流刑貴族の追放記-極獄と呼ばれた果ての地にて-   作:Anacletus

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第80話「ニアステラの災厄Ⅶ」

 

―――オクロシア地下黒蜘蛛の巣。

 

【ニアステラとフェクラール、岩盤に潰される!!】

 

 という報は瞬く間に多くの者達の血の気を引かせた。

 

 だが、それと同時に思わず連絡した彼らが聴いたのは混乱しながらも通信用の呪紋に出てくれる友人知人達の声であり、思わず亡霊にでもなったのかと失礼な事を聞く者もあった。

 

 だが、亜人達の多くはこう言われた。

 

『いや、詳しくは言えないんだが、蜘蛛連中が何かしたらしい。それより今は爆華の生産が何か問題になってるとか。それと誰も死んでねぇから気にすんな』

 

 島の地域そのものが岩盤に潰されたんだぞ!!?

 

 そんなもので済むわけは―――。

 

 みたいな会話が延々と亜人達の間でされている頃。

 

 オクロシアの地下ではヘクトラスが安堵の息と同時に溜息も吐いていた。

 

「常識外の連中だ。あの風体……聖域の蟲人共だな。王群の兵隊がこれでしばらくは止まる。それにしても……島の領域を一部埋める程の転移。聖域近辺の山岳か」

 

 ヘクトラス。

 

 六眼王の名は伊達や酔狂ではない。

 

 島の殆ど全ての状況を視認可能な男は今日も常識外れな者達の偉業をしっかり自分だけは把握していた。

 

 巨大な硬い岩盤だったからこそ良かったのだろう。

 

 今やフェクラールとニアステラに増設された90基以上ある黒蜘蛛の巣。

 

 それは根を張り、巨大な領域を地下で繋げて大地そのものと化し、真菌と竜骨の積層化された地下構造を生み出し、一枚板の上で屹立する建造物のように形成されている。

 

 その最大の特徴は何よりも構造そのものがあまりにも頑強な上に破壊が極めて困難であるという事実である。

 

 山脈の落下は言わば単なる岩の塊が落ちて来たに過ぎないのだ。

 

 竜骨の強度は岩と比べても数十倍以上の硬度差がある。

 

『そ、それにしても本当に真っ暗だな。建物の中は明るいけどよ』

 

『黒蜘蛛の巣が夜に輝いてるのと同じだ。竜骨の魔力で通りや建造物を明るくするんだと』

 

『……まさか、山が降って来るとはな』

 

『だが、耐えた。そちらの方がオレは恐ろしいよ。あの蜘蛛共の巣は数さえあれば、島だって支えられちまうって事だろ? そんなの受肉神様でも出来るかどうか分からんぞ?』

 

『風が吹かなくなっちまったのをどうにかしてぇって、蜘蛛達は看板で話し込んでたがよ。どうにかなるような気がする。ま、気がするだけだが、外れん気もする』

 

『はは……かもしれん』

 

 1基が1基が全て竜骨の恩恵を受けており、事実上は地域そのものが巨大な竜の骨格を形作るパーツのように両地域は変貌を遂げていた。

 

 その結果は岩盤が降り注ぎ、猛烈な加重によって潰された黒蜘蛛の巣が半ばまで圧縮されながらも罅割れた先から再生し、その巨大な岩盤に真菌と竜骨を伸ばして根を張り始めたのを見れば、歴然とした事実。

 

 もう笑うしかないだろう。

 

 恐ろしき山岳そのものに等しい重量を黒蜘蛛の巣が支え、家の柱の如く機能していた。

 

 勿論、黒蜘蛛の巣に居を構えていた多くの蜘蛛達は驚天動地。

 

 『(/・ω・)/\(・ω・\)アワアワ』と浮足立っていたが、すぐに天井蜘蛛達が情報を伝達し、現在やっていた作業を全て止めて、総員でニアステラとフェクラールの天井を支える巣の補修と調整に苦心している。

 

 そのせいで天井を逆様に歩く蜘蛛達が万単位で昼無き世界で仕事に掛かり切りとなっている。

 

 今まで森だった黒蜘蛛の巣が天井が降って来て圧縮された結果。

 

 砂時計のような形状になった為、巣の壊れて修復された部位なども含めて、再度構造の把握調査にも蜘蛛達は食料生産以外の仕事は全て止めて対応していた。

 

 竜骨がくびれて螺旋を描きながら岩盤を支える柱の如く変貌した様子は吃驚では済まない変化に違いない。

 

 罅割れながら崩壊しつつ、再生が始まって、最初の直撃時の猛烈な振動の下で全ての巣が新たなる姿となったのだ。

 

『山が降って来て死人すら出ない。我らは何を相手に隣人をしているものか』

 

『い、いいじゃないですか。蜘蛛さん達はとっても親しみ易いですし』

 

『事実上、神すら超える力をニアステラは示した。それこそ古のノクロシアすら出来るかどうか分からない事を……我らは新たな神話を見ているのかもしれない』

 

『そうですかねぇ。私には皆さんが懸命に此処を護ろうとしているように見えますよ。きっと、此処が大好きなんじゃないでしょうか?』

 

『そんな生物かどうか。あるいは全てニアステラの英雄の意向なのかもしれん』

 

 巣の内部はあまりの衝撃に巣の上空、特に塔内に居を構えていた蜘蛛達が数千匹ぺしゃんこになったりもした。

 

 が、高所の大半は最初期に入所していたスピィリア達のものであった為、彼らは完全に潰される前に自分から肉体をペラペラな体にするという荒業を披露。

 

