「も〜、急に走り出すからビックリしたよ〜」
「す、すみません。不甲斐ないです……」
お化け屋敷から少し離れた屋外の休憩スペース。ルルナと伊月はそこでしばらく休憩することにした。
お化け屋敷を猛スピードで突き抜けた伊月だったが、その後なんやかんやあって再びルルナと合流する事ができたのであった。
「無理に連れて行ってごめんね〜。でも、伊月ってそんなにお化けとか苦手だったんだね。ちょっと意外かも」
ルルナが微笑みながらそう言う。確かにルルナから見た今までの伊月はビシッとした性格でみんなを引っ張ってくれるような存在だ。
ちなみにルルナの前だとポンコツになるという事は、ルルナ以外のメンバー全員周知の事実である。
「子どもの頃、お化けの存在が信じられなくて色々調べて……で、気づいたらもっと怖くなってました」
「あ、それ分かるかも。今は平気だけど、私も昔はお化けって本当にいるのかなって思って調べたら、色々怖くなっちゃった事ある」
「え、そうなんですか!?それにしてはあんまり怖がってなかったように見えますが………」
「まぁ結局生きてる人間の方が遥かに怖いって思ったんだけどね」
「何があってその結論に至ったんですか………?」
そんな他愛もない会話で盛り上がっていると、伊月がふと何かに気づいたように辺りをキョロキョロと見渡し始めた。
「どうしたの?」
「いえ……」
「?」
伊月はジッと数十メートル先の茂みの方を見つめる。ルルナも伊月の目線の先を追ったが、特にこれといって何も感じない。
ちなみにその茂みの向こうには………
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ヤバい。こっち見てる」
「気づかれマシた!?」
「こんなに離れてるし分からないよ」
岸峰さんの視線に気づいた私達は急いで身をかがめる。岸峰さん達とはからは10メートル程離れているから気づかれないだろう。
まぁ、そんな私達を見た他のお客さん達は何やらヒソヒソ言っているが聞こえてないフリをしておく。
「うーん、なんで通りがかる人みんな不思議そうな目で見てくるんだろう?」
「そりゃこんなもの付けてたら当然ですよ」
ちなみに今の私達は、キツネ(リラさん)、天狗(虎門さん)、そしてミッシェル(私)のお面を付けている。そんな魑魅魍魎の集まりが遊園地という場所で一ヶ所に集まっていたら誰でも気になるだろう。
どうしてこんな状況になっているのか。無論この人達のせいである。
「あの人達がルルナさんと伊月さんですね!」
「なるほど。2人のデートを邪魔しないためにこうやって隠れて見てるんですね」
「このお面、つける必要あったのかな…?」
冷静に状況を把握する若宮先輩と二葉さん。そしてこの状況に疑問を持つ唯一の常識人、羽沢先輩。
頭のいい皆さんならもう気づいていると思いますが、なんやかんやあって先輩達が一緒についてくる事になりました。そして尾行には変装が必要と言われ、若宮先輩に紹介された売店でお面を買いました。
というか、本当にこんなお面が売っててビックリした。ここだけ世界観違くないと思ったわ。リラさんと虎門さんは楽しそうにお面選びをしていたけど、私はミッシェルにした。だって同様に思われたくないもん。でもこれだとミッシェルも魑魅魍魎の仲間みたいになってしまってるね。もうここにいる時点でどのお面を付けても実質意味ないね。オワタ\(^o^)/
「それにしても遊園地で尾行なんて、探偵みたいでワクワクします!」
「そうデスよね!」
若宮先輩はリラさんと同じような事を言っている。外国の血が流れている人たちは皆こうなのか?それともこの2人の感性が似てるだけなのか。
「それにしても今日の伊月ちゃん、なんだかオシャレしてるっぽいね」
ふと、羽沢先輩がそう呟く。
「やっぱりそう思いますよね〜。伊月って、普段は黒系統の服ばかり着てるんですけどね〜」
「でも今日は女の子らしい格好でカワイイデス!もしかして、ルルナさんのためにオシャレしてるんデショウか?」
リラさんと虎門さんが顔を寄せ合ってコソコソとそんな話をしている。それはそれで岸峰さんに失礼では?
