GRIM WOOD   作:無職のプーさん

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ⅩⅩⅩⅩⅠ 横槍

 

 曇天の下、続々と集ってくる民衆の流れに身を任せ、狩人たちは城門前の広場への道を進んでいた。

 

多くの市民は戸締まりもせずに家から飛び出し、ヒソヒソと不安げに近所の知人と言葉を交わしている。行かねばならないことは分かっているが、何故行かねばならぬのかまでは分かっていない者が大半のようだ。

 

旧ローマの時代から残る石で丹念に舗装された通りは、馬車がいくつか並んで走れるほどに広い。それでも群衆の列はそれらを埋め尽くし、後に続くほどに数をさらに増している。

 

「チッ」

 

前を行く狩人の舌打ちが響くと、王子は一生懸命背伸びして身を乗り出した。「傷口が痛みますか?」

 

「いや。ただ……裏拳野郎を見失った」

 

狩人はしかめ面で行く手を塞ぐ人々の背中を睨みつける。

 

「どんどん先に行きやがって。こいつらの体臭のせいで、もう鼻も利かん」

 

「大丈夫です。こっちがそうでも、向こうは僕らの位置を把握してますよ。危なくなったら助けてくれるはずです」

 

「だといいが」

 

そのぼやきを最後に狩人は押し黙り、自分から口を開くことはなかった。

「やっぱり戻った方が良いのでは」「傷を診てもらうべきです」などと王子が提案しても適当な返事であしらい、振り返ることすらしない。

 

白雪姫はといえば狩人と同様に一言も喋らず、ただ彼に寄り添うように隣を歩いている。『おとぼけ』も彼らと一緒のはずだが、小人の中でも特別小柄なせいで人混みに紛れてしまい、ちゃんとついてきているのかすら分からなくなってしまった。

 

 

 

 

 

 そうして目当ての広場の前まで来たとき、曇王はすでに城門の上に立ち、威風堂々と人々を見下ろしていた。

死んだはずの王がすました顔でそこにいるのだ。民衆の動揺たるや相当なものだろうと狩人は予想していたが、彼らは思いのほか平静だった。

 

まるでこうなることが分かっていた、むしろ待ちわびていたかのように目を輝かせ、騒ぐことすらせず王の姿をただ見つめている。

 

「随分と長く待たせてしまったらしい」

 

誰にも聞かれぬような小さな声で、曇王はそう口にした。顔を覆う髭と月を隠す雷雲のせいで表情は読み取れないが、右の瞳には神妙な影が宿っている。

 

わずかな沈黙ののち、再び口を開く曇王。その頃には瞳の陰りは失せ、美しい青に輝いていた。

 

「民たちよ!! 余は還ってきた!」

 

杖のようについた剣の柄を握りしめ、王は高らかに叫ぶ。

 

「もはや隣国の好き勝手にはさせん! ローマもイングランドも、我らを害するならば……尽く余の敵だ!」

 

王の宣言に応えたのだろう。頭上の黒雲から城の後方へ稲妻が走り、轟音とともに夜闇を引き裂く。

 

一瞬の沈黙の後、民衆は歓声に湧いた。拳を突き上げる男たち、涙を流す女たち。生前の王を知らない幼い子どもらだけが、きょとんとした顔で彼を眺めている。

 

「狭量だけが取り柄の偽りの神の時代は、このときを以て終わりを告げる! では誰の時代か! 余の時代か? ……それも違う!」

 

言い終わるや、王は城門から飛び降りた。

重さをなくす何らかの魔術を使ったのか。マントを羽のようになびかせ軽やかに広場に降り立つと、肩に担いだ長大な剣を地面に突き立てる。

 

精悍で威厳ある眼差しが、群衆一人一人に向けられた。息を呑んで沈黙する彼らに、王は柔らかく微笑む。

 

「そなたらだ! そなたらの時代だ!王でも貴族でも、ましてや聖職者のものでもない! そなたらの時代がやってくる! 」

 

確信に満ちた曇王の声に、再び民たちの間で歓声が上がった。王の笑みはやや鋭さを増し、民衆をぐるりと見渡してから言葉を続ける。

 

