マッシュ・バーンデッドと黒服の忠告
マッシュ・バーンデッド
今やこのキヴォトスにおいて、彼は学園都市の維持に必要不可欠な存在である。彼なくしては、連邦生徒会長の失踪事件を超える大混乱が生じ、その時点でキヴォトスが実質的な機能不全に陥るとまで言われている。
それほどマッシュという存在は、キヴォトスにおいて数々の功績を打ち立て、シャーレという組織に反感を持つ者たちや組織を実力で黙らせてきた、重要な存在。
エデン条約事件においても学園間の関係改善に大きく貢献し、キヴォトスの二大マンモス校であるゲヘナとトリニティの関係を大幅に変え、『憎み合う関係』から『競い合う関係』に変えて見せた。
ひいては、道具同然に扱われてきたアリウス分校の生徒らを救い出すばかりか、キヴォトスに破滅をもたらす存在を呼び込もうとした大人を筋力で撃破した、とんでもない人物。
いつしか彼は、トリニティ総合学園とゲヘナ学園の中ではある種の『英雄』として讃えられていたのだが──
「いや英雄とか……そういうの……ちょっと」
───本人は、その名を受け入れることができなかった。
シュークリームパーティーの開催から、約二週間後。マッシュはシャーレのオフィス内にて、一時の休息を取っていた。シッテムの箱と向き合ったマッシュは、アロナとともにシュークリームを頬張りながら、雑談まじりにモモトークの返信などを行っていた。
傷は目に見えるほどではなくなり、ギプスや包帯も既に外されている……戦いを重ねるごとにマッシュの自己治癒力が上がっている事実には、治療にあたった救護騎士団含め生徒の誰もが驚かされたが、こればかりは慣れる他ないだろう。
閑話休題。近頃通り名のように付き纏い始めた『英雄』という言葉に、マッシュは露骨に顔を顰めていた。
『どうしてですか? 英雄なんて肩書き、そうそう手に入れられるわけじゃないですし……かっこいいと思いますが』
「いやまあそうなんだけどさ……なんかこそばゆいというか、讃えられるのはなんかこう…嫌というか。当たり前のことをしただけ――あっ、コユキちゃんってこんな気分だったのかな」
確かにマッシュは、誰かに褒められることが好きだ。自らの出生や祖父の人生を知っているからこそ、マッシュは他者の苦しみに共感し、多くの生徒を孤独から救うことが出来た。
「英雄じゃなくて、仲間とか友達とか、そんな感じに扱って欲しいな〜本当に」
『もうすでに、先生として讃えられているのでは?』
「…………あっ」
『先生はもう少し、自分の人気などを視野に入れましょうね』
「そうです、あなた様はもっと他者から慕われ、愛されるべき存在なのですから」
「うわびっくりした、いつのまに背後にいたの?」
「『いや英雄とか……そういうの……ちょっと』の辺りからですね。その端末の中の話し相手が何者なのかについては、判別できませんでしたが……」
「もう最初からじゃん……本当に気づかなかったな」
「うふふっ、イズナに忍術なるものを学んでおいて良かったですね」
(………鬼に金棒ってこういうことか)
マッシュの背後に現れたのは、巨大なバッグを抱えたワカモだった。見たこともない大荷物に、マッシュはその中身について聞く。
「ワカモちゃん、その持ってる荷物は何?」
「これですか? これは――マッシュ・バーンデッド先生人形(等身大)です」
「僕の人形………え、手作り?」
「はい❤️」
「はいって……いやまぁ、別に気にしないけど……需要ある?」
「ええ! いつでもどこでもあなた様のお顔を拝むことができるという点で、確かな需要があります‼︎」
「………そっか」
もはや崇拝されているに等しい状態に複雑な感情を抱いたマッシュだったが、それでもワカモがマッシュを愛していることは確かだ。マッシュは、これ以上の追及はしないことに決めた。
「あっ、そういえばワカモちゃん。サオリさん達は今どうしてる?」
「先生が組み分けをしたチームで別れ、各学園で作業を行っています」
マッシュはシャーレに在住している生徒を再編し、元アリウス・スクワッドのメンバー達をリーダーとして、それぞれ別の分隊に編成して活動させていた。現在、彼女らはシャーレに寄せられる依頼に応じて、率先して他学園へ働きに出ている。
「錠前サオリ率いるチーム・カスタードはトリニティへ派遣、聖園ミカと同じような雑草抜きや、教室や大聖堂の清掃作業など、景観美化を中心とした奉仕活動を行っているようです――ミカとサオリがあまりにも素早く動いたせいで、すぐに終わってしまいそうだったらしいのですが」
