流刑貴族の追放記-極獄と呼ばれた果ての地にて- 作:Anacletus
―――ヴァルハイル旧首都跡地蒸発から数日。
エル大陸最大の国家。
帝国。
正式名称は中央エルガリア帝国と言う。
大陸中央に陣取る国の国土は肥沃な穀倉地帯と険しい山岳部を南方に持ち。
北方には最北端の不凍港を持ち。
国内には沿岸部まで通じる頂戴な大河が流れる世界最大の国力を持つ国家である。
その起源は古く。
教会の発足より尚昔の話だとの歴史の事実すら持つ。
彼の国に世界最大の宗教組織である教会の総本山があるのも当たり前と言えば、当たり前と言えるだろう。
故に帝国の皇帝は事実上世界皇帝と俗称される事もある。
教会のお膝元というのはそれだけで世界を牛耳るに等しいアドバンテージなのだ。
だが、その内実は一見しただけでは分からない無理難題の魔窟であり、その舵取りには世界を滅ぼさない妙が必要である。
と、歴史学者達は語る。
今まで帝国は分裂と統合を繰り返して都合三度滅びている。
中央との言葉も嘗て西と東の果てに港を持っていたが、今は別の大国として独立されているからという事情もあったりする。
そんな国家において、この数年の政変は正しく変革期の代物であった。
世に言う皇帝譲位騒動。
現皇帝が皇太子に対して譲位する騒動が持ち上がっていたのである。
この際、幾つもの派閥が出来て、次期皇帝である皇太子を担ぐ事になったが、当時の皇帝は側室と正室が合わせて3人おり、彼女達の子どもが丁度3人。
彼らが成人前だった事にも起因して、内紛が勃発。
暗闘が繰り返された結果。
最終的に命を守り切った皇太子が即位する事となった。
同時に皇太子を狙った現皇帝派閥以外は解体され、皇帝が住まう居城の勢力図は綺麗さっぱりな状態になったとも言われている。
そして、驚くべき事に現皇帝は仮にも数名の影武者が居たにも拘らず。
影武者として影武者の皇太子に仕えるという奇策で立場を維持した。
ついでに言えば、自分の弟を自分として年齢すら偽って、難を逃れたというツワモノ。
結果として彼は当時婚姻が確定していた零落貴族の娘を皇帝の妻として正式に迎え入れ、その恋は一発逆転の玉の輿伝奇だと世の吟遊詩人と人々は持て囃した。
その娘が中央住まいの辺境に領地を持つ子爵の出であり、政変で現皇帝に追い落とされた勢力の一族な上、その当主と三女が流刑にされている。
なんてのは正しく恰好のネタであった。
その妖精と繋がりがあると言われたルクセル家の当主は今や流刑地の果て。
その子爵の娘達3人の明暗はハッキリ分かれたと言える。
長女は現皇帝の妻。
二女は地方官僚の妻。
三女は当主と共に流刑。
更に母親は既に政変のゴタゴタで亡くなっており、子爵領もお取り潰しの後の出来事というのだから、もう笑うに笑えない。
此処から一気に世の上に立つ事になった女。
正しく女傑かと言われるのも無理からぬ話。
しかし、此処に来てまだ流刑地に家族が生きているかもしれないという話が持ち上がり、妻の希望によって皇帝は東の果てへの大遠征を決めたのだ。
と、人々は噂していた。
子爵領の扱いを一時保留し、二女の地方官僚を子爵に格上げして一時的に復活させた家督を相続させ、同時に皇帝自らが妻の父に許しを請いに向かったのだ、と。
『リセ。リセリア。報告が来たぞ』
「は、はい!! ただいま!!」
自分の寝室横のリビングに誰かが入って来たのを確認したリセと呼ばれた20代の女。
腰まで伸びる長い金髪にハシバミ色の瞳を持つ器量良しな彼女が最後の支度を整える。
上陸用の革製の上着に男物の革製のズボン。
更にベルトには細いレイピアが一振りと腰のベルトに下げる革袋が幾つか。
どう見ても彼女は冒険に出掛ける用意が出来たお転婆なる女であった。
そんな姿で慌てて出て来た妻に夫たる男は柔和に微笑む。
「何を着ても似合っているな。君は……乗馬用かな?」
そうお道化て見せた長髪の青年がウィンク一つ。
「へ、陛下……そう茶化さないで下さいまし……確かにわたくしは子爵領の地方女ですけれど、このような装いをするのは辺境に逃げ込んだ時以来でございます」
「ああ、済まない。そうか。そうだったな……君は基本お淑やかだから」
「も、もぅ……」
リセが思わず恥ずかしさに俯く。
「悪い悪い。それよりも情報だ」
「は、はい!!」
すぐに夫の対面に座った彼女の位置でその心持が分かる男は何処か内心で苦しいものを感じたが、それも感じさせずに微笑む事にした。
「三人とも生存が確認された」
「ッ―――御父様。フィーゼ。ウリヤノフ……うぅ」
「ああ、そう泣かないでくれ。実は宮廷術師の一団が先に上陸していた人物と繋がりを持っていたらしい。それで船に直接来訪した人物と情報交換をしたとか」
「そ、そうなのですか?」
「ああ、だが、信じられない話ばかりでね」
「信じられない話?」
「今あの島は戦争中なのだそうだ」
「せ、戦争!?」
「おっと」
思わず倒れ込みそうになった彼女を指を弾いて虚空で静止させた夫がすぐに横へ付けて座る。
「気を確かに……色々と複雑なようだからな」
「複雑、ですか……」
「ああ、掻い摘んで話そう」
こうして妻に情報を伝えていく夫。
現皇帝は自分でも言っていて、何か信じられないというような心持であった。
「つ、つまり、此処は様々な理由からエル大陸から追放された亜人達が住まう場所で怪物や異教の神々も住まう土地、なのですか?」
「そうだ。一応、話しには聞いていたし、情報も収集していたのだが、詳しい内部情報は殆ど分かっていなかったんだ。だが、現在島では巨大な竜の亜人達と他の亜人。更に島の王と呼ばれる蟲達との戦いが激化しているらしい」
「そ、それで皆無事なのですか?」
「ああ、それは間違いないそうだ」
思わず力が抜けた彼女がほっと息を撫で下した。
「ただ、状況は我々が思っていた以上に複雑なようでね」
「複雑、先程から複雑複雑と言いますが、更にどのような事になっているのですか?」
「どうやら追放された者達は呪紋を用いる宮廷術師達の知り合いによって、魔の技を得て、国を興したらしい」
「く、くに?」
「ああ、国」
「邦?」
「うん。中小国くらいの人口がいるとか」
「………くにって……そのぉ、簡単に建てられるものなのでしょうか?」
リセのおずおずとした問いに苦笑が零された。
「ははは、帝国もそうだったら良かったんだがな」
「そう、ですよね……」
「ニアステラと言うらしい。そこで君の御父様達は生きている。南部方面。つまり、今は王家連合が陣取っている海域からしか行けない場所だ」
「それは上陸が難しいという事でしょうか?」
「一応、揚陸地点は見付けているんだが、船団では無理だな。それとニアステラの住人は追放者達と亜人、蜘蛛だそうだ」
「く、蜘蛛?」
「仲良く暮らしているんだとか」
「仲良く……」
思わずリセが脳裏に蜘蛛が大量に住まう家に亜人達と一緒に暮らしている家族を思い浮かべる。
「フィ、フィーゼ。うぅ……やっぱり、あの時、あの子を陛下の伴侶として押していれば」
「はは、勘弁してくれ。これでも君に一目惚れだよ。私は……」
「あぅ……」
真っ青になったり、真っ赤になったりと忙しい妻に肩が竦められる。
「まぁ、とにかくだ。此処は亜人の島だ。ついでに蟲達の島でもある。彼らを尊重出来ない。もしくは正しく付き合う方法を学ばない限り、まともに交渉や国交は維持出来ないと言われた。ニアステラを起こしたウート子爵。君の父君はもうこの島に定住するつもりらしい」
「え!?」
「まだ、話し半分で聞いてくれ」
「は、はい」
「彼らはこの場所に来て後、一緒だった追放者や船の乗組員。更には難破船の人々と共に野営地を作った。そして、彼らはこの島の怖ろしき力を持つ怪物達と渡り合う中で敵を打ち倒し、その力を利用し、この島にしか存在しない資材を用いて、様々な技術や知識を深め、戦力を拡充して安全を確保していった」
「お父様は……そんな事を……」
「彼らの最も信頼出来る戦力はニアステラの英雄と呼ばれているらしい。魔の技の薫陶を受けた若い少年だとの話だ。彼が蜘蛛の怪物を退治し、その力で様々な種族を蜘蛛にして己に服従させ、ニアステラと彼の監督下にある西部フェクラールは安定して他の亜人などを戦争から逃げて来た避難民として受け入れているとの話だ」
