みなさんこんにちは。花村杏です。
突然ですが、みなさんは疎遠だった幼馴染が対バン相手だった事はありますか?私はあります。
しかも、現在進行形で。
「えー、それでは。今回の対バンに向けて親睦を深めようということで、少し早いけど決起集会を行いたいと思います」
「イェーイ‼︎」
「今日は飲むぞー!」
「ドリンクバーだけどな」
弦巻邸を後にし、私たちはファミレスへとやってきた。流石に弦巻邸でこのまま話すのも気が引けたのでね。
ちなみに料理の後片付けは弦巻家直属の黒服の人たちがやってくれた。SPというのだろうか。私も初めて見た。
もっとちなみに言うと、星川さんのアレは黒服の人たちが全て残さず食べてくれた。本当にありがとうございます。弦巻さんは彼女たちの給料を上げた方が良いと思います。
そんな話は置いておいて。現在、私及び星川さん、リラさん、岸峰さん。そして対バン相手のバンドメンバー2人とファミレスに来ている。
まぁ、別にファミレスに来るのは大丈夫なんだけど、問題は………。
「久しぶり、杏ちゃん」
「ひ、久しぶり……
対バン相手のメンバーの1人が、旧知の仲の幼馴染だった事だ。
“
幼稚園からの私の幼馴染で、私がVtuber“咲夜ハナ”として活動していた事を知る唯一の人間。それと同時に、私の歌の先生でもある。
中学入学前に親の仕事の都合で遠くに引っ越して疎遠になっていたが、最近になってこっちに戻ってきたのだとか。全然知らなかった。
「小学校を卒業して以来だね……。元気だった?」
「あ、えっと……」
「久しぶり、だね」
「う、うん。久しぶり……」
「……」
……気まずい。
私は今、かつてないほどに気まずい思いをしている……。彼女の事は嫌いではないし、むしろ好きだけど……それでも、私は彼女に合わせる顔がない。
無理もない。何せ、
「およ?この方知り合いですか、皐月?」
すると、皐月ちゃんの背後からひょっこりと顔を出した少女が一人。リラさんに負けず劣らず美しい金髪碧眼の美少女だ。
「あ、“ステラ”ちゃん。この子は私の幼馴染で、花村杏ちゃんって言って………」
「オー!!あなたが皐月の言っていた花村杏さんですね!はじめまして!私は皐月と同じバンドでギターをやってます、“
「あ、よろしくお願いします……」
金髪碧眼の彼女は天城ステラというらしい。握手を求めてきたので、私も右手を差し出した。
「ちなみに私のこの容姿は日本とアメリカのハーフだからです!でも安心してください!日本生まれ日本育ちなので、英語はまったく話せません!」
「そこ、自信を持って言うところか?」
「ナルホド!私と同じデスね!」
「リラさんは天城さんよりかは少しカタコトだと思いますが…」
元気いっぱいな人だなぁ。この人は確実に陽の部類だ。注意しておこう。
「天城さんは……皐月ちゃんの、バンド仲間なんですね」
「はい! 私たち、“
「へ、へえ……」
天城さんはノンストップで喋り続ける。語尾に全部びっくりマークが付く人は珍しいな。アニメやマンガでしか観たことがない。いや、この世界も同じものか。
「やっぱり、皐月ちゃんはボーカルなんだね」
「うん。中学の時、ステラちゃんに誘われてね」
「そうなんです!皐月とは中学の入学式で出会いましてですね!なんやかんやあって一緒にバンドをする事になったのです!いや〜、ここまで来るのも長かったですね〜。最初は全然メンバーが集まらなくって苦労しましたよ〜。苦労したといえば、私が初めてバンドに興味を持った時なんですが………」
「えっと、その話長くなります?」
これ以上は長引きそうなので強引に話を遮る。この人はアレだ。マシンガントークならぬミサイルトークを武器としている人だ。ちょっと何言ってるか自分でも分からない。
