GRIM WOOD   作:無職のプーさん

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ⅩⅩⅠ 坑道

 

 雪の上に崩れ落ちた魔女の身体を、狩人は呆然と、魂の抜けたような顔で見つめていた。

しかしやがてその目に光が戻り、眉をひそめる。二つに分かれた胴体のどちらからも、血が一滴も流れていなかったからだ。

 

「あれはまさか……」

 

呟くとほぼ同時に、魔女の死体がぐにゃりと歪み、蝿の大群へと姿を変えた。

耳障りな音を立てて舞い上がる蝿たちを見て、『怒りんぼう』は舌を打つ。

 

「道理でおかしな手応えだと思ったぜ。気色悪い魔術を使いやがる」

 

「ねえ、もう帰ろうよ。眠い」

 

鎌を肩に担いだ『寝ぼすけ』が言った。さすがにこの寒さの中で眠りこけるほど馬鹿ではないらしい。

『怒りんぼう』は彼を無視し、森全体に轟くような大声で叫ぶ。

 

「出てこい!! こっちはテメエにぶち込みたくてウズウズしてんだ! なあ、頼むぜ別嬪さん、先っちょだけでいいからよぉ!!」

 

「ねえ、帰ろうよ~」

 

『寝ぼすけ』は彼の上着の袖を掴み、わさわさと揺さぶった。

その様子を黙って見ていた槍の騎士は、チッチッチ、と舌を鳴らす。「やれやれ。まるでなっていませんな」

 

「あぁ?!」

 

『怒りんぼう』は振り返って槍の騎士を睨みつけた。「誰だか知らねえが、けが人は黙って大人しくしてろ! あの女は俺のもんだ!」

 

「女性をものにしたいなら、もっと紳士的でなくては。ぶち込むだの先っちょだけだの、下品極まりない。子どもが聞いていたらどうするのです?」

 

「……」

 

「この私が手本をお見せしましょう」

 

衣服に刺さった氷を丁寧に払ってから、槍の騎士は立ち上がった。『怒りんぼう』に子鹿を預けると、彼らの見守る前で夜空を仰ぎ、両腕を軽やかに広げる。

 

「魔女様、お聞き下さい! 私、貴方のために歌を書きました!」

 

そう言って懐に手を入れ、一枚の羊皮紙を取り出した。さっと目を通して頷くと、無駄に良く響くテノールで高らかに熱唱する。

 

「ラ、ラ、ラアァァァァッ! その菫ぇ色の瞳ィィにはぁぁ~~!!」

 

山の頂に近い場所で何かがキラリと光り、銃の弾にも迫る速度で氷の刃が飛来した。刃は寸分違わず槍の騎士の持った紙を撃ち抜き、真っ二つに引き裂く。

 

「ああ、そんな! 何ということを。せっかく貴女のために徹夜したのに……!」

 

槍の騎士はよろよろと地面に崩れたが、すかさず懐に手を入れ、もう一枚取り出した。「二番もあります!」

 

続けて飛んできた氷刃が、またもや紙を引き裂く。

 

「二発目は山の中腹からだ。移動しながら撃ってやがるな」

 

『怒りんぼう』は『寝ぼすけ』に子鹿を押しつけると、戦斧を両手で握りしめた。

 

「どこへ行くつもりだろうが逃がしゃしねえ。絶対にぶっ殺してやる」

 

「僕たちの家に来るんじゃない? 白雪姫を殺す気かも」

 

『寝ぼすけ』の言葉に、『怒りんぼう』は歯軋りをする。「俺たちを無視してか? 確かにあの速さならそれもできるな。くそったれが」

 

吐き捨てる『怒りんぼう』。

狩人は溜息を吐くと、茂みの影から立ち上がった。

 

「お前ら、こっちへ来い! そこに留まってたらいい的だぞ」

 

背後から突然現れた狩人に、『怒りんぼう』は目を丸くする。『寝ぼすけ』や槍の騎士と共に茂みの後ろに回ったあと、彼に声をかけた。「いたのかい、旦那」

 

「まあな」

 

狩人は一瞬口籠もったが、やがて自嘲気味に笑う。

 

「そいつを置きざりにして隠れてたのさ。子犬みたいに震えてな」

 

「まさか、冗談キツいぜ。あんたに限ってそんな……」

 

そこまで言いかけて、『怒りんぼう』は狩人の顔色がひどく悪いことに気づいた。険しい表情で口を閉じると、狩人の肩にぽんと手を置く。

 