「余は知っている! この国に住まうは、長き苦難を耐え忍んできた者ばかりだ! 土地を持つことを許されぬ者たち、受け継いだ魔の血のせいで迫害に遭う者たち、悪魔の手先と呼ばれ住処を追われた妖精たち! 全てが謂われなき差別、謂われなき迫害だ! 余は知っている!!」

 

民衆は涙を流し、口々に王の名を叫んだ。恋人や夫婦は互いを抱くようにして支え合い、しかし王からは目を離せない。

 

興奮が高まり続ける彼らであったが、それに反し、曇王はおもむろに視線を落とした。その表情からにわかに覇気が失せ、民たちは何事かと静まり返る。

 

「……そう、知っていた。知っていたのだ。だが、許せ。余は一度は諦めた」

 

掠れた王の声に、彼らはざわついた。一部の者は静かに彼を見守るが、大半は驚きを隠せていない。

 

「そなたらは知っているだろう。我らを認めぬ者たちとの戦に次ぐ戦。その最中に、余は最愛の者を喪った。剣を嫌い、誰かの手を取ることを好む優しい女だ。あれの死を看取ることもできなかったとき、余は一度……全てを捨て去るつもりだった」

 

王は雲間からかすかに覗く夜空を見上げ、目を細めた。口の中で静かに何事かを呟き、しかし次の瞬間、石畳に突き立てた剣に荒々しく手をかける。

 

「だが、今は違う! 氷の心を持つ女が、我が胸の内の火を再び灯してくれた! 余は今一度立ち上がる! 命を賭して余とこの国を支えてくれた、全ての者のために!!」

 

柄を握る曇王の指に力がこもると、長大な刃が青白く輝いた。澄んだ金属の鳴る音とともに静寂は破られ、王の剣が引き抜かれる。美しい光を放つ刀身は、天を突くように掲げられた。

 

「そなたらに誓おう! 生まれや富で差別されぬ、そなたらのための国を作ると! 余は代表としての王を名乗るが、絶対の主はこの国にいらぬ! 皆の言葉が力を持ち、皆の手がこの国の行く末を作るだろう! そなたらこそが王! 我ら一人一人が、王である!」

 

彼の高らかな宣いに、全ての市民が天に拳を突き上げた。彼らの叫びはやがてうねりとなり、都市全体を震わせる。

 

「洒落臭い演説だ。あくびが出るぜ」

 

小馬鹿にするように笑う狩人。

ふと隣を見ると、王子は魂が抜けたような顔で曇王の姿に魅入っていた。

 

「おい、しっかりしろよ」

 

狩人に肘でつつかれ、王子はハッと我に帰る。

狩人は彼の正面に立ち、王の姿を見えなくしてから言った。

 

「わざわざ口に出すことでもないが、アイツのほざいてることメチャクチャだぞ。たとえば俺みたいなバカで無教養なチンピラにも権力を与えるって話だ。そんな連中の声ばかり大きくなってみろ。何もかも終わりだぞ」

 

「で、でも……」

 

「世の中はお前が思ってる以上に馬鹿とクズしかいないんだ」

 

ここまで言ったあと狩人は俯き、帽子のつばの影に己の表情を隠す。

 

「それに、少数を切り捨ててこそ多数が生かされる。いつの時代もそれが『世の習い』ってヤツだ。誰にも変えることなどできやしない。神様でさえもな」

 

「それは……」

 

何か言いかけた王子だったが、唐突に目を皿のようにする。「……あっ」

 

「あ?」

 

狩人は胡乱げに振り返り、彼と同じものを見た。

そこには群衆をかき分け王の前に立つ、顧問官の姿があった。

 

「あ、あぁ!? あ、あ、あーっ!!」

 

思わず「あ」を連呼する狩人。顧問官は相も変わらず神経質そうに眉をひそめ、王の長身を見上げている。

武器も持たず、構えず、腕をだらりと下げ、ただ斬られるのを待っているかのようだ。

 

「噂よりも勇敢な男のようだな、ウォルシンガムよ」

 

曇王は薄ら笑み、武器を握る手に力を込めた。

手首に浮かび上がった筋が、悍ましいまでに脈打つ。

 

「褒美をくれてやる。余の剣で死ねる、栄誉をな」

 

言うが早いか。長大な両手剣は、その重さにも関わらず凄まじい速さで振るわれた。狩人や王子が気づいたときには、すでに石畳を叩き割っていたのだ。

 

