流刑貴族の追放記-極獄と呼ばれた果ての地にて- 作:Anacletus
その日、世界中の大陸では次々に起る滅亡の前兆を前にして暴動が多発。
しかし、世界の滅びを象徴するように落ちて来る小惑星というには大き過ぎる月の半分以上はあるだろうソレが天に見えた時、多くの者達は諦める事を選択した。
『これが神々の仰られていた滅び……我らは滅びるのか……』
何故か、もう月よりも更に引力が強いはずの巨大岩塊の影響が無いという事以外はもう誰にもどうにかするという類の力は無かった。
そもそもこれをどうにか出来そうだと思われた神々ですら口を閉ざして、坐して見守っていたからだ。
『神々の力は借りられぬようだ。後は期を待つ以外に無いだろう……』
『そんな……司祭様。どうにもならないのですか?』
『あのご様子ではな。我らの手が届かぬところに事態はあるのだろうよ……』
『う、うぅぅ……先日、妹が出産したばかりで……あの子達の事だけが気掛かりです……』
『家に帰ってやりなさい。自分に出来る事をする。この期に及んではそれ以外にすべき事は無い』
『はい……司祭様……』
結局、人型の生命の多くは明日の滅びを目前として何処か何もかもが馬鹿らしくなり、最後くらいは家族で過ごそうというものが大半。
各地では暴動を起こす者達すら、最後は静かにしていろと警察権力に諭される始末であり、鎮圧されるまでもなく。
数日間の食糧を得たら、すぐにバラけて散っていった。
世界に逃げ場なんて無く。
だが、それでも諦めない者達がいた。
何故か?
彼らには力があったからだ。
『ようやくです。300年前に封印されていた大陸攻性用の大規模術式……解凍が始まりました』
『君はあの石ころをどうにか出来ると思うかね?』
『……まぁ、試してみましょう。どの道、それ以外に無いのです。首相』
『そうだな。諦めて尚、我らには足掻く権利はある…』
諦めたくない理由があったからだ。
その誰かの為に戦う姿にこそ、人は惹かれるものなのか。
惑星上から迎撃する為に国家と個人。
双方が己の出し合えるだけの力を結集した。
ある国家は世界を何度滅ぼし得るだろう量の神世の遺跡から発掘された力を天体に向けた。
『大陸すら滅ぼす遺跡の力だ!! これでダメなら、後は待つだけさ!!』
『大佐殿!! 本遺跡の出力限界的に爆発を起こす危険が……』
『構わん!! 旧き時代の遺跡など壊れてしまえばいい。残されるのは未来だけでいいのだよ!!』
ある個人は己が究め続けてきた能力を用いて岩塊の軌道をズラそうとした。
『お師匠様。因果を捻じ曲げる。等というのが本当に出来るのでしょうか?』
『さぁ?』
『さぁって……じゃあ何故試すのです?』
『それが人の、亜人の、多くの知的生命に与えられた権利だから……いや、感情だからかもしれませんね』
『感情……』
『人の愚かしさの上に栄華と没落を繰り返す多くの大陸。その悍ましき業が今は全てあの大岩に向けられている事でしょう。それは希望となるかもしれない……要はソレを使う者達の心次第なのですよ。どのような技術も力も……』
ある者はその巨大な魔力によって岩塊を吹き飛ばそうとした。
『この大陸に残された最後の神秘。その一欠けらまで全て使い潰そう。今を生きる者達が諦めるのは全てが終わった後でいい』
『時代の先に人は、多くの同胞達は往けるでしょうか?』
『なぁに……人は卑近なものでしか物事を考えられない。だから、今回も同じだ。全ての人々が身近な人々の為に戦った結果が滅びなら受け入れればいいさ』
『そんなものでしょうか?』
『そんなものだ。世界を滅ぼす力が幾多あの岩塊に向けられているはずだ。それが人の業でありながら、今は希望なのだとすれば……今、多くの者達の心は一つになっているのかもしれない……』
だが、その全てにおいて彼らは失敗を悟る事となる。
理由は単純無比に岩塊が何かの力で保護され、彼らの力を掻き消したからだ。
結果として、彼らは全てを失う覚悟での最後の抵抗も空しく。
絶望を味わった。
そこでようやく多くの大陸では各大陸との連絡不全が起きている事を認識し、まだ滅びが見えない大陸がある事を知った。
それは島の内外で起る時間のズレが外界にも広がっているという事実だった。
『どうやらまだ滅びが見えない大陸があるらしいじゃないか』
『外大陸行きのチケットは高額なようですね』
『脱出か。結局、滅びるというのに……これで滅びなかったら、逃げた者は顰蹙を買うかもしれんな』
『そうとも限らんでしょう。諦めた者も何処か期待している節があります。諦めの先にまだ抗う気力がある者がいる。それは少なからず、人々に勇気と映るかもしれない』
そうして……まだ諦めるには早いと彼らの多くは時間が大きくズレている大陸へ惑星の破壊手段や人材を送り続けるという方法を取った。
すぐに滅びる大陸から逃げ出す者は多くが港で船を得ようと殺到。
破滅を前にして大陸の混乱は続き。
多くの大陸の居住者達はこの世界の中央にある禁じられた大地が最も破滅するのが遅いという事を知った。
そして、彼の大陸へと侵攻しようとした大陸の多くが未だ破滅を知らないとも。
『エム大陸を筆頭とした大陸同盟が未だ健在……あの大陸群へ全てを移送しよう。持てるものを全て持て!! 何としても民を一部でも生き残らせる!!』
時空間連続体の不全。
時間の変動による惑星内部での時差は惑星を覆う程に波及しており、多くの大陸は破滅と戦う為に果敢に立ち向かった大陸に資材を避難させる事を決定。
持っていけるモノならば、武器弾薬どころか。
技術や人材や叡智の結晶たるあらゆる生産設備を大型船に載せた。
今、破滅に向かいつつあるとしても、壊滅した大陸同盟軍を創った国々に身を寄せるという決定をしたのである。
だが、世界の時間があまりにもズレている結果。
あまりにもおかしな時間に迷い込む大陸も出ていた事が後々になって判明する。
とある大陸ではその月より尚巨大な岩塊が落ちて来るという状況のまま。
まるで時間が止まったかのようにゆっくりと大陸が重力異常や諸々の天変地異で崩壊していくというのを十年以上の時間を掛けて経験する事になった。
『国民を生き残らせる為には何事をも尽くさねばなるまい。この技術がどうか我らの希望に―――』
『博士!? 大変です!!?』
『どうした!!? 実験は!? 結果は!!?』
『神々が遺した例の秘薬のレシピを用いた実験は失敗です!!』
『何ぃ!?』
『患者が!? 患者が死人となりました―――』
遅々として進む世界の終わりはまた人の愚かしさや希望によって更なる深みへと彼ら自身を誘う。
外界との行き来すら出来ず。
ただ、終わるのを待つだけの大陸において、神々が遺した力の一端が開放された時、その大陸の本格的な破滅は始まったのである。
『ん? あの病院は……』
『ああ、政府が例の聖遺物の研究に使っている場所だよ』
『な、何か騒がしいぞ? 警官隊が……発砲した!? 軍の部隊も―――』
そして、そんな一つの大陸では崩壊していく大地にて生物災害が発生。
天変地異と異常気象によって次々に穀倉地帯が壊滅していく状況の最中。
爆発的に人を侵食し、怪物へと変貌させる秘薬の実験体が暴走。
『こ、こいつら何なん―――』
『ぎゃぁああああああああああ!!?』
『ぶ、部隊に直ちに連絡!!? 封鎖しろ!! この病院を封鎖するんだ!?』
食料統制の終わりに人間をどうにか少しでも長く生き延びさせる目的で神々が去った後に残された技術を用いるという選択が成されたのは結果的に失敗した。
それはまだ人類には早い力だったのかもしれず。
失敗した被験者達は次々に死人の怪物と成り果てて、人々を襲い。
同じ怪物にしていく。
その勢いは数年で大国の殆どを呑み込み―――。
―――15年後。
無数の人のような何かが闊歩する世界に今日も遠吠えが木霊する。
天に座す岩塊は何も変わらず。
しかし、浮かぶ大岩、舞い上がり続ける塵、燃え続ける火災に無限にも思える霧。
世界は混沌なる魔窟と化し、都市は今や廃墟群が寂れ砕けた外壁ばかりを晒す。
嘗ての名残は未だ電源が僅かに生きている建造物や場所が少しだけあるという程度の事でしかなくなっていた。
「くッ!? 死人が今日は多い!! 部隊を一時後退!! 退路15で負傷者を先に逃がせ!! 此処は中隊が死守する!! 行け!!」
人類は怪物達に生存圏を奪われ、無数の物資を都市の遺構から持ち出して暮らす程に追い詰められていた。
嘗ての大陸の長距離連絡手段の多くが破壊され、今では近隣の都市と繋がるのは人の移動での伝達と軍用の高高度に打ち上げる野戦軍指揮用の信号弾のみ。
それすら貴重な今、弾薬を持ち得て戦うのは嘗ての軍の生き残りが組織した幾つかのコミュニティーのみであった。
「後退完了しました!!」
「隊長の部隊は!?」
「そ、それが上層部が直ちにこの区画の直通路を爆破しろと!?」
「何ぃ!? まだ、最後の中隊がオレ達を逃がす為に戦っているんだぞ!?」
「仕方、ありません……何度も何度も多くの区画が感情に左右された結果、どうなって来たか。お分かりでしょう……」
「ッ――隊長ぉおおおおおおおおおおお!!!」
死人は生命活動を停止していながら動く生命全般を差した言葉として定着した。
その皮膚は猛烈な再生と不敗を繰り返した泡立つ粘液に覆われており、枯渇する事無く垂れ流されている。
悍ましい程に形が崩れつつある人型が死ぬのは頭部が泥と化す程に破壊された時のみであり、斑模様の皮膚と崩れた体を引きずって、生者を襲う怪物は最初の死人達が神の薬を複製品に対して体が適合しなかったから生まれたと言われた。
適合率が高くなるほどに死人は人の形を保ち。
粘液を溢れさせる事なく。
肉体は強固になっていく。
そして、様々な超常の力を発現させ、生者を執念深く同類にしようとする狩人となって、彼らを襲い続けていた。
「弾がもうねぇ……クソゥ……娘にまだ悪い蟲の駆除方法とか教えてねぇぞ。オレはぁ」
「隊長……後は信じましょう」
「……ぁあ、休め。除隊を許可する」
「……ありがとう」
銃声が二発。
最後の生き残った直通路前で粘っていた部隊の最後の二人が消えた後。
その死肉を自らの同胞とする為、粘液を溢れさせる者達が歩いて来る。
その唇からは僅かに罅割れた声帯から獣のような声が唸り声のように鳴っていた。
大きなトンネルに直通するはずだった円筒形の入り口前。
怪物達がその遺体に触れようとした時、遥か天に輝きが煌めいた。
その魔力の光に顔を上げた怪物達は僅かに魅入られたように止まり……次の瞬間には首を落とされてバッタリと倒れ伏したのだった。
―――数日後。
「……お父さんの仇はあたしが取る。絶対、絶対!!」
12歳程の少女が一人。
暗闇に沈むトンネルの中を進んでいた。
彼女の遥か後方には枝分かれした元首都の地下環状線の駅がある。
だが、今は非常灯に照らし出され、全うな明かりすら無い。
ケミカルでサイケデリックな極彩色なショートボブ。
ホットパンツ姿で腰にガンホルスターを下げた彼女はメイクも何処か道化師染みているが、その瞳には負けん気の方が強く出ている。
よくよく見れば、年相応であり、器量良しである事が分かるだろうが、今は外套を着込んでおり、その自分の背丈に合っていないブカブカのソレは裾が詰められ、辛うじて彼女の全身を覆う防護服のようにも見えた。
その割にサンダル履きなのはある意味で畏れ知らずなのかも知れず。
しかし、そのサンダルの其処はカンカンと音をさせる程度には強化された安全靴よりは硬そうな音をさせていて、鉄片が仕込まれている事が分かる。
ホルスターには拳銃が二つ。
一丁はセミオートマチックの44口径。
もう一つはリボルバーの32口径。
更に彼女の外套の背中側には自動小銃らしきものが一挺下げられており、彼女の左右の太ももと腰にはマガジンが大量に仕込まれたベルトがゴツく装着されている。
正しく過剰火力。
何百発持っているか分からない程に彼女の全身は銃弾だらけであった。
「あたしがやらなきゃ。適合率が一番高いあたしが……」
ブツブツ呟きながら、彼女がレンチを片手にして目的地であった扉に近付き。
扉の隅のボルトを器用に外していく。
細腕ながらも膂力はあるらしく。
満身の力を込めた彼女の前でボルトが外れた扉がゆっくりとロックを外されて、横にスライドするようになると、彼女が手で抉じ開けて、その先の光が溢れている場所へと向かう。
足元は泥水で水浸しであったが、彼女のサンダルは汚れる様子もなく。
また、脚先が水で濡れているようでも無かった。
開けた光の先に彼女が出れば、そこはゴーストタウン。
「初めて来た……此処が私達の本当の故郷……ほ、本当に空が岩になってる。浮いてる建物とか。資料で見た通り……」
首都圏の一丁目一番地からは多少遠い元々は歓楽街であった場所は大きく損傷した看板やペンキが剥がれた屋根、寂れた建物や崩れた建造物の他には風で吹かれた蔦が建物をカタカタと打つ音だけが響く世界であった。
人がいないせいで寂れまくった首都は何処を向いても灰色で……彼女は感慨も無く。
ただ、油断なく夏の日差しに巨大な影を創る天を覆う岩塊に目を細めながら、目的地に向かって一人進軍し始めた。
「目的地まで1200……周囲の死人に捕捉されないように姿を消して……」
よく見れば、彼女の装備には年期が入っている。
拳銃はどちらもよく使い込まれているようだったが、明らかに彼女が使い込んだというには10年以上は使われていたような様子にも見える。
他の装備にしてもどこかしらに汚れや傷があり、拭き取ったり、補修したようなところが見受けられ、どう見ても誰かのお下がり感が拭えない。
「……定時抗体を摂取」
彼女が小さな錠剤の入った小瓶を取り出して、一粒口の中に放り込むと口内の唇と歯茎の隙間に挟めてゆっくりと溶かし始める。
その合間にも彼女の五感が捉えた敵の位置に視線を動かし、ガンホルダーから抜いた二挺を手にして外套に体をすっぽり覆って抜いているのが見えないようにしつつ、周囲を着実に観測しながら歩みを勧めた。
大きなビルがある辻の一角。
彼女が四方のテナントが入っていたのだろう小規模なビルの窓が一斉に割れた途端、外套の腰に据え付けていた小さな伸縮式のボードを金具を外して地面に落とし、ガンゴンガンとその場で瞬時に組み立てられたスケートボードに足先を突っ込んで足先のペダルを踏み込んだ。
猛烈な擦過音と共にギュルギュルと回ったボードの先端が跳ね上がり、後輪が彼女の体を押し出していく。
後方から次々にやってくる死人は肉体の強度が低いと言っても、走るのは早く。
瞬時に彼女と引き離されながらも時速30km程度の速力を維持して、彼女を追い掛け始めたが、彼女が振り返ってオートマチックで一体ずつ脳天を吹き飛ばして処理し始めた。
その銃声に惹かれて、更に周囲の建造物から彼女を追うように大量の死人が現れる。
進路上にも湧くようにいきなり出て来る個体が彼女の体に手を伸ばすが、上下左右も自在に彼女が外壁やアーケードの天井などにまでボードを吸い付かせて走るという曲芸に次々に捕まえようとして脱落する死人が増えていく。
頭を吹き飛ばし続けて40秒弱。
秒間7発程を打ち続け、瞬時に弾倉を交換しては使い捨てていく彼女の後方には死人の死体と空の薬莢が転がる。
「ちっ……数が多い」
あまりにも連射し続けていたオートマチックの銃身が熱を帯びたところで彼女が続々と増え続ける死人の群れに追い付かれる前に該当の内部から薬品らしきものが入った試験管を一本取り出し、無造作に相手の集団の方に投げた瞬間には最大加速で相手を引き離し。
「死ね!!」
短く呟いてリボルバーで相手の集団の中心付近で割れる寸前の試験管を打ち抜いた。
グドンッ。
そんな鈍い音と共に猛烈な衝撃が死人達を薙ぎ払う。
凡そ400匹近い群れが一気に吹き飛び。
彼女もその衝撃で思わずボードの操縦を失いそうになった。
「ふぅ……」
更に後続の死人達は衝撃倒れ込んでおり、彼女は外套内部に吊るされているトランスポンダーのスイッチを入れる。
すると、連動している外套の表側が瞬時に透明化した。
その幾つかの地点には黒い超小型のマイクロカメラらしきものが見えていたが、周辺の映像を取り込んで外套に映像を映すタイプの光学迷彩機能である事が伺える。
高速で動く物体がソレを用いていれば、じっくり見られるのとは違って発見は容易ではないだろう。
ボードの速度を落とした彼女が路地裏で周囲を警戒しつつ、降りるとボードを跳ね上げて両手で持ち、ガシュンッと両側から押し込むようにするとスライドした板が左右から中央の構造へとスライドしながら畳まれる。
腰にソレを再び金具でロックして下げた彼女は遠方の死人達の騒ぎに耳を立てつつ、サンダル踵部分を地面で蹴る。
すると今度はサンダルの下部が膨らんで鉄片が仕込まれていた部分が膨れた部分内部に格納された様子でゴム状の団子のようなものを連ねた靴底が見えた。
そこからすぐに奔り出した彼女は無音な上に明らかに反発力で跳ぶかのような軽やかな跳躍力を見せ、一足で20m近い距離を前傾姿勢で走りながら高速で移動。
次々に建物の間を矢のような速度で駆け抜け。
遂には大きなトンネルがある地点までやって来た。
中央の環状線に入る幾つかの入り口の一つだ。
「此処にお父さんが……必ずあたしが……」
少女が周囲を警戒しながらトンネル内部をサーチする為に外套のフードを被って、上から下がって来るゴーグルで内部を観測。
戦闘痕を見付けるも、部隊の死体が一切無い事に気付く。
「……やっぱり、もう……あたしが眠らせないと……」
此処から周囲に何かないかと確認後、そのまま周辺に父と彼らの同僚だった存在を探そうとした彼女が現場から100m程離れた場所での異音を耳にする。
「何? この音……死人のものじゃ、ない?」
彼女の耳が捉えた音は明らかに何か鋭いものが空を切る音だ。
「新種?」
彼女が呟く間にも遠くで何やら戦闘音が響き出し。
次々に死人達の断末魔が聞こえて来るに当たり、彼女の顔が一気に希望に満ちたものになる。
「もしかしてッ、もしかしてッ!!?」
彼女が慌てて奔り出し、瞬時に周辺の建造物を駆け上がり、ビルの壁面を上に蹴り付けながら跳躍、遠方の戦闘中らしい誰かと死人達を確認する。
だが、彼女の希望に満ちた目は一気に色褪せた。
それもそのはず。
何か良く分からないものが、大量の死人の群れに囲まれて猛烈な勢いで処理していたからだ。
「何? 死人は死人を襲わないはず。新種も今までは同じだった。何が?」
彼女がビルの屋上へと一気に跳び上がり、瞬時にフードを被って屋上から遠方を観測。
すると、彼女のゴーグルは一瞬で今何が起こっているのかを彼女の視界に教えた。
「あ、あれって……適合率60オーバーじゃない?!」
彼女が驚くのも無理は無い。
その視界にいたのは通常の人間にはどう頑張っても勝てなさそうな能力をした存在。
最新式のゴーレム数体掛かりで倒さねばならない人類の天敵。
ハイ・エクステンド。
巨大な翼に強靭な体躯。
人ならざる鋼の肉体と魔力運用体系にも匹敵する特殊な攻撃能力を有する存在。
彼女達、エクス大陸の残存人類がこの10年以上もの年月、一体すら倒せていないはずの正しく神の力の残りを宿した最強の敵であった。
ソレらが猛烈な勢いで仲間達の翼や腕などの遺骸をその手にして、巨大な槍や剣、盾のような鋼と生物を混ぜ合わせたような得物へと変貌させ、ビルの影にいる敵へと突撃していく。
「ッ―――変異特殊個体?! な?!」
彼女が驚くのはその特別な個体達の中でも更に怖ろしいはずの個体が次々に細切れにされて、虚空に奔る熱線で焼かれ消し飛ぶという状況。
上空に吹き伸びた光線の根本。
あまりの火力にビルの幾つかが貫通して溶け出し、薙ぎ払いが来た瞬間には彼女のいたビルも巻き込まれた。
「あ、うわ?! ちょ、何あれ!?」
彼女が跳躍して、上空から落下中にソレを見る。
エクステンド達が苦戦しているどころか。
駆逐されている理由がそこにいた。
鋼色の蜘蛛だった。
だが、大きさがオカシイ。
3m級の存在だ。
ついでに言えば、彼女が見る限り、エクステンドの人型タイプ40体前後が全て変異個体でありながら、次々に蜘蛛の吐く光線で消し飛び。
残る個体も瞬時に何かに細切れにされたかのようにバラバラになって光線で焼き滅ぼされ、逃げようとした敵すらも何かに粘着されたかのように虚空に縫い留められて、蜘蛛脚で串刺し。
そのまま猛烈な振動らしきものを受けたのか。
グズグズに溶けて、やはり光線で焼き滅ぼされていた。
「なっ、なっ、何あれぇ……」
思わず彼女が呟くのも無理は無い。
あのエクステンドの数からして、ゴーレム100機で倒せるかどうか。
そういう敵が瞬時に無力化されたのだ。
だが、そこから先は彼女もまるで意味が分からないレベルで意味不明だった。
「???」
彼女の目の前で起った事は単純だ。
銀色の蜘蛛が壊滅させたエクステンド達の遺骸に次々と装甲内部から射出した自身の脚のようなもので追い打ちを掛けていく。
それだけならば、再生しないようにという可能性があった。
しかし、その刃らしいものに貫かれた存在が次々に蘇生……というよりはもはや変質と呼ぶべきだろう……その体躯の内側や液体の中から浮かび上がるかのように宝石を重ね合わせたような肉体を持つ蜘蛛として再生していく。
それと同時に遺骸の残存部分が干からびていった。
