GRIM WOOD   作:無職のプーさん

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ⅩⅩⅩⅢ 潜入

 

 王子との合流からほどなくして、狩人たちは魔女の隠れ家の入り口に辿り着いていた。

 

分厚い鉄の扉が、地表から顔を出した大岩の真ん中にポツンと取り付けられている。

何らかの魔術によるものか、あるいは手入れがされているのか。鉄の扉は古びているものの錆一つなかった。

 

「……何だこいつらは」

 

狩人が呟き、地面に倒れた死体を足で小突く。

片手でぎりぎり数え切れない程度の数が大岩の周囲に転がっていた。

その肌は精気のない灰色で、のっぺりとした光沢がある。身につけた鎖帷子は黒く錆びついていた。

 

「何だって、そりゃあこの顔色は死人だろ」

 

『怒りんぼう』が死体を斧の先でつつきながら答える。狩人は彼を一瞥し「見れば分かる」と溜め息交じりに返した。

 

「そうじゃなくて、どうしてこんなところにとっ散らかってるのかって話をしてるんだ」

 

「おそらく魔女の仕業でしょう」

 

おっかなびっくり近づいてきた王子が口を挟んだ。死体の一つの傍で屈むと、胸の真ん中に空いた丸い穴を指差す。

その穴からは鼻につく焦げた臭いと、細くたなびく煙が洩れていた。「見てください。銀の槍で突いた跡です」

 

「どういうことだ?」

 

「彼らは魔女の手によって作られた『死人返り』の兵士です。ここで待ち伏せていたところを、ローリー卿に討ち取られたのでしょう」

 

「あの髭野郎に先を越されたってわけか」

 

彼の無事を喜ぶわけでもなく、忌々しげに顔をしかめる狩人。そのとき周辺の木々を調べていた『おとぼけ』が、突然高い声を上げた。「見て! あったよ!」

 

「見つけたとよ」

 

『怒りんぼう』は狩人と王子の肩を軽く叩いてから彼の元に向かう。『おとぼけ』が指差していたのは、木の幹に刻まれた『照れ屋』からの伝言だった。

 

「『周辺の掃除はしておいた。先に行く』だって」

 

記号に似た形の文字を読み上げたあと、『おとぼけ』は振り返って嬉しそうに笑う。「『照れ屋』も無事だね」

 

「二人は一緒に行動してるんですね。良かった」

 

にっこり笑い返す王子。その横で、『怒りんぼう』は訝しげな顔をしていた。「妙だな。『照れ屋』は恥ずかしがりだぞ?誰かと一緒に行動するなんて……」

 

「そりゃ単純な理屈だ」

 

遅れてやって来た狩人に、『怒りんぼう』は振り返る。「どういう意味だ?」

 

「あの髭は特別ってことさ。あいつは存在そのものが恥みたいなもんだろ」

 

「いや、それは、ええ? ううむ……」

 

考えこむ『怒りんぼう』。狩人の強い侮蔑の言葉に、王子は微かに目元を歪めただけで否定はしなかった。「急ぎましょう。白雪姫が僕たちを待っています」

 

「待って!」

 

王子の声を遮るように、『おとぼけ』が声を上げる。「『照れ屋』の伝言の下に、別の人が書いた文字がある!」

 

「読んでみろ」

 

「えーと……」

 

狩人が命じると、彼は微妙な間を空けてから言った。「『魔女様の魅惑的な唇はこの私が頂く』だって」

 

「……」

 

その場にいる者たちは皆、気まずい表情で互いに視線を交わし合う。

 

「言ったろ。恥だって」

 

「……そうですね」

 

王子がとうとう頷いて認めた。

 

 

 

 

 

 扉を潜った先には階段があり、降りた先にはまた鉄の扉があった。入り口のものよりさらに分厚く重々しい代物だが、力自慢の『怒りんぼう』を手こずらせるほどではなかった。

 

