愛しい香り   作:プロッター

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第5話:著しい変化

 聖グロリアーナの学生寮には、朝食が4種類ある。バランスの取れた和食、軽めに済ませたい人向けのお粥、標準的なトーストとスクランブルエッグにサラダ、そしてイングリッシュ・ブレックファーストだ。

 今日のオレンジペコは、イングリッシュ・ブレックファーストの気分だったのでそれを注文し、テーブルに着く。飲み物は当然紅茶だ。朝に紅茶を飲むと1日集中して過ごすことができるし、これは本場イギリスでも導入されている文化である。聖グロリアーナの一学生であるオレンジペコは、その文化にあやかっているわけだ。

 しかしながらこの日は、朝起きた時からやけに清々しい気分だった。その理由は深く考えるまでもない。

 社会人チームの隊長である朱那と話をして、新たな気づきを得ることができた。

 新たに貰ったアロマのディフューザーを使ったことで、良い眠りにつくことができた。

 蒼音という、新しいつながりができた。

 

「……いただきます」

 

 その嬉しさを噛みしめながら、オレンジペコは朝食を食べ始める。まずは紅茶を一口飲んで口を湿らせ、続いて手にするのは、少し厚めに切られたイギリスパン。小さなマーガリンのカップは持ってきているが、まずは何もつけずに小さく千切って食べる。ふわふわの食感と相まって美味しい。

 ちゃんとした睡眠ができるようになってから、味や香りなど食事に集中することが増えた気がする。おかげで朝からエネルギー補給がスムーズになり、授業でも戦車道でもほぼほぼ万全の状態で臨めるので、嬉しい変化だ。これもアロマを使い始めてからのことなので、勧めてくれた蒼音には感謝しきれない。

 

『続いて、戦車道のニュースです』

 

 戦車道、と聞いてオレンジペコの意識は自然とそちらへ向けられる。女子寮の食堂に設置されているテレビは、チャンネルがニュース番組に固定されているが、不平を漏らす生徒をオレンジペコは今のところ見たことはなかった。

 

『国際強化選手として高校戦車道で活躍している、黒森峰女学園の隊長・西住まほ選手が、卒業後にドイツへ留学する意向を昨日発表いたしました』

 

 キャスターの告げるニュースに、オレンジペコはほう、と頷く。

 西住流の後継者で、強豪・黒森峰女学園を率いる西住まほの名は、高校戦車道を歩んでいれば必ずと言っていいほど耳にする。そして悔しいことに、聖グロリアーナは黒森峰に勝てた試しが一度もなく、オレンジペコにとっては初めてだった今年の全国大会でも敗北を喫していた。

 そのまほが留学するとなれば、それは当然戦車道についての見聞を広めるためだろう。西住流を体現している、と以前ダージリンが評していたかの人は、日々鍛錬を怠らないのらしい。国内で学べないことを海外で学び、今以上に強い選手となるに違いない。

 

「おはようございます、オレンジペコさん」

 

 そこで、真正面から声をかけられた。ニュースを見て、自分の考えに集中していて気付けなかったが、そこには黒のショートヘアの女子が立っている。

 

「おはようございます、バニラさん」

「前、失礼しても?」

「どうぞ」

 

 バニラは、トーストとスクランブルエッグ、サラダの乗ったトレーをテーブルに置き、ゆっくりと椅子を引いて席に着こうとした。が、椅子の脚が床を強く擦り、不快な摩擦音が食堂に響く。食堂中、とは言わないが近くの生徒たちの視線がこちらに集まり、バニラは「ご、ごめんあそばせ」と慌てて弁明して席に着いた。

 彼女は同じ1年生で、クルセイダーの車長を務めている。オレンジペコにとっては同期にあたり、それなりに心知れた仲だ。だが、バニラは聖グロリアーナ生としてはまだまだ発展途上と、ダージリンやアッサムから評価されている。先ほどの椅子を引く際の音もそうだが、頭に血が上りやすい性格ゆえに練習試合の威嚇攻撃にも本気で応戦することがあるからだ。

 

「西住選手、すごいですわね」

 

 席に着いたバニラは、ニュースをちらっと見てから牛乳を一口飲み、食事を始める。キャスターは、『後任には副隊長の逸見エリカ選手が就任する予定となっております』と告げていた。

 自分と同じく興味をいだいているようで、オレンジペコは焼けたベーコンを小さく切り取って食べてから、話しかける。

 

「ええ、そうですね。海外まで行くだなんて、とても向上心があるといいますか」

「私も、いずれは行ってみたいですわ。海外へ戦車道を学びに」

 

 トーストを齧るバニラの言葉に、オレンジペコも少し意表を突かれた。

 

「バニラさんも、ですか?」

「ええ。私も自分の戦車道は今のままではいけないと思っておりますし、先輩方からご教授いただくだけでなく、自分でも進んで学ばなければならないなと」

 

