解釈違いを感じたらブラウザバックがオヌヌメ
それが、何かを心の裡に抱く理由になんて、なる筈ではなかった。
「───委員長、万魔殿からの要請です!」
「空崎さん、弾薬の請求額が───」
「またマコト先輩が───」
「マコトちゃん」
「マコト」
「いい加減にしてマコト。あなたの被虐嗜好に付き合っていられるほど暇ではないの」
「キキッ!疲れているようだなぁヒナ。我らゲヘナの山猿に相応しい野卑な面罵だ」
「……我ら?」
「無論、貴様とこのマコ───ぎゃっ」
万魔殿。ゲヘナの、所謂ところの生徒会的役割を執る執行機関。歴々の記録に於いて、当然の事ながら風紀委員会とは水魚の交わりと言っても過言ではなく、ここまで顕著な対立構造は前代未聞だ。
要因。或いは、原因。
───議長。羽沼マコト。
名実共に万魔殿の首魁である。……実の方は少し審議しても良さそうだ。半ば独裁とも取れる強硬政治は、当然の事ながら胃痛の種であり、殊更に鬱陶しいのは、彼女自身が風紀委員会───というよりは“私”だろうか。に、一入の執着心で悪意による害を為すことだ。
彼女の周囲の人間にその性質は見られない。偏に奇特な求心性の為か、彼女に逆らうこともない。粛々と───いや、どちらかと言えば和気藹々と、彼女の命じた通りに動くのみ。こう言ってはなんだが、私としても関心が向かないのは事実だ。
けれどそれは、マコトに対しても言える事だった。
邂逅時、印象と呼べるほどの強い好奇を惹かれたワケではない。強いていうなら、十把一絡げのゲヘナ生徒の一人、とでも形容すれば、少しは私の当時の内心も伝わるだろうか。
記憶にすらも残ってはいなかったので、次なる対面に際し、私は面食らうのを避けられなかった。
*
「おぉ、空崎か。意外だな」
声だった。体験入部の説明会の会場となった、ちいさな会議室。一番乗りで、少しだけその静謐とした雰囲気に浸っていた私は跳ね上がる思いで振り返って、更に少し警戒した。全く見覚えの無い人間が立っていたからだ。
「……えっ、と。ごめんなさい、どちら様だったかしら」
「……ほぉ?キキッ。無理もない、お前に関わろうとした人間はさぞ多いだろうからな。お前とは入学式以来さ───では改めて、羽沼……羽沼マコトだ。お前の一つ上だが、敬語は使っても使わなくても。好きにしろ」
「羽沼先輩───あ、一応。私は空崎ヒナ。“戦略探査部”の入部希望です」
「キキキッ。袖引く手を全て揺蕩って、わざわざこの零細に?」
「その、宣伝の触れ込みで、人員管理のノウハウを学べるとあったので」
「将来を見据えてか。キキッ、素晴らしいことだ」
「いえ、そんな───」
「すいませーん!ここって怪談掘削部ですかー!?」
ガラッと臆面も無く扉を開けた生徒が、そんな風な事を言った。いや、実際はもっと荒っぽかったかもしれない。兎角、どうやら道に迷ってたまたま人を見つけたらしかった。
「キキッ、そこは四階の技研の隣教室だ。急いだ方がいいぞ、この時間だともうオリエンテーションが始まる」
「げっ!?マジかぁっ、ありがとうございましたー!」
と、謝礼を言う時には既に階段へと駆け上がっていった生徒を尻目に、私とマコトは尻の座りの悪い雰囲気で、どちらからでも無く、愛想笑いを浮かべた。
「ここも例に漏れず、な?」
「え、まさか」
「そのまさかさ。キキキッ、言っただろう“零細”と。他の部員は取り敢えず部活には入っておきたいのが二名、幽霊が三名だ」
「えぇ……」
「まぁ安心しろ。半年もすれば貴様の習熟したいであろう学術基礎は全て教えられる。暇もこうまで多いと無駄な能力ばかり身につくものだ」
そう言って、「腰掛けていろ。コーヒーは飲めるか?」と聞いた彼女は、私が首肯すると目尻を細め、踵を返した。夕日を照り返し銀光を放ちながらも、一つの枝毛すらない髪を翻し、研究室へと歩みを進めるその所作が嫌に艶美で、もさもさの頭と小さな背丈に、少しだけ複雑な心境になったものだ。
それから数ヶ月。種々雑多の勧誘も、流石に私が部活に入ったとあれば鳴りを潜め、入学当初など比にならない静かな日々だった。それでも依然、私にコンタクトを取ってくるのは二つ。“万魔殿”と“風紀委員会”。正直なところ、そのしつこさに辟易しないでも無かったが、それ以上にゲヘナの将来を想うその眼差しが、私にはどうにも居心地の悪いものだった。
「しかし、───縁の実に数奇であるものよな」
「え?マコト先輩、今なにか…」
「いや、いや。レポートがな、どうにも纏まらんのだ。推敲を重ねる度、粗ばかりが増えてくる。仕方がない、もう一度テーマから見直すかな」
