流刑貴族の追放記-極獄と呼ばれた果ての地にて-   作:Anacletus

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第75話「ニアステラの災厄Ⅱ」

 

―――アーカ邸応接室前。

 

「ねぇ、アルティエまだ話してるの?」

 

「は、はい。レザリア様」

 

「今、お、お茶を出して来ました」

 

「どうだった? リーシャ」

 

 扉を閉めて戻って来た少女にレザリアがそう訊ねる。

 

「その、難しいお話をしているみたいで……」

 

「そうなんだ? 本当に看病とか嫌いなんだから、アルティエったら」

 

「………」

 

「あ、そう言えば、貴女もアルティエのメイドさんなの?」

 

「………侍従よ」

 

【ちょっと静かに……】

 

 その少年の内部からの声に思わず口を閉ざした兄妹とレザリアがイソイソと暗い顔のアミアルを連れて少年の部屋へとやって来る。

 

「えっと、アミアルさんだっけ?」

 

「……アンタらはアイツがどんな奴なのか知ってるの?」

 

 何処か不審げというよりは覇気の無い胡乱顔で彼女が訊ねる。

 

「あ、もしかして、アミアルさんて今までアルティエがどういう人なのか知らなかった感じ?」

 

 そのレザリアのズバリと言ってのける様子に思わず兄妹が『そんなド直球な』と思わずにはいられなかった。

 

 誰がどう見てもアミアルの様子はどうすればいいのかと苦しんでいる様子であって、沈んだ顔色は悪いというよりも青いのだ。

 

「……アイツは敵だった。敵なのに……ッ」

 

 フルフルと震え始めた目の前のアミアルを見て、レザリアが少年を後でお説教しようと思う。

 

 自分だってもしも少年が後から他の勢力の回し者で野営地を壊滅させたとか言われたらショックを受けるのは間違いないのだ。

 

 そう分かるからこそ、まだ少年を程々にしか知らない相手に伝えるべき事がその脳裏には幾らも沸いていた。

 

「何よ。家ぐるみで裏切ってるって……何よ……何なのよ」

 

「アルティエの事、嫌い?」

 

「「(´Д`)」」

 

 だから、直球過ぎるのではという顔の兄妹だったが、その言葉にアミアルが顔をクシャクシャにした。

 

「そっか。うん。アルティエっていっつもぶっきらぼうだし、必要無い事言わないし、必要ある事すら最小限度しか教えてくれないし、う~~ん。アルティエが全部悪い気も……」

 

 兄妹は滅茶苦茶言われている少年を擁護しようと思ったが、自分達を救ってから野営地に放り込んで学ぶよう言ってほったからしだった事を思い出して、それも止む無しかもとも思った。

 

「此処はヴァルハイルの国よ。なのにあいつは敵でこの国を亡ぼす何かで……」

 

 アミアルの苦し気な顔に苦悩よりも尚深く躊躇が浮かぶ。

 

「ねぇ、アルティエは貴方の事嫌いって言ってたの?」

 

 だから、何で直球なのという顔の兄妹はもう諦めムードで遠征隊1物事をバッサリしてくれる盾役の少女に切られないようお仕事を心掛ける事にする。

 

「……別に……何も……」

 

「じゃあ、アルティエ。きっと、貴女の事気に入ってるんじゃないかな」

 

「は? な、何言って……」

 

「アルティエはね? 許せない事は許せないし、嫌いな事は嫌いって言わなくても案外思ってるから、気に入ってる人じゃなきゃ、傍に置いたりしないよ」

 

「……断言、するのね。アンタ……」

 

「そりゃそうだよ。だって、ボクはアルティエの事好きだもん」

 

「な―――」

 

 そのあっけらかんとした様子に思わず兄妹達が頬を染めて瞳を逸らす。

 

 アミアルはあまりの話に開いた口が塞がらない様子で思わず口を金魚の如くパクパクさせた。

 

「アルティエってさ。ずっと、何も言わないの。物凄く言いたい事が在りそうなのに言わないの。何って聞いても別にって答えてくれないんだ。でも、ずっとずっと見てくれてるの……」

 

「見て?」

 

 アミアルに頷きが返される。

 

「何でもない訓練したり、色々な雑談を他の人としてる時とかね。ずっと傍にいる時は見てるの。思わず自分の事が好きなんじゃないかって思うくらいじ~~っと見てるの。あんまり見てるから、どうして見てるのかって聞いたら、はぐらかされちゃった」

 

「……アンタが好きなんじゃないの?」

 

「え? そう? そうかな? うん。そうかも? そうだったら嬉しいな♪」

 

「ちょっとは謙遜しなさいよ?!」

 

 思わずアミアルが身も蓋も無い少女にツッコミを入れる。

 

「でもね……」

 

 アミアルがその悲し気にも見える苦笑に「ああ」と思う。

 

「分かるんだ。アルティエは言わないんじゃない。言えないんだって」

 

「言えないって、何よ……仲間なんでしょ……」

 

「アルティエはさ。物凄く合理的なんだ。悪い事になると理解したら、絶対何も言わない。良いと思うなら、絶対言う。そういうハッキリした感じなのは……貴方にも分かるでしょ? アミアルさん」

 

「―――さ、さぁね」

 

 思わずアミアルが視線を少女から逸らす。

 

「いっつもそう。それが何の為に必要なのか。どんな結果になるのか。アルティエは知っていても言ったりしない。言わない事が必要なんだと思ったら、死んだって言わない……」

 

「………そう」

 

「アミアルさん。アルティエはね。貴方の事が気になるから、何も言わないんじゃないかな」

 

「気になるって何よ」

 

「……大切って事だよ」

 

「ッ―――」

 

「いっつもいっつも大切にしてくれるの。アルティエって……何か危険な事があると真っ先に自分が突っ込んでいくんだ。自分が任せられると思わない限り、絶対何かを他人に任せたりしない」

 

「慰めのつもり? そんなの―――」

 

「慰めるつもりなんて無いよ。だって、ヴァルハイルは今のところ敵だもん」

 

「………っ」

 

「ボク、これでもアルティエの盾になりたくて、色々頑張ってたんだ。でも、どんどん強くなって、先に行っちゃうアルティエを見てるとね。自分がどれだけ守られてるのか分かる……貴女が例え敵だとしても、大切なものは護りたいってそうアルティエは思ってるんじゃないかな」

 

 その笑顔があまりにも眩しくて。

 

 思わずアミアルが顔を俯ける。

 

「何よ……ソレ……そもそもヴァルハイルは……」

 

「複雑なのかもしれないけど、とっても簡単だよ。アルティエに自分の気持ち。全部言っちゃえばいいんだよ。そしたら、きっとアルティエは必要な事ならちゃんと返してくれるから……」

 

「ッ―――」

 

「「………(T_T)(レザリア様って押しが強いんだよなぁという兄妹揃った顔)」」

 

 自分の部屋でワイワイガヤガヤしているのを何となく気にしつつ。

 

 少年は角の騎士レメトロと聖姫エレオールを前にして、お茶を口にしていた。

 

 いつもの女性呪霊機が運んできたお茶はそこらの市販品だ。

 

 思わずエレオールが真っ赤になっていたが、本日は裏切者になってしまったアーカ家の党首は地下でボチボチ研究中であった。

 

「話の続きを聞かせて貰う」

 

「角の騎士。我が耳にも伝えて貰おう。お前が何を知っているのか」

 

「良いでしょう。全てはもう過ぎ去った事。今、聖王閣下が動けぬ以上、ヴァルハイルの滅びは目前……事が急過ぎて結局対応前に全てがご破算となった以上、敵にも味方にも情報は必要でしょうからな」

 

 角の騎士。

 

 そう呼ばれた男は今や騎士鎧を脱ぎ捨て、粗末な襤褸い麻布の服に古びれた外套を着込んだ姿でソファーに座っていた。

 

 三者が向き合う中。

 

 溜息が零される。

 

「それにしてもやはりアーカ。アーカ家か。怪しんではいたが、最後にヴァルハイルを刺すのならば、これは運命という奴なのでしょう」

 

「運命?」

 

 少年の声に頷きが返される。

 

「アーカ家は呪霊装具……呪具の製造を行っていた家。そして、我が鎧を生み出した始祖はヴァルハイルによって服従させられた家の血筋。戦争で奪った家です」

 

「………」

 

