流刑貴族の追放記-極獄と呼ばれた果ての地にて-   作:Anacletus

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第77話「ニアステラの災厄Ⅳ」

 

 取り合えず、心配性な少年が蜘蛛達の強化に掛かり始めた翌日。

 

 ジト目のヒオネとレザリアとフィーゼとエルミが朝っぱらからアヴィラーシュに未だ膨れっ面をされながら、今日の仕事の同行者として何やら装備を渡している少年を見ていた。

 

「何だよもう!? 君は昨日の今日で僕に手を出す算段を!? うぅぅ、このけだものめぇ!?」

 

 アヴィラーシュは思い出した様子でまた瞳に涙を溜めていた。

 

 仕方ないとはいえ。

 

 自分の祖国の為に政略結婚。

 

 ついでに新しい邦と化しつつあるニアステラの重要人物に輿入れしたなら、さっさと子供作って一族の血筋を絶やさないようにとか言われたのだ。

 

 少年がウリヤノフに頼んでいた特注の装備。

 

 人魚の下半身に固定化して使うスカート状の装甲を彼女に付けながら、当人にポカポカと頭を叩かれつつ、少年は装具の準備を完了させ、蜘蛛達に持ってきて貰っていた秘薬入りの特大ジョッキを突き出した。

 

「はい。これ」

 

「な、何さ!? こんなのでご機嫌を取ろうとか安い女じゃないんだからね!? 僕!!?」

 

「単なる特別製の秘薬。色々とやる前に仕事用に作っておいた。今日はこれを呑んで一緒に蜘蛛達やオーダムの所に行って仕事」

 

「う……し、仕事を盾に取って飲ませようとか邪悪!! 邪悪だよ!? このアルティエ野郎!! 知ってるんだぞ!? ソレ滅茶苦茶ヤバい薬だろ!? いっつも、レザリアやフィーゼさんや他の子達が飲んでる時、おえーってなってるの知ってるんだからな!!?」

 

「仕事」

 

「ふぐ……」

 

「し・ご・と」

 

「ぅぐぅ……いつかみてろよぉ……」

 

 仕事の二文字に折れたアヴィラーシュがジョッキをやけっぱちになって飲んだ。

 

「んぐんぐんぐ、プハァ!? こ、これでいいんだろ?! うぐぅ、何か変な味。苦くて甘くて酸っぱくて、おぇぇ……」

 

 思わず舌を出した彼女がついでに蜘蛛達が持ってきた水入りのジョッキを煽って顔を顰める。

 

「な、何が入ってるのさ!?」

 

「秘密だから、秘薬」

 

「いつか、後ろから刺されちゃえ。フン」

 

 アヴィラーシュが未だ気を失わない様子なのを見て、秘薬を毎日飲んでいる者達は思う。

 

『アレ? 気すら失わないとか滅茶苦茶有情な配合になってる?』

 

 実際、彼女達はいつも気を失うか失わないかというギリギリの線を攻める味で秘薬を口にしている為、秘薬の効力が薄いものでも飲ませたのだろうかと僅かに首を傾げる。

 

 それと同時にアヴィラーシュに配慮しているのだろうかとも。

 

「胃から浸透したら、効果が出るまで凡そ22秒。そろそろ」

 

「へ? うぷ―――」

 

 思わずアヴィラーシュが口元を抑えた。

 

 それに秘薬を口にしている女性陣が『お、お? 遂に気を失っちゃうの?』とちょっとだけ仄暗い顔で自分達の後輩的な立ち位置になるかもしれないアヴィラーシュを見やる。

 

「う……」

 

「?」

 

「うぎゃぁああああああああ?!!?」

 

 思わずアヴィラーシュが絶叫した。

 

 少女達は『まぁ、そうですよね。そうですよね。うふふ』的な張り付いた笑みになっている。

 

「何これぇえ!? 下半身が気持ち悪いぃぃぃぃ」

 

 何やら青い顔になったアヴィラーシュが自分の下半身の装甲下で自分の魚部分が猛烈な何とも言えないプチプチという音が纏わりつく状況にガタガタ震え始めた。

 

 呪紋で纏めていた水のボールの中。

 

 ヒレが瞬時に内部から膨れ上がる臙脂色の粒々したものに覆われるというグロテスク状態になり、次の瞬間、ガバッと下半身が縦半分に避けた。

 

「ぼぼぼぼぼ、僕の下半身が割けたぁああああああああ!!?」

 

 思わず泡を吹く勢いで恐怖に固まったアヴィラーシュが思わず正気を失いそうになった。

 

 が、それよりも早く粒々が次々に剥がれるようにして水を汚染していき。

 

 思わず呪紋が解けた彼女の周囲にバシャッと水が全て飛散した。

 

「僕を殺す気なのかぁ!? お前はぁああ?!」

 

 思わず涙目で抗議する彼女の顔面に少年の拳が迫り、思わず反射で彼女が後方に跳び下がって構えを取ろうとした時。

 

「へ?」

 

 アヴィラーシュが思わず目を見張った。

 

 そして、見ていた女性陣も驚く。

 

「反射でそれだけ動ければ、陸上でも問題ない。人魚に戻りたくなったら、帰る時と戦闘時には戻せるようにしてある」

 

 少年がアヴィラーシュの素足……そう、脚をふくらはぎから太ももからムニムニ触って何やらボソボソと呪紋を唱えると彼女の脚には不可糸に色を付けた蒼い動き易そうな下着と男性用っぽいズボンが瞬時に編み上げられる。

 

「ちなみに装甲は此処の摘みを捻って曲げて嵌めると脚を護る脚甲になる。動きに違和感が出たら、後で調整する」

 

「……ぁ」

 

 思わずヘナッと倒れ込んで茫然自失となったアヴィラーシュをヒョイと担いで少年は背後の女性陣に「じゃ」とあいさつし、イソイソと酒場の外へと出ていくのだった。

 

 *

 

 近頃、過大に評価されつつあるニアステラ。

 

 その内実の大半を占めているのは基本的に蜘蛛達だ。

 

 彼らは勤勉であり、愛嬌があり、様々な職業適性を持ち、同時に神の加護を受け、神を殺し、たった一人の主の眷属として今も暮らす新たな氏族となった。

 

 ウルガンダの氏族。

 

 巷での彼らは一括りでそう呼ばれる。

 

 だが、その実態をちゃんと知っている者は少年以外にいない。

 

 蜘蛛らしい無機質な素直さと同時に嘗て人であった人間らしい資質。

 

 そして、無欲さと同時に欲望というものを芽生えさせつつある彼らはそうなって更に少年への服従と共に父として護らねばという使命感を感じていた。

 

「(。-`ω-)……」

 

「(T_T)」

 

「(/・ω・)/」

 

 蜘蛛達の社会は基本的に天上蜘蛛、天井蜘蛛と彼らが内々で呼んでいる少年が名付けた蜘蛛達によって成り立っている。

 

 そして、その誰もが少年の為に働き。

 

 たった一人の為に良き隣人であろうと振舞う。

 

 呪紋を得る度、強くなる度に少年の記憶を覗き見る彼らの目には常に絶望がある。

 

 全てを知る事は出来ない。

 

 しかし、少年が繰り返し続けた永遠にも等しい時間を彼らは白昼の夢に垣間見る。

 

 頑張れと応援したくなるのだ。

 

 立ってくれと叫びたくなるのだ。

 

 どうして、そこまで出来るのだと……胸が痛むのだ。

 

 彼らは蜘蛛となって感情というものはそれなりにあれど、かなりドライで蟲寄りな性質である自分達を知っている。

 

 なのに……生まれ落ちる時。

 

 胡蝶の夢に見る彼の過去の先……己の中に猛けるものを感じるのだ。

 

 どんなに世界が残酷でどんなに世界が無為なものであるか。

 

 全てを知り尽くして尚、己を曲げぬ、過去を顧みて尚戦う。

 

 その後ろ姿が己の規範としてある。

 

 彼らは母はあれど、父は本来無い。

 

 蟲は母系社会であり、父とは名も無き無数の誰かだ。

 

 だが、誰一人として、少年を父だと思わぬ者は無い。

 

「(。-`ω-)“無限大の過去を背負い戦う”……“それは神すら叶わぬものだろう”」

 

 1人のアッシュブロンドの老人がそう呟く。

 

 そして、自らの鼻に嵌ったビシウスの輪を眠たそうな蜘蛛に渡した。

 

「(≧ω≦)主様は私達のすごーい主様だもんね♪」

 

 紅蓮の短いくせっ毛の髪を揺らした少女がウンウン頷く。

 

「(T_T)我が主に尽くすが蟲畜の務め。我らがいる今回こそ竜神を、救世神を撃ち滅ぼし、我らが父をお救いせねば」

 

 金髪の竜骨装備姿の軍人染みた少女がそう決意表明する。

 

「( ̄ー ̄)」

 

 眠そうな蒼い蜘蛛がコクコク頷く。

 

「「(/・ω・)/」」

 

 賛成と言いたげに白い繭の中のような空間で頷く朧な紅の蜘蛛と鋼色の蜘蛛が片手を上げた。

 

「「「「(^ω^)/」」」」

 

 そこに精霊のような翅を持つ四匹の蜘蛛達がパタパタ旋回しながら同意する。

 

「今の我らでは恐らく【真正神】どころか受肉神相手でも苦労するだろう。数の力で力押し出来る状況が常とは限らない」

 

 そう金髪の少女が熱弁する。

 

「また、我らに契約を与えた大地母神そのものが敵となれば、我らの力は半減以下。もしくは乗っ取られる可能性もある」

 

「そーかな~? あの女神様、主様を助けて上げてって言ってたけどなぁ」

 

「神を信じる程、我らは父の記憶から学んでいないか?」

 

「それはそう」

 

 紅蓮のくせっ毛の少女が肩を竦める。

 

「神に頼らず。神におもねず。我らが我らの力で全てを利用し、父をお救いするのだ。その為には……」

 

 チラリと金髪の少女が妖精蜘蛛達を見やる。

 

「「「「ヾ(≧▽≦)ノ」」」」

 

「お前達の力、使わせて貰おう」

 

 金髪の言葉に頷いた者達が、彼ら妖精蜘蛛達に自分達をカプッと噛ませる。

 

「魔力型ステータスの亢進。魔力変質開始。魔力規定値キャップ開放。魔力再設定可能化」

 

 金髪の少女がブツブツ呟く間にも蜘蛛達の複眼や人型となった彼らの瞳に縦に割れた瞳孔が開く。

 

「抗神抗体化率4%上昇(下降不可)。精神属性妖精呪紋【妖精瞳】を獲得―――」

 

 妖精蜘蛛フェアリの周囲で開眼した蜘蛛達が互いに新しい瞳で世界を見やる。

 

「ああ、そうか。主様は……こんなにも輝ける世界を、時間を焼べても……みんなを護りたいんだね……」

 

 紅蓮の髪の少女は何処か悲しそうに嬉しそうに微笑む。

 

