【完結】ダンジョンとかいう危険地帯のトイレ管理は大変です 作:烏何故なくの
私達は水洗トイレを回収し終えた後、自社に用意してある基本的な仮設トイレをダンジョンに設置した。
いわゆるボットン便所と呼ばれる形式のやつである。
水洗トイレは運んでる途中でゴーストが発生する可能性があったので私たちが直接回収に行ったが、水気の少ないボットントイレなら設置を他人に任せられる。
私が雇っている
数日様子を見ているが、特にボットン便所で問題が起こっている様子はない。
私が無理して高額な水洗トイレを設置したのは、完全に無駄足に終わったらしい……。
まぁ、ダンジョン内では新種の疫病が流行ったりするので衛星面に気を配るのは間違ってはないとは思うし、これも経験だ。経験。
ボットン便所ならダンジョン内でも問題なく使用できるとわかったなら、次にすることはトイレを設置している階層を増やすことだ。
階層ごとに生態系が違うので様子を見ながらするべきだ。長丁場になる。
まぁ、一階層は最も多くの人が集まる場所であり、既存のトイレが殆どし尿の処理能力を失っていたためトイレの設置も急がねばならなかったが、他の階層はそうでもない。
ダンジョンは深く潜るほどにその危険性を増していく。深い階層に出入りする人間は一部の強者のみだ。
そしてこの世界の強者はだいたい自分の肉体をコントロールする術を身につけている。二十階層まで潜る冒険者は、だいたいが飲食も排泄もしないで三日間は戦える。
怪物にトイレを壊される危険性はあるが、深い階層のトイレは利用者も少ないだろうし手入れもそんなにしなくていいんじゃないだろうか。
ついでに言えば、ダンジョンは階層が深くなるほど自然が増え、生態系も豊かになる。
高い階層で野糞しても自然の力で分解が追いつくのだ。
とりあえず、二十五階層まで一気にトイレを一つずつ置いてみよう。
私、タタン爺さん、ダルマなら二十五階層までは問題なくいけるし。
◾️◾️
「いけーッ仮設トイレ三十五号!!」
石造りの通路と青い色の大地が入り混じる、マルアト神殿迷宮二十五階層。
そこで私の命令に反応して
仮設トイレは僅かな抵抗も許さずにスパルトイを粉砕した。
仮設トイレはまあまあの質量と金属製の尖った屋根を備えているから、突撃させるのはまあまあ強い。
尖った屋根を備えさせているのは蝙蝠や竜の糞害などを意識してのことである。
タタン爺さんは斧で、ダルマはメイスで残りのスパルトイを粉砕していく。
「ふぃー、フローよ。まだ二十五階層に潜るのか? そろそろ疲れてきたんじゃがのう」
数秒と経たずにスパルトイを殲滅したタタン爺さんが私に話しかけてくる。
トイレを設置するためにダンジョンに潜って、四日が経った。
三日で二〜二十四階層にまでトイレを設置し終えて、後は二十五階層を一日中探索しているのだ。
「どうせここまで潜ったのなら、ダンジョンに住んでる種族にトイレを清掃してもらえないか交渉したいのよ」
わざわざ私達がダンジョンに潜ってトイレを整備するより、ダンジョンに住んでいる種族に清掃して貰う方が楽だ。
トイレは誰でも行かなくちゃいけないし、向こうにとってもトイレを使えるのは悪い話じゃ無いとは思う。
しかし、その種族になかなか逢えない。
ダンジョンは数ヶ月に一回、地形がバラバラに入れ替わるから昔の地図は使い物にならないし。
「……まぁ食料も少なくなってきたし、そろそろ帰るべきかな……」
私がそう言った瞬間だった。
グルルルッと低い獣の唸り声が聞こえてきた。
それとともに、私が手に持っていたカンテラの火が消える。私達は闇に包まれた。
真っ暗な道の奥から、鋭い視線を感じる。
「これは……ドゥン、と呼ばれるモンスターケロ。虎のような見た目をしていて、火を操るケロ」
ダルマの解説に耳を傾ける。
モンスターの辞典を作ることが夢である彼の知識は、私達の命綱だ。
「顎の力は強くて、タタンでも噛みつかれれば危ないケロ。フローが魔法で先制して攻撃するのがいいケロ」
その言葉を聞き、私が懐から植物の種を取り出した瞬間だった。
ゴゥ、という音と共に炎が暗闇を照らした。
ドゥンの姿が顕になる。牙が異常に発達した虎、といった印象を受ける。
そのドゥンに誰かが飛びかかった。赤い肌の持ち主だった。
二本の腕で二つの松明を持ち、二本の腕で二振りの刀を構え、二本の腕で長い一本の槍を操っている。
合計で六本の腕だ。
彼の首の腕には、三つの頭がついていた。
間違いなく、私の探していたダンジョンに住む種族。
彼は三つの口で声を張り上げ、素早くドゥンの足を一本もぎ取った。
「グルァァッ!!?」
ドゥンは悲鳴をあげて私達の方に駆け出した。逃げる気だ。
私は咄嗟に植物の種を投げる。
「壁になれ!」
種子が爆発的に成長し、ドゥンを包み込むように枝を伸ばす。
動きの止まったドゥンの首を、
妖虎の体が崩れ落ちる。
ダルマがビクッと体を震わせた。
ここはコミニュケーションチャンス。丁寧な言葉を意識せねば。
「……冒険者か。あまり見ない生き物を連れてンな」
「ああ、
「こ、こんにちわケロ」
今度は
お、これは自己紹介チャンスだ。畳みかけろ。
「私は
「……
……。
……あっこれ自己紹介か!