「何があったか知らねえが……旦那。あんたは俺に唯一しゃぶらせた男だ。その事実だけで自信を持っていい」

 

「そうだな」

 

狩人は『怒りんぼう』の手をやんわりと払いのけた。彼は不思議そうな顔をしたが、すぐに思い出したように笑う。

 

「そう言えば他人に触られるのが嫌いだったっけか? 悪い、忘れてたぜ」

 

「別にいい。それより、魔女はおそらくお前らの家に用はないぞ。方角的に、廃坑に向かったように見えた」

 

狩人の言葉に、『怒りんぼう』は眉をひそめた。

「確かにあそこも山の中腹にあるな。よし」

 

『怒りんぼう』は後ろを振り返り、『寝ぼすけ』に指示を出す。「今から廃坑に行って魔女をぶちのめすぞ。ついてこい」

 

「やだ。眠い。帰る」

 

『寝ぼすけ』がリズム良く三拍子で返した。

『怒りんぼう』は額に青筋を浮かべ、彼の胸ぐらを掴んで揺さぶる。

 

「テメエ、いい加減にしろってんだ! さっきからふざけたことばっかり言いやがって!」

 

「ふざけたことは言ってない。帰りたいとは言ってる」

 

「この野郎!」

 

「揺すらないで。子鹿を落としちゃう」

 

ガクガクと揺さぶられながら『寝ぼすけ』が言った。槍の騎士は「まあまあ」と二人の間に割って入る。

 

「私と狩人様がご一緒しましょう。『寝ぼすけ』さんには子鹿ちゃんをお任せしてお家に戻ってもらう。どうです?」

 

さっきよりは落ち着いた様子の『怒りんぼう』だったが、なおも不満げな表情を見せた。

 

「そいつはノロマだが、『先生』に剣の手ほどきを受けてたこともある。根性がなくて途中で逃げたが、いねえよりはマシだ」

 

そこまで言ってから、彼はじろりと槍の騎士を睨む。「あんたこそ戻って手当てした方がいいんじゃないか? 体中血まみれだぞ」

 

「ご心配なく。かすり傷です。服に仕込んでいた煙草のパイプのおかげで、致命傷は免れました」

 

得意げに胸を張った騎士の言葉に、その場にいた全員が首を傾げる。

 

「……何十発も撃たれてたよな。パイプ一本で防げるものか?」

 

狩人が訊ねると、彼はニヤリと笑った。騎士の装束のボタンを外していき、内側を露わにする。

中には様々な大きさや形のパイプが、ぎっしりと縫い留められていた。ほとんどは壊れているが、鉄製の頑丈なものは形を留めている。

 

「お前……馬鹿だろ」

 

狩人が呟くと、槍の騎士はもう一度胸を張った。

「煙草の普及に命を懸けると言いました。騎士はそう易々と己の言葉を曲げぬものです」

 

「煙草ちょうだい」

 

『寝ぼすけ』が手を出すと、槍の騎士はにっこり笑う。「喜んで!」

 

「馬鹿どもには付き合ってられん。俺は一人でも行くぞ」

 

『怒りんぼう』はぷりぷり怒りながら山道を行ってしまう。彼の背中を追いながら、狩人は『寝ぼすけ』に訊ねた。「お前、俺がやったパイプはどうした?」

 

「あれ、煙草が全然入ってなかった。旦那、中身こぼしたでしょ」

 

どこか恨めしげな『寝ぼすけ』の顔を見て、狩人は合点が言ったように頷く。

 

「なるほどな。それで俺を追いかけてきたのか。煙草が吸いたいってだけで。もうお前の名前は『自由』で決定だな」

 

「『寝ぼすけ』の方がいい」

 

彼は間を置かずにそう答えた。

 

 

 

 

 

 彼らが廃坑まで辿り着くのに、そう時間はかからなかった。

入口は崩れていたが、小人たちが通れる程度の隙間は空いている。生暖かく湿った埃っぽい空気が、足元から微かに漏れ出していた。

 

「俺たちは入れるのか?」

 

狩人の問いに、『怒りんぼう』は肩をすくめる。

「見た目より中は広いぜ。少々太めの俺が通れるんだから、スマートな旦那たちなら余裕さ」

 

「横幅はともかく、高さはどうなんだ?」

 

狩人がなおも訊ねると、『怒りんぼう』は肩をすくめる。「せいぜいのっぽに生まれたことを後悔しな。もたもたしてると夜が明けちまうぜ」

 

「俺狭いところ苦手なんだよ……」

 