中に入ると、『おとぼけ』は魔法の罠を警戒し、地面に這いつくばるようにして痕跡を探す。

だがそれほど間を置かずに、不思議そうな顔をして立ち上がった。「罠がなくなってるよ。悪霊の気配もしない」

 

「何だそりゃ。拍子抜けだぜ」

 

フンと鼻を鳴らす『怒りんぼう』。対して狩人は眉をひそめ、長い回廊の闇を睨みつけた。「いや、少なくとも悪霊はまだいる。油断するな」

 

「僕が先行します」

 

王子が勇み足で前に出る。その小さな肩に、狩人は手を置いて引き留めた。「下がってろ。俺が行く」

 

「でも……」

 

「何かあったら迷わず俺ごと突け。その剣でな」

 

王子の手にある細剣を顎で示す狩人。王子はきょとんとしていたが、やがて小首を傾げて微笑んだ。

 

「僕を見くびってもらっては困りますよ。貴方を避けて悪霊を攻撃するなんて造作もありません」

 

「よし」

 

狩人も不敵に笑うと向きを変え、回廊の闇へと躊躇いなく足を踏み入れる。

しかしそれほど進まぬうちに、奇妙なことが起きた。その身体が突然、足元から掬い上げられるように宙に浮いたのだ。

 

「どわあぁぁ?!」

 

「!」

 

狩人の悲鳴に王子は素早く反応するが、動揺して足を止める。狩人の身体は宙に浮かんでは落ち、床に激突する寸前でまたふわりと浮かび、再び落ちてを繰り返していた。

まるで何かの冗談のような、気の抜ける光景である。

 

「か、狩人さん、何をなさってるんです?」

 

「俺が何かしてるように見えるのか?! 悪霊の仕業だ! 早いとこなんとかしろ!」

 

手足をばたつかせながらわめく狩人。

躊躇う王子の後ろから『怒りんぼう』が飛び出し、雄叫びとともに戦斧を振り回す。「うおおぉっ!!」

 

彼の気迫に恐れをなしたのか、悪霊は逃げてしまったらしい。狩人の動きはぴたりと止まり、尻から床の上に落ちる。

 

「だ、大丈夫ですか?」

 

駆け寄る王子に、狩人はギロリとした視線を向けた。思わずたじろぐと、彼は凍りつくような冷たい声で言う。

 

「……お前、言ってることとやってることが違くないか」

 

「ご、ごめんなさい」

 

「さっきなんかかっこいいこと言ってたよな? 俺を避けて悪霊を仕留めるなんて造作もないとか何とか……言ってたよなぁ??」

 

「す、す、すいません……」

 

縮こまる王子に、ずんずん距離を詰めていく狩人。しかしそれほど歩かぬうちに、再びその長身が宙に浮いた。「おおぉぉぉ!?」

 

「?!!」

 

王子はただ息を呑み、目の前の光景にたじろぐ。

悪霊は彼の身体を宙に持ち上げては落とし、床にぶつかる瞬間にまた宙へと持ち上げる。それはまるで、小さな子どもをあやすかのような動きであった。

 

「くそったれ! またかよ!」

 

「どうして狩人さんばっかりいじめられるの?!」

 

「知るか! さっさと撃て!」

 

焦りながら言葉を交わす小人たち。『おとぼけ』は目を凝らして悪霊の影を捉えると、素早く正確な一矢を放つ。

悪霊は音もなく退き、狩人はまたもや床に尻を打ちつける羽目になった。

 

「なんだってんだ畜生……」

 

ぼやく狩人を背にかばい、王子は周囲を警戒し敵の接近を察知しようとするが、ただの人間に霊の視認は難しい。

狩人は王子を押しのけ、銃を暗闇の先へと向ける。「舐めやがって。次出てきたら俺の手で殺してやる」

 

彼の放つギラギラとした殺気に怯んだのか。悪霊が再び近づいてくる様子はなかった。

 