「もはや辿るべくもない未来。愉快で痛快で……でも、誰も護れない。ふふ、ああ、そうか。今、ようやく分かった。この蟲畜たる我らにすらあの方は誰かと共にある時間を与えてくれていたのか……」

 

 涙を一粒、金髪の少女は零す。

 

「“己の幸せを焼べても護りたいものがある”……“変わらぬ我らの父は決して”……“決して神にも劣らぬだろう”」

 

 灰髪の老人が俯く。

 

 彼ら天上蜘蛛達が見たのはこの繰り返す世界で繰り返さないと決めた少年が……傍にいる大勢の人々と楽し気に笑う日々だった。

 

 それはこの現実に無い。

 

 その理由こそが彼らには悲しい。

 

 少年が一日笑い合う休みを取る限り、往く手に待つ悲劇を誰も止められない。

 

 少年が共に誰かと愛し合う時間がある限り、その愛した誰かを死なせてしまう。

 

 全ては準備が足りないからだ。

 

 幾度となく無限に大切な人々を失い続けた少年はそれでもと言う。

 

 それでも、例え繰り返したとしても、決して……そう、決して見捨てない。

 

 自らの手が届く限り、自らの幸せな日常を、輝ける日々を劫火に焼べて……炎に鍛えた己の手で大切な者達の未来を掴むのだ。

 

 見通せぬ未来の先。

 

 護りたい誰かが幸せであれと望むならば、仕事を止める時間など無い。

 

 どんなに必要でも休息以外に立ち止まっている暇は無い。

 

 己が幸せになっている暇なんて無い。

 

 必要な事を必要なだけ絶対にやり通す。

 

 己の望む者の断絶を、悲劇を、食い止める。

 

 蜘蛛達は知る。

 

 幸せに最も近い所にいて、最も遠い男の見る世界に立ちはだかる壁の大きさを。

 

 だからこそ、彼らは思う。

 

「“我ら生まれた時は違えども”……“永久の終焉を共に歩む輩たらん”」

 

 ギョロリと彼らの瞳が世界の果てを見やる。

 

 未来の先を見やる。

 

 そこに倒れ伏す自分達を見やる。

 

 だからこそ、であればこそ、彼らはその未来を踏み潰すべく。

 

「我ら蟲畜……総員にて主の未来を手繰り寄せてみせる……」

 

「主様には一杯一杯幸せになって欲しいもん!! だから、みんなでやろう? ね!!」

 

 ルーエルの声に彼らの繭の最中、小さな糸蜘蛛達が現れては頷いていた。

 

 それはうねる波濤、決意の鬨の声、蜘蛛達は人魚……もとい元人魚を担いでやってくる少年の前に整列するべく。

 

 現実で参加可能なものは次々にニアステラの中央部へと参列するのだった。

 

 こうして糸で繋がり、魔力で情報をやり取りする彼らは深く静かに己を研ぎ澄まし始める。

 

 大工をしている蜘蛛から家畜小屋で働く蜘蛛まで。

 

 僅かに輝く瞳を細め。

 

 この儘ならない世界を蹂躙する準備を始めた。

 

 運命、宿命、終焉、あるいは神。

 

 何だろうと食い破り、何だろうと退け、己の糸を束ねる者に未来を握らせる為に。

 

「これから、全蜘蛛達の強化訓練を始める」

 

 その声と共に新たな道を彼らは歩み出したのである。

 

 *

 

―――ニアステラ中部草原。

 

「う~ん……はっ」

 

 パチリと目を開けたアヴィラーシュが見たのはギョロリとした複眼が複数自分を覗き込み『起きた?』と横に傾いだところだった。

 

「ひぅ?!」

 

 思わずホラー映画も真っ青の怖ろしい光景に口を覆った彼女がすぐに蜘蛛達が横に退いた事でホッと息を吐く。

 

 だが、次によくよく周囲を見回して、固まった。

 

「(-ω-)/(キシャー)」

 

「(~o~)/(キシャー)」

 

「(/・ω・)/(キシャー)」

 

 何故ならば、蜘蛛達が大量に、それこそ足の踏み場も無さそうなくらいに密集して、何処までも湯気の上がる液体に浸かって呪紋を詠唱していたからだ。

 

「へ?」

 

 そして、その何かに自分も浸かっているのを確認して、彼女の顔が更に引き攣る。

 

「な、何コレェ!!?」

 

 思わず飛び上がろうとして、自分が素っ裸である事に気付いたアヴィラーシュが思わず、その黒い液体の内部にバシャリと体を突っ込ませる。

 

「ちょ、はだかぁ!? あ、あのアルティエ野郎!!? ぼ、僕に何するつもりだぁ!!?」

 

 彼女が思わず周囲に少年の気配を探したが誰もいない。

 

 ついでに黒い液体が本当に肉体に沁み込んでいるような気がして、逃げるべきかと思ったが、それより先に服が先決だと周囲を見回し。

 

「(/・ω・)/(どうぞという顔)」

 

 蜘蛛達の一匹が彼女の衣装と装甲一式を頭に載せて持ってくる。

 

「あ、ありがと……」

 

 蜘蛛達とはそれなりにコミュニケーションを取るようになった彼女であったが、やっぱりちょっと苦手という気持ちは今もあった。

 

 とにかく強さが尋常ではない事がずっと鍛えて来た彼女には分かったからだ。

 

 一匹……否、一人で使徒一人分くらいの強さがある蜘蛛達の大半は「(´・ω・`)(自分は無害ですという顔)」をしているが、そんなわけはない。

 

 子供や幼女と毎日毎日天然系ユーモアたっぷりに過ごしているが、生憎と彼女はそんな偽装ではないにしても単なる見せ掛けに誤魔化されたりはしなかった。

 

「(とにかく服着なきゃ。それとあいつ何処に……)」

 

 そうして彼女が蜘蛛達の詠唱が続く場所の奥に気配を感じて、そちらに向かう前に衣服を着込んで瞳を怒らせてスイスイ泳いでいく。

 

 すると、草原であったはずの場所の中心。

 

 間欠泉のように湧き出す黒い液体の上で少年が本を片手に目を閉じていた。

 

 詠唱はされていない。

 

 しかし、少年の立つ水面から猛烈な勢いで無数の譜律が波のように溢れ出して黒い液体に沈み込んでいく。

 

「み、見つけた!! 何やってるんだ!? 後、どうして僕裸だったの!?」

 

「今、蜘蛛達を強化中」

 

「へ?」

 

 言ってる傍から少年の近くにいた蜘蛛達の体が変質していくのを彼女は見てしまう。

 

 今までスピィリア達は半分霊体の蜘蛛だったわけだが、その色合いが次々に灰色、金色、紅蓮、蒼と移り変わっていき、色合いが元に戻る。

 

 だが、最終的には何かフォルムのディティール情報量が増した。

 

 つまり、何かカッコよくなった。

 

 今までの彼らが何かぬいぐるみにも出来そうなぽやんとした愛嬌も出せる蜘蛛達だったのに対して、色合いが変質しまくって元に戻った蜘蛛達は脚の爪先から甲殻の継ぎ目まで溝が掘られたかのように細かいパーツで組まれたような機械的な造形へと近付いている。

 

 そして、そうなった蜘蛛達は次々に少年の周囲から上空へと糸で巻き上げられて消えていく。

 

 周辺にある黒蜘蛛の巣の方角にはそんなスピィリア達の河が出来ていた。

 

 空飛ぶ蜘蛛とも見えるが、実際には糸の上を歩き縦列中である。

 

「強化? その黒いのって……」

 

「いつものやつ」

 

「……んぅ?」

 

 じ~~っとアヴィラーシュが上がっていく蜘蛛達を見やる。

 

 すると、何か良く分からない内に彼らの内部に溜め込まれていた魔力の量がゆっくりと上昇していく様子なのが分かった。

 

「……魔力を消費してない? いや、それより魔力が回復してる?」

 

「スピィリア達の肉体にこっちで活動する為に必要な器官を複数与えた」

 

「必要な器官?」

 

「ガシンは霊体が常人の数千万倍程度の速度で回復する。それと同じ。今まで戦ってきた存在の内、自力で魔力を回復出来る存在は通常の生物以外も多い」

 

「それって……もう魔力の食事が必要無くなるって事?」

 

「食事出来るものが増えて、その意義が上がる。魔力も食事に出来るし、普通の食糧も食すれば、人間のように活力に出来る。ただ、本質はこの間倒した神の遺体」

 

「そ、それって……人馬とか、山羊とかの?」

 

「そう。神がこの世界で魔力を回復させるのは魂に依存する。神の遺体から血統の力を抽出して、肉体に導入。神のような肉体が魂を神のような形質に近付ける」

 

 遺伝子の水平伝播。

 

 個体間の遺伝導入。

 

 それは少年が今までナクアの書を用いてやって来た事に他ならない。

 

 受肉神の遺体は正しく人が遥か果てに辿り着く生物の極致の一端。

 

 その力は正しく常識的な生物としてならば、限界に位置する遺伝資源。

 

 ソレを肉体を構成する遺伝情報に組み込みながら強化された蜘蛛達は間違いなく種の限界を超えて、生物の限界へと近づき。

 

 呪紋とヴァルハイルの高度な自然界の定理を解き明かした先進機械技術。

 

 更にその先へと向かう過程、精神と存在の極致へと歩みを進めていた。

 

「蜘蛛を受肉神にでもする気?」

 

「その必要は無い。これはマーカラ達の転生前の事情を見て思い付いた」

 

「あの子達の?」

 

 アヴィラーシュは機械と亜人が融合したような肉体を持つ子供達の事を思い浮かべる。

 

 今は同じような境遇のヘールやら幼女達を護る役目を自ら買って出ている背伸びした子供達だが、非常に個体数が少ない大人は使徒を超える威力と肉体を持っているのは一目で分かるような相手だったからだ。

 

「生身のモルドは第三世代まで開発されてた。第一世代は亜人の死体を使ったもの。第二世代はヴァルハイルの死体を使ったもの。第三世代は生物の細胞を着る事で利用するもの。でも、第一世代はモルドの死体に引っ張られて中身が変質した」

 

「うん。一応、聞いてるけども……」

 

 アヴィラーシュが少年の横まで来て、こいつ水面とか立つの上手いなという感想を抱く。

 

 基本、その手の事が出来る人魚達は多いが、水面を一切揺らさず立つのはかなり難しい。

 

「しかも、亡霊のように霊力を必要として亜人を襲う怪物になった。つまり、肉体が魂に優越している状態。これを上手く必要な能力にだけ作用させられれば……」

 

「中身の状態を自在に変化させられる?」

 

「そう……肉体、内臓、遺伝子、コレらが精神や脳、魂に作用する。ヴァルハイルのエルから貰った思紋機関の原理や現物のコードも使って制御する」

 

「そんな事出来るの?」

 

