流刑貴族の追放記-極獄と呼ばれた果ての地にて-   作:Anacletus

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第76話「ニアステラの災厄Ⅲ」

 

「……ねぇ。アルティエ」

 

「?」

 

「良かったの? あの人達倒しちゃって……」

 

「もし倒してなければ、ヴァルハイルの亜人は絶対に裏切る。希望は必ず反乱を呼ぶ。そんなのに構っていられるような状況じゃない。二人相手だと蜘蛛に出来る程、弱くもなかった。そもそも蜘蛛脚は新しいのをウリヤノフに頼んでる最中」

 

「そっか……」

 

「それにもし蜘蛛脚があっても、今回は使えなかった」

 

「え?」

 

「恐らく、一人で挑んでたら負けてる」

 

「そ、そうなの?」

 

「相手の不死殺しの手札と黒征卿の技も真似られ、祖竜の力を持つ肉体。譜律を練り込んだ呪具の高速詠唱支援による各種の能力の倍増。カルトレルムの能力。どれを取っても、初見で戦うのは愚策」

 

「だから、あの新しい子に?」

 

「ヘリオスは紅のサヴァンの力を色濃く受け継いでる。あの呪霊じゃないのに呪霊よりも自在な体は蜘蛛脚で倒した時に魂を極限まで散逸させた事で偶然そうなっただけ。でも、戦い方の基本は呪紋や他の能力があっても変わってない」

 

「そうなの?」

 

「相手の力量を見て、手の内を確認し、適材の人材を配置して、自分に優位な情況を作って、致命的な部分で手札を全て賭ける」

 

「へ、へぇ……何かスゴそう」

 

「エルコードになってなかったら、1000万回くらい負けてる。たぶん」

 

「そ、それは言い過ぎだよぉ~~」

 

 少年は実際、負け続けた過去を思う。

 

 何度挑もうとも何度戦おうとも、出会って最初に一撃死させることが出来なければ、どうにもならない敵。

 

 そんな理不尽こそが紅のサヴァンだった。

 

 一度でも分析されると不利な情況を延々と押し付けられて負ける。

 

 故に一度もサヴァンと戦わずにどうにかするルートを構築し、何度も再試行した事もあった。

 

 それすらも実際には何処かでサヴァンが野営地そのものを標的にして、何処かで滅ぼそうと画策していたのではないかと少年は睨んでいる。

 

「あ、そう言えば、あのイージスって子は何をしてたの?」

 

「観測と誘導」

 

「観測と誘導?」

 

「ヘリオスは上空で自分から分けた分身を操ってた。でも、実際には操るのに必要な情報の大半を取得出来てない。魂を分けた存在を自分の思い通りに動かすには分体の情報だけじゃなく周辺環境の情報も必須。でも、周辺は敵の呪紋や能力で魂の疎通が不可能なほどに荒れてた」

 

「あ~~確かに紫の煙とか、黄金の光とか。スゴイ周りを破壊してたよね」

 

「イージスはエルタ・オル。恐らく神聖騎士で一番硬い後衛が変異した蜘蛛。その最大の特徴は硬さの方じゃない」

 

「そうなの? でも、盾になってたよ」

 

「アレは確かに強い。強いけど、おまけに過ぎない。蜘蛛にしてなかったら、たぶん戦闘で倒し切るのに物凄く労力が掛かってた」

 

「そんなに倒し難い人だったんだ」

 

「そう。エルタの仕事は後方支援。イージスも同じ……盾の如き死に難さで途切れない支援を行う。後方からの情報支援や呪紋支援。他の蜘蛛達の能力を最大限に増幅して、引き出しつつ、各種の細々とした戦闘の雑務をやってくれる」

 

「スゴイ便利そうな能力の子なんだ」

 

「そう……後ろにいてくれれば、即死攻撃の大半も恐らく事前に察知して、回避もしくは発動前に相手を倒す算段が可能。あの二匹じゃなかったら、恐らくゴライアスでもフレイでも単独なら負けてる可能性が高い」

 

「おぉ……」

 

「あ、ご主人様。お茶を持って参りました」

 

「持って参りました」

 

 兄のシーシャと妹のリーシャ。

 

 兄妹メイドがイソイソと部屋にお茶を運んでくる。

 

「どうだった?」

 

「あ、はい。その……ヴァルハイルの姫様は沈んだ様子でしたが、お仕事は為さっていたようで今はあの四卿の部隊の説得に当たっています」

 

 リーシャがそう少年に告げる。

 

「なら、問題ない」

 

「問題しかないがな」

 

 横では角の騎士レメトロが今も不機嫌そうに少年を睨んでいた。

 

「貴様には人の心が無いと見える」

 

「ヴァルハイルになった神聖騎士の言葉とは思えない」

 

 少年に対してレメトロが辛辣な様子なのは言う必要も無い事であった。

 

 それが少年には少しだけ不可解で同時に自分が人間から遠ざかっているからこそ、そう思うのだろうかとも内心に言葉が響く。

 

「……フン。あの小僧と若造を殺した程度で粋がるでないわ。貴様に何が分かる。大陸より追放されたヴァルハイルに付き従い数百年。この身にしてみれば、この都の子らは遥か古き旧友達の子孫……例え、名を知らずとも我が子同然だ」

 

「竜神をこれから殺してもらいたいとか言い出す相手が家族面する理由は?」

 

「―――竜神そのものは我が使命とは関係ない。ヴァルハイルの者達が信仰しているのを眺めているが、同じになろうとは思わん」

 

「神とはそもそも面識が無い?」

 

「……一度だけ、聖域外延にある寝所を開いた時に謁見した。今の貴様でも届くかどうか。あの数百年前の大戦で主神同士の決戦が起った。イゼクスとの戦いで半身を失い。辛うじてイゼクスを退けるも力を失って教会に捕らえられた。亜人種族の絶滅ではなく追放を条件に教会へこれ以上の戦闘を終了させたと聞いている」

 

「カルトレルムと直接面識も無いのにどうしてヴァルハイルと一緒に来た?」

 

「……極々個人的な理由だ。貴様に話す理由も無い」

 

「それならそれでいい。大抵、身を持ち崩した騎士の理由は三つ。家、仕事、女のどれか」

 

「―――ッ」

 

 レメトロが苦々しい顔で少年から視線を逸らした。

 

「それで明日からのお世話はどうしましょうか? 食料を買い込んで来た方がいいですか? ご主人様」

 

 リーシャがそう訊ね、少年が首を横に振る。

 

「此処はこのままでいい。それよりも五大災厄の方に向かう」

 

「待て!? 貴様、ヴァルハイルを放り出していくつもりか!?」

 

「問題ない。この世界の時間はまだ進まない。此処からは明日じゃない」

 

「ッ―――やはり……」

 

 レメトロが少年を険しい顔で見つめる。

 

「今、推定で五大災厄がニアステラとフェクラールに到着しつつある。そちらをどうにかしたら、こっちを勧める。それまではあのお姫様を傍で支えてればいい」

 

「……はぁ、いいだろう。どの道……貴様の力無くして、新たな未来は……だが、忘れるな。高都は決して、ヴァルハイルは決して滅びぬと」

 

「滅ぼすつもりはない。それと技術の大半を全て接収させて貰った。蜘蛛達が現在のヴァルハイルにある研究施設を制圧中。今後は王群と戦う物資は送っても兵器は必要以上に送らせない」

 

「ヴァルハイルの主要戦力を王群との戦闘で磨り潰させるつもりだとしても、気を付ける事だ。今の皇太子も四卿になり損ねた者も決して過去の傑物に劣らぬ力を持っている。いや、それを超えていくだろう。貴様の思惑すらも連中は食うかもしれんぞ?」

 

「想定内。それならそれでいい。滅ぼせないものは滅ぼせない。でも、何事にも限界はある」

 

「何?」

 

「呪装局とヴェルゴルドゥナの配下は確保済み。あの蒼い騎士が造らせていたドラクもモルドも送られる前に抑えた。今は服従の呪紋を付けてニアステラに送る最中」

 

「ッ、い、いつの間に!?」

 

 レメトロの顔が激しく渋くなる。

 

「この二日間、何もしてないと思ってたなら心外。相手にとって一番致命的な部分を見分けるのは得意。聖王の前に竜神を倒すなら、それなりの準備が必要。神殺しまでは大人しくしてるといい」

 

「……失礼させて貰う!!」

 

 レメトロが肩を怒らせながら、少年の部屋のソファーから立ち上がって扉をバシリと閉めて出ていく。

 

