ざくざく、ざくざく、ざくざく、ざくざく。
ほの暗い夜のとばりに包まれた星に淡々とした土を抉る音だけが鳴り響く。
曇天に包まれた空には星々に煌めきなどなく、どこか物悲しいその音だけが鳴り響く光景には、かつて70億を超えるヒト、と呼ばれる生き物が闊歩し想い、歌い、語った命の息吹など微塵も感じられなかった。
ざくざく、ざくざく、ざくざく、ざくざく。
彼は土を掬う手を動かしながら今までいくつの穴を掘ってきたのか、考えていた。
十かな?
百かな?
それとも千かな?
―――いや、もっと多くかもしれない。もう数えることをやめてからすごい時間がたっている気がするな。外に出てから、“エサ”はしなくていいし、実験はないし。ずっと“やるべきこと”をやることができたから。
“みんなために”ボロボロになった街の残骸を片づけて、“みんなのために”大地をならし、“みんなのために”穴を掘って、“みんなのために”みんなを埋める。
僕は人間じゃないから、こんなことしかできないけど……きっとこれがあの子の言っていたヒトを救うことに繋がっていると思う。
それにしてもなんであの子は――――
ざくざく。ざくざく。ざくざく、
ふいに掘削音が止む。彼が今まで作っていたものが完成したからだ。そして初めて彼の口が開き、か細いしわがれ声が一言だけ、呟かれた。
「…………できた」
その声は、疲れ果てた老人のように弱々しいものだった。当然と言えるだろう。彼は、まだ青年と呼べる年頃のはずなのに異様なほどガリガリに痩せていて……瞳の下には深い隈がこびりついおり、長期間まともに睡眠をとっていないことをうかがわせる。体は風に揺れる稲穂のようにゆらゆらと揺れて、足取りにも力がなく今にも倒れてしまいそうなほどおぼつかない。まさに彼は死に体といえた。
ある一点。―――太陽のように爛々と輝いている……瞳以外は。
彼は手慣れたようで“人の残骸”をゆっくりと持ち上げ、先ほど拵えた穴の底に優しく横たえ、その上から丁寧に土をかぶせていく。
すぐに土の中に埋もれていく“かつてヒトだった物”に向けて彼はうわごとのように独り言を口にした。
「…………ごめんなさい」
その空っぽな謝罪は誰に向けられたものなのか。
彼の老人のようなしわがれ声にこたえる者は、もう……この星にいない。
最後に流木を組みあわせて作った不格好な十字架を突き立てて出来上がった墓を前にして、唐突に男は振り返った。
その視線の先には、等間隔に突き刺さった―――十字架の群れ。
群れ
群れ、ムレ、むれ。
群れ、ムレ、むれ、群、群れ、ムレ、むれ、群。
群れ、ムレ、むれ、群、群れムレむれ群群れムレむれ群群れムレむれ群群群群群群群群群群群群群群群群群群群群群群群群群群群群群群群群群群群群群群群群群群群群群群群群群
十や百といった程度の数ではない。少なくとも万を超え、もしかすると億の数に手が届きそうなほど、あたり一面を埋め尽くした山の様な十字架が“人間の残骸”がそこに眠っていることを雄弁に物語っていた。
そう……ここは墓場だった。何も知らない彼が、“唯一”生き残ってしまった彼が、何もできなかった彼が、ヒトが残した物を真似、不恰好ながらも一つ一つ拵えた彼らの魂の帰る場所。しかし、そこには“もっとも必要なもの”が欠けていた。
それを知らない彼は、死者の弔うべきこの地で―――笑った。
これは仮定の話だが、その笑みをほかの人間が見ていたのなら総じてこう表しただろう。
「もうすぐだ。もうすぐ……だよね?楽しみだな」
まるで―――“子供のように無邪気な笑み”だったと。
そう独り、言い残すと満足したように彼はまた穴を掘りだそうとしゃがみこんだ。そんな時、不意に彼の顔に朱色の光が差し込み、彼は¥また立ち上がる。