「どうやら店じまいらしいぜ。残念だったな旦那」

 

「フン」

 

狩人は鼻を鳴らすと、猟銃を乱暴気味に肩に担いだ。

 

「今の、攻撃だったのかな」

 

どこか遠慮がちに呟く『おとぼけ』に、狩人はもちろん『怒りんぼう』までもが厳しい視線を向ける。

 

「攻撃じゃなけりゃ何だってんだ? 旦那の尻を痛めつける意図がなけりゃあんなことはしねえだろ」

 

「だ、だよね」

 

俯いてしょぼくれる『おとぼけ』の隣で、王子は眼前に長く続く闇にしばらく目を向けていた。

おそらく彼の推測は正しいのだろう。腰の剣に手をかけてこそいたが、もはや抜く気にはなれない。

 

「……先に進みましょう」

 

それだけ言うと、彼は壁に掛けられた松明を手に取り、仲間たちの先頭を歩き出す。

 

「俺の尻よりお姫様の方が大事ってか。泣かせる話だぜ」

 

後ろでぶつくさ文句を言う狩人を、王子は珍しく相手にしなかった。

狩人さんがどれほど多くの愛を受けていたのか、本人に教えてあげられたら良いのに。

内心でそう思ったが、それが無理なことはよく分かっていた。これから戦う相手は他でもない、彼を一番に愛してくれた人なのだから。

 

 

 

 

 

 暗がりで蠢く悪霊たちの動きを警戒しつつ、冷たく湿った地下道を進む狩人たち。王子の手にある松明の火の揺らぎが、行く先々の影を奇妙な形に踊らせた。

 

『おとぼけ』はおっかなびっくり弓を構えながら歩き、微かな物音にもいちいちビクついている。

他の者たちも最初こそ似たような調子だったが、悪霊たちが襲ってくる気配がなく、また待ち伏せする敵兵の姿もほとんどなかった(槍の騎士が仕留めた死人の兵士ならときどき倒れていた)ため、次第に武器に手をかけることすらなくなってしまった。

 

「そういちいちビビるんじゃねえよ、『おとぼけ』。神経が磨り減っちまうぞ」

 

「で、でも……」

 

『怒りんぼう』が声をかけても、彼はなかなか弓を下ろそうとしなかった。反対に狩人はどこかぼんやりとした、物憂げな表情で足を動かしている。

 

「大丈夫ですか?」

 

傍に寄ってきた王子に声をかけられ、狩人は少しだけ目元を鋭くした。「俺の尻のことなら問題ない。絶好調だぜ」

 

「いえ、お尻の話じゃなくて……」

 

彼が言葉を濁すと、狩人はすっと目を細め、王子に視線を流す。「お前、『鏡』のヤツに何か吹き込まれたろ」

 

「えっ」

 

ドキッと自分の心臓が跳ねる音を王子は聞いた気がした。言葉よりも多くのものを彼の表情は語っていたのだろう。

狩人は呆れたように鼻を鳴らす。「図星か」

 

「あ、ええっと」

 

「よく言われるだろお前。分かりやすいヤツだって」

 

「いえ、そこまでは……」

 

「じゃあ俺が言ってやるよ。分かりやすいヤツだお前は」

 

表情を隠すように帽子のつばを指で傾ける狩人。

 

「何を聞いたか知らんが、踊らされるな。小人どもの村で起きたことを忘れたか? あのこうもり野郎は魔女に力を貸すばかりか、お前を殺せとかぬかしてたんだよ」

 

「わ、分かってます」

 

「本当か? ならいいが」

 

彼はわざとらしく片方の眉を上げると、歩調を速めて王子を追い越していった。いつの間にか前方には、地上へ続くと思われる短い階段が見えている。

 

「俺が先に行く。ここからは本格的に敵の本陣だからな。気を引き締めろ」

 

「だとよ。またビビり散らしていいぜ」

 

「……」

 