「蜘蛛達は自分の頭で呪紋を走らせてるんじゃなくて、呪紋で思考を肉体に奔らせてる。その呪紋で肉体を変質させて、肉体から魂に必要な情報を書き込んで、従来出来なかった魂の精密制御が可能になる。これで能力を得て、思考を後押しすれば……循環で自在に能力を得られるようになる」

 

「何か滅茶苦茶してない?」

 

「……してない」

 

 少年がシレッと視線を横に逸らした。

 

「いや、してるでしょ!? というか!? あの蜘蛛達大丈夫なわけ!!? だって、神の血統とか。どう考えてもアレでしょ!? 普通の生物には不可能でしょ!?」

 

「問題ない。アドミサリアやノーヴスみたいな新参以外の蜘蛛達はこの世界で資格を得てる」

 

「資格?」

 

「神殺しに直接加担した」

 

「ッ―――」

 

「神の血統の力を直接受け取っても、問題ない。それを神に変貌せず神の能力だけ得る為に使えば、神ではないけど受肉神を超える生物になる可能性が高い」

 

「……それってどうなるわけ?」

 

「今まで出来なかった諸々の許容量が大きく上がる。魔力の自給自足。思考能力と魔力資質と肉体資質の上昇による複数の呪紋が使用可能になる。更に肉体を変質させる時の幅が極めて上がる。今はフレイ、ルーエル、ゴライアス、イージス、ヘリオス達の資質を全て導入可能になった」

 

「あのオネイロスとか言うのは?」

 

「出来なかった。でも、十分……これで常駐しておける呪紋数が大きく上がる。常に変質しておくだけで殆どの蜘蛛達が受肉神に対抗可能どころか、それ以上の存在に限界無く近づいていく。例え、呪紋が消されたり、魔力が消えても生物としての能力は呪肉神に近付いたまま戦える」

 

「……そこまで能力を上げてどうするのさ?」

 

「今後、ニアステラとフェクラールが恐らく王群と五大災厄に短い期間で襲われる。同時にかどうかは分からない。でも、同時に襲われても持ち堪えられるようになった。その先で呪紋を使わない敵が出て来ても戦える」

 

「……それってスピィリア達だけなの?」

 

「他の蜘蛛達にも出来る限り同じような強化を施してる最中。後、三日くらいで此処は撤収する。今、必要な呪紋と血統の導入工程を全部溶かし切った。今後は後進の蜘蛛達にも同じようなのを蜘蛛脚を使う時点で導入出来るようにレプリカの改造をオネイロスに頼んだ」

 

 少年が指を弾いてアヴィラーシュと共に地面に着地する。

 

 草原だったはずの場所が遠目に黒い沼地のようになった広大な領域には今も蜘蛛達があちこちから続々と集まって来ていた。

 

 それと同時に沼地の中心域から糸を伝って空を歩く蜘蛛達が何処かに向かっている様子も見て取れた為、確かに数日中にはあの調子で蜘蛛達が一段強くなるのだろうとアヴィラーシュにも理解出来た。

 

「で、次は何処に行くの?」

 

「上がった蜘蛛と海で訓練」

 

「海で?」

 

「北部の海岸線沿いの無人地帯を種族連合から借り受けてる。海戦と沿岸部の防衛。対空迎撃の為に色々と用意してる」

 

「どうするのさ?」

 

「海域から今は移動出来ない生物を移動させて、海中に防壁を築かせてる。そこで仮想敵相手に模擬戦」

 

「というか、さっきの能力でどうにかなる仮想敵なんか用意出来るの?」

 

「同じ蜘蛛に造らせれば解決」

 

「そういう事か。で? 僕を呼ぶ理由は?」

 

「集合呪紋」

 

「ッ……一応、秘儀の扱いなんだけど」

 

「仕事」

 

「はいはい。仕事仕事……もぅ」

 

 アヴィラーシュがようやく自分が呼ばれた理由を理解していた。

 

 集合呪紋。

 

 それは言わば、ドラクを動かす呪紋に近しい。

 

 いや、どちらかと言えば、ソレ自体が彼女に近しいと言うべきだろう。

 

「元々はノクロシアの機械に使われていた呪紋を複数個使って一つの事象を導く方式は恐らくモナスの聖域、ノクロシア、ヴァフクの秘儀にしか残ってない。一応、人馬の神を討伐した際に討伐した相手の家を捜索した際に同じような呪紋構築理論の研究資料が出て来た」

 

「つまり、ソレを僕から学ばせようって言うわけ?」

 

「そう。今の呪紋を用いる殆どの存在は呪紋単品を食べてる状態。それがコース料理になったり、別々の料理を一つにした料理になれば、お腹一杯……」

 

「アレ、一応難しいんだけど」

 

「老齢になるまでやれば、出来る層や技術で再現する者もいる。でも、恐らく神の力を使った呪文が一番精緻に制御可能」

 

「ま、だろうけど……」

 

 アヴィラーシュの海洋での全力戦闘形態。

 

 巨大な怪獣の如き姿は正しく集合呪紋で造られたものだ。

 

「今、リケイと他の学術系蜘蛛達が黒鉄の戦艦で集合呪紋の研究してる。機械方面の呪具として活用出来るのと同時に肉体に作用する方式や実際の攻撃方式でも手札に揃えておきたい」

 

「分かった。蜘蛛達にそれを教えて演習って事ね」

 

「そう。正式名称は?」

 

「【精神属性方陣呪紋】……僕の使ってるのは【神歌】と呼ばれてる」

 

「呪紋そのものを複合する呪紋?」

 

「いや、呪紋を複数個一気に動かす呪紋かな。君がやってるみたいに新しい呪紋に作り替えて使うみたいなのじゃないし」

 

「……分かる?」

 

「随分と蜘蛛達がおかしな事してたからね。新しい呪紋作ろうとして失敗してるところとか。どうせ、君の真似でしょ?」

 

「たぶん、そう」

 

「この呪紋は一つの呪文を複数個処理するものじゃないんだ。幾つもの呪紋を高速で処理して待機状態にして、組み合わせる呪紋。だから、方陣。揃えた戦列みたいなものかな。槍、弓、剣、盾を夫々揃えて一斉に使う感じ。勿論、時間が掛かるし、途切れる前に更に同じ呪紋を延々と処理する事も戦闘時間によっては必要になる」

 

「……処理方法を一つの頭でやってる?」

 

「そりゃね。僕ら頭一つしかないし」

 

「なら、更にそこを詰めれば、効率は更に上がりそう」

 

「どういう事?」

 

「複数の事を同時にするより、一つの事を単一処理で高速でやらせて、それを複数で揃えた方が恐らく効率が良い」

 

「頭は一つしかないって言ってるだろ? 馬鹿なの?」

 

「蜘蛛達は基本的に連携が得意」

 

「物凄く呪文を発動する瞬間を揃えるの難しいと思うけど」

 

「蜘蛛達ならたぶん出来る」

 

「……僕のやってる事を蜘蛛達にやらせるつもりって事か。まぁ、君相手じゃ全部筒抜けだろうけどさ……」

 

「そっちは海の生物にその代替を任せてた。呪紋で最初から馴らしておいた生き物を自分の眷属のように使えば、可能」

 

「その通りだよ。君と戦った時は凡そ600くらいの生き物と連携してたわけだけど」

 

「蜘蛛達なら、万単位でも恐らく出来る。個体毎の差も殆ど気にしなくていい」

 

「ま、教えるだけ教えるけどさ。それって受肉神どころか。教会の主神にも対抗出来ちゃうんじゃない?」

 

「イゼクスは主要標的の一つ。イゼクスの討伐は恐らく竜神よりも更に難しい」

 

「はぁぁ、神殺しか。僕には付いていけない世界だ」

 

「結果は後から付いて来る。準備はいつだって裏切らない。裏切るのは自分自身」

 

「……分かったような事言っちゃってさ」

 

「あっちにはもうオーダムもいる。今は黒鉄の戦艦を一隻回してる。処女航海中」

 

「でも、一隻でどうにかなるの?」

 

「蜘蛛達と一緒に演習するのはまだ一隻でいい。必要なのは迅速に最適解を導ける経験値」

 

「やるけどさ。ヴァフクを生き残らせる為にも、ね」

 

 こうして彼らは互いを見ず。

 

 海岸線沿いに次々転移で送られている蜘蛛達がいる場所へと歩み出す。

 

 この世界に新たな戦力を、神でも、亜神でもない。

 

 更なる高みを目指す生物達の最中へと。

 

 しかし、転移で向かった彼らが見たのはお仕事が無い系蜘蛛達が呑気に砂浜でズラリと日光浴してボールで遊ぶ光景であった。

 

 少年が溜息一つ。

 

 呪紋で号令を掛けるのも無理からぬ話に違いなかった。

 

 *

 

 北部の海岸線沿いで世界最大の海上演習が行われ始めた頃。

 

 第一野営地の片隅では“たいちょー”と“へんきょーはく”達がソローリソローリと二人揃って開いた木戸から顔を出して、黒蜘蛛の巣の端にある演習場にある建物の内部を覗いていた。

 

「その顔の傷……お、お父様、なの?」

 

「―――?!!」

 

「も、もしかして、その額の痣……お兄様?」

 

「―――!!?」

 

 2人の元ヴァルハイル兵。

 

 今や少年に服従呪紋で帰属する機械蜥蜴系幼女達が部屋に連れて来られた相手を見て、泡を食ったように全身を震わせていた。

 

「そうか。ヴァルハイルは本当に敗北したのだな」

 

 その神妙な声はしかし幼女のもので何処か深刻さが薄らいでいる。

 

「み、見るな。アミアル!? オレは!? オレは!? もう……ッ」

 

 兄らしき幼女が片手で顔を隠してプルプル震える。

 

「お父様!! お兄様!!」

 

「済まない。アミアル。我らは……」

 

「わ、我らはもう……」

 

 2人の幼女が絶望した様子で自分の娘であり妹相手にハモる。

 

「「幼女なんだ!!?」」

 

「………いや、それは見れば分かるけど」

 

「「えぇ?! もっと驚かなくていいのか!?」」

 

 さすがに親子らしくまた彼らがハモる。

 

「だ、だって……その……ヴァルハイルでも滅茶苦茶やってるし、あいつ……」

 

「あ、あいつ?」

 

「ま、まさか」

 

「うん。ニアステラの英雄。本当の名前は……アルティエっていうヤツの侍従をしてるんだ。今」

 

「「?!!」」

 

 雷を受けたような衝撃に蜥蜴幼女達が同時に固まる。

 

「お、おかしい、よね……敵の親玉みたいなヤツの下にいるなんて……」

 

「いや、な、何て羨ま、ゲフンゲフン!?」

 

「え?」

 

「そ、そうだな!! どうして、そんな事になったのか疑問は尽きないが、とにかく羨ま、ゲフンゲフン!!? お前が無事で良かった。アミアル」

 

「あ、あの……2人とも?」

 

 思わず服従の呪紋を受けて結構時間が経った二人が本音駄々洩れになりそうな己を律して悲壮な顔を作る。

 