 ギャグ漫画よろしくヒラヒラな体で圧縮された区画から脱出し、『(´Д`)(し、死ぬかと思ったという顔)』をしただけに留まった。

 

 これが他の蜘蛛達ならば、死んだ後に転生させられていたに違いない。

 

 ただ、あまりの衝撃に山岳の落下は震度10近い大地震を発生させた。

 

 建造物の殆どは倒壊。

 

 巣の構造が無い岩壁がニアステラでもフェクラールでも崩壊し、壁際の野営地では聖域に続く境があちこちで崩れて、聖域周辺にある山岳部への道が開通し、蟲達の更なる進軍に備える事を余儀なくされた。

 

『陽の光にはしばらく“去らば”と言わねばならないらしいのう』

 

『でも、蜘蛛さん達が光と風をもう少ししたらどうにかすると看板で話してましたよ。おじいさん……』

 

『そうか。あの魔蟲共が……詰まるところ、まったく奴らにとってソレは不可能ではないのだろうな。わざわざ知らせてくれる辺り……』

 

『また難しい事を考えているのですか? 今は生き残った事を喜びましょう』

 

『ああ、そうだな……(だが、これほどの力……もう奴らは使徒の階梯を超えて……いや、もはや全ては天に預けるしかないのかもしれん)』

 

 黒蜘蛛の巣に移住していた亜人達の多くは昼間は屋外作業をしている者が半数だった為、けが人の大半は屋内で崩れた棚に圧し潰されたとか。

 

 その程度のものに留まった。

 

 どこにも蜘蛛達がいる生活であった為、死ぬ前に救出され、家が崩れた者達は殆どが黒蜘蛛の巣の下に集められ、今は馬蜘蛛と呼ばれているアドミサリア達や精霊に運ばれ、避難生活中。

 

 だが、元々避難生活中だった彼らはすぐに慣れた様子でニアステラやアルマーニアからの連絡を静かに待っている。

 

『とーと、おいえこわえたよー?』

 

『ああ、大丈夫。大丈夫だ。今は蜘蛛さんが家を建て直してくれてるからな』

 

『くーも♪ はたらきもよー』

 

『そうね……将来は蜘蛛さんみたいに働き者にならなくちゃね。あなたも……』

 

『うん♪ かーか~』

 

『さ、そろそろ出て来る。後はいつもの蜘蛛の方が来るそうだから。しばらく、お前も横になりなさい』

 

『はい。あなた……』

 

 蜘蛛達が子供などを相手している為、彼らの負担はかなり減っていた。

 

 けが人達の殆どは現地で蜘蛛達の回復用の呪紋によって完治しており、重傷者も大判は危ない作業をしていた者達であって、そういう現場には蜘蛛達がいたのでギリギリ死人は出なかった。

 

 ただ、地域規模の岩盤が降り注いだ両地域の地下では死人こそ出ていなかったが、土砂に埋まったり、地下通路が埋まったりと大規模な入居直前の建築をしていた蜘蛛達が地下建設作業中に埋まりまくり、自分で外に出ようと掘り進めている最中。

 

 冥領に続く蜘蛛の道という俗称が付いたトンネルも半分が崩落し、それを補修再構築するのに多くの蜘蛛達が尽力を余儀なくされている。

 

 彼らにしてみれば、今まで自分達のやってきた仕事の半数以上が灰燼に帰した形であり、カンカンな様子で地団太を踏む者が多数。

 

 それでも基盤となる竜骨と真菌層付近はまだ問題なく罅割れ程度で残っていた為、何とか其処から再度の工事が物凄いストレス発散染みた速度で開始された。

 

 もはや『( ゜Д゜)(オラオラオラオラオラァアアアアア!!!?という顔)』をした穴掘り蜘蛛達の仕事の速度は一時間で1km掘り進む勢いであり、やがてまた地下は穴だらけにされて、あちこちの地下遺跡と竜骨の道で繋がる事だろう。

 

 天井と化した巨大な山岳の下には今や真菌が大量に蔓延っており、竜骨がそこを侵食する形で巨大な磐を隔てるようにしてニアステラとフェクラールの天井を覆い尽くしそうな勢いであった。

 

『オレは樽、オレは樽……』

 

 無論、その為の“原資”は絶賛今日も樽になっていた。

 

 精神が死にそうな目に会っているのはニアステラの中央部で今もブツブツ呟き、大量の白霊石の一枚岩に寝転がり、スピィリアではない蜘蛛達にゴロゴロ回転させられている犠牲者くらいだろう。

 

『こ、今回はさすがにダメかと思いましたね。本当……』

 

『ガシンもこれは死んだなって顔してたし……』

 

『兄に最後の連絡をしそうにはなりましたね』

 

『姫様ぁ!! うぅ、済みません!? ミーチェはちょっとだけ女性としてあるまじき状態にぃ……本当にあの時は気絶してたんですぅ!? だから、言わないでぇ!?』

 

『分かっています。というか、言いませんよ。同じ女性として。それと取り乱し過ぎです。そちらの方が男性受けが良いのでは?』

 

『ああ、ウチの旦那様が樽業に精を出してる間に混乱も治めないと』

 

『ねぇ、クーラせんせー……樽業って何? それと山じゃなくて、山脈って支えられるものだっけ?』

 

『さ、さぁ? 取り合えず、全部問題ないと報告されたので問題ないかと』

 

『もてないー』

 

