GRIM WOOD   作:無職のプーさん

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ⅩⅩⅡ 信念

 

 「こいつはホイールロック式の拳銃だ」

 

硝煙の燻る銃身を傾け、狩人は抑揚もなくすらすらと述べた。

 

「魔女狩りの死体から拝借した。一時期ローマで流行った代物で、側面の車輪というか、歯車が回転することで火薬に着火する。リボルバーと同じで安定性に欠けるから、マスケットほど広くは普及していない。値も無駄に張るしな」

 

「よくも……よくも!」

 

魔女はわなわなと唇を震わせる。発砲された銀の弾丸は肩をほんの少し掠めただけだが、彼女の顔色はいつにも増して真っ青だった。

 

「そう怒るな。どうせあんたには当てられん」

 

狩人は肩をすくめて言った。

憑き物が落ちたような、あるいは逆に何かに憑かれたような、静かで感情を感じさせない声だ。

 

「この距離ならたとえ目を瞑ってたって当てられる。本来ならな。だが外した。どうあっても、俺にはあんたを殺せんらしい」

 

「私に銃を向けて引き金を引いただけでも大罪よ! 私はこの国の王妃なの! それなのに、よくもこんな……!」

 

「悪かったな。だが、そこまで驚くことでもないだろ。こんなこと予測して然るべきだ。それができなかったのは、あんたが俺のことを……舐めてるからだ」

 

狩人は冷たい笑みを浮かべると、ゆっくりと立ち上がる。「まあ、俺は犬だ。舐められて当然だけどな。だが、それももう終わりだ」

 

膝にぐっと力を込め、前方に飛び出した。素早く魔女の背後に回り込み、羽交い締めにする。

すっかり気が動転していた彼女は、ほとんど反応できなかった。

 

「あ、貴方! この期に及んで何をする気?!」

 

「全てを終わらせる」

 

狩人は魔女の耳元で囁くと、呆然と立ち尽くす『怒りんぼう』を見る。

 

「やれ。俺ごとこいつをぶった斬れ。その無駄にでかい斧ならやれるだろ」

 

「け、けどよ」

 

「早くやれ!!」

 

狩人が声を荒げると、『怒りんぼう』は歯を食いしばり、戦斧を振りかぶった。

だがやがて頭を振ると、震える腕で得物を下げる。

 

「……できねえよ、旦那」

 

「くそが! 普段イキってるくせに、いざとなったらそれかよ! 『イキり雑魚』に改名しろ!」

 

相も変わらず改名させたがる狩人。

次に『寝ぼすけ』に視線を送るが、彼は壁に背中を預けてうたた寝していた。

 

「嘘だろ!? この状況で何やってんだアイツ! いくら何でも自由すぎるだろ!」

 

狩人は目を血走らせて『寝ぼすけ』を睨みつけたが、それで起きるはずもない。

見かねた槍の騎士が、するりと背中から銀の槍を抜いた。「お任せを」

 

「頼む」

 

狩人の言葉に、騎士は短く頷く。

 

「やめなさい! こんな、こんな死に方で満足なの?! 貴方には、これから……!」

 

魔女は狩人を引き剥がそうと暴れるが、彼の膂力はこの土壇場で本領を発揮していた。彼女の人間離れした力に拮抗するばかりか、明らかに上回っている。

彼女が全身の力で振りほどこうとしても、狩人の腕はびくともしなかった。

 

「自慢の怪力が形無しだな。魔力を使い過ぎて燃料不足か? ざまあみやがれ」

 

狩人はもう一度魔女の耳元に口を近づけ、静かに囁く。「これでようやく、あんたの犬も卒業だな」

 

「……くっ!」

 

魔女はきっと歯を食いしばると、眉をひそめて魔力を集中させた。青白い霧が彼らの周囲を渦巻き、氷の刃が出現する。

 

「離れなさい! 腕を切り落とすわよ!」

 

「やってみろ。たとえ首を落とされても離さない」

 

魔女は泣きそうな顔で狩人を見上げた。「死んだら……そこでお終いなのよ?」

 

「話聞いてたか? 終わりにするって言ったろ」

 

狩人は冷たい目で彼女を見下ろす。「地獄で会おうぜ」

 

「っ」

 

魔女は口を開くが、出てきた言葉は掠れて聞き取れなかった。

槍の騎士は黙って二人の様子を見ていたが、おもむろに槍を構え、一直線に突く。

 

「ぐうっ!?」

 

狩人はくぐもった悲鳴を上げる。

突き出されたのは槍の穂先ではなく、石突だった。その上魔女には当たらず、狩人の眉間を強く打ったのだ。

彼は思わず魔女から手を離し、尻もちをついてしまう。

 

「て、テメエ……何してくれてんだ! せっかくのチャンスを!」

 

「お許しを。つい手が滑ってしまいました」

 

槍の騎士は悪びれる風もなくそう言った。

魔女は青白い火花とともに姿を消し、槍も斧も届かぬ位置に現れる。掠れた息を吐き出して呼吸を整えたあと、狩人たちを睨みつけた。

 