『怒りんぼう』の言葉に、何とも言えない表情をする『おとぼけ』。狩人は階段を音もなく登っていき、閂の掛かった扉の前で立ち止まる。

銃を片手で脇に抱え、空いた手で閂をゆっくりと外し、扉を僅かに押し開けた。

室内のやや暖かい、乾いた空気が流れ込んでくると、狩人の肩がピクリと揺れる。「白雪姫が近くにいるな」

 

「本当ですか!」

 

王子は思わず大きな声を出してしまった。振り返った狩人に睨まれると、申し訳なさそうに身体を縮める。

 

「一瞬だが、あいつの匂いが風に乗ってきた。思ってた通り無事なようだな」

 

「見張りもいるんだろ?」

 

『怒りんぼう』の問いに、狩人は眉をひそめた。「いるにはいるが、そんなに多くはなさそうだ」

 

「そりゃ妙だな。敵さんはこっちがお姫様を奪い返しに来ることくらい知ってるはずだろ」

 

「フン、確かに」

 

鼻を鳴らし、どこか懐かしげに苦笑する狩人。「そういやあの女は友達が少なかったな」

 

「何の話だ?」

 

「何でもない。俺が合図をしたら後に続け。音を立てるなよ」

 

狩人は銃を両手で持つと、足で扉を静かに押し開ける。そのときだった。

 

「へぇ、へぇ……へえっくしゅん!!」

 

今の今まで沈黙していた『くしゃみ』が、一際大きな音を響かせた。仲間たちを風圧で吹き飛ばすことこそなかったが、彼のくしゃみは地下全体に響きわたるようだった。

当然、扉の向こう側にも聞こえてしまっただろう。

 

「くしゃみ止めの薬効が切れたな。もうそんな時間か」

 

どこか他人事のように呟く『怒りんぼう』。

狩人はわなわなと背中を震わせたあと、勢い良く振り返った。

 

「ここしばらく影が薄いと思ってたら、えげつないタイミングでキャラ出してきたなぁ。えぇ?『くしゃみ』さんよぉ」

 

「えっへん」

 

「褒めてねえんだよこの馬鹿!」

 

『くしゃみ』と彼に詰め寄る狩人の間に、『怒りんぼう』が慌てて割って入る。

 

「旦那、落ち着いてくれ。わざとじゃねえ。そういう体質なんだ」

 

「今えっへんって言っただろコイツ!」

 

「勘弁してやってくれ」

 

「前から言おうと思ってたが、テメエは身内に甘過ぎなんだよ! 『えっへん』に改名させろそいつ!」

 

『怒りんぼう』に羽交い締めにされながらも暴れる狩人。

王子は呆気に取られて彼らを見ていたが、ふと我に帰ると、扉の側に近づいて耳をそばたてた。敵兵たちが襲ってくるなら、鎧の鳴る音や足音が聞こえてくるはずである。

 

「……向こうは静かだね」

 

すでに王子より先に扉に張り付いていた『おとぼけ』が呟く。

彼の言うとおり、扉の先からは何の物音もしなかった。ただ隙間から洩れる風が、笛の音のように彼らの耳をくすぐっている。

 

「気づかれていないみたいです。今のうちに行きましょう」

 

王子が顔を上げて言うと、狩人は顔をしかめた。「今の馬鹿でかい音で気づかないヤツなんているのか?」

 

「そうですね。罠かもしれません」

 

王子は首を傾げてそう返す。「でも、ここで揉めていても埒があきません。僕が様子を見てきましょうか?」

 

「いや、俺が行く」

 

再び表情を引き締めた狩人が、王子の横をすり抜けていった。扉に手をかけてゆっくり開けると、音もなくその向こうに姿を消す。

 

「あんたも旦那の扱いが上手くなったな」

 

「えへへ」

 

感心した顔の『怒りんぼう』に、王子は嬉しそうに微笑んでみせた。

 

 

 

 

 