 どうやら、バニラもまた戦車道に関しては向上心が高いらしい。オレンジペコももっと戦車道について学ばなければ、とは思っていたものの、留学という選択肢までは頭にはなかった。何せ、今は次期隊長として練習と学習に励むので精いっぱいで、先のことまで考える余裕はなかったものだから。

 と、その時。テーブルの上に置かれていたスマートフォンが震えた。

 

「ごめんあそばせ」

 

 それはバニラのもので、彼女はロックを解除して画面を確認する。トースト片手にスマートフォンをいじるのは淑女的にもあまり褒められたものではないが、オレンジペコはそこまで口出しはしない。

 

「戦車道ニュースの通知でしたわ。黒森峰の例の件、注目度が上がっているとか」

 

 言いながら、バニラはスマートフォンの画面をオレンジペコにも見えるようにしてくれた。

 表示されていたのは、戦車道関連のニュースをまとめたサイト。記事は注目度順になっているようで、一番上にあるのは先ほどテレビのニュースでもやっていた西住まほの留学の件だ。

 その下にあるニュースも、タイトルだけ見てみる。

 

『継続高校 KV-1に関するプラウダ高校の異議申立を棄却 「正当な手順での譲渡」』

『アンツィオ高校 P-40の修理募金が予定額に到達。年内にも修復か』

『コアラの森学園 脱走したコアラ隊長、学園艦内のフルーツ栽培区域で保護』

 

 オレンジペコにとっては、注目すべきニュースはこれと言ってなかった。強いて言えばアンツィオ高校の件が少し気になるが、あの学校と聖グロリアーナの戦力差はこちらの方が圧倒的に優位だ。ノリに乗らせると厄介なのは確かだが、物理的な火力で優っていればおそるるに足りない。

 

「勉強熱心ですね、バニラさんは」

「いいえ、この程度はオレンジペコさんに比べたら」

 

 謙遜するバニラ。そして、比較対象に自分が出されることに疑問を抱く。そんなオレンジペコに、バニラはトーストを齧ってから続ける。

 

「私と同じ1年生なのに、隊長車の装填手を任されて、次期隊長にも推されて……。それもひとえにオレンジペコさんが努力をしてきたからでしょうし」

「……」

「それに比べたら私など、またまだひよっこですわ」

 

 今初めて、自分は同期からどう思われているのかを知った気がする。1年生ながら次の隊長候補になることを、他人に臆面もなくどう思うかなど聞けなかったから。

 だからオレンジペコは、ありがとうとバニラに頭を下げる。

 そしてこれは希望的観測だが、バニラは将来良い戦車乗りになるのではないだろうかと思う。

 お互いに微笑み合って、オレンジペコは目玉焼きを一口食べる。美味しかった。

 

◆ ◇ ◇

 

「オレンジペコ、装填のペースをもう少し上げられるかしら」

「お任せください」

 

 アッサムの言葉にオレンジペコは力強く返事をして、次の砲弾に手を伸ばす。狭い戦車の中で重い砲弾を取り出しては装填し、取り出しては装填を何度も繰り返していると、自然と速度が上がってくる。限られた状況でいかに効率的に動けば良いか、体が自然に学習していく。

 砲弾を装填し、ほどなくしてアッサムが引き金を引く。瞬間、車内が轟音と衝撃で満たされる。戦車に乗り始めたばかりの頃は、この砲撃直後特有の状況に目を回しかけていたが、今となっては慣れたものだ。この程度では全く動じない。

 

「9時の方向、クルセイダー1両。ニルギリ」

『了解、対応します』

 

 キューポラから半身を乗り出し、周囲を確認しているダージリンが指示を下すと、同じチームのマチルダⅡ歩兵戦車の車長・ニルギリが応答する。後ろの方で戦車の走る音が聞こえたが、オレンジペコは装填に集中しているため周囲の状況を伺い知れない。詳しい動きは、録画している映像を後で確認することにしよう。

 聖グロリアーナ戦車隊の持ち味は、正確な行進間射撃と厚い装甲による浸透強襲戦術だ。正面から攻撃を受けても、厚い装甲でものともせずにじわじわと攻めるスタンスを得意としている。それを崩さないために、戦車隊では日々行進間射撃や、隊列を乱さない行進の訓練、そして模擬戦が実施される。

 今行われている模擬戦は、学園艦内にある市街地を模した練習エリアで行っている。6両ずつの2チームに分かれたフラッグ戦だ。ただ、普通の模擬戦とは少し異なり、浸透強襲戦術をより確実なものとするため防御側と攻撃側に分かれている。

 今回、オレンジペコが搭乗するチャーチルは防御側のチームに属し、マチルダⅡ3両とクルセイダー2両が仲間にいる。対する相手チームは、マチルダⅡ4両とクルセイダー2両という構成だ。

 

「後もう一息、といったところかしら」

 

