彼方へ向かうかと思われたが、そうなる前に猛烈な勢いで空に魔力の線が浮かび上がっていく。

 

 何も無いはずの直撃地点が輝いていた。

 

 導線……魔力が今までオネイロスが用意していた糸を伝導し、巨大な呪紋を都市全ての上空に浮かび上がらせた。

 

「跳躍座標確定。転移実行!!!」

 

 少年が叫んだ途端。

 

 世界は実力者達が止める前に動いた。

 

 フッと聖域に隣接していた北部最大の都市の姿が、その場から消え去る。

 

 そして、残された者達が上空で気付いた。

 

 今、自分は空の上にいる。

 

 もしくは何もかもが消え失せた。

 

 自分は転移させられたのか?

 

 そう、思ったが……遥か聖域を望む猛き峰を、巨大な山岳部に押し寄せる恐るべき蟲達の威容を遠目に見て、理解した。

 

 自分が転移したのではない。

 

 都市が此処から消え去ったのだと。

 

―――ぅあああああああああああああああああああああああああああ!!!?

 

 巨大なクレーターと化したヴァルハイル首都跡地。

 

 残されたのは以下の者達だった。

 

 軍参謀本部総員。

 

 王城守備隊。

 

 戦闘可能な王族とその配下。

 

 四卿の家人及びその配下。

 

 つまり……首都の上層部そのものが置き去りにされ、その約1割が墜落死する寸前で血管の切れそうな白髪の青年の呪紋らしきものが再び天で控え目に発動し、一気に人員を浮遊させる。

 

「あんのやろぉおおおおおおおおおおおお!!!?」

 

 ブチ切れた青年は残された数百名の人材を何とか浮かせて着地させながら、僅かにふら付いて両手を合わせて目を閉じながら新しい呪紋を脳裏で構成し始めた。

 

 残された巨大ドラクと未だ茫然とする蒼き騎士。

 

 そして、ソレが致命的であると知る参謀本部は理解した。

 

『都市を……強奪された? 王城と聖域に続く遺跡の一部まで持っていかれたのか!!?』

 

 その日、ヴァルハイルの首都は転移によって必要無い人材と分離されて何処かへと消え去った。

 

 転移先は何処か?

 

 それはまったく皮肉な事にオクロシアの王が最初に知る事となる。

 

 猛烈な爆風が元ヴェルゴルドゥナの城であった要塞跡を揺るがすように吹き荒れながら土の噴煙が濛々と北部を吹き抜けていく。

 

『……ははは、本当に……本当に完遂したのか。この目を持っていなければ、単なる狂人の妄想と切り捨てられたものを……』

 

 全てが土埃に塗れていく世界に唯一最初に事実を理解した六つの瞳を持つ王はその深度7以上の激震に……予定されていたとはいえ、戦慄よりも諦観を覚えた。

 

『(/・ω・)/\(・ω・\)』

 

 地下では大量の穴掘り蜘蛛達が思わず揺れの中で大喜びしている。

 

 それが計画成功の合図だったからだ。

 

 彼らはオクロシア地下から北部各地にトンネルを掘っていた。

 

 が、その速度は凄まじく。

 

 ソレが終わってからというもの。

 

 少年の計画の為にオクロシアの戦場跡地を延々と工事していたのだ。

 

 その作業効率は正しく迅速の一言。

 

 敵をご招待する為に地下を滅茶苦茶頑張って掘って固めて地表の上から見れば、巨大な地底領域を作り上げた彼らはソレが何の為に使われるのかも知らされていた。

 

 首都強奪計画。

 

 ヴァルハイルとの戦いを戦わず、戦略的に終わらせる決定的な成功。

 

 これに踊り出す穴掘り蜘蛛達はまた功績が積み上がった形であった。

 

 オクロシア地下にある黒蜘蛛の巣では広げ続けたトンネルに罅こそ入ったが、すぐに蜘蛛達が補修作業を急げぇーとばかりに自分の職場に出撃していく。

 

「こんな……こんな……ッ」

 

 土煙がオネイロスが鳴くと同時に晴れていく。

 

「ようこそ。オクロシアへ」

 

 そして、ゆっくりと落着した都市は巨大な地下領域を圧し潰しながら衝撃を緩和されつつ、スッポリと埋まる形で崩れずに必要とされた全ての命と質量をオクロシア国境域に到着させた。

