【完結】ダンジョンとかいう危険地帯のトイレ管理は大変です 作:烏何故なくの
「嘘です!!」
「いや、本当だよキャロル。……これが、本当の私さ。世界の破滅を願う、本当の私」
私の叫びは、穏やかなアルの声で否定されました。
そんなことない。そんなはずはない。
そう言ってアルを抱きしめてあげたいのに、私の足は動きません。
「魔人の一体を体に降ろしたっていうのは嘘じゃなさそうだね」
地面に倒れ伏しながら、テセスが戯ける余裕もなくアルに問いかけます。
テセスの問いに頷くアルの額には、カブトムシのものに似た大きなツノが生えていました。
迷宮で起こった、六つの異変。
それは全て、アルが自分の体に魔人を降ろすために起こしたものでした。
私達は異変を解決しきれず、アルの体には魔人が降りてしまいました。
『戦呼ぶ「兜」の青年』。
ダンジョンに知性を持った種族を配置し、世界に戦の種をばら撒く魔人。
怪物による蹂躙ではなく、知性体による生存競争を好む悪趣味な変態。
そんな存在を降ろしたアルは凄まじい強さでした。
ダンジョンの六十階層まで潜れるようになった私達でさえ、なすすべなくやられてしまいました。
「……あなた達はそこで眠っていてくれ。目が覚めた時には、全てが終わっている」
「ねぇ、一つ聞かせて欲しいの」
アルの言葉に被せるように、ノアが言葉を絞り出します。
ノアは身体中ボロボロに痛めつけられて、もはや怪我がない場所の方が少ないくらいなのに、目はまだ折れてません。
アルを止めるという決意に満ち溢れています。
「復讐が終わって、その後どうするの?」
「……終わってから考えるさ」
「嘘なの。アルは復讐が終わったら、生きる目的がなくなって死んじゃうの」
どうやら図星を突かれたのでしょう。
アルは口を閉じて黙ってしまいました。
「……そんな未来、私は認めないぞ。アルが笑えない未来は、認めない」
サーベルを杖代わりにして、テセスは立ち上がりました。
しかし彼の体はノアより酷いです。右腕も右足も折られて、まっすぐ立つこともできてません。
それでも、彼の眼差しは少しも折れてません。
「認めなかったら、どうするというんだい? 私一人にすら負けたあなた達が、私達に敵う道理はない」
そう言って、アルは自分の後ろに視線を投げます。
そこには、数十人のアルがいました。
年齢は多少違いますが、全員がアルと同じ人格、同じ戦闘技術。そして、同じツノが生えています。
全員のアルが魔人をその身に降ろしているのです。
一人のアルにすらボロ負けした私達が、アル達に勝てる道理はありません。
……それでも。
テセスは全く諦めません。
「なあ、アル。キミの幸せはなんだ?」
「……家族と過ごすことだよ。今はもう叶わない願いさ」
「……………私、じゃあダメかな。キミを娶らせてくれないか?」
「は……、お粗末な説得だな。そもそも、そんなやり方じゃ一人しか救えないだろう。せめて、私達五十三人を救う回答が欲しいなぁ」
「いやだから、五十三人全員娶らせてくれ」
「は?」
「何があってもキミ達全員を幸せにする。結婚しよう
「は、な、ぁっ……??」
……いつもおどけたテセスを見ているから分かります。
今のテセスには一切の嘘がありません。
本当の本気で、全員と付き合う気です。
元々、テセスはアルに好意を持っていました。今を逃すともう伝える機会はないでしょうし、正しい判断……なんですかね?