「な、何なの?」
彼女が呟いている間にも宝石蜘蛛達が銀色の蜘蛛に挨拶したようで片脚を上げた。
そして、銀色の蜘蛛が形を変形させて丸いスライム状になって溶けると内部から黒い蜘蛛が三匹出て来た。
彼らは宝石蜘蛛達を導くように何やら虚空に地図を展開すると、首都の旧防衛線……巨大な地下トンネルの円環の外周に置かれていた陣地近辺を次々に指差すと散開して、各地へと高速で消えていった。
残されたのは黒い蜘蛛が一匹だけだ。
また新しい種類の怪物が生まれたのだろうか。
そう彼女はこっそりとソレの残りに近付いて観察する事とする。
「……じ~~~」
黒い蜘蛛は周囲にある巨大スライムの上に飛び乗ると。
それを進め始めた。
何処に行くのかと彼女が遠巻きに双眼鏡で確認しながら尾行を開始する。
すると、蜘蛛が向かう先を見て、顔を青褪めさせた。
その行き先が首都でも最大の個体数を誇る怪物達の住処に向かっていると分かったからだ。
神薬のレプリカ。
デミ・ソーマ。
人間を人間以上にする薬による投薬実験。
その爆発的な怪物達の増殖が起った地からは恐ろしいエクステンド達が次々に現れ、最終的に大陸の人類はそいつらに負けて地下暮らし。
もう十年近く前に最後の部隊が撤収したが、それまでは巨大な怪物や明らかに神に近しい怪物達を相手に人類は戦っていたのだ。
しかし、その個体達を統率する者が現れ始めると一気に状況は悪化。
集団戦術を取り始めた適合率が高い個体によって戦力の7割以上が破壊され、何とか撤退を完了した人々は残された戦力で各地をネズミのように這い周り、必要物資がある時だけ地上に出て回収を行っている。
「あ、あんなのがあいつらの巣に行ったら、た、大変な事になっちゃうんじゃ……」
父の仇を討ち。
父だった者を討ち。
何なら食料を回収して戻るはずだった彼女はとんでもない場面に遭遇し、ゴクリと唾を呑み込んで後方からスライムを追い掛け始める。
もしかしたら怪物同士が戦って共倒れになるんじゃないか、とか。
そういう期待をしながら……。
*
蜘蛛が侵入した滅びゆく大陸。
最初にやって来た蜘蛛には目的があった。
ペカトゥミアの一体である彼は各大陸に手を伸ばしつつある蜘蛛達の先兵の一体だ。
その目的は神々が手を引いた大陸。
つまり、神の力が失われ、加護もなく、人々が生きるようになった大陸の調査。
これは今後神々を少年が駆逐した場合の影響を計る為の事前調査であった。
しかし、そんな大陸は左程見つかっておらず。
エム大陸の蜘蛛達と連絡を取った島の蜘蛛達は最も生存力と過酷な環境でも生産を行える生産力に秀でた蜘蛛を選出。
各大陸へと一匹ずつ派遣する事となった。
だが、時間の変動が酷くなったせいで彼はあちこちの大陸を経由して目的地へと辿り着く頃には5か月以上経っており、最後の経由地で転移の遺跡を発見し、過去の旧き者達の遺跡の力で現在向かう事が出来ない大陸へと直接入り込む事に成功した。
しかし、そこに待っていたのは明らかに神の力を持つ化け物が大量。
しかも、文明が完全に滅びつつあるのは見れば分かる有様であり、仕方ないので怪物を仲間に出来るか試す事にしたのである。
やって来た時に死んでいる人間もいたのでペカトゥミアにしつつ、仲間を増やして、ウルで蜘蛛を増やしまくっていたのだが、何か気に入らないとばかりに怪物達の上位個体が襲来。
慌ててウルに他2人のペカトゥミアと載って「合体(>_<)」ごっこしながら、役割分担しつつ、上位個体を蹂躙。
怪物達を神の力マシマシ系存在からの変貌である宝石蜘蛛にしてようやく本来の調査の為の基地建設へと移ろうとしていた。
だが、その移動は途中で頓挫する。
首都の元国立病院跡地は今や巨大な繭と化しており、4km近い領域がエクステンド達の巣となっていたのだ。
数百くらいならいなせるかと思っていた蜘蛛だったが、巨大な繭状のドーム周囲にある元はビルだったと思われる繭の群れから猛烈な勢いで万単位のエクステンドが蜂の巣を突いたかのように出て来るに至り、慌てて、不可糸で隠形を行った。
光学迷彩を使う蜘蛛とスライム状物体に驚きつつも少女もまた同じようにする。
すぐに現場を逃げ出した彼女だったが、新たな明らかにエクステンドとは違う存在に何か予兆のようなものを感じざるを得なかった。
何故なら、首都のエクステンド達の居城からあんな大量の敵が湧き出したところなんて彼女は見た事が無かったからだ。
学校では敵の事を最新の情報まで詳しく学習させられるのだが、あの巨大繭から出て来るのは基本的に必要な戦力だけであり、相手の実力以上の過剰戦力で圧し潰される事は無かったと教科書には載っているのだ。
相手もギリギリの消耗戦。
ならば、人類は神の力を持つ死人達相手には不利と言われていた。
そもそも数年前にはもう死人達が繭を用いて新たな個体を生産している事が知られており、そのせいで絶望するしかない人類が地下への撤退を決めた経緯がある。
あの蜘蛛単体に対して出撃したエクステンドの数が明らかに異常なのは見れば分かった。
少女はこのままでは自分の身もアブナイとスゴスゴと地下へと帰るルートを選択。
父の仇は撃てなかったが、新しい情報を手に入れて、飛び出してきた地下に戻っていく。
滅茶苦茶怒られるだろうなと物凄く渋い顔になりながら……。
それでも彼女は少し冷えた頭で僅かにやって来た新たな隣人の事を考える。
あの力……自分達が使えたら、どれだけの戦力になるのだろうと。
その夜、彼女は軍の独房に半日の刑が即日科された。
ただ、その後に半日で出され、地下の研究者達によってノイローゼになりそうなくらいに録画した映像データの事で質問攻めにされる事となる。
「( ̄ー ̄)………」
それを見ている存在がすぐ傍にいるとも知らずに。
*
翌日、少女は辟易した様子で午後3時の娑婆の空気を吸っていた。
「おぇ~~」
彼女の装備はすっかり取り上げられている。
ホットパンツにピチピチの胸元だけ隠すインナースーツ姿。
スポーツでもしていれば、健全と言われるだろうが生憎と彼女の顔のメイクは崩れていない。
地下生活は基本的に暗闇との戦いだ。
元々、首都の地下防空壕として完備されていたシェルター群は複数のトンネルで繋がっており、シェルターそのものも区分けされて夫々に大電力を生み出す事が可能な地下水を用いた水力発電が行われ、汲み上げた水は人々の生活用水として使われている。
節水名目で基本的にとにかく衛生目的以外の一部用水以外は使われていない為、シェルターは黒ずんだ場所を薬品で清めるというスタンスのせいで薬品臭かったり、壁や床の染みが酷い。
トイレこそ清潔に使われているが、清める時は専門の用具と僅かな水で行われ、その後も流すというよりは地下の処理システムで肥料として使われる為、根本的に嘗ての先進文明時代とは打って変わって何でも節制が求められている。
「はぁぁ……」
シェルターの通路は狭く。
共同使用する講堂の類は人が溢れているものの。
今日の食事に事欠く貧民が配給の列に並び。
子供達はお腹をくーくーさせているというのが現状。
それでもまだ活気がある方だというのは常識だ。
何故ならば、各地のシェルターの2割近くが此処数年でエクステンドに落とされてしまい。
各地との連絡通路の途絶によって、多くのシェルターが各地の工場設備毎の産品を受け取るのに苦労するようになったせいで物流は最悪。
今や銃弾一つにすら大きく所持制限が掛けられ、自衛の為の弾すら儘ならないという者が大勢であり、住民が腰に下げている拳銃なんて自殺用の弾丸が一発しか入っていないという有様だったりするのだ。
継ぎ接ぎだらけの衣服と外套を着込んだ老若男女がまともに洗濯も出来ないせいで温度の高い区画に住む者はほぼ半裸。
女ですらビキニ染みたインナーで過ごすのがはしたないとは言われない時代に突入。
少女の姿も何ら珍しくなく。
客を取らないというだけで同じような恰好の少女が軍用品の内職を熱い室内ではなく。
居住部屋先に台を置いてやっているのもよく見る光景。
そんな雑多な場所で育てられた彼女は教官の事を思い出していた。
滅茶苦茶軍人然として怒られた後。
物凄くキツく抱き締められて、何だか物凄く複雑そうな表情になっていたのだ。
幾つかあるシェルターの居住区画の一つの最上階。
嘗て、父がいた場所に戻って来た。
しかし、中は少女の小物と父の趣味である嘗ての時代の写真が壁に貼られている以外は何処かガランとしている。
もう父が居ないのだと実感した彼女はそれでも腹は空くのだとくーくーなる腹の虫を恨めしく思いつつも無言の帰宅を果たした。
「はぁ……あの白衣共……何か知ってるみたいだったけど、あの蟲達って何なんだろう……」
彼女が呟きながら配給制の水をタンクの蛇口から捻って薬缶に入れて、電磁誘導加熱式の過熱料理卓に置いた。
その合間に乾燥麺が入った金属製の配給カップを用意して、それをミニホルダーに入れて、すぐに熱湯を薬缶から注いで重石として薬缶をカップの上に載せた。
今時は何でも配給、何でも再処理の時代だ。
登録番号入りのカップを個人で複数所有し、定期的に配給所に持って行って、乾麺のような乾燥食品を入れた状態で渡され、こうして食べるのが一般的になっている。
今や塩すら貴重なようで仕方なく塩を彼らが出したモノから補給しているという噂もある乾燥食品は不味くは無いが旨いと言えるような味でもない。
「ちょっと調べてみるか。あのバカ親父のIDはまだ生きているはず。普通は抹消に7日くらい掛かるって言うし……」
彼女がカップを入れたホルダーの上から薬缶を外して熱々の湯気に顔を温められつつ、フォークをカップに突っ込んで壁際の端末に父親のID番号を入れてカタカタとキーボードを叩き始めた。
「うわ……あのバカ親父……お気にの娼婦との写真とか。お母さんに悪いとすら思って無さそう。は~~だから、馬鹿親父なんだよ。お父さん呼びして欲しかったら、もっと父親らしくすれば良かったのに……まったく……もう呼べなくなっちゃったじゃん」
文句を言いながらも群のサーバーにアクセスした彼女は生物情報の項目をアーカイヴの中から見つけて、危険生物の類を検索。
「蜘蛛……蜘蛛……おっ? 当たった……特別閲覧指定? え? 何? そんな、ヤバいの? 確かコレって適合率80%以上のエクステンドに課される個体名クラスのヤツにしか掛けられない制限だったはず……」
彼女が特定の情報を呼び出した。
すると、そこに書かれてある文字を読むに彼女の顔色が見る見る悪くなる。
「……十五年前の悪夢。世界の破滅が起る大陸に生息すると推定される? エム大陸の悲劇……は? た、たった1個体で100万規模の陸海軍を全滅させた? 嘘でしょ……」
彼女が見たのは十年以上前に目撃された蜘蛛の情報であった。
今はもう彼女達の大陸とは連絡すら繋がらない先進大陸の同盟軍を打ち破った蜘蛛達。
「最大の能力は蜘蛛の脚型の剣を用いた同族化……これによって大陸同盟軍の9割近くが蜘蛛にされた? 死体すら蜘蛛に出来る事で爆発的に膨れ上がって敵軍を押し返す事も出来ずに軍は崩壊……僅かに残った艦艇と民間人と軍服を着ていなかった軍人と軍属だけが生き残った?」
彼女がまるで嘘か御伽噺のような話に目を細める。
「じゃ、じゃあ、破滅の大陸からあの蟲がやって来たって事? ああ、だから、あの白衣共血相を変えてたのね。エクステンドすら蜘蛛にしてたって事は……ああ、軍事利用出来ればとか考えてるんだろうな……うん。危な過ぎでしょ……」
彼女がすぐに情報端末のログインを終えて端末の電源を落とした。
「はぁ~~攻撃が殆ど効かないとか。大量の特殊能力とか。あんなのに責められたらいよいよこの大陸も終わりかもね……」
愚痴った彼女が出来ているカップ内部の乾麺をフォークで啜り始める。
「(あの銀色から出て来たのは黒いのが三匹だった。って、事は……普通の蜘蛛? 翡翠色の蜘蛛は喋る上に指揮官みたいだったって話だけど……話せるのかな?)」
彼女がズルズルと麺を啜っていると彼女の後ろでもズルズルと麺を啜る音。
「もぉ~馬鹿親父!? 人の乾麺勝手に食べないでよね!? 後、その硬い肉が入ったの美味しいの? 馬鹿みたいに噛み切れな―――」
そこで彼女が背筋を凍らせた。
ついでに今の自分が手ぶらだと気付いて、フォーク以外の得物が無いかと確認する前に後ろから肉を切り分ける用のナイフが差し出される。
それを震えながら受け取った彼女が跳び退きながら、天井に脚を付けるように回転して、壁に張り付くと彼女の背後の壁に張り付いて器用に乾麺を啜る蜘蛛が一匹。
「ひ!?」
ゾワッとその黒い巨大蜘蛛に悲鳴を上げそうになった彼女であるが、蜘蛛が残った脚の一つに看板を持っている事に気付いた。
その手持ち式看板にはこんな事が書かれていた。
「か、噛み切れる肉が食べたいの? って、意志疎通出来るのアンタ?!」
「( ̄ー ̄)(勿論です。蜘蛛ですから的な顔)」
「な、何か腹立つ顔してるわね。お父さんみたいなドヤ顔しやがって……まさか、此処まで尾行されてた? どうやって入って来たって言うのよ!?」
彼女が未だ警戒を解かずにいると蜘蛛の方が床に降りて、薬缶に残っていたお湯を何やら何処からか取り出した円筒形の缶の中に注ぎ始めた。
「何人んちのお湯で乾麺戻してるのよ?!!」
「(´ω`*)(お食事は文化の極みですという顔)」
ヒョイッと蜘蛛が彼女に残った脚で名刺を差し出す。
思わず受け取った彼女がようやく床に降りてマジマジとその名刺の内容を見やる。
「外大陸大使付き武官? は?! まさか、アンタ……」
「(・∀・)(大使付きの武官ダヨという顔)」
「公務員……ま、まさか、蜘蛛が国でも作ってるって言うの!? あ、有り得ない……」
と、少女が言っている間にも彼女の部屋をドンドンドンドンと叩く音。
蜘蛛は何も構わずにお湯を注いだカップをじ~~っと見つめており、脂汗を流した彼女は走って扉を開けに行った。
そして、すぐに突入してきた部隊によって拘束され、何故か蜘蛛の方が滅茶苦茶丁寧に連行というよりは部隊に護衛されていく様子を見て。
「よ、世の中間違ってる!? こっちは人間であっちは蟲でしょ!?」
そう叫んだが、それに同意したそうな顔のフルマスクの部隊員達はボリボリと後頭部を掻くやら、溜息を吐くやらして、少女をどことなく優しい手付きで手錠を掛けて連行するのだった。
*
「ほ、ほぉ? つまり、貴殿は外大陸に派遣された例の大陸に住まう種族の外交大使の武官であり、わ、我々に外交交渉の為に接触したと申されるのですな?」
脂汗を浮かべたのは首都にある全てのシェルターの人員を統括する理事会の男だった。
数名の構成員からなる理事会の面々も話を直接聞いている50代の細身の男の如く額に汗を浮かべている。
彼らの映像を映し出すディスプレイとカメラの前で少女の部屋にいたペカトゥミアがカップ片手に「(´~`)モグモグ」と大振りの戻した肉をフォークで引き上げて齧りながらウンウン頷く。
「交渉内容はコレ、ですか……」
蜘蛛が差し出した数枚の紙には不可糸で書かれた交渉内容が載っている。
それを読み込んだ理事達の顔色は明らかに悪かった。
「外交大使が現地で作った同胞を用いて、エクステンドを撃滅する代わりに我らに国交の樹立と蜘蛛達の定住許可を出して欲しい、と」
「(・∀・)(ウンウンと頷く顔)」
「そして、地表の復興を蜘蛛との同居で良ければ、手伝う、と」
蜘蛛がまた頷く。
「その為に貴方達の技術力で街区を持つ巨大な区画を建設し、エクステンド討伐の為の前哨基地として開発する許可。更には共同軍の設立。その為の軍事協定と平和条約、通商条約の締結。最後に今後この大陸が開放された際には他大陸に対しても蜘蛛側の勢力として会議に参加して欲しい、と」
蜘蛛がまた軽く頷いた。
理事達からすれば、破滅の使徒が何か超パワーを筆頭にしたごり押しで破滅したくなかったら、素直に属国になれと言っているように見えたわけだが、蜘蛛にしてみれば、こんなに良い話も無いだろうという心持である。
「……そもそもの話として、我らには遥か天の破滅が迫っているわけですが」
それに対してペカトゥミアがまた看板をお出しする。
「それはこっちの本隊が何とかする? 何とか、なると? 直径で月より少し小さい程度の岩塊をどうやって破砕するものか教えて欲しいのだが……」
思わず率直になって半眼な応対していた理事に対し、脚が虚空でグルグル回される。
すると、呪紋によって瞬時に三次元式の惑星と月と岩塊の詳細なマップが出た。
「は!? い、今何を? これが魔力運用体系に出来る事なのか」
あまりにも魔力を動力として運用し過ぎた弊害で魔法的な技能が廃れた大陸の一つである彼らにしてみれば、機械のような事が出来るのは驚くしかない力であった。
それに対して、蜘蛛は聞き齧った情報を元に作戦を説明する。
そうして数時間後。
理事達は蜘蛛が下がった後も現場で互いに話し合っていた。
『あんな夢物語か。あるいは単なる無知蒙昧な妄想を真に受けるのか?』
理事の1人が思わずそう零した。
『ですが、彼が我らに齎したエクステンドの現在の配置や各地の現状の映像、画像情報は解析班からも本物だと言われています』
「手土産にされた秘薬に付いてだが、今さっき解析班から外部遠征で重症の余命幾何も無い者に使ったら、あっさり死の淵から戻って来たどころか。完全に傷が治ったそうだ』
『ッ―――失われた神世の秘薬に匹敵するのか?!』
「全ての元凶であるデミ・ソーマの成分と似たような未知の成分が多数検出された」
『そ、それはまさか?!』
「恐らくだが、ソーマの大本。もしくは近しい薬をあの蜘蛛達は持っている」
『『『『『『『………』』』』』』』
「それと彼が外の食料生産工場から持ってきたと言っていた各種の野菜と肉に付いてだが、解析班が……」
『どうした?』
「解析班の話によれば、今のところ問題のある成分や遺伝子は検出されていない。ただ、あまりにも品質と栄養価が高過ぎて、どんな作り方をしているにせよ。まともではないそうだ」
『栄養価が高過ぎる?』
「通常の栄養価の1000倍から12万倍弱もの量が含まれているそうだ。持って来られた分だけでシェルター数日分の消費をスープにすれば、一人一杯で賄える程の量だとか」
『……それは一体、どういう?』
「つまり、だ。我々は我々よりも遥かに栄養価の高い食事を取った健康体の蜘蛛相手にまともな戦闘を仕掛けようものならば、兵站からして敗北するしかない」
『相手は飢えないわけですか……』
「奴らが増える方法は別生命体へあの剣を突き刺すだけだ……増えた連中がまともな食事をしているのに我らの兵隊はそうも行かない。どう見ても勝てる要素が無い」
『弾薬も足りませんか……』
「近頃はシェルターの防衛隊幹部ですら栄養失調気味の者が多いのは誰もが知る通りだ……」
『エクステンドよりも性質が悪い?』
「そういう事だ。どの道、後3年持たない事は各シェルター何処も同じ。此処で連中が引き上げた場合、戦力的にも立て直し出来ないままに我らは……」
多くの理事達が押し黙る。
『元凶たる存在を相手に外交、か』
『彼らの説明が真実ならば、世界を破滅させるモノと戦う為に彼らは生まれた。それも真実なのかどうか』
『どの道、食料の配給が止まるまで数か月。坐して待つか。外に出て大規模に食料を倉庫から持ってくるかの二択以外の話となれば、悪くは無い』
『……だが、本当に連中はエクステンドを叩くだけの力があるのか? 今や自身で増えていく事が出来るエクステンドの現在の総数は最盛期の我らの大陸人口よりも多いのかもしれんのだぞ?』
「そこは期待しておこう。何せ1日も経たずに数百万が蜘蛛になった。ならば、数日で数千万。100日もあれば、億の戦力が大攻勢を掛けるというのも無理ではあるまい」
『しかしだ!! その後はどうする!! 増え過ぎた蜘蛛達に大陸を乗っ取られるのではないか!?』
『そうだ!? 戦力は魅力的だが、結局我らが追い出されるだけでは?』
『人口は最盛期の1%未満。再び文明を復興するまで100年で足りるかどうか……それまでに蜘蛛達の奴隷にされないという保証も無いでしょう』
「その懸念は最もだ。だが、それに対する答えを既に連中は持っていたようだ」
部下の1人から渡された紙を男がチラリと見やる。
「ふむ……ははは、奴らは正しく神の御業の持主か」
『何を見ている? 今のはどういう事だ?』
「連中がエクステンドになった人類を復元する手段があると証明した」
『はぁぁぁ?!!』
「勿論、条件がある。一つ。変異してから一度も死んでいない個体である事。一つ。エクステンド達が生産した個体ではない事。一つ。変異から本来の寿命を過ぎていない事。これらに当て嵌るエクステンドを人間……正確にはエクステンド化する前の人格を持った人型生命体に戻せるそうだ」
『馬鹿な!? 我らが研究者達にも出来なかった事だぞ!?』
『そんな?!! そこまでの技術があの蟲共に在ると言うの!!?』
「今さっき連中から貰った呪具、とあちらでは言うそうだが、道具を使ってな。最初期の研究材料にして凍結していた個体を使ってみた」
『け、結果はまさか!?』
「当人と同定した。当時の知人が研究者でな。本来の人格を回復した事を確認。ただし、肉体的にも精神的にも一部薄弱化しているとの事だ」
『薄弱? どんな副作用があったと!?』
「映像が来ているそうだ。見てみよう」
