ブルーアーカイブの百合の短短編   作:しゃけむすび

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しゃあっ二話連続


ヒナマコ2

 

 私は、天才だった。いや、今でも別に天才なのだが、便宜上、幼少期に突出していたという意味合いの“だった”であり

 

 

 ……繕うのも、無様なだけか。

 私は天才だ。───そう思っていた。

 実際、少なくとも十七の半ばまで、日に十時間以上を研鑽に注ぎ込んでいれば、私に及び得る者は居ても、土をつけた者は居なかった。

 規模で言えばお世辞にも大きいとは言えなかったが、私を先頭に勃興した新進の勢力は、成程、一月程度で実に同学年の二割を握し、着実にその権力を強めていた。

 

 故に、当然。名の売れた一年生に手を伸ばした。

 

 当時の校内二大勢力は結びつきが強く、内側から掻き乱すにも難度は高い、従って地力を蓄えるべく潜伏期間を設けた。ただ、その直近の入学式だけは、ブラックマーケットや近辺の不良の動きが活発になる時期に重なり、ゲヘナ校の内外に風紀委員、万魔殿を問わず広く兵隊を分散させる滅多に無い好機。───これを逃す手は無い。近接戦闘においての体格有利を始め、整った戦力に綿密に練った戦術───少なくとも、万が一、一年生に団結されて戦闘……なんてなっても、十二分に制圧できるだけの盤面を拵えた。

 

「くそったれがっ!!おい、応援は!閣下は何を」

「もう出られる兵隊はここにいんので全部だよ!!」

「なっ」

「全員、くそぉっ…!やられちまった、アイツは人「おーい」あぁ!?」

「なんだよ、先輩。私たちとも遊んでくれよ」

「は?「お仲間はもう伸びちまったぜ」……っ」

 

 ───誤算。

 ───後のゲヘナ最高戦力。空崎ヒナ。

 

 正面だ。私の研ぎ磨いた奸計狡策の全てを、若干十五歳にして、既に加速度的な成長を始めていた空崎ヒナは、覆した。

 眼前で千々に吹き飛んでいく私の尖兵。朧げな意識と胡乱な思考、脂汗の滲む全身に不快感を覚えながら、どこか上の空で思った。

 

 人って、けっこう簡単に飛べるんだな。

 

 退くワケにはいかない。私には理知と思考があったが、それ以上に矜持を胸に抱いていた。どの道、この騒動での損害に加え、二大勢力の介入も鑑みればもはや組織の解体は免れない。ならば、黄泉路の餞くらいは貰っていこう。そう思い、私は“アレ”の前に躍り出た。

 

「キキッ、やってくれたな。空崎ヒナ」

「………」

「……?───え?」

 

 瞬いた、瞼が下瞼に触れ、次に視界が開けた時、私は天井を見上げていた。直後、恐ろしい浮遊感と共に、自分の状況を本能的に悟った。受け身の為、身を翻し、歪な不協和音と共に不時着する。

 と、同時。顎の振り切れる感触。目一杯に視界に広がる白を見て、私は自身の敗北───とすらも呼び得ぬ無謀を確信する他なかった。

 今度こそ意識を失う、そう思った時、空崎ヒナと目があった。

 

 酷く昏い、燻った眼だったのを覚えている。

 

 *

 

 それから幾日かして、私の組織した勢力は実に迅速に解体、解散され、人員は元の鞘に戻るか風紀委員が吸収した。私も没落を余儀なくされ、もはや在りし日の栄光は見る影も無い。

 ここで、普通であれば敗北の責任を糾弾され、てっきり学園を追われるものだと思うだろう。しかし私はその危険性を考慮し、正体を明かさずにいたのだ。入学式の陣頭指揮も全て一般の兵隊に紛れて取っていた。

 けれどそれは、言い換えればハリボテの王座、砂上の楼閣だった。私には何も残らなかった。敗者に然るべき定めと言えば駁するに窮すとこではあるが、それでも心が追いつかない。

 

 体裁と隠れ蓑の為に所属していた部活には、顔を出したとてもはや誰もいなかった。元の部員はきっと、自分がこの部活に所属していることも忘れているんじゃないだろうか。

 静かだった。燃え尽きた私の心は、きっとこのまま沈静していくのだろうと思った。けれど。

 

