【完結】ダンジョンとかいう危険地帯のトイレ管理は大変です 作:烏何故なくの
あ、もしかしてゲームの世界に転生してる?
私、フローレンス・ド・ティペッツがそんな事実に気付いたのは七三歳になってからであった。
七三歳。長命な
とはいっても、閉鎖的な
この世界が私が好きだったローグライクダンジョンゲーム、『闘牛迷宮』だと気づいてからは私の行動は速かった。
両親に説得に説得を重ね、最終的に本名を捨てることと定期的な仕送りを行うことを条件に、私はフローと名前を変えて外の世界へと飛び出した。
せっかくローグライクダンジョンの世界に来たのに、ダンジョンを見ないことには死んでも死にきれない。
ストーリーが始まる前だったのは幸いだった。なにかしらの形で主人公勢には関わっておきたかった。
ダンジョン。莫大な制御されていない魔力が世界に開けた穴。
その穴の中では、制御されていない魔力が周辺の地形をでたらめにコピーし、迷宮のような複雑な地形を作り上げる。
『闘牛迷宮』ではそういう設定だった。
私が向かったのはマルアト神殿迷宮。
竜を退治した英雄を祭った神殿がダンジョン化したもので、『闘牛迷宮』のストーリーの舞台だ。
危険な罠に狡猾な怪物。
剣で掴み取る栄光。血と涙を流しながら、その中で紡がれる絆。
そういう物を期待していた私はそこで、信じられないものを目にした。
うんこだった。
信じられないくらい、迷宮の一階層は汚物で溢れていた。
マルアト神殿迷宮は、石作りの神殿がベースとなって出来たダンジョンだ。
床も壁も石作り。土も水も極端に少ない。
生態系のサイクルは歪ながらできているようだったが、それに外からやってくる人間たちの大量の排泄物を分解しきる力は無かった。
マルアト神殿迷宮を管理していた
ダンジョンからは様々な資源が取れる。様々な種族が出稼ぎにきており、あらゆる施設がパンク状態なのだ。
当然、ゲームの中でこんな描写はなかった。
ゲームが現実になった弊害なのか? それとも、ゲームで描写されていないだけで設定的には元々うんこまみれだったのか?
……そんなことはどうでもいい。
大事なのは、このままこれを放っておけば私の推しはうんこまみれのダンジョンを冒険しなければいけないということだ。
うんこまみれのダンジョンで戦い、うんこまみれのダンジョンで傷つき、うんこまみれのダンジョンで仲間と絆を育み、うんこまみれのダンジョンで成長しなければならない。
許せない。
そんなことは断じて許せない。
幼少期の思い出を台無しにされるような苦痛だ。私の精神衛生的に、この迷宮にはロマンが溢れていてもらわないと困る。
トイレを作らねばならない。
不衛生なトイレではダメだ。
推しにトイレをして欲しくないとまでは言わないが、せめて綺麗なトイレを使って欲しい。
やるんだったら徹底的に。
だれでも扱えて、衛生的で、臭くないトイレを作らなければならない。
この日から、私はトイレ職人のフローとして産声を上げた。
◾️◾️
「フローさんや。君が一階層に設置してくれたトイレなんだけどねぇ」
「はい」
「なんか死ぬほどハエが湧いたって」
「えっ」
「量が多すぎてダンジョン探索に支障が出てるからさ、急いで撤去して欲しいんだけど」
「えっえっ」
決意を抱いた日から数年が経ち、様々な技術や幅広い人脈を得た私はついにダンジョンにトイレを設置することに成功した。
その次の日、ピレアニナのお偉いさんに、穏やかな口調ながらも笑ってない目で詰められてしまった。
ダンジョンから取れる資源はピレアニナの貿易をかなりのウェイトで支えている。
一日でもダンジョンを封鎖する事態になれば、その損失は計り知れない。
「あの、この埋め合わせは必ず………」
「ああ大丈夫、フローさんにはよく働いて貰ってるからね。貸し一つということで」
か、貸し一つ…………!
最悪だ、またタダ働きさせられる…………!!
こ、こんな筈では………!!!
◾️◾️
「……ハエ対策はしてる筈なんだけどなぁ」
石造りの通路を歩きながら、私は愚痴る。
私は今はダンジョンの一階層に、腕の立つ二人の仕事仲間とトイレの撤去にきていた。
一階層で見かける、ハエの多いこと多いこと。
見つけ次第広範囲の魔法でなるべく駆除しているが、効果は大してないだろう。
現代日本知識チートを使って水洗式の仮設トイレを設置した筈なのに……!
