流刑貴族の追放記-極獄と呼ばれた果ての地にて-   作:Anacletus

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第84話「暮れなずむノクロシアⅢ」

 

「【黒打】【聖牢】【来火の装】【打拍】【黒聖天の掟】」

 

 何やらブツブツ呟く黒い人型が少年に対して加速しようとした時には肉体と魂の全てが最小単位で分解、砂のように刻まれて消えていく。

 

「……取れない? これは……システムが違う感じ……システム体系の名称がスキル? 定理から無理やり情報を引き剥がした作用で崩壊してる……」

 

 何やらやたら強そうな装備に身を固めていた真っ黒な人型。

 

 剣、甲冑、手甲、更には炎を纏い。

 

 何やら呪紋のような力を行使しようとしたソレは呆気なく散っていた。

 

 人型が出て来たのはノクロシアの地下通路の先の事であった。

 

 内部は広々と造られており、通路を一定距離歩くと何処かに部屋らしき場所が置かれていて、軍事用通路らしく。

 

 武器の類が置かれていたのだが、少年はソレらを後続の蜘蛛達に任せて只管に進んでいた。

 

 そして、あちこちに通路が伸びる巨大な集合場所らしき場所の中央に立っていた黒い人型が自分達に攻撃をしようとした時、既に少年が攻撃を終えていたという事実に基づき。

 

「私達、物凄く置物になってるような?」

 

「1体じゃアルティエの相手にならない上に攻撃初動が遅過ぎて、常時戦闘状態のアルティエに付いていけてないんだよ。ボク達が必要な規模の部隊戦力も全然出て来ないから……」

 

「ふぅむ? でも、さっきのは強そうじゃったぞ? 恐らく、まともに強化されてから喰らったら、死人が出そうな感じの強さしとったような気も……いや、まぁ……我が騎士の戦い方的に必要な最低限の能力を持っておらんかったんじゃろうが……」

 

 三人は馬車の中で少年の攻撃が未だに自分達には見えないようだと肩を竦めて、馬車の内部に首を引っ込める。

 

「どういう事ですか? リリムさん」

 

「うむ。我が騎士の力を見れば、分かるのじゃが……やはりレザリアの言う通り、何よりも速度、戦闘速度や反射速度のような相手の機先を制す能力がやたら高いのじゃ」

 

「そう言えば、そうですね。あんまり私達は気にした事ありませんけど」

 

「我々の力の大半も近頃は相手より早く動ける事が主軸とされていて、回避、反撃、逃走が最重要で防御は二の次じゃろ?」

 

「う~ん。アルティエって過保護だから……というか、最初は物凄く防御を固める訓練させられてたんだけど、いつの間にかね……」

 

「恐らく、必要な防御力に達しておらんかったからじゃな。それが終わってようやく基礎的な速度の類を伸ばす方面で強化されたと」

 

「確かに……お薬の味も昔とはかなり違うし……」

 

 レザリアが日課の走り込み後の秘薬の味を思い出してちょっと渋い顔になる。

 

「動体視力も、今の我らは常人とはまるで違う。地平や水面の果てが見えるようになってからは反応力をやたら求められているのも死人を出さぬ事を最優先にされた上で一緒に戦える領域まで引き上げてたからなんじゃろうな」

 

 エムルトは全周警戒状態で鹵獲した小銃に指を掛けて、あちこちに視線を向けている。

 

 少年が黒い人型のいた地点に近付いた時。

 

 その背後どころか。

 

 360°からいきなり現れた百名規模の黒い人型先程の斃された黒い者達と同じようにブツブツ呟きながら攻撃に移ろうとして、やはりその場で何もする暇も無く砂となって垂直に床へ散った。

 

「やっぱり取れない。呪紋じゃない。大系の違う能力。基幹となる法則性が違うせいで上手く能力が取得出来ない。構成情報のコンバート方法を新しく造らないと。この領域……呪紋よりもずっと旧い時代の能力が眠ってる……」

 

 少年が大きな会場染みた集合場所から続く複数の巨大なトンネルを幾つか見やり、先程屠ったばかりの敵の残骸である砂を片手にして瞳を閉じた。

 

 途端、少年の背後にまた数名の黒い人型が現れたが、何かをする前に砂と化して崩壊……敵の出現が沈黙する。

 

「「「(T_T)(やっぱり、アルティエ一人でいいんじゃないかなという顔)」」」

 

 リリムが瞳を細めて、自分の騎士の強さに少し思案する。

 

「恐らくなんじゃが、我が騎士の能力で最も重視されておるのは対応可能な初動時間なんじゃなかろうか?」

 

「初動時間?」

 

「相手の出現した時にはもう対応が終わっておるじゃろ? 今の黒いのは恐らく。大昔にいた強い戦士辺りを無限に再現複製する。みたいな仕掛けだと思うんじゃが、ソレだと恐らく我が騎士には一生勝てん。どれだけ数を持って来てもな」

 

「アルティエって攻撃が相手を敵だと認識した瞬間には終わってるよね」

 

 リリムの言葉にレザリアが頷く。

 

「そう言えば、近頃は呪紋の初動が恐ろしく早くて呪紋使ってるって言うよりは最初から呪紋がそこに置いてあるみたいな速度ですよね」

 

 フィーゼが同意しつつ、更に少年の強さが自分達を遥かに超えて成長中である事を内心で納得する。

 

「そこが重要なのじゃろうな。敵への備えで一段階。敵を認識するのに二段階。敵を解析するので三段階。敵の位置を確定するので四段階。敵を攻撃するので五段階。基本的に多くの者は段階を経て攻撃に移っておる。だが、我が騎士の場合は恐らく段階が幾つかすっ飛ばされている」

 

「例えば?」

 

「準備にあれほど手間を掛けるのはどんな相手に対しても致死性の攻撃を行う為、相手からの致死攻撃を避けるか防御するまでもなく受ける為。つまり、攻撃手段も防御手段もほぼ最初から手間が掛からないようにしてある」

 

「ふむふむ」

 

「そして、攻撃手段が防御手段になる程に初動対応の力と戦闘速度が磨かれた結果は見ての通りじゃ」

 

「相手はアルティエを認識して、攻撃予備動作に移って、攻撃を行う。アルティエは出て来た相手を認識した瞬間には攻撃が終っている。防御が必要無い、と」

 

「動作の初動一つ取ってもずっと剣を握っておるじゃろ。あの妖精剣を握っている限り、防御を気にせずに初動で相手を潰せる。初手で相手の解析速度と攻撃の組み立ても恐らく瞬時に終わっておる。攻撃もほぼ自動化されておるのではないか?」

 

「ぁ~~アルティエってそういうのはやりそう」

 

「妖精剣に最初から魔力を流しておき。相手を確殺出来る方法を瞬時に用意して常に待機状態で維持して攻撃そのものは自動化。恐らく、同じものを無限に出してくる相手では消耗を誘う以外の役目を果たさん」

 

「消耗も妖精剣に流してる魔力って殆ど私達が感知出来るか出来ないかくらいですよね?」

 

