透き通る世界に拳を一つ   作:六科

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聖女バルバラに、生きる喜びをもう一度

 

 

 

(――セイッ!!!―ふぅ……レグロさん、この薪を運んでおきますね)

 

「ありがとうの〜バルバラちゃんや」

 

(いえいえ、泊めさせていただいている身ですので、これぐらいはさせてください)

 

「ハハハッ、それじゃお言葉に甘えて…よろしくの」

 

(はい!)

 

 

 

 魔法界からキヴォトスへ戻る手段が見つからない以上、残る方法はただ一つ、これまで通りレグロがキヴォトスに転移した前例ような減少が起こるのを待つことしかできない。

 バルバラの身を案じたレグロは、このまま放置すれば家なき子になってしまうバルバラを家に住まわせることに決めた。レグロの提案を深い感謝とともに受け入れたバルバラは、家に住まわせてもらう代わりに家事や力仕事でレグロの手伝いを行うこととなった。

 

 ユスティナ聖徒会のリーダーだったとはいえ、同時にキヴォトスで生きてきた普通の女子高生でもあったバルバラは、今や学園都市での青春とは違った趣のある牧歌的な日常を楽しんでいる。今日のバルバラは薪を集め、家の前で楽しそうに丸木を切り分けている。

 

 

(イヤァ、本当に助かるのぉ……老人のワシが若い子に身の回りのことをやってもらっておるのは流石に気が引けるが……まぁ、あの子がやりたいことをさせてあげるのが一番じゃな。──しっかしまぁ……)

 
(えーっとこれは……よし、えいっっ!!!バキィッッ!!!!!

 

 

 レグロは椅子の上から、木材を運んでいるバルバラを見つめて紅茶を口に含んだ後……心の中で思った。

 
(フィジカルすっっっげぇ……)

 

 

 バルバラの圧倒的な身体能力の高さを、彼はどこか既視感を含んだ視線で見つめていた。

 
(……木材を手刀で切断するとか、それやった人はマッシュ以外見たことないんじゃけど……。斧使ったら床まで切れるとか、飛んでいた蝿を小石で仕留めるとか色々とんでもないし───なんならこの前、野生の熊を従えておったし……バルバラさんといいシャーレの子達といい、本当にマッシュを見ている気分じゃわい)
 
 単独でもマッシュとミカを纏めて相手取った実力を誇るバルバラは、魔法界ではマッシュと並んで極めて少数派となる肉体派の武闘少女となっていた。一時には兵器として改造されたこともあり、身体に宿した神秘の容量も馬鹿にはならないはずだが───今のところは身体能力の高さからなる印象のほうが圧倒的に強い。

 

 

その動きや力には、どことなくマッシュを思わせる一面もあるが───もっともレグロはその規格外の筋力に慣れてしまっているので、改めて驚くほどのこともなかった。寧ろ、何よりレグロの心に残ったのは───

 
(〜〜♪、…──〜〜♪…──♪)
 
(綺麗な歌声じゃな……あのペンダントは、着けた者の心の清純さによって周囲に届く声が左右される特徴があるからの。嘘を重ねるような醜い心の持ち主であれば、例え本来の声がどのような美声であったとしても、その心の声は到底聞くに耐えないものになるはずじゃ。だがバルバラちゃんは違う、暖かく人を包み込むような、ストンと腑に落ちる柔らかい声をしておる。歌っておるのは…前にマッシュがトリニティに案内してくれた時、ちょっとお邪魔したシスターフッドの聖堂で聞かせてもらった讃美歌かの。───バルバラちゃんは、本当に優しい子なんじゃろうな)

 

 レグロとバルバラの一日は体操と朝食から始まり、木材の確保、その後少し話をした後各々の事由時間を過ごし、昼、夜の食事を経て、入浴後に就寝する……いわゆる普通の暮らしだ。

 だが、数百年前のトリニティ黎明期という雁字搦めの時代に生きてきたバルバラにとってすれば、その普通の暮らしそのものが、彼女にとっては全てが新発見と初体験に満ちた幸せな日々でもあった。
 まるでシャーレで生活を始めたアリウスの生徒達のように、その笑顔は翳りを感じさせず、屈託のない輝きが満ちていたのだった。

 

 

(物を運んだり、動かしたりできる魔法ですか……素手で運んだ方が早いですね

 

「マッシュと同じ思考……脳筋とは似る物なのかのぉ」

 

(の、脳筋ではありません!ただちょっと……えっと、お話だけでは相手がどうにかならない時は、武力でどうにかするというのが主流になっているだけで!)

