七人の小人たちが廃村に住み着いたのは、およそ百年前のことである。
彼らは崩れた家屋を泥の壁と藁葺きの屋根で建て直し、丸い窓には人間の街で買ったガラスを加工してはめ込んだ。
レンガで囲った花壇には川砂と少しの腐葉土を敷き詰め、中東の商人から譲ってもらったチューリップの球根を植えた。
瘴気を孕む魔の森の土壌と空気は園芸に適さない。だが根気と工夫があれば、植物はどんな環境にも決して負けないことを彼らは知っていた。
以前から目をつけていた鉱山は落盤のせいで狭まっていたが、小人たちにとってはむしろ落ち着く狭さだった。
掘り出した鉱石は街で売り、得た金は食料や植物の種に費やす。鉱山労働の日々の合間に畑を耕し、花の手入れをする。
毒の沼地や危険な獣が徘徊する黒い森に囲まれてはいたが、逆に言えばそのおかげで人間に迫害される事もない。
山と気流の影響か、濃い霧が晴れてうららかな日の光が差すこともある。彼らにとってここは理想郷だった。
小人たちのリーダーは『先生』。最年長で、あらゆる知識に精通している。『魔の森の賢者』と呼ばれることもあるが、老衰で衰弱しており、病気がちで外に出られない日も多々あった。
彼が寝込んでいる日は『怒りんぼう』が小人たちを仕切る。まだ若く、その名の通り怒りっぽいが、頭は決して悪くない。
この二人を中心に、小人たちの生活は回っていた。
小人たちの住む家は、狩人が寝床にしている小屋の二回り分は大きい。小高い丘の上にぽつりと立ち、彼らが大切に育てた花畑に彩られている。
真っ白な外壁にはシダの蔓が可愛らしい花を咲かせ、丸い窓の側ではナナカマドの木が茂っていた。
家に続く小道を先導する『先生』は、首を傾げて足を止めた。ほとんど見えていないはずの目をすっと細め、前方を見つめる。
家の扉が開き、三人の小人が転がるように飛び出してきたところだった。
「あいつらは何だ?」
狩人の問いに、『怒りんぼう』が答える。
「左から『寝ぼすけ』『くしゃみ』『おとぼけ』だ」
「全員『血まみれ』に改名した方がいいんじゃないか?」
狩人が物騒なことを言った。
しかし彼の言うとおり、向こうから逃げるように走ってくる小人たちは全員が傷だらけで、あちこちから出血している。
「全員同じ名前にしたら混乱するだろうが。バカなのか?」
『怒りんぼう』が口を尖らせると、狩人は鼻で笑う。「お前よりは賢いつもりだ」
「言ってくれるじゃねえか。さっきの続きをしたっていいんだぜ、旦那。俺は負けを認めてないからな」
「続きって何の話だ? 俺はもう忘れたよ」
「そうかい。それじゃ思い出させてやる。あんたと魔女の、ねんごろな関係についてな」
「……テメエ、しゃぶるか?」
「ああ?」
「おお?」
「二人とも、やめなさい」
喧嘩腰の二人を杖で小突くと、『先生』は丘を駆け下りてきた小人たちに声をかけた。「どうしたのだ、お前たち」
血まみれの小人たちの一人が、息も絶え絶えに叫ぶ。「助けてあげて『先生』! 白雪姫が……白雪姫が!!」
その言葉を聞くや否や、狩人はすぐさま走り出し、『怒りんぼう』も後に続いた。彼は小道を抜けて家の扉に駆け寄ると、勢いよく蹴破る。
中は酷い有様だった。机はひっくり返り、椅子は倒れ、食器棚は中身のほとんどを外にぶちまけている。いずれも斧を叩きつけたような鋭い傷が刻まれ、ほとんど真っ二つに裂けている家具もあった。
そして部屋の中央の天井の梁から、白雪姫の身体がぶら下がっている。長い革紐が、彼女の胸のやや下辺りに深く食い込んでいた。
「くそったれが!」
狩人はベルトから鉈を抜き、革紐に向かって振り抜いた。梁から伸びていた紐は呆気なく切れ、白雪姫の身体はドサッと床に落ちる。
狩人が彼女を抱き起こし、『怒りんぼう』も側に駆け寄った。
