狩人が居間に戻ると、そこには血まみれの小人たちの姿があった。
彼らの傷に薬草を貼り付け、包帯を巻いていた『怒りんぼう』は狩人を一瞥する。「あの娘の具合はどうだ?」
「思っていたよりも元気だ。そいつらの方がよほど重傷だな」
狩人がそう言うと、包帯を巻かれていた小人が悲しそうに俯いた。まだ若いからか髭が生えておらず、人間の子どもと見分けがつかない。
おそらく特徴的に『おとぼけ』だろうと、狩人は推察した。他の二人はそれぞれひっきりなしにくしゃみをしたり立ったまま眠っていたりするので、消去法的にこの小人が『おとぼけ』になる。
「僕たち、紐売りのお婆さんを家に入れてしまったんだ。突然お姫様を襲ったときに止めようとしたんだけど、何もできずに……」
「愚かな。魔女様に敵うものなどこの森にはいない。初めから逃げていれば良かったのだ」
窓から外を見ていた『先生』が呟くと、『おとぼけ』は再び俯いた。
彼に包帯を巻き終わった『怒りんぼう』が、顔をしかめて口を挟む。
「何も間違っちゃいねえだろ。立ち向かって敵わなかったから俺たちを呼ぼうとしたんだ。どこが愚かだ?」
「……」
『先生』は振り返らず、黙って窓の外を見ている。
『怒りんぼう』は額に筋を浮かべて立ち上がった。医療品の入った小箱を、ドンと乱暴に机の上に置く。
「魔女には代償を払わせるべきだ。報復する。当然だよなぁ?」
「……」
「仲間が傷つけられ、白雪姫は殺されかけたんだぞ。おまけに家具は切り刻まれた。あんたが街で選んだ、お気に入りの家具だ」
「……」
「俺とあんたの二人で魔女の隠れ家まで行って、ぶち殺す。……ビビって動けねえってんなら、俺一人でも行くぜ」
壁に立てかけていた大振りの戦斧を肩に担ぎ、鼻息を荒くする『怒りんぼう』。
狩人は黙って成り行きを見ていたが、やがて小馬鹿にするように笑った。
「物を知らないやつがいたもんだ。苦労が偲ばれるぜ、『先生』」
「……何だと?」
『怒りんぼう』は燃えるような目で狩人を睨みつける。傍に来た『くしゃみ』が彼を落ち着かせようと口を開いたが、出てきたのは言葉ではなかった。「くしゅん!」
狩人は肩をすくめてから話し始める。
「今のあいつは王妃だ。王宮に一人で攻め込むつもりか?」
「いつも王宮にいるわけじゃねえだろ! 魔術の研究は城の中じゃできねえはずだ! 魔女である以上、隠れ家は別にある!」
「その隠れ家が問題なんだよ、間抜け」
狩人は鋭い目で『怒りんぼう』を睨む。
「魔法使いの隠れ家は侵入者に備え、呪いの罠が仕掛けられている。悪霊だって潜んでるだろう。安易に踏み込めば妖精といえどもタダじゃ済まない。死に体で魔女と戦えるのか? 無理だ。たとえ万全な状態でやり合ったって、あいつは殺せない」
『怒りんぼう』は激情に任せ、拳を机に叩きつける。「じゃあどうする!? 魔女はまたここに来るぞ!」
「だから逃げようって言いに来たんだよ俺は。そもそもあいつの隠れ家の場所も知らんだろうが」
「ぐっ……」
痛いところを突かれ、『怒りんぼう』は悔しげに押し黙った。
そのとき、『先生』が突然窓に手をかけ、少しだけ開けた。わずかな隙間から、小さな紙切れがひらひらと入ってくる。『先生』はまるで見えているかのように腕を素早く振り、それを掴み取った。
「……何だそれは?」
狩人の問いに『先生』は答えず、無言で紙切れを指でなぞる。しばらくしてから、疲れたように溜息を吐いた。
「『照れ屋』が魔女を追跡しておりましたが、見失ったようです。魔女は何らかの飛行手段を持っているらしい、と書かれております」
「『照れ屋』だと?」
狩人が素っ頓狂な声を上げると、『怒りんぼう』はフッと鼻で笑う。「どうやら物を知らないのは旦那も同じらしいな」
