流刑貴族の追放記-極獄と呼ばれた果ての地にて-   作:Anacletus

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第89話「暮れなずむノクロシアⅧ」

 

 次々に島に現れ始めた神々の刺客達が事態を混沌とさせ始めた頃。

 

 南東部戦線で増強された蜘蛛達の生産力は最前線との時差によって次々に天井知らずの右肩上がりで上昇し続けていた。

 

 ヴァルハイルの技術力を取り込んだニアステラの工業力はかなり上がったが、それにも増して南東部は外界からの技術が流入している。

 

 魔力炉による工業プラントの自動化が始まった事で稼働する電力さえ確保出来れば、その技術力を連続運転する機械で存分に工業製品の生産に投射し、延々と製品を作り続ける事が出来た。

 

 あらゆるモノを今までの比ではない速度と質で大量生産が可能となったのである。

 

「(^○^)(建材建材建材大事~とライン工をする巨大製鉄工場勤務系蜘蛛の顔)」

 

 蜘蛛達がテコ入れした生産設備の多くはエム大陸の最新技術で造られた代物だ。

 

 これを理解し、解析し、短い間に再現するまでに至った蜘蛛達にとってヴァルハイルの知識層の力を取り入れ、島独自の産物で工業製品を生み出す事なんて可能な範疇の出来事であった。

 

「(^□^)(1日29時間労働~プレスと研磨で部品作り~と歌って踊れる労働者系蜘蛛の顔)」

 

 他大陸の蜘蛛達が人命優先で生産力の多くを食料などに多く割り振っているのとは違い。

 

 彼らは背後に食料生産地帯を持つヴァフクやガシンによる霊力供給がある事で工業製品に注力する事が出来たのも大きいだろう。

 

「( ^)o(^ )(カマキリなんてぶっ飛ばせ~と謡いながら部品鍛造中の工業ラインを目視点検する顔)」

 

 膨大な数を背景にした黒蜘蛛の巣の設営も既に終わり、開発も加速する最中。

 

 隕石落下を食い止めるミッションが発動され、次々に蜘蛛達は地獄のカマキリさん出没地帯で敵をあしらいつつ、外界の情報から新たな島に無かった工業製品を生み出そうとしていた。

 

「(´ρ`)(これなら指示にあった量に届きそうという顔)」

 

「(・ω・)ノ(落下予測1日前までに間に合わせないと、という顔)」

 

「(^◇^)(ヒャッハァアアア生きの良い誘導弾創れそうだぜぇと魚を取る顔)」

 

「(´・ω・)(あ、でも、捕獲も自動化するってよ。数日後には……)」

 

「「「(゜_゜)(なん、だと?と真顔になる釣り堀大好き系蜘蛛達の顔)」」」

 

 幾つかある工場群の一角。

 

 蜘蛛達は工業製品を作るのに欠かせないものを釣り堀から釣り上げていた。

 

―――魚である。

 

 何で工業製品造るのに魚が必要なんだよ……とゾアクの人々は魚人面が真顔の魚になりそうなくらいにその工場を凝視したりするが、それも仕方ない事である。

 

 此処で言う魚とは隠語であり、実際に釣り堀で養殖されているのは魚の神経節。

 

 つまり、有機細胞を培養し保護膜で包んだ“魚だったもの”だからだ。

 

 それがどのように工業製品になるのか。

 

 それを真面目に見学したい正気ではない人々はいなかったのは幸いだろう。

 

 生憎とヴァルハイルの用いる生体モルドやドラクとモルドの接続端子、モルドの内部構造に使われる生体部品は兵器関連技術に使うのはかなり倫理的に躊躇われる材料しかなかった。

 

 それはそうだろう。

 

 大抵は化け物を使っていたのだ。

 

 それが消えた以上は代替品が必要になる。

 

 だが、実際にそうなると蜘蛛達も研究開発が必要であり、その結果として神経細胞を野外で養殖というヴァルハイル達でも思い付かないような事に手を染め始めたのである。

 

「(´・ω・)(一般兵員には知らされてなかったけど、怪物の神経細胞とか、同族の培養神経とかだからなーとモルド用資材の脊髄培養装置を見やる顔)」

 

 今までの有機神経細胞の製造をもっと簡単なものに置き換えて倫理面と量産性をクリアする事が課題として挙げられ、結果として適当な食料の神経節を生きたままぶっこ抜いて呪紋で養殖し、運用する事となった。

 

 何が良いかと言えば、とにかく増産、量産が効くという一点に尽きる。

 

 これらが可能なのは少年とエルガムが今まで造って来た秘薬の力あってこそであった。

 

 嘗ての接続端子に使われていた“部品”は養殖が難しく。

 

 怪物から取り出す以外だとじっくり育ててドラク1体分を揃えるのに一つの設備で半年掛かるという具合だったのだ。

 

「(T_T)(ヴァルハイルの研究職は完全に真っ黒ってハッキリ分かんだねと生産工場内で神経細胞を基盤にする薬液に付けて硬化剤と保護剤を添加する顔)」

 

 これが一気に1000倍近い速度の差と量産性を得たらどうなるか?

 

 結果として外部大陸で使われていた各船舶の武装などを自国技術で置き換える際、高度な電子機器の製造が未だ出来なかった蜘蛛達はそれに代わる呪紋兵器の部品として、魚の神経を用いる事に成功し、大量の白いウネウネした被膜で覆われた神経の束を薬液の釣り堀から引き揚げて加工、電子部品の代わりとしていた。

 

「(・∀・)(……部分毎のパーツで非効率に作ってたのも倫理問題のせいらしいけど、蜘蛛的美意識としては頭部の無い死体ってだけだから培養は肉畑とほぼ変わらなかったり、という顔)」

 

 これらは全て消耗品に搭載される部品の原材料だ。

 

 画像処理や映像処理用の有機集積回路染みた呪紋をプリントする基盤の素材として使われ、強制的に呪紋を呪具化した神経節に流して回路のように運用する。

 

 これは他の生物の神経でも同じ事が出来たのだが、生憎と神経の質というものは消耗品にはほぼ要らず。

 

 使い捨ての超高速で呪紋が流せる有機神経細胞で基盤化が可能なら何でも良かったので費用対効果的にもコレらが用いられる事になっていた。

 

 だが、南東部で工業力を限界も無く高め続けていた蜘蛛達の工場で製造された多くの兵器類の大半は殆どが対王群用であり、彼らにしてみれば、一般兵用である。

 

 もしもの為に備えるという意味合いが強く。

 

 大体はアークを筆頭にした外大陸からの戦力が侵入した北西部で亜人軍の部隊が戦う際に使う兵器という事でしかなく。

 

 消耗品の製造はともかく。

 

 他は北部でのヴァルハイル用のドラクや他の亜人用であるシュヴァリアが戦力としては拡充され、事実上は蜘蛛達にしてみれば、自分達よりも弱き人々を武装させる為の作業でしかなかった。

 

『……此処か』

 

 だが、そんなモノでも蜘蛛達以外には価値がある。

 

 特に外界のゴーレム技術と現物が流入し、他諸々の人型の機動機械が多数流入した現在。

 

 新人類アーク、エム大陸を筆頭にした先進大陸の良いとこどりなシステムの技術開発は継続中。

 

 思紋機関入りの新型と共に蜘蛛達には一緒くたに扱われ、電子部品の製造装置の大半を揃える為に化学知識の習得が進められている。

 

 これらが勝手に蜘蛛達の中では同列に並べられて、研究開発が進行、全ての知識が融合し始めていた。

 

 その最たる仕様はほぼ最上位戦力用のゴーレム。

 

 つまり、ほぼ仮想受肉神に近いビーメやキメラの直接掌握する部隊の為の戦力に使われている。

 

 これらの製造は防御主体のニアステラやフェクラールの拡充戦力とは違って、完全に戦争用だ。

 

 ウルと共に人型と蜘蛛型、竜型、可変型が雑にヴァルハイルの呪装局の局員と蜘蛛達が働く施設では続々と出来上がっていて、対カルトレルム、対イゼクスのような主神級や真正神級の敵を打ち倒す為の代物として初期ロットが既に生産完了していた。

 

「(-_-メ)(この機体、ウルと違って防御力と攻撃力重視で遅いんだよな……蜘蛛生始まったばかりの初心者用にかなという顔)」

 

 蜘蛛型は蜘蛛達が乗る仕様の白のカラーリングで生物に機械パーツを嵌め込んだような外見の【ウル・リカーム】が稼働。

 

 通常のウルと違うのは今後を見据えて戦闘が得意ではない蜘蛛達が最前線で戦う為の専用仕様である事であった。

 

「うぉおおおおおおおおお!!!? か、加速で体がッ、ぐへ、ぶべ、がは!?  呪紋で体強化してなかったら、此処が棺桶だぞ!? 何だこの仕様!!? 精兵載せる用かよ!? オレら精兵だけども、防御主体の仕様じゃなかったの!? こんな加減速する機体に毎日載らされるの!? イーレイ様ぁあああああ!!?」

 

 人型はドラクから竜要素を抜いてシュバリアの上位互換機として建造され、防御を只管に底上げされた無骨な代物だ。

 

 首から下を全て外套のように自身を覆う積層化された黒い装甲で纏った【シュヴァリア・レクス】が亜人連合の部隊に運用を投げられ、既に部隊単位で1個大隊分が地獄の環境から投射されてくる人型カマキリさん相手に活動中。

 

 これは亜人用であり、最終決戦までにやってくる高度な敵に対しての時間稼ぎを行う為の壁役として期待されている。

 

「くくくく、遂に戦術が出来たぞ!! 器廃卿よ!! ご照覧あれ!! 貴方の意志を継し我らヴァルハイルの新たなる剣を!! おお、おお!! 必ずやいつの日か!! ヴァルハイルは―――」

 

 竜型は嘗て遠征隊を苦しめた巨大ドラク【ドラグリア】の模造品というか。

 

 廉価版である【ドラグリア・ロゼ】が10m程まで縮小された紅蓮の装甲を夜空に羽搏かせ、高速で戦線を横断する部隊が凡そ数個中隊、各地の戦域に配備され、アークの補給線やカマキリ相手に空爆を開始していた。

 

