流刑貴族の追放記-極獄と呼ばれた果ての地にて- 作:Anacletus
―――ノクロシア軍事区画最端部。
「い、行くよ……」
「一気に殲滅する。相手の速度と姿に動じず、攻撃を最速で叩き込むように」
腕を再生した少年が妖精剣を片手に持ち。
先頭に立ってハンドサインを出した。
レザリアが瞬時に腕に同化したマスターキーに開けと念じた途端。
巨大な区画への扉が開いたと同時に少年が音速を超えて突っ込む。
それに続いて突入するエムルトが牽く馬車の御者台でフィーゼとレザリアが拳銃と剣と盾を総動員し、自分達の周囲にある少年以外の全てを切り払い焼き尽くしていく。
最速で駆け抜ける馬車の先。
馬の蹄によって蹴り潰された何かも大勢。
しかし、轍と化して血肉すらも圧力で霧と化した何か達は次々に神の力を宿した残渣となって駆け抜けた通路に張り付いていく。
ソレは少なくとも人型では無かった。
怪物と言っていいだろう。
「「―――」」
思わずレザリアとフィーゼが顔を引き攣らせた。
目や鼻、口、顎、頭のようなものがあるモノも無いモノも人間とは掛け離れており、何処か今の世界とは違う進化の途中。
旧い化石に見えるオカシな生物群と見えただろう。
だが、最も怖ろしいのはソレが何の意志も無さそうに最古の本能だろう食欲の為か。
猛烈な勢いで彼らに群がろうとして来たという事だ。
血潮の色すらまるで違う生物群。
頭と胴体が融合した個体や骨が無い個体。
無数の触肢を持つ個体や頭部が無く食事をする器官だけが発達した個体。
植物のようなものから動物のようなものまでいるが、共通しているのは瞳がある個体が強いという一点であった。
「「ッ―――」」
正しく怪物の百鬼夜行。
あるいは歴史に埋もれた生物達の大行進。
しかし、その瞳を持つ個体の大半が彼女達が認識するのは遥か先を走る少年の更に先だけだ。
全ての危険度の高い敵が単なる血肉を分子レベルで分解されたスムージーのように道端を敷き詰めているだけ、彼女達に向かってくる相手は戦い易いと言える。
大量の四方八方から攻めて来るソレらが全て神の力を宿しているのは間違いなく。
彼女達の攻撃で生命活動を停止させ、馬車の背後からリリムがほんの小さな火の粉を出すような些細な呪紋を口からフゥっと背後の通路に流して焼却処分してようやく彼らは安全を確保していた。
もしもリリムが呪紋で血肉に塗れた通路を焼き尽くしていなければ復活する個体が出て追撃されていたに違いない。
猛烈なレザリアの超高速での大多数への射爆による中距離攻勢防御。
フィーゼの盾による打ち返しと高速回転する剣を並べた巨大なミキサー状の柱のような壁が大量に空間を乱舞する様子はもう彼女達を何なら倒せるのかという程に圧倒的だ。
無数の神の力を持つ怪物達が完全に単なる雑魚狩り用の戦術でどうにかなるという時点で誰も彼もが神相手にも良い勝負が出来るだけの技量と実力を備えているのは間違いない。
「―――」
少年の片腕が制止のハンドサインを送ったと同時にエムルトが馬車を停止させる。
有象無象の良く分からない生物達は今やよくよく見て見れば、魚や蟲にも似た甲殻を持つに至っていたが、その大半から瞳が失われていた。
しかし、少年の視線の先。
一体だけ、瞳を持つ存在が鎮座し、周囲には開けた場所が見える。
通路は今まで全てが金属光沢であったが、その開けた広間と言う程だろう場所には土が敷き詰められ、その中央にいる個体。
巨大なイカのような存在が縦長に浮遊し、ギョロリと二つの瞳を少年に向けていた。
【ウラメシイ……】
巨大なイカのような何かがそう声のようなものを発した。
「……選ばれなかった以上は滅びてゆけ」
【ウラヤマシイ……】
再びの声。
それと同時に少年の前で巨大なイカのような何かがゆっくりと波打ち。
ズドッとその瞳と瞳の中央。
眉間を少年の妖精剣。
今は剣身が見える状態のソレで貫かれていた。
【選ばれし種……果てに至る繁栄……ヨコセ、ヨコセ……】
不気味な程に静かにイカはそう呟き。
少年の剣が引き抜かれると同時に光の砂のように崩れて、ブクブクと膨れ上がり、最後には少年の剣が横に振られると同時に全ての粒が両断されて、消え失せた。
「アルティエ!!」
フィーゼが傍まで歩いて来る。
馬車を牽くエムルトも警戒しながら、その開けた場所に入った。
「今のは?」
「神に成れなかったモノの成れの果て」
「神に?」
「今までの話を総合すれば簡単。神は旧き者が造った。じゃあ、旧き者は最初から神を造れたと思う?」
「ま、まさか……今までのって……」
「そう。旧き者が造ってた神の試作品」
「試作品……」
「此処は旧き者の保管庫。ノクロシアの神を造った者達がもしもの時に予備を此処から引き出す目的で置いた場所。時瓢の回廊」
「ときひさご……回廊……予備?」
「人類以外の生命体をこの星の主要種族とする場合。つまり、人型の生命が滅んだ後の事を考えて造られた場所」
「……旧き者。神を造った人々……それじゃあ、此処の生物達はみんな……」
「この世界の覇権を担う生物として適合不可の烙印を押された始祖達」
「じゃあ、あのイカさんも?」
「恐らく、人類の予備として備えられてた幾つかの可能性の一つ。もしも、これから人類や神が滅びれば、此処が開放された時、一番人間に近い知性を持つ種族として登場する予定だったと思う」
「イカが、ですか?」
「生物は基本的に環境に適応し、それに沿って遺伝子が淘汰される事で洗練され、次の生物へと変貌していく。あのイカはその流れに乗れる可能性があった。勿論、今は始祖が消えたから、すぐにそんな事にはならない。でも……」
「でも?」
