万魔殿の大切な2年生 作:アンクシャTYPE=B
「やった、出口だ......!」
部屋を出てから、誰にも見つかってはいない。静けさだけが残る廊下と階段を足を引きずりながら降りて、どうにかして外に出れる一階までたどり着けた。ここさえ出られれば、もう私の心を苛むものは......多分、なにもなくなる。
おそらくだけど、ここを出れば......もう二度と皆には会えないと思う。正直、皆と会えなくなるのは少し寂しい。でも、その程度で皆が幸せになってくれるんだったら、私程度の思いなんて踏みにじられてしかるべきものだ。それに、本来だったら多分、あの時に死んでいたと思うし......もう一度、もう一度だけみんなと再会できたのが奇跡だったんだろうなって。
外の冷たい空気が肌に触れる。持つものは、強いてあげればこの身一つくらい。朝起きて私がいなくなっていたら、少しだけ驚かれてしまうかもしれないけど......いてもいなくても変わらないような私がいなくなったところで、すぐ忘れてまた今まで通りの日常に戻ってくれるはずだ。
「それじゃあ、マコト様、イロハさん、チアキさん、サツキさん、イブキ......さようなら。」
一応、大した内容は入ってないないけど書き置きは残しておいたし......万が一、ないとは思うけどそんなことがあっても大丈夫だと思う。じゃあ......どうかみんな、幸せになってください。私のことを忘れて、どうか......
「キキキキッ......イブキ、おはよう。今日は私とイアと何がしたい?」
「う~ん......イブキはマコト先輩と一緒に、イア先輩とご飯を食べて、い~っぱい遊びたいな!」
「いいだろう!それじゃあ早速イアの部屋に行くぞ!」
イブキの小さな手を引いて、大切なイアの部屋へと向かう。イアのあの明るくて優しい顔を見るのが待ち遠しい。あの忌々しいパーティーの時から、私は......イアをまた喪ってしまうのではないか、という恐怖に襲われることが多くなった気がする。
イアのいない場所で目を瞑れば、イアのあの光を失ったような目を今でも思い起こす。冷たい床の上で、浅い呼吸をして、今にも私の前から消えてしまいそうだったあの時を。
イアが私に背を向けていると、イアの『私の代わりなんていくらでもいる......』という、あの考えたくもない、恐ろしい発言を思い出す。そして、それと同時に、あの倒れ伏して運ばれていくイアも思い浮かべてしまう。
最近はずっとそうだ。イアが近くにいないと、普段の生活を送ることすら怖くなってしまっている。私にとって、イアとは......私のもう一つの、心のようなものだったのかもしれない。なくなってしまえば、私が私でなくなってしまうかのような......そんな、大切なもの。
「イア先輩!イブキだよ!入ってもいい?」
「イア!今日は新しい映画を用意した、一緒にどうだ?私達と映画鑑賞でも......」
「......イア?」
ノックをしても返事がない。いつも私たちが来たら、ちゃんと返事を返してくれるはず......まさか、イアに何かあったのか!?
「イア!!」
頼む、寝ているだけであってくれ。お願いだから、また私の前からいなくなるなんてことは、やめてくれ。いやだ、いやだ、また別れたくない、あの苦痛を味わいたくない、頼む.......お願いだ.......
......でも、現実は残酷だった。一つの白い小さな紙だけを残して、いるはずのベッドは空っぽになってそのままだった。私がイアの為に用意した車椅子も、杖も、何もかもをそのままにして。
「......嘘だ。嘘だ。嘘だよね、イア先輩......やだよ......イブキは......またあの辛い思いをしなきゃいけないの?そんなの耐えられないよ......イア先輩、きっとどこかに隠れてるんだよね?そうだよね?ねぇ、いるなら早くイブキの前に出てきてよ、どこなの?いったいどんなところに隠れたの?」
「まさか、イブキの事が嫌いになっちゃったから隠れちゃったの?それなら早く謝るから、何をしてでもイア先輩がイブキのことを嫌いだって思わないよう、がんばってイア先輩に尽くすから、だから、だからぁ.......!やだよぉ......!会いたいよぉ......!」
手が、全身が震える。認めたくない、けど認めざるを得ない吐き気がするような現実に、私は何をすることもできない。せめてもの抵抗として、こんなことをやっていても何も変わらないと分かっているのにただただ、イアの名残がするものを抱きしめて、現実から逃げようとしている。
私は、私はこうやって、恐怖に打ちのめされている場合じゃないのに。信じてくれたイアに、応えないといけないのに。
どうやって?それを指し示してくれるイアはもういない。そもそもを目的はなに?イアがいない今、一体何をすればいいんだ?イアがいない灰色の世界に、私は何ができるんだ......?
