GRIM WOOD   作:無職のプーさん

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【挿絵表示】

 ↑は本作の主人公である狩人のイメージ絵です。
画像生成AIに『暗い森 狩人 緑の上着 銃 中世』とキーワード入力して描いてもらったものですが、銃の形状から上着の作りに至るまで何もかもがおかしい。
しかしイケメンなので許された。この腰に手を当てたドヤ顔に勝るものはないのです。



Ⅰ 魔の森

 

 黒い夜の森に、雲間から月の光が差しこんだ。

萎びた草花と泥の上を撫でるように漂う霧が、青白く浮かび上がる。淀んだ水たまりが空の月を映し、微かに煌めいた。

 

生気の感じられぬ灰色の木々と病に侵された茂みの間を、狩人は静かに歩いている。

歳の頃は三十。肩には猟銃を担ぎ、腰には大振りの鉈を下げている。目深に被った羽根つき帽子と、暗緑色の上着の襟を立て、顔に飛ぶ泥や羽虫を避けていた。

 

まともな人間なら、夜にこの辺りを歩くことは避ける。この国の首都を囲う森は『魔の森』と呼ばれ、たとえ現地の住民であろうと一度迷えば二度と出ることは叶わない。

 

底なし沼や毒を吐き出す植物など序の口。獣と人の混ざりものや悪戯好きの妖精、果てには死人返り。そうした悍ましき者どもが巣くう場所でもある。

夜どころか、天気の良い昼でも散歩する気にはならないだろう。

 

狩人の鋭い瞳が何かを捉え、彼は足を止める。

少し離れた先にある大きな切り株の根元に、人影らしきものが蹲っていた。

 

「おい、どうした」

 

念のため肩紐を外し、猟銃を構えて近づいていく。

人影は呼びかけに応じない。しかしそれは間違いなく人であり、それも死にかけであることを狩人の感覚が告げていた。

体格は屈強だが顔には生気がなく、草臥れた黒いコートは血にまみれ、何よりこの距離からでも、濃厚な死の臭いが漂ってくる。

 

「ケガをしているな? 見せてみろ」

 

片手を鞄に突っ込み、包帯やら薬やらを探りながらコートの男に歩み寄る。しかしあと五、六歩先まで近づいたところで、狩人は再び足を止めた。

 

左腕に、冷たい何かに掴まれた感触があった。身体の芯から熱を奪うような、嫌な冷たさである。

 

狩人の顎を冷や汗が伝った。目だけを動かし、冷たい感触の元を見る。それは青白い手であった。

しなやかで細い指が、見た目からは想像もつかない力強さで、彼の腕に食い込んでいる。

 

「それ以上近づいてはだめ」

 

狩人の腕を掴んで引き戻したのは、灰色のローブに身を包んだ魔女だった。銀色の長い髪を後ろに流し、背はすらりと高い。

青白い顔は黒いヴェールで覆われ、水色のルージュが塗られた口元だけが見えている。

 

「あんたか。……くそっ、驚かせやがって」

 

狩人の言葉に、魔女は唇を微かに歪めた。

 

「汚い言葉遣いはやめなさい。今や私はただの魔女じゃない。王の妃よ」

 

「……」

 

狩人は視線を切り株の方に向け、しばらくの間黙っていた。黒いコートの男に動きは一切ない。生きているのかどうかすら疑わしく思える。

 

狩人は左手を動かし、腕の感覚が戻るのを確かめたあと、ようやく口を開いた。「なぜあの男に近づいてはだめなんだ?」

 

「あの男は『魔女狩り』よ」

 

「魔女狩り?」

 

狩人が怪訝な顔をすると、魔女は口元に笑みを浮かべる。「貴方と同じ、狩人よ。ただし貴方は獣を狩るけど、あっちは魔女を狩る」

 

「なぜ魔女を狩る?」

 

狩人の問いに、魔女は口に手を当ててクスクスと笑った。心底可笑しそうな、無垢な笑みである。「魔女が悪いことをするからに決まっているでしょう? 」

 

「……なるほど。悪い魔女はあんただけじゃないと」

 

「そういうことよ」

 

狩人は納得して頷く。しかし次の瞬間、微かな布の擦れる音を聞き、さっと顔色を変えた。

杖代わりに地面についていた猟銃を、くるりと反転させて構える。照準の先は切り株の元で蹲る『魔女狩り』の男だ。

 

男もまた懐から拳銃を抜き放ち、狩人の方に向けていた。ただし狙いは彼ではなく、その横にいる魔女である。

冷たく研ぎ澄まされた殺意が、男の瞳に光となって満ちていた。死に損ないの目とは思えない。

一発で確実に当ててくるだろう。あの男の構えには、それだけの技量が見える。

 

「チッ」

 

狩人は舌を打った。片手で魔女を突き飛ばしつつ、残った右腕のみで猟銃を支え、引き金を引く。

 

夜の森に、二つの銃声がほとんど同時に、重なり合うように響きわたった。

 

「……!!」

 

血飛沫が宙を舞う。狩人の猟銃から放たれた散弾が、魔女狩りの男の腕をズタズタに引き裂いていた。

 

男は拳銃を取り落とし、顔を苦痛に歪める。

しかし、怯んだのはほんの一瞬だった。意志の力で痛みを殺し、すぐさま残った方の手で銃を拾おうとする。

 

