流刑貴族の追放記-極獄と呼ばれた果ての地にて-   作:Anacletus

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第86話「暮れなずむノクロシアⅤ」

 

 新人類アーク。

 

 その起源は数百年前に一人の大神が始めた平和な時代を築く為には最初から人間の宿痾……つまり、人々の業、感情と言い換える事も出来るだろうソレを理性的に制御出来る知性を創出しなければならない、という研究に帰結する。

 

 彼は神話の時代の終わり。

 

 神々の大戦が終了した後。

 

 どうしようもなく人間という種が不完全に過ぎると感じており、それ故に人類を最初からもう少しマシな種族としてデザインする事とした。

 

 それが新人類の始まりである。

 

 彼らは主に人間らしさという点ではまったく他の種族と変わらない。

 

 亜人は中身だけ見れば、人間に多少の毛色の違った特徴が付く程度だが、知性という点では左程変化していないし、新人類もそれは同様であった。

 

 しかし、彼らの中身に関して人間の負の側面。

 

 猜疑心や嫉妬心であるとか。

 

 憎悪や恐怖であるとか。

 

 そういった側面が感じ難いという特徴がある。

 

 人間社会が不幸な状況に陥るのは数の増加、文明の進展によって、ヒューマンエラー……人の感情や負の側面が増強されるせいだと考えた大神は社会制度を創出する知性そのものの質に手を加えた。

 

 そういう感情面を低減する事により、効率的で生産的で創造的な面を種族単位で伸ばせるのではないかと考えたのだ。

 

 結果として彼らには新たな時代が到来した。

 

 創生から数百年を経た今。

 

 惑星で最先端に近い技術を有し、神から与えられた恩寵である【念動(サイクス)】……嘗て神力と呼ばれていた力を用いて、魔力とは違った技術体系を発展させたのだ。

 

 そうして、彼らは惑星の外にまで飛び出した。

 

 その光景は正しく大陸の多くの同胞に寿がれ。

 

 拍手の内に世界の破滅から逃げる為の脱出船の建造という大事業が始まった。

 

 しかし、一夜にして世界はそんなに甘くない事を新人類アークは種族として初めて知る事となった。

 

 惑星を揺るがす巨大な閃光が天変地異を引き起こすのを観測し、今度は巨大な太陽が彼らの希望を完膚なきまでに打ち砕いたのだから。

 

 此処で盤面から脚抜けは許されぬとばかりに泥沼の運命へと彼らは引きずり込まれたのである。

 

 こうして神の指導の下。

 

 最後の聖戦へと赴く事となったのは必然だろう。

 

 彼らの希望を打ち砕いた太陽は島から発射された。

 

 その最後の聖戦の地において、今一度自分達の足跡を見つめ直そうと本作戦の意義を歴史講義付きでやるところは正しく彼ららしい準備と言えた。

 

「(・∀・)(ズチューとプラスチック製のカップからカフェオレを摂取しながら、アークの歴史を学ぶ顔)」

 

「このように外大陸は正しく我ら新人類とは違い。己の感情を制御出来ず。悪意や悪徳が蔓延り、文明の発展を遅延しているところが多々見受けられる」

 

 熱弁するのは教導隊の指揮官らしい。

 

 白い髪の40代の長髪のおっさんは正しく左程真面目に聞いていない兵士一同を前にして、自分が何かやたら面倒な大人扱いされているのを感じつつも声のトーンを変える事は無かった。

 

「良いか!! 先行偵察部隊には我が大陸最高の能力を持つ者達が多数含まれていた!! だが、それを少数であるとはいえ打ち破った可能性のある敵は我らに劣るものではない!!」

 

 男の言う事は一々尤もだ。

 

「故に如何なる油断もしてはならない!! 君達はまだ若い者もいるようだから、何処か遠足気分かもしれんが、これは戦争だ!! 平和な大陸には似付かわしくない蛮行の類だ!! だが、だからこそ、それに慣れていない我らは決して気を抜くべきではない!! でなければ、彼らと同じ末路を辿るだろう!!」

 

 その講義に拍手はまばらであった。

 

 何なら仕事のノルマがあるんだがという顔の者が半数。

 

 一応、軍には入っているが、連帯も何も彼ら新人類が戦争を経験したのは外大陸とのものくらいで内戦は一度も無く。

 

 実戦経験には乏しかった。

 

 緊張度が他の大陸とは明らかに違ったのだ。

 

 それでも神の力を用いた彼らはかなりの戦力であり、外大陸からの侵略者相手に負けた事は一度も無いし、気構えと練度もそこそこあるので事実上は世界最高の軍隊と言っても問題ない。

 

 だが、その戦い敗北するという事の意味を一度でも実感した事の無い軍隊が自分達と同等以上の力を持つ者との戦闘でどれだけ不利か。

 

 本質的に分かって無さそうな隊員達にしてみれば、怪物を駆逐して受肉神とやらを片付ければいいんだろという何処か呑気な空気が流れていた。

 

『でも、オレ達に魔力運用しかしてない蜘蛛達が対抗出来るもんかね?』

 

『分からないが、明らかに魔力運用に関してはあの蜘蛛達は油断ならないだろう』

 

『確か呪紋だったか? 普通の魔術や魔法って呼ばれてるヤツより効率的だって、ウチの解析班の連中が言ってたけど』

 

『だが、それを超えるのがアークだ。で、ある以上はあまり警戒し過ぎても身動きが取れなくなる』

 

『だな。さっさとあの害虫共を駆逐して帰ろうぜ?』

 

『ああ、そうだな……』

 

『(若い連中は合理性のせいで目が曇っているな。魔力運用だけの問題じゃない。あいつらは少なくとも高度な知性と相手を理解して解析する能力がある。こちらの対策をされた時、オレ達は戦えるのか?)』

 

 このどうしようもない実戦不足という事実を前にしてはさすがに多くの指揮官達が気を揉んでいたが、それを訓練や他大陸の実戦映像などを見せて学ばせている最中であり、時間は足りていない。

 

 本当なら完全にそんなのを終わらせた状態で島にやって来たかったと思う者が多数だが、状況はそんな段階には無く。

 

 アルマーニアの元首都を数日で要塞化し終えた彼らは遂に北部を席巻しつつある黒蜘蛛の巣の攻略に乗り出そうとしていた。

 

『これで4200機のドローンが破壊されました』

 

『追加は明日以降か。やはり、敵の攻撃手段の解析が終わらなければ危険だな』

 

『はい。ですが、相手がドローンを回収している様子も観測出来ておりません』

 

『行動の隠蔽に長けた種族……我らの索敵に掛からないとはやるな。あの蟲共』

 

 今までドローンを用いた偵察は行っていたが、全て何かの手法で撃墜。

 

 偵察小隊を出したが、相手側の姿が見えず。

 

 黒蜘蛛の巣に潜入しようとしたら、警報が鳴ったので直ちに撤退。

 

 どうにも敵の姿が見えない事に苛立ちを感じた彼らは相手の事を知るのが先決だとセオリー通りに複数の偵察隊を編成し、一斉に威力偵察を行おうと計画していた。

 

 その額面戦力は最精鋭で固めてあるのも無理からぬ話。

 

 相手は高度な知性を有する敵だ。

 

 一気呵成に攻められる程に甘くないと実感した指揮官達は参謀職の者達と共にまずは敵の主要な能力調査を主体としつつも、実際問題何処まで自分達が通用するのかを確認し、生きて戻らせるという無理難題に応えられる人選を行ったのである。

 

 戦闘をする者達を遥か後方の陣地周辺から超光学望遠レンズを搭載した観測機器+【念動】の合わせ技で地平の彼方を覗き見る事が彼らには可能であった。

 

「各偵察中隊は相手の拠点潜入及び調査。可能であれば、敵兵員との戦闘による情報収集に当たれ!! 無理をする必要は無い!! 最低限の情報を収集したら、不利と判断したなら直ちに撤退し、生きて戻れ」

 

 こんなお優しい言葉を掛けてくれる隊長がいて涙が出そうな中年と若者達である。

 

「(^ω^)/~~~(無駄な偵察に行ってら~~という顔)」

 

 こうして強行偵察隊を要塞化した庭園周辺に造営された野営地の建築物から他の隊員と共に送り出した一匹の翡翠色の蜘蛛は人間形態を取りつつ、アークの調査を進める。

 

 各大陸から戦力が送られてくるとの話であったが、現在は受け入れ用の建築物を造営するので手一杯であり、何とか外界から送られてくる支援物資を用いながら要塞化は進められていた。

 

 神が造りし庭は半透明の結界で守られていて、外界から遮断されている為、もしもの時の救護所と司令部を兼ね備えている。

 

 同時に退路としても機能しているらしく。

 

 転移は神々の力を用いて1日に3回が限度らしい。

 

 上官達はそこに詰めて指示出し、隊員達は現地で土木作業というのがここ数日の流れであった。

 

 だから、今更歴史講義とか意義を解かれたところで能力を使って数百人分の労働力を出力している隊員達は疲れた様子でまともに取り合わなかったのだ。

 

「まったく、お偉いさんは……せめて、そういうのは仕事の休憩が終わってからにして欲しいぜ」

 

 若年層もちらほら混じるアークの隊員達は根本的に能力水準で選出されている。

 

 殆ど軍事訓練は受けてはいるとはいえ、それでも素人同然の者が混じっていたので不満も多かった。

 

 しかし、能力の強さがそのまま戦闘力として使われるアークには文字通り最高戦力であり、ヘルメースが見ても、使徒の数十分の一程度の力を持つ者は割といた。

 

 相手を一方的に見えない攻撃でボコボコに出来る能力が【念動】だ。

 

 ある種、回避出来ない攻撃と絶対抜けない防御を併せ持つ彼らに普通の生物は勝てない。

 

 故の慢心ならば、それは当然のものだろう。

 

「~~~(・∀・)」

 

 今日の分のノルマを終えたヘルメースはアークの野営地を見て回る。

 

 休憩所やノルマを終えた兵達が兵器の整備をしていたり、物資補給に軍営の酒保に寄って、商店内部で買い物をしているのを興味深そうに見ているのだ。

 

「お? お前、また会ったな」

 

 気の良い無精ひげな隊長。

 

 ヒョロヒョロで貧弱そうに見える男にヨッと手を挙げて答えたヘルメースである。

 

