……湿度高くなっちゃった
―――わからない
『僕、君たちを助けたいんだ……お願い、もうこれ以上は―』
――――わからない
『許せないんだ……君達が、理不尽に押し潰されることが』
『生まれてきた世界の勝手な都合、解釈、認知や考えで君達が苦しんだり、嘆いたり、周りに追い詰められること……僕はそれが――死ぬほど許せないんだ』
『世界が理不尽をぶつけてくるのなら、僕は理不尽なほど強い筋肉の力で戦って、負けない――僕はそう決めたんだ………だから』
『君達も、その理不尽に負けさせたりしない……平凡なごく当たり前の生活、それを――たっぷりと味合わせてあげるよ』
―――わからない、何で堂々とそんなことが言えるの。言ったところで、私達が変われるって思えるわけがなかったのに。
『誰もが普通に生きれて、普通に笑えて、普通に感情を曝け出したり、味を楽しんだりする……そんな小さな幸せをつかめる―そんな世界に変えてやる……僕のこの――拳一つで…!』
―――何で、光を見せてくるの。
『彼…マッシュ・バーンデッドは――元の世界で、全ての民から命を狙われている存在なのですよ?』
『生きていることが罪、この世に在りべからざる最たる異端、抹殺の対象とされてきた者―それが、彼の正体なのです』
―――そんな相手に、そんなあんたに……
『どうせ……親に愛されて、恵まれた環境で育って、周囲から愛されてたんでしょ…? そんな奴が、私達の気持ちがわかるわけがない…!』
―――あんなことを言ったのに………何で
『僕の願いは、君が笑って、遊んで、平凡に生きる事なんだ……難しい言葉とか、格言とか…あんまり粋なことは言えないけど――─僕は君に生きて欲しい』
――――こんな……苦しみだけの世界に…?
『なら僕が、そんな苦しみをとっぱらうし、世界が君を苦しめるのなら、僕が――』
『君をその数千億倍、幸せにする』
―――……何でそんなこと、言っちゃうのかな
『見て見てミサキちゃん、鉄を削ったらなんか凄いのが出来ちゃった』
『ミサキちゃん、シュークリームは万物を繋ぐんだよ』
『一発ギャグします。天井に……こうやって足を埋めて、ぶら下がって……はい、エリマキトカゲ』
――いつもバカなことして、笑わせようとしてきて
『ミサキちゃん、顔色悪いよ?無理しちゃダメだよ』
『差し入れのカスタードシュークリームだよ、あっ、いちごもあるよ』
『ミサキちゃん、悩んでるならいつでも言ってね』
――いつも私を気にかけてて、怪我とかしたら真っ先に心配して………そのくせ、自分がどんな目に遭っても何も言わない………悪態ついても、気難しい態度を取っても……アンタは何も言わない。
『ミサキちゃん』
――やめて、そんな顔で、そんな目で、私を見ないで。名を呼ばないで
『僕は君を許すよ』
―――その……顔を見ると、胸に残ってる罪悪感が、どんどん溢れてくる……苦しい、吐き気がする……ああ、もう限界………
パシッ!
