流刑貴族の追放記-極獄と呼ばれた果ての地にて-   作:Anacletus

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第90話「暮れなずむノクロシアⅨ」

 

―――ノクロシア独立研究倉庫群第898号跡地。

 

「アルティエ~~この土全部持っていくの~?」

 

「此処からあるだけ蜘蛛達に移送させ続ける予定」

 

「(^◇^)(蜘蛛さん用のお食事にする予定で全部持っていきますという顔)」

 

 少年少女達がお昼ご飯として最終的にお腹一杯まで食わされたのは何も少年が悪魔のように合理主義者が極まっているから、ではない。

 

 単純にそんなに無いと思っていた土が何か時間経過で増えているのを確認した少年がまだ食わせられると気付いて少女達にあーんを続行したからだ。

 

 どうやら“土”はその製造設備そのものを封印していたらしく。

 

 イカの原種がいた室内の土は消えれば消えるだけ時間経過で補充されているようであり、これを追い付いて来た蜘蛛達によって輸送する事がすぐに決定。

 

 転移用の陣地が設営され、穴掘り蜘蛛達が容赦なく掘削して、毎秒1kgくらい増え続ける神になっちゃえる土は土嚢よろしく麻袋に詰められて、次々にノクロシアとフェクラール、北部、冥領へと送り出されていた。

 

「これで準備は完了した。此処から直接跳べる施設がこの周辺にはない。ようやくニアステラかフェクラールの地下に向かえる」

 

 まだ第二部隊が巨大な地下の空洞辺りで攻め寄せて来る敵相手に陣地防衛しているという事もあり、次の場所に向かう彼らの背後には蜘蛛達が次々に先行して押し寄せており、どう見ても宝の山しかないノクロシアの内実に大きく目を輝かせ、土を食らって神化率を上げる個体が続々と出て来ていた。

 

 まぁ、外見は全然変わらない為、強くなったとすら言えないように見えるのだが、少年からすれば、高次元の領域に干渉可能な蜘蛛がいるだけ、今後の神格との戦闘では有利に運べると戦力の増強は加速していた。

 

「エムルト」

 

「分かりました。第二部隊が来る前に此処を発つのですね?」

 

「現在、内部との時差がかなり出てる。このまま安穏としてられない。ノクロシアル・ソーロと此処の武器を摂取した蜘蛛を10人連れて行く。序列順に左右に五人ずつ」

 

 少年の号令で最精鋭が馬車の左右に並んだ。

 

「妖精瞳……此処から直通になる通路は……432番通路。レザリア!!」

 

「はーい。432番に繋がれ!!」

 

 その声と共に馬車と周囲の蜘蛛達が土の上から瞬時に掻き消えた。

 

 それと同時に少年が周囲の壁に妖精剣で書き込んでいた転移用の呪紋が起動し、転移先へと呪紋式の通路が開通する。

 

 そちらの通路に少年が同じものを書き込んだのだ。

 

「到着。周囲警戒。レザリア。明かりを灯せるか試してから銃で中遠距離に照準」

 

「はーい」

 

 彼らが現れた行き止まりの通路は真っ暗だった。

 

 しかし、レザリアの思念が奔った途端に通路内部が壁の発光で明るくなり、彼らが驚く事になったのはしょうがない話だろう。

 

 通路の左右の壁は発光していた。

 

 その内部には大量の小さな生物の嬰児らしきものが浮かぶ六角形状のポットが埋め込まれていたのだ。

 

 もう死んでいるらしく。

 

 目玉がギョロリなんて事は無かったが、それにしても不気味なのは間違いないだろう。

 

「う、こ、これって標本、でしょうか?」

 

 思わずフィーゼが背筋を震わせて周囲の人間のものとは思えない生物を見やる。

 

「神の実験台だと思う。遠方の角までは何も無し。先行する。エムルトはこちらから20単位後ろを維持。総員、どんな些細な異変も見逃さない事。見間違いは絶対に此処では見間違いじゃない。危ないと思えば、ソレ、その場所、何かに対して全てに優先して攻撃を許可する」

 

 少年の言葉に全員がゴクリと唾を呑み込む。

 

 此処からが本番という事であった。

 

 少年がいつもと変わらず先行して、時速30km程で走り出す。

 

 それをエムルトと蜘蛛達が追った。

 

 馬車の御者台ではフィーゼとレザリアが互いに左右上下に視線を向けながら得物を構え、蜘蛛達もまた銃口を口から露出させ、頭部の剣を輝かせたり、鎌っぽいブレードを構えて移動する。

 

 少年が移動し始めて30秒弱。

 

 角を曲がって進み続けていた少年が転移を用いる壁に触れて、その先へと向かい。

 

 彼女達もそれに続いた。

 

 すると、少年が少し先で立ち止まっいるのを発見し、追い付く。

 

 彼らが出たのは巨大な横穴に出たからだ。

 

 まるで横長の円筒形状に刳り貫かれたショッピングモール。

 

 その一階部分の吹き抜けが見える最下層が現在地であった。

 

「明かりよ灯れ」

 

 レザリアの言葉と同時に内部に次々に光が溢れる。

 

 すると、其処の全貌が明らかとなった。

 

「軍の酒保?」

 

 少年が目を細める。

 

 天井や円筒形の左右の終点には海が見えていた。

 

 まるで水族館のように座って落ち着ける椅子が並んでもいる。

 

 店舗らしき場所には普通にまだ商品らしきものが置かれており、店員こそいなかったが、商品には経年劣化も見当たらないようであった。

 

「防御を固めて、その場で待機。引き返せるように退路も糸蜘蛛で確保」

 

 指示に従って、蜘蛛達が馬車を囲って円陣を組んで内部を観測し始める。

 

 その合間にも少年は店舗の一つに入り。

 

 商品棚から幾つかの商品を拾い上げた。

 

 そして、取り合えず店舗のカウンターらしき場所に商品を置いた途端。

 

 その先進大陸でなら見るかもしれないレジらしき場所の上に彼らも使う言語で数字が描き出されて、少年が転移用の陣を経由して、ニアステラの倉庫内から通貨代わりのゾティークを取り出し、置いてみる。

 

 すると、数字の上に差し引きされた金額が表示され、まだ足りないと出た。

 

「……滅茶苦茶優秀。さすがノクロシアの技術……」

 

 少年が高額のゾティークを代金として数枚出すと品物をカウンターから麻袋に詰め替える。

 

 すると、残金が表示され、少年の前のカウンターに金貨らしきものが詰まれた。

 

 ソレを受け取った少年が妖精瞳でその金貨をじっくりと観察した後に馬車へ戻って来る。

 

「あ、戻って来た。ねぇねぇ、アルティエ。あのお店って本当にお店なの?」

 

 レザリアに少年が頷く。

 

「ノクロシアの技術はかなり高度。それと本来レートも存在しないはずの通貨も交換対象になってる。恐らく、相対価値をノクロシアの機構が勝手に計算してる」

 

「ほ~~なぁなぁ、何を買ってきたのじゃ?」

 

「化粧品と食料とたぶん秘薬の類」

 

「ふむふむ」

 

 リリムが興味深そうに少年が持ってきた小さなすべすべのパックに入っている液体やら、クリーム状の化粧品やら錠剤が入った小瓶を見やる。

 

「化粧品なんて軍の施設で売っているものなのかや?」

 

「……ちょっと確認する」

 

 少年がクリームの入った容器からソレを指に取って手の甲に塗る。

 

「――――――そういう。軍需物資として売られてるのも納得」

 

「?」

 

「効果がやたら多い。髪の毛とか鼻毛とか睫毛とか耳毛とかの機能性の毛以外を永久脱毛しつつ、肌の上に着いた自身内部にいない外部病原体を永続で死滅させて、肌の染みを全て抜いてくれる上に対熱対冷対衝撃対電機能を永続で敷設してくれる」

 

「「「「(>_<)(それは神商品なのではという女性陣の顔)」」」」

 

 少年が今度は食品らしき銀色の柔らかいパッケージを破り、中から出て来た“熱々の”バーらしきものを齧る。

 

「……この包装、内部時間を固定してる。方式を直ちに解析……軍需物資の基本包装技術に出来そう。呪紋再現度は……7割。研究開発にちょっと時間が掛かる。このまま呪紋式で簡易に造ったら100年間冷めないくらいの熱々な食品がこれからは戦場でも食べられそう……ちなみにコレそのものは恐らく世界が終わる日が来ても熱々だと思う……味は単なる小麦菓子」

 

「そ、それもスゴイですね」

 

 フィーゼが思わず汗を浮かべて、ノクロシアのモノって大概ヤバいなぁという顔になった。

 

「ふむ。驚くような技術力ですね。最後の小瓶の錠剤はどうでしょうか?」

 

 エムルトの言葉に少年が錠剤を手にして瞳を閉じて、錠剤の成分を解析する。

 

「……滅茶苦茶解析に時間が掛かりそう。時間停止……遅延系の技術で成分の分析を阻害されてる。恐らく、敵性存在の手に渡っても解析されないようにって配慮だと思う」

 

「それって……」

 

「何かに接種させて確認するのが一番手っ取り早い。恐らく、この阻害は薬効が胃で溶けた瞬間に解除されるはず」

 

「(;゜д゜)/(こ、ここは我々が……)」

 

 ゴクリと唾を呑み込んだ蜘蛛達が錠剤の被験者になろうとしたが、少年は構わないと一粒自分で齧ってゴクリした。

 

「ど、どうですか?」

 

 フィーゼが少年をマジマジと見やる。

 

 そして、数秒後。

 

「………っ」

 

 少年が思わずペッとソレを胸元から取り出した紙に吐き出した。

 

「な、何か危ない薬だったんですか!? アルティエ!?」

 

 フィーゼが思わず少年の背中に手をやる。

 

「だ、大丈夫?」

 

「問題ない。これ……数種類の男女兼用の媚薬っぽい。性的不能者用みたい」

 

「せーてきふのーしゃって何じゃ?」

 

 リリムが首を傾げ、他の三人の顔がちょっと赤くなる。

 

「恐らく、戦闘で精神的に負荷が掛かって機能しなくなった男性とか。女性でも精神的な不安定な部分を取り除く薬。精神安定用の薬と性的な感情に関する各種の脳の機能の回復。更に精細胞を主とする肉体の性機能の永続賦活用。王様辺りなら泣いて欲しがりそうな薬」

 

「な、何かやたら生々しいノクロシアの一面を見てしまった気が……」

 

「何と戦ってたのか分からない。でも、よっぽどに軍の将兵がそうなるくらいの戦場があったと考えるのが自然……」

 

「取り合えず、それらの商品どうしましょうか?」

 

「今、少し周辺の店で買い物を続行する。買い物中に襲われても困るから、此処で全員待機。品は一端集めて簡易の転移で外部に直接送る。確認に少し時間が掛かると思うから、此処で大休憩もしておいて欲しい。蜘蛛は全員厳戒態勢のままで周囲の監視をお願い」