ちなみに天城さんが話している間、皐月ちゃんはというとただ静かに微笑んでいるだけだった。
その微笑みが、余計に私の心をざわつかせる…。
「ねえ、杏ちゃん」
不意に皐月ちゃんが口を開いた。
「杏ちゃんは……今も、歌ってるの?」
その質問が、私の胸の奥深くに突き刺さった。鋭いナイフのように、ブスりと。
鼓動が早くなる。喉が渇く。指先が冷たい。
答えなければ、と思うのに言葉が出てこない。
「あ、あの……その……」
私は俯いて自分の足元を見る。床の模様が、滲んで見える。
「滝ノ宮さん」
その時、星川さんが皐月ちゃんに声をかけた。星川さんは私たちの間に流れる空気を敏感に感じ取ったのか、いつもより強い語気で私たちの話を遮った。いずれにせよ、その一言が私を現実に引き戻してくれた。
「あ…ごめんね。急に変なこと聞いちゃって」
皐月ちゃんが謝る。彼女が私に謝る必要なんてないのに。むしろ……
「ううん、大丈夫。私こそごめん。ちゃんと答えられなくて……」
「大丈夫だよ。杏ちゃんのペースでいいから」
その言葉に、私は顔を上げた。皐月ちゃんの目がまっすぐに私を見つめていた。責めるでもなく、哀れむでもなくただ静かに。
「それにしても、滝ノ宮さんたちはどうしてこっちに来たの?」
星川さんが質問する。その問いに岸峰さんが代表して答える。
「本当はライブハウスで解散する予定だったんだけど、2人がどうしても杏やルルナに会いたいって言ってな。ちょうど近くで料理対決してるし連れてきたんだ」
「どうして今料理対決をしてるのかは疑問だったけど…」
まぁ確かに皐月ちゃんの疑問も当然だ。私だって訳のわからないまま料理作ってたもん。勝ったのは嬉しいけど。
「あー、その話はいいから!」
「それで、どちらが勝ったデスか?」
「もちろんルルナさ…ルルナだよな!」
リラさんと岸峰さんが結果に食いついてくる。そういえば言ってたなかったな。あと岸峰さん。当たり前のように私が負けた前提で話すのはやめてください。この星川さん全肯定botめ。
「あー、それがね〜……。実は私負けちゃって…」
「そう、私が勝ちました。つまり、今この瞬間私は星川さんより強いのです!」
あの完璧超人な星川さんに勝てた事で、自信がついている。さぁ星川さん、2人に言ってやりなさい。「私は杏に手も足も出なかった負け犬です〜」ってね!
「え………」
「そんな………ルルナが杏なんかに負けるなんて………」
なんかにってなんだ、おい。実際に星川さんの料理食ってみな、飛ぶぞ。(意識が)
「でも、それってつまり………」
「杏が一つだけ何でも言うことを聞かせることができるんだよな?」
「……」
そうだった。皐月ちゃんの件ですっかり頭から抜けていた。
そう、今回の料理対決。勝った方が相手に何でも言うことを聞かせることができる権利が与えられているのだ。
つまり、今回私が勝った事により、星川さんに私の言うことを聞かせることができるのだ。
私は最初から決めていた。「もう私をボーカルに誘わないで」とお願いするつもりだ。
そう。お願いする
「で、お願い事は何にするんだ?」
「やっぱり、ボーカルやらないデスか?」
「えっと…………」
本来なら速攻このお願いをしていたはずだろう。だが、今この状況は非常にまずい。
なんでよりにもよって、このタイミングで皐月ちゃんがそばにいるかなぁ〜⁉︎
正直星川さんのバンドでボーカルをやるのは非常に嫌だ。すぐに断りたいくらいだ。だけど、今目の前には皐月ちゃんがいる。
ここでボーカルをやりたくないなんて言えば、彼女との“約束”を破ってしまう事になる。
『私はこれからも、全力で歌うから‼︎』
皐月ちゃんが引っ越す前、私が皐月ちゃんと交わした約束。忘れもしなかった。