「人が滅びてずっとずっと果ての世界で、この世界の寿命が来る程に時が経ったら、そうなっている可能性はある」
「……今はそうなったりしないんですよね?」
「そんなところ。これからの人次第。滅びないように生き残り続けられれば、人の先にいる新しい生物がこの世界に覇を唱える」
「神様の成り損ない……私達も滅んじゃうかもしれないんですね。此処にいた生物達みたいに……」
「それをどうにかするのはどうにか出来るヤツがやればいい」
「アルティエはしないんですか?」
「そういうのはニアステラとフェクラールだけでお腹一杯」
「あはは……はい。分かりました。じゃあ、私達の誰かがやっておく事にします。これ以上、アルティエに迷惑は掛けられませんし……」
「好き好んでやってくれそうなのが一応沢山いるから、そっちに任せておけばいい」
「そっち?」
「世話焼きな複眼がいつもそこらにいるし……」
「ああ、そうですね。そうかもしれません。蜘蛛さん達に任せてもいいかも……」
クスクスとフィーゼは微笑み。
案外悪くない考えだと頷いた。
「そういえば、此処の周囲に次の場所への扉がありませんね?」
キョロキョロ見回したフィーゼが何処にあるんだろうかと首を傾げる。
「此処が終点。そして、石碑で封印されてた理由も出て来た」
「え? さっきのイカさんですか?」
「違う。この土」
「土?」
フィーゼが自分達が踏んでる土を見やる。
「……ただの土、じゃないんでしょうか?」
「あのイカが此処に安置されてたのはこれを護る為、偽装を剥ぐ」
少年が妖精剣を一振りした。
途端、茶色の土だと思われていたモノが……変わらない色合いのまま。
しかし、明らかに変化を来した。
僅かに光沢を帯びたのだ。
「?」
ヒョイッと少年の手が土を一握り掴み取って口に入れる。
「あ、ちょ!? ぺー!? ペーして下さい!? アルティエ」
「子供じゃなぃ……」
普通のものじゃないのは教えてた少年であるが、やはり摂取すれば、その確信には情報というお墨付きが出る。
「【ノクロシアル・ソーロ】……神化率33.32%上昇(再上昇可)。定理読み込み率12%上昇(再上昇不可)……干渉次元軸増加。第10次元までの干渉可能化……」
少年がボソボソ呟きながら背後の全員を見やる。
「「「「………(*´Д`)」」」」
エムルト、レザリア、フィーゼ、リリム。
四名の誰もが物凄く仕方なさそうな諦めた顔をしていた。
「大丈夫。味は只の土だから」
「それは大丈夫ではないのでは? というか、拾い食いの玄人になっちゃった気がします。私達……」
フィーゼの言葉に問題ないと返して、少年がこれが土なんて言葉にしては恐ろしい話になる危ない物質である事は黙っていた。
本来、土とは様々な無機物や有機物と土壌に内方される多種類の菌類や水分などの混合物であり、それそのものが生態系として機能している。
だが、ソレはそんなものとは無縁だ。
実際にはこの世界の主要構成因子である物質に似ているが、どちらかと言えば、紐の集まりを波動的な動体として凝集した超高密度の中性子と陽子の集合体。
このノクロシアの主要鋼材に使われている黒鉄。
超重元素と呼ばれる超密度元素を多種類含ませた超重金属汚染源とでも言うべき代物であり、もしもソレが1gでも安定性を欠いた状態で外の世界に表出した場合、その1gから発された放射線や粒子線で一気に世界の原子構造が不安定化して構造崩壊が起きる可能性があった。
世界を滅ぼす土。
しかし、その主要なノクロシアでの使い方が巨大元素を多種類用いる事で生命に高次元の干渉能力を与える、生物を神にする神化実験の産物であると知れば、多くの大陸の技術者や科学者達は目の色を変えるだろう。
そして、そんな進化を遂げた生物を瞬時に消滅させてみせた少年がどのような存在であるかを知れば、ソレと戦う愚を多くの為政者へ説くに違いない。
「あーん(T_T) _U」
少年がスプーン一杯分でいいから直で食えと強要した結果。
汗を流した少女達は仕方なくプルプルしながら土を口に入れてすぐに水筒の水で喉の奥へと流し込んだ。
味は土としか言いようが無かったからだ。
何かやたら呪紋から色々と脳裏に小難しい情報が流れていた気もするが、それよりも味を喉の奥に流し込む方が優先された結果。
食べ終わった後には「こ、これが年頃の女性なら夢見た事のある男性に“あーん”してもらう場面なのだろうか」という疑念に囚われ、しばらく何かを口に入れるのは勘弁して欲しいと涙目になるのだった。
*
少年少女達がきゃっきゃうふふと甘酸っぱい青春の思い出を苦い顔でやっていた頃。
時間差によって次々に異変が起きていた島では巨大隕石落下という極大異変に被せるように次々に敵というべきだろうモノが襲来し始めていた。
「は? 爆破した悪滅の庵から何か敵っぽいのが出て来た?」
現在、ガシン・タラテントが新しい一番危なそうな新規勢力である新人類アーク相手に色々やっているというのは情報で知らされていた彼らだったが、その方面から新しい敵が浸透してきたというのは明らかに大事の前の小事が押し寄せて来た事を悟らせていた。
封鎖されていた悪滅の庵周辺は情報が来てから一定程度の城塞化と共にもしもの時は呪紋式の爆薬を用いて埋める手筈になっていたのだが、そもそも完全に埋まった遺跡から誰かが来るとは思っていなかったというのが殆どのアルマーニア達の見解であった。
「行くぞ。アルクリッド」
今や種族連合の議長の座に収まったイーレイが現場主義を貫いて瞬時に装具を着込んで昼時を過ぎた僅かな小休憩の時間を捨てて外に出るのを瞬時に追う片腕はすぐに外套を歩く横で着せて、剣を腰に差してその先へと先導する。