だが、真っ二つに裂かれたはずの顧問官の姿はない。彼はいつの間にか王の背後に移動しており、変わらず無手で佇んでいた。

 

まるで小人のような俊敏さだが、物理に縛られる人間がそこまで速いはずがない。王だけでなく、傍目に見ている狩人たちの目すら騙すほど巧く動いたのだろう。

 

「……余を愚弄するか」

 

低く呟き、返す剣で顧問官を襲う曇王。

二度目の攻撃は、初擊よりもわずかに遅い。それを隙と見た彼は、様子見から攻めへと転じた。

 

その手足が一瞬、黒く鋭い軌跡を描く。すると曇王の身体は何かの冗談のように跳ね上がり、高々と宙に浮いた。相手の力をそのまま利用した、お得意の柔術である。

 

そして次の瞬間、彼は王の手首を極めたまま引き戻し、力の向きを下へと変えた。踏ん張りの利かない空中ではいくら力があろうと為す術がなく、曇王は頭から地面へ叩きつけられる。

 

砕かれた石の破片が飛び散り、砂塵が煙のように噴き上がった。地を走る亀裂が放射状に広がり、広場全体にまで及んだかに見える。

 

王子の息を呑む音が、静寂のなかでかすかに響いた。曇王の姿はどこにも見えない。

 

砂塵の舞う中、顧問官は無言で眉をひそめていたが、おもむろに身体を傾けた。一瞬遅れ、その頭のすぐ横を鋼の刃が貫く。

 

息つく間もなく、今度は数歩身を引く顧問官。

さして間を置かず、複数の雷が黒雲より降り注いだ。

熾烈に歪む青白い閃光の束と湧き上がる蒸気に、やがては彼の姿も見えなくなってしまった。稲妻が空気を焼く、独特の匂いが辺りに充満する。

 

「おい、アイツ……」

 

「大丈夫です。あの方は誰にも倒されません」

 

狩人の声に王子はそう返すが、その顔色は真っ青だった。

群衆は瞬きも忘れ、王がゆっくりと立ち上がるのを見ていた。彼の額は血に塗れていたが、その唇が何事かを囁くと、まるで時が巻き戻るかのように出血が消えてしまう。

 

「奇妙な武を嗜むようだな」

 

曇王は自身の握る両手剣を一瞥する。その長い刀身の先からは、わずかに鮮血が滴っていた。

 

「だが、しょせんは児戯だ。もはや余には通じんぞ」

 

「まさか……」

 

王子の口から掠れた声が洩れると同時に、蒸気の内から顧問官が姿を現した。片手で無造作に空を薙ぐと、白い煙は逃げ出すように左右へと分かたれる。

 

その腕と、神経質そうな目元のすぐ下に、小さくも鋭い傷が刻まれていた。どうやったのかは見当もつかないが、落雷は躱しきったようだ。

しかし剣による傷は浅くないようで、腕から垂れた血は指を伝い、足元にポタポタと赤い水玉を描いている。

 

「さすがはヴァルデック王……もうあの方の動きを見切るなんて!」

 

感嘆の息を洩らす王子の顔は、興奮で少し赤くなっていた。「お前どっちの味方なんだ?」と狩人が問うと、再び青ざめた表情に戻る。

 

「いくらウォルシンガム卿でも一人では無謀です。このままでは……!」

 

「俺たちが加勢すればいいだろ」

 

狩人は背中の猟銃に手を伸ばすが、隣の白雪姫が掴んで止める。

 

「人の目が多すぎます。それにお父様の決闘に割って入れば、兵士たちが動きますよ」

 

「構うもんかよ。全員殺してやる」

 

冗談なのか判別のつかない啖呵を吐く狩人。

白雪姫を退かして猟銃を構えるが、ちょうどそのとき、耳元で獣の唸り声が響いた気がした。

銃を引き戻し、反射的に横に掲げる。堅い木の銃床に食い込んだのは、獣の鋭い牙だった。

 

一体何処から現れたのか。灰色の豊かな毛を逆立たせた狼は牙を剥き、獰猛に狩人を押し倒そうとする。伸び上がった体躯は彼と同じか、それ以上に大きく見えた。

 