私と皐月ちゃんは、幼稚園にいた時から一緒に歌を歌うのが大好きだった。
小学生になったら、よく2人でカラオケにも行ったし、町内会ののど自慢大会などで優勝したりした事もあった。小さい頃の私にはこれといった趣味が無かったが、そんな私に歌を教えてくれたのが皐月ちゃんだった。
そんな私たちが交わした、何気ない約束。
その約束を守るために、私は彼女と別れてからも歌の練習をしたり、Vtuberにもなった。Vtuberになればいろんな人に私の歌が聞いてもらえるかもしれないと思ったからだ。
咲夜ハナとして活動すると皐月ちゃんにメールで話した時も、彼女は全力で応援してくれた。その応援が、私の励みになった。
でも、私はVtuberを辞めた。歌うことを、諦めた………。
あの日から、私は全力で歌を歌わなくなった。いくらカラオケに行っても、それはただの自己満足でしかなかった。
そして、それは皐月ちゃんに話していない。おそらく、彼女も薄々感じてはいるのではないか。咲夜ハナとして活動していない事は十分理解しているはずだ。もしかしたら皐月ちゃんの中で、私はもう歌を歌うことを辞めてしまったのではないかと疑問に思っているのではないか。だからさっきあんな質問をしたのではないのか。
先程の質問の問いに、私はまだ返事ができていない。だから、ここで「ボーカルをやらない」なんていえば、もう歌から離れてしまったんだと彼女の核心をついてしまう事になるだろう。
それはつまり、完全に皐月ちゃんを“裏切る”事になってしまうのだ……。
「えっと………それは………」
どうしよう。何か上手い言い回しは無いものだろうか…。
「杏ちゃん、ボーカルやるつもりだったの?」
ふいに皐月ちゃんが聞いてくる。星川さんも小さく頷いてそれを肯定する。いや何勝手に頷いてんの?別にやるつもりは無かったよ?勝手に引き入れただけでしょうが。
「そうなんだ…。そっか、杏ちゃんがボーカルか……」
そこまで言ったところで皐月ちゃんは私の様子を見て何かを察したようだった。余談だが、皐月ちゃんには昔から私の考えていることが全てバレてしまう。自分でいうのもなんだけど隠しごととか得意じゃない。そもそも得意なものをあげられるほどの人生じゃないけど。
あれ?ていうか、これもうほぼバレてない?
「杏ちゃんは、どうしたいの?」
皐月ちゃんが私の目を見ながらそう問いかける。どうしたいって言われてもなぁ……。でもよくよく考えたら誤魔化そうとしても無駄だし、皐月ちゃんに嘘ついてもすぐバレてしまう気がした。
だから、もう正直に話そうと思う。思ったことをそのまま伝えることにする。もし、私たちの関係が崩れる事になるとしても。
私は意を決して、皐月ちゃんの目をしっかりと見つめて口を開く。
「皐月ちゃん。実は……「あーーーーー‼︎」っ!うるさっ」
私が覚悟を決めて話そうとした瞬間、突然星川さんが何かを思い出したかのように叫んだ。ことごとく邪魔してくるな、この人は…。
「いきなりどうしたんですか…?」
「私、一番大事なことを考えてなかった………」
星川さんの言葉に、その場にいた全員が彼女に注目する。さっきまでとは違う、妙に真剣な声音だったから。
「一番大事なこと?」
「花村さん」
星川さんは私の名前を呼ぶと、すっと私の前に歩み寄ってきた。その瞳はどこか熱を帯びていて、思わず一歩下がりそうになる。
「バンド名、どうしよっか?」
……………………。
「へ……?」
「だから、バンド名。決めなきゃでしょ?」
星川さんは当然のことのように言う。
いやいやいや。ちょっと待って。私、まだやるって言ってないし。というかそもそも今から断ろうとしてた流れだったじゃん。人の話聞いてました?