「その通りじゃ。妖精剣の攻撃手順がかなり合理化されておるのだろう。まず思考中枢である脳髄の何処かが初手で両断されて、その内部から剣で生物を構成する物質を最小単位から解体……まぁ、先程の攻撃を見れば、そういうのじゃろうな」

 

「空気と水を無茶苦茶斬ってたし、あの剣ホントにどれくらい伸びるんだろう……」

 

 レザリアが首を傾げる。

 

「先程の攻撃を見れば良く分かるが、殆ど砂は下に落ちておる。つまり、相手を揺らさず。全ての細胞を衝撃で弾き飛ばすような雑なものではない」

 

「そう言えば、もう夕方に連れて行かれてないので剣の修行終わったんですよね」

 

「あの攻撃手段を見る限り、剣技の域を超えておる。完全に無限のような斬撃の渦で内部から削り尽くしていると考えるべきじゃな」

 

 エムルトは少年の周囲に銃撃する構えを解かず。

 

 ゆっくりと馬車を少年に近付けていく。

 

「何かありましたか?」

 

「さっきの敵は恐らく旧い時代の能力を持ってる。発動させれば、それなりに強力だと思う。ただ呪紋よりも複雑で常時発動型以外は基本速度が遅過ぎる」

 

「確かに……彼らは呪紋の発動速度にまったく追い付けていませんでしたが、それでも大抵の呪紋を使う人々には脅威では?」

 

「戦争になれば、同じような能力や技術であれば、有利だと思う。理由は単純。相手の使う能力が刻まれてる法則を用いた情報構築の作業量が呪紋と比べて複雑で多過ぎる」

 

「複雑?」

 

「簡単に言うと呪紋は法則や定理関連の情報そのものに“呪紋という法則”が書き込まれてる状態で使用される。呪紋の行使時間は各々違っても呪紋の解決速度、発動時間は処理をしてない」

 

「そうなのですか?」

 

「呪紋の処理は殆どが呪紋の構造じゃなくて、呪紋の調整時間。でも、あっちの能力は自然に存在する法則や定理そのものを魔力で写し取って能力で励起して、必要に応じて組み合わせて一つずつ現実で構成を組み立てて処理してる」

 

「最初から法則である呪紋はその構成の要件が要らない、と?」

 

「呪紋の譜律は最低一文字からでも一つの呪紋が発動する。それは最初から呪紋の原形というべきものが法則性に刻まれてるから」

 

「そうだったのですか……あまり呪紋には詳しくないので……」

 

「でも、本来法則に書かれてない事象を魔力で励起して記述する方式はやたら時間が掛かる。法則側の定理処理も多い。でも、呪紋は炎が出ると刻まれた法則から直接事象を引き出してる」

 

「つまり?」

 

「呪紋を早打ちすれば、相手が1の炎を出してる間にこっちは3から5以上出してる。処理量の差で限界値が決まる呪紋と同じような結果を齎す能力や技能ならば、こっちの方が処理量で上だから同じ出力でも相手が不利。複雑な呪紋も相手と同じ威力ならこっちが先に発動する」

 

「では、いつも使っている最低限度の呪紋を相手に使うとすれば、相手はそれに数倍する労力で呪紋のような魔力運用体系を利用せねばならない、と」

 

「そういう事。エル大陸の神々が“呪紋を創る法則”を創造したのも恐らく魔力の運用方法で外界の神に優越する為だと思ってる」

 

「ああ、そういう事ですか。確かに外界の大陸には呪紋があるかどうか怪しいですし、呪紋の収集を行う教会が呪紋関連の情報を消して回っているというのも自分達で独占し、外界に漏らさない為、なのかもしれませんね」

 

「外界の魔力運用方式が殆ど廃れてるって報告もあった。理由は魔力で複雑な事象を出現させるより、既存の物質の関連性や法則性を調べて、魔力を応用した学問で各分野の技術を強化した方が汎用性が高いからだろうって」

 

「外界はそのような方向性に舵を切ったと?」

 

「危ない魔力運用体系が封印されたりもして、方向性が汎用性に特化されてるみたい。だから、物量だけはあるって話」

 

「物量……厄介ですね」

 

「他にも神々が新しい人類を創造してる形跡もある。今の亜人とも違う……より神格に近い存在を創造してるとか」

 

「使徒のような?」

 

「そんな感じ……これからノクロシアの技術や諸々の情報を使って、防衛体制を整えないとまた困った事になりそう」

 

「そうですか。敵が増えるばかりですね。ニアステラとフェクラールは……いえ、島全体がそうなのかもしれません……」

 

「とにかく何でも前倒しで進める。此処から不可糸を伸ばしてみたけど、この海上のノクロシア表出部分は都市を形成してて、ノクロシアの地下構造部分に向かうには特定の転移用の部屋に行く必要があるらしい」

 

「見つけたのですか?」

 

「物理的に接続されてない。ただし、不可糸で行ける場所は今全部網目状に広げた観測網で地図化してる。今8割くらい。後2時間あれば、表層にあるノクロシア全体の構造は恐らく全て分かる」

 

 少年が言ってる傍から巨大な黒い影が数体。

 

 周囲の壁際に現れ。

 

 少年が一言。

 

「二体頼む」

 

 そう言って、残りの相手に対して瞬時に跳躍し、猛烈な速度で自分を撃墜しようとする巨大な腕を切り落としながら接敵。

 

 軽やかな斬撃で首を落とし切ると同時に胴体部分の心臓を穿ちながら、両手両足部分をブツ切りの肉片にしていく。

 

 馬車から飛び出した三人はフィーゼとレザリアがタッグを組み。

 

 一体の巨人の頭部にレザリアの二挺の拳銃から撃鉄を引いた特大の火線が奔って吹き飛ばし、胴体と関節部を剣が切り裂き、盾が其処を押し込むように突撃して相手の関節を完全に破壊して吹き飛ばし、リリムの手から放たれた攻撃が巨人の胸元に直撃すると跡形も無く吹き飛ばしながら、巨大な空同の壁面を破壊しながら20m以上奥までクレーターを造った。

 

 無論、黒いソレはもう原型を留めていないどころか。

 

 灼熱のプラズマ化した周辺建材と共にドロリと溶けている。

 

「【双手双撃】」

 

 少年が妖精剣を片手にもう片方にフィーゼから受け取った剣を用いて、瞬時に数体の巨人の首を横一回転で落としたかと思えば、同時に切り口から侵入した呪紋の譜律が体内で増殖し、一斉に起爆。

 

 跡形も無く内部から吹き飛ぶ。

 

 両手に呪紋、二つの剣で行う一撃は呪紋を伝播させる為の道具として使われたというたったそれだけの事であったが、たったそれだけの事で全てが吹き飛ぶ。

 

 この間、凡そ4秒。

 

 彼らが黒い巨人を瞬時に制圧した後。

 

 少年が片方の剣をフィーゼのいる方へと浮かせて戻し、破壊された黒い巨人達が砂と化したのを確認する。

 