「済まないな。アミアル……我らは服従の呪紋によって、今はそのお方……ご主人様に逆らえないのだ」

 

「ご、ご主人様って? 御父様!?」

 

 思わずアミアルの顔が驚愕に見開かれる。

 

「いや、待て!? その、気がおかしくなった相手を気遣う表情は傷付くぞ!? これはそういう呪紋なんだ!! どう頑張っても時間経過であの方の事をご主人様呼びしか出来なくなるのだ!!」

 

「そ、そうだぞ。アミアル!! これは呪紋のせいなんだ!? 決して、我々二人が身も心もあのご主人様野郎に屈したわけでは!?」

 

 その二人の様子に思わずドン引きになったアミアルがプルプルし始める。

 

 だって、彼女の知る二人は威厳があり、母に笑い掛けるユーモア溢れる父とか、自分の伴侶に優しく微笑み掛ける好青年な兄である。

 

 こんな場所で機械蜥蜴系幼女になってご主人様の部分に反応して、顔を赤くしたりするような恋する乙女的生物ではない。

 

「お母様とお姉様に……な、何て言おう。二人とも生きてたけど、首都で起ってるみたいに別人みたいになっちゃってるとか。どうすればいいのよ。もぅ……」

 

 再会は嬉しい。

 

 生きていてくれて心の底からホッとした。

 

 しかし、彼らは嘗ての彼らではなく。

 

 威厳も男性としての魅力も全て抜け落ちた敵の事をご主人様呼びする幼女だ。

 

 思わずアミアルが頭を抱えて泣けばいいのか笑えばいいのかドン引きすればいいのかで言えば、ドン引きする方が良さそうな心情に思わず眉根を寄せた。

 

「とにかくだ。あいつにはちゃんと生きていると伝えてくれ」

 

「ああ、我が妻には必ずいつか我が子を見に戻ると」

 

 2人の幼女が互いに頷き合う。

 

「うん。分かったわ……御父様。お兄様……姿形はどうあれ……2人が生きていてくれて嬉しい……きっと、お母様もお姉様も喜ぶと思う。姿形は驚いちゃうと思うけれど」

 

「うぅ、済まない。不甲斐ない父で済まない」

 

「ああ、こんな兄を許してくれ。アミアル……」

 

「いいえ、戦争、だったんだもの……それもヴァルハイルが負けたとはいえ、終わっちゃった……あいつが終わらせた……複雑だけど、必ずお母様達には伝えるから、だから、また会いに来るわ」

 

「う、うむ。そ、それでアミアル」

 

 ズイッと父幼女が彼女の方に乗り出す。

 

「何か持ってきて欲しいものとかあるのかしら? 御父様」

 

「い、いや、それよりも聞きたいのだが、お前はどうしてご主人様に?」

 

「えと、その……」

 

 アミアルが言い難そうにしながらも掻い摘んで少年との間に起こった話をする。

 

「そ、そうか。あの方は最初からヴァルハイルを落とす為に潜入して……だが、ならば、幸運、なのだろうな」

 

「ど、どういう事よ!?」

 

 思わずアミアルがその言葉に驚く。

 

「アミアル。お前が一番分かっているはずだ。ご主人様の強さは……恐らく受肉神すらも超える力を備えた亜神……例え、負けたとしても、ヴァルハイルをあの方が滅ぼさぬと言うのならば、それは一重にお前の事を見ていたのではないか」

 

「え?」

 

「あの方に服従しているからこそ分かるのだ。その冷酷さも優しさも……本当に滅ぼすべきかどうかを見極めていたのではないか?」

 

「……それって……」

 

「お前はヴァルハイルとしては未熟だ。だが、そんなお前や周囲の者達を見て、あの方はヴァルハイルをどうするか決めたはずだ」

 

「………」

 

「アミアル。もはや、ヴァルハイルは負けた。だが、お前の働きがきっとヴァルハイルの未来を決める。あの方に尽くせ……“敵だった”……が、今は違うのだろう?」

 

 それは核心を突いた言葉だった。

 

「……ぅん」

 

「今もまだヴァルハイルが在るのならば、ヴァルハイルの為にあの方を支えるのだ。お前がその力を尽くせば、ヴァルハイルの扱いもまた影響を受けるはずだ」

 

「昔の御父様じゃないみたい」

 

「ッ―――ああ、そうだな」

 

「でも、いいわ。今の自分に出来る事をするしかないんだものね」

 

「アミアル……済まない。裏切者と罵られても我らは……やはり、家族と祖国を護りたいのだ」

 

 兄幼女が父の意見に賛同して頷く。

 

「それはきっとわたしも同じよ。お兄様……お母様もお姉様も今は混乱した時世で不安そうにしてるけれど、二人の安否が分かれば、安心してくれると思う」

 

「後は頼んだぞ。何も出来ぬ父を許してくれ……」

 

「我が妻によろしくと伝えて欲しい。我らは今も何とか生きていると」

 

 コクリとアミアルが頷いた。

 

 薄いスーツ状の着るモルドを装着し、その上に少年が使っている戦装束用の外套を着込んだ彼女が立ち上がる。

 

「また、来るね。二人とも」

 

 頷いた父と兄であったが、すぐに端と気付いてアミアルの傍に寄ってくる。

 

「?」

 

「アミアル。そう言えば、言ってなかったのだが」

 

「お父様?」

 

「ああ、そうだったな。父上……」

 

「お兄様?」

 

「「ご、ご主人様の画像情報をくれないか!!」」

 

「?!!?」

 

 モルドには様々な情報を記録しておく事が出来るようになっており、それを閲覧する事は基礎機能だったりする。

 

 機械を能力として取り込んだ彼らは生身でモルドの情報管理機能を使う事が出来た。

 

「う、うわぁあああああああああん!!? いやぁ!? 二人がやっぱりおかしくなってるぅうううううう」

 

「「ち、違う。ご主人様の私的画像は仲間内で高く取引されてるんだ!? ちっとも、二人でお楽しみ用に欲しいとか思ってないぞ!?」」

 

 アミアルが気持ち悪さ百倍の言い訳でハモった父兄にドン引きしながら、思わず涙目でこんなの絶対お母様とお姉様には見せられないと逃げ出していく。

 

「「ア、アミアルぅううううう!!? ご、誤解だぁああああ!!?」」

 

「「………(T_T)」」

 

 そんな様子を見ていた二大幼女。

 

 否、片方だけが幼女のままな“たいちょー”と“へんきょーはく”はこのヴァルハイルの悲劇を見て、対照的な顔をしていた。

 

 片や『蜥蜴共め。ご主人様の私的画像流用は重罪にしてやる』という元教会騎士。

 

 片や『これもヴァルハイルの敗北による悲劇の一つか。それはそれとして情報は欲しいが』という元辺境伯。

 

 2人が顔を見合わせた後。

 

 じゃんけんし始め、勝った“へんきょーはく”はニヤリとして宣言した。

 

「そこの二人……家族と会えて良かったではないか。それはそれとしてご主人様の画像情報の入手を言い渡す。我らヴァルハイルの虜囚による更なる生活向上の為にな……」

 

「は、はい!! 辺境伯殿」

 

「はい!! 辺境伯様。お任せ下さい」

 

 こうしてヴァルハイル幼女隊(仮)の新人隊員達は娘にご主人様画像をおねだりする悲しきモンスターと化すのだった。

 

 勿論、アミアルの思い出はズタボロであり、思い出の中でじっとしていてくれとか思い始めるのもそう遠くない日に違いなかった。

 

 *

 

 崩壊した首都防衛の報。

 

 それを聞いたヴァルハイルの衛星都市と周辺村落の全てが愕然としたのは言うまでもない話であった事は確実だ。

 

 しかし、それを言っても始まらない上に首都強奪から数日後には彼らには種族連合からの使者として蜘蛛達が出向き、書状を持参する事になっていた。

 

―――こ、これは……。

 

―――もはや、これまでか。

 

 そこには聖姫エレオールの署名と国璽が押されており、現在の状況までも克明に描写されていた。

 

 全て直筆であり、型押しの文面以外は衛星都市や周辺村落群の実情に際して今後の状況も含めて敗北後の立て直しに関するものが多くを占めた。

 

 だが、それを責める衛星都市や辺境伯を排出する地域の者達は一人もいなかった。

 

 書き込まれていた恐るべき状況はもはや聖姫が進退窮まっている事を如実に教えていた。

 

―――蜘蛛にされるか幼女にされるか……。

 

―――服従の呪紋で反乱まで抑止されるわけか。

 

―――どうやらリケイとやらが生み出した新式服従呪紋は恐ろしいものらしい。

 

―――アルマーニアの譜律を取り込んだ新型か……。

 

 王城守備隊のほぼ全て、皇太子及び近衛部隊、中央参謀本部と貴下の部隊、軍警組織外が全て都市から消えた後、王城がニアステラの英雄に陥落させられ、軍警組織と守備隊の一部の者達が蜘蛛の軍団に制圧され、全て新しい種族と目される幼女にされて無力化。

 

 自分もこうなりたくなければと脅された軍警の組織上層部と残されていた行政組織と殆どの研究職、軍需物資生産、高度技能者及びインフラの整備者達は家族毎ニアステラに連れ去られ、残されたのは老人子供と一般市民のみ。

 

―――人材の強奪……これでは高都を取り戻せたとしても意味が無い。

 

―――もはや抜け殻の高都では生産力を取り戻す事は容易ではないか。

 

―――そして、あちらの生産力と技術力が我らに追い付いてしまえば……。

 

 軍門に下る事を良しとせずに蜂起しようとした者もいた。

 

 が、四卿の敗北映像を流されて戦意を喪失し、代わりに彼らの上に立った蜘蛛達が次々に反乱分子を摘発し、幼女化。

 

 もはや骨抜きどころか。

 

 血も肉も無い状態で何とか最後に残された首都機能を維持出来そうな裏社会を纏めていた歓楽街を拠点とする組織マートンに生産設備を売り払い。

 

 現在、施設の復旧と行政の再開を目指している云々。

 

―――遂に高都の闇までも公的に使わねばならないのか。

 

―――ああ、心配だ……その者達がヴァルハイルらしい者達であればよいが。

 

―――もはや、指を咥えて見ている事しか出来なのだな我らは……。

 

 種族連合への莫大な賠償金を支払う方法で二択を提示され、ヴァルハイルの首都である高都そのものを売り払い各国に散って生活するか。

 

 もしくは首都で生産される全ての高度技術の軍需品を種族連合に売り込んで工面するか。

 

 無論、前者を選べなかった聖姫自身が全ての責を負う形で降伏文書に署名した。

 

 各衛星都市と村落群がソレに従わない場合。

 

 高都の現状が苦しくなる事。

 

 最前線の辺境伯軍に卸されていた各種の首都でしか生産出来ない物資の枯渇が間直に迫っている事。

 

 現在、王群の暴走が始まっており、敗走する皇太子一党だけではどう考えても王群を抑えられない事。

 