「もう終わったのか? そりゃ、優秀だ。で? 酒保前で何してるんだ? 何か買わんのか? 此処をやってるのは海軍の人でな。魚が旨いぞ。ま、司令部横のせいで生ものは止めろとか言われてたが」

 

「(T_T)(今、持ち合わせが無くて、という顔)」

 

 アーク達は独自通貨を使って取引しており、勿論ヘルメースは持っていなかった。

 

「オイオイ。まさか、言われてたのに財布や通帳忘れてきたのか? 一応、現地で出撃の度に簡易に通貨を手帳形式でくれるとはいえなぁ。そりゃ辛いだろう。お、じゃあ、奢ってやる。この間は手伝ってくれて助かったからな」

 

「(/・ω・)/(貴方が神かという顔)」

 

 こうしてヘルメースは先程、講義参加の御駄賃的に渡されたカフェオレをまた頼んで、横の飲食ブースでその小隊長を横にズチューと啜り始める。

 

「ホントに遠くに来たんだなぁ。此処は空気が違う」

 

「(;´・ω・)(そうなん?という顔)」

 

「お前も気付かないか? この島の空気……何かが起こりそうな予感。オレらは神の力を継いでるからな。やっぱ、敏感なヤツは感じ取ってるよ。この場所は何か特別なんだと。本当に……戦争になるとは……」

 

「(´・ω・`)(軍に入ったのを後悔してるの?という顔)」

 

「……予感がするんだ。オレ達は恐ろしいものを見る。自分より遥かに怖ろしいものを……この目で見る事になるってな……」

 

 その怖ろしいモノの筆頭である七綱。

 

 セブンス・ヤーンと呼ばれ始めている天上蜘蛛の1人は敵の数と正体を並べてみたが、左程の感慨は湧かなかった。

 

「(・ω・)ノ(軍止めて家に帰ったらいいんじゃねという顔)」

 

「はは、そうもいかんだろうよ。能力順で来てるとはいえ、此処には若者も多い。おっさんにはおっさんの矜持があるのさ。お前だって、いつか歳食ったら分かる」

 

「(-ω-)/(生きて帰れるといいねという顔)」

 

「ああ、互いに生きて帰ろう。その時が来ないのを祈りながらな……」

 

 世間話をした後。

 

「(|ω|)/(ごちそうさまという顔)」

 

 その小隊長を見送ったヘルメースは人間にも色々あるんだなーという顔になったが、すぐにお仕事へと戻る。

 

 サイキック・コマンドとは今まで彼ら蜘蛛達が殺してきた神が自然に用いていた肉体制御用の能力の一部に過ぎない。

 

 名前が付いているだけで黒山羊の神とか、人馬の神モドキとかはそれを使っていたし、少年も蜘蛛達も相手の能力の性質は既に解析済みである。

 

 今までソレに対処する方法が特別な呪紋や呪具だけだったというだけで、現在ではそれに対抗可能な戦力が蜘蛛達にも生まれつつあり、急速な能力強化が終れば、新人類とやらにもまともな戦闘で対抗可能になる事は間違いない。

 

 故にヘルメースは彼らを常に観測する。

 

 受け身で情報を受け取り続ける。

 

 あらゆる情報を摂取しながら、脳裏で対抗呪紋を紡ぎ上げる為に……。

 

 死なない程度に絶望させておこうと“優しさ”を発揮したりもしながら。

 

 *

 

 恐怖!!

 

 大陸転覆を狙う蜘蛛!!?

 

 とか。

 

 恐怖!! 見知らぬ戦地で仲間に紛れている蜘蛛!!

 

 とか。

 

 三流ホラー映画染みたものが現実になっている頃。

 

 遠征隊第一部隊は外との時間差を気にする事もなく。

 

 エムルトの牽く馬車で格納庫の先から続く施設へと入っていた。

 

 軍事用の格納庫付近と言うだけあって、広く造られた構造は30m四方の立方体の部屋を幾つも並べたような代物であった。

 

 あちこちに存在する嘗ての旧き者達の名残は残留する物資として残っており、彼らを追い掛けながら資材を回収し、次々に施設を解析して制圧を続ける蜘蛛達にしてみても、かなり重要な場所である事が分かっていた。

 

「何か代わり映えしない部屋ばっかりだね。通路もまだ先に続いてるし」

 

「次の角を曲がった先の部屋で行き止まり」

 

 レザリアにそう告げた少年は御者台から今まで過ぎ去って来た通路横の部屋に置かれていた物資の情報から色々と推察を終えていた。

 

「やっぱり……此処は……」

 

「?」

 

 少年が僅かに何かを考え込むような様子になるを見て、レザリアが首を傾げる。

 

 角を曲がった突き当りの扉は大きく。

 

 馬車が余裕で入れる程に横幅も縦幅もあり、立派な鋼鉄製であった。

 

 その前には台座のようなものが置かれており、複数の見知らぬ文字列が書き込まれている。

 

 少年が下りて、それをなぞる。

 

「言語? いえ、これは……大陸や亜人の言語とも違う?」

 

 エムルトが傍までやって来て、繁々と見やり、首を傾げる。

 

「この世界に伝えられていない言語。旧き者達が使っていたヤツ。譜律の前身」

 

「譜律の?」

 

「恐らく、呪紋の基本的な構成や諸々の規則性はコレを元にして創られた」

 

「そうなのですか……物知りですね。読めるのですか?」

 

 少年が文字列を見て、瞳を閉じる。

 

「?」

 

 少年が扉を見上げた。

 

【我ら新たなる世界に至りし、始まりの者達の末なり】

 

 少年が声にて発する。

 

【この箴言に下る罪過を我ら過ちと認めず。我らが祝福は善悪に在らず。世に満ちる者達の礎と次なる時代が穏やかならんと願い遺す】

 

 しかし、誰もそれが何を言っているのか分からなかった。

 

【これを見い出せし者に告げる。文明の興亡、世の趨勢、全ては生命に課せられた試練に過ぎず。滅び逝くものに祝福を。生まれ来るものに祝福を】

 

 しかし、とても重要な事を喋っているのだとは分かったので何も言わずに終わるのが待たれる。

 

【永久の先に世を産みし方の願い語り継がれん事を……】

 

 そして、全てを読み終わった後。

 

 台座が砕けるようにして砂と化した。

 

 その内部から一本の銀製の鍵らしきものが現れる。

 

 だが、それを少年が取った時、少年が腰に複数本差していた剣の一つが光り出した。

 

「あ、何か使ってない剣が光ってるよ。アルティエ」

 

 レザリアが言っている傍から少年が剣を引き抜いて、銀の鍵を見やり、二つを重ねる。

 

 すると、小さな鍵は解けて鍵のような剣に吸い込まれるようにして消えていき。

 

 色合いが小さな鍵と同じものに少年の持つ鍵剣。

 

 【ハウエスの墓剣】が変化したと同時に剣身が消え去る。

 

「え? 剣が消えちゃった?」

 

「違う。剣が高次元領域に本体を置くようになった。これなら恐らく妖精剣と同じように高次元の領域を斬れる。真正神を殺せるようになった」

 

「そ、そうなんだ? それにしてもその剣……一度も使ってなかったけど、そんなにスゴイ剣なの?」

 

「ウェラクリアからの贈り物。恐らく、此処の事を知ってた」

 

「え?」

 

 レザリアが驚いた様子になる。

 

 少年が振り返って、少しだけ瞳を細め。

 

 自分の腕をその剣で切り落とした。

 

「な!?」

 

「ちょ!?」

 

「ぇえ!?」

 

 三人が驚く合間にも少年が切り落とした腕を不可糸で虚空に浮かべて。

 

 更にハウエスの墓剣を押し込むようにして同化させる。

 

 すると、剣身がいきなり現れて、血潮のようなものを零しながらガリガリと罅割れつつ、最後には腕の形を象るように剣身を形成し、柄から下が砂と化した。

 

「霊力掌握開始。【ハウエスの墓剣】を解体。譜律を再構成。スタッグ中の呪紋より竜属性呪紋12種を解体……譜律抽出。ナクアの書写本起動」

 

 少年が虚空に魔力で編まれたナクアの書の写本を開く。

 

「異種胚を形成……プラチナルと竜骨を挿入。白鱗を基礎として全遺伝形質を付与。ナーカル・ロジック、処理量を増加。改修開始……ソースコード構築完了。遺伝形質にモザイク化コードを付与。偽装拡張子不使用。全インポート用【真淵譜律(アビス・コード)】を開放……刻印!!」

 

 少年の前で腕の形となった剣身に内部で腕が溶けた後に残された骨が絡まりながら楔のように剣身で出来た形を象って半分融合していく。

 

 そして、手の甲の部分に一文字が浮かび上がって象形として固定化された。

 

 最後に手の形を象った手甲、腕甲のようになったソレが虚空で僅かに動いた後。

 

 カタンッと音を立てて少年の片手に持たれた。

 

「はい」

 

 少年がポイッとレザリアにソレを投げる。

 

「え、ちょ、ま!? おっとぉお!?」

 

 思わず落としそうになってレザリアが慌ててそれを胸で抱き留める。

 

「な、何するの!? アルティエ!? というか、腕!? 腕!?」

 

「30分で生えて来るから問題ない。霊薬はさっき使ったから、片腕でいい」

 

「どういう事なの!? 何で片腕を自分で落として、剣と一つにしちゃったの!?」

 

 思わずレザリアの後ろで女性陣がドン引きな様子でウンウン頷く。

 

「ウェラクリアの思惑が気に入らなかったから、こっちで全部作り直しておいた。レザリア用。竜とか神を殺せる拳。ガントレット」

 

「えぇぇ……そ、それ今造らなきゃダメなヤツ?」

 

「今じゃないとダメ。付ければ、外せなくなる。でも、普段は付けてる感覚も無いし、腕の一部になって消える。必要になれば、出て来る」

 

「そ、そういうのなんだ……」

 

「眷属にしか扱えないようにしておいた。それと使ってる間は魔力と体力と霊力とか諸々の消費と受けた傷の類はこっちで全部肩代わりする仕様」

 

「え、そ、それって眷属契約じゃダメなの?」

 

「眷属契約は神の力でやってた。でも、ソレはもうアルティエ・ソーシャの力だけでやってる。神が敵になっても安心」

 

「それって安心なんだ……」

 