かくいう私も少し気合い入りすぎてるなとは思ってたけど、あとあと岸峰さんにバレると制裁が怖いので黙っておく事にする。隠キャは危ない橋を渡らない!
「たぶん星川さんに『可愛い』とか『似合ってる』とか言われたいんじゃないかなぁ。まぁ伊月にとって最高のお世辞だよねぇ」
「イツキさんはルルナさんの反応にすごく敏感デスからね」
星川さんガチ勢の岸峰さんは、星川さんがどんな服装が好みか、どんな格好で行けば可愛いと言ってもらえるかを基本熟知している。今日の服装も星川さん好みの服装にしたという所だろう。
とはいえ、岸峰さん本人は慣れない格好に少し恥ずかしそうにしている。どうしよう、すごくイジりたい。私はどうしてか岸峰さんに対しては少しイタズラしたい気持ちが湧いてくる。普段強気な人が涙目になってるシチュって萌えるよね。つまりそういうことだよ。
「伊月もファンであり女の子だからね〜。好きな人には可愛いと言ってもらいたいのだ」
「イツキさんなりに努力してるのデスね」
その時だった。
「あれ、つぐみちゃん?」
背後からふと声をかけられる。振り返るとそこにいたのは、淡い水色の髪をサイドテールにまとめた、いかにもゆるふわな感じの女性だった。
「“
花音と呼ばれた女性は、ちょっと困ったような表情をして杏達のもとに駆け寄る。
「えへへ、偶然だね。実は今日のパレードに出るから来たんだけど………迷子になっちゃって……」
「あ、いたいた。花音さーん!」
そんな花音の後ろから手を振って駆け寄ってくる、黒髪にキャップを被った女の子。
「また迷子になってたんですね。この遊園地に来るの何回目ですか?」
「えへへ…ごめんね、“
「もう……しょうがないですね」
呆れたようにため息をつく美咲と呼ばれた少女。
「あのー、どちら様デスか?」
すると、置いてけぼりにされていたリラさんが口を開く。
「あ、紹介するね。この2人は“
と羽沢先輩が紹介する。次の瞬間、私の背筋をなぞるように嫌な汗が流れてきた。
ちょっと待て。“ハロー、ハッピーワールド!”って言ったら………
「“ハロー、ハッピーワールド!”!!カオルさんの所属してるバンドデスね!」
そうだ。リラさんの言う通り、演劇部の儚い人、瀬田先輩が所属しているバンドだ。
ということは………
「あのー………もしかして、瀬田先輩も遊園地に来てます?」
「え?あぁ、うん。来てるけど………」
奥沢さんが何でそんな事を聞いてくるのかという感じで答えた。まあそうですよね。パレードに出演するのならバンドメンバー全員集まってますよね。
瀬田先輩は別に今井先輩みたいに抱きついてきたりはしないからそこまで苦手意識はないけど、言動が意味不明すぎてついていけないんだよな…。というか、一緒にいるとすごく疲れる。いろんな意味で。
「えっと、ごめん。名前なんだっけ?」
と奥沢さんが聞いてくる。そういえば奥沢さんと松原さんとは初対面でしたね。
とりあえず私達は軽く自己紹介を済ませる。
「あー、あなたが花村さん。薫さんから話は聞いてるよ」
「えっと、陰キャ姫ちゃん、だっけ?」
「すみません松原さん。初めて聞くあだ名なんですがそれは?」
「あ、以前ワタシがカオルさんにそう紹介しタので」
「元凶ここにいた」
本当にリラさんは私の知らないところでいろいろやらかしてくれてますね。いつかギャフンと言わせてやる。公衆の面前で胸でも揉んで辱めてやろうか?ダメだ。それだと捕まるの私だ。
私が心の中で文句を垂れていると、突然二葉さんが「あ!」と声をあげる。
「なんか向こういい感じですよ!」
二葉さん。この状況で一言も声を出さなかったのは向こうの様子をずっと見てたからなんですね。案外こういうの好きなんでしょうか?