「まぁ、それはいい。聖王閣下の事をまずは姫殿下に知って戴きたい」

 

「父王は……父は今も遺跡に?」

 

「はい。聖域の封印に身を捧げております」

 

「そもそも、聖域の封印とは道の事なのでは無いのですか? 道を封じるだけで己の肉体を用いる程となれば、何を父は留めて……」

 

 エレオールが訊ねる。

 

「救世神……嘗て、この島の中央部。モナスの聖域を起こした流刑者達の神。最も新しき主神。始まりの災厄です」

 

「始まりの災厄?」

 

 レメトロが懐から取り出した小さな水晶玉をそっと虚空に浮かばせる。

 

 すると、内部に映像が映し出された。

 

「これは……まさか、聖域の映像?」

 

「凡そ420年前。モナスの聖域を初めて我らヴァルハイルが探索した時の代物です」

 

 内部の映像が虚空に投影される。

 

 モナスの聖域はまるで苔生した遺跡という文字をそのまま絵に描いたような場所であった。

 

 大量の住居は苔の緑に覆われ、湧き水によって緩やかに流れる水路には魚が泳ぎ、大きな神像らしきものが岩山内部に彫り込まれているが、苔によって姿の輪郭しか分からない。

 

 それは人型にも見えた。

 

 全ての建造物が石造りで崩れ掛けているものが大半という事を覗けば、穏やかな陽だまりとなった廃墟と言えるような落ち着きがある場所と見える。

 

「これがモナスの聖域……」

 

「おかしい」

 

「……気付くのか。小童」

 

「レメトロ!!? この方は―――」

 

 思わず慎重に話せと言いたげな姫に男は肩を竦める。

 

「分かっております。ですが、この者もまたこの島に呪われている。今までの様子を観察した結果からも間違いない。貴様は聖王閣下と同じだ。何処から来て何をするのか何も語らず。ただ、己のするべき事をする為にこの島にいる。違うか?」

 

「どういう事ですか?」

 

「………」

 

 角の騎士が少年を睨む。

 

 しかし、少年はシレッと視線を逸らして虚空の映像を見た。

 

「モナスの聖域はもっと機械に溢れ、鋼鉄のような精錬した金属に溢れている様子か。もしくはソレが錆びてるのを想像してた」

 

「フン。頭は回るようだな」

 

「どういう事ですか? レメトロ」

 

「姫殿下。これはモナスの聖域ですが、モナスの聖域ではありません」

 

「謎掛けは今必要ありませんが……」

 

「そういう?……なら、モナスの聖域はこの世界の内部には存在しない?」

 

「そういう事だ。やはり、な。お前はそちら側だ」

 

「何を二人で?! 分かるように教えて下さい!!」

 

 思わずエレオールが抗議した。

 

「つまり、誰もがモナスの聖域だと思っている場所はそう言われているだけで実際には違う。モナスの聖域はこの聖域と呼ばれる場所から更に何処かへ繋がった場所。もしくは何らかの理由でもう存在しない」

 

「ッ、そ、そんな馬鹿な……ずっと、ヴァルハイルは聖域への行き方を求めて……それで途中のものを研究したはず……それにあの移設された塔一つとっても、モナスは高度な文明の力を持っているのは明白で……」

 

「姫殿下。幾つかの前提条件が抜けているのです」

 

「前提?」

 

「この島にはモナスの聖域は存在する。しかし、我々が探すモナスの聖域は存在しない」

 

「要は……我々が望むモナスの聖域は無い、と?」

 

 大きく頷きが返された。

 

「その代わり……我らはアレを見付けた」

 

 映像が聖域の遺跡内部。

 

 大きな寺院のような場所に入り込んで巨大な講堂らしき場所の中心に異様なモノを映し出した。

 

「な、何だコレは!? 機械? 機械、なのか?」

 

 思わずエレオールが瞠目する。

 

 祭壇のような場所から地面を抉るようにして細いパイプらしきものが、無数の鋼染みた色合いの小さな構造物を組み合わせたような……そんな柱が一本天地を繋ぐように鎮座していた。

 

 その禍々しさに聖姫の身の毛が弥立つのも無理は無かった。

 

 部品の一つ一つから手が、足が、耳が、目が、人体のパーツと思われるものが大量に鋼の内部から剥き出しで息衝いている。

 

 瞳の瞼は閉じていた。

 

 だが、臓器は動いていた。

 

 人体を幾ら使ったのか。

 

 鋼に組み込まれているというよりはソレに鋼色のパーツを突っ込んだような異様な物体は魔力を放っており、ソレが放散し、肉の壁のように顕現しては講堂を侵食し、それを抑え込むように描き込まれた譜律が結界の如く封じ込めている。

 

『何だコレは……隊長に報こ―――』

 

 ドスリと声の主らしきものが貫かれる。

 

 ソレは肉の槍らしきものだった。

 

 細い細いソレが調査隊らしき生身のヴァルハイルの体をまるで縫い留めるかのように貫通しながら猛烈な速度で男達を襲い始めた。

 

 上がる悲鳴。

 

 燃え上がる呪紋。

 

 そして、その鋼と肉の柱の方へと静かになった調査隊のヴァルハイル達が引き寄せられ、肉を引き千切る音と共に内部へと取り込まれていく。

 

 その悍ましい音色はまだ息のある獲物の断末魔と共に講堂を満たし、ソレを映し出していた講堂の入り口に落ちた映像記録用らしき呪具が延々とソレを映し出して最後には消えた。

 

「―――あ、あれは、あれは一体何ですか!? レメトロ!?」

 

 思わず震えながらエレオールが訊ねる。

 

 それに思わず口を閉ざした騎士が何かを覚悟したかのように顔を上げた。

 

「姫殿下……これはまだ妖精達が亜人達を指揮していた頃の映像です」

 

「え?」

 

「亜人達は妖精の下。ノクロシアが滅んだ後も生きていた。その頃は亜人達の多くは領土争いこそありましたが、魔蟲ウルガンダと戦いながら、既に滅んだグリモッドにも僅かなりとも影響力を持ち、様々な種族が今よりも多く生きていたのです」

 

「それがどうしたのですか? 何か関係が?」

 

「モナスの聖域は嘗てノクロシアが滅びた後に大陸から来た者達によって築かれた都。ですが、おかしくありませんか? モナスの聖域は何故、島の中心として今も伝わっているのか?」

 

 それに少年がなるほどという顔になる。

 

「ノクロシアの後継者である妖精のいる場所が中心であるべき。本当なら本拠地があった地下が聖域とされていなければおかしい?」

 

「その通り」

 

 少年の言葉にレメトロが頷く。

 

「つまり、妖精達がそれを認めていた? 妖精と関係があるのか?」

 

 思わず素で訊ねた姫君に騎士が頷く。

 

「左様。妖精達は古き者達の中でも特に呪紋の研究をしていた者達の末裔と言われております。その者達がモナスを聖域と呼んだのです」

 

「……妖精がアレを造ったとでも?」

 

「関係はあるのですよ。恐らく……アレからは4つの力が確認されました」

 

「四つ?」

 

「妖精呪紋、神の力、蟲の能力、竜の血統……」

 

 その少年の言葉に男が溜息を吐いて睨む。

 

「その通りだとも。ニアステラの英雄殿……つまり、貴様だ」

 

「………」

 

「ど、どういう事なのですか!? レメトロ」

 

「妖精の力、神々の力、大地母神ウェラクリアに見初められた蟲達の力……我らの始祖たるカルトレルムの力が一体となったのがアレです。その力を纏めているのはノクロシアの機械文明の技術」

 

「そ、それは、どうなれば、そんな……一体、どうしてそんな事に?」

 

「分かりません。分かるのは幾つかの事だけだった」

 

「幾つか?」

 

「妖精の呪紋による肉体と血統の力の制御。その呪紋の現物が転がっていた。ソレそのものが妖精が隠匿していた秘術の塊だったのです。同時に消え去っていたノクロシアの技術もまた……」

 

「ま、まさか―――」

 

 エレオールの額に汗が流れる。

 

「この映像が回収されたのは更に数百年後。ヴェルゴルドゥナ卿が若者だった時代の事。彼はモナスの聖域へと再び探索に出た。我らヴァルハイル中興の祖たる女王と共に……」

 

「アレを、あの悍ましい何かをヴェルゴルドゥナは……」

 

