流刑貴族の追放記-極獄と呼ばれた果ての地にて-   作:Anacletus

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第9話「流刑者達の上陸Ⅸ」

 

『お嬢様ぁ!! 外は危のうございます!! お早く船内にぃ!!』

 

「まぁ、失礼しちゃうわ。こんな甲板の中央からどうやったら外に落ちるって言うのかしら?」

 

 鬼難島は東の海の果てにある。

 

 だが、そこを船が一隻も通らない。

 

 という事も実際には無い。

 

 近場の航路が幾つかの外界の部族がいる島と繋がっており、特に香辛料の買い付けに東部と北部、南部の商人達はよく脚を運ぶと言われる。

 

 金や文明の道具と引き換えの取引は物々交換が多く。

 

 結果として莫大な富を上げた者達はその怪しげな海図に掛かれる海の中の島を遥か遠巻きにして眺めるのはよくある事であった。

 

 何なら捨てられる流刑者達の紡ぐ火でも見ながら一杯やってという悪趣味な者すらいる程だ。

 

 故にか。

 

 新興の香辛料成金という類の船は船主達の戒めも知らない場合が多い。

 

 近付き過ぎれば、引き込まれるぞ。

 

 追うは易し、離れは難し。

 

 鬼すら難する島。

 

 つまり、それは生半可な船や船員では脱出出来ない島である事を意味する。

 

 また、船が流刑者を置いて戻る際にも現地の古老の船乗りなどを使う事から殆どの者達はその離れる事も難しさから莫大な金額を船主に要求するのが常であった。

 

「もう……」

 

 そんな事は露知らず。

 

 香辛料貿易で財を成した船主の一人娘は木造帆船の甲板で舶来の長物。

 

 大陸中央付近にある帝国で造られた手持ちの望遠鏡で島を見やっていた。

 

 何か面白いものが見られないかと思って。

 

 その後ろ姿を従者達はハラハラしながら見ており、外は怖いとばかりに彼女の我儘に溜息を吐いている。

 

「そんなにあの島が怖いのかしら?」

 

 彼女が呟きながら、何てことの無い大きさにしか見えない島を望遠鏡で捕らえ、浜辺には誰もいない事を確認してガッカリしていた。

 

 浜辺に助けてとでも文字があれば、彼女の友達に喜々として話のネタにする気だったのだが、事はそう上手くはイカナイ。

 

 褐色の肌に紅い天鵞絨のような豪奢なフリル付きのドレスタイプのワンピース。

 

 帽子は東部伝統の麦わら帽を緻密に編んで模様を付けた代物。

 

 ドレス内部は極めて薄い熱が籠らないスケスケなシルク製であり、蒸れる事も無い特注品で涼し気に肌を出した肩から吊るハシタナイと言われるだろう大胆な衣装はまったく価格も価格なら、過激さも強い代物。

 

 東部ならば破廉恥。

 

 帝国ならば悪趣味。

 

 南部だろうが北部だろうが、他の国の商船から見られたら、娼婦でも載せているのかと疑われても仕方ない装いだが、生憎とそれを着込むのは少女である。

 

 年頃は14くらいだろう。

 

 背丈は小さく。

 

 歳よりも何歳か若く見えるかもしれない。

 

 だが、その勝気な瞳と金色の少し縒れて太い髪が肩でフワフワしている様子は愛らしさの方が勝るかもしれなかった。

 

「もっと横から見えればいいのに」

 

 だが、そんな少女は気付かない。

 

 自分が見ている方角とは反対側から雲があっと言う間に押し寄せて来る事に。

 

 そして、少しずつ吹き始めた風がズズズと船を押し流し始めた事に。

 

 何故なら彼女は望遠鏡に夢中であった。

 

 そうして、何か雨が降って来たなぁと目を離した時には―――。

 

「え?」

 

 横合から喰らった波で甲板が大きく傾き。

 

 彼女の体はあっと言う間に海へ投げ出され。

 

 船は舵が壊れた様子で島へと向かって流されていくのだった。

 

 *

 

 ツンツン。

 

 ツンツン。

 

『もう誰よ。まだ眠いですわ』

 

 ツンツン。

 

 ツンツン。

 

『いい加減怒りますわよぉ。ジョゼフィーヌ』

 

 家の飼い犬。

 

 白いフワフワ毛玉に呟いて彼女は眼を開ける。

 

 すると、そこは砂浜であった。

 

『え?』

 

 そして、見知らぬ黒髪の少年の顔があった。

 

『だ、だだだ、誰ですの!? 貴方誰なんですのぉおおおおお!!?』

 

 のぉーのぉーのぉーと木霊した気もする少女の叫びが海岸線沿いに響き。

 

 同時に少女は最後の光景を思い出す。

 

 そう、そうだ。

 

 島に流れ着いたのだ。

 

 蒼褪めた彼女は極悪非道な事をした犯罪者達がいると噂の流刑地に飛び込んだ自分の不運を呪い。

 