『メルさんも持とうとしないで下さい。というか、遠征隊も思っていたより普通だったんですね。蜘蛛さん達はその範疇には無いみたいですけど』

 

『何じゃ? またガシンが樽にされておるのか? ま、いつもの事じゃな。今、妹達はスヤスヤじゃ。こちらも呪紋を全力全開でぶっ放すのを思い留まって良かったのじゃ』

 

 さすがにいきなり山脈が降ってきた時には死を覚悟した遠征隊の面々であったが、ゴライアスからの呪紋による通信で『(。-`ω-)“我が名はゴライアス……山脈だって支えられる大蜘蛛”』とか連絡を受けて、何とか任せる事にしたのだ。

 

 ソレが降って来た時、その山脈そのものを一時的に黒蜘蛛の巣へ“不時着”させたのは正しくゴライアスの大量の糸によるものであった。

 

 フェクラールとニアステラの全ての黒蜘蛛の巣と糸で繋がっている大蜘蛛は一瞬で地域を覆い尽くす繭のようなクッションを巣から延ばした糸で展開し、巨大な山岳の落下という超特大の現象を全てたった一人で受け切ったのである。

 

 さすがに魔力を消耗した様子だったが、いつもは閉じている巨大な口を初めて遠征隊にも見せる形で開き。

 

 糸で虚空に釣り上げた大量の緋色の白霊石が詰まった樽を数十本続けてドカ食いしながら、激震が終わるまで耐え切った姿は正しく地域の守護神のようであった。

 

 勿論、『((((;゜Д゜))))(ひぇ、口そこまであったの!? というか開くの!?)』という顔をした野営地の人々の視線がちょっと悲しかった大蜘蛛である。

 

 まぁ、その口内を見てしまえば、食われた獲物は少なからず死より恐ろしき最期を迎えるだろうというのが分かるのだから、ある意味正しい評価であった。

 

「あ、アルティエだ」

 

 そんな彼らの下に少年がやってくる。

 

 背後にはエルミとフェムとアミアルが付き従っている。

 

「どうだった? フェクラールの方……」

 

「問題ない」

 

 レザリアにそう頷いた少年がおもむろにガシンをチラ見してから、樽業に勤しんでいるようで何よりという顔になりつつ、イソイソと遠征隊の面々を連れて砂浜に移動する。

 

「そのぉ……アルティエ?」

 

「なに?」

 

「いえ、何でもないんですけど、疲れてませんか?」

 

「問題ない」

 

 少年はそう言って、砂浜で遠征隊を振り返る。

 

「今、蜘蛛達が地域の再建と復興を急いでる。後10日で建物も含めて天井も巣も全部元通りになる予定」

 

「あ、そうなんですね。良かった……」

 

 フィーゼがホッとした様子で息を吐いた。

 

「問題は王群を率いる聖域周囲の環境が分からない事。内部に入ったから分かる。今見えているフェクラールやニアステラ、北部より更に広い地域が中央部の聖域周辺にはある」

 

「そーなの?」

 

 レザリアが頷きが返された。

 

「広域探査で凡そ大陸一つ分くらい……」

 

「え……?」

 

 思わずヒオネが目を見張る。

 

「今回降って来た地域は恐らくは聖域周辺の無人地帯。山岳部そのものを探査してきた。生物は無し。蟲や鳥や家畜になりそうな動物も無し。植物も殆ど無かった。荒れた岩山みたいな感じ」

 

「そうなんですか……じゃあ、上にある山岳から侵攻みたいな事は無いんですね」

 

「完全に解析してある。何かの卵や諸々の疫病、病原となるものは存在せず。地中にも潜んでないのは確認済み。ただ……」

 

「ただ?」

 

 フィーゼが少年が言い淀むのが珍しいという顔になる。

 

「恐らく鉱物資源が大量に眠ってる」

 

「鉱物資源?」

 

「ぬ? それはもしや……」

 

 リリムが思い当たった様子になるのを見て、少年が頷いた。

 

「ヴァルハイルが山岳部方面から掘り出してた高都でしか産出しないドラクの素材となる金属が大量に鉱脈として乗っかってる」

 

「つまり、ドラクの補修や新規建造が可能になったという事でしょうか?」

 

 ヒオネに頷きが返される。

 

「今、穴掘り蜘蛛達が鉱脈と岩盤を分離して採掘しつつ、竜骨で上の山脈内部に工場を建造中。ヴァルハイルの魔力を通す鉱物の年間産出量換算で凡そ400年分くらい。今、製造してる常人用のドラクとかの製造と各種の補修用部品や生産施設の新規建造が捗る」

 

「災い転じて福と成すというところかのう」

 

「そんなところ」

 

 リリムの言葉は事実だった。

 

 正しく今ニアステラとフェクラールに必要な素材である。

 

 ヴァルハイルの技術者達の多くは資材が無ければ、何でも作りようがないというような言い訳染みた話をして、彼らに技術を盗まれまいと最後の抵抗をしていたところだったのだ。

 

 高都に残っていた在庫を根こそぎ持ってくるわけにも行かず。

 

 王群の出ている地域に取りに行くわけにも行かず。

 

 困っていたところに今回の騒動が起きたのである。

 

「これで五大災厄の一部を味方に出来ると思う。それと帝国からの使者も来てる。王家連合が動き出す前に詰め切れば、此処から遠征隊を動かす事が出来る」

 

「そ、それって……」

 