 

「(/・ω・)/(りょーかーいという顔)」

 

 こうして少年が広い複数の店舗から大量の物資をゾティークで買い増し、大量の金貨らしい通貨を回収し、次々に馬車の周囲に集めていく。

 

 そうして二時間半程掛けて、全ての店舗から全ての商品を大量に買い漁った後。

 

 それを全員の前で次々に効能を見極めていく。

 

「これは……戦地の後方で食料生産を行う為の商品の詰め合わせ。後で農業系の蜘蛛に投げる。こっちは……破壊された兵器類の補修用の粘剤で恐らくノクロシアの兵器が破壊された時に使うヤツ。この本は……王族とかが喜びそうなヤツ」

 

 それだけの説明で少年の持っている本が明らかに性的なヤツだと理解した少女達の顔はちょっと赤かったりもした。

 

 次々に超技術で造られた諸々が確認された結果。

 

 やたら、おかしな効能の大量の物資が手に入った面々はそれを必要な者は転移で外部に送り付け、解析班の蜘蛛達に投げる事となった。

 

「そ、それにしてもやたら何か遭難した時や戦地で孤立した時に使えそうな能力の商品ばっかりでしたね」

 

 フィーゼがそう結論する。

 

「うん……何かとにかく生き残る為の装備って感じ。魚がいる限り、必ず釣れる竿とか。食べられる植物や動物を見極めてくれるメガネとか」

 

「こんなのが一式あれば、それが例え世界の果てにある無人島でも生き残れそうだな」

 

 エムルトが感じた事をそう呟く。

 

「そうじゃな。何と言うか。ノクロシアはもっと楽園的な娯楽が売ってるもんかと思っとったんじゃがな」

 

 リリムが同意して、商品を山を見やる。

 

「あ、後……や、やたら子作りに必要そうなのが多いのも気になります」

 

「ははは、もしかしたら、色々な大陸に向かっていった旧き者達が子孫を繁栄させ、頑張る為の代物なのかもしれんな」

 

 リリムが苦笑し、それなら納得かもしれないとフィーゼがちょっと頬を染めて、最初の錠剤やら後々出て来た性関連商品に目を細めた。

 

「………そういう? なら、旧き者が生み出した神々は……じゃあ、どうして此処を放棄した?」

 

 少年が少しだけ難しい顔になり、商品を睨んで沈黙する。

 

「アルティエ?」

 

「此処から繋がる通路には糸蜘蛛を派遣してある。地図情報にはこの先に居住区画らしき場所と技術開発施設があるっぽい。さっきの倉庫から直通で行けないのはあそこが機密分野だからだと思う。それと……きっと、その全員の感想は正しい」

 

「どういう事じゃ?」

 

 リリムが首を傾げる。

 

「このノクロシアは旧き者が造った。そして、この島は神々が造った。神代の終わり頃というのが本当なら数百年前。でも、神世がどれくらい続いていたのかは何処の大陸からの情報にも無いし、神以外の長生きな生物も殆どの大陸にはいないと連絡が来てる」

 

「つまり?」

 

「神々は何かを隠してる。でも、幾つかノクロシアを使っていた旧き者達の実情は見えた」

 

「そうなのかや?」

 

「ノクロシアを最初に作った旧き者達は恐らく。この世界のあちこちに部隊を送った。その為の商品が此処に置かれてる。大量にある大陸への移民の可能性。それとこんなものを使わなきゃならない敵とも戦っていた可能性が高い」

 

「敵、ですか?」

 

 フィーゼに少年が頷く。

 

「神世の頃の情報に殆ど敵になるような存在が確認出来ない。神の裏切者や神殺しは敵とは表現されない。神殺しは神になる。だから、同胞になる者達がいたというだけに過ぎない」

 

「じゃ、じゃあ、敵はいなかったのにこんな商品が必要だったのか。もしくは……」

 

「神や旧き者達の敵に関する情報が隠蔽されてる」

 

 そこで少女達が押し黙った。

 

「……これから、そういう敵が出て来るかもって事?」

 

 レザリアに頷きが返される。

 

「その可能性もある。神代の頃に旧き者や神々と敵対していた何かの情報が全て抹消されているという事は……それを神々や旧き者は今を生きる種族達に知らせたくなかった事になる。その理由を探ったら、案外色々分かりそう」

 

「む、難しいのう……結局、どうすればいいんじゃ……」

 

 リリムに少年が肩を竦めた。

 

「いつも通りでいい。敵が出て来るなら、戦って勝つ。それが神だろうと。神超えるものだろうと何も変わらない」

 

 その少年の様子に「ああ」と彼女達は同じ気持ちを抱いた。

 

 それは間違いなく少年の本質だ。

 

 少年は神様だろうと王様だろうと……あるいは自分が勝てない相手だろうと自分を曲げない。

 

 それだけを自らに課している。

 

 だから、どんな敵が来ても決して容赦も呵責もなく。

 

 それが必要ならば、戦い続けるのだ。

 

「6時間の大休憩はまだ継続中。一回仮眠を取る。警備は蜘蛛達に任せる」

 

 少年が食品以外の装備を全て指を弾いてノクロシアの外に転移で送り。

 

 そのまま馬車内部に入って端に毛布を一枚被って寝転がる。

 

 人数分の全身が収まるクッションが一様敷き詰められていた為、寝苦しくは無いだろう。

 

 少女達もすぐに馬車内部に入った。

 

 エムルトだけは馬車外で立ったまま睡眠するという事になり、枕を抱いて目を閉じた。

 

 こうして明かりの着いたままのモールで回復に努める事になった彼女達だったが、少年の寝息が本当に寝ているらしいと気付いて、ちょっと背後から近寄る。

 

 何故ならば、少年が異常無さそうに見えて、現在進行形で異常な状態だったからだ。

 

「ほ、ほんとに寝てる。近頃は寝る必要無いって、ちっとも寝てなかったのに……やっぱり……」

 

 レザリアがそ~っと少年の全面に回り、ゴソゴソと手で少年の体をなぞり。

 

「っ………~~~///」

 

 ちょっと赤くなった。

 

「ど、どうですか? レザリア」

 

「う、ぅん。やっぱり、アルティエ……そんな感じだと思う」

 

「?」

 

 フィーゼが赤くなり、良く分からないという顔のリリムが首を傾げた。

 

「し、仕方ありません。こ、此処はアルティエを楽にしてあげなくては!!」

 

 そう言った彼女達の手にはちょっとした好奇心で一粒拝借した錠剤の齧った後の粉が付いている。

 

「?」

 

 リリムだけ分からない様子ではあったが、レザリアとフィーゼがちょっと「ふふふ」みたいな顔になっているのでゴクリと唾を呑み込む。

 

「こ、これからアルティエをちょっと楽にしてあげないとイケないのでリリムさんは寝ててもいいですよ?」

 

「嫌なのじゃ!! こ、こういう色々何かやる時は混ぜるのじゃ!!」

 

「そうですか。では、アルティエに相応しい女性になる為にもちょっと此処の商品を使っちゃいましょう」

 

「よ、良いのか? 勝手に使って?」

 

「ふふふ……女性を磨く系の商品は実体験でちゃんと他の人達に分けてもいいかを確認しなきゃなりません。これはそう……そう!! これからのニアステラとフェクラールの女性達の為なんです!!」

 

「うんうん」

 

 そうして自己正当化を終えたフィーゼとレザリアがクリームの入った円筒形の箱を取り出し、馬車内部でゴソゴソと使い出した。

 

「あ、後でエムルトさんにもしてあげましょう。後、アルティエにもしてあげましょう。ふ、ふふ……」

 

「はーい。リリムちゃんも脱ごうね~~というか。やっぱり、大き過ぎない?」

 

「ひゃん?! ななな、どこ触ってるんじゃ~~へにゃぁ~~」

 

 錠剤がかなり効いているらしき2人は暴走気味だ。

 

 ちょっと、気になって少年との関係に使えるだろうかと錠剤を半分に割ってレザリアと齧っただけであったが、効果は十分にあったらしく。

 

 やたら燃えるように体が熱い為、クリームを塗りたくる為に脱ぐ様子にもまるでいつもの慎みは無かった。

 

 蜂の尻尾や甲殻を持つレザリアにしてみてもフィーゼと同じ様子であり、まだ錠剤を齧っていないリリムはそんな大胆な2人を前に思わず顔を赤らめながらも目が離せずにされるがまま。

 

 プルプルしながら、その輪に入って秘密の女を上げる為の儀式へと参加する事になった。

 

「( ^ω^ )(………何も見ていない蜘蛛の顔)」×10。

 

 それを警護する蜘蛛達は女性陣の暴走とか。

 

 あるいは少年の貞操に関するあれこれとか。

 

 そういうものは見て見ぬフリをする健全蜘蛛として、ちちの幸せを願いつつ、黙って秘密は墓場まで持っていく事にしたのだった。

 

 *

 

 少年少女達が健全ラブコメに勤しんでいる頃。

 

 此処最近で最大の危機に直面した男がいた。

 

 ベスティン・コーム。

 

 嘗て教会騎士だった男。

 

 そして、今はニアステラを護る守備隊でも裏方の方を司る男。

 

 表側はカラコムが仕切っている為、彼は専ら幼女化を筆頭にした地域の諸々の裏方を担当し、多くの同胞と共に増え続ける幼女やら増え続ける亜人の犯罪者などを罰する警官的な立場へと落ち着いていた。

 

 ニアステラの刑法は帝国基準で整備中であるが、何分ウートがそれなりに歳を喰っていた事から左程に働けず。

 

 どうしても急激に肥大化していく地域に法をどんなに早く発布しても限界があった。

 

 結局、今までの習慣や騎士としての観点から諸々を補佐する人物が必要となり、現場で即断即決する元教会騎士達が主力となる警邏隊とも違った法執行の番人としてベスティンが選ばれたのである。

 

 だから、彼らは非常に忙しい。

 

 忙しいはずなのだが、今日に限ってはベスティン・コームはその忙しいを封印せねばならず。

 

 少年の館。

 

 今や神殿染みた場所になっている酒場の二階で慌てていた。

 

「取り合えずお湯やら他はこちらで用意します。ベスティン殿はエルガム病院からエルガム様とお産の薬を早めに持って来て下さい。血圧を下げる薬と止血剤。他には後産の時に必要な―――」

 

「わ、分かった!!?」

 

 ベスティン・コームは根本的に教会騎士だ。

 

 そのせいで無骨を絵に描いたよりは常識人だが、常識的な男の範疇を出ない。

 

 なので、女のお産だとか。

 

 一大事を前にしてはワタワタする以外に無く。

 

 アルマーニアの女達に言われるままに走り出し、エルガムを連れて来る事しか出来なかった。

 

「では、周囲の警備を頼む。ベスティン殿」

 