「ところで、みんなお面を被って何してるの?」
「かくかくしかじか」
「それで分かるのはマンガの中だけだよ」
もう説明するのも面倒なので、これで察してください。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「…………」
「伊月?どうかした?」
「あ、いえ。なんでも………」
伊月は依然として杏達がいる茂みの方が気になっていた。
(なんか向こうの方騒がしいな……)
無理もないだろう。その場所だけ異様に通りがかる人が立ち止まるし、先程からちらちらと変なお面を付けた人物達が見えるのだから。しかもさっきからずっとこっちを見られている気がするし。
(もしかして………いや、まさかな)
「……伊月?」
ルルナに呼ばれハッとする。いけない、せっかくのルルナとのデートなのに他の事を考えて時間を潰してしまったら、それはそれでもったいない。
伊月は一旦向こうを気にするのは辞めにして、今はルルナとの2人きりの時間を楽しむ事にする。
「すみません!少しボーっとしてました」
「もぉ〜」
話を聞いていなかった伊月に対して頬を膨らませるルルナ。伊月はそれさえも可愛いと思ってしまう。
「あ、次はどこに行きます?」
「うーん……もうちょっとお話しよ〜」
「はい!」
その後も他愛無い話で盛り上がる。
思えば、伊月はルルナとこうして2人きりで長い時間話すことはなかった。これもひとえにチケットを譲ってくれた友人のおかげだと心の中で感謝をする。
「そうだ。写真撮ろ〜」
「喜んで!」
スマホを取り出すルルナに伊月は即座に姿勢を正し精一杯の笑顔になる。さっきまでの疲れ切った顔はどこへやら、ルルナに良いところを見せようと努力をする。まさにファンの鑑である。
「やった〜!伊月に送っておくね!」
「はい!あぁ、光栄です……」
「え?」
「あ、いえ!すごく嬉しいです!」
推しとのツーショットをこんなにも簡単に手に入れる事が出来るとは夢にも思っていなかった。
「〜♪」
夢のような時間が続いたため、伊月はものすごく上機嫌になっている。送られた写真を見ながら鼻歌を歌い出す始末である。
そんな伊月を、ルルナは微笑ましそうに見つめていた。
「ねぇ伊月……」
「あ、はい」
すると、突然ルルナが真剣な顔で話しかける。
「今日は、ありがとね」
「………え?」
そして、いきなり感謝を告げたのだ。
唐突な出来事に、伊月は戸惑ってしまう。
「遊園地に誘ってくれて。正直すっごく嬉しかったんだ。なんていうか、伊月には今まで距離を取られてるなって思ってたから……」
「なっ……いや、それは………」
「遊びに誘おうと思っても、伊月いつも遠慮しちゃうしさ〜」
突然の告白に、伊月は言葉を詰まらせてしまう。たしかに、今まで何度かルルナから遊びに誘われた事があったが、それらを全て断っていた。
しかし、それには理由があった。
伊月からすれば、ルルナは自分の憧れであり雲の上の存在だ。そんな人が自分と友達になってくれるなんて、万に一つの奇跡でも起こらなければ普通はあり得ない事だろう。
だが、伊月がルルナを尊敬し距離を大事にしようとしてしまうあまり、ルルナは逆に寂しさを抱いてしまっていた。お互いがお互いに気を遣ってしまった事で、必然的に気持ちがすれ違っていたのだ。
ルルナに言われた事で伊月はハッとした。自分のせいで推しを悲しませてしまうなんて、ファン失格だ。
「……すみません。私のせいで、ルルナさんを悲しませてしまって…」
「いやいや!そこまでじゃないから!?」
「でも……」
だからこそ、正直な気持ちを伝えてくれたルルナに、ちゃんと自分の気持ちを伝えなければいけない。
伊月は、ルルナの目をまっすぐに見つめて、自分の中の気持ちを素直に伝える。
「こちらこそ、ありがとうございます。こうしてルルナさんと遊びに来れるなんて、思ってもいませんでした」
「それはこちらこそだよ〜。遊園地なんて何年ぶりだろう」
「私は、ルルナさんに憧れています。モデルをしてる姿や学校でいろんな人に囲まれてる姿を見て、私とは違うな、凄いなっていつも思ってます」
「え〜?私ってそんなにたいした人じゃないよ〜」