 周りの状況を見ながらダージリンが呟く。どういう意味だろう、とオレンジペコは思ったが、そこでアッサムの視線を感じる。微笑みながら小さく頷いており、「周りを見て大丈夫」と伝えているのを察する。若干の余裕ができたのだろう。

 オレンジペコは、ペリスコープで周囲の状況を確認する。

 今、オレンジペコたちのチームが陣取るのは市街地の中心にあるロータリー。円を描くようにチャーチルとマチルダⅡが配置され、クルセイダーの2両は相手方の動きを把握するためここにはいない(クルセイダー部隊がジッとしていられないのもあるが)。

 そして攻撃側のチームは、正面の道をゆっくりと進んできている。先頭に据えられているのはマチルダⅡで、その後ろにはフラッグ車のマチルダⅡとクルセイダーが1両ずつ。そのクルセイダーは焦れているように左右に揺れていた。

 その先頭を行くマチルダⅡに向けて、こちらのチームのマチルダⅡが発砲する。だが、今の彼我の距離ではその前面装甲を抜けない。9時の方向を見ると、ニルギリのマチルダⅡはクルセイダーを仕留め損なったらしく、周囲を確認している。そちらのクルセイダーはきっと偵察だ。

 オレンジペコはペリスコープを覗くのを止め、再び砲弾を装填する。装填が完了すると、アッサムは冷静に照準を定め、十分な距離まで向こうが近づくのを待ってから、発砲した。

 

「……うん」

 

 先頭のマチルダⅡに命中し、白旗判定を確認するとアッサムは頷いた。これで、正面の部隊の進行は止まらずとも遅くなるだろう。オレンジペコは、空の薬莢が排出されたのを確認して、すぐに次の砲弾を装填する。

 

「今日の装填、中々良いペースね。オレンジペコ」

「ありがとうございます」

 

 ダージリンが声をかけてくれる。オレンジペコが笑うと、すぐさまアッサムが2発目を撃つ。撃ち終えたアッサムも、オレンジペコを見て微笑み頷いていた。ダージリンと同意見らしい。

 オレンジペコ自身、今日は座学の授業もそうだが、戦車の装填も調子がいいと思っている。それはやはり、安定した睡眠をとったことで気力が十分にあるからなのだろう。

 あるいは、今オレンジペコのポケットに入っているハンカチが理由かもしれない。というのも、そのハンカチにはカモミールの精油を1滴染み込ませており、いい香りを漂わせている。カモミールの精油にはリラックス効果もあるから、それで落ち着いているからだろうか。

 ともあれ、精神的に安定しているおかげで、装填には集中できていた。

 だからこそ、アロマのことを教えてくれた蒼音には感謝している。そして何より、自分のことを気遣い、応援してくれている蒼音の気持ちに少しは応えられているだろうかと、考えてもいた。

 

◇ ◆ ◇

 

 模擬戦はオレンジペコたちの防御側が勝利し、攻撃側は反省点をダージリンから教わった。ダージリンは、一から十まですべてを教えるのではなく、ある程度のヒントを教えて、そこから答えに自力で辿りつけるような教え方をしている。その方が、より身に入りやすいのだそうだ。

 そしてオレンジペコも、勝利したからと言って満足はせず、攻撃側の行動とその反省点をすべて自分の中に蓄積する。いずれは自分も隊を率いて戦うことになるし、攻める側のことも知っておかなければならない。他校との試合では、自分はそちらに立つのだから。

 その後は、「紅茶の園」で隊員同士の交流と意見交換を兼ねたお茶会が開かれる。オレンジペコは、ダージリン、アッサムと同じテーブルに着いて、お菓子と紅茶を片手に今回の模擬戦での発見や今後の課題について話し合っていた。

 と、その時。アッサムが操作していたノートパソコンから電子音が鳴る。オレンジペコがそちらへ目を向けると、アッサムの表情は多少曇っているように見えた。

 

「……ダージリン。良いニュースと悪いニュースがあります」

 

 アッサムが切り出すと、ダージリンは飲んでいた紅茶のカップから唇を離す。表情は変わらず穏やかだ。

 

「では、悪いニュースから」

「OG会の方々が訪問するとのことです」

 

 告げられたニュースに、オレンジペコは表情を変えずとも心の中で嘆息した。ダージリンは、表情一つ変えずに紅茶を飲んでいる。

 

「良いニュースは?」

「2週間後で調整するように、と」

 

 今日明日の話でないのは確かに「良い」が、「執行猶予」という言葉がオレンジペコの脳裏に浮かんだ。

 OG会とは、聖グロリアーナの卒業生、特に戦車道を履修していた有志達が結成した後援会だ。主に聖グロリアーナの戦車隊への資金援助や、大学・社会人チームの戦車道の情報を提供したりしてくれている。聖グロリアーナにとっても存在意義は強い。