自分にチカラを与えてくれる存在に感謝するように。少しでも多くの恵みを受けるように。
“それ”が放つ緋色の輝きが青年を取り巻くすべてを明るく照らしていく。
白く色づくように姿を変えていく空を。
まだ整地が終わっていない瓦礫の残る大地を。
静かな波音をと立てる穏やかな海を。
ひとつひとつ等間隔に安置され埋められるのを待つ“彼ら”を。
彼が“ある思いを込めて”創り出した幾万の墓標を。
そして……かつて、ここではないどこかで
その全てを、優しく包み込むように緋色の光が照らしだした。
彼―――カルは自分の体にふつふつと活力が湧いてくるのを自覚しながら、再び穴を掘る作業に取り掛かった。
今日もカルは、穴を掘る。
全ては……“ヒトビトのため”に。
◆ ◆
今日も作業を続けて、カルが“それ”と呼んでいる光の玉がちょうど天頂に来る頃。また、カルの手が止まった。無言で立ち上がった彼の先には、いつも通りの小波を立てる穏やかな海。だが、彼が見ていたのはそんなもので無かった。
「―――来る」
カルの肌がかすかな大気の変化を感じて粟立つ。見つめる瞳には、水平線を超えた遥か300km以上先の海上で、急速に広がり始めた黒い雲が雨と稲妻を降らせ、強烈な風が海面を叩き波が大きくうねって大蛇の様に荒れ狂う様子が映っていたのだ。
「ごめん、ヒトビト。僕……行かなきゃ。ちょっと、待っててね」
それだけ言い残すとカルはふわりと静かに舞い上がり、中空に浮かぶ。
一瞬の静止ののち、ぐんっとカルの体は加速を始める。自分が行くべき場所を見据え、前へ前へと。かろうじて原形をとどめている街の残骸を一秒もかからず通り抜け。
未だ“あの日”の漂流物が転がる痛々しい爪痕が残る砂浜は、瞬く暇さえないほど早く過ぎ去り。
未だ穏やかに揺れる水面を、切り裂くように水煙を上げて―――まっすぐと。
そうして、カルは瞬く間に目的地にたどり着いた。怒号を伴う烈風と風に乗って荒れ狂う雨粒、轟くような稲妻が降り注ぐ海原に。
「ついた。……変だな。“いつも”ならまだ、こんなに強くはなってないはずなのに……まぁ、いいか。始めよう」
そう言ってカルは更に勢いの強くなった風と雨に抗って嵐の中心部を目指す。彼の目的は一つ。ヒトビトの眠っている地に迫る嵐がかの地に到達する前に……自分の力によって嵐を消し去ること。
“あの日”からこの世界は壊れてしまった。カルという例外を除き、この世界に生きるすべての物が傷ついたのだ。
生き物が死に絶え、植物が消え去り……その傷跡はこの星という巨大な生命自体にも及んでいた。“あの日”、海底帝国の一人の技師が動かしてしまった究極の兵器は創世の頃よりありとあらゆるものを慈しみ、育んできた地球と呼ばれる星のシステムを粉々に打ち砕いてしまったのだ。
モンスーンと呼ばれていた星をめぐる風はぐちゃぐちゃに乱れ、かつてそこに住まう者が四季、と名づけおのおのの想いを馳せ、文化と呼ばれるヒトの宝物へと昇華させた現象はもはや絶え、逆鱗に触れた竜が身をよじる様な苛烈な嵐が各地で多発した。
生命の宝庫と呼ばれ豊かな雨とまばゆい光に恵まれた場所は、氷河期に戻ったかのような強烈な寒波に襲われ凍土に覆われた。
火山活動が活発化し、精華を誇ったいくつもの都市を火流が焼き。多くの生命のあふれていた大陸さえも海中に沈めた。海原の奥底に居を構えていた海中帝国でさえもその激動には耐えきれず、海上に隆起したのち、大地が割れ生じた真っ赤に燃える溶岩へと飲まれその面影さえなくした岩山へと姿を変えた。
カルはその全てを見ていた。海に没した街も、火に焼かれる森も、海原に沈む山も、土砂に埋められた谷も。
それに巻き込まれて彼の目の前で次々と息絶えていく多くの命も。
その過程でカルは自分の力を知ったのだ。自分の力がいかに異常か―――そして、自分以外の生き物がいかに脆いかも。