「その通りです。我らの技術の基幹となっているのはヴェルゴルドゥナが解き明かしたアレに使われていたノクロシアの技術。そして、彼は竜の力の複製と妖精の力の一部解明にまで漕ぎ着けた。それがドラクであり、モルドであるのです」

 

「そ、そんな……」

 

「基幹技術として使われている独自技術と言える例外はアーカ家の呪霊機のみ。更に言えば、生体型モルド。今、最新型として配備が始まっていた例の装備はアレが大本なのですよ」

 

「ぅ……っ」

 

 思わずエレオールが口元を抑えて青い顔で荒い息を吐く。

 

「そして、現在……聖王閣下はヴェルゴルドゥナと共に本当の聖域の探査を行っていた」

 

「本当の、聖域?」

 

「そう……あの存在が本当の聖域に向かう為の鍵だと二人は睨んでいた。モナスの聖域がまだ封鎖される前に造られた一体の人造神である事も確認されました」

 

「人造神?」

 

「複数の種族と神々の力によって生み出された人造の神……【救世神ヴァナドゥ】……それこそがアレです。その生態は多くが謎に包まれていましたが、ヴェルゴルドゥナの研究では休眠期と覚醒期を繰り返している事が明らかとなった」

 

「め、目覚めるのですか? アレが?」

 

「……一度、目覚めたのです。その時は魔蟲ウルガンダの大暴走による西部からの亜人達の完全撤退が起こった。また、その前の時代にも還元蝶の大本となった王【輪廻蝶グラキルシア】の暴走が起きた時に目覚めていたはずだとか」

 

 少年が還元蝶の大本の情報が出て来て、僅かに目を細める。

 

「そして、研究結果は絶望しかなかった。こちらも聞いただけですが、聖王閣下はその事実に酷く落胆しておられました」

 

「何を、父は何を知ったのですか?! レメトロ!!」

 

「救世神の覚醒は内部の妖精の力を増幅し、因果律の変動によって周囲には巨大な災厄が降り掛かる。それはあらゆる事象において発生するのだとか。そして、その力の最初の干渉先が……」

 

「蟲達。正確には蟲の王?」

 

「ふ……言わずとも理解出来るのか。貴様は……」

 

「………」

 

 少年が無表情に努める。

 

「つ、つまり、覚醒するだけで王群が暴走する?」

 

「はい。そして、それを本来制御しているはずの力こそが……」

 

「まさか、我らの神カルトレルムの?」

 

 頷きが返される。

 

「竜は竜によって抑止される。つまり、我らが神がいれば、竜の力を持っている存在はどれだけ強大だろうとも抑止されるのです」

 

「……聖域を御父様が封印しているという事は、我らの力こそがその鍵であると言うのですか?」

 

「慧眼です。ええ、その通り。ですが、制御する為に必要な竜の血統がこの世界にはもはや殆ど存在しない」

 

「ッ―――【七鱗(セブンス・ロア)】の血統が衰滅したから?」

 

 思い当たった理由を口にした彼女に角の騎士が頷く。

 

「ヴェルゴルドゥナの試算では二種以上の竜の始祖の力があれば、抑制は可能だった。しかし、時代が進むに連れて弱体化したヴァルハイルの血統は神世の頃とは違ってあまりにも血が薄く成り過ぎて何万人生贄に捧げようが覚醒を抑止する事は出来ないと結論されたのです」

 

「………ま、まさか、父は、父は……」

 

「はい。あのお方は最も竜の力を持つご自分を犠牲にし、聖域の活発化。つまり、救世神の覚醒を遅らせているのです」

 

 思わずエレオールの体が崩れ落ちそうになり、ソファーに凭れ掛かる。

 

「お気を確かに……」

 

「ヴェルゴルドゥナによれば、竜の血統の力と魂を捧げれば、抑制時間が延びるとされた。しかし、王群の活発化を見るに……恐らく聖王陛下の犠牲ではもう時間が稼げない程に覚醒が近い。死んだ兵達の魂をドラク経由で用いてすら、聖域の活発化は止められなくなっている」

 

「な―――ま、まさか、今回の戦争は……」

 

 姫の絶望したような顔に三度角の騎士は頷く。

 

「ええ、聖域の封印を強める為、今まで育てて来た民の中から神の力によって竜の力を増した者達を言い方は悪いですが、生贄に捧げていたのですよ」

 

「ッッッ」

 

 絶望した姫が項垂れ、少年が騎士に睨まれている理由をようやく理解する。

 

 最初から戦争は聖域が焦点だったという事になるのだ。

 

 ヴァルハイル兵が死ねば、その分だけ儀式術として魂が捧げられている手筈だったのだろう。

 

 しかし、魂そのものを変質させて味方の蜘蛛にする蜘蛛脚や殺さない幼女化を用いた場合、魂が捧げられない聖域は開放までの時間を遅延させられていない事になる。

 

「貴様のせいで我らは恐らく聖王閣下に次ぐ重要人物を失った。そのせいでまだ時間に余裕はあるという皮肉付きでな」

 

「………」

 

 ヴェルゴルドゥナの言っていた1年は大丈夫というのは事実の一端だった。

 

 しかし、それですら王群が暴走を始めたという事は本格的な覚醒は更に酷い事になるだろう事は少年にもすぐ理解出来た。

 

「此処でヴァルハイルが滅びれば、一緒に島の全てが滅びる?」

 

「一時的に抑制はされる。だが、数年か数十年か」

 

 角の騎士はそう少年の疑問に睨み返す。

 

「少なくとも数百年と経たず救世神は復活する。だが、それで済むかどうか。救世神の能力は正しく妖精以外の力も含めて、肉体を持たぬ神々をも超えるのではないかと予測されていた」

 

 エレオールが顔を上げる。

 

「今まで自分を封印していた者がいなくなれば、好き勝手に暴れ出すと?」

 

「はい。存在が活性化するだけで影響があるのです。蟲の王達が暴走せずとも、様々な災厄が島の外にまで拡大するでしょう。その上、今回の覚醒はヤツの話に寄れば、今までとは違う。完全な永続覚醒に至る可能性があるとか」

 

「どう、なるのです?」

 

 エレオールの言葉にレメトロが俯き。

 

「永続的に覚醒した救世神はあらゆる因果律を捻じ曲げる事でこの世の事象、定理、法則の類を全て歪め……時空間、世界そのものが崩壊するとされています」

 

「手が付けられなくなる、のか?」

 

「はい。その時、世界が滅びるというのが完全なる絶滅なのか。あるいは別の生物へと変貌して永劫の苦しみに沈むのか。それはその時の状況次第とヤツは言っていました……」

 

「―――」

 

 エレオールが肩を落とした。

 

「それが本当であれば、神々が聖域等と言って、アレを封印しようとしていたのも分かる」

 

 ようやく少年は多くの欠落していた情報が埋まったような気がした。

 

 少年をレメトロが見やる。

 

「救世神の情報は意図的に神々が隠しているものだ。それを暴いた聖王閣下とヴェルゴルドゥナは一計を案じた。神々が隠す情報を突き止め。従来の竜以外の抑止する為の力を生み出そうとした」

 

「それが技術の源泉?」

 

「そうだ。救世神に使われている技術、能力、血統……それらを解析し、対抗する為の戦力を整えようとしたのだ」

 

「今回の戦争は―――」

 

 エレオールが男に沈んだ様子の瞳を向ける。

 

「北部統一はヴァルハイルの悲願、なんてものは単なる大義名分でしかありません。無論、ヴァルハイルが最弱だった頃の意趣返しというのはヴェルゴルドゥナ当人のものでしかない。だが、全ては破綻した」

 

 少年を睨むレメトロの視線は何処か空虚にも見える程に弱々しい。

 

「まさか、単なる人間の流刑者に貴様のような聖王閣下の如きモノがいるとはな。貴様のせいだぞ。貴様の……これでもうヤツの力を頼れなくなった。聖王閣下すらいない今、ヴァルハイルには……王群を止める力も、聖域を封印する能力も、民を生かす伝手すらない」

 

 少年は“前任者”が失敗したと言っていた神の言葉を思い出す。

 

 恐らくはそうなのだろう。

 

「だが、閣下が取れなかった禁じ手が貴様ならば可能かもしれない」

 

「禁じ手?」

 

