『良いかのマッシュ、セコンズとは魔法界において本線の魔法使いの中でも、特に選ばれし者のみが扱える高等魔法なんじゃ。セコンズというのは、まさしく選ばれた者のみが扱える技──文字通りの神業なんじゃよ』
『特定の詠唱を行うことで発動し、領域魔法として使用者の周囲に特定の物体や設備を魔法で具現化させることもできる。この具現化された物体は固有の能力を持ち、さまざまな効果を発揮する』
『マッシュよ、もしセコンズを扱える相手がいたら要注意するんじゃ。セコンズ、二本線の魔法使いはの』
「――そしてもう見ることはありません」
「………ぉっ……―!」
『自らの魔法を極め、努力を重ね、目の前にある一つの壁を乗り越えた努力家なんじゃ』
レグロの言葉を思い出し、マッシュは顔全体に力を入れ少し後ろにジャンプしパンチの勢いを軽減しながら吹き飛ぶ。地面に足がついたと同時、自分の足が何かにぶつかる衝撃とともに体幹が揺らぎ、マッシュは後方へと激しく吹き飛んだ。
「ソニックス――
「やっば」
トキは青い光を纏いながら、マッシュの背に向かって飛び蹴りを放った。マッシュはそれに向かって右蹴りで攻撃を受けるが、勢いに差が生まれ押され気味になってしまう。単に押し負けているのではない、まるで再生速度を落とした動画のように、マッシュの動きだけが低速化しているのだ。
「んぐお」
「ラッシュ」
(連続蹴り……にしてはちょっと、早すぎるな)
マシンガンのような速度の連続蹴りがマッシュに降りかかる。ほとんどピストン運動に近いそれは、金属を凹ませるような音を立てながらマッシュの両腕を蹴ってゆく。マッシュは、自分の動きの鈍化──あるいはトキの加速──によって生じた速度差を埋め合わせるだけのラッシュを放つが……
「
(また動きが、今度は……真正―─)
考える余地すら与えられなかった。トキの蹴りが一度止まり、真正面を向いたまま後退したかと思った直後、今度は彼の顎に向かって鋭すぎる顎蹴りが繰り出された。しかしここはマッシュ、脳震盪を起こしている自分の脳天を上からから叩くことで意識を保つ。
「シンクロメッシュ・ラッシュ」
「ならばこっちもラッシュ」
ラッシュの速さ比べ、ミカと殴り合った体育館での決戦とは異なり、ここでは互いの拳が相殺されることなく両者を打ち据えようとする。互いに互いの拳を避け続け、いなし、迎撃し、そして徐々に両者が攻撃速度を上げていく――
「ソニックス・
(また速度が……うおっ)
「フッ!」
トキの拳がマッシュのラッシュを突き抜け、彼の胸に向かって拳を叩き込む。その瞬間、続け様に顎・喉・胸骨を打突。マッシュの視界に残像を残すような運動エネルギーが、次第にマッシュの余力を削っていく。
「好機、見えたッ…………!!」
「!!!!!!」
20を超える連打を前に、マッシュは両腕で防御を固めた。しかし衝撃を抑えきれずに後ろへと吹き飛ばされ、踏みとどまった両足が地面にめり込みアスファルトを削る。
「
「銃弾の速度が急に変わったのも、パンチの速度が徐々に上がっていったのも……全部、その魔法の効果だったんだね」
「その通り――ソニックス、その能力は『触れた物体の速度を段階的に操作する』。一度触れたものならば、いつでもこの能力によって操作が可能です」
「自分自身の動き方も変えられるのかな」
「可能ではありますが、本来のアビ・エシュフではこの魔法による加速に絶えきれず、
トキの固有魔法・ソニックスは、接触した物体を魔力の影響下に置くことで速度を段階的に変化させることが可能だ。
ただの速度変換ではなく、加速減速を超えた慣性に依らない
「そしてこの状態でも、アビ・エシュフの演算能力は維持されています。――変速による急加減速と演算能力……もうお分かりでしょう、貴方が何をしようとも……私の前では全てが無意味なのです」
「それは違うかな」
「…?」
「どんなに優れた能力を持っていても、優れた武器を使っても、意志が伴わなくちゃ意味がない。戦う意志、抗う意志────それさえあれば、その行動には意味があると僕は思う」
「では───その意志が折れるまで、完膚なきまでに叩きのめして差し上げます」
「バッチこい」
飛び上がった二人は、常軌を逸した打撃戦を繰り広げ始める。青白い閃光と黒い影が廃墟の合間を飛び交い、ソニックブームと衝突音が周囲を満たして空気を震わせる。その衝撃は、路面や廃墟全域を揺るがすほどの影響を伴っていた。
「――――っ」
「………」
しかしマッシュは、トキの体に生じつつある異変に気づいていた。澄ました顔で誤魔化しているが、トキの額から汗が吹き出して目頭や頬を伝い、呼吸が次第に荒く浅くなっていく。そして何より、全身のどこにも傷一つなかったトキの太腿に、小さな傷がついていた。
「トキ!!止まりなさい、トキ!!――駄目、通信機能に異常が生じている…!!」
別室。ドローンでその様子を遠目から見ていたリオは、アビ・エシェフの通信機能を復旧すべく必死にキーボードを叩いていた。
「あれだけ、使ってはダメと言ったのに…!!」
モニター越しでトキとマッシュの激しい攻防を見続けながら歯を食いしばり、プログラムを操作するリオ。これまで何度もトキの戦闘データを集計してきた彼女にとって、ソニックスは禁忌の技に該当していた。
(ソニックス・セコンズの本来の役割は、自分や味方の移動速度を変えることにある。他者の速度を変えることにより、自分に降りかかる負担を分散することも出来る……けれどトキはそれを、自分自身にしか作用させていない…!!)