白雪姫に意識はない。黒檀のように艶やかな黒髪は汗で額に張りつき、雪のように白い肌は血色が悪く、血のように赤い唇は、今は紫色に近かった。
「息をしてねえぞ! どうする!?」
口元に手をかざした『怒りんぼう』が声を荒げる。狩人は舌を打ち、白雪姫の胸に耳を当てた。心音は弱々しく、今にも消えそうだった。
狩人の頭の中に、様々な言葉が浮かんでは消える。
もう逃げたようだが、魔女の仕業だ。間違いない。だとすればこの症状は毒か。毒を消すには、使われた毒の種類が分からなければ打つ手がない。毒殺の際、あの女はトリカブトを好んで使っていた。だがもしトリカブトなら、こんなに早く効果は出ない。即効性のあるものなら種類は限られる。だがそもそも……これは本当に毒なのか。
「見せてみなさい」
耳元で『先生』の声がし、狩人は慌てて白雪姫の身体を彼の方に動かした。
『先生』は見えていないはずの目を細め、顎を上げて鼻を数回ひくつかせたかと思うと、小さく頷いた。手にした白木の杖を両手で握りしめると、その刹那、銀色の光が瞬く。
カチン、と何か金属を納める音が響くや否や、白雪姫の胸の少し下に食い込んでいた革紐がプツンと切れた。
「……あ?」
狩人が間抜けな声を出した直後に、白雪姫の呼吸が戻る。数回大きく咳き込んだ後、長い睫毛に縁取られた目を開けた。涙に濡れて輝く、宝石のような青い瞳が狩人を見上げる。
「狩人……様」
白雪姫の頬にほんのりと赤みが差した。彼女は狩人の顔を見つめ、嬉しそうに微笑む。
「貴方が……助けてくれたのですね」
「いや、俺は何も。全部こいつが」
狩人がそう言って親指で後ろを指すと、指された『先生』は肩をすくめる。
「旦那様。彼女を寝室に運んであげて下さい」
「ああ、しょうがねえ。それぐらいやってやるよ」
狩人はひょいと白雪姫を肩に担ぎ、寝室の方に歩いていく。その後ろ姿を、『先生』は険しい表情で見つめた。
「……旦那様」
「あ?」
「できればその、お姫様抱っこで運んであげて下さい」
「何で?」
「その……お姫様なので」
「チッ、注文が多いぜ。そんなに言うならあんたが運べよ」
狩人がそう言って振り返ると、『先生』は突然わざとらしく咳き込み始める。『怒りんぼう』に背中を擦られる先生を見て、狩人はもう一度舌打ちすると、お姫様抱っこで白雪姫を寝室に運んだ。
白雪姫の寝室は廊下を進んだ奥にあり、小人たちの寝床とは別れている。彼女は遠慮したが、『年頃の娘だから』という理由で、『先生』が書斎を貸し与えた形であった。
急拵えの藁を敷き詰めたベッドは王宮のものに比べれば粗末だが、シーツは毎日取り替えられ、いつもお日様の匂いがしていた。元々書斎だったということもあり、壁に沿って三つも本棚が並んでいる。それ以外には衣装箪笥と洗面台、備えつけの鏡があった。
白雪姫は狩人に運ばれ、ベッドに寝かされる。
彼は布団を持ち上げ、白雪姫の上からバサッと被せると、ぶっきらぼうに言った。「しばらく安静にしとけ。いいな」
狩人は無言で踵を返す。白雪姫はぼうっと狩人の背中を見ていたが、突然はっとし、がばっと起き上がった。
「あ、あの! 待ってください!」
「あぁ?」
狩人が面倒くさそうに振り返ると、白雪姫は途端に勢いを失い、再びもぞもぞと布団に潜る。
「助けていただいて……ありがとうごさいました」
「さっきも言ったが、俺は何もしてない」
「いえ、今回のことじゃなくて……あのときです」
「あのとき?」
狩人が聞き返すと、白雪姫は目元だけを布団から覗かせ、じっと狩人を見た。
「……私を見逃してくれたじゃないですか」
「……」
「ずっと貴方の身を案じておりました。生きていてくれて、嬉しいです」
白雪姫の言葉に狩人はフンと鼻を鳴らし、扉に手をかける。
「それだけ喋れりゃ脳みそは無事だな。いいから安静にしとけ。今はな」
扉を開け、部屋を出て行く狩人を見送ると、白雪姫は安心したように目を閉じた。