 

「此処が新天地。もう首都に戦う術は無い」

 

 そう言ってる傍から何やら館が騒がしくなり。

 

『アルティエ~~!! 何処にいるの~~!? あ、これが此処の竜蜘蛛さん達? アルティエ知らない? え? 屋上にいるの? ありがとね』

 

『ご主人様。僕達只今戻りました』

 

『ご主人様~~今行きますね~』

 

 屋根の上に少女達がやってくる前に少年はチラリと脳裏で時間経過を確認して、王城に向かう事にした。

 

 生憎とやるべき事は寝ていた二日で山積みだった。

 

「しばらく、此処で混乱が収まるまでゆっくりしてるといい。これから王城で王女様相手に交渉してくる」

 

「………」

 

 全てに茫然とした少女をチラリと覗き込んで。

 

「これで死者は最小限度に収まった。これ以上はどうやっても死者が出る。ただ、民間人に本来必要無い被害が出ないのは約束する」

 

 そう言い切って、待機していた竜蜘蛛で少年は王城へと向かうのだった。

 

『あ、ええと、アーカさん? アルティエがいつもお世話になってる人なんだ。あ、ボク遠征隊の―――』

 

 こうして何もかもに置き去りにされた少女はペタンと屋上に座り込み。

 

 夕暮れ時の都市の頭上に広がる巨大に過ぎる呪紋を見つめながら、その何もかもが納得出来ずにどうにもならない叫びを響かせた。

 

 *

 

 また少女達をほったらかしにしてお仕事に勤しむ少年の往く手には今や殆ど無力に等しい近衛の護衛達が立ち塞がっていた。

 

―――負傷者を後送しろ!!

 

―――1歩も王城に入れるなぁ!!?

 

―――四卿殿達に連絡を早くぅ!!

 

 王城前の事である。

 

 面倒な戦力そのものを全て現地に置いて来るという転移の極みたいな曲芸で後方と前線を物理的に分離した少年は本来ならヴェルゴルドゥナの葬式の日にこの計画を決行するはずだった事を思い。

 

(これも神の予定の一つ? だとすれば、教会そのものも関わってる可能性がある……)

 

 僅かに陰謀を巡らす神々の手札を予測して内心で渋い顔となる。

 

 しかし、いきなり手に入れた三つの呪紋で脳髄が処理落ちした少年は二日も無策ではないにしても意志決定せずに眠りに付いてしまったのも自身で同意したのだ。

 

 本当に眠るのが嫌ならば、呪紋を破棄していたって良かった。

 

 だが、絶対に必要になる呪紋だと理解すればこそ、少年は己で決断した。

 

 それを決断するように仕向けた者がいたとしても、それはそれであり、此処からまた己の戦い方で臨む結果を導き出す為に立て直す事は確定事項だった。

 

 少年の積み重ねから動く現状の範囲を確認してみれば、許容限界に近い環境の変化が起こっていた為、即座に動かざるを得なかったというのが実際だろう。

 

 実質、丸二日寝ていたわけでその間にニアステラへと戻る必要性に駆られた少年はどうしても短期的にヴァルハイルを致命的に落とす算段を発動させなければならなくなったのだ。

 

―――こ、こいつらぁ!!?

 

―――黒征卿のモルドだとぉ!!?

 

―――ば、馬鹿な!?

 

―――こんなに大量複製されたのか!?

 

 少年の往く手に塞がっていた王城を護る近衛達の殆どが黒い首無しデュラハン達によって千切っては投げられ、千切っては投げられしている。

 

「メルランサス。無力化だけでいい」

 

 少年の言葉にデュラハン達が次々に呻く男達を一塊に横に投げて積み上げていく。

 

 その合間にも無数の弩弓と呪紋の収束した攻撃が雨霰。

 

 戦場の如く少年に襲い掛かるが、全てが全てデュラハン達の剣で切り伏せられ、大量の攻撃の余波が髪を撫ぜる程度。

 

 そして、塔を中心として城門に展開していた者達が完全に途絶えた時。

 

 城そのものの正門が開かれた。

 

『な、何をしている!?』

 

『馬鹿な!? 招き入れるだと!?』

 

『じょ、城門を閉じろぉ!!?』

 

 その必死に全身モルドの者達が壁になろうと砕けた肉体を引きずろうとした時。

 

 背後から声が掛かった。

 

