【完結】ダンジョンとかいう危険地帯のトイレ管理は大変です 作:烏何故なくの
「はぁあぁあぁあ———っ…………」
その事実を知って、私は一気に老け込んだ気がする。
あらゆる物事が手につかないというか。
「……どうしたンだよ、このザマは」
「フローはちょくちょく壊れるんでのぅ。大丈夫大丈夫、宿屋としての仕事はしてるしその内治るじゃろ」
タタン爺さんはこういう時冷たいよな。
いや、何があっても立ち直るっていう信頼かもな。
働かない頭でぼんやり考えていると、『フローの宿屋』のドアが開く音がする。
仕事仲間はみんな宿の中にいるからお客さんだろう。
「失礼する! 部屋は空いているだろうか?」
「はい、空いてますよ……」
ドアの方を向くと、まず一人の男が目に入った。
その笑みは自信に満ち溢れすぎてどこか洒落臭い印象を与えてくる。
防具は身につけておらず、腰にサーベルと日本刀を佩いている。
背中につけた赤いマントとサーベルは、どこか闘牛士を連想させる。
私にはこの服に見覚えがある。
テレビの画面の中で何度も見た服だ。
ただのそっくりさんという可能性もあるが、こんな防具も碌につけずにダンジョンに潜るやつはそういないだろう。いてたまるか。
……これ、原作主人公じゃね?
◾️◾️
私は宿で食事をする、主人公パーティらしき人達をこっそり観察する。
真っ赤なマントを身につけ、よく仲間に話しかけているのが原作主人公のテセス。
テセスの言葉に相槌を打っているのが、ノア。ヒロインというより相棒の側面が強い子だ。
深くローブを被り、食事に参加せずにどこか遠くを見つめている人物は……誰だ? 全然わからん。誰だコイツ。
そして、テセスにの言葉に朗らかな笑みを浮かべているポニーテールの少女。
鎌倉武士のようなどこか和風な鎧で身を包んでいる、彼女。
処女雪のような真っ白な髪は、画面越しに見た時よりずっとずっと輝きを放っている。
彼女こそ、『闘牛迷宮』のメインヒロインで私の推しキャラ、アルだ。
頭の中を整理しよう。
アルの正体はマルアト神殿迷宮を作った古代の英雄、アルル・ブリキである。
信じていた祖国に裏切られ、仲間であった古竜と戦うことになったアルルは、友である古竜の胃袋の中で世界を恨みながら亡くなった。
その魂はダンジョンを管理する魔人に回収され、複製された魂は新しい肉体に詰め込まれた。
本来で有れば複製された魂にコピー元の記憶はないはずだが、彼女の強い怨念が原因なのか、複製された魂はしっかりと生前の記憶を持っていた。
そうして世界を憎みながら生まれたのが……
新しい菌類の肉体を得た彼女は、生前無かった能力を二つ備えていた。
一つは自分のコピーを作る力。
彼女の胞子から新たに生まれた
二つ目は肉体を菌糸に変え、自在に形を変える力。
私がこの前遭遇した
アルも私が遭遇した
とは言ってもアルルは基本いい子である。
人間世界を滅ぼそうとしてるのも、それしかやる事がないからなのである。
アルルが
憎い祖国も帰る場所もないアルルには、もう八つ当たりの復讐しか心の拠り所がないのだ。
……長々と語ったが、まぁこんなのは重要な話ではない。
アルの恨みは主人公パーティがどうにかしてくれるのだ。私が悩むような事じゃないのだ。
問題は、アルの正体が
私のトイレ造りに対するモチベーションは、『アルに綺麗なトイレを使って欲しい』という気持ちが大部分を占めていたのだ。
「ぐ、ごがきごがごご……」
動揺のあまりに変な声が出る。
まさか、トイレに行かないなんてことがあるのか?
いやでも、食事はしっかり摂ってるよな。だったら出るもん出るだろ。
……いやしかし……キノコの排泄物って………なんだ……?