「我らはヴァルハイルだぞ? 分かるか? この意味がどれだけ我らを縛っているものか!!」

 

「ああ、そういう……そして、それに囚われないからこそ、角の騎士は聖王とやらの手足として最適だった、と」

 

「そういう事だ」

 

「な、何を? 何が言いたいのだ? レメトロ」

 

「我が力、我が心はもうヴァルハイルと呼んでも差し支えない程にこの地を故郷としている。それは強制力でもある」

 

「強制力?」

 

「我らが神を殺せないという事です」

 

「!!!?」

 

「話を聞いてもいい。角の騎士」

 

 少年は初めてニヤリとして見せた。

 

 それに渋い顔の騎士は拳を握る。

 

「貴様はヴェルゴルドゥナすらも退けた。黒征卿すらも秘密裏に刈り取った。剰え、そのモルドを複製し、蟲の力を得て尚、蟲そのものよりも多くの力を糾合し、聖王閣下が届かなった領域へと足を踏み入れている」

 

「………」

 

「名を聞こう」

 

「アルティエ・ソーシャ」

 

「我らヴァルハイルを下した貴様がもしもまだ全てを失いたくないのなら、我らの神カルトレルムを破壊して力を簒奪し、救世神を抑止または滅ぼせ。その力を更なる高みへと導けば、貴様とて主神の力に届くだろう。アルティエ・ソーシャ!!」

 

 少年はその角の騎士の歯を軋ませた顔に肩を竦める。

 

「報酬は?」

 

「何?」

 

「人にモノを頼むには利がいる。それが敵だった相手への願いならば、猶更に……違う?」

 

「ッ、何が望みだ!!? ヴァルハイルの資産か? 技術か? 何だってくれてやるとも!! 全て滅びるよりはマシだろう!!?」

 

 自棄になった男に少年は苦笑一つ。

 

「じゃあ、ヴァルハイルを貰う」

 

「な、に?」

 

「ヴァルハイルを寄越せ。お前らの全てをだ」

 

 少年が真顔で要求した時、初めて角の騎士のみならずエレオールが背筋を凍るでもなく戦慄させるでもなく諦めさせた。

 

 その憤怒とすら呼べない冷たい表情にはヴァルハイルを全て犠牲にしても何ら痛痒すら感じないと思える意志が秘められていた。

 

「それが貴様の本性か―――くッ」

 

「ヴァルハイルはまだ今のところは単なる敵。種族連合にしてみれば、国家を破壊した怨敵。ニアステラにとっては脅威そのもの。助ける理由が“自分達が滅ぶから仕方なく”なんて感情的なもので決断したり、今までの出来事が帳消しになったりしない」

 

 その尤も過ぎて反論も不可能な事実を前に角の騎士がガクリと項垂れた。

 

「強者に這い蹲えと言うのだな……」

 

「別に這い蹲らなくてもいい。敵の為に死んで、敵の為に生きて、ちょっと同胞が減るのを容認してくれるだけでいい」

 

「「………」」

 

 少年がやれやれと肩を竦める。

 

「強硬派は必要無い。残ってる皇太子は見る限り、王なんて器じゃない。四卿は強力な発言力と実力で勝手に行動する厄介者でしかない。参謀本部が聖王に従うのならば、いつ後ろから刃を突き立てられるか分からない」

 

「つまり?」

 

「見捨てるといい」

 

 その声はあまりにも淡々とした代物だった。

 

「「―――」」

 

 2人のヴァルハイルがそのあまりにも簡潔な言葉に項垂れるしかなかった。

 

「皇太子の生存は論外。四卿はそもそも危険因子でしかない以上、何処かで使い潰すか死んでもらう以外では生き続けて貰っても困る。参謀本部は掌握して、後ろから刃を向けられない確証があるなら、戦力に組み込んでいい」

 

「………姫殿下。心苦しい事甚だしい事は承知で言います。この提案は……」

 

「分かっている。分かっています……慈悲深くすらあるのでしょうね。貴方の言い方にしても、今までヴァルハイルがしてきた事に比べれば……ただ滅べと言われないだけで……」

 

「それが理解出来るなら、決断を要求する。無論、この都市に付いての扱いはオクロシアとニアステラの協議の結果になる。ただ、全権はどちらからも委任されてる。である以上、これが最終決定で最終案になる」

 

「お兄様達を倒す事は許容しましょう。ただし、対外的な―――」

 

「問題ない。結果がそうであるなら、どんな理屈と理由が付いても構わない。“最終的にそうなっている”なら、手を下す必要すら無い」

 

 容赦のない少年の言葉にエレオールが拳を握りしめる。

 

「分かりました。では、こうしましょう。落城を以て、首都は全面降伏。但し、ヴァルハイル軍の指揮系統はお兄様達ではなく我が方で引き受け、戦力は割って半数を聖域の王群の手当に当てる」

 

「構わない」

 

「四卿とお兄様達には防波堤として首都跡地から続く内陸への進行阻止を死守命令として出す。それが無理なら……そちらで対処してもらう」

 

「問題ない」

 

「その代わり、衛星都市と穀倉地帯を持つ都市国家は種族連合ではなくニアステラの管理下に置いて、都市民達への被害を出さないよう計らって欲しいです」

 

「妥当。戦線への補給は必要な分は許可する。但し、戦略呪紋兵器の類は全て接収させて貰う」

 

「使うなと?」

 

「もう構造は解析済み。同じものなら幾らも作れる」

 

 嘘、ハッタリ、紛らわしいが生憎と少年が単体で同じ呪紋を百発どころか数万発待機状態で一斉発射くらい出来る力量にまで成長しているので、完全な嘘とも言い難い。

 

「取り合えず、今ある分は呪紋で制御下において必要な時以外には撃てないようにする。これに同意出来る?」

 

「……分かりました」

 

「それと教会の神聖騎士のせいで南東部方面は封鎖する必要がある。小神化で広大な領域が化け物に襲われて今、戦線で防衛線になってる」

 

「な―――そ、そんな報告は?!」

 

「この数日、通信用の呪紋の殆どが使用しても短距離以外繋がらないのは神聖騎士とこっちのせい。四卿はこれに対処したのを確認してる。でも、倒せなかった」

 

「何という事だ……その階梯の者が来ていたのか。“盾”か? “槍”か? まさか、“聖杯”ではないだろうな……」

 

 レメトロが思わず苦虫を噛み潰したような顔になる。

 

「そろそろ四卿がこの近辺に通り掛かる。敗走……後退する軍を連れて」

 

「「ッ」」

 

「もしも、四卿の率いる軍を納得させられなければ、此処でニアステラが討伐する事になる。勿論、そうなれば、王群との戦いは更に苦しくなる」

 

「討伐可能だと言うのですか? 四卿と彼らの率いる軍を……いえ、そうですね。これほどの事を成し得るニアステラを前にして疑う理由は無い、か……」

 

 エレオールが俯き忸怩たる思いで顔を引き締める。

 

 それは何かに耐えている様子でもあった。

 

「ちなみに四卿の生存及び台頭を抑えられなければ、この都市の者達の反乱が起きるのは確定的。そして、その時オクロシアとニアステラがこの都市を見る瞳は厳しいものになる」

 

 少年の尤もな言葉にエレオールが立ち上がる。

 

「分かっています!! レメトロ!!」

 

「行かれるのですか?」

 

「ええ、この都市を火の海にするわけにはいかない。此処はヴァルハイルの故郷。例え、有るべき場所が違えども、此処は多くの者達にとって、家なのです」

 

 そうして、一刻も早く都市を掌握し、都市の混乱を治める為、少年に最低限の今後の予定を詰めた二人は問題を解決するべく。

 

 アーカ邸をすぐ後にしたのだった。

 

 *

 

 オクロシア国境地帯は現在、厳戒態勢が敷かれていた。

 

 初めから、城と軍の人間には知らされていたとはいえ、それも単純にヴァルハイルの領地を強奪する作戦が開始される為、それまで近隣には部隊を出すなという話だったのだ。

 

『いやぁ、それにしても、この観測所から見えるヴァルハイルの首都。絶景だな』

 

『それよりも東部方面観測密にするよう六眼王様から言われてるんですから、余所見しないで下さいよ』

 

『山一つある場所から遠くまで見えるのはかなり爽快だ。あのヤベェ塔や領域が見えなかったら、もっと良かった』

 