「あ、ああ、後はお願いする。エルガム医師。それにしても遂にか……」

 

 連れて来た医者を前にしてベスティンはそう呟く事しか出来ない。

 

 彼にしてみれば、呪霊と精霊と妖精と何か色々の力が集まった赤子と聞いてはいたが、それだけの話であり、彼が近頃はよく酒場でアマンザを見なくなったので心配していたという以外は何かしら知っているわけでも無かった。

 

 ただ、それがニアステラの子であると言われた時。

 

 護らねばと思った事は間違いない。

 

 彼の傍にいる蜘蛛達もまた本日だけは周囲の警邏を更に三倍近い人員を他から借りて来て行っており、酒場は封鎖中。

 

 陣痛が始まったという事もあり、アマンザは面会謝絶でアルマーニアの女達が付きっ切りで産婆役をしており、彼らの姫であるヒオネや御付きの女達は周辺で今も続くノクロシア遠征とニアステラ防衛の為に気を張り詰めて、海岸線沿いに簡易に建てられた塔に詰めて、観測を続けていた。

 

 別の方角に向かっていった王家連合の船は今や無いが、各地から届いている神々の刺客の侵入から考えて、何か起こる前に察知して対処するのは重要な仕事だ。

 

 その手となるベスティンは騎士達と共に呪紋で連携を取り、蜘蛛達と共に全ての場所に蜘蛛達を複数配置して、物々しくも静かに警備へ当たっていた。

 

「……おう。やってるか。騎士様」

 

「カラコム殿か」

 

「厳戒態勢を敷いてるが、今のところは予兆何かは無いな」

 

「そうか」

 

 酒場の前に立っていた彼に近付いて来たのは守備隊として部下と共に巡回しているカラコムだったが、その姿は軽装とはいえ、鎧姿であり、剣も佩いていた。

 

「……何とも手持無沙汰のようだ」

 

「母になる女性に掛ける言葉を持ち合わせているように見えるか?」

 

「はは、戦場ばかりを渡って来た訳でも無いだろう。教会騎士ともなれば、通常の騎士とも生活上は違うんじゃないか?」

 

「そうであれば、良かったが……何とも女性には恵まれなくてな」

 

「ほう? 教会騎士の禁欲主義ってやつか?」

 

「いや、我が家族ながら、母も近縁の女達もどうして好きになれない者ばかりだったのでな」

 

「何とも元教会騎士から聞くには意外な話だ」

 

「いや、そうでもない。教会騎士の多くは家族との間にいざこざがある者が少なくないからな」

 

「そうなのか?」

 

「ああ、教会騎士になる流れは幾通りかあるが、多くの場合は教会の信者の中でも熱心な者の家族を子供の時からというのが多い」

 

「では、家族の元で育たなかったのか?」

 

「物心付く時から聖句を唱えていた。時折、やってくる自分を何処か冷たい視線で見る女性が母だと理解したのは教会の牧師様に言われた時だったな」

 

「何故、冷たいと?」

 

「後で知った事だが、教会騎士にされる子供には多くの場合、堕胎出来なかった子供や不倫相手の子供の面倒を見たくないが為に正妻が愛人から子供を奪って教育するのに教会へ入れる場合があったらしい」

 

「何とも教会らしい人手の集め方だな」

 

「かもしれん。母は所謂石女でな。愛人の子供を仕方なく本家の跡取りとして教会騎士の学び舎に突っ込んだらしい」

 

「ああ、それで愛人の子なんて愛せないとばかりに冷たくはするが、会いには来ると」

 

「その通りだ。今の教会はシスターや騎士に恋愛は程々にしろと言いつつ黙認しているが、それにも色々と掟が有る」

 

「掟?」

 

「高位の聖職者になればなるほどに婚姻の制限がある」

 

「ふむ。如何にも在りそうな話だ」

 

「それで教会の上層部がそれとなく出会いを提供し、相手と結婚しろと無言の圧力を掛けて来るわけだが……女性も女性で色々ある。教会騎士と同じ。いや、それ以上の状況の者も多い。そんな彼女達が教会の無言の圧力で我らと結婚しろと言われて、素直に頷きたいと思うだろうか?」

 

「なるほど……振られたか?」

 

「生憎と母の差し金でやってきた者が何名か。裏を取ってからお断りした」

 

「別に所帯を持つのは構わんとは思わなかったのか?」

 

「母が宛がう女性は全て借金のカタに結婚しろと言われていた女性ばかりだったのでな。ウチはどうやらそれなりな資産家だったらしくて、没落貴族の令嬢やら王家の継承権の無い女性やら、高位の嫁ぎ先として紹介料まで取っていたとか」

 

「……何とも世知辛いな」

 

「まぁ、彼女達には教会の地位で仕事や定住地を斡旋した。母があまりにも悪辣だったもので、適当な理由で教会の執行部を抱き込んで埃が出る館を捜索させたら、出て来るわ出て来るわ……教会から破門状を突き付けられた後は破産したらしいが、それ以来見ていない」

 

「何とも壮絶……と言いたいが、貴殿にとってはそうでもなさそうだな」

 

「そういう事だ」

 

 ベスティンが肩を竦める。

 

「そのせいか。女性との婚姻という気持ちもさっぱり消え失せてな。坊主のように騎士一筋で食っていこうとした。が、その先で此処に流れ着いたわけだ」

 

 カラコムが誰にも意外な過去というのはあるものだなという顔となる。

 

「……教会に未練があるか? まだ」

 

「あるとも。帰ったら酒を酌み交わそうと約束した友人とて大陸にはいる」

 

「そうか。なら、平和になったら大陸に行ってみるか?」

 

「大陸に?」

 

「……どの道、この島が滅ばなければの話だが、その為に我らは此処にいる」

 

「ああ、そうだ、な……」

 

「アマンザさんは良い女性だ。アレで器量良しな上に胸部もふくよかだしな。申し分ない聖母様なわけだが、身持ちの硬いのが難点か」

 

「まさか?」

 

「いやぁ、振られたな。理由は単純だ。顔は好みだが、一緒に居られるほど、清い体じゃないなんて言われてな」

 

「そうだったのか。まったく気付かなかった……」

 

 ベスティンが南部の騎士というのは手が早いものらしいと納得した顔になる。

 

「だから、少しだけ嫉妬もするのさ。あの英雄殿に……今の彼女にとって妹と弟とあの英雄殿だけが未だ心の拠り所なんだろうと分かるからな」

 

「……別にそういう関係ではないだろう。あの2人は……」

 

「だろうな。だが、だからと言って、男は男だ。そして、もう覚悟を決めた女性を前にして未練たらしい男というのも恰好が付かんだろ?」

 

「いっそ、アルマーニアの酒場にでも繰り出すか? こちらは見ているだけになるが」

 

「ははは、いいなソレ……いつか、そうしよう。だが、それは……」

 

「ああ、今じゃない、か」

 

 2人の騎士が共に刃を抜いた。

 

 それは自分達のいる場所に近付いて来るモノを見たからだ。

 

 だが、本来気付いていて然るべきはずの蜘蛛達がソレに気付いた様子が無い。

 

「―――呪紋もしくは神の力か?」

 

「蜘蛛達が気付かないが我らには気付かれる。つまりは蜘蛛だけに感じられない存在という事かもしれん」

 

「ならば、コレは我らの領分か」

 

「一瞬で細切れの肉片かもしれんぞ?」

 

「なら、それで構わん。すぐに蜘蛛達が此処を別の場所に移動させるだろう」

 

「その通りだ!!」

 

 2人が同時に走った。

 

 やってくる存在。

 

 その姿は騎士鎧を着込んだ黒髪の青年に見える。

 

 しかし、その腕にはあまりにも余分なものが多過ぎた。

 

 腕から小さな腕が生えている。

 

 それもまるで突き破るように生えた幾つもの腕そのものに複数の武器が握られている。

 

 そのどれもこれもが明らかに凶器だ。

 

【蟲共に感知出来ぬだけの備えはして来たが、それでも穴はあるか。我は【大彗光】マフマティア。貴様らの言葉に直せば―――】

 

「悪いが、今此処にいる者達は新たな命の誕生の為に集っている。某が何処の神だろうと何の神だろうと祝福の為に来たのでなければ、通すわけにはいかんな」

 

 ベスティンが刃を突き付けて、その足取りを止めさせる。

 

 それと同時に背後に回ったカラコムがベスティンを盾にして構えを取る。

 

【死を織り込んで我に相対するか。人の身でこの大神に抗うと言うのか? たった二人気付いただけの騎士が?】

 

「「ふ」」

 

 思わず男二人の顔が同じように歪む。

 

 それは正しく苦笑であった。

 

「ようやく、あの英雄殿の気持ちが分かった。これは度し難い」

 

「そのようだ。人の世の理を前にして己を語る愚を傲慢とすら思わないとは……」

 

 カラコムとベスティンが同時に仕掛ける。

 

 無論、その剣は大神を名乗る青年には届かない。

 

 刃は両の手から生える複数の手が握った得物で受け止められていた。

 

【神に仇成す者よ。我が力の前に平伏すがいい。全てはこの世の存続に優先せ―――】

 

 バキリと男の顔に罅が入った。

 

【なん、だ? 力を削った影響か? いや、そもそも蜘蛛には未だ見つかっていないはず。なのに何故だ? どこから攻撃を受けている?】

 

 青年が不思議そうな顔で己の崩れた顔を歪めた。

 

「攻撃などしていないとも。お前は我らに挑んだのだ。挑んだから負けろと言われている。運命とやらからな」

 

【な、に?】

 

 咄嗟に背後へと跳躍した黒髪の青年が腕の得物が朽ちていくのを見た。

 

【力が失せていく?】

 

「あの用意周到なニアステラの英雄が仕込んだ準備が神程度が突破出来るとは思えないな」

 

「妖精の力もまたやはり凄まじいものなのだろう」

 

【妖精……この力、因果への干渉力? 何だ? だが、こんな理不尽が通るはずは―――】

 

「この地を踏み荒らす者への警告を聞くといい。大神よ」

 

「それがこの力の本質であるからな」

 

【本質……】

 

 カラコムが相手に剣を押し付けたままに必要な手順を唱える。

 

「『如何なる存在だろうとも、この地の法からは逃れられない。害する者が此処を訊ねた場合、真っ先に戦わねばならない者を指定する。三つの法を知れ』」

 

 ベスティンがそれを引き継いだ。

 

「『一つ。ニアステラの英雄を打ち破らねば、この地において無法成らず。一つ。この地との契約はこの地に在りしものに破る事は出来ず。一つ。この地を踏んだものはこの法を順守せねば、目の前の相手以上の力を捨てよ』」

 

【―――因果律を歪める契約だと!? この魔力は妖精か!?】

 

 2人の騎士は少年に及ぶわけもなければ、蜘蛛一人にすら勝てない。

 

 どころか。

 

 今や彼らの後ろに護る多くの種族達と比べても左程に秀でているわけでもない。

 