じっ……とアルを見つめていると、テセスが私の方を見つめてきた。
う、しまったな。見つめすぎたか?
「……可憐なお嬢さん、もしかして私達に何かご用かな? よろしければ、一緒に食事でも? ああ、その翡翠色の眼差し……。一目見た時から運命を感じていました」
嫌に気取った口調で我らが主人公が話しかけてくる。
……これは、ナンパされているのか? そういえば私、顔は良い方だったわ。
いや、テセスのことだしナンパに見せかけてこっちの真意を探っているんだろう。
テセスは女好きの三枚目を演じて、本当の自分を隠しているキャラだ。
「いや、今日は忙しくて。ちょっと勘弁してください」
「ん〜、了解した!」
好きな主人公からのお誘いだが、今はナンパに乗れるような気分じゃない。
裏に引っ込んでおこう。
そんな私の背中に、ローブの人物からの視線が突き刺さっていた。
……お前は本当に誰なんだよ。
◾️◾️
小屋の裏手に回って座り込む。
今日は本当に元気が出ない。
別にアルがトイレをしないからって、私のやってきたことが無駄になるわけじゃないんだけどさぁ。
「……無様ですね」
いつのまにか隣に立っていたローブの人が、いきなり罵倒の言葉を投げてくる。
意外にも、声の感じからして女性らしい。
……どこかで聞いたことある声ね……。
「うっさいわね。知った風な口きかないでよ」
「いや、私には不満を言う権利があります」
そういうやいなや、ローブの人は木刀を取り出し私に振り下ろしてきた。
慌てて前転し、木刀の一撃から逃れる。
「ちょ、急に何!?」
「思い出してください、捨てたものを」
ローブの人が振るう木刀は、振るう時は鞭のようにしなり、攻撃の瞬間のみ鉄のように固くなる。
……これ、
魔法をサポートする杖としての側面もある木刀を使った戦闘技術。
じゃあコイツ、
「考えごとをしている暇があるんですか?」
ローブの人が振るう木刀はさらに加速していく。
ちょ、そろそろキツいんだけど。
魔法を使おうにも、植物に命令する時間がないし。
ど、どうしよう。この状況詰んだんじゃないの?
そう思っていたら、急にローブの人の動きが止まった。
ローブの顔が向いている方を見れば、テセスがじっとこちらを見ていた。
「何をしている? キャロル」
さっきのおちゃらけた声ではない、低いテセスの声。
この声を聞いて彼を三枚目だと言える人間はいないだろう。
ひええ、テセスって怒るとこんな感じになるんだ。怖い……。
「…………って、キャロル?? 今キャロルって言った?」
「今頃気づいたんですか、この
キャロルはそういい、ローブを脱ぐ。
母譲りの、私とお揃いの金髪が顕になった。
最近会ってなかったけど、こうして見ると姉妹ね。顔が似てきてるわ。
テセスもびっくりして怒気が霧散している。
えーと、えーと、こういう時は……。
「と、とりあえず中で話しましょうか」
◾️◾️
「……ええと、つまり。キャロルはお姉さんに会いたくてダンジョンに潜ってたの?」
テセスの相棒キャラ、ノアが状況をまとめてくれる。
私は『フローの宿』のリビングに座らされて、主人公パーティにキャロルとの関係を根掘り葉掘りきかれていた。
タタン爺さんやダルマ、バカさんも面白がって私の話を聴いている。くそ、見せもんじゃねえぞ! あっちいけ。
「……仲間と一緒にご飯を食べないのね。
「余計なお世話です。今の私のパーティは一緒に食事をしない程度で文句を言うほど器が小さくありません」
お、妹から他人を認めるような発言が出てくるとは。
彼女はだいぶパーティに馴染んでいるらしいな。
「
「
ダンジョンの周りはいろんな種族でごった返している。