「(TωT)……ふむ、我が主の部下として聊か貧弱で脆いな。エルの名を関していながら、この体たらく……この蟲畜がテコ入れせねば……」

 

 そして、可変機【エルダイバー】はこれらの要素を全て取り入れ、蜘蛛、竜、人型を装備もしくは最初からの基本能力として持たせられる事が決まったキメラの廉価版として建造され、現在は仕様を幾つか詰めて正式量産タイプに出来るかどうかを試験中。

 

「( |ω|)(あ、やべーわ。フレイ様激オコだわ。でも、可変機にすると内部構造的に生体部品使わないと駆動部がどうしても追い付かなくて、今の技術力だと複雑な変形とかを構造強度そのままに実現は無理なんだけど、そんな事言ってもダメそう……という顔)」

 

 近頃、冥領において蜘蛛の最精鋭達をずっと教練していたフレイは此処最近で増えた戦力。

 

 ノクロシアンの部隊を筆頭にした精鋭戦力による各地の蜘蛛達の部隊の底上げを図っており、教導部隊が次々に立ち上げられ、時間が加速している最前線付近で1日24時間労働に従事し、休みなく蜘蛛達の連携訓練と能力上げに尽力していた。

 

 外大陸への蜘蛛達の派遣もフレイが主導していた計画であり、僻地での更なる技術力の向上、能力の奪取、開発、発展、必要な資材と人材の確保、各大陸への蜘蛛達の浸透による政治的な地固めまでも行っている。

 

 全ては何もかも主の勤勉なる蟲畜の仕事なのだ。

 

「(TωT)……仕方ない。エル卿からの技術提供もある。主の機体もニアステラで最終調整中……一部技術を開放。製造ラインを多少複雑にしても構うまい」

 

 フレイが上がり込んだ第66基目の黒蜘蛛の巣の地下階層。

 

 複数体のエルダイバーと名付けられた別々の仕様の機体が鎮座する格納庫。

 

 やたらゲテモノ感が強い造形の本来の意味でのキメラ的な機体やら、バックパックやブースターのような外部ユニットの接続で能力変更する機体やらが並ぶ最中でフレイが格納庫中央に立つ。

 

「(RωD)……さて、やるか……?」

 

 彼が呪紋開発と同時にあらゆる兵器類の開発に真価を発揮するテック系蜘蛛の側面を全面に押し出し、仕事を始めようとした時だった。

 

 現在は人間形態で少女の姿を取り、いつもの外套姿だったが外の騒がしさに目を細めた途端の出来事であった。

 

 格納庫の扉が吹っ飛び。

 

 同時に一般人のいない黒蜘蛛の巣が外壁と内壁を貫通し、地下までも露出させる程の大規模熱量兵器による爆発で盛大に吹き飛んだ。

 

「(TωT)指向性熱量兵器? 違うな……呪紋ではないが、魔力運用体系の気配がある。原子核崩壊を確認。しかし、粒子線が一瞬しか出ていない。物質の汚染兵器ではないようだが……定理異常兵器の類か?」

 

 爆裂した地下格納庫内では機体が横倒しになり、扉が解けて外まで大穴が露出している。

 

 幸いなのは蜘蛛達の大半が異変があった先からスタコラサッサと更に地下の竜骨塊のある区画に逃げていた事であり、もしもの時は転移してから、黒蜘蛛の巣を自爆させる為のシークエンスへと速やかに移行していた。

 

「(TωT)ふむ……核力異常を確認。やはり、物質の定理を弄る系統か。エム大陸の理論ならば、一部法則干渉による兵器はもう実用化されているとの事だが……」

 

 巣の内部では奇襲を知らせる警報が鳴っており、それも最大級の危険を知らせる撤退指示アラートだった為、今まで周囲で働いていた蜘蛛達は転移用の設備がある地下退避壕に音速で消えていく最中。

 

「(TωT)……事前に情報が取得されたという事は恐らくヴァルハイル辺りから漏洩したな。だが、糸蜘蛛の見えない圏域を攻撃が貫通。内部からの観測にも掛からない。つまり、敵は超遠距離からの巣を破壊する程の熱量攻撃に偽装した定理破壊原理の物質崩壊系攻撃を行って糸蜘蛛の行動限界までも理解していると……」

 

 喋っている合間にも数km先から猛烈な速度の何かが格納庫に突っ込んで来るのをフレイは見届けていた。

 

 砲弾並みの速度を出した何かが黒蜘蛛の巣の破壊された外壁付近で急減速しながら、明らかに慣性力を魔力運用体系らしき気配が漂う光の方陣を用いて殺し、それでも十分な速度で内部に突入してくる。

 

「(TωT)エム大陸のゴーレムか。だが、あの大陸はもう骨抜きにしつつあるとの報告が入っている。つまり、これは……国家ではない? ああ、例の連中か。イレギュラー、だったか?」

 

 フレイがいるのもまったく構わず。

 

 猛烈な左腕の下に付けられたマシンキャノンの類が70mmの大口径をフレイ目掛けて連射。

 

 明らかに人に向ける攻撃では無かったが、ソレは正しかった。

 

 瞬時に人型のままに銃撃を避けたフレイが機影の背後に隠れる。

 

 すると、敵機のゴーレム。

 

 背部に巨大なブースターを付けて、片腕が無いソレが背部から伸びた幾つかのマシンアームでそこらにあるエルダイバーの試作機達を引っ掴んで再び高速で外に向かって跳び出した。

 

「(TωT)良い判断だ。だが、超遠距離の射撃がエム大陸のような先進大陸だけの十八番ではない事は知っておくべきだったな」

 

 フレイが6機有った内の3機を奪取されたのを横目に現場に散らばっていた巨大なゴーレム用の遠距離専用火砲を細い糸一本で自分の片手の横に瞬時に持ってくるとそのまま砲台のように糸で下部を固定し、一直線に聖域方面の大山岳へと加速する敵の背後に狙いを付けた。

 

 グギョンッと砲台がワンサイズ瞬時に縮小し、構造材が煌めく。

 

 理由は単純。

 

 霊力掌握。

 

 少年がやっていたゴライアスの十八番である能力を変化もせずにやってのけたからだ。

 

 砲塔が瞬時に相手の背後へピタリと照準した時。

 

 咄嗟なのかどうか。

 

 即時撃たれた火砲。

 

 イゼクスの息吹を超射程用に収束した一撃が聖域方面の空を焼き。

 

 その射線上にある虚空の温度を一気に数万度近くまで上昇させた。

 

 ギリギリ回避した機影がブースターの一部を焼かれて小爆発を起こし、山岳部へと墜落していく。

 

「(TωT)こちらフレイ。北部の全黒蜘蛛の巣は聖域方面を特に熱量兵器による攻撃で破壊されぬよう補強せよ。追撃は不要である。この蟲畜を前にして我が主の力を掠め盗ろうという輩ならば、こちらを撒く為に使い捨ての戦力や足止めの罠を用意しているだろう。周辺各隊は防衛に務めよ。後はこちらでやる」

 

 フレイが生真面目な性質である事をよく蜘蛛達は知っている。

 

 始まりの天井蜘蛛たる少女は近頃はゴライアスがよく働く上に冥領に籠っていたので影が薄いというのが世間的な評価だろうが、蜘蛛達にしてみれば、只管に今まで戦ってきた敵の対策用の戦術や取り込んだ技術の有効な運用方法を確立し、ゴライアスの影で只管に自力を上げる為に収斂していた努力の蜘蛛なのである。

 

 特に大戦果であった辺境伯との一騎打ち以後。

 

 自分の無力を痛感したフレイの自己鍛錬はもはや通常の蜘蛛達にも追い付けるものではなく。

 

 蜘蛛が取り込んだあらゆる能力、兵器、技能を地道に収め、地道に積み上げ、大量の秘薬を遠征隊並みにガブ呑みしていた。

 

 そんな蟲畜の鑑を前に仕事を中断させてしまった敵がどうなるのか。

 

 蜘蛛達は「(-ω-)/(かわいそーなシューゲキシャさんにモクトーという顔)」になったのだった。

 

 *

 

―――聖域外延部北部山岳地帯。

 

「……本当に化け物か……ブースターのサブが融解してる。もうダメだな……パージ……これで推進力は8割、旋回能力も大幅に低下……」

 

 爆発四散しそうになったブースターの火を落とし、未だ猛烈な加重に耐えながら車輪式の脚部走行で機体を三つサブアームに掴んだままに走るゴーレムが一体。

 

 その最中で愚痴が呟かれていた。

 

「……低ランカー共のパーツを寄せ集めただけとはいえ、脆いな……」

 

 本来ならば、絶対不可能だろうという耐荷重を実現した機影はブースターが軋む音に苛まれながらも、追撃部隊が来ていないのを良い事に撤退ルートを順調に走行中であり、そのまま逃げ遂せる事は可能と搭乗者は安堵する。

 

「それに企業連合の規格外武装の直撃にも関わらず、ほぼ地下が無傷……何で直撃地点にいて原形が残っているのか……大佐は此処まで見越していたわけか」

 

 周辺区域は殆どの蟲共を駆逐していた為、あちこちに大量の蟲の血肉の跡が残り、死骸には無数の蠅が集り、外部は正しく腐臭地獄。

 

 しかし、それでも機影は気にする事なく。

 

 深夜の散歩をやり切って、山岳の一角に開いた大穴の元へと辿り着いていた。

 

 大穴は外側から見ると何もない。

 

 しかし、気体が一定領域内部に入った途端。

 

 その光景は塗り替わる。

 

 巨大なトーチカが十数門聳える要塞が其処には現れていた。

 

 大量の最新式荷運び用の大型重機がドローン化されており、自動で運行され、まだ作り掛けらしい要塞の建造を進めていた。

 

『網膜認証完了。静脈認証完了。MDシーケンサー起動。遺伝認証完了。お疲れ様でした。レジーナ・アトランと確認』

 

 コックピット内部で各種の生体認証を即座に追えた女が機影を指示された倉庫に向かわせる。

 

 待機場所となった倉庫内部には既に複数の作業用ドローンが待ち構えており、彼女の機体が引きずって来た機体を次々にボロボロのマシンアームから取り外し、解析用の区画へとトレーラーで運んでいった。

 

 コックピットのロックが外れ、開くと同時に女が一人スルンと前屈みの機体から降り立った。

 