 しかし、その力の差を埋めるのは明らかに人の意志であり、人の決意だ。

 

 それを嘲笑う力持つ者を前にして彼らが理不尽に死ぬ事を少年は良しとはしない。

 

「「神越属性妖精呪紋【フェムの契約】」」

 

【―――!!?】

 

「この地に立ち入る者。我らが邦を見るがいい。例え、大神であろうともこの契約を破る事能わず。破戒しようとする行為そのものが己に返るのだ」

 

 ベスティンが軽やかな脚捌きでマフマティアと名乗った青年の左側へ瞬時に付け、時間差でカラコムが右から迫る。

 

【如何に力を捨てようとも我らが研鑽が人の子に劣るものだと考えたのは早計だな。死ぬがいい!!】

 

 青年の無数の手が持つ得物が錆び付きながらも攻撃を当てようと回転するよりも先に教会騎士の攻勢防御技が瞬時にソレを阻止する。

 

【何!?】

 

 青年の手の指が数十本。

 

 瞬時に飛んでいた。

 

 刃の軌道は青年には見えていた。

 

 しかし、それを防ぐ得物を擦り抜けるように剣は器用な程に途中から複雑な軌道を描いて敵の得物を握る手を解体し切ったのだ。

 

【人の子が!!】

 

「だから、アンタらはあの男の不興を買ってるわけか」

 

【ッ】

 

 カラコムが得物の数がほぼ半減した青年に切り掛かる。

 

 右に並ぶ得物の一つと刃を交えた。

 

 だが、交えた事そのものが致命であった事を青年はすぐに知る事となった。

 

【?!!】

 

 錆び付いていた得物の殆どが受けた刹那に砕け散り、溜まらずマフマティアが背後に跳び退く。

 

【神の力を抑えられたとて、何故こうも―――】

 

「まだ気付かないのか? 大神さんよ。アンタは力の一切を捨てさせられているわけだが、オレらの得物はアンタとは違って、自分の力で作ったわけじゃねぇ」

 

【まさか、武器の差で負けるというのか!? ミスリスを連れて来るのだったな……く】

 

 青年が砕けた得物は全て捨てて、片方は徒手空拳。

 

 もう片方は何とか残った錆びた得物である剣だけで騎士2人に相対する。

 

【いいだろう。掛かって来るがいい!!】

 

「違うな。間違えてるぞ。マフマティアとやら……貴様が我らに掛かって来るんだ。神として人に戦いを挑め。貴様らが潰そうとする可能性を前にして本気でな」

 

【ッ―――】

 

 ベスティンの言葉に顔を歪めた青年が無言で二人に突進する。

 

 その速度は正しく嘗ての大神の力を抑えていた時に比べてすらあまりにも遅く。

 

 しかし、同じ程度の力しかないはずの男達は慌てる事もなく。

 

 その拳を剣による猛烈な打撃と剣を逐一全う過ぎる程、丁寧な様子で捌いていく。

 

 無論、その度に彼らの体には衝撃が奔り、彼らが少年から受け取っていた得物にも負荷が掛かっていたが、撥ね飛ばされそうな衝撃にも耐える彼ら熟練の騎士達の受けは尋常ではなく。

 

 如何に彼らが戦いの中で守り切れぬようなものを護って来たが伺い知れた。

 

【(防御を抜けぬ……力無き戦いとはいえ。それでも、技量で抜けぬと言うのか……)】

 

 青年は顔にこそ出さないが、明らかに自分の技量とほぼ変わらない彼らの戦い方に歯痒いというよりは己への失望を覚えていた。

 

 人の何万倍だろうと生きている存在。

 

 その神が落ちていない技量で戦いを挑んで抜けぬのだ。

 

 それがどれだけ今まで自分が神の力に頼り、自らの技量を高めて来なかったかを青年に教えていたのだ。

 

【(あの剣はどちらも恐らく武器破壊の為の呪紋が織り込まれているな。無力化の為の力か……徒手空拳で傷を前提に打ち倒す以外には……)】

 

 自分の負傷を顧みずの攻撃に切り替えようとした時。

 

 青年がベスティンとカラコムが片手で懐から取り出した武装に顔を歪める。

 

「悪いが、我らは正々堂々の試合をしているわけではないのでな」

 

「はは、まったく。教えてやるのも呪紋の効力の内だって言うんだから、正々堂々過ぎるだろうに」

 

 ベスティンの言葉にカラコムが肩を竦める。

 

 彼らの片手にあるのは拳銃だ。

 

 もしもの時の為に備えられていた武器の一つ。

 

【当たるわけも無し!!】

 

 突撃で射撃の間合いを潰そうとした青年だが、カラコムとベスティンの同時射撃の前に脚に一発被弾し、それでも動いて詰めた間合いの最中。

 

 ゾブリと両腕に刃が突き刺さる。

 

【ッ】

 

「オレ達みたいな騎士はよく暴漢に襲われるんだよ。南部じゃ毎日が地獄だからな。それこそ酷い邦に仕えてれば、日常だ」

 

「こちらは派閥争いで暗殺が日常だったからな。この程度は備えもある」

 

 2人が剣を捨てて袖から出した短剣で青年の両腕をほぼ同時に切り裂き抉り、神経を絶って、骨を押し込みながら斬り折った。

 

【ぬぐッ】

 

 彼らも無事ではない。

 

 カラコムは剣で左脇腹を貫通させられていたし、ベスティンも殴られた胴体の部位が鎧の上からも凹んでおり、明らかに打撃で内臓をやられていた。

 

【捨て身かッ】

 

「はは、違うぜ? 神様よぉ……コレは捨て身じゃねぇ。信頼って言うんだよ」

 

「ふ……今更、我らの命程度賭けたところでどうする。治してくれる者がいる。我らには背後に共に戦ってくれる者達がいる。お前を二人分の命を懸けて倒せずとも、我が後ろには更に万の同胞達が控えているぞ。さぁ、足技でも何でも出してみろ。我らはまだ死ぬには遠いぞ? 大神よ」

 

【―――】

 

 カラコムとベスティンのその言葉の狂気を前にして揺らがぬはずの神が揺らいでいた。

 

【貴様らは世が滅びても尚、そう言い続けるつもりか!?】

 

「「当たり前だ!!!」」

 

 もはや彼も認めざるを得なかった。

 

 周到な準備。

 

 襲撃者にして暗殺者へと堕ちた大神を前に一歩も引かず。

 

 命を落とすなら仕方ないと割り切った人の粘り強さ。

 

 灯火が朽ちるのを厭わない死兵とも違う。

 

 それは孤独ではないと知った人の意志。

 

 隊伍を組んで共に戦う強かさであり、信頼であった。

 

「隊長達を確認!! 戦闘状況!! ゆくぞ!!」

 

【時間稼ぎか!?】

 

 青年が言ってる傍から側面より離脱したカラコムのいた方角に足音。

 

 更に突き刺さる銃弾が複数、その破壊された腕と胴体を捕らえていた。

 

【が、ぐ、ごっ、がっ?!】

 

 次々に肉体にめり込む銃弾に何が入っているのかを察した青年が逃げようとするも、それを射撃中の者達は許さず。

 

 盛大に弾丸が男の体の内部に潜り込み。

 

 次々に砕けた破片に混ざる白霊石の凝集体が魂を食い破っていく。

 

 ベスティンが遂に自分も危ないかと背後へと跳び退り、青年の抑え役を引いた。

 

 溜まらず跳躍しようとした青年だが、魂を食い破る激痛を前にして肉体が付いて来ず。

 

 弾丸の嵐によって全身をくまなく穿たれ。

 

 体内で肉に潜り込む白霊石によって魂の薄弱化が加速した事で棒立ち。

 

 最後にはバッタリと倒れ伏した。

 

 更に追撃を掛けようとするベスティンとカラコムの部下達だったが、それを二人が留めた。

 

「もう必要ない。あの英雄殿からは相手がどれくらいになれば、くたばるかまで聞いてる」

 

「立派に戦い抜いて死ぬのならば、神もまた人と変わらず。教会式で良ければ、供養くらいはしてやろう」

 

【………傲慢な人間共め……誰が貴様らを導いて来たと……】

 

 蒼白い顔の青年が血を口元から零しながら、視線だけを二人の騎士にやる。

 

「此処は死んでおけ。定理とやらに帰って出直すんだな。だが、もしも、まだ人間を舐めてるなら、また来い。同じ程度の力なら相手してやるよ」

 

【ふ……神の事情にまで敏い、か……勝てぬわけだ……ヤハ様に申し開きのしようも……無いな】

 

 カラコムの言葉に青年が目を閉じると同時に肉体から何かが離れたのを騎士達は感じていた。

 

「遺体を直ちに封印する!! 蜘蛛達を呼べ!!」

 

「ベスティン隊長!? カラコム隊長!! それよりも先に貴方達の手当です!?」

 

 隊員達が次々に非常用の霊薬のアンプルを二人に飲ませ。

 

 すぐにエルガム病院の方へと向かわせる。

 

 今、病院長はいないが、医療系蜘蛛達はいるので、そちらで見て貰う事とした。

 

「神の攻撃、か。このまま死ぬのか。それとも怪物にでもされるのか」

 

「どちらだとしても構うまいさ。我らは己の果たすべき事を果たした……もう聞こえるだろう?」

 

 担架で傷が治って尚鈍い痛みの残る体を運ばれながら、二人は産声を遠くに聞いた。

 

「……悪くない。これでオレ達もおじさんの類だな」

 

「最初からだろう? 今更に若者のつもりか?」

 

「ははは、違いねぇ……」

 

 こうして二人の騎士が護った館の二階では盛大に祝いの声が響き。

 

 呪霊も精霊もニアステラにある全ての気付いた者達が沸いた。

 

 蜘蛛達はお仕事をしつつ踊り出し、何事かと周囲の人々に首を傾げられ、精霊達は館の周囲に集って上空を回遊し、新たなる時代の祝福を声なき声で謳う。

 

 その日、一人の大神の仮初の死と共にニアステラの子が一人生まれた。

 

 それは玉のような女の子だったと翌日にはヴァルハイル達が地域で発行し始めた新聞に載った。

 

 破滅が降り落ちる世界にもまた命は巡る。

 

 人々が生き残る為の己の仕事を、使命を全うしようと決意を新たにするには十分な祝い事に違いなかったのだった。

 

 *

 

 少年がニアステラに施した“もしも”を叩き潰す罠がしっかりと不埒な襲撃者を叩き返す合間。

 

 その最たる力ある者達は一人以外は暇を持て余していた。

 

 いや、どちらかと言えば、何をしていればいいのか分からなかったというのが実際のところだろう。

 

 下手に力を持っているからこそ、自分達がするべき仕事がやって来ない内は黙って待機。

 

 これが何よりも今まで戦い続けて来た者達には堪えるのだ。

 