『まだ後退中の軍が見えません。連中、透明化してやがる。呪霊機の土埃や大気層の流れのおかしなところをよくよく観察しないと』

 

『んぅ? おかしなところがさっそく見えやがる。参謀本部に伝令だ!!』

 

 彼らオクロシアに集った有志達からしてみれば、そんな大規模作戦にオクロシアのような領地の離れた場所がどんな関係を有しているものか。

 

 と、思ったわけだが、まさか“領地を強奪する”がそのままの意味であるという時点で呆けるしかなかったのは間違いない。

 

 いつもは泰然としている巨人族の戦士達すらも浮足立ち、口をあんぐりとさせていたのだから、他の種族なんてもう言葉もなく茫然とする以外無かった。

 

 だが、蜘蛛達が次々に爆風の如き土煙が晴れていく最中に突撃していくのを見て、彼らはようやく自分達が軍人だと思い出し、オクロシアの合同参謀本部からの命令を受諾……東部方面への全面展開を開始し、視界が悪い中でも続々と戦域を埋める形で数時間で巨大なヴァルハイル首都を背後にして陣地の構築作業へと入っていた。

 

『まさか、首都を盗んで来ちまうとはなぁ』

 

『ニアステラ。ヤバ過ぎる……』

 

『つーか、オクロシア軍の立ち入り禁止も止む無しか』

 

『市街戦なんぞしてみろ……オレら全滅かもな』

 

『う……角で出会いがしらにドスリとか。ゾッとしねぇ』

 

『後は心優しき六眼王様にお任せしようや。な?』

 

 塹壕や陣地の半数以上は穴掘り蜘蛛達を筆頭にしたニアステラ勢力と巨人族達の合作であり、対呪紋防御用の対抗防御呪紋が塹壕や陣地には次々に書き込まれていた。

 

 正面からやって来るとされた敵軍は都市を大きく迂回する事でしか移動出来ないだろうという状況。

 

 その敵をニアステラ側の通告通りに確認した操獣の術者達から入れられる第一報が来たのは転移後42時間後の事であった。

 

『敵ドラクの駆動音を4里先から検知。数は約3,000!! 南東部で展開していた四卿指揮下の軍かと思われます!! 南東部での情報からして、完全撤退に踏み切っている模様!! 後続に移動用の大型輸送呪霊機多数!!』

 

 その言葉で遂に来たかと黒蜘蛛の巣の内部。

 

 現在の参謀本部が置かれた場所で六眼王ヘクトラスは全ての現状のお膳立てが出来たとほくそ笑んでいたが、敵首都の強奪という特大の大戦果にも関わらず。

 

 少年によって首都内部への軍の浸透や略奪は戒められていた為、これからどうするかと事の成り行きを見守っていた。

 

『ニアステラ側から伝令。ニアステラの英雄が先立って敵軍と接触するとの事です!!』

 

 カップを傾けてお茶を嗜んだヘクトラスがお手並み拝見しようと少年の交渉を自らの瞳で確認し始めた。

 

 事実上、此処がヴァルハイル軍と種族連合の長い戦争の終着点である事が彼には分かっていたからだ。

 

「さぁ、見せてくれ。ニアステラの英雄殿。貴様が我ら以上の謀略の指し手ならば、奴らをどうする?」

 

 もはや、語るべき事の無い完全無欠の詰み手を前にして四卿がどう出るか。

 

 それは正しくヴァルハイルの理性と合理性が試される交渉となるに違いなかった。

 

―――ヴァルハイル軍南東軍管区所属遠征軍。

 

「何と言う事だ……もはや、これまでか」

 

 無数のドラクが詰め込まれた巨大な装輪式輸送呪霊機。

 

 その只中でハンガーに吊るされた指揮官クラスのドラク達が己のセンサーを疑ったが、どんなに探査しても、どんなに先行した呪霊機による情報を精査しても、彼らの軍が取って返す途中にあるオクロシア国境域には数日前まで存在していなかったはずの彼らの国の中枢。

 

 首都が鎮座していた。

 

 今や雷と蒸気の大半が止まり、インフラが僅かに動くだけの死んだような都市の路上には嘗ての活気も無く。

 

 ただただ、無数の混乱の跡があり、殆どの生命反応は屋内に退避していて、王城も参謀本部が置かれていたはずの場所も魔力関連のエネルギー設備も停止していた。

 

 ついでとばかりに彼らが向かう方向には陣地と塹壕が幾重にも重なって構築されており、対抗用の呪紋が書き込まれた巨大な防衛ラインは首都を半包囲する形で長く延ばされて、広大な戦域がオクロシアからなだらかな傾斜で備えられ、もはや後退中の部隊にしてみれば、何が何やらという顔にもなる。

 

「首都の長距離大規模転移。こんな馬鹿な絵空事に負けるのか。我らヴァルハイルは……」

 

「参謀本部からの応答無し。出した操獣や呪霊機も戻って来ない。通信用の呪紋は機能不全。先日の巨大な地震は首都を此処に持ってきた時のもの、なのでしょうな」

 

「はははは、いやいや参った参った。よもや、荒唐無稽な戦略で我らを圧し潰そうとは」

 

「しかも、此処には四卿殿達がいる。つまり、そういう事だろう」

 

「オクロシアからの交渉役らしき者達を確認した」

 

「降伏勧告か。最弱の頃に逆戻りとはな……」

 

「皇太子殿下のドラクも空に居らず。守備隊も出て来ていないし、残骸も無い……」

 

「王城に詰めていたはずの戦力もだ」

 

「これは―――」

 

「せ、聖姫エレオール殿下を交渉役が連れているぞ!!」

 

「ッ、そう来たか。いや、そうであるべき、なのだろうな」

 

「さて、四卿殿達はどうなされるものか」

 

 彼らにはこの段に至って何か出来る事は無かった。

 

 後は交渉次第。

 

 その結果がどうあろうとも彼らは従う事しか出来ない。

 

 故に見守る以外無く。

 

 白い鱗の男と剣に姿を映す男は交渉団が連れている次期聖王たる姫を連れた少年を前にして、ニアステラの英雄が人智を超える力を持っているというのを確かに理解した。

 

「………残念だ」

 

 その声はそんな最中、エレオールの口から零された。

 

 勇士達の帰還を首都で労う事も出来ず。

 

 本来ならば、身も心も傷付いた兵士達に一言の感謝も伝えられない。

 

 それが彼女の今であった。

 

 そろそろ夕暮れ時になろうかという時間帯。

 

 土埃も晴れ始めた野外の乾いた大地。

 

 エレオールの言葉に忸怩たる思いを抱いた四卿二人が少年が無言で付き出した数枚の書類……調印済みの正式な羊皮紙で綴られた講和条件を確認する。

 

 曰く。

 

 ヴァルハイル軍の半数は首都へと武装解除した上で接収。

 

 もう半数は王群との最前線へと投入。

 

 種族連合は衛星都市を無血開城の後、ニアステラにこれを全土占領する事を受諾。

 

 その代わり、ニアステラが種族連合からの略奪及び収奪などの戦時慣行を禁止。

 

 ニアステラの管理下でヴァルハイルは種族連合への賠償及び賠償相当の防衛任務に従事する事を確約し、政治体制を再構築する。

 

 王政は象徴性に移行し、権力は現存の議会に移譲。

 

 軍権全般は再度独立までニアステラが全権を接収。

 

 ヴァルハイルに所属する単独個人の超越者は全て登録制に同意し、王群との最前線での防衛任務に従事する代わり、一族の身柄の安堵と一定額までの資産を保護。

 

 ヴァルハイルと種族連合の講和条件はニアステラにこれを一任し、種族連合は戦時賠償に対する諸権利と引き換えに連れ去られた同胞の無条件の引き渡しを受ける。

 

 賠償はヴァルハイルの全技術資産と引き換えにニアステラが今後独立までにヴァルハイルへ掛ける税率の4割相当を毎年度種族連合の戦死者数、本大戦で二次被害、副次的に出た死傷者の数に応じて支払い。

 

 支払い完了後も独立までヴァルハイルの関税権は全てニアステラに帰属する。

 

 賠償額は嘗ての先例を踏襲し、過大な額にならないよう戦時賠償額を決める独立委員会をヴァルハイルと種族連合とニアステラの三者で立ち上げて決定する。

 