『ご苦労様でした。任務完了を通達。バイタル正常。報酬に関しての振り込みをご確認下さい』

 

 彼女の前にドローン化された台座のようなものが車輪をキュルキュルさせてやってくると。

 

 そのパネルに口座残高に対しての振り込みを確認させる。

 

「……大佐は?」

 

『現在、中央管制室において要塞建築の手直しを実行中。エム大陸との時差は現在140日から凡そ220日です』

 

「この要塞に生きてる人間が一人というのも何かの罰か……」

 

 彼女が通路を歩きながら幾つかの自動でロックが解除された扉を潜り、エレベーターで地下の管制室に出る。

 

 そこには複数のオペレーター……ではない。

 

 ドラム缶のような形の白い物体が複数個オペレーティングカウンター前に接続されており、全面のデイスプレイには周辺領域の情報が逐一表示され、小型のドローンのものからと思われる映像や画像、更には各地に置かれた小規模な観測室のような隠蔽されている仮拠点からの情報が次々に統合され、各地域の巨大な蟲達の動向を伝えていた。

 

「ステス大佐。参りました」

 

 その言葉に彼女の目の前に3D情報で投影された40代くらいに見える白い肌に赤黒い瞳孔を持つ痩せぎすの男が現れる。

 

『お帰り。レジーナ……どうやら手酷くやられたようだな』

 

「貴方が言うならそうなのでしょう……それで?」

 

『ステスと呼んでくれていいと言っているのに君もお堅いな』

 

 くすんだ色の銀髪を短く刈り込んだ細身の彼女。

 

 レジーナと呼ばれた20代後半の女が目を細める。

 

『こちらに座りたまえ』

 

 ステスと言うらしい男が片手で近場のカウンターにある椅子の方に誘導する。

 

 レジーナが座った後。

 

 男が彼女の横に立った。

 

『残念だが、君をこの島から返せる状況ではなくなっているようだ』

 

「どういう事です? 貴方の見立てでは後数日以内にはこの破滅の迫った場所から私を返すだけの動力の充填が終るとの事でしたが?」

 

『あっちの問題だよ。我ら企業連合の理事会とて人間だ。そして、社会的な混乱には無力な面も持ち合わせている』

 

「無力? エム大陸でまた何か?」

 

『社会的な混乱が広がっている。食料危機と共に武器価格の高騰。更には後進国の政治的な混乱とゲリラへの敗北。兵器産業連合の多くが経営的に不合理な暴走状態に入った』

 

「はぁ?」

 

『ま、簡単に言うとだ。何者かの大陸への戦略経済攻撃の類だ』

 

「ど、どういう事ですか!?」

 

『つまりだよ。君が帰るには馬鹿高い機材が受動側の設備に必要だが、あっちはそれを用意してるどころの話じゃない』

 

「本大陸への作戦は最優先事項として理事会が管理しているはずでは? 執行予算自体を凍結したり出来ないでしょう」

 

『それが各企業体の一部が莫大な設備投資にもう資金を突っ込んだらしい』

 

「はぁ!?」

 

 思わずレジーナが顔を引き攣らせた。

 

『表向きは高騰する武器価格を見込んで莫大な利益を上げる為のものだが、中小企業の幾つかが銀行からの借り入れに成功。正気を失って銀行共々地獄への道を札束で舗装している最中だ。対して、大手も経営判断をミスっている。ついでに言えば、理事会が動かしていた執行予算の30%が差し止められた』

 

「……理由は?」

 

 頭が痛いという顔で額に手を当て、レジーナが訊ねる。

 

『イレギュラー1の投入予算への振り替えだ』

 

「ッ、遂にイレギュラー0が来るのですか!?」

 

『ああ、そうだよ。後、数日で此処は世界の終わりが落ちて来る。だが、こっちからの情報があちらに届くのはかなり後だ』

 

「……時差のせいで死に場所すら選べないと?」

 

『呑気に構えていても良い。事実上はあのニアステラとフェクラールとやらがどうにかするかもしれん。そうこの電脳が囁くのだよ』

 

 ステスが己の頭をトントンと人差し指で叩く。

 

「生前の貴方の脳髄の情報が1%でもあったら、同意出来ましたね」

 

『はっはっはっ!! 企業連合も理事会直下の研究施設も今や此処にわたしを送ったのも忘れていそうなくらいに混乱の収拾で忙しいからな。今度、残っているか聞いてみようじゃないか』

 

「笑っている場合ですか?」

 

『あちらからの情報は自動更新されているが、イレギュラー0の投入によるこの大陸の諸勢力の殲滅は確定事項らしい。どの道、言うだけ無駄だ』

 

「それまでの主要戦力に抜けられては困ると……」

 

 ステスが頷く。

 

『そういう事だ。あっちに君の返却申請が届く頃には彼も来ているだろうな』

 

「神々の力を用いたビーコンによる精密相対座標転移。事実上は惑星の何処にでもという話でしたが、この力で滅びた惑星から生きられる天体くらいまで飛ばして欲しいものです」

 

『生憎と転移先は二か所だけだ。君の機体そのものにもビーコンが付いていた事は幸いだし、わたしを筆頭にした自動工作部隊が到着した事も奇跡に等しい』

 

「低ランカー連中の機体の寄せ集めで戦うのも良い方だと?」

 

『無論。そして、君が我らを守り抜き。こうして、巨大昆虫共からゆっくり隠れて寝ていられる要塞まで手に入れた事は極々低い確率でしか実現出来ないはずの可能性だ』

 

 もう少し謙虚になれと言われてレジーナが苦い顔になる。

 

「本当にこの島の者達があの天体落下を食い止められると?」

 

『可能性はある。ノクロシアに関してはこちら側の偵察ドローンが確認している。どうやら遠征隊とやらが出動している様子もある』

 

「つまり?」

 

『伝説は伝説ではない。実際には古代遺跡という現実だ。そして、エム大陸のみならず。各地の遺跡の調査結果から言えば、小惑星程度ポンと破壊する機能や兵器の類は大量に眠っていると予測されて然るべきだな。その記述も実際ある』

 

「他人任せですか」

 

『漁夫の利と言ってくれたまえ』

 

 苦笑顔で肩が竦められる。

 

「つまり、もうアンターバーの海老の煮込みも食えなければ、低ランカー共に八つ当たりするスタジアムにすら行けないと」

 

『ついでに君の為に余分に持ってきた工業用の金塊を元手にした支払いも意味があるのか無いのかという具合だな』

 

「……仮にイレギュラー0が破滅の落下より先に到着した場合は?」

 

『現地指揮官として破壊作戦くらいは立案し、彼に頼むよ。金塊の現物はあるしな』

 

「その半分はこちらに支払われている、という体なのでは?」

 

『どの道、滅びては何も残らんだろう。納得しようとしまいと結論は変わらないよ』

 

「そもそもどうにか出来るのですか? イレギュラー0とて人間でしょう」

 

『それが出来るのだよ。これを見てくれ』

 

 大画面に映し出されたのは送られてくる戦力の基礎スペックと外観、兵器類の詳細なデータであった。

 

「……星間照準武装? 最大出力が書かれていませんが……」

 

 何か呆れた様子になったレジーナが溜息がちに話すのも無理は無い。

 

 四脚でホバーと装輪を同時に併せ持つ上半身が人型の機体には武装があからさまに積まれたコンテナが複数接続されており、ゴーレムと言うよりはタンク。

 

 タンクと言うよりは動く要塞のように見えたのだ。

 

『君も知っての通り、理事会は神殿からの援助を受けている。そして、エム大陸で使われる幾つかの最先端技術は多くが神殿から降ろされた“最新式の古代兵器”だ』

 

「……神々の遺産どころか。嘗て神話時代に使われていた兵器の新品、ですか」

 

『そうだ。イレギュラー0の駆る機体には先進国の神殿群から供与された複数の神の力を持つ部品が組み込まれているらしい。神すら殺せるとのお墨付きだ。出力上限が書かれていないのはそのせいだな』

 

「無限の出力に可動時間。そう言う事でしょうか?」

 

『そうだな。事実上、神の兵器を無限に使う為に要求されたスペックが二本足では不可能だったから、四本足になったらしい』

 

「脚に接続されたコンテナがやたら大きいように見えますが……」

 

『情報を解析するに自動での自己再生機能、周囲の空気そのものから質量を補填する自動質量充填機能、空間を歪めて防御を行う自動防衛機能、出力的に恐らく射程10万単位相当の熱量兵器。ああ、君の機体の片腕を犠牲にしたアレの超高出力大口径な上位互換版が連射可能だな』

 

「………軍そのものを滅ぼせそうなスペックのようで」

 

『ははは、自動支援機も再生能力だけは同じらしい。弾体を撃ち落とす超高出力のレーザー弾幕展開用だ。更に子機を使って対軍特化仕様で来るようだ』

 

「そこまでしても倒せますか? あの現状を作り出していた戦力を……」

 

 彼女がマップの端にある紫色の地域を見やる。

 

『さて、どうかな。機体の再生が間に合えば、相打ちにならず済むかもしれん』

 

「それでこれが送られてくるのはいつなんです?」

 

『何分、大きいからな。上手くいってもギリギリだろう』

 

「大きい? 縮尺は? 30前後に見えますが……」

 

『ああ、要らない情報は省いていたんだった。これが縮尺だ』

 

 男、ステスが指を弾くと更に詳細な情報が彼女前にお出しされる。

 

「………全幅2100単位と見えるのですが?」

 

『うん。そうだね』

 

「要塞なのでは?」

 

『生憎と内部に人が通る通路は無いのだよ。連絡通路も無しだ。殆どの空間は自動支援機の格納と整備を行うもので、そもそも本体の外付けコンテナ部分にしかない』

 

「コックピットに入るのに山登りする必要があるようですね」

 

『転移用のポータルがあるらしい。個体を転送して内部に入れるそうだ』

 

「この大きさのものに腕が必要あるのですか?」

 

『必要なのだろう。何せ音速の数倍で動くらしい。格闘戦もちゃんと出来ると仕様書にも書いてある』

 

「この巨体が音速の数倍……」

 

『正しく暴威だろうとも。神すら殺せるかもしれん』

 