分からない。分からない。イアという大切な人を失って、もう私に何かを動かそうという着火剤のようなものはなくなってしまった。イアはもう一つの心なんかじゃなかった。空っぽでがらんどうな、空虚の心には、イア以外何もなかったのかもしれない。それくらい、私にとって大切な人だったんだ。もう何も分からない、見えない、見たくない......イアがいなくなってしまったという現実を直視してしまうのが恐ろしい。
嫌だ、イア、なんでわたしのまえからいなくなってしまったんだ。わたしがわるかったのならいくらでもあやまるから、なにをしてでもイアのためにつくすから、もどってきてくれ。このあながあいたこころをみたしてくれ。もうこどくは、ひとりはいやなんだ。だれといてもイアがいないとみたされなくなってしまったんだ、もどってきて、おねがい、おねがい......
「っ......マコト先輩!」
「......イブキ?」
「マコト先輩......イア先輩がいなくなっちゃって辛いんだよね?イブキもそうだよ、とっても、とっても苦しいし、悲しいよ......」
「だけど、この悲しさから解放されるためには......イア先輩を探して、連れ戻さないと。そして、もう本当に、絶対に、二度といなくなってしまわないように、一生守らないと。」
「......そうだな......」
......そうだった。イブキの一言で気づかされた。失ってしまったなら、再び取り戻してしまえばいいんだ。私は馬鹿だった、なんでこんな簡単なことに気が付かなかったんだ。イアはそう遠くには行っていないはずだ。あの......あの状態じゃ、行けもしないだろうから。そうと決まればすぐ動かないと。すぐさま万魔殿直属の兵力と風紀委員を動かして、全力で捜索させよう。早く見つけないと。
「キキキッ......イブキ、ありがとう。おかげで正気を取り戻せた気がする。」
「すまないな、イブキ。迷惑をかけた......よし、それじゃあ出来るだけ早く見つけて、またここに連れ戻して、一生何があってもイアがいなくならないよう見守ろう。そうと決まれば捜索開始だ。」
「ゲホッ!うぅ......ふっ......」
ホコリと瓦礫が舞う古い廃墟の中で、カビの生えたボロボロのマットレスの上で倒れ込む。私が万魔殿を離れてから......多分、結構な時間が経ったと思う。私は、連日襲い来る酷い吐き気と頭痛にずっと突っ伏せずにはいられなかった。吐血に高熱も止まらないし、もしかしたら今日、死んでしまうかもという恐怖に怯えながらかなりの日付が経っている。
さっきからまた悪寒が止まらなくなってきているし......全身が裂けてしまうようにも痛いし、身体のコンディションはボロボロもいいところだし......生き延びるために、変な怪しい治験なんて受けなければよかった......こんなに苦しいなら、いっそ受けずに朽ちてしまう方が良かったような気もしてしまう。うっ、また血が......
「ああっ......うっ......」
咄嗟に口元を手で押さえても、溢れ出てくる血は止まらずそのまま吐き出してしまう。ああ、こんなボロボロのものでも私にとっては生命線にも近いマットレスなんだから汚しちゃいけないのに......しょうがない、裏面にして使うしか......ああ、そうだ、あとで食料も確保しないと......味もしないから、ゴミを食べても不快感しか感じないのはまだいいかな......
それにしても、この様子じゃあ......本当に長くは持たないだろうなぁ......万魔殿のみんなが元気にしているか心配だけど......これじゃあ、もう見れないだろうなぁ......もう一回だけ、会いたいな......って、ダメ、私は必要のない存在だから......そんなことを思っちゃいけないんだ。きっとみんな私のことを忘れて元気にやってるはず。
うう、というか本当に動けない......これじゃ食料の調達なんて言ってる場合じゃないや、しばらく寝込まないと......明日は『予約』が入ってるし、頑張らないと......体も休ませて、期待に応えられるようにしないと......こんな屑で貧相な私だけど、それでも求める人がいるんだから......