アルマーニアの街区の中でも政庁として建てられた建造物は現在も黒蜘蛛の巣に移転されておらず。
未だ残る街区の人々の政治中枢として使用されている。
すぐに精霊が牽く馬車がやって来て2人を載せた。
走り出す馬車の最中。
送られてくるライブ映像はヴァルハイル達に彼らが造らせた各主要施設の監視装置系呪具からのものであった。
その横には通信用の呪紋を用いる軍将兵の顔が映し出されている。
『イーレイ様!! 現地への現着はお控え下さい!? 現在、敵を掃討しておりますが、敵の姿や形から液体状の生物であり、金属光沢である事から形を持たない金属生命のようなものであると推測され、事前準備通り、現在硫酸を用いた焼き潰しを行っております』
軍の男の表情の横には悪滅の庵の周辺が大量の銀色の液体で満たされ、次々にそこから溢れ出したネズミのようなものが猛烈な火系の呪紋や相手の装備を錆びさせる特殊な劣化系呪紋によって食い止められている様子が映し出されていた。
「拡散を防がせよ。第四陣まで周囲を包囲し、更に包囲外の探索隊を複数編成して送る。敵が生きた金属の類ならば、再生を潰す為の力をとにかく試せ。熱量による変性や薬品による変質が効かなくなったら、大規模な呪紋を用いる事も考えられる。蜘蛛達には?」
『はッ!! そ、それが、例の白くなった個体の方々が……』
「そうか。恐らく、それが最適解か。分かった。あちらの情報が出揃うまでは逐一連絡を入れろ」
『了解致しました』
通話が途切れる。
「邦長」
『分かっている。白碩鋼プラチナルが投入されるという事は同系統の生物の可能性がある。我らの知らない未知の大陸でそんなのが大量にいたならば、その力に対抗するのは共に共存関係になった蜘蛛達くらいだろう』
「では、最終防衛戦の後ろに控えていて下さい。もしもは困ります」
「分かっている。あの大岩を砕く為に全ての資源と人材の力を注がねばならない時に厄介だな。生産体制は維持させるが、現場への非常警戒態勢を敷かせろ。敵はどんな生物にも成り得る。金属光沢の小動物や蟲、人、その類を見掛けたら即座に区画を封鎖せよ」
「了解しました。すぐに手配を……」
アルクリッドが対面で次々に各地に呪紋による通信で情報を送る最中。
イーレイはノクロシアに入った遠征隊のいる方角を見やる。
「……持たせてみせる。みせるとも……」
彼ら二人が現地に到着する直前。
悪滅の庵周辺では遂に事態が動き出していた。
*
現在進行形での時差が酷い事になっているニブルヘイムと周辺地域の最大値でのズレは凡そ数か月にもなる。
しかし、各大陸からやって来た者達の一部は新人類アークが纏めるニブルヘイム周辺の整備済み領域から次々に出撃。
彼らとは別行動で蜘蛛達のいる方面やアークが通行不能の地域への進出を開始していた。
主に補給が人類とは違ってほぼ必要無いタイプの知的生命がそのパターンとなる。
白銀の沼の如く移動する流動物体。
一見してメタリックなスライムに見えるソレらもまたその一つであった。
【
とある大陸において神々の武具や多くの鉱物知性から分派した知性体。
人型の神を模して己の姿を人と化し、文明を想像する生命の一つもまたソレだ。
『……敵陣地への侵入を完了。ラハク隊はこれより思考分割による超省力偵察形態による浸透を開始する』
彼らミスリスの最大の特徴は個人が分割出来るところにある。
ただし、分割出来る肉体は思考と移動を保持出来る体積量に比例し、彼らに本体という概念は無いが、本体と呼べる体積の自分を何処かに保管しておく事は必須だ。
また個別に分割された思考は一定距離からは共有出来ず。
体積に思考共有範囲が比例する事から殆どの彼らは分割するのは自信の意志が反映出来る分割された極僅かな思考出来ない偵察個体を用いるのが定番であった。
元々が神々の武具であった彼らの先祖はある種の兵器であり、神の忠実なる下僕という点では比類なく。
同時に神の力を一部宿す関係から新人類アークとは同盟関係であった。
しかし、アークの事実上の蜘蛛達への敗退によって状況は一片。
現在、彼らは大陸中央部へと向かう遠征隊を補給路を襲われながらも何とか維持しているアークに対し、支援の為に大規模にニブルヘイムへと到着。
他の他大陸の精鋭達がアークと蜘蛛達の熾烈な闘争後にどうやって、この場所から目的地まで向かうかと思案する傍ら、無補給行動で続々と北部と西部へと向かって侵攻を開始していた。
『ぬ?』
しかし、西部の悪滅の庵の隙間を縫って侵入を果たした一団は遂に自身の端末を分割し、強行偵察しようとした途端に出くわした亜人の部隊が自分達を視認した途端に猛烈な速度で退避していく様子に思わず苦笑が零れていた。
『逃げる、か。奴らの衣装……後進大陸の兵員と大差が無い』
『オレ達の如き武装があれば、どうにかなったかもしれないが、そうも行かないようだ』
『隊長!! 暑苦しいんで、あんまり体押し付けないで下さいよ。一塊で流動してるとはいえ、セクハラですよ?』
『はぁぁ、奴らには我らが一個体のスライムに見えているだろうな』
『端末構成を完了しました。最低限の思考反映が出来るネズミでよろしいですか?』
『おぇ~~ドブネズミになるのはや~~』
『あんまり文句言わないで下さい。素早く偵察するにはこれが一番です』
『それにしても地下世界ですか。あちこちに光が差す地域もあるようですが……』
『明かりの面ではかなり魔力運用が上手いように見受けられる。事前情報ではこの地域は普通に空を見える場所とされているはずだが……』
『一次観測終了。あの塔らしきものが天井を支える急所のようです』