「そんな事ないです。ルルナさんはいつも素敵ですし、私も毎日元気をもらえます。私は人と距離を取ってしまいがちで……。この前もある人に言われたのに、全然治ってなくて……」
それは以前、猫カフェで湊友季那に言われた事だった。
伊月は小中学生の頃、親の仕事の都合で転々としながら暮らしていた。そのため、親友と呼べる友達も作れず、自分から作ろうともしなかった。いつしかそれは伊月の癖になってしまっていた。
「私なんかがルルナさんと一緒にいてもいいのだろうかと、日々悩んでいたり……。って、困りますよね。こんな事言われても……」
「ねぇ、伊月」
「はい?」
すると、ルルナは真剣な眼差しで伊月の目をじっと見つめる。
「伊月は特別だよ」
そして、迷う事なくそうハッキリと言う。
「うぇっ!?特別……ですか?」
伊月は少し頬を赤らめ嬉しそうに下を向く。推しに特別と言われる事がどれほど嬉しくて光栄な事か。
「私も伊月に何度も元気をもらってるよ」
「え…?」
「実は、伊月がファンレター送ってくれてるの、知ってたんだよね」
「あ。え………?はいっ!?」
一瞬理解に遅れたが、その言葉の意味がわかった途端伊月は戸惑う。無理もない。今まで伊月が送ったファンレターは読むのすら億劫になるほど内容が濃いものだ。現在は一般的な量に抑えているが、昔は辞書ほどの厚さになっていた。
「いやー、あんな目立つファンレター送られてきたら流石に意識するって」
「そ、そそそそそそそれは………すみませんでしたぁ!!」
まさか推しからすでに認知されていたという驚きと、愛が重いファンレターを送ってしまったという後悔から伊月は光の速さで頭を下げた。
「謝らなくていいよ〜。言ったでしょ?むしろ元気をもらえたんだって!あの頃は私もまだデビューしたばかりでいろいろ悩んでたからさー。数少ないファンレターの中でも、特に伊月のくれたものが私の励みになったんだよ。私の知らない私が知れたみたいで、その後の仕事にも役立ったしね!」
「ルルナさん……」
「だから、私にとって伊月は恩人でもあるんだよ。私を支えてくれた伊月ともっと仲良く………ううん。伊月と“親友”になりたい。それが私の本音だよ」
ルルナの言葉を聞いて、伊月は目頭が熱くなるのを感じた。まさか推しが自分に対してここまで思ってくれていたなんて。そして、自分と同じ気持ちだったなんて。
「ありがとうございます、ルルナさん。私も、ルルナさんと親友になりたいです!」
「……あっ!」
その時、突然ルルナは何かを思い出したように声を上げた。
「どうしました?」
「それだよ!」
「え?」
「その敬語!」
「へぁ?」
突然の指摘に伊月は素っ頓狂な声をあげる。
「なんか距離あるなーって思ってた理由、それだよ!せっかく正直な気持ちを伝え合って仲も深まった事だし、敬語はもう辞めにしよう!」
「いや、そんな………ルルナさんにタメ口なんて………」
「そのルルナさんっていうのも!」
「うぇぇええ!?」
ルルナは伊月の目の前まで近づき、頬を膨らませて言う。
「花村さんは杏、リラはリラって呼んでるのに、私だけさん付けなの納得いかない!」
「そ、それは……」
「これからはルルナって呼んで!それに敬語も禁止だからね!」
突然そんな事を言われても、伊月は困ってしまう。
そもそも推しを呼び捨てで、しかもタメ口で接するなんて許されてもいい事なのだろうか。
親友になるために必要な事だという気持ちとファンとしての気持ちが混ざり合い、伊月は困惑してしまう。
「それは……その……」
「はい、呼んで!」
「ル、ルルナさん………」
「ル、ル、ナ!!」
「ル……ル……
「ジー……………」
「ル、ルルナ様ぁぁああああ!!」
「さっきより悪化してない!?」
「いきなりは無理ぃいいい!!」
伊月の叫びは遊園地内にこだましていくのであった……。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「いいねぇ、青春だねぇ」
遠巻きに見ていた虎門さんがニヤつきながらそんな事を口走る。
「ああいう雰囲気っていいね」
「伊月さん、絶叫してましたけど……」
「大丈夫デスかね?」
「あのー……」
リラさんと虎門さんに加え、松原さんと奥沢さんまでも一緒に見始めた。ていうかあなた達、パレード云々はどうしたんですか?今何してる時間ですか?