 聖姫が報告する正確な現状に対しての最善手が残念ながら、全てニアステラからの要求に応える形以外ではどうにもならない事。

 

 辺境伯軍の大半を王群の対処に転用し、種族連合からの最後通牒前にニアステラへの降伏を選ぶ事で衛星都市の籠城戦を回避し、賠償を行った方が結果的には死者を最小限度に留められる事。

 

―――悪夢だ。

 

―――もはや、道は一つと。

 

―――最弱のヴァルハイル再びとは、歴史の何と残酷な事か。

 

 その呟きだけが、書状を見た者達の感想であった。

 

 相手側は殺すまでも無く自分達を取り込んで王群に対処する必要性がある為、種族連合からの厳しい統制と占領政策を受けるよりは柵が少ないニアステラに降伏した方が良いと判断した聖姫の決断は彼らにはこれしかないだろうというものにしか見えなかった。

 

 結果として全ての衛星都市がニアステラへの降伏と占領政策を実施する主体として蜘蛛とアルマーニアの一団を受け入れたのは仕方ない話だったのである。

 

―――アレが噂のウルガンダの氏族……。

 

―――人ほどもある蜘蛛……あちらは人型と蟲型を自在に変化するらしい。

 

―――あんな……使徒階梯の存在が幾らもいるのかあちらは……。

 

 最前線でも主力であった辺境伯軍の多くは故郷から届いた報に愕然としながらも、種族連合からの猛攻に耐え切れなくなりつつあった為、現地での降伏文書への調印を余儀なくされた。

 

 結果として損耗し切る前に敗北した辺境伯軍は殆どがボロボロになりながらも命は大半救われた様子で最後の砦となった辺境伯領たる衛星都市と周辺の基地に帰還。

 

―――この度は誠に不甲斐なく……ぅ……。

 

―――とにかく、や、休まれよ!?

 

―――誰かぁ!! この勇士殿達を医務室に運べぇ!!?

 

 背後から迫る王群に対する備えの開始と共に自分達を追撃したそうに見ている種族連合の部隊が後方となった最前線にいる理由を理解して、諦めの境地に達した。

 

 つまり、自分達は防波堤なのだと分かったのだ。

 

 ヴァルハイルにもはや退路の二文字は無く。

 

 無尽蔵に進出してくる王群を食い止めて衛星都市や村落群を護る以外に何も出来る事が無いのを悟ったのである。

 

『……つってもなぁ』

 

 そう零す衛星都市の現場では撤収作業の後にやってきた陣地防衛用の拠点造営や大量のドラクのニコイチ修理に追われていた。

 

 戦えないドラクから取ったパーツを継ぎ接ぎしてまだ稼働出来るドラクを仕立て直し、造営中の塹壕線に放り込むという簡単にして最後の“出来る事”であった。

 

 だが、その大半は完全な状態ではあってもまったく数が足りず。

 

『……一個大隊が精々ですな。隊長』

 

『もう無理か?』

 

『もう部品が一つもありません。残されたのは壊れたガラクタが大半で余った予備の部品は損耗分を補填する際に使用するしかなく』

 

『まさか、ドラクではなく。モルドで祖先達のように白兵戦になるとはな……』

 

『首都機能が回復し、書状にあったというマートンとやらが生産を再開させない限りはどうにもならんでしょうな』

 

『今すぐに高都から接収した人員を戻せと言ってどうにかなるわけもない、か』

 

『あちらにしてみれば、現存している殆どの人員は反乱分子。あちらで服従の呪文を用いて、技術や知識を吸い上げ、ヴァルハイルの力を乗っ取るまでは解放せんでしょう』

 

『そうなっても怪しいものだ。こそこそと裏で反乱用の戦力を作られても敵わんとあちらは思っているだろうよ』

 

『呪紋巧者も多いですからな……隊長。これは独り言ですが、蜘蛛達に頼ってみれば、案外戦力は回復するかもしれませんよ?』

 

『独り言か……』

 

『何でも連中、あのウルとか言うのはドラクを呪紋で変質させて作っているとか』

 

『つまり、ガラクタを?』

 

『ええ、呪紋であそこまでやれるのならば、壊れていても全身一式分の部品さえあれば……』

 

『背に腹は代えられないとしても、それは……』

 

『聖姫殿下の決断は少なからず衛星都市の上層部連中も賛同しています。ニアステラからの介入も反乱に加担しない限りは衛星都市を庇護する用意があるとの事ですし』

 

『問題は皇太子達か……』

 

『運よく拾った通信からすれば、後二日後には衛星都市付近まで戻って来るでしょうな』

 

『あちらは何も知らないのだったな』

 

『通信用の呪紋の殆どが今も妨害されています。ニアステラ側はあの我儘皇太子共が折れぬと見て、衛星都市の防衛で消耗させる算段でしょう』

 

『グラングラの大槍がこちらに向けられなければいいが……』

 

『その場合、あの蜘蛛達が運び込んだ荷が火を噴くでしょうな』

 

『同じ戦略兵器ならば、互いに滅ぼし合うにはお似合いか……』

 

『ですが、あちらは転移の呪紋を使うとの話。蒸発するのは我らと都市民だけでしょう』

 

『はぁぁ……天は我らを見放したか』

 

『あるいはもはや竜神カルトレルムの加護も無いのかもしれません。竜達を箱詰めにした時から』

 

『『………』』

 

 こんな会話が衛星都市のあちこちで呟かれ。

 

 降伏した衛星都市は帰還する部隊の整備と陣地の構築に向けて忙しく動き出す。

 

 しかし、それがあまりにも時間が掛かるはずのところ。

 

 何故か1日の間に何でも終わってしまう不思議を誰も疑問には思わなかった。

 

 全てが進み続けている。

 

 1日で蜘蛛達から言い渡されたドラクの修理が全て終わるわけは無いし、衛星都市の巨大な壁の周囲に塹壕地帯が無数に隣接するように建造される事なんてあるわけもないが、現実はそうなってしまっていた。

 

 *

 

【ミートスの知借】

 

 欲望を生む呪紋。

 

 その被験者第一号となったスピィリアは今日もコソコソと地下に潜っていた。

 

 人豚の邦。

 

 そう、豚達が地下に築いている都市を見て回る為だ。

 

 人畜無害そうな顔をした彼らが実は地下で嘗てのノクロシア顔負けの建築技術を用い。

 

 ひっそりとヴァルハイル並みの暮らしをしているなんて事は種族連合すらも知らない秘密であったが、その秘密の最中へと至ったスピィリアは人豚に化ける事で難なく都市を見て回る事が出来ていた。

 

 彼らが住まう領域は実質、冥領の数割にも達するものであり、フェムの地下の地図にも載っていないという事から考えてもほぼ単独で築き上げた彼らの楽園であった。

 

 高く聳える高度建築。

 

 機械化された農場では呪紋の光を放つ機械の下。

 

 草原で家畜達が伸び伸びと生活しており、その大半は食用らしく。

 

 馬や牛などの農耕用や物流用の家畜は見当たらない。

 

 都市部には活気が溢れており、煌めく都市の内部では子供達が走り回るどころか。

 

 運動場で遊ぶやら、自分の伴侶となるべき相手を見付けて、子作りに勤しんでいる。

 

 人豚の邦にとって、正しい子作りは何よりも一族の延命に必須の為、正しくソレは推奨された行為なのである。

 

 子供と言っても成人年齢が人よりも数歳低い彼らは子供の頃から子供を儲け、大人になる頃には一人か二人は息子や娘がいるというのがお決まりだ。

 

 奴隷達の多くは地表と変わらず。

 

 様々な人材としてあちこちで働いており、店の店員から肉体労働から家事育児の手伝いまで何でもござれでやっている。

 

 上質な木綿や絹の布地で造られた衣服は貴族の礼服に似ているが、殆どの都市民達が着込んでいるものからして、他の邦では考えられないような工業製品に違いない。

 

 地下にある工場が稼働している様子も覗いてみれば、スピィリアにも分かるくらいには機械と人が共に働いており、活気に溢れた路地と同じく。

 

 真面目な工員が笑顔で働いている。

 

「……(´・ω・`)(何処見ても良さそうな都市のお手本ぽいという顔)」

 

 この数日以上の日数。

 

 地下に潜り続けている蜘蛛はあちこちを回って来たが、一番驚かせられたのはやはり都市外延部にある発着場だ。

 

 コソコソと今日も潜入したスピィリアはイソイソと人豚達にバレないように地下の基地らしき場所でなるべく無音で探索していた。

 

 ノクロシアの軍艦。

 

 黒鉄の戦船。

 

 それに良く似た船が数隻。

 

 毎日毎日、使われる事も無いのに人員が出入りして、清掃員が磨いて、メンテナンスをしている者達がいるのだ。

 

 そう、つまり使われている。

 

 内部の軍艦の機能の一部をしっかり使っている様子で軍艦のみならず。

 

 周囲にはモルドらしき人型の全身鎧があちこちの区画で保管されていたり、小さな屋内演習場では屋内での戦闘訓練をする者達がしっかりと存在していた。

 

 誰もが全身鎧。

 

 明らかにヴァルハイルのモルドに似た着る機械を装着し、人豚と馬鹿にされているような鈍重さも無く軽やかな足取りで相手と戦っている。

 

「(。´・ω・)?(アレは弩なのかという顔)」

 

 近頃、ずっと生活区画や軍用区画内の物資調査をしていたスピィリアは見た事も無い弩らしきものが瞬時に鉄の小さな破片を打ち出す手持ち式の殺傷兵器を見て、ウリヤノフが試作した魔力で鉄片を打ち出す装置を思い出した。

 

 しかし、その現物があるのであれば、話しは早い。

 

 ロッカーらしき場所に収納されたソレを糸で絡め取り、内部構造を全て糸で写し取って、金属類もちょっとだけ欠けさせて採取し、壊れたという体で現物をそのままに情報を回収。

 

 戦船の内部でも同じようにして情報と現物をちょっとずつ収集して、誰にも気付かれずに一旦撤収しよう、と思っていた矢先の事。

 

「悪戯はイケナイなぁ」

 

「(>_<)/(逃げろーという顔)」

 

 基地の入り口付近で声を掛けられて瞬時に逃走モードに移行した。

 

 何故なら、その背後に感じた気配には神の力が混じっており、明らかに使徒クラスの戦力だともう分かっていたからだ。

 

 瞬時に音速を超えた自慢の蜘蛛脚で突風を吹かせつつ、高層建築の間をジグザグ走行で走り抜け、不可糸で造った分身に色付けして数匹を別方向へと逃がす。

 

 それでも次々に反応が攻撃で途絶えているのを鑑みて、一介のスピィリアは敵はかなりの練度であると認めて、瞬時に都市の下水処理施設に突入。

 

 排水設備の鉄格子を糸で切断して内部を走り抜け、迷路染みた場所を迷う事無く移動しながら、都市郊外に続く道を爆走。

 