「……情けをかけようとした私が愚かだったわ。我が慈悲を無碍にした無礼者には、残酷な死を与える!」

 

「お待ちなさい!」

 

槍の騎士は片手を前に突き出し、鋭い声を上げる。

魔女は舌を打ち、攻撃の手を止めた。「何よ! 貴方の茶番に付き合うのはうんざりなんだけど?」

 

「茶番などではありません」

 

槍の騎士は懐に手を入れ、一枚の羊皮紙を取り出す。「貴女の美しさを讃える渾身の詩です!!」

 

彼女の頭のすぐ横で形作られた薄氷が、鋭い軌跡を描いて羊皮紙を引き裂く。

 

「ああっ、そんな馬鹿な!」

 

「馬鹿は貴方でしょ?!」

 

魔女が片手を掲げ、次の氷刃を生み出そうとしたときだった。ドン、と鈍い衝撃音が、彼らの耳に届く。

 

「……何だ?」

 

「後ろからだ」

 

『怒りんぼう』は首を傾げたが、狩人は警戒して振り返った。ドン、ドン、と何かを叩くような音が連続して響き、天井からぱらぱらと砂が落ちる。

 

狩人は眉をひそめ、呟いた。「氷が……」

 

廃坑の出入り口を塞いでいた分厚い氷に、鋭い亀裂が走っている。透明な壁の向こうにうっすらと見える黒い影が、その色を濃く、強く映した。

 

「まずい!」

 

狩人は槍の騎士とともに、横の岩壁にぴたりと張り付く。

轟音とともに氷が砕け、坑道の中に『獣』たちが雪崩れ込んできた。

彼らはそれぞれ姿に微妙な差異こそあれ、大雑把に人の形をしていた。元々は衣服であったらしい黒いぼろ切れを纏い、剥き出しの牙は鋭く、爪はサーベルのように長く強靱に見える。

 

「……!」

 

『怒りんぼう』は驚いて戦斧を向けるが、『獣』たちは彼の横を過ぎ、魔女のみに襲いかかった。その金色の目は飢えの狂気に淀んでいたが、初めから彼女の姿しか映していなかったのだ。

 

「相手にするな! この数は手に追えん!」

 

狩人は訳も分からぬままの小人たちを抜け穴から外に押し出す。もたつく槍の騎士も乱暴に蹴り出し、最後に一度だけ魔女の方を振り返ると、自分も穴を潜って脱出した。

彼女の姿は重なった『獣』たちの身体に隠れ、すでに見えなくなっていた。

 

 

 

 

 

「何なんだ、さっきの獣どもは。 旦那が呼んだわけじゃねえよな?」

 

『怒りんぼう』がこう言うと、狩人は片方の眉を上げた。「俺が魔法使いに見えるか? あんな連中、魔女にだって操れん」

 

「だがあいつらは目の前にいた俺を無視したぞ! おかしいだろ? 奴らはいつだって腹を空かせてる。小人の肉は口に合わないってか?」

 

「きっと好き嫌いがあるんだろ。筋肉達磨は食えるところが少ないしな」

 

「誰が筋肉達磨だこの野郎」

 

「考えるだけ無駄だ。『まざり』の行動なんて予測できるもんか。夜の街中に突然現れることだってあるくらいだしな」

 

狩人は冷静にそこまで言ってから、思い出したように眉間に皺を寄せる。「そんなことより……テメエ、クソ髭野郎」

 

「何か?」

 

装束の襟を呑気に正す槍の騎士に、狩人はずんずん近づいていった。猟銃を乱暴に構え、彼の眉間につきつける。

 

「よくも邪魔してくれたな。納得のいく説明をしてみろよ。できなけりゃ、お前は死ぬ」

 

狩人の冷酷な言葉に、槍の騎士は苦笑した。

「手が滑ってしまったと申し上げたはずですが」

 

「そうか? それなら俺も手を滑らせて構わないよな?」

 

ゴリッと音を立て、銃口が騎士の眉間に押し当てられた。

槍の騎士はフフンと鼻を鳴らし、大げさに肩をすくめる。

 

「私は演技の指導をしたまでです。少々乱暴でしたが……まあ、目には目を、というやつですよ」

 

「なるほどな。じゃあこっちも目で勘弁してやる」

 

銃口が眉間からずれ、眼球にめり込んだ。

槍の騎士は「あっ……♡」と短い嬌声を上げる。

 

「旦那。気持ちは分かるが、そんなことしてる場合じゃないぜ」

 

『怒りんぼう』が止めに入ると、狩人はしぶしぶ猟銃を下げた。「そうだな。魔女か獣か。どっちが勝つかは分からんが、ここにいると巻き添えを食うかもしれん」

 

「帰ろうよ」

 

子鹿を抱えた『寝ぼすけ』の言葉に、狩人は疲れた顔で頷く。「そうだな。いったん帰るか。なんかもう、いろいろと面倒になった」

 

 

 

 

 

 山道を下り、高台まで降りてきたとき、先頭を歩いていた狩人は前方の光景に目を細める。

 

