流刑貴族の追放記-極獄と呼ばれた果ての地にて- 作:Anacletus
「そのぉ……人豚の方はどうしたんですか? アルティエ」
「重要な情報を聞き出した後、蜘蛛達に付いて貰って、一緒にウリヤノフのところで武装方面で頑張って貰う事になった」
「そ、そうなんですか。何か滅茶苦茶、薬って騒いでましたけど」
「もう送った」
ニアステラ第一野営地。
今はノクロシアに最も近い浜辺。
桟橋が伸びる東部方面への道が程近い場所では遂にノクロシアへの出発の準備を終えた少年と仲間達が勢揃いしていた。
第一部隊はレザリア、フィーゼ、ガシン、リリムが行く予定だったのだが、黒蜘蛛の巣の造営に忙し過ぎる樽家業中のガシンは副隊長という肩書も空しく置いて行かれる事が決定。
続いて第二部隊としてクーラル、エネミネ、メイの他に一人メイド服姿の少女が横にいた。
「て、言うか。アンタも行くの? ヴァルハイル」
「あ、アタシは今回は何か途中の退路確保の為に内部に設ける拠点で雑用って……その……それとヴァルハイルじゃなくて、アミアルよ。安全が確保されてから行くから遅くなるわ」
エネミネの言葉にアミアルが何処か不満というよりは何で連れてかれるのだろうかという顔で少年を睨んでいた。
「あのぉ~~ウチの姫様が物凄く不満そうなんですけど」
その横では膨れっ面のヒオネを宥めるようにミーチェが恐々と彼女の後ろに立っていた。
「アルティエ様。どういう事か教えて頂けますね?」
「旦那様もいないし、アタシらは第二部隊に回されるかと思ってたんだけどねぇ」
アラミアが虚空で翼をバサバサさせながら周囲を低空飛行しながら不満そうな姫を見やり、肩を竦めた。
周囲では何で置いていかれるのかという顔になる者も多い。
ちゃんと訓練していたヒオネは実際にガシンを除けば、霊的な情報を観測する能力が恐らくはエルミと良い勝負が出来るのだ。
少年が砂浜に枝で地図を書き始める。
「ノクロシアへの遠征はかなり危険度が高い。一番重要なのは帰り道がちゃんと確保出来るかどうか。つまり、観測役をノクロシア内外に二か所置いて、帰り道を上手く見つけてくれる役目が必要」
「つまり、退路確保の誘導役かい?」
アラミアに少年が頷く。
「五大災厄で今最も来られたらマズイのは【沈まずの華バークローズ】。緋霊な上に霊的な能力が高い以上に能力が厄介。それを押し留められるのはガシンとエルミと霊的な情報を観測出来るヒオネが適任」
「つまり、旦那様がいない間に何かあっても困ると。良かったじゃない。姫様が一番重要な役だってさ」
「そ、そういう事ならば、はい。確かに五大災厄とノクロシアの観測。どちらも無ければ、問題だと言うなら、賜りました。アルティエ様」
「よろしく頼む」
ヒオネに少年が頭を下げる。
「頭を上げて下さい。ちょっと怒るのは子供っぽかったですよね……反省します」
ヒオネがそうちょっと残念そうながらも笑って己の役に頷いた。
「それにしてもどうしてリリムちゃんを第二部隊じゃなくて、第一部隊に入れたのかしら? おねーさんから見てもリリムちゃんは第二部隊でも十分連携が取れていたけれど」
ミーチェの言葉は最もだった。
三人では戦力不足感は否めない。
「そうじゃな。それを聞いておくべきじゃろう。ガシンの代わりか?」
リリムがまだ練度不足を自覚しながら少年に首を傾げる。
「……ノクロシアを破壊出来るという事は帰り道が無くなった場合、ノクロシアを破壊しても出られる選択肢になる」
「そういう事か……」
「これから単独で一番危険な場所に潜ったりした場合、救出任務と退路確保の両方をノクロシアの深い場所からして貰う可能性が高い」
「分かった。任せよ!!」
「最優先は部隊の帰還。こっちの事は気にしなくていい。退避が終わった後に救出の為にノクロシアに穴を開けてくれるだけで十分帰るのは可能」
「むぅ~~その方が合理的で一番可能性が高い、のじゃろうな」
「勿論」
「分かった。ちゃんと自分達の命を最優先にしてから、しっかり我が騎士を助ける事にするのじゃ。自分の命を粗末にする輩に出来る事は無いじゃろうしな」
「よろしく」
リリムも頷いた。
「そのぉ~~アルティエ。私達はどうしましょうか? 一応、フェムさんに色々と妖精呪紋は習いましたけど、やっぱり、呪紋はあんまり得意じゃないですし、大型の敵を倒す火力偏重の今の戦い方だと屋内戦闘や市街戦だと困るかもしれません」
「問題ない。エルとウリヤノフに造らせてたものがさっき届いた」
少年が言うや否や上空からゴライアスが糸で巨大なコンテナを一つ降ろしてくる。
それがすぐに開かれると内部には100本近い剣と盾が置かれていた。
どれもこれもヴァルハイルの意匠が見て取れる代物であったが一片1mを超えるものが大半であり、盾はコンテナの壁面全てに一枚ずつ置かれており、明らかに内容物はギッチギチになっていた。
明らかにドラク用の代物だ。
「あのぉ……さすがにこの大きさは……」
思わずフィーゼが額に汗を浮かべる。
「問題ない。片腕置換」
少年が呟いた途端、その腕が灰色の甲殻らしきものに筋肉が浮き出たゴライアスと同じ質感となり、霊力が込められた途端、カッとコンテナ内部の巨大な剣と盾が次々に収縮していく。
ついでにコンテナの端にあった衣装ケースが開かれ、フィーゼに竜鱗のドレスが手渡される。
「銀鱗のいつものヤツを参考にして新しいのを造らせた。全部霊力で掌握済み。重量と体積を減らしてある。それでも剣1本で大人5人分くらいの重量になる。でも、今のフィーゼなら」
「は、はい!! 着替えは後でします!! ええと、この剣と盾ですよね」
フィーゼがただソレを見て視線を浜辺に向けると猛烈な速度で全ての剣と盾が上空へと飛び出し、瞬時に隊列を組む兵隊達のように浜辺の上空で円環を描いて陣地を護るように囲い込んで回転し始めた。
「この状態でどれくらい持つ?」
「……10日間同じようにしてもまったく問題ありません。精霊さん達も妖精一歩手前の状態に留めておく事が出来るようになったので」
「攻防に活躍してもらう。妖精瞳に覚醒したら、たぶん殆ど見なくても操れるようになるから、それまでは予備の剣の保管もお願いしたい」
「はい!!」
フィーゼが思わず笑顔で頷き。
すぐに浜辺の着替えが出来るシャワー用の更衣室へと走っていく。
「ね~ボクは?」
少年がレザリアにポンと何処からか取り出した小さな銃を手渡した。
まだ、その世界ではほぼ存在しないに等しい白銀のソレに少女が小首を傾げる。
「これ」
「これ?」
「色々と呪具を複合して構造はドラクみたいな感じになった。それをさっきのと同じ霊力で掌握して凝集した。重くない?」
「う~ん? 今の筋力が家一つ分くらい持ち上げられるから全然軽いけど、フィーゼの盾の何倍くらいの重さなの?」
「30倍」
「どれどれ」
レザリアが銃を砂浜に落とした。
途端、ドガンッと砂浜がその激音に震えて、砂浜の下に延びていた竜骨の床に直撃。
クレーターと化す。
「お、おぉ……」
「ちょ、重過ぎですよ!? レザリアさん!?」
思わずクーラルがその激震に上空へとエネミネを連れて逃げていた。
尻もちを着いたメルにレザリアが拾い上げた銃を持って近付き。
「ちょっとコレ持てる? メルちゃん」
ちょっと持てるかと少し確認して地面にゆっくり置いた銃を拾い上げさせようとしたが、途中で重過ぎぃという顔になったメルがプルプル首を横に振った。
「ねぇ、アルティエ。これってボクが持ってたら、この重量が加算されて、建造物とか歩くだけで壊れちゃうんじゃない?」
「問題ない。専用の“がんほるだー”とか言うのを人豚の邦から取り寄せて、重力系の呪紋で内部のものを軽くしてある」
少年が太ももに括り付けて瞬時に抜ける方式のものをレザリアに渡し、使い方をレクチャーした。
すぐにソレに収められた銃が抜き打ちで構えられる。
「うん。良いみたい」
「エネミネには重くないのを渡す」
少年がハイと拳銃にしてはゴツイというよりは小銃と言うべきだろうライフル的な外見の銃を少女に手渡した。
思わず顔が引き攣ったエネミネであったが、重量が剣よりは軽いという事で少し安堵した様子になる。
「ちなみに撃ち方は分かるけど、暴発したりしない?」