 それが今や亡国に等しい祖国を投げ捨てて来た末のものならば、さもありなん。

 

 遠征隊第三部隊。

 

 通称はヴァルハイル組。

 

 聖姫エレオールを中核とした者達はニアステラに置かれた宿舎。

 

 遠征隊用に幾つか置かれている仮拠点の一つに身を置いて、自分達の出番が来るのを待つ間にも本国との連絡を取って、放り出してきた仕事をやろうとしたが、それも時差のせいでほぼ出来ず。

 

 結局は無言で待つという状況に陥っていた。

 

「………」

 

「………」

 

「………」

 

 エレオール、角の騎士、元生徒会長。

 

 三人は何が有っても即応出来るようにセーフルームのリビングにある巨大な地図が置かれた机を囲んでおり、食事と幾つかの連絡以外はお茶を啜るなり、今後のヴァルハイルの方針やらを話し込んでいたが、首都への連絡が取れない以上は幾ら話しても詰められる事は限られていた為、招集されて二日後には沈黙を以て現場で張り詰めていた。

 

 それとは違って好きに動いていていいと言われたのは残った者達だ。

 

 元々が学生であった3名はそれぞれに外の状況を彼らに伝える役割となり、少年のメイド少女は第二部隊に遅れて合流し、ノクロシアの遠征へと加わっている。

 

「「「………」」」

 

 大人組みというよりは指導者層組はこうして沈黙。

 

 学生組の内で指導者層に近頃なった彼。

 

 ベクトーラ・ラクドは見なければならないものを見る為にニアステラで延々と今後重要となる相手との会合という名のドブ板営業。

 

 つまり、顔合わせに奔走していた。

 

 特にヴァルハイルの事実上の経済を握る事になったベクトーラにとっては部品や諸々の製品の納品先であるニアステラとフェクラールの勢力への顔見せは重要事項であり、彼がウートの力を借りて、各地に連れて来られたヴァルハイルのコミュニティーに顔を出し、今後の展望を話す姿は若いながらも貫禄があり、技術者や学者達のような知識層の希望となっていた。

 

『ベクトーラさん!! どうか!! どうか高都をよろしくお願い致します!!』

 

『必ずや再びヴァルハイルが立つ日の為に!! 我ら己の人生を掛けて仕事をする所存です!!』

 

『貴方は希望だ!! その若さと大胆さでいつかの果てに、ヴァルハイルの再びの栄華を見て下さい!! この老人からのお願いです!!』

 

『ベクトーラ・ラクド氏に敬礼!!』

 

『けーれー!! ヴぁるはいるよーじょたいもしえんいたしますぞー!!』

 

 要は聖姫エレオールの片腕というような立ち位置にいつの間にか彼自身が収まっていた事もあり、歓迎されたコミュニティーでは革命とはいかないまでもヴァルハイルをいつか再び独立させてみせるというような者達の意気込みをバシバシ撃ち込まれたのである。

 

 内心「こいつら余計な事すんなよマジで。蜘蛛共に睨まれるだろ!!?」という言葉を呑み込んで作り笑顔を浮かべていた為、心労は蓄積していた。

 

「はぁぁ、終わった……」

 

 最後の会合からようやく開放されたベクトーラはグッタリしながら技術者として連れて来られたヴァルハイルの親族がやっている喫茶店でテーブル上に突っ伏する。

 

 その様子は完全に草臥れたサラリーマン染みた悲哀に溢れている。

 

 ここ数日使われていた店ではもう彼がそういう人である事は認知されており、一番奥まった場所で休んでいても店主である女性は何も言わず。

 

 ただ、お茶を出してくれる始末。

 

 先に数日分使うだけの資金は出していた彼であるが、それにしてもほぼ客昼と夜しか客のいない店内でノンビリと疲れを癒せていた事は大きかった。

 

「アンタ、本当に裏組織のトップなわけ?」

 

 呆れた様子でそんな彼を見ていたのは第三部隊の同僚という事になっている少女。

 

 イルイテ・オルセルであった。

 

 その横にはお茶菓子を齧っている少年。

 

 ザーナが付いている。

 

「お前ら……人の金だからって寛ぎ過ぎだろ……」

 

 ジト目でベクトーラが少女をジト目で見やる。

 

「な、何よ。だって、ヴァルハイルが昼間にほっつき歩いてたら、他の亜人に何かジロジロ見られるんだもの……しょうがないじゃない。特に私達くらいの年齢は学校に通ってるのが普通らしいし」

 

「それだけ、このニアステラの法が進んでるってこった」

 

「進んでる?」

 

「今、大急ぎで法整備しているんだとよ。そのせいで誰も彼もヴァルハイルに一々厳しい目を向けてる暇もねぇんだよ」

 

「どういう事?」

 

「普通に考えて見ろ。自分達を今まで理不尽に責めて、事実上は邦を滅ぼした種族が隣人なんだぞ? これで不満がブチ撒けられてないのはおかしいだろ」

 

「そ、それは……」

 

「その理由は単純だ。今、ニアステラとフェクラールに亜人が適応しなきゃならねぇ大事な時期なのさ。だから、今更敗戦国の連中に毒を吐いてる暇なんぞ誰にも無いんだ」

 

「適応……」

 

「いいか? オレが此処を色々と回って情報を集めた限り、此処は事実上は蜘蛛と流刑者共の邦だ。蜘蛛はニアステラの英雄の部下で流刑者は十名程度。他にも人間てのは亜人に比べれば殆どいない。亜人ばかりなのは此処に諸々の理由で定住しようってやつらだが、亜人には権利があっても義務がねぇ」

 

「義務?」

 

「ニアステラは税も取らなけりゃ、個人のやる事は人種族基準の倫理や道徳で同意出来ないもの以外は規制もしてない」

 

「つまり、どういう事よ?」

 

「大多数の亜人や幼女、蜘蛛、一部の人間達ですら、このニアステラでは遠征隊連中の下って事だよ」

 

「それはそうなんじゃないの?」

 

「だが、王政が敷かれてるわけでもない。権威を謳ってるわけでもない。金や資産そのものを求めてるわけでもない。物資は蜘蛛が生産してて、亜人は養われてるから、技術と文化で地域の維持に貢献する」

 

「う、うん……それが?」

 

「何処が“ソレが?”で済むんだ? つまりだよ。いつでもオレらは切り捨てられる可能性がある」

 

「ッ―――」

 

「オレ達はお客さんなんだよ。本質的にはな……だから、亜人共も大人しい。此処は自分達の邦じゃねぇんだ。税金みたいな分かり易い義務すら無い。それは裏を返せば、自律的に貢献しなけりゃ、いつ追い出されるかって話になる」

 

「……義務と権利は等価って事?」

 

「ああ、そうだよ。近頃、通貨を出したのは税金を取る為じゃねぇって言われちゃ、どうにもならんだろうよ」

 

「へ?」

 

「どういう事だ?」

 

 そこで初めてザーナが対面に俯せで呟くベクトーラに尋ねた。

 

「アレは分かり易いオレらへの安心材料なんだよ」

 

「安心材料?」

 

「いいか? 亜人連合もヴァルハイルも誰もニアステラの実権を握る遠征隊と流刑者共には頭が上がらない。だが、貢献している事を分かり易く示せるやつばかりじゃねぇ」

 

「だが、税金も取られないのに何故、安心材料になる?」

 

「金を持ってるって事が重要なんだ。金は一種の自己保身の材料。飯だって配給で足りてるんだぞ? 何に使うよ……」

 

「そういう事か。通貨は必須ではない。税も取られていない。だから、安心を提供しているわけか」

 

「どういう事? 何でお金持ってたら安心なのよ?」

 

 イルイテがザーナに尋ねる。

 

「労働の証だからだ」

 

「労働の?」

 

「食べる事に不自由が無いという事は事実上、働く必要は無い。ヴァルハイルのような敗戦国とは違って亜人側は戦勝国だ。だが、その養ってくれるニアステラ側に労働力で貢献しているというのは一種の示威になるだろう。此処で言う金持ちは分かり易い貢献指標になり得る」

 

「ふ、ふ~ん?」

 

「蜘蛛何か見て見ろ。あいつら別に食料なんざ自分で働いて作る方が早い。別に通貨なんか必要ともしてねぇ。だが、敢えて通貨を使わせてるのはあいつらに対して物じゃなく“事”を提供してるって体で亜人の仕事を、安心感を増やす為なのさ」

 

「そこまでニアステラは我らを必要としていないと?」

 

「究極的な話、蜘蛛連中がいれば、他はおまけだ。だからこそ、義務ではなく献身をニアステラは受け取ってるわけだ。その暗黙の了解で連中は上手くニアステラを回してる」

 

「暗黙の了解、か……」

 

「そうでなくて、どうしてヴァルハイルが嫌味の一つも言われず、白い目も向けられない隣人になってる場所が存在する? 亜人共も知ってるのさ。ヴァルハイルはニアステラ側が招聘した。つまり……」

 

「ヴァルハイルには価値がある。亜人共には価値があるのか? というところか」

 

「その通り。ニアステラは分かり易い支配なんぞ敷いてねぇ。誰もが自分から支配されている事を望むような政治体制を敷いてるのさ。それもこれも蜘蛛と幼女のせいだな」

 

「何故、そこで幼女が?」

 

 ザーナの言葉に苦笑が零される。

 

「……あいつらを見てりゃ分かる。アレはこのニアステラで一番重要な仕事を任されてるんだ」

 

「額面通りの宅配の事ではないな?」

 

「ああ、勿論だ」

 

「へ? そ、そうなの? 何かやたらあの子達が近頃は姦しく何か議論してるところとか見てるけど、別に重要そうな事なんかしてた? というか、あいつら殆ど元々が軍人とかなんでしょ? 敵の捕虜相当なんだから、重要な仕事なんて任せられてないんじゃないの?」

 

 イルイテの言葉は恐らくニアステラのほぼ全ての亜人達も思うところだろう。

 

 だが、その本当の意味。

 

 彼女達が任されている事の本質にベクトーラは気付いていた。

 

「あいつらは別に運送業を任されてるわけじゃねぇ。アレは見せしめだ」

 

「み、見せしめ? 確かに犯罪者とか敵を幼女にしてるって話だけど、見せしめって感じじゃないでしょ?」

 

「いいや、見せしめだ。亜人共はあいつらがいるから、本当の意味でニアステラに逆らおうとは思えない。それは端に幼女にされるからって事じゃない」

 

「違うって言うの?」

 

「幼女は捕虜だ。捕虜の一番の使い道は何だと思う?」

 

「そりゃ、人質交換とか。相手の譲歩を引き出す材料じゃないの?」

 

「ああ、そうだよ。で、あいつらはあの状態から元に戻って元々の居場所に帰れると思うか?」

 

「………出来ないの?」

 

「出来ねぇんだよ。あいつらはもう変質してる。幼女ってだけじゃない。心までな。ついでに言えば、自立して過去の自分と同じ意識でありながら、あいつに事実上は反乱なんて考えも出来ねぇ。フニャフニャの幼女だ」