彼らが自分達の希望となるかもしれない技術を前にして騒ぎ出し。
すぐに自分達の元へと送られてくる映像を見やる。
『お、お前!? イーサンか!? 本当にイーサンなのか!?』
『あ、ああ、アベット……お前、老けたなぁ……』
『あぁ、ぁあ、そうだ。お前はどうやら若返ったみたいだな』
『そ、そうか? というか、オレはどうしてこんなところに……記憶が曖昧だ。確かエクステンド共の襲撃で研究所を破壊された時に……ぅ』
『今はいい!! と、とにかく、お前がイーサンなら何も問題ないさ』
『そ、そうか。お前そんなにオレの事を……あ、ちなみにオレはふつーだからな?』
『分かってるよ!! ははは』
『で、何だか……アベット。オレの腕細くないか?』
『………』
『オイ。何で黙るんだよ。怖いだろ!? アレか!? まさか、何かしらの移植手術を……って、脚も何か、えぇ? 体も何か……ちょ、ちょっと待て!? オレは男だぞ!? 何で何も無いんだ!?』
思わず震え始めた対象を相手にアベットという40代後半の男がニコリとして涙を拭った。
『お前が幼女だからさ』
『は? オレは31歳独身の男!? 毎日髭剃って、水虫の薬塗ってたんだぞ!? 股間までつるっつるか!? いや、それともオレの人格でも別人に複製したか!!? SFか!? SF展開なのか!!?』
『驚かないで聞いてくれ。今、お前の体は……破滅の大陸から来た蜘蛛が持っていた呪具……通称『幼女化短剣』で幼女としてエクステンドから復活したんだ!!?』
『………すまん。アベット。どうやらオレは走馬灯でおかしな夢を見てるらしい。悪いな。もう少ししたら起こしてくれ。天国で待ってるからな?』
そんな二人の親友のやり取りを聞いていた理事達が沈黙する。
ただ、そのままでも居られないと現場の理事の男が発言を再開した。
「彼らの技術力ではコレが限界だそうだ。生憎と年齢と性別を弄る薬は彼らの本隊にしかなく。生産も許されていないらしい。本来は特別な薬が必要なそうで……最新の技術で特定の年齢、特定の性別で良いなら現場の蜘蛛達の創るもので代用可能なのだとか」
『………女性なら嬉しいかもね』
女性理事が呟く。
『人生をやり直しか。それも幼女から? はははは、夢でも見ていた方がまだマシだな』
『そもそも相手を識別してエクステンドの人格を復帰させる余裕があるのか?』
「蜘蛛達はどうやら魂を見分けるらしい。その魂が人間のものならば、使う価値はある。ただし、エクステンド化後に一度でも死ぬような怪我を負っていたり、時間経過で元々の寿命が来ていた場合は魂が擦り切れているせいで復元出来ないのだとか」
『………それで種族は人間なの?』
「そこは残念ながら人間ではない。人型生命の知性体。事実上はエクステンドの肉体を別のものに作り替える作業だそうだ。結果的に復元された人格は時間経過で年相応で性別基準で薄弱化。記憶と人格はほぼそのままに当人が幼女になるらしい」
『本人と言うには絶妙に……』
思わず理事の1人が困ったような顔となる。
明らかに灰色。
幼女化復活はグレーなラインであった。
『だが、これで技術者や知識職が戻れば……』
「それとこれは仕様なのだそうだが、彼らの主に対して逆らえなくなるらしい。元々は敵の捕虜を無力化しておく為の剣なのだそうだ」
『ッ―――試されているのか。我々は……』
『死んだ者が生き返る代償。でも、それは……』
『だが、短期間で人口を回復する手段は外に……』
「諸君。背に腹は代えられない。何かを得るという事は何かを失うという事なのだ。そして、我々はもう十分に神の秘薬を複製しようとした代償を払った。だが、まだ払える。払えるのなら、取り戻してやろうという相手がいる。それが例え悪魔の如き蟲との契約でも……もう追い詰められ終わった我らに後退の二文字はあるかね?」
多くの理事達が黙るしかなかった。
どの道、彼らに選択肢というものはほぼ残されていないのだ。
「最後に残る世代がエクステンドの遺伝子を導入した人類と同じかも怪しい適合率で能力が決まる個体群なご時世だ。今更、幼女になって敵になるかもしれない程度、飲み込んでしまえばいい」
最後の沈黙の後。
「では、決を取ろう。この総合条約に対しての推進の可否について。諸々を詰めるのは後だ。もう時間は無いのだから」
こうして、その日、滅び掛けている大陸に蜘蛛達の居住が許可され、また一つ蜘蛛達がいても問題ない大陸が増えたのだった。
*
武官を名乗るペカトゥミアは相手の答えは明日聞く事にして、今は複数人の護衛という名の監視役隊員達を連れて、例の少女の入れられた独房に来ていた。
すぐに牢から出て来た少女がパクパクと口を開き。
明らかに自分より重要人物待遇されている蜘蛛に対してプルプルと震える。
「(;^ω^)(これ食べる? と少女に干し肉を餌付けする蜘蛛の顔)」
「う、よ、良い匂いさせてるじゃない。く……でも、その前にアンタは何なの!?」
その言葉に対して隊員の1人が少女の傍に来て、耳元にゴニョゴニョと呟く。
「な、理事達と会ったの!? ま、まさか特別待遇?! む、蟲の癖に!?」
と、言われても蜘蛛は何ら気分を害した様子も無く。
食べないなら自分が食べるとばかりに「((。´ω`。))(もぐもぐ)」していた。
しかも、干し肉はどうやら途中で炙られた様子で滅茶苦茶良い匂いを周囲に漂わせている。
ゴクリと唾を呑み込んだ部隊員達であるが、得たいの知れない食料を食べるわけにはいかないというのは言わずとも共通認識である。
「くぅ……何で蜘蛛が良い食事してて、あたし達が腹ペコなのよ!?」
言ってる傍から蜘蛛が今度は何処から取り出したのか。
魚の切り身らしいものをまた炙ったものを齧り始めた。
「いや、だから、何処から取り出してんのよ!? というか、此処で喰うな!? みんな滅茶苦茶お腹空いてるのよ!? そんな匂いさせてたら!!?」
と、彼女が言っている間にも周囲には匂いに釣られた軍警の者達が近付いて来て、巨大蜘蛛がやたら旨そうなものを齧っている様子に何か生物としての理不尽さを感じたらしく。
フラリと倒れる者が複数人出て、腹の虫が鳴る者も更に複数出た。
「(;^ω^)(これ食べる? と再び少女に今度は甘い匂いの焼き菓子を餌付けする顔)」
「な、あ、お、御菓子!? こ、ここ、こんなの何処に入れてるわけ?! 本当に何処にそんなのが入ってるのよ!? ま、まさか!? 体の中に入ってるとか!!?」
それはさすがに嫌だなという顔の隊員達であるが、蜘蛛脚が何やら虚空に手を突っ込んで消えるとゴソゴソと焼き菓子を一つ引っ張り出した。
「こ、虚空から出て来るの!?」
彼女がそう言うと蜘蛛の上にスライム状の物体が不可糸による光学迷彩を解いた。
「な!? あのスライム!? まさか、ずっとコイツの上にいたの!? み、見えなかった……」
再びスライムが消える。
そうして「(・∀・)(じ~~という顔)」でペカトゥミアが少女を見やる。
差し出された焼き菓子はそのままだ。
ゴクリと唾を呑み込んだ彼女は意を決した。
どの道、死ぬ気であの場所まで行ったのだ。
今更、超絶大きな害虫に差し出された得体の知れない焼き菓子くらい食べたって構わなかった。
正しくやけっぱち。
奪い取るようにして小さなタルトを彼女は大口で頬張った。
そして、何度か咀嚼した後。
「ぅ………」
思わず周囲の部隊員達が「毒か!? 毒なのか!?」という顔になったが。
「ぅまい……じゃない。喉乾くわね。コレ……一年に一回だけ配給されてる御菓子より美味しいなんて……ムカつく……」
少女がちょっと悔しそうに頬を染めて蜘蛛を見やる。
すると、蜘蛛がまた虚空に脚を突っ込んで今度は水筒を差し出した。
遠征隊の使う正規品である。
食料が必要なペカトゥミア達を筆頭にした蜘蛛達の多くは魔力でしばらく飲まず食わずでも持つのだが、スピィリアと違って永久に魔力だけでは持たない体なのだ。
故に未開の地で単独行動する個体には完結性が高い事が要求される。
つまり、食料自給出来る能力が無ければ、食料庫としてウルの小さい版が与えらえて、そこに色々と詰め込む蜘蛛が多い。
そして、今回はウル一体に大量の食糧が詰まれており、現在は蜘蛛達が首都に作り上げた地下食料生産工場……エム大陸の後進国で技術開発された建設技術を用いて、大量の食糧が生産されつつあった。
それを主に食べるのは亡者出のディミドィアや人間や人型知性の新鮮な死体から生まれたペカトゥミア達だ。
死人と呼ばれるエクステンドは下位個体は蜘蛛にすれば、ディミドィア。
上位個体はまだ名も無き新人類アークと同じ宝石蜘蛛になる事から、宝石蜘蛛になる条件は神の力がかなり高い個体という事で推定が終っている。
魂の擦り切れた死人達はディミドィアとして相当数が仲間に加わる予定だった為、最初に食料生産工場を建てるというのは正しく理に適っていた。
ついでにエム大陸で最新の文明料理知識に触れた蜘蛛達は少年の記憶を用いて、自分達で作った食品を加工し、保存する技術も確立。
今では最終加工が終った食品……つまり、焼き菓子とか手間の掛かる料理が戦闘してない時はウルの中に放り込まれているという事であった。
勿論、戦闘時は一部保管機能を持たせたウルの破片を退避させておく為、保存も問題ない。
「ンクンクンク。ぷはっ……な、何よコレ。こっちも甘くてほろ苦くてお、美味しいじゃない。お茶ってヤツ?」
水筒まで呑み始めた少女を前にして「いいなぁ……」という顔になる軍警の隊員と監視役の隊員達であったが、蜘蛛から食料を貰う度胸はさすがに無かった。
「(-ω-)/(ごはんならまだ一杯あるよと看板に書く顔)」
「はっ!? だ、騙されないわよ!? こんなんでアンタのヤバさが帳消しになったりしないでしょ!? というか、三匹で適合率6割超えてるハイ・エクステンドの集団をほぼ数十秒で倒せるのよ!? おかしいでしょ!!?」
その言葉だけで周囲の隊員の体感温度が10度は下がった。
神の薬。
その複製品デミ・ソーマに適合出来た死人の一部は彼らにしてみれば、1体で一個中隊が消し飛ぶような怪物である。
それが数十体を瞬時に無力化すると言うのならば、目の前の怪物は明らかに彼ら数人ではまったく歯が立たないどころか。
何をしようが押し留められたりしない戦力だと今更に気付いたのだ。
「(●´ω`●)(これからシェルターに本格的に食料持ってくるけど、付いて来る?という顔)」
「あ、アンタ……今のを此処の連中に食べさせようっての?」
「(・∀・)(取り合えず、地下工場にゴーゴーと無視して、シャカシャカ歩き始める顔)」
「あ、ちょ、ま、待てぇ!? アンタは油断ならないわ!? アタシがアンタを監視してやるんだから!?」
少女が思わず水筒を片手に蜘蛛の後ろを走っていく。
すぐに部隊員達もそれに続いた。
上からはこう言われていたのだ。
死んでも見失うな。
決して気を許すな。
絶対に居場所を確認出来るようにしろ。
それは自分達の命よりも重い命令だと思え。
それがこのシェルターの未来が掛かった任務である、と。
*
蜘蛛がシャカシャカ早足にやって来たのはシェルターの外壁付近。
つまり、巨大なロックされた隔壁付近であった。
周辺は全て敵の侵入を想定して、トラップと諸々の監視装置の山と化しており、もしも地上の死人達が攻めて来ても適合率90%くらいまでの個体ならば食い止められると言われていた。
しかし、そんなのは蜘蛛にしてみれば、叡智の塊たる少年の記憶を継いでいる手前、何の障害にもならない。
蜘蛛が罠満載の地帯をまるで何もないかのように抜けていくのをドン引きで見ていた隊員達であったが、本当に“何ももない”事を理解して真っ青になった。
罠が悉く解除されていたのだ。
よくよく見れば、殆どの罠が道端で破壊されているが、その破壊地点には何やら象形が幾つか刻まれており、無力化されたのに警報すら出ていないという事は欺瞞されているという事。
要は……もしも蜘蛛達が押し寄せてくれば、シェルターはまるで防御手段が機能せずに沈む。
それを彼らは瞬時に理解したのである。
「あ、ちょ、待てぇ~~!? 何処行くのよ~~!? そっちはただの壁よぉ!!?」
少女は蜘蛛ばかり見ていて、自分のいる位置をまだよく把握していなかったが、本来ならば、途中で蜂の巣になったり、地雷で吹き飛んだり、自分の胴体を貫通するニードルで串刺しにされたり、大量の散弾で穴だらけにされていなければおかしかった。
こうして隊員達はそんな状況にもならずに走っていく少女を追い掛けて、ようやく蜘蛛が立ち止まった場所に追い付いた。
壁際はゲートからかなり離れた位置にある。
しかし、その何も無さそうなシェルターの壁に蜘蛛が脚を触れると、スカッと通り抜けて、驚く彼らを背後にシャカシャカと再び早歩きで奥へと消えていく。
「あ、ちょっ」
少女が再び走り出し、隊員達もそれに倣った。
彼らが幻影の呪紋を通り抜けると明らかに岩壁らしきものが磨き上げられたかのような通路に出た。
通路の天井には光る呪紋が刻まれており、彼らが数十mは走ったら、その先に光が見えてきた。
「―――は?」
思わず光の先で立ち止まった少女が驚愕に目を零しそうな程に見開いていた。
そして、後から追い付いた隊員達も同じように度肝を抜かれて放心する。
凡そ500m近い横幅があると思われる巨大な横に寝かせられた円筒形状の空間が其処には広がっていた。
彼らが出た場所は空間の四隅だ。
天井から薄暗い程度の光が巨大な地下空洞を照らし出しているが、問題はその薄暗い世界の地表だ。
彼らがいるのは空間の天井から地表までの中間程度の高さにある踊り場であった。
其処から見える地表は一面が黒い蠢く何かで埋め尽くされており、あちこちのパイプから常にドロドロが流れ込んでいるように見受けられた。
そして、その黒いドロドロの上に陶器製にも見える水耕栽培用のプランターのようなものが浮かべられており、大量の葉野菜や根菜類……そして、肉らしきものが脈動している。
「に、肉が、は、生えて、る?」
思わず少女が呟く。
自分で言っててもおかしいとは分かるのだろう。
その顔は明らかに引き攣っていた。
大量の葉野菜根菜類は数種類が栽培されているらしく。
奥には穀物類も見えるのだが、それよりなにより大きなこんもりとした肉のこん棒のようなものが生えた列では色合いが違う肉が数種類は存在していた。
それが血管を浮かべる骨の上で“成っている”のだ。
その漆黒の畑の最中を何も無さそうに見える虚空の糸を歩く蜘蛛達が数十匹。
次々に前脚を鎌状にして刈り取っていく。
肉は刈り取られると明らかに骨らしき部分が見えていた。
それらの収穫物がレーン毎に横に併設された自動化されたコンベアーに載せられ、隣の区画が接続されていると思われる壁の先へと送られていく。
蜘蛛を更に追い掛けていくと。
「(>_<)(順調!!という顔)」
彼らが何処から持ってきたものか。
大量の木製の箱らしきものに葉野菜や根菜を詰めていた。
肉は紙包みで包まれて蜘蛛達の糸で結ばれて梱包。
かなり薄そうな木箱に詰められ、コンベアーの先に送られていく。
蜘蛛が更に奥へと向かうとまたフロアを跨ぐ事となった。
彼らが最終的に行き付いた場所は思わず彼らが身を縮める寒さの場所だ。
巨大な冷凍庫らしき場所はかなり寒く。
少なくとも-5度前後よりも冷たかった。
区画間の扉は普通のものに見えたのだが、冷気は隣の区画には抜け出ていない。
箱が大量に積まれた倉庫は今正に少しずつ埋まっているらしく。
奥の箱の山となって見えていた。
恐らくは1割程度が埋まっているだろう。
「……ど、どうなってるのよぉおおおおお!!?」
少女の叫びは真っ当であった。
「(/・ω・)/(ざいこいっぱいうれしーなーという顔)」
蜘蛛はクルリと振り返ると大陸でも標準的な家畜である鳥、豚、牛の脳以外の内臓は大体作れるよ、と。
追加注文したくなったら言ってね、と。
看板で教え、「(^^)/(料理場にまいりまーすという顔)」で更に横の食品加工現場へと彼らを案内するのだった。
生憎と彼らは度肝を抜かれたが、一番の内心の叫びはこうだ。
―――こんな場所、このシェルターには併設されてねぇ!!?
つまり、数日でなかーまを増やした蜘蛛は超絶に広大な空間を地下で掘り抜き。
大量の資材を何処からか調達して、食料を栽培し始めたという事であり、明らかに彼らの知らないところで彼らのシェルターの隣は秘密基地のように地下開発されていたのだ(勝手に)。
どう考えても彼らには何一つ勝ち目が無かった。
食料の生産力でも工業力でも技術力ですらも……。
「理事会にご報告があります。どう考えても我らに勝ち目がありません」
「………まぁ、そうだな。そうかもしれん。この報告書を見る限り……はは」
その夕方頃、報告を受けたシェルターの理事の口からは魂が抜けていた。
彼の知る限り、シェルターの隣は土や硬い岩石層であり、それを超巨大空洞となるまで掘り抜くなんてどう見ても彼らの技術や常識では不可能だったし、それを彼らに気付かれずに終えて、食料や物資を生産しているなんて、怒りを通り越して変な笑いしか出ない出来事に違いなかったのである。
そして、その理事の机には久しぶりに料理人達が腕を振るった“全うな料理”が並んでいたのだった。
*
蜘蛛由来の超技術。
真菌による地力収奪や魔力を大地から吸い上げるヴァルハイル製の誘導抽出積層化装置は正しく島の産物だ。
基本的に生産職の蜘蛛達が学んだ技術や知識、呪具の製造ノウハウさえあれば、殆どの蜘蛛達にとって作るのは数の力さえあれば可能なものであった。
更に遥か地底から地熱を得る為の装置だの、先進大陸の技術を真似たコンベアーを用いる生産設備は蜘蛛達が日進月歩で進歩し続けている事の証である。
「(;´・ω・)(ヴァルハイルの技術力ってすげーよなーと実感するライン工の顔)」
再現性のある二番煎じ行動が得意な蜘蛛達の多くは基本的に組み合わせれば、大抵の事が可能になる技術や知識を他の蜘蛛達の記憶から拝借する事で現場で運用出来る。
一度それらを集合して使えば、その記憶が更に他の蜘蛛達によって運用され、より洗練されていく。
なので現在のその大陸の蜘蛛達のやり方は最新式という事になるだろう。
だが、明らかに肉が脈打つ畑から収穫された肉とか喰いたいという滅び掛けた大陸人類の層はいない。
知らぬが華である。
『これにて理事会の意見は決した。これより詳細を詰めさせて頂こう。武官殿』
『(^^)/(今、大使は基地建設に忙しいから承りましたと看板に書く顔)』
シェルターの理事達は報告に顔を引き攣らせながらも解析班から食べても問題ないが、基本的には加工食品にして血糖値を上げる方向で使わないと生食材は血糖値が上がり過ぎてヤバいとの報告にシェルターの調理設備をフル稼働。
翌日からスープの配給が倍になり、乾麺の配給も更に次の日には倍になった。
地下食料工場は穀物類すらも育てている為、更にパンの類も増産が開始される運びとなり、シェルターの地下食料生産設備とは生産力が桁外れに違う蜘蛛達の工場からは毎日余りある食料が流入。
『こ、小麦に葉野菜、根菜類に肉……オレ達調理班は遂に空腹過ぎて幻覚を……』
『料理長!? しっかりして下さい!? 現実ですよ!!?』
『こ、こっちの肉は魚だ!? 魚だぞ!? あ、油も乗ってやがる。というか、油までもある?!!』
『ちょ、ちょっと味見を……』
『だ、ダメだ!? あんまり栄養価が高過ぎて、血糖値が爆上がりして死ぬって注意書きに書かれてます!? とにかく何かしら薄めてスープや加工食品として出す手間が必要だと』
蜘蛛達から追加で送られて来た大量の食糧はシェルターの倉庫に収まり切らず。
次々に今まで閑職だった食料供給部門の調理キャパシティーをオーバーした。
なので、調理が24時間体制で増強された。
嬉しい悲鳴というヤツである。
久しぶりに腹一杯の炊き出しがシェルターでは出たのだ。
スープを摂った者達はホコホコしていたし、乾麺の供給がいきなり増えると聞かされたシェルター住民は何があるのだろうかと挙動不審にもなった。
遂にシェルターも終わりか、と。
最期の食事のようにそれを食べた者も少なからずいた。
しかし、彼らの予想は大きく外れ。
各シェルターの理事達が連盟で公共放送に垂れ流したのは極めて……そう極めて冗談のような話であった。
何なら先日の時点でシェルター内では巨大蜘蛛がシャカシャカ走ってたとか。
そういう通報が数十件寄せられていたが、無視されていたので遂に幻覚を見る程に自分達の栄養状態が悪化したのかと一部の住民は諦め顔だったのだ。
然して、一転した政府放送。
各シェルターの理事達が勢揃いする珍しい放送はのっけからフルスロットル。
理事達のディスプレイが並ぶ横に何故か1mくらい在りそうな大蜘蛛が大使付武官という肩書のネームプレートを置いたテーブル前の椅子に座っており、最初は何かの冗談の類かと多くが思った。
しかし、次々に発表される食料政策と新たな大陸外国家との交渉やら支援やらの話が出て来た辺りで彼らシェルター住民の背筋と額には嫌な汗が浮かんだ。
何故なら、置物みたいな蜘蛛が理事達の映像が説明している横で普通に水をストローでちゅーっと吸い上げて飲んでいたり、ボリボリと干し肉らしいものを齧っていたり、欠伸らしきものをして、前脚で複眼をゴシゴシして眠そうにしていたりしたからだ!!!