「空崎ヒナ。“戦略探査部”の入部希望です」

 

 惰性で活動していた部活に、思ってもみない爆弾が転がり込んできた。宣伝を見た?どこにそんなものが───ポスター、至る所に貼ってあるな。そういえば思い出したぞ、何代か前、一番人の居た時期に、手当たり次第にこの部を喧伝する厄介な生徒がいたのだとか。

 

 アレかぁ……。

 

 当時の心境としては、復讐がどうとか以前に、単純に穏やかな生活を送ろうと思っていたので、言ってしまえば少しだけ鬱陶しく思った。“私の夢では飽き足らず、安穏までも奪うのか”ってな具合だ。

 

 しかし同時に、高揚を覚えたのも揺るぎ無い事実だった。

 類稀な天稟……活くも死ぬも、彼女一人では危ういとも思った。

 幸いと言うべきか、意欲はあるようだ。ならばそこまでの手間でもない。人心の、向上心の持続は私がどうとでも出来る。

 まぁ、万が一に駄目になっても、私の預かり知る話ではない。のんびりやろう。それで恩を売れれば棚ぼた。売れずとも困りはしない。

 

 我ながら、何とも甘い見通しだ。

 

 *

 

 当時の空崎ヒナは、永遠に乾かないスポンジのようだった。教えた技術は決して忘れない。新たな知識も一を聞けば百が分かる。元々手のつけられなかった武力は、ただ膨大なだけでなく、指向性と鋭利さを帯びるようになった。

 しかし、そのセンス以上に彼女とは性格の相性が良かった。然して嗜好や趣味が似通っている、という事は無かったが、二人きりの空間で喋らずとも気まずくない、という点において重宝した。馬が合うとかでは無く、どことなく一人でいる時や、他の知り合いと話す時よりも居心地が良かったので、今となってはシンプルにあの空間が名残り惜しい。別にヒナで無くとも良いので、そういう空気感の生徒はいないだろうか。イロハは結構惜しいのだが、何かというか、こう、もう一息。まぁいいや。

 

 ある日。

 

「おい、空崎。なんだそれは」

「あっ。なんで見つけちゃうんですか」

「キキッ。私の目敏さを見くびるなよ?」

「……まだ覚悟ができてないのに」

「なんだぁ、ラブレターか?隅に置けないやつだ」

「違いますよ。はぁ……もういいです。はい、これ。日頃の感謝ってことで、万年筆です」

「っ、え?わた、私にか?」

「他の誰かが居るように見えるなら、塩でも持ってきましょうか」

「いや、……そうか。私が、感謝をなぁ……。」

「マコト先輩?」

「礼を言うのは私の方だ。空崎、私と仲良くしてくれて有難うな。お前のおかげで、なんだか最近は、心に余裕ができた気がするんだ」

「……ふふっ。なんですか、それ。───変な空気になる前に、話を変えましょうか」

「それもそうだな」

 

 ちなみにこの万年筆はどっかいっちゃった。

 

 それから、幾らか距離が縮まったのは双方の自覚するところである。……補足しておくと距離っていうのは別に恋愛とかじゃなくて、砕けた口調になったとか、そういう感じのやつだ。

 

 ただ、弊害というか……自然、ヒナと居る時間が増えるようになり、それに比例するかのように、私の中に澱にも似つく黒い感情が溜まっていった。距離が縮まり、より親身に技術知識を教導するに連れ、私はヒナの戦闘面での天賦をより実感し、嫉妬するようになったのだ。これだけのセンスがあれば、わざわざ人を掻き集める必要は無かった。とか、この世界は、結局のところ痛烈に抜き出た個にいとも容易く覆されるのだ。とか。兎角、ナイーブな感傷ばかりが心に芽生えた。

 

 それのせいか、時々沈みがちな気分を、戦略探査部に持ち込むことが多かった。

 

「今なら、最初の頃に先輩がやってたレポートも手助けできたかもね」

「……キキッ。もう私よりも精錬されたものを仕上げられるだろうさ」

「まさか。……でも、そう言ってくれると嬉しいわ」

「………」

「?先輩、どうか」

「っ、あぁ。スマンな、何でもない。そうだな、最近少し、ブラックマーケットの出入りが多いだろう。校内もピリついててな、もう少し自衛のための予算を増やせないかと思案していたのだ」