「出番はありませんでしたね……」

 

 エムルトが構えていた小銃を下げて肩を竦める。

 

「神の力を持つ相手の傍にいるだけで相手の攻撃に力が載る。十分に活躍して貰ってる」

 

「そう言って戴けると助かります。それで此処からどの方角に?」

 

 彼らが馬車を中心に集まった時、後方からカシャカシャと蜘蛛達の足音がやって来て、振り返れば、数名のスピラスを纏った蜘蛛達が一番乗りと言いたげに現場に旗を立てていた。

 

 ソレが呪紋で地表に吸い付くと瞬時に現場へ巨大な呪紋の譜律を描き込んでいく。

 

「掌握状況は?」

 

「( ̄▽ ̄)(2割は終わりましたという顔)」

 

「ならいい。第二部隊に通達。次の陣地は此処に指定。更に深く潜る為のルートを構築してくる。現場を保持」

 

「( 一一)(了解と脚で敬礼する顔)」

 

 蜘蛛達に命令を終えた少年がすぐに複数ある通路を見て、指差したのは外海の方角だった。

 

「通路の終点が海に面してる。糸の情報から推察すると軍事用の倉庫みたい。まだ起動してないゴーレムを複数確認した。今、掌握中。このまま進む」

 

「分かりました」

 

 エムルトが牽く馬車の御者台に飛び乗った少年が三人と共に消えていくのを手を振って見送った蜘蛛達はチラリと周辺の攻撃で砂と化した黒いのを確認し、イゼクスの息吹で焼却処分し始める。

 

 だが、彼らは更に大量の黒い人型続々とあちこちの通路から押し寄せて来るのを見て。

 

「( ̄д ̄)(ハイハイ。様子見してたのねという顔)」

 

 体を灰色の筋肉質な甲殻に代えつつ、トリアイナを装着し、押し寄せて来る有象無象の旧き時代の怪物達の海に飛び込んでいく。

 

 彼らは普通のスピィリアとディミドィア。

 

 だが、その能力は正しく旧き時代を凌駕する。

 

 嘗てならば、十把一絡げの雑魚敵として多くの者達に処理されたかもしれない彼らはしかし……音速に数倍強で虚空を縦横無尽に駆け回りながら不可糸で罠と陣を張りつつ、周辺の敵の優先順位を即座に算出して、能力を上昇させようとする個体を次々トリアイナで頭部を貫通して粉砕。

 

 攻撃を全て敵そのものを壁にしてやり過ごし、砕けて砂と化した敵に宿る魔力を糸で吸い上げながら自分を狙う致死性の不死殺しが効いた拳に対して果敢に突撃し、腕を前脚で切り落とし、頭部を片脚で殴り飛ばし、攻撃を脚一本の跳躍で回避し、3次元戦闘のお手本の如く重力すらも無いかのような曲芸的な軽業を披露しつつ、通り抜けた先から身動きの鈍い黒い人型達を翻弄する。

 

「(;・∀・)/(や、待ったという顔)」

 

 次々に彼らの敷いて掌握した陣の中心にある旗。

 

 簡易神殿を造営する為の呪具の周囲から転移で送られてくる増援と共に敵という敵を駆逐していく。

 

 彼らは旧い時代の能力を遥かに超える迅速さが売りである呪紋を用い。

 

 明らかに強化されてしまった相手に対しても制圧を可能にする数と質を以て対処したのだった。

 

 重傷者は幾らか出たが、凡そ半日の傷は翌日には治るだろう。

 

「(´Д`)(う~ん。半身吹き飛ばされたなぁという顔)」

 

「( ̄ー ̄)(でも、不死殺し持ってても、こっちの自切や自壊防御を超えて来なかったし、訓練相手としては良さげという顔)」

 

「( 一一)(相手を絶対殺す攻撃が当たったって、その部分が最初から破壊されて本体から切り離されてれば意味ないからねという顔)」

 

「( ;゜;ж;゜;)……(肉体から魂を引き剥がすのって結構痛いんだよなぁという口窄め顔)」

 

「(^-^)(スピィリア達の変形防御も遂に呪紋化!! やったね皆!! これで不死殺しに当たっても魂を引き剥がした肉体の自切防御や超速変形防御で超不死身蜘蛛さん爆誕だよという顔)」

 

 巨大な空同は見る見る内に蜘蛛達が蔓延る糸の巣が虚空に張られ、物資の箱が詰まれた前哨基地へと早変わりしていった。

 

 そして、それを試すかのように更なる黒い人型の増援が少年達が向かった方角以外からは流れ込む濁流の如く湧いて来て、彼らは転移機能を魔力で強化しつつ、巨大なウルとなる粒体状のスライムを呼び寄せ、巨大な鋼蜘蛛と化して制圧領域を拡大していくのだった。

 

 蜘蛛達の進歩はもはや見るまでも無く。

 

 不死殺しの機能を備える旧い時代の強者の複製を1時間程で傷もなく倒せるレベルまで解析し尽くし、新たな敵を求めて、制圧部隊は後続から次々に押し寄せ始めるのだった。

 

 勿論、共有された情報によって蜘蛛達全体の練度と対処方法がアップデートされ、個体として初見の敵だろうと難なく“分からん殺し”されない蜘蛛は増えていく。

 

 そんな様子を見て、第二部隊の面々は「「「(T_T)(やっぱ蜘蛛達だけでいいんじゃないかなという顔)」」」になるのだった。

 

 *

 

―――エム大陸中央部とある国。

 

 『最強であるはずの大陸同盟艦隊壊滅!!!?』の報道から10日以上。

 

 七つの大陸以外にも戦力消滅による余波は大きな波を引き起こしていた。

 

 神々の力を用いたエル大陸への大遠征を行おうとした者達が次々に壊滅したのだ。

 

 アイ大陸と呼ばれた大地から派遣されたエルフの艦隊は途中で惑星規模の巨大異常気象によって蹂躙され、大陸そのものが壊滅的な被害を受けて、他大陸に救援を求めるまでに崩壊。

 

 ケー大陸から派遣された神々お墨付きの新人類。

 

 人間よりは神に近いはずの人々はその優れた能力と技術力の精粋たる少数精鋭の最高の実力を持つ個体達を派遣するも連絡も応答も無く行方不明。

 

 ユー大陸の他の大陸の人類と無限に争い続けていた悪魔達は本来敵対していた神の後援を受けて、新しい大陸への足掛かりと同時に植民地を求めて各地域最強の魔王達が送り込まれたはずだったが、音沙汰が無い。

 

 あちこちの大陸は今や大混乱状態どころか。

 

 破滅の時代に絶賛突入中であり、彼らの大半は神々の計画に利用された結果として多くのモノを失い。

 

 神々への不信感が増大し、多くの神達は信仰の不足によって力を弱められていた。

 

 これは同時に神の加護が失われていくという事実であり、そのせいで更に信仰が失われるという負のスパイラルに突入。

 