 ただ、そのOG会は聖グロリアーナで起用されているチャーチル、マチルダⅡ、クルセイダーの3種類の戦車に乗っていたメンバーごとに派閥が大きく分かれ、その派閥同士で小競り合いをしている。それだけならまだしも、その状態で今の聖グロリアーナの戦車道について色々と「意見」し、戦車を導入するのも彼女たちに話を通さねばならない。なので、新しい戦車を導入することもままならなかった。

 そんな彼女たちが来るのをアッサムが「悪いニュース」と断じる時点で、現・聖グロリアーナ戦車隊からすればどんな存在なのかは、推して知るべしである。

 オレンジペコは入学してから、「ノーブルシスターズ」として1回だけOG会と話をしたことがある。だが、その1回だけで相手は一筋縄ではいかない厄介な存在と理解した。そんな彼女たちを足掛け3年も相手取るダージリンたちが本当にすごいと思っている。

 とにかく、そんなOG会が来るというのは正直言って憂鬱だ。2週間後だろうが2か月後だろうが2年後だろうが、「来る」という事実だけで気力が削がれる。

 

「では、了承の返事をお願い」

「分かりました」

 

 ダージリンが言うと、アッサムはキーボードを叩き始める。日本人的に「またの機会に」とか答えられたらいいのだが、相手はOG会で、自分たちより先を生きる大人だ。そんな答えは時間稼ぎにもならない。断るなどもってのほかで、その連絡が来たら受ける以外に答えはないのだ。

 オレンジペコは、なおのこと憂鬱になる。

 今はまだ、ダージリンやアッサムといった頼もしい先輩がいるからいいものの、来年度からは自分が隊長となり、OG会と戦わなければならない。自分如きが敵うだろうかと不安だし、それが一層オレンジペコに緊張を痛感させていた。

 

「不安かしら、オレンジペコ?」

「へ? い、いえ。私は……」

 

 そんなオレンジペコの心を見透かしたかのように、ダージリンが問うてくる。馬鹿正直に「はい、とても」とは答えられないので誤魔化すが、ダージリンの笑みからしてオレンジペコの本心などお見通しだろう。

 するとダージリンは。

 

「こんな言葉を知っている?」

 

 お決まりのフレーズ。

 だがオレンジペコは、この状況でどういう言葉が飛び出してくるのかを慎重に見極める。

 

「『不安な心には、茂みが熊に見えてしまうものです』」

「……ウィリアム・シェイクスピアですね」

 

 出典はすぐに分かった。

 だが、その言葉をこのタイミングで言ったというのは気になる。ダージリンにとって、OG会はそこまで恐れる存在ではないのだろうか。

 

「今回はそう悲観することはない、ということよ」

「悲観……ですか?」

「ええ」

 

 ダージリンは、紅茶を一口飲んでから、カップをソーサーに置いた。

 

「オレンジペコは前に1回会ったから知っているだろうけれど、先輩方の()()()もあって、私たちは戦車の導入にも少々()()()()()()状態にあるわ」

 

 ダージリンの言葉選びは、流石淑女というべきか、実にオブラートに包まれている。とはいえ、OG会の厄介さは聖グロリアーナ戦車隊のほぼ全員が理解しているようで、ダージリンの言葉の真意に気づきながらも、アッサムやルクリリ、クランベリーたち上級生は同情または同意の笑みを浮かべていた。

 

「もちろん私たちには、戦力を増強したいという理由はあるわ。けれど、『明確な』理由は今まで見つけられなかった」

「明確、ですか?」

「ええ。聖グロリアーナは、チャーチル、マチルダ、クルセイダーの3種類の戦車で戦い、全国大会ではベスト4、最高でも準優勝を達成できている」

 

 聖グロリアーナの戦績に関しては、次期隊長以前に履修者として一般常識だとオレンジペコは思っている。なのでオレンジペコは、過去に聖グロリアーナが大会の類で優勝した経験が一度もないと知っているし、それは強豪・聖グロリアーナ女学院の悲願だとも考えていた。

 

「私たちは……少なくとも私は、やはりもう少し強力な戦車があれば上を狙えると、考えているの」

「……」

「でも、OG会の方々は、こう考えているのでしょう」

 

 オレンジペコを見るダージリンの形の良い眉は、わずかに下がっていた。

 

「『あと少しで優勝できるのであれば、必要なのは強い戦車ではない。隊員の実力だ』とね」

 

 オレンジペコは、手に持っている紅茶のカップをソーサーに戻す。

 

「他校との差を埋めるには、隊員の実力を上げればよい。あるいは、今ある戦車のバランスを変えればよい……」

「……そう、仰っていたのですか?」

「あくまで推測よ。けれど、でなければ先輩方も姿勢を変えないでしょう」

 