 それでもしつこく操獣らしき気配が音速に近い速度で追ってくるのを感じて、更に分身を多数放って敵を攪乱しつつ、大きな下水処理施設内部の合同管内部に出た。

 

「生憎と待ってるのは君達じゃない。女王陛下のお達しだ。今日のところは帰りなさい」

 

 その言葉に振り向いたスピィリアが見たのは神の気配を肉体に宿す男らしき存在だった。

 

 らしき、というのは相手の姿が朧になっており、まるで霧で煙る場所に浮かばせた人型のような何かだったからだ。

 

 でも、この国に受肉神とか信仰神はいなかったような?という疑問を持ちながらも、イソイソとスパイ大作戦を終えたスピィリアがイソイソと帰還予定の穴に飛び込んで消えていく。

 

「ふぅ……骨が折れるな」

 

 姿形が朧な人物の溜息が下水道に零される。

 

 その姿がゆらりと像を結んだ。

 

 そこには人豚の特徴である耳と尻尾を備えた60代くらいだろう紳士がいた。

 

 着ている服は大陸の紳士服のように見えたが、生憎とそんなものを着込む者はその邦では殆どない。

 

 彼がパチンと指を弾くと転移で消えて、一瞬で移動したのは通路の最中。

 

 そこから一番近い部屋にノックも無しに入れば、一人の老女が髪を整えている最中だった。

 

 肌着の上にガウンを羽織った姿は風呂上りだと分かるだろう。

 

 オーデルブルク、人豚アーブの邦の女王その人であった。

 

「あら? もう終わったのかしら? 我が夫様は……」

 

「ははは、手強い侵入者君だったさ。いやはや、まさかまさか。聖域からではなく外部から蟲の眷属が侵入するご時世とは」

 

「それで? まだ来ない様子かしら?」

 

「ああ、此処に来るのは先延ばしじゃないかな。何なら今は大昔の災厄共の相手の方が面倒事だろう」

 

「時間の経過が違うという事らしいけれど、どうなっているの?」

 

「ニアステラは今火事場だ。触らない方がいい。ヴァルハイルは敗北したが、まだ火種を消している最中。聖域や周辺の王群に取り掛かる前といったところかな」

 

「ふ~ん。困ったものね。外の人間達も……」

 

「外界から来ていないだけマシだ。救世神の復活は目前。そうなれば、全てはご破算だろう。外界の者達もこの島の者達も全てがな」

 

「……受肉神というのも存外俗物なのよねぇ。本当なんだか嘘なんだか」

 

「それを君が言うとは。その俗物と結婚している君の事は棚上げかい? 我が最愛の妻よ」

 

「このやり取りが何度目か、なんて聞いていないし、この世界の崩壊とやらが起きるとしてもまだ猶予されていると言われるし、もう頭が変になったおじさんが適当言っていると思っておく事にするわ」

 

「はははは、違いない。君に惚れて伴侶になったはいいが、この会話は初めてだとも……そう、初めてなんだ」

 

 そこで初めて人豚の女王が振り返る。

 

「ミートス。人豚の神にはなりたくないのね。相変わらず」

 

「加護を与えるなんて柄じゃないんだ。この因果の主要神格達の多くは気長に待つだけの身でしかないが、ようやく本番だ。舞台に上がる前に面倒なものを全部力で片付けるのはお互い様で、僕程度の神格がしゃしゃり出る幕は無い」

 

「力不足の神様ねぇ……」

 

「他の亜人達の神々の多くも成り行きを見守る以上の事はしていない。そうする理由しか無いからな。君の知っている通り、神は何もしない。そう……己の存在が因果に昇らぬ内は……」

 

「神々の戦争はまだ続いている。なんて、神話よね」

 

「事実だからな」

 

「それで? 私の記憶を逐一消してくれる通い夫様は一体何をしてくれるのかしら?」

 

「ウチの孫娘から一人ニアステラにくれてやるといい。戦力ではなく。技術と知識を一緒にな」

 

「一方的に損をしていないかしら?」

 

「婉曲的かもしれんが、それが一番単純で明快だ。何、技術と知識はさっき持っていかれた」

 

「はぁ……使えない夫様だこと」

 

「もしも、竜神に届いたならば、ようやく次の段階に入る。あの我らを憎々しく思っているだろうレイフェットの小僧も動き出すだろうよ。あいつも良い信者を持った……」

 

「緋霊王……太極を得た者……そんなの本当にいるのかしらね」

 

「はは、いるとも。どれだけ会っていなくても島からは出られないしな」

 

 女王が瞳を細める。

 

「彼とまずは教会がぶつかるのかしら?」

 

「さて、どうかな。太極の導きは世界が滅んだ程度では何も変わらん。だが、大宇を脅かす程のものとなれば、変貌もしよう。動き出した因果は誰にも止められない。それが神であろうと人であろうとな」

 

 男がそっと女王を下から持ち上げて白い歯を煌めかせる。

 

「どの道、これ程に進ませてしまった以上、後戻りは出来ない。外界からの介入が早まれば、エル大陸など一溜まりも無いが、その前に此処が最前線となる。そういう風に結界は張られている」

 

「この島が古き時代の話と関係有るのかしら?」

 

「在るとも……あの亡王がそうであったようにな」

 

「エンシャクさん……童謡が?」

 

「ヤツはお膳立ての一環で此処に来て力を得た初めての王だ。そして、モナスの聖域の怖ろしさに圧し潰され、正しき死の無い島を正そうとした。エルの大陸は此処に墜とす者達の選別場所となって久しい」

 

「選別ねぇ。“彼ら”からしたら、面倒な敗残者を放り込んでいただけじゃないかしら?」

 

「だが、その先にまた妖精神は復活した。此処は【ゼート】……力ある者達を遺棄する為の最終大陸と呼ばれた大地……全ては此処に集約され、此処で何もかもが終わるのが因果となった」

 

「最終大陸……封ぜられし者達……我々がそんなのとは思えないのだけれどね」

 

「それは君達のようなのしかいないからだ。外界では君達のような技能や資質だけで世界を壊す強者は殆ど存在しない。精々、種族単位の叡智と技術が大半だ。それこそがヒトの強さではあるのだが……」

 

「我らが強いなんて何処か別の世界の話にしか聞こえないわね」

 

「だが、その最たる者が救世神だ」

 

 女王が沈黙する。

 

「ヤツは世界の理を、定理を、規定を捻じ曲げ、全てを救おうとした。その結果がどうあろうとな。ある意味で外界にとって最も予想外な存在だ。奴らにしてみれば、綺麗にする前のごみ箱がいつの間にか自分を殺す化け物に早変わりしていたという笑えん話でもある」

 

「………」

 

「そして、それは他の大陸からすれば、明らかに致命的な侵攻理由となり得る。そして、その時こそ救世神は世界を救うだろう。呼応しているのだよ。互いの目的がな。外界からの来訪は目前だ……」

 

「なら、救われておくのではだめなのかしら?」

 

「フン。見知らぬ神の加護で延々と使い倒される未来がお望みかな? 我が妻は」

 

「はぁぁ……しょうがないわね。子供達の未来の為にも精々死ぬまで女王を務めましょうか」

 

「ああ、是非そうしてくれ。カルトレルムのヤツが動き出した以上、一気に全て押し寄せるはず……あの善悪超越の女神が舞台に腕一本になってすら上がるのならば、台風の目は……」

 

 男が虚空に映像を映し出す。

 

 そこには一人の少女の姿が映っていた。

 

「妖精神ティタルニィアの器……君は世界を救えるか? あの哀れな少年を……」

 

 フィーゼ・アルフリーデ・ルクセル。

 

 ルクセル子爵の三女。

 

 今、子供達を前にして笑みを浮かべて撫でている少女は確かにそんな名前であった。

 

 *

 

―――数日後。

 

 未だ皇太子は衛星都市に到着せず。

 

 高都の生産設備がマートンの若い構成員達によって思っていたよりも早く再稼働しつつあり。

 

 五大災厄を要する王家連合と帝国の船団も沈黙している。

 

 という、明らかにおかしな間延びした時間の最中。

 

 遂に連携訓練を終えた蜘蛛達が約6割に達した後。

 

 少年は訓練から一抜けしていた。

 

「後は任せる」

 

「ルーエルにお任せだよー」

 

 訓練の監督役を呪紋も動きも真似が上手いルーエルに委任して、イソイソと少年はフェクラールへとやって来ていた。

 

 先日から種族連合との窓口として諸々させていたものの。

 

 忙しいのは殆どが知識階級の文官達ばかりだった事から、殆どの移民者達は黒蜘蛛の巣への移住を開始しており、混乱もなく定住が進んでいた。

 

 アルマーニアの街区からはアルマーニア以外の人々が随分と掃けて、少し喧騒が減ったように感じるが、過剰な人口が全てフェクラールとニアステラ一帯へと吸収された為、ある種の静けさは住み易さとなって、周囲の治安も改善していた。

 

 今はアルマーニアの若年層に戦時下となる前に出来る限り訓練を施す事になっており、ニアステラの蜘蛛達の指導の下、少年少女達が教官職を歴任するドラコ―ニア達相手に模擬戦をして、ついでに蜘蛛達が呪紋も含めて様々な育成を施している。

 

 もはやその様子は蜘蛛の学校と言えるだろう。

 

 アルマーニアの一括教育方針によって、護身術の指導者であるリーオン老が校長職に付いており、彼の下ではアルマーニアや他の種族も含めて各地の黒蜘蛛の巣の下に移住した子供達に対しても分校という形で教育が施される場が提供されていた。

 

「(>_<)/(後走り込み20周という顔)」

 

『ぞ、ぞんな゛~~~じぬ゛~~じんじゃう゛~~~!?』

 

 ゾンビみたいな顔色の生徒達は蜘蛛達にビシバシ扱かれている。

 

 とにかく体力作りと走り込み。

 

 走り込みに始まって走り込みに終わる勢いで運動量が求められ、それが苦手だったりする子供達は蜘蛛達相手にシビアな呪紋合戦をしており、攻撃と防御の反射速度を上げさせられていた。

 

『けふ……いだいよぉ~~~もぉ~~やぁ~~』

 

 蜘蛛達による呪紋の詠唱に負けると死なないにしても激痛くらいは受ける火傷や衝撃を受けて昏倒する者が多数。

 

 それさえ、霊薬で回復させられて、何度でも叩き折られ、折れなくなるまで呪紋でぶっ叩かれるとかいうのは確実に教育方針としてはアレだ。

 

 事実、その様子に最初は不安しか無かったアルマーニア他の種族の亜人達であったが、蜘蛛達の鍛錬の下でけが人こそ出るが死傷者も無く。

 

 次々に自分達の子供が大きく戦力として成長し、立派になっている事を実感してからは心配する声は左程上がっていない。

 

「どうだ? 子供達の様子は?」

 

「……避難する時には問題無さそう」

 

「戦力にすら数えられないのか……はぁぁ、子供達を戦場に送らず済むと安堵するべきかどうか」

 