「でも、あんまり見るのも悪いんじゃないかな」
すると、奥沢さんがふとそんな事を口にする。確かに、それはそうだ。今更だなと思ったそこのお前、大丈夫。お前の思考は正常だ。
「確かに、美咲ちゃんの言うとおりかも…」
「いいじゃーん!あんなベタベタの恋愛漫画みたいな展開見れるなんてなかなかないよ?」
「そうです!せっかくなら最後まで見守りましょう!」
「い、いいのかな…?」
羽沢先輩は流石に良心が働いているようだが、リラさんとに説得されて渋々といった感じで引き下がっている。あぁ、また良識のある人間が消えていく……悲しいなぁ。
「あ、そろそろ私たちパレードの準備に行かないと」
「そうだね。こころちゃん達も待ってると思うし…」
「おや?そこにいるのはリラかい?それに杏くんではないか」
すると突然背後から聞き覚えのある声が聞こえてくる。それと同時に、私の背中に嫌な汗が流れるのを感じた。私は恐る恐るゆっくりと後ろを振り返る。
「カオルサン!」
そこにはやはりと言うべきか、演劇部副部長の儚い人、瀬田先輩が立っていた。
「やぁ……」
私と目が合った瀬田先輩は、爽やかな笑顔を浮かべてこちらに向かって歩いてくる。その表情を見て私は思わず顔を逸らしたくなった。いや、実際に顔を逸らしたかもしれない。そのくらい私は彼女の顔を見るのが恐ろしかったのだ。だって巻き込まれると面倒くさいんだもん。
「やぁ杏君。会えて嬉しいよ」
「どうも……」
そのまま私の前まで来ると優しく微笑んできた。
「薫さん、どうしてここに?」
「美咲と花音が帰ってこないから探していたんだ。こころとはぐみはもうステージに移動してるよ」
「あ、もうそんな時間なんですね」
「すっかり見入ってたね」
気づくと園内の時計は17時を指していた。ここに来たのが10時くらいだったから、あれから7時間も経ってたのか。時間が経つのは早いものですなぁ。
ちなみに、岸峰さん達を探し出すまでで5時間は経過してます。そりゃ早いか。納得だわ。
「ところで、杏君達はどうしてここに?もしかして、私の儚いステージをはるばる見に来てくれたのかな?」
「いえ、そんなんじゃないので」
「あぁ、やはり私達は運命に導かれていたのだね」
「もうツッコまないですよ」
今までの経験からして、瀬田先輩を正面から相手するとものすごく疲れるということを知った。なので、私は軽くあしらうようにする。私だって日々成長するのだ。
「ワタシ達、今ビコウしてるのデス!」
リラさんが口を挟んできた。って、余計なことを言わないでください!そんな事言ったら………
「尾行?いったい誰をだい?」
ほら、食いつくに決まってるじゃん!この人のことだから絶対奥沢さん達の二の舞になるよ!さらに収拾つかなくなるよ!
「かくかくしかじかウンヌンカンヌン」
「なるほど。それはとても楽しそうだね」
虎門さんの説明が雑だったり、それをなぜ理解できるのか気になったりしますが、そんなことは一旦忘れるとしましょう。
これはまた面倒なことに………
「あ、あの……もしかして、羽丘の薫さんですか?」
すると、そこに数人の女の子が集まってきた。
「私、薫さんのファンなんです!あ、握手してもらってもいいですか?」
「あぁ、構わないよ」
瀬田先輩が女の子達に微笑むと一斉に黄色い悲鳴があがる。流石は女子人気の高い瀬田先輩。学外にもファンがいるとは………
というか、
「あのー、ちょっと静かにお願いできますか?」
ものの数秒で瀬田先輩の周りに人だかりができる。こんなに人が集まってきたら流石に目立つって!尾行中だって言ったよね!?