「その為の質量、ですか……」

 

『まぁ、来るのか来ないのかも定かではないものは放っておこう。我らはもう少し近くを見るべきだな』

 

 大型のディスプレイには彼女が奪ってきた機体が次々に解析されている様子が映し出される。

 

『おぉ……正しく未知の技術と言うべきだ。だが、高度なものはよくよく見ると我らの技術にも近しい。いや、収斂しているのかもしれないな……』

 

「ちなみにコレを奪った理由は?」

 

『彼らニアステラ勢力の指標が欲しかった』

 

「指標?」

 

『この大陸の産物は極めて特異だ。此処にいる亜人や他の生物、霊的な存在の多くもそう見受けられる。それらを材料にして動く人型兵器を造る彼らは果たして、伝説に届き得るのか?』

 

「……ノクロシア。伝説の都。今はニアステラを後継者と呼ぶ者もいるとの話でしたね」

 

『そうだ。コンタクトを取ったヴァルハイルというらしい蜥蜴人間の話ではな』

 

「それで……アークの方は?」

 

『ダメだな。アレは……もう及び腰だ。事実上の撤退すら危ぶまれるような状況らしい。彼らの戦力は当てにするだけ無駄だ』

 

「技術的な協力は?」

 

『そちらは一応頼んでみたが、審議に掛けられているようだ。我らと彼らの技術は能力以外であれば、近しいものがある。一部先行する分野が彼らの方が多いという事は知っていたが、ゴーレムの素材ですら殆ど上位互換。あの人型サイズで通常のゴーレムの数倍の戦力とは恐れ入る』

 

「そして、今日強奪して来たコレに関しては?」

 

『この大陸最高の頭脳が結論するに……ふむ』

 

「自分で言いますか? というか、頭脳ではなく。死人の脳髄を使った電脳でしょうに……」

 

『頭脳が結論するに……』

 

「勿体ぶらずにどうぞ」

 

『ダメだな。負けている』

 

「はぁ?」

 

 ステスがお手上げのポーズを取った。

 

『魔力運用体系をまともに研究して来なかったツケが回って来ている。推論システムのAIがロクに解析出来ていない……“かもしれない”“もしも何々ならば”“こうなるだろう”みたいな予測しか出て来ない』

 

「………」

 

『ただ、一つ確実な事がある』

 

「何でしょうか?」

 

『彼らニアステラの住人の大半は不死身でも無ければ、不死でもない。ただ、それに最も近しい生物に守護されている。これは彼ら蜘蛛的な生物が人々に使わせるように作っていると考えられる。エルダイバーと銘が刻まれていた。推論機構の予測を聞かせようか?』

 

「何でしょうか?」

 

『君に強奪して貰った機体は恐らくだが、外大陸への進出用戦力のテストベッド。通信システムの構築から察するに連携特化の大規模戦力の運用で真価を発揮する型だな』

 

「……この大陸の者達が外に向かうと?」

 

『もしくはもうその段階なのかもしれない。少なくとも兵器を送り込むよりも、あの蜘蛛を送り込んだ方が早いだろうしな。最も身近な大陸にお邪魔する用なのではと思うが……』

 

「伝説の都。ノクロシア……人類起源の力……人を超える種族に遠征用戦力……この世界を統一でもしますか?」

 

『ならば、是非とも噛ませて欲しいものだ。この科学全盛の時代に未だこの推定1200万単位の惑星を探査し切れていない。そもそも我々の済む惑星の事すら我々自身何も知らんのだ。統一したら、色々と教えて欲しいくらいだよ』

 

「未知の病原菌で大陸が滅んでなければいいですね」

 

 レジーナが肩を竦める。

 

『この惑星がどうして通常の物理法則下で存在出来ているのか。なんて基本手的な事も我らには分からんのだ。理事会が幾ら強大でも世界の未知には頼り無さ過ぎる。こちらとしては上が挿げ変わっても一向に構わん。ま、戦争が続く限りは続いて欲しいがな』

 

「そういう自己保身や置かれた状況への自覚はあるのですね……」

 

 ジト目のレジーナがステスを見やる。

 

『さて、ブリーフィングも終わった。拠点を変えようか』

 

 ステスの言葉と同時に要塞周囲に地響きが奔る。

 

 同時に今まで荷物を運んでいた全てのドローンがストップし、ゆっくりと要塞上にある景色が高く成り始めた。

 

『イレギュラー0に与えられる力も大概だが、此処もそれなりに大概な神の力を使っている。神具と言うらしいが、この神様製の動力炉を後3つは欲しいところだ。攻撃用、防御用、加速用にな』

 

 要塞が浮かび上がっていた。

 

 明らかに重力を無視した浮上には運動エネルギーを使っている様子が無く。

 

 僅かに空間が歪んだ様子の地表を疾走するが如く。

 

 高速で聖域の平原地帯の端を駆け抜け始めた。

 

 要塞の下部から土埃が落ち切ると内部から現れるのは銀色の船。

 

 その形は何処となく。

 

 帝国の船。

 

 ゼーダスが構築していた代物に似ていた。

 

 それよりもやたらと大きく500mクラスの船舶である。

 

 船上に備えられた防衛設備が後から据え付けた事は見れば分かるようになっている辺り、改造は道半ばであった。

 

「どうして、こんな加速を?」

 

『はは、厄介なお客さんが来てるが、恐らく聖域と呼ばれるこの地域の奥までは来ないはずだ。つくづく理事会の周到さには頭が下がる。コレが単なる要塞を送るだけだったら、我らは死んでいるな』

 

 管制室内部のディスプレイには遥か遠方を映す光学望遠レンズの光景が映り込む。

 

 そこには金髪の少女が一人。

 

「ッ―――追って来られた!? この短時間で!!? あの馬鹿みたいな量の足止めを食い破って来た?!」

 

『ほら、君を送り出す時に言っていた通り、過剰ではなかっただろう? 安心したまえ。恐らくだが、深追いは……緊急コード!!』

 

 ステスが叫んだと同時に左側の船の一部装甲表面が僅かにうねり、スタビライザー……サブの姿勢制御用の排気機構から爆風に近いものを発射した時、予定進路上を猛烈な光線が過ぎ去り、それと同時に左舷のトーチカが爆散。

 

 衝撃に船体が傾きながら東部方面の岸壁側へと向かって消えていく。

 

 しかし、速度は殺せないままだった為、あっという間に距離は離されて行った。

 

「(TωT)こちらフレイ。これより帰還する。奪取されたエルダイバーの破壊を確認」

 

 瞬時に蜘蛛形態に戻った黄金蜘蛛は今まで辿って来た道のりに張って来た糸に己を引っ張らせ、横に置いていたエルダイバー用の火砲が融解して跡形もなく溶けるのを確認し、そのまま高速で北部へと戻っていく。

 

『大丈夫かね?』

 

「……安全な場所に備えられている貴方には劣りますが、一応」

 

 レジーナが倒れていた体を起こす。

 

「船体が吹っ飛ばされたかと思いました……ぅ」

 

『すぐにドローンが来る。医務室へ向かいたまえ』

 

「船体のダメージは?」

 

『解析中だったエルダイバーのいた区画が要塞部分のトーチカの誘爆で粉々になった。ブロック毎廃棄して、作り直した方が早いな。その他はちょっと装甲が煤けた程度だ。さすが神の加護、同じような波動が検出されているが、威力を1割程度まで軽減してくれたようだ』

 

「……1割でこの有様ですか?」

 

『残念ながら攻撃力で言えば、君に渡した重粒子線砲の凡そ32倍の威力だ』

 

「さ……聞かなかった事にしておきます」

 

『そうしてくれたまえ。君のアレも一門で戦艦一隻分くらいのコストなのだがな。それでもこれ程の威力の隔たりがあるとは……魔力運用体系を数百年前からまともに発展させてすら対抗出来るのものなのかどうか……』

 

 こうして煙を曳いて流されていくエム大陸の希望となるかもしれない巨大な船は東部と聖域を隔てる王群が屯する領域へと消えていくのだった。

 

 *

 

 ガシン・タラテント。

 

 蜘蛛達の通称は樽の人。

 

 もしくは知人からの評価は苦労人。

 

 少年に初めて黒蜘蛛の巣の建造を任された時から始まった霊力供給の仕事はもはや青年にとってはライフワークと化しつつある。

 

 先日までは加工前のゾティークの原材料に大量供給していたが、今や黒蜘蛛の巣の猛烈な建造を終えた青年は完全に霊力の変質を終えていた。

 

「………」

 

 少年が彼に事前に与えていた第三神眼や諸々の霊力系の呪紋の修練も万全。

 

 もしもとなれば、魔力供給過多の呪紋で一人軍隊並みの火力も出せる。

 

 多腕になった後、青年を見た者の多くはこう思っていた。

 

『う~ん。何か一味足りない料理みてーなヤツだな』

 

 それもそのはず。

 

 少年が只管にやらせた霊力排出による実益を兼ねた建造業は直接的に青年を強化するものではなかったし、忙しい時は1日22時間くらい霊力関連の放出系業務に狩り出されていた彼が戦闘技術を磨く事は殆ど無かったのだ。

 

 仲間達が次々に強くなる最中。

 

 1人だけ超火力呪紋が出せる以外のアイデンティティーが無い状態だったのだが、それすら近頃はリリムにお株を奪われ……近距離戦をする事も殆ど無い状況から影が薄かった。

 

 しかし、彼がとある頃から雰囲気が全体的に何か変化した事を多くの者は感じていた。

 

 今の彼の評価はこうだ。

 

『アレが遠征隊の実質的トップ……ガシン・タラテントか……貫禄あるなぁ』

 

 この差が何なのか本人が最も分かっているに違いない。

 

 青年の霊力を近頃ちゃんと見た者は無い。

 

 それはつまり霊力の放出と回復を繰り返し続けた彼がその扱いを心得たという事に他ならない。

 

 霊力の完全掌握。

 

 制御率100%の実力は黒蜘蛛の巣の建造の末に出来たもの。

 

 つまり、黒蜘蛛の巣の建造を限界まで極めさせた少年の知見は正しく。

 

 青年は今やゴライアスに勝るとも劣らない神に近しい魂を持つ存在と化していた。

 

「……ったく。隕石騒動が騒がしいって時に今度は神の使徒か」

 