「問題ない。魔力を込めない限りは打てない仕様。魔力を込めたら、手を離すと安全を確保する呪具の部分に魔力が流れて重量も軽減する。
「へぇ~~~」
「エネミネがしていたような多数の相手に対して瞬時に攻撃が可能」
少年が片手を上げると海洋方面に次々に的が海中から現れた。
糸製らしい人型や大きな蟲型の標的が大量に海上、海中、空中に現れる。
その数は明らかに数百程もあった。
「狙って撃てばいいのかな?」
「狙う必要は無い。視界に全ての目標を収めて、引き金を引くだけ」
「え? そうなの?」
「撃つ時の力加減は呪紋一発分。ただし、最初から連射するか、一点に集中して打つかの二択だけは構えた時点で決めた方がいい。引き金を引き続けると魔力をずっと吸い取られるから注意。この撃鉄の部分を起こすと魔力を溜めて高威力を一発撃つ方式になる。普通に引き金を引くと多数の目標に対して瞬時に攻撃出来る。試してみればいい」
「う、うん。こうかな?」
カチンと引き金が引かれた途端。
銃口から閃光が放たれた。
だが、その全てが一端、僅かに斜め上に奔ったかと思えば、虚空の一点から分散して猛烈な勢いで全ての標的にブチ当たり破壊。
だが、問題は破壊した瞬間には別の標的に攻撃が次々に切り替わってレザリアが見ている標的を全て砕き終えるまで凡そ3秒程の出来事であったという事だろう。
思わず当人も周囲も口を大きく開いてあんぐりさせている。
「視界に入った標的の選別は登録相手以外。ただし、意識して攻撃目標から外す事は可能。精霊に命令する調子で銃に命令すればいい。現在の同時標的数は50で固定してある。標的が1体や少数の場合は空中で割り振られる相手への攻撃回数が増加する分、威力が上がる。攻撃速度は音速の5倍くらい」
「お、おぉ……何かやたら一瞬で相手が消し飛んだような?」
「単なる炎瓶の呪紋を収束しただけ。呪具に込める呪紋を変えれば、別の呪紋の収束状態の攻撃が今と同じ形式で発射出来る」
「これって、王群相手に使える? というか、照準は誰がしてるのコレ?」
「一発なら大物相手に大穴が開けられる。照準には思紋機関が使われてる。相手の状態を認識していれば、すぐに視界内の標的も切り替えてくれる。小さいヤツなら半秒で相手が融解する。魔力量が多いレザリアなら王群を殲滅しながら走れば、恐らく100万くらいまでは余裕」
「よ、余裕なんだソレ……」
思わずレザリア当人がビビる性能であった。
「射程距離は威力依存で呪紋の有効射程の距離限界に等しい。距離限界以上だと威力が出ないと撃てない。少なくとも視界に入ってて、思紋機関が威力と標的までの距離を解析して撃破可能と判断しない限りは発射もされない」
「何か、やたら難しいところを全部ドラクに入ってる呪紋がしてくれるんだね」
「そう。これで余計な思考が減って戦闘時も余裕が出来る。ちなみに二挺持ち。ただし、魔力消費は単純に倍。過剰火力にならないように囲まれた時以外は一挺使えばいい」
少年が同じ拳銃を気軽にレザリアに手渡した。
それを逆の太ももに同じようにガンホルダーを貰って付けたレザリアがクルッと回って、ちょっと高速で反復横跳びしたり、跳躍して構えたり、着地時に戻したりと忙しく体を動かして数秒後。
「うん。大丈夫だと思う。ちなみに重量を掛けられない場所の場合は飛んでから撃つ、でいいんだよね?」
「賢い……褒めてもいい」
「それはちょっと膨れちゃうんだけど、アルティエ」
自分は何だと思われているのだろうかとジト目のレザリアの頬が少し膨れる。
「わ、我には何か無いのかや!?」
次は自分の番と言いたげにリリムが目をキラキラさせていた。
「はい。これ」
「これ?」
少年が転移で何処から取り出したのは手袋だった。
しかし、装甲が付いたソレはガントレット。
手甲と言うべきかもしれない。
大げさなくらいに少女の手とは不釣り合いな大きさで大きな爪と甲殻が細かなパーツでビッシリと組まれた隙間も無さそうな程に緻密な鋼のソレは竜の鉤爪にも似ている。
「手甲? 我は呪紋の方が得意なのじゃが……」
「いつも呪紋を撃つ時に手加減してるのは知ってる」
「ッ」
「それは自分の体が持たないから。でも、これが有れば……」
少年が少女の手に軽くスポッと嵌めた手袋を海側に向けさせる。
「加減無しで“普通”に海の方向へ打っていい。ただし、上空に抜けるように……。船団からは右にズラして」
「う、うむ……」
波打ち際まで寄り添って歩き。
「この間のは?」
「出来るようになった。やたら疲れるのじゃ」
「今度、更に出来るように教える。今はコレで加減せずに炎瓶を撃ってみて欲しい。すぐこの場で調整する。ただし、収束はする事……この装備は作って貰うのに少し無理を言った。出来れば本当に死にそうな時以外は壊さないようにしてくれれば……」
「その……無理って何じゃ?」
「使われてる部品一つで鍛冶場の工員を全員使って2週間くらい掛かる」
「ッ―――どんな工程が掛かる作業なんじゃ……」
「蜘蛛達に限界まで霊力掌握させたから、殆ど他の作業が止まるくらいの労力が掛かってる……」
「わ、分かったのじゃ……じゃあ、失礼して……【ウィシダの炎瓶】」
その時、光の筋が遥か上空へと突き抜けて行った。
あまりにも細い一筋の煌めきは糸にすら見える程に収束されて、周囲には一切の被害が出ていなかったが、遥か彼方へと突き抜けた光の筋が去って数秒後。
海洋から遥か突き抜けた光の筋が途切れた地点にポッと太陽が一つ顕現し、間の悪い事にその星で初めて宇宙進出し、新たな世界に羽搏いた挙句に軍事利用目的で使われるはずだった衛星軌道上の“新人類”所有の基地が顕現した太陽の如き熱量で融解し、凡そ300名の高練度な能力者が半数蒸発し、半数は爆発によって物質の無い真空の海の彼方へと吹き飛ばされていった。
そして、その半球を照らした二つの太陽に気付いた全ての大陸は吉兆を前にして絶望的な未来を想像し、新たな時代の到来を確信する。
それは少なからず彼らにとっては黄昏の時代であるに違いないと。
「ちょっと調整する」
少年がその陽光が二倍になった外界の様子を少しだけ観測した後。
少女を後ろから抱き締めるようにして二つの手袋に手を触れさせて瞳を閉じる。
「………構造解析、問題無し。威力半径を限定。威力の消滅処理を追加。昇華状態の物質から熱量を強制収束、運動エネルギーにして放射状に回転運動を設定」
「?」
「これでいい。攻撃の個体への直撃地点が火の玉になってから、分子構造を崩しながら相手を回転する渦の中で放射状に散逸させる」
「……何か、いきなり別の呪紋になったような?」
「火力の保持距離を短くして威力を集中させて破壊する。炎属性の火力系の呪紋、熱量とか、爆発とか、炎とか以外に得意な呪紋てある?」
「ま、まぁ、確かにそういう系統以外得意ではないが……」
「味方が近くにいる周辺には撃たないように。それと相手が空間を渡ったり、転移をする敵の場合も同じ」
「うむ。気を付ける」
「それと呪紋一発分を押し留めれば、剣みたいにも使える」
「おぉ!! それは便利かもしれん!!」
「ただし、空間系の相手には使用禁止で」
「う、うむ。結局はそこなのじゃな」
「味方の攻撃で死んだり、自分を殺したら、悲しいじゃ済まない事になる」
「屋内でも使えるのなら問題ないのじゃ……たぶん」
「今度、相手が空間関連の現象を起こせないようにする呪紋も教える」
「期待しておこう……我はまだまだなのじゃな」
「その内、ガシンより火力が出るようになる。それまではゆっくりやればいい」
少年が少女から離れ、波打ち際からイソイソと戻って来る。
「「「………」」」
ニッコリ笑顔の第一部隊の女性陣が出迎えるものだから、少年の背筋に悪寒が奔った。
「これで全部……第二部隊は途中まで進行した後、中継地を確保して、拠点化。もしもの時の退路と一時的な補給を行える場所を蜘蛛達と一緒に作って欲しい」
第二部隊の少女達が頷く。
「第一部隊は最深部まで踏破する。距離がある場合は第二部隊は中継点を延伸して蜘蛛達を残して次の中継地を造る。この繰り返しで最終的な踏破が完了するまでノクロシア内部を探索する」
少年が踏破の為の手順を虚空に魔力で概念図で出す。