「ニアステラの英雄……」
「そして、その英雄を中核とした流刑者達と亜人、蜘蛛達の部隊をニアステラでは遠征隊と呼んでいて、彼らは今もニアステラとフェクラールに降り掛かる災厄から大勢を護る為に奮闘しているとか」
「その……もしかして、その遠征隊とやらに?」
「ああ、君が思っている通りだ。力の事もあるからな。君の御父様も力を付けさせて実戦経験を積ませる事で生き残らせようとしたらしい。君のご家族がいる。フィーゼ嬢がね」
「………ッ」
「安心して欲しい。彼らはこの短期間で恐ろしく強くなったのだそうだ。全員が呪紋を用い、島の産物で出来る秘薬を口にし、常人を遥かに超える力を得たと報告にはあった」
「そ、そうですか。あの子は……」
「ウート子爵は村長。騎士ウリヤノフは補佐と鍛冶場で働いているようだ。それで彼らとしてはもはや帰らぬつもりで命を懸けて開拓した場所を理由なく出る事はしたくないそうだ」
「理由なんて!?」
思わず彼女は伴侶を見やる。
「帝国はもう彼らに見限られている。他の流刑者達も同様らしい。全員がこの島に骨を埋めるつもりで生きていると言われたそうだよ」
「………」
その言葉にリセが項垂れる。
「遅過ぎたのですね。わたくしは……」
「ただ、ニアステラやフェクラールには今危機が迫っているらしい」
「危機?」
「五大災厄。つまり、僕らが擁するゼーダスと同じ災厄を南部方面に展開している王家連合も持ってる。ニアステラには一時、王家連合の上陸部隊が攻撃を仕掛けて来たそうだけれど、撃退したとの話だ。他にも蟲達の大侵攻が予期されていて、彼らにしてみれば、僕らは島にやってきた外敵に等しいわけだね」
「そ、そう、ですか……」
「そう悲しい顔をしないでくれ。基本、ニアステラと亜人達が住まうフェクラールは攻めて来ない限り、敵とは見なさないとの確約を貰っている。それはそうだ。亜人を狩り出している教会。その総本山がある帝国。そして、教会の本隊もまた遅れて東部に上陸しようという状況だ。誰が敵で誰が味方かはちゃんと見極めなきゃ滅ぼされると考えるのは妥当だろう?」
「えぇ、確かにそうだと思います」
「帝国は表立って教会に与しない事を約束出来るなら、上陸許可を出しても良いそうだ。ゼーダスはお断りされたけれど、現在教会が攻め寄せて来ている以上は情報源として帝国も必要としている様子だったとか」
「で、では?」
「数日後、君に行ってもらう。部下達に止められて、こっちは上陸出来ないんだけどね。まぁ、ゼーダスとの契約の手前、無人の領土が島の何処かに手に入れば、それで今回は顔見せして帰るというのも可能だし、今は戦争で無人の荒野になった地域も多いそうだから、彼らとの交渉次第と言うところだろう」
「ならば、わたくしが……」
リセが立ち上がる。
「無論、君に行って貰おう。君の妹さんの手紙も預かってるんだろう?」
「えぇ……手渡す事が出来るようで安心しました」
「島に入るにはあちら側の部隊と合流して西部の一部海岸線沿いの上陸地点からニアステラに向かう必要があるらしい。君の護衛にウチの宮廷術師を半分連れて行ってくれ」
「よろしいのですか?」
「何かあれば、君だけでも呪紋で船まで飛ばすように行ってある。これは帝国の国母たる君に対する正当な護衛の量だ。ちゃんと生きて帰って来るんだ。そうでないと僕はこの歳で伴侶と子供も護れない皇帝という不名誉を背負う事になる」
「へ、陛下……あ、ありがとう、ございます」
深く頭を下げようとするリセが正面から抱き留められる。
「いいのさ。これくらいはさせて貰おう。君達を不幸にしたのはこちらだ。許されるわけもない。だが、それでも君の願いが少しでも叶うなら、それで十分この場所に来た甲斐はあった。だから、死なないでくれよ? 我が伴侶殿……」
「はぃ……はぃ……っ、陛下」
涙を零す妻の髪を撫でながら、皇帝たる青年は僅かに船室の窓から見える洋上に目を細める。
(さて、夫としての仕事の次は皇帝としての仕事か。リセが悲しまないように話を持っていければ良いが……魔の布教者リケイ……何処まで帝国との関係を望んでいるものか……)
こうして上陸が決まった翌日。
帝国の帝妻リセリア・ルクセルは乗馬用と言われた衣装を身に纏い。
二十人からなる術師達を連れて西部の海岸線沿いの砂浜に上陸する事となる。
彼らを出迎えたのは数匹の蜘蛛と二人の亜人。
アルマーニアの長と名乗った男と部下。
更にニアステラからの使いと看板で意思表示した蜘蛛達は彼らを横に符札を掲げて、ニアステラの砂浜へと瞬時に跳ぶのだった。
*
五大災厄関連の事象が動き出した頃。
少年の手から離れて旅をして、情報や諸々の資材や技術を集める翡翠色の蜘蛛はイソイソと地下遺跡が密集する地域で適当に出てくる怪物。
嘗ての亜人の成れの果て達を千切っては投げていた。
遺跡の探索を単独で行っているのは少年の許しあってこそであったが、それにしても特別になった後は生きている亜人達が少ない地域より下に向かったのには訳がある。
ヘルメース。
新たな天上蜘蛛の1人は基本的に旅人気質であったが、欲望に忠実という側面が強化された結果として何か自分だけの利点が欲しくなったのだ。
彼にも他の蜘蛛達には無い能力というか取柄というものも一応はある。
しかし、今の自分には魔力と能力がちょっと特殊になった以外には利点が無い。
肉体強度は殆どの同僚に劣り。
あらゆる能力値は他の天井蜘蛛達と比べても殆ど下位互換。
通常の蜘蛛達よりも魔力が多くても、同類な蜘蛛達の中では最下位。
魔力が多くて少し特殊な能力を持っているという以外は翡翠色の体表をした蜘蛛というのが自己診断結果。
つまり、自分だけにしかない戦闘で直接的に武威を示せる能力がもっと欲しかったのである。
「(>_<)|じゅーぐ、じゅーぐ(面白い呪具でも探そ~~という顔)」
こうして暗い地下遺跡のゴーレム的な岩人形やらスライム的な呪紋で造られた人工生物やらを増えた魔力と使える呪紋で薙ぎ倒し、昼飯に赤い白霊石の粉をモシャリながら、彼は遂にとある遺跡の最奥の床に見た事の無い呪紋を見付けていた。
「(´・ω・`)かいせきー」
少年の真似事で色々出来るヘルメースが譜律を確認しながら、少年が脳裏で整理している呪紋リストやら譜律の表を見比べて、ソレが転移系のものだと察しを付ける。
「……(^^)/」
出発するかと潔く死ねばそれまでと飛び込んだ度胸は正しく傑物か。
瞬時に魔力が走った遺跡が崩落したのも束の間。
「?」
ヘルメースが自分の転移した洞窟をカシャカシャと這い出ると。
「―――(>_<)」
そこは山の中腹であった。
高い岩壁に開いた洞窟内から見渡せる景色は雄大な自然と共に街が見受けられる。
「(◎_◎)どこー?」
首を傾げつつ、遠方を見る呪紋を起動した視界が捉えたのは……人間のいる街であった。
天上蜘蛛にも分かるのは生憎と此処が鬼難島ではないという事。
そして、何か見える街がやたらと金属が使われた高都のような建築が多く。
その周囲にはドラクにも似た何か巨大な人型が警備しているという事であった。
望遠で覗き見しながら、その唇の端がニヤリと歪む。
「ヾ(≧▽≦)ノ」
人間の世界。
大量の人や亜人しかいない別大陸の地域。
恐らく、文明水準からエル大陸ではないと理解した彼は大喜び。
これは新たな発見であるとウンウン頷いたヘルメースの大冒険譚が勝手に始まったのだった。
大量の白い糸蜘蛛が次々に溢れ出し、猛烈な勢いで大地に放射状の進路で広がっていく。
数日中にはヘルメースの元に全ての情報が集まるだろう。
音速を超える糸蜘蛛は疾風の如く世界に散っていったのだった。
*
―――数日後
エム大陸。
世界にある幾つもの大陸の一つはエル大陸の西方に位置する。
辛うじて数年に一度は船が辿り着く交流がある程度の付き合いだ。
だが、その文明は天地の差があるという事を沿岸国と大国の一部は知っている。
何故ならば、エム大陸は他大陸との巨大な物流拠点として整備され、恐らく自分達なんて及びも付かないような資本と技術力を持っていると難破した船一つ見ても分かっていたからだ。