 同時に少年を極悪な低年齢層な犯罪者に違いないと確信する。

 

 だって、少年の手には黒いねじくれた禍々しいダガーが握られていて、その背後には何か物凄く禍々しい大剣が背負われていたからだ。

 

『わ、わたくしを食べてもおいしくありませんの事よ!? そもそも、我が屋は莫大な身代金は出してくれても、わたくしは何の技能も無い無害で無垢な普通のお姫様ですのよ!!? 不潔!? 破廉恥!! わたくしに酷いことする気でしょう!? 大人向け吟遊詩人の謳ってた恋物語みたいに!!?』

 

 いや、止めて、放して、わたくしは美味しくないと主張する少女であったが、少年がジト目になってアレ、アレと指差す。

 

 すると、そこには彼女には見覚えのある服が一着。

 

 そして、その金髪の縮れ髪がワカメのように濡れて萎れているのが見えた。

 

『え? あ、うん?』

 

「名前何? 亡霊の人」

 

『ぼう、れい?』

 

 少女が思わずもう一度見た自分の肌は斑色で同時に彼女は自分の姿が衣服も込みでスケスケなアダルト仕様になっている事に気付いて、サァアアッと顔を今世紀最大に蒼褪めさせた。

 

『う―――』

 

「う?」

 

『う゛ぞ゛でずわ゛~~~びぇえええええええええええええええええ!!?』

 

 今世紀最大に叫んだ亡霊の少女は若い美空で可哀そうな事で水死体となって少年と出会う事になったのだった。

 

 *

 

「船だぁ!! 船だぞぉ!!?」

 

 その日の明け方。

 

 見張りの男達が船から持ち出した小さな手持ち式の鐘をガンガン叩いて起こしたのは間違いなく大事件の知らせからであった。

 

 前日の深夜から降り始めた雨は上がりつつあったが、彼らのいる浜辺より奥の森林地帯にある野営地からも浜辺から先の海は見える。

 

 そこに船が漂着したのだ。

 

 それもかなり罅割れてこそいたが、船体が何とか修理出来そうなくらいの状態での事であった。

 

 いきなりの天の助けに水夫達は沸き立ち。

 

 漂着した船に声を掛けて船員を救出。

 

 ついでに中のものを運び出していたら、明け方の食事時となっていた。

 

『ひっぐ!? お、お嬢様がぁ!? おお、おぉぉぉぉぉ―――』

 

 船員の半数程が泣き崩れているのは船が遭難したからではなく。

 

 彼らの主である大富豪の娘さんが海に投げ出されて行方不明だからだった。

 

 野営地の長としてウートが船員に事情を聴いている間に水夫達はかなり喜んでいたが、ウリヤノフの一睨みで今は静かにしておこうと漂着した船を砂浜に引き上げ、錨を投げ落とすのに懸命な様子となっていた。

 

「左様ですか。何と言う悲劇か……』

 

 ウートが不憫そうに船員達の話を聞きながら、彼らが船長もおらず。

 

 この島に近い航路で次の島に娘さんを届けに向かうだけの遊覧船に近い事を知ったが、水夫達の半数は正規の者であり、まだ海賊紛いな水夫達の様子を見て、警戒を解いてはいなかった。

 

 野営地の簡易的な事情を説明するのに小一時間。

 

 今は水夫達を取り纏めているウートと交渉するのが良いと踏んだ船側の者達が彼を窓口にする一方。

 

 朝から大事件が起こった野営地では水夫達の噂話が引っ切り無しに飛び交っており、島から脱出出来る道が少なからず出来たと喜びに沸いていた。

 

『女の子が岸壁の方で見つかったって話だぞぉ!!』

 

 そんな時、慌ててやってきたのは少年が話しを持って行った歩哨達であった。

 

 それにすぐ船員の半分程が連れ立って走り出し、その光景を見て絶望し、滂沱の涙で崩れ落ちたのは言うまでもない。

 

 それを後から追って来た者達が後味が悪そうな顔で見ていれば、水夫達もさすがに水を差す事も無かった。

 

 だが、その横ではシレッと少年が泣き崩れる船員達へ必死に叫んでいる少女を見ており、遂には泣き出した彼女の傍でしゃがみ込む。

 

『どぉじででずのぉ~~にゃんでぇ~~わだぐじぃ~~しんでなひぃ~~!!?』

 

 鼻水と涙に濡れた少女の亡霊は幾ら叫んでも船員達に自分の声が聞こえない上に自分が完全に死人扱いされている事に泣きまくっている。

 

 それにハンカチならぬ汗拭き用の麻布を渡した少年である。

 

 それをひったくるようにして鼻水を拭いた彼女が『絹じゃなきゃやだぁ~』と我儘を言い始めた辺りで亡霊も困ったもんだという顔の少年がイソイソと退散する姿勢となった。

 

