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バンド名が決まってから、私たちは本番に向けて本格的に練習を始めた。
放課後は決まってスタジオを借りて5時間ほど練習し、オリジナル曲も含めようやく形が出来てきた。
そして、数日経ったとある週末。
日曜日だというのに朝7時に目覚ましのアラームが鳴り始める。
「……………とうとう、この日が来てしまった…」
寝ぼけ眼でアラームを止めながら、そう呟く。
スマホの画面を開くと、グループチャットが更新されていた。星川さんからだ。
『おはよう!今日は最高の日にしようね!』
そう。ついにこの日が来てしまったのだ。
私たちの、初めてのライブの日が………。
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集合時間は9時、ライブ場所はいつも練習をしているCiRCLE。
現地集合で良いかと思っていたのだが、星川さんの案で一旦みんなで駅前の広場に集まってから向かうようになった。その方がより特別感が増すのだとか。陽キャというのはどうしてこうも面倒な事をするのか。
私は重い体を起こして目を擦る。そして、クローゼットから一番マシな服を引っ張り出した。昨日の夜、何を着ていくかで1時間以上も悩んだのは内緒だ。
服と持ち物の準備を一通り終え、とりあえず朝ご飯を食べるために一階に降りる。私は休日でも朝ご飯を食べる派だ。朝ご飯を食べないと一日が始まる感じがしないからだ。あと、お母さんの料理が美味しいからでもある。
今日の朝食はなんだろうと考えながら階段を降りていると、何やらリビングの方が騒がしい声が聞こえてくる事に気づいた。明らかにお母さん以外の人の声が聞こえる。
その声は、とても聞き覚えのある声だった。声が近づくにつれ、私の脳裏に嫌な考えが浮かんでくる。
恐る恐るリビングの扉を開けると、そこには………。
「あ、花村さん。おはよー!」
「お、おはよう杏ちゃん。お邪魔してます……」
「…………あぁ、これは夢ですね。もう一度寝たら目覚めるでしょうか」
「いや現実だから」
リビングには、何故かそこにいるはずのない星川さんと皐月ちゃんがいたのでした。
うん。何度確認しても…………現実ですか、そうですか…。
「……なんで?」
リビングのテーブルには、星川さん達を含めた人数分の朝食。お母さんはエプロン姿で笑いながらキッチンで食パンを焼いている。
唖然とする私をよそに、星川さんが椅子から飛び上がるように立ち上がった。
「迎えに来たんだよ! 花村さん、どうせギリギリまで寝てると思って。ね、滝ノ宮さん!」
皐月ちゃんはマグカップに入ったコーヒーを一口飲む。
「ごめんね、杏ちゃん。せっかくだし一緒に行こうかなと思って私だけで迎えに行こうと思ってたの。でも、星川さんから杏ちゃんの迎えに行きたいって連絡が来て、なら一緒に行きませんかって事になって……」
「花村さんはギリギリまで寝てあと10分って時に起きるんじゃないかと思ってね」
「失礼な」
と私は言ったが、たまにあるのであまり反論できない。
「だって、今日は大事な初ライブの日だよ。遅刻したら、バンド名に泥を塗るどころか一生の思い出が黒歴史になっちゃうでしょ?」
「黒歴史って」
なんなら今この状況こそ黒歴史確定ものなのだが?どうしてあなたは早朝から人の家に押しかけることが出来る?これが陽キャの行動力というものか。
ただ、その反面こうして迎えに来てくれた事は少しだけ嬉しく思っている自分がいるのも事実だ。おかげで、緊張で固まっていた胸の奥が少しだけほどけているような気がする。
そんな私たちの会話を聞きつつ、お母さんが焼き立てのトーストを皿に載せながら嬉しそうに言う。
「あなたのお友達、随分早くから来てくれたのよ。こんなに可愛いお友達がいたなんて、早く紹介しなさいよ〜。皐月ちゃんも久しぶりに会ったら、すっごく大きくなっててビックリしたわ〜!」
皐月ちゃんが少し恥ずかしそうに笑う。星川さんもお母さんに可愛いと言われて口元を緩めている。
と、まぁイレギュラーな事が起きたが、今日の朝食はいつもより賑やかだった。星川さんが今日のライブに対する熱意を語り始め、皐月ちゃんが「騒がしくしてすみません」とお母さんに謝っていた。お母さんはそんな私たちを見て「青春ねえ」と呟く。私はというと、コーンスープのカップを抱えたまま今日が本当に来たのだと、改めて噛み締めていた。
初めてのライブ。
本格的にバンドに加入し、バンド名もつい最近決まったばかり。まだ手のひらに馴染んでいないその響き。スタジオで何度も重ねた音。うまくいかない部分も、笑い飛ばしてきた時間も全部が今日へ向かっていた。
「花村さん、大丈夫?」
そんな上の空な様子の私に気づいたのか、星川さんが小声で尋ねる。