でも、このことが万魔殿の皆に......いや、ゲヘナ学園に知られないようにしないと。最近はなんでか知らないけど、本当だったら来るはずのないここにも、いっぱい風紀委員の人達とか、万魔殿の人達とか......それを見てびっくりしたっけ。イロハさんが乗っていたわけじゃないけど、もし乗っていてかつ私のことが知られてしまったら......せっかくのみんなの幸せを、台無しにしてしまうから。それだけは避けないと......避けないと......
......やだなぁ......ああは思ったけど、やっぱりまた、一度だけでいいから皆の顔が見たいなぁ......どんな形でも、亡くなる最後の前でもいいから......やっぱり、会いたいよ......私なんかが、こんなこと思ってちゃいけないのに、別れるときは思わなかったのに、どうして......
「ゲホッゲホッ!だめだ、とまらない......」
寝ていても血交じりの咳が止まらない。これはもう......本当に今日明日が命日かもしれない。ブラックマーケットまでたどりついたはいいけど.......どのみちここで死んでしまうならば、変わらなかったのかもしれない......いや、ここで一人孤独で死ぬならば、誰にも知られぬこともなく皆に迷惑をかけないというとてつもなく大きい利点があるかな......
......待って、今の音って何だろう?銃声にしては大きすぎるし、聞き覚えのある音......まさか。
「うんしょ.............!?ゴホッ......」
ひび割れた窓ガラスの先に、万魔殿ではかなり見る頻度のあった大きな戦車がいる。
嘘でしょ、なんでこんなところに虎丸がいるの......?いや、そもそもなんでブラックマーケットまで来てるんだろう?虎丸まで投入するほどって、一体何が......まさか私がいなくなったから......?いや、そんなことはない、あってはならない......でも、イロハさんは乗ってないかな、いたら顔だけでも見たいな......
......ちょっとだけ、ちょっとだけ見るなら大丈夫なはずだ。大丈夫、こんなボロボロでさびれた廃墟の方向なんて誰も見ていないはずだ。せめて一度だけ、顔を見るだけなら.......
「......!?今、目がっ......」
不味い。今、目が合ってしまったかもしれない。もし、もしもだけど、私のことがバレてしまったら......探しに来るかもしれない。ああ、またやってしまった......ここから離れないと。ここにいたら見つかってしまうから。それが一番避けるべき事態だし......折角逃げてきた意味がなくなってしまうから......会いたいと思ってても、もう会えないから。
そうと決まれば早くしないと。持っていくものは精々......いや、何もないや......こんなマットレスを持って行っても、大きくて動けなくなってしまうし......ひとまず逃げることを優先しないと。
......外の風は冷たいなぁ......雨風をしのげるところを早く見つけないと__________ああっ!?
「うっ......」
眩暈がしてしまって、バランスを保てないまま階段から地上に落下してしまう。痛い......動けない。痛みとはまた別、何かが麻痺して邪魔しているかのような......そんな感じなのかな......あぁ、痛すぎる......ダメ......
「うごか......ないと。」
そうだ。這ってでも立ち上がって動かないといけないのに......おかしいな、本当に動かないや......痛いのは我慢できるし、このさっきも思った邪魔している感覚......あれ?
「感覚が......ない?」
下半身の感覚が......冷たい地面の感触がまるでしない。力を込めている感覚もまるでないし、そもそも動く気配が全くない。最後の足が......あるように感じられない。でも確かにそれ自体は残っている、ならば一体なんで......?
でも、幸いなことに腕はまだ動くみたいだから......この痛みを抱えてどこかに逃げないと。下半身の感覚は......いや、それはもう動くことは、多分なくなってしまったから、早く......ッ!?
「ゴボッ!!ゲホッ、オぇぇ......」
口から零れ出る血が止まらない。ああ、急がなきゃいけないのに、こんな時に限って......なんで......!本当に......!ひとまずはあのゴミ捨て場......あそこの陰に隠れよう。あそこを目指して......頑張って這って行かないと......!うぅ......苦しい......
なんだか後ろから誰かが迫ってきているような気もする......いや、確実に誰か来ている。ダメだ、この人がこっちに来る前に隠れるのは間に合わない......!
それに、意識も......段々と、遠く......ダメ、ダメなのに.............