 剣を再び隠して少女の死体の場所を教えたのは勿論少年である。

 

 これから色々と聞かれたり、浮ついた野営地の空気での話し合いがあるのは確実。

 

 そんな面倒な事に巻き込まれるわけには行かない少年なのであって、こっそりと消えようとしたのも無理からぬ話であった。

 

『ちょぉっとまったぁ!?』

 

「………」

 

 謗らぬ顔で少女の亡霊を無視した少年が天幕に戻る。

 

 すると、付いて来た彼女は断固として話して貰うという顔で少年の前に立ち、少年が横を向くとまたその前に立ちという事を繰り返す。

 

「何やってるの? アルティエ」

 

「何でグルグル回ってんだ?」

 

「ただの運動……」

 

 少年の苦しい言い訳にナーズ、レーズの兄弟が相変わらず変な奴だなぁという顔になって、肩を竦めた。

 

「……そんな運動あるんだ。あ、おねーちゃんに洗濯物干すよう言われてるんだった。ついでに陸に戻れるのか聞いてこよー」

 

「だな。どうせ、オレ達には何も出来ねぇし」

 

 こうして兄弟達が消えた天幕内。

 

 絶対に話して貰うという気概に満ちた少女の亡霊に折れた少年が視線を合わせる。

 

「えっと、死んでる」

 

『じんでないもん!!?』

 

「さっき、確認してたような」

 

『じんでな゛い゛のぉぉぉぉ!!?』

 

 癇癪を起す少女が地団駄を踏んだ。

 

 面倒くさくなった少年が頷く。

 

「死んでない死んでない」

 

『そ、そうですわ!? わたくしはちょっと眠っているだけですの!? だ、か、ら!!』

 

 ズイッと少女が少年に迫るようにして顔を近付ける。

 

『貴方!! 貴方!! アルティエとか言うんですわよね!? 貴方がわたくしを生き返らせて!?』

 

「え、無理……」

 

 普通の常識を語る少年であった。

 

『イ゛ギがえら゛ぜるの゛ぉぉぉぉおぉぉぉぉおおおおぉ!!?』

 

 思いっ切り癇癪が爆発する少女が今度は地面でゴロゴロと転がりながら、泣きべそを掻きつつ騒ぎ始めた。

 

 さすがに能力を切れない少年が体力無限だろう相手の騒音に辟易した顔になる。

 

「今、死んでないって言ってなかった?」

 

『揚げ足取るにゃぁああああああ!!?』

 

 バコーンと少年の頭が少女の平手を喰らう。

 

 無論、擦り抜けた。

 

 が、途端に少年がフラッとして膝を着く。

 

「魔力4%消失。呪霊属性攻撃:吸収の着弾を確認。頭部からの被吸収効率81%上昇(再上昇可)……っ」

 

『やるのぉおぉぉ!! やらなかったら呪い殺しますわよぉお!!?』

 

 必死に叫ぶ少女の声が直撃した瞬間。

 

 更に少年の肉体から力が抜ける。

 

「精神耐久度3%減少。呪霊属性攻撃:衝撃の着弾を確認。頭部への精神ダメージ43%上昇(再上昇不可)……」

 

『いい!!? わたくしはこんなところで死んでる暇は無いのですわ!? 将来、カッコイイお婿さんを貰って!! 七つの海を制覇した後に世界一の富豪として世に名前を轟かせ!! 自分の国を建てるんですから!!?』

 

 無茶苦茶言い出した少女を少年が倒れながらジト目で見やる。

 

『ふぐぅぅぅ!!? どうして美貌と若さとお金と天才的な経営手腕と聖人も裸足で逃げ出す優しさを持つわたくしがこんなところでぇ……わたくしの死は世界の損失!? 絶対、生き返らせて!!? いい!!? 解った!?」

 

「……ハイ(*´Д`)」

 

 取り敢えず仕方なく頷く少年が気付く。

 

「―――呪霊との契約を確認」

 

 少年の脳裏には結ばれた契約情報がサラサラ流れて来た。

 

「死者蘇生が果されるまでの期間、呪霊召喚【ファルターレの貴霊】を獲得。呪霊属性攻撃に対し、防御力9.8%低下(再下降可)。召喚可能呪霊との契約成立率84%上昇(再上昇不可)」

 

『霊とか呼ばないで!? わたくしにはちゃんと!! ちゃ!! ん!! と!! エルミレーゼ・ファルターレという名前があるのですわ!!?』

 

「エルミレーゼ……」

 

『わたくしを生き返らせるまではエルミと呼ぶ事を許しましょう。罪人アルティエ!! あ、ちゃんと三食わたくしに食べさせて、毎晩ちゃんとお話しを読んで寝かせて頂戴ね!! いい? 解った!?』

 

「……(―ω―)はい」

 

 無の境地に達した少年は霊は食べられないし、何しなくても寝てそうという言葉は飲み込んで、仕方なく頷くのだった。

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