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それからの私は、保持していた優良な成績と、外面の評判を用いて万魔殿に籍を置いた。毎日毎日、私の野望を打ち砕いた連中に諂いの笑みを浮かべ続けるのは吐くほどにしんどかったが、それも必要な労力だと自分を納得させた。
死に物狂いでのし上がり、そうして僅か数ヶ月の在籍にして、反対少数で議長の座を手にした。……ちなみに結構ズルしたけど、まぁそこまでやりたがってる奴も居なかったし、深く追求される事もなかった。
「キキッ。最近のヒナの弱点、とはなんだと思う?」
「……あるんですか?そんなもの」
「マコトちゃんまた変なこと言ってる〜」
「喧しいッ。ちゃんとあるのだ!」
時は現在。
「アレはな、思考を放棄した戦い方をするようになった。成程、超大極まるその武力。無駄な労力を漸減させたいのなら確かに賢明だ」
「ここ最近、“削り”のために逐一騒ぎを起こしていたひとが言うと、やっぱり説得力が違いますね」
「なぁに。今に始まった話じゃないさ」
「でもぉ、それでも問題無いから、今までそのやり方だったんでしょ?」
「今までかどうあれ、意味はない。肝要なのは今、この瞬間に、そのやり方が通用するかだ。情報の獲得は、転じて必要戦力の判断基軸になる。作戦立案の判断材料にもな」
そうだ。長く、永く。常に限界までストレスを掛け続け、空崎ヒナの精神に絶え間なく負荷を与えた結果、彼女の思考は鈍化した。単純な話だ。敵が見上げなければその面も見えない怪物なら、手と足とを切り落として、自分の高さにまで引きずり落とせば良い。
「その口ぶり。今回はマジなんですね」
「なんかマコトちゃんがカッコいい」
必要戦力の判断基軸。つまり、今現在の空崎は、毎日健気に不良を鎮圧し続けたストレスでコンディションの最大出力が低下しているのに加え、どうせ今までとそう変わらないだろう、と情報の獲得に消極的だ。あとは此方の行動を誤認させれば、不意を衝く形で仕留められる。
「イブキの面倒はチアキに頼んである。あちら側の主要メンバーも、物量で鎮圧できるだろう。単純に頭数は倍以上を揃えた。練度にこそ不安は残るが、それも風紀委員憎しで集った連中ならある程度は根性を見せてくれるさ」
「つまり?」
「馬は勝手に落ちるから大将を狙うぞ」
「「了解」」
*
そうして、両者は一堂に会した。
片や辟易した様相を隠そうともせず、片や平時よりも少しだけ寂寥を帯びた面持ちで。
「何?マコト。一応弁解くらいは聞いてあげるわ」
「キキキキッ、キャハハハハハ!」
異様。正確には、空崎ヒナには異様とも思えた突然の哄笑。
と、同時。すぐさま臨戦態勢を取った彼女に対し、マコトは嘲弄とも失望とも似つかない声を挙げた。
「残念だ、ヒナ。まさかこうまで呆気ないとは」
「お前、さっきから何を」
「何故、貴様はいつまでも、まるで私たちならいつでも鎮圧できるとでも言うような振る舞いをしているんだ」
「……何を、ッ、ぐ」
空崎ヒナは、苦しそうに一つ小さく呻くと、片膝を突き胸を押さえた。
「おかしいと、思わなかったか。先導者というワケもないこの私が、わざわざこの最前線に出張ってくることを」
「これ、……っは、毒?」
「如何にも。何でも七囚人の一人が娑婆に居た時に造ったそうだ。この規模の部屋なら充満して一分もあれば身体の自由が効かなくなる」
「まさか、───ブラフ」
「おぉ、明答だ。お前は私がリスクを常に忌避している事を知っているからな。───どうだ、お前。無意識のうちに、私の出てくる場所に無差別の兵器は用いないと思ったろ。まるで警戒していなかったな。ま、そうでなくても。普通は使わないか、毒ガス」
「なら何故、お前は影響を」
「毎日少しずつな。嗅いだ。ギリギリだったんだ、お前の身体が相対的に免疫の弱い成分を調べて、それの含まれた効能の強い毒を入手し、無論、私はお前ほど身体が強くはないからな。毎日毎日、ちょぴっとずつな、嗅いだ」