 それにちょっと固まった妹を大丈夫と引き寄せた兄は少しだけ良い気味だと舌を出して、ヴァルハイルの味方らしい騎士を見送った。

 

「怒らせちゃって良かったの?」

 

 レザリアに言われて肩が竦められる。

 

「アレでも味方。今のところは……何もかもどうにもならなくなれば、裏切り自体がヴァルハイルにとって最悪の展開になると理解出来る。もうそろそろ……」

 

 少年が壁掛けの時計を見やる。

 

「オネイロス」

 

「あ、来てたんだ? この子とは面と向かっては初めましてになるかな。オネイロス。レザリアだよ。よろしくね?」

 

「( 一一)……」

 

 コクリと頷いたオネイロスが眠たげに丸まるとその体積が小さくなって、少年の部屋の窓から内部に入る時には1m程になっていた。

 

 ギュムギュムと自分を押し込んだ大蜘蛛は少年の寝台の足元のスペースに白い塊になってスポッと収まる。

 

「な、何か玉みたいな子だね。オネイロスって」

 

「やる気が無くて、眠るのが楽しみな性分」

 

「そうなんだ……あ、じゃあ、毛布敷いてあげる」

 

 レザリアが兄妹達と一緒にオネイロスを転がして定位置に毛布を何枚か重ねる。

 

 そして、コロコロと動かして毛布の上に納め、上からも掛布をする。

 

 すると、白い球の一部から脚がちょっとだけ飛び出して、指でグッと良い仕事です的なジェスチャーをして元に戻り、シュコーシュコーと寝息を立て始める。

 

「それですぐニアステラに戻る?」

 

「今日の昼には。その前に仕事を終えてくる」

 

「うん。分かった。リーシャとシーシャは?」

 

「二人は此処の蜘蛛達と一緒にエルのお世話。しばらくしたら戻って来る」

 

「わ、分かりました。ご主人様」

 

「帰って来るまで待ってますね。ご主人様」

 

「あ、そう言えば、アミアルちゃんどうするの?」

 

「……ニアステラまで連れて行く予定。家族と面会」

 

「そっか。今は小さくなっちゃったお父さんとお兄さんがいるんだっけ?」

 

「そう。今は館の自室にいる。お茶だけ持って行って欲しい」

 

「うん。了解。昼食は?」

 

「必要。じゃ、行ってくる」

 

 こうして少年は部屋を出た脚で今やゴーストタウンと化したヴァルハイルの市街地内部へと歩みを進めるのだった。

 

 *

 

 巨大な都市の落着に始まるオクロシアの混乱は最初からヘクトラスによって兵達が統制されていた事から基本的には問題なく処理されていた。

 

 多くの兵は蜘蛛達と共にヘクトラスの指示の元、都市を制圧するでもなく外延部に巨大な塹壕地帯を形成し、対抗用の呪紋を刻むのに時間を掛けていたし、四卿相手では殆どの兵が死を覚悟しながらも、相手を任された蜘蛛達の勝利で沸きに沸いた。

 

 だが、それは同時にヴァルハイルの兵達にとっては絶望の一言で足りる事態であり、残された近衛と現地軍を吸収した南東部戦線から引き揚げて来た部隊はエレオールとの現地での会談中に泣き崩れこそしなかったが、四卿の壊滅を知らされて、武装解除と同時に都市の守備隊としてニアステラの傘下となる事を確約。

 

 内部から不満は出たものの。

 

 今、誰一人として傍に戦力も無いエレオールを護れるのは自分達しかいないという隊長クラスの者達の言葉に苦渋の決断をした。

 

 そこにやって来たのは呪紋を用いる事が趣味になった蜘蛛達から選抜された呪紋大好き蜘蛛さんズ……リケイの弟子に当たる者達だ。

 

 彼らは複眼に呪紋をよく見る為のモノクルをビッシリ付けており、ちょっと頭が良さそうな感じにつば無しの黒い帽子を被る変わり種だ。

 

『(+ω+)/』

 

 極薄いレティクルが付いたソレは同時に呪紋の照準機能もあり、博識な後方要員兼戦闘時の後衛役としての役目を担っている。

 

『く、蜘蛛がこんな呪紋を……』

 

『だが、聖姫殿下を御一人で残すわけには……』

 

『四卿様達の努力を無駄にするな。今は耐えるのだ』

 

『ヴァルハイルはまだ滅びぬさ。例え、泥を啜ろうとも……』

 

 彼らヴァルハイルの兵隊が渋々という顔で服従の呪紋を受ける姿勢になると、次々に数万単位の者達が背後から首筋に魔力で刻印をされてゆき。

 

 流れ作業で多くが首都の守備隊として丸々取り込まれた。

 

 勿論、リケイ直伝の幼女化呪紋も込み込みである。

 

『おーい。こっちだぁ!! 隊長クラスのドラクは全部ニアステラ行きだぁ!!』

 

『武装は蜘蛛達に小さくして貰ってから鋼鉄製の箱に箱詰めしろよぉ!!』

 

『昼前に終わらせるぞぉ!! 消耗品の方も解析用に持っていくからなぁ』

 

『そっちの研究員連中はフェクラールの方面だぁ!!』

 

『丁寧に扱えよぉ!! こいつらがどう思ってようとヴァルハイルの頭脳だ。あっちの立て直しに使われちゃ敵わん!! ニアステラに送って働かせて初めてオレらの溜飲も下がるってもんだ!!』

 

 彼らの乗って来たドラクは次々にスピィリアやディミドィア達によってオクロシアの城の地下。

 

 北部初の黒蜘蛛の巣へと持ち込まれ、蜘蛛達によって次々にウルへと変貌させられ、ニアステラとフェクラールへと対五大災厄用の戦力として送られる最中。

 

 転移の遺跡は引っ切り無しに物資が行き交う最大の交易拠点となった為、もはや高都にとっても生命線となっていた。

 

『それにしても高都に食料なんぞ供給する必要あるんですかぁ!!?』

 

『馬鹿が!! ちょろまかすなよぉ!! あっちの聖姫とオクロシアの協定を破ったら、また再戦になりかねんのだ!! ちゃんと規定量は送れぇ!!』

 

『うーい。気は進まねぇが、背に腹は代えられないってヤツね……』

 

『今からヴァルハイルと滅びるまで戦ったら、次はオレらが王群と直接戦う事になるんだぞ!! 消耗した分だけオレらが不利に決まってるだろ!!』

 

『はいはい~~あ~~あの連中にこの肉を送るのは惜しいわぁ~~はぁ~~』

 

 そもそもオクロシアに高都の住民を全員食わせるだけの生産拠点は無い。

 

 ニアステラやフェクラールとの貿易が途絶えれば、都市は飢餓状態で物資の枯渇で死ぬしかない状況だったのである。

 

 ついでに言えば、雷や魔力を地脈や地熱から生成していたインフラ施設は活動休止中であり、それの再開の目途は立っていなかった。

 

 地下墓地から切り離された高都の地下は今や蜘蛛達に接収された施設から全ての知識と技術と人材がニアステラへと連れて行かれている途中。

 

 伽藍洞と化しており、その周囲にある地下遺跡の類と隣接する地熱発電と魔力の供給、魔力の積層化による運搬可能な燃料化設備の一角に少年は入り込んでいた。

 

 勿論、一人ではない。

 

「……で、新しい儲け口だってか? 此処が?」

 

「そう」

 

 歓楽街から直接連れて来られたマートンのトップ。

 

 三日月角のベクトーラ・ラクドは部下を引き連れて今や人っ子一人いない地熱発電設備を前にして腕組み中であった。

 

「あのなぁ? テメェ、分かってんのか? 今、ココ、アブナイ」

 

 もう片言になるくらいにベクトーラの言う事は事実だ。

 

「アニキ。オクロシア国境まで転移で高都毎飛ばされるとか。もう訳分かんない事になってますし、戒厳令で本来は外に出たら重罪ですよ」

 

「んな事分かってるよ!! あの地震の後にいきなり山岳が消えりゃ何が起きたか分かろうってもんだろうさ。つーか、下町が完全に日陰ド直球な地下街より地下街みてぇになったし!!? 蜘蛛共に滅茶苦茶見られたし!!?」

 

「問題ない」

 

「問題しかねぇ。で? 誰の許可だ?」

 

「聖姫エレオール」

 

「―――あ~はいはい。もうツッコミは無しだ。で?」

 

 ベクトーラの呆れたというよりは諦めたような顔に少年が肩を竦めて、周辺空間を明るくする為に呪紋で光源を天井に複数放って、施設の全景を彼らに見せる。

 