 経済没落する国家みたいな有様となった神々は信仰と加護で回っていた世界の危機的な状況を前にして最後の戦いを挑む為に求心力がある内にと有るだけの戦力を掻き集めていた。

 

「あ、あなたぁ!!?」

 

「うるさいぞ女ぁ!! 神々のご出陣の為の神勅である!! 国々が一致団結し、破滅の時代を乗り越えねばならんのだ!!」

 

「夫は!? 夫は体が弱いんですぅ!? どうかお情けを!? お情けをぉぉぉお!!?」

 

「ならんと言うておるではないか!? これは神殿からの神勅である!!」

 

「お前……良いんだ。この子を頼むよ」

 

「お父様ぁ!?」

 

 次々に男達は多くの大陸で神々を崇める宗教派閥や神殿からの勅命で徴用され、それは後進国ではともかく酷く。

 

 先進国と呼ばれるような多くの国々でも大規模な宗教国家では次々に理不尽なくらいに労働力の吸い上げに信仰は消し飛ぶ勢いで減っていた。

 

 その大半は神々への信仰心を強制的に魔力を用いた技能で引き出す事による“洗脳”や戦争の為に必要な物資や軍需品生産の為の労働力として用いられる事で回復を試みられていたが、やはり如何ともし難い没落は目前。

 

 無論、宗教の多くはこれを出来る限りの資金を費やし補填していたが、圧倒的に資本は足りず。

 

 いや、先進国程に反発が強まる傾向にあり、殆どの大国では社会問題化。

 

 正しく神に反旗を翻す。

 

 という、昔ならば考えられないような思考が民間では少しずつ育まれ。

 

 嘗てならすぐに鎮圧されただろう反乱や諸々の封じ手はそれを行う当人達の当惑や疑問という形で蓄積された。

 

 要は短い間にも宗教行政の多くが破綻の危機に陥っていた。

 

「うぅ……どうして、こんな事に……」

 

 七つの大陸で尤も進んだ大陸と言えど、一皮剥けば、後進国家はそれなりに存在し、その多くでは宗教国家や国教となる宗教の多くが幅を利かせている事が殆どであり、先進国の者達が眉を顰めるような徴用が勧められている。

 

 結果、大陸内ですら意見が乱立し、纏まらないという事が多々あった。

 

 特にこれ以上の軍事費と税率の上昇に耐えられないとする現実路線派と強制徴用によって家族を軍や労働力に取られた国民が手を組んだりしようものならば、先進国側からの武器の流入で後進国では早くも国家体制が崩壊し始め、場所によっては地獄の内戦ルートを驀進中。

 

 樹木が生い茂る山林くらいしかないような弱小地域で正規軍相手に民間のゲリラが夫を返せ息子を返せ税金下げろの大合唱な上に割れた世論の半分の後押しもあって、勢力を拡大する。

 

 なんて、事も儘ある。

 

 ついでに今まで宗教が忘れさせていた民族自決、少数民族同士の他民族との派閥闘争、民族浄化に民族対立、両者が互いに大虐殺、というのも珍しくない。

 

 笑えないのは国軍ですら、その余波に煽られる小舟の如く戦況を左右されて右往左往しながら、有効打も左程無いという現実であった。

 

 無論、そのせいで封じられる場所には戦力を全力投入するという集中運用の結果。

 

 何処の派閥とも切り離された地域の反乱者達は破滅させられる運命にあった。

 

「く、正規軍の奴らぁ!? また最新のゴーレムなんて使ってやがった!!?」

 

「こっちだって負けてねぇさ!! だが、こんな状況じゃぁ……」

 

「こっちの魔術じゃ、あいつらの銃には……クソゥ!?」

 

 無論、政府軍や宗教派閥が金と権力を牛耳る後進国程に自体は深刻だ。

 

 今まで鬱積していた不満がこの機に爆発しそうになっている上。

 

 正規軍の一部が寝返り、宗教分離政策を唱えたり、政府転覆で軍事国家に変貌させようという者すらいたりと混迷度合いは正しく善意で舗装したデスロードでの競争が始まった事を多くの者達に予感させていた。

 

『(・∀・)………』

 

「魔法使い、か。大昔の技能をまだ継いでるヤツを引っ張り出してどうすんだかな」

 

「銃弾一発の方が強いのは仕方ないが、今の首班暗殺にはこれしかねぇ。連中の感知機に引っ掛からない攻撃手段は……」

 

「次の演説が明日。オレ、怖ぇよ。うぅ……」

 

 ゲリラなんてのは正しく民兵。

 

 ついでに訓練もしてないし、精神薄弱だし、正規軍の兵隊みたいに死を恐れつつも強靭な精神力で戦闘行動を完遂したり出来るような人材は極僅か。

 

 それすらゲリラ戦で消耗するせいで人々の希望はもはや政府首班の暗殺に傾きつつあり、これで国家は後百年間分裂状態ですね(ニッコリ)みたいな歴史の変わらぬ轍はいつの時代とも同じく繰り返されそうになっている。

 

「う、うぅぅ、死にたくねぇ……死にたくねぇ……」

 

「でも、やるしかねぇんだ。このままじゃ、学徒動員の法案が通過しちまう……」

 

「先進国とやらからまだゴーレムや戦力は届かねぇのかよ……」

 

「国境を超えるのに手間取ってると連絡が有った。税関の連中は全部神殿の息が掛かってる。このままじゃ……」

 

 密林のゲリラというのはどんな世界の人類にもお約束なのかもしれず。

 

 もはや、粗末な枝や樹木、泥で偽装された狭ま苦しい部屋でアリの巣状の通路を行き交い焼かれる運命。

 

 彼らは時代に取り残された感すらあった。

 

 実際、統一見解が出せる大陸内ですら各地域での紛争や内戦、準低強度紛争地域は多く。

 

 前々から反抗していた勢力もいる。

 

 そんな彼らにしてみれば、今更のように更なる混沌に叩き込まれた手前。

 

 先達として政府への最後の抵抗というヤツを今後の為にも見せる必要があった。

 

「このままじゃ……神殿に何もかも取られちまう」

 

 重苦しい沈黙。

 

 だが、彼らに力は無い。

 

 頼みの綱の先進国の人権派とやらからの武器類の搬入は間に合わない。

 

 こうなれば、もはや彼らには自爆覚悟のテロくらいしか方法が無かった。

 

 だが、生憎と先進国の装備で身を固めているのは相手が先だ。

 

 絶対数で劣る彼らが戦略目標を達成する事は不可能。

 

 故に此処で全ての話は終わりのはずだった。

 

「(・∀・)……」

 

 チョイチョイと彼らの背後から脚先で肩が叩かれる。

 

「うぅ……もう、全部お終いか……数日後には神官共の息が掛かった大部隊がこの密林を焼き払うって話だ。逃げ場所もねぇ……都市部に行ったら、問答無用で拘束だ。このままいっそ……」

 

 彼らが自決用の小さな錠剤の入った小瓶を棚に見やる。

 