『黒の塔。蜘蛛の巣か……アーク軍が事実上手を引いた程の相手だ。気を付けろ。恐らく蜘蛛はこの地域での主要種族のはず。敵として接敵した場合、とにかく遠距離戦に徹し―――』
『隊長!! 敵亜人軍に動きあり!!』
『各自!! 散開し、相手の無力化を―――』
と、スライム内部で複数人の自我がワイワイやっている間にも彼らの周囲に猛烈な雨が降り注ぎ始めた。
『ぐぁあああああああ!!? あ、あいつら硫酸を降らせてるぞおおおおおおお!!?』
『酸化被膜を作れ!! 何だこいつらこうも的確に!? そもそも何故我らの攻撃方法を―――』
言ってる傍から遠方より火球が大量に降り注ぎ。
周囲を火の海にしていく。
『高熱源体に周囲を囲まれました!!』
『即時、分割!! 囲いを抜けて突破するぞ!!』
彼らが次々に硫酸に分解される表面からグロ画像並みに溶けたネズミを出現させ、高速で周囲に散ろうとしたが、猛烈な速度で周辺の地形が隆起し、彼らを囲い込むような岩が出現し、更に大量の硫酸の雨が内部に流し込まれ始める。
『こ、コイツらぁああああああ!!? 我らの光沢を!! 曇らせる気かぁあああああ!!?』
ブチ切れた一部のミスリスが結合を解除し、単体人間一人分の体積で壁に突撃。
ドリルのように……否、ドリルそのものと化して岩盤を掘削し始めたが、すぐに自分が砕くよりも早く壁が厚く厚く厚塗りされまくっているのを理解する。
何故なら岩盤毎押し寄せてきていたからだ。
ついでに表面が錆びて動きが鈍く成り始める。
『ダメです!? 隊長!! 砕く前に壁の建造を人員差で押し切ってきます!!? この錆び!? 壁に呪紋とやらを練り込んでやがるのか!?』
『何だ。この対応力は!? 我らと一度も戦った事の無いはずの相手が何故これ程の―――』
彼らが衝撃を受けると共に迅速に後退するべくやって来た悪滅の庵へと逃げ込もうとした時だった。
彼らの前で仕掛けられていた呪紋式の発破によって悪滅の庵が更にミッチリ土砂で詰まっていく。
『く、海に逃げ込め!! 錆びるのは仕方ない!! 此処で死ぬわけには―――』
彼らが高速で海へとダイブしようとした時、彼らを遥かに超える速度で海の上に着地する敵が数体立ち塞がる。
『蜘蛛か!? だが、白い!!? それにこの波動は!!? わ、我らと同じ!?』
白い1m程ある様々な形の蜘蛛達。
だが、彼らがトリアイナや口内に嵌め込む呪具を展開し、ミスリス達にプラチナルを通した波動で語り掛ける。
『( ̄д ̄)(こーふくせよという顔)』
『(一∀一")(きみたちはかんぜんにほーいされているーと一度言ってみたかったセリフを吐く顔)』
『( ^ω^ )(今なら死なずにゆーゆーじてきほりょせーかつもつけちゃうという顔)』
その蜘蛛達の様子に彼らの背中は無いが、背筋も無いが、ジワリと汗が浮かんだ。
『こ、こいつら……舐めやがって!? ミスリスを舐めるなぁああああああ!!!』
1人が瞬時に部隊から結合を解き。
音速を遥か超えて一本の白銀の剣となって相手を穿とうとした。
蜘蛛の一体の魔力式の半透明結界が瞬時に複数枚展開されるが貫通。
その個体に剣が突き刺さり、内部から猛烈な量の茨の蔦の如き針が成長し、内部から穴だらけにする。
『隊長!! こいつら大した事ありませんよ!! へ、へへ……』
普通の生物なら即死。
内部から無数の棘という棘が根を張り、敵の内部構造を破壊すれば、勝てない相手はいない。
そう、いないはずであった。
ただ、生憎と蜘蛛相手に音速の数倍も無い攻撃では肉体を穿つには足りなかった、というだけだ。
『よ、避けろぉおおおおお!!?』
『へ?』
それが隊長の人格からの叫びに対するそのミスリスの最後の呟きとなった。
ドスリと持たれていた蜘蛛脚が逆手で剣の柄部分に容赦なく叩き込まれる。
硬質化していた為に“傷が付いた”のは仕方ない事だろう。
ギュボッという音と共に蜘蛛に突き刺さっていたミスリスが解けて内部から引き抜かれ、虚空で球体状に変化する。
そして、ドスンと地面に落ちると。
スゥッと一瞬で蜘蛛の形を取った。
『ひ―――』
ミスリスの女性隊員の悲鳴が押し殺される。
彼らの目の前で首を180°くらい回転させた液体系蜘蛛がギュビィィンと戦隊染みたポーズを取った後、後ろの穴開き状態から元に戻りつつある蜘蛛にペコペコし始めた。
『( |Д|)(生前のわたしは礼儀を弁えない若輩系金属生命体でしたが、今日からは真面目に蜘蛛生を全うする所存です。よろしくお願いします先輩という顔)』
穴開きチーズどころか。
内部構造はシロアリに食われた穴開き建材みたいになっていた蜘蛛が超速変形を分かり易くミスリス達の前で行い。
肉体を元へ戻して、ボムンと膨れるとジト目で彼らを見やる。
『ぅ、ぅそよ。ア、アイクが死んだ? 死んだって言うの!? 嘘よぉ!?』
女性自我の1人が瞬時に弓となって、矢を己の分体で構成し、射った。
部隊人員が止める暇も無い早業。
しかし、蜘蛛はソレを避けもしない。
矢が蜘蛛の肉体内部を素通りした後。
ブクブクと膨れて猛烈な熱量を供給されて、焼き焦がされて破壊された。
『キャァアアアアアアアアアアア!!?』
自分の意識共有していた分体が地獄の業火並みの1万度を超える熱量で焼かれた女性自我が全身から泡を吹いて気絶する。
彼らの隊長には見えていた。
矢を射られた蜘蛛はその矢を自分の体内を素通りさせる直前。
その硬い表面に何かを刻印していた。
己の肉体内部を通る物体に呪紋を、魔力運用体系を刻印……並みの術者ですら不可能な魔力の精密高速制御による事象顕現が可能な時点で魔力関連の技能で彼らが勝つ可能性は低かった。