そんな大陸の港湾設備のある地域には現在、大量の船団が入校し、流通網がある各大陸からの巨大な軍艦と大量の兵器が流入し続けていた。
その一部は港湾に入れず。
海域に分散して浮かべられた無数の浮遊桟橋付近に停泊している程の量であった。
その大陸に住まう人類が他の大陸の人々と交流を持ったのは数百年前。
現在、その交流は技術と移動手段の発展によって迅速となり、現在7つの大陸が互いの大陸を行き交う事の出来る巨大な航路を開発し、活発に貿易を行っている。
―――『いやぁ、長年此処で露天してるが、こんな量の軍人さん見た事ないねぇ』
―――『ホント……これで世界の破滅を食い止めるとか何とか』
―――『神々のお導きと言えど、戦争かぁ……』
―――『ははは、どうなる事やら、負ける事は無いにしても……』
大陸同士の交流から始まった経済連携協定は更に広がりを見せ、軍事同盟たる【大陸同盟】が発足。
通商協定の更なる締結と文化圏の広がりを以て、世界を平和にしようというのはまったく常識的な話だろう。
各大陸は資材も技術も文化も発展度合いが違うものの。
各地から持ち込まれる大量の互いの文明の産品は人々をより高度な文明へと押し上げつつあり、その最たるものが軍事物資である事は間違いない。
エム大陸は複数の大陸の流通経路の中心であり、ハブとなった事で企業誘致で急速に重工業が発展し、その技術的な進展は資本の蓄積具合が他大陸を軽く凌ぐという様子からも目を見張るものがある。
と、他大陸からも言われる新天地だったりする。
―――『うお!? ウチの大陸じゃ、まだこの部品高いんだが、此処は激安だな』
―――『部品一つでこれか……さすがエム大陸……流通の要だね』
―――『軍用無線一つ修理するのもこれなら楽そうだ』
―――『ウチの台所事情的にカツカツだから助かるよ。技術少尉殿』
そんな大地で今、軍事的な大変革が起きている。
エムに集う各大陸は様々な面で違うが、技術的な交流によって軍事技術だけはほぼ画一化された水準で整備が進んでいる。
そんな大陸の全ての技術者と科学者、更には特異な性質を持つ技能を持つ者達は世界の破滅を予言し、それに対して必要な装備の開発を提言した。
これらは全て各大陸の神々の神託を得た者達からの働きかけがあったとされる。
科学者達は未だ海洋の15%しか開拓されていない自身が住まう星の異変を数値で示し、技能者達の内、未来を見るだとか、予測をする者や神々に通じる者達の多くが、未開拓の海域の航路上の“とある大陸”で世界の終焉が始まるとの見方を示した。
―――『世界の終焉て何なんでしょうね?』
―――『分からん。だが、軍の決定だ……』
―――『それで他の大陸を侵略しに行くわけでしょ?』
―――『航路の難所は全て最新式の船舶で無理やり突破する予定だな』
神々や霊が存在する大陸の殆どでは実しやかに世界の破滅が噂され、その情報は国家が調査する運びとなり、事実として惑星の中央域にある大陸の何処かで何か恐ろしいものが目覚めるという類の結論に至っていた。
口の重い神々他様々な高度な知性や叡智を持つ種族の頂点存在達がソレを認めたという時点で人と亜人、他種族が住まう大陸では破滅を討つべしとの言説が勃興。
そして、その破滅の中心たる大陸。
未だ正式な他大陸との交流を持たないエル大陸へと向けて軍を動かす事が大陸の各国で決定された。
―――『後進大陸に最新式の重火器、武器弾薬、航空機に艦船……過剰では?』
―――『だが、古き時代の魔力を用いた力もまだ残っているそうだ』
―――『それこそ今更でしょう。ソレはもう我々にしてみれば、数百年前に通った道でしかありませんし』
―――『戦力格差が在り過ぎるって言いたいわけか?』
―――『ウチの国じゃ先日、最後の伝統的な魔術師だか魔法使いだかが死んだそうです』
―――『今じゃ、機械使って魔力を運用するのが普通だからな』
―――『そもそも最高峰の魔力運用人材だけ集めた軍ですら、便利な技が使えるってだけで左程強くも無い部隊な上、構成人数が1万人切りますよ?』
―――『軍用規格としては小規模精鋭ですら戦闘じゃ左程違いがあるわけじゃないってのは前々から言われてたな……』
―――『野外演習で火を簡単に起こせたり、生身で小銃以上や火砲規模の火力を出せたりするのは羨ましいですけど、普通の人間に大砲撃たせた方が安いかと』
―――『時代、か……大昔はそれこそ都市を滅ぼすものもそれなりにあったって話だが……軍事条約で封印、衰退……今や合理性皆無だからとまともな知識も技術も残ってない、と』
―――『はい。平和な時代で良かったですね。今や殆ど機材は電力と魔力で動かしてますが、それだって二百年くらい前みたいに個人から魔力抜いてやってるわけではないですし、魔力運用の為に奴隷やら生物やらから魔力を抽出とか。非人道的な研究も無くなりましたし』
―――『だが、それゆえに破滅を退ける軍事力は各大陸に無かったと結論されたのも無理からぬ話だろうな……』
エム大陸北端シューシャ海国。
大陸同盟の貿易の中心地。
その沿岸国では今正に正式な同盟軍による初めての遠征。
エル大陸の攻略戦が開始されようとしていた。
硬質なクリスタル状の建材が用いられた機械的で広大な港湾設備に覆われた沿岸部は巨大クレーンとドックとコンテナと倉庫群が立ち並び、遥か水平線と地平線の彼方まで延々と続いている。
その全ての港と海域に停泊する軍艦は凡そ12000隻。
何処の港も満杯の有様で近隣海域には入り切れなかった船が待機中であった。
他大陸との間にある巨大な荒れ狂う海や恐ろしい生物が住まう海溝を超える為に集った最新式の軍艦はどれもこれもが電子情報機器と最新兵器を積んだ人類、亜人達が思う最強の現代戦力。
それは各大陸の威信そのものであり、船に積まれた嘗ての魔術、魔導、魔法、超常、と呼ばれた各大陸の技能において存在したゴーレムの後釜である人型戦闘機械、搭乗型と自動遠隔型を合わせた各大陸技術の精粋である戦術システムは大きな力として、その開放を待ち侘びている。
【GODATS】
正式名称はGolem Dominate Arts Tactical System。
現代のゴーレムである人型戦闘機械。
または現代の神に等しい力を振るう機械。
俗称たるゴーレムは未だ現役の古き時代から続く現代語だ。
―――『コンデンサの確認終わりましたぁ~』
―――『おう!! 次はメインセンサとサブの仰角確認してくれぇ』
―――『サーボモータ問題無し。装甲内温度正常だな』
―――『駆動部の排熱版が緩んでっぞー!! このボルト締めたヤツ誰だぁ!!?』
―――『あ、それは他国連中のですね。確かジーの海兵隊付属の整備工が……それにしても後進大陸にコイツ持っていきます? 過剰過ぎないですか?』
―――『最新式のOS乗ってる以外は一世代前の型落ちだがな』
―――『つっても、最新の兵装でしょ? 120mm連装機関砲とか、12連装の地対地小型誘導弾のポットとか、魔力式の焦点温度1万度近いレーザーとか、超高電圧の魔力式パルスガンとか……まったく要るとは思えないんですけど?』
―――『上の決定だ……気化爆薬の弾体積んだ誘導弾が〆て合計1万発くらいは持ってくらしい。各大陸でやってた戦争の処分品だな』
―――『向かう大陸が更地になっちまうんじゃ?』
―――『そこは企業連のお偉方が必要な場所以外も残すだろうよ。生物兵器と化学兵器を乗っけた特殊弾体も大量に揃えてるらしいし、選別は可能だろう』
―――『不憫ですね。破滅とか言い出された大陸も……事実上の植民地か……』
歯車から始まり、釘、螺子、半導体……工業によって生産される工場製の規格品は技術の高まりと共に構成する機械の精度と威力を底上げした。
この100年で人類の技術力は正しく嘗て魔力頼みだった全てを代替し得る程までに加速し、遂には機械による人体模倣にまで行き付いた。
持ち込まれた最新研究、最新科学はソレが人型である事の理由を説明しないが、誰もが分かっている。
ソレが現代の兵士や領主、神と言った庇護者の直接的な暗示であるという事を。
彼らの世界に嘗て存在した古き人々の記憶にある力の象徴なのだ。
『我らはこれより新たな時代の為の軍隊として、最初の任務に就く!!』
