透き通る世界に拳を一つ   作:六科

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一体いつから、地獄が終わったと錯覚していた?


久田イズナと、狂った妖狐

 

 

 

 

「イ……イズナが…もう一人?」

 

「――そうか、だからワカモやイズナの動きが手に取るようにわかってたんだ…!!」

 

「忍術への対処もできていたのも、頷ける…!」

 

「どう言う事ですの?ほ、本当にどう言う事ですの!?目の前に、成長した…イズナさんがいらっしゃるだなんて…!?」

 

 

 影の少女、もとい成長したイズナ。

 容姿はまさに大人にまで成長し、ワカモの姿に近づいたイズナ、といった風貌。尻尾や耳は闇で染めたように黒く、ひいては尻尾も2本に増えており、ヘイローもひび割れくすんでいる。
 マッシュの隣に立つイズナとは異なる、まさしく闇の妖狐となった彼女がそこに立っていた。

 

 

「――そんなはずがありません」

 

「ワカモちゃん、ダメ」

 

「そんなことあるはずがありません」

 

「ね、姉様……」

 

「イズナは……イズナは、心優しく、虫を殺めることもできないような子です。純粋で…無垢で……可愛く、愛しく…元気で……先生の事が大好きだと、友だと言っていたのです――言っていたのです!!」

 

 

 ワカモは愛銃を、その銃口に取り付けた銃剣の切先を、黒いイズナに差し向ける。

 ワカモは刺し殺すような怒りを孕んだ眼光で黒いイズナを睨みつけ、彼女に対して怒気を含んだ声で叫んだ。
 
 自らの妹である優しいイズナが、先生が大好きだと言っていたイズナが───

 

 

「するはずがないでしょう!!優しいこの子が!先生の命を狙うわけがありません!!答えなさい……──いや、答えろッ!!!貴様は誰だァッ!!?

 

「イズナは、イズナです。先生の命を狙ったのも、貴女に刃を向けたのも……百鬼夜行を終わらせようとしたのも、イズナなのです」

 

「そんなはずがない!あって堪るものですか!!イズナは…イズナはッ…!!」

 

 

 頑なに、眼前の彼女をイズナと認めないワカモ……否、違った。認めたくなかった。

 目から光を失い、生気が消え去り、年頃の乙女らしさも抜け落ちた幽鬼となった彼女……その身にとてつもない何かが起きたことが身に沁みて、容易く察せられる。
 だからこそ、そのような現実の存在を信じたくなかった。

 

 

「そ……そうだよ!!イズナがこんな、こんなことをするわけがない!!イズナは忍術研究部の、正義の忍者なんだよ!?そんなイズナが、悪い奴らと手を組むわけない!」

 

「イ……イズナちゃん……仮に、貴女が本当にイズナちゃんだったとしたら……誓いは…どうしたの?忍者研究部の…誓いは……どうしたの!?正義の忍者としての決意はどうしたの!?」

 

「……誓い…正義の忍者――そんなもの……もう忘れてしまいました。正義なんて概念、今のイズナにはありません。誓いも、希望も、絆も───既に死にました

 

 

 黒いイズナは冷たく、しかし何処か懐かしむように、忍術研究部の呼びかけを否定する。刀の柄を握り直した黒いイズナが、刃をマッシュに向ける。

 

 

「――君は…別の世界のイズナちゃんなの?」

 

『!?』

 

「その通りです……私は、そこにいる久田イズナと同じ存在……されど別の世界を生きる、もう一人の久田イズナ。元百鬼夜行連合学院所属……久田イズナ。またの名を、妖狐イズナ

 

「…そういうわけだったんだね」

 

 

 別世界のイズナ、並行同位体というべきなのだろうか……眼前に立つ影の少女は紛れもないイズナであるが、今のマッシュ達が生きるキヴォトスのイズナではない。

 何かが起こり、変わり果てた未来から現れ、この世界への侵略を目的に降り立ったイズナだった。
 その事実を前に、襲い来る衝撃と恐怖に震えていたイズナが、強張る口を開いた。

 

 

「……姉様は──そちらの世界の姉様は…シャーレの皆は、どうなったのですか……?」

 

「…そうです、私は……私はどうしたと言うのですか!!イズナが…貴女がそうなっているというのに、私は、アリウスの者達は一体何をして…!!」

 

「――─おかしなことを言いますね。旧アリウスの者達は不在ですが……姉様はここに……皆様と戦っていたではありませんか…そこにいる愚か者のイズナは、一度蹴り飛ばしたことがありましたね

 

 

 

 