道の途中、次々に少年のいる第一部隊が通った場所に第二部隊が進出し、拠点を作るという事を繰り返し、蜘蛛達がそこを保持していた。
「今回連れて行く蜘蛛は最前線から引き抜いて来た1000名。ノクロシア内部に進出後は中継地を造る毎に駐留して数を上限100で割って貰う」
言ってる傍から砂浜の周囲の海域には大量のスピィリア達が現れた。
現在は海の上をアメンボのようにスイスイ歩いて整列中であった。
その内部には新入りである盾役のノーヴスと運搬役のアドミサリア、隊長役のドラコ―ニア、拠点造営役にディミドィア達が混ざっている。
「各隊は中隊を100名で組織し、それを10隊束ねて一個大隊を投入。指揮官役を数名。参謀役を数名含んでる。小隊の最大人数は10名、分隊は3名から組んで貰う」
『ヾ(≧▽≦)ノ(はーいという顔)』をした蜘蛛達が手を挙げた。
「持っていく秘薬は総員使用量の10回分。白霊石の樽を1000個分。各蜘蛛のスピラスを予備も含めて3回分。ウルを100機持っていって各中隊に10機ずつ。食料は一日に必要な分を全て爆華の希釈液換算で10年分。他の食糧は全て日持ちする水分を抜いた固形食糧の形で持っていく」
少年が説明している間にも海上には巨大な黒鉄の戦艦が複数姿を現し、上空の黒蜘蛛の巣から大量の物資を積んだコンテナがガンガン積み増されていく。
「補給線の確保の総指揮はヒオネに。外界とノクロシアの時間差がある場合を想定して、内部突入後は定期的に輸送経路に1時間毎に追加の物資を送って欲しい。蜘蛛達には一応、色々と必要になる呪紋を渡してある。何か問題が起きたら、すぐに知らせる事」
蜘蛛達も少女達も誰もが少年の言葉を聞いていた。
「五大災厄は一応、ゼーダスが受け持つ事になってる。王群でどうしようもない敵が出て来た場合にもすぐに撤収してくる。無理せずに戦う事。じゃあ、出発する」
少年がサラッと言った傍からオーと脚を上げた蜘蛛達が盛り上げ、少女達も大きく頷いた。
こうして遂にノクロシアへと出発する勇士達の姿を後方から見ていた者達がいた。
第三部隊として招集されたヴァルハイル組である。
現在、少年に色々と言われた後に組織された第三部隊であるが、今回の任務は第一野営地での留守番であった。
それが何の為であるか。
それを知ればこそ、彼らの大半は此処が戦場になる事を半ば疑わなかった。
1人案内役として彼らを先導する事になっていたアミアルはノクロシア突入までは彼らの世話係にもなっていた為、分身の情報を自分で眺めながら、横のヴァルハイル陣営を見ていた。
「ノクロシアへの大遠征、ですか……」
「本来、入れるはずが無いのですが……どうやら彼は運にも恵まれているらしいですね」
聖姫エレオールが呟くと背後でヴァルハイル最古の亜神ナルハ・クラミルが肩を竦める。
その視線の先にはリリムの姿があった。
「まさか、紅鱗の血族がまだ生き残っていたとは……最後の血族が北部で行方不明になってから、もうしばらく経っていたが……」
角の騎士レメトロがその角だらけの鎧姿で何処か複雑な表情になった。
「確かに……如何にノクロシアの外壁と言えど、紅鱗の攻撃を防げるものではないでしょう」
「……でも、あの子、ドラグレみたいですけど」
そうナルハの言葉に目を細めてリリムを見ていた少年ザーナが少し考え込んだ表情になる。
「どうやら、例の呪は消えているようだ。となれば、それもあの男の仕業か」
レメトロがリリムの髪の色を見て、少年の腰に刺さる夜天の剣に渋い顔をする。
「そ、そのぉ、皆さま、これからどう為されるんですか?」
そこにオズオズと聞いたのはイルイテであった。
旅装束姿の彼女はヴァルハイルの大物しかいない第三部隊の隊員としてもう腰が低いくらい低くなっている。
「別にそこまで畏まらなくていいわよ。どうせ、此処にいるのは負けたヴァルハイルに裏切者のヴァルハイルに厄介事を押し付けられたヴァルハイルって、そういう類でしょ」
「な、あなたねぇ!?」
そう呟いたのは先導役のアミアルであった。
「構いません。イルイテさんもそう硬くならず。彼にしてみれば、我々などは全員ヴァルハイルでしかありません。アミアルさんの言葉は正しい。それに此処は祖国でもない。ですから、そんなに畏まる事はありません。もう少し砕けてくれた方が何かと連携も取り易いでしょうし……」
「というか、あのおっさん何処行ったのよ!!? アイツに何か仕事頼まれてたじゃない!!?」
「ああ、エル卿ならあちらで竜蜘蛛さん達と買い食いしていましたよ」
「えぇ……何で此処に来てそんなに馴染みまくってるのよ!? あたしだってまだそんな風にした事、そんな無いってのに!? 連れ戻して来ます!!」
慌ててアミアルがエルがいる屋台が密集する方面へと走っていく。
「「………」」
「何か言いたそうですね。レメトロ。ナルハ様」
「良いので?」
「イイのです。どの道、我らに彼を裁く事は出来ませんよ」
角の騎士の言葉にエレオールが応える。
「……まぁ、彼の家も数百年前の復讐を果たしたってところだろうな」
ナルハが肩を竦めた。
「で、もう一人は何処だい?」
「ああ、彼なら用事があるからと先にこの街の長の所へ向かいました。仮にも彼は組織の代表として此処に加わっていますから。何やら我らを招集した英雄には言いたい事が山程有ったようですが……仕事が優先らしいですね」
「あの若さで……愉しみな若者ですな」
「……それを昔言われた立場からすれば、複雑だが……」
レメトロとナルハが互いに互いを見やって、互いに肩を竦める。
「要は何か有ったらどうにかしろ。という無言の圧力です。我らは従いましょう。彼にとって我々が有用であると示せなければ、我らは此処では単なるちょっと力があるだけの蜥蜴にしか過ぎません」
エレオールは常夜の邦と化して尚、新たな時代へと向かい続ける最新の蜘蛛の都市の様子を見やりながら、洗練されていく内部でしっかりとその光景を目に焼き付ける。
新たなる時代が始まる地は少なくとも彼らのような存在がいてすら、まったく誰一人として注目している様子も無いくらいに……彼らが“普通”である事を自覚させた。
ヴァルハイルにおいて生き方が突き抜けた彼らであるが、此処では強さは相対的に左程の重要な要素ではない事がいるだけで分かるだろう。
第一野営地の蜘蛛達の強さは少しの数で亜神すら物量で潰せる程度に高く。
それが普通の一般的な蜘蛛ですという顔であちこちで一般的な職に付いているのだ。
「まずはお世話になる場所に行きましょう。今日からしばらくは仮住まいに―――」
エレオールは自分が向かう先にいる気配に気付いて血の気を引かせた。
「姫殿下?」
「ああ、そういう。我らも試されているな。レメトロ……見ろ」
「―――妖精。それもコレは……この気配は……妖精神? いや、違う。この波動……どうして気付かなかった」
ナルハの言葉にレメトロが少年の家にいる気配に意識を向けてようやく状況を理解する。
そこには明らかに彼らにしてみれば分かる気配。
強い妖精の気配とそれを越してあまりある巨大に過ぎる霊的な気配があった。
あまりにも大き過ぎて気付かなかったと言うべきだろう。
「受肉神? いや、違うな。これは呪霊と神の気配が混じったような……神に近しい受肉した呪霊でもいるのか?」
ナルハが冷静に分析する間にもエレオールの顔色が悪くなる。
「いえ、そうではありません。問題は神の気配があまりにも強過ぎる事です。受肉神を複数体取り込んだ妖精。いえ、これは……恐らく女性、でしょうか。受肉神を食している? それにこの気配……母体の中に全ての気配が重なって……」
その時、ヌッと彼ら三人の背後に気配が現れる。
「「「………」」」
『“我はニアステラの番人も出来る大蜘蛛。ゴライアス”……“ようこそ、第三部隊の方々”……“あの方は我が主の館の守り人。アマンザ様”“横にいるのはこの地の霊の主、エルミ嬢”……“アマンザ様の中にいるのは精霊と呪霊と妖精の子にして神を糧に生まれ出ずるまだ名も無きニアステラの子”である』
彼らが振り返ると小さな灰色のムキムキ蜘蛛。
ゴライアス特性の糸蜘蛛が一匹。
普通のスピィリアの上に乗っかっていた。