狩人はぶつくさ文句を言いながら小人たちの後に続く。這うようにして入口を抜けると、『怒りんぼう』の言った通り、中は意外と広かった。

 

天井は高く、木の骨組みは古びて傾いているが、小人たちの手によって板を打ちつけて補強されており、崩落の心配もなさそうに見える。天井にはロープがゆるく張られ、そこから等間隔にぶら下がったランタンが、坑道をほどほどに明るく照らしていた。

 

道の先は緩やかな下り坂となっており、長く直線が続いている。奥はランタンが点いていないのか、先に行くに従って光が届かず、闇がぽっかりと口を開けていた。

 

狩人は鼻をひくつかせ、思わず顔をしかめる。「……死臭がする」

 

「ああ。俺にも分かるぜ」

 

『怒りんぼう』は地面に鼻を近づけて言った。

「俺たち以外にも誰かが魔女を追跡し、返り討ちにあってるってことか」

 

「逆かもしれません」

 

槍の騎士の呟きに、『怒りんぼう』は眉をひそめる。「どういう意味だ?」

 

「つまり、魔女様()追跡しているのではなく、魔女様()追跡しているのでは? 先ほど顔を合わせたとき、彼女の顔が雄弁に語っていました。『お前の相手をしている時間はない』と」

 

「ふむ」

 

「私の歌に耳を傾けてくださらなかったことについても、それなら筋が通ります」

 

「お、おう。そうだな」

 

『怒りんぼう』は適当な相槌を打ってから足を速める。「急ぐぜ。誰かが魔女とやり合ってるなら、加勢に行ってやらなきゃな」

 

「その必要はないわ」

 

坑道に凛とした声が響きわたった。

『怒りんぼう』はぴたりと足を止め、戦斧を握りしめる。「……出やがった」

 

狩人は猟銃を構えつつ耳を澄ませたが、音の出所は掴めなかった。坑道の奥から聞こえてくるように思えるが、確証は持てない。

冷たい風が吹き抜けるのを頬に感じた、その刹那。坑道の奥の深い闇の中で、何かが煌めいた。

 

「ちっ!」

 

『怒りんぼう』は舌を打ち、斧を素早く振りかざす。目視不可の速度で飛翔してきた針のような氷が、分厚い鋼鉄の刃に弾かれた。

物体が音の速さを超え、空気の壁を破った際に生じる鋭い衝撃音が、遅れて彼らの耳に届く。

 

「どうした、そんなもんか? この程度が森の魔女様の全力か! 笑わせるぜ!」

 

衝撃で震えの止まぬ斧を握力で黙らせ、『怒りんぼう』が吼えた。

魔女のクスクスと笑う声が、何処からともなく響きわたる。

 

「強がっちゃって可愛いわね。男の子はみんなそうよ。本当は怖くて仕方がないのに、虚勢を張りたがる」

 

「誰が男の子だ! こっちはテメエより百年は年上だぞ!」

 

「坊やはいくつになっても坊やなのよ。そうやってやかましくがなり立てれば、何でも自分の思い通りになると思っているのでしょう。違うかしら、坊や?」

 

「テメエ……!!」

 

「オホホホホ!」

 

魔女の高笑いが響くなか、『怒りんぼう』はギリギリと歯を鳴らす。

狩人はじっと耳をそばたてていたが、諦めたように首を振った。

 

「駄目だ。やはり位置が掴めん。誰かさんがうるさいせいだぞ」

 

「位置なんて分かりきってるだろ! 魔女はこの先にいる! 銃で狙えないか?」

 

彼の言葉に、狩人は眉間に皺を寄せ、照準越しに前方の闇を見据える。

 

「やけっぱちで撃ってもいいが、まあまず当たらんだろうな」

 

「何故だ? 旦那なら百発百中だろ!」

 

「買い被りだ。姿が見えない標的は狙えないし、そもそも距離がありすぎる。ここからあの暗闇まで数百メートルはあるだろ。この猟銃はそこらのマスケット銃よりかは射程が長いが、それでも限度ってものがある」

 

「くそっ」

 

悔しげに悪態をつく『怒りんぼう』。

 

「……あの女に聞かれたくねえが、さっき防げたのはまぐれだぜ。目で追えないもんを弾き落とす自信はねえ」

 

狩人は彼を見てニヤリと笑う。「言わなきゃバレないものを正直に言っちまうのがお前らの間抜けなとこだ」

 

「悪かったな」

 