「遠征隊。総員出撃準備。目標は二つ。ノクロシアの浮上部位と地下部位、更に聖域近辺への大遠征。ノクロシアの技術を持ち帰り、王群の調査と無力化や殲滅方法の模索を行う。一月後にしてた竜神討伐はこれらの結果次第で変更になる」

 

「ようやく、ですか……」

 

 フェムが少年の背後でそう呟いた。

 

「遅くなった」

 

 少年が振り返ってフェムを見やる。

 

「教えて欲しい。ノクロシアにどんな用がある?」

 

「……そうですね。我が契約者と有象無象には教えておきましょう」

 

「相変わらず口悪いよね。フェムって」

 

「まぁ、妖精はそういうものらしいですし」

 

 レザリアがジト目になり、フィーゼがまぁまぁと宥める。

 

「私の目的は二つ……古き契約を果たす事。そして、我らが神……妖精神ティタルニイアの現世にある肉体の消滅よ」

 

 カチリと少年は何処かで何かが動き出す音を聞いたのだった。

 

 *

 

「事の始まりは妖精神が神世の頃に一人の人間の男に恋をした事から始まるの」

 

「恋?」

 

 砂浜で少し遠いノクロシアの都の唯一の出入口。

 

 嘗てリリムが溶かし、今は蜘蛛糸で封鎖された場所くらいのところから広がる青空の光。

 

 それを背景に妖精が語り出す。

 

「彼女には男の運命が見えていたのよ。妖精瞳は因果を見る瞳。そして、それは同時に過去と未来を見るに等しい」

 

「過去と未来……」

 

 フィーゼが嘗て読んだ先祖伝来の伝承を絵本にしたものを思い浮かべていた。

 

「彼女は恋をしたわ。男は彼女にとって最愛の人になると瞳は言っていた。そして、実際彼女にとって出会った男はそうなっていった。そうして彼女は男と添い遂げ、彼女の子どもとして最初の亜神が生まれたの。こうして彼女は幸せな時間を過ごし、最愛の人が死ぬ未来までも見て、その先を求めたと言われているわ」

 

「その先?」

 

 フィーゼを見つめて、フェムの瞳が細められた。

 

「その男を生まれ変わらせる事にしたのよ。遥か世界の因果の全てを捻じ曲げて、己の力によって男は生まれ変わるよう彼女は世界を変革した」

 

「それって……」

 

「これは本当に旧い時代の話らしいわ。結果として、それまで生命は生まれ死にゆく時、何も残さなかったのが魂が現世で散逸せず。同時に新たな幽世が出来たんだそうよ」

 

「へ? それってわたくしみたいな呪霊はいなかったって事かしら?」

 

「ええ、そうね。妖精神に感謝でもしときなさいな。元呪霊女」

 

 思わず今は体がありますと膨れたエルミを横に話が続けられる。

 

「妖精神は当時主神の一角に数えられていたわ。彼女の行いで世界が変容し、不滅の魂を持つ神々は人々の魂が散逸しない事を理由にして、生まれたばかりの死後の世界を幽世として管理する事となった」

 

「つまり、それはハシマス神の?」

 

「そうよ。呪霊女……貴女の後ろに付いてる神はその時、幽卿神となった。こうして、神々は人々の魂を集め、死後の世界も統治する事で輪廻転生の概念が生まれたの」

 

「な、何か壮大? だね」

 

「う~ん。お茶入れとく?」

 

「エネミネさん!? 真面目に聞きましょう!? これは物凄く貴重な―――」

 

「はいはい。歴史好き眼鏡だもんね。クーラせんせーは」

 

「ぐ~~」

 

「あたしも寝ちゃおうかな~」

 

 騒がしい第二部隊を尻目にフェムが続ける。

 

「幽世の神々は現世に魂を送り、新たな肉体に宿らせて、再び会いたい人や現世に居て欲しい人間を蘇らせた。本人は知らなくてもね。こうして幽世で神の力を受けて戻った生命の多くは神々の力の一端を血肉として発現させ、ソレが亜人達や亜神の呪紋の力の大本になったわ」

 

「それじゃあ、呪紋の素質とかは元々神様達のものなの?」

 

「ええ、そうよ。それが幽世から流出し、現世で肉体を得て、人が使う呪紋の素質という形になった。魔力や霊力が高い人間も元々全て幽世からの転生者よ。新たな命に過去の命と神の力が加わって新生する事で通常の二倍以上のあらゆる面で優秀な資質を備えた生命が誕生する」

 

「へぇ~~」

 

 レザリアがフェムの話に興味深そうな視線を向ける。

 

「これに気付いた神々は自らの肉体を生み出す事にしたわ。これが受肉神の始まり。最も強い魂と資質を持つ個体に自分の魂を上書きするわけね。でも、現世ではこの行為には限度、限界があったの……つまり、受肉神は体を持たない頃の真正神より弱くなるのよ。生物の限界の先に神という存在はいるのだから、生物そのものを限界まで強くしても高が知れてるわけね」

 

「ふ~~ん」

 

「緋霊は特に魂において強い資質を受け継ぐ者達が神の階梯に近付く事でそうなるの。そして、亜神の多くは緋霊に近しいか、それそのものというのが大半ね。それで妖精神は思い付いたのよ」

 

「思い付いた?」

 

「死んでしまう命ならば、死なぬ命にすればいい。自分の愛した人が永遠に生きられるようにしようと考えた」

 

「それって……」

 

「勿論、神ではない存在にそんな力を与えようとしたせいで彼女は神々と対立したわ。でも、彼女は極めて強かった。そして、大きな戦争の後に悪妖神として神々に討たれた」

 