 聖グロリアーナの戦績は悪くてもベスト4だ。今のところ1回戦や2回戦で敗退という事態にはなっていない。だが、ほかの強力な学校――黒森峰やプラウダなど――と戦って敗北する際は、大体が「あと一歩及ばない」だ。蹂躙されて、勝ち目も見られず大敗北を喫するということはなかったと思う。

 そのわずかな差を埋められるのは、新しい戦車ではなく、今ある戦車と隊員の練度を上げることだと、OG会は信じ込んでいる。OG会の3つの派閥はその認識だけ共通しており、だからプライドを優先して、自分が贔屓にしている戦車以外の導入は認めない、という状況になっているのだ。

 

「けれど、明確な理由は見つけられたわ」

「え?」

 

 ダージリンが、微笑む。青い瞳の奥に、一等星のような希望の光が灯っているのを錯視した。オレンジペコが真意に気づけないまま、ダージリンが「アッサム」と呼ぶと。

 

「ニュースのタブレット、見せてもらえるかしら?」

「はい」

 

 アッサムがタブレット端末をダージリンに差し出してくる。

 

「これは、今日の戦車道の授業前に更新されたものよ」

 

 ダージリンが差し出した画面を見る。表示されているのは、今朝寮の食堂でバニラも見ていた戦車道ニュースのサイトだったが、ニュース記事はいくらか変わっている。注目度順に並んでいるが、一番上の記事はオレンジペコも少し驚いた。

 

『日本戦車道 国内プロリーグ、今年中に発足の見込み』

 

 サムネイルとなっている写真には、キリっとした顔の西住流家元(高校戦車道連盟理事長)と、ニコニコ微笑んでいる島田流家元(大学戦車道連盟理事長)が握手をしているところが載っていた。その真ん中で、日本戦車道連盟理事長が苦笑いをしている。

 プロリーグが発足される話は前に聞いたことがあるが、いざ実際にそれが現実になると聞くと、身が引き締まる思いだ。オレンジペコも半端な気持ちで戦車道を歩んでいるわけではないし、続けられる限りは戦車道を続けたいとも考えている。そこで日本の戦車道に、新たに「プロリーグ」という終着点ができあがった。そこに至るのは簡単ではないだろうが、それでもいつか自分もそこに辿り着きたい。

 しかし、この記事がダージリンの言う『明確な理由』と何か関係があるのだろうか。

 

「世界大会に向けてプロリーグを設立するという方針は元からあったの。けれど、戦車道全体の競技人口や注目度の低さから、設立までは時間がかかっていたみたい」

 

 タブレットで記事を流し読みするダージリン。やがて視線をオレンジペコに戻す。

 

「その流れが大きく変わって、こうして設立に至った。その理由は、わかるかしら?」

 

 片眼をつむって問いかけるダージリン。

 オレンジペコは、すぐにその答えに気づけた。

 

「……夏の、全国大会ですか。大洗女子学園が優勝したことで」

「ええ」

 

 示した答えに頷くダージリン。

 20年ぶりに出場した無名校が、強豪校と激闘を繰り広げた末に優勝。しかも、夏の終わりには天才・島田流率いる大学選抜チームとも戦い(自分もだが)、勝利を手にし母校を取り戻した。

 小説やドラマみたく、弱小校が強豪校と戦い、どんでん返しのドラマチックな試合を繰り広げ、大洗女子学園は優勝を果たした。そのおかげで、戦車道の注目度も高まっている。だから、プロリーグの設立が年度内に決まったということか。

 あの全国大会で、オレンジペコはダージリンと共に大洗の試合を観戦していたし、さらに言えばオレンジペコはどちらかといえば大洗を応援していた。それはやはり、一度戦った縁に加えて、判官贔屓の気持ちもあったのは否定できない。

 そして、準決勝前には戦車道新聞で特集が組まれていたし、ニュースでも目が離せない主旨の物が増えたのを覚えている。間違いなく世間は大洗女子学園に注目し、あまつさえ優勝したのだ。戦車道そのものの人気が高まるのも頷ける。

 

「そして、ここにもその影響は出ているのよ」

 

 タブレット画面をスクロールするダージリン。注目度ランキング2位は、アンツィオ高校のP-40の募金の件。3位のニュースは、中立高校が高校戦車道連盟への加入を正式に発表したというものだった。それらのニュースを、ダージリンは指で示す。

 

「大洗の全国大会の軌跡を見て、感化された高校も多い。そして、このアンツィオ高校のことも」

「?」

 

 そこでダージリンが、アンツィオ高校の件にまで指摘するのは、少し予想外だった。補足するように、アッサムが横から語りかける。

 

「私の計算だと、アンツィオ高校が募金と校内のやり繰りでP-40を修復するには、最低でも1年は必要という結果だったの」

「え……」

「けれど結果は、1年どころか半年足らずで、募金が予定額に達した」

 