 思わずレザリアが額に汗を浮かべた。

 

「安心……」

 

「アルティエがそう言うならそうなんだろうけど、いきなりは止めてね? さすがに驚いちゃったよ?」

 

「……問題ない」

 

「いや、問題しかないから!? ダメだからね!? 今度からちゃんと説明して!?」

 

「……はい(=_=)」

 

 正直、あまり教えたくない事が色々ある少年であるが頷いておいた。

 

「これをどうしてボクに?」

 

「必要だから」

 

「それは分かってるけど、此処から先ってそんなに危ないの?」

 

「危ないというか。死にかねない」

 

「そ、そうなんだ……」

 

 少年が強くなって帰って来てから、近頃そんな事は一言も聞いていなかったのでレザリアが怯む。

 

「能力はカルトレルムのものを導入した。相手の能力を対して相殺もしくは耐えられる仕様になる。同時に竜属性呪紋の大半は知ってれば、何でも使える」

 

「お、おぉ……」

 

「元々の剣の能力でその拳でどんな呪具でも触れれば破壊出来る。ついでにその能力も得られる。ただし、必要無い能力や得た能力そのものが有害かどうか判断して即座に必要無い能力は自動で棄てられる仕様にしておいた。使っても大丈夫か分からない場合も問題ない。危ない場合は警告が出る」

 

「何かそこまでしなきゃならないのが逆に怖いんだけど……」

 

「恐らく、神々の陰謀の一端がその剣だった。さっきの銀の鍵はこのノクロシアのマスターキー……何処の部屋にも入れる許可証みたいなヤツ。これで封鎖された区画にも入れる」

 

「自分で使わなくて良かったの?」

 

「近接戦闘と機動防御を担うレザリアが一番危ない。神との戦闘になれば、拳銃は力不足。大攻勢に対しての盾も今のところフィーゼが担ってくれて間に合ってる」

 

「これからは一緒に傍で戦ってもいいって事?」

 

「一歩後ろなら可。ガントレット自体が盾にもなるから安心。いつもの盾撃で大体の壁は粉砕可能」

 

「もぅ……そういうとこは過保護なんだから……」

 

 レザリアがちょっと膨れたが、少しだけ嬉しそうな表情になる。

 

 少年の少し後ろに付けというのはそれだけ認められたという事に他ならない。

 

「付けてみて」

 

「う、うん……」

 

 レザリアが利き手にソレを付けてからふと気付く。

 

「アルティエ。これって名前付ける?」

 

「好きに付けていい」

 

「あ、そうなんだ。じゃあ、【マハーカーラ】かな?」

 

「じゃ、それで」

 

 腕にその装甲が覆い被せられるようにして一つとなった時。

 

 接続された途端にレザリアの腕が少年の顔を殴ろうとして、少年に受け止められ、思わずレザリアが離れて腕を抑え込もうとし、もう自分の意志で動く様子にホッとした表情となる。

 

「い、今の何? 何で殴られそうになったの? アルティエ」

 

「ウェラクリアか。ハウエス辺りが恐らく滅茶苦茶予定を狂わされて、ブチ切れてる。たぶん……」

 

「え? 神様が怒ってる?」

 

「自分達の予定を狂わされる事が神は大体一番嫌い。でも、もうこっちに干渉出来る手札が無い。さっき、仕込まれてた大量の情報は破棄済み」

 

「う、うわぁ……何か喧嘩売ってない?」

 

「もうその腕に神の力は干渉出来ない。竜神の力は竜を破壊する。つまり、竜神そのものの力を使っていながら、竜神からの干渉も遮断する。神の力を得ているから、もう実質融合したレザリア自体に悪意や意図的な干渉で傷つけたり、脚を引っ張る事も出来ない」

 

「……何か滅茶苦茶喧嘩売ってる……」

 

 神様嫌いが近頃極まっている少年のする事にちょっと大丈夫という顔になるレザリアだったが、神を殺してもやる事はやるという少年の事を最も知っている手前、仕方ないかと頬を掻いて苦笑した。

 

「この島や歴史の大半の出来事は神が悪い。こっちは悪くない。証明完了」

 

 その言葉に後ろの少女達も少年の何ら恥じる事はありませんという表情に溜息一つ、苦笑を零して、仕方ないと肩を竦めた。

 

 今更、少年を止められるものは何もない。

 

 そして、神が攻めて来るなら、神を斃す。

 

 たった、それだけの事を決意していなくて、少年はこんな事しないのだ。

 

「じゃ、片腕が戻るまでまた休憩ね?」

 

「……このままでも……」

 

「だーめ。いい?」

 

 レザリアのジト目に仕方ないと少年が御者台に戻る。

 

「扉はレザリアが開けられる。少し休憩……それと扉の先にはたぶん神の類が大量に封印されてる。主神級はいないとしても、受肉神の劣化版みたいなのが一山幾らくらいの感じで……」

 

「え……」

 

「今の状態なら、全員で普通に狩れる。問題ない」

 

 少年がそう言うや否や御者台で瞳を閉じる。

 

 すると、ゆっくりと血も出ていない無い片腕の断面が少しずつ盛り上がり始めた。

 

 こうして、遠征隊第一部隊はまだまだ続きそうなノクロシアの踏破を継続しながら、神の陰謀とやらの一端を爆破したのだった。

 

 *

 

 少年達がノクロシアに潜って10日。

 

 ノクロシア内部と外部の時間差が実際存在しており、少年達が未だ1日も経過していないという状況にも関わらず。

 

 島では遂に状況が動き始めていた。

 

『(;一_一)(時計の時刻を修正しなきゃという顔)』

 

『(-ω-)(複数の時計を持ち歩くのが必須になるとは……という顔)』

 

『(・ω・)(実際、外大陸からの帰還組が持って帰った時計が複数無いと不便だよねという顔)』

 

 その最たる異常が各地域との連絡で明らかになったが、それは時間の流れる速さだ。

 

 時間経過が各地域で頻繁にズレている事が蜘蛛達や他の呪紋を用いて計測を行う術者達によって確認されたのである。

 

 主に一番ズレているのは中央に近い地域。

 

 ここだけで他の地域とのズレが1日から2日にもなった。

 

 更に北部では各地で時間のズレが観測されており、アルマーニアの元首都付近は平均で40日以上のズレが確認され、南東部の震える聖槍が神樹と化した地域はこれが100日以上と長く。

 

 更に現在教会と緋霊王が戦争中の東部グリモッドとバラジモールは300日近いズレが観測された。

 

 これは全て少年達がノクロシアに入って以降のものであり、各地域毎に更に2日以上のズレが蓄積しており、時間が変動しても太陽と月が来る回数が違うのはオカシイんじゃね?と首を傾げた蜘蛛達であったが、時空間の繋がりを無視して世界の状況が変動している事から、過去や未来に起こる事象がそのまま島内部で整合性を無理やり保って繋げられている事に気付き。

 

 事実上、島内部が時空間連続体の異常による大規模な災害に見舞われていると確信したのだった。

 

 以降、各黒蜘蛛の巣を連結して時間の観測を行う呪紋を糸内部に込めて奔らせた。

 

『(´・ω・`)(最終的に黒蜘蛛の巣のある各地域の誤差は1週間以内くらいかなという顔)』

 

『( ̄д ̄)(何か激戦になってそうな場所程に時差が大きいよなという顔)』

 

 時間差を確認して行動する事を余儀なくされた事で各黒蜘蛛の巣の生産調整は複雑を極める事となっており、頻繁に連絡を取り合う事を余儀なくされた。

 

 しかし、観測する事で黒蜘蛛の巣に関してはその周囲が時間変動を極端に修正出来る事実を発見したりもした。

 

 これは恐らく認識が関連していると見抜いた蜘蛛達は色々と実験し、時間変動の核心へと至っている。

 

 つまり、観測者によって島の時空間が干渉されている事を突き止めたのだ。

 

 これに蜘蛛達は初めて少年の記憶を頼りに神々に異変が起きていると推論し、行動を開始。

 

 現行、神が時間を繰り返させていた事は蜘蛛達には周知されている。

 

 となれば、時間を変動させる呪紋の効果もしくはそれを行使する神々に異常が出ているというのが一番の原因と考えるべきと結論。

 

 故に受肉神達の動向を彼らは注視しつつ、行動計画を分単位で緻密に糸を織って巣を造るが如く組み上げる事となったのも無理からぬ話だった。

 

『(´Д`)(納期やら各地域の物流維持の計算が時差込みで面倒過ぎるという顔)』

 

『(・∀・)(でも、やらないってのも出来ないしなーという顔)』

 

『(-_-)(ま、粛々とやりましょうかという計算出来る系蜘蛛の顔)』

 

 結果として、今の蜘蛛達は精密機器並みに時間に過敏となっており、常に糸を通して自分の体を揺らしながら計測に参加しており、一秒周期で時間のズレを観測しながら仕事に邁進し、何か常に踊っていると隣人たる亜人達に首を傾げられていた。

 

 そんな状況の中。

 

 猛烈な勢いで要塞化が進んでいるアルマーニアの元首都は【神庭(ニブルヘイム)】と名を改められ、アークは進軍可能かどうかを推察する材料を得る為に偵察部隊を本格派遣し始めていた。

 

 彼らもまた時間の変動を感知し、今後の予定を組み替える事を余儀なくされ、スケジュール管理で部隊の侵攻を早めざるを得なくなっていたのだ。

 

「こちら第三偵察小隊。黒の塔外壁に到達。このままビーコン消失地点への進入路探索に入る」

 

 数名の分隊員達が念動によって周囲を探索し、黒蜘蛛の巣の入り口を探していた。

 

 透明化しつつ、あらゆる物理量を遮断する彼らは正しく存在しない事になっているが、唯一高次元領域を通して情報を伝達する念動が動かす極僅かな波動だけが彼らの存在を示している。

 

「隊長。こちらに来て下さい。あちらの壁際に僅かな入り口らしきものがあります」

 

 隊員達は完全武装というよりは逃げる事を重視した軽装であった。

 

 1人の隊員が見つけた入り口は巨大な真菌の糸が張り巡らした傾斜している地面との境の一部には物資搬入用の入り口が開いている。

 

 現在、北部で造営されている黒蜘蛛の巣は内部の機能が殆ど無いスカスカな状態で整備が進められており、物資の充足には未だ及ばず。

 

