よろしくお願いします。
今でも鮮明に、その記憶は
見る影もなく瓦礫と化した街並み。
耳を塞いでも聞こえてきたサイレンと悲鳴。
周囲の悉くを焼き尽くした無慈悲な
全てが夢なんじゃないかと疑ってしまうほど、巫山戯た景色。
だけれどそんな異常事態を、アタラヨの目には
理由は単純。そんなものを遥かに凌駕する異常なものが、荘厳な鐘のような声音と共に、目の前に現れたからだ。
自らを『願望装置』と名乗ったそれは、巨大な体躯でありながらも美しく神秘的で、内に底知れない狂気を孕んでいるような気がした。
願望装置が言う。私は⬛︎⬛︎⬛︎の“願い”に喚ばれ、その“願い”を完全成就するための存在、と。
……言っている意味が分からなかった。
だってそれは、絶対にありえないことで、
しかし願望装置は、アタラヨの反応なんて意に介さず、理解し難い言葉の羅列で話を続ける。
やがて願望装置が耳を疑うことを口にした。
『もう間もなく、⬛︎⬛︎⬛︎の“神秘”は灰燼と帰して、息絶えてしまうでしょう。ですが、まだ彼女の“願い”は成就しておりません。これでは誓約に反してしまいます……』
ああ……本当に、なんでこんな事になったんだろう……。
その日は当たり障りのない一日だったはず。いつものように登校して、授業を受けて、友人たちと日が暮れるまで遊んだ。そして夜には、⬛︎⬛︎⬛︎に連れられて星を眺めた。
なのに、何故、あの人が死なねばならないのだろうか。
嫌だ。嫌だ。嫌だ。
頭の中がぐちゃぐちゃになった。
手段なんて選べなかった。
自分を犠牲に救えるのなら、構わなかった。
だから――
梵アタラヨは、己の“神秘”を焚べて、青い炎に焼かれた。
◆ ◇ ◆
「…………非常……に、まずい…………どうしよ……これ……」
アタラヨは、危機的状況に立たされていた。
目の前に置かれたちょっと大きめのダンボール箱。手にはその伝票が握られている。
届いたのはサイフォン式のコーヒーメーカーだ。『なんかオシャレだな〜』『カッコイイな〜』『安い〜』なんて思いながら、徹夜テンションでネットショッピングしてしまったものである。驚くなかれ、価格は脅威の五万円超え。全然安くない。完全にやらかしている。
この事がお金にうるさい後輩にバレてしまえば、説教は免れないだろう。過去のやらかしを考えて、恐らく二時間コースは確定だ。
しかし買ってしまったものはしょうがない。切り替えて行こう。
幸いなことに、現在この部屋にはアタラヨしかいない。時計を見やれば、後輩たちが来るまで時間に余裕はある。――つまり、まだ隠蔽が可能というわけだ。
「…………よし」
早速机の引き出しを開け、ファイルや書類などを一旦取り出し、ダンボール箱を入れ――閉める。
ガンッ。
「…………え」
もう一度、閉める。
ガンッ。ガンッ。ガンッ。
「…………マジか……」
どうやら上部分が引っかかって入らないらしい。
まだだ!! まだ、負けてない!! 諦めたらそこでゲームセットだ!!!