 扉を抜けた先は、城内の地下牢へと続いていた。長い廊下を挟んで無数の独房が鏡合わせに並んでおり、空気は肌寒いが、先ほどまでいた地下通路に比べればマシであった。上階から降りてくる熱がこもっているせいだろう。

 

地下への出入り口は一見して壁の一部に見える仕掛け扉によって隠されていたが、それほど凝った造りではないため、偶然これを見つけてしまう者もいたかもしれない。

 

狩人の後に続いて階段を上ってきた王子は、周囲の様子にはっと目を瞠る。「ここは……!」

 

「なんだ。まさかブチ込まれたことがあるとか言わないよな」

 

狩人の冗談に彼は応じなかった。迷い無く廊下に飛び出すと、素早く左右に視線を走らせる。

 

「おい待て、先走るな!」

 

狩人の警告も耳に入れずに、王子は脇目も振らずに駆け去ってしまう。

何処へ向かったのかと首を動かすが、狩人の立つ位置からは見えない死角に姿を消していた。

 

「どいつもこいつも勝手なマネばかりしやがる」

 

怒りを通り越し、呆れることしかできない狩人。

小人たちと共に後を追うが、彼はそう遠くへは行っていなかった。月明かりが斜めに差し込む独房の前で呆然と立ち尽くしている。

 

「白雪姫がいません。ここに捕まっていたはずなのに……!」

 

「そいつは残念だったな」

 

振り返った王子の言葉に、狩人は肩をすくめる。「お留守だってんなら仕方ない。諦めて帰るか?」

 

「狩人さん!」

 

「冗談だって。キレるなよ」

 

顔を赤くして詰め寄ってくる王子を、半ば笑いながら手で制す狩人。王子はしかめ面で頬を膨らませ、プイッと顔を背けた。

 

「だからキレるなって。分かってる。あいつがここにいるって話を『鏡』から聞いたんだろ?」

 

「……はい」

 

「なるほどな」

 

彼は頷くと身を屈めて鉄格子の扉をくぐり、白雪姫が囚われていた檻の中に踏み入った。奥に雑然と積まれた藁束の山に目をつけると、早足に歩み寄る。

 

「ここにいたのは確かだ。少なくとも、ついさっきまではな」

 

藁の一つを指でつまみ、鼻先に持っていく狩人。しかしすぐに顔をしかめ、床に放り捨ててしまう。

 

「小便臭いぞ。あのガキ、まさか漏らしたのか?」

 

「お姫様じゃなくて、たぶん子鹿のじゃないかな。一緒に連れていかれてたはずだから」

 

藁の山に顔を近づけた『おとぼけ』の指摘に、狩人は「なんだつまらん」と呟いた。

 

「何処かに移動させられたってことか?」

 

「そうなるな。それにしたって、見張りの兵を一人も残してないってのは妙だが……」

 

『怒りんぼう』の問いに答えつつ、彼は難しげな顔で顎に手をやった。

そのとき『おとぼけ』が唐突に「見張りの兵隊さんならそこにいるよ」と口を挟む。

 

「何だと? 何処だ!」

 

彼の指さす先に素早く銃を向ける狩人。そこにいたのは手足を縛られ、猿ぐつわまで噛まされて床に転がる数人の兵士たちだった。

時おりうめき声を上げるが、意識があるようには見えない。

 

「……無力化されてるな」

 

「うん。『照れ屋』がやったんだと思う」

 

「だろうな」

 

狩人は神妙な顔で頷くが、やがて口元に鋭い笑みを浮かべた。その表情のあからさまな変化に気づいた王子が、彼の上着の袖を掴む。「まさか彼らを拷問する気ですか?」

 

「人聞きの悪いことを言うな。軽く質問するだけさ」

 

「いけません! 僕たちは敵陣の只中にいるんですよ?」

 

「拷問なんてどこでも出来るんだよ」

 

「やっぱり拷問じゃないですか!」

 