『“アマンザ様はあの子を産む為に神を食している”……“貴殿らに分別と慈愛の心有るならば、静かに見守られたし”』
そう言い終えるとカサカサと小さなムキムキ蜘蛛は黒蜘蛛の巣へと糸を吐いて昇っていく。
「アレが……」
「そうですな。あの2人を下した蜘蛛達。天上蜘蛛と呼ばれているとか。アルマーニアを通過時にあの長からはセブンス・ヤーンの機嫌を損ねるなと言われていましたが……」
レメトロが此処に来る前に寄ったアルマーニアでの事を思い出す。
現在のヴァルハイルでの状況を説明する為に一度寄った際に若き長たるイーレイ達に持て成された彼らは此処に来てから気を付ける事を忠告されていたのだ。
「この山岳を降ろしたのも確か……」
エレオールにナルハが頷く。
「聞く限りでは今の大蜘蛛の本体だとか。恐らく、力の総量で言えば、受肉神よりも……この地にいる神達が幾ら小神とはいえ……それを超える個体がいるとなれば、事実上は大神相手でも通用はするでしょう」
「……そうですか」
「我らが見張られているのは承知でしたが、この地では今から往く場所にいる相手の気配が大き過ぎて、余程に近付かなければ、本体の気配は分かりますまい」
レメトロがそう本音を零す。
「では、心して行きましょうか。どうやらアミアルさんは戻って来たようですし、さり気無く離れて誘導してくれていたザーナさんとイルイテさんも戻って来たようです。あの屋台の手土産でも片手にしっかりとご挨拶しましょう。穏便に……」
「穏便に……ですか」
「此処で何か出来る事も無いでしょう。レメトロ……」
「分かりました。過去は役に立たないと仰るならば、口を噤みましょう」
「ナルハ様」
「姫殿下。忠告を二つ。妖精を信じるべきではない。それとあの男の力に関してだけは信用してもいい。そう言っておきます」
「分かりました。では、向かいましょう」
こうして第三部隊。
後にヴァルハイル隊と呼ばれる事になる遠征隊の一部隊は活動を開始するのだった。
*
―――ノクロシア侵入口。
「待っていましたよ。アルティエ殿」
蜘蛛達を引き連れてルーエルが封鎖した穴付近。
大量の白い不可糸で張られた膜の前には一人の人馬がやって来ていた。
「エムルト……これが遠征隊の総員になる。蜘蛛達以外の部隊人員を乗せて欲しい」
「承知しました」
待っていたのは白銀の人馬。
元女騎士にして【革命のエムルト】と呼ばれるようになった彼女は馬車を一台横にして佇んでいたが、遠征隊の誰もが少年以外驚く。
その下半身が明らかに神の力を有していたからだ。
煌めく霊力掌握済みの白銀の装甲を纏った馬体には翼が生えていたが、それすらも機械の如く装甲を纏っている。
「それ……もしかして人馬の受肉神の遺体ですか?」
フィーゼが思わず海上を呪紋で歩きながら訪ねる。
「ああ、フィーゼ殿、で合っているだろうか。これを彼に託されて今まで制御に苦心していた」
「エムルトさんの下半身は……」
「彼に連れて来られた時に秘薬でな。人魚の彼女と同じようなものだ。そして、ウリヤノフ殿とリケイ殿、エルガム殿が遺骸を用いて造ったコレに普通の人体を接続させて貰っている」
「神の遺骸と繋がっているという事でしょうか?」
「呪紋で呪具化した後に色々と調整をしていて、夜には神の力の制御訓練をして、何とか……この馬車を牽くのは魔力や精霊の力で荷物を牽けなくなった場合を想定してのものと言われている」
「そうなんですか? アルティエ」
入り口に到着した第一部隊と第二部隊が揚陸し、その大きな融解の跡に跳躍して乗り上げる。
「ノクロシア内部では何が起こるか分からない。でも、魔力や精霊の力の類が無くなっても物資を運ぶ必要がある。この馬車には第一部隊が必要な分の物資が全て入ってる。エムルトには荷物番と緊急退避時には全力で移動力として活躍してもらう予定」
「あ、エムルトさん。僕はレザリアでこっちは―――」
レザリアが部隊の面々を紹介していく。
白銀の馬体がカポカポ歩くとそれだけで何処か威圧感が周囲を押し包む。
「済まない……力の制御はかなり繊細で何とか流れ込む力を堰き止めて必要な分だけ使っているというのが実情だ。力の気配をこの短期間で抑える事は無理だったと先に伝えておく」
「い、いえ、荷物運びは大事な仕事ですから」
「ノクロシアから必ず貴殿らを運び出す事はこの身に代えても成し遂げると言わせて欲しい。出来る限りの協力を約束する」
「分かりました。よろしくお願いします」
第一部隊と第二部隊の面々が頭を下げる。
「馬車は二両編成だ。第一部隊の後続に第二部隊用の馬車を接続している。第二部隊は蜘蛛の陣地設営候補が決まった後に切り離し、後続として踏破してきた道を追い掛ける形で追従する事になっている。その時にはこの神の体の力を一部残しておいて、馬車を呪具化して動かすという手はずだ」
「分かりました」
フィーゼや他の面々が頷いた。
「また、第一部隊を第二部隊が観測出来なくなった場合はその地点から蜘蛛達の制圧領域を広げて第二部隊を主軸としてノクロシア内部の大規模な仮拠点を設営。そこから第二部隊の中核として私がいる第一部隊を発見するという方法で発見を容易にする事が出来る」
「ああ、そういう意味でもエムルトさんの体は便利なんですね……」
「最後に接続している受肉神の遺骸を用いたコレは【
「あ、あはは……神の遺骸を消耗品にするつもりなんですか? アルティエ……」
「使えるモノは使う。その遺骸の血肉も増殖可能になってるから問題ない」
「はぁぁ、分かりました。では、乗車しましょう。皆さん」
全員が頷いて乗り込み。
馬車を牽く為の装具をエムルトが装着する。
馬車の御者台に少年とリリムが座った。
30m程の大穴の前で白い糸の壁に向けてリリムにちょっと手加減するように耳打ちした少年の言葉に頷いた少女が大きな手甲に包まれた掌を糸の壁に向けた。
「【ウィシダの炎瓶】」
細い光の筋が瞬時に糸に突き刺さり、突き刺さった場所が炎の球体と化し、次の刹那にはゴヴァッと大穴の内部に向けて猛烈な突風が放射状に回転しながら発生し、光の螺旋を描いて攻撃の進路上にある全ての構造物を薙ぎ払った。
凡そ120m程先までが完全に焼け付いた更地になったのに思わずエムルトが驚いていたが、少年は問題ないとばかりに進行を指示。
「ノクロシアに突入する!! 各員に呪紋で映像を伝達。観測を密に内部の地形情報を取得して、地図を脳裏で作成しておく。必要になったら参照しながら攻撃や防御を行うように」
少年が馬車の内部の虚空にリアルタイムの地図情報を表示し、観測可能な部分を全て表示していく。
糸蜘蛛が既に放たれた内部に入り込んで進み始めたエムルトは早足程度の速度しか出していないが、その数十倍の速度で少年の手から放たれた糸蜘蛛と木彫りの鳥類が空と地表から映像情報を送り、地図情報を更新していった。
「暗くない?」
思わずフィーゼが呟くのも無理は無かった。
ノクロシア内部は都市部のようであったが、建造物は殆どが2階建てや3階建てになっており、道路と標識とちゃんとした玄関がある住宅地が広がっていて、ソレの建材が黒鉄のように見える以外は空に青空が広がっているという情景であった。
地図上では少年が推定で住宅やら商店やらと観測情報から推察された施設名が描き込まれ、広大な地図が急速に大判のものになっていく。
「これが旧き者達の都……何か普通だね。建材以外……お家や商店があって、川や坂があって……」
「それは此処が旧き人々が住んでた場所ですし、重要な場所が近くに無いんじゃないでしょうか?」
「それにしても無人というには聊か綺麗過ぎるのう。いや、破壊した我が言うのもなんじゃが……」
リリムがフィーゼとレザリアの会話に混ざる。
彼女の前にも地図と映像情報が投影されており、全ての領域において塵一つ積もっているような様子が無い。
いや、それどころか経年劣化している箇所もパッと観察しただけでは見受けられなかった。
「行政区画と思われる場所を見付けた。誘導する」
「分かった」
エムルトが少年が示した地図の現在地と目的地を見比べて、地図情報を頼りに少し速度を上げて馬車を走らせ始めた。
「この都市の構造物の様式は殆ど箱型なのだな」
エムルトの感想としては建材はともかく。