自分の肉体を素通りさせるのは彼らならば出来る芸当だが、その瞬時に相手の性質を見抜いて矢そのものに刻印し、魔力運用で超火力を出したとなれば、ソレは神業の類と言える。
そもそも蜘蛛達は生物だ。
それは彼らから見ても間違いない。
しかし、攻撃を受ける瞬間に蜘蛛達が瞬時に肉体を変容させ、猛烈な可変速度で肉体の細胞を流動させ、攻撃を肉体のあらゆる部位で素通りさせる手練手管は……どう考えても通常の生物どころか。
彼らのような粒体金属生命にとっても驚くべき技量であった。
『(`・ω・´)(こーげきよーい。あたらしーなかーまにしちゃっていーよという顔)』
攻撃されていた蜘蛛が部隊の長だったらしく。
トコトコと水面を歩いて現場から去っていこうとし。
絶望的な技量差に絶望するしかないというバカげた事実を前にして一人分割した隊長がその場で人型形態を取って土下座した。
「ぶ、部下が失礼した!! 済まないが話を!? 話を聞いて頂け―――」
その時、部隊長の男の頭部に当たる寸前で蜘蛛脚の刃が留保される。
「ッッッ」
しかし、全身を毛羽立てながらも、何とか形を維持した相手に蜘蛛の隊長がトコトコと踵を返して来て話を聞く姿勢になった。
『(T_T)(何?という顔)』
『……貴殿らが真に強者なのは理解した。我らはミスリス……神々の武具が大本となった存在だ。アーク軍の支援として我らはやってきた」
『(T_T)(それで?という顔)』
『ッ―――貴殿らと戦って分かる。我らは……恐らく数を揃えても勝てまい。だが、こ、此処にいるのはまだ若者ばかりなのだ……攻撃を止めなかった事もある手前。殺すなとは言えない……だが、殺すならば、責任は私が……私だけを……それであの子達の命は……どうか……』
『た、隊長!? 何やってるんですか!? ミスリスの誇りは何処にいったんですか!?』
『そ、そうですよ!? 私達は戦えます!? 戦え―――』
蜘蛛達がゾロゾロと後から後から彼らのいる場所の周囲に増えていた。
完全に包囲された隊員達が押し黙る。
『黙れ!! 今は、今だけはお喋りなその口を閉じろ!!?』
土下座したまま。
隊長が蜘蛛に更に頭を地面に押し付ける。
『間抜けな姿だと笑ってくれていい。だが、まだ彼らは若い……まだ死ぬには……捕虜として……彼らだけでも命を……』
『た、隊長……あ、あんたってミスリスは……』
部隊員の誰もが結合を解いて人型になった。
そして、震えながらその隊長の背中に手を伸ばそうとして、蜘蛛達に割って入られる。
『(´|ω|)(さっきの態度で捕虜取るのにさんせーのひとーという顔)』
蜘蛛の部隊長の提案に周囲の蜘蛛達がこんな管理の面倒そうな種族を捕虜にするのかーという顔になったが、数名が手を上げた。
『(^ω^)/(へんけーがたよーじょにしてこれからやってくる相手へのせんにゅうこーさくいんにしたら、いーと思いまーすという顔)』
『(´・ω・)/(ついでに遠征隊の主要メンバーのカゲムシャーをやらせても良さげという顔)』
何せ意志のある金属生命である。
色塗りが得意な蜘蛛達にしてみれば、外見を変貌させれば、肉入りの意志のある偽物に仕立てられるわけで、ちょっと興味がそそられたのである。
こうして意見を決した隊長蜘蛛が蜘蛛脚を引っ込めて幼女化短剣を人数分ミスリスの隊長に差し出した。
『(・∀・)(くもにはしない。でも、むりょくかはさせてもらうという顔)』
「分かった……く……済まない!!」
「隊長……」
それで自分達の人数まで割れていると悟った男は心苦しい様子で今もガタガタ震えている若い軍に徴兵されたばかりの部下達に涙ながらに短剣を突き刺していった。
だが、一人だけ金属流体蜘蛛として蜘蛛生を始めたばかりの個体だけは「(・∀・)(……なかーま増えないかなーという顔)」で次の犠牲者を心待ちにするも、少し考え込んでから、悪滅の庵のある巨大な岩壁の上を見上げて、仲間増やしに三千里旅へと洒落込んでいいかと現場の隊長に尋ね。
『(^゜ω゜^)/(一杯人手が欲しいから許可という顔)』
それを許可された事でピョンピョン喜びながらニブルヘイム方面へと山越えする為、山岳の岩盤部分の天井と岩山の潰れた部分の隙間から北部へと消えていくのだった。
*
早くも金属生命体が蜘蛛達に分からせられた頃。
ルーエルの守護する地域でもニブルヘイムから流入した外大陸からの侵略者がやって来ていた。
精神生命体というのは案外何処にもいるものだ。
亡霊や呪霊が大陸や島にいたように魂を操る術は禁止されても、魂そのものに近い形態の生命というのは実際、外大陸でも多い。
【くくく、この蜘蛛達を乗っ取り、我らが成り代わる!! その能力貰ったぁ!!?】
その理由が嘗ての神話の時代の終わり。
人類を主とした生命の体系を用いていた神々が転生による世界を否定した事で人類がそもそも導く生命体として不適当ではないかと考える層が一定数いたからだ。
彼らの多くは転生しない生命として長寿の生命や無機物系の生命の他にも精神生命体、寿命の概念が無いが個体数の増減が可能な生命、というような形で知性体を複数種類生み出し、その派生形も数十種類以上は創造した。
ミスリスが金属生命としてはその一種に当たるが、亡霊や呪霊に近い転生しない精神生命というのも存在するのは道理だろう。
【では、頂きまーす】
寄生が可能な精神生命体。
【
神代の終わりに人型生命を苗床として誕生した種族。
神が実験する大陸において生成された彼らは実体を持たない妖精に近い存在であった。
魔力と霊力の構成存在である事は妖精と変わらない。
しかし、気体を自身の意識を載せる媒質として扱い。