「やかましいぞ。なら訊くが、他に代案でもあるのか?」

 

「それは、えっと……」

 

王子は口ごもり、苦し紛れに周囲を見渡す。そして偶然、視界の端にあるものを捉えた。「あれは何でしょう?」

 

「なに?」

 

王子の視線を目で追った狩人は、溝のように細い窓の縁に止まった、青い小さな影を見つける。

目を凝らしてよく見ると、それは可愛らしい小鳥だった。闇の中では眩い月明かりを背に受け、綺麗な青い毛並みを輝かせている。

 

「知ってるよ、この子! お姫様の友達だ!」

 

『おとぼけ』が明るい表情で言うが、狩人は胡乱げに眉をひそめた。

 

「まさかその小鳥ちゃんに白雪姫の居場所を訊いてみるって言うんじゃないだろうな?」

 

「そのつもりだけど……」

 

きょとんとした顔で返す『おとぼけ』に、狩人は思わず吹き出してしまう。

 

「冗談だろ? 自分のガキが死んだことすら三歩進めば忘れる、脳みそすっからかんの畜生だぞ? そんな貴重な情報持ってるわけないだろ」

 

彼の言葉に、『おとぼけ』は悲しそうな顔をした。

しかし横にいた『怒りんぼう』に「気にすんな。やってみろ」と背中を押され、青い小鳥に近づく。

彼が何やら聞き慣れない言語で二、三囁くと、小鳥は高らかに一声鳴き、窓から颯爽と飛び去っていった。

 

「知ってるみたいだよ! 案内するから、外で待っててくれるって!」

 

小人の弾んだ声に、狩人は何とも言えない表情のまま固まっていた。

『怒りんぼう』は彼の顔を横から面白そうに見上げ、余計なことを口走ってしまう。「下手すりゃ旦那より賢いかもな?」

 

「なんだぁ? テメエ……」

 

割と本気でキレ始める狩人。

拳を握りしめて迫る彼に、『怒りんぼう』は慌てて弁解する。

 

「ご、誤解だぜ旦那。今のは言葉のアヤってヤツだ」

 

「どんなアヤだか言ってみろよ、おぉん??」

 

「ほ、ほら、その場の勢いで心にもないこと言っちまうのは俺の悪いクセなんだ」

 

「どんなアヤだか言ってみろってんだよぉ!」

 

「フフッ、旦那、落ち着けって。へへ」

 

「何ちょっと笑ってんだテメエこの野郎!!」

 

ついつい笑ってしまう『怒りんぼう』に狩人が掴みかかる。しかしとうとう痺れを切らした王子が、二人を厳しく叱責した。

 

「お二人とも、そんなことしてる場合なんですか!?」

 

「いや、場合じゃないな。スマン」

 

「まったく……」

 

予想外の剣幕にスンッと真顔に戻る彼らに、王子は頬を膨らませたまま訊ねる。「上の階にはどうやって行くかご存知ですか?」

 

「どうやってって、そりゃあ階段だろ。なあ?」

 

「おう」

 

顔を見合わせて答える二人。王子は少し考えた後、別の質問をする。「では、ここから外にはどうやって出るんですか?」

 

「どうやってって、そりゃあここは地下だから階段だろ。なあ?」

 

「おう」

 

またもや顔を見合わせて答える二人。

王子は静かに俯き、しかし次の瞬間には、鋭い殺気とともに剣に手をかける。

 

「二人ともそれ以上ふざけてたら斬りますよ?!」

 

「ふ、ふざけてねえよ! 俺たちは真面目に答えてるって!」

 

「白雪姫を心配してるのは僕だけですか!? さっきから全然緊張感がないじゃないですか!!」

 

「だからキレんなって言ってるだろ! さっさとそいつから手を放せ!」

 

それから数分ほどわちゃわちゃしていた彼らであったが、「静かにしないと敵に見つかっちゃうよ」とすごく悲しそうな顔の『おとぼけ』に咎められ、ようやく静かになった。

 