 

 黒いイズナの言動に理解が追いつかなくなった一同をよそに、現れた黒狐が黒いイズナを守るように傍らへ回り、威嚇を始める。その体に手を触れた黒いイズナが、信じがたい言葉を並べ始めた。

 

 

 

 

 

「あぁ…ごめんなさい姉様。イズナは…また失敗をしてしまいました、二度…三度も……ごめんなさい」

 

「―――今、なんて?」

 

 

 

 

 黒い狐に対して、「姉様」と、はっきりと言った。彼女が触れている巨大な黒狐も、そう呼ばれて何処か嬉しそうであった・マッシュですらも動揺し、マッシュ達は胸が冷えるのを感じ取った。

 

 

 

「姉様………な、何を言っているんですか? その……その大きな…黒い…怪物が「怪物なんかじゃない!!!」…!」

 

「姉様を、怪物だなんて言うな!!次そんなことを言ってみろ……その喉を、焼き尽くす…!!」

 

『………』

 

「―…ごめんなさい姉様…ほんの少しだけ…理性が働いておりませんでした……ごめんなさい」

 

「…その黒狐が……私?」

 

 

 そこで皆はハッとする、黒狐の容姿についてだ。六つある目の色は、ワカモと同じ金色の目、そして色合いも、何処となく彼女がいつも着ている着物の色と似ていた。

 

 その中でマッシュとイズナは感じ取ってしまった……黒い狐が、マッシュを見た時に見せる。

 

 

 

 

 

 

『――…♡』

 

 

 愛する者を愛おしむ表情……間違えるはずがない。その目を向けられてきたマッシュ本人が確信してしまった。

 

 

 

「――みんな、彼女の顔をよく見て……アザがない。ユカリにはあった…あのアザがない!」

 

「ええ……この力はイズナのものではありません。しかし姉様自身が扱っていた力でもありません……」

 

「ど、どいうことだよそれ!」

 

「今……姉様の魂は、このサモンズの剣の中で生きておられます。姉様の力が…イズナに渡った瞬間に、ラブ&カースズは、顕現しました」

 

「呪いは後付け…ってことね」

 

「……これ以上お話しすることはありません。姉様のことも、これ以上話すつもりもありません」

 

 

 黒いイズナは炎の消えた刃を下ろし、淡々と言葉を紡いでいく。

 

 

「――何が……あったの、君たちに」

 

先生(主殿)………どうか――先生(主殿)のために……死んでください」

 

「君の言う先生っていうのは……そっちの世界の僕だよね?」

 

「…ええ、此方の世界の先生は――長くは持たない体になってしまっています」

 

 

 マッシュが死にかけている、そんな話を誰が信じるというのか……しかし彼女は別の世界の住人。こちらの世界のマッシュと彼女の世界のマッシュは…異なる経緯を辿った可能性がある。

 

 

「だからって……どうして主殿を狙うのですか!?」

 

「我が目的に必要なのです。かの魔女(ベアトリーチェ)と同様、奴が彼の心臓が欲したように」

 

「だから…どうしてなんですか!?なんのために、主殿の心臓が───」

 

「――造体禁忌魔法……先生は既にご存知でしょう」

 

「……なんとなくだけど」

 

「……まさか…イズナ、貴女は…!!」

 

「私の手元には、先生と血が繋がった他の兄弟の心臓があります。替えて、兄弟の皆様には魔心臓───魔力を用いた人工心臓をお送りしました。……私は」

 

 

 

 

 イズナは狂ったかのような声と表情で、恐ろしいことを口にした。

 

 

 

 

「貴方方が生きるキヴォトスと魔法界を壊し、今や動きを止めようとしている先生の心臓を、禁忌の術で作り出した心臓で蘇らせ───取り戻すのです、あの元気な先生のお姿を」

 

「――なんと…バカなことを…!!それは、その行いは!先生を道具として、素材としか見ていない…イノセントゼロの」

 

「禁忌と同じ、とでも言いたいのですか?だからなんなのですか?……それで先生が――私の……先生が…元気になってくれればそれでいいんです」

 

「どうしてキヴォトスを壊す必要があるんだ!?」

 

「簡単なことですよ………その全てが先生を苦しめる原因だからです」

 

 

 イズナは刀を持ちながら少し歩き、近くにあった瓦礫に向かって構えを取りはじめ話を続ける。

 

 