 

 イルイテがベクトーラが何を言いたいのかという顔になる。

 

「あいつらは未来のオレらかもしれないって事だ」

 

「未来の?」

 

「刑罰なんだよ。アレは死刑や蜘蛛にするのと同じ。幼女化刑……」

 

「幼女にするのが刑罰?」

 

「蜘蛛共や一部の部隊にしか、幼女にする武装が施されてないのもそういう理由だ。此処だと犯罪率が異様に低いのも同じ理由だ。幼女は遠征隊の遣いだ。本質的に信頼出来る存在じゃねぇ。民族や種族単位で見れば、アイツら程に効率的な見せしめは無いよな。当然だ。あいつらは―――」

 

 と言い掛けていたところでベクトーラの横に幼女が一人お茶菓子の入った皿を盆で持ってくる。

 

「我々は新しい種族として神の如き者に仕える存在。言わば、使徒……ご主人様の意志を代弁し、過去の自分を超えて新たな時代を築く者」

 

「「「………」」」

 

 三人が押し黙って、その幼女を見やる。

 

「ベクトーラ・ラクドと言ったか。その考えは正しい。我ら幼女はご主人様が敷く社会体系にて来る未来までこの世界を担う為に生かされている。殆どの者はそんな事すら考えもしないはずだが、その考えは恐らく正しい。我々は蜘蛛達の影にいるが、本質的には亜人や人の業に対して目に見える形での抑止力だ」

 

「誰だ?」

 

「失礼した。私は教会騎士の出でな。嘗ては大陸で教会の制度設計に携わっていた者だ。内政人材というヤツだが、志願してこの島に来た変わり者さ」

 

 紫色の髪の毛をショートカットにして、エプロン姿のちょっと垂れ目の幼女がニコリとする。

 

「たいちょーとやらの部下か?」

 

「ああ、彼とは昔馴染みでな。どういうわけか。心理的な幼女化があまり進行しない性質らしくて、こうして時々は他人に対して喋る事にしている」

 

「それで? 盗み聞きとは趣味が良いな」

 

 ベクトーラの言葉に苦笑が零された。

 

「此処の店主までは聞こえていないが、そもそも君達以外にこんな時間に屯している者はいないんだがな」

 

「……で、何で話に割って入った?」

 

「我らの存在意義は決して邪悪ではないと知って欲しい」

 

「邪悪過ぎるんだよなぁ……お前は自覚があるようだが、恐らくはあいつが最も信頼してる種族だぞ? お前ら……」

 

「だろうな」

 

「へ?」

 

 思わずイルイテが声を出す。

 

 その理由は明白。

 

 遠征隊の最も忠実な部下とは蜘蛛の事だと思っていたからだ。

 

「此処で幼女は多数派だ。だが、あらゆる民族、種族から為り、派閥もあるが、基本的に我らはご主人様に逆らうつもりもなければ、本質的に逆らえもしない。だが、最も重要なのはあの方の周囲を脅かさない賑やかしという事だ」

 

 その幼女の言葉にイルイテが難しそうな顔で首を傾げる。

 

「ご主人様は本当に大切な人の為ならば、他はどれだけ親しかろうとも切り捨てられる。我らは切り捨てられる側だが、ご主人様を切り捨てられない。だが、多数派であり、ご主人様の周囲の人々を脅かせない。都合の良い種族なわけだ」

 

「それって………」

 

「だが、まぁ、構うまい。これは刑罰だからな。殺すよりも生かし、利用する。蜘蛛達は殺して尚生かし、利用する。我らと蜘蛛達の違いは其処にあるが、そこにしかない」

 

 ベクトーラがその幼女に瞳を細める。

 

「それが分かってて流布もしないわけか」

 

「そうしたところでどうなる? ベクトーラ・ラクド……お前は話に聞けば、ご主人様の友人だそうだな」

 

「………」

 

「これは嘗て敵だった教会騎士にして今はあの方の気持ちが分かる元人間からの忠告だ」

 

「何を忠告してくれるって? 高が幼女のアンタが……」

 

「我らは本来死んでいるはずの敵だ。だが、生きている……ソレはあの方にとって、特大の譲歩であり、同時に可能性に対する挑戦だ」

 

「………可能性、ねぇ……」

 

「実利と妥協は決してあの方にとって簡単な問題ではない。お前達第三部隊の人員が社会的な地位と状況以外ではあの方に縛られていないのはそういう理由だ」

 

「期待されてるとでも?」

 

 幼女が肩を竦める。

 

「もっと合理的で簡単で余計な手間が増えない方法なんて幾らでもある。我らを幼女にしたようにヴァルハイルの人員全てを幼女にしたって良かっただろう。だが、そうはならない。そうしてはいない。その理由をよくよく考えてみろ。それがご主人様の答えなのだ」

 

 お盆から皿を三人の手前に置いてペコリと一礼した幼女がカウンターへと戻っていく。

 

『あら~上手く出来たかしら?』

 

『できました~。ますたー♪』

 

 今までの言葉が嘘のようにフニャフニャ幼女的な喋りに戻っていた元教会騎士が裏方のお手伝いへと戻っていく。

 

「答えねぇ……」

 

 何処か面白く無さそうな顔でベクトーラが小麦菓子を頬張る。

 

「け、結局何なの?」

 

「オレらはどうやら期待されてるらしいって事なようだ」

 

「期待?」

 

「ヴァルハイル。そして、自分を手伝ってくれるかもしれない人材。それをあいつは求めてる。自発的な献身をな……」

 

「そんなの不可能でしょ……常識的に考えて」

 

「その常識とやらを知っていても期待はしてるんだろうよ。はぁ~~まったく、部下に言わせるのか。本当にアレだな。何も言わねぇってのは厄介だ」

 

「そういう事か。ならば、ヴァルハイルのこれからの未来はやはりお前に掛かっているようだ。ベクトーラ・ラクド」

 

 ザーナがそう呟いて菓子を頬張る。

 

「ど、どういう事よ!?」

 

「分からなくていい。これは男の友情と実利と可能性の問題だ」

 

「???」

 

「オトモダチか。オレから最も縁遠い言葉だったのも忘れてたぜ……アイツが来てから……はぁ、何でオレなんだ……」

 

 こうして第三部隊の若者達は次々に降って湧く神々の襲撃者達の襲撃に出会う事もなく。

 

 未だ其処にいるという仕事をし続ける事になるのだった。

 

 *

 

 アレキサンド。

 

 そう名付けられた蜘蛛達。

 

 唯一、大地母神ウェラクリアではない女神の祝福を受けた種族。

 

 神の力の高い者から変異した彼らの生体は基本的にスピィリアと同じく魔力を糧に出来るが、スピィリアと違って神の如く魔力は自前で湧いて来るので事実上は食事を摂らなくても死なない。

 

 ついでに言えば、殆どの攻撃に対して【念動】による物理量を無視した防御が可能であり、一部の空間や時間、重力に関連する魔力運用による事象以外は受け付けない体質でもある。

 

 簡単に言えば、隣で世界を滅ぼす爆弾が破裂しても、ソレに彼らの力を中和する神の力やソレ系統の事象が混じっていなければ、鼻歌でも歌いながら紅茶を嗜んでいて問題ない。

 

 それが彼らアレキサンドだ。

 

 宝石を重ね合わせたような肉体は変形もある程度は自在であり、一繋がりの巨大宝石のように擬態する事も可能。

 

 北部での新人類アークの最初期攻勢で出た大量の行方不明者と別大陸で擬神を斃す際の解放戦争で現れた数百万規模を合わせて、彼らの個体数はかなり増大している。

 

「《-ω-》………」

 

 島の北部での大量のアークへの援軍が消滅して以降。

 

 大規模な敵の侵入は検知されていないが、あちこちで増えた蜘蛛達の為に黒蜘蛛の巣を追加で造営せねばならない青年は忙しい。

 

 霊力供給の為に時間差のある地域を飛び越えて、あちこちに向かってもいるガシンは常に一地域にいる事が不可能な為、彼がいない地域の守護は主にアレキサンド達が担い。

 

 防御に秀でている事から、神の力を監視する監視網と防御網の構築へとその力を注いでいた。

 

 とある大陸での大決戦の情報が入った数日前から自分の体の一部を剣として大地に埋め込み。

 

 力の延伸用ビーコンとして利用する方法が出回った結果。

 

 北部では大量の脚を再生中のアレキサンドが散見されるようになり、その神の力を用いる網は延々と広がり続けている。

 

 そんな最中、北部中央地域から少し離れた沿岸部にある黒蜘蛛の巣の一つに新たな神が襲来していた。

 

【我が名は【大拳闘】シュラヒド……新たなる可能性を拓かんが為、この領域を貰い受ける】

 

 蜘蛛達の前に現れたのは正しくガシン辺りならちょっと嬉しそうに戦ってしまいそうな50代の風体。

 

 全身に入れ墨らしい呪紋っぽい魔力運用体系の文字を刻んだ厳つさと二枚目な顔を併せ持つ男だった。

 

 その鋼の如き鍛え上げられた浅黒い肌の下の筋肉は正しく彫刻。

 

 その腕に付けられたガントレットと五体のみを駆使するだろう敵が堂々と黒蜘蛛の巣の一角に突如として現れた時。

 

 周囲の蜘蛛達は即座に退避し、次々に中央塔の周辺に防御用の呪紋を不可糸で刻みながら、アレキサンドを盾にしつつ、後方へと下がっていく。

 

 しかし、男が横に拳を僅か裏拳気味に放った途端。

 

 その拳が吹き飛ばした空気圧が周辺の建造物を薙ぎ払い。

 

 強化されていたにも関わらず数件の建物を爆圧のような衝撃で吹き飛ばした。

 

 蜘蛛達はもう中にいなかったが、破壊された建造物が次々に周辺に拡散。

 

「;つД`)(もうちょっとで全部完成だったのにー!?という顔)」

 

 蜘蛛達はちょっとガッカリした。

 

 本来の用途で使う暇も無く吹き飛ばされてしまったので少しは使いたかったという悲哀である。

 

【(我が拳の圧でたった数件だと? 都市一つを薙ぎ払う我が力……例え、真正神とはならずとも、この塔一つ程度簡単に薙ぎ倒せるかと思っていたが……どうやら甘かったようだ)】

 

 蜘蛛達が次々に竜骨製の都市機能。

 

 壁を地面から出現させ、防御壁をあちこちで展開し始める。

 

 それに対し、シュラヒドと名乗った腰布と古びれた色彩の衣装を下に纏う彼が虚空に蹴りを放つ。

 

 すると、猛烈な打撃音が連続して竜骨製の壁を叩き。

 

 根本から薙ぎ倒して、蜘蛛達が更に後退を余儀なくされた。

 