「どの道、戦える主戦力は蜘蛛一択」

 

 子供達が涙と汗と泥に塗れて地獄の訓練をしている様子を少年に見せていたアルマーニアの邦長たる青年イーレイが肩を竦める。

 

「沿岸部の防備は?」

 

「固めさせている。黒蜘蛛の巣が昼間も黒くなった沿岸部方面は現在畑で日射量が殆ど必要無い野菜と肉、それから火事場の増設を行っている最中だ」

 

「ヴァルハイルの技術者は?」

 

「渋々と教えてくれている。現在、知識層で優秀な層を全員技術者や学者に付けて学ばせている最中だ。ヴァルハイルの技術関連はとにかく高度でな。基礎からとなると時間が掛かる」

 

「製造装置関連は?」

 

「ドラクの製造に必要な部品だが、現行の鍛冶場の能力だと蜘蛛達の力も用いて、日産で黒蜘蛛の巣1つに付き3機が限界だ。必要な鋼材の原料も王群が占拠した中央山岳部にしかないもので高都の備蓄分はそのまま残ってるが、それそのものが来ても機材が無い」

 

「90くらいの巣で日に270機くらい?」

 

「主要な部品は全て在庫にしかないから合計なら2000機が限度だ。高都の生産設備が稼働せぬ内はな。今の我らの技術知識では製造装置そのものの開発は手に余る」

 

「ドラクとウルの総数は?」

 

「ニアステラとフェクラール合わせて1万3200機。配備分と予備機、部品数を合わせての数だが、実質は9000機が稼働状態で戦闘可能だ。まぁ、全て分散して、そちらの持ってきた新しい部品を組み込んでいる最中なわけだが……」

 

「……王群がそろそろ攻めてくる」

 

「話は聞いている。だが、どう頑張っても五大災厄の質と王群の数を敵に回しては戦力を集中させ過ぎると後方が手薄になる」

 

「それを解消するニアステラとフェクラールの合同軍の結成。何処まで進んでる?」

 

「……情けない事だが、アルマーニアの戦場帰りな男どもの半数は未だ神格の復権派だ。残りが現状維持とニアステラとの共存派。取り込み工作を掛けているが、戦争の後だ……古き輩の願いを捨てられん者は多い」

 

 元々、ヴァルハイルに攻められた時から、ヒオネを神の依代として受肉神を降臨させる事は確定事項だった。

 

 それがニアステラとの出会いとヴァルハイルによる軍の壊滅に伴って大きく変更されたのが現在という形であり、現行でも戦場帰りの男達の多くは復権を望むというのも分からなくも無い。

 

 その為に命を捨てた数多くの同胞を彼らは自分の目で見て来たのだから。

 

「仕方ない。少しそっちの人間にちょっかい出す」

 

「死なせて貰っては困るのだが」

 

「死なせないし、傷も付かない。人の考えを変える方法は実体験でしかない」

 

「……それには同意するが具体案は?」

 

「こうする」

 

 少年が蜘蛛達に前々から号令を掛けた通りに居住区画へと移動し始める。

 

「何をする気だ?」

 

「元々、無尽蔵に湧いて来る王群の事は知ってた。それを迎え撃つ時の算段は作戦としては基本的に漸減戦術。とにかく数を減らす事が必要。であれば、どうすればいいと思う?」

 

「どうすれば?」

 

「相手を囲い込んで包囲殲滅すればいい。でも、それが戦場では難しい」

 

「だろうな……」

 

「でも、それが自分達の用意した狩場でなら?」

 

「狩場……何処かに集めるのか?」

 

「王群の進軍方法は単純無比に山岳を下りるだけ。でも、相手がもしも簡単に下りられる場所を見付けたらどうなる?」

 

「ッ―――」

 

「元々、これは作戦として組み込まれてる計画の一部」

 

「……アルマーニアに犠牲が出る。とはならないわけか」

 

「王群の戦術は消耗戦。通常の消耗戦じゃない。単純な数の暴力を極限まで高めた超重物量戦……そう呼んでいいもの」

 

「超重物量……」

 

「王群のせいでヴァルハイルの領土が今は3割以上侵食されてもいる」

 

「つまり、こちらに誘因して、戦力分散を狙うのか……」

 

「恐らく敵は大地母神ウェラクリアの呪紋辺りで滅茶苦茶に増えて来る。聖域周辺の地脈や熱量その他の力を利用すれば、ほぼ無尽蔵に。でも、裏を返せば……」

 

「それが止まれば、無尽蔵な敵に限界点が出来る?」

 

「オネイロスに敷かせていたのはヴァルハイルの首都強奪の陣だけじゃない。蜘蛛達の半数は演習に行ってる。でも、こちらは更に戦力を増強したばかり……」

 

「分かった分かった。いいだろう……で、期日は?」

 

「明日」

 

「急過ぎないか?」

 

「危機感を持ってもらうには丁度いい。王群を一度殲滅し易いように数を減らす。相手が攻めて来ていない内に戦場を制御するには自分から仕掛けるのが良い。ヴァルハイルみたいに」

 

「……いいだろう。それとなく伝えておこう。王群への備えを欠かすなとな。それと復権派を山岳方面に移動しておく。情報を得たとでも言って」

 

「よろしく」

 

 こうして、少年は敵との激戦区になる予定の山岳部の一部を見やる。

 

 西部の北端にある大きな山岳部の壁の一部では既に少年の意向を受けて、遺跡の爆破解体作業が開始されようとしていた。

 

 同時にまた山岳部内部に造られた巨大な神殿の如き巨人族の住処は軍事拠点化され始めており、蜘蛛達が前倒しでイソイソと現場へと向かっていく。

 

 少年は明日と言いながらも数日は掛かるだろう仕掛けの設置の事を思い。

 

 この間に出来る限り戦力を増強しなければ、次なる一手を思考し、ふと転移で戻って来たらしきスピィリアを見付けた。

 

「あの呪紋の……」

 

 少年が見ている前で伸びをした蜘蛛がクルッと振り返って少年の下にシャカシャカやってくる。

 

「旅はどうだった?」

 

「(/・ω・)/(戦利品どうぞという顔)」

 

 少年の前で虚空に複数の弩のような射撃兵器。

 

 爆発力のある呪紋を用いて鉄片を飛ばす機構が不可糸で再現された。

 

「コレは……」

 

 少年がスピィリアから渡された録画情報を脳裏で解凍する。

 

「人豚の……色々あって優先度が下がったままだった。助かる」

 

「(>_<)(いえいえ、プロですからという顔)」

 

 少年がそれらの情報を自分の不可糸で取り込んですぐに鍛冶場の蜘蛛達に通達する。

 

 ウリヤノフと共にソレを遠征隊とドラク、ウル用に再現出来ないかと。

 

 こうして迅速に新たな兵器の製造に取り掛かった蜘蛛達に多少多めの魔力を扱う許可を出しながら、旅をしていた蜘蛛を少年が見やる。

 

「(´・ω・`)?」

 

「ご苦労様。名前を付ける」

 

「(/・ω・)/(わーいなまえーという顔)」

 

「……旅をする者。新たな道を探す者。ヘルメース」

 

 その声が発された途端。

 

 一介のスピィリアであったソレの肉体が翡翠色に塗り替わっていく。

 

 そして、同時に前脚の一部が分岐して腕から先が人間の骨のように変貌する。

 

「(>_<)なまーえ!! なまーえ!!」

 

「符札を使っていい。はい」

 

「(;^ω^)ありが~と~♪」

 

 少年のような声になったヘルメースが適当に歓びながら喋れるようになったらしく連呼しながら踊った後。

 

 頭を下げてから「(^ω^)/いってきまー」と手を振って、再び転移で現場から消えていく。

 

 少年はソレを見送ってから自分もまた王群への対策の為に転移で現場から消えるのだった。

 

 *

 

―――衛星都市『エルラグナ』周辺。

 

 皇太子一党。

 

 もしくは残党。

 

 そう呼ばれる事になる巨大浮遊ドラクは延々と増援を寄越しつつある王群の蟲の軍勢を前に後退し続けていた。

 

『クソ……グラングラの大槍をもう何発撃った……機構が悲鳴を上げている……』

 

 黄金竜。

 

 ヴァルハイルの皇太子ヴァメル。

 

 操縦席で四肢を機体に接続していた男は本格的に魔力の枯渇による最後の一発を撃ち尽くし、遠方に見えていた20万からなる蟲の軍勢を焼き滅ぼしながらも苦々しい顔で自身の銘付のドラクの高度を下げ、ようやく見えて来た衛星都市付近まで後退する事に成功していた。

 

『殿下。衛星都市の周囲に大規模な塹壕線を確認致しました』

 

『恐らく、報は既に伝わっていたと思われます』

 

『一端、衛星都市近辺に降りて、魔力を節約し、僅かでも大槍の整備を行うべきかと』

 

『通信はどうだ?』

 

『今以て通信は届いておりません』

 

 その声に対してヴァメルが目を細める。

 

『あちらもすぐに確認の為の部隊を送って寄越すだろう。補給と整備工を出来る限り要求しておけ。先程の一撃で二日は遅延するだろう』

 

 ヴァメルが自身が機体を下りる事無く。

 

 司令部を自身のドラクの上から降ろすべきかどうかと思案し、機体の確認を行って数十分後。

 

 そろそろ夕暮れ時へと向かうだろう時間帯に衛星都市から複数の呪霊機の車両団がやってくるのを見て、遅いという感想を抱いたが、此処で怒っても仕方ないと全ての交渉を参謀本部の者達に任せる事とした。

 

 しかし、それから数分でヴァメルには緊急の連絡が入る事となった。

 

『殿下!!? 緊急事態です!?』

 

『何が有った? まさか、魔玉が足りんと抜かしたか?』

 

『そんな状態ではありません。あの……衛星都市エルラグナは既に墜とされています』

 

『何ぃ!? どういう事だ!?』

 

『どうか状況が詳細に分かるまでは決して衛星都市に武器を向けませんよう。参謀本部一同から嘆願させて頂きます』

 

『……まさか、種族連合か?』

 

『いえ、ニアステラです!!』

 

 ヴァメルはセンサーを用いて、車両団が既にコンタクトを取った参謀本部貴下の部隊に大量の魔力を積層化して凝集した物資やらグラングラの大槍に用いる整備用の部品やらを渡している最中に自分を見つめる人サイズの蜘蛛を見咎めた。

 

 こうして、彼は人生で初めて……その憤懣を飲み込む事となる。

 

 少なからず、理性と合理を重んじるヴァルハイルを標榜する男は此処で整備も儘ならなくなれば、自分の辿る未来がどうなるかくらいは理解していたのである。

 

 *

 

―――半日後。

 

 ドラクとの接続を一時、呪紋による遠隔式に切り替えた男が大槍の整備が終了した後、足早に地表の補給していた車両集団に接触したのは今後の参謀本部の意見を牽制する為であった。