 だが、チョイチョイとまた彼らの背後から肩が叩かれる。

 

「まだブラックリストに登録されてねぇ連中だけでも逃がさなきゃならねぇ。辛い時代になるだろうが、きっと次の世代が……」

 

 チョイチョイチョイチョイチョイ―――。

 

「ああもう何だよ!? 人が悲嘆にくれてるんだ!? 暮れさせといてくれよ!!?」

 

 と、振り返った小さなゲリラの部隊長は自分達を見やる背後にいた1m以上有りそうな蜘蛛がヨッと片脚で挨拶しているのを見て、凍り付いた。

 

「「「!!?」」」

 

 思わず硬直。

 

 そりゃそうだろう。

 

「(・ω・)ノ(こんにちわという顔)」

 

 世界を破滅させると実際悪魔化された蜘蛛達は今や最も忌み嫌われる生物ランキング第1位を獲得しているのだ。

 

「ひ、ひぃいぃいぃぃいぃぃ!!?」

 

 思わず攻撃しようとした者達だったが、全身が動かない状態で絶望するしかないと悲鳴を上げる。

 

 しかし、彼らの前で武器を全部没収した蜘蛛がテーブルに着いてイソイソと周囲の炊事場から持ってきたお茶をお出しする。

 

 ついでに男達を席に座らせて対面で看板を掲げる。

 

「な、何だ!? ま、まさか、意思疎通出来るのか!?」

 

「そ、そうだな!? あの映像でも喋ってやがった!! つ、つまり、オレ達と話したい、のか?」

 

 大きく前脚で〇が作られる。

 

「お、おぅ。まさか、破滅の使者と対面する事になるとは……遂にオレ達の頭もおかしく……」

 

 と、言っている間にも一匹のペカトゥミアが看板で彼らに語り掛ける。

 

 その木製の手持ち看板には次々に不可糸で文字が縫い上げられていく。

 

「(;・∀・)(力が欲しいか? 欲しいならくれてやるぞ的な顔)」

 

「ま、まさか!? お、オレ達に力を貸したいとでも言うのか!?」

 

「(´・ω・`)(自分達の大陸を護る為に神々の権威を失墜させてますという顔)」

 

「つ、つまり、お前らは外界への遠征に行こうとする神と神殿が気に入らねぇ。オレらはこの邦で搾取してやがる神殿が気に入らねぇ。目的は……」

 

「(;^ω^)(合致してますねハイという顔)」

 

「ど、どうする!? ほ、本当にどうすんだ!? オレ達はこのままじゃ、でも……こ、こいつらのせいで状況が悪化したんだぞ!?」

 

 審議に掛けられた議題をガヤガヤやっていたゲリラ達であったが、蜘蛛が大人しそうにお茶を啜って、前脚で器用にオカシを「((|ω|))(モクモグしてる顔)」を見て、相手が高度な知能を有する怪物であるという事を改めて知る。

 

 そう、ユーモア溢れる姿は基本的に温和に見えるのだ。

 

 お茶を「Σ(・ω・ノ)ノあちゃちゃ!!?」みたいに火傷する温度で思わず零しそうになっている様子とか明らかに油断しているようにしか見えない。

 

 リーダーが拳を握って決断する。

 

「……分かった。お前はお前の為にオレらに力を貸す。オレらはオレらの為にお前に力を貸す。それでいいんだな? 後ろから撃てば、お前もオレらが必ずぶっ殺してやる。だから、これで契約だ!!」

 

「(/・ω・)/(交渉成立という顔)」

 

「そ、それでお前はどんな風にオレ達を助けてくれるんだ!?」

 

 ペカトゥミアがイソイソと情報収集した人物達の顔を虚空に糸で大量に編み上げて表示していく。

 

 名付けて。

 

「く、蜘蛛にしたい人ランキング!?」

 

 男達は現行で現実路線じゃない宗教主義全開だったり、外界の魔の大陸打つべし派の重鎮達数百名の名前を見て、ゴクリと唾を飲み込む。

 

「(´・ω・`)(取り合えず、前金ねという顔)」

 

 蜘蛛が立ち上がって歩き出し、来いというジェスチャーをした。

 

 顔を見合わせた彼らだったが後を付いていくしかなく。

 

 そこで気付く。

 

 いつの間にかアリの巣状の地下防衛拠点の一角に見知らぬ通路が出来ていた。

 

「は!? こ、こんな通路知らねぇぞ!? どういう事だ!?」

 

「と、とにかく付いていこう!?」

 

 彼らが見知らぬ通路を歩いて数分後。

 

 広大な領域に出た。

 

 そして、その光に目が眩んだ彼らの視界が元に戻った時。

 

『―――?!!』

 

 彼らの前には巨大な地下空間が現れていた。

 

 しかも、その倉庫のような場所では何処からか運び込まれたコンクリート製の床と壁があり、ついでにあちこちには蜘蛛達が自分の前脚を自切して、それを原始的な炉を用いて何やら複数匹でカンコンカンコン鍛造、薬液のようなものに浸してからイソイソと木製の木箱に収めて、不可糸で封をしていた。

 

「な、何じゃこりゃぁああ!!?」

 

 思わず叫んだ男達だったが、蜘蛛達はチラリと彼らを見た後、何事も無かったかのように再び作業し始めた。

 

「こ、こいつらの造ってる武器って、あ、あの軍隊を壊滅させた蜘蛛が使ってやがった」

 

「ひ、人を蜘蛛にする剣か!?」

 

 彼らが戦々恐々としている間にもガラガラと倉庫の奥のシャッターが開かれ、その更に奥にある箱から蜘蛛達が一つずつ様々な品を両脚で掲げて彼らに見せ付ける。

 

「な、な、食い物に野戦服まで!? しかも、何だ? 何でもかんでも魔力がやたら込められてやがる!?」

 

 男達がダカダカと走って現場まで向かうと。

 

 シャッターの奥の部屋には大量の木箱が詰まれていた。

 

 更に奥には幾つかの方角へと再びシャッターがあり、思っていた以上に彼らの地下設備とは比べ物にならない広大な領域が勝手に開発されている事が伺える。

 

 その大半には軍需品や医薬品が大量に詰め込まれており、武器こそ無かったものの、何処かで見たような軍事物資が入っている。

 

 何かやたらパチモン臭のする姿だけ似せた代物が多かったのだが、ロゴから何から偽物なのに品質だけが本物よりも高く。

 

 特に軍事用の衣服やヘルメット、背嚢は魔力やら自分達のとは別の魔力運用体系の技術が込められているのが魔術をちょっと齧った程度の者達には分かってしまっていた。

 

 それが実弾をやたら何発でも受け止められるような代物だとも。

 

「こ、これをくれるってのか!?」

 

「(*・ω・)(*-ω-)(*・ω・)(*-ω-)(ウンウンという顔)」

 

 蜘蛛達が頷く。

 

「(;^ω^)(政権掌握したら、神殿を廃止して、神から権力取り上げるって約束すれば、上げるという顔)」

 