だから彼はよしとしない。
彼らが眠るあの場所が。
彼らのためのあの場所が。
彼らが×××××あの場所が。これ以上……荒らされることを。
カルはこれまでも、彼らの眠るあの場所に迫るいくつもの“敵”を排除して来た。その中には今回のような上陸すればすべてを吹き飛ばすような大きな嵐も含まれている。だが……この嵐は今までものとは違った。
(―――変だ。上手く前に進まない)
この嵐はおかしい。カルはそう確信しつつ自分を前に進ませる力をさらに強める。彼の常人離れした脳細胞は誰に教わったわけでもなくこれまで経験したことから被害を想定し、その発生するメカニズムや、消し方さえも熟知していた。
この現象が、自分にとっては“なんに脅威にもならない”ということも。
だが、“自分以外”の存在にとっては脅威以外の何物でしかない。
建物を壊し、大樹を引きちぎるような烈風も、絶え間なく降り続くことによって別の災害を巻き起こす引き金に繋がる豪雨も、触れれば一瞬で物質を焼き尽くす雷も、多くのモノを傷つけて回るだろう。
だが……どんなモノであってもカルに傷一つつけることはできなかった。風も雨も雷も、それ以外のどんな“敵”もカルの行動を阻害することさえできず、彼を押しとどめることさえできなかった。
―――今日、出会ったこの嵐を除いて。
(やっぱり、おかしい……“目”で中心部が、見えない)
カルの目はこの星に生きてきた他のどんなモノよりも優れている。上空から遥か彼方の微細なものを判別できる超視力以外にも、さまざまな能力が備わっている。そのうちの一つはありとあらゆるものを透過してみることのできる透視機能だ。今回の嵐も事前に気づき、駆け付けることができたのもこの能力によるところが大きい。
この透視能力に見えないところはなかった。瓦礫に潰されていても、水底に沈んでいても、森に打ち捨てられていたとしても、冷え固まった火山岩の中であっても、××の×にあったとしても。
どんな所であってもそこに眠って救いを求めるヒトビトを見つけ出すことができたから。
だというのに今のカルの目には叩きつけるような雨粒しか見えない。その向こうに、確かに存在しているはずのいまだ“あの日”の傷跡が痛々しく残る大地も、厚い山のような雲の向こう側に待っている青く澄んだ空も、自分の下で飛沫をあげて大きく荒れている筈の海さえも見えなかった。
今まで見たこともない不可解な視界は、カルにまるで上も下もない、嵐しか存在していない場所に放りだされたかのような錯覚を覚えさせた。
「……っ!いったいなんなんだ。これは!?」
遅々として中心部にたどり着けない今の状況に、僅かばかりの苛立ちを滲ませたそんな独り言を漏らしつつも、更に前に進もうと加速を続けるカルだったが―――ある時を境にそんな独り言を漏らす余裕さえなくなる。
「ぅ、うぅうわあぁぁぁああぁぁああぁあぁああ!?!?!?」
その地点を境に更に強くなった風がカルの体を浚ったのだ。これまで感じたこともない未知の状況に半ばパニックに陥った彼の口から、久方ぶりの絶叫が飛び出す。カルは知る由もないことだが、今のカルはまるでカクテルを作るシェーカーの中に閉じ込められた氷のように前後左右、ありとあらゆる方向に激しく振り回されていた。
この星を一息で一周して、元の場所に戻ってこられる自分が。
全力で飛べば、山を貫いて大穴を開ける自分が。
××××のはずの自分が。
そんな自分が、進む方向さえ定められず、それどころか乱転する視界についていけず、この嵐になすがなされまま翻弄されている。その事実が、ただでさえパニックに陥っているカルに追い打ちをかける。
(なんだこれなんだこれなんだこれわかんないわかんないわかんないっ!?)