「城の中庭です」

 

平静を取り戻した王子が、先ほどと比べれば落ち着いた声で言う。

 

「そこの窓の外は、この城の中庭に通じています。さっきの小鳥と合流するなら、僕たちはそこへ向かわねばなりません」

 

「そういうことか。なら初めからそういう風に訊けよな」

 

ぶつくさ文句を言いつつも狩人は考え込み、それほど間を置かずに答えた。

 

「さっきも言ったが、とにかくまず階段だ。上階に上がったら城の大広間を目指す。中庭に通じる渡り廊下が近くにあったはずだ」

 

「噴水に面した場所ですね」

 

「その通り」

 

狩人は相槌を打つが、やがて訝しげに眉を寄せる。「それも『鏡』の入れ知恵か?」

 

「はい」

 

「そうか」

 

狩人は眉をひそめたままだが、それ以上何も追求しなかった。不安になったのは『おとぼけ』で、彼は二人の顔を交互に見つめてから呟いた。

 

「罠だったりしないかな。王子様にくれた情報も、さっきの小鳥さんも、何もかも」

 

「考えすぎだ」

 

「そうかな……」

 

狩人に諭されても、彼はなお不安そうなままである。

見かねた王子が何か言おうとするが、狩人が口を開く方が早かった。

 

「あいつはこうもり野郎だが、そのこうもり野郎って点だけは一貫してる。おまけに話す情報に嘘はない。信用していいはずだ」

 

「でも、さっきの森では僕たちに幻を見せて……」

 

「それはそれ、これはこれだろ。気にしててもしょうがない」

 

そこまで言ってから、狩人は不敵に笑ってつけ加える。

 

「そもそも俺たちの動きは奴らに筒抜けだし、人質を取って招いてる時点ですでに罠なんだよ。今さらビビることなんて何もない」

 

「そうかな……そうかも」

 

『おとぼけ』は納得したようなしていないような顔で頷いた。

 

「よし、じゃあまずは上に行く階段を探して……」

 

そこまで言いかけた狩人であったが、不意に口を閉じ、用心深く目を細める。「今のは聞こえたか?」

 

「ええ、微かに」

 

王子は緊張した面持ちで剣の柄を握りしめる。「兵士の足音です。上階から来ます」

 

「本当か? 俺には何も聞こえないぜ」

 

『怒りんぼう』は疑るような顔をするが、「僕にも聞こえたよ」と『おとぼけ』が頷いたので信じる気になったようだ。

肩に担いでいた戦斧を降ろし「やっちまうか?」と小声で訊ねる。

 

「いや、まずは隠れる」

 

そう言うと狩人は仲間たちに合図を送り、廊下を挟んだ左右の独房に身を潜ませた。

小人たちは左手の牢、狩人と王子は右の牢に滑り込み、壁に張り付くように背中を預ける。

 

囚人の逃走を防ぐため、独房の並ぶ区画は見通し良く作られるのが基本だ。隠れる場所は限られているし、上手く隠れたとしても長くは保たない。ある程度近づかれればどうしたって見つかってしまうだろう。

 

「お前ら動くなよ。少なくとも、俺が動けと言うまではな」

 

狩人の抑えた声に、向かいの牢にいる小人たちは頷いた。彼は壁から慎重に身を乗り出し、鉄格子の間から敵の数を目視で確認する。

 

「チッ、七人か」

 

身体を戻した狩人は軽く舌を打った。

 

「距離はまだ十分あるが、直線上にいる。廊下に出た瞬間に気づかれるだろうな。人影ってのは遠目でも目立つもんだ」

 

「隠れてやり過ごすのは?」

 

王子の提案に、彼はしかめ面で首を横に振る。

 

「牢の中に身を隠す場所がない。お前一人くらいならそこの藁山に飛び込めば何とかなりそうだが、俺や小人どもは見つかっちまう」

 