「!!!」
「…………」
「……いつから、そこに」
「ついさっき」
「……………」
「これは没収として……何か飲む?」
「……あったかい物」
「了解」
――…………何でこの状況でも、そんな顔ができるの……また、恩を売られちゃった…………また………返さなきゃ。
(あっぶな……サオリさんから話は聞いてたけど、止めれてよかった)
時刻は深夜、午前2時。言い知れぬ胸騒ぎによって目が覚めたマッシュは、気配を感じ取った台所へ真っ先に向かい、そこで
「我ながら完璧、はいどうぞ」
「……ありがと」
「初めて作ったから、味は保証できないけど」
二人分のホワイトコーヒーを二色のカップに入れ終えたマッシュは、一つをミサキに渡し、もう一つを手に彼女の隣に座った。
「────ちょっと自信なかったけど、我ながら良い出来だ」
「……………」
「……サオリさんからある程度は聞いてたよ。ミサキちゃんは、小さい頃からよく死のうとしてたって」
「…………人生に絶望してたし、何もかも諦めてた。だから生きるってことに、興味も希望も見出せてなかった……今は…………ごめん、まだわからない」
「突然環境が変わって、すぐに自分が変われることなんてまあ無いよ、気にしないで。……最近、いつ切っちゃったの?」
「2日前くらい」
「その時、ちゃんと傷は手当した?」
「…うん」
「ならよかった、放置したら膿んじゃって危ないからね」
「……怒らないの」
「怒らないよ。君が悪いわけじゃないし、逆に君を追い詰めると思ったんだ。でも心配は心配だから、一応手当はしたのかな、って」
「………」
リストカットは危険な行為であり、やめて欲しいとマッシュは思うのだが……ここでミサキを叱りつけるのは逆に彼女を追い詰める事になってしまう、そう思った彼は、怒るのではなく、心配し、優しく声をかけた。
「傷、痛くない?痒かったり、腫れてたりしてない?」
「……首の包帯、しばらく触ってなかった」
「じゃあ取り替えないと、取ってくるね」
「いや、別に『取ってきたよ』早いって…!」
「首、失礼するね……あ、ごめん、見られたくなかった?」
「…………別に、やるなら、早くして」
「了解」
マッシュはゆっくりとミサキの首の包帯へと手をかける、丁寧に、傷つけないように、優しく布を外していき……目に映ったのは
「………気持ち悪いでしょ」
「全然」
赤黒く生々しい線、どれだけ強い縄で縛ったのだろうか、よく見ると切り傷もあり、本気で死のうとしていたのが一発でわかる。
「巻いていくね」
「……嫌な顔ひとつしない、可哀想な奴を見る目もしない………ほんと、変わってるよ」
「ここで哀れんだりするのも君に失礼かなって」
「……また人のことを……どうして、そうやってすぐ他人に気を利かすの……それも、私なんかを相手に」
「多分先生になったから……かも?守る物、気にかけるものが多くなっちゃったから、長い間そっちにばっか気を使ってたからね……そのせいであの時、ミカさんやアズサちゃんには凄く怒られたけど」
こちらの世界に来て、守らなければいけない物や相手が数多くできたマッシュ。彼は元の世界よりもはるかに他人優先の精神が身についてしまった。そのせいで問題を起こして生徒たちから怒られることもあったたが、その分だけ成長したとも言える。
そんな成長したマッシュに対し──ミサキはやはり、自分に対する対応が理解できなかった。
「……先生はさ、もう忘れたの?…私が先生に言った事」
「………何だっけ」
「嘘でしょ?」
「…あ、あぁそうだ、確かに言われちゃったね」
「……信じられない」
「ごめん、ほんとに…ごめん」
マッシュは過去を振り返らない、過去に降りかかった罵声や傷など、彼にとってはもうどうでも良い事だった……それはつまり、アリウスが彼に対して取った数々の非行そのものを、マッシュは気にも留めていなかったということになる。
「………最近、変なの」
「変」
「前までは、死のうとした時、恐怖なんて全くなかったの……その分、止められた時はひどく苛立って仕方なかった……」
「……」
「でも最近は………違う、死のうとすると……急に怖くなってくる。止められると、安心する……罪悪感で死にそうになった時も……苦しくて仕方がない時も……恐怖の方が、先に勝つ……私――変わっちゃった」
死のうとした時の恐怖、今までなかったそれが、シャーレに来てからずっと感じ取っていた。自傷を行う時も手が震え、止められた時は心から安堵した……ミサキは変わった――否、変えられた。