「殺されちゃったの?」

 

「ええ、そうよ。でも、彼女は死ぬ前に自分の力の源である瞳を用いて、因果を操り、様々な方法で自分と愛する男を出会わせ、幸せになれるよう図っていた」

 

「おぉ、じゃあ、その女神様は最後は幸せになったの?」

 

「ええ、彼女は滅びなかった。正確には彼女の情報を引き継いだ複数の者達が男と出会い続け、結ばれ続ける運命を背負った」

 

「良かった~~」

 

 レザリアが恋物語はそうでなくちゃという顔になったが、フェムは渋い顔だった。

 

「結果だけ教えてあげる。そのせいで世界は地獄になったわ」

 

「へ?」

 

「因果は妖精神の力で未だにねじ曲がり続けてる。正常ではないの。では、正常ではないとどうなると思う?」

 

「え? え?」

 

「世界中で今までに無かった大規模な戦争や飢餓、天変地異、神々の諍いが起るようになった。それが神世の始まりの頃……」

 

「この世の始まりの……」

 

 フィーゼが何処か茫然としてその物語の始まりを聞いていた。

 

「人々は相争い。死者は積み上がる。死者は神の身元に向かい。新たに現世で力を得て、新たなる人生を送る。でも、その輪廻の回数が重なった魂達は嘗てよりも魂も資質も強大な存在となり、遂には受肉神すらも殺すような者達が出始めた。彼らはその先で神になり始めた」

 

『………』

 

 周囲には沈黙が下りていた。

 

「笑えないのは妖精神も愛した男も輪廻に入り、転生を繰り返していた事よ。神々に殺された彼女は死を偽装し、自分を幾つもの魂に分割して人間に混ざる形で転生を繰り返し、繰り返した魂同士が新に生まれて来る妖精神の魂を持つ者と融合し、自分を再生するという手法を取ったわ」

 

 フェムが溜息を吐く。

 

「男の方は魂こそ分割されなかったけれど、必ず妖精との出会い。正確には妖精となるべき者と出会うように仕向けられ、必ず過酷な運命へと導かれていった。それはそうよね。妖精は神々に狙われる種族なのにソレに近付くという事は争いに身を投じるって事だもの」

 

「だから、過酷な人生を歩む事になっちゃったの?」

 

 レザリアに頷きが返される。

 

「結果として妖精と関わる者達は皆が皆薄命でね。長く生きられる者は多くなかった。でも、そのせいで更に男の魂は輪廻を繰り返し、強くなっていく」

 

「じゃあ、最後には神様みたいに強くなって神様だって倒せるんじゃない?」

 

「そうね。そうかもね。でも、世界の因果の歪みはあらゆるものに現れる。神代の終わりの頃。神々は妖精神との戦い以来となる神同士の戦争を起こした。理由は強く成り過ぎた魂達が転生する事を良しとせず。全ての魂を一度破却し、新たな魂だけの世界を創り、今の強い魂のせいで混沌とした戦乱の世を終わらせようという勢力が台頭したの」

 

「そんな事が?」

 

 フィーゼが教会の経典にはそんなの書かれて無かったという顔になる。

 

「嘗て、妖精神を倒した主要な神格達の中でも意見が割れたわ。でも、その台頭した勢力は大神ばかりだったのね。でも、当時の世界で最強の主神はその勢力に対して反対の立場となった。結果、嘗ての仲間達も彼と一緒になって今の滅びに向かう現世をどうにかしようと立ち上がった大神達……【三千大千世界】……”フォルトゥナータ”を名乗る彼らと戦った」

 

「ど、どうなったの?」

 

 思わずゴクリと唾を飲み込んだレザリアが物語の結末に興味津々となった。

 

「負けたわ。理由は仲間が弱過ぎた事。仲間となったのは弱き神々ばかりでね。その多くは今は人々が強さを求めて争い続けているが、いつか誰もが強くなれば、争いや搾取、差別は無くなっていくはずだと主張したの。彼らは妖精神を討った神々と共に敗走した後、大神達の管理の下、一つの大陸に押しやられた」

 

「一つの? え? そ、それって……」

 

「エル大陸は敗残者を押し込めておく為の檻なのよ。古き神々の戦いに敗れた者達の末裔こそがエル大陸の人々の祖先よ。それは神々も人も同じ……でも、負けたとはいえ、どちらも傷付き過ぎて実際にはトドメを刺せなかった。これで不可侵の約定を結んだのだと言われているわ」

 

 思わず誰もが押し黙っていた。

 

「やがて、彼らは罪人と呼ばれ、魂の輪廻無き世界を構築した大神達の世界から出たイレギュラー……古き者の意味では異端者、巨大な力を持ってしまった個人の追放場所としてエル大陸は解放された。こうして人も神も流刑地の管理者となっていった。でも、エル大陸は今も地獄でしょ?」

 

「「「………」」」

 

 レザリア、フィーゼ、ガシンが思わず口を噤んだ。

 

「結局、争いが無くなる事にはならなかった。あるいはそうなる途中なのかもね。ただ、エル大陸で三度戦争が起った。それが……この島が出来る原因でもあった」

 

「原因て何ですか?」

 

「妖精神がエル大陸で一度だけ復活したの」

 

 殆どの者達が目を見開く。

 

 少年だけが静かに瞳を細めていた。

 

「嘗て滅ぼした側の神々は妖精神の復活を複雑ながらも許容したわ。でも、一柱だけは強硬に反対した」

 