 各区画の造営を行っている最中であり、ニアステラとフェクラールに来ている北部亜人達が安全に住めるようになった頃に開放される事が決まっており、今は巣の内部に1万人弱のペカトゥミア達があちこちで走り回っている。

 

 主に農業区画で爆華の増産体制を敷く以外は設備建造にマンパワーが割かれた影響で蜘蛛達は建築業の合間に娯楽商品の類で遊んだり、仲間内で軍事訓練したりと他の黒蜘蛛の巣よりは質素な生活を送っていた。

 

「た、隊長……こ、此処は恐らく奴らの巣です!!?」

 

「そ、そんな事は見れば分かる。こいつら……こんな塔を建てる技術と知識があるのか。外から見たら、古代遺跡か何かと思ったが、内部は……黒い糸と骨?」

 

 敢えて仕事ぶりを見せず。

 

 遊んでいる様子をわざと前面に押し立ててアピールする蜘蛛達は完全に油断しまくりの人程もある巨大蜘蛛にしか見えない。

 

「(^_^)/■(カードは強いんです。元ギャンブラーですからという顔)」

 

「(*´・ω・。)σ■(……何で役が毎回強いのに勝てないんだろという顔)」

 

「( ̄д ̄)■(……それはヤツがカード・トリックに詳しい元イカサマ・ギャンブラーだからさという顔)」

 

「(/・ω・)/■(これで勝負だーという顔)」

 

「「「(´Д`)(蜘蛛共がカ、カードしてるという顔になるアーク偵察隊一同の顔)」」」

 

 こうして彼らは蜘蛛達が複眼の一部に妖精瞳を発現させながら、自分達を逐一見ている事にも気付かず。

 

 スポーツ染みて玉遊びしてたり、爆華の希釈液が入ったジョッキ片手に談笑してたり、何か蜘蛛の癖にやたら表情豊かな彼らが呑気に遊んでいる様子を記録し、入った地区以外にも行こうとしたが、すぐにその場所に続く通路が糸で封鎖されているのを見て、これは通れないかと思案し、ちょっと糸に触れて―――。

 

 途端に黒蜘蛛の巣に警報音が鳴り響いて、内部が赤く点滅した瞬間に慌てて逃げ出した。

 

 彼らはそれなりに強いわけだが、だからと言って万単位の蜘蛛を相手に出来たりはしないのだ。

 

 スタコラサッサと消えていく偵察小隊に対し「侵入者は何処だー(/・ω・)/」と大根役者も裸足で逃げ出す大根ぶりで慌てて確認するフリを始めた蜘蛛達である。

 

 こうして、複数の黒蜘蛛の巣に潜入したアーク達が見たのは封鎖された一区画内で遊ぶ蜘蛛の映像だけであった。

 

 勿論、各区画を真菌で隔てていたので全体像は把握出来ない。

 

 ついでに蜘蛛達の呑気な様子はしっかりと映像で記録された為、戻って来た小隊は良くやったと言われつつ、その情報を参考に黒蜘蛛の巣の攻略作戦が立てられた。

 

『敵主力の蜘蛛との正面戦闘は愚策ですが、少人数での打ち合いならば恐らく負けません。まずは拠点への奇襲で敵を攪乱し、突入制圧する事が必要でしょう』

 

『敵の野戦軍の展開を許さず。拠点防衛に回らせれば、相手の身動きも封殺出来るはずです。相手は蜘蛛……恐らく巣であるあの黒い塔に固執するのではと解析班は考えております』

 

『事実、あの塔の外に殆ど蜘蛛達の姿が見えません。正しく彼らにとってアレは家のようなものとなれば、防衛の為に戦力を集中させるはず』

 

『こうなれば、狭い屋内での戦闘だけで我々は広域展開せずに戦力を必要な分だけ集中させられる』

 

『良いかと思われます。敵の全体規模はかなりのものでしょうが、基本的には援軍到来までに迅速な制圧と防衛体制を取れれば、肉薄してくる蜘蛛だろうと念動と数を背景に対処は可能でしょう』

 

『ゴーレムも次々に届いております。他大陸からの者は殆どまだおりませんが、後続部隊も例の映像から対蜘蛛戦闘シミュレーションを終えており、最低限以上はやれるかと』

 

『よろしい。戦隊長の名の元、本作戦を許可する。作戦名はネスト・ブレイクだ』

 

『了解です!! 戦隊長殿!! 准将閣下殿』

 

 彼らにしてみれば、北部中にあるソレを足掛かりにして神々から予め示されていた島の中央部に向かうというのは確定事項。

 

 遂にアークの後続部隊と機材が届き始めたのも相まって俄かにニブルヘイムは活気付き始めていた。

 

 各大陸の神々の神殿から送られてきた精鋭と共に初手の大規模侵攻は開始されたのだった。

 

 無論、蜘蛛達が大根役者している横では区画で様々な対処策とあらゆる罠が満載にされて、超消耗を強いる要塞化された黒蜘蛛の巣は殆ど悪夢のワンダーランド。

 

 アーク達を囲い込む檻として偽装も完璧に施され、完成しつつあった。

 

『(^_^.)(偽装、偽装、偽装が大事~という顔)』

 

『(´-ω-`)(竜骨塊の偽装と上層部に偽の制御方式置いておかなきゃという顔)』

 

『( ̄ー ̄)(真菌の下位互換版を作成して、本物の方は地下溜まりに格納という顔)』

 

『(;´・ω・)(相手に解析されたら面倒だからね。不便になるけど仕方ないねという顔)』

 

 それもそうだろう。

 

 何せ彼らはもう【念動】を獲得しており、それを用いた相手を倒したり、捕獲する罠を大量に実験、研究開発した後だったのだから。

 

 それを可能にする翡翠色の蜘蛛。

 

 ヘルメースは毎日のようにアーク達の内情を探りながら、その能力の解明の為に彼らへと情報を送ってきており、遺伝子の大半も落ちている髪の毛から採取済み。

 

 アーク用の病原菌だの、アーク用の簡易罠だの、アーク用の檻だの、お客様をご招待する準備はほぼ万全であり、蜘蛛達は必要な区画整備以外はそれだけを只管に昼夜なく用意していた。

 

「これより黒の塔攻略戦に移る!! 本作戦は最も近い蜘蛛達の巣喰う塔を攻略し、今後到着する本隊の活動を容易にすると共に拠点の解析で蜘蛛達の技術や知識を学び。今後の駆除に役立てる為のものである!!」

 

 野外で大量のアーク製のゴーレムが並んでいた。

 

 多くは蒼いカラーリングで他の大陸よりも小型の3m程であるが、パーツ単位でヤケにコンパクトに纏まっており、その大半が操る機械人形というよりはパワードスーツのような着る機械と見える。

 

 彼らアークそのものが動力源であり、攻撃方法であり、センサーである為、その能力を最大限に増幅し、尚且つ連続した高度な敵の攻撃を受ける前提の装甲が肥大化したものが彼らのゴーレムであった。

 

 故に在る種の機材として見れば、他大陸のゴーレムとは違って、生身の部分を強化する使い勝手の良い道具感が強く。

 

 資材的な面で言えば、他大陸のゴーレムと比べてもかなり生産性が高い。

 

 毎日1000機単位で送られてくるゴーレムは現在、送られて来た後続達が部隊単位で分かれて運用しながら、各地に着々と制圧領域を押し広げるのに一役買っており、広大な北西部にはゴーレムの部隊が大量に押し寄せ始めていた。

 

 それは黒蜘蛛の巣を遠巻きにする形で陣地を拡大しており、事実上北部の亜人国家の領土の大半は黒蜘蛛の巣が壁として機能している状況。

 

 いつ侵攻が開始されてもおかしくない。

 

「連中は夜行性である事が確認されており、昼間は呑気に遊んでいるようだ。奴らの活動が鈍い昼に全面的な奇襲を賭け、塔を制圧する!! ゴーレム隊は外壁の破壊と共に内部での制圧任務に同行せよ!! 航空隊は敵の対空防御能力が未知数である為、低空からの侵入で最初期の戦力投下及び転移装置の設置までの護衛とする!!」

 

 現在も増え続けるアーク製ゴーレムは現時点で3万機を超えていた。

 

 到着した受け入れ可能な後続が更に5万弱。

 

 数千機単位の部隊に分かれた彼らは全面攻勢に出る為、全体指揮を行う参謀本部をニブルヘイムに置いて、次々に出撃。

 

 津波となって朝の9時頃には押し寄せ始めた。

 

 最初期の外壁を破壊する為の低空からの誘導弾による飽和攻撃で塔正面の真菌層を破壊し、突入する部隊を支援。

 

 スムーズにゴーレム部隊が突入。

 

 歩兵が次々にゴーレムと共に連携して、区画を制圧。

 

 更に施設中枢であろう塔の内部にある中央の白い竜骨製の構造物へと入場。

 

 爆破による外壁破壊で突入した兵達は塔を遂に最上階まで制圧し、その中枢と思われる塔の制御を行うらしき宝玉を奪取。

 

『こちら第132中隊。我敵を見ず。繰り返す。我敵を見ず』

 

『こちら第221中隊。こっちも一匹も見当たらねぇ』

 

『一体どうなってやがんだ? ここはあの蜘蛛の巣なんだろ?』

 

『敵兵が潜伏している可能性もある。各中隊は油断せず制圧を続行せよ!!』

 

 しかし、蜘蛛達の姿は無く。

 

 逃げ遅れた蜘蛛達を目撃し、攻撃をした部隊もいたが、一匹も駆逐出来ずに逃げられたという報告が入って来るに至り、アーク軍は正しく大勝利大勝利とホクホク顔であった。

 

「あの蜘蛛達の背中見ましたか!? カサカサとゴキブリみたいに逃げやがって!! 逃げ足だけは速いのはやっぱ蟲だからですかね!? はは」

 

「本当に拍子抜けだぜ!!? もっと、歯ごたえがある連中かと思っていたが、所詮は蟲か。高度な知能はあっても、勝てない戦いに勇気の欠片も無いと見える」

 

「祝杯だ!! 生憎と缶詰しかないがな!! ははは」

 

 笑顔で初戦勝利に沸くアーク軍の将兵達は黒蜘蛛の巣を4つも奪う事に成功した後、進軍を一時停止。

 