ソニックス・セコンズは本来、味方を援護する支援型に分類される魔法である。味方に対して自身の魔法による影響を振り分けることにより、自分にかかる魔力の負担や肉体へのダメージを軽減させるのが主な使い方であり、使用者自身の加減速に集中利用すれば膨大な負担を生じてしまう。
今のトキは、凄まじい加速度と膨大な魔力消費により、ダメージを受け続けている状態なのだ。
(加えて、アビ・エシュフの高速演算能力により弾き出されたデータを、彼女は直接神経接続でインプットしている――あの状態を長続きさせれば、トキの脳と肉体がオーバーヒートして──ヘイローが破壊されてしまう……!!)
ヘイローの存在やその物理耐性から見過ごされがちではあるが、キヴォトス人の身体特性や心理は、魔法界をはじめとするキヴォトス外の人間と対して変わらない。
「トキッ…どうか止まって…!!」
トキの加護である神秘、そして能力を生む魔力。表裏一体の力であるそれらは、刻々と彼女の肉体を削り続けていた。
「――トキちゃん、息をしないと」
「息は──……しています─…─……無駄話など、している暇はありません」
「トキちゃん、話を聞いて。それ以上は」
「貴方に勝って、会長を守ること──それが私の任務なのです……!!」
トキは右足に力を入れ、体全体を前に落とす。そして閃光のような速さで動き、マッシュの鳩尾へ向けて飛び蹴りを放つ。
「ソニックス・
(さらに速度が──まずい、そろそろ腹筋が限界だ)
「硬いですが──ならば穿つまで、幾度だろうと蹴らせてもらいますッ……!!」
トキが更に加速し、勢いを増して彼を蹴り続ける。マッシュの体幹は戦車が衝突しても仰け反らないほどだが、それ故に動けなくなることもある。
「ソニックスの能力は変速、そしてセコンズを発動している間、私自身の速度は限界を超えさせることができます……!!!」
トキは
「私はミレニアムの全生徒を、ネル先輩を、貴方を超えて……最強になります。最強になって――リオ会長を……この手で……いつか!!」
(――!!)
やがて、マッシュは袋叩き状態になってしまった。
反撃の隙も与えず、これはまさしくトキが優勢―――――だが、トキは違和感を感じていた。
(殴っている感触が変わらない……?なぜ?異なる部位を攻撃しているはずなのに――)
「…………………ィ」
(何か……呟い――)
直後、激しい衝撃によって後ろへと弾かれるトキ。何が起こったのかも掴めないまま、体制を立て直してマッシュを見る。対してマッシュは
「ジャスガジャスガジャスガジャスガジャスガパリィパリィパリィパリィパリィパリィパリィ」
「!?」
謎の呪文を唱え続けていた。
「衝撃を全体ではなく一部分に……!?それも、数千発を連続で……!!」
「トキちゃん、知ってる?」
「……何が──」
「対戦ゲームってさ―――根比べでもあるんだよ」
マッシュはいつにも増して肉体に力を入れ、トキの方を向く。ここでトキは、演算機能がちゃんと動いていない事に気づく……限界が来ていた。過度な演算によりプログラムがエラーを吐いたか、あるいは先に計算を行うコンピューターが物理的に故障したのか。
今のトキに生まれた弱点――それは過度な運動と魔力消費による肉体の限界、そしてスタミナを使い切った疲弊だ。
「はぁ……はぁ……はあっ……何故、何故……!!?」
「――僕のスタミナはレベル上限を超えて、無限値なんだ……勝負つけようか、トキちゃん」
「―――ソニックス……
音速のメイドと、耐久力の筋肉……運命の決着は、近い。
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