「戦うしかないと……?」

 

「そうなるな。とはいえ、有利なのはこっちだぜ。不意打ちを仕掛けられるんだからな」

 

狩人は足音から慎重に敵との距離を測り始める。

しかし向かいの牢にいる小人たちが視界に入ると、不愉快そうに眉を下げた。

 

「いちおう訊くが、『くしゃみ』はまたヘマすると思うか?」

 

「大丈夫だと思いますよ」

 

「本当か?」

 

「はい。さっき鼻栓をしてるのを見ましたから」

 

「鼻栓だと?」

 

見れば、『くしゃみ』は鼻にコルクの栓を詰めており、彼らの方に向けて「えっへん」と胸を張っていた。

 

「……そんなのあるんなら最初から使えよ」

 

狩人は猟銃を手元に引き寄せ、撃鉄を指で静かに上げる。

 

「俺が一発撃って囮になる。可能な限り引きつけるから、お前らは頃合いを見て背後から不意を突け」

 

「危険ですよ。何も貴方がそんな……」

 

「俺が適任だろ?」

 

狩人がにやりと笑うと、王子は何も言えなくなってしまう。彼は一瞬視線を泳がせたあと、覚悟したように頷いた。「どうかお気をつけて」

 

「ハッ、自分の心配だけしてろ」

 

狩人に頭をポンポンされ、王子は少しだけ頬を赤くする。

彼らの会話を『おとぼけ』伝いに聞いたらしい『怒りんぼう』が、歯を剥き出しにした笑みを狩人に向けていた。「俺の分も残しておけよ」と目で語っている。

 

「お前次第だな。チンタラしてたら出遅れるぜ」

 

似たような笑みを返し、壁から背を離す狩人。低く身構えて鉄格子の向こうへ飛び出そうとした、ちょうどそのときだった。

間延びしたやや高い一発の銃声が、地下に木霊したのだ。奇妙なことに、狩人はまだ撃鉄に指をかけてすらいない。

 

「何だ今のは!?」

 

「あっちだ! ついてこい!」

 

ジャラジャラと鎖帷子の音を鳴らしながら廊下を駆ける兵士たち。彼らは文字通り脇目も振らずに狩人たちの牢の横を過ぎ、そのまま角の向こうへいなくなってしまう。

 

「……誰だ、今撃ったのは。旦那じゃねえんだよな?」

 

間の抜けた調子の『怒りんぼう』に、狩人は無言で猟銃を傾けた。その銃口から硝煙が洩れていないのを見て取ると、彼は眉根を寄せて呟く。「まさか『照れ屋』の仕業か?」

 

「『照れ屋』は銃なんて使わないよ」

 

「だがよ、この状況で他に誰が俺たちを助けるってんだ?」

 

「それは……分かんない」

 

「だよなぁ」

 

ひそひそ声で話す小人たちに目もくれず、狩人は足音を殺して檻から外に出た。

聴覚と嗅覚を駆使して先ほどの兵士たちの位置を確かめると、ようやく身体の緊張を解いた。

 

「もう普通に喋っていいぞ。だいぶ距離が空いた」

 

「また獲物がお預けになっちまったな、旦那」

 

「フン」

 

『怒りんぼう』の皮肉に、狩人は鼻を鳴らして応じる。そして兵士たちがやって来た方の道を気怠げに指さした。

 

「朗報だぜ王子様。お探しの階段の場所が分かった」

 

「ええ、行きましょう」

 

勇んで先頭を切る王子に、狩人たちも後に続く。

しかし彼が突然立ち止まると、ぶつかりそうになった仲間たちから次々と舌打ちや溜め息が洩れた。「何やってんだ王子様」

 

「ごめんなさい」

 

それほど長い時間ではなかったが、王子は謝りながらも、目線はずっと銃声が聞こえた方を向いていた。

 

 

 

 

 

 

 

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