「主神イゼクス」

 

 その契約者の言葉に頷きが返される。

 

「そうよ。嘗て、妖精神を討伐した当神が反対し、他の神々と対立。結果として、嘗ての仲間達を全てエル大陸からイゼクスは追い出した。妖精神を再び討伐してね」

 

 フェムが肩を竦める。

 

「そして、行き場を失った神々は古き人々……彼らの創造主に願い出たの。新しい居場所を作ってくれないかと」

 

 そこでようやく少年がフェムの言葉を手で遮って止めた。

 

「神々は古き人々が造った?」

 

「そうよ? 言ってなかったかしら? 神々は元々、この星に到来した旧き人々が生み出した存在。その存在理由は生命を正しく導いていく事なの」

 

 少年が僅かに思考内部であらゆる可能性を模索し、一端戻って来る。

 

「彼らは神々が生まれた後、数を減らし、何処かへと去って行った。でも、その最後の時代、最後の一時にこの島は出来た。大神達の後援を受けたイゼクスがエル大陸ですら持て余すようになった者達を追放する島……監獄の最底辺。鬼難島……本当の名は」

 

 フェムが息を吐く。

 

「ゼート大陸。神々のほぼ全てがエル大陸から長い年月を駆けて亜人や守護していた力ある者達と共に放逐された。此処は力を使う転生者達の揺り籠であり、いつか全ての力ある者達を乗せた箱舟として、ノクロシアの上に造営された。やがて、この世界から追放される定めにある」

 

「こ、この島自体が……船?」

 

 フィーゼが驚きに固まる。

 

「ええ、そうよ。旧き者達はこのゼート大陸へ大神達の干渉を禁じた。この約束は今も有効よ。破れば、神々とて罰を受ける程の影響がある。本当に必要でなければ、神々も容易に破る事は出来ない。そして、唯一この島に来られる神が今、来寇しようとしている」

 

「教会勢力、ですか?」

 

 フィーゼが茫然として呟く。

 

「そういう事よ。モナスの聖域の事は分からない。でも、この島に辿り着いた最初の流刑者達が建てた事は確かなの。そして、その時、何かの目的で救世神とやらが造られたのだとすれば、それに関わっている神々は島に到来し、その救世神を生み出した者達と想像は付く」

 

「竜神カルトレルム、妖精神ティタルニイア、大地母神ウェラクリア」

 

 少年にフェムが頷く。

 

「旧き者達の機械が使われているとなれば、この島の成り立ちにも関わっているのかもね」

 

 そこまで聞いた者達の反応は様々だったが、理解が追い付いていない者の方が多かった。

 

「ねぇ、フェム。それで結局、目的の理由とかはどういうものなの? どうして、自分達の神様を殺そうとしてるの?」

 

 レザリアがズバリと訊いた。

 

「古い約束よ。妖精達の古い古い約束。妖精神が復活した時以来のね」

 

「約束?」

 

「受肉神の肉体の消滅はティタルニイアの完全なる再誕を意味するわ。これは妖精達が代々受け継いで来た契約。最後の輪廻に性悪女神を叩き込んで、まともな転生をさせる手伝いよ。今、何処にあるのかは分からないけれど、恐らくはノクロシアに手掛かりがあると思ってるわ。そして、契約は……この島を動かす事」

 

「島を……」

 

「動かす?」

 

 レザリアとフィーゼがこんなにも巨大な島が動くという事がよく呑み込めず首を傾げた。

 

「理由はこの地の輪廻にあるの。この島の輪廻はエル大陸に残っていたものよりも強力な定理よ。それはこの島の殆どの人材がどんな存在も問わず異常に強く、強力な資質を持っている事からも明らかでしょう」

 

「此処の人達が強い?」

 

「その輪廻の番人たる【輪廻蝶グラキルシア】がグリモッドで滅ぼされ、輪廻の輪に異常が出た事で亡霊や亡者になる者が続出し、呪霊が増加した。でも、そうなってすらより強いものが生まれ続けている。これは道理ね」

 

「道理って?」

 

「人間と亜人の魂は一緒に輪廻に組み込まれているの。だから、人間に近付く程に亜人達が強く歪に強くなっていく。何故なら人間が最も弱く転生回数が多かったの。エル大陸では……」

 

「え? それってつまり……」

 

「過酷な邦、過酷な運命、弱き者達は幾度となく転生し、力を付けて、遂には主神イゼクスの起こした教会という剣を以て他種族の亜人達を駆逐した。亜人達を人間は超えたのよ」

 

「つまり、亜人より人間の方が強くなったのが現代という事でしょうか?」

 

 フィーゼが尤もな疑問を口にした。

 

「そうよ。その魂はこの島が出来た時にも大量に流入したらしいわ。そして、転生の定理に異常が出た事でこの島にも更に外部から魂が流入し始めたと予測出来る」

 

「人間の割合が多くなる亜人の増加?」

 

 少年にフェムが頷く。

 

「ヴァルハイルで色々調べてみたけれど、亜人は今や人間の魂の比率が高い転生者が亡者や亡霊と成らない個体として生まれて落ちているわ。恐らく、後20世代も待たずに人間の魂の比率が殆どの亜人達が大半となるでしょう」

 

「じゃあ、今まで亡霊になってた亜人達の魂は……」

 

 フィーゼが何かに気付いた。

 

「新たな命を授かった者達と島の魂の転生に組み込まれ、集約されて新しい者に生まれ変わる者達に分かれたという事になるかしら。ね?」

 