「(´-ω-`)(うつらうつらする顔)」
どう見ても生き物。
どう見ても本物。
ついでに15年以上前の時代をちゃんと知っている者の一部はそれが彼らと同じような先進大陸の一部で起きた大事件の首謀者に似ている事を悟っていた。
「以上を以て、我ら理事会はゼート大陸の国家ニアステラとの国交の樹立と共に彼の国の主要構成種族にして民族である蜘蛛の氏族との条約を締結し、此処に支援の受け入れと軍事同盟を以て地上奪還作戦を決行する為、共に―――」
殆どの住民達は理事達の話を話半分に聞いていた。
それはそうだろう。
それよりも気になったのは蜘蛛がモシャっている食事だったからだ。
干し肉、御菓子、果ては弁当らしきものが取り出されて、理事達の映像の横で「(´~`)(もぐもぐという顔)」で食べていたり、ジュースやデザートらしきスイーツまで用意されている始末。
だが、それはおかしいのだ。
何故ならそんなものはもうシェルター内の食材には無いはずなのだから。
「( ̄▽ ̄)(あーんとカラメルの入ったプリンを水筒から丸ごと落として口に流し込む顔)」
ゴクリと唾を呑み込む住民多数。
結局、理事達の話は腹ペコな住民達にとって衝撃は衝撃だったが、それよりも配給が増えるという事の方が重要であり、各地のシェルター群は次々に蜘蛛達との国交の話を許諾しながら、食料供給をお願いしたいと連絡を取って来る事となり、その位置へと外の蜘蛛達は大陸を超音速で踏破。
昼夜無き行軍で敵軍の位置や情報も取得しつつ、今にも滅びそうなシェルターを救う救い主として崇められる事となる。
薬品、食料が届き始めたシェルターで蜘蛛達に涙を流して感謝を告げる者が多数。
「(´・ω・`)(やっぱり、いつの時代も食料と医療を握るのが最強だよねという顔)」
このようにして彼らは今にも滅びそうな大陸の人々を懐柔し始めたのだった。
「………」
ジト~っという顔でそれを見ている少女が一人。
放送を見ている蜘蛛本人を観察していた。
数日前、食料生産工場に突撃した彼女だったが、理事会からの御咎めは無し。
軍からも何一つ言われなかった。
ただ、彼女の所属する部隊の指揮官からのメールで「武官さんの希望で君の家に間借りする事が決まったからよろしく」という話が来ただけである。
「………」
ちなみに命令という形の為、彼女に拒否権は無かった。
だが、この蜘蛛がとにかく何か優秀なのだ。
彼女が夜にはジト目で仕方なく父親の寝台を貸すと言ったのに天井に張り付いてミノムシみたいに繭に包まってぶら下がりつつ眠っていたり、朝起きたら顔がドアップで目の前にあって、心臓が止まった気分で思わず気絶したり、二度寝ならぬ気絶の後で起きたら、大量の朝食が用意されていたり、彼女の洗い物と洗濯物が全てパリッとノリまで効いて畳まれていたり、部隊の業務の為に出勤しようとしたら、弁当を渡されたり、やりたい放題である。
「何でアタシなの? 最初に出会った人間だから?」
思わず蜘蛛に尋ねたい彼女であったが、聞く時間もなく部隊の日常的な業務へと向かい。
一か月の有休まで言い渡された。
つまり、蜘蛛の面倒でも見てろと言われたのだ。
「………」
そうして、彼女は今放送を見ていた蜘蛛を横目に観察していたわけである。
そのペカトゥミアは家の内部の掃除や各種の家事を終えた後。
前脚で顔の汗を拭うような仕草をしてから、「(-ω-)/(おでかけにいくぞーという顔)」で何やらまた虚空からゴソゴソと倉庫化したウルからスピラスを取り出して、ガチャガチャと着込み始めた。
そして、その後、彼女と共に外に出るとウルを顕現させて、その上に載ると横を前脚でポンポン叩き、彼女を載せると物凄い速度で移動を開始。
瞬時にシェルター内部の通路を駆け抜け、外壁のある食料生産設備のある場所まで行くと大量の真菌を補給させて、そのまま別の扉から地下通路を通って外に出た。
「こんな直通路まで……って、何じゃこりゃぁあああああああ!!?」
彼女が驚くのも無理は無い。
周囲が薄暗い為、上を見上げれば、黒い膜に覆われていたからだ。
だが、それよりも驚いたのは彼女の知らない建造物。
つまり、黒蜘蛛の巣と中央の巨大棟の近くに出た為である。
真菌を増殖させて、さっそく前哨基地として黒蜘蛛の巣を造り出した蜘蛛達は現在地表に存在する廃墟群で活用出来そうな部分以外は解体して、再利用可能そうな部分は呪紋やヴァルハイルの技術で補強。
外延部を要塞化しつつ、大量のエクステンドや下級の死人達が攻めて来るのを待ち構えており、彼女達が出た時点でも大量の戦闘音が黒蜘蛛の巣の外延部から聞こえて来ていた。
「(・ω・)ノ(じゃ、上に行こっかという顔)」
彼女の横のペカトゥミアが竜骨製の中央塔にウルでそのまま入場すると。
内部にも蜘蛛達が大量に存在しており、何やら塔の窓から複眼と呪紋を用いて監視しているようであった。
その複眼は他の者達とは違って大量の呪紋が輝きながら重なり、黒く変色していて、通常の蜘蛛達とは明らかに違っていた。
「(●ω●)(観測呪紋複合【ガルガントの複眼】。敵味方識別送信。全複眼第三神眼励起。攻勢発起点をマッピング。全隊に伝達。敵主力能力の数値化を参照されたし。全隊、敵砲撃戦仕様個体の無力化に務めよ。砲撃戦仕様個体周囲にいる上位個体群を参謀群と推定。攻撃開始)」
それが攻めてきたエクステンド達の魂を見分けて、他の蜘蛛達にも分かるように識別する為のマーキングをしているのだとは彼女には分からなかった。
つまりは普通の蜘蛛にするべき魂の擦り切れた元人間や製造されたエクステンドとまだ幼女に出来る元人間を見分けていたのだ。
それらの識別は呪紋経由の通信ネットワークで最前線の蜘蛛達の複眼に色分けされて投影。
これらを蜘蛛達は意識しながら、襲ってくる敵をなかーまと幼女にしていくという寸法である。
まったく、優しいんだか、優しくないんだか、分からない世界だが、蜘蛛達の防衛線は上から見ても、圧倒的優位で推移していた。
「あ、あれ……ハンドレットオーバー!!? 適合率100%以上の個体じゃない!? 戦略級砲塔型って!? あ、あんなのに狙われたら、こ、此処吹き飛ぶわよ!?」
彼女が見たのは遠方900m程の地点に存在する巨大な砲身を掲げた個体であった。
その半身が砲塔と同化しており、嘗て戦闘中に大陸軍の火砲を真似た個体が現れた時から大型化を続けて、最終的には一撃で都市を半壊させる程の威力を秘めた存在と化した。
自軍を巻き込む射爆すらも行った事があり、正しく狙われたらイチコロであろうというのが少女の見解であった。
しかし、砲身が過熱し始めて撃たれそうになった時。
チュンッとその砲塔内部に何かが飛び込んだと同時に砲身の根本が大爆発を引き起こした。
周辺のビル群が倒壊。
更に周囲の味方を呑み込んだ爆発の余波で陣地が破砕され、エクステンド達の多くが浮足立った様子となる。
だが、爆発の中心地にいた上位個体群はそれでも傷を負った程度ですぐに傷口が修復され始め、その頭部にバスバスと数発ずつ弾丸らしきものが撃ち込まれ、次々に悶えながら巨大な宝石蜘蛛に腹を食い破られて変貌。
他にも小型のものは幼女にされるやらして無力化が進行。
「(●ω●)(敵砲撃戦仕様個体を撃破。参謀群を無力化完了。蜘蛛脚と幼女化短剣の弾丸化計画は順調に推移。運用方針は狙撃で良さそうという顔)」
観察中の蜘蛛達のいる階層の虚空に浮かぶ映像では次々に無力化した幼女達が超音速で突撃した蜘蛛達によって嘗ての自分の残骸の中から裸で救出されて離脱。
大型の宝石蜘蛛達はそのまま戦闘に参加し、次々に背後からエクステンド達を得意の念動で身動き出来ないように抑え込んで蜘蛛達の蜘蛛脚や短剣での近接攻撃でなかーまや幼女と化していった。
そして、戦域を望む黒蜘蛛の巣の頂上では砲塔を狙い打った狙撃銃。
この大陸のものを呪紋で補強した対物ライフルを持っていたペカトゥミアが汗を拭って複眼用のゴーグルを脱いだ。
「な、あ、う……」
少女は次々に起こる在り得ない状況を前に放心中。
次々に気絶して運び込まれて来た幼女達が黒蜘蛛の巣の中央塔の地下へと連れて行かれるのを見て、これから何が起こるのだろうかという顔になったが、戦闘が終了したのを確認した彼女の横の武官ペカトゥミアは地下へと今度はスライムに載ったまま降りていき。
気絶から起き上がった幼女達がガクブルしながら蜘蛛達と看板でコミュニケーションしているのを横目に地下格納庫へと入った。
「な、何!?」
その格納庫内には竜骨らしき装甲が張られたウルらしき巨大な機械蜘蛛が一体。
20m程の威容は正しく先日彼女が見たウルと大差が無かった。
問題なのはそれが動き出し、彼女の横のペカトゥミアがスライムに載ったままにジャンプし、頭頂部に陣取るとズブズブと沈み込んだ事だ。
何かを言う前にズボッと一緒に内部に入り込んだ彼女は自分が座席に座らせられ、その前に蜘蛛が脚を各種の機器に接続しているのを見る。
「な、何なの!? どういう事!? というか、コレってアンタらが載ってたヤツでしょ!? どうして座らせられてるのあたし?!!」
「(/・ω・)/(武官だから、武官らしいお仕事に行きますという顔)」
「は?」
彼女が後ろ向きの看板に顔を引き攣らせた途端。
その竜骨装甲製のウル。
粒体金属ではなく。
真菌を霊力掌握した【黒霊菌】の呪紋化されていない現物を肉体の駆動部として持つ竜骨装甲で覆ったソレが出撃する。
「ちょ、ちょぉおおおおおおおおおおお?!!」
物凄い勢いでウルが塔内部を駆け抜け。
その脚先にあるタイヤをキュルキュルさせながら、三次元移動で縦横上下に全力疾走。
幼女達のいる地下施設の上部を抜けて開いていたハッチから外に飛び出すとビルを破壊する事なく上に着地。
そのままピョンピョン跳ねながら黒蜘蛛の巣に糸を張り付けて、振り子運動を用いてポーンと周辺地域に飛び出した。
「何するのよぉおおおおおおお!!? う、うっぷ!?」
少女が思わず口元を抑えている間にもチュィイイイイイイイイイイイインとタイヤを高速回転させつつ、廃墟群を疾走するウルは脚を前後に集めてバイクのようなモードとなり、竜骨の流線形が疾走する姿は他の蜘蛛達に「(・∀・)(おぉ~~アレが増やせる黒霊菌仕様のウルかぁ~という顔)」で見送られた。
首都どころか。
大陸全土に広がり続けていた蜘蛛達は各地のシェルター付近で既に黒蜘蛛の巣を造営しており、更に周辺地域から大量のなかーまと幼女を収容中。
あちこちで戦闘が起きていた。
砲撃戦仕様個体の攻撃を黒蜘蛛の巣の魔力式の結界で防ぎ、工作部隊が各地で次々に敵を破壊している様子がウルの内部に呪紋で投影されており、蜘蛛達のエクステンドへの攻勢は見事に成功しているのが分かるだろう。
だが、頑強な抵抗を見せている地域も幾つか存在しており、首都制圧はまだまだ程遠いのも彼らには分かっていた。
巨大な繭のある地域からの砲撃が各地に降り注いではいたが、未だ戦域全体を守護する黒蜘蛛の巣の結界領域を破壊する事は出来ず。
次々に狭められる包囲網を前にしてエクステンド達が地表からうじゃうじゃと攻勢を掛ける様子は全面戦争が近い事を教えてくれる。
「ど、どーする気!? 何処に行くの!?」
言ってる傍から映像が切り替わり。
「え? あ、あれって、エクステンド共の巣じゃない?!」
エクステンドの巣は巨大な繭の他にもあちこちに点在している。
なので、それを破壊して敵戦力を削減しつつ、自分達の制圧領域を増やそうという魂胆なのだと彼女には分かった。
だが、明らかに砲陣地化されているそこは先程の砲撃型が大量にいるのだ。
どう見ても、近付く前に蜂の巣ならぬ射爆の雨で死ぬ。
と、彼女には思えたのだが、ペカトゥミアは呑気に鼻歌らしきものをキシャキシャ言いながら、気楽な様子で増速、増速、増速、増速、増―――。
「じぬじぬじぬっでえええ!!?」
彼女が物凄い加速力に顔を変形させている合間にも20mの物体が音速を超えた。
秒速700m程で地表を走破した背後には猛烈な突風が吹き荒れ。
廃墟群のガラスを全て砕いてキラキラと散らした。
そして、突っ込んだウルの背部にガキョリと魔力炉が露出する。
先進文明が使い出した魔力を用いた炉心に直結されたヴァルハイル仕込みの魔力転化ブースターはドラクの航空偵察用機体の転用だ。
呪紋を刻んだソレは瞬時に魔力を空にして機体を超加速。
ブースター毎パージされて背後でバラバラになったが、ウルは加速力を保ったまま砲陣地に激突―――するかに思われたが擦り抜ける。
猛烈な加速による運動エネルギーを纏った前脚の鎌が巨大な砲身を根本から切断。
エクステンド達をソニックブームの轟音と衝撃波で吹き飛ばした。
それでもさすがに神の力を持つ相手は衝撃で麻痺した程度。
だが、そのウルの後から高速で移動してくる蜘蛛達の大群が態勢を立て直される前に陣地のエクステンド達を次々に無力化していく。
更にはその地点に向けられた大量の別地域からの砲撃が全て地表から薙ぎ払う【ウィシダの炎瓶】を収束する呪具、ヴァルハイルのおかげで小型化に成功した口にはめ込むタイプを仕込んでいた蜘蛛の一斉迎撃の光線で消し飛ばされる。
「あ、あはは、あははは……は……」
思わず乾いた笑いが出る少女であったが、ウルが止まった場所が近くの別の黒蜘蛛の巣である事を確認して顔が引き攣る。
何故ならば、その巣に入ってすぐ。
『(・∀・)/(ピットインしましたね?という顔)』の工員の作業服らしきものを着込んだ蜘蛛達に群がれたからだ。
ウルの背部に何やら見覚えのある新しいブースターを天井から綱で吊って搭載し始めた彼らは熟練工並みの手際でテキパキと接続を確認。
黒い粘液を零す背部にグッチョリとノリで張り付けるかのようにブースターが接着されると、ウルの機体がブンブンと左右にブースターを振り回し、前脚で◎を形作った。
こうして次のブースターが点火され。
「ふ、ふぉおおおおおおおおおおお?!!」
少女は自分の顔が変形していくのを感じながら、猛烈な加速で次なる砲陣地にかっ飛んでいくウルを操縦するペカトゥミアがルンルンしているのを見て「ああ、今日あたし死ぬかも……」と意識を遠のかせていった。
武官なので武官らしい事をしますという蜘蛛はその日、12か所ある砲陣地と戦力源を生産する複合陣地を襲撃し、合計で20万体近いエクステンドを蹂躙。
6割は蜘蛛にして4割は幼女として回収する事に成功したのだった。
蜘蛛化されたばかりの者達は意気軒高。
次々に周辺へと散らばり、蜘蛛脚や幼女化短剣を生成した蜘蛛達と共にエクステンドの駆逐へと向かっていった。
*
蜘蛛達が猛烈な勢いで幼女となかーまを増やしつつ、エクステンド達のいる地域の制圧が始まった翌日の事。
既に3割もの首都地域が奪還され、次々に黒蜘蛛の巣の出現と同時に幼女達は名簿を作成されて、知り合いがいると思われる地域のシェルターに照会され、まだ生きている知り合いを頼って地下に向かうか。
もしくはしばらく黒蜘蛛の巣の街区で働くかという事となっていた。
『化け物になるか。幼女になるか。く……後者の方がまだマシか』
『しょうがない……まぁ、よーじょいがいにできぬというのでは』
『ぼ、ぼぼぼくのからだがおんなのこにぃいい!? まだおんなのことてだってつないだことないぼくがおんなのこ!?』
『おぉ~~わかいころをおもいだすわ~~おじいさんとはおさななじみでねぇ~~ふふふ……』
いきなり、幼女になって復活しました。
蜘蛛は敵じゃない味方だよ怖くないよ。
と、洗脳……もとい情報工作系蜘蛛に呪紋で精神を鎮静化されつつ説明を受けていた彼らは混乱しまくり。
絶望的な状況には変わりないが、生き返った自分という事態に複雑過ぎる顔で考え込んでしまった。
大陸が滅び去ろうとしていたという事実を前にして鬱まっしぐら……とはならなかったのは彼らが自分達の後にも生き延び続けていた者達の姿を見たからだ。
彼らにお見せされたのはシェルターで造られた広報動画。
まだ生きている人々がこけた頬ながらもどうか生きて再び会いたいと話す姿。
まだ自分達は生きている。
体は違ってしまっても、心を取り戻したのだと拳を握る幼女達は首都奪還。
大陸奪還を掲げる理事会の言葉に賛同し、働き始めた。
『おーい。こっちだー。しょくりょーざいこかくにんしてくれぇー』
『そ、それにしてもこんなに大量の食糧が……』
食料や雑貨は生産が開始されているのだから、後は自分達で自分達を賄う必要があると幼女が幼女を世話する事となったのである。
次々に数時間単位で外から連れて来られる幼女達への現状の説明や身分照会は全て元大人の計算能力に長けた幼女達が筆頭になってやり始めた。
元銀行員だとか数学者だとか数字に強そうな幼女がまだ動く文明の利器である古びれた電卓を手に集まれば、まぁやってやれない事もないという具合である。
元公務員系幼女や商社系幼女も綿密に在庫管理やら諸々の黒蜘蛛の巣の物資状態を計算してくれて、配給量やら何やらをコントロールするのに一役買った。
『う、よーじょって……つかれるのね……』
『というか、ちいさいころをおもいだすわ~よくおかーさんにおかしをやいてもらっていたっけ……』
『……おかし、やけないかきいてみましょうか?』
『そうね~~このざいこりょうのけいさんがおわったらね~』
こうして、幼女達が動き出し、自分達で続々と連れて来られた後続の者達を迎え入れる態勢が出来るとそれから二日もせずに黒蜘蛛の巣では幼女達の自治が開始されて、まぁまぁな成果を収めた。
地下食料工場から搬入された大量の物資が積み上がり、料理人系蜘蛛や料理人系幼女達が鉄人のように調理を開始し、彼女達の腹もしっかり満たした。
幼女なので食が細いのも手伝って、彼女達が増え続けている状況でも食糧難とはまるで無縁。
増え続ける食事が必要な蜘蛛達も後方拠点化が成功した黒蜘蛛の巣から大量の糧食が配給され、魔力を直接接種するよりは効率が悪いものの。
それでも十分に活力を得て、エクステンドの掃討を加速させた。
「……ぅ、ぅう……」
そんな外の状況の最中。
二日前のぶっ飛び砲陣地破壊行脚でダウンしていた少女は黒蜘蛛の巣の中層階に誂えられた寝台でクッタリしていた。
ついでに武官ペカトゥミアから看病もされた。
三食昼寝おやつ付き。
ついでに彼女の監視から離れない位置で何やら虚空に映像を浮かべて、他の蜘蛛達と通信している様子はまったく指揮官然としている。
彼らがここ数日で仲間を大量に増やしながら、幼女までも増加させた弊害で今や地下シェルターよりも人員が多い黒蜘蛛の巣にはシェルターから久しぶりに外に出た人々が大量にやって来ていた。
開放された直通路。
久方ぶりに外に出た人々は廃墟と化した街並みに顔を歪めながらもまた外に出られた事を蜘蛛達に感謝してシェルターに戻っていく。
『いつか、帰りましょう。あなた』
『ああ、帰りてぇな……家にさ……』
『ね~ぱぱ~お家ってお外にあるの?』
『ああ、そうだよ。お前の本当のお家は外にあるんだ』
『戻ったら建て直さないとね……ふふ……』
軍の一部の食糧や物資調達者以外は外なんて出ていなかったのだから、これは一歩前に進んだのだと理事達もまた久方ぶりの外。
黒蜘蛛の巣の巨大な支配領域であるとしても、すぐ外に広がる廃墟と破滅の象徴たる巨大隕石を前にして決意を固めていた。
「(・∀・)♪」
順調に事が進んでいる事を確認している武官ペカトゥミアであるが、彼の仕事も遅滞は無い。
現在、数日で首都の制圧地域を4割。
黒蜘蛛の巣を14塔までも建造した蜘蛛達であるが、その莫大な数を背景にした制圧は順調ではあっても決して平坦ではない。
理由は純粋だ。
神の分け身の如き個体が複数体確認され、その大半が彼らが攻め寄せようとしていた各地の最重要拠点と見える地政学的な要衝に配置されていたからだ。
『(・∀・)(蜘蛛に出来ない系の敵で大きいのは対受肉神用戦術でかなぁという顔)』
その巨大さと魔力量はかなりのものだ。
恐らくは四卿クラスの戦力。
彼ら蜘蛛達の基本的な目標は大陸の制圧ではなく。
大陸の住民達を味方に付けて、勢力を拡大する事。
その為、蜘蛛化するエクステンド達以外のまだ魂が辛うじて残存している元人間を幼女として元に戻してるわけで、それをしようとしたら、やたら彼らには手加減の為の制約が掛かる。
相手を殺さずに至近距離で破壊したり、行動不能にするのは手間なのだ。
ついでに蜘蛛達の大半が数の暴力を用いれば、遣り過ぎてしまう。
それこそ制圧だけならば、今からグラングラの大槍を数発撃てば全て終了するが、幼女化する人材を失う事は彼らの敗北である。
「(>_<)(手加減て難しいという顔)」
なので迷惑な砲撃戦仕様の個体などの一部のアブナイ敵は叩いて砕くが、それ以外は戦場で大半が幼女達を護る為に戦闘機動すら加速限界を儲けて衝撃波が出ないようにしていたりする。
そうでなければ、戦場のあちこちで運搬中の幼女を死なせてしまいかねないのだ。
移動力と防御力に魔力と呪紋を極振りして幼女達を次々に黒蜘蛛の巣に取り込んでいるのであり、戦闘は二の次だったりする。
「(´・ω・`)(ま、もう少しであのデカブツもどうにかるでしょという顔)」
故に蜘蛛達は一体しか持って来れなかったウルを基本は便利に小分けで使いつつ、新しい蜘蛛達が現地で創れるウルを揃えている最中。
その試作品こそ武官ペカトゥミアが載っていた黒霊菌と竜骨製のウルであった。
現地の栄養素を使う事で製造可能な代物はかなり有用だ。
ついでに先日蜘蛛達が感染したばかりのプラチナルも導入が開始されており、神の力を打ち消す物理法則無視の防御を行える程の敵。
シェルターの軍が言うにはハンドレットオーバー。
神の薬の紛い物に100%以上適合した怪物をも倒す事が可能になるだろう。
今まで討伐記録は無いとの事であったが、ソレは今も30m程の威容で各地の繭を守護するように立っており、邪魔この上ない。
宝石蜘蛛達が大量に彼らの味方になった事で戦況は今も蜘蛛達に傾き続けている。
後は神世の時代の残り滓を掃除すれば、ようやく新時代の到来であるというのが彼らの見解だ。
「(・ω・)ノ………」
なので、武官ペカトゥミアは最初期ロットの特別製ウルを改修していた。
次なる目標はハンドレッドオーバー。
個体は神の力を用いる為、通常の物理攻撃がほぼ効かない。
嘗ての陸軍の交戦記録も参照したが、新人類アークと大差が無い。
どころか。
出力的には上な生物。
となれば、蜘蛛達が長い期間やってきた対神格戦闘戦術が役に立つ。
なので、それらの記憶を参照し、次々に現地で用意出来るものをウルに詰め込むのがここ数日の昼間の仕事であった。
彼が笛を吹く横で次々にウルの周囲には武装が置かれていく。
生産職系蜘蛛達が島からの情報で開発した各種の呪具は現物には劣っていてもかなりの高精度な品が出来る代物だ。
資材が無い場合は代用品を地下シェルターから集めて来て、次々に工作。
黒蜘蛛の巣の工業区画ではウルの装具と調整で増え続ける蜘蛛達が次々に労働力を集約し、昼夜なく建造を続けていた。
「(^_^)(10倍体積のトリアイナ接続ヨシ!!という顔)」
「(^-^)(イゼクスの息吹用の収束火砲口内への内臓ヨシ!!という顔)」
「(^O^)(へんきょーはく系電磁誘導システムVer0.3ヨシ!!という顔)」
「(+_+)(雷属性呪紋による黒霊菌細胞活性機構ヨシ……という顔)」
「(@_@)(宝石蜘蛛さん搭乗用接続端子ヨシ……という顔)」
彼ら蜘蛛達は使えるものなら何でも使うのが信条であり、エクステンド用に大陸軍が使っていた遺伝子破壊用の弾丸やその機能を解析。
連装榴弾砲をウルのサブウェポンとして後ろ脚に乗っけて射角や仰角を調整し、突撃歩兵みたいな射撃しながら接近する能力を備えさせた。
こうして背後から4連装の榴弾砲をバカスカ撃ちまくり、時速400kmくらいで疾走する20m弱のヤバい何かが誕生したのだが、大陸の常識からすると。
「………(;´Д`)(何で20mの図体に120mm榴弾砲を四門も載せて、動けると考えるのか意味不明だし、そもそもあの榴弾砲を骨で再現するって何? 普通の魔力炉でもあんなクソ重いもんを積んで加速が出来る大出力なんか実現出来ないし、肉体を構成するあの黒いのも柔軟なのに耐荷重ヤバ過ぎるし、駆動部に一切機械部品が入ってなくて生体細胞だけで構造を構築して自己再生する上に燃料が通常の食糧とか何なの機械文明の敗北なの???)」
このような事を思う地下シェルターの軍用品を少数生産しているエンジニア達は蜘蛛のやたらオカシな武装の数々と構造を持つウルを前にして敗北していた。
今まで自分達がしてきた事は何だったんだろうという顔にもなるだろう。
高度な魔力運用体系に持ち込まれた超絶危なそうな菌類による立体的な生体構造。
骨の癖に金属よりやたら軽くて硬い外殻とフレームを形成する骨芽細胞とか。
もう目を覆わんばかりの生化学的な力は機械文明全盛だった大陸の技術者にすれば、神世の神秘が技術の皮を着て歩いて来たようなものだ。
「ん……まだアレ作ってるんだ……」
そんな中、武官ペカトゥミアの様子を覗きに来た少女が階段の上から自分の保護者役でもやっていそうな相手を見ていた。
「何かもう全部蜘蛛さんに任せておけばいいやって気分にもなるよね。あれじゃ……」
もうシェルターの技術者連中はゲッソリした顔をしているし、今まで銃弾でチマチマ倒していた諦めていた人々が生き返るのと同義で人格は戻って来た。
もうそれだけでお腹一杯という人間は多いだろう。
「?」
彼女がその光景を病み上がりに眺めているとそれに気付いた武官ペカトゥミアがチョコチョコと歩いて来て、彼女の額に前脚を当てる。
「あ、ちょ!? 止めてよ!? そういうの!? 子供じゃないんだから!!?」