そうズラリと兵が並ぶ海岸線沿いの埠頭で力説する髭面の蒼い制服姿の男はマイクの前で大仰な身振り手振りで熱く語る。
『我らの神々、大いなる存在達が言う破滅は未だ姿を見せないが、そこは魔の大陸だ!! 嘗て、大量の犯罪者や多くの敗戦した者達が送られたとの記述通りならば、大陸の全ての存在は葬り去るべき敵なのだ!!』
60代の男の声はスピーカーで放送され、その声は大陸の公営放送で視聴率100%を叩き出した。
『躊躇するな!! 君達が叩かねば、世界は滅びる!! 全ての大陸を護る為、立ち上がった我ら大陸同盟軍在る限り!! この世界に悪と破滅は倒れる運命である!!』
高揚する士気は熱気となって歓声となる。
人々は旗を振り、今も会場となった埠頭に続く軍人達に手を振った。
何処の大陸でも世界の破滅という抽象的な話に軍を動かすのかという理性的な層は一定層存在したが、殆どの者は神々と頂点存在達の口が重い事を鑑みて、真実滅びるのだろうという事実に諦観を抱いていた。
結局、知的存在は常に敵を必要とするのだ。
それの内実がどうあれ。
超常の存在たる神すら何処か諦めた様子なのを見れば、ソレに近しい存在の多くは文明の終焉が迫っているという事を暗に感じていた。
―――『本当にそのエル大陸とやらに破滅があればいいが……』
―――『そうじゃなきゃどうなるって言うんです? 中尉殿』
―――『我らは単なる植民地主義を掲げた侵略者に成り下がるだろうよ』
―――『それで民と国が栄えれば、国家理性は引き金を引くでしょうね』
―――『伝説の文明たるノクロシアのように我々は高度な文明に到達した末に滅びる定めなのかもしれん』
―――『御伽噺ですね。永遠の命を約束する薬、無限に再生する都市、空飛ぶ巨大軍艦、時間を超える魔法、後は……』
―――『創造主の剣、蒼き瞳の伝説、大宇繋ぐ道、旧き者達の遺産だったかな』
どうにもならないと諦める者がいる一方。
それを理解して、人の力にて何とかしようという者達もまた生まれた。
その結実が大陸同盟軍であり、エム大陸沿岸部に集まった将兵は延べ219万人。
人型機械と人員、物資を運ぶ輸送船は6423隻。
機体数約12万と3000機。
兵の世話をする軍属が22万人。
空母214隻。
航空機14万と数機。
残りは全てが長距離航行出来る戦闘用の戦艦と巡洋艦だ。
後方軍事基地となるエム大陸沿岸部の港湾都市は空前の活況と同時に軍人達の受け入れ先として基地化され、この数年で用意された全ての兵力が終結。
七つの大陸が破滅に立ち向かう最前線への要路には雲一つ無い。
総司令たるエム大陸の艦隊司令官の力説は半分程の兵達には自分達の英雄願望を満たしてくれる心地良い代物であり、残りには僅か懐疑的な目で見られていた。
そもそも、その大陸への交渉団は送られてこそいるが、殆ど奇襲作戦なのだ。
こんな事をすれば、その大陸との全面戦争でどれだけの被害が出るものか。
そう懸念の声は確かにある。
しかし、エル大陸は排他的な大陸という事で多くの国家が彼らの交渉団を受け入れずにいるのも事実だ。
唯一受け入れた帝国もまた他大陸からの干渉を良しとはしなかった。
それもそうだろう。
自分達よりも遥かに高度な文明が戦力を寄越して調査の為に大陸の内情を探らせろなんて言われたら、誰だって警戒する。
しかし、だからこそ、その拒否されたという事実をテコとして喧伝されたエル大陸のネガティブキャンペーンは大成功を収めた。
今や何も知らない一般人の多くは『アブナイ犯罪者の子孫が築いた闇の大陸を光で照らしに向かう同盟軍!!!』という如何にもご都合主義的な図に心底笑顔で頑張れと言えてしまえるイエスマンしかいない。
『我らは必ず世界を救う!! 破滅の原因を究明し!! 邪悪なる犯罪大陸!! 悪の枢軸を薙ぎ倒し!! 大陸の民に安寧の光を齎すだろう!!』
大量の資材と人員を支えるのは大陸の各種大企業連合。
彼らの目的は新たな大陸を植民地化し、己の利権を確保して、生物資源や鉱物資源の採取で更なる経済的な飛躍を得る事。
もはや、この経済合理性でも武装された大陸同盟軍を阻む者は正しく誰一人、何一つ無かったのである。
『………(T_T)』
そう、外界の大陸に偶然来てしまった一匹の小さな翡翠色の蜘蛛以外には。
しょうがなさそうに無知蒙昧なる高度文明(笑)な俗物と英雄願望マシマシなキラキラおめめの兵隊を見て、こいつらに少年の半分も人間愛とかあるだろうかと考えたヘルメースであるが、悲しいかな。
軍人というのは命令で動いている。
そして、アルマーニアの軍隊相手に何百万回戦争したか知らない少年の記憶は知っている。
軍隊なんて何をしようが、誰が上に立とうが、大体は野蛮な暴力装置である。
幾ら、文明化著しい世界であろうとも、暴力の有用性と人や亜人の知性、精神性が変わらぬ限り、戦争の悲惨さは何も変わらないのだ。
『明日!! 邪悪の大陸への航路に向かう全ての船が知るだろう!! 我らこそは正義の軍隊である。全艦隊、行動を開始せ―――』
グジャアとその演説していた男の頭部が弾け散った。
そのどうやら普通の人種族。
蘇りはしないらしいとヘルメースはイソイソと壇上に登る。
同時に青空の最中。
全ての港で一斉に悲鳴が上がっていた。
無論、全てを知ろうと調査を進めたヘルメースが急遽仕込んだ仲間達だ。
この式典の裏では各港でもう既に行方不明の部隊が複数出ていたのだ。
だが、隠蔽の得意なヘルメースに掛かれば、色々な準備は半日もあれば終わる。
『は?』
全ての放送を見ていた大陸の人々は恐らく殆どが同じリアクションをしただろう。
翡翠色の蜘蛛がイソイソと死体になった男がいた壇上に登るついでに死体をペイッと足で蹴り落して、突如として放たれる銃弾の嵐をものともせず。
最新式のレールガンやらレーザーやらパルス式の弾体を打ち込まれて尚平然とマイクを握ったのだ。
まぁ、それもそうだろう。
彼らが見ているのは幻影だったのだから。
『(´・ω・`)こんにちわー(蜘蛛的いつもの顔)』
さも自分は普通の無害な蜘蛛ですと言いたげな呑気過ぎる顔。
ついでに挨拶までしてくれる喋る蟲。
人々の顔が引き攣ったのは間違いない。
言語という観点で言えば、今現在の全ての大陸は基本的に同じ言語を使っているが、それは神世の頃の名残だとされている。
各種の訛りや細分化された地域言語もあるが、根本的には文法や修飾語なんかはほぼ変わらないせいで多くがニュアンスも含めて大体の言葉は聞き取れていた。
全ての人々は思うだろう。
自分達は何を見せられているのだろうかと。
『(>_<)せんそーしたいひとはなかーま♪』
伝統的ニアステラ式蜘蛛踊り(個人差があります)をやり始めた蜘蛛は言う。
『\(・ω・)/たたかいたいひともなかーま♪』
脅し文句を愛嬌たっぷりに言ってみるヘルメースは遂に自分を狙う重火器が効かないと気付いてゴーレムが殺到してくるのを喜んで出迎える。
兵達が殆ど退避していくのを踊りながら見ていた。
だが、彼とて天上蜘蛛の1人である。
後方から操る糸で敵機の四肢全てを両断しつつ、透明化しながら、ピョンピョンと跳ね。
兵士達を蜘蛛脚レプリカの剣を持たせた元兵士な蜘蛛仲間に蹂躙させ始めた。
『(;´・ω・)なかーま♪ なかーま♪』
次々に自分の脚から作った蜘蛛脚を超速で再生しつつ会場に散弾のようにバラ撒きながら、ソレで変化させた仲間達に剣そのものを持たせて戦力が拡大していく。
ヘルメースは手に入れた高度文明の兵器類を仲間達に持たせつつ、全体の戦闘指揮までも開始した。
―――『(>_<)/(ちゃんと働きます!! 蜘蛛ですから!!という顔)』
その翡翠色の甲殻が輝く時、虚空に奔る同じ色の軌跡が無数の回路染みて道端から倉庫まであらゆる場所に張り巡らされ、猛烈な勢いで増え始めた同族を巨大な港湾内で操り、あらゆる攻撃用の武器にまで侵食した挙句に無力化していく。
―――『何だこの魔力の線は!? ひ、引き金が!!?』
無数の報道が、無数のカメラが、無数の監視映像が、人体から脱皮して誕生していく蜘蛛達の内情を生放送中。
人々の前で黒いペカトゥミアと化した兵隊達が無力化された者達を禍々しい蟲脚の剣で切り裂き、同じ蜘蛛の怪物にしていくという正気が削れる映像を全大陸に配信していく。
