仕事でとてつもないミスをしてしまい、気が滅入っていた作者です。
ほんっっっっとにやらかしていました……遅れてしまった申し訳ないです。
山海経高級中学校・商人連合『玄武商会』
山海経の伝統的な料理のみではなく、キヴォトス各地より集められた多様な食材や料理を提供しており、またその品質管理に厳しいことでも有名なグルメの名所として名高い。
しかし例のゴシップ記事が世に出てしまったことでマッシュに対しては少なからず同じような警戒心を抱いていた。
「―――美味」
(めっちゃ幸せそうな顔してる……杏仁豆腐一つ食べただけなのに)
そんな警戒を受けていながら、マッシュは杏仁豆腐を堪能していた。スイーツ好きの彼にとって、キヴォトスにおける中華料理の本場が仕立てる杏仁豆腐はまさしく至高の逸品、緩みきった表情は甘味を通して得られる幸福に満ちている。
「美味」
「さっきから美味しか言ってない……いやまぁ、嬉しいけどさ」
「美味、まさしく至福かな」
「詩人みたいなこと言い出してる」
「至福かな、杏仁豆腐、至福かな。マッシュ・バーンデッド、心の俳句」
「ねぇ季語は…!!?」
「あとあのパンパンにシュークリームが入ってたやつ、どうするの?」
「後で食べるから安心してね」
「あの量を一人で!!?」
マッシュは杏仁豆腐を匙で掬いながら答える。自分に向けられる猜疑と敵意も、危険視されている理由も、山海経での外聞も、杏仁豆腐の味の前には些末な問題にしか思えていないらしい。
「――アッハハ、うちの料理、お口にあったみたいで嬉しいよ」
「あっ、ルミ会長…!」
「会長…?」
「初めましてだね、シャーレの先生。私は
月餅の形のヘイローを持つ生徒、玄武商会会長・朱城ルミがマッシュの元へと現れた。その後ろには、スカート丈の短い真っ赤なチャイナドレスにジャージを羽織るというインパクトある姿をしている生徒がいた。
「マッシュ・バーンデッドです、16歳で、一応年下の後輩です」
「――へぇ、ほんとに。子供なんだね」
「まあ込み入った事情があるみたいでして」
マッシュとルミは軽い挨拶と握手を交わす。手は筋肉量の割に柔らかく、掌からも伝わってくる体温は普通の生徒よりも高い。間近で見た顔立ちや目つきは凛々しく、相当な修羅場を潜ってきたこともすぐに分かった。16歳の少年が経験するには酷な現実の存在を確信したルミは、目の奥が少しだけ曇った。
「……ルミさん?」
「――あっ、ああごめんよ。キヴォトスじゃお目にかかれない男の子の手だったから、ついずっと握っちゃったよ……ごめんね」
「いえいえ(……男の子?……気にしすぎか、杏仁豆腐追加貰えないかな)」
「それで、こっちの子が鹿山レイジョ。玄武商会本店のマネージャーで、私の護衛もしてくれてるんだ」
「ども」
「レイジョです、よろしくお願いします――そして」
次の瞬間。レイジョの右足が浮き、マッシュの胸へ向かってとてつもない速さの蹴りが放たれた。ただのキックではない、軸足の踵を返し、蹴り足は足裏全体を打ち付けている。その体幹には全く揺らぎがない。
これはただの蹴り技ではない、アクロバティックな連続のパンチや蹴り技を特徴とする武術――カンフーだ。数千年の歴史を持つと呼ばれる武術で、使う相手によっては強力な物になる……そのカンフーの蹴り技、側踹腿を───
「びっっくりした……」
(――片手、それも……全く動じていない)
──マッシュは、防いでいた。繰り出されている足の裏を、右手でガッチリと掴んで離さない。客人に何の前触れもなく蹴りを繰り出すという想定外の状況に、ルミも驚いて割って入る。
「レイジョ!! いきなりなにやってるの!⁉︎」
「すみません会長……少し、試してみたくて」
「試すって…なにを?」
「この方がどういう人間なのか……それを確かめたかったんです」
「確かめる?」
「はい」
マッシュはレイジョの足から手を離し、彼女の返答を待つ。レイジョの真剣な表情と人間を見極める目が、マッシュに向けられる。
「貴方の事は色々と調べさせてもらいました。カイザーコーポレーションの悪行を白日の下に晒し、キヴォトス全体を東奔西走して治安の改善に大きく貢献…更にはトリニティとゲヘナという、あの犬猿の仲であるはずの二大学園に平和条約を締結させ、パラダイス機構の設立に働きかけた、と」
「関係性を変えただけど」
「…しかし同時に私達は、それを成し得た貴方の身体能力を大いに警戒しました。強大な力を持った存在ほど、恐ろしいものはありませんから」