「(・ω・)(それは子供のセリフなのでは?という顔)」
「い、今絶対子供だって思ったでしょ!?」
「(;^ω^)(ご想像にお任せしますという顔)」
「今、胡麻化した顔してるでしょ!? こ、この、自分より弱いと思ってぇ!?」
彼女がプルプル拳を震わせる。
だが、彼女を自分の背中にヒョイと前脚で載せるとスタスタ歩き出した。
「あ、ちょ、何すんのよ!? 何処に連れて行く気!!?」
武官ペカトゥミアが上の喚く少女の事も気にせず。
ぴょーいと大跳躍で現場を駆け抜けていく。
「ぬぁあああああ!!? ちょ、落ちる!? 落ちるぅ!?」
しっかりしがみ付いているのを確認しながら、彼がイソイソと向かったのはお料理中の厨房。
幼女と蜘蛛の戦場であった。
幼女だから腕力が無い。
幼女だから疲れるのが早い。
幼女だから注文取っても字が汚い。
幼女だから大体三時には眠くなる。
という、三重苦どころではない彼女達が働く厨房にやって来るとすぐに蜘蛛達がカウンターに番号札の着いた弁当を差し出す。
同じ番号の券を出した蜘蛛が二人分の弁当を回収し、そのまま少女を載せて元の通路に戻っていくと中層階の外が見える見晴らしの良い展望デッキのベンチに不可糸で編んだシートを敷いて、ランチボックスを置いた。
ヒョイッと降ろされた少女が微妙に尻を打ってジト目になる。
「……何よ。蜘蛛の癖に弁当何か食べるの? あんたら……」
「(・ω・)ノ゜(食べる前に吐息ケアですよお嬢さんという顔)」
少女の口に飴玉みたいなものが突っ込まれる。
「むぐ?! な、なひふんのよー!? ん?」
それが少女の口の中で瞬時に溶けた甘い果実のような香りが立ち込める。
その後、ランチボックスが開けられ、モシャモシャと武官ペカトゥミアが内部のサンドイッチを食べ始めるのを見て、少女もそれに倣った。
「ね、ねぇ……アンタらは一体、何なの?」
「(゜∀゜)(我らは面倒見の良い人類だってお世話出来る蜘蛛ですが何か?という顔)」
「……何か、オタメゴカシの表向きの理由を喋ってる気がするから、もういいわよ」
「(; ・`д・´)(鋭いな。お嬢さんという顔)」
「ま、いいわよ。表向きはあの理事会に言っている事なんでしょ。嘘でも無いようだし、しばらくはそれで納得してあげる。で? 本当のところ……この大陸で何しようとしてるのよ?」
「( ^^) _U~~(おちゃどぞーと話を逸らしてポットの紅茶をお出しする顔)」
「はいはい。秘密なのね。ま、いっか。どうせ、あたし達に出来る事なんて多くないし。というか、アレどうやったら倒せたり、迎撃出来たりするわけ?」
彼女が指差すと遠方で光線が虚空を薙ぎ払い。
弓なりに落ちてくる大量のエクステンドの砲撃を迎撃していた。
他にも遠方では大量の20m級のエクステンド達が上空から翼を以て降下してくるところを上空に打ち出された杭のようなものに貫かれて次々に落下。
出てくれば、出て来るだけ迎撃の末に幼女やらなかーまにされている。
「(・∀・)慣れれば、案外イケるという顔)」
「……ねぇ、本当にあたし達って助かる?」
「(*_ _)(コクリと頷く顔)」
「あ~あ~後、数日あんたらが来るのが早ければ、あたしのお父さんも死なずに済んだのになぁ」
その言葉に蜘蛛が何かを返す前に少女がサンドイッチを頬張った。
「……美味しいじゃない。これが文化の味ってやつね……」
やたらフワフワのパンをカリカリに焼いて、香辛料入りのバターを塗って、新鮮な葉野菜と極薄のハムをサンドしたソレらは正しく地下シェルターでは食べようと思って食べられるものではない。
生産性重視の彼らの食卓は基本的に乾パン乾麺のようなカラッカラなものが多く。
それを水分と一緒に摂るのが大抵の食事だった。
「お父さんが言ってたわ。エクステンドがいつかこの大陸から消える日が来る。その時までオレが生きてれば、戦う以外の未来をお前に見せてやりたいって。隊長の癖にあっさり死ぬんだから……それもたぶん自殺だし、娘に自分を殺させないとか思ってたんじゃないかな」
「(´つ・ω・)つ□(あ、たべる?と適当なサンドイッチをモシャリながら相手にも勧める顔)」
「うん。あたしが馬鹿だった。蜘蛛に話は通じないみたいね。このっ!? 生意気なのよ!? 人が滅茶苦茶人生を掛けて戦闘技能磨いて来たのに全部要らねってなったじゃない!!? この蜘蛛野郎!?」
少女が蜘蛛の頭をグリグリして愚痴っていたのが馬鹿らしくなって溜息一つ。
相手からサンドイッチを強奪し、親の仇のように齧り始めた。
それを見ながらペカトゥミアは思う。
「(・ω・)(ま、その内、良い事くらいはあるって。おりこーにしてれば、誕生日くらいには……という顔)」
こうしてサンドイッチを二人がモシャった後。
蜘蛛はイソイソとランチボックスを食堂へ返してから、少女を拉致ってウルに突っ込んだ。
「ちょ、何載せようとしてんのよ!? もう絶対乗ったりしな―――」
彼女がウルの上から真菌層を無理やり押し込まれて抜けた先には―――。
「「「《|ω|》ノ(や、じょーしのおきにいりのひとという顔)」」」をした宝石蜘蛛達がニュッと周囲の漆黒の真菌層に体を半分埋めながらも、後ろを振り返って前脚を出し、挨拶してくる。
「ふ、増えてるぅううううう!!?」
彼女が悲鳴を上げても遅い。
足がズボッと真菌層に埋まって座席に固定化され、降って来たペカトゥミアが少女の前に脚を沈めて接続を完了した。
「こ、このバカバカ!? 下ろしなさいよ!? あんなのもう絶対やらな―――」
彼女がポカポカとペカトゥミアの頭を両手で殴るも、気にした様子もなく。
「(>_<)/(複合擬体強襲装甲ウルVer0.3!! 発進しますとカッコよくポーズを決める顔)」
最初からブースターを使わないトップスピードで倉庫から飛び出した白黒のウルが各地のハンドレットオーバーの護る拠点へと突撃していく。
残念ながら、他の蜘蛛達はそれを別に見送ったりもしなかった。
何故ならば、十数体の同様のウルが次々に出撃し、複数体で一体のハンドレットオーバーに対して強襲を掛けたからだ。
それは1対1なら良い勝負だろう敵を複数人でボコボコにする作業。
神の力【念動】を持つ個体の大半が宝石蜘蛛達に能力を貫通付与された攻撃で先手必勝の砲撃で半壊。
続いて接敵するまでに弾を打ち尽くされて瀕死、幼女にも蜘蛛にも出来ないので前脚の鎌でスポーンと首を飛ばされて、真菌内部で合成された溶解液で溶かされた後にイゼクスの息吹を収束した光で燃やされて、跡形も無く吹き飛ばされた。
『(≧▽≦)/(しんせんなウルのいっせーこーげきだーという顔)』
『\(^o^)(はんどれっとおーばーせいもオワタしきにとつにゅーだーという顔)』
『\(~ω~=)(ヒィィヤッハー相手をぼこぼこにするぜーという不良顔)』
『( ゜Д゜)(デデドンと効果音を纏いつつ降臨する強者式登場を見せ付ける顔)』
速度が違う。
技術が違う。
技量が違う。
あまりにも意思決定の早さが違い過ぎる。
能力頼みの単一性能な個体なんて彼らの敵ですら無かった。
必要なのは相手の土俵に上がる為の最低限の能力。
その能力を得た蜘蛛達にとって、自分より技量で劣る敵に負ける理由は無い。
普通の蜘蛛達が後から攻め寄せた要衝の多くではエクステンド達の最後の抵抗が行われていたが、それも一切妥協なく相手を制圧するのに迅速さと精密さを以て当たった個体達の前には敗北を喫したのである。
「( `ー´)ノ(歯ごたえねーなという顔)」
「(ToT)(だって、神の力を一切防御に回さない島の人型カマキリさんの方がたぶん強いんだものという顔)」
「(゜_゜)(こいつら、やっぱり神の力が高まっててもこの程度、直接力を受けた使徒の方が万倍ヤバいんじゃね?という顔)」
「(*´ω`*)(そもそも新人類とやらすら神聖騎士連中に比べたら力の質も出力も50分の1無いくらいだし、使徒の量産型って感じだもんね)」
「(T_T)(島に来てる新人類は力の強い上澄みでも使徒にかなり劣る。【念動】に能力を極振りした設計の弊害だなという顔)」
「(,,・ω・,,)(恐らく、アレを創った神格は生存能力特化にしたんだろうけど、最終的には攻撃に極振りした神聖騎士の方が数は少なくても復元するし強いという……という顔)」
「( ̄д ̄)(こいつらはそれに輪を掛けて薬で似せただけの紛い物……過剰に環境適合しても遠征隊の隊員1人にすら及ばないでしょと冷静に解析する顔)」
「(|▽|)(今の遠征隊の初期メンバーって物理強度も定理側からの攻撃に対する強度も滅茶苦茶高いみたいよ。このウルの砲撃の直撃喰らってもたぶん“ちょっとかゆい”で済むはず、という顔)」
残念ながら、今のところ彼らが戦って負けるのまだ先の話であった。
無論、負傷は避けられなかったが、未だに死傷者0人なのはどう考えてもエクステンド達にとって良くない未来を暗示していた。
首都の7割が制圧された翌日。
各地のシェルターの上には一斉に黒蜘蛛の巣が築かれ、蜘蛛達の一斉制圧が開始された事で大量のエクステンド達が各地の繭から出撃。
『(-_-) (ねむい時に限って来る羽虫を叩き潰さねばという顔)』
『(#=Д=)(戦力比10万対1くらいになってた時点で勝敗は決してるんだよなーと欠伸する顔)』
『(屮゜Д゜)屮(おいでませ!! 次なるなかーまという顔)』
蜘蛛とエクステンド達の仁義無き激戦が始まったのである。
凡そ億単位の敵が波状攻撃を仕掛けて来るという絶望的な消耗戦……と思われていたが、実際にはまるで違う絵面が各地では展開された。
まず第一に砲撃戦が蜘蛛達相手だと意味が無い。
相手の砲撃可能範囲は彼らの高速襲撃形態を取った突撃隊の餌食となって数分とせずに蹂躙される上、現地では蜘蛛化する相手を先に倒して味方にし、最後に幼女化する敵を倒すというドクトリンが出来ていた為、事実上現地で戦力補給しながら消耗する頃にはまた別の部隊が出来上がるというサイクルで相手の数を局地的に上回る事が出来たのである。
「(∵ =ω=∵)(味方毎砲撃で破壊とか無駄無駄ぁと細目で対空迎撃する顔)」
「(|〇_〇|)(島のカマキリとの戦闘記憶と比べても音速の数倍じゃ今や蠅が止まってる程度の速度でしかないなと相手の手足を前脚で両断する顔)」
敵は自分達より遥かに数の多い相手。
火砲は昼夜なく黒蜘蛛の巣に向けられたが一向に着弾する様子はなく。
薙ぎ払う光線の乱舞はずっと続いていた。
制圧地域ではどの距離でも蜘蛛達がほぼ圧勝している。
「(´-ω-`)(また、つまらぬものを切ってしまった……と不可糸トラップで敵の5m級獣型突撃部隊の脚をバラバラに解体する顔)」
「(/・ω・)/(こいつらって魔力ちゅーちゅーするとおやつとしては最適だよね? と、なかーまにした痕の残骸からえいよーほきゅーする顔)」
中近接戦では音速の二倍程度の敵に対して、今や蜘蛛脚を持たずとも呪紋と不可糸と黒蜘蛛の巣による三次元起動で音速の数倍近い速度を出す蜘蛛達が超高速戦を演じており、加減速しながら連携する見えないワイヤー戦法が相手を程々に切り刻んで無力化。
「《=|ω|》ノ(ばーりあーと物理量を持たない物理無効化系障壁と魔力式の半透明障壁結界を多重展開する顔)」
長距離戦では敵が運動エネルギーや熱量、光波、念動を用いて飛ばす大量の攻撃が降り注いだが、防衛拠点である黒蜘蛛の巣では宝石蜘蛛達が矢面に立って防御を展開し、出力勝負で勝っていたので突破はされなかった。
「( ^)o(^ );□/□/□/(万単位だろうが一千万単位だろうが、質が何一つ蜘蛛に追い付いてない……ハンドレットオーバーを山盛りにしてから出直してねと人型タイプを打撃で雑に吹き飛ばして地形毎連携をバラバラにする格闘系ムキムキ蜘蛛の顔)」
距離が離れた地域では高速突撃隊による一方的な動きに鈍い砲撃戦個体が次々に撃破され、その直掩である大量の小型大型中型の各種個体が連携による防御や攻撃を行っていてすら、その蜘蛛達の戦闘速度、意志決定速度に付いていけず。
「(´▽`)(う~ん。どう考えても個体統率や意識連携の練度が無さ過ぎる。連絡を取れるだけじゃ意味が無いと教育してあげようかなという顔)」
後手後手になって戦力を一方的に削り取られた。
更にはその戦力が丸々敵に変貌する悪夢を前にして全うな戦術しか取っていないエクステンド達はその数の優位を生かせぬままに各地で分断され、各個撃破からの逆撃と浸透で連鎖的に支配地域を喪失。
包囲していたはずが黒蜘蛛の巣を中核とした地域の喪失と喪失地域そのものが連絡線として機能する事で各地の黒蜘蛛の巣の間が封鎖線となり、囲い込まれた地域が増えながら、戦力源となる繭のある地域を失陥。
『(゜д゜)(このまゆウマーとエクステンドの生産設備である繭を補給として齧る顔)』
『(○0Д0ノ)(マジかよーと自分もちょっとハムってみる顔)』
『( ?ω? )(う~ん。これは神の魔力を極薄にした生ハム的なサムシングですねという顔)』
応急処置用の部隊としてハンドレットオーバーが次々に各地の繭から出現するもウルを投入されて撃破され、既存戦力の陳腐化が進行。
残敵掃討に移行する領域が現れ始めると虫食い状に各地で開放された地域が次の黒蜘蛛の巣の拠点となって、増え続けるなかーまを収容。
これを背景にして基地化。
増強された戦力が巨大な大陸を制圧する圧力となって日々絶え間ない蜘蛛達の波状攻撃となっていった。
「(´▽`)(これなら粗方の地域は大丈夫そうという顔)」
凡そ数日の戦闘はもはや大逆転劇と呼んで差し支えないだろう。
生まれたばかりの連携訓練が為っていない蜘蛛達も先達蜘蛛達と共に行軍する事で成長し、続々と練度を増した部隊として働き続けた結果。
6日目にして大陸の3割が非常識な速度で開放されていった。
これらの蜘蛛達の魔力限界という問題はあったが、黒蜘蛛の巣と地力の収奪による食料生産は間に合っており、毎日毎日栄養価が程々のスープを啜る事だけが前線の蜘蛛達の悩みであった。
それも相手の繭とか残骸から神の魔力をちゅーちゅーする事である程度は補えており、相手を糧にして行軍するという荒業が可能。
ある意味で略奪行為。
しかし、人間ではないので何処からもクレームが付かない。
という状況であった。
やがて、食料供給の為に地力が枯渇する地域も出て来るだろうが、それまでには真菌の巨大な大河を海まで広げて、広大な海を養殖場として栄養を補給する予定となっている。
「(・ω・)?(あれ……神の魔力を生きてるハンドレットオーバーからちゅーちゅーしても減り方が滅茶苦茶緩い? こいつらって神と同じで回復の元手0で無限に吸える?と吸い続けてみる顔)」
「(・∀・)(こいつら“生産系”みたいだし、なかーまにしないで魔力ちゅーちゅー用に鹵獲したら……という顔)」
最終的に相手の強個体が滅茶苦茶効率の良い魔力吸収用の補給源になった事で最前線の蜘蛛達は捕獲と無力化と魔力供給をしてほぼ全力が出せる状態で戦線を押し上げられた。
こうして、7日目の朝。
遂に各地の繭の6割を撃滅した蜘蛛達はエクステンドを自分達の食糧として使う術をほぼ確立。
神の出来損ないをちゅーちゅーしながら、呪紋使いたい放題期間へと突入。
次々に製造されたエクステンドを使い潰しながら黒蜘蛛の巣の建造を増速させ、大陸各地で戦争ならぬハンティングへと状況を移行。
首都の病院跡地。
敵の本拠地を残し、ほぼ全ての繭を確保、既存分は消費し終えたのだった。
*
人類を滅ぼす怪物、人類を養う怪物に敗北する。
という現実はシェルターのお茶の間に報道された。
ぶっちゃけ面倒だから、全ての場面が限界無く情報開示された。
そして、人々は押し黙った。
蜘蛛がどういう生物なのかがよく分かったからだ。
一つ彼ら人類にとって幸いだったのは蜘蛛達が人間にフレンドリーであり、敵には何も容赦が無く。
同時にまた使えるものは何でも使う合理主義者で自分達なんて及びも付かない超高速で動き。
あらゆる戦場で超絶の連携テクで群体として……否、軍隊として完成されている上に怪物を鴨打よろしくハントする最強の怪物であるという事だった。
『……なぁ、基本的に戦闘中殆ど止まってない限り見えないって何だよ』
『んな事言ってもな……早過ぎるんだろ』
『戦闘速度が人類に知覚で追えないって事は……』
『ま、常人の数倍程度の能力しか持ってないエクステンドの遺伝子使ってる兵隊も殆ど常人と変わらんて事だな。あいつらにしてみれば……』
蜘蛛は油断しない。
蜘蛛は創造的だ。
蜘蛛はユーモアを忘れない。
蜘蛛は……人間よりも知性ある生物として優秀であった。
此処に来て人類の大敗北は文明の建造者としてのものであり、蜘蛛の方がこの世紀末大陸をエンジョイしているという様子は笑うしか無く。
彼ら大陸人からすれば、開いた口が塞がらない。
何故なら蜘蛛達は破滅の使徒と嘗て呼ばれていたが、確かによくよく観察してみれば、ソレそのものだったからだ。
『大陸同盟軍だかが壊滅したのも分かる……アレ相手じゃな』
『基本的な機能が違い過ぎる……ゲームで最初に蜘蛛型の怪物と戦ったら、攻撃力と防御力と速度がゲーム終盤よりも酷い、みたいなもんだな』
『オレらが敵わねぇ怪物が敵わねぇんだ。文字通り桁が違うんだろう』
『でも、その蜘蛛のおかげで今日も生食材の飯にありつけるわけで……』
『子供の頃に食って以来だよ。あんな柔らかいパンなんて……』
『餌付け、されてんのかなぁ……オレ達』
『気にするな。だとしたら、人類そのものが対象だ……どの道、他に道は無い。どうせ滅んでたはずの今だ。気長に待とうや……』
『おう。そうだな……人類斜陽の時代、か……次の時代にはきっとあいつらが主役なんだろうな……はは、少数民族として細々暮らす子孫まで見えそうだ』
己の敵に破滅を齎すモノ。
エクステンドが彼らの滅びだったのに対し、蜘蛛達はあらゆる敵に対しての滅びなのだ。
化け物相手に略奪!!収奪!!強奪!!という文字通りの食い物にしているのだから。
どう考えても彼らの滅びたるエクステンドは彼らの如き弱者として蜘蛛達に狩られ、次々に理不尽を押し付けられ、嘗ての彼らの如く衰退していた。
無人の荒野に響くのは蜘蛛達の足音と風の音色くらいのものだ。
幾らエクステンドが吠えようと、死人が死人らしく行軍しようと完全無欠に統制された蜘蛛の軍隊が踏み潰していく。
人間を簡単に握り潰せる類人猿型が蜘蛛脚を突き刺された次の瞬間にはパーンと風船が弾けるような音をさせて、超振動する足先の力で血の染みとなり、人間を侵食して死人にする液状のスライム系エクステンドが蜘蛛達の吐く光線に焼かれて消し飛び、人間どころか遺伝子改造されたはずの兵士達が百人掛かりでも倒せ無さそうなハンドレットオーバーという人型巨人はどんなタイプが出て来てもほぼ巨大なメタリック蜘蛛さんの前に今や瞬殺。
『……近付くだけで精神異常を誘発し、ストレスで死ぬと噂の敵、なんだがなぁ……何であいつら平然としてるんだか……』
『精神構造からして我らの強度とはまるで違うのかもしれませんな』
『何で150mm百発食らったってビクともしないハンドレットオーバーの装甲が瞬時に破壊されるんだか……理由とか理屈とかあいつら聞いたら答えてくれるかな?』
『御止めになった方がよろしいかと。狂人の事が分かったら狂人ですよ』
『……軍もそろそろ休んでいいと言われて、休める日が来るかもしれん』
『有休でも取られます?』
『考えておこう。軍の仕事が無くならない内にな……』
完全に敵のカテゴライズが終り、対策も終わり、後は狩り出すだけという状況。
各地で繭がフル生産していたハンドレットオーバーは数十体規模で陣地を防衛していたが、それすら局所的な有利を積み重ね、自分達の命を消耗しない戦術が身に沁みついた蜘蛛達の波状攻撃で次々に脱落。
押し寄せるウルと一般蜘蛛の連携の前に耐える事は出来ていたが、それすら攻撃に転じる隙もなく撃破されていた。
いや、攻撃に転じて相打ちになろうとするモノすらいたが、それが防がれてしまえば、後は無防備な自分が解体されていくのを見ているしかないという状況だったのだ。
鎧を着込もうが、火砲を持っていようが、剣だろうが槌だろうが薙ぎ倒されたエクステンド達の希望は儚く散った。
超速で動くエクステンドが止まっているかのように瞬時に解体されて消し飛ぶシーンだけ見ても、蜘蛛達の戦闘速度は尋常ではなく。
完全に付いて来れない生物がどうこう出来る存在では無かった。
だが、それはそれで恐ろしかったが、何よりその大陸の人類にとって諦めるに至る姿は……そんな蜘蛛達がエクステンドをハントの的として娯楽的に賭けの対象にしていた事だ。
『あいつら賭けてやがる。あの数字……はは、撃破数と時間とか……』
『今まで人類に駆られて絶滅した動物の気持ちはこんなもんだったのかもなぁ……』
『違いない……』
蜘蛛達が戦場の後ろでエクステンドの撃破数を競って、幾つかの部隊で賭けている様子は正しく人間と左程変わらない。
だが、変わらない事が何よりも彼らには恐ろしかった。
彼らの滅びは……彼らが滅ぼされる理由は……蜘蛛達の前では“遊び”に類する程度の出来事であるのだと理解してしまったからだ。
軍の将校が真面目な顔で人類の滅びを語るよりも、蜘蛛達が和気藹々と最前線の部隊を応援しながら、呑気にスープや食事をパク付き映像を見て盛り上がっている方が絶望的な差というものを彼ら人類に教えるには丁度良い光景だったのだ。
『いっそ、我らも賭けに参加したらどうだ兄弟?』
『止めておこう……いつ我らがその対象にならんとも限らんだろ?』
死の覚悟がもしもショーの喜劇に堕したなら、世界の色は塗り替わる。
そんなに早く変わり身が出来る人類は生憎と生き残っていないし、砕けた自負や自尊心が蜘蛛の戦場の前に戻るわけでもない。
彼らの気持ちはその時、残り少ない人類規模で合致していた。
もう休んでいい。
もう休もう。
後はあの蜘蛛達に任せておこう。
それが一番なんだ、と。
その大陸の人類は遂に怪物に敗北したが、それはエクステンドという自分達を滅ぼしつつあった災厄ではなく。
味方のユーモアを理解する知性ある蜘蛛。
いや、蜘蛛の形をした絶望や諦観そのものを前にしての事であった。
まぁ、それでも幼女達は増え続けていたし、彼らを養う蜘蛛達の存在は必須だし、今まで死んでいたと思っていた者達が次々にシェルターの個人端末で張り出された幼女化して戻って来た人々の名前を検索し、十数年ぶりに再会する。
みたいな、感動物語も多数展開されたので彼らシェルター暮らしの人々にとっては悪い時間でも無かっただろう。
『……腹一杯なんていつぶりだろう』
『丁度、配給で一瓶貰ったんだが、呑むか?』
『ああ、蜘蛛の酒がどんなもんか付き合えよ。兄弟』
人々は再開に色を添える食事を摂りながら、何もかもが旧き遠い記憶と化す前に自分達の下へと戻って来た新しくも旧い友人達と共に蜘蛛達の情報工作、プロパガンダだと知りつつも、その彼らがカメラに映し出した光景を肴にして酒を呷る。
何処か他人事のように進んでいく景色。
それはしかし彼らにしてみれば、何処か寂しい。
その酒は自分達が成し得なかった最高のハッピーエンドを見知らぬ誰かに再現されているかのような虚しさと社会の最中に若い頃の情熱や夢を失ってしまった時のような悔しさにもならない後悔の味がしたのである。
『……マズイな。それと薬臭い……』
『はは、どうやら酒造りくらいは我ら人類の方が優秀らしい』
生憎とその酒……否、薬酒は少年が嘗て造っていたものだ。
香味や風味を嗜む為のものではなく。
どちらかと言えば、今の秘薬に近い。
試行錯誤の上に誰かを癒し、明日の活力を得る為に作っていた液体であった。
今の遠征隊が飲む秘薬の最も古き形。
少年が初めて自分で作り、仲間達と呑んだ酒は……ただ仲間達の生存の為だけにあったのである。
それを今嗜む大人達、あるいは幼女の姿になった誰かは思う。
マズイと。
しかし、何処か憎めない。
少しずつ呑むなら癖になる味だと。
『(≧▽≦)(ちちのおさけがだいこーひょーでうれしーという顔)』
苦い思い出を思わせる一献に彼らが乾杯した時、世界には滅びゆく景色以外が映り込む。
それは確かに傷付き倒れた者達が互いに励まし合いながら、苦く笑い合う。
そんな少年がいつか辿っただろう始まりに違いなかった。
*
8日目の朝。
「つまり、エミル分隊長はその強さを見込まれて、武官の方にあのウルに乗って欲しいと言われたわけですね!? 素晴らしい素質ですね」
ニコニコとした報道官。
嘗てはニュースキャスターをしていた40代のスーツ姿の女性にそう言われながら、引き攣りそうな顔を必死に堪えて、彼女はカメラの後ろで看板を掲げてセリフを作っている武官ペカトゥミアに後で覚えていろと内心で復讐を誓う。
彼女のいる場所は対談用に作られた撮影スペースだ。
元々は理事用の執務室だったが、今は広報官が彼女にインタビューするところと化していた。
何故、そんな事になったのか。
少女エミル・フラーゼンは知っている。
要はあのペカトゥミアの陰謀だと。
今まで彼女が散々に筋肉痛や疲労で寝込む事になった要因。
ウルへの搭乗は全て人類側への配慮だったのだ。
蜘蛛が大陸を取り戻したというのは恰好が付かないから、人類にも活躍する場面を一部ご用意しましたという涙が出るような温情である。
ついでに人類の部隊にはあのエクステンドの群れなんて1mmも勝てないのが理解出来た彼らは一計を案じたのである。
つまり、若き英雄が人々の希望と願いを背負って、蜘蛛達に素晴らしい逸材だと見染められ、彼らの最新兵器に搭乗して、一緒に活躍してエクステンドを叩いた。
おぉ、正しく彼女こそは蜘蛛達と轡を並べる英雄!!