「良いのです。騎士達……ご苦労様でした。その方は此処に殺戮へ来たのではない。それは背後に積まれた我が兵達を見れば分かる」

 

『聖姫殿下!!? お、お下がり下さい!?』

 

 現れたのは侍女達を連れた聖姫エレオールその人だった。

 

「聖姫エレオールとお見受けする」

 

「はい。その通りです。ニアステラの英雄殿」

 

『ニ、ニアステラ!? まさか、もうこの都市は蜘蛛達に―――』

 

 兵士達が次々に侍女に言われて剣を抜いたままながらも、僅かに下がって主の道を造る。

 

「これは最後通牒。ヴァルハイル軍の半数を聖域の打破に向かわせる事。これを以て、ヴァルハイルの侵略の終了とし、条件付き降伏を受諾して頂きたい」

 

「条件付き降伏。講和では無く?」

 

 黄昏時の王城正門。

 

 巨大な城に続く広場互いに歩み寄った二人を誰もが固唾を呑んで見守る。

 

「こちらは聖域に用がある。ヴァルハイルが邪魔立てしなければ、ヘクトラスと細かい条件を詰めて貰っても構わない」

 

「……参謀本部とは音信不通。守備隊、四卿、お兄様達まで……この都市そのものを気付かれずに強奪……我が方は戦略的にもう破綻しているのですね」

 

 少年が頷く。

 

「どう頑張っても兵達を救う方法は此処には二つしかない。現在の為政者の決断による停戦。もしくは」

 

「指導者層の不在。わたくしが死ねばいいわけですか?」

 

「勿論、王族そのものが消えても、戦う事は出来る。でも、軍は怨恨と復讐以外の合理的軍事行動の理由を維持出来ない。そして、そんな感情論で動く軍が使い物になるなら、古今東西負ける軍は存在しない」

 

「尤もな意見かもしれません」

 

「このままなら、王群と最前線を突破した種族連合軍によって挟撃されるヴァルハイル正規軍は塵も残さず磨り潰されて消える」

 

「……貴方達が軍の背中を撃たないという保証は?」

 

「今まで自分達がどんな事をしてきたのか鑑みてから物を言うといい」

 

「消耗は受け入れろと?」

 

 僅かにエレオールの顔が引き締まる。

 

「そもそもの話、誰もこの戦争で利益を得ていない。ヴァルハイルは消耗し、種族連合は莫大な死者を出し、後方地帯も焼かれて都市の殆どが機能不全で廃墟になった。他の参戦していない国家は煽りを食らって物流が止まり、大量の餓死者が出た挙句に亡者と亡霊が蔓延る魔境が大量に発生してる」

 

「……そう言われてしまうと滅びろと言われた方が納得出来ますね」

 

 現実を突き付けられて、知ってはいても、その先兵と思われる相手に断言されて、彼女の眉根が僅かに寄せられる。

 

「甘んじて敗走するなら、種族連合は左程追撃する必要性に駆られない。一部の復讐したい部隊が後ろから攻めて来ても、随伴する者が出ても、長続きしない。そもそも皆戦争に疲れてる」

 

 少年は事実だけを指摘した。

 

「ヴァルハイルの王がまだ健在だとしても?」

 

「これから数日中に他の王族と四卿を撃滅する手筈がある。勿論、戦略兵器の打ち合いになれば、どちらの軍も共倒れする」

 

「しかし、首都そのものが落ちている我々は負けるだけでは済まないわけですか……」

 

「ニアステラとアルマーニアの国力がそのまま残ってる……」

 

「そうなれば……勝ち目が無い以上にヴァルハイルを種族として滅ぼそうと言い出す者が出てもおかしくない……」

 

「軍のある程度の保全には首都民及び各衛星都市の無血開城が必要不可欠」

 

「互いに不要な殺戮を避けるならば、降伏する以外の手段が縛られる? 軍の戦う理由……辺境伯領や衛星都市の多くが消えてなくなれば、戦う理由の消失で復讐以外に道が無くなる?」

 

 すぐに明晰な頭脳で気付いたエレオールが更に暗い顔になって呟き、少年が頷く。

 

「ヴァルハイル軍の大半は地方の辺境伯達に頼ってる。首都の健全な民以外はもう消耗済みで生産地帯から動かせない人員は戦えない者ばかり……」

 