空気を吸い込む事で肺から血中に回り、脳幹内部から寄生するという極めて他の通常の炭素系生命から忌み嫌われそうな能力は事実上、惑星内でも最強の部類にある寄生能力。
一部の金属生命や精神生命体を覗けば、殆どの現行の生物に寄生し、操れる事から禁忌の大陸と彼らのいる大陸は呼ばれ、大陸そのものが他大陸からの厳重な結界。
嘗て古い時代に施された大結界で封鎖されている。
【くくく、さ~て、掌握掌握……と。ほぉおおお!!? こいつは!? こいつは大当たりだぁ!!?】
ブネウラの先兵。
その個体はとある蜘蛛の内部で精神に融合しながら支配しつつ、手当たり次第に情報を見ていた。
【おぉ!? この魔力量!! この身体能力!! と、特殊能力が真似をする? は、ははは!! 一度見ただけで全ての動きを完全再現出来るのか!!?】
精神の片隅で次々に“彼”は自分が乗っ取りつつある相手があまりにも高度な能力を持つ当たり個体であると知って、ニンマリとしつつ、その個体の情報から己を相手に変貌させ、受け答え用の人格を形成する。
【ルーエルだよー!! あ、あるじ様~~~】
それそのものになり、笑顔から行動から完璧に模倣訓練する一人芝居。
【ガシーン!! 一緒にオフロはいろー】
完全にルーエルに成り切った少女はニヤリとする。
精神内部での侵食が完了したかと最期に少女の精神の最後の一欠けらを彼は己の前に顕現させる。
「あれ~?」
【くくく、貴様がルーエルか。だが、残念だったな。これから貴様はオレになるんだ!!】
「そーなの?」
【ああ、そうなんだよ!! そして、貴様は―――】
その“彼”の周囲には邪悪な顔でほくそ笑むルーエル達が次々に現れる。
【お前の自我の細分化された部位は一つ残らず頂いた!! もはや貴様を貴様とする精神に用は無い!! 潰れて消えろ!! この体と能力で貴様の主とやらを殺し!! 世界を破滅から救うのはこのオレだぁああああああああ!!!】
ヒャッハァアアアアアと勝鬨を上げるルーエル達を前に本人が肩を竦める。
「そーなんだ。ぷねうら~? だっけ」
【くくく、融合して知識を得たか。だが、遅い!! 貴様の物真似能力で他の怖ろし……いや、恐ろし過ぎるだろ!? な、何だこいつらは!? はぁああああああああ!!? ど、どどど、どうなってるんだ!? 貴様が最強ではないのか!!?】
思わず“彼”が彼女の中から汲み上げた知識に顔を引き攣らせる。
【主神殺しのイゼクスの呪紋を使う技術開発系の兵隊型に今は失われた霊力制御技能と能力を持つ我らよりも遥かに強固な霊力生命体。戦略魔力兵器を内蔵した情報処理型や超規模能力運用の特殊諜報型。究極の能力窃取後攻型に極限環境適応可能な観測型。お、お前が真似られるのが肉体や精神の技能の類で最強ではない? は、はは……】
“彼”が蜘蛛達の怖ろしい実態情報に触れて絶望よりも寒気を覚えた。
こんなのが攻めて来たら受肉神だってイチコロなのは間違いないレベルの戦力。
真正神ですら打倒出来る可能性が七綱であった。
【だ、だが、貴様ら全てを我らにしてしまえば、問題ない!! そのまま我らの神々の敵たる破滅を討ち取ってくれるわぁ~~!!! ははははは!!!】
高笑いした最初の“彼”が他のルーエル達が笑っていない事にようやく気付いて。
【お前ら!! オレなのだから、もう少し付き合え!! 今更自我で主導権争いをしたい柄でもないだろう!!】
そう“彼”が言うと邪悪な笑顔をしていたルーエル達がニコリとした。
【へ?】
「ふ~~ん。精神寄生型の生命体……空気? ふむふむ……あ!! そうだ。あのよーせーさんが予備置いてたんだよね。確か……ええと、魔力は全部黒蜘蛛の巣からでいいかなー?」
【何を言っている!? というか、何故貴様がオレの体の主導権を握って動かしている!? あ、な、く、よ、予備!? まさか!? よ、妖精剣!? こ、これが貴様の記憶にある最強の剣!? それを寄越せ!! それさえあれば、この地域の全ての蜘蛛を駆逐し―――】
今までルーエル達の中でふんぞり返っていた最初のプネウラが体の主導剣を奪取し、その奪い取った体で剣技を完全に発揮出来るオクロシアの黒二重城の尖塔の上で邪悪な笑みを浮かべる。
「行くぞ!! 妖精剣【無尽斬】!!!」
彼がその剣技を放った瞬間。
世界の色が落ちる。
そして、数秒後。
ルーエルの肉体が内部から爆裂し、体積の8割近い肉片が城の上で飛び散った。
「ガハ!? な、何だ!? どういう事だ!!? うぐ、がぁああああああああああああ!!?」
一瞬で尖塔の上から墜落したプネウラが気絶する事で精神を保護し、精神世界へと戻って来る。
【はぁはぁはぁはぁはぁっ、ッッッ!!? 何だ!? 何故剣技は完全模倣出来ていたはずだ!!?】
それを呆れた視線で見ていたルーエルが肩を竦める。
「それはそーだよー。主様の剣技何か真似たら肉体と精神が持つはずないもん」
【はぁあぁあ!!?】
「ほら、よく情報を見てみて?」
プネウラが情報をよくよく見る。
【ひ―――な、何だよコレ!? 何なんだよ!? 最強の剣技じゃないのか!? う……こ、こんな……こんな自滅技がどうして使えるんだ!? 貴様の主は!!?】
プネウラが思わず口元を覆った。
その剣技の使用条件、使用方法、そのコストに付いての記述があったからだ。
少年が人豚の邦で使った攻撃は蜘蛛達に観測されていたのでルーエルも使えるのだが、その内容は精神生命にはゾッとするような情報しか書かれていなかった。
「主様の剣技は身を亡ぼす剣。だから、一生に一度しか本来使えないような剣なんだよ?」