 最初期の敵拠点襲撃と確保を終わらせて、互いを労いながら、若い者達程に浮かれた様子で乾杯までしていた。

 

 勿論、それに水を差すような参謀職や士官達では無かったが、末端以外の殆どの指揮官達はあまりにも呆気ない相手の逃亡で疑念に囚われ、全体会議で不信感を剥き出しにして、塔に何か細工がされていないか。

 

 それと共に建材や塔の構造などの情報を解析した結果を議論していた。

 

 運び込んだゴーレムと大量に積み上げた物資の木箱で突入した場所が陣地化された後、その夜は逆襲があるかと警戒していたアーク軍であったが、それも無く。

 

 翌日には更に奥の黒蜘蛛の巣を掌握する為に出撃。

 

 蜘蛛達は次々に逃げながら黒蜘蛛の巣を放棄し、たった三日で15以上の塔が後続部隊の制圧も相まって確保が完了。

 

『我らぁ、無敵のアーク軍~♪』

 

『逃げ隠れしない勇士達~♪』

 

『世界の平和は任せとーけ~♪』

 

『おお!! 勇士達!!』

 

『永久の剣は我ら~な~り~♪』

 

 本当に拍子抜けする程、簡単に黒蜘蛛の巣を奪取出来たアーク軍は連戦連勝。

 

 いや、逃げ出す蜘蛛に追い打ちを掛けながらも一匹も駆逐出来ていないという状況を歯がゆく思いながらも明日こそは駆逐してやると息巻いて増長する者達が多数派となっていった。

 

 最初こそ黒蜘蛛の巣を警戒していた兵達であったが、未知の菌類とやたら硬い骨で出来た有機的な塔の構造には驚いていたものの、それでも単なる黴と骨の集合体だと分かれば、やはり蟲は蟲らしいと馬鹿にし始める始末。

 

『所詮は蜘蛛か。我らアークの敵では無かったようだな』

 

『無様に逃げ出す連中を背中から撃つのは気が引けるよ。はは』

 

『オイ。あんまり浮かれてるなよ? 士官殿達に聞こえたら、便所掃除だぜ?』

 

『帰ったら、オレ結婚すんだよ。此処で男を上げてぇんだ。ちょっとくらいは立ち向かう蜘蛛とかいないもんかねぇ』

 

 蜘蛛達を完全に舐め切ったアーク軍はこうして30もの黒蜘蛛の巣を制圧する頃にはもう楽勝ムードが漂っており、後続部隊も続々と到着している関係で英雄として大陸に帰還する際には武勇伝がちょっと少ないのが残念だな、なんてジョークを言えるくらいに弛んでいた。

 

 まぁ、1週間程の出来事である。

 

 彼らがその後に来る蜘蛛達の逆襲が如何なるものであるのか。

 

 それを知る時、嘗ての自分達の油断を呪うかもしれないが、生憎とその頃には彼らという存在は消えている事は確実。

 

 後続の部隊が次々に押し寄せて来る事も相まって、危機が自分達を取り囲んでいる、なんて発想は軍全体で薄れていたのだった。

 

「……マズイな。これは空城の計、か? だが、何だ? 何をしている? 蜘蛛達は逃げているだけだ。だが、逃げているだけ……完全に制圧した塔の解析も進んでいる。これ程に緻密な有機構造物を組み上げる蜘蛛共が……巣を明け渡す? 何を企んでいるのだ……」

 

 こうして、蜘蛛達の間で“接待戦争”なんて揶揄されていた戦わない戦争は所詮蜘蛛は蜘蛛というアークの増長を招き、重要な事を見逃させていた。

 

 それが全て蜘蛛達の策略であると知る者は蜘蛛達くらいだろう。

 

 ただ、ヤルハ戦隊長。

 

 最初に北部の地を踏んだ最高指揮官の男だけが、この不気味な異常を本当の意味で危惧し、少数の精鋭部隊だけには常に完全防備であらゆる攻撃を防げるよう念動を常に全開の防御を敷かせていた。

 

 そして、10日目の夜。

 

―――彼らアークの見ていた世界は反転する。

 

 深夜2時。

 

 カッと僅か0.003秒間だけ、10日間で制圧された黒蜘蛛の巣の内部と周囲に光が輝いた。

 

 ソレは彼らの念動を透過するものだが、人を傷付けるようなものでは無かった。

 

 ただ、瞼すら透過する強烈な光だった事は間違いない。

 

 瞼を閉じていても眼球に届く光。

 

 そして、その数瞬後、制圧中だった凡そ12万9000人の将兵の内、12万8978人が儚い人生を終えて新たな生命を得た。

 

 生憎とゴーレムを用いて歩哨に立っていた者も例外ではない。

 

 映像処理機能を透過する事は蜘蛛達が例の呪紋【アークの悪夢】を他の電子機器で試した時から、実際可能だと判断されていた。

 

「何があった!?」

 

 跳び起きたヤルハ戦隊長が瞬時に装具付きのコートを羽織り、周囲の最精鋭達が固めた野戦テント外に出る。

 

「あ……ぁあ……ぁあぁぁ……」

 

 ガタガタと震え始めた兵士達は20代から50代と幅広い年齢層の男女が20名。

 

 しかし、それも分かろうというものだろう。

 

 彼らが常に感じている念動による周辺探索。

 

 その力は情報の取得にこそ真骨頂がある。

 

 あらゆる機器を通さずに情報を取得可能な者達は高度な連携と情報伝達の迅速さで戦場でならば一騎当千の兵よりも練度の高い最強の軍隊だろう。

 

 だからこそ、彼らは最も分かってしまうのだ。

 

 兵士達は知ってしまうのだ。

 

 死を。

 

 仲間達の異変を。

 

 その怖ろしき最期の断末魔を。

 

 知ってしまったのだ。

 

 そして、彼らは北西部全域で起った発光現象によって、ニブルヘイムの中枢である庭園内部に陣取っていた者達以外の知り合いという知り合い。

 

 友人、知人、娘、息子、伴侶、恋人、恩師、部下……全て消えた事を悟った。

 

 だが、悟ったからと言って何が出来るだろうか?

 

 彼らが感じたのは産声を上げる生命の叫び。

 

 キシャーキシャーキシャーキシャーキシャーキシャーキシャーキシャーキシャーキシャーキシャーキシャーキシャーキシャーキシャーキシャーキシャーキシャーキシャーキシャーキシャーキシャーキシャーキシャーキシャーキシャーキシャーキシャーキシャーキシャーキ―――。

 

「あぁああああああああああああああああああああああああ!!!?」

 

 気が狂う程の情報の濁流。

 

 人間ならぬ念動を用いた産声の連鎖。

 

 闇夜に赤光を帯びる複眼が空に瞬く星の如く黒蜘蛛の巣の全天を覆い尽くし、明るく照らし出された陣地の内外で滑る血の色にも似て、残された者達を見やる。

 

「そう、か……奴らは逃げていたのではない。我らを引き込んで、誘き寄せていたのか。此処は巣の一角でしかなかった……と」

 

 ヤルハ戦隊長と呼ばれた男はそれでも最後の抵抗の為に、精神崩壊して泣き出している部下達を護るようにして赤光を零す元仲間達に剣を向けた。

 

 今時、剣など何の役にも立たないと言われつつも、近接専用の装備は部下達にも持たせていた彼は真っ当な武人と言える。

 

 そして、念動による眠っている時は全ての情報を絶って、外部からの影響を完全遮断するという方式を取っていた唯一のアークでもあった。

 

「(◎_◎;)(良い指揮官だという顔)」

 

 戦隊長の頭部に狙撃用の対物ライフルの銃口が向けられる。

 

 蜘蛛脚が瞬時に引き金を引いた。

 

 彼はまだ名前も無きアークの変質した種族。

 

 念動を用いる蜘蛛の一匹。

 

 そして、標的の元副官で仕事を終えた帰り道に誕生した個体であった。

 

 ターンと軽い発砲音が響いた後。

 

 カランと薬莢が一発落ちた。

 

 念動は念動で中和出来る。

 

 神の力は神の力で相殺可能だ。

 

『ヤルハ戦隊長ぉおおおおおおおおおお!!!?』

 

『うわあああああああああああああああああああ!!!?』

 

 倒れ伏した最後まで兵を護ろうとした初老の男は頭部を失い。

 

 ガクガクと震えて何も出来なくなった鼻水と涙に塗れた精鋭達の前でサクッとやってきた一匹の蜘蛛の脚にある抗魔特剣【蜘蛛脚】を刺されて、内部から普通のアーク変異体とも違う体を晒して起き上がる。

 

 それは7m近くまで膨れ上がり、真なる絶望を遺されたアーク精鋭達に教える。

 

 蒼い甲殻は何処か活動時のオネイロスに似ていたが違う。

 

 宝石というよりは宝珠のような鏤められた無数の宝玉が一つの何かを模しているような、そんな姿は悍ましくも美しい。

 

 念動の純粋な波動は蒼を基調としているが、軍全体で見れば、その色彩はそれよりも幾分か変質している。

 

 念動の色合いが蒼に近ければ近い程に純粋な念動の能力者であり、逆に遠ざかれば、多種多様な個人的念動による技能が強いとされる。

 

 得意分野が違う以上に能力の得意分野のパラメータが違うというのが彼らの常識。

 

 だからこそ、蒼き巨大蜘蛛は何処か神々しくすらあった。

 

 それは最も純粋に神に近しい何かだからだ。

 

 それが周囲の精兵達を見やる。

 

 その時だった。

 

「ま、待ってくれ!!?」

 

 その20名の兵士達を再び守ろうとする背中があった。

 

「降伏!! 降伏する!!」

 

 それはヘルメースに対してカフェオレを奢っていた隊長級の男だった。

 

「君達が我らを超える事は分かった!! だが、もう彼らは戦えない!! 散々、馬鹿にしてきた我らの言葉を何処かで聞いていたのだとしても、どうかまずは彼らの処遇に付いて、話し合いの場を設けては貰えないだろうか!!」

 

 その男の背中に僅かだけ顔を上げた兵達が目が零れ落ちてしまいそうな程に見開いたのも無理はない。

 

 男の体からは血が滴っていた。

 

 もう血は止まっていたが、それでもあちこちには切り傷が付いており、蜘蛛達に襲われた事は間違いなかったからだ。

 