混乱の極致に至った彼の頭の中は、今まで抑え込んでいたある一つの感情に支配された。
自分の部屋で。友達のもとで。将軍の部屋で。実験室で。あの子の前で。餌を与えられているときも。実験室で人間に鉄の棒を突き刺されているときも。自分にいろいろなことを教えてくれた友達が、人間をバラバラにして壊わすのを始めて目の当たりにした時にも。
そして―――カノジョガコワレタトキモ。
何度も、何度も……何度も、その感情を感じた日がないほど、ずっと自分にのしかかる様に存在し、彼の体が自分の心を守るため本能的に抑え込んでいた、その感情。
多くの生き物が生存のために進化させていった防御的な“本能”。
かつて、この星で最もうまくこれを活用できた生き物はその名前を“恐怖”と名付けた。
□ □
未知とは恐怖である。既知とは力である。だが……その力には大いなる責任の伴うものだ。
恐怖は意志を持ち、想像をするものの心に不安を駆りたて、足を竦ませ失敗を招く。
かつて、ヒトが地球と呼ぶ星であった話をしよう。
ある新エネルギーの開発を行っていた、一人の男が新エネルギーの兵器転用された場合における危険性を訴えた。
敵が新兵器として新エネルギーを使った場合、多くの無辜の民の命が奪われる可能性があったからだ。
彼は知ってしまった。そのエネルギーの可能性も、危険性も。
だから……“守る”ために、“生き残る”ために一枚の手紙をしたためた。
守るために、したためられた一枚の手紙は一つの兵器を生み出した。
しかし、出来上がったときには“振るうべき敵”はいなかった。
いたのは“あきらめが悪い敵”だけだ。
その敵は既に満身創痍で、倒れ伏す寸前。味方の勝利は“ほぼ”決まっていた。
だが、その兵器は放たれた。
後に彼は、そのことを深く後悔することなる。
彼は責められるべきなのだろうか?
それとも……責められるのはそれを放つ、決断を下した国なのだろうか?
守るために。―――勝つ。
生きるために。―――敵を排除する。
共に想うことは同じだったというのに。
未知とは恐怖であり、既知とは力である。
そして、恐怖を前にしたものの行動は、三種類に分けられる。
一つ。恐怖に萎縮して、その場にとどまり……身動きすることさえできずにただ、恐怖が過ぎ去るのを待つもの。
一つ。異常を伝える生存本能に従い、自分を守るために、その場からすべての力を使って逃れようとするもの。
そして、最後の一つは……
□ □
「…………だめだ。だめだだめだだめだ!!僕は壊れない!壊れちゃダメなんだ!!僕が壊れたら約束が、ロイスが、ヒトビトがっ!!」
やっとのことでほんの少しの冷静さを取り戻したカルは、ごうごうと大きな音を立てながら荒れ狂う嵐に振り回されながら、自分を言い聞かせるように独り言を繰り返す。そんなカルの耳にどこからともなく、自分と同じ声をした囁きが聞こえだした。
(そうだ、お前は“まだ”壊れるわけにはいかない。お前は人じゃないから、壊れない。でも、それは絶対か?ゼロに教わった勝利の鉄則は覚えているだろう?)
「……徹底的に、完膚なきまで“敵を打ちのめし”、不確定要素を潰して勝利の確率を高め。勝てない場合は全力で逃げる、こと」
(そうだ。まさに今の状況そのものじゃないか。だったらやるべきことは一つだ)
「……………」
(なんだ。もしかして、ほかのヒトビトのことが気になるのか?大丈夫さ。なにせ、人間はすごい。何でも作れるし、何でも治せる。お前のようなできそこないの××××と違ってな。
だから―――――ヒトビトは大丈夫さ。)
「で、も……」
(ロイスの言葉を思い出せ。あの子は何を望んでいた?)
「ヒトビトを救う、こと」
(そうだろう?ここでお前が壊れたら、どうやってヒトビトを救う?誰が“今も”助けを求めているヒトビトを救ってくれる?
時折、海から餌を求めてやってくるやつらか?
群れるだけが能の、毛むくじゃらな獣どもか?
自分の仲間を増やすためによって這いよって来る怪物たちか?
こんな、××××しか残っていないこの星で、誰がロイスの頼みをかなえてくれるというんだ?)