 フェムが砂浜の横を通り過ぎていく蜘蛛を見やった。

 

「何か、スゴイお話だね。フェム」

 

 レザリアのざっくりしたまとめにフェムの溜息が続く。

 

「この状況、今まで見て来た幾つもの過去と未来……恐らく、島を動かせというのは昔にいた妖精達の多くがこういう状況を知っていたからなのでしょうね」

 

「どうして動かさなきゃならないの?」

 

「輪廻の先に人間の魂があらゆる生命の魂を上書きしていくと、多様性が失われて、一気に亜人が絶滅するわ。亜人が生まれないんじゃない。亜人が人間しか産めなくなって、名前と肉体の資質だけ亜人だった頃の名残がある人間になる。たぶん、ね」

 

「それが問題なの?」

 

「神々が元々、輪廻の事で戦い始めたのは強い人間が増え過ぎた事に起因する。同じ事がまた起きると断言出来るわ。だって、因果は今も歪んでいるのだもの」

 

「あ、そ、そっか……また、戦争になっちゃうから、人間の大陸から此処を遠ざけようって事でいいのかな?」

 

「そうよ。でも、それを懸念する者達は同時に此処を利用しようとも考えているはずよ。エル大陸から教会や権力の亡者共がやって来て、島を食い物にしようと画策してたでしょ? 教会に至っては恐らく全ての亜人を絶滅させ、島を人間のものとして新たな計画でも立てるのでしょう」

 

「計画って?」

 

「例えば、この島の力を手に入れれば、恐らくイゼクスは全ての大神相手でも勝てる。他の大陸を治める神々は嘗てのまま。でも、教会という組織はエル大陸の転生者達の上澄みを恐らく集めたものよ。その強さは嘗ての比ではない。この島の力で別大陸への侵攻が開始されれば、恐らく外界の全ての受肉神を教会は倒し得る」

 

「つまり、教会はこの島を足掛かりに外界を侵略するつもりなのですか?」

 

「フィーゼ……」

 

「?」

 

 フェムが少女の前にやってくる。

 

「引き金は貴方よ」

 

「え?」

 

 少年が初めて眉を動かした。

 

「先程の妖精神の復活の話には続きがあるわ。妖精神が滅んだ時、彼女の傍には騎士がいたのよ……」

 

「ッ―――」

 

「妖精神の加護を受けた騎士。その剣は夜天を映す輝きを帯び、天地を覆うイゼクスすらも切り裂いた」

 

「妖精騎士の御伽噺……確か、魔物の王を切り裂いたって……」

 

「ふふ、魔物、ね。そうかもしれないわね。色々と此処の長にも聞いたけれど、間違いないでしょう。貴方の家は妖精騎士の家系。正確には恐らく妖精神の家系よ」

 

 周囲の人々が驚く中。

 

 少年だけはただ目を細めたのみであった。

 

「複数の人間の女に分割された魂は転生の度に一人の人間に寄り集まる事で神へと変貌していくと言われていたわ。でも、復活した際に保険が掛けられていた可能性がある」

 

「保険……」

 

「つまり、敢えて転生で統合されない魂の欠片を持つ者が遺されていたかもしれないの」

 

「ッ―――」

 

「そして、イゼクスに本体と呼べる量の魂が滅ぼされても、次なる復活の為に残された女が子供を産み続ければ……」

 

「やがて、復活する?」

 

「ええ、そうよ。魂を分割する必要は無く。転生そのもので力を強めれば、やがては同じだけの存在へと昇華する可能性が高い。そして、貴方の傍には妖精騎士がいる」

 

 少年の方をフィーゼがハッと見やる。

 

「でも、我が契約者がそうかどうかは分からないわ。強過ぎて妖精の力を取り込んだ今となっては……嘗ての妖精騎士達の遥か格上にまで上り詰めつつあるもの」

 

 フェムが肩を竦める。

 

「それに貴方だけかも分からない。妖精神の生まれ変わりは貴方以外にもいる可能性がある。そちらに騎士が付いているという事も考えられて然るべきね」

 

「じゃあ、姉さん達も……」

 

「とにかく、これで私がノクロシアに行く理由は全てよ。妖精神の肉体の発見と島の移動方法を見付けに行く。嘗て、お父様達に言われた通りに……もしも、この可能性を、未来を見ていたのならば、島を動かすという約束はイゼクスから逃げる為のものかもしれない」

 

 語り終えたフェムが何処かスッキリしたような顔で少年を見やる。

 

「我が契約者……貴方が信じる者達へのこれが私の誠意です」

 

「……ありがとう。フェム」

 

「っ~~ぃ、ぃえ……」

 

 思わず少年に優しく頭を撫でられて借りて来た猫のようにフェムが穏やかな顔で縮こまる。

 

 それを見ていた殆どの隊員は「これは妖精騎士というより、妖精誑しなのでは?」と内心で思ったが黙っておく事にした。

 

「これでノクロシアに行く理由は全部。ただ、今の話でちょっと話を聞きたい相手が出来た。頼まれ事もやって来なきゃならない。此処でしばらく遠征の準備をして欲しい。すぐに必要な人材を連れて来る」

 

 少年がガシンに再び遠征隊を預けて、出掛けると言い置いて消えた後。

 

 全員が本格的な初めての遠征に向けて戦闘用の装具や資材、諸々の準備を開始した。

 