 ヤルハ戦隊長と嘗て呼ばれていた蜘蛛がギョルンと瞳を男に向ける。

 

 その宝玉のような複眼には無数に男の顔が浮かび上がる。

 

「私の名はケイオズ!! ケイオズ・ナラト!! アーク大陸軍第三歩兵師団第三大隊所属第三中隊の中隊長だ!!」

 

 何処か疲れた中年を思わせる少し白髪の混じった茶褐色の髪の男。

 

 額に汗を描きながら、必死に兵の命の嘆願をしているのはどう考えても下っ端の中間管理職に過ぎない平凡というよりは少し重宝する程度の人材。

 

 だが、その必死の叫びを蜘蛛達はジッと聞いていた。

 

「今は機甲中隊を指揮下に置いている!! いや、置いていた!! 君達も我らの技術や技能を解析するのに生きた人物が必要なはずだ!!」

 

 蒼い宝玉の蜘蛛はゆっくりと頭を下げて、男の目の前に顔を持ってくる。

 

 一瞬で食い殺される位置。

 

 しかし、聞く姿勢になったのに僅か安堵した管理職の男は汗も拭わずに自分達の有用性をアピールする。

 

「もしも、君達に捕虜という概念が理解出来るのならば、あの映像に在ったように一般人には手を出さないという理性が存在するのなら、まずは殺さず、蜘蛛にしないままに交渉をお願いしたい!!」

 

 男の言葉は黒蜘蛛の巣に響く。

 

 それと同時に今まで暗かった巣がゆっくりと明かりを帯びていく。

 

 地下から沸き上がった本来の真菌が今まで株分けしていたソレを飲み込んで真なる姿を取り戻し、夜より暗き漆黒と竜骨の輝きに夜照らす不夜城の如き明かりを内部に降り注がせた。

 

「ッ―――」

 

 その最中でケイオズと名乗った男と精神崩壊した精兵達は見てしまう。

 

 白き巨大な蜘蛛。

 

 馬のような蜘蛛。

 

 半透明な蜘蛛。

 

 神の気配をさせた蜘蛛。

 

 巨大な鋼のような蜘蛛。

 

 様々な蜘蛛達が塔の傍に糸でぶら下がって、彼らを見ていた。

 

 その彼らが糸にぶら下がったまま。

 

 カーテンレールで移動する布地の如く左右に分かれて道を作る。

 

 その中央塔から一人の翡翠色の少年が普通に歩いて来て、ケイオズに「(・ω・)ノヨッ」と片手を上げた。

 

「そう、か。お前が……いや、貴方が彼らの棟梁か。仕事が出来るわけだ」

 

「(>_<)まぁ~ね~」

 

「ッ、喋れるのか……」

 

「(-ω-)/こーふくするー?」

 

「ああ、命と心を取らないと約束してくれるならば、我々の知識と技能に付いて教えよう」

 

「(・∀・)じゃーはい」

 

 ヘルメースが指を弾くと次々に21本の剣がジャラジャラガランと地面へ無造作に落ちて来る。

 

「個人で転移を自在に……」

 

「(・ω・)ふくじゅーのじゅもんのけん。こころはかわらない。からだをおさなくしてさからえなくする」

 

「服従……まぁ、当然、か。我らアークの念動は思考で行うもの。武器は我ら自身となれば、縛りは精神にするしかないものな。分かった。どう使えばいい?」

 

「((・∀・)てにぶすー」

 

「……分かった。ただし、私にやらせてくれるか?」

 

 ヘルメースが頷く。

 

「………済まない。本当に済まない。だが、ヤルハ戦隊長もきっと許して下さる。生きる事は決して悪ではない。悪では……無い……」

 

 こうして未だ涙も乾かぬ者達が蜘蛛達によって連れて来られ。

 

 震えるケイオズに手の甲へ剣を突き刺され、次々に繭の状態へと変化していく。

 

 最後に自分だけが残ったケイオズが自分を刺そうとするのをヘルメースが止める。

 

「な、何?」

 

「……(゜∀゜)そのすがたでおしごとあるよー」

 

「仕事。仲間を売れという事だろうか?」

 

 しかし、ヘルメースは首を横に振る。

 

「(´・ω・`)はい。これ」

 

 ヘルメースが次に彼へ渡したのは数枚の書類だった。

 

「見ても?」

 

 コクリと頷いた相手を横に彼がジリジリと自分の精神が焼け付いていくのを感じながら、その書類に目を通していく。

 

「―――コレは……コレはッ……」

 

 カタカタとケイオズの肩が震え始める。

 

「( 一一)あのおにわとまらない。だから、あーくがくるのもとまらない」

 

「だから、か。私に……」

 

 ヘルメースが頷く。

 

「(・ω・)けいおずがあーくをとめる」

 

「ソレが我々を生かす代償か……」

 

 ウンウンとヘルメースが頷く。

 

「……蜘蛛にしないでくれと言ったのは私だ。だが、これは……」

 

「(T_T)/ころさなくていい。でも、ちちのじゃまは……ゆるさない」

 

 初めて、ヘルメースが人化を解いた。

 

 蜘蛛へと瞬時に代わって見せた相手があの映像の主だと気付いて、ケイオズは自分が何と交渉しようとしていたのか。

 

 それをようやく理解したのだった。

 

「ふ、ふふ、私は……私は……」

 

 男は自分がグニャリと存在毎歪んだような眩暈に襲われた。

 

 その時、コツコツと再び歩いて来る足音に男が顔を上げる。

 

「テメェがヘルメースの言ってたヤツか」

 

「君。いや、貴方は?」

 

「ニアステラ遠征隊第一部隊副隊長ガシン・タラテント。単なる後進大陸の見世物小屋で殴り合いしてた若造だ」

 

「(/・ω・)/がしーん」

 

 ヘルメースが腕の多い青年の背後に昇って頭をペチペチする。

 

 その姿は背後の腕が三本に軽装の竜骨と鋼の鎧に遠征用の装束を着込んだ外套姿だった。

 

 やたら、蜘蛛には好かれるのがガシンという男だ。

 

 人化したルーエルにもこうしてベタベタされるのが常だったりする。

 

「お前、本当にこういうの上手いのな。つーか、またレザリアが居ない間に新しい同類増えたな」

 

「(≧▽≦)くもですからー」

 

「まぁ、いい。オレはお前らの監督役ってだけだからな。つーか、アイツがいない間にまたお客さんか。時間差っつってもあんまり空けられるとマズイな」

 

 ガシンの尋常ならざる霊力は高次元からの干渉を得意とするアークにも理解出来る。

 

 そう、強者としての気配はもしかしたら、ヘルメースよりも分かり易いかもしれなかった。

 

「……何か、私に?」

 

「ああ、アンタに渡されたソレはオレらの隊長が外大陸からの大規模介入があった場合に用意していた幾つかの計画の一つだ。アンタはその実行役に選ばれた。アンタ、家族や恋人は?」

 

「あ、ああ、独身だが……」

 

「じゃあ、決まりだな。生憎とオレ達には余裕が無ぇ」

 

「余裕が無い?」

 

「オレ達にとってはお前らは正しく邪魔者なんだよ。今、この島には色々な勢力がいやがる。それを全て叩き返すなり、殲滅するなりしてる最中にお前らが介入してきたわけだ。途中で横やりなんぞ入れられてみろ。問題しかねぇ」

 

「……だから、私にコレをやれと?」

 

「ああ、そうだ。命の代価は安くねぇ。心まで失いたくねぇのなら、ソレ一択だ。これでも開示してない計画にはもっと悪辣なヤツが山程ある」

 

「山程……」

 

「例えば、今のをお前のいた大陸で大陸規模で発動させたら、どうなると思う?」

 

「ッ―――」

 

「その用意はある。だが、そうしない。何故か分かるか? おっさん」

 

「何故だ?」

 

「コイツがアンタに借りがあるからだそうだ」

 

「か、借り?」

 

 ヘルメースの頭を背後の幾つかの手がポンポン叩いた。

 

 それにちょっと嬉しそうなヘルメースが左右に揺れる。

 

「こいつらにとってはその程度の事なんだよ。だが、その程度がアンタの種族の運命を変えた。だから、アンタは何も感謝しなくていい。だが、ここから先はアンタの働き無しに事態へ干渉する方法は無い。分かるよな?」

 

「……アークに寛大な処置を、そう言うのか?」

 

「ああ、そうだ。初手で使えば、殆どの相手に効果があると確認出来た。ソレを大陸規模でやらない理由は本来無い。無いんだが、コイツはアンタが気に入ったそうだ。だから、本来ならすぐやるべきところをやらない」

 

「………不合理、だな」

 

「ああ、そうだろうな。アンタらの装いや色々な情報を見せて貰ったが、文明の発展してる大陸ってのはホントに力があるんだろう。だが、だからって何でも許されるわけじゃねぇ」

 

「……そう、だな。我らは奢っていたのだろうな……」

 

「偶にはこんな躓きもある。それがアンタらの種族が滅ぶ程のものだとしても、オレ達からしてみれば、よくある事くらいにしか思えねぇ。オレらの大陸はそれなりに地獄だからな」

 

 ガシンが冷たくも熱くもない瞳をケイオズに向ける。

 

「その書類がオレ達がアンタに与えられる最大の敬意だ。もし出来ないのなら、さっき言った方法でアンタの大陸を止めなきゃならねぇ。そうなれば、蜘蛛になった連中も死ぬし、お前の大陸の大半の生き残りも死ぬだろう」

 

「―――分かった。そちらを押し留められる事実を作ればいいわけだな?」

 

「そうだ。ヘルメース。お前はあっちの大陸行って来い。此処はしばらくオレとこの新しいヤツで受け持っておく」

 

 彼が横にいたヤルハ戦隊長の変異体の脚を叩く。

 

「(*_ _)(初めましてと頭を下げる顔)」

 

「今度、名前を付けてくれるヤツが戻って来たら、その時に名前貰え。それまでは生前の名前でいいか。ヤルハ、だったか?」

 

「(=_=)(コクリと頷く顔)」

 

「おっさん。今、此処にいる遠征隊として命令を下すぜ? ケイオズ・ナラト。アンタが自分の大陸の未来を護りたいと願うなら、オレ達に付け。無論、アンタが翻意しないようアンタの頭には仕掛けをさせて貰うがな」

 

 ガシンの手がケイオズの頭を掴んで数秒後。

 