 ヴァルハイルの再独立は首都を管轄するオクロシアとニアステラ、ヴァルハイルの議会で100年後を目途として協議する。

 

 また、独立までヴァルハイルの国名を廃止。

 

 オクロシア・ニアステラ管轄特別自治区ヴァルハイルの地域名称として指定する。

 

 ズラリと並べられているのは一日にも満たない間に策定された代物であった。

 

 だが、最後の一条に四卿側の顔がさすがに引き攣った。

 

―――四卿がこれに同意せぬ場合、この案を破棄し、ニアステラによるヴァルハイル国民の殲滅戦を開始する。

 

『ふ、ふふ、ふは、ふははは』

 

 思わず剣の男。

 

【鏡仙卿】ガーハイル・アルワーゼが額に汗を浮かべながら、剣の中から大笑いし、大きく息を吐いた。

 

「ガーハイル卿。笑っている場合か?」

 

【白鱗卿】ラグス・バルタザル。

 

 男が呆れた顔で大剣を見やる。

 

『これが笑わずにいられようか? 我らは負けろと言われている。この四卿が戦わずして負けろとな。それはいい。それはいいとも!! この戦略的大敗北は絶対に覆せないと言われても仕方ないような状況だ。しかしな』

 

 ギョロリと剣の中から男が少年を睨む。

 

『この程度で我らが折れると思われるのは個人としては極めて心外と言っておこう。ニアステラの英雄よ』

 

「……ガーハイル卿、ラグス卿。どうか、同意して欲しい。首都民のみならず。衛星都市の者達の命も掛かっています」

 

 エレオールの苦渋の決断。

 

 その懇願にも近しい声にラグスが不憫を通り越して哀れだとすら感じていた。

 

「シシロウのヤツめ。この状況でも出てこないか。死んでいるのか生きているのか。まったく……」

 

 ラグスが愚痴った後、少年を睨む。

 

「同意はしてやろう。だが、同意するのと我らの進退は別だ」

 

『ふむ。ニアステラの英雄はあのヴェルゴルドゥナすらも打倒した。ならば、我らは案には同意するが、戦わずに死ぬ事を良しとはせぬ』

 

 四卿の言葉に顔面蒼白のエレオールが言葉を掛けるより先に少年が手で制した。

 

「同意はすると?」

 

「『いいだろう』」

 

「なら、此処で四卿として討ち果たされ、部下共々殲滅されても?」

 

「『構わぬとも』」

 

 ハモった二人が互いを見やった後、大剣が白鱗の男の手に握られる。

 

「どの道、貴様は我らを生かしておく事など無いだろう? 王群とぶつけて死ぬまで使い倒す気ならば、生憎と我らに王群と相打ちする力は無いと言っておこう」

 

「不可能?」

 

「我らはそもそも歴代四卿の中では下から数えた方が早い。四卿はヴァルハイルにおいて最も優れたものを持つ者達の集まりだが、それにも色々いる。ヴァルハイルの技術革新を進めた【器廃卿】、大遠征を成し遂げ、諸種族を打倒した【黒征卿】……歴代の四卿は明確に戦闘向きとそうでない者に分かれる」

 

『我が名は【境仙卿】ガーハイル……譜律を極めんとし、己を剣に封じし者。奴らのような戦闘向きの四卿ではない』

 

「我が名は【白鱗卿】ラグス……竜の血統を維持する為、我が家はあらゆる竜の力を受け入れて来た。血は継いでいるが、それが常に発現するわけでもない。我らの家は次代のヴァルハイルの者達を生み出す血統創始に特化している」

 

「つまり?」

 

『王群と戦えば、そう遠からず我らは物量に圧し潰されて死ぬ。だが、我らを祖とする者は常に進歩を続けるだろう』

 

「此処で貴様に討たれても、何ら問題など無い。貴様が幾ら狩り出そうと我らの力は次代に繋がれ、やがてはヴァルハイルを再興する。我らは護りの四卿……我らの存在は奴らのように戦略的なものではあっても重要度が低い……個体の生死は問題ではない」

 

 少年が差し違えてでも、一矢は報いるという顔の“残りもの”連中に溜息を吐いた。

 

(再走はしない。でも、再走案件……)

 

 少年が指を弾く。

 

 すると、交渉団の背後に隠れていた二匹がシャカシャカと歩き出して、少年の左右に付いた。

 

 ソレは嘗て神聖騎士と呼ばれた者達。

 

 エルタとサヴァンの変異体だった。

 

「イージス。ヘリオス」

 

 鋼の如き体のエルタの変異体と炎で造られたような朧なサヴァンの変態が同時に首を傾げる。

 

「鋼のようなのがイージス。炎のようなのがヘリオス。二人とも頑張るように」

 

「「(≧ω≦)/」」

 

 二匹が思わず自分達の名前だったのかとピョンピョン跳ねて喜ぶ。

 

「初仕事。四卿の打倒が終わったら、戻ってくる事」

 

 少年がエレオールを見やる。

 

「此処での決闘の観覧を許可する」

 

「ッ―――」

 

「終わったら、首都民と衛星都市への映像を流す。もう種族連合の軍には話を付けてある。これで戦争が終わる。四卿の敗北はヴァルハイルの戦意を挫く材料として活用させて貰う」

 

 少年が背を向けて去っていく。

 

 それでも逃げられないと知るからこそ、彼女は残された四卿達を前に泣きそうな顔で頭を下げた。

 

「頭をお上げ下さい。アレ相手では角の騎士とて何ら出来る事は無いでしょう」

 

『我らは我らの道を征くのみ。どうか、ヴァルハイルの未来を。聖姫殿下』

 

 背後の軍には今までのやり取りが流され、誰もが固唾を呑んで見守っていた。

 

 四卿は意を示したのだ。

 

 敗北が避けられないのならば、それでもヴァルハイルに必要なのは諦めぬ意志、生き残るという意志ばかりだ。

 

 四卿の二人は確かに強い。

 

 強いが強い以上ではない事は彼らとて知っている。

 

 一騎当千であった黒征卿や集団を統率する力と武勇に長けた器廃卿。

 

 この二人程の力の無い彼らにとって、暗に死ぬまで戦えというのは現実的な戦力的側面よりも実質的にヴァルハイルの士気と戦意を挫くものだと分かっていた。

 

 相手の望むのが安定したヴァルハイルの制御。

 

 で、あるならば、自分達が生きていては問題になる。

 

 そんなのは言うまでもなく彼らには自明。

 

 代えが効く自分達が最も有効な手段でヴァルハイルを支える事は決して彼らにとって無為な死では無い。

 

 どの道、王群の蹂躙が始まれば、種族連合もニアステラも対処を要求される以上、ヴァルハイルを滅ぼすのではなく使うしかないのだ。

 

 となれば、そこで発言力を有するのは敗北した国家ではなく。

 

 武勇と誇りと自らの優位性を示した国家であるはずだ。

 

 己がその顔役であるならば、敗北するにしても敗北の仕方は正しく彼らにとって重要な仕事であり、命を賭して遂行するに値する任務であった。

 

「―――頼みます」

 

「『お任せあれ』」

 

 男達の顔には笑みがある。

 

 今までずっと四卿の多くが感情というものが左程無いかのように思っていた彼女が初めて……そう初めて男達を真に頼もしいと思った。

 

 彼らが超越者然として振舞っていたのはそう在るべきだと自らに課していたから。

 

 それは決して特別ではない。

 

 彼女もまたそうだったのだから。

 

 それをようやく知った彼女は泣く己の頬を両手で戒め。

 

「はい!!」

 

 前を向いて決意した。

 

 例え、どのような最後だろうと決して彼らの決意を無駄にはせぬと。

 

 そうして、彼らがエレオールから離れていく。

 

 その背後にはイージスとヘリオスの二匹が続いた。

 

 そして、100m程離れたところで二匹と一人と一本が相対する。

 

「此処で貴様らを倒してしまったら、恰好が付かなそうだ。まったく」

 

『同意しよう。畏れるべき蟲共よ。我らを蜥蜴と侮るな……此処にいるのは貴様らにも届く刃……おっと、刃とヴァルハイルなのだから』

 

 互いに協力しての共闘。

 

 片手に剣を持ち。

 

 胸の手前で掲げたラグスとボウッと自らの肉体たる剣身に魔力を纏わせたガーハイルが構えを取ったのを見て、二匹もまた初めてのお仕事に油断せず構える。

 