「(; |д|)(たいひーたいひーぼーえーせんさげろーという顔)」

 

 蜘蛛達がワラワラと薙ぎ倒された壁の更に奥へと引いていく。

 

 進み続ける拳闘士の神が第一の壁を僅かに観察して、根本の継ぎ目が衝撃に耐え切れなかったというのを確認し、さすがに易い相手ではない事に納得する。

 

 本来、彼の拳の通当てで壁に罅も入らないというのは在り得ない。

 

 彼が本気で殴れば山を空気を弾き飛ばした威力だけで貫通するのだ。

 

 そのレベルで明らかに人を遥かに超える受肉神にして大神たる男はこの都市が自分の攻撃にも耐え得る恐ろしき頑強さを供えている事を感じ取っていた。

 

【敵が集結してくる前に落とさねばならんか。多少手荒に行くぞ!!】

 

 男が猛烈な虚空での空拳。

 

 型を乱舞させた。

 

 その途端、黒蜘蛛の巣の第212号塔の市街地の半数が破砕され、更地となっていく。

 

 しかし、その周囲に単なる壁ではない。

 

 区画を遮る大防壁が次々に真下から展開され、その攻撃の余波を最小限度に抑えた。

 

 打撃は続いているが空気圧だけでは突破出来ないと理解した男が即座に蜘蛛達にも劣らぬ速度で壁に肉薄。

 

 拳を叩き込みながら、飛び回り、竜骨の大壁を打ち崩していく。

 

 完全破砕まではされなかったが、それにしても激震が全区画に奔り、猛烈な振動で周囲は揺れっ放し。

 

 再び男が地面に立った時、居住区画を中心とした被害は正しく竜骨製の建造物の大半が砂に成るほどまでに拡大し、大壁もまた半ばまで崩れ、罅割れ、今にも限界を超えて砕けそうになっていた。

 

「\(゜ロ\)(/ロ゜)/(あーもう滅茶苦茶だよーという顔)」

 

 蜘蛛達が右往左往しながら、破壊された竜骨を再生するべく。

 

 地下の真菌層へと魔力を流し、大量の爆華の希釈液を中央塔の地下から注入。

 

 竜骨の内部を走る複数のパイプから噴出した真菌と薬の混合液が破砕された床や壁から染み出し、猛烈な勢いでギンゴンギンゴン再生音を響かせながら、区画全体が再び形を取り戻していく。

 

【街を再生させる事まで出来るのか。この骨……竜のものだな? カルトレルムの眷属か? いや、この骨はもっと古い……まさか、ノクロシアの黎明竜か?】

 

 男が呟いている合間にもこれでは埒が明かないと中央塔へと歩み出した時だった。

 

「―――」

 

 男が初めて振り返り、構えを取った。

 

 彼の背後にいたのは黒い鎧に普通のものらしい兜を着込んだ呪霊が一体。

 

 その背後には同じ鎧ながらも首無しのモノが数体。

 

【呪霊だと? 緋霊にすら満たない呪霊で我が力を止めら―――】

 

 シュラヒドの頬肉が抉り飛ばされていた。

 

 咄嗟に背後に半身を引きカウンターで拳が相手の胸元を突き破る。

 

 猛烈な打撃に貫通した拳から放たれた一撃が上空の黒蜘蛛の巣の糸の壁を突破して、遥か天を突き抜けていく。

 

【(我が拳の直撃を体内から受けて爆散しないッ!! なるほど強いではないか!!)】

 

 シュラヒドが兜の中身も確認せずに拳を引き抜こうとして、相手が自分を抱き締めるように組み付くのに気付き、すぐに全身からの衝撃を放出し、脚を踏み鳴らす。

 

 ガゴオオンと黒蜘蛛の巣が一瞬だけ住居区画方面で傾いだ。

 

 地殻が砕け、衝撃を下に逃がした居住区の再生しつつあった床材がその脚から受けた衝撃に罅割れながらもすぐに再生を開始する。

 

 相手を分解した男だったが、その背後から殺到する黒鎧。

 

 黒征卿を延々と狩る事で得られた大量のモルド相手に組手染みて打撃で全てを破壊していく。

 

 確かに爆散しないが、破壊は可能なモルドは拳を当てられた場所から破砕され、中身を消し飛ばされていくが、同時に再生も行われていた。

 

 完全に粉々に吹き飛ばして、質量を散逸させて尚内部から質量を補填しながら元に戻っていく様子は通常ならば絶望を覚える光景だろう。

 

 モルドそのものは破壊されたままであったが、散逸した鎧の中身はまるで樹木の如き流動する細胞で出来ており、今度は音速の数十倍近い大神の攻撃に適応を始めて攻撃そのものをいなし始めていた。

 

【(燃やし尽くさねば、千日手か。ならば―――)】

 

 シュラヒドが跳躍する。

 

【(後でアルエクトのヤツにどやされそうだ)】

 

 考えながらも虚空から一転。

 

 男が蜘蛛達にも認識出来ない速度で地表に炸裂した。

 

 その時、大規模な地殻変動が発生し、その海に面していた黒蜘蛛の巣の半径4km圏内で地殻が大規模隆起し、猛烈な地割れと破壊の二重奏で周辺の黒蜘蛛の巣までもが傾く衝撃が発生。

 

 爆圧によって居住区画を中心として殆どの巣の構造が破壊され、根本から吹き飛びそうになった巣が拉げる程の威力であった。

 

 爆圧、爆縮、衝撃が至る所で構造を崩し、破綻させていく。

 

 しかし、それを前にしても蜘蛛達は死ぬ事も無く。

 

 アレキサンドの後ろに退避していたり、自前の防御手段で身を固めてガードしたりしながら、吹き飛ばされる事を良しとして威力を殺した。

 

 が、そのせいで数千匹の蜘蛛達が現場から数km離れた場所へと空飛ぶ破片と共に消え去っていく。

 

【まぁ、原型が残っておればいい。後で直せばいいのだから、な?】

 

 シュラヒドが蜘蛛達のしぶとさと生存性の高さに呆れた様子になりながらも、まずは拠点を確保せねばという顔で歩き出そうとしたが、すぐに気付く。

 

 何も無いクレーターと化した区画の最中。

 

 受肉神の本気を見せた男は驚かざるを得なかった。

 

 破壊したと思っていた存在がゆっくりと彼の前で再生し、復元され、数秒で元に戻っていく。

 

 今度は鎧も含めてであった。

 

【―――時間を巻き戻した? いや、鎧そのものまでもが復元されている。時間への干渉は感じられない。つまり、コレはこの場で物質の制御で同じものを……】

 

 数体の黒鎧に兜有りの一体。

 

 ソレが再び剣を抜いて男に切り掛かる。

 

 音速を遥かに超える戦闘速度。

 

 しかし、蜘蛛達すらも超えて機動する男には当たらない。

 

 反撃で分子レベルまでも分解する拳で吹き飛ばし、現物が飛散している。

 

【ッ、これでも復元されるのか。魂すら粉々のはずだろうに……】

 

 正しく間違いない神の言葉にも関わらず。

 

 その鎧の猛攻は止まらず。

 

 倒しても倒しても復元されていく状況に焦れた様子のシュラヒドが精神を集中し、その敵に紐付けられている魔力の流れを追う。

 

 すると、今自分がいる場所から数km離れた場所の地下。

 

 少なからず1000m以上下にソレを発見した。

 

【全てを吹き飛ばし、露出させる!!】

 

 瞬時にkmの虚空を渡り、現場に現れた男が拳をグググッと弓なりに引いて、虚空を蹴り付けて地表へと跳んで殴り付ける。

 

 黒蜘蛛の巣が無かった場所とはいえ。

 

 それでも爆裂した威力にキノコ雲が上がり、巻き上げられた塵が火山雷の如く稲妻を発生させ、遠雷が北部中に響く。

 

【貴様か!! この鬱陶しい人形を操っているのは!!】

 

 彼が2km近い巨大な大穴の地下を見下ろしながら、その異様な樹木に目を細めた。

 

 赤黒い樹木は脈動しながら、括った首無しの黒鎧の騎士達を大量にぶら下げ、今も蠢いていた。

 

 その周囲には石板が埋め込まれており、呪紋によって防御が敷かれていたらしく。

 

 まったく、樹木本体は無傷。

 

【微弱だが神の力を感じる。何かしらの遺物を取り込んで強化された個体か。だが、我が力の前では―――】

 

 シュラヒドが瞬時に樹木の横に現れる。

 

 認識不能の速度による落下。

 

 石板の呪紋が焼き切れて割砕かれていた。

 

【無力!!】

 

 裏拳が樹木を一切合切吹き飛ばし、塵も残さずに拡散させながら焼失させる。

 

 その際の一撃で周辺の黒蜘蛛の巣の一部が外壁を破壊され、砕かれた建材に降られた蜘蛛達が慌てて中央塔へと避難していく。

 

【これで……】

 

 ドスリと男の心臓を背後から貫いた骨の槍のようなものが胸から飛び出す。

 

【ッ―――!!?】

 

 男が瞬時に上空へと逃れようとした時、その胸部内から溢れた血肉が内部から肉体を吹き飛ばした。

 

【甘い!!】

 

 一瞬の早業で左半身を犠牲にして右の腕で肋骨辺りから骨の槍を引き千切るようにして抜き取った男が血塗れで上空へと跳躍。

 

 すぐに自身を再生させながら距離を取ろうとした、が。

 

【ッ】

 

 彼が向かった上空から猛烈な白い雨が降り出し、ハッと彼は上空の雲の上を見やり、そこにあまりにも巨大な何かが乳房を垂らして乳を吹いている姿に驚愕する。

 

 いつの間にか無数の乳房が垂れ下がる肉の空。

 

 その中央には巨大な樹木らしきものがある。

 

 その乳首の群れからは骨の槍らしきものが複数本生えており、常軌を逸した光景は正しく普通の生命体ならば、正気を削られ、発狂してしまうものだろう。

 

【本体はそちらか!? 悍ましい?!! 受肉神の遺骸を取り込んでいたか!!?】

 

 全長21km近い何かだった。

 

 ソレが北部の海側の上空に根を張っていた。

 

 遥か天空へと向けて根を張っていた。

 

 その意味するところを旧き常識にして理そのものであるシュラヒドは理解しない。

 

 だが、明らかに通常の受肉神を超える存在である事だけは彼も肌で理解する。

 

【まさか、受肉神の肉体を増やしたのか?! 何と馬鹿な事を……そんな事をして、存在を保つ事が出来ると言うのか!?】

 

 彼の言う事は最もだ。

 

 受肉神の血肉には力がある。

 

 だが、その力を制御する事は極めて難しい。

 

 しかし、化け物は正しく力そのものを男を前にして露わにしていく。

 

 無数の振り落ちる乳房から滴った乳が大地を白く染める最中。

 

 その乳から迫り出す巨大な槍は天に無数。

 

【大神と怪物。どちらが強いか勝負と行こうか!!】

 

