透き通る世界に拳を一つ   作:六科

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次回、物語が動き出します。


マッシュ・バーンデッドとわがままお嬢様

 

 

 

 

「先生」

 

「なななななななな何でもない、ななな何でもないよ」

 

「その後ろにいる者を直ちに引き渡してくれ」

 

「だだだ誰もいない、誰もいないってばばばばばばっばばばば」

 

「無理があるぞ先生――ヒヨリ、お前も先生の後ろに隠れているんじゃない

 

「ヒィィ……!!」

 

 

 

 

 

 目をギラつかせ、鋭い眼光をマッシュの後ろに縮こまっているヒヨリに向けているサオリ。その横には、苦笑いしながらサオリを落ち着かせようとするニーナがいるものの、サオリの顔は変わらない。

 

 

 

 

 

「夜中にラーメンを食べたりシュークリームを食べたりするのはまだいい……私達が残していたシュークリームを勝手に食べたのも…まだ…いい」

 

「それに関しては後でお話だからねヒヨリ」

 

「姫、目が怖いよ」

 

「しかしだ――食べたまま歯も磨かず、睡眠中の先生の上で寝そべるのは……断じて許さないぞ」

 

「だ、だって先生の体、あったかくて……ちょうどいい硬さで……」

 

「お前は先生を何だと思っているんだ!?命を救ってくれた恩人を下敷きにして眠る馬鹿がどこにいる!!?」

 

「まあまあリーダー、落ち着いて下さいって……」

 

 

 

 

 

 サオリが憤怒の形相でヒヨリを叱責し、マッシュとヒヨリの肩が震える。

 早朝から特訓していることもあって、他の生徒達よりも早く起きる習慣をつけたサオリは、今朝も起床時間にマッシュの部屋を訪れたのだが───彼の上で、ヒヨリがよだれを垂らしてすやすやと眠っていたのだ。
 しかもこれが最初というわけではなく、このような形で発見されたのは通算五度目となる。

 

 

 

 

 

「落ち着きなさいサオリ……確かに許されぬことではありますが、彼女も悪気があったわけではないのですからその辺で」

 

アンタが言っても説得力皆無だから。ヒヨリは先生の上に乗ってたけど、そっちはどこで寝てた?」

 

「先生のベッドの中です♪」

 

「はいギルティ。イズナ、もっと強く縛り上げて」

 

「姉様……」(ドン引き)

 

 

 

 

 形容しがたい思いを抱えて苦笑するイズナによって縄で宙吊りにされているワカモ。その周りには、警棒を片手に彼女を見張っているミサキとアツコ。

 

 

 

 

「違うのです、違うのですイズナ!私はただ、先生を守ろうとして──」

 

「私よりも前に先生の側で寝てました」

 

「ヒヨリ貴女ッ…!!」

 

「ともかく!……両者共に、今後は絶対に改めろ……いいな?」

 

「うぅ……で、でも先生はいいって言ってくれてますし…それに、全然苦しそうでもなかったですよ?」

 

「苦しくはなかったよ、でも体重は結構感じたよ」

 

え!?

 

「そういう事だ……ヒヨリ、夜中にラーメンは健康に悪い。今後一切ラーメンを……いや、お前には夜食を禁じる」

 

「そ、そんな残酷なこと言わなくたっていいじゃないですか!?これから何を食べればいいんですか!?」

 

「そもそも食べるなッ!!お前のせいで食材や備蓄の減りが早まるだろうが!!」

 

「サオリさん、とりあえず落ち着いて……」

 

「先生もヒヨリのためを思うなら、過剰に食べさせるのをやめて欲しい。教師として節制というものを教えてくれ」

 

「うぅ……!」

 

「うーん……わかりました」

 

 

 

 

 

 

 夜食そのものに対し、サオリはあまり好印象を感じていなかった。夜間の空腹や食欲というのはホルモンバランスの変化によって起こるものであり、本来は夕食を済ませてその変化が起こる前に眠ることが望ましい。

 マッシュのように、毎日トレーニングや訓練を欠かさず深夜まで仕事をするような人間にとっては、栄養補給という面で必要となるものであり、生きているならば一定範囲は仕方のないことなのだが……。

 

 

 夜遅くに食事を摂ると、活動量が少ないため消費エネルギーが少なく、余分なエネルギーを体脂肪として蓄積されやすくなる。 翌朝には食欲が減退して朝食が食べられなくなる原因にもなり、生活リズムも乱れやすくなる。

 

 

 つまりは肥満気味になったり、体調が悪くなるということ……そもそもの話、ヒヨリはアリウス内でも体質にはかなり恵まれた物を持っていた。ここでシャーレに居場所が移ったことで、シュークリームという絶好の品を実質的に食べ放題となり、またまた肥えてしまったのである。

 

 

 

 

 

「私達と同じ環境で、同じ物を食べてたはずなのに……何でこんなお腹になってるわけ?」

 

「胸の方も……むぅ、解せない」

 