 少年の逐一最も言葉は合理的であり、同じく合理を重んじる彼女には理解し易い以上に現状を整理するのに十分な情報であった。

 

「このまま戦闘が続けば、互いに衛星都市の攻防戦で莫大な死者が出る。辺境伯軍が統制を離れれば、各個撃破は間違いない……戦術で覆せないわけですね」

 

「そう」

 

「だから、衛星都市を種族連合が落とせば、そこで戦争は事実上終戦になる。どちらも大量の死傷者を出した上でヴァルハイルは今後絶滅するまで狩り出される。勿論、略奪された衛星都市の技術と資産と資源を全て奪われた上で……」

 

 エレオールがすぐに未来予測を立て、少年はそれを頷いて肯定する。

 

 彼らの予測はほぼ外れないだろう。

 

 今まで軍の弱体化のみならず。

 

 統制出来ないように色々と手を打って来た少年には自明。

 

 そうでなくては困るのだ。

 

 それこそ、今から更に辺境伯の一件でしたような裏切りました的な映像を大量に各地で別々に流して情報を操作する事すら簡単だ。

 

 自滅はしないにしても、疑心暗鬼で身動きが取れない小都市の軍なんて種族連合の前には無慈悲に捻り潰されるだろう。

 

「数は最大の暴力。そして、質を補えなくなったヴァルハイル軍に未来は無い」

 

「……四卿やお兄様達が各軍に助力したとしてもですか?」

 

「王群がそんなに簡単に抑えられる相手なら、ヴァルハイルは苦労しなかったはず」

 

「―――合理的なのですね。一々尤も過ぎて笑えません。そして、最大の質を補う生産地帯である此処がヴァルハイルの領内に無い以上、損耗は兵站の消失で先に我々を破滅させる……」

 

 エレオールは目の前の少年に畏怖というよりは諦観を感じていた。

 

「戦略的な破綻を来した以上、もう軍を動かす意味が無い。理由もほぼ無くなったに等しい。つまり、我らにそちらが取らせたい道は……」

 

「王家の解散。神の廃絶容認。軍の後退。四卿の撃滅の許可を要請する」

 

『あいや待たれい!!』

 

 ゴッと黒いデュラハン達が一部で吹き飛び。

 

 角が付きまくった鎧の男が王城内からやってくる。

 

「レメトロ……」

 

「まさか、あの小童がこれほどまでに化けるとは……だが、その決断待った!! エレオール姫殿下!! 聖王閣下は何も理由なく戦争を仕掛けたのではありません!!?」

 

 少年が久しぶりに出会う男の姿に目を細める。

 

「どういう事か説明を。角の騎士」

 

 やってきた男が少年との間に割って入る。

 

「姫殿下。この戦争は聖域に纏わるもの……ヴァルハイルが軍事的に滅びれば、この島は地獄となりましょう」

 

「どういう事ですか?」

 

 少年を振り返った角鎧の騎士が堂々と相手を睨み付ける。

 

「このままでは聖域が開放され、この島どころか。世界そのものが滅びるのです」

 

 そう聞いた少年が僅かに瞳を細めて、ようやく情報が出て来たとばかりに用意させていた戦力を脳裏で下げさせた。

 

 それにオネイロスを筆頭としたサヴァンとエルタの変異蜘蛛達がカシャカシャと城門の上からひょっこりと顔を出してどうなるのだろうかと見守り始める。

 

「今、聖王閣下は絶望しながらも、己の最後の役目として聖域の封印に身を捧げているのですよ……」

 

 こうしてヴァルハイルが今まで隠していた情報が少年の前へと露わになろうとしていた。

 

 それがどんな意味を持つのか。

 

 まだ誰にも分からなかった。

 

 *

 

―――ヴァルハイル首都跡地。

 

『クソぉおおおおおおお!!? 妹殿を都市毎拐かすだとぉおおおおおお!!?』

 

『マズイ!! 王群の次波だ!? 此処を抜かれた場合、後方の衛星都市まで戦力らしい戦力を置いていないぞ!!』

 

 ヴァメルとザンネス。

 

 2人の皇太子達は数分で混乱から立て直した近衛と守備隊の一部を用いて防御陣地で防戦を行っていた。

 

 上空からの巨大ドラグによる弩の一斉射や火球などの火力系呪紋の乱打。

 