「………………」
(お前がやるしかないんだ。だから、今は。)
ニ ゲ ル ン ダ ヨ
胸の内からやさしく囁くような心の声。その声は今の状況に恐怖を感じ、パニックに陥っているカルにとって蜂蜜のように甘い誘惑で、そして何よりも“兵器”である青年には。
それが、正論に聞こえてならなかった。
「そ、そうだ。僕は、ヒトを救わなくちゃ、ヒトを救わなくちゃ……ダメなんだ
(その通りだ。お前が逃げたって誰も責めたりなんかしないさ。さあ、とっとと逃げようぜ。逃げて、そのあとコレをどうするか考えればいい)
カルが前に進むのを止めると、多少ではあるが風の力が弱まったように感じた。あれほど体制を整えるのが嘘のようにたやすく、風に逆らって、空中に静止させる。強風は自分の体をさらおうとグイグイと引っ張ってはいるが、抗えない程ではない。雨も全方位から打ち付けられる銃撃のようなものから上下に降り注ぐように。先ほどは気にしている余地さえなかった雷さえしっかりと視認で来た。そして、カルはゆっくりと振り返る。その遥か先には確かに自分の作り上げた墓地が見え、自分に言い聞かせるように一言つぶやく。
「これで、いいんだ。これで」
―――本当に?
カルが逃げ出そうと、陸に向かって飛び立とうとした瞬間。再びの幻聴と共にカルのすぐ前に、一条の雷光が閃いた。ただし、周囲で降り注ぐ雷鳴と一つ、違うところがあった。
その雷光は。
「えっ……!?」
赤かったのだ。真紅といっていいほどに。
その光を見て、すぐにカルは一人の人間のことを思いだした。
独り施設に閉じ込められ、ずっと恐怖に震え、孤独を感じていた自分を助けに来てくれた人。あの戦いのあとほかに助けに来てくれた二人と違って、
青く澄んだ瞳に全身を包む“真紅の戦闘服”、風を切り裂く金色の羽。その戦闘服の表面を走る黄色い電撃のようなライン。
そして……彼の胸に燦然と輝く稲妻のシンボル。
カルは彼の名前を知らなかった。でも、彼の姿はしっかりと覚えている。だって彼はカルにとって、遠い昔に将軍やゼロが教えてくれた
強く、
かつて、カルにその名前を教えてくれた二人はその存在をそう定義していた。
僕が独りぼっちで、あの施設に閉じ込められていた時彼は、彼らはやってきた。いつも僕に銃を突きつけて、小突いてくるヒトたちを次々と倒して前に前に進んできた。
その光景を僕の瞳はみていて。それでいて自分には“関係ないこと”だと思ってた。
だって……この施設には僕を解析して作り上げたたくさんの武器があって、たびたび施設にくるヒトビトはそれがほしくてしょうがないみたいだったから。
でも、彼らは違った。たくさんの武器が置いてある部屋を無視して……真っ直ぐ僕のいる部屋に向かってきて、独りぼっちで部屋に閉じ込められていた僕を外に出してくれた。
そして、彼は僕みたいな××××の事を背にかばって“味方だ”っていってくれた。
僕は彼を見捨て逃げ出したっていうのに、彼は僕を責めることさえしないで、待っていたと言ってくれた。その時の彼の顔は今まで僕が見たこともないもので、その顔を見て胸の中がちくりと痛んだんだ。
不意に思う―――こんな時、あの赤い人ならどうするんだろう。
逃げるのかな。立ち向かうのかな。
「……きっと」
答えは考える間でもなく、既に胸の内にあった。
「あの赤い人は立ち向かう」
だってあの日、戦いの最中で再び出会った彼はボロボロに傷ついて、その傷がそれまで必死に闘っていたことを雄弁に物語っていたから。
今になってようやくカルはわかった。“HERO”にとって。
戦況の不利とか。
戦力の不利とか。
勝率とか。
そんなことは関係ないんだ。関係ないぐらい、“強い”んだ。
それが、HEROなんだと。
ならば、HEROに“なるべき”自分がやるべきことは一つだった。
カルの胸に燈が灯る。
「行こう!!」
振り返った先にあるのは、先ほどと変わらない雨と雷、それに風が混ぜ合わされた巨大な嵐。無論カルの瞳でも見通すことはできない。向こう側に何があるのかは未だにわからない。
だというのに。
先ほどは、恐くて不安で仕方がなかったカルの心は……今、平常心そのものであった。それどころか、自分が見通せないこの先に何があるのか。そんなことを考えて僅かばかり胸が熱くなる余裕さえある。
(お、おい!何やってんだ!無理だって、ほおっておいて逃げようぜ!!)