何処か遊びが無い建築が並んでいるというのが実感であった。
「此処があの大きな都市を覆う屋根の下だからだと思う」
「そうか……此処には外の雨が降らないのか……」
「恐らく、天候そのものは操作可能。あの屋根が見えなくて空が見えるという事は気象操作が内部ではされていた可能性が大きい。今、農地らしき場所も見付けた。ちょっと寄り道する」
「分かった……」
少年が話を詰めながら、走って数分後。
遠征隊の馬車が止まったのは開けた土のある場所であった。
「その上には今も野菜らしきものが埋まっている」
「は?」
それに思わず目を見開いたのはクーラルであった。
「ど、どういう事ですか!?」
「何が問題なの?」
「もんだい~?」
外の映像を見て驚いているクーラにエネミネと呪具で小さくなっているメルが首を傾げる。
「此処はずっと封鎖されてたんですよ? それなのに今にも収穫出来そうな野菜があるなんて、明らかに不自然です!!」
「あ、そう言えば」
「たしかにー?」
少年が地表に降りて野菜に糸蜘蛛を出して触れ、解析を始める。
「………権能? 能力関連を参照……定理側の構成要素を解析……荷電対称性が破れる? 後続で知識を保管……コレを造った存在が最低でも7名。神格もしくは定理関連の対称性を破る道具を持ってる……殆どの物理法則は時間反転でも成立する。でも、これは成立しない? つまり……この対称性の破れは……権能……神の力の対称性を破る定理の推測に役立ちそう。既定法則に対して直接的な力を引き出す際の定理箇所を部分削除出来れば、この世界で事実上消せない定理は存在しなくなる。どうしてコレだけ……」
少年が少しだけ不可解そうにその小さなキャベツを見て、ブツブツ呟きながら僅かに沈黙する。
「あ、あの~~アルティエ?」
馬車から出て来たフィーゼが思わず考え込んでいる少年に声を掛ける。
「今、たぶんノクロシアで一番大事なところだから、3分待ってて欲しい」
「あ、はい」
思わず馬車の中に顔を引っ込めたフィーゼは何があのキャベツにあるのだろうかという顔になった。
他の者達もサッパリである。
「ね、ねぇ。アルティエってキャベツそんなに好きだったっけ?」
「さ、さぁ?」
レザリアとフィーゼが首を傾げる。
他の者達もキャベツにご執心な隊長を前にして首を傾げるばかり。
その後続からは続々と蜘蛛達の部隊が押し寄せて来ており、少年に追い付いた蜘蛛達は「ちちが何か発見してる」という状況に思わず驚き。
そのキャベツを見て、敏い蜘蛛がすぐにその異常な野菜の状態にアワアワして、呪紋を大量展開し始めた。
周囲はすぐに蜘蛛達の解析用の呪紋が発現する譜律が入った象形と円環が大量に回る場所と化していく。
「………ヨシ」
少年がキャベツを一玉取った後。
「此処でコレの研究をする部隊を置く。第二部隊は次の選定か所が出来るまで此処を保持。何かに襲撃されて、犠牲者が出そうになったら即座に後方へ退避するように。その場合はこの畑を一式丸ごと野営地に海上に輸送」
そう言い置いて、第二部隊を早々に置き去りにして、馬車で先へと進む。
そして、残されたクーラルを筆頭にした第二部隊の面々は「えぇ……」という顔で困ったような顔で興味深そうにキャベツ畑を見やる蜘蛛達を前に重要性とか畑にある?という風に首を傾げる事しか出来なかった。
「あの~~アルティエ? ソレ、食べるんですか?」
「食べない。実験用」
「実験?」
フィーゼに頷きが返される。
御者台の少年はキャベツを魔力で三等分に切り分けて、口に入れた。
「いや、食べてるじゃないですか!?」
「味を確かめてるわけじゃない。体の中で色々と確認する為に接種してる」
「いや、それは食べてるのでは? 結局」
「……これから戦うかもしれない相手の手掛かりが載ってる。教科書に近い」
「教科書? そのキャベツがですか?」
キャベツをモシャッている少年が頷く。
「何か良く分からない事が分かりました」
「このキャベツには七つの定理の異常が見つかってる」
「定理の異常?」
「法則対称性の破れ。つまり、神が無限に使える能力や力の根源がコレにはある」
「へ、へぇ……キャベツにそんなやたら難しそうな事が載っていると……」
半信半疑なフィーゼである。
少年に冗談を言われているのかもしれないと思う気持ちが明らかに半分はあった。
「……熱量が拡散しない。原子核のスピンそのものが一定じゃない。幾つかの保存量そのものが対称性の破れで有限環境内で補填されるような無限化までしてる。他にも波や重力関連、質量そのものに関しても幾らかの法則で対称性が破れてる。ウェラクリアの力に似てる……」
「何かやたら難しいのは分かりました。つまり、何なんでしょう?」
「これから相対する相手の大半は恐らく全て何らかの能力値や能力そのものに絶対に枯渇しない無限という概念を内包してる。無限に駆動するとか。無限に力が減らないとか。無限に回復するとか。攻撃で無限に相手が散逸するとか。無限に広がる領域を操る。みたいな感じ……」
「それ倒せるんです?」
「それを斃せるように解析してる」
「何かキャベツ一つで物凄くはしゃいでますね。アルティエにも可愛いところがあって、ちょっと……ふふ……」
思わず少年がフィーゼの言葉に少し舞い上がっていただろうかと内心の気を引き締める。
「アルティエ殿」
少年がすぐにエムルトの声に前を向いた。
すると、彼らが進む道の中央に蒼白いのっぺりとした人型をした何かがいた。
人型なのは分かるのだが、人型である事以外は色合いしか分からない。
何かの偽装かと考えるより先に少年は勘に従って妖精剣を瞬時に抜き放ち。
自分の頭蓋の4cm先に迫った蒼白い人型の腕が伸びたソレを切り払いながら、微細に寸断しつつ、蛇のようにうねる剣身が相手の頭部を貫きながら瞬時に全ての蒼白く染まった領域を切り刻んでいく。
「―――解析。鑑定……マズイ」
「アルティエ殿!?」
「これから守護者が集まって来る。今ので気付かれた。敵は定理で編まれてる。疑似的な魔力を持たない僅かな物理量を操る超絶劣化神格、影みたいなもの。簡易の真正神と言ってもいい。倒すには相手を妖精剣で斬るか。もしくは……」
「もしくは?」
「神の力でこのノクロシアの周辺を全て照らし出せばいい。定理異常は固定化する処置が無い場合、中核を置かないと受肉神のように存在を確定出来ない。神の力は定理異常の塊。つまり、他の定理異常に巻き込まれると消失して戻らなくなる」
「なら、神の力を使えば、対処は簡単そうですね」
「でも、その場合……しばらくずっと相手が寄って来る。数がどれだけいるか分からない。ノーヴス達に働いて貰う」
少年がすぐに付いて来ていた部隊の元第三世代の教会騎士達だったノーヴス達に指令を発する。
「神の力を乗せた呪紋を光にして放射。継続出来るように保持して欲しい」
『( ̄▽ ̄)/(了解しましたちちという顔)』
「相手の存在に攻撃が殆ど通らない。動かしてる物理量の殆どが定理側から事実上は観測不能な系で発生する。無から生まれたようにしか見えない攻撃になるから、これから渡す能力を使用してない時は気を付けるように」
『(>_<)(つまり、神の力を観測可能ならどうにか出来る、ってこと?という顔)』
「第三神眼の常時発動を許可する。全隊、ノーヴスと連携してノクロシアの影を照らせ……」
少年が言い置いて、剣を一振りした瞬間、イゼクスの息吹を纏った妖精剣の一撃がノクロシアの天井を一瞬で網の如く埋め尽くし、天井から超広域に拡散した呪紋が僅かな光の波動のように降り注ぐ。
途端、次々にノクロシア全土で猛烈な勢いで黒い柱が吹き上がった。
「各隊。イゼクスの息吹を連続掃射。凝集で消滅を逃れようとする敵性目標に攻撃開始」
蜘蛛達が次々に出撃していき。
少年の周囲から広がった彼らが迅速に数匹ずつの分隊に分かれて、あちこちで光に耐えていた影達に猛烈な光線を口から放射して焼き尽くしていく。
「このまま行政区画に向かう。相手の反応を見て、行先を変える」
「了解しました」
影達が次々に駆逐されていくのを横目にエムルトが蹄で地面を本格的に蹴り付け、途端に馬車内部の全員がその加速に思わず周囲の突起に捕まる。
「ア、アルティエ!? 早過ぎませんか!?」