「あー、それニ年になったら私もやるんですよね?」
「ん?あぁ、大半はやるどころか存在を認知しているかも怪しいぞ」
「……えぇ?」
「まぁ気負うものでもないってことだ。それよりも、再来週は他部と合同で戦闘演習だぞ、予定は開けておけ。っと、こんな時間か。おい、ヒナ。この後空いてるか?」
「私実は、そこまで友達居ないんですよね。───空いてますよ、空いてます」
「道理で毎日殊勝にも顔を出すものだと……嘘だ、悪かった。そんな顔しなくても良いだろう。はぁ、分かった。飯に行くぞ。ラーメンだ。好きなのを奢ってやる」
「餃子も付けていいですか?」
「キキッ、無論よ。あざとい奴もいるものだ」
数ヶ月ではあるけれど、彼女とは気の置けない仲になるのだろうな、とその後の暗雲などどこ吹く風で思っていた。実は、友達が出来なかったワケでは無いのだ。ホームルームを共にするクラスメイトの中には、既に何人か顔見知りもいた。けれど、この時の私にとって、一番楽しいのは、何よりも貴重だったのは、マコトに戦術学を教えてもらう、放課から解散までのニ、三時間だった。だから優先した。それだけの事なのだ。
*
「さて、ヒナ。先の文言を覚えているか?」
「……『流石にご飯食べに行くくらいで、銃なんて要らないですよ』」
「で、この状況を説明してほしい」
「縛られてますね。鎖ですよ、鉄の臭いが移るかも」
「そうだな、それは嫌だ。諸々踏まえて、何か言うことは?」
「ごめんなさい。でも、『言われてみればそうかも』って結局持ってこなかったマコト先輩にも落ち度はあります」
「……6:4でどうだ」
「…………5.5:4.5なら」
「キキキッ、そこまで刻めばもう意味無いんじゃないかなとか思わなくもないが、良いだろう。あの気に食わない顔の不良を裁いて、気持ちよく飯にありつこうではないか!」
「よしきた」
「ふん」と少し力めば、私の手首を雁字搦めに結びつけている鎖は雑草のように簡単に千切れた。横で目を見開いたマコトの顔があんまりにも珍妙で、少しだけ笑ったのを覚えている。
そこから、特に筆するべきことも無い。異音に怒鳴り込んできた不良を締め上げて、体の良い盾を確保すれば後は単純作業だ。しどろもどろに混乱する数人を制圧すればそれでおしまい。不良というのは仲間意識が強いから、半ば人質のように一人捕まえてしまえば簡単に無力化できる。
今でこそ一々頭を使うまでも無いが、当時の私からすれば人の心理を利用する戦術というのは、今までにない知見であったことは間違いない。マコトは、そういう事ばかり知っていた。いや、そういう事だけでは無いのかもしれないが、私の戦闘能力に未来を見たのか、兎角、私にはそういう知識ばかりを宣った。───だから余計に、彼女に憧憬の念を抱かずにはいられなかったのだと思う。
「……コイツら一人で締めたんで、5:5でどうですか?」
「いやジャッジ欲しいな、ジャッジ」
「ゲヘナの擁立するスローガンは、自由と混沌ですよ?」
「やめてくれ。途端に私が情けなくなるじゃないか」
「今更ですよ」
「なにぃっ!?」
「……ぷっ」
「キキッ」
「「ハハハハハハハハッ!」」
たぶん、今は到底、そんな事起こりっこないけれど、もし、……もし、私に青春と呼べる何かがあるとすれば、あったのだとすれば、それはきっと、一年のあの頃なんだろうなって、そう思う。
*
今の、いや、そんな枕詞は必要ない。
私にとってどんな過去があろうとも、マコトはもはや“対処が面倒な生徒の一人”でしかない。
訣別に理由なんて無いし、厭悪に意味は無い。例えば、部屋の中をいつまでも小蝿が飛んでいたら鬱陶しいものだろう。そんな程度の感慨でしかない。
私が転部を決めた理由も、もう思い出すのも億劫なくらいどうでも良いものだから、わざわざ思索を費やす価値も無い。
そう、思い立った直後。ドタドタと慌ただしい足音と共に、数人の怒鳴るような声。そして、もつれ込むようにして委員会室にアコが転がりこんできた。
「委員長!万魔殿が乱心しました!!現在、鎮圧に当たっていますが、これでは……きゃっ!?」
劈く銃声と共に、アコは翻筋斗打って吹飛んだ。其方に駆け寄ろうと反射で足を出せば、その爪先よりも指の関節一つ分前に、風穴が開く。
「キキキッ。とうとうこの時が来たようだぞ、ヒナ」
「はぁ、もう、いい加減にしてよ……」
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