「何だぁこのワンちゃんは!?」

 

「はっ!」

 

狩人の悲鳴に素早く反応した王子が、抜剣と同時に側面から剣を振るう。右足の真上と耳の真下を正確に穿たれ、狼は悲鳴を上げる間もなく絶命した。

 

「大丈夫ですか?!」

 

「大丈夫じゃない」

 

「えっ?」

 

狩人の返しに王子は慌てるが、彼の次の言葉に真顔になる。

 

「力んだ拍子にズボンが裂けた。ケツのところが」

 

「……ご無事で何よりです」

 

「ああ? お前、俺のケツがどうなってもいいって……」

 

言いながら正面を向いたとき、狩人は舌打ちした。先ほどと似た大きさの狼が二匹、人々の間を縫うようにしてこちらに迫っていたからだ。

 

彼は銃を構えるや、即座に発砲する。左右に揺れる不規則な動きを予測して放たれた散弾は、狼の顔面を正確に吹き飛ばした。

 

残る一匹の接近に王子は身構えたが、背後から住民たちの足元をすり抜けた小さな矢がその鼻に刺さる。狼は甲高い鳴き声を上げながら転げ回ったあと、何処かへと逃げてしまった。

 

「死に損ないの犬が、よくおめおめと姿を見せたものだ」

 

威厳ある低い声が耳に届き、狩人はそちらに銃口を向ける。群衆をかき分け向かってくる曇王は、冷酷な表情を浮かべていた。

 

続けて『おとぼけ』が放ったと思われる矢の雨が彼を襲うが、剣を一振りして巻き上げた突風によって一掃してしまう。

巻き込まれるのを恐れた市民たちは後ろに下がっていき、距離を取って周囲に輪を作った。

 

「あのムッツリくんの相手はもう良いのか?」

 

狩人の言葉に、王の巌のような顔がさらに険しくなる。

 

「あれは貴様らの起こした騒ぎに乗じて逃げた」

 

「そいつは残念だったな」

 

「存外骨のある男かと思ったが、しょせんは文官か。お前たちを囮にして尻尾を巻くとは」

 

曇王は眉間に皺を寄せ、しばらくの間黙っていた。やがて王子の方に向き直ると、少し表情を和らげてから告げる。

 

「あのような腑抜けの為政者どもがのさばる国に、お前の生を捧げる価値が果たしてあるのか? 真に国家に必要なのは教養ではない。民への忠義と信念だ」

 

「それは……」

 

王子は言葉に詰まるが、代わりに横にいた狩人が小馬鹿にするように応じた。「何言ってやがる。お勉強が一番大事だろ」

 

「……何だと?」

 

「あんたみたいなバカが良かれと思ってやったことが世の中をメチャクチャに引っ掻き回し、結果的にとんでもない数の死人が出るんだ。それを防ぐために必要なのは腑抜けたクズどもの教養だろ。違うか? 裸の王様さんよ」

 

「……」

 

曇王は無言で狩人を見ていたが、不意に鋭い笑みに目元を歪める。「捨て犬風情が。誰に言葉遊びを習ったのやら」

 

その腕に小さな雷が走るのを見て取ったのだろう。白雪姫がすかさず狩人の前に立つが、王は手を止めなかった。彼の指の動きに呼応し、雷雲がゴロゴロと音を響かせる。

 

落下した稲妻はしかし、狩人ではなく姫のみに命中した。狩人も巻き込まれそうな位置であったが、直前に彼女に押し飛ばされたのだ。

 

「なっ……!」

 

「白雪姫!!」

 

目を見開く狩人に、彼女の名を叫ぶ王子。

音と閃光は控えめであったが、たとえ小さくとも雷は雷だ。考えうる限り最悪の結末が二人の頭をよぎった。

 

だが大気が焼ける際に生じた蒸気が晴れると、白雪姫は先ほどと変わらぬ姿のままだった。強いて言えば髪が逆立ってふわふわしていたが、それ以外に目立った変化はない。

父譲りの美しく青い瞳を鋭く細め、王を真正面から睨みつけている。

 

「フハハハハハハハハッ!!」

 

曇王は今までにないほど愉しげな笑い声を響かせた。その場に居合わせた者が、思わず共に笑いたくなるような底抜けた明るいものだ。

 