「あぁ......」
絶え間なく降り続ける雨の中、薄れゆく意識の中で、私は意識を底へと落とした。
『......うぅ、こんな大雨に見舞われるなんて......って、ちょ、ちょっと!?どうしたの!?』
『意識もないし......そういえば、ゲヘナの組織がさっきからやたら活動してるし......まさか、この子、追われて......』
『じゃあ、引き渡したら大変なことになるよね......それに、この怪我だと、引き渡している暇があるなら早く病院に連れていかないと......』
『......大丈夫、きっと何か事情があるんだよね。私が助けてあげるから......今はどうか……』
「......ここは、どこだろ......」
辺りを見回して、私はそう考える。久しぶりに感じる、埃の匂いがしない澄んだ空気。暖かさの感じる毛布。冷たくない地面、風が吹き抜けてこない壁。私は......また、また失敗して、迷惑をかけて、万魔殿に戻ってきてしまったのかな.......?
いや、でも、ここはどうにも見慣れない。万魔殿というか、そもそもここはゲヘナなのだろうか?でも、あんなに汚くて、ボロボロで、どうしようもない私を拾ってくれる......?それも考えづらいし、一体どういうことなんだろう......?そもそも、なんであんな辺鄙な場所に......?
とりあえず、もしこんなどうしようもない私を拾ってくれた人がいるんだったら、その人に感謝してから謝らないと。いるだけでも迷惑なのに......はぁ......本当に、どうしようもないなぁ......
ベッドから起きて、それを伝えに誰かの元へと行こうとする。上半身をゆっくり起こして、転げないよう手すりを掴んで、脚を動かして.............脚を動かして?あれ?待って......いや、違う......
「......下半身の動かし方って、どんな感じだっけ.......?」
毛布をめくって、自分の下半身を眺めてみる。うん、片足は......ない、けど、もう片足はちゃんと残ってる。ならなんで............まさか......違う、違うはず。だって私は、わ、わたしは......まだ、片足が残ってて、い、いつかは......どうしようもない私でも、また誰かに迷惑かけずに、自分の脚で、歩けるようになるはずなのに......
「.......っ.......!いやあ......!どうして......!!」
でも、現実は残酷だった。恐る恐る手で触れてみると、そこにあるべきはずの肌の感覚が何一つ感じられない。生きているのなら少しはしているはずの暖かさも、傷の跡がついている皮膚触り心地も。なにもかも、感じられない。
..............おそらく、下半身の感覚喪失。それを自覚した瞬間、私は、私はもう、一生この重い枷を、背負っていかなければならなくなってしまった。同時にそれは、私がどう足掻いても、誰かに迷惑をかけてしまうという事実の肯定に他ならなかった。
......もう、生きている価値がない。これじゃあ、誰かのために何かをしてあげるどころか、その足を引っ張って、その人の未来を潰してしまうだけだ。前までだったら、まだ、まだ希望はあったのに。頭の全てが、深くて暗い、絶望に包まれてしまったような気がする。光が閉ざされて、何も見えなくなって。
『目を覚まし......ちょ、ちょっと!大丈夫!?』
イブキが私を見てる。私に失望し、心底嫌悪感を示しているている表情で。やめて、いやだ、これ以上失望されたくない、嫌われたくない。チアキさんがこっちを撮っている。やめて、こんなどうしようもない姿を見ないで、見捨てないで。どうしようもない私でごめんなさい。
『い、一体誰に話しかけてるの…...!?大丈夫......!』
サツキさんが私を軽蔑している。まるで最初から、私のことなどどうでもいい、何かを見ているかのような表情で。浴びせられる言葉が、的確に私の心を引き裂き抉るかのように。イロハさんが私を否定してくる。ごめんなさい、生きててごめんなさい、だからどうかそれ以上言わないでください、いやだ、違う、もう聞きたくない……
「マ、マコト様……い、いやです、私をこれ以上否定されたくないです。マコト様、わ、わたしを、どうしようもない私を、否定しないでください、もう生きるのが辛いのに、それ以上、言われてしまったら、今まで、わ、私、一体なんのために生きてきて……」
「あ、違うんです、違うんです……私は、できそこないのわたしなりに、ま、まことさまの、みんなのなにかやくにたちたいとおもって、いままで、がんばってきて……ああ、ちがう、おねがいです、やめて、やめてください……あああああああっっっっ!!!!」
『っ!ごめんなさい!』
……あったかい。あったかい、l何かが……私に……