 巨大な熱量を用いて発電する水蒸気タービン式の発電施設群。更には地脈を吸い上げて魔力化する巨大な魔力吸収用の塔型炉心が存在する空間は今は停止していながらも未だ籠った熱で汗が吹き出しそうな様子で鎮座しており、周囲には非常停止中の施設修復用の箱型呪霊機が大量に近辺の壁にある待機用であろう蜂の巣型ユニットにぴったりと収まっていた。

 

「今まで此処を管轄してた人材が全員ニアステラに接収されて、動かせる人員がいなくなって保守管理も不可能。更に再開発中だった地下の軍用設備と各種のドラクの製造工場や先進技術の研究施設も人材が消えて廃墟になる最中」

 

「だから?」

 

「買った」

 

「は?」

 

「聖姫エレオールからの条件は3つ。直ちに施設を動かして施設を復旧させる事。復旧させた施設と工場群で造られる全ての生産物に適正な価格を付ける事。流通は全てニアステラとオクロシアの管轄なので、後はそっちで話を付けて欲しいって」

 

『………(コイツは冗談なのか)』

 

 ざっくりと部下達がそう内心で同じ事を思った。

 

「幾つか聞きてぇんだが、買ったってそんな資金何処からせしめた? つーか、ニアステラが此処を占拠してるんじゃねぇのかよ」

 

「ニアステラとオクロシアへの条件付き降伏で人材を根こそぎ奪われて戦争継続は不可能。四卿も全員死んで再建は未定。ニアステラからの条件で現行の人材は一切重要区画を使えないように制約。つまり……」

 

『つ、つまり?』×一杯のマートン幹部な学生達。

 

「組織力が残ってて、ある程度良い学業成績の人材がいて、高都中に伝手があって、ニアステラに反抗する理由が無い集団に丸投げ。価格は驚異のパン一つ分」

 

「は、ははは、はぁぁぁ(´Д`)」

 

 ベクトーラが虚ろな視線になる。

 

「つまりだ。オレら以外の組織が全部消え失せて、戦争とは程遠いマートンの組織力と若い連中しかいない事に目を付けた聖姫が儲けと引き換えに大人連中がやってた仕事を全部代替しろと?」

 

「そう」

 

「そう、じゃねぇぇええええええええ!!? それアレだろ!? オレらが失敗したら高都が滅びるヤツだろ」

 

 思わずベクトーラが爆発した。

 

「そう」

 

「ッッッ、ついでにオレらが少しでもしくじったら、種族連合と再戦になるやつでもあるよな?!」

 

「そう」

 

「コ、コイツ……聖姫に売り込んだのテメェじゃねぇだろうな?!」

 

「勿論、売り込んだ」

 

 少年が親指を立てて、仕事をしましたアピールをする。

 

「これでベクトーラ・ラクドは高都の名実共に支配者。ちなみに技術や知識の類はニアステラの蜘蛛達が監督役で付いて来て教えてくれる」

 

「種族連合を裏から牛耳るニアステラやフェクラールの連中とパイプ作って、頭下げろって事だよな? 違うかテメェ!?」

 

 半泣きのベクトーラはもう笑えばいいのか泣けばいいのか分からんという顔になる。

 

「頭は下げなくていい。ちゃんと仕事をして、ちゃんと儲けを出して、高都の抜けた人材の穴を埋めつつ、復興して、賠償金になる予定の税金を収めつつ、守備隊や他の大人達が自滅しないように反乱抑止の目になってくれれば、問題ない」

 

「問題しかねぇ……オレは一度だってテメェに高都の帝王になりたいとか言った事無ぇよな? なぁ?! あのな!? 誰が燃え盛る火事現場に飛び込んで仕事してぇんだよ!?」

 

 少年が肩を竦めた。

 

「ちなみにマートンがやらないと高都の施設が壊滅して、高都そのものを他の亜人に売却して、ヴァルハイルが追い出される。政府関連施設の大半は人員がいないだけで済む。でも、生産現場が動かないとヴァルハイルそのものの賠償額を返す当てが無いと見なされて、全部抵当に入ったのと同様……全部オクロシアやニアステラの利権として売り払われて、戻って来なくなる」

 

「うぐぐ、こ、こんな時だけロクシャの園の連中みたいな賢しらな事言ってんじゃねぇ!? テメェ、脳まで筋肉で出来てるような暴力権化だろ!?」

 

「ロクシャの園で試験を受けたら実技は暫定1位。知識関連の試験はパス」

 

「ぬぅぅぅぅぅぅああああああああああああ!!!?」

 

 頭が爆発してしまうのではないかという顔のベクトーラが叫んだ後。

 

 グッタリと体を俯けた。

 

「………いつまでだ?」

 

「2週間後までに電力と魔力の生産設備が動かないとオクロシアのものになる。勿論、賠償金が払えなくて、ヴァルハイルは滅びゆく種族第1位の座を獲得する」

 

「分かった。分かったよもう? テメェら!! 今から全構成員集めろ!! どうせ、手ぇ回してんだろ!!? 戒厳令下でも動かせるんだよなぁ!?」

 

「勿論」

 

「はいはい!! お膳立てお膳立て!? クソがヤケだ!!? テメェら!! この北部一の金持ちになりてぇヤツから死ぬ気で働け!!」

 

 ベクトーラが宣言する。

 

「ケツはオレが持つ!! 有能そうな学生何処からでもいいから引っこ抜いて来い!! 大抵のもんはくれてやるってな!!」

 

 周囲の幹部達はざわついていた。

 

 が、今の話を聞いて、故郷を失いたくないという顔になる者しかおらず。

 

「組織に入ってくれるなら、ヴァルハイルでなくてもいい!! 亜人だろうが、ドラグレだろうが、赤ん坊だろうが、敵だろうが、何だろうが!! 使えるもんは使うんだよ!! さぁ、仕事だぁあああああ!!!」

 

『ア、アニキィイィィ!!?』

 

 こうして、少年が聖姫から本当に昼飯として出したパン一つ分で取り上げた生産工場やインフラの大半をマートンが握る事となり、それは事実上、高都の支配者が変わった事を意味したが、その当人は諸々の事情を無視出来ない仁義の人の二つ名を発揮。

 

 それから少年の事なんて気にしている暇も無く忙しく人員の教育と生産施設の再開に向けて現場を監督し、裏稼業ならぬ表稼業でヴァルハイル最大の利権を回す仕事の鬼となったのだった。

 

 そして、そんな彼らに色々教えてくれる蜘蛛達は少年が彼らに渡した端末型呪霊機に入っていた当人なので何故かあらゆる自分達の情報を知っているという状態。

 

 既存のマートン人員はこうしてやけに自分達に詳しい恐ろしい蜘蛛と手持ち式看板でコミュニケーションを取りつつ、施設の復活に向けて動き出したのである。

 

 *

 

 少年がヴァルハイルの為に一肌脱いで仕事を知り合いに押し付けてから1時間後。

 

 その姿は地下ではなく。

 

 今度は地表のロクシャの園に移っていた。

 

 理由は単純。

 

 アーカ家から仕事現場へと移った聖姫エレオールがロクシャの園の生徒会室を借り受けて、高都の現状で必要な仕事をしているからだ。

 

 少年はしばらくずっとヴァルハイルとして生活していた為に知っていたが、聖姫というのは聖王。

 

 つまり、ヴァルハイルの頭と左程変わらないような称号であり、次世代の王が逝去した場合などには女王もしくは新たな聖王の母となる事を宿命付けられている。

 

(眠らず仕事してる……後で蜘蛛達から秘薬を飲ませるように指示……)

 

 結果として、殆どのヴァルハイルが現在も家にいるロクシャの園はガランとしているものの、多くの数少ない残った文官系人材達がほぼ寝泊まりする地獄の戦場と化していた。

 

『こ、こっちの書類、蜘蛛達に回して、衛星都市の市長宛てよ』

 

『皇太子殿下達が手を回す前にやらないとまた再戦で高都が消えるわね……』

 

『とにかく、衛星都市の各所に通達と連絡を』

 

『徹底抗戦派を都市から引き剥がす工作はこちらで』

 

『ああ、もう?! シシロウの連中がいないのが本当に響く!?』

 

『何処で何やってるのよあいつらぁ!?』

 

 彼らの周囲には護衛兼見張りの蜘蛛達と種族連合の窓口役であるヴァロリアの集団が混然一体となって喧々諤々と議論やら条件を詰めており、首都に関しての意思決定は全て聖姫に集約され、同時に他の政治や諸々の意思決定者及び実際の高度技能人材の多くが服従の呪紋を刻印された後、ニアステラへと移送。