 彼が新人類アークの拠点があるニブルヘイム近隣に最も近い黒蜘蛛の巣の頂上で佇んでいたのは遂に開始された神々の直接の部下の襲来を察知しての事であった。

 

 北西部近辺の抑えとして遊撃を担っていたルーエルが重症で離脱中の最中。

 

 彼の目の前に迫って来ていたのは巨人の群れであった。

 

 ただの巨人ではない。

 

 旧いフルプレート姿のバケツみたいな兜を被る騎士。

 

 全身鎧に鋼の翼を持つ神の力を供えた100m近い全高の巨人達がワラワラと集まって来ており、その初めて見る“敵”が一体一体が使徒クラスの魔力と能力を備えた小さな受肉神並みの存在だ。

 

 そう理解する彼は比べれば小さな体躯で肩を竦めていた。

 

「一気に攻めて来たな。つまりは波状攻撃って事か?」

 

 アーク軍が役に立たないと感じたのかどうか。

 

 次々にニブルヘイム経由で送られて来た各大陸の戦力が島の侵食を開始しているせいでここ数日は最も時間差が大きい最前線地帯は騒がしい。

 

 とにかく厄介系な敵が押し寄せて来て、宝石蜘蛛達が対処で一杯一杯。

 

 未だ生まれたばかりで連携訓練を実地で行っていない彼らはこの機会にそういう手合いを相手とした戦闘で実力を底上げしていた。

 

 だが、それでも限界はある。

 

 南西部元アルマーニア首都がある地域一帯は今や激戦地としてアーク軍の支援としてやってきた戦力による独自侵攻計画が多発。

 

 100万規模の非人型生命体達の静かな攻勢が続いており、分かり易く無い侵攻方法が多過ぎるせいで侵食された戦線の内側に敵が張り込む始末。

 

 そして、その侵入を手助けし、分かり易い大攻勢にして陽動たる巨人の天使が遂に黒蜘蛛の巣の攻略に向けてやって来ていた。

 

「はぁぁ……あいつらが戻って来るまでに全部片付けておかなきゃな」

 

 次々に宝石蜘蛛達の隙を縫って内陸部へと進出する勢力が天使達の大攻勢の横でこっそりと浸透しているのは青年にも感じられていた。

 

「捕捉……ま、こんなもんか」

 

 その数、50万弱。

 

 その勢力の一つがルーエルが絶滅させた危ない寄生生命体とかなのだ。

 

 他にも金属生命体やら呪霊に化ける霊力生命体。

 

 変わったところでは群体生命などもおり、とにかく拡散して侵攻してくる為、宝石蜘蛛達も防衛ラインを多重に敷いて、一々広域の敵を焼き払うやら破壊するやら事実上の駆除業務に忙しい。

 

 このような人間的な生物ではない存在が嗾けられているのはどう見ても新人類アークに対する二の轍を踏まないようにとの配慮からだろう。

 

 実際、個体数が多いとか苦労する。

 

 隠蔽能力に優れる系統の敵は正確な数が分からず。

 

 戦線で蜘蛛にし過ぎると黒蜘蛛の巣の魔力産出限界をオーバーする可能性が高く。

 

 蜘蛛達の生命を維持する為の物資の類を延々と増やせねばならなくなる可能性すらあった。

 

「さて、と。やりますか」

 

 ガシンが進行してくる使徒の群れにゴキゴキ手を合わせて骨を鳴らし、少し体を左右に振って柔軟をした後。

 

 一番に黒蜘蛛の巣に岩塊を投擲しようとしていた巨大な鎧の天使に向けて虚空を歩き始めた。

 

 それを見た敵がガシンに向けて10m以上あるだろう岩塊を投げ付ける。

 

 質量×加速×神の力である。

 

 一撃でも当たれば、並みの生命体は衝撃で吹っ飛ぶ。

 

 音速を遥かに超えて彼に直撃するのを見越して、耐久中に攻めなければと屈んで地表の岩をえぐり取って投げ付ける巨人が多数。

 

 猛烈な岩塊の投射が虚空の一点に向かい。

 

 その爆発で周囲に猛烈な衝撃波が奔る。

 

 黒蜘蛛の巣が周囲に放っている見えない糸の壁が岩塊の微細な粉末で土煙に覆われ隠れていくが、蜘蛛達は何ら焦る事無く。

 

「(´・ω・)(やっぱり、樽の人を名誉ちちの人ににんてーしても良いが気がするという顔)」

 

 攻撃を受けたガシンのいる土煙に覆われた地点を見ていた。

 

 風が吹く。

 

 しかし、黒蜘蛛の巣の手前から歩き続ける青年の歩みは止まっていなかった。

 

 ついでに言えば、当たったはずの岩塊も見えなかった。

 

 天使達が一斉に遠距離攻撃は無駄だと悟って突撃し、その腰に履いた長大な70mはあるだろう剣を振り上げ、ガシンに斬り掛かる。

 

 その攻撃は正確無比に対格差が有り過ぎる青年に直撃。

 

 しかし、その途端、ギュボッという音と共にその全身フルプレートの天使の巨人が消え去った。

 

 一体、どんな攻撃方法なのかと彼らが瞬時に攻撃へと神の力を渾身の力で込めて攻撃する。

 

 その斬撃の威力ならば、恐らく黒蜘蛛の巣であろうとも受け切れずに破損するだろう。

 

 しかし、神の力を込めたソレが再び青年に当たった瞬間。

 

 その天使が掻き消えてしまう。

 

 合計で4体が同じ目にあって消失し、天使達が思わず距離を取って背後に跳躍した。

 

 それだけで周囲の大地は猛烈に震えた。

 

―――!!!

 

 近接戦闘は不利と悟ったのか。

 

 今度は天使達が高らかに人の耳では聞き取る事も出来ない詠唱で虚空に巨大な神の力の球体を作り上げ始める。

 

 力の集合体は正しく彼らの全長を遥かに超えて4km近くまで上空で膨れ上がり、直撃すれば、黒蜘蛛の巣が丸ごと消し飛ぶ代物。

 

 無論、蜘蛛達にしてみても宝石蜘蛛アレキサンドの防御が無ければ、耐久は不可能の広範囲攻撃であった。

 

 ソレがガシンに一斉に落ちて来る。

 

 黒蜘蛛の巣と共に消滅させようという単純明快な力押しであった。

 

 しかし、ガシンは声一つ上げる事無く。

 

 その神の力の球体。

 

 近付くだけで数万度近い熱量で生命体ならば蒸発するだろう一撃を生身で受ける。

 

 そして、呑み込まれた刹那。

 

 ギュボンッという音共にやはり攻撃が掻き消えた。

 

―――?!!

 

 さすがに天使達がその攻撃までも消されるとは思っていなかったのか。

 

 恐慌状態で虚空を歩いて来るガシンにやたらめったらに周囲のものを投げ付け始めたが、地面を抉り投げ、剣を投げ、兜すら投げて、その下の恐怖に染まった顔で虚空の青年に絶叫する姿は明らかに人智を超えた存在が更なる理不尽に恐れ戦く絶望的な戦闘である事を……ニブルヘイムから出撃していたアークの観測部隊や他種族の者達に理解させしまった。

 

「【融霊肢】」

 

 ザァァァッと風が吹いた瞬間には天使達がやはりギュボッというような独特の音と共に消え失せていたが、青年の言葉を聞いた者はいない。

 

 何をどうしたと言うのか。

 

 何がどうなったと言うのか。

 

 まるで見ていた者達には理解不能であった。

 

 蜘蛛達すら呟きは聞こえていたが、霊力の腕は何処なん?という顔でキョロキョロしている。

 

 だが、南西域の上空から地域を見やる目。

 

 近くの滑走路から飛んできていたドラグリア・ロゼだけはその現象を遠方の空から観測していた。

 

 地域をすっぽり覆い尽くしている霊力の領域。

 

 あまりにも巨大過ぎて環境にしか見えず。

 

 それ故に相手が内部にいる限り、霊的な濃度が高い場所としか分からず、気付く事すらない巨大な霊体は明らかに人の領域を超えている。

 

「ば、馬鹿な……あんな規模の力の行使が可能なのか!!? ガシン・タラテント!!? 遠征隊副隊長は伊達と酔狂ではないわけか!!?」

 

 顔を歪めてヴァルハイル兵が顔を引き攣らせたのも無理は無い。

 

 南西域全土を覆う霊力のドームを彼らは見てしまった。

 

 遠方からならば観測機器の助けも借りて良く分かる。

 

 ガシンのいる地点を中心とした数十㎞にも及ぶ領域そのものが彼の霊体、霊力の内部であり、あらゆる物質が彼の周囲では全て掌握可能。

 

 神の力ですらも物質に作用する限り、物質からの影響を受けている。

 

 神の力を超える霊力掌握ならば、神の力そのものが宿った物質を制御し、相手から奪い取り、物質に封じ込める事も可能。

 

 霊力による質量の掌握は同時に呪紋の行使を霊力の中で行う事から思考速度で可能という事であり、呪紋の行使速度は神速。

 

 どう考えても受肉神並みの能力であった。

 

 これが外界からしか分からないのだから、幾ら天使とはいえ、どうにかなるはずもない。

 

 今やガシン・タラテントの霊力は肉体を完全に逸脱し、環境そのものとして島の広大な地域を覆い尽くし、内部の存在の一切合切を霊力掌握可能なまでに極大化した“殺し間”となっていたのである。

 

「器廃卿閣下が負けるわけだ……こんな化け物達とあの方はたった一人で……」

 

 呪紋の中でも青年が変質する事になった始まりの呪紋は今や彼が存在する世界そのもの、手足として動かせるというよりは領域内の全てを掌握する。

 

 実際には物質掌握そのものが防御手段であって攻撃手段、本来の呪紋は相手の魂を自分の魂である霊力に融かして同化するものだ。

 

 それが普通の生物のみならず。

 

 神の力を持つ生物の大半にも可能となったのである。

 

 それはつまり呪紋が個人による資質によってより高次のものに変質したという事実であり、新たなる呪紋体系を形成する。

 

 最強の【広域環境型呪紋】とでも呼ぶべきだろうものへと変貌したのだ。

 