「それはそう」
「――しかし、さっきの蹴りを受け止めた貴方を見て確信しました」
レイジョは少し微笑んだような顔を見せ、安心し切ったかのように告げる。
「貴方は悪人ではない。カンフーを通じてわかりました」
「カンフー……つまりは、力でわかったって事ですね」
「どういう事?」
「私の蹴りを最も簡単に防いだあの反射神経、そして掴まれた時に感じたあの力……しかし私を傷つけないように優しく手加減をしていた。貴方のカンフーは……優しさで溢れてきた」
「僕の筋肉は優しさと強さでできてますから」
「ごめん、話噛み合ってなくない?」
筋肉で全てを解決できると思っているマッシュ。対して、「全てはカンフーに繋がり、故にカンフーで全てを解決できる」と思っている鹿山レイジョ……つまりこの2人は――脳筋という共通項を持つコンビだった。
――――――――――――――――――――――
「改めて、
「マッシュ・バーンデッド、16歳。ナイスカンフー」
「年下でしたか」
「……あっ、敬語使った方がいいですか?」
「それはご自由に」
「ありがとうございます」
(いつの間にか気が合ってる……)
周りが呆気にとられるような勢いで距離を縮め、一瞬にして相互理解に至った2人。技を通じて相手のことが分かった、ということだが……断言する、そんなことができるのは脳を筋肉に支配されている者同士でしかできない。
「……と、とりあえず、だ。歓迎するよ、先生。よく来てくれたね」
「何か用があると聞いてたので。あっ、杏仁豆腐のおかわりってもらえますか?」
「あーはいはい、おかわりね……用といえば用なんだけど………うーん、困ったな」
「?」
「……この状態のまま、私の後ろを見てくれないかな?」
「後ろ………おっ?」
ルミがマッシュの前に座り、後ろをこっそりと見るように指を刺す。彼はそれに従いゆっくりと彼女の背後を見ると…そこにいたのは、マフィアのように物々しいスーツ姿をしている2人の生徒。
「……なにか?」
「お客様を指差すとは、教育がなっていないようだな」
「人気店だからと言って調子に乗っている奴はこれだから……」
「はいはい、もうそれでいいよ。ごめんね」
「…ふん」
「うわー感じわるー」
素直なマッシュは素直な感想を言ってしまう。しかしマッシュの意見もまた事実、テーブル席に居座る生徒2人は明らかに玄武商会やマッシュを敵視しており、蛇と見紛うような目でこちらを睨んでいる。
「玄龍門……またああやって…!」
「……もしかしてこれから僕が会おうとしている所の、生徒達?」
「そう……ガッカリしちゃった?」
「いやまあ、感じ悪い生徒達には慣れてる方ですけど……ただなんというか……僕はともかく、ルミさん相手に少しキツすぎるんじゃ無いかなって」
「心配してくれたありがとうね、でもいいんだ……いつものことだし」
「……もしかしてはちゃめちゃに仲が悪いとか?」
「今は……確実にそうだろうね」
デジャブだ、マッシュは内心そう思いながら注文をしていた杏仁豆腐を食べる。内輪揉めを何度も経験してきたマッシュにとってこの状況は慣れたものだが、それでも居心地がいいというわけではない。
「私達玄武商会は、未来に向けた変革を前提として活動している組織なんだけど、ここの玄龍門は山海経の伝統を何よりも重視していて、変革そのものを嫌っててね。伝統を大切にするって思いはわかるんだけど…」
「あれは大切にしているのではありません。伝統の名の元に、変化を恐れているだけです」
ガタッ……と机が揺れ、空気が変わった。『じいちゃん、やっぱり組織って喧嘩し合うのが当たり前なのかな』と内心思ったマッシュは、また杏仁豆腐を食べる。
「他所ではどんな顔をしているか知りませんが、玄武商会を…ルミ会長の料理を、伝統に反しているからと言って貶したのは許せません! 料理は発展してこそです、変化のない食卓にはいずれ飽きが起きてしまいます!……こんな、陰湿な、迷惑客なようなことまでして!」
「……その発言は、玄龍門の伝統を真っ向から否定している、そう捉えていいのだな?」
「大体、こちらの規則を先に破った犯罪者はそちらだろう」
「――なんだと…‼︎」
「レイジョ!」
双方身を乗り出し今にも交戦しそうな雰囲気、ルミがすぐさまレイジョを抑えるが、玄龍門側は止まる気配がない………ならば力づくで止めるのがセオリー。
「まあまあ、みんな落ち着こうよ」モグモグ
(――!いつのまに…!)