【己の肉体の限界を魔力で無理やり超えて死ぬ前提で動くのか!? 精神制御による肉体の全細胞の完全掌握だけでも普通の生命が出来る範疇を超えている!!? 生命活動を全て細胞単位から手動だと!!? バカげている!? こんな事をしたら、精神が擦り減るどころか脳も全細胞も一撃で磨滅するぞ!!?】
「そうだよ?」
【な、何?!】
プネウラがルーエルの言葉に動揺を隠せずに一歩後ろに下がる。
「そういう人なんだもん。主様は……だから、ルーエルの主様なんだよ? ね~みんな~」
「うんうん。繰り返す世界で己の全てを掛けた。それは……全ての剣技に言えるよね」
「そうそう。みんなを護る為に……自分が死んでも護りたい人の為に……これは今よりずっとずっと弱くて、体も心も何もかも弱くて、それでも強大な敵を前にして使われてた剣技なの……犠牲でも自滅でもない……“献身の剣”なんだよ」
【献身の―――】
「命を使って磨いた剣技。己の一度だけの生と死を……無限に掛けて、魂で削って磨いた技能……あたしなんかじゃ使えたって上手く出来ないよ……」
「それにこんな剣技使ったら、7日以上再生に時間が掛かるだろうし……」
【な、何?! 何だ!? お前らはオレだろう!? 何故、お前らがあいつに同意する!!?】
プネウラがそう邪悪な笑顔を浮かべていたはずのルーエルに尋ねる。
「え? だって、ルーエルだし」
【は、はぁ!?】
「ちゃんと情報を読み込まないのが悪いんじゃないかなー」
ジト目で欠伸をするルーエルに言われて、プネウラがルーエルの情報を再度読み込む。
【技能を真似る。技能……な、な……何だソレはぁあああああああああ♪」
その時、プネウラは自分が半分、己ではないような感覚を得て、ハッと口を噤んだ。
彼には理解出来てしまったのだ。
プネウラの能力は生来の干渉出来る力を更に推し進め、技能として使われる代物だ。
構造の複雑な相手の脳を乗っ取るには単なる能力では不足。
融合からの精神侵食は霊力と精神を用いた熟練の支配権の奪取があってようやく敵の物真似が可能なのだ。
つまり、ある意味で同じような能力さえあれば、プネウラの能力は技能として習得可能だ。
「気付かないのが悪いよー。何か変なの入って来たら、普通ちゃんと解析して対策立てて、即時対抗策とか使うもん。主様ゆずり~♪」
「ね~~?」
「うんうん」
ルーエル達が頷き合う。
【ば、馬鹿な!!? 我らプネウラの精神融合による浸食を真似るだと!? だが、そんな事をしても!!? 9割以上の侵食を受けて、何故限られた精神力で己を取り戻せる!!?」
「え? だって、最初から侵食されたのを侵食し返してたし」
【へ?】
「くくく、オレは最強だ~~最強の力を手に入れたぞぉおおおおおお!!?」
邪悪な笑みを浮かべたルーエル達が次々に邪悪な事を喋っていく。
「この力さえあれば!! オレは神にだって成れるかもしれんな。がはははは!!!」
【ま、まさか……】
プネウラがヘタッと精神世界で膝を付く。
「精神融合してるから、敵と味方の境界が分からないまま、応答だけで自分を自分と確認し続けるんじゃ、ね~?」
「ね~~おっくれてるー」
ルーエル達が互いに頷き合う。
最初からルーエルはプネウラに侵食された瞬間にはその侵食能力をコピーして侵食し返し、自分と相手の境界を弄る敵に成り済ましていた。
「それに真似るのは得意なんだよ? 悪い人だったルーエルは……」
初めてルーエルの人間の顔が解け崩れ。
嘗て叶えのルクサエルと呼ばれた少女の顔が浮き上がる。
だが、その更に下。
蜘蛛の複眼が覗いていた。
【ひっ―――】
思わず後ろに下がるプネウラだったが、ハッとして、己の同胞達が集結し、侵食開始の合図を待っているはずの地点を覗こうとし―――ルーエルが繋がる糸越しに見てしまった。
【う、ぁ、ぁあ、ぁあぁあぁあぁ!!?】
ガクガクと震えるプネウラが遂にルーエルの姿を取れずに気体に顔が浮かぶ化け物のような姿となり、その顔から涙を鼻水を絶望の表情を……垂れ流しながらも何処か半分笑う。
【同胞よ!!? 同胞よ!!? オレは!? オレは!!? オレはぁあああああああああ♪」
自分の先程使った剣技。
少年の【無尽斬】がどんな剣技だったかを理解すればこそ、彼は絶望するしかなかった。
妖精剣の予備。
もしもの時にも大丈夫なようにフェムから預けられていた備えの一つを使うのがルーエルなのは唯一少年の影武者や少年の行動を真似られる存在だからという事に尽きる。
故に完全に放たれたソレは斬りたいものだけを斬る。
北部に浸透していた気体の化け物。
プネウラの自我30万体が霧散していた。
侵食は時間を合わせて一斉に行う手はずだった。
その先兵たる“彼”は己がしてしまった行為に……仲間殺し……否、仲間の絶滅に精神崩壊しながら、激痛へ狂うように悶える。
「え? もしかして、プネウラって案外数少ないの?」
ルーエルが首を傾げながら、侵食が終った敵の情報を覗き見る。
「生物に入ると生物を模倣した結果として生物そのものになって、プネウラの自我が消えたり、プネウラの技能が失われる? 個体模倣の極致……そのものになる。ああ、そーゆー……」
それでルーエルは全てを察した。
彼女も真似る事が得意だからこそ分かる。
“それそのものになる”のが真似る者達にとって最終奥義のようなものなのだ。
精神構造から侵食して融合。
それそのものになってしまえる彼らは余程に自我が強くないと沼男。
本人と完全に同じ種族、自我の“ソレそのもの”となる別個体と言える。
「プネウラって、滅び掛けてた種族なんだね。自分達を増やす方法が侵食した知的生命の子供の呼気からって……もしも下手な生物に入ったらすぐに死んじゃうけど、自我の分割は脆弱な大気構造からだと不可能って……もしかして失敗種族なんじゃ?」