 すぐに離す。

 

「何を、した?」

 

「アンタがオレ達の事を誰かにどんな理由であれ話そうとしたり、情報を伝達しようと考えた時点でヘルメースに伝わるよう頭の中にオレらの技術で警報が鳴るようにしといた」

 

「つまり、思考した時点で……」

 

「そうだ。アンタの大陸は蜘蛛だらけになる。勿論、度合いにも拠るが、試すなよ?」

 

「……分かった。心得よう」

 

 ケイオズが頷いた。

 

 すると、彼らが話している間にも20名の繭が罅割れ始めた。

 

「お前ら!! ちゃんと、服着せてから、ニアステラに運べ。あっちに連絡はもうしてるな? 受け入れ先の情報をちゃんと確認しておけよ!!」

 

 周囲の宝石蜘蛛達が「(^o^)/(はーいという顔)」で片脚を上げた。

 

「か、彼らは一体どうなったんだ!?」

 

「すぐ分かる」

 

 ガシンが言ってる傍から繭が割れると幼女が次々に内部から顔を覗かせて、周囲で蜘蛛達が大量に自分を覗いているものだから、ブクブクと泡を吹いて倒れ。

 

 慌てた蜘蛛達によって解放されて、簡易の衣服を着せられて背中に載せられていく。

 

「よ、幼女!?」

 

「ああ、そういう技術なんだよ。体は非力。心はヨワヨワ。ついでに人格と記憶はそのままだが、ウチの隊長に逆らえなくなる効果付きだ」

 

「ッ……それは本人、なのか?」

 

「ああ、人格や記憶は殆ど変わらねぇ。変わるのは帰属意識だったか? 何処の勢力に所属しているかって事だ。ウチの地域にはこいつらと同じく随分と大量の幼女がいる」

 

「こ、こんな風になった者が大量に?」

 

「そうだ。あんまり殺し過ぎると問題になるが、無力化しないと生かせないってヤツが多過ぎるんでな。こうして取り込んで面倒はちゃんと見てる。三色昼寝オヤツ付き。ついでに仕事は配送とかだが、近頃は色々変化前の仕事や総務とかもやらせてたりするって事だ」

 

 そのあまりにもおかしな島の“常識”を前に茫然とするケイオズだったが、蜘蛛達が幼女化した兵達を優しく糸で包んで運び出していく様子に少しだけ安堵した。

 

「じゃ、次も頑張って貰おうか。まだまだ後続は来るんだろ? ケイオズ隊長」

 

 その言葉にケイオズが立ち上がる。

 

「……分かった。私は死んだ後、きっと地獄すら温いような場所で永遠に責められるだろう。だが、そうだとしても、決して後悔はしないさ。我々は思っていたよりも完全でも万能でも無かった。なのに奢り高ぶり、怪物の尾を踏んだんだろう……」

 

「ああ、悪い。言ってなかったな」

 

「な、何をだろうか?」

 

「ウチは死んでも逃げられない」

 

「は?」

 

「輪廻転生つってな。魂を再び肉体付きで蘇らせる方法があるんだよ」

 

「ッ―――」

 

「アンタの仕事が終わるまでは残念だが、早々死ねるとは思わないでくれ。つまり、命を掛けて裏切るとか。存在を掛けて一矢報いるみたいなのは無駄だ。契約は最期まで履行しろって事だな。悪いがアンタらが喧嘩を売ったのはそういうのが出来る存在なんだよ」

 

「………どうやら、死ぬ事すら儘ならんらしい……不甲斐ない事だ……はは、は……は……」

 

「(≧▽≦)/これからよろしくー」

 

「よろしくな?」

 

 そう、ポンポン肩をヘルメースとガシンに左右から叩かれながら、絶望すら生温い地獄より地獄な職場へと堕ちていく男は顔を引き攣らせつつ、魂の絶叫を響かせたのだった。

 

 その夜、ニブルヘイムへと唯一戻って来た生存者は第一声をこう司令部に伝えた。

 

「全滅しました!! 全滅です!? 我らアーク戦隊は戦隊長以下全ての人員の損失を以て、敗北、致しましたぁあああああああ!!?」

 

 ボロボロな体の男がそう駈け込んで来た時、異常事態に庭の外に出るか否かと話し合っていた司令部と酒保の人員は真っ青をお通り越して死人のような顔色で蜘蛛達の声を聴いた。

 

 それは明らかに勝利の雄叫びに違いなく。

 

 すぐに駈け込んで来た男が話す事はまるで嘘のような嘘の話であった。

 

 曰く。

 

 蜘蛛達は何もない場所から一斉に現れ、念動を無力化して、全ての部隊の人員を瞬時に即死させて、何らかの方法で消し去ってしまった。

 

 曰く。

 

 蜘蛛達は巨大な個体が大量に存在し、全てのゴーレムを奪い去って消えていった。

 

 曰く。

 

 蜘蛛達は神出鬼没で転移しているとしか思えないような移動術でこちらの観測に掛からなかった。

 

 曰く。

 

 強大な力のある個体が複数体存在し、唯一生かした自分に伝言を頼んだ。

 

「我らの家を犯す者に死の鉄槌を。掛かって来い。相手になってやると……う、ぐぅ……」

 

 命に別状は無いが、重症なケイオズ隊長がドサリと倒れ伏し、残された司令部の者達は思う。

 

 直掩部隊すら反応が返って来ない。

 

 ニブルヘイムはある程度外界からの攻撃や情報を遮断する機能が備わっていた為、彼らは唯一助かったわけだが、その悪夢のような全滅の報に此処は危険だと即座に負傷者を抱えて退避する事となった。

 

 残されたニブルヘイムには蜘蛛の子一匹通れないように念動による設置型の見えない封鎖を施したが、生憎と負傷していた男の襟の内部には存在感を消した半透明の蠅が一匹紛れ込んでおり、スピィリア達の能力を便利に使ったヘルメースはまた外大陸へと出張する事となった。

 

『(◎_◎)(ここがアークの大陸か~という顔)』

 

 戦隊壊滅の報を前にして大陸には激震が走った。

 

 しかし、生き証人である男はこう主張した。

 

『神々の要請を無碍に出来るものではない!! そして、ヤルハ戦隊長以下!! 全ての者達の仇を執らねば、どうして我らは夜に安心して眠れましょうか!!?』

 

 そうして、公聴会に呼ばれた男は再遠征を主張し、また唯一の生き残りとして、神々の要請に応える熱い男として、前とは別人のような様子に人々を驚かせた。

 

 こうしてすぐに前回の倍以上の数が流れ込むよう手筈を整え、新人類アークの逆襲が始まる事となる。

 

 そのアドバイザーとして唯一の生き残りである男は官位を上げて再び参戦し、彼は大隊長として、最も蜘蛛を憎む男として、軍内部での評判を上げつつ、再進出の立役者となり、蜘蛛の消えた“狩場”に同胞達を誘っていく。

 

『蜘蛛達は夜にこそ実力を発揮します!! もしかしたら、昼間ならば、我らの攻撃で再び撤退させる事が可能かもしれません!!』

 

 彼はそれからの半月で再び島の大地を踏み。

 

 最前線を希望し、多くの部隊の先鋒に立って、黒蜘蛛の巣を攻略する事となった。

 

 今度は普通の罠に普通の攻撃がクリスタルな蜘蛛達によって繰り広げられ、次々に脱落者が出る事になるが、その多くが死ぬ事もなく行動不能にされて蜘蛛達に回収されれば、幼女化してニアステラ行きとなり、彼に回収されれば、仲間を見捨てない男として彼の評判を押し上げた。

 

『何と悍ましい連中だろう!!? 奴らは生きて我らを捕らえ、餌にする事で新たな念動を持つ個体を量産しているに違いない!!』

 

 こうして蜘蛛達の思惑通りに情報操作が進行。

 

 蜘蛛達の生体は彼ら本来のものとはまったく違う怪物のように語られ、その侵攻の方向性を彼らの思い通りに操作する事が可能となった。

 

 蜘蛛達の戦い方は消耗戦へと突入したが、それはアーク達が一方的に消耗しているのであり、蜘蛛達が命など掛けぬとばかりに罠主体で相手の消耗を誘って逃走という戦法を取る限り、一人も蜘蛛達から脱落者は出ず。

 

 同時に罠との戦いにアーク達は一進一退の戦闘を繰り広げる事となる。

 

『蜘蛛達は保身に走って消耗を嫌っています!! 未だに撃破出来ないのは逃走能力が高いからに他ならない!! ならば、此処は圧倒的な火力。そう、火力で追い立てれば、撤退するでしょう!!」

 

 そう主張して、馬鹿高い砲弾と火砲、誘導弾の雨で黒蜘蛛の巣を攻略した彼の功績は大だが、軍事費は天を衝く勢いで増大。

 

 その翌日には彼が後方へと戻った後の制圧部隊が火力を失った後の逆撃で一気に蜘蛛達の使う糸蜘蛛によって撃破されていった。

 

 勿論、蜘蛛達にしてみれば、自分達の罠満載のホームで負ける要素は無いが、それでもアーク軍は強く。

 

 彼らもアブナイ所は何度かあった。

 

 しかし……。

 

『この害虫め。死ねぇええええええええ!!?』

 

『(・ω・)(あ、念動消し切れてない。これ死んだわ。転生先って別蜘蛛選べるんだっけ?という顔)』

 

『な、何だ!? 攻撃が遮られた!!? この結界は―――ハッ!?』

 

『(゜∀゜)(待たせたな!! という顔)』

 

『何、あの色!? あの蜘蛛が念動を遮ったの!? 黒鉄の―――』

 

『に、逃げろぉ!!? 新種の攻撃が始まっているぞ!! 撤退!! 撤退ぃいい!!?』

 

『うぉおおおおお!!? 死ねぇえええええええ!!?』

 

『(^_^)/(ハロー弱小種族さんと片脚を上げてアピールする顔)』

 

『新種!? 機械!? マッシブ?!! クソゥ!? 何で150mm連装砲とレールガン食らってピンピンしてるのよぉお!? プラズマカノンで溶けもしないって何!?』

 

『(・∀・)(我らノクロシアの物資で変質した新蜘蛛【ノクロシアン】という顔)』

 

『表情だけやたら余裕があって、うざいのよぉおおお。このぉおおお!!?』

 