―――『うぁあああああ!!? く、来るなぁ化け物がぁああああああ!!?』
―――『た、退避ぃいい!!? 通路に逃げ込めぇ!?』
―――『あ、う、うぁ゛ぁああぁあ゛ぁあ!!?』
―――『た、大尉殿ぉおおおおおおおおおおおおおおお』
なかーま、なかーま言いながら踊り続けるゆるキャラみたいなヘルメースは兵隊達に撤退も後退も許さず。
―――『この蟲風情がぁあああああ!!? あが!? あぁ゛!? あぁあ゛、オレをげずな゛ぁAa―――』
次々に侵食する呪紋の糸で足止めし、大陸沿岸部にある全ての港湾部まで伸ばした巨大な糸の道……虚空に輝くソレを歩いてクルクル回る。
ついでに重火器をお手玉したり、10m近い巨大なゴーレムをグルグル回し投げて、防衛施設を圧し潰したりとほぼ遊んでいた。
―――『第四倉庫もうダメそうです!!?』
―――『第六区画の防衛指揮所も占拠されました!?』
―――『も、もぅ無理です!? こ、こいつら銃弾や他の銃も利きません!!?』
―――『ゴーレム起動良し!! 戦隊各位!! 連携して敵を押し返せ!!』
遂には蜘蛛化してまだ間もないペカトゥミア達も踊り出し、なかーまと言いたげにハイタッチしたり、揺ら揺ら揺れたりしながら、軽やかに絶望する兵士達を内部から“なかーま”にして食い破らせながら、最後には歌劇かという具合に虚空にある翡翠の道を通って、楽し気に各地へと消えていく。
―――『何だ!? こ、こいつら攻撃が当たらねぇ!? 早過ぎる!?』
―――『何でだぁ!? 何で剣なんかでこの装甲を切り裂ける!?』
―――『た、助けてくれぇ!? 蜘蛛が!? 蜘蛛が!? 白い蜘蛛が操縦席にぃぃ!!?』
―――『うぁあああああああああ!!? 止めろ!? オレの両手両足をどうす、ギャァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア―――』
兵士達の大半が銃弾も爆薬も、最新式の重火器すら効かない怪物に絶叫し、発狂するしかなかった。
頼みの綱のゴーレムすらも蜘蛛達への攻撃が当たらない。
―――『こ、こいつらゴーレムと戦い慣れてやがるぞおおおおおお!!?』
それもそうだろう。
ドラクという前例を蜘蛛達はもう知っている。
そして、記憶の共有、情報の共有は現在の蜘蛛達にデフォルトで与えられる能力の一部だ。
そもそも機械的なシステムによる射撃管制が正常に働いていてすら、蜘蛛達はロックオンがまともに出来ない速度なのだ。
その上、人間の知覚速度を遥かに超える機動力によって弾よりもちょっと遅い程度であらゆる起伏を走破する蜘蛛脚レプリカを使う蜘蛛達が単なる人間や亜人程度の反射能力で捉えられるわけもない。
明らかに質が違い過ぎる。
それに蜘蛛脚レプリカによる攻撃は極めて迅速。
誰彼構わず切り傷を付けるだけでかまいたちの如く去っていき。
その背後から仲間が増えるというサイクルで制圧地域が正しく音速に等しく拡大し続けていた。
―――『(・∀・)(先輩達の記憶は為になるなーという顔)』
蜘蛛達はゴーレムに掃討されるどころか。
逆に無数の陸戦型ゴーレムを駆逐しながら、そのコックピットを過去の情報を元に糸蜘蛛によってハッチの開閉機構を呪紋の浸透で強制掌握して開放。
瞬時に制圧しながら、攻撃の余波、同士討ちで死んだ兵隊をも蜘蛛脚で仲間にしていく。
事実上は「みんな蜘蛛になれば怖くない」理論で誰一人として取り零さず。
“命の有効活用”をやり遂げたのである。
容赦も呵責も無く。
映画歌劇のワンシーンの如く。
踊りながら、蜘蛛脚のレプリカで味方を増やしていく彼らの行軍はカメラの前では愉快な音楽でも付いているなら、きっと中身はともかく喜劇に見える事だろう。
―――『何で踊ってるんだこいつらぁああああ!!?』
―――『ま、魔物……終末の……これが滅び、なの?』
―――『ちゅ、中尉殿ぉおおおおおおお!!? うあぁああああ!!? 嘘だぁああ!? 中尉殿がぁあ?』
―――『(>_<)キシャー(生まれたての元中尉ですが何か?という顔)』
その誕生の際に響く悍ましい肉の讃美歌とキシャーという産声は正しく蜘蛛達ならば、心地良い福音であるが、同族が変質して別生物にされる元の生命からすれば絶望のレクイエムである。
音楽も無いのに音楽が聞こえてくるような騒がしさ。
全ての報道機材を掌握してからはガタガタ震えて気絶した報道関係者の真似事をしつつ報道を継続。
数時間も掛からず、港を占拠し、船に潜入し、出航した船すらも追い掛けて、次々に仲間を増やして制圧していく。
とにかく同盟軍にとって最も問題だったのは重火器の類が一切効かないという事実であった。
「(≧◇≦)なかーま~~♪」
その最たる理由こそはヘルメースの能力にある。
仲間の力を借りる事。
あらゆる仲間達に力を貸し出す事。
能力の窃盗能力。
よくよく見てみれば、超速再生している蜘蛛脚にしたヘルメースの脚はどう見ても蒼色でオネイロスのものになっていたし、攻撃を受けた際に甲殻の色が灰色、紅の朧状にもなっていた。
それは生まれたての者達も同様だ。
ゴライアスやヘリオスのものと同質な装甲を一瞬だけ顕現させて、あらゆる攻撃が無力化されていた。
本来は呪紋などを用いて行う必要がある能力の顕現が、ヘルメースにとってはパッと使わせる事の出来る代物。
敵の攻撃を見切って、必要な能力で対処する。
たったそれだけの力が恐ろしき暴威となって兵隊達に降り注ぐ。
ついでに殆どの魔力は増えた仲間達の数の暴力的な最初期魔力をやりくりして補いつつ、不可糸で蜘蛛達が触れた軍人達からチューチュー吸っていたので現地調達も出来ていた。
―――『た、退路を塞がれた!?』
―――『な、何か急に眩暈が?!』
―――『突撃しろぉおお!!? 此処で足止めされたら全滅だぞ』
―――『( ̄ー ̄)(いや、足止めされなくても全滅だけどね君達……という顔をした元隊長)』
―――『む、無理です!? あいつらグレネードも何一つ効いてません!!?』
―――『クソがぁあああああああああああ!!?』
―――『中隊後退せよ!! そこは危険だ!! 艦船からの砲撃が来るぞぉ!!?』
そもそも熟練が必要な技能やペカトゥミア単体では持ってい無さそうな力が次々に新入り蜘蛛達に再現されているが、使い方まで含めて完璧に近い運用が成されているのはヘルメースの全体指揮あってこそだろう。
超広域展開された翡翠色の糸の道は彼の魔力によって迅速な情報伝達と侵食、足止め、攻撃の妨害を行う極めて優秀な不可糸の超絶技巧たる虚空の陣地。
技名を与えても良さげなくらいには有用だった。
―――『何でゴーレムの腕力とそのほっそい脚で拮抗すんだよぉぉおおお!!?』
―――『剣だと!? まさか、この射撃兵器のご時世に剣でオレら負けるのか!?』
―――『な、何だよ!? 何で剣が伸びて、チタン製の魔力金剛アマルガムを両断出来るんだよ!? そんなの反則だろぉ!!?』
―――『ガハ!? こ、こいつら操縦席をっ―――ゴプッ』
―――『少尉ぃいいいい!!? 狙撃だぁ!!? 対物ライフルだと!? 何処からだぁ!!?』
ゴーレムの重火器による速射をフレイのように糸を器用に使って跳んで逃げたり、近接戦闘時にはヘリオスの紅の剣で応戦したり、相手の射撃技術を見て、瞬時にルーエルのように物真似で重火器を使ったり、ヘルメースが使っている呪紋そのものまでも自分でも発動させたりと蜘蛛達はやりたい放題している。
―――『やった!? 蜘蛛を銃弾で撃ち倒しました!!?』
―――『に、逃げるんだ!? さ、再生しているぞぉおおおおおお!!?』
―――『そ、そんな……嘘よ……だ、だって、頭部を全部砕いたじゃない、なんで』
―――『あが!? か、体が痺れて、こ、コイツの体液は猛毒だぞぉ!! さ、触るなぁ!?』
―――『(>_)(ちょっと頭部潰れちゃったという顔)』
―――『((+_+))(今、直しますね~と魔力と霊力を融通するメディック系蜘蛛に就任したばかりの衛生兵的表情)』
―――『ひ?! さ、再生、しているの? 何処を潰せばいいってのよぉぉぉ!!?』
全てはヘルメースを通して貸し出された能力。