ダンジョンを潜るための冒険者や、冒険者相手に商売をする奴ら。
かなり人口が密集してるから、一人になれる場所なんて多くないはずだ。
「昔から他人と食事をしたがる姉さんには、さぞかし
「否定はしないわ」
「……家族からも変わりもんだと思われておったのかお前さん」
「
タタン爺さんから不憫なものを見る目で見られてしまった。
まぁ実際感性が他と違うわけだから変態っちゃ変態だしな。そこまでショックではない。
「ふん。家族よりも土臭いチビどもや共喰い
「中傷はやめなさい。文化を引き合いに出すなら本気で叩きのめすわよ」
そのためか、
共喰い文化に拒否反応を示すまでは別にいいけど、そこを中傷するなら
なんだ、いつにも増してトゲトゲしいな妹よ。
「ねぇ。今日はなんだかイライラしてるね、キャロル。……普段のあなたなら、こんなことは言わないだろう? 何に怒ってるんだい」
「……別に」
「いつもはあんなに饒舌に姉のことを語ってくれたじゃないか。そんな態度ではあなたの気持ちは全く姉に伝わらないよ」
アルが、妹に優しく語りかけてくれている。
なんかフォローし慣れてるし、今までもこういうこといっぱいあったんだろうな……。
ってか、饒舌に私のことを? そんな感じだったっけ、我が妹。
「何が嫌だったのかな?」
「……愚姉が落ち込んでるのが。名を捨ててまでしがみついた道なら、そんな簡単にへこたれるな。折れるな」
……反論の言葉はいくらでも思いつくし、そもそも妹は私の虚無感なんぞこれっぽっちも理解していないだろう。
でも。
私がこの道を選んだこと、それで周囲にも色々迷惑をかけたことは思い出せた。
そうだよな、私は色々背負ってるんだ。
会社だって持ってるし、養わなきゃいけない社員もいる。
折れるな、か。
……気難しい妹だけど、こういう時には外さないよな。
私の反骨心を的確に刺激することを言ってくれる。
クソ、だから嫌いになれないんだよな。
「つまり、お姉さんにはいつも元気でいてほしい、ってことでいいのかな?」
「……まぁ、否定はしません。私達家族を切り捨てたのだから、簡単に弱音など吐くな」
でもムカつくし一回殴っとくか。
私は妹の頬に全力で拳を放った。
鈍い音が響いて、妹が床に転げ落ちる。
「いっ゛だぁっ!?? ぐ、愚姉がぶった……!!」
「一応言っとくけど、誰が何を切り捨てたって? 仕送りは毎年欠かしてないでしょうが」
胸ぐらを掴み上げて問いただす。
周囲から動揺の声が上がるが一旦無視。
「だ、だっで、もう八年も顔を見せてないじゃないですか……。仕送りも、手切れ金みたいなものがなって………」
……あ、あれ。そうだっけ? もうそんなに経つか。
いやー、長命種やってると時間感覚がバカになるわね。
妹は言いたいことを言い終えるとボロボロ泣き出した。
しょうがないので頭を撫でてやる。
全く、コイツは小さい時から変わらんな……。
「あの、妹の世話とかありがとうございます。この潔癖な妹の世話はどれだけ大変か想像もつきません……」
「あ、ああ。そうですね、えーと。こちらもよく助けられてます……」
そう言って頭を下げると、テセスから謙遜の声が上がる。
全く、主人公は人間ができているぜ。
◾️◾️
一晩宿に泊まった後、主人公パーティは深い階層にチャレンジしに行くと言って宿から去っていった。
「……また泊まりにきます」
昨日の晩のことである。
そう言った後、妹はタタン爺さんや
妹も主人公パーティとの旅でちょっとは成長していたらしい。
願わくば、彼らの旅に祝福があらんことを。
というか主人公パーティがトチれば世界が滅ぶ。
頑張ってくれ〜。