「何、故……っそうまでして」
「ん?あぁ、一回くらいは完全に堕としてみたくてな。歴代最強の風紀委員長」
みるみる蒼白になる空崎ヒナの顔に対し、マコトはどこか余裕があったが、しかし遠目にも分かるほど汗が滲んでいる。
しかしそれよりも空崎ヒナの目を引いたのは、その面貌の変異だった。いつもの馬鹿馬鹿しい八面相は鳴りを潜め、次第に目からは高揚感を表したような光が失せていった。
「お前なら気づいてるものだと思ったよ。私がここに出張る理由とか、もはやフィールドアドバンテージは万魔殿に制圧された時点で失われたに等しいのだから、もっと警戒をするものだと思っていた」
そう語る羽沼マコトは矢張りどこか寂しげで、彼女の只ならぬその様相は、空崎ヒナに困惑と焦燥を齎すのにおよそ充分すぎる状態だった。或いはその異様が、彼女に気絶を許さない遠因になったのかもしれない。
*
「安心しろ。兵は直引く。扱い易い奴らだ。徹底的に痛めつけずとも、憂さを晴らせればそれで良いらしい」
「……待って」
「もう万魔殿が妨害行為に走ることもない。アレは元々私の独断だ。もし今後、責任を追求するのなら全ての落ち度は私にある」
「マコト、…っ…待ってよ」
いつだかの、訣別の日の背中に重なる。何で、今、思い出した。そうだ、アレだって結局、弁明も、話し合いもできないで。そのまま私は激務に呑まれて。そうして気づけば、どうでも良くなっていて。なのに、なんで。
「然らばだ、空崎。私の横暴に付き合わせて悪かったな」
「待ってっ!マコト先輩ッ」
立ち上がり、手を伸ばした。けれど結局、歩く事もままならず、私は躓いて、それが引き金になったのか、もう意識が保てないことを本能で理解した。けど、それでも。私が転んだとき、マコトは一瞬だけ足を止めた。───なのに、振り返りもしないで。
「待ってよぉ……」
私の意識は、そこで暗転した。
*
「で、どうでした?天下無敵の風紀委員長」
「うーん、気持ち悪いぃ……」
「あはは、マコトちゃんゴリ押しすぎ〜」
「いや、本当はもっと軽傷で終わる筈だったんだがな。アイツすっげぇ耐えるの。三分とか行ってたぞ。私は抜群のコンディションで五分がギリギリなのに。勘弁してくれ」
「私が聞いたのは、そっちの方じゃないんですけど」
「う、おえぇ。……まぁ、徹頭徹尾私の自己満足で一方的に絡んだからな。悪し様には思ってると思うぞ。たぶん近いうち報復でメタメタにされる」
「うげぇ、勘弁してくださいよ」
「マコトちゃん疫病神〜」
「キッ、うぇ……キキッ。まぁそれが終われば関わることもない。もう少しだけ頼むよ」
帰りの車内、私はサツキの膝に頭を預けながら、どことなく達成感を感じていた。と、同時に。恐怖も感じている。最後の方は正直、私も足の震えを抑えきれないくらい朦朧としていたので、ヒナがなんか言ってたのは覚えているが、───あの目、養豚場の豚を見る目。
恐らくは今頃、身の毛もよだつような恐ろしい報復を考えているに違いない。良かった。声が聞こえなくて。聞こえていたらありとあらゆる体液をぶち撒けて発狂死していたかもしれない。
まぁ、私の感じていた絆……のようなものが、偽りであったのは寂しいけれど。それでもアイツと過ごした日々と、それに抱いた想いに嘘はつきたくない。
だからこそ、今日、真の決別を果たした。
大丈夫。アイツには頼りないが慕ってくる同輩に、先生もついている。私との似非の絆なんかじゃない、本物の繋がりだ。そもそも、事の発端は私が一方的な逆恨みをしたことなのだから。私が手を引きさえすれば、じきに盤石な風紀委員会を拝むることになるだろう。
それに何より
「なぁ、イロハ、サツキ」
「はい」
「なにー?」
「ありがとうな、着いてきてくれて」
私にも、どうやら、真に友と呼べる者が出来たよ。
これヒナ視点のその後どうしよう