「お前らは表立って動くのか?」

 

 ペカトゥミアの首が横に振られる。

 

 そして、現状では彼らを隠れ蓑にして各国の神殿と神々の権威失墜を計る為に動いていると説明をして、リーダーを見やる。

 

「……つまり、オレ達はお前らの後援を受けて、お前らの要求を呑む。オレ達は邪魔な連中が消えた後にまともな宗教や神に意見を左右されない穏健派を首班に付ける。それでいいと?」

 

 頷きが返され、リーダーの手が差し出された。

 

「分かった。お前達の関与が公になれば、オレ達も危ねぇ。此処は互いに共闘と行こうじゃねぇか。お前らは神と神殿の力を削いで自分達の配下に加える。オレ達は理不尽な現行の政治を変革する。利害は一致した!!」

 

 ガシッとこうして蜘蛛とゲリラの手は結ばれ。

 

 翌日、各地のゲリラを掃討するはずだった強襲を決行した国軍の33%が任務中に行方不明になるという大事件が勃発し、神隠しのように消えた戦力はゲリラによって殺されたのだという言説が流布される事となる。

 

 生憎と現場の密林は蜘蛛達にとって過ごし易い肉体的なホームである。

 

 呪紋で情報封鎖して、透明化したままに相手に情報を与えず狩る事なんて正しく造作もない話であった。

 

『誰か!! 誰か!!? クソゥ!? 通信が繋がらねぇ!? どうなってやがるんだ!?』

 

『伍長!! 何かで腕を斬ったようだ。消毒だけで―――』

 

『少尉殿……?』

 

『(=_=)/(キシャーと産声を上げる顔)』

 

『う、うぁあああああああ!!? く、蜘蛛にさ―――(・ω・)ノ(キシャーと産声を上げる顔)』

 

『ば、馬鹿な!? ひ、ひぃいいいい!? く、蜘蛛が此処にはい―――ヾ(≧▽≦)ノ(キシャーと略)』

 

『(・∀・)(なかーま一杯うれしーなーと超速蜘蛛脚カマイタチ剣を披露する顔)』

 

 こうして、政府はゲリラ狩りに余裕なく立ち回る事を強いられた。

 

『クソ!? 繋がらねぇ!!? 他の部隊を見付けろ!! 信号弾を上げ―――』

 

『軍曹!! この密林は何かおかしい!! とにかく逃げ―――』

 

『ば、爆発!? 中尉ぃいいいいい!!? わ、罠が仕掛けられているぞぉおおお』

 

『撤退!! 撤退だぁ!? あのゲリラ共めぇ!? 奴らにこんな爆発物がまだ残っていたのか!?』

 

 簡単に潰せるはずのゲリラに苦戦し、大敗北。

 

 これで新しい審議や法案が一時凍結。

 

 ゲリラ側からの要求と他地域に進軍するぞという脅しに対し、政府は徹底抗戦を唱えていく事になるが……その国で次々に強硬派と宗教派閥の主導層が行方不明となって暗殺したという弱小だったはずのゲリラの大戦果を告げる報道に政府の人間の多くは絶望的な顔をする事となる。

 

『(>_<)(社会不安を増大させて、経済環境と居住環境を悪化させて、まともな統治も出来ない政治家が強硬策を取ったら、国民と他の国からどう見られるかは自明ダヨネーという顔)』

 

 数日後には笑いの止まらない悪手を取ってしまう政府に蜘蛛達はニッコリした。

 

 ゲリラによる政府への攻撃は最初こそ猛烈な批判を浴びていた。

 

 が、社会不安の増大に戒厳令を敷いたり、反政府的な言論を国家規模で弾圧し始めた事をゲリラ側が先進国側にガンガン報道。

 

 悲劇という悲劇を全部政府に押し付けて、報道すらも自分達に都合の良いものを作っていると喧伝すれば、各国の世論は次第にゲリラ側へと傾いていく。

 

『ば、馬鹿な!? 報道統制されていて、どうして国外にこんな情報が!!? 隣国の紙面を見て見ろ!!? 主要紙の一面がマズイ!!? このままでは……っ』

 

『全ての情報網を遮断しているはずですが、どんな手段で……国境も封鎖しているというのに……く……』

 

 まったく、何千万回繰り返したか分からない陰謀にも詳しい少年の知識は存分に活用され、相手国をジワジワと崩壊に導いて大陸世論を味方に付ける情報工作は完遂される運びとなったのだ。

 

『部隊が壊滅的な被害を受けて撤退……あの地域の陸路が使えねば、他の部隊への補給が……各軍管区の再編を急がなければならないというこの大切な時期に……隣国からも大使の一時帰国命令……クソ……』

 

『首相。戒厳令の事で法務相からお電話です』

 

『今は愚痴を聞いている余裕は無い!! それよりも各軍管区の連中に釘を刺しに行かねばならん!! このままでは何処かの部隊が離脱する可能性すらある!! 戦力が丸々、あのテロリスト共に加われば、首都も危ういのだぞ!!? 何ともしても神々のお導きの下、この難局を乗り越えるのだ!!』

 

『分かりました。では、先方にはいつものように……』

 

『ああ、頼む……………クソゥ。何故だ? あんな辺境のゲリラ程度、正規軍の3割を動員したのだぞ? 何故、負ける? 奴らの背後にいる先進国の人権派の武器供給は何とか寸前で止めたはずだ。他にも奴らを支援する者が? 一体、何処の……』

 

『(・ω・)ノ(はーい。それはエム大陸残留組の遠征隊外大陸派遣戦闘団でーすという顔)』

 

『ば、馬鹿な!? 此処は首相官邸だぞ!? な、が―――ガッ、ゴッ、グ、ゲェ!? ( ̄д ̄)(キシャーと前世の柵だらけで進退窮まった首相業を止めれて清々した蜘蛛の顔)』

 

 蜘蛛達は増えていく元軍人と政治家系の仲間達を己の同胞に加えながら、大陸を墜とすべく各地へと分散していく。

 

 ヘルメースが去った後もまた現地に残って裏工作を頼まれていた蜘蛛達はこうして初めて進出する外大陸での活動を速やかに組織化した部隊で実行し、次なる大陸での活動の橋頭保を造るべく。

 

 虐げられてて、窮地に立たされ、何も持っておらず、他には頼れる者も無い、戦う理由がある人々。

 

 という可哀そうなカテゴリに分類される人間を見つけ出し、懐柔し、飴玉を与え、依存させ、しっかりと信頼関係を気付いて、静かなる侵略を開始するのだった。

 

『( ̄ー ̄)(エム大陸の後進国9割に浸透完了。このまま他の大陸へもゴーゴーと新しい軍艦に密航する顔)』

 

 残念ながら、あまりにもヘルメースの堂々とした軍の壊滅と去っていく風景が目に焼き付いた人々は多く。

 

 自分達の足元に去ったはずの蜘蛛の勢力が糸を広げて巣を張り始めたなんて、誰一人として気付いていなかったのだった。

 