 

 参謀本部のまだ若い40代程の若手将校が一匹の蜘蛛が差し出した羊皮紙の書状と幾つかの書類を見つめて、ワナワナと震えているのを見て、後ろからソレを奪い取ったヴァメルはすぐに今の現状を理解した。

 

「……首都強奪。妹殿の条件付き降伏の受諾。衛星都市は種族連合との戦闘回避の為にニアステラへの降伏と占領を了承。辺境伯軍を同意させたのか。どうやってこの短期間で……」

 

 男が虫けらを見やる。

 

「で、殿下!? どうか!? 今はどうか堪えて下さい!? 此処で問題を起こせば、首都は!? 衛星都市は!?」

 

「フン。そんな事これを見れば、分かって然るべきだろう。不敬罪にするぞ貴様」

 

 ヴァメルが情報を全て自分の手の中で焼いて蜘蛛に向き合う。

 

「つまり、もはや退路は無く。補給はそちらで制御し、我らには死ぬまで衛星都市を護る壁役をしていろというわけだ」

 

「(/・ω・)/(物分かり良いなこの王子という顔)」

 

「だが、断る」

 

「(>_<)(え~~マジで~~という顔)」

 

「生憎と此処で死ぬつもりは無い。貴様ら害虫に食い荒らされたヴァルハイルを見るくらいなら、消し飛ばそうかとも思ったが、略奪すらされていないのならば、まだ芽はあるだろう」

 

「で、殿下……」

 

 思わず参謀本部の人員達が今まで傲岸不遜であった男が感情に任せず会話している事に驚き固まる。

 

「下っ端害虫……貴様に伝令の大任を課す。ヴァルハイルの皇太子はニアステラにも種族連合にも与せず!! 我は己の力を用いて、王群を押し返すとニアステラの指導層に伝えておけ」

 

 くるりと背を向けたヴァメルが参謀本部の者達を見やる。

 

「今までご苦労だった。参謀本部と近衛部隊は全て現地守備隊と合流し、衛星都市防衛の任に付け。また、命令系統の変更を告げる。全ての指揮権は妹殿に……それとオレは皇位継承権を放棄する。ただ、我が命尽きた時には全ての他の権利と資産を弟と妹へ」

 

「で、殿下?」

 

「何を呆けている。貴様らは己の任務を全うしろ。オレは新たな王朝を建てるぞ。もし生きていたならまた会おう。その時、我が王国の壁となるなら、その時こそ白黒を付ければいい」

 

 ヴァメルはニヤリとして浮かび上がると。

 

 その姿が瞬時に自身のドラクへと昇っていく。

 

 茫然といていた者達が見ている前で今まで寝そべっていた皇太子の【ルーベルシア】がゆっくりと起き上がり始めた。

 

 それと同時に呪紋で浮かばされた様々な物資と人員が地表へと降ろされていく。

 

「で、殿下!? 貴方はまさか―――」

 

 そこでようやくまだ若い参謀本部の男は皇太子が何をしようとしているのかを理解していた。

 

「………貴方は傲岸不遜の馬鹿皇太子で良かったでしょう!!?」

 

 思わず叫んだ男の目には僅かに涙がある。

 

 すぐに男と同様にヴァメルの真意に気付いた者達が茫然としながらも自分達を此処に置いていくという決断をした相手に驚くしかなかった。

 

『―――魔力の急速充填は終わった。さて、我が命を散らす等と思っている馬鹿共には何故オレが皇太子であるかを教えるとしよう』

 

 ヴァメルが乗り込んだ【ルーベルシア】の全身ロックが外されていく。

 

 次々に関節や背部から吐き出される円柱のような鋲状のユニットが外れ、ソレそのものが回転し出す。

 

 回転したソレの周囲に雷が纏わり付き始めた。

 

『ルーベルシア。我たる貴様に告げる。始祖の系譜たる我が肉体よ!! 今こそ救国に立つべし!! 臣下と民は未だ我が背後に在り!!』

 

 猛烈な魔力の真空とでも言うべきだろう。

 

 ルーベルシアの周囲から一切の魔力が消え失せていく。

 

 全身にある円柱の回転数の上がった機影が人型竜たるドラクの姿を取り戻しながら、装甲表面が僅かに剥離し、雷光に覆われていく。

 

『先に逝った老体の遺産を使うのは業腹だが、仕方あるまい。ヴェルゴルドゥナ……使わせて貰うぞ。精神属性継承呪紋【竜葬】!! さぁ、何が起こるか見せて貰おうか!! 巻き起これ嵐よ!!』

 

 ルーベルシアが嘶いた時。

 

 全ての衛星都市から数里圏内の無人の山林内部から光が溢れ。

 

 巨大な稲光が上空へと放たれたかと思うと螺子曲がりながらルーベルシアへと殺到し、繋がっていく。

 

『接続完了? この情報は……フン、いいだろう。地獄で褒めて遣わす!! 行くぞ老兵!! どの道、首都跡地を取り戻さねば、ヴァルハイルに未来は無い。誰が最後に取っていようとも妹殿と民さえ残っていれば、我らの勝ちだ』

 

 ヴァメルの言葉に呼応したかのように雷を放つ森の最中。

 

 一部の領域が全てせり上がった。

 

 樽ような円筒形状に地下が刳り貫かれて隆起したかと思われたが、その土砂と山林の最中から巨大な鋼の装甲が現れる。

 

 その数、凡そ12機。

 

『ヴェ、ヴェルゴルドゥナ様……?』

 

 その光景を見ていた大勢の衛星都市のヴァルハイル達はその想像を絶する情景に呆けるしかなく。

 

―――ヴァルハイルの民に告げる。

 

 その巨大な物体から呪紋で告げられる言葉に聞き入るしかなかった。

 

―――我が居城の全てが起動されたという事は今やヴァルハイルは風前の灯火なのだろう。

 

 もはや存在しない男の言葉は録音に過ぎない。

 

―――だが、未来を恐れるな。

 

 しかし、それでも男の言葉は全てのヴァルハイルの領土に遍く届いていた。

 

―――嘗て、最弱の蜥蜴と謗られた我らヴァルハイルは未来を掴もうと手を伸ばした。

 

 誰もが聞き入っていた。

 

 誰もが聞くしかなかった。

 

 今、オクロシアに向かう呪霊機に乗る白鱗の青年も、黒い城の地下で見ていた陰謀の王も、遺跡へ逃れたもう一人の皇太子すらもだ。

 

―――我が主たるヴァルハイル中興の祖エレンディラ様は未来を求め戦い亡くなった。

 

 その独白は歴史を懐かしむような声音では無かった。

 

 何かを渇望するような感情に溢れていた。

 

―――多くの四卿が散った戦場にもまた手を伸ばした亡骸ばかりだった。

 

 世界は儘ならない。

 

 そして、最強に上り詰めるまでヴァルハイルが払った多くの犠牲は決して少なくない。

 

―――例え、王家が滅びようと、例え、機械の手足が朽ちようと。

 

―――例え、周りの全てが敵になっても、それは常の事に過ぎない。

 

 男が語るのは真実だ。

 

 確かにそのような危機は幾度となくヴァルハイルにもあった。

 

―――今此処にいるヴァルハイルは全て犠牲の上にある。

 

―――恐れるな……我らは未来に向かうのだ……今は辛酸を舐めても。

 

―――苦痛に耐え、悲劇に涙し、それでも歩みを止めてはならない。

 

―――未来が我らに微笑まずとも生きている限り、お前の戦場は其処にある。

 

 ずっと、戦場を歩き続けた男はもはや亡く。

 

 しかし、先達として背後に続く全ての竜の末裔に告げる。

 

―――歩きゆけ、学び備えろ、我らは最弱より最強に上り詰めし者。

 

―――竜とは孤高にして至高の種である。

 

 その矜持無くして彼らヴァルハイルは最強にまで上り詰められはしなかった。

 

―――何れヴァルハイルが他の者達に認められた時、本当の意味で島に平和は来るだろう。

 

―――我が意は共存を望まず……されど、それは全て未来のお前達次第だ。

 

―――あの方が目指した全ての種族、人も亜人も無く共に生きる世界は遥か果てだとしても。

 

―――その尊き願いだけは決して途絶えないと今を生きる誰かの胸にあると信ずる。

 

 砕けていく大地の最中から現れたヴェルゴルドゥナと呼ばれた十二機の機動城塞がゆっくりと動き出した。

 

 その最中、目覚める者達がいる。

 

【複製】

 

 嘗て、ヴェルゴルドゥナが用いた竜の血統の複製という技術は同時にヴァルハイルの複製をも生み出す技術に他ならない。

 

 そして、彼はこの二百年以上に渡り、最も優秀な部下達を失い続けて来た。

 

 で、あるならば、その部下達を複製する事は至って単純なヴァルハイルの生存を担保する為の方法だ。

 

『継承呪紋の運用者を皇太子と確認。観測情報及びルーベルシアより現状までの情報を取得……王群の殲滅及び封じ込めを開始。全複製励起開始。全装備解禁』

 

 主無き城塞が動く。

 

 もはや中核となる呪霊無き城塞そのものは部下達が動かすのみであり、その中核となるドラグリアも脳内に情報を入力しない限りは純粋な生体パーツでしかなく。

 

『ドラグリア起動。全兵装稼働開始』

 

 城塞がゆっくりと元高都方面へと向かって出撃していく様子は正しくヴァルハイルの民にとって、戦争の終わりを告げる鐘となった。

 

『……我らが永久の主。貴方が消えようとも戦いは終わらないのですな。ああ、ならば……幾多の我らが滅びようと必ずや叶えてみせましょう』

 

 彼ら民を護らんとした護国の男達。

 

 永遠を主の為に複製され続けたとしても納得して自らを使い果たすだろう複製達は胸に刻んだ誓いと共に新たなる主の下、戦いを始める。

 

 そんな彼らの姿は、人々の盾にならんとする巨大な背中は、その威信は確かに深く人々の胸に刻み込まれたのである。

 

『王群の軍勢のいる地域は全て灰にして構わん。こんな時の為に全ての生物資源の類は複製可能にしてあるとの事だ。民も全て道中退避させたからな。呪紋による継承……最初から己の終わりの先を考えていたのか貴行は……器廃卿……有難く部下共は使わせて貰う」

 

 皇太子の言葉には何処か静かだった。

 

『グラングラの大槍照準!! 目標王群の主力野戦軍!! 撃てぇえええ!!!』

 

 皇太子叫びと共にルーベルシアを筆頭にした十二機の機動城塞が合計50門以上のグラングラの大槍を同時に解き放ち。

 

 王群に一時制圧されていた地域は全て灰燼に帰す事となる。

 

 灰となった世界。

 

 何れ【荒灰の大地】と呼ばれる事となる高都一帯の周辺地域はそうして光の中に消えた。

 

 それは正しく竜の怒りの如き咆哮となって、世界を震わせ、島の何処からでもその天変地異は確認出来たのである。

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