部隊長である父を亡くし、尚悲壮に戦う人類の希望なのである!!
ドーンと擬音が付きそうな筋書きである。
大人の大半はその筋書きの事は知っていたが、事実を一々指摘して蜘蛛達の御ぜん立てを台無しにする空気の読めないやーつはいなかった。
実際、こうでも歴史書に書いておかないと人類は蜘蛛にも劣る生物と記して生きていかねばならないのであるからして、屈辱という顔はしまってニコニコ笑顔で少女を英雄にする事とした。
彼女の出自と境遇も丁度良い具合の代物だった為、文句無し。
若き英雄ならば、子供達にも人気でまったく広告塔としては十分だ。
そして、事実上はまったく実力が足りないとしても、実際に彼女がエクステンドの遺伝子を持つ新しい人類の中では最上位層にいる子供兵な事も手伝って軍は異論無く彼女に命令書を出した。
蜘蛛さんの指示に従ってゆっくり戦場巡りしていってね!!
あ、後、その後のインタビューもよろしくね!!
我ら人類の新しき英雄ちゃん!!
「……はぁぁ」
ゲッソリした彼女が軍からの要請によって開始された広報用資材にされて数十分後、ようやくインタビューが終ったのでだらけて椅子に持たれ、焼き菓子をモシャっていた。
「何か思ってたのと違う人生設計になった気がする……」
彼女にとって自分の生死なんて、父が死んで復讐を誓った日に捨てているものだ。
そこに横やりが入って人類が勝利目前という状況になってはいたが、本来は英雄なんて代物ではなくて、一人の兵士としてエクステンドを一体でも多く倒して死ぬつもりだったのである。
それが何の因果か。
「( ^^) _U~~(おつかれーおちゃどぞーという顔)」
武官ペカトゥミアのせいで人類の救世主扱いである。
先日まで住んでいた父との思い出の住居がある区画には幾つかの防犯設備と警備が常駐するようになったし、彼女の家の冷蔵庫には今や子供が好きそうな焼き菓子や氷菓が山のように入っているのだから、世の中何があるか分からない。
インタビューしていたキャスターも退出した後。
全部、セリフまで蜘蛛に指示されていた彼女は大根役者の自覚はあるものの、それでもなんやかんや修正されたり、編集されたりして、自分を使うのだろうと軍広報の仕事が遅い事を祈る。
「ねぇ、もう首都の本拠地の攻略も秒読みって話だけど、あたしいる?」
「(/・ω・)/(一緒に一大イベント見に行ってお弁当食べるの愉しみーと看板に書く顔)」
「あっそう……はぁぁぁ、人類が救われるのはお祭りか何かなのね。アンタらにとって」
武官ペカトゥミアにほぼ操縦されたウルVer0.3はいつの間にか武装や装甲が洗練されていき。
今では何か機械っぽい見た目に変貌してVer0.8くらいになっていたりする。
それで出撃する度に強化されたウル内部で彼女のやる事がほぼ眺めているだけという事実は墓の中まで持っていく真実とやらになるだろう。
「で、あの人類とか絶対死にそうな領域での戦闘……勝てるの? 本気で?」
「(・ω・)………」
突如として真顔になったように感じた蜘蛛が少女を複眼でちょっと見つめた後。
虚空に呪紋で映像を映し出した。
「これって……病院跡地。グランド・コアの今の映像?」
「(*_ _)(コクリと頷く顔)」
「軍は何も言わなかったけど、今こんなになってるんだ。ハンドレットオーバーそのものが壁にされてるなんて……中には何がいるのよ。コレ」
彼女が見たのは巨大なハンドレットオーバーの群れが繭を護る防護陣地の壁や土嚢のように大量配置されているという事実であった。
それは正しく巨人という建材で創られた壁に等しく。
その奥に鎮座する巨大な繭は早めに明滅しながら、脈打っていた。
「(´-ω-`)(………)」
「な、何よ……」
「(´|ω|`)(ここからが本番と看板に書く顔)」
「ほ、本番?」
蜘蛛が次々に虚空へとお出しするのは今まで大陸で収集した情報を纏めたものであり、軍の現在持っている情報も纏めたエクステンド達の最終目標及び人類の展望であった。
「え、何、これ……は?」
蜘蛛の出した複数の情報と見解。
更に軍の機密文書の山の中でも特に完全に蜘蛛達にすら知らされていない情報が一切合切載っているという状況に彼女の顔が引き攣る。
「………っ、エクステンドの最終目標……人類の救済? こ、これって……まさか、そ、そういう? 嘘でしょ何よコレ!? じゃ、じゃあ、今まであたし達は!?」
彼女が思わず蜘蛛を見やる。
彼女の前にある書類には色々と書かれていたが、要約するとこうだ。
エクステンドは神の成り損ないでありながら、神の性質を有し、現行の一切の社会制度を完全に不用と断じて、人類の救済には肉体と魂の進化、更に精神の保存を行うべきだと思考し、エクステンドを入れ物とし、精神と魂を運ぶ人類の箱舟として機能させている。
つまり、エクステンドは人類保存機構とでも呼べる生物である。
「(・∀・)(はいコレという顔)」
幾つかの情報の断片が彼女の前に前脚で送られる。
「神格反応在り。嘗て大陸を捨てた神の一部再現? このままじゃあの隕石で大陸が滅ぶから、強制的に進化させて、魂と精神だけでも保存して別の世界に逃げる算段? あ、あの繭が扉? は、はは……つまり、あの幼女化してるのは……」
更にペカトゥミアが蜘蛛達の見解を書き出した情報を少女に見せる。
「精神構造が凍結されて、魂が保管されている自動防衛ストレージ。エクステンド内から本来出す事が不可能な精神と魂を取り出して、再び活動出来る肉体をエクステンドの肉体で構築……」
思わず少女がプルプルと震える。
「じゃあ、あたし達が今まで殺したエクステンドが幼女にならないってのは……」
「(*_ _)(コクリと頷く顔)」
少女が思わず顔を歪めた。
「結局、人類はおせっかいな神様モドキの体に閉じ込められた人類そのものと戦争してたって事か……人殺しにはならなくて済むと思ってたんだけどな」
「(=_=)(ま、よくある人生の躓きの一つだって、と看板に書く顔)」
「あのねぇ!? 何なのよソレ!? 簡単に言わないでよ!? 今まであたし達がして来た事はつまり全部無駄だったって事じゃない?!」
思わず少女が怒鳴った。
しかし、蜘蛛は動じず。
いつもの調子でヒョイッと次の情報を彼女の前に押しやる。
「―――ッ。このままあの繭の状態が最終段階に到達した場合、この世界そのものが消滅する可能性がある? 神格の不完全な状態での能力励起のせい? 次元崩壊級災害……大陸外より先にあたし達のいるこの大陸そのものが破滅の源になる……」
彼女が項垂れた。
あらゆる意味で人類の進退は極まっていると悟ったからだ。
「このまま何もしなければ、隕石が落下して死ぬ。このままあの繭をそのままにしてたら、自分を神と思ってる神モドキのせいで大陸が滅ぶ。でも、このまま戦えば、生産されてるエクステンド以外は全部元に戻せる人間だと知って殺す事になる。うん……地獄ね。この蜘蛛野郎……人類が地獄そのものだなんて……やな話……」
その真理に到達した彼女は天を仰いだ。
「……ねぇ。あの繭を倒したとして、これから人類はどうなるの?」
「(・∀・)(何も変わりませんねハイという顔)」
「アンタが何も変わらねーって思ってるのは分かった。そっか……お父さんがあたしにエクステンドをあんまり殺すなって言ってた理由。これを薄々知ってたからなのかもしれないわね……」
「(´・ω・`)(はいコレという顔)」
「今度は何よ。もう人類の戦争や滅びの真実とかお腹一杯なんだけど」
「(・∀・)(まぁまぁと虚空の情報を見るよう促す顔)」
「……この大陸でのウルの最終仕様? 神や神の使徒、残滓を蜘蛛化する計画……【
蜘蛛が幾つかの情報を少女の周囲に並べる。
「神の力が強過ぎると蜘蛛に変異させても魂や精神、中身が侵食出来ない。でも、力だけなら強奪出来るかもしれない? 外殻だけ変質させてウルに纏わせる? 呪紋理論上、神を呪具化する事は可能……神位外殻を着る内部構造体……遺骸接続による呪具との一体化の一歩先……ドラク技術の応用? 神着る者【デウス・ウェアラブル】……な―――何よ!? この数値!? こ、こんなの大陸どころか世界が……ッ」
彼女は気付いた。
部屋に見える外の映像を投影した壁には未だ天に岩塊がある。
「そうか。アンタらは此処であの岩塊を破壊出来る性能の兵器を造ってたのね……」
「(・∀・)(正解と前脚で大きく二重丸を描く顔)」
「神の力の残滓を兵器化……はは、まんまあたし達の大陸がやろうとしてた事じゃない。人間を神のようにして生き残らせる。失敗したエクステンドはアンタらの良い研究材料だったって事か……」
少女が溜息を吐く。
蜘蛛達は未来を見ていた。
その先に何が起ろうとも進むという意志を常に示していた。
「これに乗ったら、あの岩塊破壊出来る?」
武官ペカトゥミアが初めて少女に静かで真面目な瞳を向けた。
「(・ω・)(諦めない限り、戦い続ける限り、そこに限界は無い。それを蜘蛛はもう知ってる)」
声に出さずとも看板に書かずとも蜘蛛はそう言っていた。
「……はぁぁ、分かった。分かったわよ。つまり、護りたいなら代価を払えって事ね。この大陸に生き残ってる連中全員で頑張ればいいんでしょ?」
「《*・ω・》《*-ω-》(*・ω・)《*-ω-》(うんうんと頷く顔達)」
「ちょ、いつの間にか増えてるし!? あんたらどっから入ったのよ!?」
ウル内部で操縦席にいる宝石系蜘蛛達がいつの間にか其処にいた。
「ホント、どっかの蟲並みに一人いたら何十人いると思えって感じなんだから。はぁ、いいわよ。どうせ、このまま何もせずにいるのも柄じゃなかったし、神様だろうが、残滓だろうが、乗ってやろうじゃない。人が人の手で大陸を救ったなんて口が裂けても言えないんだろうけど、意志を示せって言うならやってやるわよ」
少女が武官ペカトゥミアに手を差し出した。
「エミル・フラーゼンよ。よろしくね」
「(・ω・)/(よろしくお嬢さんという顔)」
こうして二人の手と脚が結ばれ、此処に大陸の最強チームが結成されたのだった。
「あ、それと名前無いの不便でしょ。アンタはペカなんたらだっけ? こいつらも名前無いから宝石さんとか呼ばれてるけど……そうね。【アレキサンド】なんてどう? 光を当てると色々な色になる宝石なんだけど」
「「「《*|ω|》(うんうんと頷いて、はたと『あ……』みたいな表情になる蜘蛛達)」」」
「?」
ギュヴァアアアアアアアと宝石蜘蛛達が輝き出した。
「へ!? あ、いや!? ちょ、な、何!? 眩し?!!」
彼女が思わず目を瞑ってから開くとそこは白い空間だった。
「え!? あ、みんな、どこ行ったのよー!?」
『……エミル・フラーゼンさん』
思わず知らない女性の声に彼女が振り返る。
「?!」
そこには彼女の知る顔があった。
優しそうな長い金髪の女性。
父の伴侶にして最愛の人。
彼女を産んで死んだ人。
「おかーさん?」
「申し訳ありません。貴女のお母様の姿を取らせて頂きました」
「ッ、だ、誰? というか此処って何処!?」
「この地に嘗て君臨した神。いえ、正確にはその残渣でしょうか」
「かみ、さま?」
「ええ、わたくしは啓示神リーア……彼女の一部。昔、この大陸を護った時に破壊された神格の一柱……その最後の欠片です」
「欠片?」
「神世の終わりに神々の大戦があった。大陸を護る為に多くの神が戦った。しかし、非力な神の多くは葬り去られ、他の神々に力を奪われて消えていった」
「そ、それって……神話の? でも、この大陸の神は人を捨てたって伝説では……」
「捨てたというより力を失って何も出来なくなったというのが正しいのです」
「か、かみさまが今更何の用よ? あんたが遺した薬のせいで今や大陸は滅茶苦茶だし、それでなくても滅びが迫ってるってのに……」
少女の言葉に深く頭が下げられる。
「申し訳ありません。本来ならば、この大陸の後始末は最後の欠片であるわたくしが行うべき事でした。ですが、受肉して我が意を離れた新たなる亜神は目的を曲解しているのです」
「曲解? 亜神?」
「15年前……この地に本来わたくしは自分の肉体を再び下ろし、最後の力で大陸の民を導く予定でした。ですが、人々の欲望はわたくしの創造の範疇ではなかった」
「どういう事?」
「残された薬を投与された者は本来死体を想定していたのです」
「ッ―――」
「その為の製法書であり、その為に遺した遺物でした。ですが、わたくしのいない間に大きく文明が進展する中、嘗ての言語や多くの風習と共に情報の伝達が不完全になってしまった」
「そ、それって……あの薬って用法が間違ってたって事?」
「ええ、そうです。アレは人間を神のようにする薬ではありません。死体を神の供物としてわたくしを降臨させる薬です」
「ッ」
「死体に使うのは神の肉体に再編する上で生贄を用いない為。再度の降臨を以て、人類の破滅などに対する備えとして現世に己を熾すという役割がありました」
「そんな……じゃ、じゃあ、最初から死体に使ってれば?」
「今回の破滅は起きませんでした」
「………」
「ですが、使用方法にそもそもの齟齬が起きて、生きている人間に使ってしまった。それはわたくしとしても想定外だったのです」
「それで生きた人間がエクステンドになったって言うの?」
「本来、神の肉体は普通の人間の魂や精神に適合しません。中身が完全に違う生物が別の生物の肉体を使っているようなものだからです」
「つまり?」
「エクステンドは神ではありません。神の肉体に引きずられ、神のように振舞うようになった精神の集合体……亜神の亜種……強いて言えば、【受肉擬神】とでも言うべき存在と化しています」
「………どうしてあたしに話しかけて来たの?」
「それはわたくしの最後の力を託すべき相手が見つかったからです」
「最後の?」
「エミル・フラーゼンさん。貴女はこの大陸において最後に生きる意志を示しました。そして、神の肉体に一部とはいえ適合し、神の力を操る兵器に載って戦った」
「あのウルってヤツに載った事?」
「ええ、そうです。アレは旧き時代。受肉神の遺骸を用いて造られていた人々の為の神具に相当します」
「神具?」
「あの禁忌の大陸の魔力運用体系でならば【聖櫃】と呼ばれる事もある代物です」
「もしかして、蜘蛛達ってその禁忌の大陸とか言うのから?」
「ええ、わたくしの旧い友人達。黎明竜の骨と旧き時代の黒き獣の肉から造られたようですね。とある女神の息吹を受け継ぐ子達の作のようですが……」
女神は僅かに目を伏せた。
「わたくしにはもうあの擬神を止める術もあの岩塊を消す力もありません。ですが、この力を尽くして大陸の人々を護りたいと願った事は本当です。もし、信じて頂けるのなら、この力を貴方に受け渡しましょう」
「ッ―――」
「もはや小さな篝火程度のものです。ですが、嘗ての能力は何も無くとも……無限の寿命と無限の肉体を以て戦う事が出来るでしょう」
「あたしを利用するの? 女神様……」
「そうですね。これは身勝手なお願いです。そんな事は百も承知。図々しいと言われても反論出来ません。でも、生きたいと願った者に啓示を授けるのが我が宿命。そして、貴女はそれに足る人物として大きく成長した」
「成長……ちょっと、蜘蛛にちゃんとしろって何となく諭されたくらいよ?」
「それでいいのですよ。世界の真理なんてものは個人の満足や悟りに勝るものではない」
「神様がそんな事言っていいの?」
「ふふ、神の世界も自己中心的な者ばかりで困ってしまっていたので。人の世と大差ありません」
その困った笑みに少女は初めて女神様をちょっと身近に感じた。
「今、この世界には破滅が迫っています。あの岩塊もまた破滅を打ち倒す為に大神と呼ばれる神々が僅かでも人類が残るならと殆どの者達を犠牲にする覚悟で放った攻撃なのです」
「神様がアレをやってるっての!?」
「はい。でも、そんなの貴方達には関係無い。人が生きるというのは自分の傍にいる人達と共に日常を過ごすという事……それが分からない神は多い……」
「何か苦労人ぽいのね。この大陸の神様って」
「ふふ、負けた方の勢力だったので……」
「そうなんだ……」
女神が少女に真っ直ぐな視線を向ける。
「他人を護りたいと……神々の使命とは違う。ただ、傍にいる為に戦おうとした貴女。その自棄になっていた心をようやく取り戻した貴女。聞き届けて戴けませんか? わたくしの……いえ、神の尻拭いに貴女を駆り立てる悪い女神のお願いを……」
少女は僅かに沈黙していた。
「神様からのお願い、か……」
真っ直ぐに少女は女神を見やる。
「ウチのお父さんなら死んでも嫌だねって言いそうだけど、まだ美味しいもの食べたり、死んだはずの友達に会いたい、まだ生きてこの子の成長を見たいって人もいるんだろうし、仕方ないか」
「……済みません」
「フン。じゃ、あの世で精々準備して待ってなさいよ。持て成されてやるんだから!!」
その真っ直ぐな笑みに女神は僅かに瞠目した。
「ッ……分かりました。約束です。エミル・フラーゼン……」
母の笑みが金色の流砂と化し、少女の周囲に渦巻き始める。
『道は険しかれど、汝の往く手には蒼天に坐したる雄並び立ち、共に巡る世を導かん』
それが最後の言葉となった。
金色の流砂が光となって散逸し、渦巻いていた何かは彼女の中に火を灯した。
胸の熱さは自分が不死ではないと告げている。
しかし、彼女は大きな力を得た実感と共に三人の蜘蛛が自分の方を見ているのに肩を竦める。
「これからこき使ってやるんだからね? みんな」
「「「;つД`》(あ、これ詰んだわ……知らない神の力に束縛されてるという顔)」」」
大慌てになる宝石蜘蛛アレキサンドにニヤリとした彼女は白い世界の果てに続く道を歩き出した。
*
大陸に蜘蛛が襲来し、大陸奪還作戦を初めて9日目。
遂に蜘蛛達の制圧域は殆ど大陸全土に広がっていた。
あちこちで幼女と蜘蛛達が地域完全制圧の報に沸いているが、首都の一区画のみは例外だ。
キロ単位で存在するエクステンドの製造プラントたる繭の周囲は今や巨大なハイ・エクステンドやハンドレット・オーバー達が壁のように連ねられ、その中には更に強力な個体反応が無数。
大陸中でエクステンドの完全制圧後も拠点の無い残党狩りを行っている蜘蛛達を動員する事も出来ず。
首都は首都の戦力と後詰となる周辺地域の戦力で対処する事となった。
グランド・コア。
病院跡地の事をシェルターの者達はそう呼ぶ。
この十年以上の情報収集によって分かっている事は3つ。
この地域の内部には多数の大中小の繭が存在し、無限にも等しい製造能力を秘めている。
地域内の中央にある巨大な繭の中心核として恐らく最初のデミ・ソーマの被験者達が存在し、その能力は神の位に達しているかもしれない。
人類の駆逐を完遂するまでに現れた個体として最も最上位の個体が群体として繭の中には配備されているかもしれない。
結果として首都は魔窟。
最精鋭がシェルターを護ってはいたが、それは単なる試合終了までの時刻を引き伸ばし、一人でも多くを長く生き永らえさせる事に特化された結果としてのものであり、グランド・コアの内部情報はほぼ無いに等しい。
「……エミル少佐殿。蜘蛛の方々の配置が終りました」
いつの間にか。
英雄には部下が必要だよねと上層部から配備された自分と同い年の部下達の1人。
自分より年上の少女に言われた彼女はそっと立ち上がって、病院跡地が眺められる唯一残っていた首都でも指折りの高層建築の屋上に敷設されたテントから出る。
1km程離れているが、それでも巨大繭は只管に大きく。
彼女達がいる場所は今にも崩れ落ちそうな程にボロボロな有様で各地のウルの配置が終ったと言われてもいつもと変わらぬ廃墟都市が広がっている。
「ねぇ、貴女さ。生きて帰ったら何かしたい事ある?」
「え?」
三つ編みお下げの眼鏡な年上に彼女が訊ね。
年相応の顔で部下の答えは返った。
「実は兄弟姉妹が多くて。家族に御菓子を焼いてあげたいです。母が得意だったんです。それでいつか焼いてあげたいって、いつもいつも言っていて……」
「そう。いいんじゃない。あの蜘蛛連中なら好きなだけ焼いていいよーって砂糖でも小麦でも出してくれそうだし」
「あはは……ここ数日お腹一杯な家族が見れて嬉しかったです。みんな笑顔で……」
「じゃ、生き残る為に戦いましょ。あの岩塊も蜘蛛さんがどうにかしてくれるって言ってたしね」
「本当ですか?」
「嘘なんて言わないわよ。どの道、それ以外に道は無い。後はあたし達がどうするか、そうでしょ?」
「……はい。そうですね……必ず生きて帰りましょう」
「じゃ、残存部隊は即時後退。シェルター入り口の最終防衛線に下がって頂戴」
「え!?」
「秘密の作戦なの。蜘蛛がやたら危ない力を使うからって、直前まで仲間が傍にいた方が欺瞞出来て良いって話。もう準備は終わってるみたいだから、此処にいたら死んじゃうわよ?」
「あ、はい!! 分かりました!! ご、ご武運を!! 中佐殿!!」
「ふふ、今度家族紹介してよ。貴女の造った御菓子食べてみたいわ」
「勿論です!!」
敬礼した少女がすぐに高層ビルの上から蜘蛛達謹製の頑丈過ぎるロープで壁面からおりていくのを 後ろに今まで透明化していた武官ペカトゥミアを彼女がジロリと睨む。
「あんな良さげな子を戦場に送って来るとか。何処の誰さんの差し金なのかしらね?」
「(´▽`)(友達が出来ると良いと思うという意見を軍人事部に進言してみた顔)」
「はいはい。結局、全部アンタらの掌の上なのね。いいわ。踊ってあげようじゃない。言っておくけど、アンタら本音駄々洩れ過ぎでしょ。何でそんな表情豊かなのよ。本当に……時間ね。で? あの鉄壁に見えるグランド・コアをどう攻略してくれるの?」
「\(^o^)/(蜘蛛的オワタ式空爆術をおみせしよーという顔)」
蜘蛛が両前脚を大きく仰け反るように広げた。
途端、まるで何の合図も無かったように見えるのにグランド・コアの繭の直上10m付近に七方向から1秒で音速の数十倍の速度で飛来した巨大な光の槍が―――グラングラの大槍を束ねた巨大な槍の束が七本。
合計700本が炸裂した。
ちなみに全ての威力が完全炸裂した場合、大陸首都のある中央平原から凡そ1000km程が焼け野原、全てが灰に覆われ、惑星規模での寒冷化現象が起きて、世界が滅びるはずだった。
が、そうはならない。
その理由が首都中心域を囲む地域に大量に複数のウルを中心として陣地を作っていたアレキサンド達にある。
彼ら宝石蜘蛛達は現在、何処かの脚の部位が欠損していたり、再生中のものが多数。
何でそんな事になっているのかと言えば、単純だ。
ウル達が陣地化した地域間が円環状に魔力の光で結ばれ、その内部には大量の譜律が流れ、各地域で制圧が終った場所のあちこちにアレキサンド達の脚を呪具化した宝石の剣のようなものが多数突き刺さっていたのだ。
ソレらはアレキサンド達の能力を延伸し、複合し、引き伸ばす為の巨大な陣地を形成する。
彼らの能力は神の力の一端。
そして、その能力の最たるものは【念動】である。
物理無効化障壁や物理的な障壁で妨げられない攻撃は全てソレで行われている。
しかし、それを物理量の制御に使ったならどうなるか?