 疾走する弟のドラグはまるで巨大なバイクの如く疾走する馬のような呪霊機に乗り、同じようなものに乗る近衛を引き攣れて高速で戦場を縦断し、次々に相手の後続と前衛を寸断し、猛烈な勢いで相手を振り切りながら周辺の蟲の怪物達を次々に大量の弩による効力射で連携不能にしつつ、時間稼ぎをしている。

 

 防御陣地からは引っ切り無しに爆撃系の呪紋と弩弓による敵の漸減が行われていたが、それでも最前線でボロボロな王城守備隊は後方の王城と都市そのものが消えたという衝撃を半ば忘れるように自棄になって相手を食い止めていた。

 

『両殿下。ヴェルギートです。現在、都市との通信は不可能となっており、恐らく長距離転移で領土内から都市そのものが消えていると考えてよいでしょう』

 

『だから、どうした!? 何処にいるのか分からなければ動きようも無いではないか!! だが、此処を抜かれれば、後方の衛星都市が落ちる!!』

 

 その最もな黄金竜の言葉と同時にグラングラの大槍が後方地帯へと放たれ、後続がしばらくは来ない事が確定した戦場では巨大な衝撃波を受けながら男達が死に物狂いで蟲の群れを連携して駆逐していく。

 

『このまま撤退する場所も無い!! 衛星都市に連絡を入れられもしない!! 戦力は無いんだぞ!! 後方の連絡線や穀倉地帯を直撃されれば、その時点でヴァルハイルの敗北は―――』

 

『両殿下。姫殿下が探られていた講和を行うべきです』

 

『連中に頭を下げろと言うのか!! ヴェルギートォ!?』

 

 思わず空飛ぶ巨大ドラグの弩の一つが地表で部隊を率いている蒼い機体を照準した。

 

『そうです。現実的な話。今の状態で挟撃された場合、幾ら両殿下と言えど、耐久限界で撃破されます。他の皇太子殿下のように屍すら残らず破壊されるおつもりですか?』

 

『が、ぐ、ぬぅぅぅぅぅぅうう!!!?』

 

『チッ……後退場所を見つけた!! 地表の部隊だけなら地下墓地の入り口から更に下に立て籠もれるぞ!!』

 

『それは止めて置いた方が良いかと。どの道、蟲達は我らよりも地中を掘るのが得意です。何処から攻めてくるのか分からぬ地中でドラク毎埋められてしまえば、如何に最高速のドラクとはいえ、どうにもならなくなるでしょう』

 

『じゃあ、どうしろと言うのだ!! 貴様は!?』

 

 激高する皇太子達がどちらもヴェルギートを睨む。

 

『聖域です』

 

『『ッ』』

 

『聖域との結節点である山岳部と城から続く遺跡への道は基本的にまだ無傷のまま。抉り取られた城の跡地から後退し、遺跡の一部に立て籠もれば、恐らく蟲共は襲って来ません』

 

『何故、そう言い切れる!!』

 

『あの遺跡は聖王閣下が封印しているからです』

 

『な、そ、そうなのか?!』

 

 思わずザンネスが目を丸くする。

 

『どういう事だ!? 我らが知らない事を何故お前が知っている!? ヴェルギート!!?』

 

 そう言ってる傍から男達に向けて後方地帯から猛烈な雷と風の呪紋が襲い掛かる。

 

 無数の巨大竜巻が蟲達の死骸を巻き上げながら彼らに迫り、雷撃の嵐が豪雨を伴って視界を遮り、ドラク達の身動きを不可能にしていく。

 

『決断はお早く。もし納得出来ないのであれば、この顔を見て頂きたい』

 

 ヴェルギートがそう言って、ドラク内で繋いでいた映像越し、兜を脱ぎ捨てた。

 

『『ッ―――』』

 

『我が名は【正当なるヴェルギート】……もしもの時の予備です』

 

『そういう、事か!!? 父は今まで我らを謀っていたのだな!!?』

 

 すぐにヴァメルが何がどうなっているのかを飲み込んだ。

 

『どういう事だ!? 兄上』

 

『フン。聖王閣下……我らの父はヴェルゴルドゥナと常に何かの実験を行っていた。竜の復活という名目だったが、建前と本音は違ったのだろう』

 

 再び兜を被ったヴェルギートがすぐに残った部隊の殿を務めつつ、要塞でもあった城の崖と接合された部分に残る大きな穴に向けて撤退命令を下す。

 