「ノクロシアの防衛機能が思ってたより性質が悪い」
「え?」
「次は水素と酸素に細工されてる。定理異常で人体が吸っても赤血球が酸素として認識しない。水素が中性子が飛び出す細工で汚染されてる。核力異常で取り込んだら、殆どの生物は何をされたか分からないまま放出された中性子に細胞を破壊されて死ぬ」
「ッ―――そ、それって私達大丈夫なんですか!?」
「問題ない。その程度でどうにかなるような鍛え方はしてない。肉体の霊力掌握による原子状態の変化から始まって秘薬による細胞構造の変異と強化。霊薬による遺伝子復元能力の向上。神の力を取り込んで定理異常への耐性を向上。体内代謝と作用機序の真菌による改造と適応。呪紋による体内の質量と密度の増加。絶え間ない毒と再生による抗体獲得と筋繊維の洗練と細胞自体の機能向上。骨密度と細胞と遺伝子への超重元素の取り込みと順応。全部終わってる」
「な、何か良く分からないですけど、私達って実は案外人間止めてたり……」
「……外見は変わらないから問題ない」
「いや、問題はあるような?」
「汚染源を除去」
少年の言葉よりも早く。
ノクロシアの向かう方角の天井の一部が破壊されて爆破された。
今まで浮上したノクロシア全域を照らしていた神の光が消失するとそこにノーヴス達が受け持ち範囲を決めて少年の代替として光を天井に昇りながら放ち始める。
「今、剣で天井斬りましたか!?」
「汚染の除去手段は問題ない。面で全ての汚染源を斬る」
少年が剣身の消えた剣を前に向ける。
すると、エムルトの前を更に進むような白い壁の如きものが猛烈な速度でノクロシア内部を高速で圧し潰すかのように奔っていく。
しかし、建物は一切傷付いていない。
ただ、猛烈な乾燥が少女達とエムルトを襲った。
「の、喉が渇くんですけど、あの白いのって!?」
「ちょっとノクロシアの端から端まである空気と水分を編んだ剣で斬った。定理異常そのものを正常化すれば、全て単なる水素や酸素に過ぎなくなる」
遥かエムルトが奔る先。
ノクロシアの終点があると思われる一角で膨大な水が溢れ出し、噴水のように吹き上がる。
「浄化完了。定理干渉系の能力を持ってる機材を一部確認。天井内部にある。後続部隊に対処方法を伝達。回収と封印を依頼」
言っている間にも馬車は広場らしい場所に出ていた。
中央にある噴水の先。
今までの構造物とは明らかに違う大きなヴァルハイルのビル群のような光景が現れる。
「これが―――」
「あ、付いたの? ボクも―――」
「新手を確認」
少年がビルの手前の地面から吹き上がり、形を取ろうとした影の塔。
先程の影の化け物達を見えない剣身で刈り取る。
すると、更に周囲から猛烈な勢いで塔が溢れ出し、その先から少年の刃によって切り刻まれて虚空に溶けて消えていく。
「その……私達って要ります?」
「全周警戒。定理異常じゃない。人型が来る」
少年が言っている間にも周辺の住宅地の扉がギィィィツと開くと人型の肉の塊らしきものが大量に湧き出した。
内臓というものは無いものの。
剥き出しの筋肉を人型に固めたようなソレは変形しながら加速し、広場を覆うようにして展開しようとして。
「発射」
短いレザリアの言葉と同時に両手持ちの銃口から射出された光の筋。
収束された呪紋の高速誘導照射を受けて、次々に蒸発していく。
「ね、ねぇ!! 何か肉の中に見えるよ!!」
「定理異常を固定化する核がある。思紋機関が核を捕捉する。問題ない」
レザリアの両手持ちの拳銃から放たれ続ける光は虚空で一時球体となって後、そこから吹き伸びた輝きを次々に肉の壁の標的。
肉に隠れている大量の黒曜石の粒のようなものを焼き尽くしていく。
その攻撃速度よりも捕捉と標的を破壊したらすぐに別の標的に切り替わる速度の方が脅威だろう事は誰の目にも明らかだ。
回転しながらレザリアが見続けた肉の壁は次々に穴だらけになって消えていく。
しかし、それで終わるかと思えば、そうでもなく。
今度は周辺の家屋そのものが分解されながら虚空で形を成して、小さな菱形の物体となって、高速で泳ぐ魚のような形になった。
「あ、何か硬くなった? 速度が落ちてる……」
肉の壁がほぼ消滅した隙間を狙うようにして殺到する建材の塊はレザリアの攻撃を受けても1秒程度は持つ耐久度を示し、両手で回転しながら打ち続けている少女に殺到し―――。
「お願いします」
フィーゼの言葉と同時に今まで呪紋で透明化させられていた大量の剣と盾が高速で馬車の周囲で回転しながら、相手の菱形物体の中心を正確無比に切り刻み。
また、同時に盾の衝突によって破壊していく。
「時間稼ぎされてる……」
少年が言ってる傍から彼らが向かっていたビルの一角から今度は明らかに人型の物体が高速で接近してくる。
その外見は肉の幹で出来た樹木を無理やり人型に形成したかのようなものであり、その大半からは明らかに鱗や機械式の装甲のようなものが染み出して鎧っていく。
「ヴァルハイルのドラクに似ているのじゃな」
呟いたリリムが外に出て片手をビルと兵隊らしきものに向けて降った時だった。
ブンッという音と共に光が一閃し、近付こうとしていた半数の人型が横腹から真っ二つになりながら、その蒸発させられた断面からの爆裂で即席の爆弾の如く起爆。
回避した仲間達を巻き込む。
猛烈な爆風に飲み込まれて更に残った人型の大半が消えていく。
同時にビル下層階が両断された断面から崩れ落ちるようにして左に倒壊し始めた。
「あ……長さとか振りの速度とかも考えんといかんのじゃな……失敗失敗」
人型目標のまだ無事だった一部が今も攻撃を止めていない第一部隊へと突っ込んで来るが、薄緑色の魔力の矢らしきもので射られた途端、残っていた同型の目標に標的を変更し、次々に同士討ちを始めた。
「お見事です。我が契約者」
少年の胸元から出て来たフェムの周囲には平べったい妖精の象形をした呪紋が数匹。
弓矢を以て唇を歪めていた。
「助かる」
「いえ、どの道、本番前の前座を叩いただけです。来ますよ」
少年が今まで切り刻んでようやく数を屠り終えて、フェムを懐に戻し、剣身を元の普通の形に見えるように戻した。
倒れ込んだビルの根本から建材を破砕するように上空へと数機の機影が上昇していく。
ソレは明らかにドラクのように見えた。
ただし、黒鉄の戦艦。
貝蜘蛛達が発掘していた色合いの装甲の機影は明らかにドラクではない。
「ゴーレム……」
「はい。ノクロシアの主戦力はそう呼ばれていました。ニアステラやフェクラールの地下から出て来ていた後の時代の模造品ではありません。アレが大本です」
「黒鉄の戦艦の建材は切れる。でも、アレは……」
「お察しの通り。無限に駆動する能力と無限に再生する機能を持ち合わせています。少し過去を覗きましたが、現在島で使用されている殆どの呪紋では破壊出来ません」
「不死殺しは?」
「効きます。ただし、再生部位の切除で復活するでしょう」
「分かった。剣技で削り尽くす」
少年がフェムを懐に戻しながら高速で飛び出した。
未だ途絶えていない敵に対応する事で精一杯の少女達を背後にして妖精剣を持って跳躍し、瞬時に接敵。
ゴーレム達に肉薄して横を通り抜けた瞬間には全ての機影が30分割以上に細切れとされて吹き飛ぶ。
「中核構造はある?」
「ありません。アレそのものが物質全てを中核として機能させる作用があります。今の攻撃でも恐らく9時間有れば、質量が減った状態で回復するでしょう」
「削り尽くすには威力がいる。でも、そんな時間は掛けていられない」
「不死の兵隊としては最上位の装備。大昔はあのゴーレムを兵隊にして神々が戦争をしていたようです」
フェムが懐で目まぐるしく瞳だけを動かして、自分に見える過去の情報を参照していく。
「ノクロシアの地下構造に向かう出入口を確認しました。地表の居住区画より下にあの機影が出て来た軍事用の通路が見えます」
「後続の蜘蛛に不死殺しの呪紋を許可。分割した機体残骸を更に細分化してイゼクスの息吹で消却処理させる」
着地した少年が背後を振り向くと。
銃撃と剣と盾の群れで大半の敵が砕かれ、更には影の怪物が凝集した塔が光の剣のような呪紋を固定化した刃で薙ぎ払われて壊滅していた。
「……全員強くなった」