 それを記すように彼の背中のレキドの印もまた変質し、複数の色合いを示していたキューブが黄昏色へと変貌し、その中央には一文字の譜律が記されていた。

 

 それは青年だけに許された呪紋。

 

 呪霊属性融合呪紋【融界者】。

 

 どんな存在も大抵は抹消出来てしまう点でもう尋常の存在はガシン・タラテントを相手にしても、どうにもならないという事であった。

 

「遠征隊の副隊長に援軍など不用か……こちらドラグリア・ロゼ032……敵軍の全滅を確認。観測後に帰投する」

 

『こちら南西管区広域管制。呪紋感度良好。速やかに帰投せよ』

 

 消えた天使達のいた地点には煌めく1cm程の宝石のようなものが落ちていた。

 

 ソレが霊力による物質の制御と掌握を限界まで推し進めた末に出来る物質だと理解出来る者はまだおらず。

 

 その表面には封印の呪紋が施され、神の力を完全に封じていた。

 

 それらを次々に青年の配下の蜘蛛達が地下に伸ばした糸蜘蛛で回収している。

 

 恐れ戦くニブルヘイムから出撃していた種族達が潮が引くように逃げていく。

 

『こんなの勝てるかよ。勝てるわけねぇよ!? なぁ!? 消えるって何だよ!!? 何なんだよぉ!!?』

 

『ひ、ひひ、神の力よ!! 我らをお助け下さい!! あの全てを消し去る悪魔から我らをお守り下さひぃぃぃぃぃぃ!!?』

 

『にげ、逃げなきゃ!? 逃げなきゃ死ぬ!? 銃殺なんて怖くねぇ!! 消えちまうよりはいい!!?』

 

 しかし、どれ程に早い生物でも空気のように世界を覆う霊力内部から逃げるには時間が足りなかった。

 

 南西部全体を覆い尽くしている青年の霊力から逃れられる者は存在せず。。

 

 ルーエルの業務が停止した事で蜘蛛達の処理限界が近いと知っていた青年はその自分の霊力内部を通る新人類アーク以外の全ての敵を霊力掌握による圧縮で物質的な限界を超えて凝集。

 

――――――。

 

 存在の小さいモノは米粒以下の塵の如き宝石と化し、霊力や神の力が多い者は米粒程の大きさの宝石と化した。

 

 それはよくよく見れば、分かったのかもしれない。

 

 しかし、あらゆる存在が掻き消えたように見えた者達は恐慌状態で絶叫し、ニブルヘイム内にいなかったほぼ全ての種族を突如として消失したように見えた。

 

 そうして、残されたのはアーク軍だけであり、それ故にアーク軍の現在の多くの者達は英雄の言っていた軍が消えた、消されたという事実を実感し、絶叫した。

 

『あ、ぁ、あ、うわああああああああああああああああああああ―――』

 

『ひ、ひぃ!? 消えちまった!? 消えちまったぁああああ!!?』

 

『こ、此処は地獄だ!? 何だ!? 何だってんだよぉおおおおお!!?』

 

 ニブルヘイム内の者達は先日の蜘蛛達による戦力の消滅に続く二度目となる消失。

 

 援軍の完全なる消去を直に見てしまった。

 

 アーク軍はとある偽英雄との契約で無事だったが、その精神までは面倒を見る事も無いわけで、発狂したアーク軍の将兵が恥も何もかなぐり捨てて、次々に転移用のゲートに殺到。

 

 ドミノ倒しになりながらも逃げる事を選択する者達の恐慌は憲兵すらも巻き込んで神の庭を大混乱に陥れたのだった。

 

 残された種族達はアークの発狂した兵と同じように逃げようとゲートへ殺到し、互いに邪魔だと攻撃合戦にまで発展。

 

 この島に来た事を後悔しつつ、誰もが気を失ったのである。

 

「はぁぁ、働いた働いた。帰るか」

 

 虚空で伸びをした青年が天使達や他の大粒の宝石の類は全て糸蜘蛛が回収したとの連絡を受けて、そのまま踵を返した。

 

 彼にはまだ仕事が残っている。

 

 一番近い黒蜘蛛の巣に帰って来た彼が中央塔の地下にやってくると糸蜘蛛で集められた大量の宝石が山となって積み上げられていた。

 

 と、言っても精々が10m四方の部屋に半分くらいのものだ。

 

 あまりの凝集率に殆ど米粒以下のものばかりだったのだ。

 

「(・∀・)(それってどーするの?という顔)

 

「ああ、必要なのはオレの食事にする。対象の霊力をそのまま食う感じだな。一部のあの馬鹿デカイ天使共だけだが……」

 

 霊力掌握による物質制御を超広域で展開し、高速掌握からの凝集を行った結果。

 

 炭素がダイアモンドになるように物質は煌めく宝石のような構造体となる。

 

 霊力掌握構造体はこの世界の物質の中においても原子そのものが変化した代物だ。

 

 より重い物質として安定化しており、更には重力の影響が少ない為、重量も落ちるという状態となる。

 

 つまりはゴライアスの肉体の原材料のように思えば間違いないだろう。

 

 これは魂の構造を破壊して、完全に均一な霊力として閉じ込めた檻にも等しく。

 

 生物を凝集したものならば、その霊力が丸々残った人工白霊石のように使えた。

 

 青年はチラリと宝石の山を見て、不可糸を用いて内部から複数個引き上げる。

 

 全て天使達を凝集した代物であり、ガシンの更なる能力強化に必要な素材だ。

 

「他は全部お前らにするなり、補給物資にするなり、好きにしろ。こっちは神の力の塊みてーなもんだ。オレが食っとく」

 

 青年が自身の口にその宝石を放り込んで嚥下する。

 

 すると、すぐに青年の腹部が少し膨れた。

 

「神魂位。黄金霊とやらまでどれくらい掛かるんだか……」

 

 青年は静かになった南西部に再び敵が来るまでは業務でもしていようと別区画の倉庫に向かう。

 

 そこにはゾティークの原材料である白霊石の巨大な石板が無数に置かれており、整形前の板の表面には戦勝記念通貨と銘打たれていた。

 

「お前ら……こういうのは勝ってからやれよ……」

 

「( ̄д ̄)(いつの勝利を祝っても良いのでという顔)」

 

 こうして今日も樽の人は仕方なさそうに増えた分だけ霊力の質を上げつつ、高額通貨に霊力を注ぐ。

 

 その色合いは二種類。

 

 緋色ではなく。

 

 黒と蒼であった。

 

 彼はもうとっくの昔に緋霊の階梯を通り越していたのである。

 

 *

 

 オーダム・ダウスナーはエル大陸東部に程近い南部寄りの寒村で生まれた。

 

 年中生温い潮風が吹く街は何処の国も自国領に取り込まないような僻地であり、そこに村がある事すら周辺地域の者達は殆ど知らなかっただろう。

 

 複雑な海流が付近を通っている事で魚は豊富であったが、それ以外の産物がまったくない海はその海流のせいで余程の腕利きでなければ、船を沈められるという曰く付き。

 

 幼少期から素潜りで生計を立てた少年は父も母も流行り病で亡くしてからは単なる海に潜る子供としていつ死んでもおかしくなかった。

 

「………」

 

「(´・ω・`)(どうしたの船長?という顔)」

 

「ん? ああ、昔の事を思い出しててな。故郷にいた時は腹一杯に喰えるもんが海のもんしかなくてよ。貝や海藻を良く焼いて食ってたんだ。でも、薪が高くて、焼くにも一苦労だったのさ」

 

「( ^ω^ )(船長って案外苦労人……という顔)」

 

「そう思った事はねぇな。だが、この歳になってようやく身に染みるもんもある」

 

「(・ω・)/(海水とか?という顔)」

 

「ははは!!! そうかもしれねぇな。それにしても処女航海からこっち海もロクな出会いが無いってのもどうしたもんか」

 

 黒鉄の戦艦。

 

 旧き時代の船。

 

 ノクロシアの遺産の最中。

 

 呪紋で改造された艦の制御室。

 

 操舵輪を一つ新設した以外は殆どそのままの状況で使われるコンソールが密集する中央管制室で男は艦長席からソレを見つめていた。

 

「で? アレは何だと思う?」

 

「(>_<)(顕現したばかりの受肉神です。本当にありがとうございました!! 帰って欲しいです!!という顔)」

 

 壁の大型ディスプレイに見えるのは全長4km以上になるだろう巨大な魚の如き何かだった。

 

 最初こそクジラかとも思った者もいた。

 

 しかし、ソレは北部海域から少し離れた場所に突如として海水を突き破るようにして遥か深海から出て来たのだ。

 

 その割には海がまったく揺れず。

 

 その黒々とした何かはすぅっと海上に現れた。

 

 しかし、それが単なる嵐の前の静けさである事を艦に載っている者達は感じていた。

 

「オイオイ。確かあの大岩が落ちて来る時に来る神は一人だって話だっ―――」

 

 言ってる傍から動き出した巨大な島の如き陸地が叫びを挙げた。

 

 猛烈な衝撃により、大海の一角が完全に露出し、これが普通の艦ならば、真っ逆さまに墜落して無事死亡。

 

 例え、外殻があまりにも硬く破損せずとも中の人はグチャグチャのミンチになる手はず。

 

 と、多くの者は思うだろう。

 

 しかし、そんな予想は現実に裏切られる。

 

 大海が消え失せた最中。

 

 わざと海水だけを周囲から退けた黒い巨大な浮かぶクジラのような何か。

 

 それと同じように浮かぶ艦は正しく神世の船。

 

「( ̄▽ ̄)(艦の慣性力制御航行を確認。ぶっつけ本番に強い海の蜘蛛ですという顔)」

 

「落ちねぇだけマシか。だが、明らかにあのデカブツは不機嫌そうだな」

 

 クジラが唸り声を上げながら、周囲から海水が消えた領域の最中で僅かに体をうねらせた。

 

「高速航行に入れ」

 

 蜘蛛達が瞬時に黒鉄の戦艦の背部。

 

 X舵を囲う輪の部位から猛烈な爆風とも呼べるような運動エネルギーが放出される。

 

 瞬時に秒速300m程まで加速した艦が領域の周回軌道に入る。

 