全く、馬鹿な男です。
プロポーズで五十三股宣言とか。
「……ぷ、ははは……っ。全員はちょっと贅沢なんじゃないですか? ちょうど私も、愚姉の他に可愛い姉が欲しかったところです。エルフの里に興味はありませんか?」
「きゃ、キャロル!! ふざけないでくれ!!」
テセスの馬鹿発言を見たからか、いつのまにか震えは止まってました。
それとともに、やるべき事も分かってきました。
世界を救うとかそんな大層なことは考えなくていいんです。
アルに目いっぱい語りかけて、アルの気持ちを整理して、アルが何をしたいのかを一緒に探してやればいいんです。
三ヶ月くらい前、私はアルのおかげで愚姉に言いたいことをスムーズに言えるようになりました。今度は私の番です。
「みんな、まだ立てるな?」
「当たり前なの」
「こっちのセリフです」
「なんだよ、みんな……ここまでしたのに、なんで私を見限ってくれないんだよォッ!!!」
迫り来るのは、アルだけで構成された世界最強の軍隊。
でも臆することはありません。全員アルとおんなじ性格なら、私達を殺すなんてできませんからね。
私は軽い足取りで、世界の運命を決める最終決戦に挑みました。
◾️◾️
「ああぁああぁっ!!?」
「フロー!! ちょっときてくンねぇかな!!?」
主人公パーティの襲来から三ヶ月ほど経ったある日、『フローの宿屋』中に響く大声でダルマとバカさんが騒いでいる。
どうしたんだろう。バカさんがこんなにデカい声出すのは珍しいな。
タタン爺さんと一緒に声のした部屋に入ると、
あらかわいい。
「……あなた達には伝えておきたいことがあるんだ。私に良くしてくれたあなた達には、私の咎を話しておきたい」
うぉっビックリした。
低いアルトボイスは、明らかに
言い終わるのと同時に、
瞬きをする間もなく、
容姿はアルと瓜二つだが、アルより大人びている。顔色も悪い。
後頭部にはキノコが数本生えていて、どこかユーモラスな印象を与えてくる。
突然
部屋の中は困惑による静けさに包まれていた。
うーん、これはアレね。
アルルが改心してるってことは、ストーリー終わってるわね。
妹という異物がいたにも関わらず、主人公パーティはグットエンドにたどり着いたらしい。
◾️◾️
「……というわけなんだ」
アルルの自分語りを聞き終えた後、室内は重い空気に包まれていた。
ダルマはアルの悲惨な過去に涙してるし、バカさんはラスボス級の戦闘力を持つアルルの扱いを決めあぐねている。
タタン爺さんは何故かこっちを見ていた。
「……なぁフローや。お前さん、
ゲッ、バレた!!
そういえば水洗トイレにアイデア元を聞かれた時に、現代知識ですとか言えないから「不定期だけど未来が見える」とか言った気がする。
やべーやべー、うっかりしてたわ。
「ぶっちゃけそうよ。私は
「やっぱりか。お前さんがただのモンスターに興味を持つなどおかしいと思っておったんじゃよなぁ」
「そういうことは早く言うケロ。無駄にびっくりしたケロ」
「もうちょっと仲間を信頼してくれてもいいンじゃねぇか?」
ダルマとバカさんが足を蹴ってくる。
ちょ、痛い痛い。ちゃんと痛いから。やめて。
「……私の危険性を分かっていて、あんなに愛でていたのか?」
「うん。未来視であなたの性根もだいたい分かってたし……。そもそもダンジョンにトイレを設置したいと思ったのは、あなたの存在を知ったからなのよ」
「と、トイレと私に何の関係が……」
タタン爺さんは興味深そうに私の話を聞いている。
そういえば、なんでトイレの仕事に就いたのかなんて誰にも話してなかったっけ。話すには私のゲーム知識のことも理解してもらわなきゃいけないし、話す機会なんてなかったものね。
「あなたが繰り広げるダンジョンでの冒険が、とても素敵だった。だから何かサポートがしたいと思って、汚物だらけのこのダンジョンを綺麗にしようとしたの。一方的にあなたの旅を見ただけだけど、あなたは私にとって憧れだった。……できることなら、ずっとこの宿に居て欲しい」
そう言って周りを窺うと、タタン爺さんとダルマは頷いてくれた。
バカさんは呆れたように私を見たけど、最終的に頷いてくれた。ごめんね事後承諾みたいになって。
「……ありが、とう」
そう言って、アルルは柔らかく笑ってくれた。
「……話が落ち着いたところで、一つ聞きたいんだけどさ」
そして。
不本意だが、本当に不本意ではあるが。
私はトイレ事業者として、ダンジョンの奥底で生きていたアルルに聞かなきゃいけないことがある。
「ダンジョンの奥底で、トイレってどうしてたの?」
我ながらハッピーエンドを迎えた後のヒロインに聞く話じゃないとは思うが、大事なことなので。
アルルは少し頬を染めながら口を開いた。
「えっとね、私の体からはし尿は出ないからあんまり人間用のトイレの参考にはならないとは思うんだけど……」
「えっじゃあ何が出るの?」
「水が、こう、口からダバっと」
水が口からダバっと!!!?