「契約者のたまものです……」
「……フェム。下がって」
「え?」
「此処の本当の戦力が出て来る」
「は、はい」
フェムを後ろに下がらせて、薄暗い土煙の下からヌッと相手が出て来るのを確認するものの、ソレが少なからず神の類である事が少年には分かった。
先手を取った少年が相手が土煙から自分を視認するより先に妖精剣を高速で流動する鞭のように撓らせながら見えないままに神の力を切り刻む。
しかし、それにも構わず。
相手の眼光が土煙の中で光った。
クシャリと少年の剣を握っていた腕の指が粉々に捻じ曲がる。
(定理側からの干渉。第三神眼には見えてる。物理量を伴わない空間の歪み……辛うじて重力異常だけなら神の力を感知出来ない相手にも……)
言っている傍から少年の頭を破壊するべく高次元から放たれる本来不可視で認識不能の歪みが顕現し、少年の頭が逸らされ、耳の一部が吹き飛ぶ。
「(北部の蜘蛛達が言っていた物理量を無効にする念動……高次元の観測方法と干渉する軸が無いと防ぎ切れない。新しい蜘蛛にした個体から【ヴェルゴルドゥナの高配】で【
少年が蜘蛛達の報告にあったサイキック・コマンドとやらを脳裏で確認してみるが、新しい時代の神々の手による技術はさすがに少年の呪紋の創生能力を用いても、難しい事をするには研鑽やら諸々の準備が必要なようだったので後に回す事とする。
「(相殺可能化出来るだけで今はいい。相手は神の力を散逸させられても物理的な機構で動く……受肉神より物理強度がある時点で今の蜘蛛だとウル数体掛かりくらい?)」
少年が相手の攻撃を同じ領域からの防御を干渉の打ち消しで行いながら接敵。
相手が先程のゴーレムの二倍以上の図体なのを逆手に取って、音速よりは早いだろう相手が自分の肉体を圧し潰すより先に胸元を剣で穿つような態勢で突き抜ける。
「(閃剣【竜角】)」
相手の構造材は黒鉄の戦艦と同等以上。
しかし、その構造材の凝集、密度は数倍。
本来ならば単分子化した剣で切り刻めばいいが、装甲表面そのものが猛烈な微細振動によって相手の威力を殺しつつ、その振動数が違う装甲内の層が無数。
高熱で溶かそうにも熱量を均一に拡散させる装甲と複合化された構造の自動結合機能は呪紋を使わない再生能力であり、微細な摩耗や消耗は破損部位の修復もしくは厚みを一定に保つ機能で修復しながら代謝。
どう考えても神の力を消していなければ、ロクに攻撃が通らない。
しかし、少年の剣が相手の胸を穿った時、そこに重ねられたのは振動を相殺する超振動と同時に熱量の一点凝集、再生機能は周囲の構造で行われる為、一点でも装甲に穿たれる場所から継続したダメージが通れば、済し崩し的に周辺の装甲そのものが再生に働いて構造が脆くなる。
つまり、継続したダメージならば、相手を内部から破壊する事は可能だった。
「………」
相手の姿が土煙から現れる。
それは今、野営地で作っているシュバリアにも似ていた。
胸元の中心から高速で回転する円筒形状に剣身を編んだ妖精剣が開放され、相手の構造を中心から分解しながら広がり、最終的には大穴から巻き込まれた全ての構造が猛烈にヤスリを掛けられたかのように削り尽くされて粉末と化し、煙のように消し飛んだ。
「閃剣が無かったら、苦戦したかもしれない……」
少年が剣身を元に戻すと後ろからフェムが近付いて来る。
「少なからず受肉した大神にすら数が揃えば押し負けない戦力なのですが……」
「それより、神の力が無いと防御も観測も不能なのが痛い。第三神眼と念動は蜘蛛達に基本機能で付与しておく必要がありそう。今、許可する」
「それが良いかと。アレは兵隊で言えば、隊長格。ですが、更に上位機体がノクロシアには存在している様子です。妖精瞳による情報収集が難しくなってきました。情報過多と幾つかの区画には瞳の力が届きません」
「そこに向かう」
少年が再び振り返るとエムルトの馬車に乗って全員がやってくる。
「大丈夫ですか!! アルティエ!! 何かやたら強そうなのを一撃で消してましたけど」
「問題ない。後、さっきのを攻撃する時はリリムの呪紋の直撃が一番簡単で早い。次からはお願いする」
「おう!! 任せておくのじゃ。でも、何か物凄く強そうな気がしたような?」
「気のせい。リリムなら呪紋一発で全部消し飛ぶ。防御関連の能力が無いと危険だから、今から少し備えさせる。馬車に」
全員を馬車に戻した少年が少女達の額に片手を上げて、いつもの調子でブツブツ呟き始めた。
「異種胚の複製開始……」
少年が手を押し当てたフィーゼとリリムの額に縦に一筋が入ると僅かに結晶化した菱形を立てに引き伸ばしたようなものがニュッと浮上する。
「お、おぉお? 何かやたら見え、おぇ~~」
リリムが思わず口元を抑えて吐き気をゴクリと嚥下する。
しかし、フィーゼは額の宝石のようなソレが出来てもケロリとしており、レザリアは何か「う~~ん?」と違和感に小首を傾げていた。
「これから呪紋無しで神の力が見える。それと相手の攻撃の機先を読めるようになる。後、高次元からの一方的な物理干渉が見えて回避と防御も出来る」
少年が念動によって少女達の体を僅かに浮かせた。
「お!? おぉ!?」
「ふぁ、これ浮いてるんじゃなくて、空間に載ってる?」
「アルティエ。これって……」
「これの応用であのさっき倒したのは即死攻撃と物理量無視の防御をしてる。コレを消してみて」
少年が三人の下の何もない空間を指差し、三人が意識して少し念じたように目を閉じるとドスンと尻もちを着いた。
「お!? 出来たぞ!! 我が騎士!!」」
「わ、私も……」
「うん。ボクも大丈夫みたい」
「今の強度の30倍くらいであの機体は大体の能力を出力してる。三人なら問題無く弾けるし、見えるし、回避も可能。リリム以外はこれに神の力を乗せて攻撃すれば、今の得物でも十分に戦える。相手の射撃兵器だけ気を付けてくれれば」
「そ、そう言えば、あの巨人が持っていた銃みたいなのが落ちてますね」
「これでしょうか?」
エムルトがヒョイと片手で馬車の先に落ちていたソレを片手で拾い上げる。
明らかに自分の背丈より大きな“砲”と呼ぶべき小銃らしきものが冗談のように持ち上げられた様子はどうにも常識的な人馬とも違うのが分かるだろう。
「ちょっと貸して」
少年が馬車から降りてソレを受け取るといつものゴライアスの腕に変化させて霊力掌握で物質を輝かせながら重量と体積を減らし、人間が持つサイズまで変貌させた。
「これはエムルトが持って使えばいい」
「使い方は……この引き金を引くだけで?」
「撃ちっぱなしにしても問題ない。コレの内部で弾が尽きない構造になってる。さっきの定理異常の水や空気を造ってたのと同じ技術。動力も同じで無限」
「神話時代の武器、ですか……抗魔特剣のような?」
「それよりたぶん旧い。旧き人々の技術で作られたノクロシアの遺産。呪紋前に存在した技術だとすれば、作り方は遺失してると思う」
「もう作れない技術の遺産ですか……有難く」
「今度、ウリヤノフやエル辺りに複製を依頼する。それまでは出て来た敵はソレで撃ってくれればいい。さっきの相手でもエムルトが打ち続ければ、20秒くらいで沈黙させられる」
「……分かりました。しばらく、預かります」
少年達が馬車を牽くエムルトと共に機影が出て来た軍事通路へと向かう。
馬車そのものが浮き上がり、当然のようにエムルトと共にノクロシアの下層通路に入った彼らは電灯らしき明かりの着いた延々と続く通路の先へと歩き出したのだった。
*
少年達がイソイソと地味に戦いながら人間を止めたノクロシア踏破をしている頃。
王家連合の巨大客船では数百名の男達が甲板に押し掛けて来ていた。
全て周囲の船の兵隊の残り物達である。
彼らにしてみれば、いつの間にか上が消えて、命令がオカシイと客船に踏み込んでみたら、王家連合の主要な王族達が全て消え去っており、部屋には不可解な糸溜まりがあるだけ。
明らかに客船が敵に襲われた後という事は彼らにも理解の範疇。
そして、唯一残った王家連合の頭を張る老王に先日の命令はどういう事かと尋ねる為、半ば押し掛け強盗染みて金品を漁った後に甲板に見つけた老王の元へと遣って来ていた。
椅子に腰掛けた皺枯れた枝のような体。