単純無比な話である。
世界を滅ぼす攻撃を収束する壁を作り、威力を閉じ込め、炉心の如く増幅させる窯の中に全てを沈める。
残念ながら、大陸全土の幼女達が嘗ての人口の6割程までも生まれていた事も相まって、首都地域の一区画の為に他の幼女を危険には晒せないという判断でバッサリ幼女化可能なグランド・コアのエクステンドは切り捨てられた。
「光の柱……?」
金色の輝きが世界の果てに吹き伸びる。
威力減衰どころか。
威力収束による炸裂は大量のアレキサンド550万人分の力によって地域そのものに封じ込められ、その猛烈な威力の中心点では次々に繭が解けていく。
神の力による防御を中和され、超威力の攻撃収束を受けた区画そのものが原子レベルで崩壊し、陽子と中性子となって上空へと飛散していく。
だが、その粒子線の一粒すらも地表には降り注がない。
遥か天空に注がれた威力は核融合を続ける区画内部の全物質から放射されたエネルギーを呑み込みながら嘗てアルメハニア達が行った攻撃よりも威力的には数万倍の状態で世界の終わりに向けられたのである。
ソレは大気圏上空までも吹き伸び、瞬時に大宇の果てまでも貫通した。
そうして数十秒も続いた核融合による巨大なエネルギー放出が収まった跡。
「(T_T)(あ、やっべという顔)」
蜘蛛達は自分達の攻撃が防がれた事に驚きつつも、ここから消耗戦になるのかぁという顔で巨大な虚空の穴と化した繭の内部。
未だ半分溶けただけで再生を始めている白い巨大構造物の最中から大量のエクステンドが放出されたのを皮切りに突撃を開始した。
「ま、まさか、今ので倒し切れなかったの!?」
「(・ω<) (相手が造ってた異次元への回廊に威力の29%くらい逃がされちゃったという顔)」
てへぺろと舌は無いけど、自分の頭をこつんと前脚で叩いて可愛く謝罪する武官ペカトゥミアを前に彼女が思わず拳をプルプルさせた。
「ど、どーすんのよ!? ていうか!? 空に浮かんでるじゃない!!? しかも、何あの数!? ハンドレット・オーバーよりデカイのまで出て来てるんですけど!?」
彼女達の前で巨大な虚空に浮かぶ繭の最中から数百m級の図体がゆっくりと孵化しているかのように迫り出し始めていた。
繭の溶けた部位から雲霞の如く湧き出したのもハンドレット・オーバー以上の怪物と思えるような適合率の存在ばかりだと彼女にも今までの戦闘経験から本能的に理解出来た。
巨大な数百m級の顔の部分にある口らしき渦巻状の器官に輝きが灯る。
だが、ソレが撃たれる前に複数の地点から秒速2400mの竜骨とタングステンを用いた複合被覆弾……蜘蛛達が本気で敵を屠るように作った砲弾がブチ当たった。
ゴゴゴゴゴォンという音と共に口が複数回の砲撃によって上向き。
ピュンと軽い音と光が上空へと発射されて消え去っていく。
「(/・ω・)/(当たってたら死んでたぜという顔)」
もしも当たっていたら何が起こったか。
すぐに察したエミルの顔が青ざめる。
「あんな馬鹿デカイの勝てるの!!?」
「(^_^.)(勝てるんだよなー何故なら馬鹿デカイのと戦う為の戦術や戦略に特化訓練した蜘蛛の記憶しかいないからなーという顔)」
2人がコントをしている合間にもハンドレット・オーバーの群れが突撃してきた蜘蛛達と真正面から激突した。
だが、神の力を用いたハンドレット・オーバー達の攻撃が当たらない。
どころか。
乱戦の最中に次々と仲間達にブチ当たって仲間を減らしていく。
「はぁああああああ!?!」
その理由は彼女にも分かった。
彼女の瞳には蜘蛛達が吐き出していた糸が見えていた。
見えない糸が大量の敵の攻撃を敵軍自身に向けさせ、その攻撃で仰け反るなり、態勢を崩した者達を次々に蜘蛛脚を集めて弾丸の如くすっ飛んだ蜘蛛達のドリルっぽい足先が抉って次々に突き抜けていく。
破壊された敵の内部から更に仲間となる宝石蜘蛛が爆誕し、攻撃に加わり、前線では次々に戦力が増強されながら、相手が消耗し始めていた。
乱戦中にどうして味方の攻撃が当たらないのかと不可思議な現象が起きている。
だが、それも全ては糸のせいだ。
蜘蛛達は糸が何処かしらの体の部位と繋がっており、空中機動中に別の蜘蛛達に引っ張って貰って攻撃を無理やり避けながら攻撃し、攻撃を受ける時もまた相手の攻撃に弾かれるように吹き飛ばされ、受け身を取りながら背後の地域にある糸に引っ掛かるとゴムのように反発する糸でバウンドして戦線に復帰していた。
「で、でたらめ……あんなのどうやって倒すのよ……」
ハンドレット・オーバー達は基本的に連携しても攻撃が単調なのだ。
巨大化すればそれだけ動きが鈍くなる。
肉体のあちこちを可変させて、ハリネズミや剣山、あるいは群がる敵を破壊する凶悪な刃物を体に突如として生やしたりしているが、それが一撃必殺の質量と神の力を込めた一撃であるにも関わらず、蜘蛛達は回避していた。
いや、当たっていると思える蜘蛛達が吹き飛んだ後。
切られたはずの部位をボムンと何か空気でも入れているかのように復元する様子に彼女の空いた口は塞がらない。
「へ、変形させてるの!? 骨格や骨や内臓はどうなってるのよ!? あんたらも生物でしょ!? 脳とかの部位が三枚切りされてるはずなのに一切切れてないとか!!?」
「(^_^)(精神属性変異呪紋【スピィリアの軟体】は今や一般蜘蛛も使える神回避呪紋ですが何か?という顔)」
スピィリア達の超速変形回避が呪紋に落とし込まれてからこっち彼らが戦闘で物理打撃攻撃や斬撃の類で回避し切れない攻撃はほぼ存在していない。
かなりの熟練者ならば、穴開きチーズみたいになって散弾すらも“真正面から受けて回避し切る”のだ。
まぁ、蜘蛛達のコミュニティー内での話であり、初心者の蜘蛛達には精々音速の数倍で迫る当たったら死ぬ系の即死攻撃を回避する呪紋でしかないが、十分に生存率に寄与していた。
相手の攻撃で仲間が敵になる。
相手への攻撃が数を減らせずに時間を悪戯に消費する。
この二つが襲い掛かった戦線は無限にも思える生み出されたエクステンド達を数十秒で100m以上後退させ、その包囲網は狭まり、怪物と蜘蛛達の超速変形を用いた攻撃の応酬は虚空でジャンケンをしているに等しい後出しの変形能力合戦となった。
だが、その勝者は蜘蛛に軍配が上がった。
猛烈な速度で狭められていく圏域内部に押し込まれたエクステンド達が遂に仲間を吹き飛ばす遠距離攻撃の砲身を次々に出現時から露わとし、全てを焦土化する火線を放ち―――。
放ったかと思われた途端にはその砲身そのものが爆裂した。
「な―――あの小さいのいつの間に!?」
糸蜘蛛が砲身の前に自身を張り付けていたのだ。
ソレそのものが火砲が発射されると同時にその攻撃で起爆。
砲身自体を爆裂させながら、攻撃の弾道を瞬時に逸らしたり、あるいは単純に爆発で攻撃を掻き消している。
あまりの状況に痺れを切らしたか。
遂に半身が出た数百m級のエクステンドの全容が露わとなる。
巨大な頭骨は滑らかに瞳などは無く。
叫ぶ口と背後の十二対の翼が過剰な量の白い羽毛のようなものを纏っており、繭から羽化したかのように半身がズルリと抜けた途端。
翼が展開され、それが全方位に弾けようとして―――上空から猛烈な光線が襲い掛かり、全ての羽を焼き尽くすように起爆させ、爆裂の海に上半身が飲み込まれた。
だが、それでも発射を阻止し切れなかった無数の羽が蜘蛛達とエクステンドを呑み込もうとしたが、後方地域に残っていた蜘蛛達が接地した二つの脚以外での投擲。
竜骨製の弾丸による狙撃を個別に行うという神業で羽を次々に撃ち落としていく。
衝撃で起爆した羽の周囲には神の力によって全てを分解する能力らしきものが発現していたが、そのほぼ全てが各地域の残った高層建築の壁面にズラリと並んだ狙撃得意系蜘蛛達の投擲戦術で刈り取られ、怒り狂ったような雄叫びを上げる敵の精神侵食すらも無数のアレキサンド達の念動による封じ込めによって戦域には届かず。
何もかもが封殺された挙句に上空からの光線の量が増していく。
「ど、何処から―――」
彼女が遥か頭上を見上げた先。
虚空には転移の歪みらしきものが見えた。
「空間を超える? でも、あんな規模の事が出来る術者なんて何処に、も?」
竜骨製のソレは首都そのものをすっぽり覆う程の広さを持つと同時に上空に浮かんでいた。
「は?」
今まで虚空で姿を気配をアレキサンド達が消していたのだ。
「ま、まさか……アレそのものが空間転移用の……」
「(/・ω・)/(他大陸のなかーまの援軍が来れないなら、攻撃だけ受け取ればいいよねーという顔)」
首都を囲む程の巨大構造物は歪んだ空間の先から殺到するイゼクスの息吹を収束したり、拡散したりしながら、恐らくは最後の敵であろう数百m級エクステンドを攻撃の物量で圧し潰し、焼き潰し始めていた。
「……やっぱ、もう蜘蛛だけでいいんじゃないかな。はは」
少女の顔が引き攣る。
黒蜘蛛の巣を造り終えた後。
蜘蛛達が何やらしているのは知っていた彼女であったが、それが首都をすっぽり囲ってしまう巨大な転移用のゲートだなんてもう笑うしかない。
これが数日で建造されていたとすれば、人類に蜘蛛を害虫呼ばわりする権利はない。
ノクロシアの如き伝説の旧き神世の時代の技術でもなければ不可能な……あらゆる叡智と技術を結集しなければ造れないだろうものが、本当に軽くポンとお出しされたのである。
それこそはヘルメースが各地の転移の遺跡で集めた情報や譜律の現物にニブルヘイムの解析で手に入れた神々の転移方式を組み込んだ呪具。
本来は世界各地の大陸に散らばった蜘蛛達の戦力や物資を結集する最終決戦用の大規模転移装置【地獄門】だった。
―――!!!!!!
超巨大エクステンドが猛烈なイゼクスの息吹の射爆によってゆっくりと焼け爛れ、消し飛ばされ、ジリジリと頭頂部から消失していく。
もしも、その存在が真正神のように定理側、法則側の存在だったならば、意味のない攻撃だったかもしれないが、生憎とソレは擬神にしか過ぎない。
今、その実態を保っている間にも消耗は激しく。
この10年以上の年月で溜められていた神の力すらも摩耗していく。
無尽蔵にも思えた敵軍の攻勢は完全に止まり、再生に力を使った醜い無貌の天使の如き上半身が焼き尽くされていく。
それでもまだソレは諦めていなかった。
ソレが彼女には分かってしまった。
「……ねぇ。戦っていい? これで参戦しなかったら、あの女神様にも悪いしさ」
「;つД`)(こ、こんなに立派になってという顔)」
「今、物凄くムカつく事を言われたのは分かったわ。子供扱いしてると後で怖いんだからね?」
エミルのニッコリ笑顔に肩を竦めた武官ペカトゥミアが最後の仕上げだと指を弾けば、彼らの頭上にウルが姿を露わにした。
今まで屋上に陣取って消えていたのだ。
「行くわよ。みんな!!」
「「「《*|ω|》(はーいと片脚を上げる顔)」」」
ウルの下に糸が下りて来て、武官ペカトゥミアとエミルを引き上げた。
すると、装甲の隙間が開いて真菌層を抜けた二人が座席にドポンと嵌る。
「相変わらず粘液……」
べっとりした顔を拭ったエミルが申し訳程度に付いている操縦桿を握る。
本来、魔力を流す搭乗者がいなければ、ロクに使う意味も無いデバイスはしかし……少女が握った先から操縦桿そのものに薄緑色の魔力の導線が緻密に描き出され、行き渡る魔力の転化光をぼんやりと内部の壁面にまでも映し出した。
「真実だとか。現実だとか。一々要らないのよ……今をちょっとでも誰かと過ごす奇跡を潰されそうな誰かがいる。それをどうにかしようとするってだけでいいじゃない……」
大人達の罪。
押し付けられた境遇。
失った家族。
よくよく考えなくても何処にでもある話。
でも、それに圧し潰されない力があったなら、どうすればいいのかは大体の人々が一致するだろう。
「生きる為に戦いましょ。あたし別によくよく考えたら、難しい話とか好きじゃないし」
「(/・ω・)/(その考えはある意味、神っぽいという顔)」
「今、褒めてなかったでしょ。分かるんだからね?」
エミルが武官ペカトゥミアに膨れた。
言ってる傍から完全起動したウルの真菌層が魔力を帯び。
猛烈な勢いで振動しながら竜骨を取り込んでいく。
グズグズに混ざり合う黒と白。
ソレが変貌した時、見ていた者は目撃する。
ビルの上に鎮座するウルは今や虹色に染まり上がっていた。
白い骨部分がクリスタル状に変貌し、キィンキィンと周期的に輝きと音色を内側から零している。
だが、その変貌の最中に今まで使っていた火砲だのが全部消え去ってしまっており、武装らしきものは見えなかった。
「行くわ」
エミルが操縦桿を僅かに前に倒した途端。
その姿は超巨大エクステンドの真下。
繭の淵にあった。
「ッ、やっぱり、新しい個体を生産しようとしてる!!?」
彼女が見た時にはもう繭の淵の内側にビッシリと小さな繭が置かれ、その内部では今までにない新しいタイプのエクステンドが生まれるのを待っている状態だった。
「させるかぁああああああ!!!」
操縦桿が引き抜かれるようにして前に倒される。
操縦桿の根本から不可糸の弾力のある束が抜かれつつ、大きな少女の上半身の動きに対応し、それに呼応したウルがビキビキと虹色の装甲を纏う前脚の一本を突き刺すような仕草をした。
前脚が二倍程まで伸びて前に突き出されるとその表面が猛烈に針山の如く盛り上がり、爆発。
大量の蜘蛛脚誘導弾のように発射され、次々に繭に突き刺さっていく。
上半身の背後にまで回るように次々に射出された虹色の蜘蛛脚が繭を串刺しにすると内部からの鼓動が変質し、キシャーという声と共にアレキサンド達が飛び出して、擬神の表面装甲に向けて次々に普通の色の蜘蛛脚を射出。
腹部程から突き刺さる全方位からの蜘蛛脚の雨が擬神をハリネズミにしていく。
―――!!!!