肉体強度や再生能力の類はゴライアスやオネイロス。
剣術や回避不能の攻撃への防御、技能の模倣はヘリオスやルーエル。
戦術や呪紋、猛毒による高度な科学兵器戦や単独戦闘はフレイ。
更に無体な事に普通の蜘蛛の氏族達の能力も大量だ。
飛行能力や魔力が足りない時の攻撃の直撃時には竜骨による体表の防御能力を得ていたり、イージスのように盾になって攻撃を反射したり、霊体の甲冑を被ったり、実弾が半透明になると殆ど効かなかったり、何も魔力を帯びない壁を透過したりと、今まで少年が蜘蛛にしてきた者達の力を自由に使えば、何でもありであった。
―――『馬鹿な―――此処は厚さ2mの対爆コンクリート製なんだぞ!?』
―――『ま、魔術で防げぇえ!!? こいつらが浸透してくるぞぉお!!?』
―――『は、背後の通路から!? が、ぐ、げ、ご―――(^^)/キシャー』
―――『じゅ、銃を使ってやがるぞぉおお!!? 変化したヤツは殺せぇ!! 分隊は壁の後ろに退避しろぉおおおおおお!!?』
魔法、魔導、魔術、そのように呼ばれていた技能を持つ者は軍には多くない。
理由は純粋に火力、持続力においては魔力を扱う機械や単なる機械の方が簡単で便利だからだ。
普通の戦力も用いる事が可能な点で汎用性も段違いとなれば、魔の技が廃れるのも仕方ない話。
軍のカリキュラムに魔力を用いる技術や技能の鍛錬は存在するが、殆どの兵隊が一般的な戦力として徴兵や志願兵で構成される限り、母数の多い一般人を使うのは必須であり、どうしても一騎当千の戦力は揃わない。
殆どの軍では術師や特異な技能者の類は便利な道具無しで道具染みた事が出来る兵隊、もしくはサバイバル技能が高い自己完結性の高い存在としてしか運用されていなかった。
才能や資質でピンキリな魔力を用いる戦力の大半は運用するにしても軍の資本の掛け方が大きく異なる。
―――『この最後の大魔導師たるオレが蜘蛛なぞ燃やし尽くしてくれるわぁ!!?』
―――『魔術大尉殿が連中を焼き払ったぞおぉおお!!?』
―――『まさか、区画そのものを燃やし尽くすとは!!? おお、大いなる技よ!?』
―――『我が古の技を見よ!! 火炎大魔法の力をなぁああああああ!!?』
―――『な、何だ!? 炎が消えて!? あ、あいつら水の壁をぉおおお!!?』
―――『な、何ぃ!!? 馬鹿な?! この一帯を覆い尽くす壁なぞ単なる害虫如きに出せるわけが!?』
そもそも小型火器開発が成功すれば、魔力が切れたら使い物にならない程度の者達が兵隊に適格とは見なされなかった。
結果、少数精鋭化されたその類の部隊の大半は冷や飯ぐらいか。
もしくは便利な能力が使える兵隊として規格化されても小規模に留まり、高練度、高技能、高魔力保持の術者なんてのは正しく天然記念物扱いとして研究職に回されまくり、現場では一握り。
それすら衰退する過去の技術の開発などされず。
機械や科学的な方法論を通した魔力運用ばかりが探求された。
である為、個人単位での魔力を用いた技能の殆どは古い時代から何ら進歩していないというのが此処数百年の先進文明を築いた大陸の現状であった。
「(T_T)(こいつらの肉体や能力の魔力運用体系稚拙過ぎないという顔)」
要は便利な軍需品の開発とそれらの道具を使うスペシャリストの養成が主流となり、一騎当千の兵を育てるという類の嘗てならば当たり前だっただろう軍の内実は変質していたのだ。
スペシャリストを育成してすら、嘗てのような英雄を求められなくなった戦場は何処までも兵隊の基礎と質を底上げ、後は道具の運用と戦術次第となったのである。
個人の武勇が意味を成さない戦場しか知らない者達は血統から記憶まで一騎当千の少年が得て来た全てを使いこなす蜘蛛達に勝てるわけが無かった。
結果として現場でまともに蜘蛛達相手に何とか魔力を用いて対抗出来る個人はちらほらいても部隊は存在せず。
その個人すら生まれた時から高練度な蜘蛛達の連携を前にしては圧し潰される運命……それこそ、これがアルマーニアならば、最終的には倒されるにしても時間稼ぎくらいは出来たのは間違いない話だった。
―――『あが!? ご、げ、ぐがぁあああああ!!? わ、わだじの腹がぁあッ―――』
―――『ま、魔術大尉ぃいいい!!? あの化け物かぁ!?』
―――『こんな大規模な魔力運用が可能なのか!? あらゆる場所を石の槍で剣山のように!? 西に展開していた部隊が全滅だと!!? クソ!? 直ちに此処を放棄する!! 内陸に逃げろぉお!!』
無論、そうは言っても人口比で数億もの人口を抱える大陸単位で見れば、資質があり、訓練を受ける者達はそれなりの数いた。
が、蜘蛛達の基礎能力ですら明らかに人間を超えている。
基礎以外でも負けてしまう彼らが蜘蛛達の数十分の一以下の魔力で対抗出来るはずもなく。
頼みの綱の機械ですら魔力を通した不可糸によって見えない糸が次々に兵器内部に侵入し、機構を破壊したり、暴発させたり、魔力を枯渇させ、無力化が進行していた。
―――『これは悪夢なのでしょうか。今、我々は、我々は……破滅の……』
―――『い、一端送られてくるカメラ映像止めて!? 何やってんの!?』
―――『で、でも、この中継はあらゆる媒体で!? 今更止めたところで?』
カメラは写し続ける。
なかーまと言い続け、踊り続け、仲間を増やしていく蜘蛛達の行軍を。
遂には大量破壊兵器が投入され、港湾部海域に残った艦艇から誘導弾と魚雷が飽和攻撃として打ち込まれ始める。
無論、仲間が全滅しているという事実を一早く報道映像で知った艦艇群の独断専行であったが、多くの艦長は内陸にある総司令部からの命令が来ると確信し、いち早く対応したのである。
勿論、独断専行で現場の一般人を鏖にしても内陸への浸透を防ぐというのは相手の味方の増やし方を見ても後から正当化される可能性が高いと踏んでの話だ。
―――『一発二億の誘導弾だ!! これで死なないはずもないだろう!!?』
―――『目標!! 港湾施設群!! 全弾発射します!!』
―――『飽和攻撃で全てを消し去るんだ!!? 内陸に浸透させるなぁ!!』
魔力その他の超常の力の多くが科学的な理解と理論構築と利用の促進で神秘から程遠いものと現代では化している。
故にその物質と魔力に関する定理理解が一定水準を超えた時、常識的に始まるのは魔力利用の深化であり、超常の技術たる魔の技は広範な文明で道具化、呪具化され、基幹技術となった。
その最先端を直走っていたヴァルハイルにも劣らない大陸同盟軍の技術は爆薬一つ取っても規模も威力も格段に上がった代物だ。
―――『小さな都市一つ丸ごと消す火力だ!! くたばれ破滅の使徒共め!!?』
―――『あ、あの場所には艦長の息子さんが……』
―――『先程、連絡中に殉職したと同期の方が……』
最先端軍事技術ともなれば、爆薬からして魔力による分子レベルでの微細加工を施され、極めて複雑で安定化した構造は莫大なエネルギーを内包する。
一発で地形を変える弾体が親指程の大きさである事も珍しくない。
が、そういった明らかに劣った文明には過剰火力だろう艦船に積まれた威力に対抗し得るのが最古の時代から捨てられ続けた者達の極北。
とある島に生まれた力だというのが笑えない皮肉であった。
「(・∀・)~そーいんげーげき~」
湾内の海に飛び込んだ蜘蛛達が今度は白くなる。
そして、猛烈な勢いでその地点から大量の糸蜘蛛が増殖しながら広範囲を埋め尽くしていく。
遥か遠方まで増殖していくのは糸蜘蛛とそれが変形した糸魚の群れ。
アルヴィア達が得意とする群体戦術。
それを無数の蜘蛛達が魔力量は違えども連帯する事で広域展開し、超広大な領域を占有する事で相手の攻撃を物理的に誘爆させて破壊する圏域とした。
元々はグラングラの大槍を破壊する為の手札を通常の射撃兵器。
特に大規模破壊を企図する弾体の迎撃方法として洗練した代物だ。
白い雲霞が空中にまでも漂い。
港湾に全ての弾体が入ってくる前に海面や海中、超広範囲の海域とその上空で次々に弾体に当たって誘爆させながら弾けた。
「(/・ω・)/たーまやー」
正しく花火。
ドッカンドッカンと誘爆しては世界に響く爆音と光の競演。
蜘蛛達の踊りも相まって、本当に華々しい生誕祭に打ち上げられた花火かと見紛うような光景である。