「さすがは我が娘だ! 眉一つ動かさぬか!! 余譲りの肉体と度胸であるな!」

 

「お父様、聞いてください!」

 

彼女は両腕を広げ、小さな身体で必死に声を張り上げる。「もう誰も傷つけないでください! この方たちを攻撃しないで!」

 

「演説は聴いていたのだろう。ならば知り得たはずだ。我らを害する者は余の敵。イングランドとそれに与する者は、我が国の敵に他ならん」

 

そこまで言うと、王は天に両手剣を掲げた。

雲より稲妻が落ちると、その刀身が夜闇を切り裂く青に染まる。

 

「チッ、仕方ない。人質でもとるか」

 

狩人は舌を打ちつつ街の住民たちを見回すが、彼らに手を出す前に王子が止めた。

 

「何を考えてるんですか?! ダメですよ!」

 

「じゃあまたお姫様を盾に……」

 

「もっとダメですっ!!」

 

頭から湯気を出して怒る王子に、白雪姫は背を向けたまま叫ぶ。「いいえ、私が止めます! 狩人様と一緒に私の後ろに隠れて!」

 

「よく言った、我が娘よ」

 

雷光を纏った剣を構え、無垢に笑う曇王。まるで子どものような純粋な笑みは、威厳ある顔立ちに不思議とよく合っていた。

 

「ならばその身に受けよ、我が雷剣を」

 

「ご正気ですかヴァルデック王! 貴方の娘ですよ!?」

 

「余の娘ならば耐えられよう」

 

王子の言葉にも彼は怯まず、高々と両手で剣を持ち直す。白雪姫も受ける気満々のようで、どっしりと身構えた。

 

「……くそっ」

 

平時であれば決して吐かないであろう悪態を洩らす王子。そうして雷剣なる技が放たれんとした、その刹那。

曇王の肩越しに広がる空の向こうに、銀の閃光が迸った。

 

「!」

 

眩い閃光は一直線に飛来し、雲を突くように掲げられた剣に激突する。衝撃で刃に蓄えられた雷が放電し、周囲に撒き散らされた。

 

数秒の間の後、虚空に美しい音色を響かせ、煌めく棒のようなものが地面に落ちる。目を凝らせばそれは、見覚えのある銀の槍だった。

 

王はゆっくりと剣を下ろし、怪訝そうに振り返る。背後に聳える城の屋根に、がっしりと背の高い男の姿が見えた。白い騎士の装束が、遠目にもはっきりと窺える。

 

「ローリー卿……!」

 

王子の表情が日に照らされたように明るくなった。反対に曇王は顔をしかめた後、兵士たちに命ずる。

 

「あの男は手負いだ! 一隊で囲んで確実に仕留めろ! 憲兵はこの者たちを速やかに捕らえるのだ!」

 

彼の声が門へ届くや否や、近衛の兵は城内にとって返し、残りの憲兵たちは群衆を押し退けて狩人たちに迫った。

 

「この状況で銃を持った連中とはやり合いたくないな」

 

らしくもない弱音を呟く狩人。しかし唐突に降り注いだ小さな矢の雨が彼らの突進を阻むと、鋭い笑みに口元を歪める。「ナイスだ『おとぼけ』」

 

狩人は素早く懐からラッパ銃を取り出し、動きの止まった彼らに発砲した。射程範囲の外のため殺傷力はないが、火薬の力で飛び散った礫を全身に受け、憲兵たちは怯んで後ずさる。

 

「あの変態が生きてるなら話は別だ。いったんずらかるぞ」

 

彼は王子と白雪姫の腕を掴むと、住民たちの間を器用にすり抜けてその場から離れていく。

 

「余が二度も見逃がすと思うか」

 

王は呟き、両足に力を込める。だがそのとき、彼の視界の端で複数の飛び道具の影が躍った。

矢ではない。十字を模ったような形の奇妙な刃が、鋭く回転しながら王に迫る。大きく孤を描くその動きは、さながら猛禽が獲物の死角を狙うかのようだ。

 

「鬱陶しい」

 

それらを蝿でも散らすかのように素手で叩き落とす曇王。しかし視線を戻したとき、すでに狩人たちの姿は人混みに紛れて消えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

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