 P-40修理の経緯は、オレンジペコも小耳に挟んでいた。

 今年の全国大会2回戦で大洗女子学園と戦ったアンツィオ高校は、学校内での地道な節約と先輩方の積み重ねた貯金のおかげで、初めての重戦車であるP-40を導入できた。けれど、大洗女子学園との試合で深刻なダメージを負い、修理する資金が足りなくなったという。だから、学校内で賄いきれない部分を募金という形に頼った。それが、予想よりもはるかに速いペースで達成した。

 

「……それも戦車道への注目度が高まっているから?」

「でしょうね」

 

 気付いたという風に言うと、アッサムは頷く。

 あの大洗と戦い、しかも観光地として名が知れているアンツィオ高校。加えて、戦車のラインナップは大洗よりもやや劣り、それでいて果敢に全国大会に挑み続けている。その姿勢は確かに注目を集めやすいだろう。

 アッサムの計算が間違っていた、とは思わない。何せアッサムは、聖グロリアーナにおけるデータ処理と計算のスペシャリストだ。それが狂っていた事例をオレンジペコは知らない。

 今朝そのニュースを見た時、オレンジペコは「さして気にすべきものではない」と捉えていた。けれど、このニュースの裏にもそういった深い事情と時勢の流れがあったと知って、そしてダージリンたちがその事実に気づいていたと理解して、オレンジペコは自分の未熟さを痛感する。

 

「さて、それじゃあオレンジペコ」

「はい」

「ひとつ、宿題を出させてもらうわね」

「はい?」

 

 するとダージリンは、両手をポンと合わせて微笑む。一方のオレンジペコは、そのなぜか楽し気な仕草と、「宿題」という言葉の意味が解らずに首が横に45度傾いだ。

 

「大洗女子学園の優勝による戦車道の変化が、我らが聖グロリアーナの戦車隊に新しい戦車を導入する理由に関係があるのか。それを、考えてきて頂戴」

「……」

「答え合わせは……OG会との会合でしましょうか」

 

 その意図を察する。これは決して、戯れではない。

 自分が聖グロリアーナの次期隊長として、それに足り得るほどの考えを、頭脳を、先を見る力を持っているのかを試している。OG会との会合で、彼女たちを納得させられるほどの力を持っているのか見極めるつもりだ。

 そのための宿題。

 

「……分かりました」

 

 オレンジペコは、力強く頷いた。

 

◇ ◇ ◆

 

 大事な書類を開ける時は、先に食事と風呂を済ませるのが蒼音のマイルールだ。順番が前後したところで、別に封筒の中身が変わるはずもない。けれど、先にやれることをやっておかなければ感覚的に気が済まない性質であり、同時に気持ちを少しでも落ち着かせるためにそうしている。

 この日も、蒼音は大学から帰った際に、自宅のポストに投函されていた封筒を見て、開けるのはやるべきことを全部終えてからと決めた。

 そして今、やるべきことを全て片付けた蒼音は、封筒をローテーブルに置いてペーパーナイフで封を丁寧に切っていく。中から出てきたA4サイズの用紙は裏向きだったが、意を決して表にし、中身を読んだ。

 

「……よし」

 

 アロマの香る部屋の中、蒼音は頷き、右手をぐっと握る。

 届いた封筒は、先日受験した敬語力を確かめる検定試験の結果だ。受験したのは2か月ほど前で、結果が少々不安だったものの、無事に合格できた。レーダーチャート付きの詳細な結果を確認してみてめ、総じて問題なく正解を重ねられている。

 充実した気持ちで蒼音はプリントを封筒に戻し、電気ケトルでお湯を沸かす。そして、大学帰りの茶類専門店で見つけた聖グロリアーナ御用達のカフェインレス紅茶を準備したした。オレンジペコから教わったそれは今夜初めて試すので、どれほどのものか実に興味深い。

 お湯が沸くと、携帯のストップウォッチを準備する。そしてオレンジペコから教わったように、紅茶用のカップを一度湯通しし、ティーバッグをカップに入れて、円を描くようにお湯を注ぐ。そのあとは、2分少々待つ。

 その間、蒼音は本棚を何の気なしに見る。そこに並んでいるのは活字の本がほとんどで、さらにその大半は資格試験用の教材だ。

 蒼音の趣味のひとつ、というか最たるものは資格試験を受けることだった。ただ、特殊技能を得られるものより趣味と興味、実用性を重視し、実技試験が存在するものはあまり受けていない。ちなみにアロマテラピーの検定は大学に入学してから最初に合格していた。

 携帯のアラームが鳴り、蒼音は紅茶のティーバッグを台所のシンクのゴミ受けに捨てて、紅茶をローテーブルに持っていく。台所でそのまま飲むのはなんとなく気が引けた。

 

「いただきます」

 

 早速一口飲んでみる。先日飲んだダージリンティーより、なんとなく飲みやすさを感じた。紅茶デビューを果たしてからまだ日が浅く、紅茶の違いもその何たるかもあまり理解できていないのだが、美味しいことに変わりはない。