「先輩は、やっぱり不安なの?」

「治安がか?キキッ。不安でない、と云えば嘘になるが、何も怯懦に喘ぐほどではないさ」

「……そう」

 

 あの時の物憂げな視線の意味は、今になってもよく分からない。

 

 *

 

 それから数日……数週間だったかも。経って、決定的な出来事が起こった。

 

「先輩、伝えたいことがあるの」

 

 今思えば、その日は凶兆とも取れる災難が間々あった。黒猫は横切るし、遅刻したし、いつもは寝ていても怒らない先公に教科書でシバかれた。人が珍しく出てやったらなんだあの態度は。いや待てよ、これ結構身から出た錆じゃないか?───まぁいいや。

 

「どうした」

「その、……て、転部しようと思って」

「……ほぉ?どこへ行くんだ?」

「え。と、止めないの?」

「キキッ。私はお前と部員である前にお前の先輩だ。後輩が自分で選んだ道に、ケチをつける理由はないさ」

「……ありがとう。その、前々から声が掛かってたんだけど“風紀委員会”に入ろうかなって」

「………」

 

 衝撃も程々に。私はその文言を受け止めるのに数瞬の時間を要した。教えることは全て教えた。もはや思い残すこともないと思う。けれど、そうか。風紀委員か。私の、私が磨き上げたこの至宝は、私を阻んだ者どもの元へ降るのか。

 

「理由は?」

「……あそこなら、校内の自治に一番関われるから。聞いて、先輩、今の委員長さんね、私なら入ってすぐに重役になれるって約束してくれたわ。だからね、きっと。そう遠くない内に、また先輩と」

「白々しいな」

「……え?」

 

 いや、若しくは最初からそのつもりだったのだろう。今、あの時よりも俯瞰して物事が見えるから分かる。よくよく考えれば、いや考えずとも、彼女ほどの者が、わざわざ数多ある、この部の何倍も恵まれた環境を選ばずにここへ来たのは、私に反抗意思が無いか監視しろとでも仰せ使ったのだろう。出来れば流用できるだけの能力を盗んで来いとも。幸いにして私の十八番である情報分野は、彼女に不向きだと判断し教えることはなかった。───この判断をこんな形で正しく思う日が来るとは。

 

 私も人のために生きられるのだと、舞い上がっていたのが、これじゃあ道化も良いところだ。

 

「もう、良い。済まないな。お前の優しさに漬け込んで、私は気付かぬままに負担を強いたようだ。もはや関わることもないだろうが、それでもお前はこの一年……も経ってないな。私に彩りのある生活をくれた。それについては本当に感謝しているよ」

「せ、先輩?何か勘違いを」

「今更、繕わずとも私に出来ることはない。これで情報戦では随一の才覚に恵まれているんだ。この状況の私はもはや、手足を捥がれた小蝿に等しい」

「だからっ、……っさっきから何を」

 

「あ!ヒナちゃーん!!探したよぉ」

 

 まだ衝撃の支配していた当時の私の脳内では、果たしてそれが誰なのか皆目の見当がつかなかった。一時的に他社の顔を失認する事態に陥ったのだ。ただ、服装から。それが風紀委員会の誰かしらであることだけが判別できた。

 

「部長さんに納得はしてもらえたの?早ければ明日にでも業務説明に入りたいって副委員長が」

「ちょ、今それどころじゃ「構わん」」

「戦略探査部の部長は私だ。ちょうどその話をしていたよ、“随分と間の良い”ことだ。退部の手続きは私が済ませておこう。もはや“ソレ”はこの部活の部員ではない。好きにしろ」

 

 そう言いながら身支度を整え、私はその場を後にした。何やら口論のようなものが聞こえたが、私の拘う謂れはない。連絡先───メッセージ欄の一番上を常に陣取っていたアイコンをタップし、ブロックした。

 

 その時の私に、もはや過去の感傷に浸っている時間は無かった。頃合いは十一月。ちょうど新体制へ向けて、各部が動き始める頃だ。───間に合うか?もはや一刻の猶予も残されてはいない。

 

 ありがとう。空崎ヒナ。

 これは、最後の戦略探査部の活動だ。

 お前と私で、戦争をしよう。

 私の矜持に、清算をつけさせてくれ。

 

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