ば、バカって名前なのか……。使ってる言葉は一緒だから、馬鹿って意味のバカだよね? 人名に汚い言葉を混ぜて魔を遠ざける的なアレだろうか。
一瞬びっくりしたが、あんまり人の名前に過剰に反応するのもアレだよな。早めに要件を伝えよう。
「あの、私達はダンジョンに清潔なトイレを設置するという目的があるのですが、トイレの整備に
「……あ? トイレ?」
「そう、トイレです」
後ろに控えさせていた仮設トイレのドアを開ける。
どういうトイレを使ってるかは知らないけど、穴が空いてたらここで用を足すであろうことは多分通じるだろ。
「清潔なトイレは病原菌の発生を防ぎます。
「……んー、どうすっかな……」
バカさんはしばらく考え込んだ後、口を開く。
「……お前は村を荒らしたドゥンを倒す手伝いをしてくれた。手荒には扱いたくねぇ。何か食料をくれ。オレに飯を恵んでくれたら、お前らはオレの恩人だ。村でも丁寧に扱われるだろ」
お、好意的な反応。
ここは友好の証として、とっておきのアレを渡さねばなるまい。
リュックの中から一つの包みを取り出す。
包みの中から、茶色くて丸い物体が顔を出した。
現代チートの産物、自作のチョコレートである。
この世界にあったカカオっぽい植物を育てて作ったのだ。甘味の人気は割とどの種族でも高いし、贈り物にはいいんじゃないだろうか。
「……! あめぇ……」
バカさんはどうやら気に入ってくれたらしい。
固かった顔がほぐれていく。
「……アレ、どう見ても糞じゃよなぁ……。どうやって匂いとか味とか誤魔化しとるんじゃろ」
「わかんないけどフローは香草の栽培とかしてるし匂いを誤魔化せても不思議じゃないケロ」
後ろのボケどもは後で折檻かな。
私を初対面の相手に糞を食わせるような奴だという前提がおかしいとは思わんのか?