 そして、温かい飲み物特有の安心感がある。身体の内側から温められる感覚は、とても心地よい。

 さらに一口飲んで、次はどの資格を取ろうかを考える。と言っても、候補は既にかなり絞られていたが。

 そこで、テーブルの上の携帯が震えた。パターンからしてメールだったので、蒼音はカフェインレス紅茶の効果もあり緩慢な動きで、携帯を開く。

 画面を点けると、やはり新着メールの通知が表示されていた。

 だが、送信者が「オレンジペコ」と表示されているのを視認すると、一瞬にして意識が整えられる。

 深呼吸して、メールを開く。ついさっきの資格試験の結果通知を確認する時よりも緊張していた。

 

『こんばんは、昨日は貴重なお時間をいただきありがとうございます。

 蒼音さんにいただいたアロマのおかげで、睡眠も改善され、日中も心地よく過ごすことができています。そのおかげか、本日の戦車道では装填も滞りなくでき、隊長からもお褒めの言葉をいただきました。

 蒼音さんと最初にお会いした際はぎこちないものでしたが、あなたと会わなければこうしてアロマを長く使うこともなかったでしょう。そして、今こうして充実した日々を過ごすこともできなかったことかと思います。

 ですので、蒼音さんとお会いできたことを、本当に嬉しく思っています。

 今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。』

 

 読み終えて、蒼音は息を吐く。

 思えば、オレンジペコと最初に会ってから早くも1か月が過ぎていた。大学などもあったが、20歳に達してからというもの時の流れを速く感じる。

 ただ、自分と出会えたことでひとりの人間の生活を変えた、というのは中々悪く無い気持ちだ。むしろ嬉しく思う。

 睡眠は生活の基盤と身を持って思い知り、また槐に改めて教わってから、蒼音は睡眠に関しては兎角気を遣うようになっていた。そんな蒼音の睡眠も、アロマを取り入れたことで改善されてきたので、オレンジペコも同じようにそうなったと知ると、共感を抱くし、何よりも安心する。

 カフェインレスの紅茶を一口飲んで、蒼音は返信を打ち始める。

 ここで留意しなければならないのは、相手が自分よりも年下であるということ。家族や大学の友人たちへ送るものと同じノリで書いてしまえば、間違いなく相手を委縮させてしまうし、最悪の場合は縁を切られる。

 そしてもう1つ重要なのは、オレンジペコとの距離感は確かに平均よりも近いものの、友達とは言い切れない点だ。それも考慮して、メールの文体には慎重にならなければならない。

 だから最初に通しでメールを打ち、それから自分で添削して、納得してから送信をする。それは最初にメールを受け取ってから10分ほど経った後のことだった。

 

 画面に表示されている各校の情報を、オレンジペコは順繰りに確認する。そこには、それぞれの学校のホームページに載っている基本的なものから、戦車の性能、さらにどこから手に入れたのかわからない選手それぞれのプロフィールまであり、オレンジペコはそれらを隅々まで覚えようとする。

 だが、集中はどうしても途切れてしまう。蒼音からお礼の品として貰ったグレープフルーツのアロマのおかげで、気持ちは多少落ち着くし集中力も続いたものの、やはりそれも万能ではなかった。

 紅茶の園でダージリンから「宿題」を出された後、アッサムに他校の戦車道の情報を見せてほしいと頼んだところ、快諾してくれた。聖グロリアーナの諜報機関「GI6」に所属するアッサムは他校への潜入も担当しているため、聖グロリアーナはその手のデータを常に把握・更新しており、オレンジペコもその一端に今触れている。

 ただ、ダージリンの出した宿題……大洗女子学園の全国大会優勝が、聖グロリアーナの戦力拡充にどうつながるか。その答えは、全く分からないわけではない。むしろ、ある程度「もしかしたらこうではないか」と答えの輪郭だけは浮かんでいる。今は、その浮かんだ答えをより明確にするために、こうして他校の情報を見ているわけだ。

 

「……はぁ」

 

 しかし、その答えが明瞭になるのを邪魔しているのが、「OG会がやってくる」という確定事項だ。たとえ聖グロリアーナの因習を変える機会になりうるとしても、苦手な人が来るという事実は心の中を靄で満たし、考えを邪魔してくる。

 だからオレンジペコは、気分を変えたかった。

 誰かと話をしたい、と思った。

 ただ、聖グロリアーナ内でその手の話をすると、多分同情されるかもしれない。けれど、同時に自分を見る目が変わってしまうかもしれない。

 だからオレンジペコは、外部の誰かと話をしようと考え、その相手に選んだのが、聖グロリアーナの事情を多少知る蒼音である。

 けれど、昨日新しい関係に発展した直後にいきなり電話やメールで愚痴ったりしては、相手にとっても迷惑だろうことはすぐ理解できた。故にオレンジペコは、昨日のお礼と、アロマを使ったことで自分が変われたことをメールで伝えた。そこに書いてあることに嘘は何もないし、建前も含まれていない。自分が変わり始めたのは、本当に蒼音と出会ってアロマに触れてからだったのだから。