「おや、どうしたんだい?まさか、杏君も私と握手したいのかい?なるほど」
「いや違いますよ?」
「ふふ……恥ずかしがらなくてもいいじゃないか。実に私は罪深いね」
「だから、静かに………」
「あぁ、こうしてまた杏君を魅了してしまうとは、私の美しさは本当に罪深いよ。儚い……」
「だから、そんなに騒いだら見つかっちゃうって言ってるでしょうがぁぁああああああ!!!」
どうしてこっちの意図を理解しないのかな!?儚いなんて言ってる場合じゃないんだよ!
「杏ちゃん、杏ちゃん」
瀬田先輩の言動に怒っていると、背後から羽沢先輩に声をかけられる。
「何ですか!!……………あ、」
今思えば振り返るべきではなかった。なぜなら………
「………なんか騒がしいと思ったら、お前ら何してんだ?」
そこには黒いオーラを放っている
「………グウゼンデスネー」
「んなわけあるか」
岸峰さんの顔は笑っている。笑っているが、全然目が笑ってない。その威圧感に、私はまるで蛇に睨まれたカエルのように縮こまってしまう。
「あ、いや、これは………」
「ごめんねー。伊月達を尾行してた」
いやバカ正直にも程がありますよ虎門さん!?ほら、岸峰さんが怒りで震えてるし!!
「お前らーーーーー!!」
「ごめんなさいィイイイイイ!!!」
岸峰さんが叫ぶと同時に、全員散り散りになって逃げ出した。
こうして、私たちの尾行は失敗に終わったのでした。
ーーーーーーーーーー
ーーーーー
ーー
「ホントごめんね〜。チョコバナナ買ってきたから許して〜」
「たく、お前ってやつは…」
伊月にバレてから少し時が経ち、現在午後7時。
もうすっかり日も暮れて、暗くなった空を遊園地のイルミネーションが明るく照らしている。
そして現在、そのままの流れでくいな達と合流した伊月は、ベンチに座って“ハロー、ハッピーワールド!”のパレードを眺めていた。
「よくよく考えれば、お前がチケットを渡してきたのもこうやって尾行するためだったんだろ」
「いやー、狼狽える伊月を見るの、結構面白かったよ〜」
「うるせぇ」
今日一日の行動をずっと見られていたと思うと、恥ずかしさで死にそうになる。くいな達だけでなく、あまり知らない他校の人達にも見られていたとなれば尚更だ。
ちなみに、今日のことは今度ケーキバイキングを奢ってもらうことで許すことにした。もちろん、主犯のくいなが全額だ。
「楽しめた?」
ふいにくいながそう聞いてくる。その言葉にどんな意図が含まれているか深くは考えないが、ルルナとの初めての外出に対して聞いているのだろう。
「おかげさまでな」
今日一日を振り返ると、ここ数日で特に濃い一日だったと感じる。ジェットコースターに振り回されたり、お化け屋敷で乱心したり、ルルナと本音で話し合えたり……。
今まで雑誌や写真の中でしか見れなかった推しが、今は友達として目の前にいる。そして、親友になりたいと言ってくれた。
夢物語のような話だが、それもこれも元を辿れば、隣にいる友人が全て手引きしてくれた結果なのかもしれない。
「…………ありがと」
「んー?何のこと?」
「別に。ただ言いたくなっただけだから」
相変わらず空気は読めないが、どこか憎めない不思議なやつ。
伊月は改めて、くいなと友達になれて良かったと実感する。
「また遊びに来ようね!」
「……今度は、2人でな」
「お、伊月からお誘いとか珍しいね〜」
「たまにはいいだろ」
「おーい、伊月ー!」
パレードを最前列で見ていたルルナが伊月を呼ぶ。
「そんな後ろで見てないで、こっちで見よー!」
「あ、ハイ!」
「もー、また敬語になってる〜!」
「あ、すみませ………あー、ごめん。やっぱりまだ慣れないや」
「2人は親友になるんでしょ〜?そんなのでいいの〜?」
「………くいな、お前どこまで聞いてた?」
「んー?なんのことー?」
「お前ー!!」
パレード中にもかかわらず、くいなを追いかける伊月。いつも通りの日常だ。
だが、そんな伊月の顔はどこかスッキリした表情になっていた。