王冠こそ被っているが、襤褸にも見える外套は枯草のようにも見えて。
嘲笑する男達はザール王を囲んで“話し合い”に興じていた。
それを遠目からジト目で見やるマールマト・イーオは傭兵稼業で一番大事な事を護り、ザール王に懐いている奴隷拳闘の男が今にも男達に殴り掛かりそうなのを諌めながら、手勢と共に甲板から遠ざかって扉の前に陣取っていた。
「(イーオ隊長!! 彼らの言動は目に余ります!!)」
「(取り合えず押さえろ。話し合いの結果なんぞ見るまでもねぇし、テメェに死なれちゃ他の連中の統率にも事欠くんだよ)」
「(ッ……)」
「(あの老王は別に何も気にしてねぇよ。そもそも約束なんぞ気にもしてねぇ。犠牲者が増えるか減るか見てるだけだからな)」
「(どういう事ですか!?)」
後ろでブツブツ話し合っている男達を尻目にザール王は投げ掛けられる言葉の数々に今時の傭兵は案外良いモノを喰ってるようだと苦笑する。
王家連合に雇い入れられてから随分と肥え太った者達はかなり太った者が多かった。
「でだ。ザール王。アンタが一言ウンと言えば、オレ達はこの船からおさらば出来るわけだ」
「構わんよ。人材以外は好きに持っていくといい」
「ほう? それで構わんわけだな?」
「ああ、船を動かす人間を殺されたり、連れ去られるのは看過出来んがな」
「くく、いいぜ。さっさとこんな場所からはおさらばさせて貰おう。おい!! 食料をありったけ持っていけ!!」
思わず無法な事を言い出す傭兵達に食って掛かろうとした奴隷拳闘の男を羽交い絞めにして仲間に通路の奥へと押しやったマールマトは頭の悪い傭兵達の行動に溜息一つ。
「おう。お前らもあいつらに付いていきたいなら付いてっていいぞ」
「生憎とまだ命が惜しいもんで」
彼の部下達は肩を竦めるに留まった。
そして、多くの傭兵達がゲラゲラと笑いながら王家連合の空室から巻き上げた金銀財宝の類を手にして食料庫へと向かう。
そうして、傭兵達が捌けた後。
思わずザール王に奔り寄った男が大丈夫かと思わず体を労わるように手を虚空に彷徨わせる。
「ああ、ザール王!? 大丈夫でございますか!?」
「集めている者達が無事なら問題ない。さて、あの傭兵達が船から退去したら、さっそく征くとしようか」
「ど、何処へでしょうか?」
「この島は亜人の邦が多いと聞く。だが、我らの狙いは教会だ」
「教会、ですか?」
「この島は昔々、伝説の都の上に建てられたと古代の歴史書には書いてあってな。船を接岸させる場所に関しても能力さえあれば現れるらしい」
「そうなのですか? それから教会の船へ助けを求めに?」
「はっはっはっ!! そうか。大陸の大勢はそういう常識だったな」
「?」
思わずザール王が大笑いした。
そして、背後で聞いていたマールマトがゲッソリした顔となる。
「どうするつもりです? ザール王。逆立ちしたって戦力なんぞ……いや、戦力ならあるわけ、か」
「いやいや、無いとも。だが、鳥は教会に牽かれて行った。歩まぬ王躯はどうやらあの大異変時に降って来た山の上に居を構えたようだ。今は大人しくしている。今、此処にいる我が孫と彼女達には色々とやって貰わねばならない事がある」
「何だよ。教会相手に殴り合う以外にしてくれ。生憎と教会騎士みたいな化け物連中とやったら一瞬で首と胴体が離れちまう」
「そうだな。だが、その必要は無い。今の教会は手一杯になっている。神聖騎士連中も円卓は今後の為に北部攻めの橋頭保作りの最中だろう」
「で?」
「この船で南東部の沿岸域にある港に入ろう」
「は? 港ってアンタどうしてそんな場所を知ってる?」
「昔、神々に愚痴られたのさ。ノクロシアの封印が解けぬ内は神も何も出来る事は無い、とな」
「神に愚痴られるって……オイオイ。もう大陸には殆ど受肉神は残ってねぇって話じゃなかったか?」
「まぁ、南部は戦国乱世だからな。残された最後の者達も教会が消えて今は傷でも癒しているところだろう。問題は教会の目的だ」
「目的?」
「教会は何故こんな島を襲う? しかも、神勅まで出してだ」
「そりゃ、お目当ての何かがあるんだろう?」
「ふふ、教会は神の意向で動いている。そして、時は来たのだろう」
「時って何だよ」
「旧き時代に終止符を。蒼き時代に挨拶を。世界は次の日々を待ち望む。そして……教会は今やがら空きだ」
「がら空き?」
「恐らく大聖地オーエルは伽藍洞と化しているはず」
「まさか……」
「昔、島から帰って来た男に話を聞いた。島の南東部の外れにある港から一瞬で戻って来たとか」
「オイオイオイ……」
マールマトの顔が引き攣る。
「知っているか? あの不死身の怪物共を殺す方法を……」
「不死身って、まさか神聖騎士をやるつもりなのか?!」
「簡単だ。連中の契約を破壊すれば、奴らは死ぬ」
「契約?」
「聖櫃と呼ばれる神との契約によって奴らは魂すらも復活する。だが、その階梯の呪具となると常時大規模な魔力が必要になる。ソレを可能にするのが大聖地……魔力の流れの結節点に置かれた教会の総本山」
「……アンタ、本当にヤバいな……」
「よく言われる。まずは外堀を埋めようか。何、ちょっと船で乗り付けて、彼女達にお願いするだけの簡単な仕事だ。あの主神にはどの道勝てん。ならば、嫌がらせと実益を兼ねて、後の者達の為にも古い仕来りは壊してしまおう」
「……代償は?」
「傭兵稼業で稼いだ金は全て領地の開発に使ったのでな。生憎と持ち合わせが無い。だが、この船の所有権は今載っている者達に同意させれば可能だ」
「……はぁ、傭兵止めるか。アンタの仕事をやった後に……」
「まぁ、老兵の華々しい最後を飾ると思って適当に自分の為に仕事をしたまえ。王家の残りとの繋がりもある。彼らから船の運営を任せられているという体であれば、各国も文句は無いだろう」
「まぁ、仕事の事はいい。それでアンタはどうするってんだ?」
「生憎と国盗りは済ませた身だ。今は余生で一番楽しい話をしようと思っている」
「楽しい、ねぇ……」
「教会には知り合いが多数いてな。彼らには随分と辛酸を舐めさせられたし、随分と遣り合った。人間最後に残されたのが、敗北の未練だとすれば、それに彩りを添えるのに苦心しようというのはそんなに理解し難い事かな?」
「……いいだろう。その依頼受けた。約束は空手形だが、生憎とアンタの孫とやらに殺されたくもないしな」
「よろしい。ならば、始めよう。どの道、この島に来た以上、役目がある。それをやらねば帰れもしないだろう。マールマト・イーオ隊長。君に300万の兵を貸し与える。ゆっくり、聖地を落として来てくれたまえ」
「は?」
その時、甲板どころか。
周囲にいる船から何かがゾロゾロと降りて来るのを彼の目は見た。
誰にも見えていないだろう。
しかし、彼には見えた。
いつの間にか。
老王の手が自分の手に触れている事を彼は理解し―――。
「………これがアンタの兵隊か」
「あの戦乱の世で死んだ者達だ。呪霊にも成れず。亡霊にも成れず。転生の輪にも入れない。終わりを求める兵達だよ……各地を転戦していたら、いつの間にかこの数になっていて我ながら死ぬ前に何とかしてやりたいと思っていたところだ」
「それで教会に討ち入りかよ……しかも、居留守を狙うとかよぉ」
マールマトは脂汗を描きながらも不敵に嗤う。
「謀略の王に相応しい結末だろう? 男は最期に教会を滅ぼして消したと後世伝わるかもしれんな」
「ハッ!! いいぜ。怖~い騎士共が居ぬ間に落としてやる。帝国はカンカンかもな。祖国が滅んでも文句言うなよ?」
「ははは!! 生憎と帝国とは打合せ通りだとも。彼の皇帝は我が身より余程に長生きするだろう」
「―――マジか……トンデモねぇジジイだな。アンタ」
「お褒めに預かり光栄だ。さぁ、船を出そうか」
こうして、王家連合の残党。
いや、最初から王家連合という皮を被っていた老王は転がってきた機会を逃さず。
客船から離れていく船が島の沿岸で霧に呑まれて消えていくのを眺める事もなく。
船の破壊される残響を聞きながら、甲板で遠方の沿岸部を目指すのだった。
その幽霊船が正しく莫大な何かを載せている事を多くの者は知らない。
ただ、三つの小舟だけが内部の鉄の棺桶をそのままにゆっくりと追随しているのを傭兵の男達だけが見ていたのである。