 

 最終的に幼女になるか。

 

 もしくはニアステラに協力するか。

 

 その二択を突き付けられて、家族での移住を余儀なくされていた。

 

 人の心は分からないというが、生憎と人の心を覗き放題にしてくれる呪紋の権化に近しいリケイとリケイが鍛えた蜘蛛達が犯意在りと見なした人材は幼女化確定なので隠す事に意味は無い。

 

『あけてくれーおーい!!』

 

『あら? お嬢ちゃん、何処の子かしら?』

 

『なにをいっている!? ワタシだ!!』

 

『わたし?』

 

『このがいけんではわからぬかもしれないが、モールテンだ!!?』

 

『あのね? お嬢ちゃん……ウチのご当主様は髭面の巨漢なのよ?』

 

『ふぐぅぅぅ!? しんじてくれぇ!? ほんとうにもーるてんだぞワタシはぁ!?』

 

『あのね? 今、ご当主様は姫殿下のご警備で……』

 

『はいぼくしたのだぁ!? そして、あのにくきくもどもにようじょにされたのらぁ~~!!?』

 

『はぁ、本当に何処の子なのかしら?』

 

『おまえにゆびわおくったろぉ!! きんざいくのうらにおまえのなまえをかいたやつぅ!! ほかにもよるはしっぽもからめてただろぉ!?』

 

『ま、まぁ!? なんてませた子なの!? そんな誰でも言えそうな事を言って……と、とにかくウチのご当主様はこのような幼女ではありません!!』

 

『あ~け~て~~ふぐぅぅぅぅ!!? せいひでんか~~~!? どうかごせつめいしてくだしゃいぃぃぃぃ』

 

 結果として幼女にして開放された殆どの人員が親族家族から見知らぬ主人の名前を騙る幼女扱いされて、蜘蛛と聖姫の側近達によって事情を説明されて家族の意識を昇天させる例が相次いだ。

 

 結果、これを見た幼女化したくない者達は家族とヴァルハイルの未来の為にというお題目も突き付けられて、全ての技術や知識を蜘蛛達やニアステラの子供達(幼女にされてない層)に教育するというお仕事をする事に同意。

 

 左程の反発も無く。

 

 結果として現在、高都はあらゆる人材が引き抜かれて瓦解寸前の状況で自転車操業する中小企業みたいな有様。

 

 有能な人材を酷使し、余計な事を考えさせないという点でも順調に占領中であった。

 

「……大丈夫そう」

 

 少年がこっそりと生徒会や周辺地域の幼女化した者達を呪紋で覗いた後。

 

 蜘蛛達によろしくやっておくように言って、スタスタ地下リングへと降りていく。

 

 昼前に済ませなければならない話はベクトーラのものを含めて二件。

 

 その一つが先日少年が他の学生と戦った際の場所で床几に座って待っていた。

 

「ナルハ・クラミル生徒会長」

 

「………」

 

 少年がそう呟くと。

 

 目を見開いた生徒会長がリングの中央に置いた床几から立ち上がる。

 

 その腰には剣が一つ切り。

 

 だが、装束は法衣姿ではなく。

 

 戦装束なのか。

 

 軽装のハーフプレートに動き易い布製の衣装であった。

 

 その鱗は蒼い煌めきに満たされ、気合と魔力が充溢している事を示している。

 

「やぁ、アル・アーカ。どうやら君は我々の予想外を軽く超える存在のようだ」

 

「何の用?」

 

「ふむ。言わずとも良いわけではない、か」

 

「そういうもの」

 

「ふふ、ある意味で角のヤツが不憫だな。こんなの相手に大立ち回りする事も出来ず。鬱屈ともう関係ないはずの未来の為に仕事をし続けてくれるなんて、頭が下がるよ」

 

「知り合い?」

 

「ああ、私の師だ。今は友人と言ったところかな」

 

「不老?」

 

「いや、老いているとも。私は蒼鱗の血筋でね。昔、ヴェルゴルドゥナが若い頃に四卿をしていた。四卿とは元々が【七鱗(セブンス・ロア)】で残された始祖竜達の一族。その当主もしくは最優秀者を出し合って結成した諮問機関のようなものなのだよ」

 

「……不死殺しの蒼鱗」

 

「そうだ。カルトレルム神の爪から生まれた始祖竜。それが我らの始まりだ。この島に来る前、亜神として人と交わった竜達の末。その最後の1人が私だ」

 

 生徒会長ナルハ・クラミル。

 

 その瞳は薄っすらと蒼く輝く。

 

「要件を生徒会長」

 

「アル・アーカ。いや、ニアステラの英雄よ。君に尋常なる勝負を挑みたい」

 

「此処で勝っても負けてもヴァルハイルの勝敗には関係無いとしても?」

 

「ああ、若者達を大勢死なせてしまった。最後に老人一人仕留めてみるくらいわけないだろう? 勿論、一人で君をやれるとは思ってもいない。だから、助っ人も連れて来た」

 

 少年がリングの周囲にズラリと30人近い者達を見る。

 

 その多くは30代から20代だが、中には明らかに亜神に片足を突っ込んでいそうな猛者の気配もちらほらとあり、更には彼らの背後には複数の若者達の気配があった。

 

 観客席にいるらしい。

 

「若い人は観客?」

 

「ああ、君をもしも滅ぼせないならば、それを見て貰いたいと思った者達だ。君に届き得ると判断した者を高都中から集めて来た」

 

「つまり、反乱に加わりそうな若者層?」

 

「ははは、そのつもりは無いが、君がもしも無様ならば、そうなる未来もあるだろう。君は余計な事はしないし、必要ならば全て皆殺しにするくらいの事は簡単にするだろう。だが、そうしていない。つまり、届き得ないと考えて此処に来た。ならば、その寛大な心で己の無様を晒さぬよう戦って欲しいな……精一杯の老人からの嫌がらせだ」

 

「心得た」

 

「あっさりだな」

 

「別に構わない。ただし、明らかに実力不足なのは振るいに掛けさせて貰う。四卿はヴァルハイルの未来を、若者達を信じて死んだ。此処で殺しはしない。それがこっちの目的にも必要になる」

 

「あらゆる敵を蜘蛛にして傘下に加えて来たと聞く。ならば、蜘蛛にされないよう努力しよう。我々も無様は晒せないな」

 

「それでいい」

 

 少年が片手を上げる。

 

「ナーカル・ロジック駆動開始。呪霊召喚【竜墓の守護者達】―――緋霊触媒100単位転移投入。【ナクアの書】写本参照」

 

 少年の脳裏でナクアの書の内容と能力を全て写し取った代物が起動する。

 

 同時に少年の周囲に複数の譜律の円環が浮かび上がり、高速で光の円と化して巨大な門を形成していく。

 

「異形属性変異呪紋【異種交胚】……四卿ラグスの重要遺伝形質の引用完了。真菌細胞より胚形成を開始。【ビシウスの根環濃縮液】を10ml添加。細胞増殖率830万%上昇(再上昇不可)」

 

 ブツブツと呟いている間に少年が形成した門が開いていく。

 

「全形質を複写。導入完了。増殖終了。【呪神獣】召喚」

 

 少年一切の妥協無く。

 

 極小規模の戦闘で終わらせる為に形成した門が開かれるとその内部から人程度の大きさの人型竜達が六体と人型の存在が一体。

 

 門を超えて現れる。

 

『―――馬鹿な』

 

 誰かが呟いた。

 

 そして、またナルハもまた汗を一筋。

 

 その何の魔力も感じられない人型竜達を前に一滴落とす。

 

「七鱗を模倣、したのか? いや、呪霊召喚? まさか、墓守の呪霊を受肉して……規模は違えど、この威圧感……我らが祖竜の近親に近しい。ふ、ふふ、あの頃……あの頃のようじゃないか。ああ、懐かしくすらある。はぁぁ……」

 

 ナルハが六匹と一人が出現すると同時に約半数の戦闘参加者が地表に手を付いたのを見て、溜息を吐いた。

 

「これが最低限の足切り。此処で倒れるようなのは時間の無駄」

 

「言う通りだな。諸君。不死殺しが無い者は観客席に戻りたまえ」

 

 ナルハの声に半数以上が悔し気ながらも呻くようにして観客席へとヨタヨタと戻っていった。

 

 それもそうだろう。

 

 四卿であるラグスから得た祖竜の力の一端を映し込まれた受肉呪霊。

 