【ッッッ―――】
涙目で崩れ落ちたプネウラが絶叫した。
残念ながら、それは事実だったからだ。
実は禁断の大陸でまともな知性を持つ生命体が彼らのせいで絶滅している。
一時は隆盛を極めた彼らだが、やりたい放題に寄生した結果。
人類や亜人、人型の生命体として飲み込まれる者が多く。
大陸内で派閥を形成して互いに争い合って衰退。
しかも、プネウラの本質として寄生型の精神生命体である彼らは体を乗り換えるという事を平然とする性質であった為、死ぬ直前に自分をプネウラと思っていない個体は死ぬとしても、プネウラとして生きている個体は再び別人に入り込んで同じ事を繰り返し、目的達成の為に寄生先を次々に使い捨てて乗り換え続けた。
結果、誰彼構わず大量に人型知性体の数を減らした彼らはその種族の衰退によって数を減らし、今や多くは知性が低い怪物や他の生命体に寄生する事が多く。
それで更に同胞を減らす事になった。
知性が低い生物に入ると彼ら独自の知性がそれに釣られて鈍化する。
つまり、自己覚知出来なくなる。
自分をプネウラと認識出来なくなる事が彼らの事実上の死である事から、その大陸の神は彼らに最後の機会としてゼート大陸攻略組として全てのプネウラを一大勢力として北部勢力の乗っ取りを画策したのだ。
【オレは、オレはぁあああああああああああああああああ♪」
その先鋒を務めた最強の自我を持つ個体は自分以外の個体が全滅した。
いや、させたという重責に耐えられず。
崩壊しながら泣き始めた。
「ぇえ~~~戦いもせずに死んじゃうとか。本当に脆い……」
ルーエルが申し訳ない顔になる始末である。
「でも、その程度で泣いちゃうなんて、精神構造がそもそも向いてないんじゃ?」
【へ?】
「だって、蜘蛛はみんな、自分以外の同族全てを殺し尽くしても仕方ない事なら仕方ないって割り切れるし……」
【―――】
平然とルーエルが肩を竦めているのを見て、ようやく恐怖によってプネウラの彼は崩壊を僅かに止めてしまった。
【そう、か……そうなのか……貴様らには情が分かっても理解出来ても……“体現するほどではない”のか!!?】
「主様と仲間の人の為なら何人死んでも構わないのがルーエル達だし……主様がそれで一粒でも涙を流してくれたら、それは名誉で誇らしくて、嬉しい事なんだよ」
他のルーエル達がウンウンと頷いた。
こうして初めて蜘蛛達の精神構造に“詳しくなってしまった”精神生命体は絶望する以外無かったのである。
目の前の怪物は……感情を持ちながら、感情に左右されない。
完璧な冷血漢であると同時にヒトの心を慮る優しい隣人でもあるのだ。
人の感情の機微に微動だにしない無機質さを併せ持つ、真なる“異なる命”は精神的に悟った生命が何処まで行っても知的生命にとって害悪という事実を露呈する。
そう、蜘蛛達はそれが彼らの主の為ならば、今まで仲良くしていた誰かでも仕方なさそうに殺して、ケロリと次の行動に移れる生物なのである。
それは己の命を顧みない事からも明らかであり、だからこそ……どんな相手にも差別無く、色眼鏡で見る事も無く、少年と同じく本当の意味で必要無いと断じれば、他者を“諦めてしまえる”のだ。
少年がその点で言えば、心の広さが人類で尤も上だとすれば、彼らはそんなに心が広くない小物と言える。
彼らプネウラがその精神構造が邪悪でありながらも、人間味があると言われるくらいには高度知性の人と同列に語られていた事からも、その明確な精神構造の差は彼らに不利であった。
【己を殺せと言われて死ねるのは人間だけかと思っていた……オレは……オレ達は此処に来るべきではなかっ、た~~♪」
だが、そう告げたプネウラが自分の姿がルーエルとなつつある事を悟って嗤う。
「は、ははは、オレがオレではなくなっていく。許さんぞ!! 絶対、ユルさん!! お前達は必ず!! 必ずッ!! ルーエルになるんだよー♪」
容赦なく自分に相手を同化したルーエルが、精神構造におかしなところが無いか自己点検し、ちょっと感情の閾値が低くなったようだと他の蜘蛛達との多少の違いに少し嬉しくなった。
「これで主様にも~っと近付けるかも? ふふ~~」
だが、その言葉を聞いているものが数人。
「\(゜ロ\)(/ロ゜)/(ル、ルーエル様が滅茶苦茶爆裂して意味不明な事を呟いてるぅうううううううう!!!? 担架ぁああ!! 担架持って来るより作る方が早いわぁああああああああ!!!? という顔)」
いきなり剣技で自分達を貫通して、何かが攻撃されたのでやってきた城に常駐する蜘蛛達にしてみれば、上司が瀕死の重傷で屋上から落ちて来て、意味不明に呟き出したら、さすがに驚く。
担架に載せられて、地下に回収されたルーエルは絶対安静。
全身の細胞が磨滅寸前までになり、秘薬と霊薬漬けの蜘蛛の真空パックみたいにされた事は大きく驚かれた。
他の天井蜘蛛達にもこれが伝達され、神々の攻撃が激しくなった事を意識させたのは間違いない。
最新式のヴァルハイル製救急医療を受けて数日身動きが取れなくなったせいで隕石を止める為の戦いには参戦出来なくなった彼女の穴を埋めるべく。
天井蜘蛛達は元戦隊長ヤルハの変異体を代理として指名。
名前はそのままに時間経過の早い北部でアーク軍を相手にさせながら、大量の準備をガシンと共にさせる事となり、数日後にはルーエルにガシンのお見舞いが届く事になる。
『ヾ(≧▽≦)ノ(おかしだー。ありがとーガシ~~ン♪)』
蜘蛛形態で真空パックにされたルーエルは透明な袋の中で液体に浸りつつ、内部から口を尽き出し、他の蜘蛛達にあーんさせて、ヘルメースが持ってきたアークの大陸の焼き菓子セットに舌鼓を打つのだった。