「魔法界………先生を含む魔法不全者の存在を抹消し、迫害し、隠蔽する、害しか生み出さない罪深き世界…そんなもの先生には必要ありません。それに…学園都市キヴォトス――─何も知らぬ愚かな貴女達は、銃火飛び交うこの戦場で常に先生の命が危険にさらされているというのに、あろうことかその事実から目を背け、今も先生に負担をかけ続けている…元はといえば、先生がキヴォトスに来たのもご自身の意志によるところではなく、あの度し難い女が失敗の尻拭いを一方的に押し付けたことによるものでした……ならば、消してしまったほうがいいでしょう。そんな救いようのない世の中など

 

「―――正気ですか…?そんなことを、先生が望むわけがないでしょう!こちらの先生も、無論貴女側の先生も!そんな馬鹿げたことをやったって何も「馬鹿げたことだからなんなのですかッ!?」…!!」

 

「愛する者に降りかかる災禍、外敵、危険を及ぼす者は、全てが敵!!あの人にもう一度会いたい…声を聞きたい、一緒にいたい……そう思うことの、何が馬鹿げているのですか―――愛せる者のためならば、私はこの身を捧げられる」

 

 

 

 

 

 黒いイズナは狂った笑みと声を浮かべながら、彼女は叫ぶ。

 

 

 

 

「そう教えたのは、貴女でしょう?―――姉様!!」

 

「……イズナ―」

 

「私は…やっと正しい選択を理解したのです!!……もう私に残されているのは、先生しかいないのです……姉様だって先生に会いたがっているんです、だからッ――だから、やるんです……私達の世界の、先生のために…マッシュさんのために…!!!」

 

「―――ぅ……」

 

 

 込み上げてくる物を必死に押さえながら、ワカモは両膝をつきその顔を両手で覆う。マッシュはそんな彼女のそばに寄り添い胸を貸している間に、問いかける。

 

 

「デリザスタや花鳥風月部と手を組んだのはそのため?」

 

「すべてはここ…百鬼夜行から狂い始めました。私が忍者などという物を目指した怠慢を……それを終わらせるために、同じく百鬼夜行を壊そうとしている花鳥風月部と、利害の一致を条件に手を組んだのです」

 

「まさかデリザスタは、アンタの部下?」

 

「いいえ、単に利害が一致しただけです……こちら側の先生の心臓を奪い去る……それが私と、彼らの目的でした――正確に言えば、そうせざるを得ないように…あの方がやったのですが」

 

「あの方…?」

 

「先生は先が長くない程の症状を患っておりますが………その力は、他兄弟達を圧倒しています。生殺与奪の権利は…先生にあるのです」

 

 

 手を組んだのではなく、()()()()()()()()。デリザスタと同格の怪物をすべて手中に収め、操っている存在……それが、別世界を生きるマッシュだった。

 祖父や生徒たちと平穏な生活を生きようとしているマッシュにとっては、別世界を生きる自分の所業を信じられず、その理由も、そこに至るまでの経緯も、まるで想像がつかなかった。

 

 

「僕がそんなことを……」

 

「こちらの世界の先生が、まさか何も起こっていない肉体でここまで強いとは想定外でした。しかし……それでむしろ、手に入れるしかないと…思ったのです」

 

「先生のことを愛してるんだろ!?なら…ならなんで!!」

 

「私が愛しているのは私の先生だけ……だけなのです」

 

 

 イズナもワカモも戦意が削がれ、ろくに戦える状態ではないが───マッシュには、止めなければならないという衝動が生まれていた……何がなんでも、止めなければならいと。

 

 

「……しかし状況も、戦況も全てが変わってしまった。ここは撤退ですね…立ってくださいコクリコ、貴女達にはもう少しだけ手伝ってもらいますので」

 

「――アンタ……ええなぁ…ええ、話が書けそうやわ…!!」

 

「……全てが終わり次第、そのクビを貰い受けますよ」

 

「ええよ…持っていき――こんなに楽しい物語なら、そんな最後も大歓迎や」

 

「待って――待ってよイズナちゃん」

 

 

 マッシュは飛び出し、イズナの手を握ろうと手を前に出した。しかしその瞬間、液晶表示の狂いによる映像ノイズに似た時空の歪みが生まれ……そこから剣が伸びてきた。

 

 

 

 

「!!」

 

「――時間だ、戻るぞ」

 

 

 

 

 その穴から会われたのは……マッシュの兄にして、兄弟の中での長男――ドゥウムだった。見ただけで力量が分かるほどの……怪物、デリザスタ影が霞むレベルの――怪物。

 

 

「…―邪魔」

 

「邪魔なのは貴様だ、マッシュ・バーンデッド……帰宅の邪魔だ」

 

 