「うん。……たぶん」
「たぶんって……」と星川さんが笑う。
「まあ、私も緊張してる。指震えてるもん」
そう言って、星川さんは自分の手を私の前に広げてみせた。本当に、ほんの少しだけ震えていた。
「星川さんでも緊張するんですね」
「するよ、そりゃあ。だって私たちの音を初めて人に聴いてもらうんだから」
その言葉に、リビングの空気がすっと引き締まった。すると皐月ちゃんがコーヒーを置き背筋を伸ばす。
「私たちも初めてライブした時はすっごく緊張したな。本当に上手くできるのか、お客さんに私たちの音楽を認めてもらえるのか。最初はとっても不安だったよ」
その言葉に、私と星川さんはグッと身を引き締める。
「でも、始まったら楽しいって事だけしか思わなかった。だから大丈夫。お客さんがどう思うかなんて変に考えずに、みんなはみんなの音楽をやればいいと思う」
皐月ちゃんの言葉に、私たちのやる気が一層上がった気がした。やっぱり経験者の言葉は重みが違う。
「そうだね。花村さん、やってきたことを信じよう!少なくとも、私は4人で出せる音を、いちばんいい形で出したいと思ってる」
「そうですね」と私も言った。星川さんが小さく、でも強く頷く。
それから星川さん達に少し待ってもらい、支度を終え玄関で靴を履く。お母さんが「ちょっと待って、杏」と声をかけた。その手には、私のいつも忘れがちな水筒が握られていた。
「忘れ物。喉、大事にね」
「ありがとう、お母さん」
私は水筒を抱えて玄関を出た。朝の空気はひんやりしていて、でも季節はちゃんと初夏へ向かっているみたいだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
駅前の広場までは私の家から歩いて15分ほど。
広場に着くと待ち合わせ時間より10分早かった。でも、もうすでにリラさんと岸峰さんが待ちくたびれたといった感じでその場にいた。
「みなさん、オハヨーございマス!」
「おはよ」
「おはよ〜!もしかして、結構待った感じ?」
星川さんは少し息を切らしながら駆け寄った。リラさんはにやりと笑う。
「フフ……、何を隠そう、ワタシは1時間も前から来てたデス!イツキさんなんて、ワタシが来る30分前には着いてたデスよ!お二人が一向に来ないので、そこのカフェで一緒にオチャしてたデス!」
「本当にごめん!」
「まさかルルナが杏の家に行ってたなんて………。くそっ、私も行けばよかった………」
岸峰さんが恨めしそうな目でこっちを睨んでくる。やめてください。押しかけられて迷惑してるのはこっちなんですから。
「まあいい、それより早く行くぞ。滝ノ宮さんのバンド仲間も待ってるだろうしな」
私たちは駅前の広場を後にして足早にCiRCLEへと向かう。皐月ちゃんのバンド仲間“
CiRCLEに向かう途中にある商店街はまだ朝が早いからか人通りもまばらで、開店準備をしている店員さんたちが時折私たちに目を向ける。楽器を背負ったリラさんと星川さんの姿は、それだけで少し目立つ。岸峰さんは相変わらず静かだけれど、その歩幅は誰よりも力強かった。
「ねぇ、杏ちゃん。今どんな気持ちかな?」
皐月ちゃんが隣に並んで小さな声で言う。
「えっと、すごく緊張してる。まさか私がステージに立つなんて、少し前までは考えなかったな……」
「私も、最初のライブの時はそうだったな。でも、さっきも言ったように始まったら何も感じなくなるよ」
やはり経験者の言葉は重みが違うなと感じる。一歩一歩踏み出すごとに、初ライブの実感が高まってきていた。
商店街を抜け少し歩くとCiRCLEの建物が見える。受付を済ませると、私たちはスタッフの方に楽屋に通された。
ドアを開けるとコンクリート製の壁から出てくるひんやりとした空気と共に、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「あ、杏ちゃん!久しぶり〜!」
「うぇえええええええ!?」
その声と共に私の顔面に2つの大きな膨らみが押しつけられる。この柔らかさ、私は覚えている。こんな爆弾を携えている人はそうそういない。
「いつ見てもちっちゃ可愛い〜!」
「あ、あの、もっと強く…………じゃなくて、少し力を弱めてくれませんか……?息が………」
「あ、ごめん!」と言いながら私から離れる。残念、自分で言った事とはいえ、本当はもう少し堪能したかった。
「な、なんで上原先輩が………?」
楽屋内には私の苦手なザ・陽キャな先輩の1人、上原ひまり先輩がいた。いや、上原先輩だけじゃない。今まで何度もお世話になったガールズバンド“
「あれ?ルルナから聞いてない?」
「え?」
ふと星川さんの方を見ると、当の本人は「フッフッフ……」と不適な笑みを浮かべていた。あ、もしかしてこれ嵌められた?