どこからともなく聞こえてくるこの声ももう気にならない。カルが今見つめているのは、ただ一点。後ろにある人々の眠る墓場でも。この巨大な嵐でもない。
その先にあるはずの青空と
嵐を消し去って
そこにたどり着いた
“HERO”になった自分の姿だけだ
カルの全身に満ちたエネルギーがはち切れんに飛び回り、曇天の元、暗く荒れ狂う空を眩いばかりにきらめかせる。まるで星ひとつない闇夜に、現れた一つの篝火のように。そして、カルは直感的に理解する。今、自分が纏っている輝きは、あの日自分がゼロを壊した時に出ていた光と同じものだと。
「……あの時は、この力を壊すことにしか使えなかった」
兄弟ともいえる彼に突き刺さった拳が、その肉体を突き破る嫌な感触、自分の放ったエネルギーが彼の中のエネルギーに伝わり、大切な兄弟が爆発を起こしてはじけ飛ぶさまはこれから忘れることはできないだろうし、忘れるつもりもない。
「でも、今は違うっ!!」
だが、何も知らない自分にいろいろな話をしてくれた彼を、つらく苦しい生活の中で僕を何度も励ましてくれた彼を、HEROについての話を聞いたときに、すごく楽しそうに話してくれた僕の兄弟が、最後に自分に遺してくれたその光を、カルは限界まで溜め込んで――――今。
「この力を使いこなして、僕はッ……“HERO”になるッ!!!」
今は亡き、兄弟に向けた誓い。その雄叫びとともに解き放った。
□ □
未知とは恐怖であり、既知とは力である。
だが。
既知とは、未知を乗り越えた先にしか存在しない。
先駆者と後に呼ばれるものが一つの想いを篝火とし。
恐怖を感じようが“それでも”と言い続け。
山のような失敗を背後に築き。
試行錯誤を繰り返して。
初めて―――
そして、恐怖を前にしたものの行動は、三種類に分けられる。
一つ。恐怖に萎縮して、その場にとどまり……身動きすることさえできずにただ、恐怖が過ぎ去るのを待つもの。
一つ。異常を伝える生存本能に従い、自分を守るために、その場からすべての力を使って逃れようとするもの。
そして、最後の一つは……
自身の前に立ちふさがる恐怖という名の壁に立ち向かい、胸に燈した“勇気という名の篝火”で恐怖を乗り越えて、困難を打倒するもの。そのものを、かつてこの星に住まう種族はこう呼んだ。
勇者あるいは―――
□ □
轟っと加速したカルの体が、好き勝手に暴れまわる城塞のような風を貫く。槍のように降り注ぎ、カルの体を濡らしていた雨粒を弾き飛ばす。まるでこの先にはいかせない、と通せんぼをするように突き刺さった、巨大な稲妻さえ切り裂いて。
カルは、今……その場所にたどり着いた。
嵐の中心にぽっかりと空いた、その空間。台風の目とでもいうべき場所に。
青くどこまでも広がり、さえぎるものがない空がカルを迎え、曇天の薄明かりから急に出てきたカルはさんさんと輝く光の玉に、眩しげに目を細めた。
照り付ける、光の玉の輝きを反射させて海がキラキラと光る。
その、光景を見たカルは初めて施設の外に出て“外”を知ったときと同じ感想を抱いた。
「…………綺麗だ」
カルはずっとこの美しい光景を見ていたい誘惑に駆られたが、すぐに自分が“なぜ”ここにきたのかを思い出し、この巨大な嵐を消し去るために海に目をやった。
ドクン。
そして、カルの
ドクン。
小さく、かすかなものだったが。
ドクン。
確かに彼の耳がとらえている力強い音を立てる胸の鼓動と、この目の中心で……“鉄の鎧”に寄りかかる様に“海面に座り込む”一人の女性に。
カルは自分の心臓が早鐘のように打ち、緊張からか息が荒くなるのを自覚して、自分を抑えてゆっくりと彼女の下に降下し彼女の前に膝をつく。降り立った海面に波紋が立つ。
上空からも確認できた鉄の鎧それはいくつもの方向が付いた物々しいものだった。だが、カルにとっては“そんなこと”どうでもよかった。