「流石はミカさんとサオリさんだ」
「槌永ヒヨリ率いるチーム・ソーダーはゲヘナへ赴き、風紀委員の手伝いをしているようですね。『うわぁぁぁぁん! 書類の量が多すぎますゥ‼』と嘆いていたそうですが」
「まあゲヘナだしね、それでも前よりかはマシらしいし」
「アビドスには戒野ミサキ率いるチーム・チョコレートが、ミレニアムには秤アツコ率いるチームストロベリーがそれぞれ向かっており、アビドスでは校舎内の大掃除を行うとともに自治区内を巡回、それ以外でも小さな手伝いを様々な部活で続けているそうです……皆さん、とっても満足そうでしたよ」
「迷惑かけた分働きたいって言ってたしね……僕も何回も助けられてるし」
「それぞれチーム人数の数は少ないものの、チームワークはかなり良いものでした」
「シャーレ内にも、何人か残ってくれてるし……うん、順調だな」
「アリウス分校改めて――シャーレ所属の生徒達、皆が皆、あなた様のため、誰かのために動いています……にわかには信じられない光景ですが」
罪の償い、迷惑をかけた分の埋め合わせ……もしくは、彼女らがずっとやりたがっていた『やり甲斐のある何か』を遂に得たという成果を、マッシュは嬉しく思う。
「……あなた様」
「ん?」
「このワカモは、完全にあの者達を許し、信頼しているわけではありません……あくまで私は、あの者達がここから逃げないように……裏切らないように、見張っているだけ」
「まあ……うん、そりゃそうだよね」
「……しかし同時に、別の恨みも増しているのです」
「というと?」
「あなた様を一度、あそこまで痛めつけた……あの大人に…です」
「……ベアトリーチェ」
「ええ――あの者に対しては……今でもなお……なおも、怒りを覚えております」
「それはみんな同じだよ……僕も、多分この先絶対にあの人のことは許せないし」
今のワカモが真に憎んでいる相手は、他ならぬベアトリーチェ。マッシュの肉体や心臓をまるで道具のように扱ったばかりか、彼の人生を否定し、その価値を嘲笑ったことは、ワカモの地雷を踏み抜いたといっていい。
「……ああダメですね、やはり私は……簡単に人を、誰かを許すことができない。あのパーティーの間も、ずっと……ずっと、微かに怒っていました」
「…………」
「あなた様……どうか……どうか、この愚かな狐をお許しください……いくらあなた様に拾われても、招かれても…私の本質は、『厄災の狐』そのもの――どこまでいっても私は……人の心を持たない…獣なのですね」
今まで散々、人の迷惑なんてもってのほかとばかりにキヴォトスを暴れまわり、破壊し、自分のためだけ、テロ行為で満足を得るためだけに動いてきたワカモ。
「人の心を持っていないのなら、僕のことを愛したり、あそこまで怒ってくれたりなんて、しないと思うけど」
「…!」
「イズナちゃんにも妹みたいに優しくしてくれてるし……人の心がない狐ってことは、ないと思うな」
「……他の者を信じられなくなっている私を、ですか?」
「それがワカモちゃんってだけだよ。それにほら、僕のことは信じてくれるでしょ?きっといつか、他の子のことも信じられる日が、絶対に来るよ」
「その日まで……あなたのおそばに居させてくれますか?」
「勿論―─永遠、は、多分無理だけどね」
「……では、終わりを迎えるその日その時まで――このワカモ、あなたのおそばに……ずっと」
「心強いよ」
ワカモは尻尾を振りながらマッシュへと近づき、笑顔を浮かべながらマッシュの方へと寄り添う。ワカモは一人ではない――どこにいようと、絶対に。
「所であなた様?――あのパーティーから少し席を外した間……聖園ミカと……一体何をなさっていたのですか?」
「――――ノーコメントで」
「ふぅ……仕事の後の筋トレとプロテインは格別だな」
日が落ちた頃、シャーレ内での仕事が一通り終えたマッシュ。
「………英雄、うーん、やっぱりなんかやだなぁ」
筋トレも行いながらも、マッシュはいつの間にか与えられた通り名に対して、少なからず不満を漏らしていた。名誉あることは事実であり、マッシュ自身もかっこいいとは思っている。
「僕は英雄とかじゃなくて、みんなの先生、みんなの友達、もしくはただの人間として扱って欲しいだけなんだけど……うーん」