 それも全ての竜が人程のサイズでありながらも、明らかに都市一つ滅ぼしそうな威圧感で何とか抗って武器を構えた者達の半数は動きが鈍っていた。

 

「認めよう。君は我々の事を良く調べている。竜は竜に弱い。その受肉させたヴァルハイル最大の呪霊の威圧なんて受けて立っていられるのは少数だ。攻撃なんて食らおうものならば、我らは肉の欠片、血の一滴すら残るまい」

 

「掛かれ。行動不能にするだけでいい。いきなり集められて、戦わされる相手も知らなかった相手に対して大人げない事はしない」

 

 その言葉に何とか武器を構えた者達の瞳が燃え上がる。

 

「はは、挑発まで上手い、か。いいだろう。まずは―――」

 

 ナルハの背後と左右に三匹がいた。

 

 蒼、紅、黄の三竜が同時に力を発揮した。

 

 紅の竜は光弾ではなく爆発しない光線。

 

 黄の竜は自爆覚悟での周辺領域の昇華。

 

 蒼の竜は斬撃。

 

 どれが発動しても、掠ってもナルハは自己が消滅するだろうと予測する。

 

「ナルハ様ぁ!!?」

 

 最大戦力を瞬時に落としに来た以外にも強い者から順に割り振られた残りの受肉霊達が猛烈な勢いで攻撃を開始した。

 

 その余波を受け切れなかった者が即座に半身を削られて脱落。

 

 だが、その竜達はナルハへの攻撃のような能力を用いておらず。

 

 徒手空拳と単純な魔力弾のみを用いていた。

 

 半身が物理的に消えた者達が即死しなかったのは武器で余波を受けたからだ。

 

 攻撃自体に乗っている竜属性の呪紋染みた能力は正しく竜の攻撃には激しく反発して抵抗する。

 

 それでも受け切れない事は即死に繋がる事が残っていた者達には分かった。

 

 辛うじて受け切って攻撃を流した者達は自分達の得物が瞬時に崩壊したのを見てしまえば、もう納得するしかない。

 

―――自分達は足手まといなのだと。

 

 だが、ナルハの刃は三竜の攻撃よりも早く。

 

 相手の首を刈り取っていた。

 

 それでも即座にその場から数m以上退避した彼が見えない何かを弾くように剣で周囲を切り払い続け、首を切られた竜達がまた即座にナルハに接敵。

 

 首は一人手に戻っており、そのくっ付く速度は殆ど音速に近しい。

 

 再び、首を瞬時に落とされて、僅かに止まり、ナルハが現場から逃げるという光景が繰り返される。

 

 だが、それもかなりの高速であり、目で追えた者は全体の3割程度であった。

 

「ナ、ナルハ様はどうしてトドメを刺さないんだ!?」

 

「刺せないんだ。オレ達がいるから……」

 

「え?」

 

「あんな力の塊が攻撃で爆散したら、このロクシャの園が消える」

 

「ッ―――」

 

 連れて来られていた若者達の中にも理解した者がいた。

 

 死に掛けて、呪紋で観客席に回収され、緊急で呪紋による回復を受けている者達もまた感じていた。

 

「―――ッッッ」

 

 ナルハが次々に脱落していく猛者達にもようやく対応し始めた者が出ているのを横目に三竜の猛攻を防ぎ続けていた。

 

 見えない攻撃は蒼の竜のものだ。

 

 極薄の鱗が次々にナルハ目掛けて追尾して来ている。

 

 それを剣で切り払って不死殺しの技を常時使い続けながら、彼は蒼い刃先で一度でも肉体の何処かに食らえば、死ぬだろう視認困難な攻撃を防ぎ切っていた。

 

「他のは能力も使わずにいるだけ感謝して欲しい。此処が倒壊しても困る」

 

「自分の都合じゃないか」

 

 ナルハは思わず苦笑した。

 

「対呪肉神用の駒の一つ。四卿水準の敵をコレで殺せるなら、量産して王群と戦う予定」

 

「ははは、我らが死んでも我らを使うのか!! 蟲の王よりも尚恐ろしき英雄!!」

 

 そう言いつつもナルハの剣が更に速度を上げて周囲には見えなくなる。

 

 と、同時に蒼の竜が一太刀で両断され、その背後に抜けたナルハが左右から紅と黄の竜によって囲まれ、両腕を掴み捻られて、引き千切られる。

 

「ナ―――」

 

 しかし、その当人は血飛沫が上がる前に内部から両腕を噴出させ、同時に虚空に浮いた剣を掴んで回転し、上下に竜達を両断した。

 

 不死殺しの刃。

 

 しかし、竜達は肉体を得てはいても属性的には死んでいる為、その実際の威力は半減する。

 

 純粋な威力だけで霊体を完全に消し飛ばそうとしても、その霊体そのものが非常識な程に頑強な上に強力であり、不死殺しで割かれる瞬間に断面を分離して、二つの霊のようになって反撃するのだ。

 

 その表層の霊力を殺し切る、消し去る事は出来ても自切された断面は薄皮が剥がれた程度しか消耗しない。

 

 それですぐに霊力がちょっと減った程度で復活する。

 

 こんなのを逐一剣で相手にしていては如何に超越者である四卿や元四卿とて消耗は避けられない。

 

「ああ、本当に厄介だ。黒征卿……ヤツに刃術を伝授した時、君程に才能があったならば、どうにかなっていたかもな」

 

「その剣術……やっぱり……」

 

「そうだ。閃剣は元々、四卿の剣に秀でた者達が継いできたものを元にしている」

 

 言っている傍からナルハが猛烈な速度で今も他の数名と戦い続けている受肉呪霊。

 

 【呪神獣】と少年が呼んだソレらのあちこちの部位を刈り取っていく。

 

『総員、切り離したものを削れ!! これなら出来るだろう!!』

 

 その言葉に即座、ボロボロの得物を構えた者達が呪霊の切り離された生身部分を不死殺しの能力で切り刻み、消し飛ばしていく。

 

 だが、それも一人一撃か二撃が限界。

 

 しかも、自力で動けない切れ端相手の事であり、後処理でしかない。

 

 だが、それでもすぐに部位を再生した竜達の攻撃は殆ど衰えを感じさせない。

 

 速度も威力もあまりにも苛烈であり、殆どの者は防戦一方。

 

 どう見ても、能力も使わずに弄ばれていた。

 

「足切りは終了。続けて、これらを倒せたら相手する。能力限定開放」

 

 少年の言葉に六匹と一人の呪霊達の全身に紅の輝きが罅割れながら噴出するかのように奔り、途端……不死殺しを乗せた得物。

 

 双剣を持っていた者の両腕がいつの間にか引き千切られていた。

 

 更に速度が増したのだ。

 

 元々、呪霊は肉体の制限に囚われない。

 

 霊力だけならば、それこそ霊力が相対的に加速する事の出来る限界速度を瞬時に叩き出す事が出来る。

 

 しかし、その大半は霊力の構成が脆弱で崩壊してしまう危機に瀕するのだ。

 

 だが、霊力と肉体を同時に得た呪霊達は肉体はあくまで質量や血統の能力を得る為に用いており、事実上は体内の内臓器官を能力を使う部分以外持たない為、物質と霊力がギリギリ崩壊しない程度の加速でも耐えられるという寸法であった。

 

 それは少なからず音速の二倍近い速度で機動する蜘蛛脚装備の少年よりも更に数倍は早いという事であり、目にも留まらぬ速さなのだ。

 

「―――」

 

 吹き飛んだ男が観客席に突っ込んでクレーターの血の染みになりつつもどうにかまだ生存している有様でリングアウトする。

 

 その際受けた攻撃は『加速中の衝撃波』……つまり、竜達の機動する際の余波であった。

 

 猛烈な爆風に近いものが動いた後に置き去りにされてリング周囲には荒れ狂っていた。

 

「此処からは対受肉神用の性能。屋内戦闘用の形態。全力だと高都が消えるから、これが事実上の上限能力」

 

 少年が言っている間にも次々に体の一部を血の染みにされて吹き飛ぶ者が続出した。

 

 相手が見えないのだ。

 

 動きがまるで見えない。

 

 フッと現れた時にはもう呪霊達は相手を倒し終えている。

 

 だが、それでもナルハは立ち止まってもうブレる肉体で見えない相手の攻撃をいなしていた。

 

「舐められるのも仕方ないか。久しぶりの実戦はこの老体には堪えるよ」

 

 そう言いながらもナルハの見えない腕と剣は全ての攻撃を防ぎ切り。

 

 尚且つ、再生する相手の腕や脚を切り落とし、次々に切り刻み。

 

 体積を減らす事に成功していた。

 