 今まで艦があった空間には次々に水の細い線のようなものが上下から大量に降り注ぎ貫通しており、攻撃が開始された事は間違いなかった。

 

「この加速……オレがこの体じゃなかったら、気ぃ失ってるな。がははは」

 

 上機嫌にオーダムが室内の壁面に移る敵だろう巨大な海の怪物に目を細める。

 

「艦隊なんぞ率いてたら、部下共も死んでたな。こりゃ……お前らぁ!! 艦主砲はまだだ!! 副兵装だっけ? 何かスゲーのあったろ。アレ使えアレ」

 

 オーダムの大雑把な指示に蜘蛛達がすぐに反応した。

 

「(/・ω・)/(あいあいさーかんちょーという顔)」

 

 蜘蛛の一匹がコンソールに前脚を接続しながら光らせる。

 

 すると、彼らの全面ディスプレイに兵器の仕様らしきものが映し出された。

 

 簡易化された艦側面から放出された何かが瞬時に丸い輪を潜って消えると相手のあちこちの方角からほぼ至近で着弾するという類の代物らしい。

 

 簡易の絵による説明でも十分に分かり易いだろう。

 

「えぇと、音声入力?」

 

 オーダムの艦長席前の虚空に文言が浮かび上がる。

 

「跳躍砲雷撃戦用意。全副砲開門。放射用意。打ち方始め」

 

 オーダムが読み上げた途端だった。

 

 艦船の側面の走行がまるで鱗の如くスライドして潜るように格納され、その内部から僅かに迫り出した宝玉のような色合いの部分が埋まっているブロックが僅か迫り出し、キィンと光を少しだけ発したような、静かな音と共に攻撃を開始した。

 

 その音色が連鎖し続ける。

 

「あん?」

 

 オーダムが目を細めると艦長席に自動で望遠映像がズームアップされた。

 

 クジラの下部が全面的に脱落していた。

 

 脱落と言ってもほんの僅かなものだ。

 

 質量が消し飛んだような跡から次々に崩落が起り始め、崩落の原因が相手の下部表面付近に出来た歪みから放たれている何かだと彼にも分かった。

 

 だが、その何かがまるで見えない。

 

「そういや、演習では撃つ真似だけだったが、実際この兵器って何撃ってんだ? 砲弾とか言うのじゃねーのか?」

 

「(´・ω・)(……ええと、当たってるのは恐らく【自動探索式限定核力消失弾(バニシング・シーカー)】とか言う定理異常兵器の類かな? あ、これ砲弾要らないんだ。へぇ~~という顔)」

 

「何か良く分からんがこのまま倒せる……わけないか」

 

 オーダムの見る映像では崩落した神の肉体が脱落する周囲が大きく膨れ上がり、脱落よりも早く再生を開始していた。

 

 まるで脱皮のように自分の一部が切り捨てて高速で増殖しているのだ。

 

 そのせいで海水の無い海底には猛烈な速度で神の残骸らしき青黒い汚泥が溜まり、山の如く積み上がりながら周囲に広がり続けていた。

 

「相手の体をちょっと削ってるだけか。何かショボくねぇか?」

 

 オーダムの言葉は的外れだ。

 

 実際には神すらも再生を余儀なくされてしまう力であった。

 

 というか、蜘蛛達にしてみれば、あの規模の恐らく大神相手に質量を削れるだけ優秀な兵器。

 

 こんなのが数百隻単位でプカプカとニアステラの桟橋に浮いていると知れば、多くの国家は彼らに何も言えなくなるだろう。

 

「つーか、まだ攻撃が追って来てるな。相手の捕捉能力が低いのか?」

 

「(T_T)(こっちの隠蔽能力が高いだけなんだよなーという顔)」

 

「(゜∀゜)(ま、この船が別次元領域限界ギリギリに格納。いや、沈んだまま高速航行してるからねという顔)」

 

「(+_+)(つーか、異相次元そのものを周辺に生み出して周辺領域と融合、殆どの攻撃を遮りながら、次元間移動してるとか。まだ良く分からん仕様だよねという顔)」

 

「(´-ω-`)(う~ん……要は極小規模な宇宙の生成による拡大するインフレーションを前方に進む力。いや、空間の拡大って波に載ってるって扱いで船体座標を動かして、宇宙の収縮で後方を消しながら空間にあったエネルギーを通常次元に廃棄して更に慣性力を生み出す、みたいな推進方法だから……分かり難いよねという顔)」

 

「(;・∀・)(要はそれって真空崩壊の類で消えた世界から物理量回収して放出してるって事だよね?という顔)」

 

「(´ー`)(魔力を点火プラグにした極小宇宙の生成……【次元領域生成炉心(ディメンジョン・バース・リアクター)】とでも言うべき代物だね。世界を生成し崩壊させる事で推進力と防御力とエネルギーを同時に産む理論なんて誰が考えたんだろうかという顔)」

 

「(;一_一)(ま、取り合えず、並みの神の攻撃ならある程度防げるでしょ。圧倒的な高次元からの干渉が無いと船体破壊するのも無理じゃね?という顔)」

 

「あ~ごちゃごちゃ言ってねぇで目の前の敵に集中しろお前ら」

 

『(/・ω・)/(はーいと返事する船員系蜘蛛一同の顔)』

 

 オーダムが良く分からんという顔になりつつも、クジラ神による上下からの水による超水圧の薙ぎ払いを紙一重で避けながら周囲の横の海水面ギリギリを旋回する船でどう攻めたものかという顔になり、一応全部目を通していた積まれている兵器類の中から良さげなものを思い出した。

 

「えっと、ほら。何か艦首横に付いてたんじゃねぇか? あいつがもしもの時以外は使うなって言ってたヤツ」

 

「(/・ω・)/(そ・れ・だ!!という顔)」

 

 蜘蛛の1人が早速コンソールを操作した。

 

 艦首横の本来は錨でも下ろしそうな少し窪んだ場所に転移らしい薄い光が灯る。

 

「!!?」

 

 途端だった。

 

 船が急旋回し、瞬時に相手の左右上下から襲ってくる超水圧の水圧カッター的な三次元攻撃に神の力が載ったソレを回避しながら艦首から装甲前面に掛けて薄い魔力の転化光による幾何学模様が奔る。

 

 その色合いは蒼。

 

 同時にオーダムが自分の手前に呼び出された名前を叫ぶ。

 

「【零除算虚解式(ターミネーション・ゼロ)】!!」

 

 コォンという氷を硬い地面に落としたかのような澄んだ音色が響く。

 

 ソレが艦首が神のクジラに向いていた時、ドッと神の質量の7割近くが崩落した。

 

 超規模質量の脱落から来る巨大地震が周辺域に木霊し、周囲の海水の壁を撓ませる程の威力を発するが、それでも海域外部への影響はほぼ無かった。

 

 それはつまり神にとって今の攻撃は致命的ではない事を示唆している。

 

「(・ω・)(う~ん。旧き者の言語の名前は一々かっこいーなーという顔)」

 

「(;゜Д゜)(脱落部位を確認……あ、これも定理異常兵器だわという顔)」

 

「(^∀^)(無理やり相手の物質に働く定理演算に特定座標だけ強制終了掛けてる。宇宙の定理そのものへの干渉……さすが旧き者の戦船。一体これで何と戦ってたんだかという顔)」

 

「( |ω| )(他定理で出来てる神そのものには効果が無くても、物質と定理側の齟齬で掌握物質をそのまま現実で保持出来ないのねという顔)」

 

 言ってる傍から再生しようとしていた神の肉体が蠢きながらも増える事もなく。

 

「(/・ω・)/(掌握物質の物量を無力化出来れば、受肉体そのものを抹消可能だね。ごーごーおーだーむという顔)」

 

「撃ちまくれ!! とにかく奴さんの体がデカ過ぎる。主砲だの何だのは小さくしてからだ!!」

 

 掌握していた肉体の質量が減った結果か。

 

 瞬時に今までの水圧カッターの威力と速度と数が数倍まで跳ね上がった。

 

 それに加速で対応した艦内では蜘蛛達もちょっと壁に脚を付けて慣性に耐えていたが、オーダムの顔はかなり百面相のように歪んでおり、無茶な回避によって席から吹き飛ぶ事は無かったが、明らかに蜘蛛達の地上移動レベルの加速力に口も開けぬ様子となる。

 

「(゜-゜)(敵の変形を確認。竜みたいな魚になったっぽいという顔)」

 

 脱落した質量をそのままに虚空で今も艦の副砲で削り続けられていた大神が変貌し、全身を流線形の鱗で鎧われながら、人型の竜……もしくは海洋生物の鰭や翼のように変化した腕を持つ魚竜とでも言うべきだろう姿に変貌していた。

 

 瞬時に動き出した100mクラスの怪獣の如きソレは音速を超えて艦を追跡し始める。

 

 嘗てボクっ子人魚な使徒が形作っていた集合呪紋の怪物に似ていたが、その秘められた力は遥かに上回っていた。

 

 その鱗には無数の白い幾何学模様の文様が映り込んでおり、クリスタル状のソレに着弾する艦の副砲の攻撃が効いていないようであった。

 

「(゜д゜)(さ、さっそく魔力系の防御で副砲が効かなくなってる。さっきのターミネーション・ゼロは範囲指定攻撃だから、移動してる敵には早々当たらないっぽいという顔)」

 

「かぁまわん!! こぅおのぉまま機動せぇんだぁ!!?」

 

 顔が滅茶苦茶歪む加速力を維持しながらの指示にアイアイサーと蜘蛛達が次々に自分達の演算力を駆使して、コンソールから艦全体のシステムに指令を送る。

 

 芸術的な慣性をガン無視した機動力で子供の落書き染みたランダム回避軌道を取りながら、無限にも思える程に増加した水圧カッターの群れの内部を潜り抜け、副砲で牽制しつつ、相手に追跡されるままレース染みて背中を取り合う機動戦法を取った。

 

 戦艦でドッグファイトなんて正気の沙汰じゃない。

 

 と、ツッコミを入れる運命の女神はおらず。

 

 現前と存在する神と蜘蛛達の演算力勝負は武器の点で明らかに蜘蛛達の方が押し負けているのは間違いない。

 

 幾ら古代兵器の類とはいえ。

 

 それでも旧き者の兵器は威力が変わったりしないのだ。

 