『ヴァメル、フィーキス、ベゼール、ザンネス……我ら四兄弟を儲けておきながら、結局はソレか。ある意味、父王らしいな』

 

『だから、どういう事だと聞いている!?』

 

『フン。自分で考えろ愚か者め!! 我らは良い面の皮だ!! 最初から父は我らの事を信じてなぞいなかったのだ!! 己が死んだ時、その代わりとなる者を後継者として置いていたのだろう? 我らの代わりか。あるいは自分の代わりか。どの道、そんな状況になるまで貴様は生き残る為の性能を与えられたわけだ。ヴェルギート』

 

 その言葉に蒼いドラクが言葉も無く蟲を槍と遠距離呪紋で狩り続けながら撤退戦を演じる。

 

『まさか、父の代役とはな。若い頃の父にそっくりだ。ヴェルゴルドゥナめ。“もしもの時の呪紋”なぞ我が手に託していた癖にそれか……己が器を捨てたからと父にまで施術しているとは……ヤツの部下の複製の数でも数えておくんだったな』

 

『全てはヴァルハイルを生き残らせる為です。殿下』

 

『分かっている!! だからこそ腹立たしいのだ!! 我が力なぞ誰も彼も見ていない!! 後、貴様は何体いる!! ヴェルギート!! いや、父の複製よ!!』

 

『な、何!? まさか、ヴェルギート!? 貴様は―――』

 

 猛烈な雷で部隊の約半数が行動不能になるもすぐに空飛ぶドラクが空の壁となって雷を遮る。

 

 その下を退避していく機影は次々に遺跡へと続く道に命辛々逃げ延びていった。

 

『存じ上げません。聖王閣下からの命はただ一つ。生き残り、聖姫殿下と国家を守り抜く事。その時が来れば、我が魂が消えたとしても構いはしない』

 

 蟲達の猛追が雷の嵐で僅かに鈍った隙に蒼い機体が最後の仕事とばかりに空飛ぶドラクの方に手を伸ばす。

 

『まだ、死ぬ時では無い。それは殿下も同様なのでは?』

 

『ッ―――悪いが我が力は未だ振るわねばならぬ。参謀本部の馬鹿共を救わねば、どの道軍の統制が取れずに全て瓦解しよう。この機体で載せられるだけ載せて後方都市の指揮を執らねばならん。貴様らはそこで引き籠っていろ。後はこちらでやる!!』

 

 そうして手を阻んだ空飛ぶドラグが猛烈な弩の連打で相手を遅延させながら、未だ立て直している参謀本部直属の部隊と人員を回収するべく。

 

 都市の後方。

 

 元々、歓楽街があった方面へと向かっていった。

 

『ヴェルギート……父の複製? クソ、分からない事だらけだ!! この先にいるのだろう!! 話を聞かずに要られようか!!』

 

 ザンネスが部下達を率いて籠城戦の構えを取りつつもすぐに巌の如き堅牢な岩山の奥、遺跡の奥へと消えていく。

 

(……あの時、空に見えた呪紋……アレは……とにかく現状を打開せずにはどうにもならないか……角の騎士。ヤツに託すしかない……どうかご無事で……エレオール姫殿下)

 

 殿に付いた蒼い機体が出入口の一部を呪紋で破壊し奥へと向かう。

 

 都市後から大量の人員と機体を乗せた巨大ドラクが多数の民間の長距離輸送用の呪霊機と共に後方都市外延部へと逃げ延びるのを後目にヴァルハイル首都跡地には新たな蟲達が次々に進出し、その中心では蛭の如き人型が多くの蟲達を統率して野営地の造営へ入ったのだった。

 

 それを遥か上空から見下ろす白い髪の青年が一人。

 

「……チッ、皇太子共……実力だけは在りやがる。この機に消えてくれれば色々やり易かっただろうにあの姫殿下も運が無いね。さ、こっちはこっちでやらなきゃならない事が山積みか」

 

 チラリと彼は一族の者達を乗せた大型の高高度を飛べる呪霊機内部に視線をやる。

 

「助けた分くらいは役立って貰おうかな。美人なおねーさん」

 

 その言葉に顔を顰めて、しかし仕方なさそうな顔で外に立つ彼を見たのはモルニア・クリタリス。

 

 オクロシアの巡回者その人だった。

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