 

「それもう脳筋とおんなじようなもんじゃよ?」

 

 

 今のトリニティにおける首脳陣に武闘派が多いことから分かる通り、その黎明期を生きたユスティナ聖徒会の聖女たちも必然的に武闘派揃いだった。歴史的な背景が絡んでいる上、自らを救い出したマッシュに対する無意識の憧れともう一つの思いを抱いたバルバラの行動傾向がマッシュやミカに似るのは、ある意味仕方がないことでもある。

 マエストロが作品に選んだのも、彼女らの戦闘能力を評価した故だ。

 

 

「それにしても、バルバラちゃんは本当に強いんじゃな……」

 

(昔から体力や膂力には自身があったのですが、その当時のトリニティは内輪揉めやゲヘナとの争いが絶えなかったので……その分、私は強くならないといけなかったんです。私がいなくなった後のユスティナ聖徒会やシスターフッドのについては、あまり深くは知らないのですが……機会があったら、古書館に立ち寄るのもいいかもしれませんね)

 

「成程……今はみんな仲が良いのじゃが、昔はその欠片すらなかったんじゃな」

 

(まさに…エデンという言葉の影すら見えない、先行きすら分からない時代でした……ですので、私達が救いきれなかったアリウスに手を差し伸べたばかりか、数百年間実現しなかった条約調印の枠を超えたパラダイス機構を作るにまでに二大学園を仲裁されたお孫さんは、本当に素晴らしいと思います)

 

「うん、ワシもそう思う」

 

 

 話せば話すほどマッシュがどんな人間で、どれだけ強いかがわかっていき自然と楽しくなっていくバルバラ。さらにそこへ今のキヴォトスのことも知ることができ、レグロの昔のキヴォトスのことや、キヴォトスの不思議なことについてなどを聞け、バルバラの楽しそうに話す姿を見れたので二人は互いに大満足。

 

 そして、ある程度したら切り上げ。バルバラはレグロが元々持っていた魔法界の歴史書を読み、この世界についての知識を読み込んでいった。しかしその過程で一つ、バルバラはある人物の顔と名前に目を留めた。

 

 

(アダム…ジョブズ)

 

 

 その名前に、バルバラが反応した。見守っていたレグロが、その魔法使いについてバルバラに語って聞かせた。

 

 

「その人はアダム・ジョブズ、魔法教育の体系構築や魔法局の設立を経て、魔法界の礎を築いたと言われておる偉人じゃな。そして何よりもその方は、弱い立場にあった貧民や魔法不全者、魔法が不得手な者への救済に心血を注ぎ、『力と権威に伴う義務(ノブレス・オブリージュ)』を実践した……本当に偉大なお方なんじゃ」

 

(ノブレス…オブリージュ)

 

「高い地位や権力を持つ者は、それ相応の責任と義務を果たすべきである――何故これだけ立派な方が語った観念が根付かなかったのか訳が分からんくらいじゃがのぉ、改めてこの世界の貴族たちに爪の垢を煎じて飲ませた後このセリフを教えてやりたいわい」

 

(…………)

 

「それで、この方がどうかしたのかの?」

 

(……はっきりとは……わかりませんが。……この方のお顔には…とても身に覚えがあります。どこかで、お会いしたような──)

 

「───なんじゃって……!?」

 

(それに……こちらの、銀髪の方も)

 

「ウォールバーグ・バイガン校長……今は魔法界の名門校であるイーストン魔法学校の校長先生で、アダム様の実のお弟子さんじゃが――もしかして、バルバラちゃんが普通の体だった頃に面識があったのか…!?」

 

(…確証はありませんが……この二人の顔が、記憶に残っているんです)

 

 

 アダム・ジョブズと、その弟子であるウォールバーグ・バイガン。今や魔法界の偉人であるこの二人に、彼女バルバラは身に覚えがあった。正しくは、生前の記憶の中にその二人の存在が思い出される程度であり、真偽は不確か。

 しかしながら、数百年前のキヴォトスを生きていたバルバラが、この二人の存在を知っているという事実そのものが驚くべきことであることは確かだった。
 レグロは決心したように胸を叩き、バルバラに提案を持ちかける。

 

 

「よし、こうしちゃおれん!二人に関する資料を、沢山持ってこよう!」

 

(い、いえ!流石にそこまでは…)

 

「ワシがどうしても気になる…という事じゃよ。それにお金に関しては気にしなくとも良い、これも老後の貯金はあるからの。それに、この二人に関してはエッセイや出版物も多いし、伝記や関連資料も出ておる。きっとなにか手がかりがあるはずじゃ!」

 

(……ありがとうございます)

 