もしも人々が死んでいなかったならば、目に焼き付いていた事だろう。
最小限度の呪紋構成と同時に再生させる事を前提とした糸蜘蛛達の広域支配領域。
この運用魔力を省力化した迎撃網は蜘蛛達の基礎的な集団戦闘での敵射撃兵器や投擲への対処法としては最適解に近く。
幾ら爆破され、周辺空間で威力が炸裂してもすぐに糸蜘蛛の雲霞は空間を埋めるように増えて元に戻っていた。
大量の同型誘導弾が共に吹き飛ぶのを背景として蜘蛛達の侵攻は更に加速する。
―――『ば、馬鹿な!? あの白い領域で全て起爆させられた?』
―――『ド、ドローン映像途切れます!? 付近にジャミング源が出現したとシステムより報告!!?』
―――『か、艦長!? し、侵入者です!! 艦内に蜘蛛の侵入を確認!!』
―――『どうやって!? 機動中の艦船だぞ此処は!?』
―――『そ、それが海面を低空飛行していたらしく。観測員が目撃しました』
―――『奴らレーダーに掛からないのか!? た、直ちに保安要員を―――?!!』
―――『だ、ダメです!? 早過ぎます!? 迎撃に向かった隊員の生命反応が消えました!? げ、現在地は……ッッッ、この区画の扉の前です!!?』
―――『と、扉が赤熱しているぞぉおお!? 伏せろぉおおおおおお!!?』
―――『神は……我らを見放したか……』
―――『うぁああああああああああああああああああああああああああ!!?』
どんなに威力のある攻撃も効果範囲外で誘爆させれば問題ない。
糸蜘蛛達に仕掛けられた呪紋はそれこそ小さな魔力しかない。
が、敵の弾体、呪紋の構成を破壊する針の如く凝集した力の塊は貫通力に優れる。
起爆もしくはシステムを破壊するだけならば、何ら問題なかった。
それがキロ単位の領域を制圧しているのならば、内部に入った破壊兵器用の弾体の威力なんて都市を焼き払う戦略兵器でも無ければ、意味が無い。
そして、大体の場合、そういうデカブツは安全装置が働くので魔力の針で基盤から電源からあらゆる内部構造を破壊すれば、爆発させずに無力化するのもまったく可能な範疇の事であった。
「(>_<)/(上げてこうぜ同胞諸君という顔)」
糸蜘蛛による魔力と威力の精密制御。
小規模な魔力で行われているのは人類が用いるものとは一線を画する戦術。
目標が生物の体ならば内臓を同じように破壊出来てしまう為、ヴァルハイル軍に使われた時よりもある意味で進化した悪辣な使い方と言えた。
―――『あがっ………』
―――『た、隊長!? 白い小蜘蛛が頭部を狙ってくるぞぉおおおおお!!?』
―――『やめろぉお!? オレの急所に近付くなぁあああああ!!?』
―――『ひ、ひぃ!? ひぁああああああああああああああああああ―――』
勿論、こうまで護る以上は蜘蛛達も不死身ではない。
だが、生憎と不死身に近い蜘蛛というのが最近のトレンドだ。
銃弾や砲弾で抉れた肉体もオネイロスの能力を借り受ければ、自動化した再生用の呪紋で数秒で元に戻る為、後は魔力と霊力を他の蜘蛛に分けて貰えば、元通り。
「(/・ω・)/みんな、なかーま」
そして、今現在鬼難島内部で戦争の為に訓練と強化に明け暮れている先達蜘蛛達が得た魔力の回復能力までもが発揮され、魔力を分けた蜘蛛達も回復が可能。
本来ペカトゥミア単体では連続発動出来ないような呪紋や能力が時間経過ですぐに使える上、増え続ける数を背景にしてヘルメースが力を糸を通して吸収、再分配まですれば、魔力切れで戦えなくなる蜘蛛もいなかった。
―――『港湾部にだ、大規模魔力反応!? 何コレ!? 何なのよ!? こ、こんなの在り得ないでしょぉおおおおおおおおお!!?』
―――『ダメです。艦長……これは、こんなのは防ぎ切れません……』
―――『検知用システムの上限値が振り切れました。敵の攻撃魔力量凡そ1200億オーバー……都市どころか。この周辺地域全てが消えて無くなる領域の力です……』
沖合に出た船の火力が尽きる前にグラングラの大槍が複数の港湾区画で増え続ける蜘蛛集団の上に数本ずつ顕現。
「(>_<)はっしゃー」
放射状に射出後、すぐに制圧出来そうにない海域にいる艦隊を吹き飛ばすべく。
高速で飛翔。
更に大槍の呪紋は誘導弾の雨や迎撃用の精密射撃システムによる近接防御弾幕を掻い潜った。
―――『この速度、ああ……だめだ……』
フィーゼが行っているように精霊による防御を擦り抜ける小刻みな軌道変更は芸術的なラインを描き、射爆目標の上空45m地点で威力を炸裂させた。
迎撃用の攻撃が音速の10倍以上の速度の弾体を掠る事はあっても直撃する事は無かったのである。
―――『着弾まで凡そ3秒? は、はは、あははは―――』
その狙われた艦隊のいた海域にいる全ての艦船のレーダーを見ていた者達は諦観の上で目を閉じた。
港湾から水平線の先にいた複数の艦隊。
その周囲全てが白く染まった。
数で質をカバーする蜘蛛達の情報処理量を上回るような迎撃網を構築出来なかった事が敗因である事は間違いない。
広域展開された糸蜘蛛による観測網は数こそ少ないとしても、最初から海域のあちこちまで延伸されていた。
これと連動した通信用の呪紋でグラングラの大槍自体が精霊によって精密誘導されていたのだ。
が、今更精霊と蜘蛛の処理能力で最新の電算設備による弾道計算や軌道計算が瞬時に上回られた、なんて知る由も無く。
―――『第一艦隊旗艦アビキタス消失!? 消失しました!!?』
―――『た、対ショック防御!!? 何かに掴まれぇえええええええええええええ!!?』
海上で爆圧に拉げた艦艇がキロ単位の海域の崩壊に巻き込まれて次々に誘導弾や戦略兵器の類が誘爆。
その衝撃に『うっひゃ~~♪』と言いたげに蜘蛛達は揃って遊園地の乗り物に喜ぶ客のように一大スペクタクルを堪能しつつ、押し寄せて来る衝撃と津波を港湾の制圧中の船が密集する周辺海域付近から防ぐ事とする。
水属性攻囲呪紋【ヴァフクの水壁】。
この海水の壁を用いて衝撃と津波を大陸北部沿岸全域で消波。
ボクっ子人魚が蜘蛛達に適当に教えていた防御呪紋を借りた新入り達は莫大な水蒸気と海水の衝突力を全て防ぎ切った。
猛烈な水蒸気爆発が沖合で複数上がるのを確認して、ハイタッチする蜘蛛達は完全に「やったぜ!!」的なノリで内陸部に住まう一般人達を護ったのだった。
『(・∀・)(たたかうひとはなかーまという顔)♪』
自分達を生み出した先達の言葉にウンウン頷く彼らは主要な敵が消えた港湾設備内部で未だガクガク震える報道関係者や一般人に恭しく頭を下げ、片手で礼を取り、ルンルン気分で制圧して呪紋で護られた港湾から逃げ出していた船が入港してくるのを待つ。
その艦内では死体と血潮と銃弾の弾痕があちこちに付いていたが、同じだけ蜘蛛達も大量に溢れており、元気に初仕事へ掛かっている。
『( ̄ー ̄)(魔力使ってる機械はどうにかなりそうという顔)』
蜘蛛達は生まれたばかりだと言うのに実際勤勉。
艦内でマニュアルやら諸々の書類やら情報を確認しつつ、艦が魔力も用いる仕様であるのを良い事に中枢で脚をコンソールに突き刺して掌握を進めていた。
艦隊演習している蜘蛛達と同じく。
内部を直接呪紋で弄って管理すれば、あっという間に最新鋭艦も手中であった。
―――『こんな事があってよいのでしょうか。大陸艦隊が……大陸同盟軍が……おお、神よ……どうか我らを護り給え……』
―――『みんな……蜘蛛にされちまった……あぁ、蜘蛛に……ありえねぇ……』
―――『な、何かの番組なんだろ? ドッキリなんだろ? な? な? ほ、ホントさぁ。こんな金掛けた映画みてぇなの見た事ないわ。は、はは、は……は……』
―――『悪夢だ!! あのイレギュラー以上の?! このままではまたあの悲劇が我々の大陸に!?』
市街地でも軍人を根こそぎ仲間にした者達は加害者になろうとして呆けてしまった人々を尻目にほぼ無人と化した港湾部で初仕事を終えて寛ぎ始める。
其処は一時蜘蛛達のパラダイスと化した。
生まれて初めての海。
レジャー設備やら飲食店や雑貨店、積まれていた大量の軍事資材やらが大量。
これをそのままにしておく手はない。
沈んでいない輸送船が仲間達の手でやってくると、虚空に広がる翡翠色の糸の道から不可糸でコンテナを運び、その上に山積みにしていく。