 マッシュは腕輪を即座に外して左右に放り投げると、その勢いのままドゥウムに向かって全力の拳を振るった。その瞬間に起こる風圧や衝撃は、これまで対峙してきたあらゆる生徒や強敵をも打倒しうるものだった――しかし。

 

 

「…ほう、確かにこれは、信じられなれないほどのパワーだ。デリザスタが負けてしまったのも無理はない、認識を改めるとしよう。強いことを言って済まなかったな、デリザスタ」

 
「今更……──どの口が……」

 

(―――マジか…これでも、本気……なんだけどな)

 

「だが………まだだ、まだ足りない――甘さが抜けきっていないぞ」

 

 

 彼は片手で止めていた、止めている腕に熱い痛みが走るが……ドゥウムは動じず、そのまま持っていたその大剣・カラドボルグをマッシュに向かって振るった。

 

 

ズバァァァァァァァァァァァッッ!!!!!

 

 

「先生―!!」

 

「―――マジか……痛っった……超痛い…」

 

「直前で身を逸らし勢いを弱めたか」

 

「先生の本気のパンチが……効かない…!?」

 

「お前は……まだその力を使いこなせていない、マッシュ・バーンデッド――もっと自分を知れ、己の全てを知れ。そして再び俺と戦え、その日にお前の全力を見せてみろ────期待して待っているぞ、マッシュ」

 

 

 ドゥウムはデリザスタを左手で持ち上げ、そのままゲートの中へと帰っていった。ほんの一瞬だけだが……彼の異常性と危険性、その片鱗を生徒たちはまざまざと見せつけられ、これから戦うことになろう相手の強大さを思い知らされた。

 

 

「……そっちの、イズナの身に何があったかは分かりません――でも……でも!!イズナは…諦めません!!貴方のようには…絶対になりません!!」

 

「……いずれわかります。正義では何も救えない、何も守れない何もできない──その時の貴女は、弱い自分を恨むことになりましょう。それでも諦めないというのであれば、道半ばで命尽きるのみです」

 

「……イズナちゃんは弱くないよ――とっても強くて、立派な僕の忍だよ」

 

「忍………それも、愚かな夢幻です」

 

 

 ゲートの中に入っていくのを見て、ワカモは必死になりながら叫ぶ。

 

 

「イズナ…!イズナ…!!何があったのですが!?貴女の身に……いえ、周りの身に何が!!待ってください…イズナ!!イズナァァッ!!」

 

「行っちゃダメだ、ワカモちゃん」

 

「………姉様、帰りましょう」

 

 

 黒狐も刀に戻り、黒いイズナはコクリコとシュロを運びながら中へと入ってゆく。この状況で深追いすれば確実に死者が出ると知ったマッシュ達は、その背を睨んで見送ることしかできない。

 

 

「イズナちゃん」

 

「……」

 

「――今度、シュークリーム……食べようよ」

 

「――味覚は……既に捨てました」

 

 

 そう言い残し、彼女は消えた。勝負に勝った……しかし戦いでは……実質負けた。コクリコを追い払い百鬼夜行を守ったことに関してはみんなで喜ぶ……だが、伝えられた事実によって……完全なハッピーエンドとは、なれなかった。

 

 

 

「ね……姉「イズナ!!!」わっ…!」

 

「イズナ……イズナ……いず……っ…いずなぁ…!!」

 

「……――……グスッ――姉様……姉様…!!」

 

「――みんな、少しだけ離れましょう。百鬼夜行を守ったことに関しては…そこで」

 

「………うん」

 

 

 

 余ったピースにハマったパーツ。影と、別の世界のことをその日全て知った……マッシュはドゥウムによって切り付けられた部位を見ながら。

 

 

 

(――終わりが、近づいてきている気がする)

 

 

 

 そう心の中で呟くのであった。





勝負には勝ったものの、新たな真実で曇っちゃった話でした。
じゃあなんとかして晴そうかってのが次回です


テラナちゃんの心境

1.自分の世界の先生が色々あって死にかけているので、元気になってもらいたい。2.そのために別の世界の先生の心臓が欲しい。3.他兄弟の心臓は手に入っているので、あとはなんとかするだけ。4.先生を追い込んだ世界全部絶許。

なんでマッシュくんがそうなっているのか、そもそもどうして兄弟達が黙って従っているのか、イズナちゃんに何があったのか……続きはまた、今度。

百花繚乱後に見たい話

  • まだ交流がない生徒との話
  • アイデェア箱から選んだお話
  • ラビット2章
  • 愛が重い生徒との話
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