「俺の記憶違いか? この辺りには魔女狩りどもの死体がとっ散らばってたはずだが」

 

「なくなっていますか? それは奇妙ですな」

 

槍の騎士は首を傾げ、少し考えてから言った。

「他の動物に食べられてしまったのでは? たとえば、さっきの獣とか」

 

「まあ、そんなところだろうな」

 

狩人は適当に頷く。自分で言い出しておいてなんだが、どうでも良いことであった。

 

「あっ」

 

『寝ぼすけ』が小さく声を上げ、狩人を抜いて前へ走り出る。月明かりの下に浮かび上がる眼下の景色に目を見張り、呟くように言った。「ちょっと不味いかも」

 

「何の話だ」

 

そう訊ねながらも、狩人は嫌な予感がしていた。

彼が見ている方向には、小人たちの家があるからだ。

崖っぷちに立つ『寝ぼすけ』の隣に並び、狩人も目をこらす。

 

「……くそったれ」

 

彼は小さく悪態をついた。遠目に見える小人たちの家が、ゆらゆらと蠢く人影に囲まれていたのだ。

 

「ありゃ何だ?!」

 

「死人の群れだ」

 

声を荒げる『怒りんぼう』に、狩人は冷静に返した。

 

「連中は普通、その辺をうろうろしているだけだ。民家を……ましてや、かわいい小人さんのお家を取り囲んだりなんてしない」

 

「魔女が操ってるってことか?!」

 

「何らかの命令を受けてる可能性は高いな」

 

あくまで冷静に返す狩人に、『怒りんぼう』はぎりっと歯を鳴らす。

 

「俺はあんたほど落ち着いてられねえぜ、旦那。あの家と仲間に手を出す奴らは許せねえ。どこの誰だろうとな!」

 

転がるような勢いで山道を駆け下りていく『怒りんぼう』。

彼の背中を追いながら、狩人はぼそりと呟いた。「どうにもやる気が出ない。何でだろうな」

 

「自分に嘘をついているからですよ」

 

彼の自問に、並走する槍の騎士が答える。

狩人はフンと鼻を鳴らし、騎士を睨みつけた。

 

「可能な限り自分に正直に行動したつもりだぜ。おたくのアドバイスを真に受けてな。その結果があの仕打ちだ。逆に聞くが、テメエは一体何がしたいんだ?」

 

「私は魔女様をからかって遊びたい」

 

「は?」

 

狩人が怪訝な顔を見せると、槍の騎士はコホンと咳払いをする。「失礼、今のは冗談です」

 

「限りなく本音に聞こえたが?」

 

「私は私自身が定める『敵』と戦っているに過ぎません。そのために命をかける。おざなりですが、それが軍人であり、騎士の称号を持つ者としての務めです」

 

「テメエはただの変態だろ」

 

「フフフ……」

 

槍の騎士は肯定とも否定とも取れない笑い方をする。

 

「そう言う貴方も、何やら拙い衝動に身を任せているようですな。建前こそご立派ですが、一皮剥けば、駄々をこねてわめいているだけの子どもが顔を出す。今の貴方はまさにそれだ」

 

狩人の暗い瞳の奥に、凶暴な光がちらついた。

 

「……素晴らしいな。今のは分かりやすかったぜ。喧嘩を売られてるってはっきり理解できた。だが、らしくないな。回りくどい言い回しはやめたのか?」

 

「実のところ私も、婉曲な言葉遣いは苦手なもので」

 

槍の騎士は懐に手をやり、何かを投げてよこす。

狩人が掴み取り、手を広げると、そこには黒い蝋燭があった。火の勢いは弱く、夜の闇の中で頼りない光を洩らしている。

 

「何度も捨てた記憶があるが、そのたびに戻ってくるな。気色悪いクソ髭野郎のおかげで」

 

「大切なのは、信念を持つことです」

 

騎士は狩人の目を真っ直ぐに見る。

 

「何を守るべきで、何が敵かを決めるのは利害ではない。信念です。それが無い者は、己が何者であるかを定めることができない。そうなれば他者の言葉をオウムのように繰り返す、哀れな愚者と成り果てるでしょう。お恥ずかしい話ですが、我が国の政治の中枢には、そういった人間がごまんといます」

 

「そいつはご愁傷様だな」

 

狩人は黒い蝋燭を手の平の上で転がした。

「そのご大層な信念とやらで飯が食えるなら大したもんだ」

 

「生活ではなく、生き方の問題ですよ。信念で他者を一人でも救えるのなら、それは私自身が生きていく上での糧であり、慰めになる」

 

言いながら、槍の騎士は後ろを振り返り、『寝ぼすけ』が抱っこしている子鹿を見る。

 

「……取りこぼしてしまうことも多いですがね。だからこそ、貴方には後悔してほしくない」

 

「ああ、そうかい」

 

狩人は適当に相槌を打ち、蝋燭を懐にしまう。

 

「それでいい。貴方が持っていなさい。……今度こそ、大切なものを思い出せるように」

 

槍の騎士は呟き、満足げに頷いた。

 

 

 

 

 

 

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