巨大な肉体が羽虫を払うように捩じれて、腕が振るわれ、同時に装甲表面の蜘蛛のような装甲に変質しつつある部位以外が恐ろしい勢いで瞳らしきものを出現させ、ギョロリと見た周辺の蜘蛛達に向けて光線を放つ。
光の速度での一撃は当たれば、即死の類。
しかし、アレキサンド達が二重の結界を自身に纏いながら踏ん張らずに虚空へと大ジャンプし、繭から外へと向けて推進力のように敵攻撃を使って離脱。
しかし、攻撃を装甲で受けるエミルの乗った蜘蛛はそれに耐久しながら敵腹部に突っ込んだ。
瞬時に前脚が二つ大鎌となって腹部表面を切開。
その内部に潜り込むように背部ブースターを点火。
突き抜けるかのように内臓へと潜り込み。
自身を消化しようとして来る擬神内部の液体に表面を溶かされながらも脚という脚を広げ。
「いい加減とっとと死になさいよ!!」
少女の叫びと共に大きく操縦桿が両手両足を伸ばした彼女に応じて、機体の全身の装甲が捩じれながら肉を貫く槍の如く脚も含めて超速で伸びた。
内部からの串刺しにこの世のものとは思えない絶叫が響く。
腹部から上半身に掛けて内部から突き破るように虹色の槍が次々に付き出し、体内から変質した擬神が蜘蛛の如く変貌していく。
「ッ」
だが、それでもまだ侵食され切っていない心臓部辺りが、ウルの脚に備えられていた魂を食い破るトリアイナの連射が始まる寸前。
急激に熱源を移動させて、口内から吐き出された。
瞬時に敵の手を見破っての離脱は肉体に力を残しても迅速に行われ、結局は攻撃が保留される。
「中心核!!? アレが本体ね!?」
肉の塊。
心臓らしき形ではない。
何処か黒い肉の柱を思わせる円筒形のソレは脈打ちながらも硬質な金属を思わせる。
その表面に眼球が出現し、ギョロリと周辺状況を見やる。
自分の元肉体が内部からの侵食で変貌し、蜘蛛の装甲へと変わっていくを見やり、虚空で変形し始める。
当然、他の蜘蛛達が次々に攻撃を仕掛けるも高速で機動し始めたソレは回避しながら結界を張り、今までの鈍重さが嘘のように蜘蛛達の速度に追い付きながら変貌の時間を稼いでいた。
「イゼクスの何たら発射よ!!」
ウルの口内からの極太のソレが手前で収束されて瞬時に虚空を薙ぎ払う。
しかし、相手はそれを紙一重で回避しながら更に虚空で加速。
合間にも擬神の中核が消えた巨大な肉体が変質によって高速で縮小し、キラキラと虹色の輝きとも違う星々の輝きを宿す黒い装甲へと変貌していく。
それに内部が前脚から内部に頭毎内部に突っ込むとウルを肉体が覆っていく。
虹色の脚先が突き刺さった繭もまた蜘蛛の装甲の如く変質し、縮小を開始。
最終的には虚空に浮かぶウルの背部。
否、上部と言った方がいいだろう場所で蜘蛛脚で造られた輪のように変質した。
「\(^o^)/(侵食率99.9992%突破。完全侵食完了!!という顔)」
「お目当てのものが手に入って嬉しいのは分かるけど、あっちも完了したわよ!! 気を引き締めなさいよね!!」
少女の眼前では高速機動しながら、虚空で変貌を遂げた人型の天使。
少なくとも20m程のソレが見えていた。
無貌だった大型時とは違い。
女性型の女神のような彫刻にも見える。
黒い翼と全身は肉のように波打ち。
「ッ、来る!! 全軍防御態勢!!」
瞬時にそう叫んだ彼女の言葉にアレキサンドが周辺の方陣最前線に能力を集中させ、見えざる盾を次々に生み出した。
虚空でイゼクスの息吹があちこちから収束した途端。
それに数百倍するだろう閃光を全身から放った女神の彫刻は衝撃波を放ちながら虚空で威力そのものを拡散。
周辺地域の地殻が数cm以上も鳴動しながらズレていく。
『きゃぁああああああああああああああ!!?』
『な、何かに掴まれぇえええええええええ!!?』
それに飲み込まれた地下シェルターと残存部隊であったが、蜘蛛達が事前に準備していた竜骨製のシェルターの外殻を保護する空間内で衝撃を吸収し切り、破断する事は避けられた。
更に蜘蛛達から渡されていた結界用の呪具が緊急起動し、衝撃波を受け切って内部の人間がかなり気を失いつつも、エクステンドの遺伝子を受け継いだ少年少女達は何とか耐え切り、蜘蛛達の……否、神話の戦争を霞む目で垣間見る。
「くっ、まだあんなに力が残ってるの!?」
「(・∀・)(あ、保存されてた神の力は6割くらい持ってかれた?という顔)」
「ちょっとぉ!? それって力負けしてるってこ―――」
言ってる傍から30m程まで着ぶくれたウルの真正面に彫刻女神の拳が迫り。
それが前脚で捌かれてカウンターが相手の鳩尾に叩き込まれ吹き飛ばされる。
それでビシリと亀裂が入った黒い硬質の肉の装甲であったが、それもすぐに消え失せる。
「被害は!!」
「《・ω・》ノ(0.1%くらい神の力盗られましたという顔)」
「吸収された?! ヤバいじゃない!? こっちは盗れないの!!?」
「《^_^》(それが出来たら苦労しないんだよなーという顔)」
「この役立たず!? 乱打されたら!? さっさと後退して、中遠距離戦よ!!?」
変質した神の力を強奪した姿。
神位外殻【ケイルム】を装着したウル・ケイルムとでも呼ぶべきだろうソレが瞬時に跳躍し、背後の背負った輪から次々にイゼクスの息吹を乱射、誘導して雨の如く敵を射爆し始めた。
それに他の蜘蛛達も追随し、対空弾幕は熾烈を極めて黒い女神の回避軌道を塞ぎながら、攻撃をブチ当て、防御で消耗させていく。
相手にしてみれば、自分の力を取り戻すのが最優先。
しかし、それを許す程、蜘蛛達は甘くなかった。
虚空で高速移動し続けていた女神の偽物が遂に蜘蛛達が使っていた捕獲用の糸の一つに脚を取られた刹那にはイゼクスの息吹が殺到。
次々に表面外殻を吹き飛ばされながら、隙間なく地上と上空の空間の歪みから現れるイゼクスの息吹で虚空に縫い留められ。
雄叫びを上げて攻撃を弾き返した。
光が次々に各地に着弾し、さすがに耐え切れなかった蜘蛛達の一部が瀕死の重傷を負いつつも、耐久し切ってすぐに他の蜘蛛達のカバーで後方へと下げられていく。
「《=_=》(今ので相手の力の1割を消費。後9回は同じ事が出来ますねハイという顔)」
「なら、そうさせてやるわよ!!」
エミルが操縦桿のボタンを押し込む。
するとウルの口から火砲らしきものが迫り出した。
だが、迫り出したというのは少し表現が違うかもしれない。
口から明らかに入らなそうな巨大な砲身が体積を無視して出現しているのだ。
ソレがガシャンと虚空で回復と防御に務めていた相手に向けられる。
「とにかく利きそうなので片っ端からよ!!」
「《|ー|》ノ(はーいという顔で使ってみたかった能力をウキウキで開放する顔)」
口内から迫り出した砲身が罅割れながら上空に向けてレーダー設備の如く展開される。
花開いたソレが何なのかを瞬時に本能で悟った彫刻神が発射されれば命は無いとばかりに彼女達に向かってくる。
その間に次々にイゼクスの息吹が着弾するが構わないのはソレがあまりにも理不尽だからだ。
【高次元射爆圧出砲】
ノクロシアの超兵器の一つ。
ソレはこの大陸には本来存在していない代物であったが、蜘蛛達の一部から情報を取得し、特定のアレキサンド……始まりの宝石蜘蛛達の一部がノクロシアンとして覚醒済みだった事で借りて来たのである。
そう、新たな神は此処にいる。
神の名の元に名付けられた種族はその力を全て神に捧げられるのだ。
キィンという音と共に彫刻神が後数㎝で相手に到達するというところで発射された見えざる攻撃に巻き込まれる。
「!?」
しかし、その半身が砂と化して尚動いた。
「(・ω・)(高次元領域から構築済みの精神情報を移動させた? 定理そのものに存在を刻まれてないから出来るって事?という顔)」
ボグンと彫刻神の左半身の拳が砲身を叩いて罅割れさせ、横合いからの狙撃弾に跳び退いて高速で再び半身から罅割れつつある肉体を押して高速飛翔形態に入る。
「《*´Д`》(あ、今ので使用不可にされちゃったという顔)」
「《^○^》(復元まで4時間32分くらいという顔)」
「《´ω`》(敵質量5割を消失。敵の力の推定残量3割まで低下という顔)」
「砲身格納したら、追撃するわよ!!」
「「「《 |ー|》ノ(はーいという顔)」」」
アレキサンド達の操縦で素早く巨大砲身を口内に消したウルが虚空に周囲の蜘蛛達が渡した糸を使って跳ぶ。
瞬時に今も遠距離攻撃を回避し続けているエクステンドの頭上を取ったと同時に半身が既に回復し掛けているのを確認。
シャリンと前脚の一部が大鎌と化して20m程の距離を瞬時に撫で切りにする。
瞬間的に用いられたへんきょーはくが用いていた電磁誘導システムを用いた黒霊菌の活性化機構が全開し、内部の生体部分が筋肉として膨張。
砲弾の数倍を超える速度が脚先一つで可能となった。
「ッ、これで!!」
それを受け損なった再生中の半身が僅かに削れる。
しかし、距離を取った相手には再び射撃による追撃が掛かり、翼の根本に偶然イゼクスの息吹が命中。
「ヨシ!!」
そのまま機動力が半減したところに射撃が次々に襲い掛かり、全周からの同時波状攻撃に再び周辺への光線と衝撃拡散で仕切り直しが入った。
そのまま前に出たウルと彫刻女神が絡み合うように互いを削り合いながら空中戦へと雪崩れ込む。
もう相手の打撃は喰らわない。
相手そのものに自分を狙わせながら、脚先の鎌や刃とトリアイナの複合攻撃は常に先手を取り、致命傷を向ける事で回避と防御を選択させ、同時に攻め手を狭めさせて頭脳戦へと誘うのだ。
それはつまり、大量の蜘蛛達の演算能力が神の力で繋がっているネットワークに対して単体で挑むという愚行。
「「「((●Д●))(超高速処理で複眼から血が溢れ始めた顔)」」」
千日手ならぬ億日手でも読めてしまう蜘蛛達の弾道計算や軌道予測に費やされていた情報処理能力がウル一体に集められた結果。
近接戦の読み合いで押し負けた女神が5秒で再生分を脱落させて、全身に罅割れを起こして自身の手加減出来ない攻撃の反動で崩れていく。
「(゜ω゜)/(後1割という顔)」
遂に神の力の枯渇で敵残存部分の崩落が始まる。
高速移動による射爆の回避が限界に達し、次々にイゼクスの息吹がブチ当たったソレが最後の足掻きとばかりに肉体を球状に溶かし切って変性させ、黒い脈打つ球体状で耐久し始めた。
最後の足掻きであるのは確実。
しかし、ウルは容赦なく突撃し、大鎌でソレを両断し、同時に限界まで小さくなったソレに蜘蛛脚を打ち込んだ。
ドッと二つに割れた球体が蜘蛛に成り掛けても途中で変質が止まる。
そのまま、ウルに急速接近し、鎌の迎撃を擦り抜けて頭部に割れた玉が二つとも癒着した。
それの侵食を受けながら、少女が遺された敵の最後の抵抗に目を閉じて付き合う事とする。
「―――」
目を次に彼女が開いた時。
縦半分に体を割られた女神像が彼女の前にはいた。
「エクステンド・コア……オリジナルの……」
学校で教えてくれる。
最初期の感染変異体達の事をそうシェルターの軍内部では呼んでいた。
【救えぬな】
「……喋れるの?」
【我は神の使命を全うせんとするもの】
「貴女は神じゃないわ」
彫刻の女神は割れたままに少女を見やる。
【神の力は導きし力……我が大本の女神がそうであったように……】
「破滅から救う為にエクステンドにするのは本末転倒だって言うのよ」
【分からぬか? この世界はもうダメだ……多くの大神も恐らくは逃げ遂せる為の計画でこの世界を離れるであろう】
「え?」
【神は定理の写し身。一繋がりの存在。それを小分けにしているに過ぎぬ。故に全てが分かる】
「何が言いたいの?」
【この世界の定理は壊れ掛けている。輪廻の長大な繰り返しの果て、収束した因果律の特異点は全てを歪めて崩壊させつつある】
「……世界が滅ぶって事?」
【神すらも滅ぶ。だからこそ、我は生まれた。この救われぬ世界より新たな大地へ民を導く為に】
「その為にエクステンドにするって言うの? その先でアンタの私物みたいにされて暮らせって?」
【そうではない。神の力を持つ者は定理の異常に左右され易いが、現実の破壊には耐性を持つ。新たな世界に人類を送り出し、その旅の間だけ肉体を変質させて保護する。それが箱舟として我が力を試行した結果だ】
「箱舟……逃げ出したって、その世界とやらに辿り着く保証は?」
【無い。だが、神すら逃げ出すものを滅びると知って置いておけるものか】
「その為ならどれだけの人間が死んでもいいって事?」
【席は多くない。大神共も選り好みはする。だが、意味も無く奴らとて人々を殺しはすまい。奴らが選定した世界が何処かにあるはずだ。その方面へと飛ばせば、恐らく3割は生き残れる】
「逃がす為に大陸を滅ぼして、それで得た命も最終的に3割残るかどうか……フン。だから、ダメなのよ。そんなの誰も望んじゃいない」
【ならば、どうすればよいと? 貴様らは滅びるのを待つのか? 女神を継しものよ】
「空、見て見なさいよ。あそこにもう答えがある」
【……ッ】
初めて彫刻神は遥か天の滅びと言われた岩塊に巨大な大穴が開いているのを見る。
だが、それでも穴が開いただけではあった。
落ちて来るソレには罅割れすらも見えない。
「可能性は示された。人類は滅ばないかもしれない。ま、もしかしたら蜘蛛が次の世界の主役なのかもしれないけど、努力を、心を、無視するなって事よ……」
【それで滅びたら、どうする?】
「滅びればいいわ」
【何?】
「形あるものはいつか滅びる。栄枯盛衰。盛者必衰。ウチのお父さん。あのバカ親父が言ってたわよ。人類が滅びるならそれは自分の驕りからだろうって。でも、それに無関係な今を幸せに必死に生きようとする人々を巻き込むのは更なる傲慢だって」
【……あの女神の使徒達。確かに我が力すらも取り込めば、可能性は……だが、お前達はまだ知らない。本当の絶望を、本当の敵がどれほどに理不尽かを……】
その言葉に対して少女が答えるより先に蜘蛛が一匹。
「(>_<)(記憶の御届け物でーすという顔)」
彫刻神の頭部に小さな蜘蛛が引っ付いた。
そして、とある少年の情報が流し込まれる。
【―――――――――そうか。これが抗う者……いいだろう】
その半分になった女神像のがゆっくりと罅割れて崩れ、その内部にあった小さな翡翠のような宝石を二つ少女の前に進ませる。
「何したの? て、言うか何話したの?」
少女が首を傾げている間にも少女の両手の甲にその宝石が吸い込まれて固定化された。
「あ、ちょ!? 何人の手に引っ付いてんのよ!!?」
【この蟲共にならば預けよう。人類の行く末をもしも変えるとすれば、それは抗い続けた先に絶望と後悔を超えて、世を滅ぼしても我を通す程の何かだろう】
「何見たのよ? 何かやたら話が分かるようになったっぽいけど」
【何れ分かる。何れ……その特異点は預けよう。もしもとなれば、使うといい。我が使命は此処までのようだ。見ているぞ。无の彼方より……貴様ら人類が辿る未来を、な……】
完全に声が途絶える。
すると、パンッという音と共に侵食していた二つの玉の破片が弾け散って消えた。
しかし、少女が自分の手の甲を確認すると宝石が二つしっかりと嵌っている。
「……ま、見てなさいよ。とっとと、あんな岩塊ぶっ壊して、友達とか作って、良い食事とかして、お洒落だってしちゃうんだから……」
「「「《´・ω・`》(イイ目標だなー。それはそれとしてこれから滅茶苦茶軍の広報担当者に使われる未来が見えるという顔)」」」の蜘蛛達が僅かに沈黙した後。
大陸各地でエクステンドの残敵。
生産系のソレらが自己崩壊した事を知らせる情報がすぐ通信で流され始め。
彼女の耳にも操縦席横に備え付けられていた通信機に司令部からの音声が入る。
『エクステンドの反応消失!! 反応消失です!! 首都の最後の反応が消失しました!! 映像で最後の部位の崩壊を確認!! 人類の―――勝利です!!!』
巨大なクレーターと化した病院跡地の上空。
いつの間にか戻っていた彼女の乗ったウルはよく見れば、外殻破損寸前まで融解しており、ギリギリで貫通しなかった事が伺える。
その最中で安堵の息を吐いたエミルはチラリと自分の前にいる武官ペカトゥミアを見やる。
歓声が無数の通信に入り、蜘蛛達も目頭の血を拭って「(/・ω・)/(やったぜという顔)」をして踊り出している。
が、一人だけその様子は何処か違っていた。
「さっさと帰るわよ。アンタ達!! まだ、仕事が沢山あるんだからね!!」
それに遠足から帰る子供達のように返事をした彼らが空に掛かる糸を辿ってシェルターへと向かう。
激戦地となった病院周辺区画は完全にクレーターとなっており、ガラス化した大地は煌めきながらゆっくりと振り始めた雨と僅かに除く陽光で煌めきを帯びて世界を照り返した。
その日、大陸は自分達が生み出した怪物に勝利した。
そして、新たな日々が始まった。
それは蜘蛛と共に住まう時代。
10日目の朝焼けと雨は何処か温かく。
祝福のように世界は一時の平穏に包まれたのである。
*
―――30日後。
首都の一角。
大陸各地のシェルターから集められた理事達が集う会議が大々的に開かれ、復興を開始した首都の病院跡地の上に設営された黒蜘蛛の巣の中層階で盛大に記念式典が開かれていた。
その様子は正しく嘗て栄華を極めた頃にも劣らないような料理が並ぶ光景。
蜘蛛達が生産してくれた一張羅を身に着けた理事達が復興開始と共に最終的な条約締結をきちんと議会で改めて可決する様子はシェルター暮らしが終り、廃墟と化した世界に出た者達に歓迎されていた。
しかし、その肝心要の英雄の姿は会場に無く。
というか、理事会関係者が探しているにも関わらず見えないまま。
少女はようやく来られた父が死亡したと思われるトンネル入り口に華を数本束ねたものを供えていた。
「終わったよ。お父さん。何か途中で全部蜘蛛に持ってかれたけど」
「( ^ω^) _U(あ、お茶でも飲む?と水筒を差し出す顔)」
「はぁ~~ちょっとは空気読みなさいよ。またあの元キャスターにどやされるんだから、少しはしんみりさせてくんない?」
「(´・ω・`)(今日の式典ブッ千切ったからたぶん悪魔より怖い形相になってそうという顔)」
「分ってるなら思い出させないでよ。もぅ……ま、こんな相棒が出来たって事だけ。教えとくね。これから軍でもまだやらなきゃならない事が一杯あるから、しばらくは止められ無さそうだけど……あの大岩どうにかしたら、それが終ったら……何か趣味でも見付けて旅行でもしてくるから……また土産話待っててよね。バカ親父!!」
彼女が元気一杯にそう備えた華の先に父の笑みを見た気がして背を向ける。
「さ、行くわよ。アンタもほら」
そう言って彼女が歩き出したものの。
足音がせず。
振り返ると武官ペカトゥミアが少女を見るように佇んでいた。
「どうしたの?」
「(/・ω・)/(一緒に色々出来て愉しかったよという顔)」
「はぁ? この大陸からまだアンタら出られないって言ってたじゃない。何処かに行く気なの?」
「(´・ω・`)(お父さんに会いたい?と尋ねる顔)」
「そりゃね。あんなでもあたしのお父さんだもの。ちょっと娼婦に入れ込んで再婚しようとしてたのは殴りたいけど」
「(≧▽≦)(じゃ、これからみんなで仲良くねという顔)」
「え?」
少女がそこでようやく気付く。
武官ペカトゥミアの下に緻密な呪紋が描き込まれていた。
「何してるよ? それ……何の……ッ」
彼女の目の前で蜘蛛の体がゆっくりと解けていく。
「な、何!? 何してるの!?」
思わず駆け寄ろうとした彼女の両手の宝石が少女を繋ぎ止めた。
「な!?」
「ヾ(≧▽≦)ノ(今までありがとうという顔)」
「え、あ、ちょ、どういう事よ!?」
蜘蛛の姿が瞬時に解けたと同時に解けたものが収束し、新たな姿形を取り戻していく。
「こ、これって、その姿……まさか、アンタ、アンタの大本は―――」
呪紋の上で男が一人全裸で倒れ伏し。
慌てて少女がその体を抱き抱えた。
「お父さん?!!」
「……っ、えみる……か?」
「ッ―――」
「もぅ、あさ、か? おとうさんさ。ちょっと、ゆめ……みてたんだ……」
「夢……?」
「おまえといっしょにいろいろ……したり、いままでできなかった……せわ……を……ぅ」
「お父さん!?」
彼女は地表に焼き付いた呪紋を見やる。
「ッ……何よ。そういう……事……っ……何あっさり消えてんのよ……自分が消えちゃうって知って……何で……わら……っっ」
ポタポタと父の胸元に落ちる雫の下の鼓動は生きている証。
そして、父の傍に落ちている水筒は彼女によく差し出されていた代物だった。
「「「《|ω|》/~~~(………)」」」
その様子を遠目に見ていた三匹のアレキサンド達が聞こえ始めた大泣きする声をそのままにハンカチを片脚で振って新しい門出を祝福する。
この大陸にやってきた大使たる蜘蛛にはもしもの時の為に幾つかの呪紋の使用許可が出ていたのである。
ソレは同時に島外で輪廻転生が出来るかどうかという実験の意味合いもあった。
もしも死んだ仲間が出たら使っても良いと言われた呪紋はこうして思わぬような変則的な使い方をされたが、大使蜘蛛が最初に蜘蛛とした当人が過去の自分を蘇らせるという変則的な状況にも関わらず完遂された。
それはつまり新たな呪紋の使用方法が一つ増えたという事。
その情報は正しく今後少年に運用されるものであり、ある意味で蜘蛛達にとっては名誉な事であった。
自分のせいで泣く子供が一人。
でも、その雨もやがては上がるだろうとその個体は知っていた。
己の価値を未だ知らぬ蜘蛛達は今日もそうして少年の為に誰かを救い、誰かを殺し、誰かの為に戦い続けていた。
―――???
「(´・ω・`)(アレ此処何処だろ?という顔)」
小さな黒い蜘蛛が一匹。
チョコチョコと歩きながら、自分の周囲を見回した。
そこは暗く。
道はあれど、何処にも繋がっていないように見える。
そこで自分が死んだのかと首を傾げた彼が空を見上げる。
そこには何故か大きな蝶が縫い留められていた。
極彩色の翅はあまりにも大きく。
蜘蛛の数十倍はあるだろう。
しかし、何かに縫い留められた蝶は蠢きながらも跳ぶ事もなく。
複眼で蜘蛛を見下ろしていた。
「(/・ω・)/(こんなところで張り付けられてると風邪引きますよお嬢さんという顔)」
蜘蛛がヒョイヒョイと意識して跳躍すると虚空に足場らしき地面が出現し、蝶を縫い留める見えない何かに跳躍して接触すると構造を調べ始め。
カンコンカンコンと前脚で叩けるのが分かった後。
ソレを口でガリガリと齧り始めた。
齧った見えない何かが破壊されると瞬時に消えて蝶の身動きが一部取り戻され、合計で数本の見えない何かを齧り切ると蝶は遂に上空へと羽搏いていく。
その舞う美しさに拍手した蜘蛛であったが、何処かに飛んでいくと思われた蝶が戻って来ると蜘蛛の胴体をワシッと脚で掴んで跳び上がる。
「(≧▽≦)(これは爽快という顔)」
周囲は暗いが蝶に連れられて空を飛ぶ蜘蛛は光があちこちに見えたので複眼で色々を確認したが、光の多くはどうやら何かの赤子が見る景色らしい。
蟲の幼虫もあれば、人や獣もいる。
植物まであるようで無数の生態系を光の中に垣間見る事が出来た。
しかし、彼の往く手に最後の光が二つ見えて来る。
片方は何か父の顔が見える方角。
片方はしばらくお世話した少女が見える方角。
蜘蛛は迷わず。
そう、迷わず片方を指して。
「(≧ω≦)ノ(あっちあっちーという顔)」
蝶と共にそちらの光へと飛び込んでいったのだった。
*
―――60日後。
1人の英雄の父親が戻って来てから一月の月日が経った。
戻って来た隊長だった男は精密検査の結果。
しばらく精密検査と入院でリハビリが必要だと言われて黒蜘蛛の巣内部にある真新しい病院へと収容され、もう退院出来ると言われていた。
「ほんと、今度は看護師さんにデレデレしちゃってさ」
少女は一般人は面会謝絶だった父に抱き着く元娼婦の女に涙と怒りと歓びで複雑極まる顔のまま頬を抓られていた父の事を思い出し、溜息を吐いた。
彼女の父親は基本的に極めて女性にだらしないというのが定説だ。
決戦からしばらく。
遂に大陸各地での復興が本格的に始まる最中。
幼女ばかりで男女比が偏ったせいで恋愛模様が色々複雑になったり、あちこちで蜘蛛怖い系幼女が蜘蛛さんとは一緒に住めないですデモを起こしたり、嘗ての政治家や上流階級者達が一般労働者に転落して優秀なヤツ以外は振るいに掛けられたせいで落ち零れ派閥を作ったり、事件解決の為、目の回る忙しさに彼女は狩り出されていた。
軍の英雄として広報材料にされた彼女は現在、各地に派遣される執政官の類にされており、理事会の下請けとしてあちこちで人々の利害調整や諸々の愚痴を聞く係にされていたのである。
「ぁ~~何処見ても幼女幼女幼女……お父さん。いや、あの馬鹿親父が今度手を出すのが幼女だったりしたら、どうしよう……」
彼女の苦労は尽きない。
神様に色々能力を貰った云々は蜘蛛達以外誰も知らないままだ。
精密検査で両手のソレは蜘蛛達のウルに乗る為に付けられたと嘘を言ってある。
これからの人生設計が不安になるのも無理は無いが、今は彼女の御付きとしてアレキサンドが三人いるので寂しくは無かった。
実際、軍の部隊の隊長として部下という枠で友人とも連絡を取り合い。
暇な時には手作り御菓子を食べに友人の家に行って家族を紹介して貰ったりもしたので嘗てよりも友好関係は広がったかもしれない。
世の中は順調に回り始めているとも言える。
しかし、ふと彼女が自分を見守る位置にいた相手を探してしまうのは無理からぬ事でもあり。
「……さ、元気出して行かないとね。あいつに怒られちゃいそうだし」
彼女が父の退院手続きをしようと立ち上がった時。
ふと、自分のいつも手袋に隠している両手の甲を見やる。
すると、ポムンという音と共に片方から何かやたら極彩色の蝶が魔力で形成され、もう片方からは蜘蛛が一匹出て来た。
「せ、精霊?」
「(≧ω≦)ノ(ヨッという顔)」
「………………」
「(・ω・)?(何で震えてるんだろという顔)」
「~~~~~~」
首を傾げた蜘蛛が抱き締められ、思わず泣き始めた少女に気付いたアレキサンド達が慌てて周囲の誰にも見られないよう変なポーズで覆い隠した。
その大粒の雫が落ちる度にグムグムと魔力吸収で大きく成った蜘蛛が後からナクアの書で体でも作るかと思いつつ、少女の頭をヨシヨシし始める。
「あ、あん、アンタ、あ、うぅ、うぇえぇぇぇぇえ~~~」
それで更に泣かれて「Σ( ・ω・ )(何で!!?という顔)」になったりもしたが、それが分からないようじゃまだまだですねとアレキサンド達は肩を竦めた。
「(|ー|~)(すっかり忘れられているなという蝶の顔)」
こうして大きなぬいぐるみくらいのふわふわもふもふの蜘蛛と蝶を連れるようになった少女は頭にそれを載せてあちこちに明るい笑顔を届ける事になる。
その姿は嘗ての名残である薄着や化粧とは打って変わって白いドレス姿に薄化粧になる事が多く。
多くの少女達と幼女達に蜘蛛さん系ファッションの伝道者として憧れの対象となっていくのだった。
「(≧▽≦)(これぞ愛され系蜘蛛の人類陥落術という顔)」
こうしてまた一人、外大陸には蜘蛛に懐柔された人類が増えたのである。