などど、脳内で某スポコン漫画擬きを繰り広げる。果たして彼は一体何と戦っているのだろうか。答え、証拠隠滅。
よくよく考えたら、なんでダンボール箱ごと入れたのか、謎である。中のコーヒーメーカーを出せばいいものを……。焦り過ぎにもほどがある。
まあ、今はとにかく時間との勝負だ。
カッターナイフで封を開け、緩衝材を取り出すと、オシャレなデザインの箱が出てきた。流石、五万円。伊達ではない。箱の質感も最高。思わず呑気に眺めてしまう。
「いやぁ、高かったとはいえ、なんだかんだでいい買い物したんじゃない?」
「そうですね。あ、このコーヒーメーカーってかなりのブランドものでは? 奮発しちゃいましたね、アタラヨ先輩」
「そうなんだよー。テレビとかネットでよく見るし、レビューも中々好評でつい買っちゃった。結構オシャレなデザインしてr」
コーヒーメーカーを取り出そうとした、アタラヨの手が止まる。汗がぶわっと出た。同時に尻尾も逆立つ。
声のした方を見ると、そこにいたのは一つ下の後輩、生塩ノアだった。ニコニコと楽しげな微笑を浮かべ、アタラヨの隣に座っていた。相変わらず距離が近い。変にドキドキしてしまう。
「…………いつからいた???」
「アタラヨ先輩が引き出しをガンガンしてる所からです♪」
「うん。ほぼ最初からだね。え、扉は……」
「一応ノックはしましたけど、反応が無かったので」
「……まあ、いいや。ええっと、先に来たのは生塩さんだけ? もしそうだったら、早瀬さんには内緒にしてほしいんだけど……」
おずおずと、お願いしてみる。
するとノアは困ったように、人差し指を顎に当てて首を傾げた。
「うーん、それは無理なお願いですね。――だってもうユウカちゃん、アタラヨ先輩の後ろにいますから」
「……はぇ??」
言われて、ぎぎぎ……と錆びたブリキの人形のように、後ろを振り返る。
いた。もう一人の後輩、早瀬ユウカが仁王立ちでアタラヨの後ろに立っていたのだ。貼り付けたような満面の笑みが凄く怖い。ゆらゆらオーラっぽいものも溢れている。これはあれだ。大魔王ユウカ様のご降臨である。
「アタラヨ先輩? 一応聞きますけど、その高そうなコーヒーメーカーは、一体どうしたんですか?」
「…………や、ちゃうねん……」
「何が違うんですか? 大丈夫です。怒らないのでちゃんと正直に教えてください、ね?」
「えっ。すでに怒っt」
「何か言いました???」
「いえ、別に、ナニも。……えっと、そのぉ……くじ引きに当たりましてぇ……」
この期に及んで言い逃れを試みるアタラヨ。もちろんそんなものは通じる筈もなく、ユウカの怒りは爆発した。
「じゃあ何なんですか、この伝票は! ネットで買い物するのはアタラヨ先輩の自由ですけど、五万円は高すぎます!! どうせまた徹夜してる時に買っちゃったんでしよ!!」
「だって……」
「だ、だってじゃないです! 可愛い顔しても今日という今日は許しませんからね!!」
「や、別にしてないんだけど……」
「そうですよユウカちゃん。アタラヨ先輩が可愛いのは常識かつ自然の摂理で、デフォルトなんです。だからどうあっても可愛くなっちゃうのは仕方のないこと」
「なにその壮大なフォロー。知ってる? こう見えて
「「? そんなの知ってますよ? 何を当たり前のことを」」
「急に冷めるじゃん」
そもそもこんな火傷まみれの男のどこが可愛いいのか……未だに謎だ。
だが、いい感じに話が逸れた。釈然とはしないが僥倖である。早くこの場から逃げよう。説教エスケープだ。
他の話をし始めた二人に気づかれぬよう腰を上げ、そろぉりそろぉりと、アタラヨはゆっくり移動を開始――
「ンギィっ……!?」
出来なかった。
なぜなら、ユウカに腕を、ノアに尻尾を掴まれて引っ張られたからだ。二人はアタラヨが逃げるのを読んでいたらしい。流石と言わざるを得ない。でも、尻尾は過敏なのであまり引っ張らないでほしい。不意打ちでされるとビリビリしてしまう。
「どこに行かれるおつもりで?」
「話はまだ終わってませんよ? ですから――」
ユウカとノアが笑顔でアタラヨに詰め寄る。
ア、オワタ。
「「アタラヨ副会長、ちょっとお時間いただきますね」」
(……絶対ちょっとじゃない…………)
もちろん、このあと滅茶苦茶叱られた。
男先生にするか、女先生にするか…悩んでます。