二度とチョコレートを糞だなんて言わせんからな。
◾️◾️
私達はバカさんの恩人ということで丁寧に扱われた。
因みにみんな汚い名前だった。「マヌケ」とか「ドブネズミ」とか「モライゲロ」とか。そういう命名法則らしい。
トイレを管理して貰う契約もスムーズに進んだ。
私達の元には老婆の
「やって貰うことは便器、床の清掃と溜まったし尿を捨てて貰うことだけです。しつこい汚れにはこちらの液体をお使いください。この液体は肌にかけないように。私達はしばらく村にいるので、わからないことがあったら質問してください」
「そうじゃのう、指につける為の水はどこにあるのかの?」
「ふむ、手を洗うとかではなくて、指につける為の水ですか?」
「ああそうか、お前さんらは手が二つしかないんじゃな」
お婆さんは背中を向いて、三つの腕が生えている腕の付け根を指差す。
「左一番後ろの腕が毒の手といいますんじゃ。尻を拭くための腕じゃ。反対に、右一番後ろの腕は生の手といい、子供を撫でたりご飯を食べる為の腕なんですじゃ」
お、何気に大事な情報だ。
お尻の拭き方にも地域差、種族差が出るんだよな。
私の関わったトイレでは、お尻を拭くために品種改良した柔らかいゾチハラの葉を使う、エルフのお尻の拭き方をスタンダードにしてもらっているんだが。
「冒険者の為のゾチハラの葉とは別に、
「自分でやるケロ。ぼくは掃除が忙しいケロ」
「ちぇー」
ダルマは今、
彼は魔法で水を操り、水圧で汚れを洗い流せる。何かと便利な男である。
ダルマに断られた私は、
水瓶を抱えて歩いていると、数人の
……顔が一つしかない。
「あーっ、うんこマンだ!!」
「うんこマンだ!! うんこマン!!! クッセェーッ!!!」
うぉ、すっごい低レベルな罵倒だ。
子供の考えることはどこの世界でも変わらないな。
うんこマンという罵倒を見るに、トイレから出てきた所を見られてたのかな。
「戦士のくせにばっちぃぜ! ばっちぃ女だ!!」
「コラガキども、肥溜めに沈めるわよ。あっちいってなさい」
しばらくガキどもの相手をしてやっていると、大人の女性の
親御さんはガキ全員にゲンコツをして、私に謝ってくる。
「すいません、村
そう言って、親御さんはガキどもを引きずって帰っていった。
………なんか、失礼を働いたことを謝罪してる割には目が変な感じだったよな。
なんていうか舐められてる感じだ。
親御さん、村
もしかしてこの村、トイレ事業者の地位がだいぶ低い感じだろうか。
バカさんが私達を村の客として扱ってくれたの、もしかしてかなり助けられた?
そんな風に思っていると、一人の
バカさんだった。
「……怒らねぇンだな」
「ん? どういう意味ですか?」
「ガキに罵られても、そのガキの親に舐めたツラで見られても怒んねえンだな。迷宮の奥深くまで便所を持ってくるような奴だ。便所関連には誇りがあるモンだと思ってたンだが」
……うーん、そんな大したことじゃないんだけどな。
「なんていうか、トイレを不浄の存在として忌避する種族って結構いるんですよ。だから悪い扱いにはもう慣れましたね」
なんなら
色んな種族の力を貸して貰っている以上、ある程度多様な文化を飲み込まなければいけない。
逆にトイレを不浄な存在だと思ってない
「まあある程度はそういう文化なんだな、で流せるようになりましたね。自分の仕事に誇りは持ってますが、それはそれとして」
「他人に貶されても怒らねぇ誇りか。怒って猛ることこそが至上な
だが、と前置きした上で、バカさんはニカリと笑う。
「嫌いじゃねぇな。……なぁ、この村から出ていくなら、オレも連れていかねぇか?」
「え?」
「ダンジョンの外を見て知見を広げようって意見は村の中でよく出てたんだ。ちょうどいい機会だ、連れてけよ」
こ、こっちとしてもダンジョンの深い所まで潜れる人材が増えることは悪いことじゃないんだけど。
「……ちょっと仲間とも相談させてもらってもいいですか?」
「構わねぇ」
うーん、どうしたもんかな……。
◾️◾️
「ふむ、まぁええんじゃないかのぅ」
バカさんを連れてタタン爺さんとダルマの所に行き事情を説明すると、タタン爺さんは軽い調子で返事を返した。
「こんなんでもフローは歴史に名前を残しうる存在じゃし。知見を広げる為の存在としては適任な気がするのぅ」
お、珍しくタタン爺さんが褒めてくれている。……いや褒めてるかなこれ。
「汚いものを見たり触れたりすることになるけど大丈夫ケロ?」
「おうよ。赤ん坊の世話する時に色々慣れたぜ」
バカさんはそう言って頼もしく笑う。
……なんとなく、村の雰囲気が肌に合ってないんだろうなと思った。
だから私達についてくることにしたのだろう。
「それじゃ……よろしくお願いします」
「おうよ、よろしく」
バカさんが差し出してきた生の手を握り返す。
ゴツゴツとした手の感触は岩のようだ。
こうして、私達のパーティに強力な前衛が加わった。
各種族のお尻の拭き方
・地域によって様々。基本糞べらを使う。
・肛門が外に露出してるからそんなにお尻を拭かなくていい。気になるところが有れば水魔法で洗い流す。
・葉っぱ。魔法で葉っぱの大きさ、柔らかさを調整できる。
ゾチハラの葉は魔法で品種改良した特別柔らかい葉っぱ。
・縄を川にかけ、トイレをした後は縄に跨って肛門を擦り付ける。