「え? 何を食べればそうなるの?」
「いや、何を食べても水が出るんだ。肉を食べても草木を食べても甘味を食べても」
そ、そんなことあるのか?
地球ではし尿を濾過して水を作る技術もあったが、それを生き物が体内で行えるのか……?
「ちょ、一回水出してくれない? バケツ持ってくるから」
「えー、ちょっと恥ずかしいな……」
素早くバケツを持ってきてアルに頼み込む。
私が土下座の体制に移行すると、ようやくアルルは折れてくれた。
「わ、分かったよ。出すよ? ……う、ウォロロロロッッ」
アルの口から滝のように大量の水が噴き出し、バケツの中に澄んだ水が溜まっていく。
「だ、ダルマ! 水の質としてはどんなもん?!」
「臭いもないし変なものが混じってる気配もないケロ!! 多分……飲めるケロ!!」
水を操れるダルマの目利きは確かなはずだ。
ヤバすぎる。
食べ物から飲めるレベルの水を生成できるの、砂漠地帯とかならアルの奪い合いになるんじゃなかろうか。
「アルル!! ウチで働いてくれない!!? 給料は弾むから!!」
◾️◾️
一階層のハエは特別に生命力が強く、少しの水でも繁殖する。
だから、水洗トイレの他にも諦めなくてはいけなかった物がある。
手洗い場である。
病気が蔓延するのを防ぐためには、清潔な手洗い場は設置したかった。
しかしアルルの加入により手洗い場を作れるようになった。
トイレが終わったら、アルに手に水を吹きかけてもらえばいいのだ。
アルルの足元には水を無駄にしないための水瓶と、手を拭くための柔らかいゾチハラの葉を置いている。
アルルは人型だと絵面に問題があるため、基本的にキノコモードで水を吹きかけて貰っている。
キノコの傘の下くらいからまっすぐ水が噴射されるのは中々にシュールだ。
アルルは水源としてとても優秀だ。
アルルのお腹の中にはハエも湧かないし、ゴーストはたまに出現するが問題ない。
私はハエにもゴーストにも邪魔されないで利用できる水源を手に入れられたのだ。
本人の仕事へのモチベーションも中々高い。
「テセスを養う」と意気込んで仕事に取り組んでくれている。
ダンジョンの奥底にいる、他のアルル達も数日後には来てくれるらしい。
主人公パーティからはアルルが手洗い場の水道の代わりをしていることについては微妙な顔をしていたが、アルルが私の会社というコミニュティに属していることについては好意的な反応をくれた。
「変なことをさせたらぶち転がしますからね」とは妹の言葉である。こわい。
もちろん私はアルルの力を悪用せず、それでいて会社の利益になるように使っていかなければいけない。
「そういうわけで新しい商品を思いついたわ。『美少女が吐いた水』という名前でアルルから取れた水を売ろうと思うのだけど」
「変なことさせたらぶち転がすって言われたばっかりじゃよな?」
あっ!! 冗談だから!!! 辞表を見せびらかさないでタタン爺さん!!!!
これにて完結。