「そう!実は今回の対バンライブ、“ArcaNight”の他にも“Afterglow”のみなさんも参加するの!花村さんには内緒だったんだ〜!サプラーイズ!」
「なん………だと………!?」
思わず素っ頓狂な声が出てしまう。だって聞いてない。そんなの聞いてない。確かに星川さんは「対バン相手は“ArcaNight”だけ」とは一言も言っていなかったけれど、まさかこんな大物バンドと同じステージに立つなんて。初めてでこれはハードルが高すぎる気がするのですが?
「そんなに緊張しなくても〜。あ、杏ちん達はトリだからね〜」モグモグ
「もっと緊張するような事をパンを食べながら言わないでください」
驚愕する私に青葉先輩が声をかける。この人は私のやる気を上げたいのか下げたいのかどっちなのか。
「ていうか、待ってください。私たち、トリですか?」
「うん。くじ引きで決まったから」
なんでそんな大事な事をくじ引きで決めるかな〜?普通こういう場合、経験豊富なバンドが大トリを務めるものでしょうが!
今日初めてライブをする私たちが大トリを務めるなんて、すごく申し訳ない気がする。
「私たち、杏ちゃん達と同じライブに出るって聞いてすっごく楽しみだったんだから!今日は私たちも気合入りまくり! ね、蘭!」
上原先輩が後ろを振り返る。すると、ソファに座ってギターの練習をしていた美竹先輩がこくりと頷く。
「うん。今日のライブ、最高のものにしよう。私たちはいつも通りやるつもりだけど、花村さん達も楽しんでね」
「あ、はい………ありがとうございます……。その、今日はよろしくお願いします」
美竹先輩はいつも通りカッコいい。だけどいつもとは違い、その瞳の奥には静かな闘志が灯っているように見えた。
他のAfterglowのメンバー、宇田川先輩、羽沢先輩も、それぞれライブ前の調整をしながら、私たちに軽く挨拶をしてくれた。
その空気に、背筋が伸びる。
「星川さん……もろもろ含め聞いてないんですけど」
私は声を潛めて星川さんに詰め寄った。星川さんは悪びれる様子もなく、むしろ満面の笑みだ。
「言ったら花村さん、緊張しすぎて潰れちゃうかなって思って。それに、サプライズの方が嬉しいかなって」
「……逆に緊張しますよ。あと心臓に悪いです!」
すると、隣で皐月ちゃんが小さく笑った。
「私も最初に聞いた時はビックリしたよ。でも、杏ちゃんの緊張をほぐすには伝えない方がいいかなって。ごめんね」
「皐月ちゃんまで……」
でも、不思議と嫌な気持ちはなかった。むしろ、緊張の裏側でじわじわと嬉しさが湧いてくる。こんなに恵まれた環境で初めてのライブができるなんて。仲間に恵まれ先輩に恵まれ、対バン相手にも恵まれている。なんと心強いことか。
先輩たちが楽屋で話している輪の中に、皐月ちゃんが自然に加わっていく。皐月ちゃんにとっては先輩たちもよく知る関係なのだろう。星川さんも負けじとAfterglowの先輩たちに挨拶している。
そんな姿を眺めていると、リラさんが声をかけてくる。
「緊張してマス?」
「まあ、はい」
「正直、ワタシもデス。でも今できることをやるだけデス」
「そうですね」
リラさんはそれだけ言うと、自分の楽器の最終確認を始めた。彼女なりに気持ちを落ち着けているのだろう。
岸峰さんはというと壁際に立って静かに目を閉じていた。本番に向けて集中しているのだろう。
私だけじゃない。みんな、今日が初めてのライブなんだ。緊張しない方がおかしい。私も、本番まで自分に出来ることをした方がいいだろう。
その時、スタジオのドアが勢いよく開いた。
「皐月!もうリハーサル始まるよ!」
その声に、皐月ちゃんやAfterglowの皆さんと含めてた全員が振り返る。そんな私たちの視線をよそに、皐月ちゃんのもとにズカズカと近づく少女。キリッとした目と煌めくような銀髪を両サイドに束ねているのが特徴の、いかにもしっかり者って感じの少女だ。