 勿論、気付きそうな“なかーまにしたい人ランキング”に載っている人々は次々に行方不明となり、それすら政府が過激な政策で内部粛清している、口封じしているのだという報道が意図的に他国へ流されて欺瞞された挙句に政府を追い詰める餌にされていたのだが……。

 

 *

 

 あらゆる大陸で異変が起きつつある頃。

 

 鬼難島の北部。

 

 それも元々はアルマーニアの国家だった地域は現在その石造りの風情ある荘厳な城や城下町の跡地は残った建築物が顧みられる事もなく。

 

 寂れた様子で沈黙していた。

 

 先日まで此処に駐留していた部隊も既に無く。

 

 敗北したヴァルハイル軍も居らず。

 

 今の状況ではアルマーニアが戻って来る事でもなく。

 

 無人の大国は大量の亡霊と呪霊が徘徊する魔窟となってしばらく経っている。

 

 王城近辺はもはやグラングラの大槍で跡形も無い。

 

 だが、その巨大な湖となったクレーターの中心。

 

 湖面に鏡のような鏡面が形成され、真っ黒に闇夜の如く染まる。

 

 それと同時に砕けた瓦礫の破片が周辺領域で浮かび上がり、クレーターを中心として巨大な放射状の魔力の線が奔ったかと思えば、爆発するかのような猛烈な衝撃が周囲に吹き荒れ、春雷の如き雷を無数に虚空へと逆様に打ち放ちながら、ソレがクレーター跡地を全て覆うように現れていた。

 

 巨大な庭園としか思えないだろう浮遊する円盤状の上部に円錐形の下部で構成される岩塊は先端をゆっくりと水が蒸発した王城跡地に着地させる。

 

 庭園は緑に包まれてはいたが手入れをされており、殆ど北部には見ない植物ばかりが生い茂っている。

 

「………」

 

 その内部から歩いて来るのは明らかに人智を超えた者達であった。

 

 鎧の武人がいるかと思えば、女神のような女人が一枚布を羽織った姿でやって来てもいる。

 

 剣を持つ英雄の如き者がいれば、小人のような存在もいた。

 

 凡そ20数名程の者達が庭園を出て歩き出そうとした時。

 

 彼らの頭上にいきなり降って来たのは蟲の脚だった。

 

 それも超特大の……天を貫く星すら貫通してしまいそうなキロ単位の何かが半透明で一切の影響を周囲に与える事もなく降り注ぐ。

 

『ほっほっほっ、やはり来ましたな。イエアド』

 

 扇子で顔を覆ったまま淡い色彩の布を幾重にも体に巻き付けた男らしき相手が嫋やかに呟く。

 

「君達がこの島に脚を運ぶなんて珍しい。僕らの喧嘩に割って入りたいわけじゃないんだろう? フォルトゥナータの皆さん」

 

 彼らの神々。

 

 大神達の前に現れた穏やかな気配の青年は少年に姿を見せた時と同じ姿のまま。

 

 そう肩を竦める。

 

 それに対し、扇子の男の前に一歩出たのは腰布一枚を履いた白い髪と髭の初老の偉丈夫だった。

 

「イエアドよ。貴様らは遣り過ぎた」

 

「ほう? 外の世界の事なんて僕らには知りようもないんだけどな。おじさん」

 

 初老の偉丈夫が目を細める。

 

「イゼクスも傍に来ているな。姿を現せ……」

 

 その言葉と同時にイエアドの背後から青年よりも余程に小さい8歳くらいの黒い髪の少年が一人やって来て、その無貌の―――現象として存在しないかのような黒く塗り潰された顔に白い口と瞳を覗かせてギョロリと偉丈夫を見やる。

 

「フン。話す気にもならんか。この星は既に貴様らのせいで限界に達しようとしている。繰り返され過ぎた転生で歪められた因果は特異点化し、もはや我らの手に余る。そして、それを加速させた貴様らの駒共のせいで我らの力は削がれつつある」

 

「―――」

 

 イゼクスと呼ばれた少年が僅かに暗闇に牽かれたような白い線のように瞳を細める。

 

「この星を滅ぼす気か?」

 

 偉丈夫の言葉は率直だった。

 

「だって? 兄さんはどう思う?」

 

「―――」

 

 イゼクスと呼ばれた少年が僅かに口を開く。

 

 途端、グシャッと数名の神々の肉体が血の染みになった。

 

「フン。聞く耳も持たんか。ならば、覚えておけ。これで最後だ。貴様らが造りし、あの呪紋……アレが輪廻を破壊し、再生させるより先に我らはこの星を出る。必要な連れて行く者以外、残された者達は好きにせよ。あの愚かな妖精神と共に心中でも何でもするといい」

 

「生命の誘導を諦めるのかい? おじさん……それは最大の禁忌じゃなった?」

 

「……貴様らさえ、貴様らさえいなければ……貴様らが望んだ通り、旧き時代に幕は落ちるだろう。だが、この決定に従わぬ者もいる」

 

「―――」

 

「貴様らが何度繰り返しているのかは知らんが、今回は特別だ。数名が存在を掛けて、この地を滅ぼしに来るだろう。如何にお前達だろうとも滅びを覚悟した大神の全力を前にして兄弟喧嘩などしていられると思うな」

 

「―――」

 

 おじさんと呼ばれた偉丈夫の顔が半分消し飛ぶ。

 

「フン。癇癪持ちめ……覚えておくがいい。その短慮と浅慮があの妖精神の命を奪ったのだと。我らフォルトゥナータの決定は以上だ。最後の足掻きとすらならぬかもしれぬが、此処にはこの星のあらゆる戦力が押し寄せてくるだろう。善意と抗う意志に満ちた本当の戦士達が……」

 

「おやまぁ、それは大変だ。兄さんはどうする?」

 

「―――」

 

 イゼクスが背中を向けて、数歩歩くと姿を消した。

 

「だってさ。おじさんも元気で」

 

「……貴様はいつもそうだったな。イエアド……あの人間さえいなければ、ウェラクリアもマーナムもハウエスも……ティタルニィアも……いや、今更だ。貴様らはミートスの薫陶を受けた者。その欲望のままに歩き続けるがいい。それが破滅への道程であったとしても……」

 

「ヤハおじさん。ありがとう」

 

 何処か昔を懐かしむかのようにイエアドが瞳を細めて、一礼する。

 

「我々を、異形なる蟲神たる兄弟を何一つ暗いところなく育ててくれた。感謝するよ……」

 

「……行くぞ。皆の者……」

 

 彼らが庭園の内部へと戻っていく。

 

 そして、その気配が消えた後。

 

 頭上から庭園を遥かに凌ぐキロ単位の蟲の脚が複数庭園に落ちてきたが、全てが衝撃すら余さず吸収された様子でまったく壊れる事もなく。

 

 僅かに沈黙した蟲脚はそのまま何処かへと完全に透明化して消えていく。

 