「いや、私やるなんて一言も……」
「そうと決まれば早速バンド名を決めよう!みんなで考えれば早いよね!」
「そうですよね。私の話なんて聞いてくれませんよね」
項垂れる私をよそに、星川さんは嬉々として進めていく。この感じ、いつになっても慣れないなぁ。
「皐月さんとステラさんも一緒に考えてくれませんか?そろそろセトリの提出期限が近いし、バンド名を決めなきゃいけないんです!」
「いいよいいよ〜!すっごく面白そうです!」
盛り上がっているみんなをよそに、皐月ちゃんがこっそり私に耳打ちする。
「杏ちゃんの通ってる学校って、こんな人たちばかりなの?」
皐月ちゃんが少し引いた目で私を見てくる。違う、私も被害者だ。むしろ一番の被害者だ。星川さんが暴走したら誰も止められないって、これまで嫌というほど思い知らされた。
「ちょっと待ってくださいルルナさん!アンさんはまだリョーショーしてないデスよ!」
「そうだよルルナ。そもそもボーカルがいなきゃバンドできないんじゃ………」
「え?てっきり花村さんがボーカルをやるのだとばかり……」
なんで私がボーカルやりますって言うのを前提に話を進めていくかな。このポジティブシンキングお化けめ。
「えっと………結局どうするの?杏ちゃん」
どうするって言われても……。
本当は最初から断るつもりでいた。でも、バンド練習に付き合ってた時間が少し楽しかったのも事実だ。
ここで断ろうにも、皐月ちゃんがいる手前「歌いません」と言うのも気が引ける。うん、この状況詰んでるね。
……ハァ、もうこれ以上は逃げられない。観念するしかないか。
でも、その前に。
「皐月ちゃんは……」
気づいた時には口が動いていた。
「皐月ちゃんは、どうしてバンドやってるの?」
「私は……」
皐月ちゃんは一呼吸置いて、それからゆっくりと話し始めた。
「歌が好きだから。ただそれだけだよ」
まっすぐな言葉だった。嘘や取り繕いが一切ない、皐月ちゃんらしい答え。昔からそうだった。この子はいつも自分の気持ちに正直だった。
「杏ちゃんは?」
今度は私が問い返される番だった。
「私は……」
歌が好きか嫌いかで言えばもちろん好き。それは間違いない。でも、好きなだけじゃ足りない何かがある。
人前で歌うということは、自分を晒すということで。失敗すれば笑われて、成功すれば期待されて。その繰り返しの中で、私はいつの間にか歌うことが怖くなっていた。
「私も、好きだよ。歌うのは」
正直な気持ちだった。でもその後に続く言葉が出てこない。だって、好きなだけじゃダメなんだ。あの日のことを思い出す。皐月ちゃんすら知らない、あの日の出来事を。声が出なくなったあの瞬間を。画面越しから聞こえた嘲笑を。そして、その場にいながら何もできなかった自分を。
「杏ちゃん」
皐月ちゃんが私の手を握った。冷たい私の指に、彼女の温もりが染み込んでくる。
「無理しなくていいよ。でもね、もし杏ちゃんが歌いたいと思ったらその時は私が力になるから」
その言葉が、じんわりと胸に沁みていく。皐月ちゃんは変わっていなかった。私が逃げ出した後も、ずっと彼女は彼女のままで。
「ありがとう……」
やっとそれだけ言えた。皐月ちゃんはにっこりと笑って、それからぱっと手を離した。
「ねぇ皐月ちゃん」
「なぁに?」
彼女は自分の気持ちをハッキリと伝えてくれた。なら、私も自分の気持ちを伝えなければならない。
嘘偽りのない、本当の気持ちを。
「私、歌うことが好き。まぁ正直、怖い部分はあるけど…」
「いいんだよ。杏ちゃんは杏ちゃんのペースで」
彼女はそう言って優しく微笑んでくれた。どうやら最初から私の悩みは全てお見通しだったようだ。悪あがきしても時間の無駄だったか。
まさか自他共に認める陰キャの私が、こんな青春っぽい事に首を突っ込む事になるなんて……。
そう考えたら、少しおかしかった。でも、不思議と嫌じゃない。
「じゃあ星川さん、バンド名の話ですけど」
「え、花村さん?」
「もうここまで来たら、最後まで付き合いますよ」
「…っ!花村さんっ‼︎」
「うわっ⁉︎」
嬉しいからって急に抱きついてこないでください。いい匂いといい感じの膨らみがあたって興奮しちゃいますから!失礼、混乱しちゃいますから!あと岸峰さん、殺気を向けるのはやめてください。これに関しては完全に星川さんが悪いですからね!
「ということは、これでアンさんも晴れて私たちの仲間入りデスね!」
「よし!時間は短い。明日から本気で練習するぞ!」
リラさんと岸峰さんも快く受け入れてくれた。なんだか、嬉しい気持ちになる。
「良かったね、杏ちゃん」
「いやー、青春の1ページって感じで感動しました!」
これからバンドがどうなっていくのか。
私たちの物語は、これからだ!
あ、別に最終回とかではないのでご心配なく。