『(^ω^)(ガシン副隊長命名だから何の捻りも無くて質実剛健なる我らはノクロシアの外壁より硬いので利きませんが何か?という顔)』

 

『う、うわぁああああ!!? こいつらこっちの攻撃がまったく効かないぞぉお』

 

『念動が効かないわ。砲弾が効かないわ。パルスガンとレーザーも効かないわ。アンタら何だったら死ぬのよぉおおおおおお!!?』

 

『(T_T)(う~ん。魂と肉体を同時に超速侵食崩壊させる質と量を兼ね備えた音速の20倍以上でこっちの可変回避能力を上回る速度が出る攻撃とか、かな?という顔)』

 

『このぉおおおおおおおおおおおお!!? 害虫がぁあああああああああ!!?』

 

『止めろぉ!! 此処は逃げるんだぁあああ!!?』

 

 ノクロシアの“オヤツ”を齧った蜘蛛達が参戦し、次々に敵の致命的な攻撃を食い止め、犠牲を出さずに撤退を成功させ、多くの転生待ちの列に並ぶはずだった蜘蛛達は救われたのだった。

 

 彼らは抗魔特剣【太極の儀礼剣】を霊力掌握によって変形させて、投擲用の槍へと変貌させた代物で夜には敵を攻撃。

 

 夜間襲撃で周辺との連絡を途絶させ、情報を取られぬように注意しながら、相手を個別分断、孤立化させて各個撃破していった。

 

 各個が聊か1000人単位と多かったりもしたが、そこは蜘蛛達の実力であった。

 

 敵を捕捉し、猟犬のように追いすがり、一人も逃さず確保する様子は正しく糸で絡め取った得物をモグモグする蜘蛛というよりは巧緻に長けた猟犬そのもの。

 

 攻撃は宝石系蜘蛛達が念動を相殺し、回避し切れない狙撃の形を取り、アーク軍の将兵は次々に幼女化で無力化されていったのだ。

 

『ば、馬鹿な。昼は攻撃を防いでいただろう。まさか、欺瞞され―――』

 

『ガフ?! な、何だ。オレに何をした!? 何をし―――』

 

『そ、外に助けを求めッ、念動が何で繋がらないのよぉおお!!?』

 

 別大陸の蜘蛛達が編み出した電磁波も音も熱量も出さない即死投擲戦術は念動の壁さえ突破出来れば、夜戦では有効だった。

 

 アークの反射速度は常人の数倍、軍人レベルで10倍程度だが、生憎と蜘蛛達の基礎能力には到底足りていないというのは初戦から大きなアドバンテージとして隠されていた事柄だ。

 

 ゴーレムに載っている相手には念動相殺の能力を付与された糸蜘蛛がいつもの調子で相手のハッチ開閉機構を掌握して内部を開放。

 

 拠点防御を選択する限り、機動戦とならないなら、殆どのゴーレムは撃破可能。

 

 逃げようとする者、周囲を飛び回ろうとする者に関しては瞬間最大火力を誇るウィシダの炎瓶を収束した対空迎撃で撃墜。

 

 次々に襲い掛かって槍をプスリと差し込めば、それで攻撃完了。

 

 蜘蛛達が夜に襲う時には黒蜘蛛の巣の真の能力も開放され、昼間は何とも無かったのに夜は念動が相殺される罠がゴーレム用のものも含め大量に起動する事にもなった。

 

『ガハ!? ど、あ、脚に食い込んで!? 昼間は念動で弾いてたじゃないか!?』

 

『こ、こいつら、本当の力を出さずに罠が無力化出来ると騙してやがったな!?』

 

『(≧▽≦)(う~ん。人間捕獲用の罠は色々あるけど、やっぱり、透明化させたトラバサミとかが一番効率良いかな~脚を殺すのは罠の基本だよねーという顔)』

 

『まさか、オレ達は、オレ達は本当の罠に掛けら―――』

 

 外部と内部の音、光、衝撃を全て遮断して、幻影や音響を操る呪紋を複数統合した集合呪紋と念動の合わせ技で欺瞞は完成度が高く。

 

 相手がやって来てすら、光学系の不可糸技術が進展したせいで人員や物資を運ぶ蜘蛛達を見付ける事は出来ず。

 

 巨大な一枚絵。

 

 瞬時に編み上げられた布越しにアーク軍の隣をイソイソと撤退したりもしていた。

 

『(・ω・)(念動さえどうにかなれば、後はいつもの調子で行けるなという顔)』

 

 何度かの攻防で数千人が黒蜘蛛の巣で消えるという事件が発生。

 

 尤も重要なのは短時間で相手を無力化回収する為の連携攻撃だが、それこそを磨いて来た蜘蛛達はほぼ20秒で黒蜘蛛の巣内部の敵を無力化する程に長けていた。

 

 元々、念動で連携を取って来るアーク軍であるが、その念動を抑え込まれれば、機材での通信などで連絡を取るしかなく。

 

 故にそういった点では先進大陸の軍に機材運用の面で負けている事もあり、不慣れな連絡方法による軍の機能不全は襲撃時には最悪の形で彼らの敗北を助長した。

 

 その為、ちょっとトイレや外に出ていた人員が戻ったら、湯気を上げる珈琲カップをそのままに人員やゴーレム、他様々な物資が消える怪奇現象を食らう嵌めになり、精神を病んで後送される人員すら出る始末。

 

『また、前線で千人以上の犠牲者や行方不明者が……』

 

『遺族年金も馬鹿にならないって話だ』

 

『本当にこのまま、遠征を続けて良いのか?』

 

『軍じゃ英雄が奮戦して、何とか昼には敵の拠点を制圧しているそうだが、夜には押し戻されてるんだと。英雄だってアークだ。傷も負えば、休息も必要だしな』

 

『英雄が夜にやられたら、それこそ士気もガタ落ちか……』

 

『軍のお偉いさんにしてみれば、これ以上の消耗は避けたいだろうしな……』

 

 こうして戦力を摺り減らし続けたアーク軍の失態によって大陸で派遣に対する疑義を呈する者が出る事態となり、本当にこのまま軍を送り続けるべきなのだろうかという意見を無視出来なくなっていく。

 

 やがて、黒蜘蛛の巣そのものを制圧する事に疑問を呈する軍の幹部が出始めると。

 

 蜘蛛達の情報を解析する者達の多くが消耗戦では分が悪いと結論。

 

 今の状況を上回る大規模戦力による打通を狙うか。

 

 もしくは拠点制圧を避けて、内陸に軍を派遣して戦闘を避けるかの二択を進言。

 

 こうして蜘蛛達の思惑通り、アーク軍は拠点を介さない遠距離行軍を余儀なくされ、その補給線をちょっとずつ蜘蛛達によって襲われながら、細々とした戦力で島の調査へと乗り出していく事となった。

 

 正しく、蜘蛛達の戦略勝ち。

 

 敵に蜘蛛への攻撃を諦めさせるという大目標に成功し、アーク軍の方針を見事に転換させたのだった。

 

『これでいいのか?』

 

『(≧▽≦)(第一段階は完了。第二段階はもう少ししてからかなーという顔)』

 

『捕虜達の方は?』

 

『(^_^)/(網膜にニアステラで蜘蛛に囲まれて精神崩壊しつつ、他の幼女達に励まされ、イソイソと運搬業務をし始めた新入りアーク兵幼女達の様子を映す顔)』

 

『生きてさえいれば……生きてさえ……仕事だ。今日も偽英雄稼業とはオレもあの頃から落ちぶれたな。はぁ………』

 

『(/・ω・)/(今度、英雄用の最新式ゴーレムが届くってという顔)』

 

『分かってる。全部、技術はそちらに、な……戦後の捕虜返還まで頑張るさ』

 

 疲れたおっさんは更に疲れたおっさんになりつつ、渋い戦場の英雄としてアーク軍の顔となり、苦しい戦況を支える広報役として昼間の戦線での活躍によって、神格化され、軍の多くの者達にとっての精神的支柱となっていく。

 

 彼の言葉は一定の力を持ち。

 

 軍の動きを左右する事から、蜘蛛達の情報操作や軍の動向の調査、戦略を蜘蛛達有利に傾ける為のツールとして使われていく事になるのだった。

 

 ただ、そんな英雄にも休みは必要だと軍は後方に下げる事も多く。

 

 アークの住まう大陸にもチョクチョク顔を出すヘルメースはその文化文明、技術、知識を大量に吸収し、現物をニアステラとフェクラールへと輸送。

 

 こうして、両地域は新たな知識や技術、法律などを参考に更なる発展へと加速していく。

 

 偽英雄ケイオズの目的は一つ。

 

 戦争を終結させ、アーク軍の捕虜達を戦後に全て連れ戻す事。

 

 勿論、その中に彼は入っていない。

 

 こうして新たなる協力者を得た蜘蛛達は更なる戦力の飛躍を目指して、生まれたばかりの蜘蛛達や連携訓練が足りない二線級の蜘蛛達の高難度訓練用の相手としてアーク軍を使い始めた。

 

 自分達が蜘蛛達の主力とまともに戦っていないどころか。

 

 完全に戦力底上げの相手として二軍に遊ばれているとも気付かず。

 

 アーク軍は恐ろしい島の内実を少しずつ知らされながら、絶望的な状況に自分達が陥り始めている事を情報収集の末に気付く事となるが、まだそれは先の話。

 

 大陸を滅ぼす【五大災厄】。

 

 外界の神すら屠る唯一神【イゼクス】。

 

 山脈すら降らせる【聖域】。

 

 今は滅びた竜の国【ヴァルハイル】。

 

 巨大な亜人国家集合体を束ねる【アルマーニア】。

 

 大陸最大の宗教軍事組織【教会】。

 

 旧き時代の亡霊達の王【緋霊王】。

 

 そして、ニアステラの英雄を主戦力とする蜘蛛達が所属する組織【遠征隊】。

 

 その英雄の配下たる御伽噺のような能力を持つ七匹の怪物蜘蛛【七綱】。

 

 もはや、彼らは魔窟に片足を突っ込んでいると理解する頃には抜け出せない程にズブズブと島にドップリ漬かる事となった。

 

 アークは単なる島の一勢力に過ぎないと自覚した頃。

 

 そこに嘗ての目を煌めかせた破滅と戦う勇士達はいないに違いなかった。

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