 送ったメールも、何度も読み直して問題ないことを確認した。失礼のないように、悪い印象を与えないようにと、注意深く推敲したうえで送信している。

 

「……あれ?」

 

 そうしてメールを送った後、自分の中の蟠りは、妙な高揚感に変わっていたのにオレンジペコは気づく。まだ、OG会のことには何も触れていないのに。不安も愚痴も、自分の中にあるままだったのに。

 けれど昨日は、ただ新しいつながりができただけで、実際にこうして連絡するのは初めてだ。だから少し、新鮮な気持ちがある。心の負担が減ったのはそのためかもしれない。

 オレンジペコは、その気持が曇らない内に予め淹れていたカフェインレスの紅茶を一口飲んで、各校の情報を改めて読み進める。

 ほどなくして、スマートフォンがメールの着信をバイブレーションで伝える。画面には「新着メール:香戸蒼音」の文字があり、オレンジペコはすぐメール画面を開いた。

 

『こんばんは。こちらこそ、昨日は急な申し出にもかかわらずお会いいただきありがとうございます。

 自分とのことがきっかけでオレンジペコさんが良い方向に変われたこと、とても嬉しく思います。自分の方も、オレンジペコさんに教わったカフェインレスの紅茶をいただいており、とても心地よい気分です。

 聖グロリアーナの戦車隊が厳しいであろうことは、昨日のお話で概ね把握しております。加えて、次期隊長というプレッシャーもあって、余計な心配かもしれませんが、お疲れではないかと思います。

 自分が勧めたアロマが、そんなオレンジペコさんの一助になれたと思うと、とても喜ばしく思います。

 とはいえ、大変なことも多いかと思います。なので、差し出がましいかもしれませんが、不安なことや悩み等ございましたら、遠慮なくお話しください。自分はオレンジペコさんを応援しております故、そういったお話は他言しないことをお約束いたします。

 長文失礼いたしました。こちらこそ、今後もよろしくお願いいたします』

 

 読んでいるうちに、身体の内側から温まるような感じがした。それは決して紅茶のせいではなく、メールの文面からも伝わってくる、蒼音の気遣いによるものだ。

 そして何より、彼の言葉を自分の中に収めていくうちに、頭の中が嬉しさで満たされていく。自分の中の不安や悩みなどは、あっという間にその感情で上書きされた。

 オレンジペコは、唇が自然と笑みを作るのを堪えられない。そしてその思いのままに、返事のメールをしたためる。今度は少しばかり、素直な言葉で。

 

「……ふふっ」

 

 返事をした後で、今一度蒼音のメールを読み返す。

 不思議と、頭の中が「嬉しい」という感情で満たされてはいても、考えは非常にクリアになっていた。

 だからオレンジペコは、資料の閲覧を再開する。今はかなり集中できそうな気分だ。

 

 オレンジペコからのメールを読んで、蒼音は少し考える。

 

『お返事ありがとうございます。

 紅茶、早速試してくださってありがとうございます。少しでも、蒼音さんの睡眠が改善されることを心より応援しております。

 また、私のことを気遣って下さったことに関しましても、お礼申し上げます。

 情けない話ですが、日に日に近づいてくる自分が隊長として上の立場に立つことへの不安と緊張を抱いているのに加え、近日卒業生の方々が訪問する予定となっています。先輩方とお会いするのはとても緊張するため、少しばかり弱気になっていたのも事実でございます。

 なので、蒼音さんの「遠慮なく」というお言葉は、私にとって大変嬉しくもあり、ありがたいものでした。なので、そのお気遣いに甘えさせていただき、こうしてお気持ちを告白した次第でございます。

 もしも迷惑に感じたのであれば、大変申し訳ございません。こちらのメールは破棄していただいて構いません』

 

 自分如きの言葉が、オレンジペコの手助けになれたということは当然嬉しい。

 メールの文字だけでは、どれだけ相手を気遣っていてもその真剣さや感情が伝わらないのではないか、逆に曲解されたりしないかと不安だったものだ。しかしながら、オレンジペコがこうしてほんの少しでも本音を洩らしてくれたことは、自分の気遣いが少しでも伝わったということだから、安心する。

 だが、オレンジペコの悩みの種についても、蒼音は捨て置けなかった。頼っていいと自分から言ったのだから、見て見ぬ振りなどできるはずもない。

 なので蒼音は、棚からノートパソコンを取り出してローテーブルの上で起動させる。普段は安眠のために、風呂から出たら寝るまで使わないと自分で決めていたが、今日は久方ぶりにそれを破った。

 それは勿論、オレンジペコの力になるために。

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