 だが、攻撃と言っても機動中の余波なのだ。

 

 予備動作無しで動くだけの竜達とソレを何とか剣で防ぐナルハとの間には速力だけで尋常ではない差がある事になる。

 

 それでも予測と勘だけで相手の無数の攻撃の大半を可能な限り捌くのは半ば予知に近い近接戦闘の経験値が無ければ不可能だと少年にも分かった。

 

「……肉体能力しか使ってないとはいえ、その剣技と経験は学習に値する」

 

「見て盗んでくれ。生憎と敵に塩は送らない主義だ」

 

「勿論」

 

 最後に残されたナルハの全身が遂にブレで見えなくなる。

 

 あまりの動きの速さにほぼ移動していないのに見えない。

 

 その竜達の爪、尻尾、打撃、格闘による能力を使わぬ七体からの飽和近接攻撃を食らい続けて尚、ナルハの方が早いという時点で、その戦闘は少年に近しいものがある。

 

『ナルハ様ぁ!!?』

 

 遂にナルハの肉体にも傷が増え始めた。

 

 最大加速で荒れ狂う人型竜達の動きの余波はリングを砕き剥し、会場を暴風で満たしていたが、ナルハの周囲が血の色で紅に染まっていく。

 

 そうして、遂にナルハが見えるようになった時。

 

 その全身には無数の切り傷と打撃痕が刻まれていた。

 

「勝敗は決した。その身体能力と剣技だけじゃ、そっちは呪霊にすら勝てない」

 

「……これでも亜神の中じゃ下だったからね」

 

「油断はしない。奥の手で直接対決さえすれば勝てる、みたいな勝負にも乗らない」

 

 ナルハが自分の奥の手を言い当てられて、降参とばかりに両手を上げた。

 

「そこまでの能力が有りながら、臆病だな。君も……」

 

「四卿は死んだ。次の四卿は生まれないよう努力させて貰う」

 

 少年がパンッと両手を合わせる。

 

 すると、今まで戦い続けていた竜達が呪霊に戻り、残された肉体が飛散すると会場内で血煙となって、全ての参加者の首筋に終息していく。

 

「何のつもりだい?」

 

「今、呪霊の受肉に使ってた四卿ラグスの血統の力を此処の参加者全員に導入した。首筋と頭部、頚椎に侵食させたソレが力をくれる。でも、力を扱い切れなければ自滅する。ついでに反逆しても自滅する。おまけで大きな力を持つと大半の存在は力の向上を本能的に求められなくなる。自分の今の実力を貰った力以上に高めれば、その侵食は消えるように設定した」

 

「よく喋るじゃないか。ああ、そうか……時間稼ぎ、か」

 

「そういう事。これで付き合うのはお終い。こっちはまだ仕事が色々ある」

 

 少年は呪霊達を消すと。

 

 その足でスタスタと会場を後にしていく。

 

『ナルハ様!!?』

 

 慌てて会場の観客席の者達の一部が片膝を付いた生徒会長の傍に走り寄って来る。

 

「……まったく、油断も隙も無い上に最上の遅延策だ」

 

 ナルハの全身の傷が呪紋によって癒されていく。

 

「大丈夫ですか?」

 

「ああ、手加減されたからね」

 

「手加減? アレで、ですか?」

 

「それに次なる四卿を育てようというこちらの次善策も抑止されてしまった」

 

「どういう事でしょうか?」

 

「先程言われた通りだ。大きな力を貰った以上に力を高めるのは極めて困難だ。少なからず鬼才、天才の類でなければ、とても時間が掛かる。四卿を超える力を手に入れられなければ、あの呪のようなのは解けないだろう……少しずつ強くなるでは遅いが、劇的に実戦で強くしても、短期間では恐らく届かないし、限界がある」

 

「つまり……ナルハ様の謀をヤツは……」

 

「次代の四卿を育てる。その芽の成長を遅らせる算段をされた。どの道、数十年単位となれば、ヴァルハイルの現在に資する事はない。完全敗北だな……」

 

 ナルハがゆっくりと立ち上がる。

 

 重症の者達も回復用の呪紋を掛けられながら、自分の首筋を撫でていた。

 

 その頚椎部分には細長い竜の全身を上から見たような紋章が刻まれている。

 

 生徒会長は観客席を見やる。

 

 そこには少年と戦った事のある実力者とロクシャの園の上位層が全て揃っていたが、それにしても顔色が悪かった。

 

 唯一の例外は嘗て、少年と一騎打ちで剣を粉々にされた少年が一人。

 

「次代の命があるだけ良しとしよう。護りの四卿とはよく言ったものだが、ダメだな。やはり、老体は老体、か」

 

 ナルハはそう言ってゆっくりと倒れ伏した。

 

 しかし、その顔には微笑が浮いていた。

 

 次なる時代。

 

 その先ぶれを感じたからだ。

 

 翌日、ロクシャの園の生徒会長ナルハ・クラミルは一身上の都合によって、その位を聖姫エレオールに譲渡し、自身は生徒会の顧問となる事を宣言。

 

 ヴァルハイル最高の学び舎ではそれと同時に入校資格にヴァルハイルである事を外す措置と入校可能要件を亜人と広く定義し、差別階級とされている混血種であるドラグレやヴァロリアにも本人の能力が高ければ入校推薦枠が用意された。

 

 こうして、少年は一度ニアステラへと戻る事となり、新たな危機に直面する事となったのである。

 

 *

 

「あ、アルティエ。帰って来たんですね。お帰りなさい」

 

 第一野営地の一角。

 

 今や神殿の如く基本石造りで鋼や樹木も使うようになった少年の小さな城は一国一城の主的な視線で見れば……半ば城塞のようになっていた。

 

 というのも、野営地の酒場となっている場所が野営地の人間にとっては憩いの場に近く。

 

 次々に訪れる危機や諸々の諸事情。

 

 つまり、新参者を受け入れまくっているせいで黒蜘蛛の巣の下にある街区の方が立派になってしまったせいで示しが付かないというのがあり、野営地の殆どの建造物がヴァルハイルの技術がエルによって流入して以降、次々に石と鋼と樹の三つを組み合わせる高度建築となったからだ。

 

「お~~我が騎士が帰って来たのじゃ~~お帰りなのじゃ~~♪」

 

 リリムが少年に抱き着きながら胸元をグニュグニュと押し付ける。

 

 それを見てムッとしたフィーゼが左側の腕を取った。

 

「お帰りなさいませ。アルティエ様」

 

「ただいま」

 

 そこに一応婚約者としてヒオネが右腕を占拠。

 

 それを見た膨れっ面のエルミがジト目で背後から少年の首にぶら下がる。

 

「私の騎士は今まで何をしていたのかしらね。まったく……」

 

 それを見て『えぇぇぇ……』という顔になったのは野営地の川縁にある石造りの家屋内に水を引き込んで半身浴していた人魚アヴィラーシュであった。

 

 『あいつがそんなにモテるのはおかしい!?』と顔には書いてある。

 

 海からの危機がやってくるという事で遂に艦隊の本格的な実戦になると毎日毎日蜘蛛とオーダム達が訓練に明け暮れるのを見ていた彼女である。

 

 ヴァフクで聞いた通りの展開になり始めたニアステラを見て、アヴィは教会とは別口の侵略者を前にして自分達が出ると思っていた。

 

 が、彼女達が出る幕も無く。

 

 蜘蛛達が大半対処してくれたのにちょっと残念なような、安堵したような心地だったのだ。

 

 が、遂に少年がヴァルハイルから帰還するという報である。

 

 それならばと朝から帰りを待っていたのだ。

 

 そんな彼女が呪紋を用いて固めた水の玉に半身を入れて姦しい少年周辺までボムボム弾ませてやってくる。

 

「ちょっと、仕事の話があるんだけど。君のご要望通り色々してたから報告もね」

 

「そう。というわけでちょっと行ってくる」

 

 少年がこれ幸いにとスルリと少女達の包囲をウナギのように抜けて脱出する。

 

「あ、もう?! 後でちゃんとお家に帰って来て下さいね!!」

 

「そうじゃそうじゃ~~ポッと出の爆乳人魚なんぞにウツツを抜かして~もぉ~~我が騎士は~~」

 

「だ、誰が爆乳だよ!? 僕はこれでも成長期で育ち盛りで控え目なんだからね!?」

 

 アヴィの声に「ほう? 続けて?」という顔になる野営地の元海賊な紳士達と配達業に勤しむ幼女達であるが、その顔があまりにも厳つい紳士顔なので思わず女性陣に引かれていた。