 だが、それは男達にも少し意外だっただろう。

 

 イージスと呼ばれた蜘蛛が自らの身を縮めると巨大な甲殻の盾のように変貌し、全身がキラキラと輝きながら縮小され、人が使うにはやや大きい程度の代物となった。

 

 それを紅の蜘蛛がヒョイと片手に装着する。

 

『我らの真似か?』

 

「味な真似を……まぁ、いい。始めよう」

 

『姫殿下の心臓にいつまでも負担を掛けるわけにも行かぬからな』

 

 四卿が同時に攻めに入る。

 

 その俊足は正しく少年の蜘蛛脚による高機動にも劣らない。

 

 秒速で400m以上の音より早い一撃が猛烈な乱打。

 

 突きの形で放たれる。

 

 しかし、イージスを握ったヘリオスがその刃を甲殻で弾きいなしながら、ラグスの隙の無い攻めに対応して見せた。

 

 だが、四卿もまた息を合わせ相手を解析しつつ、攻撃の攻め手を組み立てる。

 

『(炎の方の体に触れるな。恐らく、致死性が高い)』

 

「(そんなところだろうな。だが、盾の方の力が解析出来ていない)」

 

『(霊力による物質操作だろう。鋼鉄騎士の戦闘記録で見た。だが、限界はある)』

 

「(能力で掌握される可能性は?)」

 

『(我が体はヴェルゴルドゥナ程ではないにしても、他の呪紋の効果に対して9割近い遮断率を誇る。掌握は鈍いと見ていい。問題は物質的な強度と硬度、靭性で負ける方だ)』

 

 突きに絡めて、軽く右左斜め上下と言うように僅かに相手の盾と捌き方が見極められる。

 

「(蜘蛛の癖に人の剣術を理解している? これは……古い書物で見た。教会騎士の防御手法に近い。歩法による間合いの完璧な制御。移動をほぼせず立ち向かう相手の凶器の受け止め方。恐らく、教会騎士を配下に加えたか。いや、神聖騎士、なのか? こいつら自身が……)」

 

『(可能性は高い。一次解析が完了した。奴らの体裁きや防御には慣れたな?)』

 

「(無論。誘っているな……本気で来いと)」

 

『(恐らくだが、炎の方には実体が無い。呪霊ではないが、霊力の塊でもない。物質として存在はしているが、その密度があまりにも薄い……)』

 

「(気体の化け物だとでも?)」

 

『(密度は水に近い。だが、質量の流動性は完全に気体のようなソレだ。この物質……いや、コレは……霊力による物質制御に近いのか? 魂魄による物質への干渉……解せ―――)』

 

 ビキリッと剣の内部に一本の罅が入る。

 

「(どうした?!)」

 

 ラグスが今までの息を付かせぬ攻めを止めて距離を取る。

 

 それと同時に剣の中のガーハイルの姿に一本の罅が入る。

 

『(く、くく……まさか、この百年で一番の驚きだ。この紅の蜘蛛は……物質でありながら、霊力でも通常の細胞でもない未知の方法で動いている)』

 

 ガーハイルが伝える一瞬前。

 

 ヘリオスが一歩足を引いて、イージスを手放していた。

 

『(左程持たん。ヤツの肉体からの侵食は致命傷だ)』

 

 だが、その手に己の体と同じ色合いの紅の剣が現れる。

 

 猛烈な切込み。

 

 真正面から唐竹割が叩き込まれた。

 

 その正面の一撃を回避しようとしたラグスがその瞳で瞬間的に停止するように減速した世界の最中……相手の攻撃を見切ろうとして知る。

 

 剣そのものが分岐していく。

 

 凡そ150倍の速度の世界に対応した神の血肉食らいし血統。

 

 白鱗とは全ての色合いを映し出す鏡。

 

 その力の一つが教えてくれる。

 

 銀に煌めく瞳。

 

 銀鱗は最も硬き鱗の竜。

 

 しかし、その本質は瞳を護る瞬膜と呼ばれる器官に由来する。

 

 竜神の力の一部。

 

 その最も硬い部位は逆鱗ではなく。

 

 脳と直結する瞳を守る膜であった。

 

「(受けられん?!)」

 

 ラグスが俊足で後方へと瞬時に距離を取る。

 

 一足300m近い移動速度。

 

 だが、次の刹那にはもう蜘蛛が彼の横に付けている。

 

 その手には紅の剣があり、彼の超高速の世界を視認する瞳でようやく捕らえられる程の速度で伸縮し、同時に形態を変化させ、変幻自在に間合いによって剣以外の刃物へと変貌している。

 

「(だが、限界はあるはず!!)」

 

 ラグスがガーハイルに流し込んだ魔力が剣身の周囲に真空の領域を生み出す。

 

 相手が早過ぎて攻撃を受けねばならないならば、受ける場所を限定すればいい。

 

 剣の一部に今の彼が持てる防御呪紋を集約。

 

 高速で編んだ譜律がガーハイルによって最適化され、黒征卿並みの速度で相手の刃を自分の最も防御が熱い領域に吸い寄せて―――弾く。

 

『ッ―――』

 

「(まだ持て!! 二撃目の切り替えしで体を散逸させる)」

 

 紅の刃はやはり致死性が高いらしく。

 

 ビキリと刃には再び罅が入っていた。

 

 だが、それでも攻撃そのものは弾いた。

 

 たった一撃ではある。

 

 が、それは同時に相手が絶対ではない事を彼らに教えてくれる。

 

「(エーベンヌ……ヤツの技に倣うのは癪だが、この体ならば、耐えられよう!!)」

 

 白鱗卿。

 

 その真価は瞬時に肉体より必要な始祖竜の力の一端を引き出す事。

 

 蒼鱗。

 

 神の爪より出でた竜の力が瞬時に腕を染め上げ、剣に注がれて、その刃すらも変貌させる。

 

「(竜神の不死殺しの爪よ。我が剣に宿りて敵を切り裂け!!)」

 

『(支援する)』

 

 諸刃だったガーハイルが片刃と化し、刃そのものが青い爪の如き流線形を描き出して、ヌラリと輝きを帯びる。

 

「(双碗開放【蒼竜爪神剣】!!!!)」

 

 ラグスの体が横凪の一線を相手に打ち込む為に加速した。

 

 前に前に進む体はヘリオスの横を通り過ぎ様に相手の剣を絶ち割りながら横から胴体を割いて抜けていく。

 

『(避けろ!!!?)』

 

 彼は己の背後に殺到する蜘蛛脚の一つから伸びた剣が高速で付いて来るのにギリギリで剣による防御を間に合わせながら距離を取るようにして相手の後方へと加速。

 

 辛うじて剣を上に弾いて回避しながら更に距離を取る。

 

 しかし―――。

 

「(上?! こいつ!!? 不死殺しの刃を受けて尚死なぬのか!?)」

 

『(違う!! ヤツの肉体を良く見ろ!!)』

 

 ラグスの銀の瞳がヘリオスの切り裂いたはずの胴体が必要以上に半ばまで開きのように広がりながらも内部に一切の内臓器官らしきものが無いのを確認する。

 

「(一切、攻撃が当たっていない?! 断面ではない!? こいつ自分から肉体を此処まで変形させるのか!!?)」

 

 常識的な肉体ではないヘリオスによる剣がラグスの手にあるガーハイルによって三度ぶつかり合いながらもいなされる。

 

 しかし、同時にその剣身には罅が幾つも連続で入り続けていた。

 

「(一撃目が入る事が前提の二撃目だ。吹き散らすにしてもこの変形速度―――間に合うか!!)」

 

『(紫鱗の力を使え……)』

 

「(まだイケるな!! ガーハイル)」

 

『(当たり前だ!! だが、長くは持たんぞ!! 後、3撃でこの体が破壊される!!)』

 

「(心得た!!)」

 

 男達の闘気が燃え上がる。

 

 魔力を、命を、気迫を、肉体を燃やす彼らの体が瞬時に変貌する。

 

「(汗腺開放)」

 

 紫鱗。

 

 それは神の肉体を守りし、彼のモノの血から生まれた。

 

 猛烈な腐食、侵食機能を持つ血液は返り血となれば相手を滅するが、それを常に雲や霧の如く身に纏えば、敵を内部から殺す劇毒ともなる。

 

「(【紫雲大河】!!!)」

 