あくまでもマッシュは、ただの人間、ただの仲間として、自分を扱って欲しいのだ。関わりが深い生徒らは仲間や友達として認識してくれているが、他は本当にマッシュを英雄として祭り上げている─―それが少し、マッシュの考えと外れていた。
(……まあいいや、人のことをどう思うかは個人の勝手だし……僕はただの子供の先生として振る舞うって決めたし――えーい、もう気にするのやーめた)
難しいことを無理に理解し、大人ぶって物分かりを得ようとすることはやめだと、過去に決めた。マッシュは深いをことを考えず、シャーレへと戻ろうとした。
『クククッ……あぁやはり、貴方はそういう人間なのですね――マッシュ・バーンデッド先生』
「!!!」
その瞬間、背後の暗闇から現れたのは……ゲマトリアの一人、黒服。マッシュに何かと不憫な目に合わせているあの黒服が、堂々と彼の前へと姿を現した。
マッシュは反射的に、また黒服に向かって拳を振るってしまうのだが……今回の黒服は、これまでと違った。
「――まじか」
「考えるよりも先に行動…あるいは、嫌悪感を感じて反射的に動いただけなのかもしれませんが…フフッ、これでこそ貴方らしい─―素晴らしい」
黒服は……なんと、マッシュのパンチを受け止めた。マッシュのパンチが受け止められたのは、ミカやバルバラなどの強者と戦って以来である。黒服の前から飛び退くとともに戦闘体制に入るマッシュだが、黒服はそれを静止。
「お待ちください、先生……今回は貴方に、ただただお話があってきた次第です。どうか、その拳をお納めください」
「……何の用ですか。もう僕、貴方達への好感度マイナスに走ってるんですけど」
「それは辛いですね……しかし、当然と言えば当然でしょう」
「……要件は」
「ククッ、そう警戒なさらないでください……いえ、言葉では伝わりませんね――ここはやはり」ヌギヌギッ
「!」
「これで、話をしなければ」
黒服は着ていたスーツを脱ぎ捨て、その体をマッシュに向ける。六つに割れた腹筋に、マッシュに劣らず厚い胸筋、逞しく引き締めた腕や足……黒服の体は、スーツ姿からは想像がつかないほど筋肉質に仕上がっていた。
「――ヌンッ」ムキッ
「!――フンス」ムキッ
二人は互いに無言でマッスルポーズを決め始めると、交互にポージングを変える形でそれを何回も重ねる。マッスルに言葉は不要……これは、いわゆる肉体言語である。
「…成程、僕を倒すためだけに鍛えたってことですか」
「あの日以来、ずっと筋トレや肉体改造を続けていましてね……ククッ、いつの間にか筋肉に取り憑かれていたようです」
「貴方も来たんですね、
「まさか、私はまだ…ギリギリ
「……その報告をするためだけに、僕の目の前に現れたんじゃありませんよね?」
「流石は先生、ええその通り。今回私が貴方の前に現れたのは、この私の筋肉を見せるため……それと、警告をするためです」
「…警告?」
黒服は脱いだ服を再び着直すと、マッシュを狙う新たな存在について言及する。
「……その者は貴方を敵として、脅威として、真っ先に排除すべきだと考えているようでして……近い将来、必ず戦うことになるであろうと、今回私はご忠告に来ました」
「何でまたそんなことを?」
「結論から言うと――先生……私は貴方に勝ちたいのです。私の力だけで」
「…ほう?」
「貴方に敗北し、私は色々と考えました……どうすれば貴方のようになれるのか、どうすれば、もっと神秘を探求できるのかを……その結果、貴方を超える肉体を持つこと……この結論に至りました」
「僕を超える……それになんの意味が?」
「意味、それは必要でしょうか――気になるから手に入れ、見て、観察する――それぞまさしく、探究心という物――ですので先生」
黒服はマッシュに背を向け、暗闇の方へと歩いていく。
「―どうぞ、勝ってくださいね。キヴォトスの英雄、マッシュ・バーンデッド先生」
「………その呼び名は嫌いですよ」
「クククッ……では」
黒服はその筋肉が放つ存在感を消すとともに、霧のように暗闇の中へと消えていった。
「………何が来ようと――絶対に負けない」
マッシュは生徒たちのために、再び心に誓った。
6時に投稿するつもりが、何や感やあってこの時間帯になりました……やっぱコロナってクソですね。
次回はアンケートにあったものから順番にやっていきますので、どうかお待ちくださいませ。
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