 

「私の騎士様はいつになったら私の元に戻って来るんだか。はぁ~~あの子の事もあるというのにまったくですわ~~」

 

 エルミの言葉にウンウン頷く女性陣だったが、その背後ではアラミヤが自分の胸とアヴィの胸を見比べて、結局女性陣を前にして後ろに引いていたガシンにくっ付き問題は無いと結論付けた。

 

「弾力と形も大事だろ旦那様♪」

 

「何も言ってねぇ!? 唐突にくっ付いてくるな!?」

 

 ガシンは思わずアラミヤから逃げてイソイソと酒場の内部へと入っていく。

 

 その更に後方ではミーチェが姫様も積極的になられてと老婆心的な感傷に浸りつつ、ハンカチで涙を拭き拭きしながら、自分の胸を見て育ち盛りと自分を比べてはイケないと戒めて、ちょっと咳払いをして誤魔化した。

 

 そんな混沌とした野営地の日常を見ていた教会騎士とヴァルハイル兵達の最初期の捕虜組は自分はどうして幼女なんだと思わなくも無かったが、自分の胸はどうなるのだろうかとちょっと気になり、野営地の女性達を見やり、いやいや自分は男男男と呪紋のようにブツブツ呟く事になる。

 

「アルティエは大人気だ♪ ボクも後でくっ付いてこよー」

 

「そのぉ、レザリアさんはいいんですか? さっきのに混ざらなくて?」

 

 クーラルが一連の騒動を砂浜から見ていたレザリアに尋ねる。

 

 その横には第二部隊であるエネミネ、メルが訓練を終えて汗を蜘蛛印の不可糸製の手ぬぐいで拭っていた。

 

「ボクはいいの。アルティエとは一心同体みたいなものだもん。みんなは分からないけど、ボクにはアルティエが今どういう状況なのかは分かるし……」

 

「そう言えば、第一の眷属なんですよね? レザリアさんは」

 

「あ、うん。たぶん、一番じゃないかな? リケイおじーちゃんに最初に呪紋刻んで貰ったし。あ、そう言えば、たいちょーやへんきょーはくから呼び出されてるんだった。また夕食時にね。クーラちゃん」

 

「あ、はい」

 

 スタスタと歩き去る少女を後ろを見つめながらクーラルは思う。

 

 アレが正妻の余裕なのだろうかと。

 

「どうしたのよ? クーラせんせーは」

 

「あ、いえ、蟲人型の眷属……それは元々、聖域周辺の王群の使徒達である事が大半であった為、ある意味でもうアルティエ隊長は王なのだろうと」

 

「ああ、そういう事? 今はヴァルハイルを攻めてるんでしょ?」

 

「ええ、観測蜘蛛さん達の情報に寄れば、首都防衛網が瓦解後、皇太子率いる一部の部隊がグラングラの大槍で蟲の大群を殲滅しながら後退しているそうですが、蟲達の勢力には限りが見えないとか。このままだとヴァルハイルの後方にある衛星都市が落とされるかどうか。というところまで勢力が後退中だそうです」

 

「本当に戦争終わったんだ……おねーさまはさすがに今回の作戦苦笑していたけど」

 

「六眼王が呆れた様子だったとの話もありますし、これで種族連合はニアステラに頭が上がらなくなりました。事実上、種族連合単体でも相打ち覚悟で衛星都市は攻略可能。最終的には勝てるくらいまで勢力が減退。衛星都市も続々と条件付き降伏の文書に調印しているそうです」

 

「で、孤立化させた皇太子勢力と参謀本部に終戦を飲み込ませると」

 

「そうせねば、ヴァルハイルが滅ぶ以上はどうにもなりません。皇太子当人は怒り狂うかもしれませんが、参謀本部は冷静に終戦を受け入れるでしょうね」

 

「で? 何が心配だったの?」

 

「……王群は嘗てヴァルハイルの聖王によって沈められました。ですが、その時ですら、ヴァルハイルは莫大な戦力を消耗していた。元々、現代ヴァルハイルの戦い方は険しい山岳地帯から攻めてくる王群を堰き止める為のものなのです。それが首都と共に消えた以上……」

 

「今度は王群と種族連合の戦いになる?」

 

「ええ、間違いありません。それを証明するかのように先日は蛭の化け物が襲来しました。能力的にはヴァルハイルも師団級の部隊を当てなければ戦えないようなものを蜘蛛達は殆ど分散していたとはいえ、数百匹程度で相手の部隊を各地で撃退……」

 

「良い事じゃん」

 

「よい~ちがう?」

 

 エネミネとメルの言葉にクーラが頬を掻く。

 

「今、ニアステラにヴァルハイルの戦力が吸収されているのは五大災厄もそうですが、王群の脅威がある為でもあります」

 

「つまり~?」

 

「これから主戦場がニアステラやフェクラールに移るでしょう。そして、アルマーニアと種族連合は北部で王群と教会の怪物を退けねばならなくなる」

 

「今までより大変って事?」

 

「今回の件で巨大な生産力を持つヴァルハイルの高都が南東部からの教会勢力の侵入を防ぐ防波堤となりました。南東部から高都まで続く長い防衛線を受け持つようになった種族連合は蜘蛛達の力を得てもまた厳しい戦いになるでしょう」

 

「事実上四巴が三つ巴になったって事?」

 

「はい。アルマーニアの軍備再建が済んだ後。ニアステラとフェクラールの軍をどう動かすかで北部の趨勢は決まります。その為には……」

 

「先に五大災厄をどうにかしないとマズイ?」

 

「ええ、教会の切り札らしき人造神とやらが来ているとの話もありますし、早めに海側を沈めないと戦力を分散させられて負ける確率が高まります」

 

「……zzz」

 

「あ、メルが寝てる」

 

「もぅ。でも、仕方ありません。難しいのは止めて、私達もちょっと休んでから酒場に行きましょう」

 

「さんせー。爆華の希釈液ってホント訓練の後だと効くよねぇ~」

 

 野営地では様々な勢力が犇めていたが、それでも少年は最善手を打つ為、己に出来る限りの速さで問題を解決する為、ヴァルハイルと同様に動き始めたのだった。

 

 *

 

「どうなった?」

 

 アヴィラーシュの家にお邪魔した少年が訊ねると家主はイソイソとテーブルの上にニアステラとフェクラールの海岸線沿いの地図で状況を示していた。

 

「五大災厄とか言うのを除けば、黒鉄の艦隊どころか。船一隻で事足りるよ」

 

「そこまで相手が弱い?」

 

「性能差でそもそも相手にならないよ」

 

 蒼と赤と緑の駒が持ち出されて海側に配置される。

 

 フェクラールの巨大な白い陸地からの気配は一つ。

 

 南部ニアステラの海域には四つ。

 

 操獣からの映像が虚空に映し出される。

 

「これは録画ね。僕らは知らないけど、大陸の帝国とか言うのの紋章がある白い船というか。城がどうやら気配の中心みたい。リケイ殿がアレは五大災厄の一つ【歩まぬ王躯ゼーダス】だって言ってた。それで他の三つの気配は既知の五大災厄だけど、一つは未知のもの。最後に元傭兵で恐らく大陸の謀略家では一番の王様が艦隊に残ってて今は指揮してるって」

 

「艦隊を沈めたら、災厄が押し寄せてくる?」

 

「うん。僕もそう思う。一気に来られたら面倒過ぎる以上に今のニアステラとフェクラールは厄介な事になる。五大災厄の事は知らないけど、リケイ殿が必要情報は全部渡してくれるって」

 

「なら、構わない。最悪、こっちから乗り込んで殲滅する」

 

「あ、でもでも、ゼーダスの反応がある帝国は恐らくゼーダスと契約してて、唯一話し合いが可能かもしれないって」

 

「契約?」

 

「リケイ殿の話だとゼーダスとか言う化け物は真なる王に力を貸すんだって。その対価は自分の国を広げても良い領土……」

 

「それって……」

 

「恐らく、帝国はゼーダスの封印を解いた後、島の何処かを領土に差し出す契約をしてるはずだって言ってた。それと自分の仲間もこの島に来る為にその船にいる帝国に付いてるだろうって」

 

 少年が目を細める。

 

「確実に交渉で時間を遅延出来るゼーダスと帝国を一端止めている間に南部海域を攻略するのが良さそう」

 

「僕もそう思う。今、リケイ殿はヴァルハイルの人員に呪紋を刻み終えたら、その足で西の海域に出てくるって言ってた」

 

「分かった。つまり、今のところ手出しする事が無い限りは問題ない相手って事でいい?」

 