 しかし、神の方はそれに柔軟な対処で防御方法を既に編み出している。

 

 手札はまだ全て切っていなかった蜘蛛達であるが、大神レベルの敵相手に有効打に成らない札は伏せておくのは戦術の内であり、幾らオーダムを呪紋で強化しても艦の性能自体が変わらない為、一隻ではさすがに大神にはまともな方法では勝てない事を理解していた。

 

「( `ー´)ノ(右舷甲板と左後部甲板にひだーんという顔)」

 

「( ̄д ̄)(修復完了まで40秒という顔)」

 

「(´・ω・)(演算力が拮抗してても、武器と柔軟な対応力の差で押し負けてるという顔)」

 

 幾つかの直撃弾が船体を捕らえたが、致命傷にはならず。

 

 加速を維持したままだった艦であったが、明らかに形勢が悪くなっていく。

 

「(´ρ`)(例の作戦の準備できまひたと半分溶けたような熱ダレした顔)」

 

「お前らぁ!! あのバケモンがそろそろ仕掛けて来るぞ!! 攻撃の隙を伺って主砲当てろ!! 一発勝負だ!! 死ぬなよぉ!!」

 

「(・∀・)(あいよ。せんちょーという顔)」

 

 オーダムが機を見計らって遂に相手の仕掛け時を予知染みて感じ取り、艦を主砲の発射態勢へと入らせる。

 

 蜘蛛達からコンソールに流れる魔力が黒く変質していく。

 

 その時、壁一面からディスプレイ映像が消えて、あらゆる演算力が艦内部のシステムが蜘蛛達の脳裏だけで動くエコなモードに切り替わる。

 

 赤黒い壁一面に走るオーダムには読み解けない譜律の濁流は蜘蛛達が艦システムを制御する為に彼ら独自で生み出した艦掌握用のシステム・カーネル。

 

 呪紋というよりは集合呪紋に思紋演算機関を足したプログラムに近かった。

 

 ガゴンッと艦中枢から下の区画において大きな音が響いた。

 

 それと同時に艦の側面中央部から罅のようなものが奔り、艦内部が開口していく。

 

 それは明らかに不合理だ。

 

 艦内部が見えるという事は攻撃が直撃すれば、撃沈される可能性すらある。

 

 しかし、開いて横に割れていく艦中央部は?み合わせられたロックが開き終わった。

 

 弱点は丸出しという事であった。

 

「艦主砲射撃用意―――砲撃手!!」

 

「(^_^)/(射撃導線用レーザーマーカー起動開始)」

 

 敵は背後にいる。

 

 普通にやってはどうやっても照準用の導線確保は無理だろう。

 

 しかし、大神は追い続けながら、その艦の本当の姿を見ていた。

 

 遥か古の時代。

 

 今の神々が生まれるよりも旧き時代。

 

 旧き者達が何かと戦っていた時、使われていた兵器。

 

 それは正しく神の如き者を殺す為の力であった。

 

 艦が上下に開き切った時に見えたのは制御用の巨大な炉心だ。

 

 炉心と言っても現実には存在しない。

 

 否、物質的には存在しないと言うべきだろう。

 

 それは少年がレザリアの腕に融合させた元々の剣と同じく。

 

 高次元領域に存在が置かれたシステム。

 

 今の蜘蛛達でも解析には時間が掛かりそうな何か。

 

 宇宙を創生し破壊する力。

 

 究極の天上天下唯我独尊。

 

 世界を自在とした末の技術であった。

 

「( ゜Д゜)(炉心四次元領域に露出!!という顔)」

 

「(/・ω・)/(次元下降現象に伴う積層虚数バッテリーにエネルギーゲインを確認という顔)」

 

「\(゜ロ゜)/(よっしゃぁああ!!! ディメンジョン・フェイズシフト!!! オーバードライブ!!!という顔)」

 

 現実に高次元から降りて来る炉心が高次元の存在そのものが低次元に降りて来た時に発生する巨大なエネルギーを炉心周辺に収束する。

 

 それはまるで虹色にも見えた光の帯を曳いていく。

 

 同時に艦外装が全て放熱版のように一つ残らず毛羽立ち、鱗を艦首を集めて後方に開いたような形状と化した。

 

「艦首反転。一撃で決めるぞ!! 【終末者砲(ピークアウト・ディストリビューター)】!!!」

 

 艦首が一瞬で反転する。

 

 分かれた艦の上部のみがクルリと回転したのだ。

 

 瞬時の出来事に神が反応を示すより先にその口から極大の神の力を込めた純粋な熱線が放たれ、その威力を以て相手の船体を蒸発させる刹那。

 

 現実に出現した炉心。

 

 小さな無数の円錐形の針で螺旋状の円環を描く何かが僅かに輝いた。

 

 ヒィィンと僅かな音だけを響かせて、炉心が消え去る。

 

 そして、神の力の収束した特大の閃光に艦が飲み込まれた。

 

 しかし、その光の本流の最中からドッと艦が抜け出し、同時に上下に開いていた艦が閉じて減速していく。

 

 それは逃げ続けながらも戦った敵との戦いの終わりを意味していた。

 

「(*´ω`*)(せっかく、作戦用意してたのに此処で勝つのか。せんちょーってもってるなーという顔)」

 

「( *`д*)(この主砲の原理って結局、強制的に相手が紐付けてる座標の場から利用してる定理の保存量を限界まで拡散するって代物だよね? これって宇宙が冷えて停止するのと殆ど同じ原理を限定領域内で超加速する空間制御攻撃じゃない?という顔)」

 

 彼らの黒鉄の戦艦が停止するとその背後から折って来た敵もまたゆっくりと停止していた。

 

 今まで大量の水圧カッターが乱舞していた領域が次々に大瀑布となった海水の流入で水位が上がっていく。

 

 今まで戦っていたのが嘘のように怪獣の如きソレは静かな瞳で船を見ていた。

 

【……破滅は避けられぬのかもしれぬ。だが、貴様らの覚悟は認めよう。新しき時代の申し子達よ……大攻勢はもうすぐ……『天大岩(あまのおおいわ)』と共に始まるだろう】

 

 サラサラと神だったものが解けていく。

 

 そして、呆気なく砂のように砕け散り、内部から出て来た人型の男神。

 

 腰布に三叉矛を持つ半魚人のような神らしき者が一人、その姿をゆっくりと薄れさせていく。

 

【見ているぞ。世の定理の上で……三千大千世界が一人【大海翔】アルエクト……人の世の代弁者たる役目は果たさせて貰った】

 

 姿が完全に消え去った後。

 

 残った砂が大海に溶け。

 

 同時に彼らは海の異変を目にする。

 

 最初に崩落させた巨大な質量は受肉神の崩壊に巻き込まれた様子も無く。

 

 ゆっくりとその内部からコポコポと水泡を溢れさせ、数体の神の力を宿した神の怪獣形態にも似た怪物を生み出し、次々にソレらが高速で島の外へと消えていく。

 

「(=_=)(あ、これ戦略的に負けてるわ。此処、島の領海ギリギリだけど、神の力がある化け物なら、神とは違って全力が出せるし、行き来も自由なのねという顔)」

 

 次々に艦の副砲による攻撃で海底に広がった大量の神の汚泥を破壊したが、明らかに焼石に水というくらいに再生する海底の肉溜まりはビクともしない。

 

 艦一隻では駆除出来なさそうであった。

 

「あ~~何だ。怪物の漁場が出来たとでも報告すっか?」

 

 ちょっと罰が悪そうな顔になったオーダムが頭がガリガリ掻いた。

 

「( ^ω^ )(お、それは良い案だと思うせんちょーという顔)」

 

 ついでに艦内部からさっそく出撃した蜘蛛達が貝蜘蛛の能力で脚先のハサミをパッチンし、巨大な光線を海中で放ち。

 

 何匹か12mくらいの怪獣を焼き魚状態にして海面に浮かび上がらせ、あらよっと何て声が聞こえてきそうな具合に糸を括り付けた蜘蛛脚を銛のように投げ付けて変貌させながら引き上げる。

 

 すると、其処には蜘蛛の魂は無さそうながらも、蜘蛛っぽい見た目の怪物がデローンと引き上げられていた。

 

 神の力をかなり宿しているせいで完全に蜘蛛にはならない。

 

 しかし、魂の在処である脳髄と神経系は蜘蛛にはならぬとばかりに死滅して、中身は抜け殻状態になっていた。

 

 つまり、魂と大脳、神経組織の無い死体のようなものとなっている。

 

 それはとある大陸で造られた【神位外殻(ケイルム)】に性質がよく似ていた。

 

「(´・ω・)(これ改造したら、新しいウルの外殻に出来そうという顔)」

 

「(≧◇≦)(おさかないっぱいさくせんかいしーという顔)」

 

 こうして、その“漁場”で夜まで怪物釣りを楽しんだ蜘蛛達は大量の神の力を宿した小型怪獣と海洋生物っぽい蜘蛛の死体を山盛りにして北部のゾアクに寄港。

 

 呪紋で状況を知っていた者達から勝負に勝って試合に負けたけど、トロフィーは取って来たみたいな感じで歓迎され、次々にその新しいウルの素材と食べられそうな怪獣を納品。

 

 海洋基地として整備された黒蜘蛛の巣では早くも神の力を宿すウルの製造が始まったのだった。

 

 後にその時戦った神はボクっ子人魚によって嘗て歌の神を置いてヴァフクの民から離れた海の神々の一柱である事が確認される事となるが、それはまだ先の話。

 

 ただ、確かなのは神々の攻勢による第一波。

 

 敵地への外界からの攻撃用陣地の確保が海側から成されてしまったという事であった。

 

 同時にそれに対抗する為の戦力や神の力を宿した食料資源もまた生まれたのである。

 

「( ゜Д゜)(ウマ!! 魚肉と家畜肉の中間みたいな食感と味の癖にやたら油載ってて栄養素もあって、神の魔力で活力も沸いて来るし、簡易の神の血肉として肥料にしても良さそうという顔)」

 

「お、食ってんな? オレにも食わせろよ。どれどれ……う、ウゥマァアアイ!!!?」

 

 こうして島と外界の神々、どちらにとってもそう上手くは行かないという現実が北部では露わとなったのである。

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