 

 レグロは大急ぎでこの二人に関する書物をバルバラに渡して、彼女をサポートすることとした。

 彼女の過去の記憶が完全に元に戻る……そう願って、レグロは年老いた体に鞭を打つ感覚で動くのであった。

 

 

 

 

(――今夜……ですね)

 

 

 

 


 

 

 

 

 その日の夜……レグロが眠りについていると確認した後、バルバラはこっそりと家から離れていた。家からそこまで距離が離れていない場所……そこでバルバラは歩みを止める。

 

 

「――成程……やはり恐ろしい」

 

「異界の怪物……早く処分した方が良いのでは無いか?」

 

「何を言っている、主人からのご命令は『生け取り』だろう」

 

(……見るからに怪しい人達、どこかからの刺客でしょう)

 

 

 そこで待ち受けていたのは、黒いローブを着た無数の魔法使いの隊列。バルバラは早い段階から、バーンデッド家の周囲を彷徨く人影に気づいていた。

 最悪の事態を想定したバルバラは、レグロを巻き込まないために家を離れたうえで、たった一人で集団が待つベースキャンプへとやってきたのだった。

 

 

(───貴方達は何者なのでしょうか?レグロさん……いえ、私に何かご用事でも?……わざわざそのペンダントをつけてくるあたり。話は聞くおつもりなのでしょうけれど)

 

「ユスティナ聖徒会の盟主、聖女バルバラだな……我らが主人、イノセント・ゼロ様からのご命令だ。我々と共に来い」

 

(お断りする……と言えば?)

 

「無理矢理にでも連れていく――それに、あの老人がどうなっても知らないぞ」

 

 

 メンバー全員がバルバラに向けて黒い杖を構えた。

 
 イノセント・ゼロ……ベアトリーチェが何度も口に出していた名前、悪のカリスマにして悪そのもの……それがバルバラを呼んでいる。

 

 バルバラは僅かな逡巡──当然ながら断るための思考の時間──を取った後、瞳に深淵を満たして黒魔道士達を睨んだ。

 

 

(……名前と噂は予予(かねがね)、あの魔女から嫌という程に耳にしております。随分とお強く、至高のお方だとか)

 

「そうだ、あの方は我々死刑囚を救ってくれた恩人」

 

「悪のカリスマ……世界の支配者!」

 

「その方が貴様をお呼びなのだ……感謝するがいい、本来ならば貴様のような怪物は彼の方の養分になるだけだが、貴様のような肉体も魂も全てが神秘の塊であるゆえに、彼の方の実験台、運が良ければ決戦兵器として役立てるのだからな……ああ、ついでにあの老耄も連れていくか。あの馬鹿なガキと無知な小娘共の動きを封じる人質には丁度いい」

 

 

 レグロに留まらず、マッシュやシャーレにまで魔の手を伸ばすことを仄めかす発言。バルバラは再度溜息を吐き、ほ微かに俯く……そして小さく、足元で音を鳴らした直後。

 

 

「さあ!さっさとこっ―――」

 

 

 ドォォォォォォン!!!

 

 

「――り……リーダー!!!?」

 

「な、なんだ!?…急に、急にリーダーが…地面に!?」

 

「あ、あいつだ!あの怪物だ!!」

 

 

 バルバラは風のように飛び出して距離を詰めると、刺客達のリーダーであろう魔道士の頭を打ち据えて意識を刈り取った直後、首から下を地面に埋めた。その後、バルバラはゆっくりと立ち上がり、冷徹な目で彼らを見る。

 

 

(私はすでに死人、今更どんな扱いをされようともどうでも良いのです……しかし、レグロさんとお孫さんにも……アリウスの子達に手を出すつもりならば……明日の朝日は拝めないものと思いなさい。その暁には───本物の怪物になりますよ)

 

「つっ……!?───構わん!やれぇぇ!!」

 

 

 

 杖先から無数の光弾がバルバラへ向けて放たれるが、バルバラに当たることはなかった。視界を塞ぐガスマスクも、身体を縛るベルトもないバルバラにとっては、グレネードにも及ばない速さの魔力弾など止まって見えるようなものだ。木々の間を吹き抜ける風のように軽々と避けたバルバラは、意図的に自分の影を魔道士達の前にちらつかせることで、逆に同士討ちを誘って共倒れ状態に追いやる。

 

 

「ちょ……調子に乗るなよ!!」

 

 

 今度は刺客の一人が魔法を使い、生成した鉄塊を複数、バルバラに向けて放つ……しかし、バルバラは敢えて避けずに真正面から受け止める。銃撃による被弾や砲爆撃を耐える体を与えられたキヴォトスの生徒にとってすれば、鉄塊がぶつかった程度ではダメージを受けることなどない。

 

 

(フッ!!!)