「あ…ごめんね。“
「まったく、全然スタジオに来ないからどこにいるのか探し回ったわよ!こんなところで油売ってないで、早く練習するわよ!」
皐月ちゃんのバンド仲間の人だろうか、皐月ちゃんの手を引っ張っていく。
「もう“
「本当にごめんね〜。あれ、ステラちゃんは?」
「あのバカは皐月を探しに行って逆に迷子になったわよ。本当に世話が焼けるやつなんだから……」
「皐月にあまり迷惑かけないでよね」
「かけてないよー。ちょっと一緒にふざけてただけ」
強い口調でものを言う亜燐さんに対して、軽くあしらう星川さん。どうやら亜燐さんは星川さんと面識があるようだ。
そんな星川さんの言葉に対し「フンッ」と顔を背けると、そのまま皐月ちゃんの手を引っ張って再び楽屋を後にしようとする。
「………一応聞くけど、本当に最後でいいの?」
「うん!私たちが最後にドーンっと盛り上がるからね!」
「………そう」
それだけ確認して、亜燐さんと皐月ちゃんは本当に出て行った。皐月ちゃんは出ていく際、申し訳なさそうな顔で私たちに手を振っていた。
「ルルナ、あいつと知り合いなのか?」
岸峰さんが星川さんに問う。ちなみに、亜燐さんの星川さんに対する態度に少し怒っているのは言うまでもない。
「うん。ちょっとね〜………」
星川さんは「アハハ…」と笑って誤魔化す。一体どういう関係なのだろうか?
疑問が残る中、上原先輩が「そろそろ私たちもリハーサル行ってくるね」と笑顔で言った。Afterglowの出番は2番目。ArcaNightのリハーサルが始まっているとなれば、そろそろリハーサルの準備をしておいた方がいいのだろう。
「本番、楽しみにしてるよ!」
「はい!」
続けざまに楽屋から先輩たちが出ていき、部屋が少し静かになる。残っているのは私たちだけだ。時計を見ると、ライブ開始まであと1時間と少し。
「……改めて、今日が本番なんだね」
星川さんがぽつりと呟く。「うん」と私も答える。
「よし、最終チェックするか」
岸峰さんの提案で私たちはそれぞれの楽器を確認し始めた。私はノートに書いているオリジナル曲の譜面を開いて歌詞を確かめる。ノートを握っている指が震えているのが自分でも分かった。緊張と恐怖が入り混じった感覚。もし失敗したら、なんてネガティブな考えが浮かんでしまう。
星川さんはベースのチューニングをしながら、小声で鼻歌を歌っている。リラさんはギターを抱え、静かに弦をなぞっている。岸峰さんはドラムスティックを手に取り、軽くリズムを刻んでいた。
「曲のラスト、私たちで作ったアレンジだけど……ちゃんと決まるかな?」
「大丈夫デス!何度も練習しまシタ!バッチリデス!」
「そうだね。うん、大丈夫」
リラさんの言葉に、私たちの空気がひとつにまとまる。初めてのライブ。初めてのお客さん。初めてのステージ。
これから始まるのは、私たちの最初の一歩だ。
ふと、机の上に置いてあった小さなライブチラシを星川さんが手に取る。
「“Blooming Star's!”……私たちの名前、ちゃんと書いてある」
「まだ慣れないですね」
「うん。でも、いい名前だと思う」
星川さんの言葉に、私たちはうなずく。
「よし、私たちもステージに行こう!まずは他のバンドのリハを見て、どんな感じか知っておかないとね!」
いよいよだ。扉の向こうからは、ライブハウスの音響機材が立てる低い唸りが聞こえてくる。
こっちの準備はもうできてる。あとは、ステージに立つだけだ。
泣いても笑っても、もう数十分したら本番だ。
全力で楽しもう。私たちの音を、私たちのステージを。
「いきましょう」
初めてのライブが、始まる。