「いつ攻めてくるかは分からないけどね」

 

「ちなみにやってきた王家連合とか言うのが上陸させた兵は?」

 

「ええと、オーダム船長とベスティンさんが調べてたけど、8割が傭兵で残りが王家の近衛だけど、滅茶苦茶質が悪いって言ってた」

 

「質が悪い?」

 

「殆ど夜盗紛いの連中だったみたい。金で雇われた傭兵と大差無いのに技能の質が低かったんだって。恐らく、王家におべっかばっか使ってたんじゃないかって」

 

「無駄飯食らい?」

 

「そんな感じ」

 

「……今は?」

 

「幼女にしたら、何か柄が悪い連中がみんな君の妖精に呪紋使われて、洗脳されてたよ」

 

「洗脳?」

 

「服従の呪紋じゃなくて、精神を変調させる呪紋でいつでも使える手駒っぽくされてたいちょーやへんきょーはくの下でガラ悪幼女として使われてる」

 

「ふむ……」

 

 少年が思っていた以上に事態が進展している事を確認し、恐らく今後の神々の予定を脳裏で想像しながら、行動予定を組み替えていく。

 

「………五大災厄は一度後回しにしてニアステラとフェクラールの防備を厚くする。兵隊は十分揃えた。後は地域毎に黒蜘蛛の巣の改良と内政の強化。それと技術関連を全部前倒しにする」

 

「具体的には?」

 

「ヴァルハイルの最新技術関連を全部ウルと新しい亜人が乗れるドラクに突っ込んで、一番多いスピィリア達をちょっと鍛える」

 

「あのさぁ……」

 

 アヴィラーシュが思わずジト目になった。

 

「君のとこの眷属、やたら強いんですけど。単なる大工仕事してる蜘蛛が今ですら使徒並みなのに必要あるの? 魔力量とか抜きで技量や呪紋の使い方とかは君基準でアブナイのが分かるし」

 

「それだと恐らく足りない。王群の戦闘は見てた。無尽蔵の敵を倒すには無尽蔵の敵を滅ぼせるだけの実力がいる。ウルの数は今回の首都奪取で足りた。残りはそれを上手く使って賄う」

 

「改造でもするの? その最新技術とやらで?」

 

「そんなとこ。艦隊の例の運用方法は?」

 

「リケイ殿と蜘蛛達が何とかしてくれて。オーダム船長が送られて来たヴァルハイルの技術者連中から諸々聞き出して、夜に訓練してるよ。一応、隠してやってるけど」

 

「なら問題ない。二週間後までにヴァルハイルから色々買い付けてくる。これでガシンも樽を卒業……」

 

「樽?」

 

 アヴィラーシュが首を傾げている間にも少年が指を弾くと彼女の後ろにガンガンガンと一気に荷物らしいものが大量に革袋で落ちてくる。

 

「な、何!? 何なのコレ!?」

 

「艦隊に必要な戦術と戦略。同時に五大災厄用の殲滅に必要な訓練。それに伴う装備諸々の仕様書と運用方法の基礎。ヴァルハイルの機密や技術関連。取り合えずお土産」

 

「お、お土産?」

 

「ヴァフクには艦隊整備で更に世話になる予定。人材を貸し出して貰いたい。勿論、種族連合を通してニアステラから直々に要請する。その際の代価に付いての詳細も袋の中の書類に入ってる」

 

「……ねぇ、僕が受ける受けない以前に受けるしかないって事だよね。コレ」

 

「そう」

 

「……はぁ、いいさ。いいけどさ。君は自分が正しいと思う事を迅速に行うんだろうさ」

 

「?」

 

「でも、ずっとそれじゃ何処かで破綻するよ絶対」

 

「知ってる。だから、短期決戦」

 

「短期決戦?」

 

「今、ヴァルハイルの主神カルトレルムの討伐を遠征隊で行う用意を始めてる。決戦は1月後、それまでにニアステラとフェクラールを可能な限り強化する」

 

「……五大災厄が動き出す前にヴァルハイルの芽を完全に潰すって事?」

 

「どっちが先でもいい。ただ、どちらにも負けないだけの備えをしなきゃならない。ヴァルハイルでの神殺しが成功すれば、恐らく五大災厄が複数来てもこっち一人で討伐可能になる」

 

「……君が亜神として更に力を付けるって事かな? 隊長さん」

 

「威信も示す。ヴァルハイルが主神を裏切る程の力を示さなければ、今後を乗り切れない」

 

「分かった。僕らはその先兵って事か」

 

「艦隊を投入する。そして、ニアステラ遠征隊の隊長として竜神カルトレルム討伐にヴァフクの使徒アヴィラーシュの参戦を要求する」

 

 その言葉に無謀とも無思慮とも思わなかった彼女は唯々無遠慮の極みだろう少年の言葉に苦笑して頷いた。

 

「いいよ……あの負けた時から命はもう懸けてある。君が少なくとも敵じゃないなら、歌の神もきっとそういう事の為に僕を……ヴァフクの為、その要請を使徒アヴィラーシュが承った!!」

 

 少年が手を差し出し、アヴィラーシュがそれをしっかりと握り返した。

 

「ああ、そうそう。ウチの王様からニアステラの長に手紙が来てるんだ」

 

「手紙?」

 

「うん。ヴァフクは種族連合に殆ど今まで貢献して来なかったから、使徒の僕をニアステラ付きの大使に任命して何か特別な任務をしてもらうとか。君、転移使えるでしょ。ちょっとウートさんのところまで連れてってよ。極秘裏にお願いって言われちゃって」

 

「分かった」

 

 少年が荷物は置いておいて、すぐにウートに付けている蜘蛛から連絡させて、すぐに準備が出来たとの報告が来た途端に転移で執務室の前に向かった。

 

 瞬時にウートの私室がある村長宅の一室前に来た少年は先日暗殺者と一緒に破壊した家よりも良さげな内装になっている事に蜘蛛達の成長を感じつつノックして、許可の声と共に入室。

 

「何か久しぶりにも思えるな。アルティエ」

 

「そんなに経ってない」

 

「もう百年は会ってないような気もする。と、愚痴る前にヴァフク側からの書状だったな」

 

「はい。ウート邦長。お納め下さい」

 

「ああ、読ませて貰うよ」

 

 執務机に座ったウートが受け取った書状。

 

 羊皮紙のスクロールを開く。

 

「………成るほど。あちらとしては貢献というのはこういう」

 

「?」

 

「ああ、済まない。内容は分かった。本人の了解次第だが、恐らく君に選択権は無いな。それも含めて任務という事か」

 

「「?」」

 

 少年とアヴィラーシュが自分達を見つめるウートが何でもなさそうな顔で羊皮紙を見せてくるので一緒に覗き込む。

 

「ええと、僕をしばらくニアステラ付きの大使にして、同時に戦力として貸し出すのは言われてた通りですね。それでええと、新しい使徒の選出が始まってて? 僕は歴代最強だから、結婚して子供をこっちで……ああ、なるほど。つまり、これって政略け―――」

 

 20代後半乙女の表情筋が引き攣る。

 

「アヴィラーシュ・ギオト・ヴァフク。おめでとう。ちなみに今のところはウチとしては公的には第二夫人という事になるのだが、あちらの王家としては構わないそうだ。後は君次第だが、君の貢献がヴァフクの今後を決める以上は……まぁ、納得してくれ」

 

「ぼ、僕の青春が今終わった!?」

 

「………」

 

 少年が視線を逸らしてノーコメントを貫いた。

 

 そして、アヴィラーシュに死ぬ程揺さぶられながら泣かれた。

 

「ウチの種族の適齢期は35歳からだよ!!? この幼女趣味の変態!! 鬼!! 悪魔!! 亜神!! 遠征隊隊長!!? 僕の夫ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!?」

 

 混乱した彼女の叫びが野営地に木霊して、その日の内にヒオネがウートのところに押しかけてくる事になるが、それはそれとして処理されて、アルマーニアにも即日報告。

 

 ヴァフクからの大使アヴィラーシュはニアステラにおいて一族を残す為、遠征隊隊長に嫁ぐべし。

 

 という何とも返答に困る任務は了承されたのだった。

 

 ちなみにヴァフクの寿命は人間よりも長い。

 

 更に言えば、アヴィラーシュは未だ成人前の乙女であった。

 

 少年はそこで初めて最初の煽りでイキオクレに反応した彼女がキレていた理由が自分がイキオクレていたからではなく。

 

 自分はまだ適齢期前くらいに若いんだと言いたかった事を知るのだった。

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