「はは、さすがに無理じゃないかな。兄さん……あの大神連中の全力だよ? さすがに僕らでも骨が折れる。それこそ、この島を破壊する威力じゃなきゃビクともしないさ」

 

 そう呟いた青年の言葉を誰が聞いているものか。

 

 全てはまるで幻の如く。

 

 何もかもが消え去った数秒後、数百名規模の人員が次々に庭園へと空間転移の燐光を零して到着し、周囲を観測。

 

 すぐに現場をそのまま陣地として構築する為に大量の火砲らしき武装が蒼い輝きを帯びながら虚空からゆっくりと滲み出るように構築されていく。

 

 防壁らしい鋼色の壁も次々にもう名も無きアルマーニアの都市の跡を囲うように伸び始めた。

 

 それは都市そのものを食らう鋼の咢にも見えて。

 

「統合第一戦隊。揚陸完了。第二戦隊の到着を待たず行動を開始する」

 

 庭園の中央部。

 

 東屋の中で髭面のヤハおじさんと呼ばれた初老の男によく似た新人類アークを名乗る者達の隊長が片腕を上げる。

 

「統合参謀本部からの通達である。ゴーレム総計124万機の転送準備終了まで72:00。この島より放たれた砲撃により、我らアークの大宇への脱出計画は絶たれた!! 再びの脱出計画始動までの時間を稼げなければ、我らの祖国の民草はこの星と共に滅びるだろう」

 

 ガンッと男が片手に顕現させた巨大な三叉矛の柄で床を叩く。

 

「この場所にこれから送られる全ての同胞とあらゆる大陸からの戦力を受け入れ、島の破滅を駆逐し、制圧する!! これが叶わなければ、此処に何もかもが滅ぶ運命である」

 

 男の声は遍くあちこちに走って、蒼い輝きを周囲に零しながら、都市跡地を覆う鋼の壁を造営している者達の耳にも届いていた。

 

「我らアークは先陣を切る!! 因果を歪める元凶たる妖精神を討ち。全ての大陸の敵を駆逐して初めて、世界は救われるだろう!! 我らは死して尚、世界を護る盾にして矛!! その身、その血、その骨の一片に至るまで勝利に捧げるのだ!! アークの勇士達よ!!」

 

 その激に全ての者達が鬨の声を上げた。

 

 だが、その後に粛々と陣地設営が開始される横で何処か痛ましそうな顔になる老若男女が複数仕事をしながらも僅かに俯く。

 

「ヤルハ戦隊長……お孫さんを亡くされたばかりなのに……」

 

「オイ。まだそうとは……」

 

 若い男女の隊員の言葉に年嵩の男がさすがに嗜める。

 

「此処に来た偵察部隊のビーコンが消えた地点の映像が来るぞ」

 

 彼らの網膜に次々に空を飛ぶドローンの映像が飛び込んで来る。

 

 新人類たる彼らアークは情報という名のものならば、大抵それが電波だろうが、光波だろうが、音波だろうが、自分の脳に入出力可能して解析可能であった。

 

「―――黒い塔の群れ、だと?」

 

 戦闘要員の多くが息を飲んだのも無理はない。

 

 彼らの前には巨大な300mクラスの塔が数キロ毎に立ち並び。

 

 その下の広大な領域に黒い糸のようなものを張り巡らせて、円錐形の切っ先を天に向けていたのだから……。

 

「悪の枢軸……これ程に邪悪な相手もいないだろう。他大陸の亜人とは違うのか?」

 

「あ―――」

 

 しかし、そのドローンの全ての映像が一斉に落ちる。

 

 ブラックアウトした映像はもう戻らなかった。

 

 何も受信出来ない。

 

「どうやら落とされたらしい。自動修復もされてない。これは……偵察機が幾ら必要になるか」

 

「あの塔を破壊にしに行くんですか? オレ達……」

 

 若い者が多い部隊に隊長格の男が首を横に振る。

 

「最終目標は特定の神の討伐だ。他の島にいる標的は二の次になる」

 

「それってあの蜘蛛、ですか?」

 

「エル大陸原産の知的水準の高い蟲型生命だ。此処に奴らがいても何らおかしくない。とにかく、周辺の観測を続けろ。相手を確定させたい。感覚は鋭敏にしておけ。どんな些細な情報でも見逃すな。あの映像に映し出された力は規格外だ……だが、新人類である我々を軽々と超えるものではない。必ず穴はある。まずは敵の偵察と分析が最優先だ!!」

 

「「はい!! 隊長」」

 

「ヾ(≧▽≦)ノ(はい。隊長という顔)」

 

 こうして彼らは互いに頷きながら、その一人何だか雰囲気の違う隊員が混じっている事にも気付かずに都市の要塞化を開始した。

 

 生憎と彼らは個々人が神に近い性質のせいか。

 

 色々と多種多様な種族であり、髪の色はカラフルだし、実力さえあれば問題ないと体形、身長、性差、様々なものが違っても気にしない極めて進歩的な側面があった。

 

 だから、髪の色が翡翠色だとか。

 

 スーツのデザインがちょっと普通とは違うとか。

 

 その程度の事は気にしたりしなかったのだ。

 

 きっと、実力のある若年層が若さから来るリビドーのままに改造スーツを着用している。

 

 くらいにしか思わなかった。

 

 ついでのように状況が悪かったのもあるだろう。

 

 とにかく最上位の戦闘能力を持つ人員を寄せ集め部隊は昨日まで見知らぬ他人という状況であり、戦隊に統合された後は知らない上司や上官、更に部下などがおり、それを一々確認する暇も無く彼らは物資と共に神々の急な要請で派遣されて来たのだ。

 

 大陸のあちこちから来る者達が顔を全員憶えているはずもなく。

 

 同じ能力さえ持っていれば、味方という大雑把な判別方法はまったく以て翡翠色の蜘蛛には有難いものであった。

 

念動(サイクス)

 

 彼ら新人類アークが用いる能力は脳に由来し、上位次元から一方的な物理干渉を行う神の力の一端である。

 

 それを用いた“サイキック・コマンド”と呼ばれる攻防一体の力場制御を常に身に纏っていれば、敵味方識別は可能。

 

 そして、生憎と取り込まれたばかりのまだレザリアに名前を貰っていない蜘蛛達から能力を借りた蜘蛛だけはこっそり潜入可能であった。

 

「お前、建築能力高いなぁ」

 

「(・ω・)ノ(勿論です。建築のプロもやってますからという顔)」

 

「はは、言葉は苦手か? ま、そういうのも大陸じゃ珍しくねぇが……次はそっちの壁をやってくれ。各大陸から色々来るらしいから、部屋も作らなきゃならん。手の器用なヤツがやってくれると助かる」

 

「(・ω・)ゞ(了解という顔)」

 

 こうして一匹の蜘蛛は部隊に馴染みながら、新人類を名乗る生物の最中で擬態に成功し、イソイソと情報を収集し始めたのだった。

 

 新人類を名乗る彼らアークの悪夢がまだまだ続く事になるとは……まだこの時、多くの者は予想だにしていなかったのである。

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