項垂れる私に、
「それなんじゃがのぅ、これはワシの予想なんじゃが」
「……?」
「わざわざ最新鋭の水洗トイレを設置したじゃろ。水辺にハエが寄ってきたんじゃないかのう」
…………。
…………。まさか、まさかそんな…………。
「いやいや、一応防虫剤とか混ぜてるしさ……。そもそも四階層の水辺ではハエなんて殆ど見ないじゃんか」
「ダンジョンでは階層が一つ変われば生態系はガラッと変わるじゃろ。一階層のハエは少ない水で繁殖できるんじゃなかろうか」
…………ありうる。
十二分にありうる…………。
砂漠地帯にトイレを作ってハエが大量に湧いた例は、前世でも聞いたことがある……。
「いや、でも……。ここまで広範囲に大量発生するもんかなぁ? トイレの設置箇所はそんなに多くないし……」
「………あっ」
私の苦し紛れの言い訳に、
「……し尿を処理するためにスライムを数十体、マルアト神殿迷宮に持ち込んでスライム小屋を作ったケロ。フロー、スライムの体表を覆ってる水に防虫剤とか撒いたケロ?」
「…………撒いてないです」
スライムは雑食な生き物だ。なんでも素早く食べるその生態に目をつけ、私はし尿処理にスライムを活用してきた。
生き物としては貝やカタツムリに近いだろうか。
貝殻で身を守るのではなく、魔法で水を操り身を包んで守っている。
……身を守っている水にはスライムの消化液が混ざっていることもあるが、殆どは綺麗な水だ。
つまり、スライムの水がハエの苗床にされている可能性は、十二分に、ありうる………。
◾️◾️
「ゲェ————ッゴマ団子!!!!」
設置したスライム小屋に入った私を出迎えたのは、ぷるぷる蠢く不気味なゴマ団子だった。
うぉ、表面にくっついてる黒いやつ全部ハエ……? これスライム生きてる……? 蠢いてるから生きてはいるのかな……。
とりあえずスライムが十匹全部いるのは確認できたし、スライム小屋もとっとと外に運び出そう。
仮設トイレもスライム小屋も
「ダルマ、とりあえずスライムはみんな居るよー」
「……! しゃがむケロ!」
ダルマの大声に私は反射的に頭を下げる。
私の頭があった場所を、半透明な腕が通過した。
私は後ろに飛び退き相手を見る。
半透明な人形の煙が、両手を挙げて私に襲いかかってきていた。
異世界のトイレに湧くのは、虫だけではない。
ゴースト。
魔力の多い場所で発生し、水気に誘われてくる生き物だ。
昔は死者の魂がこの世に舞い戻った物だと思われていたけど、最近の研究で立派な生き物の一種だということが分かっている。
ゴーストなんて名前はあくまで過去の人間がつけた名前である。
魔力で体の大部分を構成しているから、遠ざけるには魔力を乱してやればいい。
オウム花に、魔力を乱す効果のあるダルマの読経を録音させてトイレの音姫代わりにしていたんだけど……。発声器官にハエでも詰まったかな?
私は腰につけていた袋をゴースト目掛けて投げつけた。
中に入っているのは植物のタネだ。
「噛み砕け!」
私が魔力で命令を打ち込んでやると、植物のタネは急成長を始める。
一秒と経たずにハエトリグサのような、肉食獣の口を思わせるトゲのついた葉がゴーストを挟み込んだ。
ぶちゅり、と水を含んだ音がした。
ゴーストが死んだのだ。
この世界の魔法は基本的に、特定の何かを操るというものである。
操れるものは種族によって違う。
魔法の扱いは唯一私が妹に優っている部分であり、何気に魔法にはプライドを持っていたりする。
「はぁ、ゴーストがいたってことはついてるわよね、血の痕が……」
ゴーストも生き物である。物を食べて排泄をする。
ゴーストの主食は魔力が豊富に含まれている生き物の血であり、魔力を吸い出し終わった血は、ゴーストの手や足から排出される。
ゴーストが現れた後には、ホラー映画のような血の手形や血の足跡がべったりと残り、掃除が大変なのだ。
この分だとトイレも汚してくれたことだろう。
くそ、清潔で臭くない水洗トイレを設置する作戦は失敗だ。
いつかハエにもゴーストにも邪魔されないで利用できる水源を、一階層に確保してやるからな………。
・
繁殖力が強い、黒髪でで褐色の種族。
魔法のアイテムを作るのが得意。
魔法の炎を操る事で魔法が出る指輪といった魔道具を精錬したり、飲むと治癒力を促進させるポーションを作ったりできる。
・
言葉を話せる、人間っぽいカエルの種族。身長は平均して110cmくらい。
まつ毛や髭が生えるでっかいカエルといった容姿をしている。
・
森の中のダンジョンに住んでる種族(祖先の古墳がダンジョン化してる)。
白い肌と長い耳を持つ。潔癖で他種族を見下し気味。
他種族の魔法行使に干渉して魔法の精度を無理矢理引き上げたりできる。
・
背が小さく力が強い種族。平均身長130cmくらい。
金属を操作する魔法が得意(土とか岩とかに干渉できるが、金属が一番得意)。