『怒りんぼう』は面白くなさそうに返した。

彼らの後ろでぼうっとしていた『寝ぼすけ』が、突然腕を伸ばして狩人の上着を掴む。「ねえねえ、あれ。良いのかな」

 

「あ? 良いって何が……」

 

狩人は振り返り、仰天した。身を屈めて入ってきた抜け穴が、氷の壁に塞がれていたのだ。

 

「ああぁ?! くそ、何だこりゃ! いつの間に……!」

 

氷の壁はよほど分厚いのか、狩人が銃床を叩きつけたくらいではびくともしなかった。

『寝ぼすけ』は首を傾げ、訊ねる。「良かった?」

 

「何も良くねえよ!」

 

怒鳴り散らす狩人の横で、槍の騎士は顎に手を当てた。「我々はまさに袋の鼠。怖ろしいですな。これから一体どんな目に合わされてしまうのか。ウッフフフ……」

 

気色の悪い笑みを溢す槍の騎士。頬を紅潮させ、どんどん息遣いが荒くなっている。

あまりに気持ち悪いので一発殴ろうと拳を握ったが、そんな場合ではないと思い留まった。しかし結局、我慢できずに拳を振るう。

 

「はぁん?!」

 

狩人に殴り飛ばされ、騎士はけっこうな勢いで顔面から岩壁に激突した。

 

「どいてろ旦那。 俺の斧なら、そんな氷……」

 

そう言って駆け寄ってくる『怒りんぼう』を、狩人は慌てて手で制す。「馬鹿、奴に背中を見せるな!」

 

狩人の声が響く前に、再び坑道の奥で何かが煌めいた。無防備な『怒りんぼう』を狙って放たれる、二発の氷の針。

 

完璧な不意打ちに思われたそれらは、ゆるりとしなやかに動く草刈り鎌にいなされる。そして背後の岩壁や金具にぶつかって砕け散り、虹色の塵となって消えた。

 

「油断し過ぎ」

 

少しだけ目元を鋭くした『寝ぼすけ』が囁いた。『怒りんぼう』は彼を睨み返し、地面にぺっと唾を吐く。「根性なしに偉そうにされる筋合いはねえ」

 

「……」

 

『寝ぼすけ』は無言で坑道の先の闇を見つめ、鎌を両手で握りしめる。少ししてから、恨めしそうにぼそりと呟いた。「戦いは嫌いなのに」

 

「戦う必要はない」

 

そう呟き、前に進み出る狩人。

小人たちは驚いて彼の背中を見つめた。

 

「なにやら策がおありのようですな?」

 

『寝ぼすけ』が放り出した子鹿を抱え上げた騎士が訊ねる。狩人は「まあな」と短く返したあと、廃坑中に響くような大声を出した。

 

「魔女! 出てこい! 話がある!!」

 

彼の声が木霊し、坑道の奥に吸い込まれ、そしてしんと静まり返る。

しばらく経ってから、魔女の静かな声が聞こえてきた。「……猟犬。貴方、いたの?」

 

「ああ。最近の俺は存在感が薄くてな」

 

狩人は肩をすくめて言う。「あんたの強さを改めて思い知ったよ。降参するから、出てきてくれないか」

 

「な……!?」

 

あっけらからんとした狩人の言葉に、『怒りんぼう』は口をあんぐり開けた。「旦那……おい、冗談だろ?」

 

「僕も降参」

 

後ろで『寝ぼすけ』も便乗し、両手を上に上げた。魔女の抑えた笑い声が、徐々に大きなものへ変わっていく。

 

「フフ、クククク……オーホッホッホ!! ようやく身に沁みて分かったようね。私の恐ろしさが!」

 

「……」

 

狩人は猟銃を手放すと、両膝をゆっくりと地面についた。「出てきてくれないか」

 

「フフフ、良いでしょう。そこまで殊勝な態度を取られちゃ、応じる他ないわね」

 

彼らの前に青白い霧が渦巻き、その中心に魔女が現れる。誰が見ても明らかなドヤ顔であった。

 

「それで? 出てきてあげたけど、一体何が望み……」

 

そこまで言いかけ、魔女ははっとした。いつの間にか狩人の手に、銀色の拳銃が握られていたからだ。

ブーツの中に隠していたのだろう。膝を折った際に、隙を見て素早く抜けるように。

 

「ビビることはない。ただの確認さ」

 

狩人はそれだけ言うと、躊躇いなく引き金を引く。そして、鈍い銃声が轟いた。

 

 

 

 

 

 




かっこつけてサブタイにローマ数字なんか使うんじゃなかった。かさばる上に面倒くさすぎる。
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