「今までずっとやりたいことなんてなかった、幸せだなんて思ったことも、辛くないって思うこともなかった……でも…最近は、最近はずっと……」
「楽しい?」
「………そう…かも、アリウスのみんなといる時も、あの狐姉妹といる時も……先生と、こうやって喋ってる時も……無性に、無性に……嬉しくなって――でもそれが、逆に……苦しくもなってきて――…‥これ、全部―全部、先生のせい…かも」
「僕のせい……」
ミサキは包帯を首に巻かれている途中にも関わらず、マッシュの方を向き、その手で、マッシュの衣服を掴む。
「死のうとする時も、死にたいって思った時も、どうでもいいやって思った時と――ずっと、ずっと先生の顔が浮かんでくる…!浮かんだ瞬間、怖くなって、不安になって……」
「……うん」
「世界に光を見出したから、私がいてもいいんだって思えるようになったから……死にたく、なくなって…」
「……怖くなったんだね、今までの自分とは違うから……不安になってきたのかな」
「………アンタが、あの時…あんな事を言うから、私は変わっちゃった……幸せになりたいって……思っちゃった……!」
次第に、制服の袖を掴んでいた手が腕をなぞり、マッシュの肩を強く掴む。やがて腕についていた包帯も取れていきその手の傷もあらわになる。
「だから――責任…取って」
「責任……」
「私を変えた……責任を…とって…」
「……幸せにすればいいんだよね?それは最初からそのつもりだよ……だって、あの時決めたんだ。幸せにするって――『だったら』」
今の、マッシュによって色々と変えられた彼女に取っての幸せ……それは、たったひとつ。
「私を、先生の道具にして……」
「何故にそうなるの?」
「私の幸せ……もう、わかんない。……先生の道具になれなかったら、アンタに使ってもらえなくちゃ……私は、幸せになれない……だから」
「………うーん?」
傷だらけの腕を見せながらそんな事を言うミサキ。罪悪感から来た、信念。散々売られた恩を、返していかなければならない……返していかなければならない、彼女はそんな思いでいっぱいだった。
「何でもする、身の回りのことだろうが何だろうが」
「待って待って、ストップ。一旦ストップ……ミサキちゃん、僕は別に、そんなつもりで」
「わかってる、先生がそんなつもりで助けてくれたんじゃないって………でも、でもこうでもしないと……私が耐えられないの」
「耐えられないって」
「周りは許してくれているけど……私は無理、先生に一番ひどい事を言ったのは、多分私……だから、傷つけた分……癒さないと……私の、腕や首の傷みたいに」
「ちょっと、何言ってるかわからない……けども」
ミサキの目は本気、マッシュはミサキのことを大事な友達で仲間だと思っている、そんな彼女を道具のように扱え……なんて無理な話だが。ここでひとつ…マッシュはいいことを思いついた。
「……わかったよ」
「わかってくれたんだ……ありがとう」
「君が僕の道具でありたいなら……それは好きにしてもいい――でも自分の身を大事にすることを、約束して欲しい」
「……先生の道具なのに?」
「道具だから余計にだよ……ほら、僕って物は大事にするタイプだから」
「………………」
道具になりたいと言う意見は認める、その代わりに自分の身を第一に考え大事にする、マッシュはそうミサキに言っていた。
「………それは、私に対する命令?」
「命令っていうかお願いだけど」
「……道具だもん、命令には従う」
「不安になったり、罪悪感に押しつぶされそうになったら、その時はすぐに言って欲しいな。やれることを全部やって助けるから」
「――……ありがとう」
「全然、だから……うん、僕が困った時も、助けて欲しいな……そんなにないかもだけど。あと…他のみんなが困っている時も、助けて欲しいな」
「わかった、絶対に助ける……約束」
「うん、約束だよ」
二人は互いに助け合うこと誓う。ミサキはやっと見つけた……自分が生きる意味を、生きる目的を。家族のため、恩師のため……動く。
(――これが今の私の目標………責任、取ってくれるんだよね?)
(…………拝啓じいちゃん。僕の周りの女の子、皆愛が重いです)
めちゃくちゃ個人的な意見と言うか思いなんですが、リスカを行っている人に対して怒鳴ったり、説教をするのはなんか違うだろう……って思ってるんですよね。なので、マッシュくんにも怒らないでもらいました…本編先生も怒らないとは思う……?
励みになりますのでコメントと評価、どうぞよろしくお願いします
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