しかし腕を伸ばしたところで、彼は動きを止めた。正確には、動くことができなかった。その首筋に、魔女の細くも力強い指が食い込んでいたからである。

 

「私はこの国の王妃よ。無礼者には、残酷な死を与える」

 

「……ぐ……あ…」

 

男の顔は見る見るうちに青白くなり、やがて土気色に染まる。目は落ち窪み、痩せ細り、ついには干涸らびて地面に倒れ伏した。

 

「……」

 

狩人は黙って魔女の『狩り』を見ていた。

彼女を咄嗟に助けてしまったことを少々後悔した。悍ましいものを見せられたからだ。

 

「……俺もあんたに長く掴まれてたら、ああなるのか」

 

「やろうと思えばね」

 

魔女は肩をすくめて言った。「でも、ただ掴むだけでは時間がかかる。もっと効率の良い方法もあるわ」

 

「効率の良い方法……?」

 

魔女は妖しく笑うと、自身の口元を指でさした。形の良い水色の唇をなぞるように、舌先がちろりと動く。

狩人は背中に寒気が走るのを感じた。

 

「勘弁してくれ。そんな死に方はご免だ」

 

「失礼ね。この国一番の美人との口づけで死ねるなら、本望じゃなくて?」

 

「この国で二番だろ」

 

狩人の言葉に、魔女は不思議そうに首を傾げる。

「今は一番よ? だって貴方が殺してくれたのでしょう?『白雪姫』を」

 

「……そうだったな」

 

狩人は頷いた。わずかなぎこちなさを見抜いたか、魔女はしばらく無言で狩人を見つめた。

ヴェールの奥の菫色の瞳が疑り深い光を放っていたが、やがて彼女は頭を振る。

 

「まあいいわ。貴方は私の忠実な猟犬。疑うのも馬鹿らしいわね」

 

「その通り」

 

「でも、証拠は持ってきているのでしょう? 見せてちょうだい」

 

「ちょうど今から王宮に届けようとしていた。手間が省けたな」

 

狩人は鞄の中を探り、拳くらいの大きさの茶色い包みを魔女に手渡した。手の平に乗せられたそれを、彼女はきょとんとした顔で見つめる。「……なにこれ」

 

「白雪姫の心臓だ」

 

魔女はヴェールに隠されていても分かるほど、露骨に顔をしかめた。「貴方が抉ったの? 女の子の胸から?」

 

「心臓を証拠に持ってこいと言ったのはあんただろ」

 

「そうだった? そう言えばそんなこと言った気がするわね」

 

魔女は眉をひそめて包みに鼻を近づけ、眉間に皺を寄せる。「……これ、何かおかしいわ。何かした?」

 

「保存が利くように血を抜き、塩漬けにしてある」

 

「そんなこと頼んだかしら。魔女は塩気を嫌うのよ」

 

「気を利かせたつもりだったんだが」

 

「はあ、もういいわ。使えない犬ね」

 

魔女は溜息を吐くと狩人に背を向けた。

しかし思い出したように振り返り、懐から小袋を取り出す。「報酬を受け取りなさい」

 

投げて寄こされた小袋を片手で受け止め、肩をすくめる狩人。「王妃様らしく振る舞ったらどうだ。あんたは臣下に物を投げつけるのか」

 

「貴方は臣下じゃなくて、犬でしょう」

 

「そうだったな」

 

狩人は小袋の封をとき、中の金貨の枚数を確かめる。そしてその金額の多さに驚いた。

王女暗殺の報酬としては安すぎるかもしれないが、下手をすれば何処か他所の土地に家を建てて暮らしていけるだろう。

 

夜逃げでもするか、と考えていたとき。ふと気配を感じ、狩人は顔を上げる。ヴェールで覆われた魔女の顔が目の前にあり、彼はぎょっとして背後に飛び退いた。

 

魔女は白い歯を見せてにやりと笑う。

「何か良からぬことを企んでいるみたいね?」

 

「……まさか」

 

「隠したって無駄よ。犬の考えなんてお見通しなんだから」

 

魔女はクスクスと笑っていたが、やがて笑みを消すと静かに言った。「世間知らずの貴方でも、国王が病でおかくれになったことは知っているわね」

 

「ああ」

 

「あんたが殺したんだろう」と続けそうになったが、寸手のところで思い留まり、狩人は黙って頷いた。

魔女は暗く淀んだ雲間から見える小さな月を見上げ、掴み取るかのように手を伸ばす。

 

「白雪姫も行方不明。私はこの国で一番になったわ。権力も、美しさも」

 

「……」

 

「もうじき、私の野望に手が届く。全てが終わったら……」

 

魔女は手を降ろし、横目で狩人を見た。

そしてまた空を見上げ、口を開きかけたが、何も言わずに押し黙る。

 

「……全てが終わったら、何だ?」

 

「いいえ、何でもないわ。……もしかしたら、終わりなんてないのかもしれないわね」

 

魔女はその後は何も言わず、来た道を静かに戻っていった。

狩人も踵を返したが、哀れな魔女狩りのことを思い出す。彼の死体を担ぎ上げると、少しよろめきながらもその場を離れていった。

 

 

 

 

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