 燃え上がるのも無理は無い。

 

 大神が受肉神の姿で全力を振るうのは神世の終わりの大戦以来だ。

 

 久方ぶりの“敵”を前にした大神の全力が解き放たれようとした時だった。

 

 男の全身から猛烈な勢いで血肉を侵食する何かが根を這わせ、

 

 神経組織から毛細血管まであらゆる隙間から這い出て細胞を制御下へと置きながら、膨大な神の力を注がれて、肉体の主からその主導権を奪っていく。

 

【が、ぐ、げ、グガハァ?!】

 

 シュラヒドの口から爆発する勢いで樹木が発芽し、その若芽が天空へと向かって滴る乳を糧に上空のその悍ましき何かと結合。

 

 首が背骨側へと折れ曲がった途端、復元を終えていた兜有りの黒鎧によって切り落とされ―――そうになったが、歯が受け止め。

 

 ギョロリとした大神の瞳から熱線が放たれた。

 

 それに上半身を蒸発させられながらも、その瞳すらも根によって内部から圧し潰され消えていくのを見届けたレーゼンハークが今度こそ首を切り落とし、それもまた根に侵食されて消えていく。

 

 途端、その肉体から何かが離れたのを呪霊は理解し、その魂らしきものが自分に拳を振るい。

 

 猛る烈火の如き怒りに殴り壊された。

 

【!!!!】

 

 しかし、何ともないかのように再び復元され、神霊の怨恨の籠った打撃全てを受け止めた。

 

 本来ならば魂を滅するはずの大神の霊魂の攻撃にすら怯む事無く。

 

 滅されて尚、復元されて戦い続けるレーゼンハークはグバッと砕けた兜の内部から顎と歯らしきものを露出させ、霊魂の状態の大神に向けて、齧り付く。

 

【―――】

 

 幾度なく霊魂が、霊力が、霧散しながらも復元を続ける騎士。

 

 抗う神の神魂は最後まで抵抗し、相手を砕き続けた。

 

 が、レーゼンハークの口元が相手の全てを食らい尽くした時。

 

 上空へと引き上げられ続けていた神の肉体は首無しの肉体の一つとして括られ、その内部から伸びた枝の先には衣装までそっくりな体だけが複製されていく。

 

「(/・ω・)/(さすが操神召喚で出て来るヤバいヤツという顔)」

 

 それを見ているのは蜘蛛くらいのものであった。

 

 嘗て騎士を括った食獣植物たる操獣や不死の呪霊として名高かった騎士は新たな階梯に達し、新たな名を主から与えられていた。

 

 黒山羊の母の遺骸を食らい。

 

 それを呪紋と莫大な爆華の希釈液を糧にして複製。

 

 自存する受肉神の血肉の複製母体となったモノ。

 

【神括りのメルランサス】

 

 受肉神の血肉の複製を物理的に成し遂げた少年がそれを自動化し、操獣に組み込んだ存在はもはや既存の怪物にすら当て嵌らない。

 

 新たな神の血肉と力を持つ存在は人から見れば、限りなく不滅に近い天に座す神すら叶わぬ怪物。

 

 その根は遥か天空へと伸びており、島の直上から100km近く上の静止衛星軌道上までも続いている。

 

 遥か頭上には今も拡大を続ける広大な密林が島の如く浮かんでおり、ソレそのものが今やメルランサスの本体であった。

 

 日の光からの熱量と宇宙線を受けながら光合成し、神の死体を量産している密林の樹木の下には大量の頭部の無い体が下がっている。

 

 それだけであったならば、神は相手を脅威とは見なさなかったかもしれない。

 

 だが、そこには黒山羊の母や人馬神の体が首も無く垂れ下がっているのだ。

 

 ついでに言えば、冥領で近頃悪魔の能力を得た蜘蛛達が空間を渡る術を身に着けて、崩壊した神の領域から少年達が倒した神樹の破片までもが齎され、密林のあちこちではソレらしきものまでもが数本成長し始めていた。

 

「(´ρ`)(こんなんに挑むとしたら、大神とやらが恐らく数ダース単位で必要だよなーと複眼の視力を上げて上空を覗く顔)」

 

 様々な呪紋を自動化し、魔力その他のエネルギーを自活出来るようになったメルランサスはその時が来るまで全ての力を増幅、複製、増殖に費やしており、その血肉に心臓を一体化させる事で不死の騎士は更なる復元能力までも得ていた。

 

 強さは精々が黒征卿に多少劣る程度。

 

 しかし、メルランサスが滅びない限り、その呪紋で繋がり、復元の対価を捧げ続けられる騎士は現実に得た肉体までも復元し続け、決して倒れない。

 

 そして、神の力を取り込む為に神を殺す先兵となり、相手の油断を誘って致命の一撃を入れる神殺しのエキスパートとして少年に調練された結果。

 

 その準備の結果は上々なものとして現在の北部を救っていた。

 

 そんなのが北部では何気なくウロ付いており、地下に端末が複数体いて監視中なのだ。

 

 緊急時にはメルランサス本体から降ろされた大規模な島のようなものまでもが出張って来る。

 

 そんなの誰も想像すらしていないし、何ならその実態を知っている人員は事実上、六眼王ヘクトラス唯一人だったりする。

 

 彼は次々に少年がやっている事を確認して絶望と諦観を抱く第一人者となっており、今回もまた程近い人馬の邦から一部始終をその瞳で見届けており、こんなの誰も知らなくていいと溜息を吐いていた。

 

 彼の視線の先には神の霊魂を喰らい。

 

 更なる力を得た受肉騎士が見えている。

 

【神喰いのレーゼンハーク】

 

 神すら食する蜘蛛の騎士は今や他の蜘蛛達と同じく。

 

 様々な生物の能力と呪紋を備え、飛び抜けて狡猾に立ち回る。

 

 シュラヒドを突如として襲ったのは黒山羊の母が使っていた骨の槍。

 

 それもまた神の攻撃手段を模倣する蜘蛛の騎士の攻撃。

 

 レーゼンハークが遠距離に吹き飛ばされた血肉から片腕だけ復元されている状態で自分を観測される前に内部の骨を変貌させて狙撃したのだ。

 

 彼の知覚はメルランサスと同期しており、自身が魂毎復元される最中にも最小単位の細胞レベルから意志を巡らして動けるのである。

 

 骨の槍の内部にはメルランサスの種が仕込まれており、ソレが表面から無数に体内へと侵入し、遺物が神の力で排除される前に何気ない骨の粒のように擬態して極々小さなままに血流へと乗る。

 

 そして、敵が骨の攻撃を除去して安堵した瞬間に降って来た黒山羊の母の乳を栄養源として発芽。

 

 例え、神の力の吸収が出来ずとも外部の乳から養分を吸収し、全身を一気に侵食、上空のメルランサスの圧倒的な物量を捧げる事が出来るというアドバンテージにて注がれる神の力の干渉力で相手を上回り、体内の細胞から相手の主導権を奪う。

 

 主導権争いに負けた時点でその神は血肉を完全に掌握される。

 

 魂が抜け出そうとも定理側に返るまで気を抜く事もなくレーゼンハークがその魂までも喰らい、神すらも事実上は決して北部を安穏と歩ける事は無いと怪物達は証明した。

 

 二つで一つとなった彼らは神の力を完全に写し取って己の背後の列へ加えたのである。

 

 今後はシュラヒド・タイプとして頭部無しの肉体を更に黒征卿の鎧の中身へと転用し、強化が図られる事だろう。

 

 公正神マーナムによる等価交換を主とする復元呪紋。

 

【マーナムの神秤】

 

 少年が使う事もなく死蔵する切り札の一つとした呪紋は元々がリケイの手札であった代物だ。

 

 どんな存在であろうとも等価交換ならば、元に戻せるというやたら代償が重い呪紋は増やした神の肉体を用いる事でどんな存在も復元し続ける。

 

 同じ人の命ですら完全に優劣が付いてしまう事は逆に考えれば、神程の価値が無い存在なら、神を犠牲にすれば、それなりに復活させられるという事実に行き付く。

 

 メルランサスという特大の貯蔵庫内で増え続けている受肉神の血肉を捧げる限り、端末となったレーゼンハークは滅びぬ怪物として受肉した神々すらも鏖殺する。

 

 その後に待っているのは敵の能力を得た味方の増産。

 

 それは正しく蜘蛛達がやっている事を神に置き換えた戦略。

 

 これに抗い得る神なんて正しく限られているだろう。

 

「(´ρ`)(あれ、いっとくという顔)」

 

「(`・ω・´)(そうだねという顔)」

 

『( ゜∀゜)o彡゜(そろそろ姿を消しそうな天空のご立派なもの達に向けておっぱいおっぱい!!と手を振る蜘蛛達の顔)』

 

 こうして少年の準備によって怖ろしき怪物に食い殺されたシュラヒドの悲劇は時差のせいで他の地域の者達には伝わらず。

 

 まだ自分の邦にいる幾つかの小規模な亜人種族によって密やかに語り継がれる事となる。

 

 曰く。

 

―――遥か天より降り来る乳の雨。

 

―――大神を喰らいし、黒き鎧の遣い。

 

―――世の高みよりニアステラの威光を知らしめん。

 

 まぁ、それはそれとして黒蜘蛛の巣が合計21棟程被害を受けた事で北部を飛び回っていた樽の人が1日394時間程の仕事に忙殺されるという意味不明な現実を体験する事となるが、それはまた別の話。

 

 時間の誤差の開きにより、1日ですらも24時間ではなくなった世界で地域を飛び越えて仕事をする彼は夜を見るまで延々と転移であちこちの復旧復興事業に狩り出され。

 

『なぁ……これどうすんだ?』

 

 呆けた青年の呟きは虚空に消えて。

 

『( ゜∀゜)o彡゜U(おっぱいおっぱ―――あ、これどーぞと天からの恵みを貯めたカップを差し出してみる顔)』

 

 大神を退けたと連絡があってやってきた青年は半笑いになる。

 

 全半壊した塔のあちこちで蜘蛛達が自分に手を振ってる。

 

 此処からお仕事頑張ってねの合図は絶望しかないブラックな職場の日常風景。

 

 青年がガックリと項垂れるのも無理からぬ事であった。

 

 ちなみにその周囲の黒蜘蛛の巣ではしばらくの間、神の乳なる胡散臭い飲み物が雨水よろしく活用され、周辺にはメルランサスの端末達と合わせて巨大な密林が勝手に形勢されたり、乳が湧き出る泉とかが出来たりもするが、青年が一切関与していないのに青年の御業だと多くの亜人達に逸話を増やされる事となる。

 

 後々、この地域の蜘蛛達が何か雨が降らないとおっぱいおっぱい言い始めたりもするが、蜘蛛の気持ちが分かる亜人が移住してくるのはまだまだ先の話であり、未だ誰もツッコミを入れる者も居なかったのである。

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