あの“施設”で時たま訪れる人間が来ていたような衣服に、肩にもたれかかった赤い棒付の盾の様なもの。髪をまとめる何か、カルが知らないもののついた鉄の器具。腕についた四色の輪っか。首につけられた首輪。呼吸をして静かに上下を繰り返す胸。
その女性は、確かに―――“此処にいた”。
彼女はうつむいていてその表情はうかがえない。だが、カルのすべてを見通す瞳は確かにその胸で脈打つ心臓を、確認した。
「…………壊れて、ない、そっか……還ってきた、還ってきたんだ!!」
カルは目を輝かして、その事実を噛みしめていた。“自分の行動はタ正しかった、と”。
しかし、肝心の彼女はまだ顔を上げようとしない。そこでカルは一つの事を思いつく。少しばかりの逡巡ののち、カルはそれを実行に移した。
自分で決めてことなのに、手がぶるぶる震えて、全身から汗が噴き出す。××××の自分が彼女に触れるのが怖くて仕方がなかったからだ。
ゆっくりと……時が止まったかと思うほどゆっくりと、細心の注意を払って彼女の顔に手を伸ばす。
おっかなびっくり触れた、彼女の頬は温かかった。もう長い間、どれだけの間感じたことがないのかさえ忘れるほど長い間、感じたことのなかった、温もりだった。
ごくりと息をのんで、カルは口を開く。彼女を、起こすために。
「
彼女の瞼が震え、形の良い唇からうめき声がこぼれた。
「ぅ、ぅうぅん……」
不意に彼女が、漏らしたうめき声にどきりとするカルだったが、彼女がまだ目覚めたわけではないことに気付き、今度は肩もゆすりもう一度繰り返すように声をかけた。
「
不安げなその声が空気を震わせたとき、彼女が目を覚ました。
「………ぅぅぅん。ン―――ん?」
その女性は顔を上げ何度か、瞼をパチクリとままたかせ、眠たげに目をこすると、急に表情を変え、大声を上げた。
「ぇぇえええっ!?ヴぇほf!d6かsx!?cqvfpk!?……ldws?」
その大声と、彼女の発した意味不明の発言に驚いてカルが肩に当てていた手をぱっと放そうとした。しかし……離れそうになったカルの手を彼女がぐっと掴み、彼女は真剣な顔で何かカルに話しかける。
「bwrきあ!?wgるwじゃ!さひえhs、ぽcんへgd!!」
彼女が、何を言っているのかはわからない。きっと混乱しているのだろうとカルは思った。だから……かつて、初めてロイスに出会った時と同じように。
自分の名前をいって、彼女の名前を尋ねる。
ロイスから教えてもらった、その言葉を彼女に伝えた。
「
その日、“彼”と“彼女”はであった。本来は決して触れえぬ壁を乗り越えて。
その―――ヲワッタセカイノ
ドーモ、読者=サン。めんつゆデス。
えーーーまずは一言、遅れてしまって申し訳ありません!!<(_ _)>
いや、ほんとはもっと早く投稿するつもりだったんですよ!?でもリアルでいろいろありましてひと月ぐらいなかなか筆をとれない間にだいぶ、なまってしまいまして……それで、半分くらいかき上げたはいいんですが、なんか納得いかなくって、書き直し。それを何度か繰り返してようやく!完成しました。
心待ちにしていた読者さん。遅れてしまい申し訳ありません。今後はもっと更新ペースを上げられるといいんですけど……鋭意努力していく所存です。え、てっきりもエタったかと思ってた!?そんなぁ~御冗談をwwwいや、以前の更新が九月とか言ってる時点で、笑えない……でも、エタる気持ちは全然ありませんのでご安心ください。
それはそうと、小説というものを書き出してもう一年。いやぁ……進むのおそいなぁ……
今回はカル視点。カルが大分精神的に来ているのがわかっていただければ、うれしいのですが。次回の更新はやっとのおそスト!これから書き出しますのでもう少しお待ちください。
では、このあたりで失礼します。感想、ご質問などいただければ大変励みになります。
それでは。