「ム、ムニムニしないでください〜」

 

「ヒヨリ、生活に支障をきたすレベルで肥えてしまった瞬間――先生のトレーニングメニューを行ってもらうからな」

 

「それだけは勘弁してくださいぃ!!」

 

「嫌ならやめるんだ」

 

「うぅぅ……わかりました…」

 

 

 

 

 

 その後サオリ達はいつものように、他校へと仕事に向かった。ヒヨリは有給休暇なる物を前々から取るように言われ、今回がその日なのでシャーレでお留守番。ワカモはサオリに捕縛状態のままトリニティへと運び込まれていった。

 

オフィス内にはマッシュとヒヨリだけが残っており、マッシュは書類の整理に取り掛かり、ヒヨリはボケ〜…としていた。

 

 

 

 

 

 

「……先生、ポテチ食べちゃってもいいですか? あ、あとコーラも…」

 

「もうそろそろお昼前だけど……またサオリさんに怒られちゃうよ? それに肥えすぎたら僕のメニューを行うことになっちゃうよ」

 

「し、死ぬ前に食べれるだけ食べておきたいんです」

 

「死ぬって、全然そんなふうに見えないけど」

 

「人っていつ死ぬかわからないじゃないですか…? 事故とか災害とか、病気とか、本当にいつ死ぬかわからない絶望だらけの人生………だから、食べれるだけ食べておこうかなっと」

 

「極論がすぎる」

 

「……このままコーラもポテチも食べれないまま、死んじゃうんですね。そういえばアリウスにいた時は、ゴミ捨て場にあったポテチをみんなで分けて」

 

「在庫あまりまくってるからいっぱいお食べ」

 

「いただきまーす…!」

 

 

 

 

 マッシュはあまりにも甘すぎた……ヒヨリの過去が語られる度、過食への危機感よりも締め付けることに対する罪悪感が上回り、幸せになってほしいあまり望まれるまま与えてしまうのだ。

 食べさせるなと言われても、過去のことを知っていれば食べさせてしまう。ポテチとコーラを美味しそうに食べているヒヨリを見て、彼は何を言えばいいのかわからなくなってきていた。

 

 

 

 

「こんなにいいものをたくさん食べられて……幸せですね、この場所は」

 

「……ヒヨリちゃん、ヒヨリちゃんは何か目標みたいなのはあるの?」

 

「…目標、ですか?」

 

「うん、サオリさん達は色々と目標を立ててたからさ(めちゃくちゃ重たかったけど)」

 

 

 

 

 矛になるやら、道具になるやら、とにかく重い目標を掲げていたアリウスのメンバー達。その中でヒヨリはまだ聞いていなかったので、マッシュは念のため聞いておくことに。

 

 

 

 

「目標………そう…ですね、強いて言えば」

 

「…………ゴクリ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「美味しい物をお腹いっぱい食べ続けること、ですね」

 

「想像通りで安心したよ」

 

 

 

 

 重い(体重)目標、むしろ想像通りでかなり安心したマッシュ。ヒヨリは人生は辛いことの連続……ならその辛いことを美味しい物で塗り替えてしまいましょうと言った、脳筋ならぬ脳食な考えで動くことを決めていた。

 

 

 

 

 

「先生と出会えて、たくさん美味しいものも食べられて……辛いことがあっても、それらで全部塗り替えていけば、幸せですよね……って、最近はそう思うようになったんです」

 

「プラス思考って感じだね」

 

「えへへ……今までずっと、我慢の連続でした。――でも今は、その我慢していたことをめいいっぱい解放できているんです。それが…堪らなく、嬉しいんです」

 

 

 

 

 

 全てを厳しく制限され、洗脳され、人としての扱いを受けてこなかった彼女にとって、今このシャーレという場はまさしくエデン。そこにマッシュという強力な存在が加われば……我慢が爆発するのも無理はない。

 

 

 

 

「――ヒヨリちゃん」

 

「あ、ご、ごめんなさい。それにしたって、我慢は大事ですよね……わがままばっかは、ダメですよね…」

 

「実は新しいシュークリームのレシピを手に入れたんだ、メープルハウスっていうんだけど……作って食べない?」

 

「いいんですか!?」

 

「いいんです、材料はあらかじめ買っておいたから……サオリさん達に見つからない内に、いっぱい食べちゃおう」

 

「わぁ…✨――先生大好きです!」

 

「うんうん、これぞヒヨリちゃんだ」

 

 

 

 

 その後、大量のシュークリームを平らげた二人の昼時は、これまで以上に和やかなものなったのであった。無論、サオリ達が戻ってくるまでの話だが。

 

 

 

 

 

 

 

 

「先生」

 

「違うんですサオリさん…ただ、ヒヨリちゃんがお腹を空かせてたから…仕方なく、仕方なく食べさせただけであって…」

 

「シュークリームを数十個、コーラを1リットル、追加でアイスを三つ、そして今現在ピザを2切れ食べているが?それが?」

 