「どういうことだ。追跡だと? なぜそんな危険なマネを許した?」
狩人の言葉に『先生』は首を横に振る。
「許してなどおりませぬ。あいつは昔から独断で動くのです」
狩人は居間を見渡し、小人の数を数えた。
『先生』『怒りんぼう』『おとぼけ』『寝ぼすけ』『くしゃみ』。全部で五人しかいない。彼らは『七人の小人』だ。六人目が『照れ屋』だとすると、七人目はどこにいるのか。
「あとの一人はどこだ?」
彼の問いに、少し間を空けてから『怒りんぼう』が答えた。「『幸せ』は物置の中に閉じ込めてある」
「閉じ込める?」
狩人が首を傾げると、彼は不愉快そうに眉間に皺を寄せた。「『幻覚きのこ』の味にハマッちまってな。依存が抜けるまで隔離してあるんだ」
「……それのどこが『幸せ』なんだ。『シャブ漬け』に改名させろよ」
「人生には色々あるもんだろ、旦那。『幸せ』は今だけドン底なんだ」
「そうか……また幸せになれるといいな」
「ああ」
『怒りんぼう』は短く答えると、緊張の糸が切れたように力なく壁に寄りかかる。
狩人は『先生』に近づき、先ほどの紙切れを見せてもらった。よく見ればそれはインクではなく血で書かれ、文字も何やら見たことのないものだ。アルファベットに似ているが、見慣れない形のものもあり、全体的に角ばっている。
「『照れ屋』から詳しい話は聞けるか?」
「いいえ。やつは誰とも話しません」
『先生』の言葉に、狩人は顔をしかめる。
「……『照れ屋』だからか?」
「はい」
「くそったれが」
狩人は悪態をつくと、無言で椅子に背中を預けた。
『先生』は白木の杖を手に、居間の奥に向かって歩いていく。「白雪姫の様子を見てきます」
「もう大丈夫だと思うが?」
狩人の言葉に、『先生』は微かに笑みを見せた。
「私もそう思います。彼女の生命力は父親譲りだ。しかし、万が一のこともありますので」
そう言って『先生』が廊下の奥に消えた直後。
ゴトッと大きな音が響き、狩人はびくっとしてそちらを見る。立ったまま眠っていた『寝ぼすけ』が、バランスを崩して倒れた音だった。
なおもいびきをかいて眠り続ける『寝ぼすけ』を起こそうと『くしゃみ』が口を開くが、出てきたのはまたもや言葉ではなかった。「はっくしゅん!」
「俺たちじゃ白雪姫を守りきれねえ」
斧を床に置き、『怒りんぼう』が呟く。
「いつもあの娘の側についていてやれるわけじゃない。どうしても目を離す時間はできるし、誰も家にいない日だってあるだろう。その隙を見逃す魔女じゃない」
「ここを捨てられるか? 白雪姫のために」
狩人の言葉に、『怒りんぼう』は顔をしかめた。
額に手を当てて唸り、しばらくすると首を横に振る。
「無理だ。他に住む場所なんてない。考えられねえ」
「だろうな。そもそも住処を変えたとて、逃げ切れる保証もない」
「ならやれることは単純に一つだ。次に魔女が来たら、ぶっ殺す」
拳を握りしめる『怒りんぼう』。
狩人はフンと鼻を鳴らすと、椅子から立ち上がって出口の扉に手をかけた。
「……旦那、疑って悪かった」
背中にかけられた『怒りんぼう』の言葉に、狩人は振り返らずに言う。「まだ疑いが晴れるようなことはしてないだろ」
「どこに行く気だ?」
「ここから北西には『隣の国』との国境がある。白雪姫を連れてこの国を出られれば、何とかなるかもしれない」
「魔女が警戒してることだろ。上手く行くか分からんぜ」
「だからそれを調べに行くんだよ。白雪姫は任せた」
「ああ」
『怒りんぼう』が短く答えるのを聞いてから、狩人は扉を開き、早足に外に出て行く。
「……妖精が数を減らすわけだな。とんだお人好しどもだ」
彼は口の中でそう呟いた。