 蜘蛛達が次々にやって来て、ようやく増員した遠征隊の初遠征だと大量の物資を準備し始める様子は人々にも伝わり。ウートやウリヤノフ、エルガム達にも先程の話がされて、今後の未来の為、ノクロシアへのニアステラ総出での準備が始まった。

 

 しかし、それよりも先に父に野営地の一角にある大使館という程でもないが、外来の使者を出迎える為の館へとフィーゼが連れて来られた。

 

「お父様?」

 

「……帝国からの使者が来ているのは聞いているな?」

 

「は、はい」

 

 館の奥にある応接室へと向かう道すがら、蜘蛛達に護衛されて、ウリヤノフが前に出て先導するという形で進む様子は彼女には嘗ての帝国での記憶を思い起こさせるものだった。

 

「誰か知り合いでも?」

 

「………」

 

「お父様?」

 

 父が何処か複雑な顔を浮かべているのを見て、何か面倒事だろうかと彼女が顔を見上げる。

 

「詳しい話はまだ野営地の者にはしていない。知っているのは彼と一部の蜘蛛とリケイ殿だけだ」

 

「どういう事でしょうか?」

 

「お前は……昔の生活に戻れるとしたら、戻りたいか? フィーゼ」

 

「え?」

 

「あの頃、お前と過ごした帝国の館。地方にある夏の間だけ行く砦……全てまだ残っているそうだ」

 

「まさか、帝国が何か条件を付けてで連れ戻そうと?」

 

「取り合えず、まずは見て、聞いて判断してくれ」

 

「え、は、はい……」

 

 通された部屋にフィーゼが入った時。

 

 衝立のあるソファーがある一角から飛び出した影が彼女に迫り、ウリヤノフが思わず剣を抜こうとして、それをウートが止める。

 

「あぁ、フィーゼ!? フィーゼ!!? わたくしの宝物!?」

 

「え? あ―――」

 

 彼女は目を白黒させながらも自分を抱き締める相手を思わず凝視してしまった。

 

「ね、姉様? まさか、リセ姉様、なのですか?」

 

「えぇ、えぇ……無事で良かった。うぅ……」

 

 思わず涙を零して、あの頃の帝国にいた時と同じように抱き締めてくれる相手に茫然としつつも、彼女は思う。

 

 少なからず。

 

 世界は残酷なのだと。

 

 妖精神の為に人々の因果が捻じ曲がるのならば、それは罷り間違っても良いとは言えない事だろう……しかし、本来二度と会えないはずの人に会えた……その奇跡を少しだけ彼女は妖精の神とやらに感謝しても良い気がした。

 

 例え、それが嘗て望んでいたとしても今は必要のない……もしかしたら、今の自分達を危うくしてしまう類のものだとしても、今だけはその望みが一つ叶った事を彼女は喜ぶ事しか出来なかった。

 

 その日、帝国からの来訪者一団はいきなり降って来た山岳に潰される悪夢から一夜明けて。

 

 ようやく自分達の仕事に取り掛かり。

 

『ふむ……良く来ましたな。我が弟子達』

 

『リケイ師父!!』

 

『まずはあちらの話を聞きましょうか。彼の皇帝は如何なる人物であるか。そして、五大災厄は使えるのかどうか……こちらには力がある。教会と殴り合う最低限度の手札が出来た今、此処で帝国が味方となるか敵となるか傍観者となるか。それをまずは聞かせて頂けますかな。ほっほっほっ♪』

 

 エル大陸最後の術師の一団。

 

【教笏の教団】

 

 俗称“ケリュクス”の活動が再開された。

 

 創立330年。

 

 嘗てから現在に掛けての全人員の前科合わせて総計12万犯弱。

 

 創立から出した死傷者数1220万人余。

 

 起こした騒乱、暴動、戦争、合わせて521回。

 

 建国し滅びた数12回。

 

 教会との戦いで残った最後の術師総勢332名。

 

 エル大陸の史実に残る最後の呪紋を用い続ける大犯罪結社。

 

 首領【魔の布教者】の下に集う一人で小国を滅ぼせると豪語するまでもなく事実な人材達は敬愛する師父のにこやかな笑みに菩薩に絆された悪鬼羅刹の如く。

 

『ご報告させて頂きます!! 全て、我が師父のご想像通りに……ただ、二点……他大陸からの侵攻及び現皇帝の強さに付いて……懸念事項を確認しております』

 

 彼らは全てを委ねて、“計画”の推進状況を語るのだった。

 

 勿論、そんな過去の部下達は知らない。

 

 彼らの首領が自分達よりも余程に使えるどころか持て余す人材を発掘し、新たなる道を歩み出している、だなんて。

 

『さて、まずは世界の趨勢を決める戦い。我らの暗躍は後々の事となる……今はゆっくりと彼らの背中を支えるとしようか。ふふ……』

 

 こうして大陸最大の闇とも称される悪党の中の悪党も裸足で逃げ出す“狂人集団”は強力な統率の下、次なる目的へと向けて暗躍を始める。

 

 ただ、その様子をジト目の天井蜘蛛達が監視している事を彼らは知らない。

 

 唯一、それを感じている老爺は苦笑気味であった。

 

 今更、彼ら程度が今のニアステラの中核人材相手に何か出来る事なんて無いのだ。

 

 事実、このたった数か月で全てを超えた少年と遠征隊の仲間達の強さはリケイの想像の遥か果てに到達済み。

 

 蜘蛛達も遠征隊も過去の古臭い組織がどうこう出来る段階を当の昔に超えていたのである。

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