「………我が生涯に一片の悔いなし」

 
「いくら先生といえどそんな戯言を吐くなど許さんぞ」

 

「美味しいです〜✨」

 

「ヒヨリは晩御飯抜きだね」

 

「「「「異論なし」」」」

 

「えぇそんなぁぁぁ!!!!」

 

 

 

 

 その後、夕食前にジャンクフードを与えられて大喜びしたヒヨリは、マッシュとともにサオリにみっちりと詰められたのだった。

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「ムニャムニャ……シュークリーム……パー、チー……ムニャムニャ……」

 

 

 

 

 その日の夜、アリウス生徒達が寝静まった頃合いに業務を終えたマッシュも、自室に戻って就寝した。イズナはワカモと眠ることを半強制され、マッシュは一人、何事もなく静かに寝息を立てている。しかし、そんなマッシュの部屋に近づく者が一人。

 

 

 

ガチャ……

 

 

 

 

「……眠ってますね、いつもみたいに…えへへ」

 

 

 

 

 そこへ、ヒヨリがやってきた。水色のパジャマ姿で頭にナイトキャップを被りながら、目をこすりつつ彼の側へと寄っていく。

 

 

 

 

「……先生は警戒心が無さ過ぎますね……私に、もう何回も侵入されて……こんなふうに、詰め寄られて…えへへ…」

 

 

 

 

 マッシュが眠っている布団にまで歩み寄ると、いつものように毛布に潜り込み、彼の上へと寝そべる。引き締められたマッシュの体は硬いが、ヒヨリにとってはアリウス自治区のコンクリートやアスファルトの上よりも温かく居心地がいいのは確かだった。

 マッシュから剥がれないように毛布を被ったヒヨリは、右耳をマッシュの心臓に当てる形で彼の体に密着する。

 

 

 

 

(……やっぱり落ち着きます……眠れない時は、これですね)

 

 

 

 

 あまりの警戒心の無さからか、あるいはトレーニングに必要な休養のためか、マッシュはヒヨリが上に乗っているのにも関わらず全く起きる気配がない。

 

 

 

 

(……そろそろ恩を返していく時ですね――溜まりに、溜まっていますから)

 

 

 

 

ヒヨリがマッシュにわがままを言う理由……それは今までの抑圧から開放された反動によるところもあるが……一番は、最初に受けた恩を徐々に返していくためでもあった。

 

 

 

 

(姫ちゃんを助けてくれて、シャーレで生活させてくれた先生は、私達にとっては命の恩人です。だから、私達は先生に恩返しがしたい……なのに、先生は何故かそれを拒否し続けてます。まるで、子供のおねだりを聞く親みたいに――おかしいですよね。だって、年齢は私と変わらないはずなのに、私のワガママを聞いても嫌な顔ひとつせずにお願いを叶えてくれるんですよ…?)

 

 

 

 

 マッシュは彼女たちからの恩返しを受けることを、異様なほどに遠慮していた。それもそのはず、マッシュにとっては先生として生徒を助けることは当然であり、恩返しや感謝を受けるようなことなどない当たり前のうち、という認識なのだ。その信条があったからこそ、エデン条約事件という死線で彼女たちを助けられたことも、また事実だった。

 だが、ヒヨリはそれで終わるつもりはなかった。欲張りに見えるヒヨリであっても他のアリウス生徒達と同様、助けられっぱなしでいるつもりは気は毛頭ない。だからこそサオリはキヴォトスとマッシュのために命を懸けることを宣言し、ミサキはマッシュの道具として生きる道を選んだ。
 そしてヒヨリは彼女たちとは違ったアプローチとして、マッシュとともに様々な料理や菓子を食べて回ったり、彼を様々な場所に連れ回すことに決めたのである。

 

 

 

 

(先生は私達にわがままを言ってくれません……お願いする前に自分で解決しちゃってますし――そんなのおかしいですよね……えへへ、そうです。おかしいんです)

 

 

 

マッシュに食べ物や娯楽をねだっているように見えるヒヨリだが、その実、ヒヨリは少なくない量をマッシュの分として取り分けていた他、最近になって購読を頼んだ雑誌やマンガをマッシュとともに読む機会も増えていた。ワガママを言うと同時に、楽しみの機会をマッシュと共有することが、今のヒヨリにできる最大の恩返しだった。

 

 

 

 

(――サオリ姉さんが私を守ってくれたみたいに……今度は、私が、先生……いえ、マッシュ君を守らないとダメなんです……えへ、えへへ)

 

 

 

 

 守られていた側から、守る側へ

 

 

 

 

「マッシュ君……私が、ついてますよ……ずっと」

 

 

 

 

 元の世界で嫌われている彼を愛すのは、この世界の住人だけ……自分達も世間からは嫌われていた存在、どんな扱いを受け苦しんできたかはわかっている――だからせめてこの世界では、そんな思いをさせない。

 

 

 

 

これは、彼女なりの……愛である。






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