 ラグスの肉体から噴き出した紫色の気体が猛烈に拡散しながら、野外だと言うのに数百mにも渡って世界を隠していく。

 

 だが、ヘリオスの肉体は僅かに紫色に染まって、絵具のようにグラデーションを掛けられていたが、それでも塗り潰されてはおらず。

 

「(これに耐えるのか!? ドラクの標準装甲が1秒で融解するのだぞ!?)」

 

『(だが、効いている!! 動きが先程の8割まで落ちた!!)』

 

「(叩き込む好機か!! 紅鱗を使う!!)」

 

『(此処で決めろ……こちらも持たん)』

 

 言われた通り、ガーハイルの体もまたラグスから噴き出した霧に侵食されていた。

 

「(行くぞ。口喉開放)」

 

 ラグスが己の肉体の表皮と衣服が全て溶け落ちる最中、大口を開いた。

 

「(【紅竜光口波】)」

 

 己の顎が消えるのと同時に放つ全てを蒸発させる超高熱の光の束が瞬時にバラけながら回避行動を取るヘリオスを光の速さで追う。

 

 その肉体には大量の譜律が浮かび上がり、巨大な魔力による身体の強化と防護が同時に施されているのが分かるだろう。

 

 次々にバラけた光の一部が槍の如くヘリオスを貫くが、その紅の剣が瞬時にラグスの心臓を目掛けて飛び込んでくる。

 

 それを剣で瞬時に弾き、口内というものが消え去った男が光線を終息させる。

 

「(まだ甘い!! 我が身に発現せし、最後の力を……ッ)」

 

 黄鱗。

 

 胸元の鱗が全面から金色に輝く。

 

 竜神の肉体より生まれ落ちた竜は銀の鱗に次ぐ硬さを持った存在だったが、それが本質ではない。

 

「(全鱗開放【金剛昇華光】)」

 

 黄金に輝く顎無き男の全身の鱗がチリチリと音を立てた。

 

 途端、彼の周囲360°。

 

 真球状の空間に在るあらゆる物質が昇華されていく。

 

 蒸発していく。

 

 熱量ではない。

 

 物質そのもの。

 

 質量の根幹である原子核が崩壊させられて、全てが素粒子となって飛散していく。

 

 黄金の本流の最中。

 

 それでも紅の蜘蛛は存在していた。

 

 だが、その肉体はまるで朧で解け掛かっている。

 

 が、それはラグスとガーハイルもまた同じであった。

 

「これで、終わりだ」

 

 構えを取ったラグスが物質昇華能力で己すらも滅ぼしながら力が最も強く働く至近距離まで瞬時に距離を詰めて、相手に剣を振り下ろす。

 

「(回避出来まい。この状況で体の体積や密度を薄く延ばせば、その途端に貴様は死ぬ)」

 

 ガーハイルの罅が限界に達しながらもヘリオスを貫く。

 

『(竜属性系神呪紋【破竜却】)』

 

 刃に上乗せされるのは伝説の呪紋。

 

 嘗て、神世の頃にヴァルハイルの偉人に授けられた敵の魂を直接滅ぼす呪紋。

 

 例え、それがどんなに硬い装甲を持っていても問題ない。

 

 神聖騎士を葬り去った者達が用いた唯一の系神呪紋は刃を僅かに黒くするだけだが、それが竜神の黒き鱗に宿っていた不死殺しの力の一端であった。

 

 蒼と黒の不死殺しの能力。

 

 それが同時に開放され、ヘリオスを跡形もなく消し飛ばしていく。

 

 そうして、フッと全ての祖竜達の力が消えた。

 

 限界―――ラグスが倒れ込みそうになり、ガーハイルが己を動かして、罅割れだらけの剣身で支えた。

 

「……かっは、な」

 

 もはや舌も無く。

 

 喉も無く。

 

 呪紋での発音すらロクに出来ず。

 

 男が戦友たる相方に笑う。

 

『まだ、一匹、残っているがな―――』

 

 その時だった。

 

 パキンパキンと限界に達したガーハイルの剣身が音を立てて剥落していく。

 

『……な、ん、だ、と』

 

 ゴボッと剣身に映る男が己の胸元を見やる。

 

 剣の中に映る男の胸からは紅の剣が飛び出していた。

 

 同時に罅割れた剣の内部から紅の気体が噴出していく。

 

 侵食。

 

 そう、最初からガーハイルへと己を入れ込んでいたヘリオスの攻撃による侵食痕が今やヘリオスそのものとなって内部から増殖しながら、相手の魂を糧に食い破る。

 

「かーはいっ―――」

 

 叫ぼうとしたラグスの胸がガーハイルの剣身の中程から突き出した紅の剣によって貫かれる。

 

 同時に胸を貫かれた男達はハッと遠方で自分達を見ているイージスを見やる。

 

 その鏡の如き甲殻の最中には紅の蜘蛛がいた。

 

 映り込んだ相手の場所は―――。

 

「『ッ』」

 

 ドサリと倒れ込んだ男達の上に紅の粒子が吹き上がり、クレーターの中心部でガーハイルから這い出たヘリオスが剣を遥か天に掲げると、その遥か上空に浮かび上がるシルエットがあった。

 

 ソレに向けて、シュルシュルと紅の蜘蛛が吸収されていく。

 

 そして、姿を露わにしたのは真のヘリオス。

 

 15m程のソレが遥かに巨大な威容を露わにして男達の上空でキシャーッと勝利の雄叫びを上げ、ヒョイッとイージスの横へと降り立った。

 

「………(最初から分身、か。あの残されたイージスとか言う蜘蛛は観測役……我らは影絵に踊る人形と殺し合いをさせられて……ぅ……)」

 

『(抜かった。奴ら……我らを取り込めぬと見込んで、攻撃方法をわざと引き出させた……遺体を蜘蛛にせぬという類の契約が行われていたとしても、情報と実際の攻撃を受けた蜘蛛……呪紋も殆ど使っていなかったとなれば、その間に何をしていたのか。く、くくく……盗られた、な)』

 

 ガーハイルは自分達に向けて無数の紅の子蜘蛛が行進してくるのを確認した。

 

 そして、その蜘蛛達に今まで自分達が使っていた攻撃方法。

 

 祖竜の力の一部が発現しているのを確認する。

 

『―――感謝する。これでカルトレルムの手の内が少し分かった。四卿の能力で調べたい事は全て調べさせて貰った。もう用は無い』

 

 2人の周囲に声が響く。

 

 ソレはもう傍で自分達を包囲する紅の蜘蛛達の一匹から発されるものだった。

 

「『………』」

 

『有難く。この系神呪紋と各種の能力は貰っていく』

 

 少年の声に男達が立ち上がろうとするが、肉体は一切反応しなかった。

 

「このぬふっほ、へぇ……ッ」

 

『ぐ、紅の蜘蛛の本当の能力は―――』

 

『アレは謀略に長けた存在から生まれた。剣の腕よりも、呪紋の多彩さよりも、あの能力よりも、機を見て、致命的な情況を構築する事、相手を確実に屠る為なら何だってする冷酷さこそが最たる力。他はおまけでしかない』

 

『ッ……相手の能力を直接間接取り込む、能力吸、収型……か』

 

 ガーハイルが胸の致命傷を抑えながら青い顔で皮肉げな表情を浮かべる。

 

『敵から攻撃を学んで、取り込み再現する力。ヘリオスは呪紋を介さず相手の血肉を侵食、能力を己に受けて適応……そうして相手の資質、能力、呪紋を己に写し取って手札にする。最強の後手学習型』

 

『「ッ」』

 

『どんな即死状況でも易い体なら、これ程にヴァルハイルにとって致命的な存在も無い』

 

 紅の蜘蛛達が男達を次々に覆い始める。

 

『そして、同じ呪紋を持つ眷属から全ての能力を得られる抗神属性学習呪紋【ヴェルゴルドゥナの高配】……これで相手の手札は神であろうとも全て手に入れられる……蜘蛛にする必要性すら無い』

 

 2人の男は紅に埋もれていく視界の最中。

 

 最後に自分達の名前を呼ぶ兵と姫の叫びを聞いた。

 

 そして―――夕暮れ時を待たず。

 

「『(どうか、我が国よ。幸い、なれ……)』」

 

 オクロシア国境域には新しい地形がまた増えたのだった。

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