 

「オゴッッ!!!」

 

 

 そこからはバルバラのターン、溝、喉などの人の急所を狙って拳や蹴りを放ち、刺客を次から次へと耐えしてゆく。

 

 

「ならば……ならばぁ!!!!」

 

 

 1人の刺客が杖に魔力を溜め、特大の一撃を打ち込もうとする――が。

 

 

(させません!)

 

「――しまっ!!?」

 

(不遜な目論見…ここで悔い改めなさいっ!!

 

 

 バルバラがそれよりも早く動き、振り上げた左足から踵落としを喰らわせて魔道士をノックダウンする。

 今のバルバラの手元に武器はなく、直接的な白兵戦でしか戦うことしかできない。……だが、逆に言えば重量物となる武器がないだけ今のバルバラは身軽であり、加えて相手が近接戦闘に慣れていない魔法使いとなれば、キヴォトス人にとってはさほどの脅威にもならないのだ。

 

 

「撤退!撤退だぁぁ─────!!!!!」

 
(――貴方方の主人にお伝えなさい。今回の事は不問にいたします……しかし次同じようなことをすれば、宣戦布告とみまします……と)

 

「くっ……!!死に損なった唖者が舐めた口利きをォ……!!」

 
「ゲホッゲホッ……こ、今回ばかりは見逃してやる…だが忘れるな…!イノセント・ゼロ様が本格的に計画を進めることを決定されれば、貴様もあの老人も無事では済まない…これで勝ったとは思うなよ!!」

 

 

 

 捨て台詞を吐いて逃げていく魔道士達の進行方向、山道の先に広がる虚空に紫色のヒビが入った。

 叩かれたステンドグラスのように砕け散ったその空間から現れたのは、ジョロウグモの足を思わせる禍々しさを伴った巨大な「手」だった。割れた空間から差し出された掌に乗った魔道士達は、パズルのピースを当てはめるように元の形へ戻っていく空間の中に姿を隠し、その気配を山間から消した。

 

 

 

待て待て待て待てェェェェェェイ!!その子には手出しはさせんぞぉ!!その子を攫おうというのならば、その前に、このワシを……………アレ…終わっちゃった?」

 

(レ、レグロさん!?)

 

「バルバラちゃん!!あぁよかった…!いなくなっちゃったと思ったらこの辺りで何か起こってたから心配したんじゃぞ!?」

 

 

 

 杖を持ちながら、ゼェハァと息を枯らしながらレグロがやってきた。心配だったんだというレグロに対して、バルバラは言った。

 

 

(レグロさん、私はキヴォトスの民です。多少の攻撃では傷もつきませんし、私も戦いについて一定の心得があります。そこまで心配しなくても…)

 

「何をいうんじゃ、どれだけ強かろうとバルバラちゃんは子供で若いお嬢さんなんじゃ。それに、今は何処とも知れない異世界に一人ぼっちで放り出されたようなもんじゃ、心配しないわけがないじゃろうて」

 

 

 どんなに強くても、特別でも、レグロはバルバラを1人の――女の子して、生きている者のように接していた。

 

 

「話はまた明日ゆっくりと聞こうと……今はとりあえず、夜も遅いし、疲れているじゃろう。こんばんはゆっくりと休もう」

 

(…レグロさん――いえ、レグロお爺様)

 

「お爺様…!?」

 

(――私を拾ってくださり…マッシュ先生を育ててくださり、本当にありがとうございます)

 

「――……なぁに、当然のことをしたまでじゃよ。…さっ、帰ろう、我が家に」

 

(――はい!)

 

 

 

 バルバラとレグロは家へと帰ってゆく、奇妙な関係奇妙な出会い……しかし過程なんてものは彼らからしてみれば関係ない。

 

 

 

 立場や力の差なんて関係なく、対等に、平等に過ごせる存在。

 

 

 

 2人にとっては、それこそが――一番大事なことなのであった。

 

 

 

 

 

 

「……適当な駒を向かわせて、どれほどのものが観察することにしたが…やはり手を出さず放っておくのが一番だな…………キヴォトスが赤く染まる時――奴の力は必要だ」





次回は……ラビット二章、お楽しみに。

そろそろこの作品も終章付近までやってきました……最後までどうか、お付き合いくださいませ。

百花繚乱後に見たい話

  • まだ交流がない生徒との話
  • アイデェア箱から選んだお話
  • ラビット2章
  • 愛が重い生徒との話
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