ソレは今にも横倒しになりそうな程に成長を続け、タワー表面には蜘蛛達が積み木崩しにならぬように体を糸でぶら下げてバランスを取り、「こっちこっちー(/・ω・)/」とか「倒れるってぇー(*´Д`)」とか滅茶苦茶揺らして遊んでいた。
『(・∀・)(この袋おかしの上に寝転ぶ快感よという顔)』
滅茶苦茶略奪した商品を段ボール箱でコンテナに積めて、糸で積み込む様子は神輿を担ぐお祭りのようだ。
ワッショイワッショイやっている蜘蛛達は高度な文明の利器や食品を持ち帰り、自分達のおやつとして製造までやってしまおうという気概に満ち溢れ。
ついでに沿岸部の様々な工場内部までも略奪し、形状や情報を収集して、現物たる工作機械までも解体して運搬し始めた。
これらは正しく嘗てヴァルハイルの戦線で行われた軍の強奪という二匹の蜘蛛達がやっていた事の超大規模版であり、彼らが通った後には建造物以外何一つ残らない勢いで文明が消え失せていく。
こうしてエム大陸の沿岸線沿いの港湾特別区の全ては壊滅すると同時に蜘蛛達の一斉占拠に在って機能を停止。
一般人達がまだ生きている事を蜘蛛達がちゃんと報道カメラで撮っていたせいで内陸部から大規模戦略兵器による攻撃は保留された。
こうして数時間もの間、蜘蛛達は生まれて初めての海レジャーを楽しむ姿を報道カメラで記念撮影しつつ、その悪夢に違いない光景を全ての大陸の人々に見せ付け。
海水でビシャビシャになりながら、疲れるまで遊んで楽しんだ後。
全ての物資や機材を自動化していた不可糸と糸蜘蛛で強奪し終えたところで埠頭から糸を艦隊に張り付けて跳躍。
次々、船へと乗り込んでいった。
艦隊はもはや不夜城の如きコンテナと建造物資材のタワーの群れと化して、海に建つ要塞。
常識外れに積まれた物体の重量に本来沈むはずの船体は呪紋で無理やりに浮かばせられていた。
それと同時に殆ど“抜け殻”になった兵士達の遺体が埠頭側の陸地に降ろされ始め、内陸からも運ばれて全て地面にビッシリ置かれた事で周囲は正しく地獄絵図。
報道は蜘蛛達が知性をしっかりと持った戦闘の礼儀を弁える存在である事も人々に教えてしまったのだった。
死体は綺麗に整えられて、腕があれば組ませられ、並べられていたからだ。
死者を悼む気持ちまである害虫を害虫呼ばわりしては自分達がどうなるか分かろうというものだろう。
―――『(T_T)まだせんそーするー?』
そう最後にカメラ越しにヘルメースに言われて。
―――『………』
押し黙った政治家と軍人達は思う。
ああ、自分達が開けた扉こそが破滅を連れて来たのだと。
そうして戦闘痕だけを残して沖合に消えていく艦隊はもう茫然とするしかない“偉業”として新しい蜘蛛達に語られる。
―――『今日は嘘を付いても良い日だったか?』
―――『いえ……首相』
―――『軍もこんなユーモアを持ち合わせているとは、お礼の電話をしなくてはな』
―――『首相!? もう彼らはッ、彼らはッ―――』
錯乱する軍人と政治家が大量に出た事はまったく常識的な人々にとって理解出来る範疇の出来事に違いなかった。
攻撃しなかった軍属と軍服を着ていない軍人が一人も直接的な蜘蛛の攻撃による被害を受けていなかった事も相まって、蜘蛛の叡智と知性を理解するしかなく。
単なる怪物の襲撃ではない事を強制的に胸へ刻まされた者達は己が今までしてきた破滅の大陸を倒しに行くというお題目への賛同の結果を己で味わう事となった。
凡そ被害総計192万人がそのたった1日の奇襲作戦によって消滅した事は後の人類の歴史的な大敗北として歴史書に刻まれるだろう。
港に集まっていた艦艇約8300隻余りが蜘蛛達の襲撃で7時間半後には港から消えた様子も人々に蜘蛛達の賢さを見せ付けたに違いない。
これ程に大量の輸送船、戦艦、空母、巡洋艦が影も残らず大量に強奪されたのは後にも先にもこの事件一回切り。
呪紋を用いて、颯爽と渋滞する様子もなく船が船団を組んで糸で連結されて去っていく様子は正しく大陸同盟軍にとって敗北を印象付ける光景であった。
―――『艦長……攻撃準備は出来ています』
―――『待機だ……』
―――『艦長!!?』
―――『私は部下を無為に死なせるような上司にだけはなりたくないのでな』
―――『ッ………分かり、ました』
―――『それより海域を即時離脱するぞ。あの堪え性の無い大統領が我ら毎、全てを海に沈める前にな……』
残された艦艇の大半は海域の奥まっている場所に位置していた事で辛うじて沈没を免れたものばかりであり、ソレとて艦内への浸水や衝撃による破損によって航行に支障があるものが殆どだった。
多くの者達が蟲に戦闘を仕掛ければ、即時自分達が弱者として狩られるという事実を前にして沈黙。
すぐ動ける軍の人材で残されたのは内陸部でも奥にいた部隊と残された艦艇内の兵隊のみで……彼らに追撃の二文字は存在しなかったのである。
「(^Д^)/(/・ω・)/(*´ω`)/(*´Д`)/」
嘗ての故郷(蜘蛛化前)に別れを告げた蜘蛛達は微妙に自分達が何処の大陸の存在かも知らないままに蜘蛛山の人集り的な状態で強奪した荷物と一緒に艦船の上にまで積み上がりながら雷雲渦巻く炎と煙に沈む港を後にする。
自分達が完全無欠に壊滅した事を知る兵隊達は思う。
ああ、自分達は敗北したのだと。
―――『大統領。敵艦隊が沿岸部被害が出ない威力圏外の外洋に到達致しました』
―――『今の状況ならば!!』
―――『……分かった。発射したまえ』
―――『はい!!』
確かなのは最新式の武装と大量の兵器と船の現物が奪取され、操縦方法も知らないはずの蜘蛛によってどんぶらこどんぶらこと何処かへ消えていくという事。
自分達より遥かに原始的と侮っていた大陸は知能に優れる怪物が跋扈しており、あらゆる攻撃にも傷付かず、全ての生物を自分の仲間にして数を増やす悪辣な繁殖方法を持っているに違いないという誤解。
そして、戦う者に容赦せぬ殺戮とすら呼べぬ蹂躙を実行した怪物は軍一つ壊滅させても爽やかに手まで降って来るブラックユーモアの塊で……大陸を滅ぼす戦略兵器と同等の力を持っているという真実。
―――『だ、大統領!!? 敵がレーダーから消えました!?』
―――『な、何ぃ!?』
―――『目標地点にもう艦隊はおりません!? 連携していた艦艇のドローン観測情報からは隠蔽の類ではなく完全に消えたとしか思えないとの事です!!』
―――『直ちに不発にして沈めろ!! 起爆させるな!!??』
―――『あ、あぁあぁ!? 起爆の完了を確認―――すぐに津波警報を!!?』
―――『………ッ、“凶鳥共”の巣に連絡を入れろ……』
―――『だ、大統領!? そ、それは……』
―――『まだ執行していない今年度の海軍予算が2割程残っていたはずだ』
―――『で、ですが!?』
―――『血と暴力に飢えた死肉喰らい共には丁度いいだろう!! 首都防衛用にロールアウトしてあるアレを全機くれてやれ。あの大陸の全てを消滅させる……ッ』
―――『分かりました。イレギュラー共に連絡を……後悔、致しませんね?』
―――『娘の消えた世界で……それ以上の後悔があるはずもない……』
全てが悪夢だった。
全てが童謡のようなものだった。
世界は引っ繰り返る。
もしも、アレが自分達の大陸へと押し寄せてきたら……。
その恐怖に耐え切れなくなった大陸同盟が内紛を始めるのはまだ先の話。
禁忌の大陸に手出ししようとする者が次に出るのは恐らくずっと先となるだろうという知識人達の考えはすぐ民間では主流となるだろう。
「(>_<)かえろー」
ヘルメース。
盗みと旅人の神の名を関する蜘蛛は“借り物”ではない自分だけの分かり易い強さを求めて、少年への献上品である艦隊内部のゴーレムを意気揚々と不可糸の手拭で磨きながら、符札で島の北部海域。
ヴァフクにある海洋基地へと糸で結ばれた艦隊と共に転移で向かうのだった。
その海域に向けられた12発の戦略兵器に載せられた広域破壊用の弾頭が起爆後、残された大陸がどうなったのか?
それはまた何れ語られる事となる。
一つ確かな事は大陸の政治家と軍人の上層部がゴッソリ入れ変わる前日譚は新たなる崩壊への序曲に違いないという事であった。