「……なんだ、部外者は痛い目を見ないうちに引っ込め」
「生徒内での揉め事は生徒で解決するのが鉄則だけど、暴力沙汰になるのなら引っ込まずに対処しないと」モグモグ
「先生…しかし!」
「今ここでレイジョさんが手を出せば、玄武商会はかなりの痛手を追っちゃいますよ」
「―!」
「暴は暴を呼ぶ…レイジョ、落ち着いて」
レイジョの実力なら玄龍門の2人を倒すことなんてなんの問題はない……問題はその後、手を出された、喧嘩を売られたとなると、最悪抗争沙汰になりかねない。なのでマッシュが間に入り、止めた。
「意外と話のわかる先生だったな……これに懲りたらそんな態度はもう取るなよ、玄武商会」
「っお前た『なにか勘違いしているみたいだけど』」
「君達の方に非がないだなんて、僕は言ってないよ」
「……何?」
「だってそうでしょ、人のお店で、長時間食事を頼まずに居座り、尚且つ他の客が寄りつかないような態度を取り続ける……普通に迷惑客って言われても仕方ないよ。――杏仁豆腐本当に美味しい」
当然のことを指摘したマッシュ、手を出してはいけないとは言ったが、玄龍門に問題もないとは一言も言っていない。犬猿の仲とはいえ、相手の敷地内で迷惑行為を働くのは論外である。
「部外者が、玄龍門の文化に文句があるのか?」
「ここは私達の縄張り、お前は関係ないはずだ。山海経は山海経の伝統がある……口を挟むな」
「えっと……それなんだけど……他人に迷惑をかける行為が、ここの文化なの?」
「―――なに…?」
「伝統や文化は大事にしないとダメ、それが玄龍門の文化なんだよね?……ならさ」
マッシュは杏仁豆腐を飲み干し、真面目な顔で彼女らに告げる。それも少しだけ疑問の入った声で。
「変化を重じる事を大切にしてる玄武商会の考えを、キツく一方的に否定するのは違うんじゃ無い?」
『―‼︎』
「それとも、伝統のためなら相手に迷惑をかけてもいいっていうのが玄龍門の伝統?……あっ、あくまで部外者の、関係無い人間の発言だから気にしなくてもいいよ。僕はこう思うなーって言っただけだから」
「…………………チッ、口だけは回るらしい」
玄龍門の生徒2人は、注文した料理一つの代金を残しその場を去っていく。最後の一文……マッシュは悪意を持たないまま発していたが、彼女らからしてみれば煽りに聞こえていたのだろう、顔が真っ赤だった。
(―――凄いね、なんとなく、考えたわけじゃなく素直に自分の思った事を悪びれなく伝える……これがシャーレの先生……少しだけ、甘く見ちゃってたかな)
(杏仁豆腐美味しい、後で作り方教えてもらおーっと)
マッシュの事をただの子供だと思っていたルミは、改めて彼への考えと態度を改めた……マッシュはただの子供では無い。
―――素直すぎる、裏が無い、優しすぎる子供
そう、思うことにしたのだ。
伝統と文化を大事にするのは良い、でも押し付けるのはダメだよねby弟先生
ところでみなさん、今現在ジャンプ+においてマッシュルの百話を無料で読めるというのはご存知でしょうか…マッシュルを知らない皆様、これを機に、どうか………ご覧になってみてくださいませ‼︎
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